次に、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。図1は、本発明の一実施形態に係るトラクタの全体的な構成を示す右側面図である。図2は、トラクタに備えられるミッションケース109内の構成を示す右側面図である。図3は、ミッションケース109内の構成を示す平面図である。図4は、トラクタの動力伝達構成を示すスケルトン図である。
図1は、本実施形態に係る作業車両としてのトラクタを示している。トラクタの機体は、走行車輪としての左右1対の前輪101,101及び左右1対の後輪102,102により支持されている。機体の前部のボンネット106の内部には、駆動源としてのエンジン105が配置される。
ボンネット106の後方の機体の上面には、キャビン112が配置され、キャビン112の内部には、オペレータが着座するための座席111が配置されている。座席111の周囲には、ステアリングハンドル110と、主変速レバーと、副変速レバーと、クラッチペダルと、PTO変速レバーと、リバーサレバーと、を含む種々の操作具が備えられる。座席111及び上記の操作具等は、キャビン112内に構成された運転部に配置されている。
キャビン112の左右外側には、オペレータが乗降するステップ113,113が設けられている。また、エンジン105に燃料を供給する図略の燃料タンクがキャビン112の前方に配置され、この燃料タンクはボンネット106内に収容されている。
機体の構造体をなすフレームは、前バンパー114及び前車軸ケース115を有する図略のエンジンフレームと、当該エンジンフレームの後部に着脱自在に固定した左右の機体フレーム116,116と、により構成されている。当該機体フレーム116の後部にはミッションケース109が連結されている。ミッションケース109は、エンジン105からの回転動力を適宜変速して前後4輪に伝達するための機構を内部に収容している。ミッションケース109には、後車軸117を介して後輪102が取り付けられている。左右の後輪102の上方は、左右のリアフェンダー118によって覆われている。
エンジン105の後方には図略のクラッチハウジングが配置され、当該クラッチハウジングの後方には上述のミッションケース109が配置される。これにより、エンジン105からの駆動力を後輪102に変速しながら伝達して駆動することができる。また、トラクタは後述する2輪駆動・4輪駆動切換機構79を備えており、ミッションケース109の出力を後輪102だけでなく前輪101に同時に伝達することを可能としている。
エンジン105の駆動力は、ミッションケース109の後端から突出したPTO軸119に伝達される。トラクタは作業機装着装置を備えており、トラクタの後端に、図4に示す作業機100を装着可能に構成されている。PTO軸119は、作業機100を、図示しないユニバーサルジョイント等を介して駆動することができる。
図2から図4に示すように、ミッションケース109内には、エンジン105から伝達される回転動力を適宜に変速するための油圧式無段変速機(HST)120が収容される。エンジン105の動力は、図略の主動軸及び動力伝達軸を経由してミッションケース109の主変速入力軸121に伝達され、油圧式無段変速機120及び走行変速ギア機構によって適宜変速されて、左右の後輪102に伝達されるようになっている。
油圧式無段変速機120は、主変速装置として作用するものであり、油圧回路によって相互に接続された油圧ポンプ124と油圧モータ126とを備えて構成されている。油圧ポンプ124は主変速入力軸121によって駆動される一方、油圧モータ126は伝達軸48を駆動する。
油圧ポンプ124と油圧モータ126の一方は固定容量型とされ、他方は可変容量型とされている。本実施形態においては、油圧モータ126が固定容量型とされ、油圧ポンプ124が可変容量型とされており、当該油圧ポンプ124に出力調整部材が設けられている。なお、油圧モータ126を可変容量型とし、油圧ポンプ124を固定容量型としても良い。
