以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の記載は発明の趣旨をよりよく理解させるためのものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものでは無い。また、本明細書において、「A〜B」とは、A以上B以下であることを示している。
<発明の知見の概略的な説明>
始めに、本発明者らの見出した知見の概要について説明すれば以下のとおりである。
4族金属オキソ酸塩は無機高分子化し易く、4族金属オキソ酸塩を含む化成処理液を用いることにより、4族金属の化合物による緻密な3次元構造の化成処理皮膜を形成することができる。そのため、一般に、4族金属オキソ酸塩は、化成処理の原料として多用されている。
しかし、一般に、4族金属オキソ酸塩から形成した化成処理皮膜はガラス質であり非常に硬質であるため、必然的に、当該化成処理皮膜を有する化成処理鋼板に例えば曲げ加工を施した場合には曲げ加工部にクラックが発生し易い。
本発明者らは、曲げ加工を施した場合におけるクラックの発生が効果的に抑制された化成処理鋼板を実現すべく鋭意検討し、その結果、以下のような知見を得て本願発明を想到した。
先ず、4族金属オキソ酸塩を含む化成処理液を用いて化成処理鋼板を製造する場合、概略的には、以下のような反応が生じると考えられる。
すなわち、化成処理液を塗布した原板(例えばZn系めっき鋼板)上において化成処理液が乾燥するに伴って、4族金属オキソ酸塩が重合(典型的には脱水縮合)して多量体化する。これにより、4族金属と酸素との結合を有するガラス質のポリマー(アモルファスポリマー)が形成され、このポリマーは、化成処理皮膜におけるマトリックスを形成する。
例えば、一般に、4族金属オキソ酸塩と、リン酸塩とを含む化成処理液を用いて化成処理皮膜を作製する場合、それらの成分が協働して緻密な化成処理皮膜を形成することが知られている。この場合、上記ポリマー中において、4族金属のオキソ酸とリン酸とが複合的に重合している、または、4族金属オキソ酸が主体の重合体と、リン酸が主体の重合体とが複合的に存在していると考えられる。このような内部構造が比較的均質な化成処理皮膜では、曲げ加工を施した場合におけるクラックの発生が生じ易い。
本発明者らは、化成処理皮膜中に、硬質な連続皮膜を途切れさせる(すなわち、ポリマーの繰り返し構造を切断する)ように機能する部分構造を分散して存在させることによって、該部分構造が化成処理皮膜に生じる応力を緩和するように作用し、曲げ加工を施した場合におけるクラックの発生を抑制することができることを見出した。化成処理皮膜の形成過程において、上述のように通常は連続皮膜が形成され易いが、本願発明者らは、化成処理の成膜条件について詳細に検討を行った結果、上記のような部分構造(以下、応力緩和点と称することがある)を化成処理皮膜中に分散して好適に存在させることを可能とした。
より詳細には、4族金属オキソ酸塩と、特定のオキソ酸を含む塩(例えばリン酸塩)とを含有する化成処理液の乾燥中に生じる反応場において、4族金属オキソ酸塩の重合反応が適切な速度(状態)にて進行するように成膜条件を設定する。これにより、上記のような応力緩和点として作用する、4族金属と特定のオキソ酸とが結合した塩が、マトリックス中に分散して存在するように化成処理皮膜を製造することができる。
上記化成処理液の乾燥速度を遅くすると、4族金属オキソ酸塩の重合による緻密なマトリックスが形成され易くなり、マトリックス中に上記塩を含有させにくくなる。また、比較的低温での(緩やかな)重合反応の進行によってマトリックス中に収縮応力が蓄積され易くなり、その結果、化成処理皮膜が硬質化する。
一方、上記化成処理液の乾燥速度を速くすると、マトリックス中に上記塩が取り込まれ易くなる。但し、上記化成処理液の乾燥速度を速くするほど、上記化成処理液中において、溶解度積の小さい上記塩が沈殿(析出)し易くなる。その結果、マトリックス中に上記塩が取り込まれるよりも、化成処理皮膜中に特定のオキソ酸の重合体が生じ易くなり、この場合、加工前の平坦部の耐食性が低下し得る。そして、上記化成処理液の乾燥速度が速すぎると、マトリックス中に分散して存在する応力緩和点が減少し、この場合、曲げ加工を施した曲げ加工部にクラックが発生し易くなる。
以下に、本発明の一態様における化成処理鋼板およびその製造方法について詳述する。
<化成処理鋼板>
図1は、本発明の一態様における化成処理鋼板を模式的に示す断面図である。図1に示すように、本実施形態における化成処理鋼板1は、基材鋼板11の表面にZn系めっき層12を有するZn系めっき鋼板10と、Zn系めっき層12の表面(すなわちZn系めっき鋼板10の表面)上に形成された化成処理皮膜20と、を有する。
(Zn系めっき鋼板)
本発明の一態様において、化成処理の対象となる原板(化成処理原板)は、耐食性に優れるZn系めっき鋼板10が使用される。本実施形態における「Zn系めっき鋼板」とは、基材鋼板11の表面にZn系めっき層12を有するめっき鋼板を意味する。
Zn系めっき層12は、Zn系めっき層12と化成処理皮膜20との密着性を向上させるために、Znを40質量%以上含有することが好ましい。これは、Zn系めっき層12がZnを40質量%以上含有することにより、化成処理皮膜20が形成されるZn系めっき層12の表面においてZnを含有する相の割合が大きくなり、Zn系めっき層12と化成処理皮膜20との間において充分な密着性が得られるためである。
また、Zn系めっき層12は、Al、Mg、Si、Ti、Bからなる群から選ばれる少なくとも1種を含有してもよい。本実施形態におけるZn系めっき鋼板10のZn系めっき層12は、Al含有量が0.1質量%以上55.0質量%以下であってよく、Mg含有量が0.2質量%以上10.0質量%以下であってもよい。また、Zn系めっき層12は、基材鋼板11とZn系めっき層12との密着性を向上させるために、Siを0.005質量%以上2.0質量%の範囲で含有してもよい。さらに、Zn系めっき鋼板10の外観および耐食性に悪影響を与えるZn11Mg2相の生成および成長を抑制するために、Tiを0.001質量%以上0.1質量%以下の範囲内、および、Bを0.0005質量%以上0.045質量%以下の範囲内で含有することが好ましい。
