以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
本発明およびその実施の形態において、試料の「像」とは、試料の透過像またはローレンツ像である。「透過像」とは明視野像または暗視野像である。「ローレンツ像」とは、フレネル像またはフーコー像である。
本発明およびその実施の形態において、試料の「回折パターン」とは、試料のブラッグ回折パターンまたは小角電子線散乱パターンである。結晶面の間隔が一般的な値の結晶において、ブラッグ反射による回折角は約10−2radである。よって、一般的な汎用電子顕微鏡は、10−2rad〜10−3rad程度の回折角を観察可能に構成されている。これに対し、磁性材料の磁区の磁化による電子線の偏向角は、ブラッグ反射による回折角と比べて小さい。特に、近年の磁気メモリ素子などでは、プロセスの微細化によって各素子が持つ全磁束量が小さくなるのに伴い、電子線への偏向作用が小さくなっている。そのため、ブラッグ反射による回折角よりも1桁以上小さな偏向角(小角)の電子線散乱が生じ得る。「小角」とは、典型的には10−3rad以下の偏向角であり、好ましくは10−4rad〜10−6radの範囲の偏向角である。なお、小角電子線散乱パターンは回折により生じるものではないが、逆空間において偏向角の大きさ、方位、分布等を算出することができる点においてブラッグ回折パターンと同様に扱うことができる。
本発明およびその実施の形態において、試料の「結晶構造」との用語は、試料中の原子または分子の配置を意味する。試料は、原子または分子が空間的に繰り返し要素を持って配列している物質であれば、物質の種類は問わず、物質が磁性体または非磁性体のいずれであるかも問わない。試料の結晶構造は、試料の透過像またはブラッグ回折パターンにより観察される。
本発明およびその実施の形態において、試料の「磁気構造」との用語は、試料の磁区(磁気ドメイン)の磁気モーメントの方向、または磁壁の種類等として表される構造を意味する。磁気構造は、磁性材料のローレンツ像または小角電子線散乱パターンとして観察される。磁区は、特にフーコー像により観察される。磁壁は、特にフレネル像により観察される。
[実施の形態1]
図1は、電子顕微鏡100の装置構成を模式的に示す図である。図1を参照して、x方向とy方向とz方向とは互いに直交する。x方向およびy方向は、いずれも水平方向を表す。z方向は鉛直方向を表す。重力の向きはz方向下方である。z方向上方は重力と逆向きである。以下ではz方向上方を上方と略し、z方向下方を下方と略す。
電子顕微鏡100の電子光学系は、光源1と、加速管2と、照射レンズ系3と、試料ホルダ41と、対物レンズ系5と、対物絞り6と、制限視野絞り7と、結像レンズ系8と、観察面9とを備える。電子光学系の光軸Lzはz方向に設定されている。
光源1は電子線を発する。加速管2は、光源1から発せられた電子線に高電圧(たとえば100kV〜300kV)を印加することにより電子線を加速する。
試料ホルダ41は試料4を保持する。照射レンズ系3は、加速管2により加速された電子線を集光して試料4に照射する。照射レンズ系3は、第1の集束レンズ31と、第2の集束レンズ32とを含む。第1の集束レンズ31および第2の集束レンズ32は、光軸Lzに沿って第2の集束レンズ32の下方に光源の像(クロスオーバー)Xを形成する。クロスオーバーXの位置が電子光学系の実質的な光源の位置となる。集束レンズの数は限定されるものではない。
対物レンズ系5は、各々電磁レンズである対物レンズ51と、対物ミニレンズ52とを含む。電子顕微鏡100の基本構成(言い換えると、汎用電子顕微鏡の通常使用時の構成)において、対物レンズ51は、たとえば1〜4mm程度の短い焦点距離を有し、対物レンズ51の倍率は最大でたとえば50倍程度である。対物レンズ51は高分解能または高倍率(電子光学系全体で、たとえば2,000倍〜150万倍の範囲の倍率)での観察が求められる場合に用いられる。
電子顕微鏡100の基本構成において、対物ミニレンズ52の焦点距離は、対物レンズ51の焦点距離よりも長く、最短でたとえば50mm程度である。対物ミニレンズ52の分解能は対物レンズ51の分解能よりも低い。また、対物ミニレンズ52の倍率は、対物レンズ51の倍率と比べて低く、数倍程度である。一般に、対物ミニレンズ52は、低倍率(電子光学系全体で、たとえば50倍〜3,000倍の範囲の倍率)での観察時に用いられる。
対物レンズ51および対物ミニレンズ52の焦点距離は、各レンズの励磁電流を変更することにより調整される。励磁電流が大きくなるに従って焦点距離は短くなる。対物レンズ51は、相対的に大きな励磁電流の印加により短焦点距離が実現される。対物ミニレンズ52は、相対的に小さな励磁電流の印加により長焦点距離が実現される。対物レンズ51および対物ミニレンズ52の各々は、励磁電流を印加しないことにより、励磁されていない状態(無励磁状態)になり得る。図1には対物レンズ51の無励磁状態における電子線が模式的に示されている。対物レンズ51は、本発明に係る「第1の対物レンズ」に対応する。対物ミニレンズ52は、本発明に係る「第2の対物レンズ」に対応する。対物レンズ51および対物ミニレンズ52の構成の詳細については図2を参照して説明する。
対物絞り6は、光軸Lzに沿って対物レンズ51と対物ミニレンズ52との間に設けられている。制限視野絞り7は、光軸Lzに沿って対物ミニレンズ52よりも下流側に設けられている。対物絞り6および制限視野絞り7の各々は、たとえば直径が10μm〜100μm程度の複数(たとえば4つ)の開口を有する。図示しないアクチューエタを用いて光軸Lzに垂直な平面(xy平面)内にて対物絞り6を移動させることにより、適切な直径の開口を選択することができる。制限視野絞り7についても同様である。対物絞り6は、本発明に係る「第2の絞り」に対応する。制限視野絞り7は、本発明に係る「絞り」または「第1の絞り」に対応する。
