以下、添付図面を参照して本発明の実施の形態を詳細に説明する。
まず、図1を参照して、固体潤滑転がり軸受の一用途であるフィルム延伸機のテンタクリップの概略構造を説明する。
すでに述べたように、テンタクリップは、無限軌道のガイドレール2に沿って移動するもので、フレーム4と、フィルム100(図13参照)を保持するクリップ8と、フレーム4に回転自在に支持された複数の軸受10とを具備する。このテンタクリップは図示しないチェーン等で駆動されて走行する。その際、各軸受10の外輪がガイドレール2上を転動することにより、テンタクリップの移動方向がガイドレール2で案内され、クリップ部8で保持されたフィルムの延伸が行われる。軸受外輪の外周に固定したリング状の別部材をガイドレール2上で転動させる場合もある。
上記軸受10に固体潤滑転がり軸受(以下、単に軸受ということもある)を使用することができる。図2及び図3に示す固体潤滑転がり軸受10Aは、軸受形式が深溝玉軸受の場合の例であり、主要な構成要素として、内輪20、外輪30と、玉40と、セパレータ50と、シール部材70を含んでいる。なお、図2は、図3のセパレータ50を通る断面を示している。
内輪20は外周に軌道面22を有し、外輪30は内周に軌道面32を有し、内輪20の軌道面22と外輪30の軌道面32との間に複数の玉40を配置し、隣り合った玉40と玉40の間にセパレータ50を介在させてある。ここでは6個の玉40と3個のセパレータ50が存在する(図3)。この軸受10は、内輪20の内周面24をフレーム4(図1)に設けた固定軸6とはめ合わせ、外輪30の外周面34はガイドレール2(図1)上を転動する転動面となる。
シール部材70は、内輪20と外輪30との間の空間を軸方向両側でシールする役割を果たし、ここではシールド板の形態をしている。このシールド板70は、外周を外輪30の内周面に形成した周溝に圧入し、内周は内輪20の外周面に近接して非接触シールを形成する。なお、高温環境で使用する軸受以外では、シール部材70として、内周で内輪20の外径面26に接触する接触シールタイプを使用することもできる。
内輪20と外輪30と玉40は鋼製で、たとえばSUS440C等のマルテンサイト系ステンレス鋼で形成される。玉40はセラミックス製であってもよく、その場合、たとえば窒化ケイ素を使用することができる。玉40をセラミックスで形成しない場合には、その表面にグラファイト等の固体潤滑材料からなる被膜を形成するのが好ましい。玉40の材料に鋼よりも比重が小さいセラミックスを採用することにより、遠心力が小さくなり、セパレータ50を外径側に押し付ける力も小さくなる。したがって、後述するセパレータ50と外輪30との接触を防止する手段による作用と相まって、セパレータ50の摩耗抑制に貢献する。シールド板70は鋼製で、たとえば耐食性に優れるSUS304等のオーステナイト系ステンレス鋼で形成するのが好ましい。
セパレータ50は固体潤滑剤で形成されている。固体潤滑剤に関しては後に詳しく述べる。セパレータ50の形状は任意であるが、ここでは、図3に示すように、セパレータ50の内周面52と外周面54とが互いに同軸の部分円筒状で、内周面52は内輪20の外径面26と対向し、外周面54は外輪30の外周面36と対向する。さらに、図9に示す変形例のように、セパレータ50Aの外周面54の円周方向中央領域に平坦面56を形成してもよい。
セパレータ50の半径方向の肉厚は、内輪20の外周面すなわち、軌道面22に隣接する肩面26の半径と、外輪30の内周面すなわち、軌道面32に隣接する肩面36の半径との差よりもわずかに小さい。また、セパレータ50の軸方向寸法は、軌道面22、32の軸方向寸法よりも大きい。図2に即して述べるならば、セパレータ50の軸方向両端は、軌道面22、32を超えて肩面26、36に及んでいる。したがって、軸受回転中、セパレータ50の軸方向両端部が内輪20の肩面26及び外輪30の肩面36と接触し得る。
<規制部材の基本構造>
軸受10Aは、主要な構成要素としてさらに規制部材60を備えている。次に、この規制部材60について、図4及び図5に基づいて説明する。
