以下、本発明に係る硬質金属皮膜を有する金属母材の穿孔方法の一具体例として、効率よく長尺樹脂フィルムを冷却するため、キャンロールの外周面とそこに巻き付けられる長尺樹脂フィルムとの間のギャップ部にガスを導入することが可能な外周面に複数のガス放出孔が形成されたジャケットロール構造のキャンロールを作製する場合を例に挙げて説明する。図4にこの本発明の一具体例の穿孔方法を用いてガス放出機構付きキャンロールを作製する方法が工程順に示されている。
具体的に説明すると、先ず熱伝導性と加工性に優れた、好適にはアルミ、銅、またはステンレスからなる円筒状のロール材100をキャンロールの外筒部用部材として用意する。このロール材100には、加工を容易にするため中心軸部分に仮軸110を取り付けてもよい。このロール材100の外周肉厚部に、ガンドリル加工によりロール材100の中心軸方向に延在する複数のガス導入路5を全周に亘って等間隔に形成する(ガンドリル加工工程)。各ガス導入路5の長さは、ロール材100の幅の50%以上にするのが好ましい。これが50%未満ではキャンロールの外周面とそこに巻き付く長尺樹脂フィルムとの間にガスを充分供給できなくなるおそれがある。なお、ガス導入路5をロール材100の片側端面から加工するのが困難な場合は、両側端面から加工してもよい。
次に、ロール材100の外周部分を円筒切削した後、当該切削した外周面を研磨加工する(研磨加工工程)。このように研磨加工前に外周部分を円筒切削することにより、後述するガス放出孔の深さが浅くなるので、その加工時間を短くすることができる上、細いガス放出孔をより簡単に穿孔することが可能となる。なお、ガンドリルによる孔開け加工は、肉厚の薄い方向に曲がっていく特性があるので、ロール材100の外周面付近にガス導入路を開けた場合は、円筒切削する前にロール材100の幅方向略中央部にガス放出孔を開けてガス導入路5の深さを確認するのが望ましい。
次に、ロール材100の外周面の平滑性と硬度を上げるために、当該外周面を硬質金属皮膜で被覆する(硬質金属皮膜コーティング工程)。このようにして外周面を平滑にすると共にその硬度を高めることにより、ロール材100をスパッタリングウェブコータなどのロールツーロール方式の表面処理装置に使用した時に、当該キャンロールの外周面がその上を走行する長尺樹脂フィルムとの接触の際に摩耗するのを防ぐことができる。なお、この硬質金属皮膜の膜厚は、後述する粗面化および鏡面加工を行っても除去されることのない膜厚、具体的には100μm程度の膜厚にすることが好ましい。
この硬質金属皮膜の被覆にはレーザーコーティング法が用いられる。この方法は、金属板などの金属母材の表面にレーザービームを照射すると共にその照射スポットに硬質金属皮膜を構成する溶材粉末を供給することによって、金属母材の表面に溶材を溶融凝固させて硬質金属皮膜を成膜する方法である。かかるレーザーコーティング法では、レーザービームの熱源によりレーザービームのスポットにおいて溶材がモルテンプールを形成するが、レーザービームとそのスポットの周囲に不活性なシールドガスを供給することで、モルテンプールでの溶材の酸化を防ぐことができる。このようにレーザーコーティング法を用いてロール材100の外周面に硬質金属皮膜を成膜することで、レーザービームの精密なパワー制御が可能なため、金属母材であるロール材100への影響が少なく、且つロール材100の金属成分が硬質金属皮膜に溶け込まないため、硬質金属皮膜が薄くても硬質金属皮膜本来の性能を発揮させることができる。
硬質金属皮膜の成膜法として、従来から知られている粉体プラズマ溶接法を用いることが考えられるが、この方法では金属母材であるロール材の外周面と金属皮膜とが溶解により完全に接合し、特にアークにより母材の金属が広範囲に硬質金属皮膜に溶け込むので、硬質金属皮膜の表面部での組成を硬質金属の組成にする為に硬質金属皮膜を厚くする必要が生じ、後述するガス放出孔のレーザー穴開け加工時において穿孔する厚みが増加する問題が生じる。さらに金属母材であるロール材への熱負荷が大きく、ガス導入路が形成されたロールに施す処理としては適していない。
