JP7087647B2 - レーザ溶接方法 - Google Patents

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Description

本発明はレーザ光による重ね隅肉溶接を行うためのレーザ溶接方法に係る。
従来、複数枚の金属板同士を接合する手法として重ね隅肉溶接が知られている。特許文献1には、上板と下板との重ね隅肉溶接において、上板の縁部における所定箇所と該所定箇所に対応する下板の所定箇所とをそれぞれ溶融して接合する工程と、この工程を開始する前に、前記所定箇所における溶接進行方向の終始端部に切り欠き部を形成する工程とを備える溶接方法が開示されている。この切り欠き部を形成したことにより、溶接終始端部における溶接欠陥の発生を抑制できるようにしている。
特開2017-225999号公報
しかしながら、特許文献1のものでは金属板に切り欠き部を形成する工程が必要であり溶接作業が煩雑である。また、重ね隅肉溶接にあっては、溶接終始端部以外の領域にあっても溶接欠陥が発生する可能性がある。例えば、上板と下板との境界部分である接合領域(ビードが形成される領域)に対しその延在方向の一方側から他方側に向けてレーザ光照射位置を走査して重ね隅肉溶接を行う場合に、この接合領域における他方側(レーザ光の走査方向の下流側)の端部よりも所定寸法だけ上流側において、溶融されていない母材(下板)にクラックが発生してしまう可能性がある。図9は、この下板bにおいて、接合領域dの延在方向に対して直交する方向に延在するクラックcが発生した状態を示している。また、この図9における矢印はレーザ光の走査方向を示している。このようなクラックcが発生してしまうと、上板aと下板bとの接合部分における強度の低下を招いたり、この接合部分の見栄えの悪化に繋がったりする。以下、このクラックcが発生する箇所を下板bの特定部位と呼ぶこととする。
このクラックcの発生原因としては、下板bの特定部位に大きな応力が発生すること、および、この下板bの特定部位の強度が低下することが挙げられる。つまり、レーザ光の照射によって下板bの特定部位の温度が上昇し、この特定部位とその他の部位との温度差が大きくなった場合に、この特定部位が高温になることによる熱膨張量および冷却されることによる凝固収縮量が他の部位に比べて大きくなることから、この特定部位に大きな応力が発生してしまう。また、特定部位が高温になったことで強度が低下することになる。このように、下板bの特定部位にあっては、応力と強度とのバランスが崩れることが原因でクラックcが発生するものと考えられる。
以上のような現象は、特に金属板がアルミニウム系金属板である場合に顕著である。なお、金属板が鋼板である場合にも同様に前記現象は発生する可能性がある。
以上の点に鑑み、本発明の発明者らは、母材(下板)の特定部位およびその周辺部の温度分布勾配が小さければ全体が略均一に冷却されて応力は小さくなり、また、母材の特定部位に対する入熱量を小さくすれば該特定部位の強度を高く維持でき、これらによってクラックが生じ難くなるといった新たな知見に基づいて本発明に至った。
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、母材の特定部位におけるクラックの発生を抑制することができるレーザ溶接方法を提供することにある。
