以下、図面を参照しつつ、本発明に係る種々の実施の形態について詳細に説明する。なお、図面全体において同一符号を付された構成要素は、同一構成及び同一機能を有するものとする。
実施の形態1.
図1は、本発明に係る実施の形態1のレーダ装置1の概略構成を示すブロック図である。図1に示されるように、レーダ装置1は、ミリ波帯またはマイクロ波帯などの高周波帯の周波数変調波を周期的に生成する送信回路11と、送信回路11から入力された周波数変調波を送信する送信アンテナ10と、外部空間内に存在する目標物体(図示せず。)で反射された周波数変調波を到来波(信号波)として受信する受信アンテナ素子200〜203からなるアンテナアレイ20と、受信アンテナ素子200〜203から並列に出力された高周波帯の信号に基づいて4個の受信チャネルのディジタル受信信号(ディジタルビート信号)を生成する受信回路21と、これらディジタル受信信号にディジタル信号処理を施して目標物体との距離、目標物体の相対速度、及び目標物体で反射された到来波の到来方向(Direction−Of−Arrival,DOA)などの値を算出する信号処理回路30とを備える。
送信回路11は、信号発生器12、分配器13及び送信アンプ14を含む。信号発生器12は、信号処理回路30から供給された制御信号に従い、所定の周波数変調方式で変調された周波数変調波を繰り返し生成することで周波数変調信号を生成する。周波数変調方式としては、周波数変調連続波(Frequency Modulated Continuous Wave,FMCW)方式が使用可能である。信号発生器12は、FMCW方式で周波数変調波(チャープ波)を繰り返し生成することで周波数変調信号(チャープ信号)を生成することができる。周波数変調信号の周波数すなわち送信周波数は、ある周波数帯域幅内で時間とともに連続的に増加または減少することを繰り返すように掃引されればよい。あるいは、送信周波数は、ある周波数帯域幅内で時間とともに連続的に増加した後に連続的に減少することを繰り返すように掃引されてもよい。
分配器13は、信号発生器12から入力された周波数変調信号を送信信号と局部信号LOとに分配する。分配器13は、送信信号を送信アンプ14に出力し、局部信号LOを受信回路21に出力する。送信アンプ14は、送信信号を増幅し、当該増幅された送信信号を送信アンテナ10に出力する。そして、送信アンテナ10は、当該増幅された送信信号を外部空間に放射する。
このような送信回路11は、M個の周波数変調波を1フレームとして連続的に送信する。より具体的には、送信回路11は、あるフレーム期間内に0番目〜M−1番目の周波数変調波を連続的に出力すると、一定の時間間隔の後の次のフレーム期間内に0番目〜M−1番目の周波数変調波を連続的に出力するものとする。ここで、Mは、2以上の整数である。
図2Aは、FMCW方式の一種である高速チャープ変調(Fast Chirp Modulation,FCM)方式が採用された場合の送信波の周波数Tf及び受信波の周波数Rfのそれぞれの時間変化の例を示すグラフである。図2Aに示されるように、送信波の周波数Tfは、ノコギリ波のように変化し、指定された下限周波数f1から、指定された上限周波数f2まで時間とともに連続的に変化するように直線状に変調されている。図2Aの例では、1フレーム期間内にM個の周波数変調波(チャープ波)が連続的に送信され、受信波は、送信された周波数変調波に対して遅延時間Δtだけ遅れて受信されている。
図1を参照すると、受信アンテナ素子200〜203は、目標物体で反射された到来波を受信すると、4個の受信チャネル分の高周波帯の信号を受信器210〜213にそれぞれ出力する。図3は、アンテナアレイ20を構成する受信アンテナ素子200〜203の配置例を概略的に示す図である。図3に示される受信アンテナ素子200〜203は、直線状のベースライン上にx軸方向に沿って等間隔dで配置されている。受信アンテナ素子203の設置された位置を原点(基準点)として、x軸正方向に沿って、受信アンテナ素子203,202,201,200がこの順番で配置されている。図3の例では、x軸方向に直交するy軸方向に対して入射角θで到来波が入射する様子が示されている。y軸方向は、アンテナアレイ20のアンテナ面に対して垂直である。
受信回路21は、受信アンテナ素子200〜203にそれぞれ接続された4個の受信器210〜213を有する。各受信器21chは、受信アンテナ素子20chの出力を増幅する低雑音増幅器(Low Noise Amplifier,LNA)などの受信アンプ22chと、受信アンプ22chから出力された増幅信号を局部信号LOと混合することにより中間周波数帯のアナログビート信号を生成するミキサ回路23chと、そのアナログビート信号をディジタルビート信号に変換するA/D変換回路(ADC)24chとを含む。ここで、下付き添字chは、受信チャネル番号であり、0〜3の範囲内の整数である。
ADC24chは、チャープ波ごとにアナログビート信号を所定のサンプリング間隔でサンプリングすることによりディジタルビート信号Bk(ch,m,n)(n=0〜N−1)を生成する。ここで、mは、チャープ波の番号を示すチャープ番号(chirp index)、Nは、サンプリング点数である。また、下付き添え字kは、現在時刻、すなわち現在のフレーム期間の時刻を表す整数である。たとえば、現在のフレーム期間の時刻よりも1フレーム期間だけ過去の時刻は、k−1で表現される。ADC24chは、ディジタルビート信号Bk(ch,m,n)を、直交成分と同相成分とからなる複素信号として出力可能な機能を有する。
ADC24chは、ディジタルビート信号Bk(ch,m,n)をディジタル受信信号として信号処理回路30に出力する。なお、ミキサ回路23chとADC24chとの間に、アナログビート信号の不要な信号成分を除去するフィルタ回路が配置されてもよい。
次に、図1を参照すると、信号処理回路30は、時間領域のディジタル受信信号Bk(0,m,n)〜Bk(3,m,n)を2次元周波数領域の周波数領域信号Dk(0,fv,fr)〜Dk(3,fv,fr)にそれぞれ変換する領域変換部31と、周波数領域信号Dk(0,fv,fr)〜Dk(3,fv,fr)に基づいて目標探知情報を検出する目標探知部32と、周波数領域信号Dk(0,fv,fr)〜Dk(3,fv,fr)に基づいて相関行列Cxxを算出し、所定の固有値分解アルゴリズムを実行して当該相関行列Cxxの固有値及び固有ベクトルを推定し、当該推定された固有値及び固有ベクトルを用いて単数または複数の到来波の到来方向を推定する到来方向推定部35と、検出された目標探知情報、推定された固有値及び固有ベクトルの組及び推定された到来方向の組合せが記憶される情報記憶部34と、情報記憶部34から読み出された目標情報Dcを外部に出力する情報出力部38と、制御部39とを備えて構成されている。制御部39は、送信回路11における信号発生器12の動作を制御するとともに、領域変換部31、目標探知部32、情報記憶部34、到来方向推定部35及び情報出力部38のそれぞれの動作を個別に制御する機能を有している。制御部39は、システムバス及び制御信号線などの信号路を介して、送信回路11、領域変換部31、目標探知部32、情報記憶部34、到来方向推定部35及び情報出力部38と接続されている。
このような信号処理回路30のハードウェア構成は、たとえば、DSP(Digital Signal Processor),ASIC(Application Specific Integrated Circuit)またはFPGA(Field−Programmable Gate Array)などの半導体集積回路を有するプロセッサを用いて実現されればよい。あるいは、信号処理回路30のハードウェア構成は、メモリから読み出された信号処理用のソフトウェアまたはファームウェアのプログラムコード(命令群)を実行する、CPU(Central Processing Unit)またはGPU(Graphics Processing Unit)などの演算装置を含むプロセッサを用いて実現されてもよい。前記半導体集積回路と前記演算装置との組合せを有するプロセッサを用いて信号処理回路30のハードウェア構成を実現することも可能である。さらには、領域変換部31、目標探知部32、到来方向推定部35、情報出力部38及び制御部39はそれぞれ専用のハードウェアで構成されてもよいし、あるいは、単数または複数のハードウェアで構成されてもよい。
