以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
なお、以下の説明では、方向について説明するために、圧延機において圧延されている圧延材の長手方向をX軸方向とも呼称し、当該圧延材の板幅方向をY軸方向とも呼称し、当該圧延材の板厚方向をZ軸方向とも呼称することとする。また、X軸方向のことを圧延方向とも呼称し、Z軸方向のことを鉛直方向とも呼称する。
(1.本発明に至る背景)
本発明の好適な一実施形態について説明するに先立ち、本発明の効果をより明確なものとするために、本発明者らが本発明に想到した背景について説明する。
上述したように、冷間圧延においては、圧延中に動的に、圧延油の供給状態を制御し、圧延材と作業ロールとの間の潤滑状態を変更することが求められている。圧延中に、圧延条件に応じて潤滑状態を動的に変更することができれば、焼付き等の表面欠陥の発生や、チャタリング等の圧延不安定現象の発生を回避することができ、歩留まりの改善や生産性の向上に寄与することができる。
しかしながら、従来、かかる要請に十分に応えることが可能な圧延油供給方法は存在しなかった。例えば、上記特許文献1、2に記載の圧延油供給方法のように、圧延中に潤滑状態を動的に変更可能な技術自体は開発されている。しかしながら、上述したように、特許文献1に記載の技術は、調質圧延に関するものであり、その適用範囲が限定的である。また、特許文献2に記載の技術は、圧延油の供給量を制御するものであるため、既存の設備では高応答な制御が困難である。また、圧延油の供給量を自動で、高応答に制御するための機構を設けようとすると、多大なコストを要する。このように、既存の圧延油供給方法に係る技術は、実用性に乏しかった。
そこで、本発明者らは、冷間圧延において、圧延中に潤滑状態をより高応答に変更することが可能な圧延油供給方法について鋭意検討した。本発明者らは、実際の圧延機を模した試験機を作成し、圧延油の供給状態を様々な方法で変更しながら、その圧延油の供給状態と潤滑状態との相関を調べる実験を行った。その結果、圧延機の入側において圧延材及び/又は作業ロールに圧延油を供給するノズルの方向(すなわち、圧延油供給方向)と、潤滑状態との間に、明確な相関があることが分かった。
図1は、かかる圧延油供給方向と潤滑状態との相関を調べる実験の条件について説明するための図である。図1に示すように、当該実験では、作業ロール201a、201b(上作業ロール201a及び下作業ロール201b)の入側において圧延材205の上面側及び下面側の両方に設置されたノズル203から圧延油を供給しながら、当該作業ロール201a、201bによって圧延材205を圧延した。この際、圧延油供給方向をX−Z平面内において変更可能にノズル203を構成し、当該ノズル203による圧延油供給方向をかかるX−Z平面内において変更しながら圧延を行った。そして、圧延油供給方向の各々について、圧延材205と作業ロール201a、201bとの間の潤滑状態を調べた。また、併せて、圧延速度も変更しながら実験を行い、圧延速度が潤滑状態に与える影響についても調べた。
図1では、簡単のため、ノズル203を点として表現し、当該実験で採用した圧延油供給方向を矢印で示している。図示するように、当該実験では、以下の4種類の圧延油供給方向における潤滑状態を調べた。
(実験で採用した圧延油供給方向)
A:略水平方向であって作業ロール201a、201bの略中心に向かう方向
B:ロールバイトに向かう方向
C:鉛直上向き又は下向きに圧延材205の板面に向かう方向
D:鉛直上向き又は下向きに圧延材205の板面に向かう方向から圧延方向における上流側に所定の角度だけ傾けた方向
また、潤滑状態を示す指標としては、圧延材205と作業ロール201a、201bとの間の摩擦係数、ロールバイト直下の油膜厚、及び作業ロール201a、201bの出側(すなわち、圧延機出側)での圧延材205の温度(板温度)をそれぞれ調べた。なお、ロールバイト直下の油膜厚は、当該油膜厚が厚ければ潤滑が良好になり、当該油膜厚が薄ければ潤滑が不良になるため、潤滑状態を示す指標となり得る。また、圧延機出側での板温度は、ロールバイト直下における板温度を間接的に示すものであり、当該板温度が高ければロールバイト直下における板温度も高く、圧延油の粘度が低下するため潤滑が不良となり、当該板温度が低ければロールバイト直下における板温度も低く、圧延油の粘度が増加するため潤滑が良好となる。従って、当該圧延機出側での板温度も、潤滑状態を示す指標となり得る。
具体的には、圧延材205と作業ロール201a、201bとの間の摩擦係数については、圧延荷重及び板速度を測定し、圧延理論モデルにより算出した。また、ロールバイト直下の油膜厚については、圧延荷重及び板速度を測定し、油膜厚モデルにより算出した。また、圧延機出側での板温度については、放射温度計等の非接触温度計を用いて直接測定した。
