図1は、実施形態に係る内燃機関制御システムの機能的構成を示す図である。
図1に示すように、内燃機関制御システム1は、制御装置2と、センサ群3と、を備える。この内燃機関制御システム1は、制御対象の内燃機関4とともに車両等に搭載される。そして、内燃機関制御システム1の制御装置2は、センサ群3により内燃機関4の運転状態を表す運転データを取得し、取得した運転データに基づいて内燃機関4の制御パラメータをオンライン(リアルタイム)で操作する。
制御装置2は、Engine Control Unit(ECU)等と呼ばれる装置である。この制御装置2は、運転データ取得部201と、熱発生率推定部202と、制御部203と、を備える。
運転データ取得部201は、センサ群3の検出結果を運転データとして取得する。熱発生率推定部202は、取得した運転データに基づいて、内燃機関4の筒内(シリンダ内)の熱発生率を推定する。制御部203は、取得した運転データ及び推定した熱発生率に基づいて、内燃機関4の制御パラメータを操作する。
制御装置2の熱発生率推定部202は、取得した運転データに基づいてWiebe関数のパラメータの値を決定し、決定したパラメータの値を用いて熱発生率を推定する。以下、熱発生率の推定に用いるWiebe関数のパラメータの値を「パラメータ値」という。
熱発生率推定部202は、パラメータ値決定部202aと、パラメータ値記憶部202bと、パラメータ値算出部202cと、推定熱発生率算出部202dと、を有する。
パラメータ値決定部202aは、取得した運転データにおける燃焼開始時期、機関回転数、空気率(負荷率)、燃料噴射圧等の値の組み合わせに基づいて、Wiebe関数のパラメータ値を決定する。パラメータ値決定部202aは、まずパラメータ値記憶部202bに記憶させたパラメータ値のマップを検索し、取得した運転データと対応付けられたパラメータ値があるかをチェックする。そして、マップに該当するパラメータ値がある場合、そのパラメータ値を熱発生率の推定に用いると決定する。また、マップに該当するパラメータ値がない場合、パラメータ値決定部202aは、パラメータ値算出部202cにパラメータ値を算出させる。この場合、パラメータ値決定部202aは、パラメータ値算出部202cで算出したパラメータ値を熱発生率の推定に用いると決定する。また、パラメータ値算出部202cにパラメータ値を算出させた場合、パラメータ値決定部202aは、算出したパラメータ値を運転データと対応付けてパラメータ値記憶部202bのマップに追加登録する。
パラメータ値記憶部202bは、上記のように、運転データと対応付けられたパラメータ値のマップを記憶する。
パラメータ値算出部202cは、取得した運転データに基づいて、現時点における内燃機関4の筒内の熱発生率との差分が最小となるWiebe関数のパラメータ値を算出(同定)する。このパラメータ値算出部202cは、熱発生率の実測値を算出する熱発生率実測値算出部212と、熱発生量の実測値を算出する熱発生量実測値算出部222とを含む。
推定熱発生率算出部202dは、パラメータ値決定部202aで決定したパラメータ値を用いて、現時点における内燃機関4の筒内の熱発生率の推定値を算出する。
図2は、センサ群の構成例及び内燃機関における制御対象の例を示す図である。
センサ群3は、内燃機関4の運転データを取得するための複数のセンサからなる。
例えば、内燃機関4が車両用の水冷式ディーゼルエンジンである場合、図2に示すように、センサ群3は、アクセルセンサ301と、クランク角センサ302と、筒内圧センサ303と、燃料圧センサ304と、水温センサ305と、を含む。また、センサ群3は、吸気温センサ306と、吸気圧センサ307と、吸気側O2センサ308と、排気温センサ309と、排気圧センサ310と、排気側O2センサ311と、還流量センサ312と、を含む。
アクセルセンサ301は、内燃機関4の出力(吸気量)を調整するアクセルペダルの操作量を検出する角度センサである。
クランク角センサ302は、内燃機関4のクランク角を検出する角度センサである。
筒内圧センサ303は、内燃機関4の筒内の圧力を検出する圧力センサである。
燃料圧センサ304は、内燃機関4の燃料噴射装置401における燃料噴射圧を検出する圧力センサである。
水温センサ305は、内燃機関4を冷却する冷却水の温度を検出する温度センサである。
吸気温センサ306は筒内に吸入される空気の温度を検出する温度センサであり、吸気圧センサ307は筒内に吸入される空気の圧力を検出する圧力センサである。また、吸気側O2センサ308は、筒内に吸入される空気の酸素濃度を検出するガス濃度センサである。
排気温センサ309は筒内からの排出ガスの温度を検出する温度センサであり、排気圧センサ310は筒内からの排出ガスの圧力を検出する圧力センサである。また、排気側O2センサ311は、筒内からの排出ガスの酸素濃度を検出するガス濃度センサである。
還流量センサ312は、筒内からの排出ガスの一部をExhaust Gas Recirculation(EGR)により再度吸気させる場合のガスの還流量を検出するガス流量センサである。
制御装置2は、センサ群3の各センサ301〜312が検出した内燃機関4の運転データ及び熱発生率推定部202で推定した熱発生率に基づいて、内燃機関4の制御パラメータを操作する。例えば、制御装置2は、アクセルセンサ301の検出結果に応じた要求トルクと推定した熱発生率とに基づいて、内燃機関4の発生トルクが要求トルクと一致するよう、燃料噴射装置401における燃料噴射のタイミングや噴射量等を制御する。また、例えば、制御装置2は、吸気側O2センサ308、排気側O2センサ311、還流量センサ312等の検出結果と推定した熱発生率とに基づいて、EGR 402のバルブの開度等を制御する。
熱発生率の推定に用いるWiebe関数は、筒内の燃焼圧力の実測値から計算された燃焼率xbのプロファイルを近似する関数であり、クランク角θに対して下記式(1)で与えられる。
式(1)のa及びmは、形状指数又は燃焼特性指数と呼ばれるパラメータである。また、式(1)のθSOC及びΔθは、それぞれ、燃焼開始時期及び燃焼期間をクランク角θで表したパラメータである。この4個のパラメータa,m,θSOC,Δθは、Wiebe関数パラメータと呼ばれている。
クランク角θに対する筒内の熱発生率ROHR(θ)は、Wiebe関数パラメータを用い、下記式(2)で与えられる。
式(2)のQbは、筒内の熱量である。
図3は、燃焼率、熱発生率、及び熱発生量の関係と、燃焼開始時期及び燃焼期間とを説明するグラフである。なお、図3には2つのグラフを上下に並べて示しており、上側のグラフはクランク角θに対する燃焼率xbの変化履歴を示すグラフである。一方、図3の下側のグラフは、クランク角θに対する熱発生率ROHRの変化履歴を示すグラフである。
