(1)エンジンの全体構成
図1は、本発明のエンジンの制御装置が適用されるエンジンシステムの構成を示す図である。本実施形態のエンジンシステムは、4ストロークのエンジン本体1と、エンジン本体1に燃焼用の空気を導入するための吸気通路20と、エンジン本体1で生成された排気を排出するための排気通路30とを備える。
エンジン本体1は、例えば、4つの気筒2が図1の紙面と直交する方向に直列に配置された直列4気筒エンジンである。このエンジンシステムは車両に搭載され、エンジン本体1は車両の駆動源として利用される。本実施形態では、エンジン本体1は、ガソリンを含む燃料の供給を受けて駆動される。なお、燃料は、バイオエタノール等を含むガソリンであってもよい。
エンジン本体1は、気筒2が内部に形成されたシリンダブロック3と、シリンダブロック3の上面に設けられたシリンダヘッド4と、気筒2に往復動(上下動)可能に嵌装されたピストン5とを有する。
ピストン5の上方には燃焼室6が形成されている。燃焼室6はいわゆるペントルーフ型であり、シリンダヘッド4の下面で構成される燃焼室6の天井面は吸気側および排気側の2つの傾斜面からなる三角屋根状をなしている。ピストン5の冠面には、その中心部を含む領域をシリンダヘッド4とは反対側(下方)に凹ませたキャビティ19が形成されている。なお、ここでは、ピストン5の位置や混合気の燃焼状態によらず気筒2の内側空間のうちピストン5の冠面と燃焼室6の天井面との間の空間を、燃焼室6という。
エンジン本体1の幾何学的圧縮比、つまり、ピストン5が下死点にあるときの燃焼室6の容積とピストン5が上死点にあるときの燃焼室6の容積との比は、15以上25以下(例えば17程度)に設定されている。
シリンダヘッド4には、吸気通路20から供給される空気を気筒2(燃焼室6)内に導入するための吸気ポート9と、気筒2内で生成された排気を排気通路30に導出するための排気ポート10とが形成されている。これら吸気ポート9と排気ポート10とは、気筒2毎にそれぞれ2つずつ形成されている。
シリンダヘッド4には、各吸気ポート9の気筒2側の開口をそれぞれ開閉する吸気弁11と、各排気ポート10の気筒2側の開口をそれぞれ開閉する排気弁12とが設けられている。
シリンダヘッド4には、燃料を噴射するインジェクタ(流体噴射手段)14が設けられている。インジェクタ14は、噴射口が形成された先端部が燃焼室6の天井面の中央付近に位置して燃焼室6の中央を臨むように取り付けられている。インジェクタ14は、その先端に複数の噴口を有し、燃焼室の天井面の中央付近からピストン5の冠面に向かって、気筒2の中心軸を中心としたコーン状(詳しくはホローコーン状)に燃料を噴射するように構成されている。コーンのテーパ角(噴霧角)は、例えば90°〜100°である。なお、インジェクタ14の具体的な構成はこれに限らず、単噴口のものであってもよい。
インジェクタ14は、不図示の高圧ポンプから圧送された燃料を燃焼室6内に噴射する。インジェクタ14の噴射圧は、ノッキングが発生しやすいエンジン高負荷域では、30MPa以上に高められ、エンジン高負荷域では、インジェクタ14から高圧で燃料が噴射される。なお、この噴射圧は、最大で70MPa程度まで高められるのが好ましい。この場合は、エンジンの高負荷域において50MPa〜70Maの範囲の噴射圧で燃料が噴射される。
シリンダヘッド4には、燃焼室6内の混合気を点火するための点火プラグ13が設けられている。点火プラグ13の先端には、火花を放電して混合気を点火し混合気に点火エネルギーを付与する電極が形成されている。点火プラグ13は、その先端が燃焼室6の天井面の中央付近に位置して燃焼室6の中央を臨むように配置されている。
吸気通路20には、上流側から順に、エアクリーナ21と、吸気通路20を開閉するためのスロットルバルブ22とが設けられている。本実施形態では、エンジンの運転中、スロットルバルブ22は基本的に全開もしくはこれに近い開度に維持されており、エンジンの停止時等の限られた運転条件のときにのみ閉弁されて吸気通路20を遮断する。
排気通路30には、排気を浄化するための浄化装置31が設けられている。浄化装置31は、例えば、三元触媒を内蔵している。
