JP7293515B2 - 溶接構造体 - Google Patents

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Description

本発明は、例えば、大型コンテナ船やバルクキャリアーなどの、厚鋼板を用いて溶接施工された溶接鋼構造物(溶接構造体)に係る。中でも、特に、厚鋼板の母材または溶接継手部から発生した脆性亀裂の伝播を、構造物の大規模破壊に至る前に停止させることができる、脆性亀裂伝播停止特性に優れる溶接構造体に関する。
コンテナ船やバルクキャリアーは、積載能力の向上や荷役効率の向上等のため、例えば、タンカー等とは異なり、船上部の開口部を大きくとった構造を有している。そのため、コンテナ船やバルクキャリアーでは、特に船体外板を、高強度化または厚肉化する必要がある。
また、コンテナ船は、近年、大型化し、6,000~24,000TEUといった大型船が建造されるようになってきている。なお、TEU(Twenty feet Equivalent Unit)は、長さ20フィートのコンテナに換算した個数を表し、コンテナ船の積載能力の指標を示す。このような船の大型化に伴い、船体外板は、板厚:50mm以上で、降伏強さ:390N/mm2級以上の厚鋼板が使用される傾向となっている。
船体外板となる鋼板は、近年、施工期間の短縮という観点から、例えばエレクトロガスアーク溶接等の大入熱溶接により突合せ溶接されることが多い。このような大入熱溶接は、溶接熱影響部での大幅な靭性低下に繋がりやすく、溶接継手部からの脆性亀裂発生の一つの原因となっていた。
一方、船体構造においては、従来から安全性という観点から、万一、脆性破壊が発生した場合でも、脆性亀裂の伝播を大規模破壊に至る前に停止させ、船体分離を防止することが必要であると考えられている。
このような考え方を受けて、非特許文献1に、板厚50mm未満の造船用鋼板における溶接部の脆性亀裂伝播挙動についての実験的な検討結果が報告されている。
非特許文献1では、溶接部で強制的に発生させた脆性亀裂の伝播経路および伝播挙動が、実験的に調査されている。ここには、溶接部の破壊靱性がある程度確保されていれば、溶接残留応力の影響により脆性亀裂は溶接部から母材側に逸れてしまうことが多いという結果が記載されているが、溶接部に沿って脆性亀裂が伝播した例も複数例確認されている。このことは、脆性破壊が溶接部に沿って直進伝播する可能性が無いとは言い切れないことを示唆していることになる。
しかしながら、非特許文献1で使用された溶接と同等の溶接を板厚50mm未満の鋼板に適用して建造された船舶が何ら問題なく就航しているという多くの実績があることに加え、靱性が良好な鋼板母材(造船E級鋼など)は脆性亀裂を停止する能力を十分に保持しているとの認識から、造船用鋼材の溶接部の脆性亀裂伝播停止特性は、船級規則等においては特に要求されてこなかった。
近年の6,000TEUを超える大型コンテナ船では、使用する鋼板の板厚は50mmを超え、板厚増大による破壊靱性の低下に加え、溶接入熱がより大きな大入熱溶接が採用され、溶接部の破壊靭性が一層低下する傾向にある。このような厚肉大入熱溶接継手では、溶接部から発生した脆性亀裂が、母材側に反れずに直進し、また骨材等の鋼板母材部でも停止しない可能性があることが、例えば非特許文献2に示されている。このため、板厚50mm以上の厚肉高強度鋼板を適用した船体構造の安全性確保が、大きな問題となっている。また、非特許文献2には、とくに発生した脆性亀裂の伝播停止のために、特別な脆性亀裂伝播停止特性を有する厚鋼板を必要とするとの指摘もある。
このような問題に対し、例えば、特許文献1には、好ましくは板厚50mm以上の船殻外板である溶接構造体において、突合せ溶接部に交差するように骨材を配置し、隅肉溶接で接合した溶接構造体が記載されている。特許文献1に記載された技術では、所定のミクロ組織を有する鋼板を補強材として隅肉溶接した構造とすることにより、突合せ溶接継手部に脆性亀裂が発生しても、補強材である骨材で脆性破壊を停止でき、溶接構造体が破壊するような致命的な損傷を防止できると記載されている。しかし、特許文献1に記載された技術では、補強材を、所望の組織を形成させた鋼板とするために複雑な工程を必要とし、その結果、生産性が低下し、安定して所望の組織を有する鋼板を確保することが難しいという問題があった。
