以下、本発明を詳細に説明する。
図1に、本発明の細胞培養用電極の一実施形態を示す。この細胞培養用電極1は、絶縁性材料を含む基材10上に複数の導電性領域20a、20bが設けられている。細胞培養を行う際には、導電性領域20a、20bの一方又は両方の上に、導電性領域への電圧印加によって細胞接着性に改変可能な細胞接着阻害性領域がさらに設けられた細胞培養用基板として用いられる。好ましくは、導電性領域上において細胞接着阻害性領域と細胞接着性領域とが隣り合っており、電圧印加によって細胞接着阻害性領域を細胞接着性に改変し、細胞を遊走させる試験において使用される。また、基材10上の導電性領域20a、20b以外の領域(図1においては導電性領域20aと導電性領域20bとの間)にも細胞接着阻害性領域を設けることが好ましい。
本発明において細胞接着性とは、細胞が接着すること、又は細胞が接着し易いことを意味する。細胞接着阻害性とは、細胞が接着しにくいこと又は細胞が接着しないことを意味する。したがって、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とがパターン化された基板上に細胞を播くと、細胞接着性領域には細胞が接着するが、細胞接着阻害性領域には細胞が接着しないため、基板表面には細胞がパターン状に配列することになる。
細胞接着性は、接着しようとする細胞によって異なる場合もあるため、細胞接着性とは、ある種の細胞に対して細胞接着性であることを意味する。したがって、細胞培養用基板上には、複数種の細胞に対する複数の細胞接着性領域が存在する場合、すなわち細胞接着性の程度が異なる細胞接着性領域が2水準以上存在する場合もある。
本発明の細胞培養用基板における、細胞接着性領域及び細胞接着阻害性領域の構造としては、例えば、以下の2つの形態が挙げられる。
第一の形態は、細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理及び/又は分解処理を施して細胞接着性とした領域である形態である。この形態では、導電性領域を含む細胞培養用電極1の表面全体に炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜を形成し、次いで、細胞の接着が望まれる領域に対して酸化処理及び/又は分解処理を施すことにより当該領域に細胞接着性を付与して細胞接着性領域に改変する。前記処理を施さない部分は細胞接着阻害性領域である。
第二の形態は、細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を低密度で含む親水性膜で形成されている形態である。この形態は、炭素酸素結合を有する有機化合物を高密度で含む親水性膜が細胞接着阻害性を有するのに対して、前記化合物を低密度で含む親水性膜は細胞接着性を有することを利用したものである。細胞培養用電極1の表面に前記化合物が結合し易い第一領域と結合しにくい第二領域とを設け、細胞培養用電極1の表面に前記化合物の膜を形成すると、第一領域は細胞接着阻害性領域となり、第二領域は細胞接着性領域となる。
さらに、本発明の細胞培養用基板においては、導電性領域上の細胞接着阻害性領域が、導電性領域への電圧印加、好ましくは正電圧の印加によって細胞接着性に改変可能である。具体的には、図1において、導電性領域20aを陽極とし、導電性領域20bを陰極とし、導電性領域20aを正電圧として2つの電極間に電圧を印加することにより、導電性領域20a上の細胞接着阻害性領域のみが細胞接着性に改変可能であることが好ましい。電圧の印加によって細胞接着性に改変された領域は、上記のように炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理及び/又は分解処理を施して得られる細胞接着性領域とは、詳細な表面性状が異なる場合がある。
(基材)
細胞培養用電極1に用いられる基材10としては、導電性領域20a、20bを形成可能な絶縁性材料を含むものであれば特に制限されない。具体的には、ガラス、石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、アルミナ、サファイア、セラミクス、フォルステライト、感光性ガラス、セラミック、シリコン、エラストマー、プラスチック(例えば、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ポリアミド樹脂、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を挙げることができ、透明な材料であることが好ましい。なお、ここで「透明」とは、可視光に対して透過性を有することを意味し、いわゆる「半透明」な状態も含む概念である。また、基材10の形状も限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜等の平坦な形状、シリンダ、スタンプ、マルチウェルプレート、マイクロ流路等の立体的な形状、並びに表面に凹凸が形成された形状が挙げられる。フィルムを使用する場合、その厚さは特に制限されないが、通常0.1μm〜1000μm、好ましくは1μm〜500μm、より好ましくは10μm〜200μmである。
特に、細胞の大きさよりも小さい1nm〜10μm程度の微細な凹凸が表面に付加された基材を用い、導電性領域上の細胞接着性の領域も同様の形状となる場合には、接着した細胞の形状や挙動を制御して、試験を効果的に行うことが可能である。微細な凹凸とは例えば、ラインパターンの場合、深さ1nm〜10μm、ライン凸部の幅1nm〜10μm、ライン凹部の幅1nm〜10μmのことを指す。
(導電性領域)
本発明の細胞培養用電極1は、絶縁性材料を含む基材10上に複数の導電性領域20a、20bが設けられており、複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101が、その複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101以外の表面102に比べて凹んでいることを特徴とする。複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101が凹んでいることにより、導電性領域20aと導電性領域20bとが確実に分離され、短絡することがない。また、導電性領域上に細胞を遊走させる場合、細胞が複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101を越えて、例えば導電性領域20aから導電性領域20bへと侵入することが防止される。したがって、細胞接着性領域あるいは導電性領域のパターンに沿った精密な細胞遊走試験を行うことができる。なお、本発明では、複数の導電性領域の間における基材の表面の全てが凹んでいる必要はなく、複数の導電性領域の間における基材の表面の少なくとも一部が凹んでいれば本発明の範囲に含まれる。ここで「少なくとも一部が凹んでいる」とは、「複数の導電性領域の間における基材の表面」に相当する表面領域が、一つの細胞培養用電極において複数存在する場合(図1の例は一つのみ存在する場合)に、その複数の表面領域のうち少なくとも一つの表面領域が凹んでいるという意味である。例えば、細胞培養用電極に、複数の導電性領域の間の距離が十分に離れている「複数の導電性領域の間における基材の表面」と、複数の導電性領域の間の距離が小さい「複数の導電性領域の間における基材の表面」の2種類が存在するとき、複数の導電性領域の間の距離が十分に離れている「複数の導電性領域の間における基材の表面」の方については、凹んでいなくても良い場合がある。