内燃機関4における燃焼率xbとクランク角θとの関係は、例えば、図3の上側のグラフのような関係になる。また、筒内の熱発生率ROHRとクランク角θとの関係は、図3の下側のグラフのような関係になる。燃焼開始時期θSOCは、筒内で燃焼が開始するクランク角度である。筒内で燃焼が開始すると、燃焼率xb及び熱発生率ROHRが上昇する。よって、図3に示したように、熱発生率ROHR(又は燃焼率xb)が上昇を始めるクランク角度が燃焼開始時期θSOCとなる。
一方、燃焼期間Δθは、筒内で燃焼が開始してから終了するまでの期間である。筒内での燃焼が終了すると、燃焼率xbは飽和して1になる。また、筒内で燃焼が開始してから終了するまでの期間の熱発生率ROHRは、あるクランク角度で極大になった後、0に戻る。よって、燃焼期間Δθは、図3に示したように、燃焼開始時期θSOCから燃焼率xbが飽和する角度θEまでの期間となる。
加えて、クランク角θが燃焼開始時期θSOCから角度Θまで回転する期間に発生した熱発生量HRは、下記式(3)で与えられる。
図3に示したような燃焼率xb及び熱発生率ROHRの実測値の変化履歴は、それぞれ、式(1)及び式(2)における4個のパラメータa,m,θSOC,Δθに適切な値を代入することで近似的に再現される。そのため、例えば、試験運転により計測した様々な運転状態における実測値に基づいて運転状態(運転データ)毎に適切なWiebe関数のパラメータ値を求めておけば、そのパラメータ値を用いて内燃機関4の制御パラメータをオンラインで操作することができる。
図4は、パラメータ値の特定に用いるマップのデータ構造を示す図である。
図4に示すように、パラメータ値の特定に用いるマップ210は、燃焼開始時期、機関回転数、空気量(負荷率)、燃料噴射圧を含む多数の運転データと、その運転データに対応付けられたWiebe関数の4個のパラメータa,m,θSOC,Δθの値とを1組のデータとする。パラメータ値のマップ210の作成に用いた内燃機関が制御対象の内燃機関4とは異なる場合、例えば、筒内の状態の経時変化や走行条件等の影響により,マップのパラメータ値が制御対象の内燃機関4に最適なパラメータ値とは異なっている可能性がある。そのため、運転データに基づいてオンラインで内燃機関4の制御パラメータで操作する際に、最適な制御パラメータで操作することが難しい場合がある。
これに対し、本実施形態の内燃機関制御システム1の制御装置2は、以下に説明する方法でWiebe関数のパラメータ値を決定することで、制御対象の内燃機関4における現時点の運転データに基づいた最適な制御を可能にする。
図5は、制御装置が行う処理を示すフローチャートである。
内燃機関制御システム1の制御装置2は、予め定めた制御タイミングが到来する毎に、図5に示した処理を実行して内燃機関4の制御パラメータを操作する。なお、制御装置2は、例えば、パラメータ値記憶部202bのマップ210にパラメータ値が登録されていない状態、又は代表的な運転状態(運転データ)と対応したパラメータ値が登録された状態で、内燃機関4とともに車両等に搭載されている。
図5に示すように、制御装置2は、まず、センサ群3を用いて運転データを取得する(ステップS100)。ステップS100の処理は、運転データ取得部201が行う。運転データ取得部201は、センサ群3の各センサ301〜312の検出値(出力信号)を運転データとして取得する。また、運転データ取得部201は、取得した運転データを熱発生率推定部202のパラメータ値決定部202a及び制御部203に渡す。
次に、制御装置2では、取得した運転データをキー情報としてパラメータ値記憶部202bを検索し(ステップS101)、運転データと対応するパラメータ値の有無をチェックする(ステップS102)。ステップS101,S102の処理は、パラメータ値決定部202aが行う。パラメータ値決定部202aは、パラメータ値記憶部202bに記憶されたマップ210を検索して運転データと対応するパラメータ値の有無をチェックする。
取得した運転データと対応したパラメータ値がある場合(ステップS102;Yes)、パラメータ値決定部202は、該当するパラメータ値を熱発生率の推定に用いるパラメータ値に決定する。この場合、パラメータ値決定部202aは、決定したパラメータ値(推定用のパラメータ値)をパラメータ値記憶部202bから読み出し(ステップS103)、推定熱発生率算出部202dに渡す。
一方、取得した運転データと対応したパラメータ値がない場合(ステップS102;No)、パラメータ値決定部202aは、パラメータ値算出部202cが算出したパラメータ値を熱発生率の推定に用いるパラメータ値に決定する。この場合、パラメータ値決定部202aは、パラメータ値算出部202cにパラメータ値算出処理を行わせる(ステップS104)。
また、パラメータ値算出部202cにパラメータ値を算出させた場合、パラメータ値決定部202aは、パラメータ値算出部202cが算出したパラメータ値を運転データと対応付けてパラメータ値記憶部202bに格納する(ステップS105)。すなわち、パラメータ値算出部202cが算出したパラメータ値は、運転データと対応付けられ、パラメータ値記憶部202のマップ210に登録される。
ステップS103、又はステップS104の処理によりパラメータ値を決定すると、パラメータ値決定部202aは、次に、推定熱発生率算出部202dに熱発生率推定処理を行わせる(ステップS106)。推定熱発生率算出部202dは、パラメータ値決定部202aで決定したパラメータ値を用いて式(2)を解き、内燃機関4における筒内の熱発生率の推定値を算出する。
熱発生率推定処理により内燃機関4における熱発生率の推定値を算出すると、推定熱発生率算出部202dは、算出した熱発生率の推定値を制御部203に渡す。これにより、熱発生率推定部202における処理が終了する。
その後、制御部203が、取得した運転データ及び熱発生率の推定値に基づいて内燃機関4の制御パラメータを操作する(ステップS107)。制御部203は、例えば、運転データのうちアクセルセンサ301の検出値に応じた要求トルクを求めた後、運転データ及び熱発生率の推定値に基づいて、内燃機関4の発生トルクが要求トルクを満たすよう燃料噴射装置401等の制御パラメータを操作する。
このように、本実施形態に係る制御装置2の熱発生率推定部202は、熱発生率の推定に用いるWiebe関数のパラメータ値がパラメータ値記憶部202bにない場合、取得した運転データに基づいたパラメータ値をパラメータ値算出部202cで算出する。そして、パラメータ値算出部202cでパラメータ値を算出する毎に、算出したパラメータ値を運転データと対応付けてパラメータ値記憶部202bのマップ210に蓄積していく。そのため、制御装置2の熱発生率推定部202は、制御対象の内燃機関4(実機)の運転データに基づいて、内燃機関4の筒内の熱発生率を推定することになる。よって、制御装置2の制御部203は、実機の運転データから推定した熱発生率に基づいて内燃機関4の制御パラメータを適切に操作することができる。