当該実験の結果の一例を図2−図4に示す。図2は、圧延油供給方向と、圧延材205と作業ロール201a、201bとの間の摩擦係数と、の関係を示すグラフ図である。図3は、圧延油供給方向と、ロールバイト直下の油膜厚と、の関係を示すグラフ図である。図4は、圧延油供給方向と、圧延機出側での板温度と、の関係を示すグラフ図である。図2−図4では、圧延速度が異なる場合における結果を併せて図示している。
図2を参照すると、圧延速度に応じて摩擦係数の絶対値や変化率は異なるものの、圧延速度によらず、圧延油供給方向をAからDに向かって変更するにつれて、圧延材205と作業ロール201a、201bとの間の摩擦係数が増加することが確認できる。つまり、圧延油供給方向と、圧延材205と作業ロール201a、201bとの間の摩擦係数との間には、圧延油供給方向を圧延方向における下流側から上流側に徐々に変更するにつれて、当該摩擦係数が増加する(すなわち、潤滑状態が不良になる)という、一方向の相関が確認できる。
同様に、図3を参照すると、圧延速度に応じて油膜厚の絶対値や変化率は異なるものの、圧延速度によらず、圧延油供給方向をAからDに向かって変更するにつれて、ロールバイト直下の油膜厚が薄くなることが確認できる。つまり、圧延油供給方向とロールバイト直下の油膜厚との間には、圧延油供給方向を圧延方向における下流側から上流側に向かって徐々に変更するにつれて、当該油膜厚が薄くなる(すなわち、潤滑状態が不良になる)という、一方向の相関が確認できる。
また、同様に、図4を参照すると、圧延速度に応じて板温度の絶対値や変化率は異なるものの、圧延速度によらず、圧延油供給方向をAからDに向かって変更するにつれて、圧延機出側での板温度が増加することが確認できる。つまり、圧延油供給方向と圧延機出側での板温度との間には、圧延油供給方向を圧延方向における下流側から上流側に向かって徐々に変更するにつれて、当該板温度が増加する(すなわち、潤滑状態が不良になる)という、一方向の相関が確認できる。
以上の図2−図4に示す結果は、圧延油供給方向と、圧延材205と作業ロール201a、201bとの間の潤滑状態と、の間には、圧延速度によらず、圧延油供給方向を圧延方向における下流側から上流側に向かって徐々に変更するにつれて潤滑状態が不良になるという、一方向の相関が存在することを示している。図2−図4では、一例として、ある圧延油を用いてある圧延条件によって行った実験についての結果を示したが、本発明者らがこれら圧延油の条件及び圧延条件を様々に変更しながら同様の実験を行ったところ、いずれの場合においても同様の傾向が見られることが確認できた。
以上、本発明者らが行った実験について説明した。まとめると、本発明者らは、圧延油の供給状態と潤滑状態との相関を調べる実験を行った結果、圧延油供給方向と、圧延材205と作業ロール201a、201bとの間の潤滑状態と、の間には、圧延速度によらず、圧延油供給方向を圧延方向における下流側から上流側に徐々に変更するにつれて、潤滑状態が不良になるという、一方向の相関が存在するとの知見を得た。このような相関が存在する理由としては、圧延油供給方向が変化することによって、プレートアウト時間(圧延油が圧延材205と接触してから当該圧延材205の表面上に付着するまでの時間)や衝突圧力等が変化することがその一因であると考えられる。なお、例えば特許文献2に記載されているように、従来、ロールバイト直下と圧延油の圧延材上への供給位置との距離と、潤滑状態と、の間に何らかの相関が存在することは述べられていたが、圧延油供給方向と潤滑状態との相関に注目し、これらの間の相関を定量的に評価したことは、本発明者らが今回新しく行ったことである。
本発明者らは、当該知見に基づいて本発明に想到した。具体的には、本発明では、圧延中に動的に、圧延油供給方向を変更することにより、圧延材と作業ロールとの間の潤滑状態を制御する。圧延油供給方向の変更は、ノズルの方向を変更するという簡易な動作で実現可能であるため、かかる方法によれば、例えば特許文献2に記載の技術のように圧延油の供給量を制御する場合に比べて、より高応答に潤滑状態を変更することが可能となる。また、ノズルの方向を制御する機構は、例えばノズルの基端部にモータ等の当該ノズルを回動可能な駆動機構を設けるとともに、当該駆動機構の動作を制御する制御基板等を設けることにより容易に実現可能であり、その制御自体も格別困難なものではない。従って、既存の設備に対して、このノズルの方向を制御する機構を追加的に設けたとしても、コストの大幅な増加にはつながらない。
以下、本発明を実現するための好適な一実施形態について詳細に説明する。
(2.圧延油供給設備の構成)