図4は、信号処理回路30のハードウェア構成例を概略的に示すブロック図である。信号処理回路30は、プロセッサ71、メモリ72、入出力インタフェース部73及び信号路74を含んで構成されている。信号路74は、プロセッサ71、メモリ72及び入出力インタフェース部73を相互に接続するためのバスである。入出力インタフェース部73は、受信回路21から入力されたディジタル受信信号を信号路74を介してプロセッサ71に転送する機能を有する。プロセッサ71は、転送されたディジタル受信信号にディジタル信号処理を施す。プロセッサ71は、ディジタル信号処理の結果として得られた目標情報Dcを信号路74及び入出力インタフェース部73を介して外部機器(図示せず。)に出力することができる。
メモリ72は、情報記憶部34の記憶領域を構成する不揮発性メモリと、領域変換部31,目標探知部32、到来方向推定部35,情報出力部38及び制御部39の機能を実現するための信号処理用のソフトウェアまたはファームウェアなどの信号処理プログラムを記憶する不揮発性メモリと、プロセッサ71がディジタル信号処理を実行する際に使用されるワークメモリと、当該ディジタル信号処理で使用されるデータが展開される一時記憶メモリとを含む。たとえば、メモリ72は、フラッシュメモリ,ROM(Read Only Memory)及びSDRAM(Synchronous Dynamic Random Access Memory)などの半導体メモリで構成されればよい。
なお、図4の例では、プロセッサ71の個数は1つであるが、これに限定されるものではない。互いに連携して動作する複数個のプロセッサを用いて信号処理回路30のハードウェア構成が実現されてもよい。
次に、図1に示される信号処理回路30の構成を詳細に説明する。領域変換部31は、各受信チャネルについて、ディジタル受信信号Bk(ch,m,n)(m=0〜M−1,n=0〜N−1)に2次元直交変換を施すことにより、時間領域におけるM×N点のディジタル受信信号Bk(ch,m,n)を、2次元周波数領域におけるM×N点の周波数領域信号Dk(ch,fv,fr)(fv=0〜M−1,fr=0〜N−1)に変換する。ここで、frは、目標物体との距離に相当する周波数(以下「距離周波数」という。)に割り当てられた周波数ビン番号(以下「距離周波数ビン番号」という。)であり、fvは、目標物体の相対速度に相当する周波数(以下「速度周波数」という。)に割り当てられた周波数ビン番号(以下「速度周波数ビン番号」という。)である。2次元直交変換としては、2次元離散フーリエ変換を使用すればよいが、これに限定されるものではない。周波数領域信号Dk(ch,fv,fr)は、各受信チャネル番号chごとに、距離周波数及び速度周波数に関する振幅分布を有する3次元的なデータ信号である。
図5は、実施の形態1の領域変換部31の構成例を概略的に示すブロック図である。図5に示されるように、領域変換部31は、窓関数処理部410,411,412,413からなる第1前処理部41と、チャープ内直交変換部420,421,422,423からなる第1直交変換部42と、窓関数処理部430,431,432,433からなる第2前処理部43と、チャープ間直交変換部440,441,442,443からなる第2直交変換部44とを有する。
第1前処理部41における各窓関数処理部41chは、チャープ波ごとに入力されたN点のディジタル受信信号Bk(ch,m,n)(n=1〜N)に対して窓関数処理を実行することによりN点の信号を出力する。この窓関数処理では、たとえば、ハミング窓(hamming window)関数またはブラックマン・ハリス窓(Blackman−Harris window)関数などの公知の窓関数が使用されればよい。
第1直交変換部42における各チャープ内直交変換部42chは、窓関数処理部41chから入力されたN点の信号に直交変換を施すことにより、N点の第1の周波数領域信号Tk(ch,m,fr)(fr=1〜N)を生成する。直交変換としては、高速フーリエ変換(Fast Fourier Transform,FFT)などの離散フーリエ変換が使用可能である。前述の窓関数処理部41chにおける窓関数処理は、直交変換の際に生じるスペクトルの歪みを抑制してスペクトル分解能の向上とダイナミックレンジの拡大とを両立させるための処理である。図2Bは、第1の周波数領域信号Tk(ch,m,fr)の周波数スペクトラム|Tk(ch,0,fr)|,|Tk(ch,1,fr)|,…,|Tk(ch,M−1,fr)|の例を示すグラフである。
次に、第2前処理部43における各窓関数処理部43chは、各距離周波数ビン番号frについて入力されたM点の第1の周波数領域信号Tk(ch,m,fr)(m=0〜M−1)に対して窓関数処理を実行することにより、M点の信号を出力する。この窓関数処理では、たとえば、ハミング窓関数またはブラックマン・ハリス窓関数などの公知の窓関数が使用されればよい。
第2直交変換部44における各チャープ間直交変換部44chは、各距離周波数ビン番号frについて窓関数処理部43chから入力されたM点の信号に直交変換を施すことにより、第2の周波数領域信号としてM点の周波数領域信号Dk(ch,fv,fr)(fv=0〜M−1)を生成する。直交変換としては、高速フーリエ変換などの離散フーリエ変換が使用可能である。また、前述の窓関数処理部43chにおける窓関数処理は、直交変換の際に生じるスペクトルの歪みを抑制してスペクトル分解能の向上とダイナミックレンジの拡大とを両立させるための処理である。
図1を参照すると、目標探知部32は、4個の受信チャネル分の周波数領域信号Dk(ch,fv,fr)(ch=0〜3)を入力とし、これら周波数領域信号Dk(ch,fv,fr)を受信チャネル番号chについて積分することにより、2次元周波数(距離周波数及び速度周波数)に関する積分信号Ik(fv,fr)を生成する。たとえば、目標探知部32は、次式(1)に示されるように、周波数領域信号Dk(ch,fv,fr)の絶対値の2乗|Dk(ch,fv,fr)|2をチャネル番号chについて加算(インコヒーレント積分)することにより積分信号Ik(fv,fr)を生成すればよい。
次に、目標探知部32は、積分信号Ik(fv,fr)の分布からピーク値を検出し、当該検出されたピーク値の位置(以下「ピーク位置」という。)を示す距離周波数ビン番号及び速度周波数ビン番号の組(fvp,frp)を得ることができる。たとえば、閾値th0を用いて、次の条件式(2)〜(6)を全て満たす積分信号Ik(fv,fr)をピーク値として検出することができる。ここで、閾値th0は、ノイズレベル相当の電力の信号を除外することを可能とする閾値である。
Ik(fv,fr−1) < Ik(fv,fr) (2)
Ik(fv,fr) > Ik(fv,fr+1) (3)
Ik(fv−1,fr) < Ik(fv,fr) (4)
Ik(fv,fr) > Ik(fv+1,fr) (5)
Ik(fv,fr) > th0 (6)
目標探知部32は、距離周波数ビン番号frpから当該目標物体との距離を算出することができ、速度周波数ビン番号fvpから当該目標物体の相対速度を算出することができる。なお、目標探知部32は、当該目標物体を識別し、その識別結果を生成してもよい。そして、目標探知部32は、時刻情報、ピーク位置(距離周波数ビン番号及び速度周波数ビン番号の組)、目標物体との距離及び目標物体の相対速度などの目標探知情報を到来方向推定部35に供給し、情報記憶部34に記憶させる。
