JP5927999B2 - 細胞遊走解析用基材および細胞遊走解析方法 - Google Patents

細胞遊走解析用基材および細胞遊走解析方法 Download PDF

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Description

本発明は、細胞遊走解析用基材および該細胞遊走解析用基材を用いた細胞遊走解析方法に関する。
細胞の遊走は免疫応答や受精後の胚形態形成、組織修復および再生などの様々な段階に関与している。また、癌やアテローム動脈硬化症、関節炎などの疾患の進行においても極めて重要な役割を持つ。具体的には、血管内皮を通しての細胞の遊走は、炎症、アテローム性動脈硬化症、癌の転移といった状態の病態生理における重要な現象である。そのため、インビトロでの細胞遊走を測定する方法は、長年に渡って開発されてきた。
例えば、一般に市販されている細胞遊走解析装置としては、古典的なボイデンチャンバ、細胞培養インサート、FluoroBlock(登録商標)(BD Biosciences)、Cell Motility HitKit(登録商標)(Cellomics)がある。
また特許文献1には、導電性領域と絶縁性領域とを有する基材、ならびにその導電性領域上に形成された細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とを備え、導電性領域上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っている細胞遊走解析装置が記載されている。この細胞遊走解析装置に細胞を播種し、細胞接着性領域に細胞を接着させ、導電性領域に電圧を印加して導電性領域上の細胞接着阻害性領域を細胞接着性に変化させることにより、細胞接着性領域に接着している細胞の、細胞接着性に変化した細胞接着阻害性領域への遊走を観察することができる。
しかしながら、細胞は、隣接する細胞と接触した際に、ギャップジャンクション等の接合を介して様々な相互作用をすることが知られており、この相互作用は細胞遊走挙動にも大きく影響する。上記のような従来の細胞遊走解析装置は、細胞を集団として取り扱うため、細胞間の相互作用を含めた遊走結果を測定するものでしかなかった。特許文献1には、導電性領域を櫛歯状にパターニングすることにより細胞の遊走方向を制御することが記載されているが、この場合においても前後の細胞同士は接触するため、遊走結果は細胞間の相互作用の影響を受ける。
特開2011−101638号公報
本発明は、細胞間の相互作用の影響を制御し、定量的に細胞遊走を解析することが可能な細胞遊走解析用基材およびこれを用いた細胞遊走解析方法を提供することを目的とする。
本発明者らは、基材表面に、細胞を個別に接着させて遊走させることが可能な1以上の試験領域を設けることにより、細胞間の相互作用の影響を制御し、定量的に細胞遊走を解析することが可能になることを見出した。
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)細胞遊走解析用基材であって、その表面に、
それぞれが、第1の細胞接着性領域と、該第1の細胞接着性領域と接する第1の細胞接着阻害性領域とを含む、1以上の試験領域と、
各試験領域を包囲する第2の細胞接着阻害性領域と
が形成されており、
該基材の、該第1の細胞接着阻害性領域が表面に形成された部分は導電部であり、
該第1の細胞接着阻害性領域は、導電部への電圧印加によって、第2の細胞接着性領域に変化することが可能である、
前記細胞遊走解析用基材。
(2)第1の細胞接着性領域が第1の細胞接着性領域に包囲されている、上記(1)に記載の細胞遊走解析用基材。
(3)第1の細胞接着性領域が、1個の細胞のみが接着可能な面積を有する、上記(1)または(2)に記載の細胞遊走解析用基材。
(4)複数の試験領域が、基材表面に、4〜4×10個/cmの密度で存在する、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の細胞遊走解析用基材。
(5)基材の、第2の細胞接着阻害性領域が表面に形成された部分は絶縁部である、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の細胞遊走解析用基材。
(6)表面に複数の試験領域が形成されており、
複数の試験領域のそれぞれに対応する、第1の細胞接着阻害性領域が表面に形成されている複数の導電部が、それぞれ、少なくとも1つの他の導電部と、導電性の橋状部を介して電気的に連結されている、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の細胞遊走解析用基材。
(7)細胞遊走解析方法であって、
(i)上記(1)〜(6)のいずれかに記載の細胞遊走解析用基材に細胞を播種して、第1の細胞接着性領域に細胞を接着させる工程、
(ii)導電部に電圧を印加することによって第1の細胞接着阻害性領域を第2の細胞接着性領域に改変する工程、および
(iii)第1の細胞接着性領域に接着させた細胞の第2の細胞接着性領域における移動を観察する工程
を含む、上記方法。
本発明によれば、細胞を個別に接着させて遊走させることが可能となるため、細胞間の相互作用の影響を制御し、定量的に細胞遊走を解析することが可能な細胞遊走解析用基材および細胞遊走解析方法を提供することができる。さらには、本発明によれば、より多くの細胞について効率的に遊走解析を行うことができる。
図1は、本発明の第一の実施形態を示す図である。 図2は、本発明の第二の実施形態を示す図である。 図3は、本発明の第一の実施形態の一態様を示す図である。
以下、本発明の細胞遊走解析用基材(以下、「本発明の基材」という)の一実施形態について説明する。
第一の実施形態は、基材表面に、
それぞれが、第1の細胞接着性領域と、該第1の細胞接着性領域と接する第1の細胞接着阻害性領域とを含む、複数の試験領域と
各試験領域を包囲する第2の細胞接着阻害性領域と
が形成されており、
該基材の、該第2の細胞接着阻害性領域が表面に形成された部分は絶縁部であり、
該基材の、該試験領域および該絶縁部が表面に形成された部分は導電部であり、
該第1の細胞接着阻害性領域は、導電部への電圧印加によって、第2の細胞接着性領域に変化することが可能である形態である。
第二の実施形態は、基材表面に、
それぞれが、第1の細胞接着性領域と、該第1の細胞接着性領域と接する第1の細胞接着阻害性領域とを含む、複数の試験領域と、
各試験領域を包囲する第2の細胞接着阻害性領域と
が形成されており、
該基材の、該第1の細胞接着阻害性領域が表面に形成された部分は導電部であり、
複数の試験領域のそれぞれに対応する、第1の細胞接着阻害性領域が表面に形成されている複数の導電部が、それぞれ、少なくとも1つの他の導電部と、導電性の橋状部を介して電気的に連結されており、
該第1の細胞接着阻害性領域は、導電部への電圧印加によって、第2の細胞接着性領域に変化することが可能である形態である。
(基体)
本発明の基材は導電部をその表面に形成させるための基体を含んでいてもよい。