図5を参照して、本発明の好適な一実施形態に係る圧延油供給設備の構成について説明する。図5は、本実施形態に係る圧延油供給設備の一構成例を示す図である。
図5では、冷間圧延用の圧延機101に対して本実施形態に係る圧延油供給設備1が設けられた場合における構成例を示している。圧延機101は、上下一対の作業ロール103a、103bと、作業ロール103a、103bの上下にそれぞれ設置され作業ロール103a、103bを支持するバックアップロール105a、105bと、を有する。このように、圧延機101は、4本のロールを備える、いわゆる4重圧延機の構成を有する。圧延機101における作業ロール103a、103b間の間隔(ロールギャップ)は、圧延条件に応じて適宜調整されており、圧延材(鋼板10)は、圧延機101を通過することにより薄く延ばされ、所望の板厚になるように加工される。
なお、図5では、簡単のため、圧延機101の構成のうち、本実施形態に係る圧延油供給設備1について説明するために必要な構成のみを主に図示している。実際には、圧延機101は、図示する構成以外にも、一般的な冷間圧延用の圧延機が備える各種の構成を有し得る。図示を省略している構成については、一般的に知られている各種の構成を適用可能であるため、その説明を省略する。また、圧下位置やロール速度等、圧延時における圧延機101の制御についても、各種の公知の方法が用いられてよいため、その詳細な説明を省略する。
本実施形態に係る圧延油供給設備1は、圧延油(エマルション)を貯留するエマルションタンク107と、圧延機101の入側において鋼板10の上面側及び下面側にそれぞれ設置され、鋼板10及び圧延機101の作業ロール103a、103bに対してエマルションタンク107内のエマルションを供給するノズル109と、X−Z平面内(すなわち、圧延方向及び鉛直方向を含む平面)におけるノズル109の方向を変更するように当該ノズル109を動作させる駆動機構111と、圧延機101における圧延荷重を測定する圧延荷重計113と、圧延機101の出側に設置され、鋼板10の速度を測定する板速度計115と、圧延中に駆動機構111を介してノズル109の方向を制御することにより、圧延油供給方向を変更する制御装置117と、から構成される。
エマルションタンク107内に貯留されるエマルションは、例えば濃度が1〜2(%)程度の、一般的に冷間圧延において潤滑に用いられるエマルションである。圧延時には、ノズル109から、所定の量のエマルションが常時供給される。つまり、本実施形態では、エマルションの供給量については、圧延中に動的な制御は行われなくてよい。
ノズル109は、その基端部を基点としてX−Z平面内で回動可能に構成される。かかる回動動作が可能である点以外は、ノズル109は、一般的な冷間圧延におけるエマルションの供給用のノズルと同様の構成であり得る。
駆動機構111は、基端部を基点としてノズル109をX−Z平面内で回動させる。駆動機構111によって、かかる基点を回転軸とした回動動作が行われることにより、ノズルの方向、すなわち圧延油供給方向が変更される。
例えば、駆動機構111は、Y軸方向(すなわち、板幅方向)に延伸し、ノズル109の基端部に固定的に接続されるシャフトと、当該シャフトをY軸方向を回転軸方向として回転させるステッピングモータと、によって構成され得る。かかる構成によれば、ステッピングモータがシャフトを回転させることにより、ノズル109が基端部を基点としてX−Z平面内で回動することとなる。ただし、駆動機構111の構成はかかる例に限定されず、駆動機構111は、ノズル109を回動させ得るものであればよく、駆動機構111としては、各種の公知のものを用いることができる。
なお、図5では、説明のため、便宜的に、ノズル109と駆動機構111を別個の部材として図示しているが、ノズル109と駆動機構111は一体的に構成されてもよい。つまり、ノズル109の基端部に、当該ノズル109を回動動作させるための駆動機構111が組み込まれてもよい。
圧延荷重計113及び板速度計115としては、各種の公知のものを用いることができる。圧延荷重計113及び板速度計115は、測定した圧延荷重及び板速度を、所定の間隔で逐次制御装置117に送信する。
制御装置117は、駆動機構111を介してノズル109の方向を制御し、圧延油供給方向を変更することにより、圧延中に、動的に鋼板10と作業ロール103a、103bとの間の潤滑状態を変更する。本実施形態では、当該潤滑状態を示す指標として、鋼板10と作業ロール103a、103bとの間の摩擦係数を用いる。制御装置117は、当該摩擦係数に基づいて、ノズル109の方向を制御する。
具体的には、制御装置117は、圧延荷重計113による圧延荷重の測定値、及び板速度計115による板速度の測定値を用いて、圧延理論モデルにより、鋼板10と作業ロール103a、103bとの間の摩擦係数を算出する。この摩擦係数の算出方法は公知なため、ここではその詳細な説明を省略する。