前記出力調整部材は、可動斜板125や、当該可動斜板125の傾斜角度を変更させる図略の制御軸等を備えて構成されている。そして、座席111近傍に備えられる主変速レバーや変速スイッチ等の操作具の操作に応じて作動する油圧シリンダ等の変速アクチュエータにより、前記制御軸を軸線回りに回転させ、その回転に基づいて可動斜板125の傾斜角度を変更して、油圧ポンプ124の吐出量を変更することができる。
主変速入力軸121は、その軸線が前後方向に延びるように配置される。主変速入力軸121の前端にはエンジン105の出力軸22が連結されている。また、主変速入力軸121の後端には出力伝達軸23が連結され、この出力伝達軸23は、出力軸22及び主変速入力軸121と一体的に回転するように構成されている。主変速出力軸としての伝達軸48も、その軸線が前後方向に延びるように配置される。
ミッションケース109内の、油圧式無段変速機120の後方には、出力伝達軸23、伝達軸48、及び前輪伝達軸14が互いに平行に配置される。伝達軸48は油圧モータ126から後方に突出するように配置され、この伝達軸48に、油圧式無段変速機120で無段階に変速された回転が出力される。
前輪伝達軸14の後端部には前輪駆動出力軸30が連結され、この前輪駆動出力軸30の後部には、後に詳述する2輪駆動・4輪駆動切換機構79が備えられる。また、出力伝達軸23の後方には、PTO軸119の回転を適宜変速するためのPTO変速機構130が備えられる。出力伝達軸23に伝達されたエンジン105の動力は、PTO変速機構130により適宜変速された後にPTOクラッチ軸29に伝達され、PTO軸119に出力される。この構成により、トラクタの後端に装着された作業機100に動力を伝達して駆動することができる。
次に、トラクタの動力伝動系の構成について、図4を参照して詳細に説明する。前記クラッチハウジング内には多板式の主クラッチ21が配置され、この主クラッチ21は前記クラッチペダルにより動力の伝達/遮断を切り換えることができる。そして、エンジン105の出力軸22(クランク軸)の回転が主クラッチ21に入力された後、主クラッチ21の出力が主変速入力軸121を介して油圧ポンプ124に入力されるとともに、出力伝達軸23を介してPTO変速機構130に入力される。出力伝達軸23は車両後方に延出されており、その後端には、伝動歯車64とPTO3速爪64aが配置されている。
出力伝達軸23の後方には、PTOクラッチ軸29が回転可能に支持されている。PTOクラッチ軸29は、出力伝達軸23と軸線を一致させて配置されている。PTOクラッチ軸29には、3枚のPTO変速歯車、即ち、PTO1速歯車61、PTO2速歯車62、及びPTO逆転歯車63が回転可能に支持される。
主軸25は、PTOクラッチ軸29と平行となるように配置され、回転可能に支持されている。主軸25には、4つの伝達歯車41,42,43,44が固定されている。出力伝達軸23に配置された伝動歯車64は、伝達歯車44に噛み合っている。従って、主軸25は、出力伝達軸23の回転に応じて回転する。
主軸25の伝達歯車41はPTO1速歯車61と噛み合い、伝達歯車42はPTO2速歯車62と噛み合っている。また、伝達歯車43は、回転可能に支持されたカウンタ歯車37と噛み合い、このカウンタ歯車37はPTO逆転歯車63と噛み合っている。この構成で、PTOクラッチ軸29に配置された後述の2つのPTOクラッチスライダ93,94がスライドすることにより、出力伝達軸23の動力を適宜変速してPTOクラッチ軸29に伝達することができる。
2つのPTOクラッチスライダ93,94は、PTOクラッチ軸29に対し、相対回転不能かつ軸方向スライド可能にスプライン嵌合されている。PTOクラッチスライダ93,94は、前記PTO変速レバーの操作により軸方向に移動させることができる。オペレータがPTO変速レバーを操作することで、PTOクラッチスライダ93がPTO3速爪64aに結合した状態と、PTOクラッチスライダ93がPTO逆転歯車63に結合した状態と、PTOクラッチスライダ94がPTO1速歯車61に結合した状態と、PTOクラッチスライダ94がPTO2速歯車62に結合した状態と、を切り換えて、3段階で変速された回転(又は、逆方向の回転)をPTOクラッチ軸29に得ることができる。PTOクラッチ軸29の回転は減速歯車91を介してPTO軸119に伝達され、作業機100を駆動することができる。