Zn系めっき鋼板10は、溶融めっき法、電気めっき法等の一般的な製造条件にて製造されてよい。Zn系めっき鋼板10の基材鋼板11の種類は、特に限定されず、例えば、普通鋼、低合金鋼、ステンレス鋼、等を用いることができる。
(化成処理皮膜)
化成処理皮膜20は、Zn系めっき鋼板10の耐食性を向上させるための膜である。本明細書における「耐食性」とは、平坦部耐食性および加工部耐食性の両方を含む。「加工部耐食性」とは、化成処理鋼板1における、化成処理鋼板1を変形させる加工(例えば、曲げ加工)を施した部分(加工部)の耐食性であって、本願明細書では、特に180°曲げ加工のような厳しい曲げ加工を施した場合における加工部の耐食性である。「平坦部耐食性」とは、化成処理鋼板1における、上記加工部以外の部分の耐食性である。
本実施形態の化成処理皮膜20は、(i)化成処理液とZn系めっき鋼板10の表面との反応により形成された、Zn系めっき鋼板10の表面に位置する反応層(第1化成処理層)21と、(ii)該反応層21の上層に形成された、4族金属オキソ酸の重合体であるポリマーを主体とする化成処理層(第2化成処理層)22と、を有する。ここで、曲げ加工処理された場合におけるクラックの生じ易さは、主に化成処理層22の性質に関係する。また、本実施形態における化成処理皮膜20は非常に薄い膜(例えば厚さが1μm以下)であるとともに、反応層21は、厚さが更に薄く化成処理皮膜20に占める体積割合が小さい。そのため、以下では、説明の平明化のために、反応層21と化成処理層22とを区別することなく化成処理皮膜20について説明するが、以下に説明することは主に化成処理層22に関連する。
本実施形態の化成処理皮膜20について、該化成処理皮膜20を形成するために用いられる化成処理液の成分と併せて以下に説明する。
本実施形態における化成処理皮膜20は、(i)少なくとも1種の4族金属オキソ酸塩および(ii)特定のオキソ酸を含む塩の両方を少なくとも含む化成処理液を、Zn系めっき鋼板10に塗布して該化成処理液を乾燥させることにより、Zn系めっき鋼板10の表面に形成される。
4族金属オキソ酸塩としては様々な種類が存在するが、4族金属オキソ酸塩の化合物群から選択(特定)した1種の化合物を、本願明細書では説明の便宜上、「特定4族金属オキソ酸塩」と称することがある。
本実施形態の化成処理鋼板1の製造方法では、詳しくは後述するように、化成処理液の乾燥(反応)を適切に進行させるように乾燥条件を制御している。これにより得られる化成処理皮膜20は、以下のような構造を有している。
図2は、本実施形態における化成処理皮膜20の構造について説明するための模式図である。図2における符号2001に示す図は、化成処理皮膜20の内部を局所的に拡大した領域20Pにおける内部構造を模式的に示している。
化成処理皮膜20は、金属酸化物ポリマー25によってマトリックスが形成されている。金属酸化物ポリマー25とは、特定4族金属オキソ酸塩の重合により形成された、特定4族金属(図中M)と酸素(図中O)との結合を主骨格とする立体構造を有するガラス質な状態のポリマーである。このような金属酸化物ポリマー25は、金属オキソ酸塩の重合体(クラスター)として知られるポリオキソメタレート(ポリ酸とも呼ばれる)が更に多量体化した構造(ポリ酸類似構造)を有すると表現することができ、アモルファス状の金属酸化物であるとも表現できる。本明細書において、特定4族金属(図中M)に酸素(図中O)が結合(1つの金属元素に典型的には4つの酸素原子が結合)した構造を基本構造部(基本構造)26と称する。金属酸化物ポリマー25は、基本構造部26が多数結び付いて(多数回繰り返されて結合して)立体網目状に形成された構造を主構造としている。
ここで、化成処理皮膜20中にて金属酸化物ポリマー25が均質に形成されている従来の化成処理鋼板では、曲げ加工を施された場合等に、化成処理皮膜20にクラックが生じ易い。これに対し、図2における符号2002にて示す図のように、本実施形態における化成処理皮膜20は、金属酸化物ポリマー25によって形成されたマトリックスの一部として、特定4族金属Mと特定のオキソ酸とが結合した塩が、マトリックス中に分散して存在している。上記塩は、金属酸化物ポリマー25における主構造(基本構造部26をモノマーユニットとする構造)とは異なる構造を有する部分であり、本明細書において上記塩を異種構造部(第1の異種構造部)30と称する。異種構造部30は、特定4族金属Mと、特定のオキソ酸塩がイオン化したアニオン種31とが結合して形成される。異種構造部30は、金属酸化物ポリマー25の一つの末端となっており、アニオン種31は、1つの特定4族金属Mと結合している。
換言すれば、金属酸化物ポリマー25は、ポリマー構造の末端に、特定のオキソ酸と特定4族金属Mとが結合した塩からなる異種構造部30を含むとともに、特定4族金属Mと酸素との結合を主骨格とする立体構造中に、異種構造部30が分散して存在している。
実際上、化成処理皮膜20中の具体的な構造について、何らかの測定手法を用いて詳細に特定することは容易では無いが、本実施形態の化成処理鋼板は、従来よりも加工部の耐食性に優れている。このことおよび後述する構造分析の結果から、異種構造部30は、マトリックス中において連続皮膜(金属酸化物ポリマー25)に不連続な部分を形成するように分散して存在していると考えられる。
これにより、マトリックス形成時の重合反応により生じる収縮応力を緩和するように異種構造部30が作用すると考えられる。また、異種構造部30が、化成処理鋼板1に加工を施した際に生じる応力を緩和する応力緩和点として作用するとともに、化成処理皮膜20に生じたクラックの進展(伝播)を妨害する作用を奏すると考えられる。
(基本構造部)