また、硬質金属皮膜の更に他の成膜法として、溶射法を用いることが考えらえるが、この方法では溶材を溶かして得た溶射粒子をロールの外周面に吹き付けることで機械的に接合させるため、熱負荷により剥離する可能性がある。また、溶射粒子で形成された皮膜は金属母材上で多孔質の膜となるため、スパッタリングウェブコータのキャンロールのように真空中で使用する場合は適していない。
これに対して、レーザーコーティング法を用いる場合は上記した粉体プラズマ溶接や溶射の問題を生ずることなく、Cr、Ni、Co、W、タングステンカーバイト等のうちの1種以上を主成分とする合金からなる超硬合金等でロール材100の外周面を覆うことができ、よって当該外周面の平滑性と硬度とが高められたガス放出機構付きキャンロールを作製することが可能となる。特に、ガス放出機構付きキャンロールの表面の硬質金属皮膜をクロムで形成しても、従来の硬質クロムめっきよりも強固なクロム皮膜を形成することができる。なお、硬質金属被膜となる溶材粉末には、タングステンカーバイトWCにNi、Cr、Co等を添加したもの、NiにCr、Co等を添加したもの、Cr単体等が考えられるが、硬質な膜ほど鏡面研磨が容易ではないので仕様等を考慮して適宜選択するのが好ましい。
上記の方法で硬質金属皮膜が成膜されたロール材100は、次に上記硬質金属皮膜の表面を公知のバーチカル研磨等で鏡面研磨加工し、当該ロール材100の芯出しをする(第1鏡面研磨加工工程)。これは、硬質金属皮膜を形成しただけでは、当該円筒状のロール材100の外周面は中心軸方向から見た時に真円から大きくずれていることがあるからである。このように真円から大きくずれたままのロール材100をキャンロールとして用いると、長尺樹脂フィルムの搬送の際にブレが生じ、適切に長尺樹脂フィルムを搬送できなくなるおそれがある。また、硬質金属皮膜の鏡面研磨加工により、硬質金属皮膜の膜厚のバラツキを無くすことができ、且つ後述する精密ブラストも均一に行うことができる。
ところで、硬質金属皮膜の表面に鏡面研磨加工を施こすことによりロール材100の外周面には金属光沢が生じるが、かかる金属光沢を有する外周面にレーザーで加工すると、レーザーは当該表面で反射してレーザー照射のために設けられた光学系を損傷させる恐れがある。そこで、レーザー加工する前に、鏡面加工された硬質金属皮膜を有するロール材100の外周面を精密ブラスト加工によって粗くする(精密ブラスト加工工程)。これにより、ロール材100の外周面に照射したレーザーを該外周面で散乱させることができ、光学系の損傷を防止することができる。更に、レーザーの反射率を低減させて吸収率を増加させることができるので、レーザー穴開け加工時の効率を向上させることができる。
上記の精密ブラスト加工では、硬質金属皮膜の表面を極端に粗くしてしまうと、レーザー穴開け加工後に行う研磨が困難になり、逆に、硬質金属皮膜の表面粗さが不足すると、レーザー穴開け加工の際に上記効果が期待できない。このため、硬質金属皮膜の表面の精密ブラスト加工では、中心線平均粗さRaで0.1〜0.3μmとなるように粗くする。精密ブラスト加工工程に使用する研磨剤は、硬質金属皮膜の硬度にもよるがアルミナ研磨剤またはSiC研磨剤が好ましく、その粒径は20〜100μm程度が適している。この研磨剤の粒径および精密ブラストの加工時間を適宜調整することにより中心線平均粗さRaが0.1〜0.3μmとなるように加工することができる。
図5には、硬質金属皮膜表面を精密ブラスト加工したときの中心線平均粗さRaと、ガス放出孔の加工に用いる波長1.06μmのレーザーにおける5°正反射率との関係が示されている。中心線平均粗さRaが0.1μm未満では、レーザー波長1.06μmにおける5°正反射率が2%を超えるので、反射したレーザーがレーザー照射の光学系を損傷させる恐れがある。一方、中心線平均粗さRaが0.3μmを超えてもレーザー波長1.06μmにおける5°正反射率は変化しておらず、0.3μmを超えて粗くすると後工程の研磨鏡面加工に必要な手間が増加するので好ましくない。