また、特許文献2には、接合部材を被接合部材に隅肉溶接してなる隅肉溶接継手を備える溶接構造体が記載されている。特許文献2に記載された溶接構造体では、隅肉溶接継手断面における接合部材の、被接合部材との突合せ面に未溶着部を残存させ、その未溶着部の幅を、被接合部材の脆性亀裂伝播停止性能Kcaと特別な関係式を満足するように調整している。これにより、被接合部材(フランジ)を板厚:50mm以上の厚物材としても、接合部材で発生した脆性亀裂の伝播を、隅肉溶接部の突合せ面で停止させ、被接合部材への脆性亀裂の伝播を阻止することができると記載されている。しかし、特許文献2に記載された技術では、接合部材の脆性亀裂伝播停止特性等が不十分であるため、被接合部材で発生した脆性亀裂を接合部材で伝播停止させるに足る十分な技術であるとは言えない。
また、特許文献3、特許文献4、特許文献5には、接合部材の端面を被接合部材の表面に突合わせ、接合部材と被接合部材とを隅肉溶接により接合してなる溶接構造体が記載されている。特許文献3~5に記載された技術では、接合部材の端面と被接合部材の表面とを突合わせた面に未溶着部を具え、かつ溶接脚長もしくは溶着幅の少なくとも一方が16mm以下の隅肉溶接継手としたうえで、隅肉溶接金属の靭性が被接合部材の板厚との間で特定の関係を満足する隅肉溶接継手とすることにより、または、さらに接合部材を脆性亀裂伝播停止性能に優れた鋼板としたり、もしくは突合せ溶接継手の溶接金属を高靭性とした溶接構造体とすることにより、被接合部材溶接部から発生した脆性亀裂を、隅肉溶接部で、または接合部材の母材で、または接合部材および/もしくは被接合部材の溶接部で、伝播阻止することができると記載されている。
しかし、特許文献3~5に記載された各技術では、溶接脚長または溶着幅を16mm以下に制限する必要があり、そのため、隅肉溶接部の強度確保の観点から、接合部材(ウェブ)および被接合部材(フランジ)に適用できる板厚は最大でも80mmであった。
このような問題に対し、例えば、特許文献6には、接合部材の端面が板厚50mm以上の被接合部材の表面に突合わされ、また接合部材と被接合部材とを接合する隅肉溶接継手を具える溶接構造体が記載されている。特許文献6に記載された溶接構造体は、隅肉溶接継手の溶接脚長および溶着幅が16mm超えで、隅肉溶接継手における接合部材の端面と被接合部材の表面とを突合わせた面に、隅肉溶接継手の断面で該接合部材の板厚twの95%以上の未溶着部を有し、さらに、溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値Lと被接合部材の板厚tfとの間で特定の関係を満足する靭性を有する隅肉溶接金属とすることにより、接合部材の板厚を65~120mmとしても、被接合部材で発生した脆性亀裂を隅肉溶接金属で伝播阻止することができると記載されている。
また、特許文献7には、ウェブとフランジの突合せ部分にダブラー部材を具える溶接構造体が記載されている。特許文献7に記載された溶接構造体では、ウェブがダブラー部材に突合せ隅肉溶接され、該突合せ面に未溶着部が残存し、さらに、タブラー部材がフランジに重ね合わせ隅肉溶接され、該重ね合わせ面に未溶着部が残存している。特許文献7に記載された技術では、ダブラー部材にオーステナイト鋼板を使用すれば、長大脆性亀裂の伝播をダブラー部材で阻止することができると記載されている。
特開2004-232052号公報 特開2007-326147号公報 特許第5395985号公報 特許第5365761号公報 特許第5408396号公報 特許第6744274号公報 特許第6615215号公報
日本造船研究協会第147研究部会:「船体用高張力鋼板大入熱溶接継手の脆性破壊強度評価に関する研究」、第87号(1978年2月)、p.35~53、日本造船研究協会 山口欣弥ら:「超大型コンテナ船の開発―新しい高強度極厚鋼板の実用―」、日本船舶海洋工学会誌、第3号(2005)、p.70~76、平成17年11月