金属酸化物ポリマー25における基本構造部26は、化成処理液に含まれる特定4族金属オキソ酸塩に由来して形成される。特定4族金属オキソ酸塩は、緻密な化成処理皮膜を形成するための成分であり、化成処理鋼板1の耐食性を向上させる。4族金属は、特に限定されるものではなく、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、またはハフニウム(Hf)を用いることができる。
なお、本願明細書において、「オキソ酸」および「オキソ酸塩」とはIUPAC NIC1990にて定義されている意味で用いる。また、4族金属オキソ酸塩は、4族金属元素である核の周囲に複数(典型的には4、5、または6個)の酸素原子が配位した構造を有する4族金属オキソ酸イオンと、何らかのカチオン種とからなる塩である。
本明細書において、特定4族金属Mとは、本実施形態における化成処理鋼板1の製造に用いた化成処理液中の「特定4族金属オキソ酸塩」に含まれる4族金属と同種の金属である。例えば、特定4族金属オキソ酸塩が炭酸ジルコニウムアンモニウムである場合、特定4族金属はジルコニウムである。金属酸化物ポリマー25の主構造は、例えば、単一種の特定4族金属を核種とする多核構造である(但し不可避的不純物として異種の4族金属を含むことを許容する)。なお、金属酸化物ポリマー25は、特定4族金属とは異なる金属を核種としてさらに含む、複数種の金属を核種とする多核構造であってもよく、この場合、主構造中に含まれる複数の金属種に対して80%以上(原子比率)が特定4族金属であることが好ましい。
4族金属オキソ酸塩は、4族金属オキソ酸の、例えば、水素酸塩、アンモニウム塩、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩などであり、特に、耐食性の観点から4族金属オキソ酸のアンモニウム塩であることが好ましく、炭酸ジルコニウムアンモニウムが特に好ましい。特定4族金属オキソ酸塩は、Zrオキソ酸塩であることが好ましい。すなわち、特定4族金属はZrであることが好ましい。
Zrオキソ酸塩を含有する化成処理液を用いる場合、基本構造部26は、Zr−Oの結合を有する。基本構造部26においては、例えば2つのZrの間に、2つのOが並列に配置されてZr−O結合を形成していてもよい。
(異種構造部)
金属酸化物ポリマー25における異種構造部30は、化成処理液に含まれる特定のオキソ酸を含む塩に由来するアニオン種31と、特定4族金属Mとが結合した塩として形成される。異種構造部30は、金属酸化物ポリマー25の立体構造における1つの末端基を形成しており、アニオン種31は、特定4族金属Mとのみ結合している。
本実施形態におけるアニオン種31は特定のオキソ酸であり、本明細書において、「特定のオキソ酸」とは、本実施形態の化成処理鋼板1の製造に用いた化成処理液中の「特定のオキソ酸を含む塩」における対アニオン(カウンターアニオンとも呼ばれる)と同種の物質である。例えば、特定のオキソ酸を含む塩がリン酸水素二アンモニウムである場合、特定のオキソ酸はリン酸である。この場合、より詳細には、異種構造部30は、例えば特定4族金属Mのリン酸二水素塩であってよく、リン酸一水素塩であってもよい。
化成処理液に含まれる特定のオキソ酸を含む塩は、少なくとも、当該化成処理液に含まれる特定4族金属オキソ酸塩とは異なる種類の塩である。換言すれば、異種構造部30を形成するアニオン種31としての特定のオキソ酸は、少なくとも、化成処理液に含まれる特定4族金属オキソ酸塩を構成する特定4族金属オキソ酸に含まれるオキソ酸とは異なる種類のものである。
特定のオキソ酸を含む塩は、例えば、リン酸塩、5族金属オキソ酸塩、6族金属オキソ酸塩(但しCrオキソ酸塩を除く)である。これらの塩は、いずれも無機高分子を形成しやすい成分であるため、特定4族金属オキソ酸塩と重合してマトリックスを形成し易いと考えられる。
リン酸塩の種類は特に限定されるものではなく、無機リン酸塩または有機リン酸塩を用いることができる。無機リン酸塩の具体例としては、リン酸アルカリ金属塩(例えば、二リン酸ナトリウム、二リン酸カリウム、トリポリリン酸ナトリウム)、リン酸アルカリ土類金属塩(二リン酸カルシウムなど)、リン酸アンモニウム(例えば、リン酸水素二アンモニウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸三アンモニウムなど)などが挙げられる。有機リン酸塩の具体例としては、1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸、ニトリロトリス(メチレン−ホスホン酸)などが挙げられる。
5族金属オキソ酸塩は、例えば、5族金属オキソ酸の、塩素酸塩、水素酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、アンモニウム塩、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、などであり、特に、耐食性の観点から5族金属オキソ酸のアンモニウム塩であることが好ましい。5族金属は、特に限定されるものではなく、V、Nb、またはTaを用いることができる。5族金属がVの場合、5族金属オキソ酸塩は、耐食性の観点から、バナジン酸塩が好ましい。
6族金属オキソ酸塩は、例えば、6族金属オキソ酸の、塩素酸塩、水素酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、アンモニウム塩、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、などであり、特に、耐食性の観点から6族金属オキソ酸のアンモニウム塩であることが好ましい。6族金属は、MoまたはWを用いることができる。なお、本願発明の対象とする化成処理は、クロムフリー処理であることから、6族金属としてはCrを除外する。