複数の規制部材60が、内輪20と外輪30との間の環状空間に円周方向に連続的に、相互間で相対移動可能に、配列してある。規制部材60は、セパレータ50と、そのセパレータ50をはさんだ2個一組の玉40を、円周方向両側から保持して互いに離反する向きへの相対移動を規制する働きをするもので、かかる作用を担保するために、各規制部材60は、次のような構成を備えている。すなわち、各規制部材60は、側壁63と仕切り壁65を有し、側壁63は、円弧状で、軸受の円周方向に延び、円周方向の両端は軸受の半径方向に延びており、仕切り壁65は、側壁63の両端から軸受の軸方向に延びている。規制部材60は、一対の仕切り壁65間に、一組の玉40とセパレータ50を収容する。
規制部材60は、図5からよく分かるように、互いに一体的に形成された基部62と規制部64とからなり、図4の展開図ではコ字形又はみぞ形鋼(チャンネル)の形状を呈している。図4に示すように、規制部64の軸方向長さLは、玉40の直径Dbよりもわずかに大きく(L>Db)、セパレータ50の軸方向寸法Pよりもわずかに大きい(L>P)。
この規制部材60では、基部62の内側面が上記の側壁63となり、規制部64の内側面が上記の仕切り壁65となる。側壁63及び仕切り壁65は、玉40及びセパレータ50と接する面であるが、曲率を持たない平坦面である。
規制部材60は、たとえば金属薄板からプレス加工により製作することができる。規制部材60の厚さは0.1mm〜1.0mm程度であるが、図2〜図4は、理解を容易にするため、規制部材60の厚さを誇張して描いてある。規制部材60の材料は任意に選択することができる。具体例を挙げるならば、ステンレス鋼などの鉄系材料、これら鉄系材料を母材として耐食性確保のためにクロムメッキ等の表面処理を施したもの等々である。そのほか、固体潤滑剤で規制部材60を形成することもできる。
図2及び図3から分かるように、規制部材60の基部62は内輪20の外径面26と外輪30の内径面36との間で軸受の円周方向に延び、したがって、軸受の回転中心に対して垂直である。規制部64は基部62の円周方向の両端部から内輪20と外輪30との間で軸受の軸方向に延び、したがって、規制部64は玉40の公転軌跡と交差する。規制部材60の一対の規制部64の間には、少なくとも1個の玉40と少なくとも1個のセパレータ50を配置する。図示した実施の形態は、規制部材60の2つの規制部64の間に2個の玉40を配置し、それらの間に1個のセパレータ50を配置した例、つまり2個の玉40と1個のセパレータ50を一組とした例である。規制部材60の一対の規制部64間の周方向寸法は、その間に収容した玉40及びセパレータ50のわずかな周方向移動を許容する程度に設定する。
規制部材60は、円周方向に複数、好ましくは3個以上配置する。図3は3個配置した例である。すべての規制部材60は同一の形状、寸法とする。隣接する規制部材60の規制部64間には玉40もセパレータ50も配置せず、規制部64同士を円周方向で対向させる。つまり、すべての玉40及びセパレータ50がいずれかの規制部材60の規制部64間すなわち仕切り壁65に配置されることになる。隣接する規制部材60同士は非連結の状態にあり、隣り合う規制部材60の規制部64同士の間には円周方向の微小隙間αが存在する(図4参照)。
図2及び図3から分かるように、軸受の半径方向における規制部材60の寸法は、内輪20の外径面(肩面)26の半径と外輪30の内径面(肩面)36の半径との差よりもわずかに小さい。したがって、基部62の内径側端縁と外径側端縁はそれぞれ内輪20の外径面26及び外輪30の内径面36に近接している。本実施の形態では、基部62の内径側端縁と内輪20の外径面26との間の隙間を、基部62の外径側端縁と外輪30の内径面36との間の隙間よりも小さくしてある。隣接する規制部材60間の微小隙間αは、基部62の内周が内輪20の外径面26と非接触となるように定めることができるが、特に問題がなければ、規制部材60の回転中に基部62の内径側端縁と内輪20の外径面26が一時的に接触するような設定としても構わない。
なお、図2では、基部62を厚肉に描いてあるため、基部62の外径側端縁は外輪30の内径面36とは非接触すなわち、シールド板70と接触して外輪30の内径面36と接触するに至らない。しかし、基部62を薄肉にすることにより、基部62の外周を外輪30の内径面36と接触させるようにすることもできる。