排気通路30には、排気通路30を通過する排気の一部をEGRガスとして吸気通路20に還流するためのEGR装置40が設けられている。EGR装置40は、吸気通路20のうちスロットルバルブ22よりも下流側の部分と排気通路30のうち浄化装置31よりも上流側の部分とを連通するEGR通路41、および、EGR通路41を開閉するEGRバルブ42を有する。また、本実施形態では、EGR通路41に、これを通過するEGRガスを冷却するためのEGRクーラ43が設けられており、EGRガスはEGRクーラ43にて冷却された後吸気通路20に還流される。
(2)制御系統
(2−1)システム構成
図2は、エンジンの制御系統を示すブロック図である。本実施形態のエンジンシステムは、PCM(パワートレイン・コントロール・モジュール、制御手段)100によって統括的に制御される。PCM100は、周知のとおり、CPU、ROM、RAM等から構成されるマイクロプロセッサである。
車両には各種センサが設けられており、PCM100はこれらセンサと電気的に接続されている。例えば、シリンダブロック3には、エンジン回転数を検出するクランク角センサSN1が設けられている。また、吸気通路20を通って各気筒2に吸入される空気量を検出するエアフローセンサSN2が設けられている。また、シリンダヘッド4には、燃焼室6内の圧力を検出する筒内圧センサSN3が設けられている。筒内圧センサSN3は、各気筒2にそれぞれ1つずつ設けられている。また、車両には、運転者により操作される図外のアクセルペダルの開度(アクセル開度)を検出するアクセル開度センサSN4が設けられている。
PCM100は、これらセンサSN1〜SN4等からの入力信号に基づいて種々の演算を実行して、点火プラグ13、インジェクタ14、スロットルバルブ22、EGRバルブ42等のエンジンの各部を制御する。
(2−2)基本制御
図3は、横軸をエンジン回転数、縦軸をエンジン負荷とした制御マップである。エンジンの運転領域は、エンジン回転数とエンジン負荷とに応じて2つの領域に区画されている。本実施形態では、エンジン負荷が予め設定された基準負荷Tq1未満でありノッキングが生じ難い低負荷領域Bと、エンジン負荷が基準負荷Tq1以上でありノッキングが生じやすい高負荷領域Aとが設定されている。高負荷領域Aでは、ノッキングの発生を抑制するべく、後述するノック回避制御が実施される。本実施形態では、前記のように、エンジン本体1の幾何学的圧縮比が15以上に設定されており、燃焼室6内の温度が非常に高い温度にまで高められる。従って、特にノッキングが生じやすい。
高負荷領域Aは、さらに、エンジン回転数が予め設定された基準回転数N1未満の高負荷低速領域A1と、エンジン回転数が基準回転数N1以上の高負荷高速領域A2とに区画されている。請求項における「第1回転数」は高負荷低速領域A1に含まれるエンジン回転数であって基準回転数N1未満の全てのエンジン回転数である。また、請求項における「第2回転数」は高負荷高速領域A2に含まれるエンジン回転数であって基準回転数N1以上の全てのエンジン回転数である。
本実施形態では、低負荷領域Bおよび高負荷低速領域A1では、点火アシストによる圧縮自着火燃焼(SPCCI燃焼、SPCCI:SPark Controlled Compression Ignition)が実施される。この圧縮自着火燃焼では、まず、圧縮上死点(TDC)よりも前にインジェクタ14から燃焼室6内に燃料が噴射される。この燃料は圧縮上死点付近までに空気と混合する。燃焼室6に形成されたこの混合気に、圧縮上死点付近において点火プラグ13から放電が行われる。これにより、点火プラグ13周りの混合気が強制的に着火される。そして、点火プラグ13周りから周囲に火炎が伝播していき、周囲の混合気が昇温されて自着火する。
一方、高負荷高速領域A2では、混合気を所望の時期に自着火させることが困難になるため、通常のガソリンエンジンにおいて採用されるSI燃焼(火花点火燃焼、SI:Spark Ignition)が実施される。SI燃焼は、混合気のほぼ全体を火炎伝播によって燃焼させる燃焼形態であり、圧縮上死点付近において点火プラグ13から放電が行われて、点火プラグ13周りの混合気が強制的に着火される。そして、点火プラグ13周りから周囲に火炎が伝播していき、残りの混合気が火炎伝播によって強制的に燃焼する。