図3は、異種構造部30の具体例について説明するための図である。図3における符号3001にて示す図のように、一例では、異種構造部30は、特定4族金属Mとリン酸イオン31Aとが結合した塩である。別の例では、図3における符号3002にて示す図のように、異種構造部30は、特定4族金属Mと硫酸イオン31Bとが結合した塩である。さらに別の例では、図3における符号3003にて示す図のように、異種構造部30は、特定4族金属Mと硝酸イオン31Cとが結合した塩である。
さらには、図3における符号3004にて示す図のように、異種構造部30は、特定4族金属Mと、特定4族金属M以外の金属(例えばZn)のリン酸化合物イオン31Dとが結合した塩であってもよい。すなわち、化成処理皮膜20は、マトリックス中に、さらに、特定4族金属M以外の金属のリン酸塩(例えばZnのリン酸塩)を含有していてもよい。この場合、通常、化成処理皮膜20は、化成処理液に含まれるリン酸イオンに由来して、異種構造部30として特定4族金属Mのリン酸塩も含む。
また、図示は省略するが、アニオン種31は、5族金属オキソ酸および6族金属オキソ酸(但しCrオキソ酸を除く)の少なくとも一方であってもよい。この場合、特定4族金属Mと、5族金属オキソ酸(例えばモリブデン酸)または6族金属オキソ酸(例えばバナジン酸)と、が互いに結合して異種構造部30が形成される。
化成処理皮膜20中における異種構造部30の存在量が少ない場合、化成処理皮膜20が硬質となり、加工部耐食性が低下する。一方、化成処理皮膜20中の異種構造部30の存在量が多くなり過ぎると腐食因子のバリア性が低下し、化成処理鋼板1の平坦部耐食性が低下する。
そのため、化成処理皮膜20中に含まれる4族金属の中で、基本構造部26を形成している4族金属の原子比率をX、アニオン種31と結合して異種構造部30を形成している4族金属の原子比率をYとして、Y/(X+Y)=αとすると、αの値は0.1以上0.6以下が適正である。αの値が0.1未満では、化成処理皮膜20が硬くなりすぎ、加工部の耐食性が低下する傾向にある。一方、αの値が0.6を超えると、化成処理皮膜20が連続皮膜を形成しにくくなり、平坦部耐食性が低下する傾向となる。
上記のような原子比率の測定には、一般的な手法を用いてよい。例えば、化成処理皮膜20に対して光電子分光分析装置を用いてXPSスペクトルを測定した結果を用いて、上記X,Yを算出することができる。XPSスペクトルは、X線を照射された物体表面における表面近傍(典型的には深さ数nm)の各元素の状態に関する情報を示す。XPSスペクトルを測定する前には、測定対象とする試料に前処理を施して、清浄な試料表面とする。
一例として、特定4族金属がZrであり、異種構造部30としてZrのリン酸塩およびZrの硫酸塩を含む化成処理皮膜20についてXPSスペクトルを測定した結果および測定結果に基づいて原子比率を算出した結果を図4に示す。
図4に示すように、例えば、測定したXPSスペクトルにおけるZrの3d3/2スペクトルについて、各結合に対応するピーク位置(結合エネルギー)に基づいてピーク分離を行う。そして、分離した各ピークの面積(ピーク面積)に基づいて、上記原子比率Xおよび原子比率Yを算出する。
(第2の異種構造部)
本実施形態における化成処理皮膜20は、上記のような異種構造部30が存在するとともに、特定4族金属オキソ酸塩と、5族金属オキソ酸塩または6族金属オキソ酸塩とが重合することにより、金属酸化物ポリマー25の一部として、5族金属または6族金属を含んでいてもよい。換言すれば、5族金属または6族金属が、金属酸化物ポリマー25に含まれる特定4族金属Mの一部を置換して、金属酸化物ポリマー25中に存在してもよい。この場合、金属酸化物ポリマー25中に、基本構造部26とは大きさの異なる5族金属または6族金属のモノマーユニットが存在し、本明細書において該モノマーユニットを第2の異種構造部と称する。
化成処理皮膜20は、例えば、異種構造部30として特定4族金属Mのリン酸塩を含むとともに、マトリックス中に、より詳しくは主構造中に、5族金属オキソ酸および6族金属オキソ酸(但しCrオキソ酸を除く)の少なくとも一方をさらに含んでいてもよい。第2の異種構造部である、主構造中の5族金属オキソ酸または6族金属オキソ酸は、応力緩和点として機能し得る。そのため、第2の異種構造部を含有する化成処理鋼板1は、加工部耐食性に優れる。
(1族金属)
また、化成処理鋼板1の製造に用いられる化成処理液は1族金属を含んでいてもよく、この場合、化成処理皮膜20は1族金属を含む。1族金属は、1族金属のリン酸化合物、またはその他の化合物(例えば、水酸化物)として化成処理液に添加されてもよい。
化成処理皮膜20中に1族金属を含有することにより、化成処理皮膜20中の水酸基が増加する。これにより、化成処理皮膜20とZn系めっき鋼板10との間に結合が生じやすくなる。その結果、化成処理皮膜20とZn系めっき鋼板10との密着性を向上させることができる。また、化成処理皮膜20中の水酸基が増加すると、化成処理液を乾燥させる際に、化成処理皮膜20中から水分が除去されることを抑制される。これにより、化成処理皮膜20を形成するときに、化成処理皮膜にクラックが発生することを抑制することができる。その結果、製造される化成処理鋼板1の耐食性を向上させることができる。
また、1族金属は、化成処理液の長期保存性(処理液安定性)を向上させる機能を有する。これは、1族金属が化成処理液中に含まれることによって化成処理液中の水酸基の量が多くなることにより、4族金属およびリンが結合することを抑制できるためである。すなわち、1族金属を化成処理液に含めることにより、化成処理液がゲル状になることを抑制する、すなわち、化成処理液の長期保管性を向上させることができる。
(その他の物質)
なお、化成処理鋼板1は、化成処理皮膜20とZn系めっき鋼板10との密着性を低下させず、本実施形態における化成処理鋼板1の効果を妨げない程度の量であれば、加工時の潤滑性を付与するために化成処理皮膜20中にワックスまたは有機樹脂を含んでいてもよい。
(モル比について)
本実施形態の化成処理鋼板1の製造に用いられる化成処理液に含有される、特定4族金属オキソ酸塩等のモル比について説明すれば、以下のとおりである。