規制部材60は、図4から分かるように、基部62を軸受10Aの軸方向の一方側に配置して、内輪20と外輪30との間に組み込み、側壁63を玉40及びセパレータ50よりも軸方向の外側に位置させる。なお、規制部材60は、図示するようにすべて同じ向きにするほか、たとえば交互に向きを変えることも可能である。規制部材60の組み込みは、内輪20と外輪30との間に玉40及びセパレータ50を組み込む前に行ってもよく、あるいは、これらを組み込んだ後に行ってもよい。玉40とセパレータ50と規制部材60の組み付け完了後、外輪30の周溝にシールド板70を圧入することにより、図2に示す軸受10Aが完成する。
規制部材60は軸方向の一方に向かって開口しているが、完成した軸受10Aにおいては、規制部材60の外側にシール部材70が存在するため、規制部材60並びに規制部材60内の玉40及びセパレータ50が軸受10Aから脱落することはない。規制部材60の開口側(図2の右側)にセパレータ50が移動するのを規制するために、外輪30又は内輪20にリング状の部材を取り付け、この部材を右側のシールド板70と規制部64の先端との間に配置してもよい。
次に、セパレータ50を構成する固体潤滑剤の例について述べる。
図10は、固体潤滑剤のミクロ組織を拡大して示した模式図である。図示するように、固体潤滑剤11は多孔質体であって、炭素材粒子12と、黒鉛粒子13と、これらの粒子12、13間に介在するバインダー成分14と、気孔15とを有する。炭素材粒子12は、隣接する炭素材粒子12同士が互いに結合した骨格構造を形成している。バインダー成分14及び黒鉛粒子13は、炭素材粒子12の骨格構造内に保持されている。
この固体潤滑剤11は、炭素材粉と、黒鉛粉と、バインダーとを含む粉末を成形型に充填し、所定形状に成形してから型から取り出し、焼成することで製造される。
本実施の形態では、炭素材粉として、非晶質で、かつ、自己焼結性すなわちそれ自身で結合することができる特性を有する炭素材の粉末を使用する。この炭素材粉は、非晶質であるから結晶質の黒鉛粉とは異なり、また、自己焼結性を有するために、自己焼結性を有しない炭素繊維等とも異なる。この条件にあてはまる炭素材粉の一例として、コークス粉あるいはピッチ粉を挙げることができる。ピッチ粉としては、石油系及び石炭系のいずれも使用可能である。
また、黒鉛粉としては天然黒鉛粉及び人造黒鉛粉のいずれも使用可能である。天然黒鉛粉は鱗片状をなし、潤滑性に優れる。一方、人造黒鉛粉は成形性に優れる。したがって、必要とされる要求特性に応じて天然黒鉛粉と人造黒鉛粉を選択して採用する。ちなみに黒鉛粉は焼成前後を問わず結晶質である。バインダーとしてはたとえばフェノール樹脂を使用することができる。
上述の炭素材粉及び黒鉛粉はバインダーを加えて造粒される。これにより、図11に示すように、炭素材粉12'及び黒鉛粉13'をバインダー14'で保持した造粒粉Pが製造される。炭素材粉12'及び黒鉛粉13'はサイズの小さい細粉であり、そのままでは流動性が悪く、成形型にスムーズに充填できないため、造粒が行われる。造粒粉Pを粉砕し、次いで篩掛けすることで、粒度600μm以下(平均粒径100μm〜300μm)の造粒粉Pが選別される。
このようにして得た造粒粉を成形型に供給し、加圧して圧粉体を成形する。このとき、圧粉体中の炭素材粉12'と黒鉛粉13'とバインダー14'の割合(重量比)は、炭素材粉12'が最も多く、バインダーが最も少ない。具体的には、炭素材粉12'を50wt%〜60wt%、黒鉛粉13'を25wt%〜40wt%含有し、残りをバインダー14'及び不可避的不純物とする。
その後、この圧粉体を焼成することで、図10に示す固体潤滑剤11を製造することができる。焼成は、雰囲気ガスとして窒素ガス等の不活性ガスを使用し、焼成温度を900℃〜1000℃に設定して行われる。焼成により、炭素材粉12'は非晶質の無定形炭素である炭素材粒子12となり、黒鉛粉13'は結晶質の黒鉛粒子13となる。また、バインダー14'は非晶質の無定形炭素であるバインダー成分14となる。焼成後の固体潤滑剤11の密度は1.0g/cm3〜3.0g/cm3とするのが好ましい。密度が下限値を下回ると欠けが生じやすくなり、逆に密度が上限値を上回ると成形時の寸法のばらつき、特に圧縮方向の寸法のばらつきが大きくなるためである。
