以下、図面に基づき本発明の一実施形態について説明する。
<第1実施形態>
図1を参照すると、第1実施形態に係る鹿皮の羊皮紙の製造方法の全体像を示すルーチンがフローチャートで示されている。鹿皮の羊皮紙の製造方法は、大きく分けて、準備工程S1、前加工工程(第1加工工程)S2、後加工工程(第2加工工程)S3及び仕上げ工程S4を備えている。準備工程S1では、鹿の皮(鹿皮)を準備し、前加工工程S2では、鹿皮を羊皮紙にするために必要な加工を行い、後加工工程S3では、羊皮紙の出来栄えを調整する加工を行い、仕上げ工程S4では、鹿皮を乾燥及び切り分ける。したがって、鹿皮の羊皮紙は、このような工程により製造されたのちに、一般消費者へ販売される。以下、上記の準備工程S1、前加工工程S2、後加工工程S3及び仕上げ工程S4に沿って、各工程を詳細に説明する。
準備工程S1は、鹿の皮を入手する工程である。鹿の皮とは、例えば罠を用いて捕獲した野生の鹿から皮(生皮)を例えばウインチを使って剥ぎ、必要に応じて内側の肉片を刃物等で取り除いたあと、冷凍したものである。なお、鹿皮の内側の面に塩を塗り込み3日以上おいて保存性を高める塩蔵にしてもよく、準備工程S1のあとすぐに前加工工程S2を開始する場合は鹿皮を冷凍しなくてもよい。
図2を参照すると、第1実施形態に係る前加工工程S2を示すルーチンがフローチャートで示されている。また、図3を参照すると、第1実施形態に係る前加工工程S2で用いられる薬品等の一覧が表で示されている。以下、図2及び図3を参照して前加工工程S2について説明する。また、前加工工程S2では、薬品の投入や脱水、攪拌が可能なドラムに鹿皮を投入して各ステップを実行し、「漬ける」とは、例えばドラムを6.9回転/分で回転させつつ浸すことをいう。またさらに、温度調整は、ドラムの中に例えば電熱線ヒータを入れ、ドラム内の鹿皮や水溶液を加熱するようにしてもよい。なお、温度は、ドラム内に温度センサを設置して検出したドラム内の液体の温度を示しているが、ドラムに投入する鹿皮の量や密集度合いによっては、ドラムの攪拌により摩擦熱が生じて鹿皮の実温度を上昇させることがあるため、温度センサが検出する温度が、図中の温度より5〜10℃高くまたは低くなるように温度調整するようにしてもよい。
ステップS21では、鹿皮の泥汚れ等の物理的な汚れや鹿皮の毛の部分等に付着する脂を落とし、ステップS22に移行する(図2)。具体的には、図3によると、10分間、流水で鹿皮全体の汚れを落とし(流水水洗)、30分間、界面活性剤を入れた30〜35℃の水に漬け(水漬)、再度10分間、流水で鹿皮全体の汚れを落とす(流水水洗)。ここで、界面活性剤として例えばLANXESS社製のバイモールを用いた場合、鹿皮の重量に対し、水を200%、バイモールを1%以上投入するのが好ましい。このような割合にすることで、鹿皮を水に浸すのに必要充分な水の量を用い、羊皮等と比較して油分の多い鹿皮に最適な界面活性剤の濃度で脱脂することができる。また、水漬の際に使用する水の温度を30〜35℃とすることで、鹿皮の脱脂を良好に行うことができる。
ステップS22では、主に、鹿皮を脱毛石灰漬(脱毛工程)により毛が抜けやすい状態にして脱毛し、ステップS23に移行する(図2)。具体的には、図3によると、水硫化ナトリウム、硫化ナトリウム、水酸化カルシウム及び界面活性剤を含む水溶液に鹿皮を16時間(960分)漬けて脱毛を促進し(脱毛石灰漬)、30分間攪拌して鹿皮全体の脱毛を促進(攪拌)したあと、界面活性剤を含む水を入れて1時間(60分間)鹿皮の表面に付着している石灰を取り除き(水洗)、流水で鹿皮に付着した界面活性剤を10分間落とす(流水水洗)。
より詳しくは、脱毛石灰漬では、まず、鹿皮の重量に対し、水を200%、水硫化ナトリウムを2%投入して10分間鹿皮に浸透させる。その後、鹿皮の重量に対し、硫化ナトリウムを4%投入して10分間鹿皮に浸透させる。その後さらに、鹿皮の重量に対し、消石灰、換言すると、水酸化カルシウムを3%投入して4時間(240分間)鹿皮に浸透させる。このとき、水の温度が25〜28℃になるよう管理することが好ましい。そして、鹿皮の重量に対し、界面活性剤を1%投入して16時間(960分間)浸透させる。なお、界面活性剤を1%投入して浸透させる時間(16時間)については、12〜24時間程度の範囲内であればよい。