図6は、パラメータ値算出処理の内容の第1の例を示すフローチャートである。
第1の例において、パラメータ値算出部202cは、図6に示すように、まず、筒内圧及びクランク角のデータを取得する(ステップS110)。
次に、パラメータ値算出部202cは、取得した筒内圧及びクランク角のデータに基づいて筒内圧の変化履歴dP/dθを算出する(ステップS111)。ステップS111で算出した筒内圧の変化履歴dP/dθは、筒内圧の実測値を表す。
次に、パラメータ値算出部202cは、筒内圧の変化履歴dP/dθを用いて、熱発生率ROHRの変化履歴dQ/dθを算出する(ステップS112)。ステップS112で算出した熱発生率ROHRの変化履歴dQ/dθは、実測された筒内圧から算出した熱発生率を表す。このステップS112の処理は、熱発生率実測値算出部212が行う。以下、ステップS112で算出した熱発生率ROHRの変化履歴dQ/dθを「熱発生率の実測値」ともいう。
次に、パラメータ値算出部202cは、熱発生率の変化履歴dQ/dθを用いて、熱発生率の推定に用いるWiebe関数のパラメータ値を算出(同定)するパラメータ値同定処理を行う(ステップS113)。ステップS113では、パラメータ値算出部202cは、Wiebe関数の4個のパラメータa,m,θSOC,及びΔθについて、下記式(4)で与えられる差分2乗和で表現される評価値Mが最小となるパラメータ値を算出する。
式(4)のROHR1(θ)は、熱発生率の実測値である。また、式(4)のROHR2(θ)は、式(2)のパラメータa,m,θSOC,及びΔθに数値を代入して算出した熱発生率(以下「熱発生率の計算値」ともいう)である。すなわち、ステップS113において、パラメータ値算出部202cは、所定のクランク角θの範囲における熱発生率の実測値と計算値との評価値Mが最小となるパラメータ値を求める。
その後、パラメータ値算出部202cは、パラメータ値同定処理により算出(同定)したパラメータ値をパラメータ値決定部202aに渡し、パラメータ値算出処理を終了する。
図7は、パラメータ値算出処理の第1の例におけるパラメータ同定処理の内容を示すフローチャートである。
図6に示したパラメータ値算出処理の第1の例におけるパラメータ値同定処理(ステップS113)として、パラメータ値算出部202cは、図7に示すような処理を行う。パラメータ値算出部202cは、まず、Wiebe関数のパラメータ値の初期値、上限値、下限値、及び最大反復回数Itrを設定するとともに、最小評価値M0を初期化する(ステップS120)。最小評価値M0は、各パラメータ値を用いて式(4)から算出した評価値Mの最小値を表す値として用いる。最小評価値M0の初期値は、熱発生率の実測値と計算値との誤差(評価値)としてとり得る値よりも大きな値にしておく。
次に、パラメータ値算出部202cは、パラメータ値の初期値と式(2)を用いて、熱発生率の計算値ROHR2を算出する(ステップS121)。
次に、パラメータ値算出部202cは、熱発生率の実測値ROHR1と計算値ROHR2との評価値Mを算出する(ステップS122)。ステップS122では、パラメータ値算出部202cは、式(4)を用いて評価値Mを算出する。なお、各回のパラメータ値同定処理において最初に行われるステップS122では、パラメータ値算出部202cは、ステップS121で算出した計算値ROHR2を用いる。また、その後に繰り返し行われるステップS122では、パラメータ値算出部202cは、後述のステップS126で算出した計算値ROHR2を用いる。
次に、パラメータ値算出部202cは、算出した評価値Mと最小評価値M0との大小関係をチェックする(ステップS123)。M<M0の場合(ステップS123;Yes)、パラメータ値算出部202cは、M0=Mに更新するとともに、熱発生率の計算値ROHR2の算出に用いたパラメータ値を保持する(ステップS124)。その後、パラメータ値算出部202cは、全てのパラメータ値についてステップS122〜S124の処理を行ったか,あるいは処理の反復回数が最大反復回数Itrに到達したかを判断する(ステップS125)。ここで、全てのパラメータ値は、ステップS120で設定した上限値及び下限値の範囲内でとり得るパラメータ値の全てであることを意味する。一方、M≧M0の場合(ステップS123;No)、パラメータ値算出部202cは、ステップS124をスキップしてステップS125の判断を行う。
ステップS125の判断結果がNoの場合(ステップS125;No)、パラメータ値算出部202cは、ステップS120で設定した範囲内で未処理のパラメータ値を生成し、その未処理のパラメータ値を用いて熱発生率の計算値ROHR2を算出する(ステップS126)。その後、パラメータ値算出部202cは、ステップS126で算出した熱発生率の計算値ROHR2を用いてステップS122〜S124の処理を行う。以降、パラメータ値算出部202cは、ステップS120で設定した範囲内の全てのパラメータ値についてステップS122〜S124の処理が行うか、処理の反復回数が最大反復回数Itrに到達するまでステップS122〜S126の処理を繰り返す。
そして、ステップS125の判断がYesになった場合(ステップS125;Yes)、パラメータ値算出部202cは、最小評価値M0と対応したパラメータ値を出力する(ステップS127)。これにより、パラメータ値算出部202cによるパラメータ値同定処理が終了する(リターン)。
ステップS123,S124の処理により、パラメータ値同定処理が終了したときの最小評価値M0は、パラメータ値毎に式(4)から求めた熱発生率の実測値と計算値との評価値Mの最小値となっている。すなわち、ステップS127で出力されるパラメータ値は、ステップS120で設定した範囲内において熱発生率の実測値との差分(誤差)が最も小さくなるWiebe関数のパラメータ値である。よって、ステップS127で出力されたパラメータ値と式(2)を用いて、制御対象の内燃機関4(実機)における熱発生率の実測値が精度良く再現される。また、本実施形態では、設定した範囲内の未実施のパラメータ値の生成と評価値Mの評価を繰り返し、モデルパラメータを導出する方法を説明したが、パラメータ値算出部202cのモデルパラメータ値の算出方法はこの方法に限定されるものではない。モデルパラメータの算出は、評価値Mを最小とするモデルパラメータを決定する最適化問題と等価であるため、最適化問題を解く手段(最適化ソルバー)として、具体的には、内点法や逐次二次計画法などを用いることもできる。