このように、固体潤滑剤11は、炭素材粉及び黒鉛粉をバインダーで造粒し、この造粒粉を成形及び焼成することで形成するのが好ましい。固体潤滑剤11の炭素材粉及び黒鉛粉はいずれも細粉であり、そのままでは見かけ密度が低いために流動性が低く、成形型に粉末をスムーズに充填することができない。これを改善するためには、炭素材粉及び黒鉛粉をバインダーで造粒し、この造粒粉を用いて圧粉体を成形するのが好ましい。
図12は、黒鉛を主成分とした、特許文献1記載の固体潤滑剤のミクロ組織を示すものである。同図に示すように、従来の固体潤滑剤では、黒鉛粒子13は個々に独立して存在しており、黒鉛粒子13相互間が結合されていない。また、バインダー成分も黒鉛粒子13を保持しているにすぎず、黒鉛粒子13とバインダー成分14は結合されていない。そのため、材料強度が低くなり、また黒鉛粒子の脱落も生じやすくなる。なお、図12中の符号16はタングステン等の添加物を示す。
これに対し、上述の固体潤滑剤11は、炭素材粒子12が母材として機能し、炭素材粒子12同士が結合した骨格構造を形成している。また、バインダー成分14も非晶質で自己焼結性を有するため、炭素材粒子12とバインダー成分14も結合した状態にある。さらに焼成後の炭素材粒子12が硬いこともあり、焼成後の固体潤滑剤11は高硬度となる。そのため、固体潤滑剤11は高い材料強度と硬度を有するようになる。また、黒鉛粒子13の脱落も生じにくくなる。したがって、高い潤滑性を保持しつつ、耐衝撃性及び耐摩耗性に優れた固体潤滑剤を得ることができる。
ちなみに、上述の固体潤滑剤11は、ショア硬さ50HSC〜100HSC程度に達し、特許文献1に記載されている既存の、ショア硬さ10HSC〜15HSC程度の固体潤滑剤よりもはるかに硬い。この硬さゆえに、固体潤滑剤11は機械加工で後加工を行うこともできる。また、固体潤滑剤11は曲げ強度40MPa〜100MPaであり、既存の固体潤滑剤の曲げ強度よりも数倍〜数十倍大きくなる。さらに、比摩耗量も1.0〜2.5×10-7mm3/(N・m)であり、既存固体潤滑剤と比べて100分の1の比摩耗量となる。したがって、転がり軸受の内部に配置する固定潤滑剤として使用することで、軸受寿命を延長することができる。
炭素材粒子12の骨格構造を、FeやCu等の金属粒子同士を結合した骨格構造と置き換えたものを想定することもできるが、かかる構成では、酸化により脆くなりやすい。また、高温環境下で材料が軟化するため、材料強度及び硬度の双方が低下し、固体潤滑剤としての使用が困難となる。これに対し、炭素材粒子12の骨格構造を採用することで、酸化や高温環境下の材料の軟化が生じにくくなり、これらの不具合を回避することができる。
上記の固体潤滑剤で使用される炭素材粉は、非晶質という点で結晶質である黒鉛とは異なり、自己焼結性を有するという点で、自己焼結性を有しない炭素繊維等と異なる材料である。このような非晶質でかつ自己焼結性を有する炭素材粉に該当するものとして、ピッチ粉やコークス粉を挙げることができる。このような炭素材粉は焼成により粉末自体が硬質化されることに加え、焼成後は、その自己焼結性から、隣接する炭素材粒子同士が互いに結合した骨格構造を形成する。この骨格構造に保持されるため、黒鉛粒子も脱落しにくくなる。そのため、材料強度を増すことができ、固体潤滑剤の耐衝撃性や耐摩耗性が向上する。
セパレータを上記の固体潤滑剤で形成することで、セパレータの摩耗や欠けを抑制することができる。仮にセパレータのサイズが摩耗等で小さくなっても、各転動体の円周方向の移動範囲が規制部材で規制されているため、すべての転動体が円周方向の一部領域に偏在するような事態を防止することができる。そのため、長期運転後も外輪と内輪が分離することはなく、軸受が意図せず分解する事態を防止することができる。
上記固体潤滑転がり軸受によれば、固体潤滑剤の材料強度と硬度が高められる。そのため、固体潤滑剤の耐衝撃性や耐摩耗性が向上し、固体潤滑剤による潤滑機能を長期間維持することができる。また、固体潤滑剤の摩耗や欠けによる軸受の回転ロックや意図しない分解を長期間安定して防止することもできる。以上の効果が相乗的に作用することで、固体潤滑軸受の大幅な長寿命化が可能となる。
固体潤滑剤11には、必要に応じて他の組成物を添加することができる。たとえばW、Mo、MoS2のうち、いずれか一種又は二種以上添加することで、耐摩耗性を向上させることができる。また、高温環境下では黒鉛の潤滑性の低下による耐摩耗性の低下が問題となるが、これらを配合することで耐摩耗性の低下を補うこともできる。一方、配合量が多すぎると材料強度が低下する。そのため、これらの配合量としては、1.0vol%〜8.0vol%が適切である。
