スマートフォン等の移動体通信機器、テレビ、パソコン、デジタルカメラ等の液晶ディスプレイのドライバIC搭載用に使われるCOF(Chip on Film)には、耐熱性樹脂フィルム上に所定のパターンを有する配線が形成されたフレキシブル配線基板が用いられている。このフレキシブル配線基板は、耐熱性樹脂フィルムの片面若しくは両面に金属膜を成膜した金属膜付耐熱性樹脂フィルムに対してフォトリソグラフィーやエッチング等の薄膜技術を適用して金属膜をパターニング加工することによって得られる。近年、かかるフレキシブル配線基板の配線パターンはますます微細化、高密度化する傾向にあり、これに伴って金属膜付耐熱性樹脂フィルムにはより一層平坦でシワのないものが求められている。
この金属膜付耐熱性樹脂フィルムの製造方法としては、従来から金属箔を接着剤により耐熱性樹脂フィルムに貼り付けて製造する方法(3層基板の製造方法)、金属箔に耐熱性樹脂溶液をコーティングした後、乾燥させて製造する方法(キャスティング法)、耐熱性樹脂フィルムに真空成膜法単独で、または真空成膜法と湿式めっき法との併用で金属膜を成膜して製造する方法(メタライジング法)等が知られている。
また、メタライジング法に用いる真空成膜法としては、CVD(化学蒸着)法、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、イオンビームスパッタリング法等がある。これらメタライジング法の中では、密着力に優れるため信頼性の高い微細配線形成が可能であるという理由によりスパッタリング法による成膜が一般的に広く実施されている。しかしながらスパッタリング法は、例えば真空蒸着法に比べて基材としての耐熱性樹脂フィルムに与える熱負荷が大きいと言われている。また、スパッタリング法は、その大きな熱負荷のために成膜処理の際に耐熱性樹脂フィルムにシワが発生しやすいことも知られている。
そこで、ポリイミドフィルムなどの耐熱性樹脂フィルムに対して真空成膜法による成膜で金属膜付耐熱性樹脂フィルムを作製する工程では、ロールツーロールで搬送される長尺状の耐熱性樹脂フィルムを外周面に巻き付けて冷却するキャンロールとも称される長尺フィルムの搬送および冷却用ロールを搭載したスパッタリングウェブコータが一般的に使用されている。この長尺フィルムの搬送および冷却用ロールは、モーター駆動の筒状体の外周面に搬送中の長尺フィルムを巻き付けた状態で連続的にスパッタリング成膜を行うものである。該筒状体の内側には冷媒が循環する流路が設けられており、これにより長尺フィルムの表面側のスパッタリング成膜によって該長尺フィルムに加わる熱負荷をフィルムの裏面側から直ちに除熱することができるので、シワの発生を効果的に防ぐことが可能になる。
しかしながら、例えば特許文献1に記載されているように、キャンロールの外周面はミクロ的に見て平坦ではないため、キャンロールの外周面に巻き付けられる長尺フィルムと当該外周面との間には真空空間を介して離間する隙間(ギャップ部)が局所的に存在している。このため、成膜の際に長尺フィルムに加わる熱負荷はキャンロールの外周面に効率よく伝熱されているとはいえず、これがフィルムのシワ発生の原因になることがあった。
この問題を解決するため、特許文献1では真空チャンバーを真空蒸着室と該真空蒸着室よりも高い圧力雰囲気を有する圧力室とに分け、キャンロールの外周面に長尺フィルムが巻き付く始点を該圧力室内に設けることにより、キャンロールの外周面とそこに巻き付けられる長尺フィルムとの間に真空蒸着室の雰囲気よりも高い圧力を有するガスを介在させる技術が開示されている。これにより当該キャンロールの外周面と長尺フィルムとの間の伝熱係数を高めることができるので、長尺フィルムの温度上昇を抑制することができると記載されている。なお、特許文献1にはロールの外周面に周方向に連通する複数の溝を形成することによって、ロールの外周面と長尺フィルムとの間により確実にガス層を介在させることができると記載されている。
また、キャンロールの外周面のうち長尺フィルムが巻き付けられる領域からガスを放出することで上記ギャップ部に伝熱媒体としてのガスを導入し、当該ギャップ部の熱伝導率を真空に比べて高くして成膜中の耐熱性樹脂フィルムの除熱を促進することでシワの発生を効果的に抑制する技術が提案されている。例えば特許文献2には、キャンロールの外周面のうち長尺フィルムが巻き付けられる領域にガス噴射ノズルを配置し、ここから導入したガスをキャンロールの外周面とそこに巻き付いている長尺フィルムとの間隙に介在させる技術が提案されている。