ここで、水酸化カルシウムを投入する際、まず1%投入して1時間浸透させたあと、さらに2%投入して3時間浸透させる。これにより、水酸化カルシウムを投入することによる鹿皮のpHの変動を緩やかなものにすることができる。また、水の温度が25〜28℃になるよう管理することで、鹿皮が痛むことを抑制することができる。なお、水硫化ナトリウム、硫化ナトリウム及び水酸化カルシウムを上記より多く投入するようにしてもよい。
このようにして、脱毛石灰漬では、水硫化ナトリウム及び硫化ナトリウムを投入(付加)することで、鹿皮の表皮と毛とのSS結合を切り、また、毛の根本まで融かすことで、毛を細くして脱毛及び毛の溶解することができる。また、脱毛石灰漬では、1回目(1%)の水酸化カルシウムの投入(付加)により、表皮の毛穴を広げ、毛穴と毛との間の隙間をさらに大きくするようにして脱毛を促すことができる。またさらに、脱毛石灰漬では、2回目(2%)の水酸化カルシウムの投入(付加)により、表皮のpHをさらに上げて表皮を膨潤させることができる。そして、脱毛石灰漬では、鹿皮に溶けきれずに毛根が残っている場合であっても、攪拌を行うことにより、ドラム内で鹿皮を揉むようにして表皮から毛根を押し出して取り除くことができる。このようにして脱毛してもなお残る毛根は、後述する第1漂白や第2漂白で漂白される。
次に、脱毛石灰漬で投入される各薬品の割合について説明する。水硫化ナトリウム及び硫化ナトリウムは、鹿皮の重量に対し、水硫化ナトリウムを2%、硫化ナトリウムを4%投入する、換言すると、水に対して水硫化ナトリウムが1[kg/m3]、硫化ナトリウムが2[kg/m3]の濃度となるように投入されている。これらの薬品は、羊皮に用いるとした場合の濃度の2〜4倍の濃度となるように投入されている。これにより、羊皮等と比較して鹿の毛は太く、中空管状で溶けにくい性質を有する鹿皮の毛を表皮から取り除く際の、水硫化ナトリウム及び硫化ナトリウムの割合の最適化をすることができる。
水酸化カルシウムは、鹿皮の重量に対し3%、換言すると、水に対して1.5[kg/m3]の濃度となるように投入されている。この薬品の割合は、羊皮に用いるとした場合の濃度の1.5〜3倍の濃度となるように投入されている。これにより、水酸化カルシウムによって表皮の毛穴を広げて脱毛を促進するとともに、表皮を膨潤させることで、後述するステップS23の分割を良好に実行し、ひいては厚みの薄い鹿皮の羊皮紙を製造することができる。
界面活性剤は、鹿皮の重量に対し1%、換言すると、水に対して0.5[kg/m3]の濃度となるように投入されている。この薬品の割合は、羊皮に用いるとした場合の濃度の2倍〜4倍の濃度となるように投入されている。これにより、羊皮と比較して脂の多い鹿皮を充分に脱脂することで、鹿皮の羊皮紙、すなわち紙としての特徴である、硬度やインクの吸収性を向上させることができる。
脱毛石灰漬のあと、攪拌では、30分間攪拌することで鹿皮を揉むようにして柔軟にさせ、鹿皮全体の脱毛を促進させる。攪拌のあと、水洗では、界面活性剤を含む30〜35℃の水(界面活性剤の濃度は0.5[kg/m3])を入れて1時間(60分間)鹿皮の表面に付着している石灰を取り除く。そして、水洗のあと、流水水洗では、水洗の際に鹿皮に付着した界面活性剤を洗い落とす。
このように、ステップS22では、脱毛石灰漬、攪拌、水洗及び流水水洗を行うことで、良好に脱毛を行うとともに、鹿皮の脱脂を行うことができる。また、脱毛石灰漬では、各薬品を段階的に投入することで、鹿皮のpHが急激に上昇することを抑制して鹿皮が損傷することを抑制することができる。