再度図4に戻ると、次に上記精密ブラスト加工が施されたロール材100に対して、その外周面側から各ガス導入路5に向かってレーザーを照射し、各ガス導入路5に回転軸方向に沿って開口する複数の略等間隔に並ぶガス放出孔6を連通させる(レーザー穴開け加工工程)。各ガス導入路5に設ける複数のガス放出孔6は、図1(c)のように各ガス導入路5に対してその延在方向に1列だけ並ぶように形成してもよいし、膨大な加工時間を要するガンドリル加工で形成するガス導入路5の本数を減らすため、各ガス導入路5に対してその延在方向に2列以上が並ぶように形成してもよい。
例えば図6には、ロール材200に形成したガス導入路15の各々に2列のガス放出孔群16a、16bを配した例が示されている。この場合は、レーザー加工の際のレーザーの照射方向は、ガス導入路15が延在する方向に対して直交する方向であって、且つ図7に示すようにロール材200の中心軸方向から見たときに、各ガス導入路15の直近における外周面の法線に関して右斜め方向と左斜め方向から好適にはこれらが当該法線に関して線対称となるようにセットする。
これにより、各ガス導入路15の真上の位置に対して一方の側で等間隔に並ぶガス放出孔群16aと、その反対側で等間隔に並ぶガス放出孔群16bとをガス導入路15に連通させることができる。この場合、各ガス放出孔の延在方向はガス導入路15の延在方向に直交しており且つロール材100の外周面に対して斜めとなる。なお、このようにロール材100の外周面に対して斜めに開ける角度を適宜調整することによって、ロール材100の円周方向におけるガス導入路15のピッチを上記図1(c)の場合に比べて2倍程度に広げた場合であっても、ロール材100の円周方向におけるガス放出孔16a、16bの開口部のピッチを、当該図1(c)の場合と同等にすることができる。
ガス放出孔を外周面に対して斜めに開ける加工は、マイクロドリルでは刃先が入り込ますに非常に難しい。これに対して上記したレーザー加工であれば、容易に外周面に対して斜めにガス放出孔を開けることが可能である。例えばパルスYAGレーザーなどの公知のレーザーを用いた孔あけ加工機を用いることで良好に穿孔することができる。
但し、図7に示すように、ロール材200の中心軸方向から各ガス導入路を見たとき、ガス放出孔群16a、16bを構成する各ガス放出孔の延在方向L1とそれが連通するガス導入路15の直近の外周面の法線L2とのなす角度αが60°を超えると、各ガス放出孔の外周面側の開口部の形状が極端に横に広がった楕円に成るばかりか、当該開口部の周辺部のうちガス放出孔の延在方向とロール材の外周面とが鋭角に交わる部分がレーザーで溶けてしまい、開口部の孔径が大きくなり過ぎてしまう。このようにガス放出孔の開口部が大きくなり過ぎると、その部位では他の場所に比べて長尺樹脂フィルムとキャンロールの金属部分との離間距離が大きくなり、熱伝導効率が局所的に低下するおそれがあるので好ましくない。
再度図4に戻ると、レーザー穴開け加工工程の次は、ロール材100の外周面を研磨鏡面加工して、外周面を中心線平均粗さRaで0.05μm以下にする(第2鏡面研磨加工工程)。この中心線平均粗さRaが0.05μmを超えると、接触する長尺樹脂フィルムに傷が付きやすくなる。この鏡面研磨加工は、公知のバーチカル研磨により行うことができる。これによりガス導入路とこれに連通し外周面で開口するガス放出孔とを有するガス放出機構付きキャンロール用の外筒部が得られる。この外筒部に内筒部および側面部を組み込んでジャケットロール構造とし、更にガスロータリージョイントを取り付けることにより図8に示すようなガス放出キャンロールが完成する。
すなわち、この図8に示すガス放出キャンロールは、外周面が長尺樹脂フィルムの搬送経路となる外筒部1と、その内側に同心軸状に設けられた内筒部2と、それらの両端部に取り付けられた側面部3a、3bとからなり、これら外筒部1と内筒部2との間に冷媒循環路4が形成されたジャケットロール構造になっている。そして、このジャケットロール構造の一端部に各ガス導入路にガスを分配するガスロータリージョイント7が設けられている。
かかる構造のガス放出機構付きキャンロールにより、キャンロールの冷媒循環路4には、処理装置の外部に設けられた冷媒冷却装置(図示せず)との間で冷媒の循環が行われ、これによりキャンロールの外筒部1が温度調節される。また、処理装置の外部からガス供給ライン8を介して導入されるガスは、ガスロータリージョイント7で各ガス導入路5に分配された後、ガス導入路5に連通する複数のガス放出孔6から外筒部1の外周面と長尺樹脂フィルムとの間のギャップ部に放出される。これにより、ロールツーロール方式で搬送される長尺樹脂フィルムに対して熱的ダメージを与えることなく熱負荷がかかる表面処理を施すことが可能になる。