また、特許文献3には、キャンロールの外周面に設けた多数の微細なガス導入孔あるいはスリットからガスを放出し、これによりロールの外周面と樹脂フィルムとの間のギャップ部にガス層を形成する技術が開示されている。特許文献3には、キャンロールの外周面のうちフィルムが巻き付けられていない領域からのガスのリークを防止するため、独自のシール機構を備えることが記載されている。
さらに特許文献4には、キャンロールの外周面に設けた多数の微細なガス導入孔からガスを放出し、ロールの外周面と樹脂フィルムとの間にガス層を形成するキャンロールおよびこれを搭載した長尺樹脂フィルム処理装置が開示されており、特にガス導入孔の径やピッチを規定すると共にガス導入管に設置されたガス開閉手段によってキャンロールの外周面のうちフィルムが巻き付けられていない領域からはガスの導入を閉止する技術が開示されている。
以下、本発明の長尺フィルムの搬送および冷却用ロールの一具体例について図面を参照しながら詳細に説明する。なお、以下の説明における長尺フィルムの材質としては、限定するものではないが、ポリエチレンテレフタレートフィルム、ポリイミド系フィルム、ポリアミド系フィルム、ポリエステル系フィルム、ポリテトラフルオロエチレン系フィルム、ポリフェニレンサルファイド系フィルム、ポリエチレンナフタレート系フィルム、液晶ポリマー系フィルム等を挙げることができる。
先ず、図1を参照しながら本発明の一具体例の長尺フィルムの搬送および冷却用ロール(以下、キャンロールと称する)が好適に搭載される長尺フィルムの処理装置としての真空成膜装置50について説明する。この真空成膜装置50はスパッタリングウエブコータとも称される装置であり、真空チャンバー51内においてロールツーロール方式で搬送される長尺状耐熱性樹脂フィルム(以下、長尺フィルムと称する)Fに対して、その表面にスパッタリング法により連続的に熱負荷のかかる成膜処理を施す装置である。
具体的に説明すると、真空チャンバー51は図示しないドライポンプ、ターボ分子ポンプ、クライオコイル等の減圧装置を有しており、これにより真空チャンバー51内を到達圧力10−4Pa程度まで減圧した後、アルゴンガスや目的に応じて添加される酸素ガスなどのスパッタリングガスの導入により0.1〜10Pa程度の圧力に調整できるようになっている。真空チャンバー51の形状については上記減圧状態に耐え得るものであれば特に限定はなく、直方体や円筒形などの種々の形状を採用することができる。
この真空チャンバー51内に、巻出ロール52からキャンロール56を経て巻取ロール64に至る長尺フィルムFの搬送経路を画定する各種のロールが設けられている。すなわち、巻出ロール52からキャンロール56までの搬送経路には、巻出ロール52から巻き出された長尺フィルムFを案内するフリーロール53、長尺フィルムFの張力の測定を行う張力センサーロール54、キャンロール56の外周面に長尺フィルムFを密着させるべく張力センサーロール54から送り出される長尺フィルムFに対してキャンロール56の周速度に対する周速度の調整を行うモーター駆動のフィードロール55がこの順に配置されている。
キャンロール56から巻取ロール64までの搬送経路にも、上記と同様に、キャンロール56の周速度に対する周速度の調整を行うモーター駆動のフィードロール61、長尺フィルムFの張力測定を行う張力センサーロール62、および長尺フィルムFを案内するフリーロール63がこの順に配置されている。なお、張力センサーロール54および62には、各々回転軸に垂直な方向の変位を検知するロードセルなどの張力センサーが備わっている。
モーター駆動の巻出ロール52および巻取ロール64は、パウダークラッチ等によりトルク制御が行われており、これにより長尺フィルムFの張力バランスが保たれている。また、モーター駆動のキャンロール56は、熱負荷の掛かるスパッタリング処理により熱せられる長尺フィルムFを冷却するため、内部に冷媒循環路が設けられている。このキャンロール56の構造については、後で詳しく説明する。