図4は、基本制御の実施時(ノック回避制御を実施しなかったとき)の高負荷低速領域A1における燃料の噴射タイミングと点火タイミングと熱発生率の一例を示した図である。図4に示されるように、例えば、高負荷低速領域A1では、吸気行程の後期に2回に分けてインジェクタ14から燃料が噴射される。つまり、吸気行程の後期に、2回の燃料噴射Q1_a、Q1_bが実施される。そして、圧縮上死点の近傍に設定された点火時期CA2で(図4の例では圧縮上死点で)点火プラグ13により混合気に点火が行われる。2回の燃料噴射Q1_a、Q1_bは、要求されるエンジントルクを実現するためのメイン噴射、つまり、エンジントルクを生成するための燃料を噴射するメイン噴射であり、2回の燃料噴射の噴射量Q1_a,Q1_bの合計は、基本的に、エンジントルクの要求値に対応する量とされる。なお、本明細書における○○行程の前記、後期とは、○○行程の実施期間(クランク角での期間)を均等に2分割した時の前期と後期とをそれぞれさす。
図4に示した熱発生率の例では、混合気は低温酸化反応した後に高温酸化反応している。低温酸化反応は、冷却損失を上回るわずかな発熱を伴う反応であり、高温酸化反応は火炎を生じさせながら高い熱エネルギーを発する反応である。
具体的には、図4に示した例では、クランク角度CA1にて熱発生率が立ち上がる。しかし、まだ低温酸化反応の段階であることから、熱発生率はほとんど上昇せず、点火時期CA2(TDC:圧縮上死点)において点火エネルギーが付与されてからしばらく後のクランク角度CA3にて、混合気の高温酸化反応が開始することに伴い、クランク角度CA3以降、熱発生率は高い値に向けて上昇していく。
図5は、基本制御の実施時の高負荷高速領域A2における燃料の噴射タイミングと点火タイミングと熱発生率の一例を示した図である。例えば、高負荷高速領域A2では、吸気行程の後期に1回だけ燃料噴射Q1が実施される。そして、圧縮上死点の近傍に設定された点火時期CA12で(図5の例では圧縮上死点で)点火プラグ13により混合気に点火が行われる。燃料噴射Q1は、要求されるエンジントルクを実現するためのメイン噴射であり、この噴射量は、基本的に、エンジントルクの要求値に対応する量とされる。
図5では、熱発生率dQは、点火時期CA12から比較的急激に立ち上がってそのまま上昇しており、明確な低温酸化反応が見られない。このように、高負荷高速領域A2では、低温酸化反応が生じない、あるいは、明確な低温酸化反応が見られない。
これは、エンジン回転数が高いと、ピストン5の上昇速度および燃焼室6内の圧力上昇速度が速いために、燃焼室6の主たる混合気の低温酸化反応が生じる時間が非常に短くなる、あるいは、燃焼室6の主たる混合気が急激に昇温されて低温酸化反応をほとんど生じることなく高温酸化反応を開始するためと考えられる。
(2−3)ノック回避制御
次に、高負荷領域Aにて実施されるノック回避制御について図6のフローチャートを用いて説明する。このフローチャートの各ステップは、高負荷領域Aでエンジンが運転されているときに実行される。PCM100は、現在のエンジン回転数とエンジン負荷とからエンジンがどの運転領域で運転されているかを判別する。そして、エンジンが高負荷領域Aにて運転されていると判別するとステップS1を実施する。なお、この判別ステップにおいて、エンジン回転数は、クランク角センサSN1によって検出された値が用いられる。エンジン負荷は、アクセル開度センサSN4により検出されたアクセル開度とエンジン回転数とに基づいて算出される。
ステップS1では、PCM100は、まず、筒内圧センサSN3の値を読み込む。次に、ステップS2にて、PCM100は、筒内圧センサSN3で検出された筒内圧を用いて熱発生率dQを算出する。熱発生率dQの算出方法は従来用いられている方法を採用することができ、ここでの説明は省略する。
次に、ステップS3にて、PCM100は、高負荷低速領域A1でエンジンが運転されているかを判定する。
ステップS3の判定がYESであって高負荷低速領域A1でエンジンが運転されている場合は、ステップS4に進む。
ステップS4では、PCM100は、ノッキングが生じるか否かを判定(予測)する。
本願発明者らは、高負荷低速領域A1では、低温酸化反応が生じるとノッキングが発生しやすいことを突き止めた。そこで、ステップS4では、低温酸化反応が生じたか否かによってノッキングが生じるか否かを判定する。