なお、上記のとおり、目標探知部32は、積分信号Ik(fv,fr)を算出するためにインコヒーレント積分を実行するが、これに限定されるものではない。インコヒーレント積分に代えて、コヒーレント積分を含む他の処理が採用されてもよい。
また、閾値th0については、上記の手法に代えて、一般的なレーダ技術で使われているCFAR(Constant False Alarm Rate)などの手法を採用して閾値th0が決定されてもよい。
図1に示される到来方向推定部35は、周波数領域信号Dk(0,fv,fr)〜Dk(3,fv,fr)に基づいて相関行列Cxxを算出する相関算出部52と、所定の固有値分解アルゴリズムに基づく反復演算を実行することにより相関行列Cxxの固有値を推定する固有値算出部53と、相関行列Cxxの固有ベクトルを推定する固有ベクトル算出部54と、当該推定された固有値及び固有ベクトルを用いて単数または複数の到来波の到来方向を推定する到来方向算出部55とを有する。到来方向推定部35は、当該推定された固有値及び固有ベクトルとともに当該推定された到来方向を、目標探知部32で検出された目標探知情報と関連付けて情報記憶部34に記憶させる。
図6は、情報記憶部34に記憶された目標情報DDk(p)の一例を示す図である。目標情報DDk(p)は、現在時刻kに検出されたp番目の到来波(pは1以上の整数)に関する情報である。図6に示されるように目標情報DDk(p)は、識別子、目標物体の検出頻度を表す連続検出回数Nk、時刻kを表す時刻情報、ピーク位置(距離周波数ビン番号と速度周波数ビン番号)、目標物体との距離、目標物体の相対速度、固有値、固有ベクトル及び到来方向の組み合わせを含む。目標情報DDk(p)における目標探知情報は、時刻情報、ピーク位置(距離周波数ビン番号及び速度周波数ビン番号の組)、距離及び相対速度を含んで構成される。図1に示されるように、情報記憶部34には、現在時刻kよりも前の時刻k−1に関する目標情報DDk−1(1),DDk−1(2),…も記憶されている。
さらに、本実施の形態の到来方向推定部35は、比較検索部51を有する。比較検索部51は、情報記憶部34に記憶されている目標情報を検索して、現在時刻kに検出された最新の目標探知情報と一致または類似する先の目標探知情報と、当該先の目標探知情報に対応する先の固有ベクトルとを情報記憶部34から取得することができる。ここで、先の目標探知情報とは、現在時刻kよりも前の時刻k−i(iは1以上の整数)に検出されている目標探知情報である。
比較検索部51は、情報記憶部34から取得した先の固有ベクトルを、固有値算出部53に供給する。以下に説明するように、固有値算出部53は、当該先の固有ベクトルと相関行列Cxxとを用いて固有値分解アルゴリズムに基づく反復演算を実行することができるので、当該先の固有ベクトルを使用せずに固有値分解アルゴリズムに基づく反復演算を実行する場合と比べると、短い演算時間で相関行列Cxxの固有値を推定することができる。これにより、到来方向推定部35は、短い演算時間で、目標物体で反射された到来波の到来方向を推定することが可能である。
以下、図7〜図10を参照しつつ、実施の形態1のレーダ装置1の動作を説明するとともに、到来方向推定部35の動作及び構成を詳細に説明する。
図7は、実施の形態1のレーダ装置1におけるレーダ処理の一例を示すフローチャートである。図8〜図10は、到来方向推定部35によって実行される到来方向推定処理の一例を示すフローチャートである。図8のフローチャートは、結合子C0を介して図9のフローチャートと結合しており、結合子C1を介して図10のフローチャートと結合している。図10のフローチャートは、結合子C2を介して図9のフローチャートと結合している。
図7を参照すると、上記のとおり、送信回路11は、制御部39から送信開始命令を示す制御信号を受けると、この送信開始命令に応じて、FMCW方式などの所定の周波数変調方式に従い、周波数変調波(チャープ波)を送信する(ステップST10)。その後、受信アンテナ素子200〜203が目標物体で反射された到来波を受信すると(ステップST11)、受信回路21は、受信アンテナ素子200〜203の出力に基づいて、ディジタル受信信号Bk(0,0,n),Bk(1,0,n),Bk(2,0,n),Bk(3,0,n)(n=0〜N−1)を生成する(ステップST12)。その後、1フレーム分のM個の周波数変調波が送信されるまで(ステップST13のNO)、ステップST10,ST11,ST12が繰り返し実行される。この結果、1フレーム期間内にM個の周波数変調波が連続して送信され、受信回路21は、M×N点のディジタル受信信号Bk(0,m,n),Bk(1,m,n),Bk(2,m,n),Bk(3,m,n)(m=0〜M−1,n=0〜N−1)を生成する。送信を終了するとの判定(ステップST13のYES)がなされると、次のステップST14が実行される。
ステップST14では、上記のとおり、領域変換部31は、各受信チャネル番号chについてM×N点の周波数領域信号Dk(ch,fv,fr)(fv=0〜M−1,fr=0〜N−1)を生成する。
次に、目標探知部32は、領域変換部31から入力された周波数領域信号Dk(ch,fv,fr)を受信チャネル番号chについて積分することにより積分信号Ik(fv,fr)を生成する(ステップST15)。続けて、目標探知部32は、積分信号Ik(fv,fr)に基づいて目標探知情報(ピーク位置、目標物体との距離及び目標物体の相対速度)の検出を試みる(ステップST16)。目標探知情報が検出されなかった場合(ステップST17のNO)、制御部39はレーダ処理を続行するか否かを判定する(ステップST22)。レーダ処理を続行すると判定した場合には(ステップST22のYES)、制御部39はレーダ処理の手順をステップST10に戻す。一方、レーダ処理を続行しないと判定した場合には(ステップST22のNO)、制御部39はレーダ処理を終了させる。
ところで、ステップST17にて目標探知情報が検出された場合(ステップST17のYES)、目標探知部32は、その目標探知情報を情報記憶部34に記憶させる(ステップST18)。このとき、目標探知部32は、図6に示した連続検出回数Nkの値を零に設定する。
その後、到来方向推定部35は、到来方向推定処理を実行する(ステップST20)。図8を参照すると、先ず、相関算出部52は、空間平均法(SSP:Spatial Smoothing Preprocessing)に基づき、周波数領域信号Dk(0,fv,fr)〜Dk(3,fv,fr)を用いて相関行列(最新の相関行列)Cxxを算出する(ステップST30)。具体的には、相関算出部52は、相関行列Cxxの算出のために、次式(7)に示される相関行列Rxxを利用する。
Rxx=Xk・Xk H (7)
式(7)において、ドット記号「・」は、行列の積を表し、上付き添字Hは、エルミート共役(共役転置)を表す。相関行列Rxxは、受信チャネル数と同一の行数と受信チャネル数と同一の列数とを有するエルミート行列である。式(7)におけるXkは、次式(8)に示されるように、周波数領域信号Dk(0,fv,fr)〜Dk(3,fv,fr)を要素とする4行1列のベクトルである。
相関算出部52は、たとえば、次式(9)に示すように、式(7)に示した相関行列Rxxから抽出されたQ個の部分相関行列Rxx(q)(q=1,…,Q)に係数zq(=1/Q)を重み付けし、重み付けされた部分相関行列zq×Rxx(q)を加算することで、空間平均法に基づく相関行列Cxxを算出することができる。