キャンロール56の外周面のうち、長尺フィルムFが巻き付けられる角度範囲A(抱き角Aとも称する)内の領域に対向する位置には、長尺フィルムFの搬送経路に沿って成膜手段として4個のマグネトロンスパッタリングカソード57、58、59、60がこの順に設けられている。これらマグネトロンスパッタリングカソード57〜60の各々には、キャンロール56の外周面に対向する面にターゲット(図示せず)が取り付けられており、これらターゲットから叩き出されたスパッタ粒子を長尺フィルムFの表面上に堆積させることで金属膜の成膜が行われる。
なお、上記したマグネトロンスパッタリングカソードに板状ターゲットを用いる場合は、ターゲット上にノジュール(異物の成長)が発生することがある。これが問題になる場合は、ノジュールの発生がなく、ターゲットの使用効率も高い円筒形のロータリーターゲットを使用することが好ましい。また、この図1の長尺フィルムFの真空成膜装置50は、熱負荷の掛かる処理としてスパッタリング処理を想定したものであるため、マグネトロンスパッタリングカソードが図示されているが、熱負荷の掛かる処理がCVD(化学蒸着)や真空蒸着処理などの他のものである場合は、板状ターゲットに代えてそれらの真空成膜手段が設けられる。
次に、図2を参照しながら上記したキャンロール56についてより詳細に説明する。キャンロール56は、長尺フィルムFの搬送経路となる外周面を備えた円筒部材100とその中心軸111部分に位置する回転軸部材114とで主に構成されており、中心軸111を回転中心軸としてモーターで回転駆動されるようになっている。この円筒部材100の内周面側には、該内周面と同心円状のジャケット112が設けられており、これら円筒部材100とジャケット112とによって画定される環状空間内に、冷却水などの冷媒が流れる冷媒循環路113が形成されている。回転軸部材114は二重管構造になっており、この二重管を介して真空チャンバー51の外部に設けられた図示しない冷媒冷却装置と上記冷媒循環路113との間で冷媒の循環が行われる。これにより、円筒部材100の外周面100aすなわちキャンロール56の外周面に巻き付けられる長尺フィルムFを冷却することが可能になる。
ところで、従来のキャンロールは、伝導伝熱による冷却効果を高めるため、円筒部材の内側の冷媒循環路内を流れる冷媒によって冷却された円筒部材の外周面とそこに巻き付けられる長尺フィルムとの実接触面積を増加させるべく、円筒部材の外周面を算術平均粗さRaで0.3μm以下の平滑な面に仕上げるのが一般的であった。また、キャンロールにガス放出機構を設ける場合は、円筒部材の外周面とそこに巻き付けられる長尺フィルムとの間に伝熱用のガス層を均一に形成するため、円筒部材の外周面上で略均等な間隔をあけて配置されたガス導入孔、スリット、または溝からガスを供給することが多かった。
しかし、これらガス導入孔、スリット、または溝からガスを供給する方法では、長尺フィルムがキャンロールの外周面に巻き付けられた時、これらガス導入孔、スリット、または溝に対向する領域ではキャンロールの外周面との伝導伝熱はもちろんのこと輻射伝熱の効果もあまり期待できないので、長尺フィルムの厚みや成膜条件等によるものの、ガス導入孔、スリットまたは溝に対向する領域の冷却に必要な長尺フィルム内の面方向の熱拡散に要する面積が広くなり、長尺フィルム内の面方向での温度差が大きくなって長尺フィルムにシワや微細な凹凸が入るなどの品質上の問題が生じる場合があった。また、ガス導入孔、スリット、または溝の痕跡が長尺フィルムに残ることもあった。
これに対して本発明の一具体例のキャンロール56では、円筒部材100の外周面100aのうち長尺フィルムFの搬送経路となる長尺フィルムFが巻き付けられる領域はサンドブラスト等の粗面化処理により全面に亘って無数の微小な凹部が形成されている。これにより、円筒部材100の外周面100aには該外周面100a方向に連通する無数のガス流路が形成されている。すなわち、上記した粗面化処理により得られる粗面領域102における無数の微小な凹部のうち、隣接する凸部同士の間に形成される谷状の凹部は長尺フィルムFと接触しないため、該凹部とこれに対向する長尺フィルムFとの間に空隙部が形成される。そして、複数の凹部同士が外周面100aの方向に連なることで無数のガス経路が円筒部材100の外周面100aに張り巡らされることになる。なお、図3(a)には粗面領域102の一部を拡大したスケッチ図が右上に図示されており、図中の白い部分が凸部に、黒い部分が凹部で形成されるガス流路にそれぞれ該当する。