伝達軸48は、出力伝達軸23と平行となるように配置され、回転可能に支持されている。伝達軸48は、2つの歯車45,46を備える。
副変速軸35は、伝達軸48と平行となるように配置され、回転可能に支持されている。副変速軸35には、歯車59が相対回転可能に支持されている。伝達軸48に固定されている前記歯車45は、歯車59に噛み合っている。副変速軸35には、歯車付きの副変速シフタ92が、相対回転不能かつ軸方向スライド可能にスプライン嵌合されている。副変速シフタ92は、前記副変速レバーの操作により軸方向に移動させることができる。オペレータが副変速レバーを操作することで、副変速シフタ92が歯車59に形成された爪に結合した状態と、副変速シフタ92の歯車が伝達軸48の歯車46と噛み合う状態と、を切り換えて、2段階で変速された回転を副変速軸35に得ることができる。以上により、2段変速可能な副変速装置が構成されている。ただし、副変速シフタ92が歯車59の爪に結合せず、かつ、副変速シフタ92の歯車が歯車46に噛み合わない状態とした場合には、副変速軸35に動力は伝達されない。
副変速軸35には、3つの歯車20,49,19が固定されている。これらの歯車20,49,19は、副変速軸35と一体的に回転する。副変速軸35に伝達された動力は、上記の歯車20,49,19によって、後輪駆動系及び前輪駆動系にそれぞれ出力される。
後輪駆動系について説明する。ミッションケース109の後部には、後輪デフ装置66bが配置されている。副変速軸35の回転は、その後端に固定された円錐状の歯車20を介して後輪デフ装置66bに入力され、リアアクスルケース内の車軸、伝達歯車等を経由して後輪102を駆動する。
前輪駆動系について説明する。副変速軸35と平行となるように前輪駆動出力軸30が配置され、回転可能に支持されている。前輪駆動出力軸30には、駆動入力歯車50と、増速駆動入力歯車60と、がそれぞれ相対回転可能に支持されている。副変速軸35の歯車19は駆動入力歯車50と噛み合い、歯車49は増速駆動入力歯車60と噛み合っている。前輪駆動出力軸30には、後に詳述する2輪駆動・4輪駆動切換機構79が配置されている。2輪駆動・4輪駆動切換機構79は、駆動入力歯車50又は増速駆動入力歯車60の回転を前輪駆動出力軸30に伝達できるように構成されている。前輪駆動出力軸30の回転は、その前端に連結された前輪伝達軸14に伝達されるとともに、ユニバーサルジョイント等を介して前輪側のデフ装置66aに入力され、フロントアクスルケース内の車軸、伝達歯車等を介して前輪101を駆動する。
次に、油圧回路について簡単に説明する。エンジン105の駆動により図略の油圧ポンプが駆動され、この油圧ポンプによりパワーステアリング装置に作動油が送られて、ステアリングハンドル110の回動に連動した方向切換バルブの切換により、パワーステアリング装置のパワーステアリングシリンダが伸縮されて前輪を回動する。そして、パワーステアリング装置を経た作動油は、図示しない切換バルブを経て、2輪駆動・4輪駆動切換機構79に送られ、この切換機構を作動させることにより、前輪増速又は2輪駆動・4輪駆動の切換が行われる。
次に、本実施形態のトラクタに備えられる2輪駆動・4輪駆動切換機構79について、図5及び図6を参照して説明する。図5は、ミッションケース109に配置された2輪駆動・4輪駆動切換機構79において、4輪駆動の状態を示す側面断面図である。図6は、2輪駆動・4輪駆動切換機構79において、2輪駆動時の状態を示す側面断面図である。