しかしながら、特許文献6に記載された技術では、溶接脚長や溶着幅を制限するために溶接時の厳格な施工管理が必須であり、溶接施工の生産性低下や施工費用の増大という問題があった。加えて、未溶着部の小さい部分溶込み溶接が要求される構造において、十分な脆性亀裂伝播停止性能を確保できないという問題があった。また、特許文献7に記載された技術では、ダブラー部材加工および溶接により施工コストが増加するという問題や、ダブラー部材に高価なオーステナイト鋼板を使用する場合には材料費が高騰するという問題がある。
本発明は、上記したような従来技術の問題を解決し、溶接時の厳格な施工管理を必要とすることなく、板厚:50mm以上の被接合部材(フランジ)に発生した脆性亀裂の接合部材(ウェブ)への伝播を、大規模破壊に至る前に、阻止することができる、脆性亀裂伝播停止性能に優れた溶接構造体を提供することを目的とする。なお、本発明が対象とする溶接構造体は、接合部材の端面を被接合部材の表面に突き合せ、これらを隅肉溶接または部分溶込み溶接により溶接接合してなるT継手を有する溶接構造体である。
本発明者らは、上記した目的を達成するために、T継手の脆性亀裂伝播停止靭性に及ぼす各種要因について鋭意検討した。その結果、T継手の溶接金属の組織を主としてオーステナイト相からなる組織とすれば、溶接金属を高靭性とすることができ、たとえ、溶接金属の溶接脚長や溶着幅が16mm以上となる場合や、接合に部分溶込み溶接を使用する場合であっても、脆性亀裂伝播停止性能に優れたT継手とすることができることに想到した。そして、これにより、接合部材(ウェブ)に使用する厚鋼板の脆性亀裂伝播停止性能を特別に考慮することもなく、被接合部材(フランジ)で発生した脆性亀裂の接合部材(ウェブ)への伝播を、T継手の溶接金属で阻止することができることを知見した。
本発明は、上記した知見に、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
[1]接合部材の端面が板厚50mm以上の被接合部材の表面に突き合されて、前記接合部材と前記被接合部材とが接合されているT継手を具える、溶接構造体であって、
前記T継手の溶接脚長または溶着幅が16mm以上であり、または更に前記T継手における前記接合部材の端面と前記被接合部材の表面とを突き合わせた面に、該T継手の断面で前記接合部材の板厚の30%以上の未溶着部が存在し、
前記T継手の溶接金属が、面積%で80%以上のオーステナイト相を含む組織を有することを特徴とする、溶接構造体。
[2]前記T継手の溶接金属が、質量%で、C:0.02~0.06%、Si:0.40~0.80%、Mn:0.80~1.70%、P:0.020%以下、S:0.010%以下、Ni:7.00~13.00%、Cr:14.00~24.00%、N:0.150%以下、O:0.050%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する、前記[1]に記載の溶接構造体。
[3]前記被接合部材が、前記接合部材と交差するように突合せ溶接継手部を有する、前記[1]または[2]に記載の溶接構造体。
[4]前記接合部材が、突合せ溶接継手部を有し、該突合せ溶接継手部と前記被溶接部材の突合せ溶接継手部とが交差するように、前記接合部材が配設されている、前記[3]に記載の溶接構造体。
[5]前記接合部材が、50mm以上の板厚を有する、前記[1]~[4]のいずれかに記載の溶接構造体。
[6]前記未溶着部が、前記接合部材と前記被接合部材との突き合わせ面に、10mm以下の隙間を有する、前記[1]~[5]のいずれかに記載の溶接構造体。
本発明によれば、板厚50mm以上の、厚肉の被接合部材から発生した脆性亀裂の接合部材への伝播を、大規模破壊に到る前に阻止することが可能となり、特に大型のコンテナ船やバルクキャリアーなどの船体分離などの大規模な脆性破壊を回避でき、船体構造の安全性を向上させるという効果をもたらし、産業上格段の効果を奏する。また、本発明によれば、特殊な鋼材を使用することなく、また安全性を損なうこともなく、溶接施工時に溶接材料の選定や溶接条件の調整を行うことだけで、脆性亀裂伝播停止性能に優れた溶接構造体を製造できるという効果も奏する。
T継手の継手断面の構成の一例を模式的に示す説明図である。 T継手の構成の他の一例を模式的に示す説明図である。(a)は外観図、(b)は断面図である。 T継手の構成の他の一例を模式的に示す説明図である。(a)は外観図、(b)は断面図である。 大型構造モデル試験体の形状を模式的に示す説明図である。 T継手の開先形状の一例を示す説明図である。