導電性領域20aと導電性領域20bとの間の距離は、両者の間に適切な電圧を印加できれば良く、導電性領域の材料や厚さ、あるいは培養する細胞の大きさ等を考慮して適宜設定される。例えば、0.005mm〜3mm、特に0.05mm〜0.15mmとすることが好ましい。また、複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101の凹みの程度は、導電性領域20aと導電性領域20bとの間の距離によっても異なるが、例えば、複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101以外の表面102よりも最大で1μm〜50μm凹んでいることが好ましい。
また、導電性領域20a、20bの表面の端部には、その端部以外の導電性領域20a、20bの表面に比べて導電性領域が厚く盛り上がっている畝部202(微細であるため、図1には図示せず)を設けることが好ましい。畝部202が障害となって細胞が乗り越えることができないため、増殖あるいは遊走する細胞が別の離れた導電性領域上に侵入する事態が確実に防止される。畝部202の大きさは、培養する細胞の大きさ等を考慮して適宜設定される。例えば、直径が20μmの細胞を培養する場合、その細胞の大きさと同等以上、具体的には畝部202の幅及び高さを20μm〜30μm程度とすることが好ましい。
上記の細胞培養用電極1は、種々の方法により製造することができるが、好ましくは、絶縁性材料を含む基材10上に導電性領域を形成する工程と、その導電性領域の一部、及びその一部に接する基材10の表面(複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101に相当する)をレーザーにより切削し、導電性領域を図1のように複数の導電性領域20a、20bに分割する工程を経て製造することが好ましい。
レーザーで切削することにより、絶縁性材料を含む基材10上に複数の導電性領域20a、20bが設けられた細胞培養用電極1を、有機溶剤やレジスト材料を使用するウェットプロセスではなくドライプロセスによって高い製造効率で得ることができる。また、導電性領域の一部を切削により除去するとともに、複数の導電性領域の間における基材の表面101における凹みも同時に形成することができる。さらに、走査するレーザーの熱による効果で、切削により形成された導電性領域20a、20bのそれぞれの端部に、厚く盛り上がった畝部202を形成することができるため好ましい。
レーザーの種類や照射条件は、基材10及び導電性領域の材料の種類、導電性領域の厚さ、培養する細胞の種類(導電性領域20aと導電性領域20bとの距離をどの程度確保すべきか)等を考慮して適宜設定することができ、特に限定されるものではない。例えば、プラスチック製のフィルムからなる基材上に厚さ100nm〜200nmの導電性領域(ITO)を形成し、波長10.6μmのCO2レーザー(スポットサイズφ100μm)によって切削を行う場合、出力を10W〜30W、レーザー走査スピードを500mm/s〜1500mm/sとすることが好ましく、基材としてプラスチック製のフィルムに代えてガラスを用いた場合には出力を25W〜30W、レーザー走査スピードを20mm/s〜120mm/sとすることが好ましい。レーザーの種類は、上記CO2レーザー等の気体レーザーの他、ArFレーザー等のエキシマレーザー、YAGレーザー等の固体レーザー、Ybファイバーレーザー等のファイバーレーザー、半導体レーザー等を挙げることができる。また、発振形態はCW及びパルスのいずれも適用可能である。
基材10上へ導電性領域を形成する方法としては、公知の方法を用いることができる。例えば、マイクロ波プラズマCVD(Chemical vapor deposit)法、ECRCVD(Electric cyclotron resonance chemical vapor deposit)法、ICP(Inductive coupled plasma)法、直流スパッタリング法、ECR(Electric cyclotron resonance)、スパッタリング法、イオン化蒸着法、アーク式蒸着法、レーザー蒸着法、EB(Electron beam)蒸着法、抵抗加熱蒸着法等が挙げられる。また、塗布により導電性領域を形成しても良い。スピンコートや各種の印刷方式も使用できる。
導電性領域を構成する導電性材料の膜として、金属膜又は金属酸化物膜、金属微粒子や金属ナノファイバーが絶縁体に分散された膜、導電性の有機材料を含む膜等が挙げられる。金属酸化物としては、ITO(酸化インジウム錫)、IZO(酸化インジウム亜鉛)、AZO(AlドープZnO)等が挙げられ、金属微粒子としては、銀、金、銅等の微粒子、金属ナノファイバーとしてはカーボンナノチューブ、導電性の有機材料としては、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)等が挙げられる。
導電性材料の膜としては特に制限されないが、透明な膜であることが好ましく、例えば、ITO膜、IZO膜、導電性高分子のポリエチレンジオキシチオフェン膜等が挙げられる。また、電圧印加後も透明な膜であることが好ましい。なお、ここで「透明」とは、可視光に対して透過性を有することを意味し、いわゆる「半透明」な状態も含む概念である。本発明においては、ITO膜をスパッタリング法により成膜して、その後レーザーにより切削してパターニングすることにより、導電性領域20a、20bを形成することが好ましい。透明な導電性領域は、細胞の観察において有利である。
導電性材料の膜の厚さは、通常、単分子膜〜100μm程度であり、好ましくは2nm〜1μm、より好ましくは5nm〜500nmである。