ガス導入路5の本数や、複数のガス放出孔6の数は、キャンロールの外周面のうち長尺樹脂フィルムが巻き付けられる角度範囲(この角度を抱き角と称することもある)、搬送時の長尺樹脂フィルムの張力、ガス放出孔6からのガスの放出量等に応じて適宜定められる。各ガス放出孔6の内径は、キャンロールの外周面とそこに巻き付く長尺樹脂フィルムとの間のギャップ部内に良好にガスを導入できる大きさであれば特に限定されない。しかし、ガス放出孔6の内径が1000μmを超えるとその箇所において冷却効率が局所的に低下する原因となるため、一般的には内径30〜1000μm程度が好ましい。
また、上記のような小さな内径を有するガス放出孔6を狭ピッチにして多数配置することが外筒部1の外周面全面に亘って熱伝導性を均一化できるという点において好ましいが、小さな内径のガス放出孔6を狭ピッチで多数設ける加工技術は困難を伴うので、現実的には内径100〜500μm程度のガス放出孔6を5〜10mmのピッチで配置することが好ましい。
上記したガス放出機構付きキャンロールが搭載される処理装置としては、例えば図9に示すようなスパッタリングウェブコータとも称される真空成膜装置を挙げることができる。この真空成膜装置50は、真空チャンバー51内において、巻出ロール52から巻き出された長尺樹脂フィルムFを内部に温調された冷媒が循環するモータ駆動のキャンロール56の外周面に巻き付けて冷却しながらスパッタリング成膜処理を行った後、巻取ロール64で巻き取ることができるようになっており、ロールツーロール方式で搬送される長尺樹脂フィルムFの表面に連続的に効率よく成膜処理を施す場合に好適に用いられる。
具体的に説明すると、真空チャンバー51には図示しないドライポンプ、ターボ分子ポンプ、クライオコイル等の種々の真空装置が具備されており、これらによりスパッタリング成膜に際して真空チャンバー51内を到達圧力10−4Pa程度まで減圧した後、スパッタリングガスの導入により0.1〜10Pa程度の圧力調整を行えるようになっている。スパッタリングガスにはアルゴンなど公知のガスが使用され、目的に応じて更に酸素などのガスが添加される。真空チャンバー51形状や材質については、上記減圧状態に耐え得るものであれば特に限定はなく、種々のものを使用することができる。
巻出ロール52からキャンロール56までの搬送経路には、長尺樹脂フィルムFを案内するフリーロール53、長尺樹脂フィルムFの張力の測定を行う張力センサロール54、およびキャンロール56の外周面に長尺樹脂フィルムF密着させるべくキャンロール56の周速度に対する周速度の調整が可能なモータ駆動のフィードロール55がこの順に配置されている。
キャンロール56から巻取ロール64までの搬送経路にも、上記と同様に、キャンロール56の周速度に対する周速度の調整が可能なモータ駆動のフィードロール61、長尺樹脂フィルムFの張力測定を行う張力センサロール62、および長尺樹脂フィルムFを案内するフリーロール63がこの順に配置されている。上記巻出ロール52および巻取ロール64では、パウダークラッチ等によるトルク制御によって、長尺樹脂フィルムFの張力バランスが保たれている。また、キャンロール56の回転と、これに連動して回転するフィードロール55、61により、巻出ロール52から長尺樹脂フィルムFが巻き出されて巻取ロール64に巻き取られるようになっている。
上記キャンロール56の外周面のうち、長尺樹脂フィルムFが巻き付けられる搬送経路に対向する位置に、成膜手段としてのマグネトロンスパッタリングカソード57、58、59、60がこの順に該搬送経路に沿って設けられている。これにより長尺樹脂フィルムFを裏面側から冷却しながら表面側に熱負荷のかかるスパッタリング成膜を行うことができる。なお、金属膜のスパッタリング成膜の場合には板状のターゲットを使用することができるが、この場合はターゲット上にノジュール(異物の成長)が発生することがある。これが問題になる場合は、ノジュールの発生がなく、ターゲットの使用効率も高い円筒形のロータリーターゲットを使用することが好ましい。