このように円筒部材100の外周面100aに粗面領域102を設けることにより、円筒部材100の外周面100aとこれに巻き付く長尺フィルムFとの間に冷却用のガスを充たすことが可能になる。この場合、外周面100aと長尺フィルムFとの接触面積が減るので伝導伝熱は若干減少するものの、ガス層を介した伝導伝熱を利用することで全体としてみれば冷却効果を高めることができる。しかも、サンドブラスト等の粗面化処理により円筒部材100の外周面100aに無数の微小な凹部を均質に形成することができるので、上記した円筒部材100の外周面100aに巻き付いた長尺フィルムFの面方向の不均一な冷却の問題も解消することができる。
粗面領域102の表面粗さは、算術平均粗さ(Ra)で0.5〜10μm程度が好ましく、0.5〜5μm程度がより好ましい。長尺フィルムFがキャンロール56の外周面に巻き付けられた時、粗面を形成する微小な凹部に対向する領域ではキャンロール56の外周面との伝導伝熱はもちろんのこと輻射伝熱の効果もあまり期待できないが、この表面粗さがRaで10μm以下であれば当該微小な凹部の間に存在する凸部と長尺フィルムFの裏面との接触面積を十分に確保することができるので、長尺フィルムFを良好に冷却することができる。
すなわち、冷却されたキャンロール56の外周面と長尺フィルムFとの間に存在するガス層を介した伝導伝熱による長尺フィルムの冷却よりも冷却されたキャンロール56の外周面と長尺フィルムとの接触による伝導伝熱の方がより効率よく長尺フィルムFを除熱することができるので、接触部分ができるだけ多くなるように粗面化処理するのが望ましく、これにより長尺フィルムFにシワや微細な凹凸が入りにくくなって高い品質を有する成膜フィルムを作製することができる。
一方、この表面粗さが0.5μm未満の場合は、長尺フィルムFの裏面と微小な凹部との間に形成される空隙部が減少するため、ガス流路の断面積が減少し、この部分を流れるガスの圧力損失が増加してキャンロール56の外周面とそこに巻き付けられる長尺フィルムFとの間の隙間に良好にガスを導入することが難しくなる。
なお、前述したようにキャンロール56は内部に冷媒循環路113を有しているので、キャンロール56の外周面とそこに巻きつけられる長尺フィルムFとで形成される隙間にガスが導入されると、長尺フィルムFからキャンロール56の外周面への伝熱が阻害されるように思われる。しかし、キャンロール56は10Pa以下程度の減圧雰囲気下の真空チャンバー51内で使用されるため、熱伝導による冷却が行われる上記した凸部と長尺フィルムFとの接触部分以外の上記した凹部と長尺フィルムFとが離間する隙間(ギャップ部)内は、減圧雰囲気となるため物体間の伝熱はほぼ輻射熱のみと考えられる。したがって、上記隙間内にガスが満たされるとガスによる伝熱が輻射熱に付加されるので、より効率的に長尺フィルムFからキャンロール56に熱を伝えることができる。
上記した無数の微小な凹部からなる粗面領域102は、サンドブラスト等のごく一般的な方法によって所望の表面粗さに加工することができる。例えばステンレス材によって円筒部材100を作製し、続いて目的の粗さになるように円筒部材100の表面にサンドブラストを掛ける。次に、該円筒部材100の表面に硬化クロムめっきを行う。最後に、仕上げとして突起部を研磨により除去することで簡易に外周面が粗面化された円筒部材を製作することができる。
上記した無数の微小な凹部からなる粗面領域102は、円筒部材100の外周面100aのうちの長尺フィルムFの搬送経路部分、すなわち円筒部材100の外周面100aのうち幅方向両端部を除いた帯状領域にのみ形成する。そのため、この粗面領域102にガスを供給すべく、該帯状の粗面領域102のうち円筒部材100の中心軸111方向における少なくとも一端部に連通し且つ円筒部材100の中心軸111方向に延在して円筒部材100の端面100bにまで至る複数のガス供給路103が円筒部材100の円周方向に略均等な間隔をあけて全周に亘って配設されている。