本発明の基材に用いられる基体としては、導電部を形成可能な材料で形成されたものであれば特に制限されない。基体は絶縁性材料を含むものであることが好ましい。本明細書において、絶縁性材料を含む基体を絶縁部ともいう。具体的には、ガラス、石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、アルミナ、サファイア、セラミクス、フォルステライト、感光性ガラス、セラミック、シリコン、エラストマー、プラスチック(例えば、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を挙げることができる。基体は透明性の材料を含むものであることが好ましい。その形状も限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜等の平坦な形状、シリンダ、スタンプ、マルチウェルプレート、マイクロ流路等の立体的な形状、ならびに表面に凹凸が形成された形状が挙げられる。フィルムを使用する場合、その厚さは特に制限されないが、通常0.1〜1000μm、好ましくは1〜500μm、より好ましくは10〜200μmである。
基体上に導電部を形成する場合、公知のパターニング技術を利用できる。公知のパターニング技術としては、例えば、グラビア印刷法、スクリーン印刷法、オフセット印刷法、フレキソ印刷法およびコンタクトプリンティング法などの各種印刷法による方法、各種リソグラフィー法を用いる方法、ならびにインクジェット法による方法、他に微細な溝を彫刻等する立体整形の手法などが挙げられる。具体的には、基体、例えばガラス基体に、導電性材料、例えば金属膜または金属酸化物膜を成膜し、これをフォトリソグラフィー技術等の公知の技術を用いてパターニングすることにより、導電部を形成することができる。
基体上への導電性材料の成膜は、公知の方法で行うことができる。例えば、マイクロ波プラズマCVD(Chemical vapor deposit)法、ECRCVD(Electric cyclotron resonance chemical vapor deposit)法、ICP(Inductive coupled plasma)法、直流スパッタリング法、ECR(Electric cyclotron resonance)、スパッタリング法、イオン化蒸着法、アーク式蒸着法、レーザー蒸着法、EB(Electron beam)蒸着法、抵抗加熱蒸着法などが挙げられる。成膜は、塗布により実施してもよい。スピンコートや各種の印刷方式も使用できる。
導電部を構成する導電性材料の膜として、金属膜または金属酸化物膜、金属微粒子や金属ナノファイバーが絶縁体に分散された膜、導電性の有機材料からなる膜などが挙げられる。金属酸化物としては、ITO(酸化インジウム錫)、IZO(酸化インジウム亜鉛)などが挙げられ、金属微粒子としては、銀、金、銅などの微粒子、金属ナノファイバーとしてはカーボンナノチューブ、導電性の有機材料としては、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)などが挙げられる。
導電性材料の膜としては特に制限されないが、透明な膜であることが好ましく、例えば、ITO膜、IZO膜、導電性高分子のポリエチレンジオキシチオフェン膜などが挙げられる。また、電圧印加後も透明な膜であることが好ましい。本発明においては、ITO膜をスパッタリング法により成膜して、その後パターニングすることにより、導電部を形成することが好ましい。透明な膜は、細胞の観察において有利である。
導電性材料の膜の厚さは、通常、単分子膜〜100μm程度であり、好ましくは2nm〜1μm、より好ましくは5nm〜500nmである。
上記のような導電部のパターニングは、具体的には、成膜した金属膜または金属酸化物膜に、レジスト塗布、フォトマスクを介した露光、現像およびエッチングを行って実施することができる。
(絶縁部)
本発明の基材は導電部上に絶縁部を含んでいてもよい。
本発明の基材に用いられる絶縁部としては、導電部上に形成可能な材料で形成されたものであれば特に制限されない。絶縁部は、その表面に炭素酸素結合を有する有機化合物の被膜を形成することが可能な材料で形成されたものであることが好ましい。具体的には、ガラス、石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、アルミナ、サファイア、セラミクス、フォルステライト、感光性ガラス、セラミック、シリコン、エラストマー、プラスチック(例えば、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を挙げることができる。絶縁部はSiO等の透明性の材料を含むものであることが好ましい。その形状も限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜等の平坦な形状、シリンダ、スタンプ、マルチウェルプレート、マイクロ流路等の立体的な形状、ならびに表面に凹凸が形成された形状が挙げられる。フィルムを使用する場合、その厚さは特に制限されないが、通常0.1〜1000μm、好ましくは1〜500μm、より好ましくは10〜200μmである。
導電部上に絶縁部を形成する場合、公知のパターニング技術を利用できる。公知のパターニング技術としては、例えば、グラビア印刷法、スクリーン印刷法、オフセット印刷法、フレキソ印刷法およびコンタクトプリンティング法などの各種印刷法による方法、各種リソグラフィー法を用いる方法、ならびにインクジェット法による方法、他に微細な溝を彫刻等する立体整形の手法などが挙げられる。
基体上への導電性材料の成膜は、公知の方法で行うことができる。例えば、マイクロ波プラズマCVD(Chemical vapor deposit)法、ECRCVD(Electric cyclotron resonance chemical vapor deposit)法、ICP(Inductive coupled plasma)法、直流スパッタリング法、ECR(Electric cyclotron resonance)、スパッタリング法、イオン化蒸着法、アーク式蒸着法、レーザー蒸着法、EB(Electron beam)蒸着法、抵抗加熱蒸着法などが挙げられる。成膜は、塗布により実施してもよい。スピンコートや各種の印刷方式も使用できる。
具体的には、導電性材料の成膜およびパターニング後に、絶縁性材料の成膜およびパターニングを公知の方法で行うことにより絶縁部を形成することができる。また、導電性材料の成膜後に絶縁性材料を成膜した後、一括してパターニングを公知の方法で行うか、またはリフトオフ法を用いることにより絶縁部を形成することができる。
(細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域)
本発明において、第1の細胞接着性領域と第2の細胞接着性領域を単に細胞接着性領域と称する場合がある。また、本発明において、第1の細胞接着阻害性領域と第2の細胞接着阻害性領域を単に細胞接着阻害性領域と称する場合がある。
本発明において、細胞接着性とは、細胞が接着すること、または細胞が接着しやすいことを意味する。細胞接着阻害性とは、細胞が接着しにくいことまたは細胞が接着しないことを意味する。従って、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域が形成されている基材表面に細胞を播くと、細胞接着性領域には細胞が接着するが、細胞接着阻害性領域には細胞が接着しない。
