以下、図面に基づいて、本発明の実施形態の一例を詳細に説明する。
始めに、本発明の実施形態の一例に係る偏心揺動型減速装置の全体構成から説明する。
図1は、該偏心揺動型減速装置の全体構成を示す断面図である。
この偏心揺動型減速装置Gの入力軸12は、モータ14のモータ軸14Aと一体化されている。入力軸12には、キー16を介して2つの偏心部18を有するクランク軸20が連結されている。
各偏心部18の軸心C18は、入力軸12の軸心C12に対してそれぞれ偏心している。この例では、偏心部18の偏心位相差は、180度である。偏心部18の外周には、ころ軸受22が配置されている。ころ軸受22の外周には2枚の外歯歯車24が揺動可能に組み込まれている。外歯歯車24を軸方向に2枚並列に備えているのは、必要な伝達容量の確保および回転バランス性の向上を意図したためである。外歯歯車24は、それぞれ内歯歯車30に内接噛合している。
すなわち、この偏心揺動型減速装置Gは、外歯歯車24を揺動させるためのクランク軸20が、装置の径方向中央(入力軸12の軸心C12および内歯歯車30の軸心C30と同軸)に配置されている「センタクランクタイプ」と称される偏心揺動型減速装置である。
内歯歯車30は、ケーシング28(の後述するケーシング本体52)と一体化された内歯歯車本体32と、該内歯歯車本体32に形成されたピン溝34と、該ピン溝34に配置された外ピン(ピン部材)36と、を有している。外ピン36は、内歯歯車30の内歯を構成している。内歯歯車30の内歯の数(外ピン36の数)は、外歯歯車24の外歯の数よりもわずかだけ(この例では1だけ)多い。内歯歯車30の構成およびその製造方法については、後に詳述する。
外歯歯車24には、その軸心(軸心C18と同じ)からオフセットされた位置に、複数の貫通孔24Aが形成されている。この貫通孔24Aには、内ピン40が嵌入されている。内ピン40は、外歯歯車24の軸方向側部に配置されたフランジ体42の内ピン保持穴42Aに圧入・固定されている。フランジ体42は、出力軸44と一体化されている。出力軸44は、一対のテーパローラ軸受46によって支持されている。
なお、この実施形態では、内ピン40には、摺動促進部材として、内ローラ48が外嵌されている。内ローラ48は、その一部が外歯歯車24の貫通孔24Aの内周面と当接している。内ローラ48の外径は、貫通孔24Aの内径よりも小さく、内ローラ48と該貫通孔24Aの内周面との間には、偏心部18の偏心量の2倍に相当する最大隙間が確保されている。内ピン40(および内ローラ48)は、外歯歯車24を貫通しているため、該外歯歯車24の自転と同期した動きをする。
一方、この偏心揺動型減速装置Gのケーシング28は、減速機構部50を収納するケーシング本体52と、出力軸44を収納する出力ケーシング体54と、を有している。ケーシング本体52の軸方向反負荷側には、(モータカバーとしても機能している)反負荷側カバー56が配置されており、出力ケーシング体54の軸方向負荷側には、負荷側カバー57が配置されている。偏心揺動型減速装置Gは、脚部58のボルト穴58Aを介して図示せぬボルトにより固定部材に固定される。
この偏心揺動型減速装置Gは、以上のような構成を有し、モータ14のモータ軸14Aを回転させることによって、入力軸12に連結されたクランク軸20の2つの偏心部18を回転させる。すると、外歯歯車24が揺動しながら内歯歯車30(具体的には、該内歯歯車30の内歯を構成している外ピン36)と噛合する。これにより、入力軸12が1回回転して外歯歯車24が1回揺動する毎に、該外歯歯車24は、内歯歯車30と外歯歯車24の歯数差(この例では1歯)分だけ自転する。この結果、この自転成分を内ピン40および内ローラ48を介してフランジ体42に伝達し、該フランジ体42と一体化されている出力軸44を減速回転させることができる。
次に、内歯歯車30の近傍の構成について詳細に説明する。
図2は、図1の内歯歯車30の内歯歯車本体32の要部拡大断面図である。
