JP6380423B2 - 高張力鋼板の遅れ破壊特性評価方法 - Google Patents
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自動車の車体構造部材は、一般にプレス成形によって製造されるが、引張強度で980MPaを超える高強度の部材では、プレス成形後の残留応力と使用中の環境から侵入する水素に起因した遅れ破壊が懸念される。そのため、高張力鋼板を上述のような車体構造部材として適用するためには、その高張力鋼板が遅れ破壊特性に優れていることの評価が必要となる。
その理由としては、薄鋼板をプレス加工によって種々の形状に成形して使用することが一因として挙げられる。すなわち、薄鋼板は、プレス加工によるひずみや部品として使用される際の組み付けなどによる残留応力など、ボルト部材などの使用条件下では考慮しなくても良い遅れ破壊特性に影響を及ぼす因子がある。従って、ボルト部材などの遅れ破壊特性評価方法を薄鋼板にそのまま適用しても、十分に正しい評価が行えるとは言えない。
このような高張力鋼板の遅れ破壊特性評価方法として、特許文献1では、高張力鋼板をU字形状に曲げ加工して薄鋼板にひずみを導入し、この曲げ加工後に発生するスプリングバックした鋼板をボルトで締め込むことで応力を付加した試験片を作成し、電気チャージ法によって試験片中に水素を導入し、破壊が生じるまでの時間を測定する手法を提案している。
特許文献2では、引張強度1180MPa以上の高張力鋼板において、鋼板の伸び量の20〜80%の引張予ひずみを付与した後に、曲げ部の角度が30〜90度となるV字形状に曲げ加工した試験片を用意し、その試験片の両端部をボルトで締め付けることによって、試験片に残留応力を付加させた状態での遅れ破壊特性の評価を提案している。
さらに特許文献3では、V曲げ成形した試験片にボルトによる締め込みを行う際に、ボルト周辺のたわみによって評価したい曲げ部の応力に影響を及ぼさないように、試験片の対向する板面に面接触する傾斜面を設けた治具を提案し、車体構造部材の遅れ破壊特性の評価を行うことが記載されている。
ここで、ボルトの締め込み若しくは押し広げ量が少なければ、遅れ破壊の生じ難い緩い試験条件となり、逆に、ボルトの締め込み若しくは押し広げ量が過剰であれば、遅れ破壊特性の発生し易い過度に厳しい試験条件となる。このような条件は、特許文献2に記載のようなボルト周辺のたわみ状況などの条件による設定では、精度良く設定出来るものではない。このため、特許文献2および特許文献3の評価方法では、ボルトの締め込み若しくは押し広げ量のバラツキやその量の不適正によって、評価精度が悪くなる可能性がある。
ここで、例えば特許文献3の段落番号0021に、「薄鋼板を曲げ加工した際に最も大きなひずみが導入されるのは、曲げ加工部の頂点であるから、・・・頂点部に応力を付加する必要がある。」と記載されているように、仮に、従来、付加する残留応力を考慮するとしても頂点部での応力となる。一方、本発明では、板表裏の最表層での残留応力に基づき開き角度の変更量を設定し、その最表層での残留応力の最大値は、曲げ加工部の頂点部から変位した位置に発生し、このような発想は上述の特許文献に開示がないものである。
まず、本実施形態の前提とする、高張力鋼板の遅れ破壊特性評価方法は、図1に示すように、V字形状の試験片形成の工程A、残留応力付加の工程B、及び水素侵入環境下設置の工程Cを有する。そして、水素侵入環境下に置かれた試験片の曲げ加工部における亀裂の発生状況を評価することで、高張力鋼板の遅れ破壊特性を評価する。亀裂発生状況の評価方法自体は、従来の方法と同様に評価を行い、例えば、水素侵入環境下で予め設定した以上の亀裂が発生するまでの時間で評価する。
試験片形成の工程Aは、図2(a)に示すように、評価対象の高張力鋼板を、せん断加工によって切り出して矩形の試験片1とする。この試験片1を、図2(b)に示すように、金型3のダイ3aとパンチ3bによって、V字形状に曲げ成形することで、評価用の試験片2とする。
これによって、試験片2の曲げ加工部2Aに、プレス成形を模擬したひずみおよび残留応力を付加する。V字形状に曲げられた試験片2は、金型3から解放することで図2(c)のようにスプリングバックする。
残留応力付加の工程Bは、試験片2の曲げ加工部2Aの開き角度(無負荷状態での角度)を所定角度だけ変更して該試験片2に対し残留応力を付加した状態に拘束する工程である。
残留応力の付加は、例えば特許文献3に記載のような応力付加治具を使用して実施し、試験片2における、曲げ加工部2Aを挟んで対向する一対の板面を治具で図2(d)に示すように締め込む若しくは押し広げることで、曲げ加工部2Aの最表層に引張若しくは圧縮の残留応力を発生させる。