結像レンズ系8は、第1の中間レンズ81と、第2の中間レンズ82と、第3の中間レンズ83と、投射レンズ84とを含む。各レンズは、対物レンズ51または対物ミニレンズ52により結像された像(または回折パターン)のうち制限視野絞り7を通過した部分を拡大する。結像レンズ系8により結像された像は観察面9にて観察される。なお、結像レンズ系8は、少なくとも第1の中間レンズ81と投射レンズ84とを含めばよい。すなわち、中間レンズの数は特に限定されるものではなく、1個または2個であってもよく、4個以上であってもよい。
撮影装置130は、観察面9に結像された像(または回折パターン)を撮影する。撮影装置130は、たとえばCCD(Charge Coupled Device)イメージセンサを含むビデオカメラ131と、マイクロコンピュータと、モニタとによって実現される。なお、観察面9に蛍光板を設けてもよい。
光源1には、光源1を制御する制御ユニット1Aが設けられている。加速管2には、加速管2を制御する制御ユニット2Aが設けられている。説明は繰り返さないが、他の構成要素についても同様に、その構成要素を制御する制御ユニット(31A〜84A)が設けられている。制御装置120は、全ての制御ユニット1A〜84Aおよび撮影装置130を統合的に制御する。制御装置120は、たとえばマイクロコンピュータ(図示せず)によって実現される。
電子顕微鏡100の電子光学系は、真空容器110の内部に設置されている。真空容器110内部は、真空ポンプを含む真空排気系(図示せず)によって排気されることにより真空に維持されている。
図2は、対物レンズ51および対物ミニレンズ52ならびにその周囲の電子光学系を詳細に説明するための図(zx平面に沿う断面図)である。図1および図2を参照して、対物レンズ51は、コイル511と、ヨーク512と、ポールピース513,514とを含む。
コイル511は磁場を生じさせる。ヨーク512には透磁率の高い材料(たとえば鉄)が用いられているため、コイル511により生じた磁場はヨーク512内に閉じ込められる。磁場の向きを矢印ARにて示す。ヨーク512は、光軸Lzに沿って試料4の上方へと磁束を導く。ヨーク512の一方端(試料4上方に位置する端部)にはポールピース513が設けられている。ヨーク512の他方端(試料4下方に位置する端部)にはポールピース514が設けられている。ポールピース513,514は、ヨーク512の材料の透磁率よりもさらに透磁率の高い材料(たとえばパーマロイまたはパーメンジュール)で作られている。磁場は、ポールピース513およびポールピース514により囲まれた空間に印加される。磁束は、試料4の下方のポールピース514を介してヨーク512内部へと戻る。
ポールピース513,514を用いて磁束を集中させることにより、局所的に強磁場が得られる。この強磁場は、試料4の設置位置においても非常に強く、たとえば1.5T(=15,000G)にも及び得る。
対物ミニレンズ52は、試料4の下方に位置するポールピース514よりもさらに下方に設けられたコイルによって実現される。対物ミニレンズ52は、空芯コイルを含んで構成されるため磁束を集中せず、元々弱励磁である。さらに、対物ミニレンズ52は、対物レンズ51と比べて、試料4からの距離を離して設けられている。したがって、対物ミニレンズ52の励磁電流によって生じた磁場の試料4への影響は、ほぼない。言い換えると、対物ミニレンズ52は、対物ミニレンズ52の励磁電流によって生じた磁場が試料4に印加されないように構成されている。
電子顕微鏡100の電子光学系の理解を容易にするために、電子顕微鏡100が前提とする電子光学系の基本構成、および磁性材料の磁気構造の観察手法(フレネル法およびフーコー法)の原理について説明する。
図3は、電子顕微鏡100の基本構成において、試料4の透過像を観察する場合の電子光学系を示す図である。つまり、図3には、汎用電子顕微鏡の通常使用により試料4の透過像を観察する場合の電子光学系が示されている。図1および図3を参照して、基本構成では、一般的な汎用電子顕微鏡と同様に、対物レンズ51が強励磁状態で用いられる。一方、対物ミニレンズ52は無励磁状態で用いられるので、破線で描いている。試料4は、結晶構造を有する材料であれば、磁性材料および非磁性材料のいずれであってもよい。
なお、図3ならびに後述する図4および図7〜図11では、図面が煩雑になるのを避けるため、照射レンズ系3に含まれるレンズのうち第1の集束レンズ31を代表的に示す。また、結像レンズ系8に含まれるレンズのうち第1の中間レンズ81および投射レンズ84を代表的に示す。第2の集束レンズ32、第2の中間レンズ82、および第3の中間レンズ83の励磁電流は適宜調整される。
第1の集束レンズ31により光源の像Xが形成される。光源の像Xからの電子線が試料4に入射すると、試料4による電子線のブラッグ反射(回折)が起こる。
基本構成において、対物レンズ51の励磁電流は、対物レンズ51の後焦点面BFPの位置(厳密には対物レンズ51による光源(クロスオーバー)Xの結像位置)が対物絞り6の位置と一致するように調整される。そのため、試料4透過後の電子線に対して対物レンズ51を用いて光源(クロスオーバー)Xの像を結像すると、対物絞り6の位置に試料4のブラッグ回折パターンが得られる。図3では一例として、ブラッグ回折パターンを構成する3つの回折スポットD1〜D3を示す。回折スポットD1〜D3は、−1次、0次、および1次のスポットにそれぞれ対応する。図3では、全ての回折スポットD1〜D3を通過させる場合を示しているが、対物絞り6は、回折スポットD1〜D3のうち特定のスポットのみを通過させるために用いられる。
対物レンズ51は、制限視野絞り7の位置に透過像I0を結像する。第1の中間レンズ81の励磁電流は、第1の中間レンズ81の物面OP1の位置が制限視野絞り7の位置と一致するように調整される。制限視野絞り7は、透過像I0のうち特定の領域のみを通過させる。制限視野絞り7を通過した電子線は、第1の中間レンズ81により屈折して、第1の中間レンズ81と投射レンズ84の物面OP4との間に回折スポットD11〜D13を生じさせる。図3では回折スポットD11〜D13間の距離が小さいため、図示の都合上、回折スポットD11〜D13は重複して示されている。