細胞接着性は、接着しようとする細胞によって異なる場合もあるため、細胞接着性とは、ある種の細胞に対して細胞接着性であることを意味する。従って、細胞遊走解析用基材上には、複数種の細胞に対する複数の細胞接着性領域が存在する場合、すなわち細胞接着性が異なる細胞接着性領域が2水準以上存在する場合もある。
(細胞接着阻害性領域)
細胞接着阻害性領域は、好ましくは、炭素酸素結合を有する有機化合物により形成される親水性膜により形成される。当該親水性膜は、水溶性や水膨潤性を有する、炭素酸素結合を有する有機化合物を主原料とする薄膜であり、酸化される前は細胞接着阻害性を有し、酸化および/または分解された後は細胞接着性を有しているものであれば特に限定されない。また、第2の細胞接着阻害性領域に関しては、細胞非接着性あり、かつ表面に親水性膜が形成されないレジスト部により形成されていてもよい。このようなレジスト部の材料としては、例えばSU−8(MicroChem)を挙げることができる。レジスト部の形成方法は、特に制限されないが、例えば、スピンコートや各種印刷技術による塗布成膜により形成することができる。また、レジスト部の厚さは特に制限されないが、1〜100μmであることが好ましい。
本発明において炭素酸素結合とは、炭素と酸素との間に形成される結合を意味し、単結合に限らず二重結合であってもよい。炭素酸素結合としてはC−O結合、C(=O)−O結合、C=O結合が挙げられる。
主原料としては、水溶性高分子、水溶性オリゴマー、水溶性有機化合物、界面活性物質、両親媒性物質等が挙げられ、これらが相互に物理的または化学的に架橋し、基体または導電部と物理的または化学的に結合することにより親水性薄膜となる。
具体的な水溶性高分子材料としては、ポリアルキレングリコールおよびその誘導体、ポリアクリル酸およびその誘導体、ポリメタクリル酸およびその誘導体、ポリアクリルアミドおよびその誘導体、ポリビニルアルコールおよびその誘導体、双性イオン型高分子、多糖類、等を挙げることができる。分子形状は、直鎖状、分岐を有するもの、デンドリマー等を挙げることができる。より具体的には、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールとポリプロピレングリコールの共重合体、例えば、Pluronic F108、Pluronic F127、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−ビニル−2−ピロリドン)、ポリ(2−ヒドロキシエチルメタクリレート)、ポリ(メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリン)、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンとアクリルモノマーの共重合体、デキストラン、およびヘパリンが挙げられるがこれらには限定されない。
具体的な水溶性オリゴマー材料や水溶性低分子化合物としては、アルキレングリコールオリゴマーおよびその誘導体、アクリル酸オリゴマーおよびその誘導体、メタクリル酸オリゴマーおよびその誘導体、アクリルアミドオリゴマーおよびその誘導体、酢酸ビニルオリゴマーの鹸化物およびその誘導体、双性イオンモノマーからなるオリゴマーおよびその誘導体、アクリル酸およびその誘導体、メタクリル酸およびその誘導体、アクリルアミドおよびその誘導体、双性イオン化合物、水溶性シランカップリング剤、水溶性チオール化合物等を挙げることができる。より具体的には、エチレングリコールオリゴマー、(N−イソプロピルアクリルアミド)オリゴマー、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンオリゴマー、低分子量デキストラン、低分子量ヘパリン、オリゴエチレングリコールチオール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、2−〔メトキシ(ポリエチレンオキシ)−プロピルトリメトキシシラン、およびトリエチレングリコール−ターミネーティッド−チオールが挙げられるがこれらには限定されない。
親水性膜は、処理前は高い細胞接着阻害性を有し、酸化処理および/または分解処理後は細胞接着性を示すものであることが望ましい。
親水性膜の平均厚さは、0.8nm〜500μmが好ましく、0.8nm〜100μmがより好ましく、1nm〜10μmがより好ましく、1.5nm〜1μmが最も好ましい。平均厚さが0.8nm以上であれば、細胞の接着において、基材の表面の親水性薄膜で覆われていない領域の影響を受けにくいため好ましい。また、平均厚さが500μm以下であればコーティングが比較的容易である。
基体または導電部表面への親水性膜の形成方法としては、基体または導電部へ親水性有機化合物を直接吸着させる方法、基体または導電部へ親水性有機化合物を直接コーティングする方法、基体または導電部へ親水性有機化合物をコーティングした後に架橋処理を施す方法、基体または導電部への密着性を高めるために多段階式に親水性薄膜を形成させる方法、基体または導電部との密着性を高めるために基体または導電部上に下地層を形成し、次いで親水性有機化合物をコーティングする方法、基体または導電部表面に重合開始点を形成し、次いで親水性ポリマーブラシを重合する方法等を挙げることができる。
上記成膜方法のうち特に好ましい方法としては、多段階式に親水性薄膜を形成させる方法、ならびに、基体または導電部との密着性を高めるために基体または導電部上に下地層を形成し、次いで親水性有機化合物をコーティングする方法を挙げることができる。これらの方法を用いると、親水性有機化合物の基体または導電部への密着性を高めることが容易だからである。本明細書では「結合層」という用語を用いる。結合層とは、多段階式に親水性有機化合物の薄膜を形成する場合には最表面の親水性薄膜層と基材との間に存在する層を意味し、基体または導電部表面に下地層を設け当該下地層の上に親水性薄膜層を形成する場合には当該下地層を意味する。結合層は、結合部分(リンカー)を有する材料を含む層であることが好ましい。リンカーとリンカーに結合させる材料の末端の官能基の組み合わせとしては、エポキシ基と水酸基、フタル酸無水物と水酸基、カルボキシル基とN−ハイドロキシスクシイミド、カルボキシル基とカルボジイミド、アミノ基とグルタルアルデヒド等が挙げられる。それぞれの組み合わせにおいて、いずれがリンカーであってもよい。これらの方法においては、親水性材料によるコーティングを行う前に、基体または導電部上にリンカーを有する材料により結合層を形成する。結合層における前記材料の密度は結合力を規定する重要な因子である。前記密度は、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。例えば、エポキシ基を末端に有するシランカップリング剤(エポキシシラン)を例にとると、エポキシシランを付加した基材の表面の水接触角が典型的には45°以上、望ましくは47°以上であれば、次に酸触媒存在下エチレングリコール系材料等を付加することによって十分な細胞接着阻害性を有する基材を作ることができる。なお、本発明において水接触角とは、23℃において測定される水接触角を指す。