以上のように、本実施形態に係るパラメータ値算出処理の第1の例では、熱発生率の実測値に基づいて、熱発生率の推定に用いるWiebe関数のパラメータa,m,θSOC,Δθの最適値を算出(同定)し、パラメータ値記憶部202bに蓄積していく。そのため、パラメータ値記憶部202bに格納されたパラメータ値と式(2)を用いて熱発生率を推定する場合にも、推定熱発生率算出部202dは、実機の運転データに応じた適切なパラメータ値を用いて推定する。よって、制御装置2の制御部203は、現在の運転データに基づいた内燃機関4の制御パラメータを適切に操作することができる。
なお、ある種のディーゼルエンジンのように燃料を多段噴射する内燃機関4における熱発生率のプロファイルは、燃焼開始時期の異なる複数の熱発生率のプロファイルを重ね合わせた形状となる。例えば、内燃機関4の燃料噴射装置401が燃料を3段噴射する場合、内燃機関4の筒内の燃焼は、各段の燃料噴射に対応した3段階の燃焼と、その後の拡散燃焼との合計4段階の燃焼で表現できる。そのため、燃料を3段噴射する内燃機関の熱発生率のプロファイルは、燃焼開始時期が各段の燃料噴射時期に対応した3個の熱発生率のプロファイルと、燃焼開始時期が拡散燃焼の開始時期に対応した1個の熱発生率のプロファイルとを重ね合わせた形状となる。
図8は、3段噴射の内燃機関における熱発生率のプロファイルを示すグラフである。なお、図8のグラフにおける横軸は、上死点後からのクランク角θである。
燃料を3段噴射する内燃機関4では、パイロット噴射、プレ噴射、及びメイン噴射の3回に分けて燃料を噴射する。この3回の燃料噴射は、それぞれ、クランク角θが角度θ1、θ2、及びθ3となるタイミングで行われる。そのため、内燃機関4の筒内では、これらの燃焼噴射のタイミングと対応した燃焼が起こる。また、内燃機関4では、3段目の燃料噴射(メイン噴射)による燃焼が開始した後、拡散燃焼が開始する。このため、内燃機関4のクランク角θに対する熱発生率のプロファイル(図8に太点線で示した実測値のプロファイル)は、クランク角度θ1、θ2、θ3、及びθ4のそれぞれを燃焼開始時期とする4個の熱発生率のプロファイルの重ね合わせで表される。
よって、燃料を3段噴射する内燃機関4の熱発生率を推定するには、クランク角θの角度θ1、θ2、θ3、及びθ4のそれぞれを燃焼開始時期とする4個のWiebe関数を用いて熱発生率を推定し、それらを足し合わせることになる。
従って、燃料を多段噴射する内燃機関4が制御対象である場合のパラメータ値同定処理では、(噴射段数+1)個のWiebe関数のパラメータ値を同定する。この複数個のWiebe関数のパラメータ値を同定する処理は、図7に示した手順で行うことができる。
なお、複数個のWiebe関数のパラメータ値を同定する場合、ステップS120では、複数個のWiebe関数のそれぞれについてパラメータa,m,θSOC,Δθの初期値、上限値及び下限値を設定する。Wiebe関数が4個の場合、パラメータ値算出部202cは、パラメータa,m,θSOC,Δθの初期値、上限値及び下限値の組を4組設定する。
また、ステップS121及びS126では、熱発生率の計算値ROHR2として、それぞれのWiebe関数の熱発生率の計算値を足し合わせた値を算出する。N+1個のWiebe関数から算出した熱発生率の計算値ROHRi(i=1〜N+1)を足し合わせた熱発生率ROHRは、下記式(5)で与えられる。
式(5)のxfiは、i回目の噴射による燃焼の全体燃焼に占める割合である。
また、燃料を多段噴射する内燃機関が制御対象である場合、ステップS127では、複数組のWiebe関数のパラメータa,m,θSOC,Δθを、運転データと対応付けて出力する。
図9は、パラメータ値算出処理の内容の第2の例を示すフローチャートである。
第2の例において、パラメータ値算出部202cは、図9に示すように、まず、筒内圧及びクランク角のデータを取得する(ステップS210)。
次に、パラメータ値算出部202cは、取得した筒内圧及びクランク角のデータに基づいて筒内圧の変化履歴dP/dθを算出する(ステップS211)。ステップS211で算出した筒内圧の変化履歴dP/dθは、筒内圧の実測値を表す。
次に、パラメータ値算出部202cは、筒内圧の実測値の変化履歴dP/dθを用いて、熱発生率の変化履歴dQ/dθを算出する(ステップS212)。ステップS212で算出した熱発生率の変化履歴dQ/dθは、熱発生率の実測値を表す。このステップS212の処理は、熱発生率実測値算出部212が行う。
次に、パラメータ値算出部202cは、熱発生率の変化履歴dQ/dθを用いて、熱発生量の変化履歴を算出する(ステップS213)。ステップS213で算出した熱発生量の変化履歴は、実測された筒内圧から算出した熱発生量の実測値を表す。このステップS213の処理は、熱発生量実測値算出部222が行う。以下、ステップS213で算出した熱発生量の変化履歴を「熱発生量の実測値」ともいう。
次に、パラメータ値算出部202cは、熱発生率及び熱発生量の実測値を用いて熱発生率の推定に用いるWiebe関数のパラメータ値を算出(同定)するパラメータ値同定処理を行う(ステップS214)。ステップS214では、パラメータ値算出部202cは、Wiebe関数の4個のパラメータa,m,θSOC,及びΔθについて、下記式(6)で与えられる評価値Mが最小となるパラメータ値を算出する。
式(6)のROHR1(θ)及びHR1(θ)は、それぞれ、熱発生率の実測値及び熱発生量の実測値である。また、式(6)のROHR2(θ)は、式(2)のパラメータa,m,θSOC,及びΔθに数値を代入して算出した熱発生率の計算値である。また、式(6)のHR2(θ)は、熱発生率の計算値ROHR2(θ)から算出した熱発生量の計算値である。すなわち、ステップS214において、パラメータ値算出部202cは、熱発生率の実測値と計算値との差分値、及び熱発生量の実測値と計算値との差分値から算出される評価値Mが最小となるパラメータ値を求める。なお、熱発生量の実測値HR1(θ)及び計算値HR2(θ)は、それぞれ、上記の式(3)を用いて算出する。
その後、パラメータ値算出部202cは、パラメータ値同定処理により算出(同定)したパラメータ値をパラメータ値決定部202aに渡し、パラメータ値算出処理を終了する。
図10は、パラメータ値算出処理の第2の例におけるパラメータ同定処理の内容を示すフローチャートである。
図9に示したパラメータ値算出処理の第2の例におけるパラメータ値同定処理(ステップS214)として、パラメータ値算出部202cは、図10に示すような処理を行う。パラメータ値算出部202cは、まず、Wiebe関数のパラメータ値の初期値、上限値、下限値、及び最大反復回数Itrを設定するとともに、最小評価値M0を初期化する(ステップS220)。最小評価値M0は、各パラメータ値を用いて式(6)から算出した評価値Mの最小値を表す値として用いる。最小評価値M0の初期値は、式(6)から算出した評価値がとり得る値よりも大きな値にしておく。