内歯歯車30は、前述したように、内歯歯車本体32と、該内歯歯車本体32に形成されたピン溝34と、該ピン溝34に配置され、内歯を構成する外ピン(ピン部材)36と、を有する。内歯歯車30の内歯歯車本体32は、ケーシング本体52と一体化されている。つまり、内歯歯車本体32は、ケーシング本体52と同一の部材である。本明細書では、便宜上、内歯歯車本体32に統一して称することとする。
内歯歯車本体32は、全体が、ほぼリング状の部材で構成されている。内歯歯車本体32の軸方向両側部には、反負荷側カバー56とのインロー部を構成するための段差部32A、および出力ケーシング体54とのインロー部を構成するための段差部32Bが形成されている。
内歯歯車本体32の内周には、ピン溝34が、周方向に等間隔に、内歯の歯数分だけ、それぞれが軸方向全長に亘って形成されている。ピン溝34は、軸と直角の断面がほぼ半円形状とされた溝で構成されている。ピン溝34には、内歯歯車30の内歯を構成する外ピン(ピン部材)36が回転自在に配置される。
なお、図1において、符号32Fは、内歯歯車本体32に反負荷側カバー56および出力ケーシング体54を連結するためのボルト孔、図2において、符号35は、Oリング溝である。
以下、このピン溝34の構成を、その表面性状の説明と共に、より詳細に説明する。
発明者らは、当該偏心揺動型減速装置Gの内歯歯車本体32のピン溝34、すなわち内歯歯車30の内歯を構成する外ピン36が配置されるピン溝34に関し、粗さ(ピン溝34の表面粗さ)と運転効率に関する試験を行った。具体的には、先ず、加工方法を変えたり、同じ加工方法でも、工具諸元を変えたり、送り速度を変えたりして、種々の粗さを有するピン溝34を得、該粗さと運転効率(%)との関係を調べた。次いで、各粗さのピン溝34に、低摩擦被膜を施し、低摩擦被膜を施した後の粗さと運転効率ηとの関係を調べた。
本試験では、粗さの指標として、二乗平均平方根粗さRqを測定している。二乗平均平方根粗さRqとは、JIS B0601で定義されている粗さ曲線において基準長さに対して求められる二乗平均平方根粗さ(粗さ曲線の各位置ごとの高さ成分の値の二乗を平均して平方根を取った粗さ)を指している。
二乗平均平方根粗さRqは、ピン溝34の表面粗さを断面で捉えたときの山と谷のうち、その山側(高さ方向)の平均粗さに近い概念の指標を得ることができる。運転効率は、摩擦係数と大きな相関があり、かつ摩擦係数は、山側の粗さと大きな相関があると考えられるため、本試験では、粗さの指標として二乗平均平方根粗さRqを採用している。また、本試験では、低摩擦被膜として、リン酸マンガン被膜を採用している。
本試験では、種々の表面粗さ(二乗平均平方根粗さRq)のピン溝34を得るために、ボーリング加工、ギヤシェーパ加工、バレル加工、ホーニング加工、およびスカイビング加工による加工方法を採用している。
本試験で採用したボーリング加工とは、いわゆる「中ぐり」と称される加工であり、ドリル等で予め加工した下穴を、単刃(シングルポイントカッティングツール)によって径を拡大して、ピン溝34を形成する加工のことである。
また、本試験で採用したギヤシェーパ加工とは、ピニオンカッタと称する工具を往復動させ、一方向に進むときにワーク(内歯歯車本体32)を切削して戻るという工程を繰り返す加工のことである。
また、本試験で採用したバレル加工とは、バレルと称する容器内に砥材とワーク(内歯歯車本体32)と工作液を入れて、回転または振動させて表面の仕上げを行う加工のことである。なお、バレル加工においても、前加工としてドリル、あるいはギヤシェーパ加工による下穴加工を予め行なっている。
また、本試験で採用したホーニング加工とは、ボーリング加工によって、予め形成した下穴の内周を、複数の砥石を取付けたホーンと称される工具を用いて精密に研磨(研削)する加工のことである。
また、本試験で採用したスカイビング加工とは、スカイビングカッタと称する工具とワーク(内歯歯車本体32)をある角度を持たせて回転(例えば同期回転)させ、発生する速度差によって創成する加工のことである。本実施形態における内歯歯車本体32のピン溝34をスカイビング加工によって形成するには、例えば実用新案登録第3181136号に記載された加工機械に対し、本実施形態に係るピン溝34の加工に必要なカスタマイズを適宜施す(具体的には、工具を円弧形状を加工できるようにカスタマイズする)ことで、該加工機械を利用することができる。