なお、2輪駆動・4輪駆動切換機構79は、前輪増速の有無を切り換える機能も有している。これにより、例えば、4輪駆動状態での走行時において前輪101の切れ角が設定角度以上になったことが検出されると、後輪102の周速度よりも前輪101の周速度を増速する前輪増速駆動状態に自動的に切り換えられるような制御を行うことができる(自動切換モード)。これにより、車体の速やかな旋回を実現することができる。
図5に示すように、2輪駆動・4輪駆動切換機構79は、前輪駆動出力軸30と、駆動入力歯車50と、シリンダ部材80と、4駆クラッチピストン(ピストン)81と、爪プレート87と、バネ(付勢部材)83と、を主として備えている。更に、本実施形態の2輪駆動・4輪駆動切換機構79は、増速クラッチピストン82と、バネ84と、摩擦板60a,80dと、皿バネ98と、を備えている。
前輪駆動出力軸30は、前輪101に駆動力を伝達するものである。図4に示すように、前輪駆動出力軸30の前端は、前述の前輪伝達軸14に連結されている。前輪駆動出力軸30はミッションケース109の前下部に、出力伝達軸23、伝達軸48及びPTO軸119等に対して平行に(即ち、軸を前後方向に向けた状態で)、軸受を介して回転可能に支持されている。前輪駆動出力軸30の前端はミッションケース109より前方に突出している。
図5に示す駆動入力歯車50は、前輪101を後輪102と略同じ周速で駆動させる場合に、副変速軸35からの駆動力を前輪駆動出力軸30に入力するための歯車である。具体的には、駆動入力歯車50は軸受を介して前輪駆動出力軸30に回転可能に支持されており、副変速軸35の歯車19と噛み合っている。駆動入力歯車50は、概ね円筒形状であり、その軸方向一端部(後部)が径方向に拡大したフランジ状となっている。駆動入力歯車50のフランジ状の部分の外周には、歯車19の歯に対応する歯50fが形成されている。駆動入力歯車50の筒状部分の内側にはバネ83が収容されている。また、駆動入力歯車50の筒状部分の前端の外周には、複数(本実施形態では、3つ)の爪50aが周方向に等間隔で並んで形成されている。
増速駆動入力歯車60は、前輪101を後輪102に対して増速させた周速で駆動させる場合に、副変速軸35からの駆動力を前輪駆動出力軸30に入力するための歯車である。具体的には、増速駆動入力歯車60は軸受を介して前輪駆動出力軸30に回転可能に支持されており、副変速軸35の歯車49と噛み合っている。歯車49の径は歯車19の径よりも大きいため、増速駆動入力歯車60には、駆動入力歯車50よりも高速の回転が得られる。増速駆動入力歯車60は、概ね円筒形状であり、前端部の外周には、歯車49の歯に対応する歯が形成されている。増速駆動入力歯車60の後部の外周には、複数の摩擦板60aが相対回転不能に取り付けられている。増速駆動入力歯車60の筒状部分の内側にはバネ84が収容されている。
駆動入力歯車50と前輪駆動出力軸30の間には爪式クラッチ97が配置され、増速駆動入力歯車60と前輪駆動出力軸30の間には摩擦式クラッチ95が配置されている。爪式クラッチ97及び摩擦式クラッチ95は、それぞれ油圧アクチュエータにより接続/遮断を切り換えるように構成されている。即ち、駆動入力歯車50と増速駆動入力歯車60の間にはクラッチケースとなるシリンダ部材80が配置されており、このシリンダ部材80は前輪駆動出力軸30に相対回転不能に固定されている。シリンダ部材80は、内筒80aと外筒(筒部)80bとを有する2重円筒状に形成されるとともに、内筒80aと外筒80bとが、軸線方向に対して垂直に延びる(言い換えれば、前輪駆動出力軸30から径方向外側に延びる)リング状の仕切壁80eによって接続されている。そして、シリンダ部材80の内筒80aが、前輪駆動出力軸30に対して相対回転不能に固定されている。
内筒80aと外筒80bとの間の空間は、板状(フランジ状)に形成された仕切壁80eによって2つに区画されている。そして、仕切壁80eによって仕切られた2つの空間のうち、駆動入力歯車50に近い側(後側)の空間に4駆クラッチピストン81が軸方向スライド可能に配置され、増速駆動入力歯車60に近い側(前側)の空間に増速クラッチピストン82が軸方向スライド可能に配置されている。これにより、仕切壁80eの後方側に油圧駆動による爪式クラッチ97が構成され、仕切壁80eの前方側に油圧駆動による摩擦式クラッチ95が構成されている。