前記の目的を達成するための本発明の解決手段は、鉛直方向で重ね合わされた金属板で成る上板および下板において予め設定された接合領域に対し該接合領域の延在方向の一方側から他方側に向けてレーザ光照射位置を走査して重ね隅肉溶接を行うレーザ溶接方法を前提とする。そして、このレーザ溶接方法は、前記上板の先端面の位置に対して、前記下板の先端面の位置を手前側に位置させ、前記上板の上面および該上板の前記先端面から、前記下板の上面に亘る前記接合領域内で、レーザ光を走査させて金属材料を溶融させて前記上板と前記下板とを溶接するに際し、前記レーザ光照射位置を、前記上板と前記下板との重ね合わせ部分である溶接線を跨ぐように楕円形または円形の軌跡に沿って移動させながら、その軌跡における中心を前記溶接線に沿って前記一方側から前記他方側に向けて移動させ、且つ、前記楕円形または円形の軌跡に沿う移動の方向を、前記溶接線に沿う方向において既に前記レーザ光が通過した範囲よりも下流側であって前記上板および前記下板の未溶融部分を前記レーザ光が通過する際に、前記上板に前記レーザ光が照射された後、前記下板に前記レーザ光が照射される方向に規定し、前記接合領域の延在方向に沿う方向での所定範囲において照射位置が走査される前記レーザ光の出力を、前記所定範囲において前記軌跡を1回転する毎に段階的に低下させていくと共に、前記レーザ光の走査位置が前記所定範囲における前記他方側の端部に達した時点から当該端部の温度を上昇させるべく当該端部に対する前記レーザ光の照射を一時的に継続することを特徴とする。
ここでいう所定範囲とは、前述した母材(金属板)の特定部位を含む範囲であって、実験やシミュレーションに基づいて規定される範囲(従来技術において母材にクラックが発生していた箇所を含む範囲)である。
前記特定事項により、重ね合わされた複数枚の金属板同士の間の接合領域にレーザ光を照射して重ね隅肉溶接を行う際、この接合領域の延在方向に沿う方向での所定範囲にあっては、照射位置が走査されるレーザ光の出力を、該所定範囲における一方側(接合領域の延在方向に沿う方向での走査の上流側)から他方側(接合領域の延在方向に沿う方向での走査の下流側)に向かって徐々に小さくする。これにより、この所定範囲におけるレーザ光の走査の下流側部分(前述した母材の特定部位)にあっては金属板の温度上昇が抑えられ、この特定部位とその他の部位との温度差を小さくすることができて(温度分布勾配を小さくできて)、この特定部位での応力を小さくすることができる。また、この特定部位の温度上昇が抑えられることで、その強度の低下を抑制することもできる。これにより、金属板にクラックが発生することを抑制できる。
本発明では、重ね隅肉溶接が行われる金属板の接合領域の延在方向に沿う方向での所定範囲において照射位置が走査されるレーザ光の出力を、この所定範囲における一方側から他方側に向かって徐々に小さくするようにしている。これにより、所定範囲におけるレーザ光の走査の下流側部分(特定部位)にあっては金属板の温度上昇が抑えられ、この特定部位とその他の部位との温度差を小さくすることができて、この特定部位での応力が小さくなる。また、この特定部位の温度上昇が抑えられることで、その強度の低下を抑制することもできる。これにより、金属板にクラックが発生することを抑制できる。
実施形態に係るレーザ溶接に使用されるレーザ溶接装置を示す概略構成図である。 実施形態に係るレーザ光の走査を説明するためのワークの斜視図である。 レーザ光照射位置の軌跡を説明するための図である。 実施形態に係るレーザ溶接におけるレーザ光照射位置の移動状態を説明するためのワークの溶接箇所を拡大して示す図である。 レーザ光照射位置とレーザ光出力との関係の一例を示す図である。 レーザ光照射位置とその位置における温度との関係の一例を示す図である。 特定部位の温度変化の一例を示す図である。 実験例において特定部位とビード中央部との温度差の推移を計測した結果を示す図である。 従来技術において下板にクラックが発生した状態を示すワークの斜視図である。
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。本実施形態では、自動車の車体の製造工程で使用されるレーザ溶接装置により実施されるレーザ溶接方法として本発明を適用した場合について説明する。
-レーザ溶接装置の概略構成-