ステップS23では、ステップS22で脱毛した鹿皮を表側(いわゆる銀面側)と裏側とに分割して、ステップS24に移行する。ここで、ステップS23では、鹿皮の厚さが3mm以下である場合は分割せず、3mmより厚い場合にのみ分割する。これにより、鹿皮の羊皮紙の厚みを均一化することができる。また、ステップS22の脱毛石灰漬の際に2回目(2%)の水酸化カルシウムの投入をして表皮を膨潤させたことにより、ステップS23における分割精度を向上させることができる。またさらに、鹿皮を分割することで、裏面に不純物や脂の塊(不純物等)が残留している場合には、裏面を取り除くようにして表面の品質を向上させることができ、裏面に不純物等が付着していない場合は裏面をも製品にすることで、一枚の鹿皮から2枚の羊皮紙を製造することができる。
ステップS24では、鹿皮の確認作業を行い、主に大きな穴等がないかを確認及び対策をしてステップS25に移行する。ここでいう大きな穴等とは、例えば準備工程(S1)等で形成された穴のことであり、以降の工程で鹿皮が絡まる要因となる穴である。このような大きな穴がある場合は、ネットに入れて他の鹿皮と絡まることを抑制することができる。特に、脱毛がされ(ステップS22)、分割がされた(ステップS23)状態の鹿皮は、このような穴等を目視にて確認できるため、このステップS24で予め除去しておくことができる。また、分割された際の裏面側の鹿皮に銀面がなく絡まりやすいため、裏面側の鹿皮が絡むことを良好に抑制することができる。なお、ステップS23とステップS24の順番を入れ替えるようにしてもよい。
ステップS25では、主に、再石灰漬(再石灰漬工程)により鹿皮をさらに膨潤させて、脱毛石灰漬(S22)で取り切れていない表皮の毛根を除去するとともに、漂白剤として過酸化水素を35%含む過酸化水素水を投入して漂白し(第1漂白)、ステップS26に移行する(図2)。具体的には、図3によると、水酸化カルシウム及び界面活性剤を含む水溶液に鹿皮を3時間(180分)漬けて鹿皮をさらに膨潤させ、水酸化カルシウム及び界面活性剤により表皮の毛根を除去(再石灰漬)したあと、過酸化水素水を投入して16時間(960分)以上漬けて漂白(第1漂白)し、30分間攪拌して鹿皮全体の表皮の毛根の除去や漂白を促進(攪拌)したあと、流水で鹿皮に付着した水酸化カルシウム、界面活性剤及び過酸化水素を30分間落とす(流水水洗)。
より詳しくは、再石灰漬では、鹿皮の重量に対し、水を250%、水酸化カルシウムを4%、界面活性剤を1%投入して3時間(180分間)浸透させる。次に、第1漂白では、鹿皮の重量に対し、過酸化水素水を例えば8〜14%投入して16時間(960分間)以上浸透させる。すなわち、再石灰漬では、水に対して水酸化カルシウムが1.6[kg/m3]、界面活性剤が0.4[kg/m3]の濃度となるように投入され、第1漂白では、水に対して過酸化水素水が21〜36[kg/m3]となるように投入されている。これらの薬品は、羊皮に用いるとした場合の濃度の2〜4倍の濃度となるように投入されている。特に、界面活性剤は、羊皮に用いるとした場合の濃度の4倍程の濃度となるように投入されているため、羊皮と比較して脂の多い鹿皮を充分に脱脂することができる。また、羊皮紙、すなわち紙として使用するものを製造するため、過酸化水素水を投入して漂白することにより、製品の色むらをなくすことができる。なお、過酸化水素水と比較して固体の状態で保管可能な過炭酸ナトリウムを用いるようにしてもよい。
ステップS26では、主に、鹿皮の蛋白質の酸性基に結合するカルシウムイオンを脱灰(脱灰工程)により取り除き、ステップS27に移行する(図2)。具体的には、図3によると、鹿皮の重量に対し、30℃の水を100%、硫酸アンモニウムを2%、界面活性剤を1%、換言すると、水に対して硫酸アンモニウムが2[kg/m3]、界面活性剤が1[kg/m3]の濃度の水溶液(pHは8.2以下)に鹿皮を30分間漬け、鹿皮内のカルシウムイオンを硫酸アンモニウムで可溶性にして水に溶出させた(脱灰)あと、流水で鹿皮に付着した水酸化カルシウム、硫酸アンモニウム及び界面活性剤を30分間落とす(流水水洗)。このように、鹿皮からカルシウムイオンを可溶性にするため投入した硫酸アンモニウムが水溶液では酸性であるため、鹿皮のpHを低下させて膨潤状態を元に近づけることができる。なお、硫酸アンモニウムの代わりに塩化アンモニウムを用いるようにしても良い。また、硫酸アンモニウムを2%以上投入するようにしてもよく、例えばフェノールフタレインが透明になるpH8.2以下となるまで投入すればよい。