試験対象のピン溝34の円弧の直径は、6.0mm、軸方向長さは、40.5mm、内歯歯車本体32の素材は、FC200である。また、外ピン36の素材は、SUJ2であり、研削加工にて加工してある。外ピン36の表面粗さは、二乗平均平方根粗さでRq0.2μm程度である。
試験条件(試験プロセス)は以下の通りである。
(a)先ず、ケーシング本体52に種々の加工方法にてピン溝34を加工し、低摩擦被膜を施さない(粗さの異なる)内歯歯車30を複数種類製造する。同様に、ケーシング本体52に種々の加工方法にてピン溝34を加工し、低摩擦被膜を施した(粗さの異なる)内歯歯車30を複数種類製造する。
そして、低摩擦被膜を施さない内歯歯車30、および低摩擦被膜を施した内歯歯車30の双方について、二乗平均平方根粗さRqを、それぞれ運転前に測定する。
さらに、低摩擦被膜を施さない内歯歯車30、および低摩擦被膜を施した内歯歯車30の双方について、6時間連続運転した後、および馴染み運転が完了した後に、運転効率ηをそれぞれ測定する。
ここで、馴染み運転が完了した後とは、「運転開始からケーシング28の外周の温度変化が1℃/hr以下となるまでの時間が経過した後」を指している。要するに、馴染み運転が完了した後とは、「運転を開始することによってケーシング28の外周の温度が上昇し、その温度上昇が次第になだらかとなって、1時間に上昇する温度が1℃以下となるほどに熱的に安定した後」を意味している。
(b)TAYLOR HOBSON社製「フォームタリサーフ PGI840」を使用して、ピン溝34の軸方向に粗さ測定を行い、粗さ曲線を得て、当該粗さ曲線に基づいて二乗平均平方根粗さRqを得る。
(c)トラバースユニット精度に関しては、「駆動速度:0.25mm/sec」、「測定取込間隔:0.125μm」、「触針圧:80mgf」とし、フィルタ設定に関しては、「フォーム:LSライン」、「フィルタ:ガウシアン」、「カットオフ(Lc):0.8mm」、「カットオフ(Ls):0.0025mm」、「バンド幅:300:1」とし、スタイラス仕様に関しては、「先端半径:2μm」、「形状:60°円錐」として粗さを測定する。
運転効率ηは、次のようにして測定した。先ず、偏心揺動型減速装置Gの入力軸12にモータ14を連結し、出力軸44に負荷としてのブレーキ装置を連結し、脚部58を床等の固定部材に固定する。この状態で、ブレーキ装置の負荷を偏心揺動型減速装置Gの定格トルクに設定し、モータ14を駆動する。そして、入力軸12における入力トルクと出力軸44における出力トルクを計測し、計測結果から、{出力トルク/(入力トルク×減速比)}×100%の算出式により、運転効率ηを求めた。
本試験の6時間連続運転した後の測定結果を、図3に示す。
図3において、黒く塗りつぶされているプロットは、低摩擦被膜を施さない試験片(ピン溝34)のデータであり、白抜きされているプロットは、低摩擦被膜を施した試験片のデータをそれぞれ示している。
便宜上、測定されたデータ、および後述する知見に基づいて、二乗平均平方根粗さRqを、以下の六つのグループに区分けする。
第1グループ:2.5μm<Rqのグルーブ
第2グループ:1.8μm≦Rq≦2.5μmのグループ
第3グループ:1.2μm≦Rq<1.8μmのグループ
第4グループ:0.65μm≦Rq<1.2μmのグループ
第5グループ:0.5μm≦Rq<0.65μmのグループ
第6グループ:Rq<0.5μmのグループ
そして、リン酸マンガン被膜が無いサンプル(リン酸マンガン被膜を施さないサンプル)であって、上記第1グループ〜第6グループのいずれかに属する二乗平均平方根粗さRqを有するグループを、それぞれ第1無グループ〜第6無グループと呼称する。また、リン酸マンガン被膜が有るサンプル(リン酸マンガン被膜を施したサンプル)であって、上記第1グループ〜第6グループのいずれかに属する二乗平均平方根粗さRqを有するグループを、それぞれ第1有グループ〜第6有グループと呼称する。