なお、この真空成膜装置50には、熱負荷の掛かる真空成膜処理としてスパッタリング処理を想定したものであるため、マグネトロンスパッタリングカソード57、58、59、60が設けられているが、熱負荷の掛かる処理がCVD(化学蒸着)や真空蒸着などの他のものである場合は、板状ターゲットに代えて他の真空成膜手段が設けられる。
キャンロール56に外周面に設けられた複数のガス導入路5の一部がキャンロール56の回転により図9の抱き角Aの範囲外に位置したときは、その一部のガス導入路5にはガスを供給しないのが望ましい。このため、図8に示すガスロータリージョイント7には、抱き角Aの範囲内に位置しているガス導入路5には真空チャンバー51の外部から供給されるガスを供給し、抱き角Aの範囲外に位置しているガス導入路5には真空チャンバー51の外部から供給されるガスを供給しないような電磁弁や機械式開閉機構などのガス供給制御手段が備わっていることが好ましい。
これにより、ガス供給ライン8から供給されるガスのほとんどをキャンロール56の外周面とそこに巻き付けられる長尺樹脂フィルムFとの間に形成されるギャップ部に導入することができ、長尺樹脂フィルムFが巻き付いていない領域から無駄にガスを放出することがなくなる。よって、当該ギャップ部の間隔をほぼ一定に維持するためのガス流量制御が容易になる上、キャンロール56の外周面と長尺樹脂フィルムFとの間のギャップ部の熱コンダクタンスを抱き角Aの範囲内の全領域に亘って均一にすることが可能となる。
なお、長尺樹フィルムがキャンロールの外周面から離間する距離は、該長尺樹脂フィルムの種類や厚さ、長尺樹脂フィルムの搬送時の張力、ガス導入路5へのガス導入量等により異なるが、キャンロールの外周面とそこに巻き付いている長尺樹脂フィルムとのギャップ間隔が40μm程度であれば、当該ギャップ部に導入するガスは前述した真空成膜装置が具備するドライポンプなどの真空ポンプで排気可能である。一般的には、ギャップ部に導入するガスをスパッタリング雰囲気のガスと同じにすることによって、スパッタリング雰囲気の汚染を防ぐことができ、熱伝導率が比較的高いアルゴンを導入ガスに用いるのが特に望ましい。
上記した構成により、長尺樹脂フィルムに例えばNi系合金等からなる膜とCu膜とからなる積層構造の金属膜を連続的にスパッタリング等により成膜することができ、これにより製品としての金属膜付樹脂フィルムが得られる。この金属膜付樹脂フィルムに用いる長尺樹脂フィルムとしては、例えば、ポリイミド系フィルム、ポリアミド系フィルム、ポリエステル系フィルム、ポリテトラフルオロエチレン系フィルム、ポリフェニレンサルファイド系フィルム、ポリエチレンナフタレート系フィルム、液晶ポリマー系フィルム等を挙げることができる。これらの樹脂フィルムは、金属膜付フレキシブル基板としての柔軟性、実用上必要な強度、配線材料として好適な電気絶縁性を有する点において好ましい。
また、上記Ni合金等からなる膜はシード層と呼ばれ、Ni−Cr合金またはインコネル、コンスタンタンやモネル等の各種公知の合金を用いることができるが、その組成は金属膜付樹脂フィルムの電気絶縁性や耐マイグレーション性等の所望の特性に応じて選択される。金属膜付長尺樹脂フィルムの金属膜を更に厚くしたい場合は、湿式めっき法を用いて金属膜を形成することがある。なお、電気めっき処理のみで金属膜を形成する場合と、一次めっきとして無電解めっき処理を行い、二次めっきとして電解めっき処理等の湿式めっき法を組み合わせて行う場合もある。湿式めっき処理は、常法による湿式めっき法の諸条件を採用すればよい。
このようにして得た金属膜付樹脂フィルムは、サブトラクティブ法によりフレキシブル配線基板に加工される。サブトラクティブ法とは、レジストで覆われていない金属膜(例えば、上記Cu膜)をエッチングにより除去してフレキシブル配線基板を製造する方法である。なお、上記説明では、長尺樹脂フィルムにNi-Cr合金やCu等の金属膜を積層した構造体を例示したが、上記以外に各種用途に応じて種々の長尺基板に酸化物膜、窒化物膜、炭化物膜等を積層した構造体の作製に適用することも可能である。