ステップS27では、主に、漂白剤として次亜塩素酸ナトリウム水溶液(濃度5%程度)を投入して漂白し、ステップS28に移行する(図2)。具体的には、図3によると、鹿皮の重量に対し、水を100%、次亜塩素酸ナトリウム水溶液を5%含む水溶液に鹿皮を15分〜30分漬けて漂白し(第2漂白)、流水で鹿皮に付着した次亜塩素酸ナトリウムを30分間落とす(流水水洗)。このように、鹿皮を次亜塩素酸ナトリウムによって漂白することで、短時間で鹿皮に残っている毛根や鹿皮の有する色素を取り除くことができる。なお、次亜塩素酸ナトリウム水溶液を含む水溶液に漬ける時間は、鹿皮を目視にて確認し、漂白の進行具合に応じて決めてもよい。
ステップS28では、主に、ピックリング(酸性保存工程)により鹿皮を酸性下にして常温での長期保存(1〜3か月)を可能な状態にし、前加工工程(S2)を終了する(図2)。具体的には、図3によると、塩化ナトリウム、界面活性剤及びギ酸に鹿皮を2時間(120分)漬けて酸性にし(pH調整工程)、防黴剤を投入する(防黴)。より詳しくは、ピックリングでは、まず、鹿皮の重量に対し、塩化ナトリウムを6%、界面活性剤を0.3%投入する。このとき、鹿皮は、塩化ナトリウムによって脱水される一方、吸水した塩化ナトリウムを溶かして水溶液にする。その後、鹿皮の重量に対し、ギ酸を4%、3分の1ずつ投入し、防黴では、防黴剤を0.1%投入して3時間(180分)漬ける。なお、ギ酸は鹿皮が漬けこまれている液体のpHが2.8〜3.2になるように入れればよく、上記の量でなくてもよい。また、説明の便宜上、一般的な皮革生地の製造工程におけるピックリングの語を用いているが、鞣しに都合のよいpHにする作業という目的ではなく、鹿皮を酸性下で保存する目的である。
ところで、鹿皮を羊皮紙とするために所定の加工(ステップS21〜S27等)を施したあと、仕上げ工程S4を実施するまでにある程度の期間(1〜3か月程度)を要する場合がある。このような場合、所定の加工を施した鹿皮を保存するためには、冷凍して保存することが考えられるが、冷凍するためには、大型の冷凍庫を準備する必要や、冷凍により鹿皮を劣化させる虞がある。したがって、ステップS28のように、ピックリングを行うことで、鹿皮の保存性を高めることができる。また、防黴剤を投入することで、鹿皮を羊皮紙にした際に劣化することを防止することができる。また、鹿皮が漬けこまれている液体のpHを2.8〜3.2とすることで、鹿皮の保存性を良好に高めるとともに次工程でのギ酸による独特の薬品臭を軽減することができる。特に、ギ酸を用いることで、一般的な皮革生地の製造工程におけるピックリング後の鞣し工程がない場合であっても、鹿皮が劣化することを抑制することができる。
図1に戻り、ステップS21〜28の工程、すなわち、前加工工程S2を終えたあと、後加工工程S3に移行する。後加工工程S3では、前加工工程S2によって加工された鹿皮に、さらに追加的に加工を施すことで、羊皮紙の出来栄えを調整する。なお、後加工工程S3は、羊皮紙に求められる色合いや厚み等によっては実施しなくてもよい。
図4を参照すると、後加工工程S3の一例である炭酸カルシウム付加工程で用いられる薬品等の一覧表が示されている。炭酸カルシウム付加工程では、鹿皮を炭酸カルシウムの飽和水溶液に浸らせ、例えば3日(所定期間)漬ける(石灰漬)。その後、鹿皮の表面に付着する炭酸カルシウムを流水で洗い流し(流水水洗)、水酸化カルシウム付加工程に移行する。なお、例えば冬場のように気温が低く鹿皮の温度も気温に準じて低い場合には、6日程度漬けるようにしてもよく、夏場のように気温が高く鹿皮の温度も気温に準じて高い場合には、3日未満にしてもよい。