開き角度の変更量は、後述のように、例えば、曲げ加工部2Aの最表層に発生させる最大の残留応力が、対象とする素材の0.2%耐力の50%〜150%の範囲に収まる変更量となるように設定する。
この工程Cでは、応力付加治具6で残留応力を付加した試験片2を、図2(e)に示すように、水素侵入環境下(水素侵入雰囲気)に設置して、当該試験片2の曲げ加工部2Aにおける亀裂の発生状況(例えば発生までの時間)によって、上記高張力鋼板の遅れ破壊性を評価する。
試験片2の水素侵入環境下への設置は、例えば、塩酸やNH4SCN水溶液などの酸液8を収容した浴槽7内に試験片2を浸漬することで実施する。
ここで、本実施形態における高張力鋼板の遅れ破壊特性評価方法では、上記の各工程に加えて、曲げ加工部2Aの開き角度の変更量を算出する変更量算出工程Dを有する。
そして、その変更量算出工程Dで算出した変更量となるように、残留応力付加の工程Bでの開き角度の変更量を設定する。
次に、その変更量算出工程Dについて説明する。
まず、開き角度の変更量に応じて試験片2の曲げ加工部2Aにおける板表裏の最表層に発生する最大残留応力とその応力のときの当該変更量との関係(以下、応力−変更量の関係とも呼ぶ)を求める。
この応力−変更量の関係は、例えば、コンピュータによるシミュレーション解析によって求める。以下の説明では、CAE解析によって求める場合を例にして説明する。
まず、図3(a)に示すように、図2(b)のV曲げ成形を再現したCAE解析モデルを設定する。解析モデルは、パンチ3b、ダイ3a、ブランクによって構成されている。また、解析モデルは2次元ソリッド要素で作成されており、板厚方向の応力分布についても考慮する。また、計算能力に余裕がある場合は、解析モデルの奥行き方向(ブランクの幅方向)を考慮するため、3次元ソリッド要素で解析することが好ましい。
その後、図3(c)に示すように、図2(d)のボルト5bによる締め込み若しくは押し広げ力が作用する位置に相当する箇所の解析モデルに強制変位の拘束条件を付与することで、複数条件(解析点)の締め込み若しくは押し広げ量における応力解析を行う。図3では締め付けの場合について図示している。
このときの複数条件の締め込み若しくは押し広げ量のときの曲げ加工部2Aの最表層の節点における残留応力を解析結果から読み取る(図4を参照)ことで、締め込み若しくは押し広げ量と、曲げ加工部2Aでの最表層に発生する最大残留応力との関係を算出することができる。
ここで、上記のCAE解析で設定する主パラメータは、材料強度、板厚、及び曲げ半径(金型によってV字に曲げ加工する頂点部のアール)であり、この材料強度、板厚、曲げ半径毎に、上記のCAE解析を行い、図5に図示した関係を予め算出しておく。
これによって、応力−変更量の関係が求まる。
次に、求めた応力−変更量の関係に基づき、図5のように、対象とする素材の0.2%耐力の50%〜150%の残留応力に対応する締め込み量の条件範囲を求める。ちなみに、この締め込み量の条件範囲は、5mm程度の狭い範囲である。
そして、締め込み量の条件範囲内の値を変更量の所定値とする。例えば、変更量の範囲内の中央値や0.2%耐力に対応する変更量を所定値とする。
ここで、上記説明では、対象とする素材の0.2%耐力の50%〜150%の残留応力から、締め込み量の条件範囲を求める場合を説明しているが、目的とする製品形状にプレス加工によることでその製品形状の曲げ部に発生する残留応力の許容範囲の残留応力内となる締め込み量の条件範囲を求めるようにしても良い。
V字形状に曲げ成形された試験片2を、試験片2の曲げ加工部2Aの無負荷状態での開き角度から、例えば、曲げ加工部2Aにおける板表裏の最表層に発生する最大残留応力が、素材の0.2%耐力の50%〜150%の範囲の残留応力となる締め込み量で締め込んだ状態に拘束したまま、水素侵入環境下に置いて当該試験片2の亀裂の発生状況によって高張力鋼板の遅れ破壊性を評価する。
ここで、締め込む場合には、曲げ加工部2Aの外側の面に引張応力が付加され、その最大引張残留応力の位置は、曲げ加工部2Aの頂点部から変位した位置に発生し、締め込み量によってその変位量も変化する。
ここで、自動車のセンターピラーやサイドシルなどの車体構造部材の曲げ加工部2Aには、素材の0.2%耐力の50%〜150%の範囲の残留応力が付加されている状態で組み付けられることが多いことから、製品の発生する残留応力が付加された状態に近い状態で常に、曲げ加工部2Aでの遅れ破壊特性の評価を行うことが出来る結果、評価精度が向上する。