そして、制御装置117は、算出した摩擦係数が所定の目標範囲内に収まっているかどうかを判定する。ここで、当該目標範囲は、圧延条件等に応じて、焼付き及びスリップ等の不良を発生させないような摩擦係数の望ましい範囲として、例えば実験及びシミュレーションの結果、並びに過去の操業実績データ等に基づいて適宜決定される。
図6は、摩擦係数の目標範囲について説明するための図である。図6では、摩擦係数の目標範囲を決定するために行った実験の結果を示している。当該実験では、鋼板に対する圧延の最中に潤滑条件を様々に変更し、その圧延中における摩擦係数を随時算出するとともに、当該鋼板における焼付き及びスリップの発生を調査した。図6では、横軸に圧延中における時間を取り、縦軸に算出された摩擦係数を取り、圧延中における摩擦係数の時間変化を示している。
図6に示すように、当該実験では、摩擦係数がある値μ1を超えた場合に焼付きが発生し、摩擦係数がある値μ2を下回った場合にスリップが発生することが確認できた。従って、当該実験に係る圧延条件においては、摩擦係数の目標範囲は、μ2以上、かつμ1以下になる。本実施形態では、圧延条件を様々に変更しながら同様の実験を行い、圧延条件ごとに摩擦係数の目標範囲を事前に決定しておき、記憶装置(図5では図示せず)に記憶しておく。制御装置117は、当該記憶装置を参照することにより、現在制御の対象としている圧延の圧延条件に合致する摩擦係数の目標範囲を設定し、かかる目標範囲を用いて、上記の判定処理を行うことができる。
上記の判定処理の結果、算出した摩擦係数が目標範囲内に収まっている場合には、制御装置117は、特段の制御を行わない。一方、算出した摩擦係数が目標範囲を外れていた場合には、制御装置117は、当該摩擦係数が目標範囲に収まるような、圧延油供給方向の変更量(すなわち、ノズル109の回動量)を算出する。本実施形態では、実験やシミュレーション等によって、圧延油供給方向と、鋼板10と作業ロール103a、103bとの間の摩擦係数と、の相関(例えば、図2に示すような相関)が事前に取得され、例えばテーブルの形式で上記記憶装置に記憶されている。制御装置117は、当該記憶装置を参照し、圧延油供給方向と摩擦係数との相関を用いることにより、所望の量だけ摩擦係数を変更するために必要な、圧延油供給方向の変更量(すなわち、ノズル109の回動量)を算出することができる。
そして、制御装置117は、駆動機構111を介して、算出した回動量の分だけノズル109を回動させる。これにより、圧延油供給方向が変更され、摩擦係数が適切な値に制御され得る。このとき、定性的には、図2に示す相関から、制御装置117は、算出した摩擦係数が目標範囲の上限値を上回っている場合には、摩擦係数を低下させ潤滑状態をより良好にするように、ノズル109が圧延方向におけるより下流側を向くように、当該ノズル109を回動させる。また、制御装置117は、算出した摩擦係数が目標範囲の下限値を下回っている場合には、摩擦係数を増加させ潤滑状態をより不良にするように、ノズル109が圧延方向におけるより上流側を向くように、当該ノズル109を回動させる。
制御装置117は、圧延荷重計113による圧延荷重の測定値、及び板速度計115による板速度の測定値が送信されるごとに、上記の摩擦係数の算出処理、当該摩擦係数が目標範囲内かどうかの判定処理、及びその判定結果に応じたノズル109の方向の制御処理を逐次実行する。ここで、上述したように、ノズル109の方向を変更する動作は比較的高応答に実行可能である。従って、本実施形態によれば、圧延中に動的に、高応答に、鋼板10と作業ロール103a、103bとの間の潤滑状態を変更することが可能となる。
以上、図5を参照して、本実施形態に係る圧延油供給設備1の構成について説明した。ここで、以上の説明では、圧延荷重計113による圧延荷重の測定値、及び板速度計115による板速度の測定値に基づいて鋼板10と作業ロール103a、103bとの間の摩擦係数を算出していたが、本実施形態はかかる例に限定されない。当該摩擦係数は、圧延中における鋼板10と作業ロール103a、103bとの間の摩擦係数を求められる方法であれば、各種の公知の方法によって算出されてよい。
また、圧延機101の具体的な装置構成は図示する例に限定されない。本実施形態に係る圧延油供給設備1は、一般的な各種の冷間圧延用の圧延機に対して適用可能なものである。従って、圧延機101は、一般的な冷間圧延用の圧延機と同様に構成されればよく、その具体的な構成は任意であってよい。例えば、圧延機101は、4重圧延機に限定されず、例えば6重圧延機等、他の構成であってもよい。