次に、パラメータ値算出部202cは、パラメータ値の初期値を用いて熱発生率及び熱発生量の計算値を算出する(ステップS221)。ステップS221では、パラメータ値算出部202cは、まず、パラメータ値の初期値を用いて熱発生率の計算値を算出する。その後、パラメータ値算出部202cは、算出した熱発生率の計算値を用いて、熱発生量の計算値を算出する。
次に、パラメータ値算出部202cは、熱発生率の実測値及び計算値と、熱発生量の実測値及び計算値とから評価値Mを算出する(ステップS222)。ステップS222では、パラメータ値算出部202cは、式(6)を用いて評価値Mを算出する。なお、各回のパラメータ値同定処理において最初に行われるステップS222では、パラメータ値算出部202cは、ステップS221で算出した熱発生率の計算値ROHR2及び熱発生量の計算値HR2を用いる。また、その後に繰り返し行われるステップS222では、パラメータ値算出部202cは、後述のステップS226で算出した熱発生率の計算値ROHR2及び熱発生量の計算値HR2を用いる。
次に、パラメータ値算出部202cは、算出した評価値Mと最小評価値M0との大小関係をチェックする(ステップS223)。M<M0の場合(ステップS223;Yes)、パラメータ値算出部202cは、M0=Mに更新するとともに、熱発生率の計算値ROHR2の算出に用いたパラメータ値を保持する(ステップS224)。その後、パラメータ値算出部202cは、ステップS220で設定した上限値及び下限値の範囲内で全てのパラメータ値についてステップS222〜S224の処理を行ったか、あるいは処理の反復回数が最大反復回数Itrに到達したかを判断する(ステップS225)。一方、M≧M0の場合(ステップS223;No)、パラメータ値算出部202cは、ステップS224をスキップしてステップS225の判断を行う。
ステップS225の判断結果がNoの場合(ステップS225;No)、パラメータ値算出部202cは、ステップS220で設定した範囲内の未処理のパラメータ値を用いて熱発生率及び熱発生量の計算値ROHR2,HR2を算出する(ステップS226)。その後、パラメータ値算出部202cは、ステップS226で算出した計算値を用いてステップS222〜S224の処理を行う。以降、パラメータ値算出部202cは、ステップS220で設定した範囲内の全てのパラメータ値についてステップS222〜S224の処理が行われるまで、ステップS222〜S226の処理を繰り返す。
そして、ステップS225の判断がYesになった場合(ステップS225;Yes)、パラメータ値算出部202cは、最小評価値M0と対応したパラメータ値を出力する(ステップS227)。これにより、パラメータ値算出部202cによるパラメータ値同定処理が終了する(リターン)。
なお、本実施形態に係るパラメータ値算出処理の第2の例においても設定した範囲内の未実施のパラメータ値の生成と評価値Mの評価を繰り返し、モデルパラメータを導出する方法を説明したが、モデルパラメータ値の算出方法はこの方法に限定されない。上述のように、モデルパラメータの算出は評価値Mを最小とするモデルパラメータを決定する最適化問題と等価であるため、最適化問題を解く手段(最適化ソルバー)として、具体的には、内点法や逐次二次計画法などを用いることもできる。
また、このパラメータ値算出処理の第2の例は、第1の例と同様、燃料を多段噴射する内燃機関4についてのパラメータ値の算出に用いることができる。第2の例により多段噴射の内燃機関4のパラメータ値を算出する場合、パラメータ値算出部202cは、(噴射段数+1)個のWiebe関数のそれぞれで算出した熱発生率の計算値を足し合わせ、これを熱発生率の計算値ROHR2とする。続けて、パラメータ値算出部202cは、熱発生率の計算値ROHR2と式(3)から熱発生量の計算値HR2を算出する。そして、パラメータ値算出部202cは、算出した熱発生率の計算値ROHR2及び熱発生量の計算値HR2と、実測値ROHR1,HR1とを用いて式(6)を解き、評価値Mが最小となるパラメータ値を算出(同定)する。
パラメータ値算出処理の第2の例においても、ステップS223,S224の処理により、パラメータ値同定処理が終了したときの最小評価値M0は、パラメータ値毎に式(6)から求めた評価値Mの最小値となっている。すなわち、ステップS227で出力されるパラメータ値は、ステップS220で設定した範囲内において熱発生率の実測値との評価値が最も小さくなるWiebe関数のパラメータ値である。よって、ステップS227で出力されたパラメータ値を用いて制御対象の内燃機関4(実機)における熱発生率の実測値が精度良く再現される。
しかも、第2の例のように、熱発生率及び熱発生量の実測値と計算値とを用いてWiebe関数のパラメータ値を算出すると、熱発生率のみを用いて算出した場合に比べて、熱発生率の実測値との差分(誤差)をより小さくすることができる。この点について、図11及び図12を参照しながら説明する。
図11は、パラメータ値算出処理の第1の例による算出結果を示すグラフである。図12は、パラメータ値算出処理の第2の例による算出結果を示すグラフである。
パラメータ値算出処理の第1の例では、パラメータ値算出部202cは、熱発生率の実測値ROHR1及び計算値ROHR2のみを用いる式(4)に基づいてパラメータ値を算出する。この場合、算出したパラメータ値を用いてWiebe関数を解くことで得られた熱発生率の推定値(すなわち計算値ROHR2)と実測値ROHR1との関係が、図11の上側に示したグラフのような関係になることがある。なお、図11の上側のグラフでは、細線で示したプロファイルが熱発生率の実測値ROHR1であり、太線で示したプロファイルが熱発生率の計算値ROHR2(推定値)である。
図11に示したグラフにおける熱発生率の計算値ROHR2では、クランク角θがθa、θb、及びθcの位置で熱発生率の急速な増加が始まっている。よって、この熱発生率の推定値によれば、制御対象の内燃機関4における燃焼開始時期は、クランク角θがθa、θb、及びθcになるときであると特定できる。
ところが、図11に示した熱発生率の実測値ROHR1及び計算値ROHR2(推定値)のそれぞれから算出した熱発生量の実測値HR1及び計算値HR2(推定値)と実測値との関係は、図11の下側のグラフに示したような関係になる。図11に太線で示した熱発生量の計算値HR2によれば、燃焼開始時期は、クランク角θがθa、θb、及びθcになるときであると見積もることができる。一方、図11に細線で示した熱発生量の実測値HR1によれば、燃焼開始時期は、クランク角θがθd(<θa)、θb、及びθcになるときであると見積もることができる。すなわち、図11に示した熱発生率の計算値ROHR2では、1段目の燃焼開始時期及び燃焼期間に、実測値ROHR1とのずれが生じている。