また、上記したガス放出機構付きキャンロールは、真空成膜装置以外のプラズマ処理やイオンビーム処理にも好適に使用することができる。プラズマ処理やイオンビーム処理は、長尺樹脂フィルム基板の表面改質を目的として真空チャンバー内の減圧雰囲気下で行われるが、これら処理も長尺樹脂フィルムに熱負荷が掛かる処理であるためシワが発生しやすい。そのため、上記ガス放出機構付きキャンロールを使用することで、キャンロールの外周面と長尺樹脂フィルムとの間のギャップ間隔をほぼ一定に維持することができ、これにより熱コンダクタンスを簡単に均一にすることができるので、シワの発生を著しく減らすことが可能になる。
なお、プラズマ処理とは、公知のプラズマ処理方法により、例えばアルゴンと酸素の混合ガスまたはアルゴンと窒素の混合ガスからなる減圧雰囲気下において放電を行うことにより、酸素プラズマまたは窒素プラズマを発生させて長尺樹脂フィルムを処理する方法である。また、イオンビーム処理とは、公知のイオンビーム源を用い、強い磁場を印加した磁場ギャップでプラズマ放電を発生させ、プラズマ中の陽イオンを陽極による電解でイオンビームとして照射することにより、長尺樹脂フィルムを処理する方法である。
[実施例1]
図4に示す方法に従って図8に示すようなガス放出機構付きキャンロールを作製し、これを図9に示すような真空成膜装置(スパッタリングウェブコータ)に搭載してロールツーロールで搬送される長尺樹脂フィルム上にシード層としてのNi−Cr膜を成膜し、その上にCu膜を成膜した。なお、長尺樹脂フィルム基板には、幅500mm、長さ800m、厚さ25μmの宇部興産株式会社製の耐熱性ポリイミドフィルム「ユーピレックス(登録商標)」を使用した。
具体的には、ガス放出機構付きキャンロール56の外筒部1には、外径806mm、幅750mm、外周部の厚さ15mmのステンレスのシームレスパイプを用い、その内側に内筒部2を組み込んで冷媒循環路を有する2重筒構造のジャケットロールとした。この外筒部1の肉厚部の厚み方向中央部に、全周に亘って角度2°毎に180本の内径5mmのガス導入路5をガンドリルにより両端部から形成した。
次に、外筒部1の表面を3mm円筒切削して外径800mmに仕上げ、外筒部1を円筒切削後にバーチカル研磨を実施した。ガス導入路5を外筒部1の表面側に開けることができればその後のガス放出孔の深さが浅くなるのでレーザーによる加工を容易にすることができるが、ガンドリルは肉厚が薄い方向に向かって曲がっていく特性があって初めからガンドリルによるガス導入路5を外筒部1の表面付近に開けることは難しい。このため、上記したように肉厚部の厚み方向中央部にガンドリルでガス導入路5を形成した後に外筒部1の外周面を円筒切削した。
次に、外筒部1の外周面にレーザービームを照射すると共にそのスポットに硬質金属皮膜を構成する溶材粉末を供給して溶融凝固させることで硬質金属被膜を形成した。硬質金属被膜となる溶材粉末には、タングステンカーバイトWCにCoおよびCrを添加した。これにより膜厚0.3mmの硬質金属被膜を成膜した試料1のジャケットロールを作製した。更に、溶材粉末にNiにCrを添加したものを用いた以外は試料1と同様にして成膜した試料2のジャケットロールと、Crのみを用いた以外は試料1と同様にして成膜した試料3のジャケットロールとをそれぞれ作製した。
これら試料1〜3のジャケットロールの各々に対して、再度バーチカル研磨を行って硬質金属被膜を0.2mmまで薄くすると共に表面を鏡面に仕上げた。この状態での表面の中心線平均粗さRaは0.05μmであった。そして、ブラスト粒番号400番(平均粒子径:30±2μm)を用いた精密ブラスト処理により、外筒部1の硬質金属被膜面(鏡面)を中心線平均粗さRaで0.15μmにした。