先ず、ボーリング加工によってピン溝34を形成し、リン酸マンガン被膜を施さないことにより、二乗平均平方根粗さRqが2.5μmを超える第1無グループB1のピン溝34(黒の星印★:3個)を得た。第1無グループB1の6時間後の運転効率ηB1は、90.6〜91.2%程度であった。
一方、ボーリング加工によってピン溝34を形成し、リン酸マンガン被膜を施すことにより、被膜形成後(低摩擦被膜を施した後)の二乗平均平方根粗さRqが2.5μmを超える第1有グループA1のピン溝34(白の星印☆:3個)が得られた。第1有グループA1の6時間後の運転効率ηA1は、91.0〜91.1%程度であった。
次の測定ステップとして、ギヤシェーパ加工によってピン溝34を形成し、リン酸マンガン被膜を施さないことにより、二乗平均平方根粗さRqが1.8μm以上2.5μm以下の第2無グループB2のピン溝34(黒の三角印▲:3個)を得た。第2無グループB2の6時間後の運転効率ηB2は、91.2〜91.7%程度であった。
一方、ギヤシェーパ加工によって形成したピン溝34に、リン酸マンガン被膜を施すことにより、被膜形成後(低摩擦被膜を施した後)の二乗平均平方根粗さRqが1.8μm以上2.5μm以下の第2有グループA2のピン溝34(白の三角印△:3個)が得られた。第2有グループA2の6時間後の運転効率ηA2は、93.6〜93.9%程度であった。
さらに次の測定ステップとして、第2無グループB2のギヤシェーパ加工とは異なる工具諸元を有するギヤシェーパ加工によりピン溝34を形成し、リン酸マンガン被膜を施さないことによって、二乗平均平方根粗さRqが1.2μm以上1.8μm未満の第3無グループB3のピン溝34(黒の三角印▲:3個)を得た。なお、第2無グループB2と第3無グループB3の工具諸元の具体的な差異は、この試験では、工具の刃の角度と、刃に対するコーティングの有無である(第2無グループB2ではコーティング無し)。第3無グループB3の6時間後の運転効率ηB3は、91.1〜92.5%程度であった。
一方、第3無グループB3と同様のギヤシェーパ加工により形成したピン溝34に、リン酸マンガン被膜を施すことにより、被膜形成後(低摩擦被膜を施した後)の二乗平均平方根粗さRqが1.2μm以上1.8μm未満の第3有グループA3のピン溝34(白の三角印△:3個)が得られた。第3有グループA3の6時間後の運転効率ηA3は、94.1〜94.3%程度であった。
さらに次の測定ステップとして、バレル加工によってピン溝34を形成し、リン酸マンガン被膜を施さないことにより、二乗平均平方根粗さRqが0.65μm以上1.2μm未満の第4無グループB4のピン溝34(黒の菱形◆:3個)を得た。第4無グループB4の6時間後の運転効率ηB4は、92.7〜93.6%程度であった。
一方、バレル加工によって形成したピン溝34に、リン酸マンガン被膜を施すことにより、被膜形成後(低摩擦被膜を施した後)の二乗平均平方根粗さRqが0.65μm以上1.2μm未満の第4有グループA4のピン溝(白の菱形◇:3個)が得られた。第4有グループA4の6時間後の運転効率ηA4は、94.2〜94.4%程度であった。
さらに次の測定ステップとして、ホーニング加工によってピン溝34を形成し、リン酸マンガン被膜を施さないことにより、二乗平均平方根粗さRqが0.65μm以上1.2μm未満の第4無グループB4のピン溝34(黒の丸印●:3個)を得た。第4無グループB4の6時間後の運転効率ηB4は、94.0〜94.2%程度であった。
一方、ホーニング加工によって形成したピン溝34に、リン酸マンガン被膜を施すことにより、被膜形成後(低摩擦被膜を施した後)の二乗平均平方根粗さRqが0.5μm以上0.65μm未満の第5有グループA5のピン溝34(白の丸印○:3個)が得られた。このように、ホーニング加工によって得られたピン溝34は、リン酸マンガン被膜を施さないときの二乗平均平方根粗さRqは、第4無グループB4に属していたが、リン酸マンガン被膜を施すことにより、二乗平均平方根粗さRqは、第5有グループA5に属するより平滑化したピン溝34となった。第5有グループA5の6時間後の運転効率ηA5は、94.4〜94.8%程度であった。