式(9)は、Q点の平均化処理を実行する式である。一般に、Q点の平均化処理が行われる場合、相関行列RxxがK行K列の正方行列であれば(Kは3以上の整数)、相関行列Cxxは、(K−Q+1)行(K−Q+1)列の正方行列となる。本実施の形態では、4行4列の相関行列Rxxから、当該相関行列Rxxの対角線に沿って3行3列の部分相関行列Rxx(1),Rxx(2)を2個抽出することが可能である。式(7)の相関行列Rxxをそのまま使用せずに、式(9)の相関行列Cxxを使用することで、到来波間の相互相関を抑圧することができるという利点がある。なお、上記した空間平均法に限らず、他の空間平均法を使用して相関行列Cxxが算出されてもよい。
上記ステップST30の実行後、比較検索部51は、情報記憶部34に記憶されている、現在時刻kよりも前の時刻k−iに検出された先の目標探知情報の中から、ステップST16で検出された最新の目標探知情報と一致または類似する先の目標探知情報を検索する(ステップST31)。ここで、時刻k−iは、現在時刻kに対してiフレーム期間だけ前の時刻である(iは、たとえば1〜9の範囲内の整数)。最新の目標探知情報が検出された現在時刻kと、情報記憶部34に記憶されている先の目標探知情報が検出された時刻k−iとの間の差が小さいほど、最新の目標探知情報と当該先の目標探知情報との間の相関が高いと期待することができる。そこで、比較検索部51は、時刻k−iを、現在時刻kに対して直前の時刻k−1(i=1)に限定することができる。比較検索部51は、時刻k−1に検出された先の目標探知情報が存在しない場合には、時刻k−1よりも前の時刻に検出された先の目標探知情報の中から、最新の目標探知情報と一致または類似する先の目標探知情報を検索してもよい。
より具体的には、比較検索部51は、最新の目標探知情報の各々について、情報記憶部34に記憶されている先の目標探知情報と最新の目標探知情報との間の類似度または相違度(たとえば、類似度と逆比例する値)を算出し、当該類似度または相違度に基づき、情報記憶部34に記憶されている先の目標探知情報の中から、当該最新の目標探知情報と一致または類似する先の目標探知情報を1つ探し出すことができる。
図6に例示したように、目標探知情報は、時刻情報、ピーク位置(距離周波数ビン番号及び速度周波数ビン番号の組)、検出された目標物体との距離及び相対速度などの複数の要素からなるので、目標探知情報に基づいてそれら複数の要素の全部または一部からなるベクトルを構成することができる。比較検索部51は、最新の目標探知情報に基づいて構成されたベクトルと、先の目標探知情報に基づいて構成されたベクトルとの間のユークリッド距離またはマンハッタン距離などのベクトル間距離(ノルム)またはそのベクトル間距離の2乗を相違度として算出することができる。あるいは、比較検索部51は、相違度の逆数を類似度として算出してもよい。
たとえば、時刻kで検出されたpk番目(pkは1以上の整数)の目標物体との距離をrk(pk)、時刻kで検出されたpk番目の目標物体の相対速度をvk(pk)、時刻kで検出されたpk番目のピーク位置を示す距離周波数ビン番号及び速度周波数ビン番号をそれぞれfrk(pk),fvk(pk)と表すものとする。また、時刻kよりも前の時刻t(t=k−i)で検出されたpt番目(ptは1以上の整数)の目標物体との距離をrt(pt)、時刻tで検出されたpt番目の目標物体の相対速度をvt(pt)、時刻tで検出されたpt番目のピーク位置を示す距離周波数ビン番号及び速度周波数ビン番号をそれぞれfrt(pt),fvt(pt)と表すものとする。このとき、最新の目標探知情報に基づいて構成されるpk番目のベクトルVk(pk)と、前の時刻tに検出された先の目標探知情報に基づいて構成されるベクトルVt(pk)とは、たとえば、次式(10A),(11A)の組、または次式(10B),(11B)の組によって表現可能である。
この場合、比較検索部51は、式(10A),(11A)の組、または式(10B),(11B)の組のいずれか一方を用いて、次式(12A)または(12B)に示すように相違度Δ(k,pk,t,pt)を算出することができる。
あるいは、比較検索部51は、重み係数w1,w2を用いて次式(13A)または(13B)に示すように相違度Δ(k,pk,t,pt)を算出してもよい。
重み係数w1,w2の値は、過去の測定結果に基づいて予め設定または算出されたものでよい。重み係数w1,w2の値を調整することで、比較検索部51は、相対速度または距離のいずれか一方を重視した検索を行うことが可能となる。
比較検索部51は、最新の目標探知情報の各々について、情報記憶部34に記憶されている先の目標探知情報の中から、当該最新の目標探知情報との類似度が一定値以上であり、かつ、最大の類似度を有するものを1つだけ探し出せばよい。あるいは、比較検索部51は、最新の目標探知情報の各々について、情報記憶部34に記憶されている先の目標探知情報の中から、当該最新の目標探知情報との相違度が一定値以下であり、かつ、最小の相違度を有するものを1つだけ探し出せばよい。
次に、最新の目標探知情報の各々について、当該最新の目標探知情報と一致または類似する先の目標探知情報が探し出されなかった場合は(ステップST32のNO)、比較検索部51、固有値算出部53及び固有ベクトル算出部54は、ステップST34,ST41〜ST49,ST61〜ST66(図9)を実行する。一方、最新の目標探知情報の各々について、当該最新の目標探知情報と一致または類似する先の目標探知情報が探し出された場合は(ステップST32のYES)、比較検索部51、固有値算出部53及び固有ベクトル算出部54は、ステップST35,ST36(図8),ステップST37〜ST39,ST51〜ST59(図10)、及び、ステップST49,ST61〜ST66(図9)を実行することができる。たとえば、最新の目標探知情報が2つ検出された場合、検出された最新の目標探知情報のうちの第1の最新の目標探知情報と一致または類似する先の目標探知情報が探し出されなかったときは、ステップST34,ST41〜ST49,ST61〜ST66(図9)が実行され、検出された最新の目標探知情報のうちの第2の最新の目標探知情報と一致または類似する先の目標探知情報が探し出されたときは、ステップST35,ST36(図8),ステップST37〜ST39,ST51〜ST59(図10),及び、ステップST49,ST61〜ST66(図9)が実行される。
最新の目標探知情報と一致または類似する先の目標探知情報が探し出されなかった場合は(ステップST32のNO)、固有値算出部53及び固有ベクトル算出部54は、ステップST30で算出された相関行列Cxxを初期行列として用いた固有値分解(Eigenvalue Decomposition)アルゴリズムに基づく反復演算を実行することにより相関行列Cxxの固有値及び固有ベクトルを算出する(図9のステップST34,ST41〜ST48)。
具体的には、固有値算出部53は、たとえば公知のハウスホルダー(Householder)法に基づき、変換行列H0を用いて相関行列Cxxをヘッセンベルグ行列A(0)に変換し(ステップST34)、反復回数jの値を零に設定する(ステップST41)。次いで、固有値算出部53は、公知のQR分解(QR decomposition)法に基づいて行列A(j)をユニタリ行列Qjと上三角行列Rjとの積に分解する(ステップST42)。続いて、固有値算出部53は、ユニタリ行列Qjを用いて次式(14)に示すように行列A(j)を相似変換することで相似変換行列Tを算出する(ステップST43)。
T=Qj H・A(j)・Qj (14)
次に、固有値算出部53は、相似変換行列Tが収束したか否か、すなわち相似変換行列Tが所定の収束条件を満たすか否かを判定する(ステップST44)。相似変換行列Tが収束していないと判定された場合(ステップST44のNO)、固有値算出部53は、反復回数jを1だけインクリメントし(ステップST45)、相似変換行列Tの要素を行列A(j)に代入する(ステップST46)。続けて、固有値算出部53は、ステップST42,ST43,ST44を実行する。最終的に、相似変換行列Tが収束したと判定された場合(ステップST44のYES)、固有値算出部53は、相似変換行列Tの対角要素を相関行列Cxxの固有値Λ(0),…,Λ(n−1)(nは正整数)と推定することができる(ステップST47)。