本実施形態では、熱発生率dQが0を超えた後、熱発生率dQの値が予め設定された低温酸化判定熱発生率dQ_j以下となる時間が、予め設定された低温酸化判定時間t_j以上継続すると、低温酸化反応が生じたと判定する。例えば、図7に示した例では、クランク角度CA21において熱発生率dQが0を超えた後、低温酸化判定時間t_jを過ぎてクランク角度CA23になるまで継続して熱発生率dQが低温酸化判定熱発生率dQ_j以下となっている。これより、クランク角度CA21から低温酸化判定時間t_j後の判定時間経過角度CAxにて低温酸化反応が生じたと判定される。なお、低温酸化反応が生じたか否かの具体的な判定方法はこれに限らない。例えば、予め設定された所定のクランク角度であって低温酸化反応が生じやすい角度において熱発生率dQが所定の値以上の場合に、低温酸化反応が生じたと判定するようにしてもよい。
ここで、高負荷低速領域A1において低温酸化反応が生じるとノッキングが発生しやすいのは次の理由によると考えられる。
図8は、ノッキングが生じるときの圧縮上死点付近の燃焼室6内の様子を模式的に示した燃焼室6の概略断面図である。図8の各線は同じ温度となる箇所を結んだ線である。
燃焼室6の外周縁付近は、混合気の逃げ場がない。そのため、ピストン5の圧縮作用によって、また、燃焼室6の中央で生じた火炎が図8の矢印で示すように外周側に向かって伝播していくことで、燃焼室6の外周縁付近では、混合気が局所的に圧縮される。これにより、燃焼室6の外周縁付近では、複数の箇所Pで局所的に高温・高圧の混合気が形成される。ノッキングは、これらの混合気がそれぞれ個別に自着火することで生じる。
ここで、燃焼室6内で低温酸化反応が生じるときというのは、燃焼室6内の温度と圧力の少なくとも一方が高いときである。そのため、燃焼室6内で低温酸化反応が生じたときは、燃焼室6の外周縁付近の混合気が自着火しやすくなる。従って、高負荷低速領域A1において、低温酸化反応が生じると、ノッキングが発生しやすくなる。また、低温酸化反応が生じると、その反応熱によって燃焼室6内の温度はさらに昇温される。そのため、低温酸化反応が生じると、ノッキングが発生しやすくなる。
図6のフローチャートに戻り、ステップS4の判定がYESであって高負荷低速領域A1においてノッキングが生じると予測された場合は、ステップS5に進む。
ステップS5では、PCM100は、追加噴射Q2を実施し、インジェクタ14によって燃料を燃焼室6内に噴射させる。ステップS5は、ステップS4の判定がYESとなるとすぐさま実施される。つまりPCM100は、熱発生率dQが低温酸化判定熱発生率dQ_j以下となる時間が低温酸化判定時間t_j経過したクランク角度CAx(以下、適宜、判定時間経過角度CAxという)直後の追加噴射時期に、インジェクタ14に噴射開始の指令を出して追加噴射Q2を実施する。例えば、圧縮上死点後10°CA程度に追加噴射Q2を実施する。
ここで、判定時間経過角度CAxでは、まだ熱発生率dQが低温酸化判定熱発生率dQ_j以下であって低温酸化反応中である。そのため、追加噴射Q2は、低温酸化反応中に実施される。あるいは、判定時間経過角度CAxの直後に低温酸化反応が終了した場合であってインジェクタ14の駆動遅れがある場合には、低温酸化反応の終了直後に追加噴射Q2が実施される。
このように、高負荷低速領域A1では、ノッキングが生じると判定(予測)されると、図9に示すように、吸気行程の後期に実施する2回の燃料噴射Q1_a、Q1_bからなるメイン噴射Q1に加えて、低温酸化反応中あるいは低温酸化反応の終了直後に、燃料をさらに燃焼室6内に噴射する追加噴射Q2が実施される。
追加噴射Q2の量は、メイン噴射Q1に比べて十分に低く設定されている。本実施形態では、追加噴射Q2の量は、メイン噴射Q1の噴射量と追加噴射Q2の噴射量とを合わせた量つまり1燃焼サイクルで燃焼室6に噴射される燃料の総量の10%以下の量に設定されている。例えば、追加噴射Q2の量は、燃料の総量の5%程度に設定されている。
図6に戻り、ステップS4の判定がNOであってノッキングが生じると予測されなかったときは、ステップS20を実施する。ステップS20では、PCM100は、追加噴射Q2を実施せず、通常のメイン噴射Q1のみを実施する。
ステップS3に戻り、ステップS3の判定がNOであって高負荷高速領域A2でエンジンが運転されている場合は、ステップS10に進む。ステップS10でも、PCM100は、ノッキングが生じるか否かを判定(予測)する。
ただし、前記のように、エンジン回転数が高くなると、低温酸化反応が生じない、あるいは、明確な低温酸化反応がみられなくなる。そのため、高負荷高速領域A2では、低温酸化反応が生じているか否かによってノッキングが生じるか否かを判定することが難しい。
そこで、ステップS10では、ステップS4の判定方法に代えて、圧縮上死点付近の筒内圧に基づいてノッキングが生じるか否かを判定する。