ここで、炭酸カルシウム飽和水溶液に浸る鹿皮は、いわゆるエイジングが進行する。このように、鹿皮は、エイジングが進行することで、徐々に黄味がかった色合い(アイボリー)となる。したがって、鹿皮のエイジングを進行させて黄色にすることで、着色料等による色合いとは異なる風合いの色に変化させることができる。また、着色料を用いずに黄色に変化させることで、羊皮紙、すなわち筆記用の紙として用いた際にインク等の顔料の浸透を良好に保つことができる。またさらに、後述する仕上げ工程S4により、鹿皮の羊皮紙のエイジングの進行は停止するため、製品の耐食性を損なうこともなく、色合いを変更することができる。ところで、仮に、ステップS28のピックリング工程で、ギ酸の代わりに塩酸を用いた場合、鹿皮に浸透した塩酸と炭酸カルシウムが結合して塩化カルシウムを生成する。この塩化カルシウムは、鹿皮のコラーゲンを分解する等により、鹿皮を劣化させる。したがって、ステップS28のピックリング工程でギ酸を用いることで、塩化カルシウムが生成されることを防止することができる。
図5を参照すると、後加工工程S3の一例である水酸化カルシウム付加工程で用いられる薬品等の一覧表が示されている。水酸化カルシウム付加工程では、炭酸カルシウム付加工程と同様に、鹿皮を水酸化カルシウムの飽和水溶液に浸らせ、例えば3日(所定期間)漬け(石灰漬)、その後、鹿皮の表面に付着する水酸化カルシウムを流水で洗い流す(流水水洗)。さらに、鹿皮を塩化ナトリウムに漬け(例えば鹿皮の重量に対し6%の量)、pHが4になるまでギ酸を入れ(例えば鹿皮の重量に対し4%の量)、2時間漬けたあと、鹿皮の表面に付着する塩化ナトリウムやギ酸を流水で洗い流し(流水水洗)、仕上げ工程S4に移行する。なお、炭酸カルシウム付加工程と同様に漬ける期間を変更するようにしてもよい。
ここで、水酸化カルシウム飽和水溶液は、pHが12であり、鹿皮は、該鹿皮を構成する皮蛋白質であるコラーゲン以外の余分な蛋白質(表皮、毛嚢内成分、その他)や脂肪を溶出する。このように、水酸化カルシウム飽和水溶液によって鹿皮を構成する余分な蛋白質や脂肪を溶出することで、厚みを減らすことができる、換言すると、鹿皮の羊皮紙を薄く仕上げることができる。また、このように水酸化カルシウム飽和水溶液が浸透し、膨潤している鹿皮のpHを、ギ酸を用いて調整することで、鹿皮を膨潤状態から戻すことができる。
図1に戻り、後加工工程S3による加工を施したあと、仕上げ工程S4に移行する。仕上げ工程S4では、例えば、張り作業、平滑作業、乾燥作業、研磨作業、表面処理作業等の作業を行い、必要な大きさに裁断して鹿皮の羊皮紙の製品を完成させる。具体例としては、まず、木枠を用意し、該木枠にロープや釘を用いて鹿皮を張る(張り作業)。次に、円刀やセン、丸刃を鹿皮に当て、押し出すようにして水分や油分を抜く(平滑作業)。その後、風通しのよい場所に配置し、乾燥させる(乾燥作業)。このとき、ステップS28のピックリング工程で用いたギ酸は、水分と共に揮発する。なお、乾燥作業では、木枠ごと鹿皮を入れることが可能な大きさの乾燥室や乾燥機に配置して乾燥を早めるようにしてもよい。
この乾燥作業によって乾燥した鹿皮は、硬化する。このように硬化した鹿皮を必要に応じて木枠から外し、表面をヤスリやグラインダ、サンダ等で研磨して平滑にすることや、鹿皮の厚みを薄くすること、手触りの調整等をする(研磨作業)。そして、必要に応じて鹿皮の表面に石灰やタルクを撒く(表面処理作業)。この表面処理作業により、鹿皮の羊皮紙に顔料を用いて文字等を記載する際、インクが滲むことを防止することや、羊皮紙の防湿、さらには手触りを良好にすることができる。
仕上げ工程S4の別実施例として、張り作用に代えて成型作業(成形工程)を行う。具体例としては、半球形の型を覆うように鹿皮を配置して張り、以降、上記と同様の平滑作業、乾燥作業、研磨作業、表面処理作業等の作業を行う。これにより、乾燥作業によって乾燥した鹿皮は、半球形の型に沿うような形状(立体形状)で硬化して成型されるので、インテリア用品等の一部に用いることができる。ところで、鹿皮の羊皮紙の品質を向上させる方法として、筆記用紙としての実用性を高めることも考えられるが、筆記用紙以外の実用性を高めることができれば、より鹿皮の羊皮紙の品質を向上させることができる。特に、鹿皮の羊皮紙は、樹脂とは異なり鹿独特の風合いを有し、衣服等に用いる皮革と異なり和紙のように透過性を有し、さらには一般的な和紙と異なり成型性や耐火性に優れているため、筆記用の紙としての使用以外にも上記のようにインテリア用品等の一部に使用することや壁紙に用いる等の羊皮紙独特の用途で使用することができる。