ステップST47の実行後、固有ベクトル算出部54は、ステップST43で使用されたユニタリ行列Q0,Q1,…,QNq−1とステップST34で使用された変換行列H0とを用いた逆変換を実行して、相関行列Cxxの固有ベクトルv(0),…,v(n−1)を算出する(ステップST48)。固有ベクトルv(0),…,v(n−1)は、固有値Λ(0),…,Λ(n−1)にそれぞれ対応するものである。具体的には、固有ベクトル算出部54は、次式(15)に基づいて、固有ベクトルv(0),…,v(n−1)を算出することができる。
ここで、Nqは、相似変換行列Tが収束するまでに要した反復回数である。
ステップST48の実行後、到来方向算出部55は、相関行列Cxxの固有値Λ(0),…,Λ(n−1)及び固有ベクトルv(0),…,v(n−1)を並べ替える(ステップST49)。具体的には、到来方向算出部55は、固有値Λ(0),…,Λ(n−1)を降順(大きい方から順)に並べ替えることによって、次式(16)を満たす固有値λ(0),…,λ(n−1)を得る。
λ(0)≧ … ≧λ(n−1) (16)
式(16)は、α<βを満たす任意の整数α,βに対して、λ(α)≧λ(β)が常に成立することを意味する。また到来方向算出部55は、固有ベクトルv(0),…,v(n−1)を並べ替えることで、固有値λ(0),…,λ(n−1)にそれぞれ対応する固有ベクトルvc(0),…,vc(n−1)を得る。
次に、到来方向算出部55は、ステップST49で得られた固有値λ(0)〜λ(n−1)の大きさに基づいて到来波数Niを推定する(図9のステップST61)。具体的には、到来方向算出部55は、ノイズレベルの想定値σ2を閾値として使用し、固有値λ(0)〜λ(n−1)のうち閾値σ2よりも大きな固有値λ(0),…,λ(Ni−1)の個数(Niは正整数)を到来波数Niとして推定することができる。あるいは、到来方向算出部55は、固有値λ(0),…,λ(n−1)のうちkz番目に大きな固有値に予め設定された係数を乗算して得た値を閾値th1として使用し、固有値λ(0),…,λ(n−1)のうち閾値th1よりも大きな固有値λ(0),…,λ(Ni−1)の個数を到来波数Niと推定してもよい。ここで、kzは、n以下の整数であり、想定される到来波の数よりも大きく、かつノイズレベル相当と推定できる固有値の番号である。
次に、到来方向算出部55は、ESPRIT法に基づくアルゴリズムを実行して、目標物体で反射された単数または複数の到来波の到来方向を推定する(ステップST62〜ST65)。
具体的には、到来方向算出部55は、先ず、固有ベクトルvc(0),…,vc(n−1)の中から、到来波数Niに対応する固有ベクトルvc(0),…,vc(Ni−1)を抽出し、これら固有ベクトルvc(0),…,vc(Ni−1)で構成される部分空間行列Esから、部分行列Ex,Eyを生成する(ステップST62)。部分空間行列Esは、次式(17)で与えられる。
Es=[vc(0),…,vc(Ni−1)] (17)
部分空間行列Esは、式(17)に示したように、固有ベクトルvc(0),…,vc(Ni−1)を列の要素(列ベクトル)とする行列である。到来方向算出部55は、たとえば、部分空間行列Esの1行目からL−1行目(Lは受信アンテナ素子の個数)までの固有ベクトルで部分行列Exを生成することができ、部分空間行列Esの2行目からL行目までの固有ベクトルで部分行列Exを生成することができる。
ステップST62の実行後、到来方向算出部55は、次式(18)を満たす行列ψを算出し(ステップST63)、行列ψの固有値を算出する(ステップST64)。
Ey=Ex・ψ (18)
行列ψの算出法としては、部分行列Exの逆行列に相当する擬似逆行列を使用するLS(Least Squares)−ESPRIT法と、部分行列Ex,Eyに含まれる誤差の影響を最小化するTLS(Total−Least−Squares)−ESPRIT法とが知られている。到来方向算出部55は、LS−ESPRIT法またはTLS−ESPRIT法などの公知のESPRIT法に基づいて行列ψを算出すればよい。到来波数Niに応じて部分行列Eyの列のサイズは変わるため、部分行列Eyは正方行列であるとは限らない。LS−ESPRIT法では、部分行列Exの擬似逆行列を部分行列Eyに乗算することで、行列ψが算出可能である。また、行列ψはエルミート行列とは限らない。行列ψの固有値の算出法としては、たとえば、上記ステップST34,ST41〜ST47と同様の方法を使用することができるが、特に限定されるものではない。
次に、到来方向算出部55は、ステップST64で得られた、行列ψの各固有値の複素偏角(位相)φを用いて各到来波の到来方向を算出する(ステップST65)。図3に示したように受信アンテナ素子200〜203が等間隔で配列されている場合には、行列ψの固有値λが与えられたとき、到来波の到来方向を示す入射角θは、たとえば次式(19)に基づいて算出可能である。
θ=Arcsin(λ・φ/(2πd)) (19)
ここで、Arcsin()は、逆正弦を求める関数であり、λは、信号波長である。
そして、到来方向算出部55は、相関行列Cxxの固有ベクトルvc(0)〜vc(n−1)、固有値λ(0)〜λ(n−1)及び到来方向θ1〜θNiを、最新の目標探知情報と関連付けて情報記憶部34に記憶させる(ステップST66)。
ステップST66の実行後、情報出力部38は、情報記憶部34から、目標物体との距離、目標物体の相対速度及び到来方向などの目標情報Dcを読み出して外部に出力する(図7のステップST21)。外部に出力された目標情報Dcは、たとえば、後段の処理装置で追尾処理に使用されるか、あるいは、表示装置に表示される情報として使用される。その後、制御部39は、レーダ処理を続行すると判定した場合には(ステップST22のYES)、レーダ処理の手順をステップST10に戻す。一方、レーダ処理を続行しないと判定した場合には(ステップST22のNO)、制御部39はレーダ処理を終了させる。
一方、図8を参照すると、ステップST31で最新の目標探知情報と一致または類似する先の目標探知情報が探し出されていた場合は(ステップST32のYES)、比較検索部51は、当該最新の目標探知情報の連続検出回数Nkを、探し出された先の目標探知情報の連続検出回数Nk−iを1だけインクリメントして得た値(=Nk−i+1)に設定する(ステップST35)。そして、比較検索部51は、連続検出回数Nk−iが所定の閾値Nth以上であるか否かを判定する(ステップST36)。連続検出回数Nk−iが閾値Nth以上であると判定されたとき(ステップST36のYES)、固有値算出部53及び固有ベクトル算出部54は、当該先の目標探知情報に対応する先の固有ベクトルvb(0),…,vb(n−1)(nは正整数)と相関行列Cxxとを用いて、固有値分解アルゴリズムに基づく反復演算を実行することにより相関行列Cxxの固有値及び固有ベクトルを算出する(図10のステップST37〜ST39,ST51〜ST59)。連続検出回数Nk−iが閾値Nth未満であると判定されたときは(ステップST36のNO)、ステップST34(図9)が実行される。このように、目標物体の検出頻度を表す連続検出回数Nkが所定の閾値Nth以上のとき、固有値算出部53及び固有ベクトル算出部54は、信頼度の高い先の目標探知情報を用いた反復演算を実行することができる。閾値Nthの値としては、たとえば、2を設定することができる。
次に、図10を参照すると、ステップST37において、固有値算出部53は、次式(20)に基づき、当該先の目標探知情報に対応する先の固有ベクトルvb(0),…,vb(n−1)に基づいて変換行列Bを算出する。