さらに次の測定ステップとして、スカイビング加工によってピン溝34を形成し、リン酸マンガン被膜を施さないことにより、二乗平均平方根粗さRqが0.5未満の第6無グループB6のピン溝34(黒の正方形■:3個)を得た。第6無グループB6の6時間後の運転効率ηB6は、93.8〜94.1%程度であった。
一方、スカイビング加工によって形成したピン溝34に、リン酸マンガン被膜を施すことにより、被膜形成後(低摩擦被膜を施した後)の二乗平均平方根粗さRqが0.5μm未満の第6有グループA6のピン溝34(白の正方形□:3個)が得られた。第6有グループA6の6時間後の運転効率ηA6は、94.2〜94.7%程度であった。
なお、図4は、馴染み後(馴染み運転が完了した後)に測定した運転効率のデータを、図3と同様に表したグラフである。以降の説明では、上記図3のデータをベースとして検証し、図3との比較において、この馴染み後の図4のデータについても、適宜触れることとする。
各グラフのデータから、次の知見が得られる。
<知見(1)>
ピン溝34に対し低摩擦被膜を施すメリットがあると言える領域は、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが、0.5μm以上2.5μm以下の領域である。
先ず、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが2.5μmを超える第1有グループA1と、2.5μm以下の第2有グループA2〜第6有グループA6との間に、第1の閾値S1(2.5μm)がある、という点について検証する。
図3(6時間後)を参照して、ボーリング加工を施し、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが2.5μmを超える第1有グループA1(白の星印☆)は、低摩擦被膜を施さない第1無グループB1(黒の星印★)と比較して、運転効率の向上は認められなかった(90.6〜91.2% → 90.5〜91.1%)。つまり、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが2.5μmを超える領域(第1有グループA1)は、(コストと手間を掛けて低摩擦被膜を施しても)低摩擦被膜を施さないときと比較して、運転効率の上昇は見られず、低摩擦被膜を施す意味がないと検証できる。
一方、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが2.5μm以下の第2有グループA2〜第6有グループA6では、(程度の差はあるものの)いずれも当該低摩擦被膜を施したときの運転効率ηA2〜ηA6が、低摩擦被膜を施さないときの運転効率ηB2〜ηB6よりも上昇している事実が認められる(低摩擦被膜を施す意味がある)。
このことから、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが2.5μmを超える第1有グループA1と、2.5μm以下の第2有グループA2〜第6有グループA6との間に、第1の閾値S1があり、低摩擦被膜は、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが2.5μm以下のピン溝34にこそ、施すメリットがあると検証できる。
次に、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが0.5μm未満の第6有グループA6と、0.5μm以上(0.65μm未満)の第5有グループA5との間に、第2の閾値S2(0.5μm)がある、という点について検証する。
6時間後の図3のグラフによれば、低摩擦被膜を施さない第6無グループB6(黒の正方形■)の運転効率ηB6よりも、低摩擦被膜を施した第6有グループA6(白の正方形□)の運転効率ηA6の方が高い(93.8〜94.1% → 94.2〜94.7%程度に上昇している)。