また、以上では、圧延機101が圧延する圧延材が鋼板10である場合について説明したが、本実施形態はかかる例に限定されない。本実施形態に係る圧延油供給設備1は、各種の金属材料の圧延に対して適用されてよい。
(3.圧延油供給方法)
図7を参照して、以上説明した圧延油供給設備1において実行される、圧延油供給方法の処理手順について説明する。図7は、本実施形態に係る圧延油供給方法の処理手順の一例を示すフロー図である。なお、図7に示す各処理は、図5に示す制御装置117によって実行される処理に対応している。各処理の詳細については図5を参照して既に説明しているため、以下の本実施形態に係る圧延油供給方法についての説明では、各処理の詳細な内容についてはその説明を省略する。
図7を参照すると、本実施形態に係る圧延油供給方法では、まず、圧延荷重計113による圧延荷重の測定値、及び板速度計115による板速度の測定値を用いて、鋼板10と作業ロール103a、103bとの間の摩擦係数が算出される(ステップS101)。
次いで、算出した摩擦係数が所定の目標範囲内かどうかが判定される(ステップS103)。
ステップS103で摩擦係数が目標範囲内である場合には、特段の処理は行われない。この場合には、ステップS101に戻り、次の測定タイミングで圧延荷重計113による圧延荷重の測定値、及び板速度計115による板速度の測定値が得られるまで待機する。そして、これらの測定値が得られたら、ステップS101、S103の処理が再度実行される。
一方、ステップS103で摩擦係数が目標範囲を外れていた場合には、ステップS105に進む。ステップS105では、算出した摩擦係数が目標範囲内に収まるような、圧延油供給方向の変更量(すなわち、ノズル109の回動量)が算出される。
そして、算出された変更量に応じて圧延油供給方向が変更されるように、ノズル109が駆動される(ステップS107)。
以上、本実施形態に係る圧延油供給方法の処理手順について説明した。
(4.変形例)
以上説明した実施形態におけるいくつかの変形例について説明する。上記実施形態では、潤滑状態を示す指標として摩擦係数を用いて、当該摩擦係数に基づいて圧延油供給方向を変更していた。しかし、本実施形態はかかる例に限定されない。本実施形態では、他の指標を用いて潤滑状態を評価し、当該指標を制御量として圧延油供給方向を変更してもよい。ここでは、このような、潤滑状態を示す指標として他の物理量を用いる変形例について説明する。なお、以下に説明する各変形例に係る圧延油供給設備は、上述した図5に示す圧延油供給設備1に対して、潤滑状態を示す指標となる物理量が変更されたことに伴い、当該物理量を得るための測定器等の構成が変更されたものに対応する。かかる変更点以外の構成は圧延油供給設備1と同様であるため、以下の各変形例に係る圧延油供給設備についての説明では、上述した図5に示す圧延油供給設備1と重複する事項についてはその詳細な説明を省略し、相違する事項について主に説明することとする。
(4−1.潤滑状態を示す指標として油膜厚を用いる変形例)
図8を参照して、潤滑状態を示す指標としてロールバイト直下の油膜厚を用いる変形例に係る圧延油供給設備の構成について説明する。図8は、潤滑状態を示す指標としてロールバイト直下の油膜厚を用いる変形例に係る圧延油供給設備の一構成例を示す図である。
図8では、冷間圧延用の圧延機101に対して本変形例に係る圧延油供給設備2が設けられた場合における構成例を示している。図8を参照すると、本変形例に係る圧延油供給設備2は、圧延油(エマルション)を貯留するエマルションタンク107と、圧延機101の入側において鋼板10の上面側及び下面側にそれぞれ設置され、鋼板10及び圧延機101の作業ロール103a、103bに対してエマルションタンク107内のエマルションを供給するノズル109と、X−Z平面内におけるノズル109の方向を変更するように当該ノズル109を動作させる駆動機構111と、圧延機101における圧延荷重を測定する圧延荷重計113と、圧延機101の入側に設置され、鋼板10の速度を測定する板速度計115と、圧延中に駆動機構111を介してノズル109の方向を制御することにより、圧延油供給方向を変更する制御装置121と、から構成される。このように、本変形例に係る圧延油供給設備2は、上述した図5に示す圧延油供給設備1において、板速度計115の設置位置が入側に変更されたものに対応する。また、制御装置121の機能も変更されている。
制御装置121は、駆動機構111を介してノズル109の方向を制御し、圧延油供給方向を変更することにより、圧延中に、動的に鋼板10と作業ロール103a、103bとの間の潤滑状態を変更する。本変形例では、当該潤滑状態を示す指標として、ロールバイト直下の油膜厚を用いる。制御装置121は、当該油膜厚に基づいて、ノズル109の方向を制御する。