次に、波長1.06μm、出力100WのパルスYAGレーザーを用いてガス放出孔6を穿孔した。ガス放出孔6は、図7に示すように、各ガス導入路5の中心と外筒部1の中心とを結ぶ半径方向に延びる直線L2に対して31°と−31°傾いた角度から、ガス放出孔6の内径が200μmに成るような位置にレーザヘッドをセットして、7mmピッチでレーザーを照射した。ただし、外筒部1の外周面の両端部からそれぞれ長尺樹脂フィルムの搬送経路の端部の更に20mm内側までの領域にはガス放出孔6を形成しなかった。上記したように半径方向の直線に対して31°と−31°の角度からガス放出孔6を形成したので、ガス放出孔6は外筒部1の円周方向のピッチも7mmになった。
なお、前述したように外筒部1の外周面を精密ブラスト処理により粗くしたので、レーザー加工の際にガス放出孔6の加工に用いるレーザー波長1.06μmにおける5°正反射率を2%以下に低下させることができ、よってレーザーの反射によりレーザー照射光学系が損傷しないようにレーザーを散乱させることができた。さらに、レーザーの反射率を低減することで吸収率を増加させることができたので穴開け加工効率を向上させることができた。
次に、外筒部1の硬質金属被膜面に再度バーチカル研磨を行い、硬質金属被膜厚を0.10mmまで薄くして鏡面に仕上げた。この状態での表面粗さは、中心線平均粗さRaで0.03μmであった。100個のガス放出孔の短軸方向(外筒部1の外周面に対して斜め方向に穿孔したので、孔の開口部の形状は楕円形となった)のサイズを調べてみたところ、すべて200μm±20μm以内であり、ほぼ均一なガス放出孔6を得ることができた。
このようにして完成させた試料1〜3のジャケットロール構造からなるキャンロール56を各々真空成膜装置に搭載して長尺樹脂フィルムの成膜を行った。その際、キャンロール56の外周面において長尺樹脂フィルムが巻き付けられる角度範囲は約330°であった。これは、長尺樹脂フィルムが接触しない角度(フィルム抱き角A以外の角度)が約30°であり、この角度範囲に存在するガス導入路は15本になる。従って、この約30°の角度範囲に位置するガス放出孔6からはガスが出されないように、ガスロータリージョイント7の内部の流路が機械的に閉鎖される構造にした。
上記したポリイミドフィルムからなる長尺樹脂フィルムFにシード層であるNi−Cr膜とCu膜とを積層して成膜するため、マグネトロンスパッタリングカソード57にはNi−Crターゲットを用い、マグネトロンスパッタリングカソード58〜60にはCuターゲットを使用した。また、巻出ロール52に上記した耐熱性ポリイミドフィルムをセットし、キャンロール56を経由して耐熱性ポリイミドフィルムの先端部を巻取ロール64に取り付けた。
そして、真空チャンバー51を複数台のドライポンプにより5Paまで排気した後、更に複数台のターボ分子ポンプとクライオコイルを用いて3×10−3Paまで排気した。この状態で、耐熱性ポリイミドフィルムの搬送速度を4m/分にした後、マグネトロンスパッタカソードにアルゴンガスを300sccm導入すると共に、各カソードへの印加電力は5kWとした。更に、巻出ロールと巻取ロールの張力は80Nとし、キャンロール56の冷媒循環路4を循環する冷媒には20℃に温度制御された水を用いた。そして、ガスロータリージョイント7にアルゴンガスを100sccm導入して、Ni−Cr膜およびその上にCu膜の成膜を開始した。
この成膜中に、マグネトロンスパッタカソードの間に設置したレーザー変位計により、耐熱性ポリイミドフィルムの表面形状を測定したところ、試料1〜3のいずれのキャンロールも耐熱性ポリイミドフィルムはキャンロールの外周面からほぼ均一に約40μm離れていることが確認された。また、成膜中におけるキャンロール56上のポリイミドフィルム表面の観察が可能な観察窓から観察しながら、各カソードへの印加電力を徐々に増加していきスパッタリングの熱負荷によるシワが発生しない最大スパッタリング電力(4台の合計)を求めた結果、試料1〜3のいずれのキャンロールも80kWであった。
一方、ガス導入路へのアルゴンガス導入を停止して、成膜中におけるキャンロール56上のポリイミドフィルム表面の観察が可能な観察窓から観察しながら、各カソードへの印加電力を徐々に増加していきスパッタリングの熱負荷によるシワが発生しない最大スパッタリング電力(4台の合計)を求めた結果、試料1〜3のいずれのキャンロールも40kWであった。つまり、ギャッブ部にガスを導入することにより、シワが発生しない最大スパッタリング電力はガスを導入しない従来のキャンロールを用いた場合に比べて約2倍程度に向上した。