以上説明したように、第1実施形態に係る鹿皮の羊皮紙の製造方法では、鹿皮を準備する準備工程S1と、準備工程S1によって準備された鹿皮を加工する前加工工程S2と、前加工工程S2によって加工された鹿皮をさらに加工する後加工工程S3と、を備え、前加工工程S2は、鹿皮に水酸化カルシウムを付加する脱毛石灰漬S22と、脱毛石灰漬S22によって鹿皮に付加された水酸化カルシウムを鹿皮から取り除く脱灰S26と、を有し、後加工工程S3は、前加工工程S2によって加工された鹿皮を炭酸カルシウム水溶液に所定期間(第1実施形態では3日以上)浸らせる炭酸カルシウム付加工程を有する。
従って、前加工工程S2のあとの工程である後加工工程S3で炭酸カルシウム付加工程を実施して鹿皮を炭酸カルシウム水溶液に3日以上浸らせることで、鹿皮のエイジングを増進させて色合いを黄味がからせることができる。
そして、後加工工程S3は、前加工工程S2によって加工された鹿皮を水酸化カルシウム水溶液に所定期間(第1実施形態では3日以上)浸らせる水酸化カルシウム付加工程を有することで、鹿皮を薄くすることができる。
そして、前加工工程S2は、脱毛石灰漬S22後であって脱灰S26の前に、鹿皮に水酸化カルシウムを付加する再石灰漬S25を有しており、再石灰漬S25では、漂白剤としての過酸化水素水を付加したので、鹿皮の毛根を取り除くと同時に鹿皮を漂白して色むらをなくすことができる。また、鹿皮の製造工程において、再石灰漬S25と過酸化水素水を付加する工程とを同時に行うことで、製造工程全体を短期化することができる。またさらに、漂白剤として過酸化水素を含む、例えば過酸化水素水を用いるようにしたので、鹿皮の漂白をしたあとの廃液を処理が簡単なものにすることができる。
そして、前加工工程S1は、前加工工程S1の最後に、鹿皮を酸性下で保存するピックリング工程S28を有し、ピックリング工程では、ギ酸を用いて鹿皮のpHを低下させるようにしたので、鹿皮を劣化させることを抑制することができる。特に、仕上げ工程S4で水分と同時にギ酸を揮発させることができるので、塩酸を用いる場合のように、鹿皮に浸透した塩酸と炭酸カルシウムとが結合して塩化カルシウムが生成され、鹿皮を劣化させることを抑制することができる。
そして、前加工工程S1や後加工工程S2によって加工された鹿皮を少なくとも乾燥させる仕上げ工程S4を備え、仕上げ工程では、鹿皮を立体形状に成形する成形工程を有するのが好ましい。
これにより、立体的な羊皮紙を成形することで、鹿皮の羊皮紙独特の模様を有し、和紙等の紙と比較して成形性が高い羊皮紙を製造することができる。
<第2実施形態>
図6を参照すると、第2実施形態に係る前加工工程S2を示すルーチンがフローチャートで示されている。また、図7を参照すると、第2実施形態に係る前加工工程S2で用いられる薬品等の一覧が表で示されている。以下、図6、7に基づき第2実施形態について説明する。なお、上記第1実施形態と共通の構成、作用効果については説明を省略し、ここでは第1実施形態と異なる部分について説明する。
第2実施形態に係る前加工工程S2では、第1実施形態に対し、ステップS27に代えてステップS127を実施する点及びステップS26の後、ステップS127の前に、ステップS126を実施する点で相違する。また、第2実施形態に係る前加工工程(第1加工工程)S2では、ステップS125で第1漂白を実施しない点及びステップS27で第2漂白を実施しない点においても第1実施形態と相違する。さらに、ステップS26では、流水水洗時の水の温度を25〜35℃の水で行う。これにより、ステップS126で用いる酵素剤の効果を高めることができる。