4駆クラッチピストン81は、図5に示すようにリング状に構成されており、作用部81aと、内筒部81bと、外筒部81cと、を備える。
作用部81aは、リング板状に形成されており、仕切壁80eと軸方向で対向するように配置されている。作用部81aにおいて仕切壁80eと近い側の面は、4駆クラッチピストン81を押すために作動油の圧力が作用する作用面となっている。即ち、前輪駆動出力軸30に形成されている油路を経由してシリンダ部材80の内部に作動油が供給されると、作用部81aが押され、この結果、4駆クラッチピストン81が仕切壁80eから離れる向きに駆動される。一方、仕切壁80eからみて作用部81aより遠い側には、作動油の圧力で押されるのに抗する向き(仕切壁80eに近づける向き)に4駆クラッチピストン81を付勢するためのバネ83が配置されている。
内筒部81bは、略円筒状に形成されており、作用部81aの径方向内側の縁部から軸方向一側に延びるように一体的に形成されている。内筒部81bは、シリンダ部材80の内筒80aの外側に配置され、内筒80aとの間で液密性を保ちつつ軸方向に移動することができる。
外筒部81cは、内筒部81bより径が大きい略円筒状に形成されており、作用部81aの径方向外側の縁部から軸方向一側に延びるように一体的に形成されている。外筒部81cは、シリンダ部材80の外筒80bの内側に配置され、外筒80bとの間で液密性を保ちつつ軸方向に移動することができる。
4駆クラッチピストン81の外筒部81cには、爪プレート87が取り付けられている。後述するように、爪プレート87は、4駆クラッチピストン81に対して相対回転不能かつ軸方向スライド不能に取り付けられている。また、爪プレート87は、シリンダ部材80の外筒80bに対して相対回転不能に構成されている。これにより、4駆クラッチピストン81のシリンダ部材80に対する相対回転が規制されている。
爪プレート87には径方向内側に突出するように第1爪87aが形成されており、この第1爪87aは、駆動入力歯車50が備える爪50aと噛み合うことができる。
また、爪プレート87の径方向外側部には第2爪87bが形成されており、この第2爪87bは、シリンダ部材80の外筒80bの内周面に形成されたスプライン状の溝80cに噛み合っている。従って、爪プレート87は、シリンダ部材80に対して相対回転不能かつ軸方向スライド可能となっている。
この構成で、4駆クラッチピストン81に油圧が作用していないときは、4駆クラッチピストン81がバネ83により仕切壁80eに近づく向きに押されるので、図5に示すように、駆動入力歯車50の爪50aが爪プレート87の第1爪87aと噛み合う。その結果、駆動入力歯車50の動力が、爪プレート87の第2爪87bからシリンダ部材80を介して前輪駆動出力軸30に伝達される(4輪駆動)。一方、4駆クラッチピストン81に油圧を作用させると、4駆クラッチピストン81が仕切壁80eから離れる向きに押されるので、図6に示すように爪プレート87が軸方向に変位して、駆動入力歯車50の爪50aと爪プレート87の第1爪87aとの噛合いが解除される。この結果、駆動入力歯車50の動力が前輪駆動出力軸30に伝達されなくなる(2輪駆動)。
増速クラッチピストン82は、図5に示すようにリング状に形成されている。増速クラッチピストン82において仕切壁80eと近い側の面は、増速クラッチピストン82を押すために作動油の圧力が作用する作用面となっている。即ち、前輪駆動出力軸30に形成されている油路を経由してシリンダ部材80の内部に作動油が供給されると、増速クラッチピストン82が押され、この結果、増速クラッチピストン82が仕切壁80eから離れる向きに駆動される。仕切壁80eからみて増速クラッチピストン82より遠い側には、作動油の圧力で押されるのに抗する向き(仕切壁80eに近づける向き)に増速クラッチピストン82を付勢するためのバネ84が配置されている。