ところが、馴染み後の図4のグラフによれば、低摩擦被膜を施さない第6無グループB6の運転効率ηB6と、低摩擦被膜を施した第6有グループA6の運転効率ηA6とで、差が認められない。それは、低摩擦被膜を施さない第6無グループB6の運転効率ηB6(黒の正方形■)は、6時間後の図3よりも馴染み後の図4の方が「上昇」しているにも拘わらず(93.8〜94.1% → 94.0〜94.4%)、低摩擦被膜を施した第6有グループA6(白の正方形□)の運転効率ηA6は、6時間後の図3よりも馴染み後の図4の方が、逆に「低下」しているからである(94.2〜94.7% → 94.2〜94.4%)。
その結果、馴染み後の図4では、低摩擦被膜を施さない第6無グループB6の運転効率ηB6と、低摩擦被膜を施した第6有グループA6の運転効率ηA6に、殆ど差がなくなってしまっている。つまり、低摩擦被膜を施したことによって二乗平均平方根粗さRqが0.5μm未満となる領域(第6有グループA6)は、(コストと手間を掛けて低摩擦被膜を施しても)運転の大半を占める馴染み後においては、低摩擦被膜を施さないときと比較して、運転効率は殆ど向上しない。
これに対し、再び図3のグラフを参照して、ホーニング加工を施し、かつ低摩擦被膜を施したことによって二乗平均平方根粗さRqが0.5μm以上(0.65μm未満)となった第5有グループA5は、低摩擦被膜を施さないとき(第4無グループB4の状態のとき)と比較して、6時間後の図3においても、また馴染み後の図4においても、運転効率は明らかに向上している(図3では、94.0〜94.2% → 94.4〜94.8%に概ね0.5%程度上昇、図4でも、93.9〜94.0% → 94.4〜94.5%に概ね0.5%程度上昇)。
つまり、6時間後(図3)も、馴染み後(図4)も、低摩擦被膜を施した第5有グループA5は、低摩擦被膜を施さない状態からの運転効率の上昇が明確に認められる。また、運転効率ηA5、ηA6の絶対値の比較においても、6時間後も、また、馴染み後も、低摩擦被膜を施した第5有グループA5の運転効率ηA5の方が、低摩擦被膜を施した第6有グループA6の運転効率ηA6よりも高いと認められる。よって、低摩擦被膜を施したことによって二乗平均平方根粗さRqが0.5μm以上(0.65μm未満)となった第5有グループA5は、低摩擦被膜を施すメリットがある。
このことから、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが0.5μm未満の第6有グループA6と、0.5μm以上の第5有グループA5との間に、第2の閾値S2があり、低摩擦被膜は、二乗平均平方根粗さRqが0.5μm以上のピン溝34にこそ、施すメリットがあると検証できる。
以上の検証を総合すると、結局、ピン溝34に対し低摩擦被膜を施すメリットがあると言えるのは、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが、0.5μm以上2.5μm以下の領域(第2有グループA2から第5有グルーブA5まで)という知見(1)が得られる。
<知見(2)>
知見(1)で得られた低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが、0.5μm以上2.5μm以下の領域の中でも、0.65μm以上2.5μm以下の領域は、低摩擦被膜を施すメリットが、より大きい。
この知見(2)は、要するに、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが(0.5μm以上)0.65μm未満の第5有グループA5と、0.65μm以上の第4有グループA5〜第2有グループA2との間に、第3の閾値S3(0.65μm)があり、かつ、当該第3の閾値S3を境として、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが0.65μm未満の領域側よりも、0.65μm以上の領域側の方が、低摩擦被膜を施すメリットが、より大きいということである。以下、この点について検証する。