また、焼成後の耐摩耗性をさらに向上させるため、固体潤滑剤11にカーボンファイバーやカーボンナノチューブを添加することもできる。その一方で、これらが多すぎると成形性が悪くなる。したがって、これらの配合量としては、10wt%以下が適切である。
また、固体潤滑剤を、グラファイト、二硫化タングステン等の層状物質、金、鉛等の軟質金属材、又は、PTFEやポリイミド等の高分子材料若しくはこれらを主成分とする複合材から形成することもできる。
軸受10Aにおいて、軸受の回転中は、自転及び公転する玉40がセパレータ50及び規制部材60と滑り接触し、セパレータ50が削り取られて固体潤滑剤粉が発生する。この固体潤滑剤粉が内輪20の軌道面22や外輪30の軌道面32等に転着することで、潤滑油やグリースが存在しない環境下でも軸受10Aの潤滑が安定して行われる。耐摩耗性に優れる上記固体潤滑剤11でセパレータ50を形成することで、その早期摩耗を防止して、固体潤滑剤11による潤滑効果を長期間維持することができる。また、軸受の運転中はセパレータ50に玉40が衝突するようになるが、セパレータ50が摩耗等により薄くなっていても、耐衝撃性に優れた上記固体潤滑剤11を使用することで、かかる衝突によるセパレータ50の破損を防止することもできる。このようにして、軸受の軸受寿命を延長することができる。
また、セパレータ50のサイズが摩耗等により小さくなった場合でも、玉40の円周方向の移動範囲が規制部材60で規制されているため、すべての玉40が円周方向の一部領域に片寄ってしまうことを防止できる。そのため、長期運転後も内輪20と外輪30の間から玉40が脱落することはなく、軸受が意図せず分解するような事態を回避することができる。特に実施の形態のように、3以上の規制部材60を使用することにより、すべての玉40が180°以内の領域に移動することは理論的にありえず、そのために上記の不具合を確実に防止することができる。
また、規制部材60は、相互間であらゆる方向(軸受の軸方向、円周方向、半径方向)に独立して相対移動可能である。したがって、セパレータ50の摩耗が進行していない初期の段階でも、玉40と、規制部材60の内側面すなわち側壁63及び仕切り壁65との間の隙間の大きさをフレキシブルに変動させることができる。そのため、この隙間にたまった固体潤滑剤粉の排出が促進され、隙間に固体潤滑剤粉が充満して回転ロックに至るといった事態を回避することができる。固体潤滑剤粉の隙間からの排出促進効果は、上述のとおり側壁63及び仕切り壁65を曲率のない平坦面とすることによってさらに助長される。
また、特許文献2に記載されているようなリベット等の連結部材が不要となるので、円周方向で連結部材の設置スペースを確保する必要がない。そのため、より多くの玉40を組み込むことが可能となり、軸受の基本定格荷重が高まる。さらに、規制部材60同士の連結作業が不要となるので、軸受組立時の作業工数を削減し、低コスト化が達成できる。
さらに、規制部材60の基部62の内径側端縁及び外径側端縁を内輪20の外径面26や外輪30の内径面36に近接させているため、玉40とセパレータ50の接触で生じた固体潤滑剤粉を基部62でせき止め、軌道面22、32付近にとどめることができる。そのため、軸受外への固体潤滑剤粉の漏れ出し、特に図2の左側への漏れ出しを確実に防止することができる。
また、全規制部材60を同一の形状、寸法としているので、規制部材60の加工コストが低減し、軸受10Aのさらなる低コスト化が達成できる。
<規制部材の変形例>
次に、規制部材の変形例を図6〜図8に基づいて説明する。
図8からよく分かるように、軸受10Bは、同形状の2個の規制部材60を、軸受の軸方向両側に基部62を配置し、規制部64を向かい合わせにして、一組の玉40とセパレータ50の周囲を取り囲むようにしたものである。なお、セパレータ50は上記と同組成の固体潤滑剤11で形成される。2個の規制部材60のうち、図8の左側に位置する規制部材60は図4を参照してすでに述べた規制部材60と同じであり、その規制部材60の向きを左右反転させたのが図8の右側に位置する規制部材60である。