回折スポットD11〜D13を生じさせた電子線は、投射レンズ84の物面OP4に透過像I1として結像される。投射レンズ84に入射した電子線は、投射レンズ84により屈折して、投射レンズ84と最終像面IPとの間に回折スポットD41〜D43を生じさせる。図示の都合上、回折スポットD41〜D43も重複して示されている。回折スポットD41〜D43を生じさせた電子線は、最終像面IP(観察面9)にて試料4の透過像I4として結像される。回折スポットD2のみが対物絞り6を通過した場合、試料4の明視野像が得られる。回折スポットD1,D3のみが対物絞り6を通過した場合、試料4の暗視野像が得られる。
透過像I0のうち制限視野絞り7を通過する部分と、透過像I1と、透過像I4とを比較すると、透過像は、電子線が光軸Lzを進むに従って拡大されることが分かる。つまり、第1の中間レンズ81および投射レンズ84は、いずれも拡大レンズとして機能している。これにより、必要十分な倍率の透過像I4を観察面9にて観察することができる。
その一方で、回折スポットD1〜D3と、回折スポットD11〜D13と、回折スポットD41〜D43とを比較すると、回折スポット間の距離は、電子線が光軸Lzを進むに従って小さくなることが分かる。すなわち、ブラッグ回折パターンは、電子線が光軸Lzを進むに従って縮小される。
このように、結像レンズ系8において、試料4の透過像とブラッグ回折パターンとの間には、いずれか一方が拡大されると他方が縮小されるという関係が成立する。透過像観察時には、電子線が光軸Lzを進むに従って透過像が拡大される一方で、ブラッグ回折パターンは縮小される。
図4は、電子顕微鏡100の基本構成において、試料4のブラッグ回折パターンを観察する場合の電子光学系を示す図である。つまり、図4には、汎用電子顕微鏡の通常使用により試料4のブラッグ回折パターンを観察する場合の電子光学系が示されている。図4を参照して、この電子光学系における光源1から制限視野絞り7までの構成は、透過像観察時の構成(図3参照)と同等である。
ブラッグ回折パターンを観察する場合、試料4の透過像を観察する場合と比べて、第1の中間レンズ81の焦点距離が大きく設定される。より具体的には、第1の中間レンズ81の物面OP1は、対物レンズ51の像面の位置(制限視野絞り7の位置)に代えて、対物レンズ51の後焦点面BFPの位置(対物絞り6の位置)と一致するように調整される。これにより、第1の中間レンズ81の機能が拡大レンズから縮小レンズへと切り替わる。したがって、電子線が光軸Lzを進むに従って試料4の透過像は縮小され、ブラッグ回折パターンは逆に拡大される。図4において回折スポットD1〜D3と、回折スポットD11〜D13と、回折スポットD41〜D43とを比較すると、電子線が光軸Lzを進むに従ってスポット間の距離が大きくなることが分かる。
このように、第1の中間レンズ81の焦点距離の変更によって透過像とブラッグ回折パターンとを切り替えることができる。また、それにより、十分に拡大されたブラッグ回折パターンを観察面9にて観察することができる。
図5は、フレネル法の原理を説明するための図である。図5および後述する図6に示す電子顕微鏡はローレンツ電子顕微鏡であり、対物レンズ51に代えてローレンツレンズ53を備える。
図5を参照して、試料4は、たとえば均一な厚さの磁性材料であり、180°反転磁区構造を有する。すなわち、図5(a)および図5(b)において、試料4は、−y方向(紙面手前方向)に向かう磁化を持つ磁区と、y方向(紙面奥手方向)に向かう磁化を持つ磁区とを有する。−y方向の磁化を持つ磁区に入射した電子線は、その磁化により生じるローレンツ力によってx方向に偏向される。y方向の磁化を持つ磁区に入射した電子線は、その磁化により生じるローレンツ力によって−x方向に偏向される。図5に示す例では、x方向への電子線の偏向角と、−x方向への電子線の偏向角とは互いに等しい。
電子線が試料4の下方に十分な距離伝播すると、試料4の磁壁に沿って電子線の粗密が生じる。ローレンツレンズ53の物面OPは、この電子線の強度の粗密を結像するために調整される。図5(a)は、ローレンツレンズ53の物面OPが試料4の下方に位置する条件を示す。この条件を過焦点(オーバーフォーカス)条件と称する。図5(b)は、ローレンツレンズ53の物面OPが試料4の上方に位置する条件を示す。この条件を不足焦点(アンダーフォーカス)条件と称する。
図5(a)および図5(b)の下部に、観察面9にて観察されるフレネル像を模式的に示す。電子線の粗密は、明線L1および暗線L2のコントラストとして表される。明線L1および暗線L2の位置は、試料4の磁壁の位置に対応する。過焦点条件と不足焦点条件とを比較すると、ローレンツレンズ53の物面OPの位置の変更によってコントラストが反転することが分かる。
このように、フレネル法では、ローレンツレンズ53の物面OPを正焦点位置(試料4の位置)から上方または下方に外すことにより生じるコントラストを観察する。フレネル法は電子光学系のフォーカスを外すだけでよいため簡便な手法であり、後述するフーコー法ほど電子光学系に関する制約が厳しくない。たとえば、フレネル法では原理的に絞り(図6における対物絞り6、または図9における制限視野絞り7)を設けなくてよい。したがって、フーコー像を観察可能である場合、フレネル像も当然に観察可能である。
図6は、フーコー法の原理を説明するための図である。図6を参照して、試料4は、フレネル法の場合と同様の磁性材料である。電子線の小さな偏向角度(小角)に対応して、ローレンツレンズ53では十分な長さの焦点距離が設定されるとともに、対物絞り6では適切な直径の開口が選択されている。
試料4により磁気偏向を受けた電子線は、ローレンツレンズ53の後焦点面BFP(厳密にはローレンツレンズ53による光源(クロスオーバー)Xの結像位置)にて偏向角に応じた位置に小角電子線散乱スポットDa,Dbを結ぶ。小角電子線散乱スポットDaは、y方向の磁化を持つ磁区を透過して−x方向に偏向された電子線により生じる。小角電子線散乱スポットDbは、−y方向の磁化を持つ磁区を透過してx方向に偏向された電子線により生じる。