具体的には、圧延荷重計113による圧延荷重の測定値、及び板速度計115による板速度の測定値が、所定のタイミングで逐次制御装置121に送信されている。制御装置121は、これら圧延荷重計113による圧延荷重の測定値、及び板速度計115による板速度の測定値を用いて、油膜厚モデルにより、ロールバイト直下の油膜厚を算出する。この油膜厚の算出方法は公知であるため、ここではその詳細な説明を省略する。
そして、制御装置121は、算出した油膜厚が所定の目標範囲内に収まっているかどうかを判定する。ここで、当該目標範囲は、摩擦係数の場合と同様に、圧延条件等に応じて、焼付き及びスリップ等の不良を発生させないような油膜厚の望ましい範囲として、例えば実験及びシミュレーションの結果、並びに過去の操業実績データ等に基づいて適宜決定され、圧延油供給設備2に設けられる記憶装置(図8では図示せず)に事前に記憶されている。制御装置121は、当該記憶装置を参照することにより、油膜厚の目標範囲を適宜設定し、上記の判定処理を行うことができる。
当該判定処理の結果、算出した油膜厚が目標範囲内に収まっている場合には、制御装置121は、特段の制御を行わない。一方、算出した油膜厚が目標範囲を外れていた場合には、制御装置121は、当該油膜厚が目標範囲内に収まるような、圧延油供給方向の変更量(すなわち、ノズル109の回動量)を算出する。摩擦係数の場合と同様に、実験やシミュレーション等によって、圧延油供給方向と、ロールバイト直下の油膜厚と、の相関(例えば、図3に示すような相関)が事前に取得され、例えばテーブルの形式で上記記憶装置に記憶されている。制御装置121は、当該記憶装置を参照し、圧延油供給方向と油膜厚との相関を用いることにより、所望の量だけ油膜厚を変更するために必要な、圧延油供給方向の変更量(すなわち、ノズル109の回動量)を算出することができる。
そして、制御装置121は、算出した回動量の分だけ回動するように、ノズル109に設けられる駆動機構の駆動を制御する。これにより、圧延油供給方向が変更され、油膜厚が適切な値に制御され得る。このとき、定性的には、図3に示す相関から、制御装置121は、算出した油膜厚が目標範囲の上限値を上回っている場合には、油膜厚をより薄くし潤滑状態をより不良にするように、ノズル109が圧延方向におけるより上流側を向くように、当該ノズル109を回動させる。また、制御装置121は、算出した油膜厚が目標範囲の下限値を下回っている場合には、油膜厚をより厚くし潤滑状態をより良好にするように、ノズル109が圧延方向におけるより下流側を向くように、当該ノズル109を回動させる。
制御装置121は、圧延荷重計113による圧延荷重の測定値、及び板速度計115による板速度の測定値が送信されるごとに、上記の油膜厚の算出処理、当該油膜厚が目標範囲内かどうかの判定処理、及びその判定結果に応じたノズル109の方向の制御処理を逐次実行する。従って、本変形例によれば、上述した実施形態と同様に、圧延中に動的に、高応答に、鋼板10と作業ロール103a、103bとの間の潤滑状態を変更することが可能となる。
以上、図8を参照して、潤滑状態を示す指標としてロールバイト直下の油膜厚を用いる変形例に係る圧延油供給設備2の構成について説明した。ここで、以上の説明では、圧延荷重計113による圧延荷重の測定値、及び板速度計115による板速度の測定値に基づいてロールバイト直下の油膜厚を算出していたが、当該油膜厚の算出方法はかかる例に限定されない。本変形例では、当該油膜厚は各種の公知の方法によって求められればよく、圧延中におけるロールバイト直下の油膜厚を求められる方法であれば、当該油膜厚の算出方法は他の方法であってもよい。
(4−2.潤滑状態を示す指標として板温度を用いる変形例)
図9を参照して、潤滑状態を示す指標として圧延機101出側での板温度を用いる変形例に係る圧延油供給設備の構成について説明する。図9は、潤滑状態を示す指標として圧延機101出側での板温度を用いる変形例に係る圧延油供給設備の一構成例を示す図である。
図9では、冷間圧延用の圧延機101に対して本変形例に係る圧延油供給設備3が設けられた場合における構成例を示している。図9を参照すると、本変形例に係る圧延油供給設備3は、圧延油(エマルション)を貯留するエマルションタンク107と、圧延機101の入側において鋼板10の上面側及び下面側にそれぞれ設置され、鋼板10及び圧延機101の作業ロール103a、103bに対してエマルションタンク107内のエマルションを供給するノズル109と、X−Z平面内におけるノズル109の方向を変更するように当該ノズル109を動作させる駆動機構111と、圧延機101の出側に設置され、鋼板10の温度を測定する板温度計131と、圧延中に駆動機構111を介してノズル109の方向を制御することにより、圧延油供給方向を変更する制御装置133と、から構成される。このように、本変形例に係る圧延油供給設備3は、上述した図5に示す圧延油供給設備1において、圧延荷重計113及び板速度計115の代わりに板温度計131が設けられたものに対応する。また、制御装置133の機能も変更されている。