(親水性膜の酸化処理および/または分解処理による第1の細胞接着性領域の形成)
本発明では、第1の細胞接着性領域は、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした領域により形成される。
本発明において「酸化」とは狭義の意味であり、有機化合物が酸素と反応して酸素の含有量が反応以前よりも多くなる反応を意味する。
本発明において「分解」とは有機化合物の結合が切断されて1種の有機化合物から2種以上の有機化合物が生じる変化を指す。「分解処理」としては典型的には、酸化処理による分解、紫外線照射による分解などが挙げられるがこれらには限定されない。「分解処理」が酸化を伴う分解(つまり酸化分解)である場合、「分解処理」と「酸化処理」とは同一の処理を指す。
紫外線照射による分解とは、有機化合物が紫外線を吸収し、励起状態を経て分解することを指す。なお、有機化合物が、酸素を含む分子種(酸素、水など)とともに存在している系中に紫外線を照射すると、紫外線が化合物に吸収されて分解が起こる以外に、該分子種が活性化して有機化合物と反応する場合がある。後者の反応は「酸化」に分類できる。そして活性化された分子種による酸化により有機化合物が分解する反応は、「紫外線照射による分解」ではなく「酸化による分解」に分類できる。
以上のように「酸化処理」と「分解処理」は操作としては重複する場合があり、両者を明確に区別することはできない。そこで本明細書では「酸化処理および/または分解処理」という用語を使用する。
酸化処理および/または分解処理の方法としては、親水性膜を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法などが挙げられる。本発明では、導電部上に第1の細胞接着性領域を形成することから、親水性膜をパターン状に部分的に酸化処理および/または分解処理する。部分的に酸化処理および/または分解処理する場合は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いたりするとよい。また、紫外線レーザ等のレーザを用いた方式等の直描方式で酸化処理および/または分解処理を施してもよい。
紫外線照射処理の場合は、波長185nmや254nmの紫外線を出す水銀ランプや波長172nmの紫外線を出すエキシマランプなどのVUV領域からUV−C領域の紫外線を出すランプを光源として用いることが好ましい。光触媒処理する場合は、波長365nm以下の紫外線を出す光源を用いることが好ましく、波長254nm以下の紫外線を出す光源を用いることがより好ましい。光触媒としては、酸化チタン光触媒、金属イオンや金属コロイドで活性化された酸化チタン光触媒を用いるのが好ましい。酸化剤としては、有機酸や無機酸を特に制限なく用いることができるが、高濃度の酸は取り扱いが難しいので、10%以下の濃度に希釈して用いるとよい。最適な紫外線処理時間、光触媒処理時間、酸化剤処理時間は、用いる光源の紫外線強度、光触媒の活性、酸化剤の酸化力や濃度などの諸条件に応じて適宜決定することができる。
第1の細胞接着性領域は、炭素酸素結合を有する有機化合物を低密度で含む親水性膜により形成されていてもよい。この態様では、第1の細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とは、ともに炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されている。2つの領域は前記有機化合物の密度が相違する。同密度が高いほど細胞は接着しにくくなる傾向がある。第1の細胞接着性領域では、前記有機化合物の密度が、細胞が接着できる程度に低い。一方、細胞接着阻害性領域では、前記有機化合物の密度が、細胞が接着できない程度に高い。
親水性有機化合物の密度を制御する方法としては、親水性有機化合物の薄膜と基体または導電部表面との間に結合層を設け、当該結合層の親水性有機化合物との結合力を調整する方法が挙げられる。ここで「結合層」とは上記で定義した通りであり、上記で説明した好ましい材料から構成され得る。結合層の結合力は、結合層におけるリンカーを有する材料の密度が高いほど強くなり、同密度が低いほど弱くなる。結合層におけるリンカーを有する材料の密度は、上述の通り、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。
本発明のこの態様では、第1の細胞接着性領域の結合層における、リンカーを有する材料の密度は低い。第1の細胞接着性領域における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、リンカーを有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には、10°〜43°、望ましくは15°〜40°である。このような結合層を形成する方法としては、リンカーを有する材料の被膜(結合層)を基体または導電部表面に形成した後、当該結合層の表面を酸化処理および/または分解処理する方法が挙げられる。結合層表面を酸化処理および/または分解処理する方法としては、結合層表面を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法などが挙げられる。結合層表面の全面を酸化処理および/または分解処理してもよいし、部分的に処理してもよい。部分的な処理は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いることにより行うことができる。また、紫外線レーザ等のレーザを用いた方式等の直描方式で酸化処理および/または分解処理を施してもよい。諸条件などについても、親水性膜の酸化処理および/または分解処理により第1の細胞接着性領域を形成する方法の場合と同様の条件を適用できる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、第1の細胞接着性領域が形成できる。
本発明のこの態様では、細胞接着阻害性領域の結合層における、リンカーを有する材料の密度は高い。細胞接着阻害性領域における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、リンカーを有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には45°以上、望ましくは47°以上である。このような結合層は、リンカーを有する材料の被膜を基体または導電部表面に形成することにより得られる。結合層表面を部分的に酸化処理および/または分解処理した場合には、処理を受けない残余の部分が前記水接触角を有する結合層となる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞接着阻害性領域が形成できる。
(細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域との比較)