本発明の溶接構造体は、図1~3で例示されるように、接合部材1の端面を被接合部材2の表面に突き合せて、接合部材1と被溶接部材2とが接合されているT継手を具える。本発明の溶接構造体は、例えば、船舶の船体外板が被接合部材(フランジ)であり、隔壁が接合部材(ウェブ)である船体構造、またはデッキが被接合部材(フランジ)であり、ハッチが接合部材(ウェブ)である船体構造に適用可能である。
なお、使用する被接合部材2は、板厚が50mm以上、好ましくは60mm以上120mm以下の厚鋼板を素材とする。また、接合部材1は、板厚が50mm以上、好ましくは60mm以上120mm以下の厚鋼板を素材とすることが好ましい。
なお、本発明の溶接構造体が具えるT継手は、溶接金属5を有し、その溶接脚長3または溶着幅13は16mm以上である。また、本発明の溶接構造体では、接合部材1と被接合部材2との突き合わせ面に、溶接されていない構造不連続部である未溶着部4(未溶着部の幅16)が、T継手の断面で接合部材1の板厚の30%以上の寸法で存在することが好ましい。未溶着部4が存在することにより、被接合部材2を伝播してきた脆性亀裂は、前記突合せ面において停止しやすくなる。
この状態の具体例を溶接線に垂直なT継手断面視で図1に示す。図1(a)は、接合部材1が被接合部材2に対して直立して接合されている場合を示すが、本発明ではこれに限定されない。例えば、図1(b)に示すように、接合部材1が、被接合部材2に対して角度θだけ傾けて接合されていてもよい。また、図1(c)に示すように、未溶着部4が、接合部材1と被接合部材2との間に隙間14を有してもよい。更に図1(d)に示すように、隙間14にスペーサー15が挿入されていてもよい。また、隙間14は、溶接時の工数削減の観点から、10mm以下であることが好ましい。本発明において、接合部材と非接合部材との突き合わせ面における「隙間」の大きさは、溶接線に垂直なT継手断面視において、被接合部材の上面からの垂線が接合部材の端面と交わる最長距離であり、スペーサーが挿入されている場合はスペーサー厚を含む。スペーサーが接合部材の端面および非接合部材の表面から選ばれるいずれか一方又は両方に接している場合も同じである。
脆性亀裂は、欠陥の少ない鋼板母材部で発生することは極めて稀で、多くは溶接部で発生している。図2や図3に示すようなT継手では、脆性亀裂は、被接合部材の突合せ溶接継手部11から発生する。発生した脆性亀裂が接合部材1へ伝播することを阻止するためには、接合部材1と被接合部材2との間に構造の不連続部を存在させることが好ましい。本発明では、構造の不連続部として、T継手の被接合部材2と接合部材1との突合せ面に接合部材1の板厚の30%以上の寸法で未溶着部4を存在させる。未溶着部4の幅(寸法)16は、上限が接合部材1の板厚の100%であり、接合部材1の板厚の40%以上が好ましく、50%以上がより好ましく、また99%以下が好ましく、98%以下が好ましい。本発明では、構造の不連続部として前記突合せ面に未溶着部を存在させることに加え、T継手の溶接金属を靭性に優れるものとすることにより、脆性亀裂の伝播阻止がより確実になる。
図2に示す溶接構造体では、被接合部材2を突合せ溶接継手11で接合された鋼板とし、接合部材1をその突合せ溶接継手11の溶接部と交差するように、溶接したT継手である。また、図3に示す溶接構造体では、接合部材1を突合せ溶接継手12で接合された鋼板とし、被接合部材2を突合せ溶接継手11で接合された鋼板とし、接合部材1の突合せ溶接継手12と被接合部材2の突合せ溶接継手11とが交差するように溶接したT継手である。
図2、図3では、接合部材1と突合せ溶接継手11とを直交するように、配置しているが、本発明ではこれに限定されない。斜めに交差させても良いことは言うまでもない。また、T継手の製造方法は、とくに限定する必要はなく、常用の製造方法がいずれも適用できる。例えば、被接合部材用鋼板同士、接合部材用鋼板同士を突合せ溶接し、得られた突合せ溶接継手を溶接してT継手を製造してもよい。また、突合せ溶接前の、一組の接合部材用鋼板を被接合部材に仮付溶接し、ついで接合部材用鋼板同士を突合せ溶接し、得られた突合せ溶接継手を被接合部材に本溶接してT継手を製造してもよい。
