本発明の実施形態に係るX線回折測定装置を含むX線回折測定システムの構成について図1乃至図4を用いて説明する。なお、このX線回折測定システムが、先行技術文献の特許文献1に示されているX線回折測定システムと異なっている点は、LED光源44が取り付けられたユニットの配置、測定対象物OBの温度を検出するセンサと回路を備える点及びコントローラ91に半価幅と補正半価幅を計算するプログラムを備える点であり、それ以外の構成は同一である。よって、特許文献1に示されているX線回折測定システムで既に説明されている箇所は、簡略的に説明するにとどめる。
このX線回折測定システムは、低温焼きなまし処理を行う鉄製品の場所まで運搬してセットされ、低温焼きなまし処理中および処理後で鉄製品のX線回折測定を行い残留応力と半価幅を求めるものである。以後、鉄製品を測定対象物OBという。X線回折測定装置はアーム式移動装置により位置と姿勢を調整することができ、測定対象物OBに対してX線回折測定装置を適切な位置と姿勢にしたうえでX線回折測定を行うことができる。
X線回折測定装置は、筐体50内に、X線出射器10、イメージングプレート15を取り付けるテーブル16、テーブル16を回転及び移動させるテーブル駆動機構20及び回折環を検出するレーザ検出装置30等を備えている。そして、X線回折測定システムは、このX線回折測定装置とともに、アーム式移動装置(図示しない)、コンピュータ装置90、高電圧電源95を備える。筐体50内には、上述した装置および機構に接続されて作動制御したり、検出信号を入力したりするための各種回路も内蔵されており、図1において筐体50外に示された2点鎖線で囲われた各種回路は、筐体50内の2点鎖線内に納められている。
筐体50は、略直方体状に形成されるとともに、底面壁50a、前面壁50b、後面壁50e、上面壁50f、側面壁(図示せず)、及び底面壁50aと前面壁50bの角部を紙面の表側から裏側に向けて切り欠くように設けた切欠き部壁50cと繋ぎ壁50dを有するように形成されている。切欠き部壁50cは底面壁50aに垂直な平板と平行な平板とからなり、繋ぎ壁50dは側面壁と垂直であり底面壁50aと所定の角度を有している。この所定の角度は、例えば30〜45度である。側面壁の1つには、支持アーム51に接続される接続部(図示せず)が設けられており、接続部は図1及び図2の紙面の垂直周りに回転可能になっている。支持アーム51はアーム式移動装置の先端であり、アーム式移動装置を操作することにより、筐体50(X線回折測定装置)を任意の位置と姿勢にすることができる。
X線出射器10は、筐体50内の上部にて図示左右方向に延設されて筐体50に固定されており、高電圧電源95からの高電圧の供給を受け、X線を図示下方向に出射する。X線制御回路71は、コントローラ91から指令が入力すると、X線出射器10から一定強度のX線が出射されるように、X線出射器10に高電圧電源95から供給される駆動電流及び駆動電圧を制御する。また、X線出射器10は、図示しない冷却装置を備えていて、X線制御回路71は、この冷却装置に供給される駆動信号も制御する。
テーブル駆動機構20は、筐体50に固定され、X線出射器10の下方にて移動ステージ21を備えている。移動ステージ21は、テーブル駆動機構20における対向する1対の板状のガイド25,25により挟まれていて、テーブル駆動機構20に固定されたフィードモータ22、スクリューロッド23及び軸受部24により、出射X線の光軸が含まれる筐体50の側面壁に平行な平面内であって、出射X線の光軸に垂直な方向に移動する。フィードモータ22内には、エンコーダ22aが組み込まれており、エンコーダ22aはフィードモータ22が所定の微小回転角度だけ回転するたびに、ハイレベルとローレベルとに交互に切り替わるパルス列信号を位置検出回路72及びフィードモータ制御回路73へ出力する。