向かい合わせの2個の規制部材60の規制部64同士は、重なり合い、周方向で隣接している。規制部材60同士は非連結状態にあり、わずかではあるが軸受の軸方向、周方向、半径方向に相対移動が可能である。一方の規制部材60の側壁63及び仕切り壁65と、もう一方の規制部材60の側壁63及び仕切り壁65とで囲まれた区画内に、基本構造(図4)におけると同数の玉40及びセパレータ50が収容されている。図8中、符号Lは、向かい合った側壁63間の最小軸方向距離、言い換えれば、規制部64の軸方向長さを表している。この長さLを、玉40の直径Dbよりも大きく(L>Db)、セパレータ50の軸方向寸法Pよりもわずかに大きく設定することにより(L>P)、各規制部64の先端が、対向する相手側の規制部材60の基部62と接触できる。
軸受10Bでは、上述の2個の規制部材60と玉40とセパレータ50とからなるユニットを一組として、同構成のユニットを円周方向に複数配置する。図7は3組配置した例である。基本構造(図4)に関連して述べたように、円周方向で隣接するユニット間には円周方向の微小隙間αが形成されている。
上に述べた以外の各部の構成は、基本的に基本構造(図4)と共通している。そして、上記変形例でも、基本構造と同様の効果を得ることができる。また、規制部材60の脱落は軸方向両側のシールド板70によって規制される。特に変形例の場合、玉40及びセパレータ50の軸方向両側に基部62が位置しているため、軸方向両側への固体潤滑剤粉の漏れ出しを抑制することができ、固体潤滑剤の軸受外への漏れ出しをより確実に防止することが可能となる。なお、2個の規制部材60の規制部64同士をルーズに、つまり、相対移動が可能な程度な関係とした場合を例示したが、両者の関係をタイトにして上記ユニットを一体化することもできる。
<第一実施例>
次に、図14〜17を参照して本発明の第一実施例を説明する。第一実施例は規制部材60の構成に関しては上述の変形例(図8)を前提としているが、基本構造(図4)を採用することもできる。
第一実施例の軸受10Cは、セパレータ50Bに、セパレータ50Bが外輪30の内径面と接触しないようにするための手段を設けた点で変形例(図8)と相違し、その他の構成は変形例と実質的に同じである。具体的には、セパレータ50Bの外周面に金属プレート58を固定し、この金属プレート58を外輪30の内径面36によって案内させるようにしている。このセパレータ50Bも、図9に示したセパレータ50Aと同様、外周面54の円周方向中央領域に平坦面56が形成してあり、この場合、金属プレート58がその平坦面56を形成している。金属プレート58が存在することにより、セパレータ50Bを構成する固体潤滑剤部分が外輪30の内径面36と直接接触することはない。
金属プレート58をセパレータ50Bに固定する方法としては、セパレータ50Bを焼結させる時の収縮を利用することができる。その際、図17(A)に示すように、あり接ぎ(dovetail joint)のような構造を採用することにより、両者が分離しにくくなる。すなわち、セパレータ50の外周面に、軸受の軸方向に走る横断面が台形のみぞを設け、このみぞに同じく横断面が台形の金属プレート58を挿入する。金属プレート58の台形の横断面の底辺が頂辺よりも長いことと、セパレータ50は両隣の玉40によって外輪30側に向けて押し付けられることから、金属プレート58がセパレータ40の固体潤滑剤部分から容易に分離することはない。金属プレート58の材質は、SUS、クロムめっき等の表面処理を施した鉄系材料等が考えられる。
<第二実施例>
次に、図18〜20を参照して本発明の第二実施例を説明する。
第二実施例の軸受10Dは、セパレータ50Aが外輪30の内径面36と接触しないようにするための手段を規制部材60に一体的に設けた点で基本構造(図4)と相違し、その他の構成は基本構造と実質的に同じである。セパレータ50Aと外輪30の内径とが直接接触しないようにするための手段として、具体的には、規制部材60の周方向中央部に、基部62の上端から軸方向に延びるアーム66を設けたものである。アーム66は、セパレータ50Aと外輪30の内径面36との間に位置して、両者が直接接触するのを防止する役割を果たす。