ステップS10では、PCM100は、圧縮上死点付近に設定されたノック判定時期の筒内圧が予め設定されたノック判定圧力以上であると、ノッキングが生じると判定する。本実施形態では、ノック判定時期として圧縮上死点付近の複数の時期が設定され、これら複数の時期で検出された筒内圧が平均されて、この平均値とノック判定圧力とが比較される。例えば、ノック判定時期は、圧縮上死点から圧縮上死点後9°CAまでの期間に設定されており、この期間の筒内圧の平均値とノック判定圧力とが比較される。
図10は、複数の燃焼サイクルにおける、ノック判定時期の筒内圧(詳細には、圧縮上死点から圧縮上死点後9°CAまでの筒内圧の平均値)と、ノック強度との関係を示したグラフである。図10に示すノック強度は、筒内圧波形に含まれる所定の周波数以上の波形の振幅の最大値である。
このグラフに示されるように、圧縮上死点付近(ノック判定時期)の筒内圧が高くなると、ノック強度が0より大きくなりノッキングが生じる頻度が高くなるとともにノック強度が高くなる。これより、圧縮上死点付近(ノック判定時期)の筒内圧が所定値以上であるとノッキングが生じると判定する判定方法によっても、ノッキングが生じるか否かを適切に判定することができる。
このように、本実施形態では、筒内圧センサSN3とPCM100とが、ノッキングが生じるか否かを予測するノック判定手段として機能する。
図6に戻り、ステップS10の判定がNOであってノッキングが生じると予測されなかったときは、ステップS20を実施する。ステップS20では、PCM100は、追加噴射Q2を実施せず、通常のメイン噴射Q1のみを実施する。
一方、ステップS10の判定がYESの場合はステップS11に進む。ステップS11では、PCM100は、1つ前の燃焼サイクルにおいて追加噴射Q2が実施された状態でノッキングが生じたか否かを判定する。
本実施形態では、PCM100は、筒内圧センサSN3で検出された筒内圧に基づいてノッキングが生じたか否かを判定する。筒内圧センサSN3を用いたノッキングが生じたか否かの検出の判定方法は特に限定されないが、例えば、次の方法で判定される。筒内圧センサSN3の出力値をハイパスフィルタにかける。そして、ハイパスフィルタから出力された波形、つまり、所定の周波数以上の筒内圧の波形の振幅の最大値を抽出する。そして、この最大値が所定値以上であればノッキングが生じたと判定し、この最大値が所定値未満であればノッキングが生じなかったと判定する。なお、この判定に代えて、ノッキングセンサをシリンダブロック等に取り付け、このノッキングセンサによってノッキングが生じたか否かを検出してもよい。
ステップS11の判定がNOであって、1つ前の燃焼サイクルにおいて追加噴射Q2を実施していない場合、または、1つ前の燃焼サイクルにおいて追加噴射Q2が実施され且つノッキングが生じなかった場合は、ステップS12に進む。
ステップS12では、PCM100は、追加噴射Q2を実施する。つまり、メイン噴射Q1の後、さらに、燃料を燃焼室6内に噴射させる。
ステップS12では、高温酸化反応が生じている期間の前半(高温酸化反応が生じている期間を均等に2分割したときの前半の期間)に含まれる時期(追加噴射時期)に、追加噴射Q2が実施される。本実施形態では、燃焼室6内で燃焼が開始してから(熱発生が生じてから)の所定の待機角度(例えば15°CA程度)後であって高温酸化反応が生じている期間の前半に含まれる時期がエンジン回転数等に応じて予め設定されており、熱発生率が0より大きくなってからこの待機角度後に、追加噴射Q2を実施する。なお、これに代えて、高温酸化反応が生じている期間の前半に含まれる時期として予め設定された所定のクランク角度(例えば、圧縮上死点後20°CA程度)に追加噴射Q2を実施するようにしてもよい。
ここで、前記のように、高負荷低速領域A1では、低温酸化反応中あるいは低温酸化反応の終了直後であって高温酸化が開始する前に追加噴射を実施しており、高負荷高速領域A2では(ステップS12では)、高負荷低速領域A1(ステップS5)での追加噴射の実施時期(追加噴射時期)よりも遅角側の時期(クランク角度で遅い時期)に、追加噴射Q2が実施される。
ステップS12で実施される追加噴射Q2の噴射量は、ステップS5で実施される追加噴射Q2の噴射量と同様に、1燃焼サイクルで燃焼室6に噴射される燃料の総量の10%以下(例えば5%程度)とされる。