円筒部材100の周方向に配設するかかるガス供給路103の本数は、粗面領域102に全面に亘って良好にガスを供給できるのであれば特に制約はなく、例えば周方向に100mmごとに設けるのが好ましい。なお、図2には、円筒部材100の両端部のうち紙面右側の端部にのみガス供給路103を設けた場合が示されているが、円筒部材100の両端部にガス供給路103を設けてもよい。これにより、円筒部材100の幅方向に関して粗面領域102に均等にガスを導入することができる。なお、円筒部材100の外周面100aには、粗面化した領域と粗面化しない領域とを円筒部材100の周方向に交互に設けてもよい。この場合は、粗面化した各領域ごとに1つのガス供給路103を設けるか、あるいはその両端に1つずつガス供給路103を設けるのが好ましい。
各ガス供給路103は、円筒部材100の外周面100aにおいて中心軸111方向に延在するガス供給溝104とこのガス供給溝104を覆う樹脂製または金属製のシート材からなる蓋材105とによって構成することができる。この場合、ガス供給溝104の幅および深さは、連通する粗面領域102にガスを良好に供給するためにはある程度大きい方がよい。具体的にはガス供給溝104の幅および深さは、それぞれ1mm程度にするのが好ましい。これにより、ガス供給溝104での圧力損失を抑えることができるので、粗面領域102に均一にガスを導入することができる。
上記したガス供給溝104は、バイト等の一般的な切削工具を用いて低コストで簡単に切削加工することができる。例えば円筒部材100の外周面100aに粗面領域102を形成した後、図3(a)に示すように、その少なくとも一端部からロールの直近の末端面に至るようにバイトを用いてガス供給溝を設ければよい。このようにして作製したガス供給溝104の開口部を、図3(b)に示すように、樹脂製または金属製のシートからなる蓋材105によって覆う。これにより、円筒部材100の外周面100aにおける粗面領域102と後述するガス供給口とを連通するガス供給路103を円筒部材100の全周に亘って設けることができる。
蓋材105でガス供給溝104の開口部を覆う場合は、長尺フィルムFがキャンロール56の外周面に巻き付けられた時に該長尺フィルムFの幅方向端部と蓋材105の端部とが重なるようにする。これにより、ガス供給路103内を流れるガスが円筒部材100の外周面100aと長尺フィルムFとの間のギャップ部に伝熱媒体として導入される前にリークするのを防ぐことができる。なお、蓋材105は、例えばボルトや接着剤によって円筒部材100の外周面100aに固定すれば良い。
蓋材105の厚みは、ガス供給路103内を流れるガスの圧力と真空チャンバー内の圧力との差によるものの、一般的には厚さ0.2mm以下の樹脂製の接着テープで良好に封止状態を保ちながら蓋をすることができる。蓋材105は、図3(b)に示すように、リボン状のものを用いてその長手方向をガス供給溝104の延在方向に一致させて開口部に蓋をしても良いし、円筒部材100の外周面100aにおいて長尺フィルムFが巻き付けられない領域の全面を覆うように、リボン状シートの長手方向をガス供給溝104の延在方向に対して交差する方向、すなわち円筒部材100の周方向に全周に亘って巻き付けても構わない。
蓋材105の材質には、厚み方向に導電性を有する導電性テープを用いてもよい。このような導電性テープは、例えばカーボン粉等が混入された導電性を有する接着剤を金属箔等の基材に塗布したものを用いることができる。かかる導電性テープを蓋材105に用いる場合は、前述したようにその長手方向をガス供給溝104の延在方向に対して交差させて円筒部材100の周方向に全周に亘って巻き付けることが好ましい。
導電性テープをこのように円筒部材100の周方向に全周に亘って巻き付けることにより、成膜時にスパッタ粒子が長尺フィルムFの表面に向かう進行方向から外れて円筒部材100の外周面の端部に巻き付けられている該導電性テープの表面で成膜しても、該成膜物質を該導電性テープを介して円筒部材100の外周面100aに電気的に導通させることができる。その結果、該導電性テープ上の成膜物質と長尺フィルムF上の成膜物質との間の電位差が下がるので、異常放電を抑えることができ、長尺フィルムに形成された成膜物質のうち特に長尺フィルムの幅方向縁部が異常放電によって溶解して製品不良となる問題を抑えることができる。