図1は、本実施形態に係るレーザ溶接に使用されるレーザ溶接装置1を示す概略構成図である。この図1に示すように、レーザ溶接装置1は、レーザ発振器2、レーザスキャナ3、溶接ロボット4、および、ロボットコントローラ5を備えている。
レーザ発振器2はレーザ光を生成する。この生成されたレーザ光は、光ファイバーケーブル21を経てレーザスキャナ3に導かれる。レーザ光としては、例えば炭酸ガスレーザ、YAGレーザ、ファイバーレーザ等を用いることができる。
レーザスキャナ3は、光ファイバーケーブル21を経て導かれたレーザ光を、2枚のアルミニウム合金の板材(アルミニウム系金属板;以下、単に金属板という場合もある)W1,W2が重ね合わされて成るワークWに照射する(図1の一点鎖線を参照)。レーザスキャナ3の内部には図示しないレンズ群や複数のミラー31(図1では1個のミラー31のみを示している)が収容されている。レンズ群としては、レーザ光を平行光にするためのコリメートレンズや、レーザ光をワークWの加工点(ワークW上の所定のレーザ光照射位置)において焦点を結ぶように集光させる集光レンズ等が備えられている。また、各ミラー31はそれぞれ回動軸32を中心に回動可能に構成されている。具体的には、前記回動軸32は走査モータ33に連結されており、この走査モータ33の作動に伴う回動軸32の回動によって各ミラー31が回動するようになっている。そして、これらミラー31の回動によってレーザ光を走査し、ワークWの所定範囲内でレーザ光照射位置を移動させることが可能となっている。これにより、レーザスキャナ3自体を移動させることなくレーザ光照射位置を移動することが可能である。各ミラー31は例えばガルバノミラーを用いて構成することができる。
溶接ロボット4は、レーザスキャナ3を移動可能とするように構成されている。この溶接ロボット4は、多関節ロボットによって構成されている。具体的に、本実施形態のものでは、ベース台41、該ベース台41の内部に収容された回転機構(図示省略)、関節42,43,44、および、アーム45,46,47を備えている。回転機構の回転動作および各関節42,43,44におけるアーム45,46,47の揺動動作により、レーザスキャナ3を任意の方向に移動することが可能となっている。
ロボットコントローラ5には、予めオフラインティーチングによって、溶接対象箇所に向けてレーザスキャナ3を移動させるための情報(各関節42,43,44の回動角度量等の情報)が記憶されている。そして、車体製造ライン上の溶接工程箇所まで車体が搬送されてきた際に、ロボットコントローラ5からの制御信号に従い、前記情報に基づいて溶接ロボット4が作動することで、レーザスキャナ3が溶接対象箇所に対向され、このレーザスキャナ3から溶接対象箇所に向けてレーザ光が照射されることで順次レーザ溶接が行われていくことになる。
また、前記ロボットコントローラ5には、ワークW上のレーザ光照射位置を移動させるための制御信号を出力するレーザ光走査制御部51が備えられている。このレーザ光走査制御部51は、前記走査モータ33に対して制御信号を出力する。この制御信号に従って走査モータ33が作動することにより、各ミラー31が回動軸32を中心に回動してレーザ光が走査され、ワークW上のレーザ光照射位置が移動される。このワークW上でのレーザ光照射位置の移動については後述する。
-溶接方法-
次に、本実施形態における溶接方法(レーザ溶接方法)について説明する。本実施形態の特徴はワークWに向けて照射されるレーザ光の出力にあるが、このレーザ光の出力について説明する前に、レーザ光の走査について説明する。
本実施形態では、鉛直方向で重ね合わされた2枚の金属板W1,W2の重ね隅肉溶接を行う場合であって、この金属板W1,W2の重ね合わせ部分(重ね隅肉部分)に対して、前記レーザスキャナ3より出射されるレーザ光を上方から照射する場合について説明する。このため、以下では、上側の金属板を上板W1と呼び、下側の金属板を下板W2と呼ぶこととする。