図2に、本発明の細胞培養用電極の別の実施形態を示す。この細胞培養用電極1では、導電性領域20a、20bのそれぞれが、複数の櫛歯部200と、各櫛歯部を支持する基部201とを含む櫛形の領域になっている。この場合、導電性領域として形成される櫛歯部200の幅(基部201から櫛歯部200が延びる方向(櫛歯部200の長さ方向)と直交する側の幅)は、0.1μm〜50mmであり、好ましくは15mm〜50mmであるがこれに限定されるものではない。櫛歯部200の幅が狭過ぎると、櫛歯部200の長さ方向の電気抵抗が高くなり、一定の電圧をかけた際に櫛歯部200の長さ方向に電圧降下が生じやすく、電位の制御が困難になる。電圧降下の程度は、用いる導電性材料の導電率により変わるため、櫛歯部200の幅の下限も導電性材料の導電率に応じて適宜決められるが、一般的には5μm以上が好ましい。基材10上の導電性領域の幅を5μm未満のように狭くする場合には、基材10上に幅の広い電極を設け、該電極の表面の一部を絶縁膜で被覆し、5μm未満の所望の幅の領域だけを露出させて、該領域を導電性領域とすることにより、抵抗値が高く電圧降下を起こす問題を解決することができる。また、櫛歯部200の幅が測定対象の細胞の大きさよりも狭いと、櫛歯部200上に細胞が接着しにくくなる。したがって、細胞遊走を観察する際の櫛歯部200の幅は、測定対象の細胞の大きさによって適宜決められるが、一般的には10μm以上が好ましい。また、櫛歯部200の幅が適度に狭いと、測定対象の細胞の遊走方向が制限されるため、一定時間経過後の遊走距離が長くなり測定に有利になる効果もある。櫛歯部200と、隣り合う別の櫛歯部200との間隔は、好ましくは0.005mm〜3mm、より好ましくは0.05mm〜0.15mmである。通常は櫛歯部200間の間隔が狭過ぎると、櫛歯部200間を細胞が乗り越えて、隣り合った櫛歯部に細胞が侵入し易くなるため、細胞の遊走方向を制限しにくくなるが、本発明の場合は、複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101が凹んでおり、さらに好ましくは櫛歯部200(導電性領域)の端部に厚く盛り上がった畝部202が形成されるため、離れた導電性領域へ細胞が侵入することを確実に防止できる。櫛歯部200間の間隔が広過ぎると、顕微鏡で観察する際に視野に入る櫛歯の本数が少なくなり、統計的な処理をする際に不利になる。一般的には、顕微鏡の視野は数mm以下であるため、櫛歯部の幅は3mm以下が好ましい。櫛歯部と櫛歯部が互いにかみあった2つの櫛形のパターンが特に好ましい。そのようなパターンは、細胞遊走試験において電圧を印加した場合に、電流が効果的に流れるため好ましい。
図2に示す細胞培養用電極1は、絶縁性材料を含む基材10上に導電性領域を形成し、形成した導電性領域の一部、及びその一部に接する基材10の表面(複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101に相当する)を切削するように、導電性領域の表面をレーザーでジグザグ状に走査することにより、それぞれが櫛歯部200及び基部201から構成された、陽極及び陰極として機能する複数の導電性領域20a、20bに分割して製造することができる。
図3に、本発明の細胞培養用電極のさらに別の実施形態を示す。この細胞培養用電極1では、図2の例と同様に、導電性領域20a、20bのそれぞれが、複数の櫛歯部200と各櫛歯部200を支持する基部201とを含む櫛形の領域になっている。そして、図3の細胞培養用電極1は、導電性領域20a、20bに、その導電性領域20a、20bを構成する導電性材料よりも電気抵抗が低い線状電極205が埋め込まれていることを特徴とする。
導電性領域20a、20bに線状電極205を埋め込むことにより導電性領域20a、20b全体の電気抵抗が低下するため、細胞接着阻害性領域を細胞接着性に改変するために印加する電圧値を抑えることができ、細胞に悪影響を及ぼすことがない。
図3の例では、複数の線状(ワイヤ状)の電極を網目状に交差させた状態で埋め込んでいるがこれに限定されるものではない。例えば、線状電極をメッシュ状に織ったもの、線状電極を一方向のみに平行に配列したもの等を挙げることができる。また、線状電極205の材料は、導電性領域20a、20bを構成する導電性材料に比べて電気抵抗が小さければ良く、例えば金、銀、銅等の金属材料が挙げられる。さらに、線状電極205の太さは、導電性領域20a、20bの厚さ等を考慮して適宜設定される。通常は10μm〜100μm程度とすることが好ましい。また、基材10上における線状電極205の密度は、線状電極205が透明でない場合、高くし過ぎると導電性領域20a、20bが透明であったとしても細胞の観察の障害となるため適切な値に調整される。好ましくは、導電性領域20a、20bを平面的に見たときに線状電極が存在する面積の割合が30%以下になるよう設定する。
図3に示す細胞培養用電極1は、絶縁性材料を含む基材10上に、線状電極205を埋め込んだ状態で導電性領域を形成し、形成した導電性領域の一部、及びその一部に接する基材10の表面(複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101に相当する)を切削するように、導電性領域の表面をレーザーでジグザグ状に走査することにより、それぞれが櫛歯部200及び基部201から構成された、陽極及び陰極として機能する複数の導電性領域20a、20bに分割して製造することができる。複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101上に存在する線状電極205は、レーザー照射により、導電性領域と一緒に切断することができる。特に、線状電極205が透明でない場合、レーザー光を吸収し易いため効率的に切断することができる。
(細胞接着阻害性領域)
細胞接着阻害性領域は、好ましくは、炭素酸素結合を有する有機化合物により形成される親水性膜により形成される。当該親水性膜は、水溶性や水膨潤性を有する、炭素酸素結合を有する有機化合物を主原料とする薄膜であり、酸化される前は細胞接着阻害性を有し、酸化及び/又は分解された後は細胞接着性を有しているものであれば特に限定されない。
本発明において炭素酸素結合とは、炭素と酸素との間に形成される結合を意味し、単結合に限らず二重結合であっても良い。炭素酸素結合としてはC−O結合、C(=O)−O結合、C=O結合が挙げられる。
主原料としては、水溶性高分子、水溶性オリゴマー、水溶性有機化合物、界面活性物質、両親媒性物質等が挙げられ、これらが相互に物理的又は化学的に架橋し、導電性領域等の下層に対して物理的又は化学的に結合することにより親水性薄膜となる。
具体的な水溶性高分子材料としては、ポリアルキレングリコール及びその誘導体、ポリアクリル酸及びその誘導体、ポリメタクリル酸及びその誘導体、ポリアクリルアミド及びその誘導体、ポリビニルアルコール及びその誘導体、双性イオン型高分子、多糖類等を挙げることができる。分子形状は、直鎖状、分岐を有するもの、デンドリマー等を挙げることができる。より具体的には、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールとポリプロピレングリコールとの共重合体、例えば、Pluronic F108、Pluronic F127、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−ビニル−2−ピロリドン)、ポリ(2−ヒドロキシエチルメタクリレート)、ポリ(メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリン)、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンとアクリルモノマーとの共重合体、デキストラン、及びヘパリン等が挙げられるがこれらには限定されない。