例えば、化成処理液に、特定のオキソ酸を含む塩としてリン酸塩を含むとともに1族金属を含む場合、化成処理液は、4族金属に対するリンのモル比が0.5〜4であり、4族金属に対する1族金属のモル比が0.02〜0.8であり、かつ、リンに対する1族金属のモル比が0.01以上であることが好ましい。
化成処理液中の、4族金属に対するリンのモル比が0.5よりも小さい場合、および、4族金属に対するリンのモル比が4よりも大きい場合、化成処理皮膜が塩化物イオンなどの腐食因子を透過させやすい膜となるため、化成処理鋼板の耐食性が低下してしまう。
化成処理液中の、4族金属またはリンに対する1族金属のモル比が上記の値よりも小さい場合、形成した化成処理皮膜において、1族金属に由来する水酸基の数が十分ではなくなる。そのため、4族金属およびリンを主成分とする化成処理皮膜と、Zn系めっき鋼板との間に結合が少なくなる。その結果、化成処理皮膜とZn系めっき鋼板との密着性が十分ではなくなる。
化成処理液中の、4族金属に対する1族金属のモル比が0.8よりも大きい場合、化成処理皮膜が腐食因子により分解されやすくなるため、化成処理鋼板の耐食性が低下してしまう。
また、化成処理液の長期保管性の観点からは、4族金属に対する1族金属のモル比が0.5以上であり、かつ、リンに対する1族金属のモル比が0.18以上であることが好ましい。
本実施形態の化成処理液は、例えば、4族金属の濃度が5〜35g/L、リンの濃度が0.8〜60g/L、1族金属の濃度が0.2g/L以上である。また、本実施形態の化成処理液は、上述の物質以外に、アミン、シランカップリング剤などを含んでいてもよい。アミンは、Vの価数を5価に維持した状態で、バナジウムを含む塩を化成処理液中に溶解させるとともに、モリブデン酸塩から5価または6価のMoの複合オキソ酸塩を形成させる。アミンは、分子量が80以下の低沸点アミンであることが好ましい。アミンとして、例えば、エタノールアミン、1−アミノ−2−プロパノール、エチレンジアミンなどを用いることができる。
化成処理液中の4族金属の濃度が35g/Lよりも高い場合、上記化成処理液を保存している間に、4族金属同士が結合し上記化成処理液がゲル状化してしまう。そのため、化成処理皮膜20を良好に形成することができなくなる。すなわち、本実施形態の化成処理液は、4族金属の濃度が35g/L以下とすることにより、長期保管性が高いものとなっている。
なお、化成処理液は、pHが7以上9以下の範囲内であることが好ましく、この場合、4族金属オキソ酸塩の重合が好適に進行する。
また、本実施形態における化成処理液の組成と、その化成処理液を塗布して乾燥させて形成した化成処理皮膜20の組成と、は互いにほぼ同等であることが確認されている。
(硬度について)
本実施形態の化成処理鋼板1は、化成処理皮膜20の硬度が、70HV0.01以上200HV0.01以下(ビッカース硬さ)である。このビッカース硬さは、化成処理鋼板の表面について、JIZ Z 2244で規定されたビッカース硬さ試験方法に準じて測定した値である。
(製造方法)
以下、本発明の一態様における化成処理鋼板1の製造方法(以下、単に「本製造方法」と称することがある)について、図5を用いて説明する。本製造方法の説明と併せて、化成処理液の調製についても説明する。
図5に示すように、本製造方法では、概略的には、先ず、化成処理原板としてのZn系めっき鋼板10を準備する(S1:原板準備ステップ)。次いで、Zn系めっき鋼板10に化成処理を適切に施すための前処理を行う(S2:前処理ステップ)。前処理ステップS2では、化成処理において一般的に行われる前処理を行えばよく、概略的には、Zn系めっき鋼板10の表面を清浄にする処理が行われる。
次いで、化成処理液を塗布する直前の段階(S3:処理液塗布直前ステップ)において、前処理後のZn系めっき鋼板10の板温を60℃以下とし、好ましくは50℃以下とする。前処理後のZn系めっき鋼板10の板温を常温とすることが好ましい。これは、化成処理液を塗布直前の板温が高すぎると、化成処理液の乾燥(すなわち化成処理液中での反応)が促進されることにより、所望の組織構造を有する化成処理皮膜20を得にくくなるためである。
ここで、上記Zn系めっき鋼板10に塗布するための化成処理液は、予め調製される(S10:化成処理液調製ステップ)。本実施形態における化成処理皮膜20を得るためには、化成処理液の組成が重要となる。化成処理液の溶媒は、典型的には水である。
化成処理液を調製するための原料として用いる4族金属の化合物は、水への可溶性が要求され、例えば、フッ化物塩、炭酸塩、ペルオキソ酸塩などを用いることができる。4族金属の化合物としては、炭酸塩が好ましい。
また、化成処理液を調製するための他の原料として用いる特定のオキソ酸を含む塩としては、4族金属の硝酸塩、4族金属の硫酸塩などが挙げられ、さらには乾燥時に4族金属オキソ酸塩と化合物を形成しやすいリン酸塩が挙げられる。
さらに、原料に5族金属オキソ酸塩または6族金属オキソ酸塩を用いる方法が挙げられる。加工時の皮膜のクラック発生を抑制すること、すなわち化成処理皮膜20のマトリックス中に異種構造部30を形成することができれば、特定のオキソ酸を含む塩は特に限定されない。しかし、加工部および平坦部の耐食性を充分に確保するためには、腐食因子が皮膜中に存在することは好ましくないため、原料としては、リン酸塩、または、5族金属オキソ酸塩若しくは6族金属オキソ酸塩が好ましい。
化成処理皮膜20の製造に用いる4族金属は、Zrであることが好ましい。Tiを用いる場合、水溶性の化合物はフッ化物塩であり、前記のように貯蔵安定性が低下傾向である。また、Hfは高価であるために化成処理皮膜20のコストが高くなる。
化成処理液を調製するために、4族金属の原料として、4族金属オキソ酸塩と、4族金属オキソ酸塩以外のものとを混合させても構わないが、その場合、処理液の貯蔵安定性が悪くなり得る。また、4族金属オキソ酸塩と、4族金属のフッ化物塩とを含む化成処理液を用いても構わないが、フッ化物によってめっき層が溶解し、処理液中にめっき層成分が混入することで、貯蔵安定性が悪くなり得る。