一方、ステップS11の判定がYESの場合、つまり、1つ前の燃焼サイクルにおいて追加噴射Q2が実施されたにも関わらずノッキングが生じた場合には、ステップS13に進む。
ステップS13では、追加噴射Q2を停止する一方、燃焼室6内の空燃比を理論空燃比よりもリーンとする(理論空燃比よりも大きくする)。つまり、ステップS13の実施時以外は、燃焼室6内の空燃比は理論空燃比または理論空燃比よりもリッチ(理論空燃比よりも小さい値)とされている。具体的には、ステップS13の実施時以外は、メイン噴射Q1の噴射量が、燃焼室6内の空燃比が理論空燃比となるような量に設定されるようになっており、基本制御が実施される(追加噴射Q2が実施されない)通常運転時では燃焼室6内の空燃比は理論空燃比とされ、追加噴射Q2が実施されるときは、燃焼室6内の空燃比は理論空燃比よりもリッチとなる。
これに対して、ステップS13では、燃焼室6内の空燃比が理論空燃比よりもリーンとなるように、メイン噴射Q1の噴射量が設定される。本実施形態では、要求されるエンジントルクに対応する空気量が算出され、この空気量に対して空燃比が理論空燃比よりもリーンとなる燃料量がメイン噴射Q1の噴射量に設定される。ここで、前記のように、通常運転時は、エンジントルクに対応する空気量に対して空燃比が理論空燃比あるいは理論空燃比よりもリッチになるようにメイン噴射Q1の噴射量が設定されている。そのため、ステップS13では、メイン噴射Q1の噴射量が通常運転時よりも低減されることになる。
このように、高負荷高速領域A2では、圧縮上死点付近(ノック判定時期)の圧力がノック判定圧力以上であると、ノッキングが発生すると判定される。そして、ノッキングが発生すると予測されるときは、まず追加噴射Q2が実施される。
また、高負荷高速領域A2では、追加噴射Q2を実施したにも関わらずノッキングが発生したときには、追加噴射Q2は停止され、燃焼室6内の空燃比が理論空燃比よりもリーンにされる。
(3)作用等
図11は、高負荷高速領域A2における圧縮上死点付近の筒内圧の変化を示したグラフである。図11の実線は追加噴射Q2を実施したときの筒内圧の変化である。図11の破線は追加噴射Q2を実施しなかったときのなかったときの筒内圧の変化である。実線で示される筒内圧の変化が生じたときの運転条件と破線で示される筒内圧の変化が生じたときの運転条件とは、追加噴射Q2を実施したか否かを除き同一である。
図11に示されるように、追加噴射Q2を実施した場合は、追加噴射を実施しなかった場合に比べて、筒内圧の高周波成分の振幅が小さくなっており、ノック強度が小さく抑えられている。このように、追加噴射Q2を実施すればノック強度を小さくすることができる。
図12は、高負荷低速領域A1の所定の運転条件において、追加噴射Q2の実施時期と、燃焼重心時期、エンジントルク、発生したスモークとの関係を示した図である。この図の各点は、ノック強度が同等となるように(ノック強度が0程度であって、ノッキングが生じないように)したときの実験結果を示したものであり、ノック強度が同等となるように点火時期が調整されている。図12の各グラフに示すベース値は、それぞれ、追加噴射Q2をせず、且つ、図12の各点とノック強度が同等となるように点火時期を調整したときの燃焼重心時期、エンジントルク、発生したスモークの値である。また、ベース値は、追加噴射Q2を行ったときのメイン噴射Q1の噴射量と追加噴射Q2の噴射量とを合わせた量の燃料を、メイン噴射Q1によって噴射したときの結果である。
図13は、図12に示すベース値の結果が得られたときの熱発生率dQ(破線)と、図12において追加噴射Q2をクランク角度CAbで実施したときの熱発生率dQ(実線)とを比較して示した図である。
図12および図13に示されるように、追加噴射Q2を実施したときは、追加噴射Q2をしなかったときよりも、燃焼重心時期が進角側になり、エンジントルクが高くなっている。このように、ノック強度を同程度にしたときにおいて、追加噴射Q2を実施した場合は、追加噴射Q2をしなかった場合よりも、高いエンジントルクを得ることが可能になる。詳細には、追加噴射を実施した場合には、ノッキングが抑制されることで点火時期を進角することが可能となって高いエンジントルクを得ることができる。
このように、本実施形態では、高負荷低速領域A1および高負荷高速領域A2においてノッキングが発生すると予測されたときに30Mpa以上という高圧で燃料を噴射する追加噴射Q2を実施することで、これら領域A1、A2において、ノック強度を小さくすること、さらには、ノッキングの発生を防止しつつ、エンジントルクを高くすること、つまりは、燃費性能を高くすることができる。