具体的な水溶性オリゴマー材料や水溶性低分子化合物としては、アルキレングリコールオリゴマー及びその誘導体、アクリル酸オリゴマー及びその誘導体、メタクリル酸オリゴマー及びその誘導体、アクリルアミドオリゴマー及びその誘導体、酢酸ビニルオリゴマーの鹸化物及びその誘導体、双性イオンモノマーからなるオリゴマー及びその誘導体、アクリル酸及びその誘導体、メタクリル酸及びその誘導体、アクリルアミド及びその誘導体、双性イオン化合物、水溶性シランカップリング剤、水溶性チオール化合物等を挙げることができる。より具体的には、エチレングリコールオリゴマー、(N−イソプロピルアクリルアミド)オリゴマー、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンオリゴマー、低分子量デキストラン、低分子量ヘパリン、オリゴエチレングリコールチオール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、2−メトキシ(ポリエチレンオキシ)−プロピルトリメトキシシラン、及びトリエチレングリコール−ターミネーティッド−チオール等が挙げられるがこれらには限定されない。
親水性膜は、処理前は高い細胞接着阻害性を有し、酸化処理及び/又は分解処理後は細胞接着性を示すものであることが望ましい。
親水性膜の平均厚さは、0.8nm〜500μmが好ましく、0.8nm〜100μmがより好ましく、1nm〜10μmがより好ましく、1.5nm〜1μmが最も好ましい。平均厚さが0.8nm以上であれば、タンパク質の吸着や細胞の接着において、親水性薄膜で覆われていない領域の影響を受けにくいため好ましい。また、平均厚さが500μm以下であればコーティングが比較的容易である。
導電性領域20a、20b、又は複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101(以下、「導電性領域等」という)の表面への親水性膜の形成方法としては、導電性領域等へ親水性有機化合物を直接吸着させる方法、導電性領域等へ親水性有機化合物を直接コーティングする方法、導電性領域等へ親水性有機化合物をコーティングした後に架橋処理を施す方法、導電性領域等への密着性を高めるために多段階式に親水性薄膜を形成させる方法、導電性領域等との密着性を高めるために導電性領域等の上に下地層を形成し、次いで親水性有機化合物をコーティングする方法、導電性領域等の表面に重合開始点を形成し、次いで親水性ポリマーブラシを重合する方法等を挙げることができる。
上記成膜方法のうち特に好ましい方法としては、多段階式に親水性薄膜を形成させる方法、並びに、導電性領域等との密着性を高めるために導電性領域等の上に下地層を形成し、次いで親水性有機化合物をコーティングする方法を挙げることができる。これらの方法を用いると、親水性有機化合物の導電性領域等への密着性を高めることが容易だからである。本明細書では「結合層」という用語を用いる。結合層とは、多段階式に親水性有機化合物の薄膜を形成する場合には最表面の親水性薄膜層と導電性領域等との間に存在する層を意味し、導電性領域等の表面に下地層を設け当該下地層の上に親水性薄膜層を形成する場合には当該下地層を意味する。結合層は、結合部分(リンカー)を有する材料を含む層であることが好ましい。リンカーとリンカーに結合させる材料の末端の官能基の組み合わせとしては、エポキシ基と水酸基、フタル酸無水物と水酸基、カルボキシル基とN−ハイドロキシスクシイミド、カルボキシル基とカルボジイミド、アミノ基とグルタルアルデヒド等が挙げられる。それぞれの組み合わせにおいて、いずれがリンカーであっても良い。これらの方法においては、親水性材料によるコーティングを行う前に、導電性領域等の上にリンカーを有する材料により結合層を形成する。結合層における前記材料の密度は結合力を規定する重要な因子である。前記密度は、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。例えば、エポキシ基を末端に有するシランカップリング剤(エポキシシラン)を例にとると、エポキシシランを付加した導電性領域等の表面の水接触角が典型的には45°以上、望ましくは47°以上であれば、次に酸触媒存在下エチレングリコール系材料等を付加することによって十分な細胞接着阻害性を有する基板を作ることができる。なお、本発明において水接触角とは、23℃において測定される水接触角を指す。
(親水性膜の酸化処理及び/又は分解処理による細胞接着性領域の形成)
本発明では、細胞接着性領域は、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理及び/又は分解処理を施して細胞接着性とした領域により形成される。
本発明において「酸化」とは狭義の意味であり、有機化合物が酸素と反応して酸素の含有量が反応以前よりも多くなる反応を意味する。
本発明において「分解」とは有機化合物の結合が切断されて1種の有機化合物から2種以上の有機化合物が生じる変化を指す。「分解処理」としては典型的には、酸化処理による分解、紫外線照射による分解等が挙げられるがこれらには限定されない。「分解処理」が酸化を伴う分解(つまり酸化分解)である場合、「分解処理」と「酸化処理」とは同一の処理を指す。
紫外線照射による分解とは、有機化合物が紫外線を吸収し、励起状態を経て分解することを指す。なお、有機化合物が、酸素を含む分子種(酸素、水等)とともに存在している系中に紫外線を照射すると、紫外線が化合物に吸収されて分解が起こる以外に、該分子種が活性化して有機化合物と反応する場合がある。後者の反応は「酸化」に分類できる。そして活性化された分子種による酸化により有機化合物が分解する反応は、「紫外線照射による分解」ではなく「酸化による分解」に分類できる。
以上のように「酸化処理」と「分解処理」は操作としては重複する場合があり、両者を明確に区別することはできない。そこで本明細書では「酸化処理及び/又は分解処理」という用語を使用する。
酸化処理及び/又は分解処理の方法としては、親水性膜を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法等が挙げられる。本発明では、導電性領域20a、20b上、及び好ましくは複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101上に、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とをそれぞれ形成することから、親水性膜をパターン状に部分的に酸化処理及び/又は分解処理する。部分的に酸化処理及び/又は分解処理する場合は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いたりすると良い。また、紫外線レーザー等のレーザーを用いた方式等の直描方式で酸化処理及び/又は分解処理を施しても良い。
紫外線照射処理の場合は、波長185nmや254nmの紫外線を出す水銀ランプや波長172nmの紫外線を出すエキシマランプ等のVUV領域からUV−C領域の紫外線を出すランプを光源として用いることが好ましい。光触媒処理する場合は、波長365nm以下の紫外線を出す光源を用いることが好ましく、波長254nm以下の紫外線を出す光源を用いることがより好ましい。光触媒としては、酸化チタン光触媒、金属イオンや金属コロイドで活性化された酸化チタン光触媒を用いるのが好ましい。酸化剤としては、有機酸や無機酸を特に制限なく用いることができるが、高濃度の酸は取り扱いが難しいので、10%以下の濃度に希釈して用いると良い。最適な紫外線処理時間、光触媒処理時間、酸化剤処理時間は、用いる光源の紫外線強度、光触媒の活性、酸化剤の酸化力や濃度等の諸条件に応じて適宜決定することができる。