細胞接着性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量は、細胞接着阻害性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量と比較して低いことが好ましい。具体的には、細胞接着性領域の炭素量が、細胞接着阻害性領域の炭素量に対して20〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「炭素量(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
また、細胞接着性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値は、細胞接着阻害性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して小さい値であることが好ましい。具体的には、細胞接着性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値が、細胞接着阻害性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して35〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「酸素と結合している炭素の割合(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
(親水性薄膜の評価方法)
本発明の親水性薄膜(結合層が存在する場合には結合層も含む)の評価手法としては、接触角測定、エリプソメトリー、原子間力顕微鏡観察、電子顕微鏡観察、オージェ電子分光測定、X線光電子分光測定、各種質量分析法などを用いることができる。これらの手法の中で、最も定量性に優れているのはX線光電子分光測定(XPS/ESCA)である。この測定方法で求められるのは相対的定量値であり、一般的に元素濃度(atomic concentration、%)で算出される。以下、本発明におけるX線光電子分光分析方法を詳細に説明する。
本発明において親水性薄膜の「炭素量」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる炭素量」と定義される。また、本発明において親水性薄膜の「酸素と結合している炭素の割合」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる酸素と結合している炭素の割合」と定義される。具体的な測定は、特開2007−312736に記載されるとおりに実施できる。
(本発明の基材の製造方法)
本発明の基材は、基材の全面に、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜を形成する工程、および導電部上に第1の細胞阻害性領域が形成されるように、親水性膜を酸化処理および/または分解処理して細胞接着性に改変させる工程を含む方法により製造できる。
(細胞)
本発明の基材に播種する細胞としては、血球系細胞やリンパ系細胞などの浮遊細胞でもよいし接着性細胞でもよいが、本発明は、接着性を有する細胞に対して好適に使用される。また遊走する性質を有する細胞に対して好適に使用される。そのような細胞としては、例えば、肝がん細胞、グリオーマ細胞、結腸癌細胞、腎がん細胞、膵がん細胞、前立腺がん細胞、大腸がん細胞、乳癌細胞、肺がん細胞、卵巣がん細胞などのがん細胞、肝臓の実質細胞である肝細胞、クッパー細胞、血管内皮細胞や角膜内皮細胞などの内皮細胞、繊維芽細胞、骨芽細胞、砕骨細胞、歯根膜由来細胞、表皮角化細胞などの表皮細胞、気管上皮細胞、消化管上皮細胞、子宮頸部上皮細胞、角膜上皮細胞などの上皮細胞、乳腺細胞、ペリサイト、平滑筋細胞や心筋細胞などの筋細胞、腎細胞、膵ランゲルハンス島細胞、末梢神経細胞や視神経細胞などの神経細胞、軟骨細胞、骨細胞などが挙げられる。これらの細胞は、組織や器官から直接採取した初代細胞でもよく、あるいは、それらを何代か継代させたものでもよい。さらにこれら細胞は、未分化細胞である胚性幹細胞、多分化能を有する間葉系幹細胞などの多能性幹細胞、単分化能を有する血管内皮前駆細胞などの単能性幹細胞、分化が終了した細胞の何れであってもよい。また、細胞は単一種を培養してもよいし二種以上の細胞を共培養してもよい。
目的の細胞を含む培養試料は、予め、生体組織を細かくして液体中に分散させる分散処理や、生体組織中の目的の細胞以外の細胞その他細胞破片等の不純物質を除去する分離処理などを行っておくことが好ましい。
本発明の基材への細胞の播種に先だって、目的とする細胞を含む培養試料を、予め、各種の培養方法で予備培養して、目的とする細胞を増やすことが好ましい。予備培養には、単層培養、コートディシュ培養、ゲル上培養などの通常の培養方法が採用できる。予備培養において、細胞を支持体表面に接着させて培養する方法の一つに、いわゆる単層培養法として既に知られている手段がある。具体的には、例えば、培養容器に培養試料と培養液を収容して一定の環境条件に維持しておくことにより、特定の生細胞のみが、培養容器などの支持体表面に接着した状態で増殖する。使用する装置や処理条件などは、通常の単層培養法などに準じて行う。細胞が接着して増殖する支持体表面の材料として、ポリリシン、ポリエチレンイミン、コラーゲンおよびゼラチン等の細胞の接着や増殖が良好に行われる材料を選択したり、ガラスシャーレ、プラスチックシャーレ、スライドガラス、カバーガラス、プラスチックシートおよびプラスチックフィルム等の支持体表面に、細胞の接着や増殖が良好に行われる化学物質、いわゆる細胞接着因子を塗布しておくことも行われる。
予備培養後に、培養容器中の培養液を除去することで、培養試料中の支持体表面に接着しない塊状や線維状の不純物等の不要成分が除去され、支持体表面に接着した生細胞のみを回収できる。支持体表面に接着した生細胞の回収には、EDTA−トリプシン処理などの手段が適用できる。
上記のように予備培養した細胞を、培養液中の本発明の基材上に播種する。細胞の播種方法や播種量については特に制限はなく、例えば、朝倉書店発行「日本組織培養学会編組織培養の技術(1999年)」266〜270頁等に記載されている方法が使用できる。細胞遊走解析用基材上で増殖させる必要がない程度に十分な量で、細胞が単層で接着するように播種することが好ましい。通常、培養液1ml当り10〜10個のオーダーで細胞が含まれるように播種するのが好ましい。
本発明の基材に播種した細胞を培養液中で培養することにより、細胞を第1の細胞接着性領域に接着させることが好ましい。培養液としては、当技術分野で通常用いられる細胞培養用培地であれば特に制限なく用いることができる。例えば、用いる細胞の種類に応じて、MEM培地、BME培地、DME培地、αMEM培地、IMDM培地、ES培地、DM−160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地およびRPMI1640培地等、朝倉書店発行「日本組織培養学会編組織培養の技術第三版」581頁に記載されているような基礎培地を用いることができる。さらに、基礎培地に血清(ウシ胎児血清等)、各種増殖因子、抗生物質、アミノ酸などを加えてもよい。また、Gibco無血清培地(インビトロジェン社)等の市販の無血清培地等を用いることができる。