シリンダ部材80の外筒80bには、複数の摩擦板80dが相対回転不能に取り付けられている。摩擦板80dは、増速駆動入力歯車60に取り付けられた摩擦板60aと交互に配置されている。
この構成で、増速クラッチピストン82に油圧が作用していないときは、増速クラッチピストン82がバネ84により仕切壁80eに近づく向きに押されるので、摩擦板60a,80d同士が圧接されない。従って、増速駆動入力歯車60の動力は前輪駆動出力軸30に伝達されない(2輪駆動)。一方、増速クラッチピストン82に油圧を作用させると、仕切壁80eから離れる向きに押される増速クラッチピストン82が、摩擦板60a,80d同士を相互に軸方向に圧接する。この結果、摩擦板60a,80dが摩擦結合するので、増速駆動入力歯車60の動力が、シリンダ部材80を介して前輪駆動出力軸30に伝達される(前輪増速駆動)。
次に、4駆クラッチピストン81及び爪プレート87の詳細な構成について、図7から図10を参照して詳細に説明する。図7(a)は、4駆クラッチピストン81の背面図である。図7(b)は、図7(a)におけるB−B線断面図である。図8(a)は、爪プレート87を単独で示す図である。図8(b)は、3つの爪プレート87が4駆クラッチピストン81に取り付けられる様子を示す図である。図9(a)は、爪プレート87が取り付けられた状態の4駆クラッチピストン81を示す背面図である。図9(b)は、図9(a)におけるB−B線断面図である。図10は、図5におけるA−A線端面図である。
図7に示すように、4駆クラッチピストン81が備える外筒部81cの外周面には、周方向に細長い取付溝81dが形成されている。この取付溝81dは、径方向外側を開放させるように構成されている。
また、外筒部81cには、取付溝81dの溝底を外筒部81cの内側と繋ぐように、径方向に貫通した形状の差込部81eが複数形成されている。本実施形態では、外筒部81c(取付溝81d)を周方向で複数に分割するように、3つの差込部81eが周方向に等間隔で(具体的には120°おきに)形成されている。また、それぞれの差込部81eは、軸方向一側を開放させるように外筒部81cに形成された切欠として構成されている。
図8に示す爪プレート87は、前記取付溝81dに装着されるものである。図8(a)に示すように、本実施形態の爪プレート87は、120°に相当する角度の円弧をなしている、所定の幅を有する板材である。爪プレート87の内径は、取付溝81dの溝底の部分の径と略同じ寸法に構成される。また、爪プレート87の厚みは、取付溝81dの溝幅と略同じに構成される。
図8(a)に示すように、爪プレート87の周方向中央部分には、径方向内側に向かって突出する第1爪87aが形成されている。この第1爪87aは、外筒部81cに形成された前記差込部81eに差込可能に構成されている。
更に、爪プレート87の外縁には、径方向外側に向かって突出する第2爪87bが周方向に並んで形成されている。
上記のように構成した爪プレート87は、図8(b)に示すように、その第1爪87aを4駆クラッチピストン81(外筒部81c)の差込部81eに径方向外側から差し込むようにして、取付溝81dに取り付けることができる。本実施形態では、同一形状の爪プレート87を複数(3つ)用意し、4駆クラッチピストン81の外周の全周を等分割して取り囲むように取り付けている。
このように構成することで、複数の爪プレート87のそれぞれを4駆クラッチピストン81の径方向の外側から取付溝81dに差し込むことにより、爪プレート87を4駆クラッチピストン81に容易に取り付けることができる。
このとき、爪プレート87は取付溝81dの内部に差し込まれるため、爪プレート87の軸方向の移動は、取付溝81dの内壁によって規制される。
また、爪プレート87の第1爪87aは4駆クラッチピストン81の差込部81eに差し込まれて、外筒部81cの内周面から径方向内側に更に突出し、この突出部分が駆動入力歯車50の爪50aに接触可能に構成されている(図10を参照)。第1爪87aは、差込部81eの内壁と接触することで、4駆クラッチピストン81に対する爪プレート87の相対回転を規制する。即ち、(駆動入力歯車50の爪50aと接触して動力を入力するための)第1爪87aが、爪プレート87の4駆クラッチピストン81に対する回転止めの機能も発揮することになるので、構成を簡素化することができる。