再び、図3を参照して、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが0.65μm未満となった第5有グループA5(白の丸印○)の運転効率ηA5は、低摩擦被膜を施さない第4無グループB4(黒の丸印●)の状態での6時間後の運転効率ηB4と比較して上昇してはいるが、上昇の程度は大きくない(前述したように、94.0〜94.2% → 94.4〜94.8%:概ね0.5%程度の上昇)。そして、同じ領域の馴染み後の図4を参照しても、同程度であり、やはりそれほど上昇していない(前述したように、93.9〜94.0% → 94.4〜94.5%:概ね0.5%程度の上昇)。
一方、図3を参照して、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが0.65μm以上(1.2μm未満)の第4有グループA4(白の菱形◇)の6時間後の運転効率ηA4は、低摩擦被膜を施さない第4無グループB4の6時間後の運転効率ηB4(黒の菱形◆)と比較して、より大きく上昇している(92.7〜93.6% → 94.2〜94.4%:概ね1.0%程度の上昇)。つまり、第4有グループA4は、第5有グループA5よりも低摩擦被膜を施したときの6時間後の運転効率ηA5の上昇率が大きい。そして、同じ領域の図4を参照しても、第4有グループA4の馴染み後の運転効率ηA4は、低摩擦被膜を施さない第4無グループB4の馴染み後の運転効率ηB4と比較して、同様により大きく上昇している(92.5〜93.0% → 93.9〜94.2%:概ね1.0%程度の上昇)。つまり、馴染み後においても、第4有グループA4の領域の運転効率ηA4の上昇率は、明らかに第5有グループA5の領域の運転効率ηA5の上昇率よりも大きい。
このことから、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが0.65μm未満の第5有グループA5と、0.65μm以上の第4有グループA4との間には、第3の閾値S3があり、かつ、低摩擦被膜は、当該第3の閾値S3を境として、0.65μm未満(第5有グループA5)の領域側よりも、0.65μm以上(第4有グループA4)の領域側の方が、低摩擦被膜を施すメリットがより大きい、と検証できる。
つまり、知見(1)で得られた低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが、0.5μm以上2.5μm以下の領域の中でも、0.65μm以上2.5μm以下の領域は、低摩擦被膜を施すメリットが、より大きい、という知見(2)が得られる。
<知見(3)>
知見(2)で得られた低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが、0.65μm以上2.5μm以下の領域の中でも、1.2μm以上2.5μm以下の領域(第3、第2有グループA3、A2)は、低摩擦被膜を施すメリットが、さらに大きい。
図3(6時間後)、図4(馴染み後)の双方において、ギヤシェーパ加工によって得られたピン溝34に低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが1.2μm以上の第3、第2有グループA3、A2の運転効率ηA3、ηA2は、低摩擦被膜を施さない第3、第2無グループB3、B2の運転効率ηB3、ηB2と比較して、概ね2%程度上昇しており、上昇率は極めて大きい。つまり、6時間後の図3においても、馴染み後の図4においても、第3、第2有グループA3、A2の領域の運転効率ηA3、ηA2は、明らかに第4有グループA4の領域の運転効率ηA4よりも上昇率が大きい。
このことから、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが1.2μm未満の第4有グループA4と、1.2μm以上の第3、第2有グループA3、A2との間に、第4の閾値S4(1.2μm)があり、かつ、当該第4の閾値S4を境として、低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが1.2μm未満の領域側よりも、1.2μm以上の領域側の方が、低摩擦被膜を施すメリットが、より大きいということが、検証できる。