更に、硬質金属被膜としてタングステンカーバイトWCにCoとCrを添加したものを使用した試料1のキャンロール、NiにCrを添加したものを使用した試料2のキャンロール、およびCrのみを使用した試料3のキャンロールのいずれにおいても、上記の成膜処理を連続して10回して実施してもクラックや硬質金属被膜の剥離は観察されなかった。
このように実施例1では均一なガス放出孔を有し且つ耐久性に優れたキャンロールを製作することができ、これを採用した長尺樹脂フィルムの処理装置はスパッタリングの熱負荷を良好に低減することができ、シワが発生しなかった。そのため、最大スパッタリング電力を高くすることが可能になり、同じ膜厚を得るためのフィルム搬送速度を速くすることができた。よって、生産性の向上とコストダウンが可能になった。
[比較例1]
実施例1と同様にしてガス導入路5が設けられた2重筒構造のジャケットロールを作製してその外筒部1の外周面を実施例1と同様に円筒切削およびバーチカル研磨した。この外筒部1の外周面に従来の電解めっき法により100μm厚の硬質クロムめっきを施した。そして、再度バーチカル研磨により硬質クロムめっき厚を60μmまで薄くして、鏡面に仕上げた。この状態での表面粗さは、中心線平均粗さRaで0.05μmであった。そして、ブラスト粒番号400番(平均粒子径:30±2μm)を用いた精密ブラスト処理により、外筒部の硬質クロムめっき面(鏡面)を中心線平均粗さRaで0.15μmにした。
この外筒部1に実施例1と同様にしてレーザー加工でガス放出孔を穿孔した後、外筒部1の硬質クロムめっき面に再度バーチカル研磨し、硬質クロムめっき厚を50μmまで薄くして、鏡面に仕上げた。この状態での表面粗さは、中心線平均粗さRaで0.03μmであった。100個のガス放出孔の短軸方向(外筒部1の外周面に対して斜め方向に穿孔したので、孔の開口部の形状は楕円形となった)のサイズを調べてみたところ、すべて200μm±20μm以内であり、ほぼ均一なガス放出孔を得ることができた。以降は実施例1と同様にして成膜装置に搭載して長尺樹脂フィルムに成膜を行った。
この成膜中に、マグネトロンスパッタカソードの間に設置したレーザー変位計により、耐熱性ポリイミドフィルムの表面形状を測定したところ、耐熱性ポリイミドフィルムはキャンロール56の外周面からほぼ均一に約40μm離れていることが確認された。また、成膜中におけるキャンロール56上のポリイミドフィルム表面の観察が可能な観察窓から観察しながら、各カソードへの印加電力を徐々に増加していきスパッタリングの熱負荷によるシワが発生しない最大スパッタリング電力(4台の合計)を求めた結果80kWであった。
一方、ガス導入路5へのアルゴンガス導入を停止して、成膜中におけるキャンロール上のポリイミドフィルム表面の観察が可能な観察窓から観察しながら、各カソードへの印加電力を徐々に増加していきスパッタリングの熱負荷によるシワが発生しない最大スパッタリング電力(4台の合計)を求めた結果40kWであった。つまり、ギャッブ部にガスを導入することにより、シワが発生しない最大スパッタリング電力はガスを導入しない従来のキャンロールを用いた場合に比べて約2倍程度に向上した。
しかし、上記の成膜処理を連続して10回して実施すると1〜5mm程度のクラックが発生し、クラック端部は浮き上がってしまっていた。このクラックはガス放出孔を囲むように発生していた。前述したように、ガス導入路が真下にある部分は、ガス導入路が真下にない部分に比べて熱伝達が悪いために、これら部分の間で温度差が生じて熱応力が生じ、これが硬質クロムめっきのクラックの発生に起因している可能性が高い。
[比較例2]
実施例1と同様にしてガス導入路5が設けられた2重筒構造のジャケットロールを作製してその外筒部1の外周面を実施例1と同様に円筒切削およびバーチカル研磨した。この外筒部1の外周面に溶射により0.3mm厚のクロム金属被膜を施したところ、外筒部の内部にガス導入路に起因する熱歪みで変形してしまった。この熱歪みの凹凸は、バーチカル研磨では修正することが難しく、ガス放出機構付きキャンロールの製作工程をこの時点で断念した。