本発明の溶接構造体では、T継手の溶接脚長3または溶着幅13は、16mm以上とする。溶接脚長3および溶着幅13が、16mm未満では、脆性亀裂伝播停止性能を確保するには有利であるが、部材板厚が80mmを超えるような場合に、溶接部の強度確保が困難となる。また、部材板厚が80mm以下であっても、溶接脚長3および溶着幅13が16mm未満である場合には、施工時に手直し等により、溶接部の強度確保が難しくなる危険性が高くなる。なお、溶接脚長3および溶着幅13の上限は、とくに限定されないが、施工能率等の観点からは、30mm以下とすることが好ましい。
また、本発明の溶接構造体では、T継手の溶接金属の組織を、面積%で80%以上、好ましくは84%以上、より好ましくは88%以上のオーステナイト相を有する組織とする。オーステナイト相以外の相としては、面積%で0~20%のフェライト相等が例示できる。フェライト相は、凝固割れ防止という観点から、例えばシェフラー組織図等を利用して、溶接金属組成から溶接金属中のフェライト量を調整しておくことが肝要となる。
なお、上記した組織を有する溶接金属は、溶接構造体の強度確保の観点から、ビッカース硬さで170~260HV(降伏強さで390MPa以上、引張強さで490MPa以上)の硬さ(強度)特性を有することが好ましい。
溶接金属の組織を、面積%で80%以上のオーステナイト相を有する組織とすることにより、溶接金属の靭性が向上し、T継手の溶接脚長3または溶着幅13が16mm以上の場合においても、被接合部材で発生した脆性亀裂の伝播を隅肉溶接継手の溶接金属で停止し、接合部材への脆性亀裂の伝播を阻止できる。
また、上記した組織を有するT継手の溶接金属は、質量%で、C:0.02~0.06%、Si:0.40~0.80%、Mn:0.80~1.70%、P:0.020%以下、S:0.010%以下、Ni:7.00~13.00%、Cr:14.00~24.00%、N:0.150%以下、O:0.050%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる溶接金属組成を有する。
つぎに、T継手の溶接金属組成の限定理由について説明する。以下、組成における質量%は、単に%で記す。
C:0.02~0.06%
Cは、溶接時に炭化物として析出し、粒界腐食や孔食の発生を招き、耐食性を低下させる元素であるが、固溶強化により、溶接金属の強度を上昇させる作用をも有する。このような効果を得るためには、0.02%以上の含有を必要とする。しかし、0.06%を超えて含有すると、耐食性が低下する。そのため、Cは0.02~0.06%の範囲に限定した。なお、好ましくは、0.02~0.05%である。
Si:0.40~0.80%
Siは、脱酸剤として作用するとともに、溶接金属の強度増加にも寄与する。このような効果を得るためには、0.40%以上の含有を必要とする。しかし、0.80%を超えて含有すると、凝固時に偏析し、凝固セル界面に液相を生成して、耐高温割れ性を低下させる。さらには靭性が低下する。このため、Siは0.40~0.80%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.40~0.70%である。
Mn:0.80~1.70%
Mnは、脱酸剤として作用するとともに、オーステナイト相の強度増加に寄与する元素であり、本発明では0.80%以上含有する。一方、1.70%を超える含有は、脆化を招く。このため、Mnは0.80~1.70%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.90~1.60%である。
P:0.020%以下
Pは、不可避的に含まれる元素であり、粒界に偏析して耐高温割れ性に悪影響を及ぼすため、できるだけ低減することが望ましい。しかし、過度の低減は、精錬コストの増大を招くため、本発明ではPは0.020%以下に限定した。Pが0.020%以下であれば、耐高温割れ性に優れた溶接金属を確保できる。なお、好ましくはPは0.010%以下である。
S:0.010%以下
Sは、不可避的に含まれる元素であり、粒界に偏析して耐高温割れ性に悪影響を及ぼすため、できるだけ低減することが望ましい。しかし、過度の低減は、精錬コストの増大を招くため、本発明ではSは0.010%以下に限定した。なお、好ましくはSは0.007%以下である。