化成処理皮膜20における前述のαの値を調整するためには、処理液の乾燥過程での反応を制御することが重要である。製造条件として、Zn系めっき鋼板10に塗布する化成処理液の温度が比較的高温の場合、化成処理液の乾燥時間が短くなる。また、前述のように、Zn系めっき鋼板10の板温が比較的高温の場合も、化成処理液の乾燥時間が短くなる。
ここで、化成処理皮膜20は膜厚が1μm以下程度であり、Zn系めっき鋼板10の表面上において生じる反応は、成膜条件の変化によって大きく影響される。化成処理液の乾燥が進行するに伴い、化成処理液がゲル化および固体化して化成処理皮膜20が生成する過程において、4族金属オキソ酸塩の高分子化反応を含む各種の反応が競合して進行する。
化成処理液の温度やZn系めっき鋼板10の板温が比較的高温の場合、アニオン種31(例えばリン酸)が高分子化して析出したり、Zn系めっき層12と反応して反応層21に濃化したりすることにより、異種構造部30の存在量が小さくなる(異種構造部30を形成している4族金属の原子比率Yが小さくなり、そのためαの値が小さくなる)。
よって、前処理後のZn系めっき鋼板の表面に化成処理液を塗布する(S4:化成処理液塗布ステップ)に際して、化成処理液の液温は55℃以下とし、好ましくは50℃以下とする。化成処理液の液温は、例えば常温であることが好ましい。
化成処理液塗布ステップS4では、ロールコート法、スピンコート法、スプレー法などの手法を用いることができる。Zn系めっき鋼板10の表面への化成処理皮膜の付着量は、50〜1000mg/m2の範囲であることが好ましい。付着量が50mg/m2未満の場合、化成処理皮膜20の厚みが薄くなるため、十分な耐食性を得ることができない。また、付着量が1000mg/m2よりも多い場合、化成処理皮膜20の厚みが厚くなり過ぎてしまい、耐食性が過剰となってしまう。スポット溶接性を考慮した場合、Zn系めっき鋼板10の表面への化成処理皮膜20の付着量は、50〜500mg/m2の範囲であることがより好ましい。
次いで、化成処理液が表面に塗布されたZn系めっき鋼板10は、塗布直後から乾燥開始までの時間(本明細書において、セットリングタイムと称する)、短時間静置されることになる(S5:短時間静置ステップ)。このセットリングタイムが長いほど、化成処理液中での反応が進行し、基本構造部26を形成している4族金属の原子比率Xが高くなる。
但し、セットリングタイムが長すぎると、基本構造部26によって緻密な膜が形成される結果、加熱乾燥後の化成処理皮膜20は、金属酸化物ポリマー25中に異種構造部30を含まないことがある。そのため、セットリングタイムは35秒以下とすることが好ましく、2秒以上30秒以下とすることがより好ましい。これは、化成処理液とZn系めっき鋼板10との反応時間を確保するため、セットリングタイムは2秒以上とすることが好ましいためである。
なお、短時間静置ステップS5においても化成処理液の乾燥は多少進行する。この段階での乾燥には、Zn系めっき鋼板10の板温および化成処理液の液温が影響する。
次いで、化成処理液が表面に塗布されたZn系めっき鋼板10を加熱して、化成処理液をさらに乾燥させる(S6:加熱乾燥ステップ)。加熱乾燥ステップS6では、所望の化成処理皮膜20が得られるように、化成処理液中での反応を適正な速度で進行させる。適切な乾燥速度とすることにより、金属酸化物ポリマー25の一部である異種構造部30がマトリックス中に分散して存在する化成処理皮膜20を得ることができる。但し、乾燥速度が速すぎると、基本構造部26が生成する反応よりも、化成処理液中における溶解度積の小さい、4族金属とアニオン種31との反応生成物が析出する反応が生じ易くなる。
そのため、化成処理液が表面に塗布されたZn系めっき鋼板の温度が80℃に到達するまでの昇温時間を1秒以上10秒以下とし、好ましくは2秒以上7秒以下とする。
また、Zn系めっき鋼板10の最高到達温度が高い場合は、皮膜の脱水が進行しすぎて皮膜が硬くなり、加工部耐食性が劣化し得る。そのため、最高到達温度を170℃以下とし、好ましくは、160℃以下とする。加熱乾燥ステップS6では、例えば電気炉を用いて、大気雰囲気下にて加熱を行う。また、例えば化成処理液に窒素化合物を含む場合等には、Zn系めっき鋼板10の最高到達温度が低すぎると、化成処理皮膜20中に窒素が残存することに起因して平坦部の耐食性が低下し得る。この観点から、例えば、最高到達温度を70℃以上としてもよい。なお、本実施形態における化成処理鋼板を得ることができれば、最高到達温度は70℃未満であってもよい。
次いで、Zn系めっき鋼板10の表面に化成処理皮膜20が形成された化成処理鋼板1を冷却する(S7:冷却ステップ)。これにより、本実施形態の化成処理鋼板1が得られる。
(変形例)
本実施形態における化成処理鋼板1は、Zn系めっき鋼板10の表面に化成処理皮膜20が形成されていたが、これに限定されない。例えば、Zn系めっき層12は、基材鋼板11の表面に施された別種のめっき層(例えばAl系めっき層)の上層に形成されていてもよい。すなわち、本発明の他の一態様における化成処理鋼板は、化成処理原板として複層めっき鋼板を用いて製造されてもよい。
(小括)
以上のように、本発明の一態様における化成処理鋼板は、基材鋼板の表面にZn系めっき層を有するZn系めっき鋼板と、前記Zn系めっき層の表面上に形成された化成処理皮膜と、を有し、前記化成処理皮膜において、少なくとも1種の4族金属オキソ酸の重合体である金属酸化物ポリマーによって形成されたマトリックスの一部として、前記4族金属オキソ酸が有する4族金属と特定のオキソ酸とが結合した塩が、前記マトリックス中に分散して存在していることを特徴とする。
また、本発明の一態様における化成処理鋼板では、前記化成処理皮膜は、JIZ Z 2244で規定されたビッカース硬さ試験方法に準じて測定されたビッカース硬さが70HV0.01以上200HV0.01以下である。