ローレンツレンズ53の後焦点面BFPの位置には対物絞り6が設けられている。対物絞り6は、光軸Lzに垂直な面(xy平面)内で移動可能に構成されている。対物絞り6を移動させることにより、観察対象の磁区を透過した電子線により生じた回折スポットを選択することができる。図6(a)は、小角電子線散乱スポットDbが選択される場合を示す。図6(b)は、小角電子線散乱スポットDaが選択される場合を示す。対物絞り6を通過した電子線は観察面9にて結像する。観察面9においては、選択されたスポットに対応する磁区が明るく示される一方で、選択されなかったスポットに対応する磁区は暗く示される。その結果、図6に示す例では、試料4の磁区構造がストライプ状のフーコー像として可視化される。
以下、実施の形態1に係る電子顕微鏡100において、透過像、ブラッグ回折パターン、フーコー像、および小角電子線散乱パターンを観察する場合の電子光学系について順に説明する。
<透過像>
図7は、実施の形態1に係る電子顕微鏡100において、試料4の透過像を観察する場合の電子光学系を示す図である。図7は図3と対比される。
図3を再び参照して、基本構成では対物レンズ51が強励磁状態(オン)である一方で、対物ミニレンズ52は無励磁状態(オフ)である。対物レンズ51の励磁電流は、対物レンズ51の後焦点面BFPの位置(厳密にはローレンツレンズ53による光源(クロスオーバー)Xの結像位置)が対物絞り6の位置に一致するように調整される。そのため、ブラッグ回折パターン(回折スポットD1〜D3で示す)は対物絞り6の位置に生じる。対物絞り6は、回折スポットD1〜D3のうち特定のスポットのみを通過させる。すなわち、対物絞り6は、ブラッグ回折条件を満たす特定の角度に電子線の入射角度を制限する点において、入射角度制限絞りとしての役割を果たす。
対物レンズ51は、制限視野絞り7の位置に透過像I0を結像する。そのため、第1の中間レンズ81の励磁電流は、第1の中間レンズ81の物面OP1の位置が制限視野絞り7の位置に一致するように調整される。制限視野絞り7は、透過像I0のうち特定の領域のみを通過させる。すなわち、制限視野絞り7は、結像レンズ系8への電子線の入射範囲を制限する役割を果たす。
これに対し、図7を参照して、実施の形態1において、対物レンズ51の励磁電流は、0以上かつ所定値よりも小さく設定される。この所定値は、対物レンズ51により生じた磁場が試料4の磁気構造を破壊しない(消失させない)範囲内の値に定められる。たとえば、最も一般的な磁石として普及しているフェライト焼結磁石の場合、上記所定値は0.03T(=300G)程度である。図7に示す例では対物レンズ51は無励磁状態(オフ)である。ただし、対物レンズ51は完全な無励磁状態でなくてもよい。この場合については実施の形態2にて詳細に説明する。
一方、対物ミニレンズ52は励磁状態(オン)である。対物ミニレンズ52の励磁電流は、光源(クロスオーバー)Xの像の位置が制限視野絞り7の位置に一致するように調整される。そのため、回折パターンは制限視野絞り7の位置に生じる。なお、強励磁状態の対物レンズ51は短焦点距離を有するため、光源(クロスオーバー)Xの像の結像位置と後焦点面BFPの位置とは一致すると近似することができる。そのため、基本構成では、対物レンズ51の励磁電流は、対物レンズ51の後焦点面BFPの位置が制限視野絞り7の位置に一致するように調整されると近似可能である。一方、図7に示す実施の形態1において、対物ミニレンズ52は長焦点距離を有するためこのような近似は成立しない。したがって、より厳密に、対物ミニレンズ52の励磁電流は、光源Xの像の位置が制限視野絞り7の位置に一致するように調整される。
制限視野絞り7は、図7に示す例では回折スポットD2を通過させる一方で回折スポットD1,D3は遮断する。すなわち、制限視野絞り7は入射角度制限絞りとしての役割を果たす。
第1の中間レンズ81の励磁電流は、第1の中間レンズ81の物面OP1の位置が、試料4の上方に形成される、対物ミニレンズ52による試料4の虚像の位置に一致するように調整される。したがって、第1の中間レンズ81の物面OP1の位置を対物ミニレンズ52による虚像の位置と一致させることにより、結像レンズ系8を用いて試料4の透過像を観察面9に結像することができる。
なお、対物絞り6の位置には像は結ばれていないが、対物絞り6は、試料4のうち特定の領域を透過した電子線のみを通過させる点において、入射範囲制限絞りと類似の役割を有する。ただし、ブラッグ回折された電子線(すなわち偏向された電子線)のみによって結像される暗視野像観察時には、当該ブラッグ回折された電子線が対物絞り6を通過できる程度の開口径(開口の直径)が必要である。一方、明視野像の観察の場合には、このような開口径に関する制限はない。
このように、実施の形態1において、対物ミニレンズ52と第1の中間レンズ81とは合成された組合せレンズとして、一般的な汎用電子顕微鏡の電子光学系(あるいは図3に示す基本構成)における対物レンズとして機能する。制限視野絞り7は、一般的な汎用電子顕微鏡の電子光学系における対物絞りの役割を果たす。電子顕微鏡100の基本構成では、たとえば2000倍〜150万倍の範囲での観察が可能である。これに対し、実施の形態1では、対物レンズ51と比べて低倍率の対物ミニレンズ52しか用いないので、電子光学系全体の倍率は、たとえば200倍〜2,000倍の範囲となる。実施の形態1によれば、対物レンズ51は励磁せずに(あるいは極めて弱く励磁しつつ)対物ミニレンズ52を励磁することにより、倍率は相対的に低いものの、試料4に無磁場または弱磁場しか印加されていない状態で透過像を観察することができる。
<ブラッグ回折パターン>
図8は、実施の形態1に係る電子顕微鏡100において、試料4のブラッグ回折パターンを観察する場合の電子光学系を示す図である。
図8を参照して、この電子光学系の光源1から制限視野絞り7までの構成は、透過像観察時の構成(図7参照)と同等である。ただし、ブラッグ回折パターンの観察には複数の回折スポットが必要であるため、図7に示す構成と比べて制限視野絞り7の直径(開口の直径)が大きく設定されている。図8に示す例では、回折スポットD1〜D3の全てが制限視野絞り7を通過している。
第1の中間レンズ81の励磁電流の変更によって試料4の透過像とブラッグ回折パターンとを切替可能であることついては基本構成にて詳細に説明したため、説明は繰り返さない。このように、実施の形態1によれば、試料4のブラッグ回折パターンを観察することができる。
<フーコー像>