また、図11に示した熱発生率の計算値ROHR2では、3段目の燃焼開始時期θcの後、クランク角θが約40度になったところで熱発生率が0に戻っている。そのため、図11に示した熱発生率の計算値ROHR2に基づく3段目の燃焼の燃焼期間Δθ2は、約20度となる。これに対し、図11に示した熱発生量の実測値HR1はクランク角θが約80度で飽和している。そのため、図11に示した熱発生率及び熱発生量の実測値ROHR1,HR1に基づく3段目の燃焼の燃焼期間Δθ1は約60度となる。
すなわち、第1の例のように熱発生率のみを用いてパラメータ値を同定した場合、熱発生率の推定値(計算値ROHR2)のプロファイルには、熱発生率の実測値ROHR1の再現性があまり高くない部分が生じることがある。
このように熱発生率の推定値と実測値との間に差が生じる原因の1つとして、図11に示したように、熱変動率の実測値ROHR1に内燃機関4の振動や気柱振動などに起因する圧力変動によるノイズが含まれることが考えられる。この熱発生率の実測値に生じるノイズ対策として、ノイズフィルタ等によりノイズを除去することも試みられているが、ノイズを完全に取り除くことは難しい。そのため、第1の例によりパラメータ値を算出する場合、例えば、内燃機関4を運転させたときのように熱発生率の実測値に含まれるノイズ成分が多いと、最適なパラメータ値を算出できないこともある。
これに対し、第2の例のように、熱発生率の実測値及び計算値と、熱発生量の実測値及び計算値とを用いてパラメータ値を算出した場合、熱発生率の推定値(計算値ROHR2)と実測値ROHR1との関係は、図12の上側のグラフに示したような関係になる。また、図12に示した熱発生率の計算値ROHR2及び実測値ROHR1のそれぞれから算出した熱発生量の計算値HR2と実測値HR1との関係は、図12の下側のグラフに示したような関係になる。
図12からわかるように、第2の例によるパラメータ値の算出結果では、1段目の燃焼開始時期θd及び燃焼期間、並びに3段目の燃焼の燃焼期間を含め、全ての燃焼開始時期θSOC及び燃焼期間Δθの推定値(計算値ROHR2)が、実測値とほぼ一致する。
図11及び図12からわかるように、燃焼開始初期の熱発生率の実測値ROHR1は数値が小さい上、ノイズによる変動が大きいので、燃焼開始を示す熱発生率の変動とノイズとの判別が難しい。一方、燃焼開始初期の熱発生量の実測値HR1は、ノイズによる数値の変動が小さく、燃焼開始時期を示す熱発生量の変動が明確である。
また、燃焼期間についても同様のことがいえ、熱発生量で見た場合、ノイズによる数値の変動が小さく燃焼期間を明確に特定することができる。
よって、パラメータ値算出処理の第2の例は、熱発生率の実測値に含まれるノイズ成分の影響を受けにくく、第1の例と比べて、Wiebe関数のパラメータ値をより精度良く算出することができる。
図13は、比較例である予め用意されたパラメータ値により推定した熱発生率の適合度を説明する表を示す図である。図14は、実施形態に係るパラメータ値算出処理の第2の例の算出結果から推定した熱発生率の適合度の例を説明する表を示す図である。
本実施形態の内燃機関制御システム1の効果をより具体的に示すため、本願発明者らは、予め用意されたパラメータ値を用いる従来の熱発生量の推定方法と、熱発生率及び熱発生量を用いてパラメータ値を同定した場合との、熱発生量の推定結果の適合度を調べた。
なお、内燃機関4には、直列4気筒で排気量が3000ccのディーゼルエンジンを用いた。また、内燃機関4は、回転数を1600rpm、燃料噴射量を40mm3/stに固定し、燃料噴射圧を100から190MPaまでの範囲で10MPaずつ変化させて運転した。また、予め用意されたパラメータ値は、制御対象の内燃機関4と同じ構成の複数の内燃機関に対する試験運転により設定されたパラメータ値である。
このとき、予め用意されたパラメータ値に基づいて熱発生率を推定し、熱発生率の推定値と実測値とを比較すると、燃焼開始時期及び燃焼期間の適合度は、図13に示したような結果になった。図13には、推定した熱発生率のプロファイルと実測値のプロファイルとを重ねて目視確認した結果(適合可否)と、熱発生率及び熱発生量の2乗平均平方根誤差(RMSE)とを示している。目視確認の結果は、「○」が適合していることを示し、「×」が適合していないことを示している。
図13に示したように、予め用意されたパラメータ値を用いて熱発生率を推定する場合、目視確認の結果では、いくつかの燃料噴射圧条件で不適合になっている(すなわち、熱発生率の推定値と実測値との乖離が大きくなっている)。また、目視確認で不適合になっている燃料噴射圧条件における熱発生率及び熱発生量のRMSE値は、適合している燃料噴射圧条件におけるRMSE値と比べて大きな値になっている。
一方、本実施形態の第2の例のように熱発生率及び熱発生量を用いてパラメータ値を同定して熱発生率を推定し、熱発生率の推定値と実測値とを比較すると、燃焼開始時期及び燃焼期間の適合度は、図14に示したような結果になった。
図14に示したように、熱発生率及び熱発生量を用いてパラメータ値を同定した場合の目視確認の結果では、図13に示した結果で不適合になっている燃料噴射圧条件を含む全ての燃料噴射圧条件において適合している。
また、熱発生率のRMSE値を見ると、図14に示した結果におけるRMSE値の最大値が3.60であるのに対し、図13に示した結果のうち目視確認で適合している燃料噴射圧条件におけるRMSE値の最大値は3.77である。更に、熱発生量のRMSE値を見ると、図14に示した結果におけるRMSE値の最大値が3.93であるのに対し、図13に示した結果のうち目視確認で適合している燃料噴射圧条件におけるRMSE値の最大値は4.25である。
このように目視確認の結果に加え、熱発生率及び熱発生量のRMSE値からも、熱発生率及び熱発生量を用いてパラメータ値を同定した場合のほうが、より実測値に近い熱発生率及び熱発生率の推定値のプロファイルを得られることがわかる。
以上のように、本実施形態によれば、制御対象の内燃機関4の運転データに基づいて算出(同定)したパラメータ値を用いて、内燃機関4の熱発生率を推定することで、現時点の熱発生率を精度良く推定する。よって、制御装置2は、熱発生率の推定値に基づいて内燃機関4の制御パラメータを操作する場合に、制御パラメータを適切に操作することができる。例えば、熱発生率(筒内の熱発生パターン)や筒内圧の推定精度が向上すれば内燃機関4の発生トルクの推定精度が向上する。そのため、本実施形態の内燃機関制御システム1によれば、制御装置2による、アクセルセンサ301の検出値(アクセルペダルの操作量)に基づく要求トルクに応じた内燃機関4の発生トルクの適切な制御が可能になる。