セパレータ50Aの、規制部材60の側壁63と接する面は、平坦面とするのがよい。また、図示した例では基本構造(図4)を基礎としているため、規制部材60は軸方向の一方(図20では右側)に向かって開いている。したがって、規制部材60の開いた側(図20では右側)では、セパレータ50Aが軸方向に移動するとシールド板70に接触するに至るが、セパレータ50Aとシールド板70が直接接触しないようにリングを設けてもよい。あるいは、アーム66の自由端を下向きに折り曲げてセパレータ50に引っ掛け、セパレータ50の軸方向移動を規制するようにしてもよい。
さらに、第二実施例は規制部材60の構成に関しては基本構造(図4)を前提としているが、変形例(図8)を採用することもできる。その場合、アーム66の周方向位置をずらすことにより、2つの規制部材60を向かい合わせにして配置したとき、アーム66の軸方向位置が一致せず、干渉しない。あるいは、2つの規制部材60のうちのどちらか一方にだけアーム66を設けるようにしてもよいが、その場合、2種類の規制部材を使用することになる。
<第三実施例>
次に、図21〜24を参照して本発明の第三実施例を説明する。
第三実施例の軸受10Eは、規制部材60に関しては変形例(図8)と実質的に同様の構成を有している。相違するのは、セパレータ50Aが外輪30の内径面36と接触しないようにするための手段として、セパレータ50Cと規制部材60を協働させることによってセパレータ50Cの半径方向移動量を制限するようにした点である。
より具体的に述べると、セパレータ50Cに関しては、内周面52と、外周面54と、平坦部56を有する点では変形例におけるセパレータ50Aと類似しているが、軸方向の両端面に突部53を有する点で、セパレータ50Aと相違している。突部53は内周面52と平行に延び、したがって、その上面55も内周面と平行に延びている。規制部材60に関しては、基部62の内周の周方向中央部に、セパレータ50Cの突部53を受け入れる大きさの切欠き66を設け、この切欠き66にセパレータ50Cの突部53を挿入する。突部53と切欠き66の関係を便宜上、凹凸嵌合と呼ぶこととする。
かかる凹凸嵌合により、図21から分かるように、突部53の上面55が切欠き66の上縁と干渉して、セパレータ50Cの外径側への移動を阻止する。つまり、セパレータ50Cの突部53と規制部材60の切欠き66との協働作用によりセパレータ50Cの半径方向移動が規制される。したがって、セパレータ50Cが外輪30の内径面36と接触するのを防止できる。
すでに述べたとおり、第三実施例は規制部材60の構成に関しては変形例(図8)を前提としているが、基本構造(図4)を採用することも可能である。その場合、セパレータ50と規制部材60の凹凸嵌合をタイトにして、規制部材60にセパレータを保持させるのが望ましい。変形例のようにセパレータ50の軸方向両側に規制部材60の側壁63がある場合、セパレータ50を軸方向の両側で凹凸嵌合させることができるため、セパレータ50の軸方向移動は規制される。したがって、その場合は凹凸嵌合はルーズでもよい。しかし、基本構造のように規制部材60が片側にしかない場合、セパレータ50は片持ちとなるため、自由端側が外径側に振れて外輪と接触するおそれがある。
上述の実施例の効果を要約して列記すると次のとおりである。
実施例の固体潤滑転がり軸受は、外周に軌道面22を有する内輪20と、内周に軌道面32を有する外輪30と、前記内輪20の軌道面22と前記外輪30の軌道面32との間に組み込んだ複数の玉40と、隣り合う玉40と玉40の間に介在するセパレータ50とを有し、前記セパレータ50は固体潤滑剤によって形成されている固体潤滑転がり軸受において、隣接する玉40とセパレータ50の相互に離反する向きの相対移動を規制する規制部材60を、内輪20と外輪30の間の環状空間に円周方向に連続的に、相互間で相対移動可能に配列し、かつ、外輪30とセパレータ50との接触を防止する手段を設けたものである。これにより、セパレータ50が外輪30と接触して摩耗を早めるのを防止することができるため、固体潤滑転がり軸受の寿命が向上する。