細胞を培養する時間は、培養時の細胞操作の有無などに左右されるが、通常6〜96時間、好ましくは12〜72時間である。培養する温度は、通常37℃である。CO細胞培養装置などを利用して、5%程度のCO濃度雰囲気下で培養するのが好ましい。培養した後、本発明の基材を洗浄することにより、接着していない細胞が洗い流され、第1の細胞接着性領域にのみ細胞を接着させることができる。
(導電部への電圧印加による第2の細胞接着性領域の形成)
本発明では、第2の細胞接着性領域は、導電部に電圧を印加して第1の細胞接着阻害性領域に形成された親水性膜を分解し、剥離して細胞接着性とすることにより形成される。ここで、分解とは有機化合物の結合が切断されて1種の有機化合物から2種以上の有機化合物が生じる変化を指す。本発明では、導電部に電圧を印加することにより、例えば結合層に存在する結合部分(リンカー)が切断され、親水性膜を構成する有機化合物の少なくとも一部が分解または除去されるものと考えられる。
(細胞遊走解析)
上記のように、本発明の基材上に細胞を播種して第1の細胞接着性領域に細胞を接着させた後、導電部に電圧を印加して、導電部上の第1の細胞接着阻害性領域を第2の細胞接着性領域に改変させ、その後の細胞の移動を観察することにより、細胞遊走を解析することができる。
換言すれば、本発明の細胞遊走解析法は、
(i)本発明の基材に細胞を播種して、第1の細胞接着性領域に細胞を接着させる工程、
(ii)導電部に電圧を印加することによって第1の細胞接着阻害性領域を第2の細胞接着性領域に改変する工程、および
(iii)第1の細胞接着性領域に接着させた細胞の第2の細胞接着性領域における移動を観察する工程
を含む。
(i)の工程においては、細胞を播種した後、細胞培養を行い、第1の細胞接着性領域に細胞を接着させることが好ましく、さらに本発明の基材を洗浄することにより、接着していない細胞を洗い流し、第1の細胞接着性領域にのみ細胞を接着させることが好ましい。
(ii)の工程において、導電部に印加する電圧は、正電圧であることが好ましい。正電圧を印加することにより、第1の細胞接着阻害性領域を効果的に第2の細胞接着性領域に改変できるとともに、特に導電部がITO膜からなる場合に黒変するのを防止することができ、細胞遊走の観察を良好に実施できる。
印加する電圧は、当業者であれば適宜決定することができるが、通常1〜10V、好ましくは2〜5Vであり、印加する時間は、通常0.5〜60分間、好ましくは1〜10分間である。
印加する電圧は、電極が接している溶媒の種類や、電極の材質、電極の形状によって、適切な値が変わるが、通常、第1の細胞接着阻害性領域を第2の細胞接着性領域に改変可能な電圧以上で、細胞に悪影響を与えない程度に低い電圧を加えるのがよい。
電圧は、基材平面内の導電部間(例えば、ITOとITO間)に印加してもよいし、基材平面内に、Pt等の対抗電極を設けて導電部と対向電極の間(例えば、ITOとPt間)に印加してもよい。また、電圧を精密に制御するため、基材平面内にAg/AgCl等の参照電極を設けてもよい。上記の対抗電極や参照電極は、基材平面内でなくてもよい(培養液に電極を浸漬する形態でもよい)。
細胞の移動の観察には、細胞が移動する速度の計測、ならびに遊走方向、遊走時の細胞形態、および細胞同士のコネクションなどの観察が含まれる。細胞が移動する速度の計測は、第2の細胞接着性領域、例えば長方形の第2の細胞接着性領域において、細胞が浸潤していく面積や距離を測定することにより、実施できる。
本発明の基材において、限定された数(例えば1個または2個)の細胞を所定の第1の細胞接着性領域に接着させることができるため、遊走解析前に細胞を所定の位置に配置し、かつ細胞間の相互作用を制御して細胞遊走をさせることができ、よって遊走評価を有利に実施できる。
以下、本発明の基材の一実施形態について、図を参照することにより説明する。
第一の実施形態
図1に本発明の基材の第一の実施形態が示されている。
第一の実施形態に係る基材10は、基材表面に、
それぞれが、第1の細胞接着性領域13と、該第1の細胞接着性領域13と接する第1の細胞接着阻害性領域11とを含む、複数の試験領域と
各試験領域を包囲する第2の細胞接着阻害性領域12と
が形成されており、
該基材10の、該第2の細胞接着阻害性領域12が表面に形成された部分は絶縁部bであり、
該基材10の、該試験領域および該絶縁部bが表面に形成された部分は導電部cであり、
該第1の細胞接着阻害性領域11は、導電部cへの電圧印加によって、第2の細胞接着性領域14に変化することが可能である。
図1左上は、基材10(電圧印加前)の表面を図示したものである。
第一の実施形態に係る基材10において、第1の細胞接着阻害性領域11が第1の細胞接着性領域13と接するように配置され、第1の細胞接着性領域13と一体となって試験領域を形成している。第1の細胞接着阻害性領域11は、電圧印加後に第2の細胞接着性領域14に変化した際に、第1の細胞接着性領域13から第2の細胞接着性領域14へ細胞が移動することができるように、第1の細胞接着性領域13と接していればよい。好ましくは、第1の細胞接着阻害性領域11は第1の細胞接着性領域13を包囲するように配置される。また、第1の細胞接着性領域13は第1の細胞接着阻害性領域11の中央または中心に位置することが好ましい。
第1の細胞接着性領域13は、基材10に細胞を播種した際に、1個の細胞のみが第1の細胞接着性領域13に配置されるように、1個の細胞のみが接着可能な面積を有することが好ましい。これにより、細胞間の相互作用の影響を受けずに遊走解析を行うことができる。この場合、第1の細胞接着性領域13の面積は、解析しようとする細胞の種類により異なるが、例えば、第1の細胞接着性領域13が円形または正方形である場合、直径または1辺が1μm〜50μmであることが好ましく、約10μmであることが特に好ましい。あるいは、複数個の細胞を解析する場合には、第1の細胞接着性領域13は、該複数個の細胞のみが接着可能な面積を有することが好ましい。これにより、細胞間の相互作用を当該細胞間のものに限定して遊走解析を行うことができる。例えば、2個の細胞について解析する場合、第1の細胞接着性領域13は、解析しようとする細胞の種類により異なるが、例えば、第1の細胞接着性領域13が円形または正方形である場合、直径または1辺が2μm〜100μmであることが好ましく、約20μmであることが特に好ましい。
第2の細胞接着阻害性領域12は試験領域を包囲するように配置されている。これにより、基材10に細胞を播種した際に、第1の細胞接着性領域13にのみ細胞を配置することができる。
図1左下は、基材10(電圧印加前)の断面を図示したものである。基材10において、導電部c上の第2の細胞接着阻害性領域12に対応する領域に絶縁部bが形成されている。そして、導電部cの一部および絶縁部bの全部の上に親水性膜aが形成されている。親水性膜aが形成されている領域は、第1の細胞接着阻害性領域11および第2の細胞接着阻害性領域12に対応する。導電部cの下には、図示されるように基体dが配置されていてもよく、配置されていなくともよい(図示せず)。