図2は、本実施形態に係るレーザ光の走査を説明するためのワークWの斜視図である。また、図3は、レーザ光照射位置の軌跡(移動軌跡)を説明するための図である。
これらの図に示すように、本実施形態における重ね隅肉溶接は、重ね合わされた上板W1と下板W2との重ね合わせ部分である溶接線Lに沿って金属材料を溶融させてこれら上板W1と下板W2とを溶接するものである。具体的には、上板W1の先端面(図2における手前側の端面)W1aの位置に対して、下板W2の先端面(図2における手前側の端面)W2aの位置を僅かに手前側に位置させ、これら上板W1の上面W1bおよび先端面W1aから、下板W2の上面W2bに亘る所定の範囲内である接合領域(ビードが形成される領域)内で、レーザ光を走査させて(レーザ光の集光点(焦点)を走査させて)金属材料を溶融させ、これにより上板W1と下板W2とを溶接するようにしている。この種の溶接手法は一般にレーザウォブリング溶接と呼ばれている。
前記レーザ光の走査(上板W1および下板W2におけるレーザ光照射位置の移動)としては、図2に実線の矢印(レーザ光照射位置の軌跡)に示すように、レーザ光照射位置を、上板W1と下板W2との重ね合わせ部分である溶接線Lを跨ぐように楕円形の軌跡に沿って移動させながら、その軌跡における楕円形の中心を溶接線Lに沿う方向(図2における左方向)に移動させていく。図2では前記軌跡の中心を繋いだ線を一点鎖線Mで示しており、この一点鎖線Mが前記溶接線Lに平行となっている。
また、前記レーザ光照射位置の前記楕円形の軌跡に沿う移動方向として具体的には、前記溶接線Lに沿う方向において既にレーザ光が通過した範囲(図2にあっては範囲X)よりも下流側(図2にあっては左側)であって上板W1および下板W2の未溶融部分(未だレーザ光が照射されていない部分であって、図2にあっては点X1よりも左側に位置する領域)をレーザ光が通過する際に、上板W1にレーザ光が照射された後、下板W2にレーザ光が照射される方向に規定されている。つまり、図2における楕円形の軌跡を反時計回り方向に移動しながら、その軌跡における楕円形の中心が溶接線Lに沿って左方向に移動するようにレーザ光が走査されるようにしている。このレーザ光照射位置の移動は、前述したように、レーザ光走査制御部51からの制御信号が、前記各ミラー31を回動させる走査モータ33に出力され、該走査モータ33が作動して各ミラー31が回動することにより行われる。
また、このレーザ光照射位置の前記楕円形の軌跡について詳述すると、例えば上板W1および下板W2の板厚寸法が1.5mm~3.0mmである場合に、図3に示すように、楕円形の長軸方向(図3における上下方向であって前記溶接線Lに対して直交する方向)の長さ寸法(振幅)Aは2.5mm~3.5mmの範囲の所定値に設定される。また、楕円形の短軸方向(図3における左右方向であって前記溶接線Lに平行な方向)の長さ寸法(幅)Dは1.0mm~2.4mmの範囲の所定値に設定される。また、溶接線Lに沿う方向のピッチ(前記軌跡における楕円形の中心を溶接線Lに沿う方向に移動させていく際の1回転当たりにおいて溶接線Lに沿う方向での走査移動量)Pは0.8mm~1.6mmの範囲の所定値に設定される。これらの値はこれに限定されるものではなく、上板W1および下板W2の板厚寸法等に応じて実験またはシミュレーションによって適宜設定される。
また、本実施形態におけるレーザ光の条件として、楕円形の軌跡に沿う走査速度は2500~5000cm/minの範囲の所定値に設定される。この値もこれに限定されるものではなく、上板W1および下板W2の板厚寸法等に応じて実験またはシミュレーションによって適宜設定される。
次に、レーザ溶接による金属材料の溶融状態について説明する。図4は、このレーザ溶接におけるレーザ光照射位置の移動状態を説明するためのワークWの溶接箇所を拡大して示す図である。この図4における点S1~S4はレーザ光照射位置を示している。つまり、この図4では、図4(a)から図4(d)に移るに従って、レーザ光照射位置が、一点鎖線で示す楕円形の軌跡上をS1,S2,S3,S4の順で移動していくことを表している。