また、円筒部材100の外周面100aのうち長尺フィルムFが巻き付けられない領域に付着した成膜物質は何らかのタイミングで剥離して長尺フィルムF上の成膜物質に不純物として混入することがあり、この場合も製品不良になることがある。これに対して導電性テープを円筒部材100の周方向に全周に亘って巻き付けておけば、該導電性テープを交換するだけで上記した製品に悪影響を及ぼす付着物質を簡単に除去することができる。
上記した複数のガス供給路103の各々において、粗面領域102に連通する一端部とは反対側の他端部は、円筒部材100の円板状の端面100bにまで至っており、ここに位置するガス供給口106に連通している。ガス供給口106は、後述するロータリージョイントのガス供給配管とガス供給路103とを接続する継手の役割を担うものであり、例えば円筒部材100の端面100b上においてガス供給路103の端部に接する位置にタップネジを切り、そこにユニオンタイプの継手を装着することで簡単に取付けることができる。
図4に示す本発明の他の具体例のキャンロールのように、円筒部材200の外周面200a上にガス供給口206を設けてもよい。この場合は、図5(a)に示すように、円筒部材200の粗面領域202に連通するガス供給溝204を、粗面領域202の一端部から該円筒部材200の中心軸211方向に延在して円筒部材200の外周面200aの縁部の手前まで設ければよい。そして、図5(b)に示すように、このガス供給溝204の外周面200a側の開口部に帯状の蓋材205で蓋をすればよい。
このように、円筒部材200の外周面200a上にガス供給口206を設ける場合は、ガス供給路203の構造が簡単になるが、一般的には円筒部材の外周面側よりは円筒部材の端面側にスペース的な余裕のある場合が多いので、円筒部材の端面にガス供給口を設ける図2の構造の方が図4の構造よりも好ましい。特に既設のキャンロールを改造してガス導入機構を具備する場合は、外周面のロールの法線上にはスペースが無い場合が多く、図4よりも図2に示す構造のロールが好ましい。
再度図2に戻ると、円筒部材100において上記したガス供給口106の設置側の側部にロータリージョイント108が設けられている。ロータリージョイント108は、回転する円筒部材100の各ガス供給路103に真空チャンバー51の外部のガス供給源からのガスを分岐して供給するものであり、円筒部材100に伴って回転する回転部と、該回転部に対して互いの摺接面で摺接する回転することのない静止部とから構成されている。
回転部には上記した円筒部材100の複数のガス供給路103にそれぞれ接続する複数のガス供給配管107が設けられており、これらガス供給配管107に連通する回転部内のガス流路は上記した摺接面で開口している。一方、固定部には真空チャンバー51の外部のガス供給源に連通するガス供給路が設けられており、上記した摺接面において上記回転部側のガス流路の開口部に対向するようにリング状に開口している。これにより、ガス供給路からのガスを複数のガス供給配管107に分配することができる。
以上説明した構造の長尺フィルムの搬送および冷却用ロールであれば、ガス導入機構を備えていない既設のキャンロールに対して、極めて簡単かつ安価にガス導入機構を具備させることができる。すなわち、既設の一般的な水冷ジャケット構造のキャンロールに対して、その外周面のうち長尺フィルムが巻き付けられる領域にガス流路となる算術平均粗さRaが0.5〜10μm程度の微小な凹部が無数に形成されるように粗面化する工程と、該粗面化された領域のうちキャンロールの中心軸方向の少なくとも一端部から該キャンロールの末端にまで至るように該中心軸に対して平行なガス供給溝を設ける工程と、該ガス供給溝にその延在方向に沿って樹脂製または金属製のシート状の蓋材によって蓋をする工程と、該ガス供給溝の両端部のうちキャンロールの端面側の一端部にガス供給口を設ける工程とからなる改造を行うことによって、極めて簡単かつ安価にガス導入機構を備えたキャンロールが得られる。