導電部cに電圧を印加した場合、導電部c上に形成されている親水性膜aが剥離し、第1の細胞接着阻害性領域11が第2の細胞接着性領域14に変化する(図1右上および右下参照)。これにより、第1の細胞接着性領域13に細胞を接着させた後、電圧印加により形成された第2の細胞接着性領域14上を細胞が遊走することが可能となるので、細胞遊走解析において、細胞を遊走させる前の位置を予め設定し、さらに細胞を遊走させる領域および方向を制御することができる。尚、第2の細胞接着性領域14は、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜aに酸化処理および/または分解処理を施して得られる第1の細胞接着性領域13とは、詳細な表面性状が異なる場合がある。
基材10の表面において、第1の細胞接着阻害性領域11(または第2の細胞接着性領域14)の形状としては、細胞の遊走が可能であれば特に限定されないが、例えば、長方形、正方形、円形等が挙げられる。細胞遊走解析を一次元で簡便に行う場合には、細長い帯状の形状、例えば、長方形であることが好ましい(図3参照)。第1の細胞接着阻害性領域11(または第2の細胞接着性領域14)の大きさに関しては、解析しようとする細胞の細胞分裂周期における移動を妨げないスペースを提供可能であれば特に制限されず、例えば、第1の細胞接着阻害性領域11(または第2の細胞接着性領域14)が円形または正方形である場合、直径または1辺が40μm〜4000μmであることが好ましく、約200μmであることが好ましい。また、一次元で解析する目的で形状を長方形とする場合、短辺は細胞の大きさに対応する長さであることが好ましく、具体的には1μm〜50μmであることが好ましく、また長辺は、細胞の細胞分裂周期における移動距離の2倍に対応することが好ましく、具体的には40μm〜4000μmであることが好ましい。
基材10の表面において、1以上、好ましくは複数の試験領域が基材10の表面に島状に配置されている。基材10を用いて、より多くの細胞を効率的に解析する観点から、試験領域は、基材10の表面の面積、例えば試験領域とこれを包囲する第2の細胞接着阻害性領域12を合わせた面積に対し、好ましくは4〜4×10個/cm、特に好ましくは16〜400個/cmの密度で存在することが好ましい。試験領域を上記のような密度で存在させることにより、細胞を含む培養液を希釈して播種することにより1個または複数の細胞について遊走試験を行う場合と比較して、より多くの細胞を効率的に試験することができる。
第一の実施形態に係る基材において、絶縁部b、導電部cおよび基体dに使用する材料の組合せとしては、透過観察を行うことができるという観点から、それぞれ透明性材料であるSiO、ITOおよびガラスを用いることが好ましい。また、試験領域だけを透過観察しやすいという観点から、絶縁部bのみに不透明性の材料を用いるか、またはSiO等の透明性材料を用いて形成した絶縁部b上にさらに金属膜等を積層する(図示せず)ことが好ましい。
第一の実施形態に係る基材の製造方法について説明する。先ず、基体の全面に導電部cを形成し、次に、導電部c上に第2の細胞接着阻害性領域12に対応する形状の絶縁部bを形成する。続いて、表出している導電部cおよび絶縁部bの全面に炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜aを形成する。そして、第1の細胞接着性領域13の領域に対応する領域の親水性膜を酸化処理および/または分解処理して細胞接着性に改変させる。
第二の実施形態
図2に本発明の基材の第二の実施形態が示されている。この実施形態における、基材の形状等の諸条件は、この節において特に規定していない限り、第一の実施形態について述べた諸条件と同様である。
第二の実施形態に係る基材20は、基材表面に、
それぞれが、第1の細胞接着性領域23と、該第1の細胞接着性領域23と接する第1の細胞接着阻害性領域21とを含む、複数の試験領域と、
各試験領域を包囲する第2の細胞接着阻害性領域22と
が形成されており、
該基材20の、該第1の細胞接着阻害性領域21が表面に形成された部分は導電部cであり、
複数の試験領域のそれぞれに対応する、第1の細胞接着阻害性領域21が表面に形成されている複数の導電部cが、それぞれ、少なくとも1つの他の導電部cと、導電性の橋状部eを介して電気的に連結されており、
該第1の細胞接着阻害性領域21は、導電部cへの電圧印加によって、第2の細胞接着性領域26に変化することが可能である。
図2左上は、基材20(電圧印加前)の表面を図示したものである。
第二の実施形態に係る基材20において、第1の細胞接着阻害性領域21が第1の細胞接着性領域23と接するように配置され、第1の細胞接着性領域23と一体となって試験領域を形成している。そして、第2の細胞接着阻害性領域22が試験領域を包囲するように配置されている。
基材20において、導電部cは基体dの第1の細胞接着阻害性領域21および第1の細胞接着性領域23に対応する領域に配置されている。また、導電部c間(A領域24に対応する位置)に、基材20表面に沿って伸びる導電性の橋状部eが配置されている。そして、導電部cの一部、基体dの一部および導電性の橋状部eの上に親水性膜aが形成されている。親水性膜aが形成されている領域は、第1の細胞接着阻害性領域21、第2の細胞接着阻害性領域22およびA領域24に対応する。
ここで、各導電部cは、導電性の橋状部eにより電気的に連結されている。これにより、各導電部cを効率よく電圧印加することができる。導電性の橋状部eは、図示するように導電部cと一体に形成されていてもよく、または導電部cと別の部材であってもよい(図示せず)。
導電性の橋状部eの材料としては、導電性の材料であれば特に制限はされず、例えば導電部cに関して上述した導電性材料を含むものが挙げられるが、十分な導電率を得るために、金、銀、アルミニウム、銅、白金、カーボン等の導電率の高い材料を用いることが好ましい。あるいは、導電性の橋状部eの材料は、導電部cに電圧を印加した場合にA領域24の親水性膜aの剥離を促進しない導電性材料や細胞接着阻害性の導電性材料であってもよい。また、導電性の橋状部eの材料は、導電部cに用いられる材料と同一であっても、異なっていてもよい。
ここで、特に、導電部cに電圧を印加した場合にA領域24の親水性膜aが剥離されるような導電性材料を用いる場合には、電圧印加により形成された接着性領域(B領域25)を細胞が遊走することにより細胞遊走解析に悪影響を与えないよう、導電性の橋状部eの形状を線状にし、また、導電性の橋状部eを各導電部cの隅に配置することが好ましい。この場合、線状の導電性の橋状部eの短辺の長さは、1〜10μmであることが好ましく、約5μmであることが特に好ましい。
第二の実施形態に係る基材において、導電部c、基体dおよび導電性の橋状部eに使用する材料の組合せとしては、透過観察を行うことができ、かつ製造コストの面で経済的であるという観点から、透明性材料であるITOを導電部cおよび導電性の橋状部eとして用い、基体dとしてガラスを用いることが好ましい。また、高い導電性を確保することにより本願基材の面積を拡大し、より多くの細胞の遊走解析を行うことが可能であるという観点から、上記の組合せにおいて導電性の橋状部eのみを金等の導電率の高い材料とすることが好ましい。また、隣り合う試験領域間で細胞同士が交じり合うことなく、正確に試験を行うことが可能であるという観点から、導電性の橋状部eとして、細胞接着阻害性の材料、または電圧印加しても親水性膜aの剥離を促さずに細胞接着阻害性を維持することができる化学的性質を持つ材料を用いることが好ましい(図示せず)。