B=[vb(0),…,vb(n−1)] (20)
相関行列Cxxはn行n列の正方行列である。変換行列Bは、式(20)に示したような、先の固有ベクトルvb(0)〜vb(n−1)を列の要素(列ベクトル)とする行列である。相関行列Cxxはエルミート行列であるので、一般的に、列ベクトルvb(0)〜vb(n−1)は互いに直交し、変換行列Bはn行n列のユニタリ行列である。
次いで、固有値算出部53は、変換行列Bを用いた相似変換を実行する(ステップST38)。すなわち、固有値算出部53は、次式(21)に示すように、変換行列Bを相関行列Cxxに右方から乗算し、かつ変換行列Bの随伴行列BHを相関行列Cxxに左方から乗算して、相似変換行列Γを算出する。
Γ=BH・Cxx・B (21)
ステップST38の実行後、固有値算出部53は、たとえば公知のハウスホルダー法に基づき、変換行列H1を用いて相似変換行列Γをヘッセンベルグ行列A(0)に変換し(ステップST39)、反復回数jの値を零に設定する(ステップST51)。
次いで、固有値算出部53は、ステップST42と同様に、QR分解法に基づいて行列A(j)をユニタリ行列Qjと上三角行列Rjとの積に分解し(ステップST52)、ステップST43と同様に、ユニタリ行列Qjを用いて行列A(j)を相似変換することで相似変換行列Tを算出する(ステップST53)。次に、固有値算出部53は、ステップST44と同様に、相似変換行列Tが収束したか否か、すなわち相似変換行列Tが所定の収束条件を満たすか否かを判定する(ステップST54)。相似変換行列Tが収束していないと判定された場合(ステップST54のNO)、固有値算出部53は、反復回数jを1だけインクリメントし(ステップST55)、相似変換行列Tの要素を行列A(j)に代入する(ステップST56)。続けて、固有値算出部53は、ステップST52,ST53,ST54を実行する。
最終的に、相似変換行列Tが収束したと判定された場合(ステップST54のYES)、固有値算出部53は、相似変換行列Tの対角要素を相関行列Cxxの固有値Λ(0),…,Λ(n−1)(nは正整数)と推定することができる(ステップST57)。
ステップST57の実行後、固有ベクトル算出部54は、ステップST48と同様に、ステップST53で使用されたユニタリ行列QjとステップST39で使用された変換行列H1とを用いた逆変換を実行して、変換行列Γの固有ベクトルx(0),…,x(n−1)を算出する(ステップST58)。
その後、固有ベクトル算出部54は、次式(22)に示すように、ステップST38で使用された変換行列Bを用いて、変換行列Γの固有ベクトルx(κ)から相関行列Cxxの固有ベクトルv(κ)を算出する(ステップST59)。
v(κ)=B・x(κ) (22)
式(22)中、κは、0〜n−1の範囲内の任意の整数である。固有ベクトルv(0),…,v(n−1)は、固有値Λ(0),…,Λ(n−1)にそれぞれ対応するものである。
相関行列Cxxは、エルミート行列であるので、固有値Λ(0)〜Λ(n−1)に対応する固有ベクトルv(0)〜v(n−1)は、一般に、n個の線形独立なベクトルである。また、固有値Λ(0)〜Λ(n−1)が縮退している場合であっても、線形独立な固有ベクトルv(0)〜v(n−1)を選ぶことは可能である。同様に、先の固有ベクトルvb(0)〜vb(n−1)も、n個の線形独立な固有ベクトルであり、先の固有ベクトルvb(0)〜vb(n−1)から生成された変換行列Bは、ユニタリ行列である。また、一般的に、式(21)で示したような相似変換が実行されても、相関行列Cxxの固有値は、相似変換行列Γの固有値と一致することが知られている。ただし、相似変換行列Γの固有ベクトルx(0)〜x(n−1)と相関行列Cxxの固有ベクトルv(0)〜v(n−1)とは相違するため、相似変換行列Γの固有ベクトルx(0)〜x(n−1)にユニタリ行列Bを乗算することで、固有ベクトルv(0)〜v(n−1)を得ることができる。
次に、図9を参照すると、到来方向算出部55は、ステップST57〜ST59で得た固有値Λ(0),…,Λ(n−1)及び固有ベクトルv(0),…,v(n−1)を並べ替えることで、固有値λ(0),…,λ(n−1)及び固有ベクトルvc(0),…,vc(n−1)を得る(ステップST49)。次いで、到来方向算出部55は、固有値λ(0)〜λ(n−1)の大きさに基づいて到来波数Niを推定する(ステップST61)。次に、到来方向算出部55は、ESPRIT法に基づくアルゴリズムを実行して、目標物体で反射された単数または複数の到来波の到来方向を推定する(ステップST62〜ST65)。
そして、到来方向算出部55は、相関行列Cxxの固有ベクトルvc(0)〜vc(n−1)、固有値λ(0)〜λ(n−1)及び到来方向θ1〜θNiを、最新の目標探知情報と関連付けて情報記憶部34に記憶させる(ステップST66)。
ステップST66の実行後、情報出力部38は、情報記憶部34から、目標物体との距離、目標物体の相対速度及び到来方向などの目標情報Dcを読み出して外部に出力する(図7のステップST21)。その後、制御部39は、レーダ処理を続行すると判定した場合には(ステップST22のYES)、レーダ処理の手順をステップST10に戻す。一方、レーダ処理を続行しないと判定した場合には(ステップST22のNO)、制御部39はレーダ処理を終了させる。
上記したとおり、最新の目標の探知情報と一致または類似する先の目標探知情報が探し出された場合には(図8のステップST32のYES)、固有値算出部53は、現在時刻kよりも前の時刻に推定された先の固有ベクトルvb(0)〜vb(n−1)から変換行列Bを算出し(図10のステップST37)、この変換行列Bを用いて相関行列Cxxを相似変換することで相似変換行列Γを生成する(ステップST38)。固有値算出部53及び固有ベクトル算出部54は、相似変換行列Γを初期行列として用いた固有値分解アルゴリズムに基づく反復演算を実行することにより相関行列Cxxの固有値及び固有ベクトルを算出する(ステップST39,ST51〜ST59)。このため、相関行列Cxxをそのまま初期行列として用いた反復演算を実行する場合(図9のステップST34,ST41〜ST48)と比べると、図10に示した反復演算は、短い演算時間で相似変換行列Tを収束させることができ、これにより短時間で相関行列Cxxの固有値を算出することができる。
ところで、比較検索部51の処理において、先の固有ベクトルvb(0)〜vb(n−1)の基となる先の目標探知情報と、相関行列Cxxの基となる最新の目標探知情報とが互いに一致または類似すると判断された場合には(ステップST32のYES)、最新の目標探知情報と当該先の目標探知情報とは、同一の目標物体で反射された到来波(信号波)に基づいて検出された情報であると期待できる。特に、先の目標探知情報が、現在時刻kから時間的に大きな開きがない時刻に検出された情報である場合には、最新の目標探知情報として検出された目標物体の物理的な位置及び相対速度は、先の目標探知情報として検出された目標物体の物理的な位置及び相対速度と概ね近い値になり、かつ、固有ベクトルvc(0)〜vc(n−1)は、先の固有ベクトルvb(0)〜vb(n−1)と同じようなベクトルになることが期待できる。
固有ベクトルvb(0)〜vb(n−1)と先の固有ベクトルvc(0)〜vc(n−1)とが完全に同じ要素を有するベクトルである場合には、相似変換行列Γは、固有値を対角要素として有する対角行列となる。一方、固有ベクトルvb(0)〜vb(n−1)の要素と先の固有ベクトルvc(0)〜vc(n−1)の要素とが互いに近い値を有する場合には、相似変換行列Γは、対角行列に近い行列になることが想定できる。これは、固有値分解アルゴリズムに基づく反復演算により固有値を算出する際に、ある程度相似変換行列Tが収束している状態と同じである。このため、相似変換行列Γから反復演算により固有値を算出する場合は、相関行列Cxxから固有値を算出する場合に比べて、少ない反復回数で相似変換行列Tを収束させることができると期待できる。