すなわち、知見(2)で得られた低摩擦被膜を施した後の二乗平均平方根粗さRqが、0.65μm以上2.5μm以下の領域の中でも、1.2μm以上2.5μm以下の領域(第3、第2有グループA3、A2)は、低摩擦被膜を施すメリットが、さらに大きい、という知見(3)が得られる。
したがって、これまでの知見(1)〜(3)を総合的に判断すると、ピン溝34に対し低摩擦被膜を施すメリットがあると言えるのは、低摩擦被膜形成後の二乗平均平方根粗さRqが、0.5μm以上2.5μm以下の領域のピン溝34であり、好ましくは、0.65μm以上2.5μm以下の領域のピン溝34であり、さらに好ましくは、1.2μm以上2.5μm以下の領域のピン溝34であると言える。
なお、本試験においては、ピン溝34の形成に当たって低摩擦被膜を施した後の所定の粗さを得るために、該ピン溝34を、ボーリング加工、ギヤシェーパ加工、バレル加工、ホーニング加工、およびスカイビング加工によって形成していた。しかし、これらの加工方法の選択は、あくまで本実施形態(本試験)における種々の粗さのピン溝34を得るためのものである。逆に、加工方法が同一であっても、加工条件(例えば、工具送り速度)、工具形状や工具精度等の工具諸元等が変われば、二乗平均平方根粗さRqの値は変わってくる。例えば、同じギヤシェーパ加工であっても、二乗平均平方根粗さRqを1.2μm以下とできる可能性はあるし、2.5μm以上となってしまうこともあり得る。本発明では、二乗平均平方根粗さRqを、差別化の指標としており、加工方法自体は特に限定されない。上記加工方法のほか、例えば、ショットピーニング等の加工方法を採用してもよい。
一方、加工方法等が異なると、例えば、先のバレル加工とホーニング加工の例のように、低摩擦被膜を施さないときにおいて、同一の二乗平均平方根粗さRqを有していても(共に第4無グループB4)、低摩擦被膜を施した後において二乗平均平方根粗さRqが異なってくる場合もある(バレル加工で低摩擦被膜を施した場合は第4有グループA4のまま、ホーニング加工で低摩擦被膜を施した場合は第5有グループA5に変化)。
本発明においては、あくまで、ピン溝に対して低摩擦被膜を施した後の粗さ(二乗平均平方根粗さRq)を、差別化の指標としている。要するならば、本発明では、ピン溝の加工方法のほか、低摩擦被膜を施さないときの粗さについても、特に限定されない。
また、上記実施形態においては、偏心揺動型減速装置として、装置の径方向中央にクランク軸を1本備える「センタクランクタイプ」の偏心揺動型減速装置が例示されていた。しかしながら、偏心揺動型減速装置としては、装置の軸心から離れた位置に複数のクランク軸を備え、該複数のクランク軸を同期して回転させることによって、外歯歯車を揺動させる「振り分けタイプ」の偏心揺動型減速装置も公知である。本発明は、このような振り分けタイプの偏心揺動型減速装置においても、内歯歯車が、内歯歯車本体と、該内歯歯車本体に形成されたピン溝と、該ピン溝に配置されたピン部材と、を有する構成とされている限り、同様に適用可能である。
また、上記実施形態において、内ピンに摺動促進部材として内ローラが外嵌されていたように、外ピンに対しても、摺動促進部材として外ローラを外嵌させるように構成した内歯歯車を有する偏心揺動型減速装置も公知である。この場合、内歯歯車本体には、当該外ローラが配置されるピン溝が形成されることになる。本発明は、このような外ローラが配置されるピン溝に対しても、当該外ローラを本発明のピン部材と捉えることで、同様に適用することが可能である。
さらに、上記実施形態においては、低摩擦被膜としてリン酸マンガン被膜を施すようにしていたが、本発明に係る低摩擦被膜は、リン酸マンガン被膜には限定されない。例えば、固体潤滑被膜であってもよい。ここでの固体潤滑被膜とは、二硫化モリブデン、PTFE、グラファイトなどの固体潤滑剤を単独または複合的に塗料中に分散させ、被処理物にコーティングする処理を指している。