前記の効果が得られるのは、ノッキングの原因となる高温・高圧の混合気が、追加噴射された燃料の噴霧であって高圧でペネトレーションの高い噴霧によって撹拌されて低温となったためである。
つまり、30MPa以上という高圧で燃料が噴射されると、この燃料噴霧によって燃焼室6内に強い流動が生じる。この流動によって、図8に示したように燃焼室6の外周縁付近に形成されたノッキングの核となる混合気は撹拌され、ノッキングの核となる高温・高圧の混合気は周囲の混合気と混合して低温化する。また、混合気が撹拌されることで局所的に燃料濃度の高い部分(混合気の過濃部)を消滅させることができる。これにより、高温・高圧の混合気が自着火してノッキングを引き起こすことが回避される。つまり、前記撹拌によってノッキングの核を消滅することができ、ノッキングの発生を回避できる。
ここで、高負荷低速領域A1では、前記のように、低温酸化反応が生じるとノッキングが生じやすく、このように低温酸化反応が生じる程度に燃焼室6内が高温・高圧となるとノッキングの核が生成され始めると考えられる。また、前記のように、低温酸化反応が生じるとその反応熱によって燃焼室6内の温度は高められる。そのため、低温酸化反応中にノッキングの核が成長していき、局所的に混合気が自着火可能なまでに高温・高圧となっていくと考えられる。
これに対して、本実施形態では、高負荷低速領域A1では、低温酸化反応が生じている期間中あるいは低温酸化反応の終了直後に追加噴射を実施している。そのため、ノッキングの核となる混合気が十分に高温となったタイミングでこの核となる混合気を撹拌することができ、効果的にこの混合気の温度を低下させてノッキングの核を消滅させることができる。
一方、高負荷高速領域A2では、高負荷低速領域A1に比べてエンジン回転数が高くピストンによる圧縮時間が短い。そのため、高負荷高速領域A2では、ピストンの圧縮作用だけでは混合気が集まりにくい。また、前記のように、高負荷高速領域A2では、低温酸化反応が生じにくい。そのため、高負荷高速領域A2では、高温酸化反応が生じた後、つまり、火炎伝播が始まった後、この火炎伝播によって燃焼室6の外周縁付近の混合気が圧縮されることで、ノッキングの核となる高温・高圧の混合気が形成されると考えられる。そてい、これより、高負荷高速領域A2では、クランク角度において、高負荷低速領域A1よりも遅い時期にノッキングの核となる混合気が形成される。
これに対して、本実施形態では、高負荷高速領域A2では、高負荷低速領域A1よりも、クランク角度において遅い時期に追加噴射を実施している。そのため、高負荷高速領域A2においても、ノッキングの核となる高温・高圧の混合気の形成途中またはこれが形成された後にこの混合気を撹拌して低温化させることができ、効果的にノッキングの核を消滅させることができる。
そして、本実施形態では、このように追加噴射Q2による撹拌の作用によってノッキングを防止している。そのため、ノッキングを防止するために燃焼室6全体の温度を低下させるべく水や過剰な燃料を燃焼室6に供給する場合に比べて、燃焼室6全体の温度低下を抑制できる。つまり、燃焼室6全体の温度を低下させてノッキングを防止する場合は、この温度低下を実現するために多くの水や燃料が必要となる。これに対して、本実施形態では、前記のように高圧の燃料噴霧によってノッキングの核となる高温・高圧の混合気を撹拌することでノッキングを防止していることから、燃焼室6全体の温度を低下させるような多量の燃料は不要であり、追加噴射する燃料の量は少なくてよい。従って、本実施形態によれば、燃焼室6全体の温度低下およびこれに伴うエンジントルクの低下を抑制しつつノッキングを防止できる。
ここで、図12のクランク角度CA_0は低温酸化反応が開始した時期とほぼ同じ時期である。図12に示すように、追加噴射Q2の実施時期を低温酸化反応が開始した時期CA_0から遅角させていくと、それに伴ってエンジントルクは上昇していく。しかし、追加噴射Q2の実施時期が所定時期を過ぎるとエンジントルクは低下する。