図9は、実施の形態1に係る電子顕微鏡100において、試料4のフーコー像を観察する場合の電子光学系を示す図である。図9を参照して、試料4としては磁性材料が用いられる。この磁性材料は、たとえば均一な膜厚を有するとともに180°反転磁区構造を有する(図5および図6参照)。
試料4に入射した電子線は、試料4の磁区の磁化によるローレンツ力によって偏向される。偏向方向は、磁区の磁気モーメントの方向に応じた向き(互いに逆向き)である。対物ミニレンズ52による光源(クロスオーバー)Xの結像位置において偏向角度に応じた位置に小角電子線散乱パターンが結ばれる。つまり、−x方向に偏向された電子線(網掛けで示す)は、小角電子線散乱スポットDbを生じる。x方向に偏向された電子線(白抜きで示す)は、小角電子線散乱スポットDaを生じる。小角電子線散乱スポットDa,Dbのうちのいずれか一方(図9ではスポットDb)が制限視野絞り7により選択される。選択されたスポットは、結像レンズ系8により拡大されて観察面9にて結像される。これにより、フーコー像を観察することができる。
対物ミニレンズ52の励磁電流は、透過像観察時(図7参照)と同様に、対物ミニレンズ52による光源(クロスオーバー)Xの像の位置が制限視野絞り7の位置と一致するように調整される。また、第1の中間レンズ81についても透過像観察時と同様に、第1の中間レンズ81の物面OP1の位置が試料4の虚像の位置と一致するように調整される。すなわち、試料4のフーコー像観察時の電子光学系と透過像観察時の電子光学系とは、光源1から対物ミニレンズ52までは共通の構成を有する。
しかし、両電子光学系では制限視野絞り7の用途が異なる。透過像観察時には、制限視野絞り7の位置にブラッグ反射による回折スポットD1〜D3が生じる。制限視野絞り7は、回折スポットD1〜D3のうち少なくとも1つのスポットを通過させるために用いられる。通過した回折スポットに応じて明視野像と暗視野像とが切り替わる。一方、フーコー像観察時には、制限視野絞り7の位置に小角電子線散乱スポットDa,Dbが生じる。制限視野絞り7は、小角電子線散乱スポットDa,Dbのうち、いずれか一方のスポットを通過させる。小角電子線散乱スポットDa,Db間の距離は図7の回折スポットD1〜D3間の距離よりも小さいので、より小さな直径の開口が用いられる。通過した小角電子線散乱スポットに応じてフーコー像のコントラストが反転する。
電子顕微鏡100によって試料4の小角電子線散乱パターンが観察可能な理由を説明する。小角電子線散乱パターン観察時の電子光学系(図10参照)と、基本構成におけるブラッグ回折パターン観察時の電子光学系(図4参照)とを比較する。対物ミニレンズ52の焦点距離は対物レンズ51の焦点距離よりも長い。そのため、対物ミニレンズ52では、比較的大きな回折パターンが対物ミニレンズ52による光源(クロスオーバー)Xの結像位置に生じる。図10において、対物ミニレンズ52により生じる小角電子線散乱スポットDa,Db間の距離は、対物レンズ51により生じる回折スポットD1〜D3間の距離(図4参照)よりも大きく示されている。このように、実施の形態1によれば、基本構成と比べて大きな回折パターンを後段の結像レンズ系8により拡大することができるので、電子光学系のカメラ長が大きくなる。したがって、小角電子線散乱パターンを観察することができる。
電子顕微鏡100とローレンツ電子顕微鏡(図6参照)とを比較すると、実施の形態1における対物ミニレンズ52は、ローレンツ電子顕微鏡におけるローレンツレンズ53として機能する。実施の形態1における制限視野絞り7は、通過させるべきスポットの選択に用いられる点において、ローレンツ電子顕微鏡における対物絞り6の役割を果たす。
このように、実施の形態1によれば、汎用電子顕微鏡を用いて試料4のフーコー像を観察することができる。ただし、対物ミニレンズ52と第1の中間レンズ81とが合成された組合せレンズの倍率はローレンツレンズ53の倍率よりも低いので、フーコー像観察時の電子光学系全体の倍率も相対的に低い。フーコー像の倍率は、一般的なローレンツ電子顕微鏡では、たとえば800倍〜15万倍の範囲であるのに対し、電子顕微鏡100では、たとえば200倍〜3,500倍の範囲となる。フレネル像についても同様である。
なお、電子顕微鏡100を用いる場合、ローレンツ電子顕微鏡使用時と比べて、制限視野絞り7を通過させる小角電子線散乱スポットの選択が容易になる。その理由を以下に説明する。対物絞り6および制限視野絞り7の直径は、たとえば10μm〜100μm程度である。一般的なローレンツ電子顕微鏡における小角電子線散乱パターン(図9に示す例ではスポットDa,Db全体)の大きさは、対物絞り6の位置において、たとえば直径1μm程度である。一方、対物ミニレンズ52を用いると、対物ミニレンズ52の焦点距離はローレンツレンズ53の焦点距離と比べて長いので、対物ミニレンズ52による光源(クロスオーバー)Xの結像位置では小角電子線散乱パターンが縮小されにくくなる。そのため、小角電子線散乱スポットDa,Db間の距離が比較的大きくなり、制限視野絞り7の直径に近い値(10μm程度)となる。したがって、実施の形態1によれば、ローレンツ電子顕微鏡と比べて、制限視野絞り7を通過させるスポットの選択が容易になるので、フーコー像の電子光学系が構築しやすくなる。
<小角電子線散乱パターン>
図10は、実施の形態1に係る電子顕微鏡100において、小角電子線散乱パターンを観察する場合の電子光学系を示す図である。図10は図9と対比される。
図10を参照して、この電子光学系における光源1から制限視野絞り7までの構成は、フーコー像観察時の電子光学系の対応する構成と同等である。一方、小角電子線散乱を観察するためには、複数の回折スポットが制限視野絞り7を通過しなければならないため、制限視野絞り7の直径(開口の直径)はフーコー像観察時と比べて大きく設定される。また、結像レンズ系8に含まれる各レンズは、観察面9に小角電子線散乱パターンが結像されるように変更される。
本発明者らは、図10に示す電子光学系を用いて、10−4rad〜10−6radの偏向角が観察可能であることを確認した(図14(A)参照)。また、一般的な汎用電子顕微鏡のカメラ長が30cm〜2mの範囲で変更可能あるのに対し、図10に示す電子光学系では、カメラ長を20m〜1400mの範囲で変更することができた。