細胞接着性領域は、炭素酸素結合を有する有機化合物を低密度で含む親水性膜により形成されていても良い。この態様では、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とは、ともに炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されている。2つの領域は前記有機化合物の密度が相違する。同密度が高いほど細胞は接着しにくくなる傾向がある。細胞接着性領域では、前記有機化合物の密度が、細胞が接着できる程度に低い。一方、細胞接着阻害性領域では、前記有機化合物の密度が、細胞が接着できない程度に高い。
親水性有機化合物の密度を制御する方法としては、親水性有機化合物の薄膜と導電性領域等の表面との間に結合層を設け、当該結合層の親水性有機化合物との結合力を調整する方法が挙げられる。ここで「結合層」とは上記で定義した通りであり、上記で説明した好ましい材料から構成され得る。結合層の結合力は、結合層におけるリンカーを有する材料の密度が高いほど強くなり、同密度が低いほど弱くなる。結合層におけるリンカーを有する材料の密度は、上述の通り、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。
この場合、細胞接着性領域の結合層における、リンカーを有する材料の密度は低い。細胞接着性領域における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、リンカーを有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には、10°〜43°、望ましくは15°〜40°である。このような結合層を形成する方法としては、リンカーを有する材料の被膜(結合層)を導電性領域等の表面に形成した後、当該結合層の表面を酸化処理及び/又は分解処理する方法が挙げられる。結合層の表面を酸化処理及び/又は分解処理する方法としては、結合層の表面を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法等が挙げられる。結合層表面の全面を酸化処理及び/又は分解処理しても良いし、部分的に処理しても良い。部分的な処理は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いることにより行うことができる。また、紫外線レーザー等のレーザーを用いた方式等の直描方式で酸化処理及び/又は分解処理を施しても良い。その他の諸条件等については、親水性膜の酸化処理及び/又は分解処理により細胞接着性領域を形成する方法の場合と同様の条件を適用できる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞接着性領域が形成できる。
また、上記の場合には、細胞接着阻害性領域の結合層における、リンカーを有する材料の密度は高い。細胞接着阻害性領域における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、リンカーを有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には45°以上、望ましくは47°以上である。このような結合層は、リンカーを有する材料の被膜を導電性領域等の表面に形成することにより得られる。結合層の表面を部分的に酸化処理及び/又は分解処理した場合には、処理を受けない残余の部分が前記水接触角を有する結合層となる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞接着阻害性領域が形成できる。
(細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域との比較)
細胞接着性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量は、細胞接着阻害性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量と比較して低いことが好ましい。具体的には、細胞接着性領域の炭素量が、細胞接着阻害性領域の炭素量に対して20〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「炭素量(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
また、細胞接着性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値は、細胞接着阻害性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して小さい値であることが好ましい。具体的には、細胞接着性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値が、細胞接着阻害性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して35〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「酸素と結合している炭素の割合(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
(親水性薄膜の評価方法)
本発明における親水性薄膜(結合層が存在する場合には結合層も含む)の評価手法としては、接触角測定、エリプソメトリー、原子間力顕微鏡観察、電子顕微鏡観察、オージェ電子分光測定、X線光電子分光測定、各種質量分析法等を用いることができる。これらの手法の中で、最も定量性に優れているのはX線光電子分光測定(XPS/ESCA)である。この測定方法で求められるのは相対的定量値であり、一般的に元素濃度(atomic concentration、%)で算出される。以下、本発明におけるX線光電子分光分析方法を詳細に説明する。
本発明において親水性薄膜の「炭素量」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる炭素量」と定義される。また、本発明において親水性薄膜の「酸素と結合している炭素の割合」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる酸素と結合している炭素の割合」と定義される。具体的な測定は、特開2007−312736号公報に記載される通りに実施できる。
(パターンの形状)
本発明の細胞培養用基板では、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とがパターン化されて配置されていることが好ましい。パターンの形状は、二次元のパターンであれば特に制限されず、細胞の種類、形成させる組織等によって選択することができる。例えば、ライン状、ツリー状(樹状)、網目状、格子状、円形、四角形のパターン、円形及び四角形等の図形の内部が全て細胞接着性領域又は細胞接着阻害性領域となっているパターン等を形成することができる。