規制部材60は、相互間で、軸受の軸方向、円周方向、半径方向に相対移動が可能であるため、玉40と規制部材60との間の隙間の大きさをフレキシブルに変動させることができる。そのため、この隙間にたまった固体潤滑剤粉の排出を促進し、隙間に固体潤滑剤粉が充満して回転ロックに至るといった事態を回避することができる。また、規制部材60同士は非連結状態で、リベット等の連結部材で連結されていないため、軸受内の円周方向で連結部材の設置スペースを確保する必要がない。その分、軸受内部に多くの玉40を組み込むことが可能となり、軸受の基本定格荷重を大きくすることができる。さらに、規制部材60同士の連結作業が不要であるため、軸受組立時の作業工数を削減することができる。
各規制部材60は、側壁63と仕切り壁65を有し、側壁63は、軸受の円周方向に延びる円弧状で、円周方向の両端は軸受の半径方向に延びており、仕切り壁65は、側壁63の両端から軸受の軸方向に延びている。規制部材60の仕切り壁65によって、玉40とセパレータ50が相互に離反する向きの相対移動が規制される。
前記側壁63及び前記仕切り壁65を曲率を持たない平坦面とすることにより、固体潤滑剤の上記隙間からの排出をさらに促進することができる。
前記側壁63よりも軸受の軸方向外側にシール部材70を配置することにより、規制部材60の脱落を防止することができる。
前記側壁63の内周端縁を前記内輪20の外径面26に近接させ、前記側壁63の外周端縁を前記外輪30の外周面36に近接させることにより、発生した固体潤滑剤粉を軌道面22、32付近にとどめて、軸受外への固体潤滑剤粉の漏れ出しを抑制することができる。
対をなす規制部材60を向かい合わせにして、側壁63を一組の玉40及びセパレータ50の軸方向両側に配置し、仕切り壁65を前記一組の玉40及びセパレータ50の円周方向両側に配置することにより、一組の玉40及びセパレータ50の周囲を取り囲み、固体潤滑剤粉の軸受外への漏れ出しをより確実に防止することが可能となる。
前記規制部材60をすべて同一とすることにより、規制部材60の加工コストを削減することができ、固体潤滑転がり軸受の低コスト化が達成できる。
セパレータ50と外輪30の内径面の接触を防ぐ手段を、セパレータ50の外輪30側に固定した金属プレート58によって構成することにより、簡易な構成で、セパレータ50の固体潤滑剤で形成された部分が直接、外輪30の内径面と接触することを防止することができる。したがって、セパレータ50の摩耗を抑制し、セパレータ50の、ひいては固体潤滑転がり軸受の寿命が向上する。
セパレータ50と外輪30の内径面との接触を防ぐ手段を、規制部材60の上端から軸受の軸方向に延長してセパレータ50と外輪30の内径面との間に位置するアーム66によって構成することにより、アーム66が両者間に介在して接触を防止する。したがって、セパレータ50の摩耗を抑制し、セパレータ50の、ひいては固体潤滑転がり軸受の寿命が向上する。
セパレータ50と外輪30の内径面との接触を防ぐ手段を、セパレータ50と規制部材60の凹凸嵌合によって構成することにより、セパレータ50を外輪30との間に隙間が形成された状態すなわち非接触に保持できるため、セパレータの摩耗防止が図れる。したがって、セパレータ50の、ひいては固体潤滑転がり軸受の寿命が向上する。
上記固体潤滑転がり軸受は、フィルム延伸機のテンタクリップ用軸受として使用することができる。
本発明は、ここに述べ、かつ、図示した実施の形態に限らず、特許請求の範囲を逸脱することなく種々の改変を加えて実施をすることができる。
たとえば、軸受形式を深溝玉軸受とした場合を例にとって説明したが、本発明は、アンギュラ玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、その他の軸受形式を最小した場合にも適用することができる。また、内輪回転の軸受を例示したが、外輪回転の軸受にも同様に本発明を適用することができる。
また、固体潤滑転がり軸受の用途として、フィルム延伸機のテンタクリップ用軸受を例示したが、用途はこれに限定されず、潤滑剤としてグリースや潤滑油を使用することができない、高温雰囲気や真空雰囲気等で使用される軸受に広く適用することが可能である。
さらに、円周方向での玉40とセパレータ50の配置態様も任意である。実施の形態に関連して説明したように、2個の玉40を一組として、その玉40間に一つのセパレータ50を配置するほか、玉40とセパレータ50を円周方向で交互に配置した場合にも本発明を適用することができる。また、一つの規制部材60の一対の側壁63間に配置する玉40やセパレータ50の数も任意である。