Ni:7.00~13.00%
Niは、オーステナイト相を安定化する元素であり、本発明では7.00%以上の含有を必要とする。一方、13.00%を超える含有は、材料費の高騰を招く。このため、Niは7.00~13.00%の範囲に限定した。なお、好ましくは7.50~12.50%である。
Cr:14.00~24.00%
Crは、溶接金属の強度を向上させる効果がある。本発明では、Crが14.00%未満であると前記効果を十分に確保できない。一方、24.00%を超えて含有すると、溶接金属の靭性及び耐高温割れ性が低下する。このため、Crは14.00~24.00%の範囲に限定した。なお、好ましくは14.50~23.50%である。
N:0.150%以下
Nは、不可避的に含有する元素であるが、固溶した状態で溶接金属の強度を高める効果を有する元素であり、0.003%以上含有することが望ましい。一方、過剰に含有すると、靭性が低下する。このため、Nは0.150%以下の範囲に限定する。なお、好ましくは0.003~0.120%である。
O:0.050%以下
O(酸素)は、不可避的に混入する元素であり、溶接金属中で、Al系酸化物や、Si系酸化物を形成し、凝固組織の粗大化抑制に寄与する。このような効果は、0.003%以上の含有で著しくなるため、0.003%以上含有することが望ましいが、0.050%を超えて多量に含有すると、酸化物の粗大化が著しくなる。そのため、O(酸素)は0.050%以下に限定した。なお、好ましくは0.003~0.040%である。
上記した成分が基本の成分であるが、これら基本の成分に加えて、選択元素として、強度向上を目的として、Nb:0.10%以下、Ti:0.10%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を選択して含有できる。
上記した元素以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。
上記した組成を有し、上記した組織を有するT継手の溶接金属は、上記した組成、組織が得られるように、溶接材料、溶接条件を調整して多層盛溶接を行って形成することが好ましい。
溶接方法としては、常用の、溶接被覆アーク溶接法、ガスメタルアーク溶接法がいずれも好適である。また、溶接材料としては、JIS Z 3221に規定される市販の被覆溶接棒、JIS Z 3321に規定される市販のソリッドワイヤ、JIS Z 3323に規定される市販のフラックス入りワイヤが、いずれも好適である。なお、所望の組成に調整したソリッドワイヤを利用しても良いことは言うまでもない。
なお、溶接では、図5に示すような、接合部材1に、所定の角度(例えば40°以下)を有する開先を付与してもよい。
以下、さらに実施例に基づき、さらに本発明を説明する。
表2に示す板厚twの降伏強さ:355~460N/mm2級厚鋼板を接合部材1とし、表2に示す板厚tfの降伏強さ:355~460N/mm2級厚鋼板を被接合部材2として用い、接合部材1の端面を被接合部材2の表面に突き合せ、これらを溶接して、図4(a)、(b)、(c)に示す形状となる実構造サイズの大型溶接継手9を作製した。なお、被接合部材は、厚鋼板(母材のみ)(図4(a))または突合せ溶接継手を有する厚鋼板(図4(b)、(c))とし、接合部材は、厚鋼板(母材のみ)(図4(a)、(b))、または突合せ溶接継手を有する厚鋼板(図4(c))とした。なお、突合せ溶接継手は、表2に示す溶接入熱の、1パス大入熱エレクトロガスアーク溶接(SEGARCおよび2電極SEGARC)または多層盛炭酸ガス溶接(多層CO2)により作製した。
また、溶接は、溶接金属が表1に示す組成、表2に示す組織、硬さと、溶着幅または溶接脚長となるように、ガスメタルアーク溶接法(GMAW)を用いて、溶接材料、溶接入熱およびシールドガス等の溶接条件を変化させて溶接継手(T継手)を作製した。溶接材料は、JIS Z 3323に規定する径:1.2mmのフラックス入りワイヤとした。なお、一部の溶接継手では、接合部材1と被接合部材2との間に隙間14を設けた。また、一部の溶接継手では接合部材1に、図5に示すような開先を設けて溶接した。