追加噴射Q2の実施時期を低温酸化反応が開始した時期から遅角させていくのに伴ってエンジントルクが上昇するのは、低温酸化反応が開始してからしばらく後の方がノッキングの核が明確に形成されておりこれを効果的に消滅させることができるためである。そして、追加噴射Q2の実施時期が所定時期を過ぎるとエンジントルクが低下するのは、追加噴射Q2の実施時期が遅くなると高温酸化反応が生じている状態で燃料が噴射されることになるため、噴射された燃料が十分に空気と混合せず、この燃料が適切に燃焼しないためである。このことは、図12に示すように、追加噴射Q2の実施時期が遅くなるほどスモークの発生が増大していることからもわかる。
これに対して、本実施形態では、前記のように、低温酸化反応が生じている期間中、あるいは、高温酸化反応が生じている期間の前半、つまり、高温酸化反応が生じている期間の前半が終了するまでという比較的早い時期に追加噴射を実施しているため、高いエンジントルクを確保し、且つ、ノッキングを抑制しながら、スモークの増大を抑制することができる。
特に、本実施形態では、高負荷低速領域A1では、低温酸化反応中あるいは低温酸化反応の直後に追加噴射を実施しており、より確実に、スモークの増大を抑制し、且つ、高いエンジントルクを確保しながら、ノッキングを抑制できる。
また、本実施形態では、高負荷高速領域A2において、追加噴射Q2を実施したにもかからずノッキングが生じたときには、追加噴射Q2を停止して混合気の空燃比を理論空燃比よりもリーンにしている。そのため、ノッキングが連続して発生し、これによりピストン等に悪影響が及ぼされるのをより確実に防止できる。
(4)変形例
前記実施形態では、追加噴射Q2において燃焼室6に噴射する流体を燃料とした場合について説明したが、この流体は燃料でなくてもよい。例えば、水や排気の一部等であってもよい。ただし、前記流体として燃料を用いれば、インジェクタ14を利用して追加噴射を実施できる。従って、流体を噴射するための装置を別途設ける必要がなく、構造を簡素化できる。
前記実施形態では、追加噴射Q2の噴射量(追加噴射によって燃焼室6に供給される燃料の量)を1サイクル中に燃焼室6に供給される燃料の総量の10%以下とした場合について説明したが、追加噴射の噴射量は10%より大きくしてもよい。
ただし、前記のように、追加噴射される燃料の量が多くなると、この燃料の気化に伴って燃焼室6内の温度が大幅に低下するおそれがある。また、前記のように、酸化反応が生じている混合気に多量の燃料が追加されると、この燃料と空気との混合が不十分となりスモークが生じやすい。そのため、追加噴射される燃料の量は、前記のように設定されるのが好ましい。
また、気筒の幾何学的圧縮比は、15以上に限らない。ただし、気筒の幾何学的圧縮比が15以上になると、ノッキングが生じやすい。そのため、このエンジンに前記の実施形態を適用すれば、効果的である。
また、前記実施形態では、高負荷低速領域A1では、低温酸化反応が生じている期間あるいは低温酸化反応直後に追加噴射を実施する場合について説明したが、追加噴射は、低温酸化反応が生じている期間中あるいは高温酸化反応が生じている期間の前半に実施されればよい。従って、高負荷低速領域A1においても、高温酸化反応が開始してから予め設定された所定角度後であって高温酸化反応が生じている期間の前半に含まれる時期に追加噴射が実施されてもよい。
ただし、前記のように、ノッキングの核となる高温・高圧の混合気が形成されるタイミング(ノッキングの核となる混合気が自着火可能な程度にまで高温となるタイミング)は、高負荷低速領域A1の方が高負荷高速領域A2よりも早いので、高負荷低速領域A1での追加噴射の実施時期の方が、高負荷高速領域A2の追加噴射の実施時期よりも早くなるようにする。また、追加噴射の時期が遅くなるとスモークの発生量が増大するので、高負荷低速領域A1では、低温酸化反応が開始した後の比較的早い時期に追加噴射が実施されるのが好ましい。
また、前記実施形態では、高負荷低速領域A1において、低温酸化反応が生じるとその後ノッキングが生じると判定(予測)した場合について説明したが、高負荷低速領域A1においても、高負荷高速領域A2と同様に圧縮上死点付近の圧力に基づいてノッキングが生じるか否かを判定(予測)してもよい。
また、前記実施形態では、ノッキングが生じるか否かを予測し、ノッキングが生じると予測されたときに追加噴射を実施する場合について説明したが、これに代えて、実際にノッキングが発生したか否かを検出し、ノッキングが発生したときの次の燃焼サイクルで追加噴射を実施するようにしてもよい。そして、この場合には、ノックセンサ等の検出値に基づいてノッキングが発生したか否かを判定するように構成してもよい。