細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域のパターンは、導電性領域20a、20b上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っており、さらに好ましくは複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101上においても細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っているように形成される。導電性領域上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っていることにより、まず細胞接着性領域に細胞を接着させて培養した後、導電性領域への電圧の印加により細胞接着阻害性領域を細胞接着性に改変させると、改変された領域に細胞が遊走できるようになる。したがって、細胞接着性に改変される領域をパターンニングにより予め決定して、細胞遊走試験において細胞を遊走させる領域及び方向を制御することができる。
例えば、導電性領域20a、20bのそれぞれが、図2のように複数の櫛歯部200と各櫛歯部200を支持する基部201とを含む櫛形の領域である場合、細胞接着阻害性領域が櫛歯部200に直交する細長形状、すなわち、導電性領域20a、20bと、複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101にまたがる細長形状、好ましくはライン形の領域となるようパターニングを行うことにより、櫛歯部200に沿った細胞遊走を試験することができる。
櫛歯部200に直交する細長形状、好ましくはライン形の幅は、櫛歯部200が基部201から延びる長さより短く、細胞培養できる幅であれば良い。ライン形の幅は、通常1μm〜2cm、好ましくは50μm〜1000μmである。また、細長形状、好ましくはライン形の領域は、櫛歯部200とは直交するが、櫛形の基部201とは離れた位置、好ましくはできるだけ離れた位置にくるようパターニングする。そうすることにより、細長形状、好ましくはライン形の領域外に接着した細胞が、電圧印加後に細胞接着性に改変される櫛歯部200の領域を移動できるからである。
本発明の細胞培養用基板は、上記のように製造することができ、一実施形態においては、導電性領域20a、20bと、複数の導電性領域20a、20bの間における基材10の表面101の全面に、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜を形成する工程、及び導電性領域20a、20b上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合うように、親水膜をパターン状に酸化処理及び/又は分解処理して細胞接着性に改変させる工程を含む方法により製造できる。
(細胞)
細胞培養用基板に播種する細胞としては、血球系細胞やリンパ系細胞等の浮遊細胞でも良いし接着性細胞でも良いが、本発明は、接着性を有する細胞に対して好適に使用される。また遊走する性質を有する細胞に対して好適に使用される。そのような細胞としては、例えば、肝がん細胞、グリオーマ細胞、結腸がん細胞、腎がん細胞、膵がん細胞、前立腺がん細胞、大腸がん細胞、乳がん細胞、肺がん細胞、卵巣がん細胞等のがん細胞、肝臓の実質細胞である肝細胞、クッパー細胞、血管内皮細胞や角膜内皮細胞等の内皮細胞、繊維芽細胞、骨芽細胞、砕骨細胞、歯根膜由来細胞、表皮角化細胞等の表皮細胞、気管上皮細胞、消化管上皮細胞、子宮頸部上皮細胞、角膜上皮細胞等の上皮細胞、乳腺細胞、ペリサイト、平滑筋細胞や心筋細胞等の筋細胞、腎細胞、膵ランゲルハンス島細胞、末梢神経細胞や視神経細胞等の神経細胞、軟骨細胞、骨細胞等が挙げられる。これらの細胞は、組織や器官から直接採取した初代細胞でも良く、あるいは、それらを何代か継代させたものでも良い。さらにこれら細胞は、未分化細胞である胚性幹細胞、多分化能を有する間葉系幹細胞等の多能性幹細胞、単分化能を有する血管内皮前駆細胞等の単能性幹細胞、分化が終了した細胞の何れであっても良い。また、細胞は単一種を培養しても良いし二種以上の細胞を共培養しても良い。
目的の細胞を含む培養試料は、予め、生体組織を細かくして液体中に分散させる分散処理や、生体組織中の目的の細胞以外の細胞その他細胞破片等の不純物質を除去する分離処理等を行っておくことが好ましい。
細胞培養用基板への細胞の播種に先だって、目的とする細胞を含む培養試料を、予め、各種の培養方法で予備培養して、目的とする細胞を増やすことが好ましい。予備培養には、単層培養、コートディシュ培養、ゲル上培養等の通常の培養方法が採用できる。予備培養において、細胞を支持体表面に接着させて培養する方法の一つに、いわゆる単層培養法として既に知られている手段がある。具体的には、例えば、培養容器に培養試料と培養液を収容して一定の環境条件に維持しておくことにより、特定の生細胞のみが、培養容器等の支持体表面に接着した状態で増殖する。使用する装置や処理条件等は、通常の単層培養法等に準じて行う。細胞が接着して増殖する支持体表面の材料として、ポリリシン、ポリエチレンイミン、コラーゲン及びゼラチン等の細胞の接着や増殖が良好に用いられる材料を選択したり、ガラスシャーレ、プラスチックシャーレ、スライドガラス、カバーガラス、プラスチックシート及びプラスチックフィルム等の支持体表面に、細胞の接着や増殖が良好に行われる化学物質、いわゆる細胞接着因子を塗布しておくことも行われる。
予備培養後に、培養容器中の培養液を除去することで、培養試料中の支持体表面に接着しない塊状や線維状の不純物等の不要成分が除去され、支持体表面に接着した生細胞のみを回収できる。支持体表面に接着した生細胞の回収には、EDTA−トリプシン処理等の手段が適用できる。
上記のように予備培養した細胞を、培養液中の細胞培養用基板上に播種する。細胞の播種方法や播種量については特に制限はなく、例えば、朝倉書店発行「日本組織培養学会編組織培養の技術(1999年)」266〜270頁等に記載されている方法が使用できる。細胞を細胞培養用基板上で増殖させる必要がない程度に十分な量で、細胞が単層で接着するように播種することが好ましい。通常、培養液1ml当たり104〜106個のオーダーで細胞が含まれるように播種するのが好ましく、また、基板1cm2当たり104〜106個のオーダーで細胞が含まれるように播種するのが好ましい。具体的には、400mm2当たり2×105個程度で播種する。
細胞を播種した細胞培養用基板を培養液中で培養することにより、細胞を細胞接着性領域に接着させることが好ましい。培養液としては、当技術分野で通常用いられる細胞培養用培地であれば特に制限なく用いることができる。例えば、用いる細胞の種類に応じて、MEM培地、BME培地、DME培地、αMEM培地、IMDM培地、ES培地、DM−160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地及びRPMI1640培地等、朝倉書店発行「日本組織培養学会編組織培養の技術第三版」581頁に記載されているような基礎培地を用いることができる。さらに、基礎培地に血清(ウシ胎児血清等)、各種増殖因子、抗生物質、アミノ酸等を加えても良い。また、Gibco無血清培地(インビトロジェン社)等の市販の無血清培地等を用いることができる。