制御装置121は、駆動機構111を介してノズル109の方向を制御し、圧延油供給方向を変更することにより、圧延中に、動的に鋼板10と作業ロール103a、103bとの間の潤滑状態を変更する。本変形例では、当該潤滑状態を示す指標として、圧延機101出側の板温度を用いる。制御装置133は、当該板温度に基づいて、ノズル109の方向を制御する。
具体的には、板温度計131による板温度の測定値が、所定のタイミングで逐次制御装置133に送信されている。制御装置133は、この測定された板温度が所定の目標範囲内に収まっているかどうかを判定する。ここで、当該目標範囲は、摩擦係数の場合と同様に、圧延条件等に応じて、焼付き及びスリップ等不良を発生させないような板温度の望ましい範囲として、例えば実験及びシミュレーションの結果、並びに過去の操業実績データ等に基づいて適宜決定され、圧延油供給設備3に設けられる記憶装置(図9では図示せず)に事前に記憶されている。制御装置133は、当該記憶装置を参照することにより、板温度の目標範囲を適宜設定し、上記の判定処理を行うことができる。
当該判定処理の結果、測定された板温度が目標範囲内に収まっている場合には、制御装置133は、特段の制御を行わない。一方、測定された板温度が目標範囲を外れていた場合には、制御装置133は、当該板温度が目標範囲内に収まるような、圧延油供給方向の変更量(すなわち、ノズル109の回動量)を算出する。摩擦係数の場合と同様に、実験やシミュレーション等によって、圧延油供給方向と、圧延機101出側での板温度と、の相関(例えば、図4に示すような相関)が事前に取得され、例えばテーブルの形式で上記記憶装置に記憶されている。制御装置133は、当該記憶装置を参照し、圧延油供給方向と板温度との相関を用いることにより、所望の量だけ板温度を変更するために必要な、圧延油供給方向の変更量(すなわち、ノズル109の回動量)を算出することができる。
そして、制御装置133は、算出した回動量の分だけ回動するように、ノズル109に設けられる駆動機構の駆動を制御する。これにより、圧延油供給方向が変更され、板温度が適切な値に制御され得る。このとき、定性的には、図4に示す相関から、制御装置133は、測定された板温度が目標範囲の上限値を上回っている場合には、板温度を低下させ潤滑状態をより良好にするように、ノズル109が圧延方向におけるより下流側を向くように、当該ノズル109を回動させる。また、制御装置133は、測定された板温度が目標範囲の下限値を下回っている場合には、板温度を増加させ潤滑状態をより不良にするように、ノズル109が圧延方向におけるより上流側を向くように、当該ノズル109を回動させる。
制御装置133は、板温度計131による板温度の測定値が送信されるごとに、上記の板温度の測定値が目標範囲内かどうかの判定処理、及びその判定結果に応じたノズル109の方向の制御処理を逐次実行する。従って、本変形例によれば、上述した実施形態と同様に、圧延中に動的に、高応答に、鋼板10と作業ロール103a、103bとの間の潤滑状態を変更することが可能となる。
以上、図9を参照して、潤滑状態を示す指標として圧延機101出側での板温度を用いる変形例に係る圧延油供給設備3の構成について説明した。ここで、以上の説明では、鋼板10の温度として板温度計131による板温度の測定値を用いていたが、本変形例では、当該鋼板10の温度は他の方法によって求められてもよく、また、その鋼板10の温度を得る位置も圧延機101出側に限定されない。例えば、圧延荷重及び板速度を用いて、板温度モデルによりロールバイト直下の板温度を求める方法が公知である。従って、かかる方法を利用して、潤滑状態を示す指標としてロールバイト直下の板温度を用いてもよい。具体的には、圧延油供給設備3において、板温度計131に代えて圧延荷重計及び板速度計を設け、これら圧延荷重計及び板速度計による圧延荷重及び板速度の測定値を用いて、制御装置133が、板温度モデルによりロールバイト直下の板温度を求めてもよい。その他、圧延中における鋼板10の温度を求められる方法であれば、各種の公知の方法が用いられてよい。
本発明の効果を確認するために、本発明を実際に操業が行われている冷間圧延機に対して適用し、以下の実験を行った。
上記図5、8、9をそれぞれ参照して説明した本実施形態に係る圧延油供給設備1、2、3を、実際に操業が行われている冷間タンデム圧延機の最終スタンドに適用し、圧延油供給方向(すなわち、ノズル109の方向)を制御しながら圧延を行った。圧延油(エマルション)の条件及び圧延条件は以下の通りである。