また、キャンロールのガス導入機構を上記した粗面領域とこれに連通するガス供給路とからなる構造にすることで、キャンロールの外周面にほぼ端から端まで等間隔に並んだ微細なガス放出孔群の列が全周に亘って設けられた従来のガス導入機構を作製する際に使用していた放電加工やレーザー加工等の高価な加工装置の使用が不要になる。さらに、上記の従来のガス導入機構では、上記ガス放出孔群の列ごとにガスを供給するため、幅600mm程度のキャンロールの肉厚部に端から端までガス導入路を貫通させる必要があり、そのため高価で手間のかかるガンドリルを用いて深穴加工を行う必要があった。これに対して、上記した本発明の一具体例のガス導入機構であればかかる深穴加工も不要になる。
以上、本発明の長尺フィルムの搬送および冷却用ロールの具体例について、該ロールがスパッタリングウエブコータに搭載されるキャンロールとして使用される場合を例に挙げて説明したが、本発明の長尺フィルムの搬送および冷却用ロールはこれに限定されるものではなく、ロールツーロールで搬送される長尺フィルムに連続的にプラズマ処理やイオンビーム処理などの熱負荷がかかる表面処理を行う場合にも好適に用いることができる。
図6に示すようなガス導入機構を備えていない水冷ジャケット構造の円筒部材10からなるキャンロールを改造して、図2に示すようなガス導入機構を備えた水冷ジャケット構造のキャンロールを作製した。この図6に示す円筒部材10は、直径400×幅600mm×肉厚15mmのステンレス製であった。また、円筒部材10の内周面側には、該内周面と同心円状のジャケット12が設けられており、これら円筒部材10とジャケット12とによって、冷却水が流れる冷媒循環路13が形成されていた。この円筒部材10からなるキャンロールは、軸受けから取外すことが可能な構造となっていたため、図1に示すような真空成膜装置50からキャンロールを取外した。
続いて、キャンロールを構成するロール本体の円筒部材10と軸部とを分割し、円筒部材10の外周面10aに粒径約70μmのシリカを研磨材として用いて一般的な条件でサンドブラスト処理を行って、Ra(算術平均粗さ)が5〜10μmの無数の微小な凹部からなる粗面領域を形成した。なお、Ra(算術平均表面粗さ)の測定は、ミツトヨ製サーフテストSJ−210を用いて行った。この粗面領域は円筒部材10の外周面10aにおいて幅約500mmの長尺フィルムが巻き付けられる領域内となるように、円筒部材10の両末端からそれぞれ100mm内側の位置よりも内側の範囲内に加工した。これにより、粗面領域の両側端部は、円筒部材10の外周面10aに巻き付けられた時の長尺フィルムの幅方向の両縁部からそれぞれ約50mm内側となる。次に、円筒部材10の外周面10aに膜厚10〜20μmの硬質クロムめっきを行い、最後に、仕上げ#1000の砥石によるロール研磨を行うことで最終的にRa(算術平均粗さ)が3〜4μmの無数の微小な凹部で構成される粗面領域を形成した。
このような表面加工により形成した無数の微小な凹部からなる粗面領域の片側端部からガスを供給すべく、円筒部材10の外周面10aおよび片側の端面10bにバイトによる切削加工を行って端面10bを除いて円筒部材10の中心軸11方向に延在する12本のガス供給溝を周方向に等間隔に形成した。具体的には、各ガス供給溝を形成するため、円筒部材10の片側末端部よりも105mm内側の位置から円筒部材10の中心軸11方向に沿って円筒部材10の端面10bまで切削した後、端面10b上において円筒部材10の外周面10aから中心軸11に向かって70mm内側の位置まで切削した。これにより、ガス供給溝の外周面10a上の端部は、粗面領域の一端部から5mm内側となる。ガス供給溝の延在方向に垂直な面での断面形状は、深さ1mm、幅1mmの四角形状とした。
円筒部材10の端面10bに位置するガス供給溝の端部に、ガス供給口としてのユニオンが取付けられるようにタップをネジ加工した。そして、このタップにガス供給口としての接続部品をネジ込んだ。なお、この接続部品と円筒部材10の末端面との間には、ガスが漏れないように厚さ1mmのバイトン(フッ素ゴム)(登録商標)製ガスケットを挟み込んだ。さらに、ガス供給溝の開口部を塞ぐ蓋材として、幅10mm、厚み0.035mmのポリイミド製の接着テープを使用した。このポリイミド製の接着テープの一端部は円筒部材10の端面10bに取り付けた上記接続部品の側部に接するようにし、該接着テープの他端部は円筒部材10の外周面10aにおいて端部から100mm内側にまで至るようにした。これにより、ガス供給溝の端部5mmは粗面領域側で開口することになる。