細胞を培養する時間は、培養時の細胞操作の有無等に左右されるが、通常6〜96時間、好ましくは12〜72時間である。培養する温度は、通常37℃である。CO2細胞培養装置等を利用して、5%程度のCO2濃度雰囲気下で培養するのが好ましい。培養した後、細胞培養用基板を洗浄することにより、接着していない細胞が洗い流され、細胞接着性領域にのみ細胞を接着させることができる。
(細胞遊走試験)
上記のように、本発明の細胞培養用基板上に細胞を播種して培養し、細胞接着性領域に細胞を接着させた後、導電性領域に電圧を印加して、導電性領域上の細胞接着阻害性領域を細胞接着性に改変させ、その後の細胞の移動を観察することにより、細胞遊走を試験することができる。
すなわち、細胞遊走試験法は、
(i)本発明の細胞培養用基板に細胞を播種し、細胞接着性領域に細胞を接着させる工程、
(ii)導電性領域に電圧を印加することによって導電性領域上の細胞接着阻害性領域を細胞接着性に改変させる工程、
(iii)導電性領域上の細胞接着性領域に接着している細胞の、工程(ii)で細胞接着性に改変した領域への移動を観察する工程、
を含む。
(i)の工程においては、細胞を播種した後、細胞培養を行い、細胞接着性領域に細胞を接着させることが好ましく、さらに細胞培養用基板を洗浄することにより、接着していない細胞を洗い流し、細胞接着性領域にのみ細胞を接着させることが好ましい。
(ii)の工程において、導電性領域に印加する電圧は、正電圧であることが好ましい。正電圧を印加することにより、細胞接着阻害性領域を効果的に細胞接着性に改変できるとともに、特に導電性領域がITO膜からなる場合に黒変するのを防止することができ、細胞遊走の観察を良好に実施できる。
印加する電圧は、当業者であれば適宜決定することができるが、通常1V〜10V、好ましくは2V〜5Vであり、印加する時間は、通常0.5分間〜60分間、好ましくは1分間〜10分間である。
印加する電圧は、導電性領域が接している溶媒の種類や、導電性領域の材質、導電性領域の形状によって、適切な値が変わるが、通常、細胞接着阻害性領域を細胞接着性に改変可能な電圧以上で、細胞に悪影響を与えない程度に低い電圧を加えるのが良い。
電圧は、細胞培養用基板の平面内の導電性領域20aと導電性領域20bとの間(例えば、ITOとITO間)に印加しても良いし、細胞培養用基板の平面内に、Pt等の対抗電極を設けて導電性領域と対向電極との間(例えば、ITOとPt間)に印加しても良い。また、電圧を精密に制御するため、細胞培養用基板の平面内にAg/AgCl等の参照電極を設けても良い。上記の対抗電極や参照電極は、細胞培養用基板の平面内でなくても良い(培養液に電極を浸漬する形態でも良い)。
導電性領域に電圧を印加するための装置として、導電性領域(例えば、陽極及び陰極として機能する導電性領域20a及び導電性領域20bのそれぞれ)に外部端子を接続し、その外部端子に所定の電圧を発生させる電源を接続することができる。
また、必要に応じて、電源を直流電源とし、これに極性切り替え装置を組み合わせることができる。この構成により、例えば、2つの導電性領域20a、20bのうち導電性領域20aの方に正電圧を印加して導電性領域20a上の細胞接着阻害性領域を細胞接着性に改変した後、極性を反転させて、導電性領域20b上の細胞接着阻害性領域を細胞接着性に改変させることができるため、細胞培養用基板の面全体を細胞遊走試験等に有効利用することができる。あるいは、設置する電源は、プラス電位のパルスやマイナス電位のパルスを発生させることができるパルス発生源であっても良い。
細胞の移動の観察には、細胞が移動する速度の計測、並びに遊走方向、遊走時の細胞形態、及び周囲の細胞同士のコネクション等の観察が含まれる。細胞が移動する速度の計測は、パターン、例えば櫛歯部のような線状のパターンにおいて、細胞が浸潤していく面積や距離を測定することにより、実施できる。
以下、本発明の細胞培養用基板を用いた細胞遊走試験法の一例について、図を参照することにより説明する。
図4は、細胞培養用基板2の一部を示しており、図2の細胞培養用電極1のS部分に対応する。図4に示すように、この実施形態に係る細胞培養用基板2は、基板上に導電性領域が櫛形にパターニングされ、陽極として機能する導電性領域20aと、陰極として機能する導電性領域20bとが形成されている。そして、導電性領域20aの、長さ方向位置が異なる2つ以上の位置に、導電性領域20aの各位置における部分を少なくとも一部(一部又は全部)に含むように細胞接着性領域30が形成されている。図4及び図5において、太枠は細胞接着性領域30の外縁部を示し、枠外の領域が細胞接着阻害性領域31を示す。複数の細胞接着性領域が存在する場合は、相互に離れて配置されている。図4及び5に示すように、導電性領域20aの各位置における部分が前記細胞接着性領域30の一部である場合には、該細胞接着性領域30には、残部として、複数の導電性領域20a、20bの間における基材の表面101がさらに含まれる。ただし、細胞接着性領域30の全部が、各位置における導電性領域20aとなるように形成されても良い。導電性領域20a、20b、及び複数の導電性領域20a、20bの間における基材の表面101のうち、前記細胞接着性領域30に含まれない部分(枠に囲まれていない部分)は、細胞接着阻害性領域31である。各細胞接着性領域30の、該細胞接着性領域に連結する導電性領域20aの長さ方向の寸法を細胞接着性領域30の長さL、該長さ方向に直交する方向の寸法を細胞接着性領域30の幅Wと定義したとき、各細胞接着性領域30の長さL及び幅Wが、それぞれ独立に、1μm〜500μmである。導電性領域20aのうち、細胞接着性領域30に含まれない部分の線幅LWは0.1μm〜10μmであり、且つ、該線幅LWは、該部分と接続される細胞接着性領域30の幅Wよりも小さい。導電性領域20a上の細胞接着阻害性領域31は、好ましくは、電圧印加によって細胞接着性に改変可能である。すなわち、電圧印加時には、予め形成されている細胞接着性領域30と、導電性領域20aの全体とが一体となって、細胞接着性領域が形成される。
本発明のこの実施形態では、細胞接着性領域30は、培養しようとする細胞が1〜数個、例えば1〜3個、好ましくは1又は2個、特に好ましくは1個のみ接着することが可能な寸法、形状、面積を有することが好ましい。この目的を達成するために、細胞接着性領域30の寸法、形状、面積を、培養しようとする細胞の種類に応じて適宜決定することができる。細胞接着性領域30の上記の定義による長さL及び幅Wは、通常は1μm〜500μmであり、好ましくは10μm〜200μmであり、より好ましくは25μm〜50μmである。細胞接着性領域30の長さLと幅Wの比は特に限定されないが、通常は、細胞接着性領域30の長さLを1としたときに、細胞接着性領域30の幅Wは0.5〜2であり、好ましくは0.7〜1.5であり、より好ましくは0.8〜1.3であり、特に好ましくは0.95〜1.05であり、最も好ましくは1である。細胞接着性領域30の形状として図4では正方形を例示しているが、特に限定されず、正方形、長方形、菱形、平行四辺形等の四角形、三角形、五角形、六角形、又はそれ以上の角を有する多角形、真円、楕円、長円等の円形が挙げられる。細胞接着性領域30の長さL及び幅Wがそれぞれ1μm〜500μmである場合は、細胞接着性領域が四角形であれば面積は1μm2〜250,000μm2、円形であれば約0.8μm2〜196,350μm2となる。細胞接着性領域の面積は好ましくは50μm2〜40,000μm2、より好ましくは625μm2〜2,500μm2(円形の場合は490μm2〜1963μm2)である。