供給するエマルションの基油としては合成エステル油を用いた。当該エマルションは、濃度1.5(%)で作成し、圧延中における供給量は、片面20(L/min)とした。
圧延材としては鋼板を用いた。当該鋼板は普通鋼であり、その形状は、板厚1.00(mm)、板幅1000(mm)である。
圧延は、1800(mpm)まで加速し、その状態で10分間の定常圧延を行った後、減速して終了した。
以上の条件で、20本のコイルに対して圧延を行い、圧延後のコイルの状態を調査した。なお、圧延油供給設備1を適用した場合には、圧延荷重計によって測定した圧延荷重、及び圧延機出側に設けた板速度計によって測定したコイルの板速度に基づいてコイルと作業ロールとの間の摩擦係数を圧延中に算出し、その算出した摩擦係数が焼付き及びスリップを生じさせないような所定の目標範囲内に収まるように、圧延油供給方向を制御した。また、圧延油供給設備2を適用した場合には、圧延荷重計によって測定した圧延荷重、及び圧延機入側に設けた板速度計によって測定したコイルの板速度に基づいてロールバイト直下の油膜厚を圧延中に算出し、その算出した油膜厚が焼付き及びスリップを生じさせないような所定の目標範囲内に収まるように、圧延油供給方向を制御した。また、圧延油供給設備3を適用した場合には、圧延機出側に設けた板温度計によってコイルの板温度を圧延中に測定し、その測定した板温度が焼付き及びスリップを生じさせないような所定の目標範囲内に収まるように、圧延油供給方向を制御した。
また、比較のため、本実施形態に係る圧延油供給設備1、2、3を適用せず(すなわち、圧延油供給方向の制御を行わず、一定の方向でエマルションを供給し続けた状態で)、同様の条件によって、20本のコイルに対して圧延を行った。
その結果、本実施形態に係る圧延油供給設備1、2、3を適用しなかった場合には、20本のコイルのうちの4本のコイルにおいて、焼付きに起因するヒートスクラッチが発生した。これは、圧延油供給方向の制御を適切に行わなかったことにより、コイルと作業ロールとの間の潤滑状態を圧延中に適切に調整することができなかったことを示している。
一方、本実施形態に係る圧延油供給設備1、2、3を適用した場合には、20本のコイルの全てにおいて、焼付き及びスリップは発生しなかった。これは、圧延油供給方向の制御を適切に行ったことにより、コイルと作業ロールとの間の潤滑状態(具体的には、ロールバイト直下の摩擦係数、ロールバイト直下の油膜厚、又は圧延機出側の板温度)を適切な範囲に調整することができ、焼付き及びスリップの発生が効果的に抑制されたことを示している。
以上の結果から、本発明を適用することにより、冷間圧延においてコイルと作業ロールとの間の潤滑状態を圧延中に動的に調整することができ、焼付き及びスリップの発生を防止することができることが確認できた。従って、本発明を適用することにより、冷間圧延における歩留まり改善及び生産性向上を実現することが可能となる。
(5.補足)
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
ここで、上述した制御装置117、121、133の具体的な装置構成は限定されない。制御装置117、121、133は、以上説明した演算処理を実行する機能、及び駆動機構111を介したノズル109の動作を制御する機能を有すればよく、その装置構成は任意であってよい。例えば、制御装置117、121、133は、CPU(Central Processing Unit)等のプロセッサ、又はプロセッサとメモリ等の記憶素子が混載された制御基板等であり得る。あるいは、制御装置117、121、133は、PC(Personal Computer)等の汎用的な情報処理装置であってもよい。制御装置117、121、133のプロセッサが所定のプログラムに従って動作することにより、上述した各機能が実現され得る。また、上述した記憶装置としては、例えば、HDD(Hard Disk Drive)等の磁気記憶デバイス、半導体記憶デバイス、光記憶デバイス又は光磁気記憶デバイス等、情報を記憶可能な各種の公知の装置を用いることができる。
また、制御装置117、121、133の各機能を実現するためのコンピュータプログラムを作製し、PC等の処理装置に実装することが可能である。また、このようなコンピュータプログラムが格納された、コンピュータで読み取り可能な記録媒体も提供することができる。当該記録媒体は、例えば、磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク又はフラッシュメモリ等である。また、当該コンピュータプログラムは、記録媒体を用いずに、例えばネットワークを介して配信してもよい。