ステップS126では、主に、ベーチング(酵素剤付加工程)及び第3漂白により毛根をさらに除去し、ステップS127に移行する(図6)。具体的には、図7によると、酵素剤を含む水溶液(25〜35℃)に鹿皮を例えば30分間漬けて酵素による鹿皮の毛根の除去を行い(ベーチング)、過酸化水素水を投入して例えば30分間毛根を含む鹿皮の汚れを漂白し(第3漂白)、流水(20℃以下)で鹿皮に付着した酵素剤及び過酸化水素水を30分間落とす(流水水洗)。
より詳しくは、ベーチングでは、まず、鹿皮の重量に対し、水を100%、酵素剤(例えばTFL社製のロハポン)を1〜1.5%(水に対して1〜1.5[kg/m3])投入し、その後、鹿皮の重量に対し、過酸化水素水(過酸化水素の濃度が35%)を8〜14%(水に対して21〜36[kg/m3])投入して15〜60分間鹿皮に浸透させる。このようにして、ステップS126では、酵素剤及び過酸化水素水を投入(付加)することで、ステップS26までの工程で取り切れていない表皮の毛穴に残留する毛根を良好に取り除くことができる。また、ベーチング工程では、酵素剤や過酸化水素水により脱脂をされることにより鹿皮の羊皮紙を硬化させることができ、鹿皮の持つ過剰な蛋白質を溶解して必要充分なコラーゲンを保つようにして、薄く保存性のよい鹿皮の羊皮紙を製造することができる。さらに、流水の温度を20℃以下とすることで、酵素剤の活性を停止させることができる。なお、第3漂白は、鹿皮の毛穴に毛根が残留していない場合は実施しなくてもよい。
ステップS127では、主に、第4漂白により鹿皮全体の漂白をし、ステップS28に移行する(図6)。具体的には、図7によると、塩化ナトリウムを含む水溶液に鹿皮を5分間漬けて鹿皮の酸化膨潤を軽減する処置をしたあと、ギ酸を投入して15分間鹿皮を漬けることで鹿皮のpHを下げ、界面活性剤及び過マンガン酸カリウム(過マンガン酸塩)を投入して30分間漬けて漂白し、還元剤を投入してpHを上昇させたあと、流水水洗を行う(第4漂白)。なお、過マンガン酸カリウムに代えて過マンガン酸ナトリウムを使用するようにしてもよい。
より詳しくは、まず、鹿皮の重量に対し、水を100%、塩化ナトリウムを10%(水に対して10[kg/m3])投入して5分間鹿皮に浸透させる。その後、鹿皮の重量に対し、ギ酸を0.5%(水に対して0.5[kg/m3])投入して15分間鹿皮に浸透させる。その後さらに、鹿皮の重量に対し、界面活性剤を0.5%(水に対して0.5[kg/m3])、過マンガン酸カリウムを0.8〜2%(一例として1%、水に対して1[kg/m3])投入して30分間鹿皮に浸透させる。この際、水の温度を20℃以下となるように管理することが好ましい。そして、還元剤(例えばチオ硫酸ナトリウムや亜硫酸水素ナトリウム)を鹿皮の重量に対し4〜5%加え、60分間漬ける。
このようにして、ステップS127では、過マンガン酸カリウムを投入(付加)することで、漂白をしつつ鹿皮の裏面に付着しているコラーゲン以外の不純物を良好に取り除くことができる。また、予めギ酸によって鹿皮のpHを低下させることで、過マンガン酸カリウムの効果を向上させることができる。またさらに、上記第3漂白及び第4漂白を実施することで、ステップS27における第2漂白を省略することができる。そして、還元剤を投入することで、過マンガン酸カリウム固有の深紫色を無色にして鹿皮が深紫色になることを防止することができる。特に、還元剤を鹿皮の重量に対し4〜5%、過マンガン酸カリウム由来の深紫色が水溶液中から消えたあとも入れる、換言すると必要以上に入れることにより、鹿皮内に浸透している過マンガン酸カリウムを良好に取り除くことができる。
ここで、第2実施形態のステップS127では、過酸化水素(ステップS27の第2漂白)に代わり、過マンガン酸カリウム(ステップS127の第4漂白)を用いている。過マンガン酸カリウムや過マンガン酸ナトリウム等の過マンガン酸塩は、固体での保管が可能であるため、液体で保管する必要がある過酸化水素水と比較して、経時劣化等による変化が少なく、また、保管する際の体積が小さいため、保管性がよい。したがって、過マンガン酸塩を用いるようにすることで、漂白工程を行うための薬品の保管を簡易なものにすることができる。