この図4に示すように、本実施形態における重ね隅肉溶接では、上板W1と下板W2との重ね合わせ部分にレーザ光を照射して重ね隅肉溶接を行う際、レーザ光照射位置は、前述したように、上板W1と下板W2との重ね合わせ部分である溶接線Lを跨ぐように楕円形の軌跡に沿って移動しながら、その軌跡における楕円形の中心が溶接線Lに沿う方向(図4における左方向)に移動していく。そして、このレーザ光照射位置の移動としては、図4において、楕円形の軌跡を反時計回り方向に移動しながら、その軌跡における楕円形の中心が溶接線Lに沿って左方向に移動している。つまり、レーザ光照射位置の前記楕円形の軌跡に沿う移動方向は、溶接線Lに沿う方向において既にレーザ光が通過した範囲X(図2を参照)よりも下流側であって上板W1および下板W2の未溶融部分をレーザ光が通過する際に、上板W1にレーザ光が照射された後、下板W2にレーザ光が照射される方向に規定されている。
これにより、図4(a)で示すレーザ光の照射状態(照射位置S1)では、上板W1にレーザ光が照射されていることで、この照射位置S1で上板W1の金属材料が溶融され、該上板W1と下板W2とが架橋されることになる。この場合、レーザ光の熱は上板W1だけに留まらず下板W2にも伝達されることになり、このレーザ光照射位置において上板W1と下板W2とが良好に溶接される。また、レーザ光の熱が上板W1および下板W2の両方に伝達されているため、この際における上板W1においてレーザ光照射位置S1の周辺の領域(例えば図4(a)において破線で囲んだ領域)にあっては入熱量が比較的少なく金属材料の溶融が十分に行われていない状態(例えば半溶融状態)にある。その後、図4(b)で示すレーザ光の照射状態(照射位置S2)のように、前記軌跡上を移動するレーザ光照射位置S2が下板W2上を経た後、図4(c)で示すレーザ光の照射状態(照射位置S3)のように、レーザ光照射位置S3が再び上板W1上に達することで、前記溶融が十分に行われていなかった上板W1の前記領域(上板W1と下板W2とが既に溶接されている位置の周辺の領域;図4(c)において破線で囲んだ領域)では、レーザ光の照射によって金属材料が完全に溶融されることになり、このレーザ光照射位置にあっても上板W1と下板W2とは良好に溶接される。つまり、図4(d)で示すレーザ光の照射状態(照射位置S4)に達すると、この図4(d)において破線で囲んだ領域が凝固することで、この領域において上板W1と下板W2とは良好に溶接されることになる。このような動作が、楕円形の軌跡に沿ってレーザ光照射位置が1回転する度に連続して行われることで、溶接線Lに沿って金属材料が溶融して上板W1と下板W2とが溶接されていく。
また、本実施形態の場合、上板W1にレーザ光が照射されている際には、この上板W1の溶融金属は重力の作用によって下板W2の溶融部分に流れ込みやすくなり、これら溶融金属が混合されることになる。つまり、上板W1と下板W2との重ね合わせ方向を鉛直方向とした場合には、重力を有効に利用することで上板W1と下板W2との架橋がより良好に行われ、溶接箇所の厚みが確保され、上板W1と下板W2とがよりいっそう高い接合強度で溶接されることになる。
このようなレーザ溶接方法では、楕円形の軌跡に沿って移動するレーザ光照射位置が再び上板W1に達した際には、この上板W1上の照射位置では、それまで十分に溶融されていなかった領域を溶融させることになる。つまり、完全に溶融されている領域に向けてレーザ光を照射するものとはなっていない。このため、完全に溶融されている領域に向けてレーザ光を照射することで溶湯(溶融金属)をキーホールの圧力で吹き飛ばしてしまうといったことは抑制され、溶接箇所(金属材料が溶融した後に凝固した領域)の厚み(ビードにおけるのど厚)を十分に確保することができ、溶接箇所における接合強度(継手強度)を十分に確保することができる。