以上のように、実施の形態1によれば、電子顕微鏡100を用いて、試料の透過像(明視野像および暗視野像)、ブラッグ回折パターン、ローレンツ像(フーコー像およびフレネル像)、ならびに小角散乱回折パターンを観察することができる。言い換えると、実施の形態1によれば、試料4の結晶構造および磁気構造の両方を1台の汎用電子顕微鏡を用いて観察することができる。
<倍率調整>
続いて、電子顕微鏡100の電子光学系全体の倍率の調整手法について説明する。図11は、実施の形態1における低倍率でのフーコー像観察時の電子光学系を示す図である。図12は、実施の形態1における高倍率でのフーコー像観察時の電子光学系を示す図である。
図11および図12を参照して、結像レンズ系8に含まれるレンズのうち、第1の中間レンズ81は、試料4の透過像とブラッグ回折パターンとの切替、または試料4のフーコー像と小角電子散乱パターンとの切替に用いられる。また、投射レンズ84は最高倍率(すなわち最大励磁電流)に固定して用いることが望ましい。そのため、電子光学系全体の倍率調整は、第2の中間レンズ82および第3の中間レンズ83の一方または両方の励磁電流を調整することによって行なうことが望ましい。
図11に示す例では、第2の中間レンズ82と第3の中間レンズ83とは合成された組合せレンズとして、ほぼ倍率1の結像系を作り出している。これにより、最終的に低倍率の電子光学系が実現される。図12に示す例では、第2の中間レンズ82および第3の中間レンズ83は、いずれも拡大結像系として機能している。これにより、最終的に高倍率の電子光学系が実現される。
なお、上述のように、電子顕微鏡100の電子光学系全体の倍率は、基本構成の電子光学系全体の倍率よりも低い。しかし、倍率は、結像レンズ系8に含まれるレンズ数を増やすことによって高くすることができる。一例として、結像レンズ系8に含まれるレンズ数を5以上とすることにより、一般的な汎用電子顕微鏡の電子光学系(対物レンズを強励磁させる電子光学系)と同等の倍率を実現することができる。フーコー像観察時においても、結像レンズ系8に含まれるレンズ数を増やすことで、一般的なローレンツ電子顕微鏡の電子光学系と同等の倍率を実現することができる。
なお、電子顕微鏡100の電子光学系には、可動絞り(対物絞り6および制限視野絞り7)に加えて、図示しない固定絞りが設けられている。固定絞りは、鏡筒内の電子線の伝搬経路中で発生する反射電子の影響を除去する光学的目的に加えて、真空容器110(図1参照)の外部からのガスの流入を抑制して真空容器110内部の真空度を高く保つための目張り(オリフィス)として設けられている。試料の像を不用意に拡大すると、固定絞りによって電子線が遮られてしまう。そのため、第2の中間レンズ82および第3の中間レンズ83の励磁電流は、固定絞りによって電子線が遮られないように調整することが望ましい。
<観察結果>
次に、電子顕微鏡100による試料4の各像および回折パターンの観察結果の一例について、図13〜図15を参照しながら説明する。試料4としては、磁性材料であるScドープM型ヘキサフェライト(BaFE10.35Sc1.6Mg0.05O19)の単結晶を用いた。
図13は、試料4のブラッグ回折パターンおよび透過像の観察結果の一例を示す図である。図13(A)はブラッグ回折パターンを示す。この観察結果は、図8に示す電子光学系に基づくものである。図13(B)および図13(C)は、明視野像および暗視野像をそれぞれ示す。これらの観察結果は、図7に示す電子光学系に基づくものである。カメラ長は65cmに設定した。電子線の入射方向は[001]方向であった。明視野像および暗視野像の倍率は、いずれも1,000倍であった。
図13(A)を参照して、このブラッグ回折パターンから、試料4が六方晶系の対称性を有することが分かる。図13(B)および図13(C)を参照して、各図の左上には、図13(A)の回折パターンのうち観察対象として選択された領域を破線の円で示す。明視野像では中心の回折スポットを選択し、暗視野像では周囲の回折スポットのうちの1つを選択した。暗視野像においては、選択された回折スポットを生じさせる部分が明るく示されている。これら明視野像および暗視野像によれば、試料4が巨視的には単結晶であるものの、微視的には(サブマイクロメートルオーダーでは)微結晶の集合体であることが分かる。また、微結晶にはわずかな方位ずれが多数発生していることが分かる。
図14は、試料4の小角電子線散乱パターンおよびフーコー像の観察結果の一例を示す図である。図14(A)は小角電子線散乱パターンを示す。この観察結果は、図10に示す電子光学系に基づくものである。図14(B)および図14(C)は、いずれもフーコー像を示す。これらの観察結果は、図9に示す電子光学系に基づくものである。カメラ長は380mに設定した。
図14(A)を参照して、小角電子線散乱パターンには、複数の回折スポットと、回折スポット間の筋状(ストリーク状)の散漫散乱とが表されている。回折スポットは、試料4の磁区構造の周期性に由来する。散漫散乱は、試料4のブロッホ(Bloch)磁壁に由来する。
図14(B)および図14(C)を参照して、フーコー像をサブマイクロメートルオーダーの分解能で観察可能であることが分かる。図14(B)に示すフーコー像は、図14(A)に示される回折スポットのうち図中下半分に位置する4つのスポット(矢印にて示す)を結像したものである。図14(B)では、下半分の回折スポットに対応する磁区が明るく示されている一方で、上半分の回折スポットに対応する磁区は暗く示されている。これにより、試料4の磁区がジグザグ構造を有することが分かる。すなわち、試料4の磁区は、図中左下から右上に向かう成分と、左上から右下に向かう成分との2方向の成分を有する。なお、図14(A)に示す小角電子線散乱パターンにおいて、複数のスポットが互いに交差する2つの列を構成しているのは上記ジグザグ構造に由来している。