このようにして粗面領域およびこれに連通するガス供給路からなるガス導入機構を備えた円筒部材10を先に分割した軸部に再度組み合わせ、該軸部にロータリージョイントを取り付けた。このロータリージョイントの回転部から放射状に延出する複数のガス供給配管としてテフロン製のフレキシブルチューブを用い、これによりロータリージョイントの回転部と上記ガス供給口としての接続部品とを接続した。
上記のようにして改造したキャンロールを、図1に示すような真空成膜装置に搭載し、厚さ1000Åの銅を成膜して、その性能を評価した。具体的には、キャンロール56の抱き角Aが270°となるように搬送経路を調整した。シード層としてのニッケルクロム合金膜と、その上の銅膜とを長尺フィルムFの片面に成膜するため、スパッタリングカソード57には20重量%クロムのニッケルクロム合金ターゲットを装着し、残りのスパッタリングカソード58〜60には銅ターゲットを装着した。長尺フィルムFには東レ・デュポン製の厚さ12.5μm×幅500mmのポリイミドフィルム(カプトン50EN)を使用した。
この長尺フィルムFが巻回されたロールを巻出ロール52にセットし、その一端を引き出してキャンロール56等のロール群を経由させて巻取ロール64に取り付けた。巻出ロール52側の張力と巻取ロール64側の張力はともに100Nとした。真空チャンバー51内の空気を複数台のドライポンプを用いて5Paまで排気した後、複数台のターボ分子ポンプとクライオコイルを用いて3×10−3Paまで排気した。更に、アルゴンガスを導入して、スパッタリング雰囲気を圧力0.3Paとした。
そして、ロータリージョイントの固定部に接続したガス供給配管に設けた圧力計でのガス圧が1000Paになるように調整しながらガス供給路に回転部のガス供給配管を介してアルゴンガスを100〜200sccmの流量で供給した。キャンロール56の冷媒循環路内には20℃に温度制御された冷却水を循環させた。この状態で、長尺フィルムFを2m/分の速度で搬送させた。キャンロール56の上流側に位置するモーター駆動フィードロール55の周速度はキャンロール56の周速度の99.9%とし、キャンロール56の下流側に位置するモーター駆動フィードロール61の周速度はキャンロール56の周速度の100.1%とした。このように周速度を設定することにより、搬送される長尺フィルムFは僅かに引っ張られながらキャンロール56に巻き付くことになり、よってフィルムFをキャンロール56の外周面に強く密着させることができる。
ニッケルクロム合金ターゲットを装着したスパッタリングカソード57は投入電力を3.0kWとし、銅ターゲットを装着した各スパッタリングカソード58〜60は投入電力を6.0kWとすることで動的成膜レート50nm・m/minの成膜条件で50mの長尺フィルムを連続的に成膜処理した。なお、長尺フィルムに直径0.1mmの熱電対式温度計を貼り付けて、長尺フィルムの表面温度を測定することにより、長尺フィルムの冷却効果を評価した。比較のため、上記した改造前の図6に示すようなガス導入機構を備えていない水冷ジャケット構造のキャンロールを用いて上記と同一の条件で真空成膜処理を行い、前記フィルムの表面温度測定を行った。
その結果、ガス導入機構を備えていない改造前の水冷ジャケット構造のキャンロールでスパッタリングによる真空成膜処理を行った場合は、スパッタリング処理中の長尺フィルムの表面温度は最大で110℃まで上昇した。一方、キャンロールを改造してガス導入機構を具備したものを用いてアルゴンガスをガス導入溝に流しながらスパッタリングによる真空成膜処理を行った場合は、スパッタリング処理中の長尺フィルムの表面温度は最大でも70〜90℃であった。
これは、ガス供給路から供給したアルゴンガスが、キャンロールの外周面の微小な凹部と長尺フィルムとの間のギャップ部に介在して伝熱媒体となることで、伝熱効率が高まったことによるものと考えられる。なお、実質的な効果として、長尺フィルムの温度が低下したので、長尺フィルム(成膜品)にシワが入ることで制限されていた上限搬送速度を改造前に対して約30〜50%速めることができた。