-レーザ光の出力-
本実施形態の特徴は、レーザ光の出力にある。以下、具体的に説明する。
前述したように、従来技術における重ね隅肉溶接にあっては、図9に示すように、上板aと下板bとの境界部分である接合領域(ビードが形成される領域)dに対しその延在方向の一方側(図9における右側)から他方側(図9における左側)に向けてレーザ光照射位置を走査して重ね隅肉溶接を行う場合に、この接合領域dにおける他方側(レーザ光の走査方向の下流側)の端部よりも所定寸法だけ上流側において、溶融されていない母材(下板b)にクラックcが発生してしまう可能性がある。このクラックcの発生原因としては、下板bの特定部位(前記クラックcが発生する部位)に大きな応力が発生すること、および、この下板bの特定部位の強度が低下することが挙げられる。つまり、レーザ光の照射によって下板bの特定部位の温度が上昇し、この特定部位とその他の部位との温度差が大きくなった場合に、この特定部位が高温になることによる熱膨張量および冷却されることによる凝固収縮量が他の部位に比べて大きくなることから、この特定部位に大きな応力が発生してしまう。また、特定部位が高温になったことで強度が低下することになる。このように、下板bの特定部位にあっては、応力と強度とのバランスが崩れることが原因でクラックcが発生するものと考えられる。
この点に鑑み、本実施形態では、母材(下板W2)の特定部位(従来技術においてクラックが発生していた部位)およびその周辺部の温度分布勾配を小さくすることで全体を略均一に冷却させ、これによって応力を小さくし、また、母材の特定部位に対する入熱量を小さくすることで該特定部位の強度を高く維持して、前記クラックを生じ難くしたものである。
そのための手段として、本実施形態にあっては、前記接合領域の延在方向に沿う方向での所定範囲において照射位置が走査されるレーザ光の出力を、前記所定範囲における前記一方側から前記他方側に向かって徐々に小さくするようにしている。
具体的には、前記接合領域の延在方向に沿う方向におけるレーザ光の走査方向の上流端と下流端との略中間位置から前記下流端までの範囲を前記所定範囲として規定し、この所定範囲において、レーザ光の出力を走査方向の上流側から下流側に亘って徐々に小さくしている。
図5は、レーザ光照射位置とレーザ光出力との関係の一例を示す図である。この図5にあっては、横軸であるレーザ光照射位置における左端がレーザ光の走査方向の上流端(図2にあっては右端)であり、レーザ光照射位置における右端がレーザ光の走査方向の下流端(図2にあっては左端)である。この図5に示すように、レーザ光の走査方向の上流端と下流端との略中間位置(図5における位置B)から前記下流端までの範囲(図5における範囲C;本発明でいう、接合領域の延在方向に沿う方向での所定範囲)において、レーザ光の出力をI(W)からII(W)に徐々に低下させている。一例としては、5000Wから4000Wに亘って徐々に低下させている。これら値はこれに限定されるものではなく、実験またはシミュレーションによって設定される。なお、レーザ光の走査方向の上流端から前記略中間位置(位置B)までの範囲(図5における範囲E)にあってはレーザ光の出力をI(W)に固定している。図2において、図5における位置Bおよび範囲Cに相当する箇所については、図2で同一の符号を付して表している。