また、本発明の一態様における化成処理鋼板では、前記化成処理皮膜中に含まれる前記4族金属のうち、前記金属酸化物ポリマーの基本構造を形成している前記4族金属の原子比率をX、前記特定のオキソ酸と結合して前記塩を形成している前記4族金属の原子比率をYとすると、前記化成処理皮膜は、Y/(X+Y)=0.1〜0.6である。
また、本発明の一態様における化成処理鋼板では、前記4族金属は、Zrである。
また、本発明の一態様における化成処理鋼板では、前記特定のオキソ酸がリン酸であり、前記化成処理皮膜は、前記マトリックス中に、さらに、5族金属オキソ酸および6族金属オキソ酸(但しCrオキソ酸を除く)の少なくとも一方を含む。
また、本発明の一態様における化成処理鋼板では、前記化成処理皮膜は、1族金属をさらに含有する。
また、本発明の一態様における化成処理鋼板では、前記化成処理皮膜は、前記マトリックス中に、さらに、前記4族金属以外の金属のリン酸塩を含有する。
また、本発明の一態様における化成処理鋼板では、前記特定のオキソ酸が、5族金属オキソ酸および6族金属オキソ酸(但しCrオキソ酸を除く)の少なくとも一方である。
また、本発明の一態様における化成処理鋼板では、前記Zn系めっき層は、Znを40質量%以上含有する。
また、本発明の一態様における化成処理鋼板の製造方法は、基材鋼板の表面にZn系めっき層を有するZn系めっき鋼板に対して、(i)少なくとも1種の4族金属オキソ酸塩、および、(ii)特定のオキソ酸を含む塩、の両方を含む化成処理液を塗布する化成処理液塗布ステップと、前記化成処理液塗布ステップの直後から静置時間35秒以下にて前記化成処理液の加熱乾燥を開始し、前記Zn系めっき鋼板の温度が80℃に到達するまでの昇温時間を1秒以上10秒以下とし、最高到達温度を170℃以下として前記化成処理液を乾燥させて前記Zn系めっき鋼板の表面上に化成処理皮膜を形成する加熱乾燥ステップと、を含む。
本発明の一態様における化成処理鋼板の製造方法では、前記Zn系めっき層は、Znを40質量%以上含有する。
〔附記事項〕
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、上記説明において開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
以下、本発明の一態様における化成処理鋼板の実施例について説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
本実施例においては、板厚0.5mmの極低炭素Ti添加鋼の鋼帯を基材として、表1に示した条件により、連続溶融亜鉛めっき製造ラインを用いてZnを40質量%以上含有するZn系めっき鋼板を作製し、これを原板No.1〜14とした。また、同じ鋼帯を基材として、電気亜鉛めっき法により純亜鉛めっき鋼帯を作製し、これを原板No.15とした。このNo.15のZn系めっき鋼板のZn系めっき層は、不可避的不純物を除けば純亜鉛である。
本実施例および比較例では、特定4族金属オキソ酸塩として水溶性の炭酸ジルコニウムアンモニウムを、特定のオキソ酸を含む塩としてリン酸水素二アンモニウムを水に溶解させて、Zr濃度10g/L、リン濃度1.7g/Lの化成処理液を調製した。表1に示す各種の原板に該化成処理液を塗布し、乾燥させることにより化成処理鋼板を作製した。
表2は、本発明の実施例および比較例の化成処理鋼板の製造に用いた各種の製造条件を示す表である。なお、下表2に示す製造条件No.12については、到達板温が80℃になるまで5秒要する乾燥条件で加熱し、板温が70℃になった時点で加熱を中止した。到達板温が80℃になるまでの時間は、加熱乾燥時の板温の昇温速度に対応する。
表3は、本発明の実施例および比較例の化成処理鋼板における化成処理皮膜の組成および物性、並びに化成処理鋼板の耐食性の試験結果を示す表である。
表3に示す実施例および比較例では、化成処理鋼板の原板として表1のめっきNo.1に示す溶融Zn系めっきを施したZn系めっき鋼板を用いて、化成処理鋼板No.1〜27を作製した。具体的には、まず、上記の化成処理鋼板の原板の表面を脱脂し、乾燥させた。次に、当該原板の表面に上記の化成処理液を塗布し、直後に自動排出型電気式熱風オーブンを用いて原板の温度を所定の温度まで上昇させ加熱乾燥させた。これにより、原板の表面に化成処理皮膜を形成させ、化成処理鋼板No.1〜27を作製した。
なお、化成処理鋼板No.19は、特定4族金属オキソ酸塩としてチタンフッ化アンモニウムを使用した。化成処理鋼板No.20は、炭酸ジルコニウムアンモニウムを含むがリン酸水素二アンモニウムを含まない化成処理液を用いて作製した。また、化成処理鋼板No.23は、炭酸ジルコニウムアンモニウムおよびリン酸水素二アンモニウムを含まず、五酸化バナジウムを含む化成処理液を用いて作製した。化成処理鋼板No.24は、炭酸ジルコニウムアンモニウムおよびリン酸水素二アンモニウムを含まず、モリブデン酸アンモニウムおよび五酸化バナジウムを含む化成処理液を用いて作製した。
上記の一連の工程においては、前述の実施形態にて説明した本発明の一態様における化成処理鋼板の製造方法に基づいて、各種の条件を設定した。具体的な化成処理液の温度、塗布時の鋼板の温度、セットリングタイム(塗布から乾燥開始までの時間)、乾燥条件は、表2に示した製造条件のとおりである。
(化成処理皮膜中の金属の分析)
化成処理鋼板に対して、グロー放電発光分光分析装置(SPECTRUMA ANALYTIK GmbH社製;GDA750)により、化成処理皮膜中に存在する金属元素を特定した。
(化成処理皮膜の組成)