図14(C)に示すフーコー像は、図14(A)に示される回折スポットのうち、図中左下に位置する1つのスポット(矢印にて示す)を観察対象としたものである。図14(B)と図14(C)とを比較すると、図14(C)においては、上述の磁区の2成分のうち、左下から右上に向かう成分は明るく示されている一方で、左上から右下に向かう成分は暗く示されていることが分かる。このように、小角電子線散乱パターンに表される2つのスポット列のうち一方の列に含まれるスポットのみを観察対象とすると、いずれか一方の磁気モーメントおよび一方の磁区のみを観察することができる。
図15は、試料4のフレネル像の観察結果の一例を示す図である。図15(A)は正焦点像を示し、図15(B)は不足焦点像を示し、図15(C)は過焦点像を示す。これらの観察結果は図9に示す電子光学系に基づくものであるが、制限視野絞り7は用いられていない。不足焦点像と過焦点像とを比較すると、コントラストが反転していることが分かる。
以上のように、実施の形態1によれば、汎用電子顕微鏡を用いて試料4のフーコー像を観察することができる。これにより、試料4の磁区構造を可視化することができる。さらに、小角電子線散乱パターンを観察することもできるので、試料4の磁区内の磁気モーメントの方向と、磁気モーメントの偏向角度とを測定することができる。それゆえ、試料4の膜厚が既知であれば磁気モーメントの大きさを算出することができる。
また、実施の形態1では、図14(A)〜図14(C)にて説明したように、小角電子線散乱パターンから任意のスポットを選択して、選択されたスポットに対応するフーコー像を観察することができる。つまり、小角電子線散乱スポットを生じさせている磁区をフーコー像上にて特定することができる。
さらに、結晶構造を観察するための電子光学系(図7および図8参照)と、磁気構造を観察するための電子光学系(図9および図10参照)とは、光源1から対物ミニレンズ52までの構成は共通である。そのため、同一の観察領域について結晶構造および磁気構造の両方を観察することができる。たとえば、試料4の明視野像(図13(B)参照)と、暗視野像(図13(C)参照)と、フーコー像(図14(B)および図14(C)参照)とは、同一の観察領域の観察結果である。これらの像の比較から、試料4の結晶構造と磁気構造との間に強い相関が存在しないことが分かる。
また、結晶構造と磁気構造とのいずれを観察対象として選択するかは、制限視野絞り7と結像レンズ系8の励磁電流の調整とにより容易に切り替えることができる。したがって、観察に要する時間を短縮することができる。
[実施の形態2]
実施の形態1では、試料に磁場が印加されないように対物レンズを励磁しない状態での構成について説明した。実施の形態2においては、試料の磁気構造が破壊されない範囲内で対物レンズを用いて試料に磁場を印加して、試料の磁気構造の時間変化を観察するための構成について説明する。
図16は、実施の形態2に係る電子顕微鏡において、試料4のフーコー像を観察する場合の電子光学系を示す図である。図16を参照して、この電子光学系は、対物レンズ51が弱励磁されている点において、実施の形態1に係る電子顕微鏡100の電子光学系(図10参照)と異なる。それ以外の構成は、図10に示す電子光学系の対応する構成と同等であるため、詳細な説明は繰り返さない。
磁性体に磁場が印加された場合に、磁性体に歪みが生じる現象(磁歪)が知られている。一般的な汎用電子顕微鏡では、対物レンズにより強磁場を生じるので、磁性体への強磁場印加時に磁歪が生じてしまう。
これに対し、実施の形態2に係る電子顕微鏡によれば、たとえば、対物レンズ51が全く励磁されておらず、試料4(磁性体)に磁場が印加されていない状態から観察を開始することができる。その後、対物レンズ51の励磁を開始して、試料4の磁気構造が破壊されない範囲内で試料4に印加される磁場を徐々に大きくする。すなわち、対物レンズ51を試料4への磁場印加装置として用いる。これにより、試料4の磁歪の外部磁場依存性を連続的に観察することができる。また、装置の時間分解能の範囲内で磁場応答特性を連続的に観察することができる。なお、ここでは磁歪を例に述べたが、磁性材料の他の磁気構造についても、外部磁場依存性または磁気構造変化の磁場応答特性を装置の時間分解能の範囲内で連続的に観察することができる。
対物レンズ51により生じる磁場が相対的に弱い場合、対物レンズ51のレンズとしての作用(電子線を屈折させる作用)は無視できる。しかし、対物レンズ51の磁場が強くなるに従って、対物レンズ51のレンズ作用を無視することができなくなる。そうすると、電子光学系の状態が磁場印加前の初期状態から変わることになるので、電子光学系の再調整が必要となる。このような場合には、対物レンズ51と対物ミニレンズ52とが合成された組合せレンズとして考え、対物レンズ51および対物ミニレンズ52の各々の励磁電流を調整することが望ましい。すなわち、対物レンズ51と対物ミニレンズ52との組合せレンズが制限視野絞り7の位置に光源(クロスオーバー)Xの像を結像するように、対物レンズ51および対物ミニレンズ52の励磁電流を調整すればよい。たとえば、対物レンズ51の励磁電流が大きくなることで対物レンズ51のレンズ作用が強くなった分だけ対物ミニレンズ52のレンズ作用が弱くなるように、対物ミニレンズ52の励磁電流を小さくすることができる。
なお、図16では試料4のフーコー像を観察する場合の電子光学系を例に説明したが、試料4の透過像、ブラッグ回折パターン、または小角電子線散乱パターンを観察する場合の電子光学系についても同様であるため、説明は繰り返さない。
<観察方法>
試料4の透過像、ブラッグ回折パターン、フーコー像、および小角電子線散乱パターンの観察方法を説明する。
図17は、試料4のブラッグ回折パターンの観察方法を説明するためのフローチャートである。図17ならびに後述する図18〜図20に示すフローチャートの処理開始時の電子光学系は、基本構成と同様に調整されているものとする。つまり、対物レンズ51は強励磁状態であり、対物ミニレンズ52は無励磁状態である。なお、試料4がマウント(保持)された試料ホルダ41は、電子顕微鏡100の外部に取り出された状態である。
図1、図8、および図17を参照して、ステップS101において、制御装置120の制御により強磁場が試料4に印加されないように対物レンズ51の励磁を切った後、試料4をマウントした試料ホルダ41が設置される。ただし、この段階では試料4は視野の外である。