より具体的に、前述したように本実施形態ではレーザ光照射位置を楕円形の軌跡に沿って移動させながら、その軌跡における楕円形の中心を溶接線Lに沿う方向に移動させている。つまり、接合領域の延在方向に沿う方向にあってはレーザ光照射位置は部分的に往復動(一時的に上流側に戻る動作)を行うことになる。このため、前記範囲Cにおけるレーザ光の出力の変化の一例としては、前記楕円形の走査軌跡を1回転する毎にレーザ光の出力を段階的に低下させていくようにしている。また、走査軌跡の位置に関わりなく連続的に(前記走査軌跡の1回転途中においても)レーザ光の出力を低下させていくようにしてもよい。このため、本発明でいう「レーザ光の出力を、所定範囲における一方側から他方側に向かって徐々に小さくする」とは、本実施形態にあっては、レーザ光照射位置が、上板W1から下板W2に移る際において溶接線Lに達した時点でのレーザ光の出力が、その上流側において溶接線Lに達した時点でのレーザ光の出力よりも小さくなっていることを意味する。
このようにレーザ光の出力を調整することにより、前記範囲Cにあっては、従来技術のもの(レーザ光の走査方向の上流端から下流端に亘ってレーザ光の出力が一定のもの)に比べて、この範囲Cにおける温度が低くなる。図6は、レーザ光照射位置とその位置における温度との関係の一例を示す図である。この図6では、従来技術における各部の温度を一点鎖線で示し、本実施形態(本発明)における各部の温度を実線で示している。この図6から明らかなように、本実施形態にあっては、特定部位の温度変化が従来技術のものに比べて低くなっており、この特定部位とそれ以外の部位との温度差も小さくなっている。このため、この特定部位にあっては、高温になることによる熱膨張量および冷却されることによる凝固収縮量が他の部位に比べて大幅に大きくなるといったことがなく、この特定部位に大きな応力が発生してしまうこともない。また、特定部位が高温になることで強度が低下するといったこともない。このため、この特定部位にあっては、応力と強度とのバランスを良好に保つことができ、クラックの発生を抑制することができる。
また、本実施形態のもう一つの特徴としては、レーザ光の走査位置が前記下流端に達した際に、この下流端へのレーザ光の照射を一時的に継続するようにしている。一例としては、レーザ光の走査位置が前記下流端に達した時点で、0.1secだけ、この下流端へのレーザ光の照射を継続する。この値はこれに限定されるものではなく、この下流端の温度が予め設定された温度まで上昇するように実験またはシミュレーションによって設定される。これにより、この下流端の温度を高くすることができ、この部分での熱膨張量を大きくするようにしている。つまり、この下流端における冷却速度を前記特定部位での冷却速度に近付けるようにしている。これによっても、特定部位と前記下流端とは、高温になることによる熱膨張量および冷却されることによる凝固収縮量が略同等となり、この特定部位に大きな応力が発生してしまうことがない。このため、この特定部位に応力が集中してしまうことが回避され、これによってもクラックの発生を抑制することができる。
図7は特定部位の温度変化の一例を示す図である。この図7では、従来技術における特定部位の温度変化を一点鎖線で示し、本実施形態(本発明)における特定部位の温度変化を実線で示している。また、図7におけるタイミングT1において、レーザ光照射位置が特定部位に達したことで、この特定部位の温度が上昇している。また、従来技術にあってはタイミングT2においてレーザ光照射位置が前記下流端に達し、レーザ光の照射を解除しているのに対し、本実施形態にあっては、このタイミングT2に達してからも所定時間だけ前記下流端へのレーザ光の照射を継続し、その後、レーザ光の照射を解除している。
この図7から明らかなように、本実施形態にあっては、特定部位における冷却速度(単位時間当たりの温度低下量)が従来技術のものに比べて低くなっており、単位時間当たりの凝固収縮量を少なくすることでひずみ量を小さくし、これによってクラックの発生を抑制できるものとなっている。
-実験例-
次に、前記の効果を確認するために行った実験例について説明する。この実験例では、前記特定部位と前記接合領域に生成されたビードの中央部(ビードの延在方向における中央部)との温度差を、従来技術のものおよび本実施形態のものそれぞれについて計測した。