更に、本実施形態で説明したパラメータ値算出処理の第2の例のように、熱発生率の実測値及び計算値と、熱発生量の実測値及び計算値とを用いてパラメータ値を算出(同定)することにより、パラメータ値の推定精度を一層向上させることができる。
また、制御装置2は、制御対象の内燃機関4(実機)とともに車両等に搭載され、制御対象の内燃機関4の運転データに基づいてWiebe関数のパラメータ値を算出(同定)してパラメータ値記憶部202bに蓄積していく。そのため、制御装置2は、制御対象の内燃機関4における現時点での熱発生率を精度よく推定(再現)することができる。よって、本実施形態の内燃機関制御システム1は、筒内の状態の経時変化や走行条件等の影響による熱発生率の推定精度の低下を抑制することができる。従って、本実施形態の内燃機関制御システム1は、制御対象の内燃機関4におけるクランク角に対する筒内の熱発生率を精度良く推定することができる。よって、本実施形態の内燃機関制御システム1では、推定した熱発生率に基づいて内燃機関4の運転状態の適切な制御が可能となる。例えば、本実施形態の内燃機関制御システム1では、筒内の熱発生率に基づいて内燃機関4の発生トルクを精度良く推定することができるので、アクセル操作等に基づく要求トルクに応じた内燃機関4の発生トルクの適切な制御が可能となる。
なお、上記の第2の例においてパラメータ値の同定に用いる評価値Mは、上記式(6)に限らず、例えば、下記式(7)のように重み付け値wにより熱発生率と熱発生量とに重み付けをしてもよい。
また、第2の例における評価値Mの算出式は、式(6)や式(7)のような誤差2乗和を合算する式に限らず、熱発生率の実測値及び推定値と、熱発生量の実測値及び推定値とを用いて算出した値が熱発生率の推定値の適合性を評価可能な式であれば、他の式であっても良い。
また、図5、図6、図7、図9、及び図10のフローチャートは一例に過ぎず、各フローチャートに示した処理を適宜変更可能であることはもちろんである。
また、パラメータ値記憶部202bに記憶させるマップ210は、例えば、所定の期間が経過する毎に一部又は全部のパラメータ値の情報がリセットされるようにしても良い。これにより、発生頻度の低い運転状態(運転データ)と対応したパラメータ値をマップ210から削除することができるので、マップ210のデータの肥大化を抑制し、パラメータ値記憶部202の容量を有効利用できる。
更に、パラメータ値決定部202aは、パラメータ値算出部202cで算出したパラメータ値をマップ210に追加登録する際に登録日の情報をあわせて登録してもよい。登録日の情報があると、例えば、パラメータ値決定部202aは、マップ210から読み出したパラメータ値の登録日から所定の日数が経過している場合に、パラメータ値算出部202cに改めてパラメータ値を算出させることができる。これにより、例えば、内燃機関4を長期間運転させることにより生じる筒内の状態の経年変化に応じて、適切なパラメータ値に随時更新することができる。
また、上記の本実施形態に係る内燃機関制御システム1における制御装置2は、既知のECU等の制御装置と同様、コンピュータと、コンピュータに実行させる制御プログラムとにより実現可能である。
図15は、コンピュータのハードウェア構成を示す図である。
図15に示すように、コンピュータ5は、プロセッサ501と、主記憶装置502と、補助記憶装置503と、入力装置504と、出力装置505と、インタフェース装置506と、記憶媒体駆動装置507と、を更に備える。コンピュータ5におけるこれらの要素501〜507は、バス509により相互に接続されており、要素間でのデータの受け渡しが可能になっている。
プロセッサ501は、Central Processing Unit(CPU)、Micro Processing Unit(MPU)等の演算処理装置である。プロセッサ501は、オペレーティングシステムを含む各種のプログラムを実行することによりコンピュータ5の全体の動作を制御する。
主記憶装置502は、Read Only Memory(ROM)502a及びRandom Access Memory(RAM)502bを有する。ROM 502aには、例えばコンピュータ5の起動時にプロセッサ501が読み出す所定の基本制御プログラム等が予め記録されている。また、RAM 502bは、プロセッサ 501が各種のプログラムを実行する際に、必要に応じて作業用記憶領域として使用する。本実施形態においては、例えばパラメータ値同定処理中の評価値M0及びパラメータ値等の一時的な記憶にRAM 502bを使用することができる。
補助記憶装置503は、Hard Disk Drive(HDD)やSolid State Drive(SSD)等、主記憶装置502に比べて大容量の記憶装置である。補助記憶装置503には、プロセッサ501によって実行される各種のプログラムや各種のデータ等を記憶させる。補助記憶装置503に記憶させるプログラムとしては、例えば、上記のWiebe関数のパラメータ値を同定する処理をプロセッサ501に実行させるプログラムが挙げられる。また、補助記憶装置503に記憶させるプログラムとしては、その他にも、熱発生量の推定値等を用いて内燃機関4の制御パラメータを操作する処理をプロセッサ501に実行させるプログラムが挙げられる。また、補助記憶装置503に記憶させるデータとしては、例えば、上記のパラメータ値同定処理により同定されたパラメータ値と運転データとを対応付けたマップ210のデータ等が挙げられる。
入力装置504は、例えば釦スイッチ等であり、コンピュータ5のオペレータにより操作されると、その操作内容に対応付けられている入力情報をプロセッサ501に送信する。
出力装置505は、例えば液晶ディスプレイである。液晶ディスプレイは、プロセッサ501等から送信される表示データに従って各種のテキスト、画像等の情報を表示する。出力装置505(液晶ディスプレイ)が表示する情報には、例えば、コンピュータ5の動作状況、内燃機関4の運転状態等がある。
インタフェース装置506は、コンピュータ5と他の装置との間でデータ等の受け渡しを行う入出力装置である。インタフェース装置506は、例えば、センサ群3の各センサ301〜312の検出値を入力する入力端子、及び内燃機関4の燃料噴射装置401やEGR 402に制御信号を出力する出力端子を含む。
記憶媒体駆動装置507は、図示しない可搬型記憶媒体に記録されているプログラムやデータの読み出し、補助記憶装置503に記憶されたデータ等の可搬型記憶媒体への書き込みを行う。可搬型記憶媒体としては、例えば、USB規格のコネクタを備えたフラッシュメモリが利用可能である。また、可搬型記憶媒体としては、Compact Disc(CD)、Digital Versatile Disc(DVD)、Blu-ray Disc(Blu-rayは登録商標)等の光ディスクも利用可能である。