また、仮に、比較検索部51の処理において、ステップST32の判定結果が誤っており、物理的に別の目標物体に関する先の目標探知情報から変換行列Bが生成された場合であっても、相似変換行列Γの固有値と相関行列Cxxの固有値とは理論的に一致するので、最終的に得られる出力結果は実質的に変わらない。
ところで、最新の目標探知情報が検出された時刻kと、変換行列Bの算出に利用される先の目標探知情報が検出された時刻との間の時間差が小さいほど、最新の目標探知情報と当該先の目標探知情報との間の相関が高いことが期待できる。ただし、その時間差が大きい場合であっても、最新の目標探知情報の距離及び相対速度の組と、先の目標探知情報の距離及び相対速度の組との間の類似度が高い場合には、比較検索部51は、最新の目標探知情報と当該先の目標探知情報とが互いに類似すると決定してもよい(図8のステップST31,ST32のYES)。これにより、目標物体からの到来波(信号波)の強度が微弱である場合、あるいは、比較検索部51が直前の時刻k−1に検出された先の目標探知情報を探し出すことができなかった場合でも、変換行列Bを生成することができるという利点がある。
また、情報記憶部34には、目標探知部32及び到来方向推定部35によって生成された目標情報だけでなく、ユーザが予め作成した目標情報が記憶されていてもよい。たとえば、地形情報から特定の目標物体の配置状況が発生しやすい場合には、その特定の目標物体の配置から予め算出された、目標探知情報、相関行列の固有値及び固有ベクトルをデータベース化して情報記憶部34に記録しておくことが望ましい。この場合、到来方向推定部35は、そのようなデータベース化された目標情報から変換行列Bを生成することができる。
以上に説明したように実施の形態1では、到来方向推定部35は、情報記憶部34を参照して最新の目標探知情報と一致または類似する先の目標探知情報に対応する先の固有ベクトルvb(0)〜vb(n−1)を情報記憶部34から取得し、先の固有ベクトルvb(0)〜vb(n−1)と最新の相関行列Cxxとを用いて固有値分解アルゴリズムに基づく反復演算を実行するので(図10のステップST37〜ST39,ST51〜ST59)、先の固有ベクトルvb(0)〜vb(n−1)を使用せずに反復演算を実行する場合(図9のステップST34,ST41〜ST48)と比べると、少ない反復回数で固有値を推定することができる。よって、固有値推定に要する演算負荷を抑制することが可能である。したがって、アンテナアレイ20を構成する受信アンテナ素子の本数が多くても、信号処理回路30の回路規模を増大させることなく、短い演算時間で到来方向を推定することができる。また、信号処理回路30の小型軽量化と低コスト化との両立を実現することもできる。
実施の形態2.
次に、本発明に係る実施の形態2について説明する。図11は、本発明に係る実施の形態1のレーダ装置1Aの概略構成を示すブロック図である。図11に示されるように、本実施の形態のレーダ装置1Aの構成は、実施の形態1の信号処理回路30Aに代えて信号処理回路30Aを備える点を除いて、実施の形態1のレーダ装置1の構成と同じである。また、信号処理回路30Aの構成は、実施の形態1の到来方向推定部35に代えて到来方向推定部35Aを有する点を除いて、実施の形態1の到来方向推定部35と同じである。図11に示されるように到来方向推定部35Aの構成は、実施の形態1の固有値算出部53、固有ベクトル算出部54及び到来方向算出部55に代えて、固有値算出部53A、固有ベクトル算出部54A及び到来方向算出部55Aを有する点を除いて、実施の形態1の到来方向推定部35の構成と同じである。
上記のとおり、実施の形態1では、到来方向推定部35は、上式(20)に示したように、情報記憶部34から取得された先の固有ベクトルvb(0)〜vb(n−1)の全てを用いて変換行列Bを算出する。これに対し、本実施の形態の到来方向推定部35Aは、後述するように、情報記憶部34から取得された先の固有ベクトルvb(0)〜vb(n−1)の一部をなすh個のベクトルvb(0)〜vb(h−1)を用いて変換行列Eを算出している。ここで、hは、nよりも小さい正整数である。
実施の形態2のレーダ装置1Aの全体動作は、到来方向推定処理を除いて、実施の形態1のレーダ装置1の全体動作と同じである。以下、図8,図9及び図12を参照しつつ、実施の形態2の到来方向推定部35Aの動作及び構成を詳細に説明する。図12は、到来方向推定部35Aによって実行される到来方向推定処理の一例を示すフローチャートである。図12のフローチャートは、結合子C1を介して図8のフローチャートと結合し、結合子C0を介して図9のフローチャートと結合している。図12に示されるステップST51〜ST57は、図10に示されるステップST51〜ST57と同じである。
図8を参照すると、ステップST36で連続検出回数Nk−iが閾値Nth以上であると判定されたとき(ステップST36のYES)、固有値算出部53A及び固有ベクトル算出部54Aは、当該先の目標探知情報に対応する先の固有ベクトルvb(0),…,vb(n−1)(nは正整数)と相関行列Cxxとを用いて、固有値分解アルゴリズムに基づく反復演算を実行することにより相関行列Cxxの固有値及び固有ベクトルを算出する(図12のステップST37A〜ST39A,ST51〜ST57,ST58A,ST59A)。
具体的には、固有値算出部53Aは、次式(23)に基づき、当該先の目標探知情報に対応する先の固有ベクトルvb(0),…,vb(n−1)の一部をなすh個のベクトルvb(0),…,vb(h−1)に基づいて変換行列Eを算出する(図12のステップST37A)。
E=[vb(0),…,vb(h−1)] (23)
相関行列Cxxはn行n列の正方行列であり、変換行列Eは、先の固有ベクトルvb(0)〜vb(h−1)を列の要素(列ベクトル)とする行列である。ベクトルの個数hは、想定される到来波数と同じ値としてもよい。あるいは、上記したようにkz番目に大きな固有値を用いて到来波数Niが推定される場合には、ベクトルの個数hはkzに設定されてもよい。
ステップST37Aの実行後、固有値算出部53Aは、変換行列Eを用いた相似変換を実行する(ステップST38A)。すなわち、固有値算出部53Aは、次式(24)に示すように、変換行列Eを相関行列Cxxに右方から乗算し、かつ変換行列Eの随伴行列EHを相関行列Cxxに左方から乗算して、相似変換行列Ωを算出する。
Ω=EH・Cxx・E (24)
ステップST38Aの実行後、固有値算出部53Aは、たとえば公知のハウスホルダー法に基づき、変換行列を用いて相似変換行列Ωをヘッセンベルグ行列A(0)に変換する(ステップST36A)。続くステップST51〜ST57の処理内容は、図10に示したステップST51〜ST57の処理内容と同じである。ステップST57では、固有値算出部53Aは、収束したと判定された相似変換行列Tの対角要素を相関行列Cxxの固有値Λ(0),…,Λ(h−1)と推定する。
続くステップST58Aでは、固有ベクトル算出部54Aは、ステップST53で使用されたユニタリ行列QjとステップST39Aで使用された変換行列とを用いて、相似変換行列Ωの固有ベクトルy(0),…,y(h−1)を算出する。
ステップST58Aの実行後、固有ベクトル算出部54Aは、次式(25)に示すように、ステップST35Aで使用された変換行列Eを用いて、相似変換行列Ωの固有ベクトルy(κ)から相関行列Cxxの固有ベクトルv(κ)を算出する(ステップST59A)。
v(κ)=E・y(κ) (25)
ここで、κは、0〜h−1の範囲内の整数である。