以上説明したように、第2実施形態に係る鹿皮の羊皮紙の製造方法では、漂白剤としての過マンガン酸塩である過マンガン酸カリウムを含み、過マンガン酸カリウムは、鹿皮が酸性の際に付加する。
従って、過マンガン酸塩を含む漂白剤として例えば過マンガン酸カリウムや過マンガン酸ナトリウムを鹿皮が酸性の際に付加することで、次亜塩素酸ナトリウム等と比較して鹿皮が痛むことを抑制することができる。
そして、前加工工程S2は、を付加するベーチング工程S126を有するので、鹿皮の毛根を良好に取り除くことができる。
<第3実施形態>
図8を参照すると、第3実施形態に係る前加工工程S2で用いられる薬品等の一覧が表で示されている。以下、図8に基づき第3実施形態について説明する。なお、上記第2実施形態と共通の構成、作用効果については説明を省略し、ここでは第2実施形態と異なる部分について説明する。
第3実施形態に係る前加工工程S2では、ステップS226の第3漂白工程及びステップS127の第4漂白工程を実行しない点で第2実施形態と相違する。また、ステップS228(酸性保存工程)では、第2実施形態に係る前加工工程S2のステップS28で用いられるギ酸に代わり、硫酸が用いられている点で特に相違する。詳しくは、ステップS228では、硫酸によって鹿皮が痛むことを防止するため、鹿皮の重量に対し、水を30%入れ、硫酸を例えば1.9%入れてpHを2.8〜3.2にする点でステップS28と相違する。ここで、硫酸を入れる際、ドラムを攪拌しつつ、硫酸を水で10%に希釈し、3回に分けて入れるとよい。このように硫酸を用いると、鹿皮の持つ固有の模様が薄黒く染まる。したがって、鹿皮の持つ固有の模様を薄黒く染めることで、鹿皮独特の風合いの羊皮紙を製造することができる。
以上説明したように、第3実施形態に係る鹿皮の羊皮紙の製造方法では、鹿皮を準備する準備工程S1と、準備工程S1によって準備された鹿皮を加工する前加工工程S2と、を備え、加工工程S2は、鹿皮のpHを調整するpH調整工程を有し、pH調整工程では、鹿皮のpHを下げる際に硫酸を用いる。
これにより、鹿皮の持つ固有の模様を薄黒く染めるように、鹿皮の色合いを黒味がからせて鹿皮独特の風合いの羊皮紙を製造することができる。
また、前加工工程S2は、鹿皮を酸性下で保存するピックリング工程S228を有し、pH調整工程は、ピックリング工程S228で行うようにしたので、鹿皮が痛むことを抑制しつつ、保存中に時間をかけて鹿皮の色合いを黒味がからせることができる。
以上で本発明に係る鹿皮の羊皮紙の製造方法の説明を終えるが、本発明は上記実施形態に限られるものではなく、発明の主旨を逸脱しない範囲で変更可能である。
例えば、本実施形態では、各工程等に温度を併記したが、このような温度下での製造に限定されるものではなく、作業場の雰囲気温度等によって変動する際は、各工程に併記された温度を基準にして薬品の温度や漬ける時間を調整するようにすればよい。
また、本実施形態では、後加工工程S3として、炭酸カルシウム付加工程及び水酸化カルシウム付加工程を説明したが、目標とする鹿皮の羊皮紙の色合い等の仕上がりに応じて炭酸カルシウム飽和水溶液や水酸化カルシウム飽和水溶液に漬ける時間を変更することや、いずれか一方のみを実行するようにしてもよく、順番を入れ替えてもよい。
また、第1実施形態では第1漂白及び第2漂白を、第2実施形態では第3漂白及び第4漂白をそれぞれ実施しているが、個体差等による鹿皮の漂白度合によっては、漂白第1漂白及び第2漂白のいずれか一方、または第3漂白及び第4漂白のいずれか一方を実施しないようにしてもよい。
また、本実施形態では、ピックリング工程(ステップS28、S228)にて界面活性剤を用いているが、鹿皮の脱脂度合によっては用いなくてもよい。
また、本実施形態では、ピックリング工程S228で、pH調整工程として鹿皮のpHを下げる際に硫酸を用いるようにしたが、目標とする鹿皮の羊皮紙の色合い等の仕上がりに応じて、後加工工程(加工工程)S3の一である水酸化カルシウム付加工程(図5)のギ酸に代えて硫酸を用いるようにしてもよい。