ここで、無負荷状態から締め込む場合には、曲げ加工部2Aの外周側に引張応力が付加され、広げる場合には、曲げ加工部2Aの内周側に引張応力が付加される。また最表層に発生する最大残留応力については、圧縮側と引張側とがあるが、引張側の方で亀裂が発生しやすいことから、最大残留応力として最大引張残留応力を採用することが好ましい。もっとも、最大残留応力として最大圧縮残留応力で上記変更量との関係を求めても良い。
表1に記載の成分組成、引張特性、曲げ特性を有する板厚1.2mmの1180MPa級鋼板を供試材とした。
この供試材を110mm×30mmの矩形にせん断した平板を試験片2とした。この試験片2を曲げ半径3.5mmで曲げ角度90度にV曲げ加工を施した後、試験片2の曲げ加工部2Aを挟む該試験片2の対向する板面の長手方向端部から20mmの位置がボルト5bの中心になるように応力付加治具6で固定(拘束)し、曲げ加工部2Aに締め込みによって残留応力を付与した試験片2を作成した。
次に、スプリングバック解析を行った後、ブランク端部から20mm離れた節点にボルト5bによる締め込みを模擬した強制変位拘束を付与することで締め込み解析を行った。図7には各締め込み量における、試験片2の曲げ方向応力分布を示す。図7から、締め込み量を増やすに連れて、曲げ方向応力の最大値がパンチ3bのR止まり付近から、曲げ頂点に推移していくことが分かる。
図8から、曲げ加工部2Aの最表層の最大残留応力は締め込み量の増加とともに、最初は弾性変形によって直線的に増加し、10mm程度締め込んだあたりから塑性変形が始まり、次第に締め込み量を増やしても残留応力が増加しなくなる。従って、図8から、試験片2の曲げ加工部2Aの最表層の最大残留応力が433MPa〜1300MPaの範囲で付加できる締め込み量として5mmを変更量の実験条件とした。このときの試験片2の曲げ加工部2Aの最表層に発生する最大残留応力は図8より約987MPaとなり、素材の0.2%耐力より若干高い残留応力が発生していると考えられる。
表2に実験結果を示す。
実験結果から、試験片2曲げ加工部2Aの最表層に発生する最大残留応力が本供試材の0.2%耐力より若干高い987MPaの条件下の評価では、NH4SCN濃度が0.01%以下では遅れ破壊が発生しないが、0.10%以上の条件では遅れ破壊が発生した。
2A 曲げ加工部
3 金型
4 軸部
5 角度調整治具
5a 傾斜部
5b ボルト
6 応力付加治具
7 浴槽
8 塩酸
A 試験片形成の工程
B 残留応力付加の工程
C 水素侵入環境下設定の工程
D 変更量算出工程
Claims (3)
- 高張力鋼板をV字形状に曲げ加工してなる試験片を用意し、上記試験片の曲げ加工部の開き角度を所定角度だけ変更して該試験片に残留応力を付加した状態に拘束し、その拘束した状態の試験片を、水素侵入環境下に設置することによる当該試験片の亀裂の発生状況によって上記高張力鋼板の遅れ破壊性を評価し、
上記開き角度の変更量に応じて試験片の曲げ加工部における板表裏の最表層に発生する最大残留応力と当該変更量との関係を求め、その求めた関係に基づき、上記高張力鋼板を目的とする製品形状に曲げ成形することでその製品形状の曲げ部に発生する残留応力の範囲内に、上記最大残留応力が存在する上記開き角度の変更量の範囲を求め、
上記求めた開き角度の変更量の範囲内となるように、上記所定角度を設定して上記評価を実施することを特徴とする高張力鋼板の遅れ破壊特性評価方法。 - 高張力鋼板をV字形状に曲げ加工してなる試験片を用意し、上記試験片の曲げ加工部の開き角度を所定角度だけ変更して該試験片に残留応力を付加した状態に拘束し、その拘束した状態の試験片を、水素侵入環境下に設置することによる当該試験片の亀裂の発生状況によって上記高張力鋼板の遅れ破壊性を評価し、
上記開き角度の変更量に応じて試験片の曲げ加工部における板表裏の最表層に発生する最大残留応力と当該変更量との関係から、上記最大残留応力が上記高張力鋼板の0.2%耐力の50%以上150%以下の範囲に収まる上記開き角度の変更量の範囲を求め、
上記求めた開き角度の変更量の範囲内となるように、上記所定角度を設定して上記評価を実施することを特徴とする高張力鋼板の遅れ破壊特性評価方法。 - 上記最大残留応力と上記変更量との関係は、コンピュータによるシミュレーション解析によって求めることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載した高張力鋼板の遅れ破壊特性評価方法。
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