第二の実施形態に係る基材の製造方法について説明する。先ず、基体dの第1の細胞接着阻害性領域21および第1の細胞接着性領域23に対応する領域に導電部cを形成する。続いて、導電部cおよび表出している基体dの全面に炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜aを形成する。そして、第1の細胞接着性領域23の領域の親水性膜aを酸化処理および/または分解処理して細胞接着性に改変させる。
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明は実施例の範囲に限定されない。
[実施例1]
1.細胞遊走解析用基材の作製
(導電部および絶縁部の形成)
長さ×幅が125mm×85mmの無アルカリガラス基板上に透明電極(ITO)を膜厚150nmで全面にスパッタ成膜した。ついで、絶縁性材料としてSiOを膜厚300nmで全面にスパッタ成膜し、フォトリソグラフィーによって、試験領域以外および外部配線用のコンタクトパッド部以外を残すようにパターニングした。試験領域は200μm角の四角パターンとし、ピッチ300μmで試験領域が正方状にならぶよう、幅100μmのグリッド状に絶縁部を形成した。
(親水性膜の形成)
トルエン39.0gおよびエポキシシランTSL8350(GE東芝シリコーン製)750μLの混合液を攪拌しながら触媒量のトリエチルアミンを加え、さらに室温で数分間攪拌した。UV洗浄した基板を、上記のエポキシシラン溶液に浸漬し、19時間室温で振盪した。その後、下地処理された基板をエタノールで洗浄し、次いで水洗し、乾燥した。
次に、ポリエチレングリコール15gを攪拌しながら、触媒量の濃硫酸をゆっくり添加し、さらに室温で数分間攪拌した。上記のエポキシシラン処理された基板を上記のポリエチレングリコールに浸漬し、80℃で60分間反応させた。反応後、基板をよく水洗いし、次いで乾燥した。これにより親水性膜が形成された基板が得られた。
(酸化処理による第1の細胞接着性領域の形成)
表面全域に酸化チタン系光触媒を塗布したフォトマスクを作製した。フォトマスクは、10μm角の開口部が300μmピッチで形成された四角パターンのものを用いた。あらかじめ露光機の照度を350nmの波長で計測し、露光時間の設定の目安とした。照度は25mW/cmであった。親水性薄膜が形成された基板と上記触媒付き石英板を、親水性薄膜とフォトマスクの光触媒層が対向するように設置し、フォトマスクの裏面側から光が照射されるよう露光機内に設置した。絶縁部により形成された試験領域の中央にフォトマスクの開口部が位置するようアライメントを合わせて、120秒間露光し、酸化処理を行った。
得られた基板を25mm角に切断し、中央部に穴のあいた35mmディッシュの裏面側から接着剤で接合することにより細胞遊走解析用基材を作成した。
2.細胞培養
細胞遊走解析用基材をエチレンオキサイドガスで滅菌した。各ウェルの中に5×10個のウシ血管内皮細胞を播種した。10%血清を含むDMEM培地を用いて、37℃、5%CO濃度のインキュベータ内で24時間培養した。位相差顕微鏡で観察したところ、細胞が細胞接着性領域に1細胞ずつ接着している箇所を確認できた。さらに、接着していない細胞を取り除くため、培養液を交換して遊走試験の準備を行った。
3.電圧印加
培養液中へ対向電極を差し入れ、対向電極とITO電極間に、ITO電極側が正となるよう2Vの電圧を2分間印加した。
4.遊走試験
電圧印加後、顕微鏡付きのインキュベータ内で5時間培養しながら、観察を行った。その結果、1細胞ずつ接着していた細胞が、他の細胞と接着することなく、試験領域内を遊走している様子を観察することができた。
[実施例2]
長さ×幅が125mm×85mmの無アルカリガラス基板上に透明電極(ITO)を膜厚150nmで全面にスパッタ成膜した。ついで、フォトリソグラフィーによって、試験領域、橋状部、外部配線用のコンタクトパッド部のみ残すようにITOをパターニングした。試験領域は200μm角の四角パターンとし、ピッチ300μmで試験領域が正方状にならぶように形成した。また、幅10μm、長さ100μmの長方形状の橋状部によって試験領域の端部同士を連結した。
その後、実施例1と同様にして、親水性膜の形成、酸化処理による第1の細胞接着性領域の形成、基板の切断、貼付け等を行い、細胞遊走解析用基材を作成した。
そして、実施例1と同様にして細胞培養、電圧印加、遊走試験についても実施した結果、1細胞ずつ接着していた細胞が、他の細胞と接着することなく、試験領域内を遊走している様子を観察することができた。
10、10’:基材
11:第1の細胞接着阻害性領域
12、12’:第2の細胞接着阻害性領域
13、13’:第1の細胞接着性領域
14:第2の細胞接着性領域
20、20’:基材
21:第1の細胞接着阻害性領域
22、22’:第2の細胞接着阻害性領域
23、23’:第1の細胞接着性領域
24:A領域
25:B領域
26:第2の細胞接着性領域
a:親水性膜
b:絶縁部
c:導電部
d:基体
e:橋状部

Claims (5)

  1. 細胞遊走解析用基材であって、その表面に、
    それぞれが、第1の細胞接着性領域と、該第1の細胞接着性領域と接する第1の細胞接着阻害性領域とを含む、1以上の試験領域と、
    各試験領域を包囲する第2の細胞接着阻害性領域と
    が形成されており、
    該基材の、該第1の細胞接着阻害性領域が表面に形成された部分は導電部であり、
    該基材の、該第1の細胞接着性領域が表面に形成された部分は導電部であり、
    該基材の、該第2の細胞接着阻害性領域が表面に形成された部分は絶縁部であり、
    該第1の細胞接着阻害性領域は、導電部への電圧印加によって、第2の細胞接着性領域に変化することが可能であり、
    該第1の細胞接着性領域が第1の細胞接着阻害性領域に包囲されている、
    前記細胞遊走解析用基材。
  2. 第1の細胞接着性領域が、1個の細胞のみが接着可能な面積を有する、請求項に記載の細胞遊走解析用基材。
  3. 複数の試験領域が、基材表面に、4〜4×10個/cmの密度で存在する、請求項1または2に記載の細胞遊走解析用基材。
  4. 表面に複数の試験領域が形成されており、
    複数の試験領域のそれぞれに対応する、第1の細胞接着阻害性領域が表面に形成されている複数の導電部が、それぞれ、少なくとも1つの他の導電部と、導電性の橋状部を介して電気的に連結されている、請求項1〜のいずれか1項に記載の細胞遊走解析用基材。
  5. 細胞遊走解析方法であって、
    (i)請求項1〜のいずれか1項に記載の細胞遊走解析用基材に細胞を播種して、第1の細胞接着性領域に細胞を接着させる工程、
    (ii)導電部に電圧を印加することによって第1の細胞接着阻害性領域を第2の細胞接着性領域に改変する工程、および
    (iii)第1の細胞接着性領域に接着させた細胞の第2の細胞接着性領域における移動を観察する工程
    を含む、上記方法。
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