このコンピュータ5は、プロセッサ501が補助記憶装置503から所定のプログラムを読み出し、主記憶装置502、補助記憶装置503、インタフェース装置506等と協働して、Wiebe関数を解いて熱発生率の推定値を算出する処理を実行する。
なお、コンピュータ5は、図15に示した全ての構成要素501〜507を含む必要はなく、用途や条件に応じて一部の構成要素を省略することも可能である。例えば、コンピュータ5をエンジンルーム等、車室外部の運転手が運転時に操作できない箇所に設置する場合、入力装置504、出力装置505、記憶媒体駆動装置507等を省略してもよい。
更に、コンピュータ5は、内燃機関4の制御パラメータの操作(制御)のみを実行させるだけでなく、例えば、カーナビゲーションシステム等の他の機能を同時に実行するようにしてもよい。
以上記載した実施形態に関し、更に以下の付記を開示する。
(付記1)
内燃機関の運転状態を表す運転データを取得する取得部と、
取得した前記運転データに基づいて前記内燃機関の筒内の熱発生率を推定する推定部と、
推定した前記熱発生率に基づいて前記内燃機関の制御パラメータを操作する制御部と、
を備え、
前記熱発生率の推定部は、
取得した前記運転データに基づいて、前記熱発生率の推定に用いる関数のパラメータの値を決定する決定部と、
決定した前記パラメータの値を用いて前記熱発生率の推定値を算出する熱発生率算出部と,
取得した前記運転データと対応する前記パラメータの値を算出するパラメータ値算出部と、
前記運転データと算出した前記パラメータの値とを対応付けて記憶させる記憶部と、
を有し、
前記取得部は、前記筒内の圧力を示す情報を含む前記運転データを取得し、
前記パラメータ値算出部は、前記筒内の圧力を示す情報から熱発生率及び熱発生量を算出し、算出した前記熱発生率及び熱発生量に基づいて熱発生率の推定に用いる関数のパラメータの値を算出する、
ことを特徴とする内燃機関制御システム。
(付記2)
前記熱発生推定モデルがWiebe関数モデルである、
ことを特徴とする付記1に記載の内燃機関制御システム。
(付記3)
前記決定部は、
取得した前記運転データと対応した前記パラメータの値が前記記憶部にない場合に前記パラメータ値算出部に前記パラメータの値を算出させる、
ことを特徴とする付記1に記載の内燃機関制御システム。
(付記4)
前記パラメータ値算出部は、前記筒内の圧力を示す情報から熱発生率及び熱発生量を算出し、前記熱発生率及び熱発生量の両者を重みづけて合算した評価値を作成し,前記評価値に基づいて前記Wiebe関数のパラメータの値を算出する、
ことを特徴とする付記2に記載の内燃機関制御システム。
(付記5)
当該内燃機関制御システムは、
前記取得部、前記推定部、及び前記制御部を備えた制御装置と、
前記内燃機関の運転状態を検出する複数のセンサを含むセンサ群と、を含む、
ことを特徴とする付記1に記載の内燃機関制御システム。
(付記6)
前記制御装置及び前記センサ群は、制御対象の内燃機関とともに車両に搭載されている、
ことを特徴とする付記5に記載の内燃機関制御システム。
(付記7)
前記取得部は、前記内燃機関の出力を調整するアクセルの操作量を取得し、
前記制御部は、取得した前記アクセルの操作量と前記推定部で推定した前記熱発生率とに基づいて、前記内燃機関の発生トルクが前記アクセルの操作量に応じたトルクになるよう前記内燃機関の制御パラメータを操作する、
ことを特徴とする付記1に記載の内燃機関制御システム。
(付記8)
コンピュータが、
内燃機関の筒内の圧力を示す情報を含む前記内燃機関の運転データを取得し、
前記筒内の圧力を示す情報から前記筒内の熱発生率を算出し、
算出した前記熱発生率から前記筒内の熱発生量を算出し、
算出した前記熱発生率及び前記熱発生量に基づいてWiebe関数のパラメータの値を算出する、
処理を実行することを特徴とするパラメータ値算出方法。
(付記9)
前記コンピュータが、
前記筒内の圧力を示す情報から第1の熱発生率を算出し、
算出した前記第1の熱発生率から第1の熱発生量を算出した後、
前記第1の熱発生率と前記Wiebe関数を用いて算出した第2の熱発生率とに基づく評価値、及び前記第1の熱発生量と前記第2の熱発生率から算出した第2の熱発生量とに基づく評価値の和が最小となる前記Wiebe関数のパラメータの値を算出する、
処理を実行することを特徴とする付記8に記載のパラメータ値算出方法。
(付記10)
コンピュータが、
内燃機関の運転状態を表す運転データを取得し、
取得した前記運転データに基づいて、前記内燃機関の筒内の熱発生率の推定に用いる関数のパラメータの値を決定し、
決定した前記パラメータの値を用いて前記熱発生率の推定値を算出し、
算出した前記熱発生率の推定値を用いて前記内燃機関の制御パラメータを操作する、
処理を実行することを特徴とする内燃機関制御方法。
(付記11)
前記コンピュータが、
前記筒内の圧力を示す情報を含む前記運転データを取得し、
前記筒内の圧力を示す情報から前記筒内の熱発生率及び熱発生量を算出し、
算出した前記熱発生率及び熱発生量に基づいてWiebe関数のパラメータの値を算出する、
処理を実行することを特徴とする付記10に記載の内燃機関制御方法。
(付記12)
前記コンピュータが、
前記筒内の圧力を示す情報に基づいて第1の熱発生率を算出し、
算出した前記第1の熱発生率に基づいて第1の熱発生量を算出し、
前記第1の熱発生率と前記Wiebe関数を用いて算出した第2の熱発生率とに基づく評価値、及び前記第1の熱発生量と前記第2の熱発生率から算出した第2の熱発生量とに基づく評価値の和が最小となる前記Wiebe関数のパラメータの値を算出する、
処理を実行することを特徴とする付記11に記載の内燃機関制御方法。
(付記13)
内燃機関の筒内の圧力を示す情報を含む前記内燃機関の運転データを取得し、
前記筒内の圧力を示す情報から前記筒内の熱発生率を算出し、
算出した前記熱発生率から前記筒内の熱発生量を算出し、
算出した前記熱発生率及び熱発生量に基づいてWiebe関数のパラメータの値を算出する、
処理をコンピュータに実行させるためのパラメータ値算出プログラム。
(付記14)
内燃機関の運転状態を表す運転データを取得し、
取得した前記運転データに基づいて、前記内燃機関の筒内の熱発生率の推定に用いる関数のパラメータの値を決定し、
決定した前記パラメータの値を用いて前記熱発生率の推定値を算出し、
算出した前記熱発生率の推定値を用いて前記内燃機関の制御パラメータを操作する、
処理をコンピュータに実行させるための制御プログラム。