図8は、その計測結果を示している。この図8から明らかなように、本実施形態(本発明)のものでは、特定部位とビードの中央部との温度差が、従来技術のものに比べて大幅に小さくなっていた。これにより、前述した如く特定部位に大きな応力が発生してしまうことがなく、この特定部位におけるクラックの発生を抑制できることが確認された。
-他の実施形態-
なお、本発明は、前記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲および該範囲と均等の範囲で包含される全ての変形や応用が可能である。
例えば、前記実施形態では、自動車の車体の製造工程で使用されるレーザ溶接装置1により実施されるレーザ溶接方法として本発明を適用した場合について説明したが、その他の部材のレーザ溶接に対しても本発明は適用することが可能である。
また、前記実施形態では、レーザ光照射位置を楕円形の軌跡に沿って移動させながら2枚のアルミニウム系金属板で成る上板W1と下板W2との重ね隅肉溶接を行う場合について説明した。本発明はこれに限らず、レーザ光照射位置を円形(真円形状)の軌跡に沿って移動させながら重ね隅肉溶接を行うようにしてもよい。また、前記軌跡に沿った移動方向としては反時計回り方向に限らず時計回り方向としてもよい。また、鋼板に対して重ね隅肉溶接を行う場合にも本発明は適用が可能である
また、前記実施形態では、楕円形の軌跡に沿って移動させながら、その軌跡における楕円形の中心を溶接線Lに沿う方向に移動させていくレーザ光の走査を複数のミラー31を回動させることにより行っていた。本発明はこれに限らず、レーザ光照射位置を楕円形の軌跡に沿って移動させる走査をミラー31の回動によって行い、その軌跡における楕円形の中心の溶接線Lに沿う移動を、溶接ロボット4の各アーム45,46,47の揺動動作によって実現するようにしてもよい。
本発明は、レーザ光によるアルミニウム系金属板の重ね隅肉溶接を行うレーザ溶接方法に適用可能である。
1 レーザ溶接装置
2 レーザ発振器
31 ミラー
33 走査モータ
51 レーザ光走査制御部
W ワーク
W1 上板(金属板)
W2 下板(金属板)
L 溶接線
C 接合領域の延在方向に沿う方向での所定範囲

Claims (1)

  1. 鉛直方向で重ね合わされた金属板で成る上板および下板において予め設定された接合領域に対し該接合領域の延在方向の一方側から他方側に向けてレーザ光照射位置を走査して重ね隅肉溶接を行うレーザ溶接方法であって、
    前記上板の先端面の位置に対して、前記下板の先端面の位置を手前側に位置させ、前記上板の上面および該上板の前記先端面から、前記下板の上面に亘る前記接合領域内で、レーザ光を走査させて金属材料を溶融させて前記上板と前記下板とを溶接するに際し、
    前記レーザ光照射位置を、前記上板と前記下板との重ね合わせ部分である溶接線を跨ぐように楕円形または円形の軌跡に沿って移動させながら、その軌跡における中心を前記溶接線に沿って前記一方側から前記他方側に向けて移動させ、且つ、前記楕円形または円形の軌跡に沿う移動の方向を、前記溶接線に沿う方向において既に前記レーザ光が通過した範囲よりも下流側であって前記上板および前記下板の未溶融部分を前記レーザ光が通過する際に、前記上板に前記レーザ光が照射された後、前記下板に前記レーザ光が照射される方向に規定し、
    前記接合領域の延在方向に沿う方向での所定範囲において照射位置が走査される前記レーザ光の出力を、前記所定範囲において前記軌跡を1回転する毎に段階的に低下させていくと共に、前記レーザ光の走査位置が前記所定範囲における前記他方側の端部に達した時点から当該端部の温度を上昇させるべく当該端部に対する前記レーザ光の照射を一時的に継続することを特徴とするレーザ溶接方法。
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