上記のように爪プレート87を4駆クラッチピストン81に組み付けた状態でシリンダ部材80の外筒80bの内部に収容すると、爪プレート87の径方向外側への移動がシリンダ部材80の外筒80bによって規制される(図5及び図10を参照)。このようにして2輪駆動・4輪駆動切換機構79を組み立てることで、爪プレート87を4駆クラッチピストン81の取付溝81dから脱落することなく保持することができる。
また、本実施形態では、3つの爪プレート87の形状が同一になっているので、3つの爪プレート87を簡単に製造することができる(本実施形態では、1つのプレス金型で金属板を打ち抜くことにより3つの爪プレート87を製造している)。この結果、製造コスト及び工数を低減することができる。
このように、本実施形態の構成によれば、溶接等の高コストな方法を用いることなく、径方向内側に突出する複数の第1爪87aと、径方向外側に突出する複数の第2爪87bと、が4駆クラッチピストン81に対して相対回転不能かつ軸方向移動不能となる構成を実現することができる。この結果、2輪駆動・4輪駆動切換機構79に備えられる爪式クラッチ97の低コスト化を良好に実現することができる。
以上で説明したように、本実施形態のトラクタは、前輪駆動出力軸30と、駆動入力歯車50と、シリンダ部材80と、4駆クラッチピストン81と、バネ83と、を備える。前輪駆動出力軸30は、前輪101に駆動力を伝達する。駆動入力歯車50は、前記前輪駆動出力軸30に回転可能に支持され、変速のための軸である副変速軸35と一体的に回転する歯車19と噛み合う。シリンダ部材80は、前輪駆動出力軸30から径方向外側に延びる仕切壁80eを有し、前輪駆動出力軸30に固定される。4駆クラッチピストン81は、シリンダ部材80に対する相対回転が規制された状態でシリンダ部材80に収容される。バネ83は、4駆クラッチピストン81を仕切壁80eに近づける向きに付勢する。トラクタは、2輪駆動・4輪駆動切換機構79を備える。2輪駆動・4輪駆動切換機構79は、4駆クラッチピストン81を軸方向に移動させることにより、4駆クラッチピストン81の駆動入力歯車50に対する相対回転を規制して、副変速軸35からの駆動力を歯車19、駆動入力歯車50、4駆クラッチピストン81、及びシリンダ部材80を介して前輪駆動出力軸30に伝達する状態と、4駆クラッチピストン81の駆動入力歯車50に対する相対回転が可能な状態と、を爪式クラッチ97により切り換える。駆動入力歯車50は、周方向に並べられた複数の爪50aを備える。4駆クラッチピストン81の外周には、周方向に延びる取付溝81dが形成される。取付溝81dに、駆動入力歯車50の爪50aに対応する第1爪87aが形成された爪プレート87が、4駆クラッチピストン81に対して相対回転不能となるように差し込まれる。駆動入力歯車50の爪プレート87と第1爪87aとが接触することにより、4駆クラッチピストン81の駆動入力歯車50に対する相対回転が規制される。
これにより、4駆クラッチピストン81の外周の取付溝81dに爪プレート87を差し込むことで、4駆クラッチピストン81を、駆動入力歯車50から4駆クラッチピストン81への駆動力の伝達/遮断を切り換えるクラッチとして、ひいては2輪駆動・4輪駆動切換用のクラッチとして用いることができる。従って、ピストンに爪プレート(複数の爪を有するプレート)を溶接等により固定する構成と比べて、低コストで爪式クラッチ97を構成することができる。
また、本実施形態のトラクタにおいて、爪プレート87は、第2爪87bを更に備える。第1爪87aは、爪プレート87の径方向内側に突出するように形成される。第2爪87bは、爪プレート87の径方向外側に突出するように形成される。そして、シリンダ部材80には、第2爪87bに対応する溝80cが形成される。