なお、得られたT継手の溶接金属から試験片を採取し、発光分光分析法等を用いて溶接金属組成を、EBSD(電子後方散乱回折)法による相分析により溶接金属組織を、ビッカース硬さ計(荷重0.3~1.0kgf)を用いて溶接金属硬さを、それぞれ測定した。得られた結果を表2に示す。
ついで、得られた大型溶接継手9を用いて、図4に示す超大型構造モデル試験体を作製し、脆性亀裂伝播停止試験を実施した。超大型構造モデル試験体は、大型溶接継手9の被接合部材2の下方に仮付け溶接8で、被接合部材2と同じ板厚の鋼板を溶接した。
なお、図4(b)に示す超大型構造モデル試験体では、被接合部材2の突合せ溶接継手部11を接合部材1と直交するように作製し、また、図4(c)に示す超大型構造モデル試験体では、被接合部材2の突合せ溶接継手部11と接合部材1の突合せ溶接継手部12とを交差させた。そして、機械ノッチ7の先端を突合せ溶接継手部11のボンド部BOND、または溶接金属WMとなるように加工した。
また、脆性亀裂伝播停止試験は、機械ノッチ7に打撃を与え脆性亀裂を発生させ、伝播した脆性亀裂が、溶接金属で停止するか否かを調査した。いずれの試験も、応力243~283N/mm2、温度:-10℃の条件で実施した。応力243N/mm2は、船体に適用されている降伏強さ355N/mm2級鋼板の最大許容応力相当の値、応力257N/mm2は、船体に適用されている降伏強さ390N/mm2級鋼板の最大許容応力相当の値、応力283N/mm2は、船体に適用されている降伏強さ460N/mm2級鋼板の最大許容応力相当の値である。温度:-10℃は船舶の設計温度である。
得られた結果を表3に示す。
Figure 0007293515000001
Figure 0007293515000002
Figure 0007293515000003
Figure 0007293515000004
Figure 0007293515000005
本発明例はいずれも、脆性亀裂が被接合部材2を伝播したのち、溶接金属5に突入して停止した。一方、比較例ではいずれも、脆性亀裂が、被接合部材2を伝播したのち溶接金属5で停止することなく、接合部材1に伝播した。すなわち、比較例では、溶接金属5で脆性亀裂の伝播を阻止することはできなかった。
1 接合部材
2 被接合部材
3 溶接脚長
4 未溶着部
5 溶接金属
7 機械ノッチ
8 仮付け溶接
9 大型溶接継手
11 被接合部材の突合せ溶接継手
12 接合部材の突合せ溶接継手
13 溶着幅
14 隙間
15 スペーサー
16 未溶着部の寸法(未溶着部の幅)

Claims (6)

  1. 接合部材の端面が板厚50mm以上の被接合部材の表面に突き合されて、前記接合部材と前記被接合部材とが接合されているT継手を具える、溶接構造体であって、
    前記T継手の溶接脚長または溶着幅が16mm以上であり、または更に前記T継手における前記接合部材の端面と前記被接合部材の表面とを突き合わせた面に、該T継手の断面で前記接合部材の板厚の30%以上の未溶着部が存在し、
    前記T継手の溶接金属は、面積%で80%以上のオーステナイト相を含む組織を有することを特徴とする、溶接構造体。
  2. 前記T継手の溶接金属が、質量%で、C:0.02~0.06%、Si:0.40~0.80%、Mn:0.80~1.70%、P:0.020%以下、S:0.010%以下、Ni:7.00~13.00%、Cr:14.00~24.00%、N:0.150%以下、O:0.050%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する、請求項1に記載の溶接構造体。
  3. 前記被接合部材が、前記接合部材と交差するように突合せ溶接継手部を有する、請求項1または2に記載の溶接構造体。
  4. 前記接合部材が、突合せ溶接継手部を有し、該突合せ溶接継手部と前記被接合部材の突合せ溶接継手部とが交差するように、前記接合部材が配設されている、請求項3に記載の溶接構造体。
  5. 前記接合部材が、50mm以上の板厚を有する、請求項1~4のいずれか1項に記載の溶接構造体。
  6. 前記未溶着部が、前記接合部材と前記被接合部材との突き合わせ面に、10mm以下の隙間を有する、請求項1~5のいずれか1項に記載の溶接構造体。
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