作製した化成処理鋼板に対して、光電子分光分析装置(株式会社 島津製作所/KRATOS社製;ESCA−3400)を用いてX線源MgKαにて分析した。4族金属(例えば、Zr)の結合エネルギーに起因するXPSスペクトルを測定した。そして、化成処理皮膜におけるマトリックス中の基本構造部を形成している4族金属の結合エネルギーに起因するピーク面積と、アニオン種と結合して異種構造部を形成している4族金属の結合エネルギーに起因するピーク面積とを算出した。これにより、化成処理皮膜中に含まれる4族金属の中で、基本構造部を形成している4族金属の原子比率、および、アニオン種と結合して異種構造部30を形成している4族金属の原子比率を算出した。算出結果の一例としては、図4を参照することができる。
(化成処理鋼板の平坦部耐食性)
化成処理鋼板1〜27に対して、以下のように耐食性試験を行った。まず、化成処理鋼板の70mm×150mmの試験片の端面をシールし、JIS Z2371に準拠して塩水噴霧試験を120時間行った。次に、試験片の表面に発生した白錆を観察した。表3に、耐食性試験の結果を示す。本耐食性試験では、白錆の発生面積率が5%以下の場合は「◎」、5%より大きく10%以下の場合は「○」、10%より大きく30%未満の場合は「△」、30%以上の場合は「×」と評価し、「△」以上を合格とした。
(化成処理鋼板の加工部耐食性)
加工部の腐食試験では、JIS Z2248に準拠して、内側半径1mmになるように試験片を180度曲げ加工した後、同様な塩水噴霧を24時間継続した。そして、加工部表面に発生した白錆の面積を測定し、加工部表面に占める白錆の面積率が5%以下を「◎」、5〜10%を「○」、10〜30%を「△」、30〜50%を「黒塗り△」、50%以上を「×」として加工部の耐食性を評価し、「黒塗り△」以上を合格とした。
表3に示すように、4族金属オキソ酸塩と特定のオキソ酸を含む塩の両方を含む化成処理液を用いて、適切な成膜条件にて製造された実施例の化成処理鋼板No.1〜19は、金属酸化物ポリマーによって形成されたマトリックスの一部として、異種構造部がマトリックス中に分散して適度に存在しており、優れた平坦部耐食性および加工部耐食性を示した。
比較例の化成処理鋼板No.20は、炭酸ジルコニウムアンモニウムを含む化成処理液を用いることにより緻密な化成処理皮膜が形成されているが、化成処理皮膜中に異種構造部を含まないため、加工部耐食性に劣る。
比較例の化成処理鋼板No.21では、製造条件No.18における乾燥速度が速すぎることにより、化成処理皮膜(少なくともXPSにて測定される化成処理皮膜の表層)がZrのリン酸塩によって形成されており、Zrの基本構造部が形成されなかった。この場合、α値の算出に用いたYは、XPS測定により算出した、化成処理皮膜中に含まれる4族金属の中で、アニオン種であるリン酸と結合している4族金属の原子比率を表している。
一方で、比較例の化成処理鋼板No.22では、製造条件No.19における乾燥速度が遅すぎることにより、化成処理皮膜中(少なくともXPSにて測定される化成処理皮膜の表層)に異種構造部が形成されなかった。この場合、GDSによってZrだけでなくPが検出されることから、Pは、異種構造部以外の何らかの形で化成処理皮膜中に含まれると考えられる。
比較例の化成処理鋼板No.25〜27では、セットリングタイム、昇温時間、および到達板温のいずれかが不適な条件であったことにより、化成処理皮膜中に異種構造部が形成されなかった。例えば、Pが、異種構造部を形成することなく、Zn系めっき層直上の反応層に濃縮されたと考えられる。
上記のように、特定4族金属オキソ酸塩と、特定のオキソ酸を含む塩との両方を含む化成処理液を用いて化成処理皮膜を作製するに際して、成膜条件が非常に敏感に影響を及ぼすことがわかる。セットリングタイム、昇温時間、および到達板温等の成膜条件を適正な範囲とすることによって、異種構造部がマトリックス中に分散して適度に存在する化成処理皮膜を有する化成処理鋼板を得ることができる。
次に、表1のめっきNo.2〜14に示す各Znめっき鋼板を用いた以外は、上記と同様にして化成処理鋼板No.31〜43を作製した。表4は、化成処理鋼板No.31〜43の皮膜組成、物性および化成処理鋼板の耐食性について示す表である。
実施例の化成処理鋼板No.31〜44においても同様に、金属酸化物ポリマーによって形成されたマトリックスの一部として、異種構造部がマトリックス中に分散して適度に存在しており、優れた平坦部耐食性および加工部耐食性を示した。
また、表1のめっきNo.1に示すZn系めっき鋼板を用い、化成処理液に用いる4族化合物として硫酸ジルコニウムまたは硝酸ジルコニウムを、5族金属オキソ酸塩としてモリブデン酸アンモニウムを、6族金属オキソ酸塩として五酸化バナジウムを、1族含有化合物として硫酸ナトリウム、硝酸カリウム、またはピロリン酸ナトリウムを用いた以外は、上記と同様にして化成処理鋼板No.51〜64を作製した。化成処理鋼板No.53〜55、59、60は、化成処理液にリン酸水素二アンモニウムを添加した。表5は、化成処理鋼板No.51〜64の皮膜組成、物性および化成処理鋼板の耐食性に関する表である。
化成処理鋼板No.51、52では、異種構造部としてのZrの硫酸塩またはZrの硝酸塩がマトリックス中に分散して存在し、高い加工部耐食性を示した。
化成処理鋼板No.53〜55およびNo.59、60において、バナジン酸塩またはモリブデン酸塩は、第1の異種構造部または第2の異種構造部として、化成処理鋼板に含まれると考えられる。その結果、化成処理鋼板No.53〜55およびNo.59、60では、高い加工部耐食性を示すとともに、非常に高い平坦部耐食性を示した。
化成処理鋼板No.56〜58では、異種構造部がマトリックス中に分散した構造を有するだけでなく、化成処理皮膜中に1族金属を含むことによって、非常に高い加工部耐食性を示した。
化成処理鋼板No.61〜63では、バナジン酸またはモリブデン酸がZrと結合して第1の異種構造部を形成していると考えられる。これにより、非常に高い平坦部耐食性を示した。
化成処理鋼板No.64では、リン酸塩、バナジン酸塩、およびモリブデン酸塩が第1の異種構造部または第2の異種構造部として化成処理皮膜中に含まれるとともに、化成処理皮膜中に1族金属が含まれることによって、非常に高い平坦部耐食性かつ非常に高い加工部耐食性を示した。