これにより、爪プレート87に第1爪87a及び第2爪87bの両方が形成されているため、爪プレート87を4駆クラッチピストン81の外周の取付溝81dに取り付けるだけで、駆動入力歯車50に対しても、シリンダ部材80に対しても、4駆クラッチピストン81の相対回転を規制することができる。
また、本実施形態のトラクタにおいて、爪プレート87は、4駆クラッチピストン81の外周を分割して取り囲むように複数備えられる。
これにより、複数の爪プレート87のそれぞれを4駆クラッチピストン81の径方向外側から取付溝81dに差し込むことができ、爪プレート87の4駆クラッチピストン81への取付けが容易となる。
また、本実施形態のトラクタにおいては、第1爪87aが、爪プレート87の4駆クラッチピストン81に対する回転を規制している。
これにより、回転止めのための別途の部材を設けることなく、爪プレート87の4駆クラッチピストン81に対する回転を規制することができ、部品点数を少なく抑えることができる。
また、本実施形態のトラクタにおいて、シリンダ部材80は、4駆クラッチピストン81の径方向外側に配置される外筒80bを備える。爪プレート87が外筒80bの内側に収容されることにより、爪プレート87が取付溝81dから脱落しないように保持されている。
これにより、特別な部材を設けることなく、爪プレート87を4駆クラッチピストン81の取付溝81dに差し込まれた状態で保持することができ、部品点数を少なく抑えることができる。
また、本実施形態のトラクタにおいては、取付溝81dの一部には、溝底を貫通するように差込部81eが形成される。前記差込部81eに第1爪87aが差し込まれる。
これにより、簡単な構成で、爪プレート87を4駆クラッチピストン81に対して位置決めして相対回転不能に取り付けることができる。
また、本実施形態のトラクタにおいては、複数の同一形状の爪プレート87が、4駆クラッチピストン81の外周を等分割して全周を取り囲むように取り付けられる。
これにより、複数の爪プレート87の形状を共通化することができ、製造コストを抑えることができる。
以上に本発明の好適な実施の形態を説明したが、上記の構成は例えば以下のように変更することができる。
上記の実施形態においては、歯車19が変速のための軸である副変速軸35に固定されている。しかしながら、これに代えて、歯車19が副変速軸35に一体的に形成されるものとしても良い。
上記の実施形態においては、変速のための軸である副変速軸35の回転動力が駆動入力歯車50に伝達される。しかしながら、これに代えて、伝達軸48の回転動力が駆動入力歯車50に伝達されることとしても良い。
上記の実施形態においては、2輪駆動・4輪駆動切換機構79は、前輪増速、2輪駆動、4輪駆動の切換を行うことができるように構成されている。しかしながら、上記の摩擦式クラッチ95を省略して、2輪駆動・4輪駆動のみの切換が行われるものとしても良い。その場合、例えば、仕切壁80eをシリンダ部材80の前端に配置することができる。
上記の実施形態においては、シリンダ部材80の外筒80bには、爪プレート87の第2爪87bに対応する複数の有底状の溝80cがスプライン状に形成されている。しかしながら、上記の溝が、外筒80bを径方向に貫通するように変更しても良い。
上記の実施形態においては、複数の爪プレート87は、4駆クラッチピストン81の外周の全周を等分割して取り囲むように、当該4駆クラッチピストン81に取り付けられている。しかしながら、必ずしもこれに限るものではなく、例えば爪プレート87のそれぞれを異なる角度の円弧状に構成し、これらを合わせたものが4駆クラッチピストン81の外周の全周を取り囲むように構成しても良い。
差込部81eは、上記の実施形態のように軸方向一側を開放させた切欠とすることに代えて、径方向の貫通孔として構成しても良い。
爪プレート87は、上記の実施形態のように3つ設けられることに代えて、2つ又は4つ以上設けても良い。
本発明は、トラクタ以外の作業車両(例えば、田植機等)に適用することもできる。