ステップS102において、制御装置120は、第1の集束レンズ31および第2の集束レンズ32の各々の励磁電流を調整することにより、光軸Lzに沿って試料4の位置の上方に光源(クロスオーバー)Xの像を結ぶ。
ステップS103において、制御装置120は、対物ミニレンズ52を無励磁状態(オフ)から励磁状態(オン)へと切り替える。
ステップS104において、制御装置120は、制限視野絞り7をxy平面内にて移動させることにより、制限視野絞り7を視野内に入れる。
ステップS105において、制御装置120は、第1の中間レンズ81の励磁電流を調整することにより、制限視野絞り7の像を観察面9に結ぶ。すなわち、制限視野絞り7にフォーカスを合わせる。
ステップS106において、制御装置120は、対物ミニレンズ52の励磁電流を調整することにより、光源の像を制限視野絞り7上に結ぶ。詳細には、スポット(輝点)が最も小さくなるように励磁電流を調整することが望ましい。なお、この時点では電子線が試料4を透過していないので、ブラッグ回折パターンは得られない。
ステップS107において、制御装置120は、ステップS102にて視野外に設置した試料4を視野内へと移動させる。これにより、電子線が試料4を透過するのでブラッグ回折パターンが生じる。なお、ステップS101〜S107の処理は、後述する他の観察方法でも共通して実施されるため、以下、共通処理としてステップS10にて表す。
ステップS108において、制御装置120は、第2の中間レンズ82および第3の中間レンズ83の一方または両方を用いて、ブラッグ回折パターンの観察に適した所定の値にカメラ長を設定する。
ステップS109において、制御装置120は、撮影装置130を用いて試料4のブラッグ回折パターンを観察する。また、磁場中での試料4の磁場応答を観察する場合には、S110において、制御装置120は、対物レンズ51を励磁することにより試料4に磁場を印加する。
図18は、試料4の透過像の観察方法を説明するためのフローチャートである。図1、図7、および図18を参照して、共通処理であるステップS10の処理は、ブラッグ回折パターン観察時のステップS101〜S107の処理(図17参照)と同等であるため、説明は繰り返さない。
ステップS201において、制御装置120は、小角電子線散乱パターンに含まれる複数の小角電子線散乱スポット(図7に示すブラッグ回折によるスポットD1〜D3)のうち観察対象とする1または複数のスポットを制限視野絞り7を用いて選択する。具体的には、制限視野絞り7の位置を調整することにより、選択したスポットを通る電子線に制限視野絞り7を通過させる一方で、それ以外の電子線は制限視野絞り7により遮断する。
ステップS202において、制御装置120は、第1の中間レンズ81の励磁電流を調整(具体的には励磁電流を弱める方向に変更)することにより、試料4の透過像を観察面9に結ぶ。すなわち、試料4にフォーカスを合わせる。
ステップS203において、制御装置120は、第2の中間レンズ82および第3の中間レンズ83の一方または両方を用いて、透過像を所望の倍率に拡大する。なお、試料4が磁性材料の場合、試料4のフレネル像を観察することができる。
ステップS204において、制御装置120は、撮影装置130を用いて試料4の透過像を観察する。また、ステップS205において、制御装置120は、対物レンズ51を励磁することにより試料4に磁場を印加する。
図19は、試料4の小角電子線散乱パターンの観察方法を説明するためのフローチャートである。図1、図10、および図19を参照して、ステップS10,S301,S302の処理は、共通処理であるステップS10、およびステップS202,S203の処理(図18参照)とそれぞれ同等であるため、説明は繰り返さない。
ステップS303において、制御装置120は、試料4のうち観察対象とする領域を定め、対物絞り6を用いて観察領域を制限する。
ステップS304において、制御装置120は、第1の中間レンズ81の励磁電流を調整(具体的には励磁電流を強める方向に変更)することにより、小角電子線散乱パターン(図10に示すスポットD4a,D4b)を観察面9に結ぶ。
ステップS305において、制御装置120は、第2の中間レンズ82および第3の中間レンズ83の一方または両方を用いて、小角電子線散乱パターンの観察に適した所定の値にカメラ長を設定する。
ステップS306において、制御装置120は、撮影装置130を用いて試料4の小角電子線散乱パターンを観察する。また、ステップS307において、制御装置120は、対物レンズ51を励磁することにより試料4に磁場を印加する。
図20は、試料4のフーコー像の観察方法を説明するためのフローチャートである。図1、図9、および図20を参照して、ステップS10,S401〜S405の処理は、共通処理であるステップS10、およびステップS301〜S305の処理(図19参照)とそれぞれ同等であるため、説明は繰り返さない。
ステップS406において、制御装置120は、小角電子線散乱パターンに含まれる複数の小角電子線散乱スポット(磁気偏向によるスポットDa,Db)のうち観察対象とするスポットを制限視野絞り7を用いて選択する。具体的には、制限視野絞り7の位置を調整することにより、選択したスポットを通る電子線に制限視野絞り7を通過させる一方で、それ以外の電子線は制限視野絞り7により遮断する。
ステップS407において、制御装置120は、第1の中間レンズ81を用いて試料4のフーコー像を観察面9に結ぶ。すなわち、試料4のフーコー像のフォーカスを合わせる。なお、第1の中間レンズ81の励磁電流は、励磁電流を弱める方向に変更される。
ステップS408において、制御装置120は、撮影装置130を用いて試料4のフーコー像を観察する。また、ステップS409において、制御装置120は、対物レンズ51を励磁することにより試料4に磁場を印加する。
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した説明ではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。