導電性領域20aの線幅LWは、好ましくは0.1μm〜20μmであり、より好ましくは0.1μm〜10μmであり、特に好ましくは1μm〜5μmである。具体的には、培養される細胞の種類に応じて適宜決定することができる。また、導電性領域20aの線幅LWは、予め形成される細胞接着性領域30の幅Wよりも小さく形成することができる。例えば、細胞接着性領域30の幅Wを1としたとき、該細胞接着領域30に接続される導電性領域20aの線幅LWは、好ましくは0.2以下、より好ましくは0.01〜0.2とすることができる。
導電性領域20aの長さ方向位置が異なる2つ以上の位置に細胞接着性領域30が形成される実施形態では、導電性領域20aの、2つの細胞接着性領域30の間を連絡する部分の長さは培養される細胞の種類に応じて適宜決定することができ、通常は10μm〜10mmであり、好ましくは50μm〜200μmである。神経細胞の培養に用いる場合には、軸索の伸張能力が高いことを考慮すれば、上記長さを100mm〜30cmとしても良い。
この実施形態に係る本発明の細胞培養用基板2は、例えば、基材10の表面上に導電性領域20a、20bを形成し、これらの導電性領域を備えた細胞培養用電極の表面の全面に、親水性膜等を形成して細胞接着阻害性領域を形成し、次いで、親水膜をパターン状に酸化処理及び/又は分解処理して、1個又は複数個の細胞接着性領域30を形成することにより製造することができる。
この実施形態に係る本発明の細胞培養用基板2の使用方法について図5を参照して説明する。まず本発明の細胞培養用基板2に細胞Cを播種し、細胞接着性領域30に細胞Cを接着させる(図5(a))。この場合、各細胞接着性領域30には1〜数個、例えば1〜3個、好ましくは1又は2個、特に好ましくは1個の細胞Cのみが接着する。次いで、図5(b)に示すように、導電性領域20aに電圧(好ましくは正電圧)を印加することによって導電性領域20a上の細胞接着阻害性領域31を細胞接着性に改変させる。時間経過とともに、図5(c)に示すように、細胞接着性領域30に接着した細胞Cの一部の形態が変化し、新たに細胞接着性となった導電性領域20aに沿って伸長あるいは移動する。細胞Cを観察することにより、細胞の機能等を試験することができる。細胞の観察は、種々の観点から行うことができ、例えば形態変化の速度、距離、形態変化後の細胞の形状等を観察することができる。また、導電性領域20aの長さ方向位置が異なる2つ以上の位置に細胞接着性領域30が形成されている本発明の細胞培養用基板2を用いることにより、導電性領域を介して連絡された他の細胞との相互作用等を観察することもできる。この方法によれば、細胞−細胞間の相互作用を評価することが可能である。
上記方法はまた、回路状の細胞構築物を形成するために用いることもできる。図5(c)に示すように、導電性領域20aの長さ方向位置が異なる2つ以上の位置に細胞接着性領域30を形成する本発明の細胞培養用基板を用い、電圧を印加した状態で細胞Cを培養することにより、細胞接着性領域30に接着した細胞Cの一部が形態変化を生じ、新たに細胞接着性となった導電性領域20aに沿って伸長し、導電性領域20aを介して連絡された他の細胞Cとの間に、連絡部C1を形成する。この方法が適用される細胞は特に限定されない。例えば、培養細胞として神経細胞を用い、新たに細胞接着性となった導電性領域20aに沿った軸索伸張を誘導することにより、所望の形状の神経回路網を形成することが可能である。
本発明のように、細胞の播種後に電圧印加によって細い線状の細胞接着性の領域を新たに形成する場合には、予め細い線状の細胞接着性領域が形成された基板に細胞を播種する場合と比べて、細胞播種時に余計な細胞が線状領域上へ付着してしまう可能性を減らすことが可能であると考えられる。
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明は実施例の範囲に限定されない。
(実施例1)
基材として厚さ0.75mmのガラス板を用いた。この基材上に導電性領域として厚さ150nmのITO膜を成膜した。次に、ITO膜の表面を、波長10.6μmのCO2レーザーにより、出力30W、スポットサイズφ100μm、走査スピード20mm/sの条件で直線状に切削し、導電性領域を分割して細胞培養用電極を作製した。
次に、この細胞培養用電極の上に、結合層としてシランを介してポリエチレングリコールからなる親水性膜を成膜し、細胞培養用基板を作製した。
作製した細胞培養用基板について、レーザーにより切削した部分を段差測定機にて測定した。その結果を図6に示す。図6に示すように、レーザーにより基材の表面が凹んでいることが確認された(図6中のM)。また、導電性領域の表面の端部には、端部以外の比べて厚く盛り上がった畝部が形成されていることが確認された(図6中のN)。なお、切削部分の中央の突起は、ガラスによりレーザー光が屈折した影響か、又はガラス厚さによるレーザー焦点のずれが影響したものと考えられる。
次に、2つの導電性領域20a、20b間に電圧2Vを60秒間印加し、ポリエチレングリコールからなる親水性膜を細胞接着性に改変した。そして、その上にマウス細胞C2を60,000cells/cm2の密度で播種し、顕微鏡により観察した。その結果を図7に示す。図7に示すように、レーザーにより切削した部分(基材の表面の一部101)上にはマウス細胞C2が存在せず、パターンに忠実に細胞が接着していることが明らかとなった。この効果は、基材の表面が凹むように切削したことと、導電性領域20a、20bの端部に畝部を形成したことによるものと考えられる。
(実施例2)
基材として厚さ200μmのPETフィルムを用いた。この基材上に導電性領域として厚さ100nmのITO膜を成膜した。次に、ITO膜の表面を、波長10.6μmのCO2レーザーにより、出力15W、スポットサイズφ100μm、走査スピード1000mm/sの条件で直線状に切削し、導電性領域を分割して細胞培養用電極を作製した。
次に、この細胞培養用電極の上に、結合層としてシランを介してポリエチレングリコールからなる親水性膜を成膜し、細胞培養用基板を作製した。
作製した細胞培養用基板について、レーザーにより切削した部分を段差測定機にて測定した。その結果を図8に示す。図8に示すように、レーザーにより基材の表面が凹んでいることが確認された(図8中のM)。また、導電性領域の表面の端部には、端部以外の比べて厚く盛り上がった畝部が形成されていることが確認された(図6中のN)。