そして、到来方向算出部55Aは、相関行列Cxx、ステップST57で算出された固有値Λ(0)〜Λ(h−1)、及びステップST59Aで算出された固有ベクトルv(0)〜v(h−1)を用いて、予め定められた検証式に基づいて当該先の目標探知情報を信頼することができるか否かを検証する(ステップST60)。当該先の目標探知情報が十分に信頼できる場合には、相関行列Cxxとその固有ベクトルv(κ)との積は、固有ベクトルv(κ)と固有値Λ(κ)との積と一致すべきである。そこで、到来方向算出部55Aは、次の検証式(26)を用いた検証を行うことができる。
s(κ)=Λ(κ)・v(κ)−Cxx・v(κ) (26)
到来方向算出部55Aは、式(26)の左辺の検証ベクトルs(κ)を算出し、当該検証ベクトルs(κ)のノルムに基づいて、先の目標探知情報が信頼できるか否かを判定することができる(ステップST60A)。たとえば、到来方向算出部55Aは、固有値Λ(0)〜Λ(h−1)のすべてについて、検証ベクトルs(κ)のノルムが所定の閾値未満であれば、先の目標探知情報は信頼できると判定し(ステップST60AのYES)、検証ベクトルs(κ)のノルムが所定の閾値以上であれば、先の目標探知情報は信頼できないと判定することができる(ステップST60AのNO)。
先の目標探知情報は信頼できると判定された場合には(ステップST60AのYES)、到来方向算出部55Aは、図9に示されるステップST49,ST61〜ST66を実行する。一方、先の目標探知情報は信頼できないと判定された場合には(ステップST60AのNO)、到来方向算出部55Aは、当該最新の目標探知情報の連続検出回数Nkの値を零に設定する(ステップST60B)。その後、固有値算出部53A及び固有ベクトル算出部54Aは、図9に示されるステップST34,ST41〜ST48を実行する。その後、到来方向算出部55Aは、図9に示されるステップST49,ST61〜ST66を実行する。
ステップST66の実行後は、図7のステップST21と同様に、情報出力部38は、情報記憶部34から、目標物体との距離、目標物体の相対速度及び到来方向などの目標情報Dcを読み出して外部に出力する。外部に出力された目標情報Dcは、たとえば、後段の処理装置で追尾処理に使用されるか、あるいは、表示装置に表示される情報として使用される。その後、制御部39は、レーダ処理を続行すると判定した場合には、レーダ処理の手順を最初のステップに戻し、レーダ処理を続行しないと判定した場合には、レーダ処理を終了させる。
以上に説明したように、本実施の形態の固有値算出部53Aは、情報記憶部34から取得された先の固有ベクトルvb(0)〜vb(n−1)の一部をなすh個のベクトルvb(0)〜vb(h−1)を用いて変換行列Eを算出する(図12のステップST37A)。ベクトルの個数hの技術的な意味を以下に説明する。
同一時刻にて、等距離だけ離れた位置で等相対速度で移動し、かつ異なる方位(角度)に存在する2つの目標物体が同時に発生することは、稀である。到来波数Niは、たかだか2もしくは3程度の値であることが通常である場合を想定すると、レーダ装置1Aを搭載するプラットフォームが前方に移動している場合、当該プラットフォームからみたときの地上の固定物の相対速度は、視線方向に応じて異なる。また、複数の目標物体が等距離だけ離れた位置に存在していても、それら目標物体の観測される相対速度は、それら目標物体が存在する方位に応じて異なる。よって、等距離だけ離れた位置に存在し、等相対速度で移動する目標物体が3つ以上存在する可能性は低いと考えられる。
また、相関行列Cxxの固有値λ(0)〜λ(n−1)のうちノイズレベル以上の値を有する固有値は、特定の目標物体からの反射波の電力に比例する値に相当する。このため、相関行列Cxxのn個の固有値λ(0)〜λ(n−1)のうち、大きさが(Ni+1)番目以下の固有値λ(Ni+1)〜λ(n−1)は、ノイズレベル相当の値、もしくは、演算誤差で生じるほぼ0の値となることが期待できる。
また、ステップST30において、空間平均処理が実行される前の相関行列Rxxのランクは1以下であり、相関行列Rxxは、一般に非零の固有値をたかだか1つしか持たないと考えられる。相関行列Cxxに関しても、そのランクは空間平均点数Q程度である。このため、相関行列Cxxの大きさnよりも空間平均点数Qが小さい場合でも、相関行列Cxxは縮退しており、大きさが(Q+1)番目以下の固有値λ(Q+1)〜λ(n−1)は、演算誤差で生じるほぼ0の値であると期待できる。したがって、相関行列Cxxは、縮退しているか、もしくは、縮退状態に近いほぼ0の固有値をもつ状態であると推測することができる。
これに対し、式(24)に示したように相関行列Cxxに変換行列E,EHを作用させることは、n次元ベクトル空間からh次元ベクトル空間への射影に相当する。相似変換行列Ωは、大きさがhの行列なので、相似変換行列Ωの算出では、大きさがnの相似変換行列Γの固有値を算出する場合と比べて、大幅に演算負荷を削減することができる。固有値分解アルゴリズムの反復演算では、行列の乗算が多用される。一般的に、行列の乗算では、大きさの3乗のオーダで演算量が増えるため、行列の大きさが1だけ小さくなる程度でも演算量を削減することができる。
以上に説明したように本実施の形態に係る到来方向推定方法は、実施の形態1に係る到来方向推定方法と比べると、さらに少ない演算量で相関行列Cxxの固有値及び固有ベクトルを近似的に算出することができる。よって、アンテナアレイ20を構成する受信アンテナ素子の本数が多くても、信号処理回路30の回路規模を増大させることなく、短い演算時間で到来方向を推定することができる。したがって、信号処理回路30の小型軽量化と低コスト化との両立を実現することが可能である。
また、先の固有ベクトルvb(0)〜vb(n−1)の一部をなすベクトルvb(0)〜vb(h−1)に基づいて相関行列Cxxが算出された場合は、到来方向算出部55Aは、その相関行列Cxxと、推定された固有値λ(0)〜λ(n−1)及び固有ベクトルvc(0)〜vc(n−1)とを用いて、予め定められた検証式に基づき、当該先の目標探知情報を信頼することができるか否かを検証する(ステップST60,ST60A)。到来方向算出部55Aは、先の目標探知情報が信頼できないと判定したときは、当該推定された固有値及び固有ベクトルを使用しないので、信頼性の低い到来方向推定を回避することができる。
なお、実施の形態2の信号処理回路30Aのハードウェア構成は、実施の形態1の信号処理回路30と同様に、DSP,ASICまたはFPGAなどの半導体集積回路を有するプロセッサで実現されればよい。あるいは、信号処理回路30Aのハードウェア構成は、メモリから読み出された信号処理用のソフトウェアまたはファームウェアのプログラムコード(命令群)を実行する、CPUまたはGPUなどの演算装置を含むプロセッサで実現されてもよい。前記半導体集積回路と前記演算装置との組合せを有するプロセッサで信号処理回路30Aのハードウェア構成を実現することも可能である。
以上、図面を参照して本発明に係る種々の実施の形態について述べたが、これら実施の形態は本発明の例示であり、これら実施の形態以外の様々な形態を採用することもできる。たとえば、実施の形態1,2では、受信アンテナ素子200〜203の本数と受信チャネル数はともに4であるが、これに限定されるものではない。また、受信アンテナ素子200〜203の配置も、図3に示した配置に限定されるものではない。
また、実施の形態1,2では、ハウスホルダー法及びQR分解法を用いた固有値分解アルゴリズムに基づく反復演算が実行されるが、これに限定されるものではない。上記した固有値分解アルゴリズム以外の固有値分解アルゴリズムに基づく反復演算が使用可能である。
本発明の範囲内において、実施の形態1,2の自由な組み合わせ、各実施の形態の任意の構成要素の変形、または各実施の形態の任意の構成要素の省略が可能である。