位置検出回路72及びフィードモータ制御回路73は、コントローラ91からの指令により作動する。測定開始直後において、フィードモータ制御回路73は、移動ステージ21をフィードモータ22側へ移動させるようフィードモータ22に駆動信号を出力し、位置検出回路72は、移動ステージ21が移動限界位置に達して、エンコーダ22aからパルス列信号が入力されなくなると、駆動信号停止を意味する信号をフィードモータ制御回路73に出力し、カウント値を「0」に設定する。フィードモータ制御回路73は、これにより駆動信号の出力を停止する。この移動限界位置が移動ステージ21の原点位置となり、位置検出回路72は、以後、移動ステージ21が移動するごとにエンコーダ22aからのパルス列信号をカウントし、移動方向によりカウント値を加算または減算して移動限界位置からの移動距離xを位置信号として出力する。フィードモータ制御回路73は、コントローラ91から移動ステージ21の移動先位置を入力すると、位置検出回路72から入力する位置信号が入力した移動先位置に等しくなるまで、フィードモータ22を正転又は逆転駆動する。また、フィードモータ制御回路73は、コントローラ91から移動ステージ21の移動速度を入力すると、エンコーダ22aから入力したパルス列信号の単位時間当たりのパルス数を用いて、移動ステージ21の移動速度を計算し、計算した移動速度が入力した移動速度になるようにフィードモータ22を駆動する。
一対のガイド25,25の上端は、板状の上壁26によって連結されており、上壁26には貫通孔26aが設けられていて、貫通孔26aの中心位置はX線出射器10の出射口11の中心位置に対向しており、出射X線は、出射口11及び貫通孔26aを介してテーブル駆動機構20内に入射する。後述するイメージングプレート15が回折環撮像位置にある状態(図1乃至図3の状態)において、移動ステージ21の貫通孔26aと対向する位置には、図3に拡大して示すように、貫通孔21aが形成されている。移動ステージ21には、出射口11及び貫通孔26a,21aの中心軸線位置を回転中心とするスピンドルモータ27が組み付けられており、スピンドルモータ27の出力軸27aは円筒状で断面円形の貫通孔27a1を有する。スピンドルモータ27の出力軸27aの反対側には、貫通孔27bが設けられ、貫通孔27bの内周面上には、貫通孔27bの一部の内径を小さくするための円筒状の通路部材28が固定されている。
また、スピンドルモータ27内にはエンコーダ27cが組み込まれ、エンコーダ27cは、スピンドルモータ27が所定の微小回転角度だけ回転する度に、ハイレベルとローレベルとに交互に切り替わるパルス列信号を、スピンドルモータ制御回路74及び回転角度検出回路75へ出力する。さらに、エンコーダ27cは、スピンドルモータ27が1回転するごとに、所定の短い期間だけローレベルからハイレベルに切り替わるインデックス信号を、コントローラ91及び回転角度検出回路75に出力する。
スピンドルモータ制御回路74は、コントローラ91から回転速度を入力すると、エンコーダ27cから入力するパルス列信号の単位時間当たりのパルス数から計算される回転速度が、入力した回転速度になるように、駆動信号をスピンドルモータ27に出力する。回転角度検出回路75は、エンコーダ27cから入力するパルス列信号のパルス数をカウントし、そのカウント値から回転角度θpを計算してコントローラ91に出力する。また、回転角度検出回路75は、エンコーダ27cからインデックス信号を入力すると、カウント値をリセットして「0」にする。これが回転角度0°の位置である。なお、イメージングプレート15の回転角度0°の位置とは、後述するレーザ検出装置30からのレーザ照射によりイメージングプレート15に形成された回折環を読み取る際、インデックス信号を入力した時点でレーザ光が照射されている位置である。この位置はイメージングプレート15の各半径位置においてあるためラインである。
テーブル16は、円形状であり、スピンドルモータ27の出力軸27aの先端部に固定されている。テーブル16は、下面中央部から下方へ突出した突出部17を有し、突出部17の外周面には、ねじ山が形成されている。テーブル16の下面にはイメージングプレート15が取付けられる。イメージングプレート15の中心部には貫通孔15aが設けられていて、この貫通孔15aに突出部17を通し、突出部17の外周面上にナット状の固定具18をねじ込むことにより、イメージングプレート15が、固定具18とテーブル16の間に挟まれて固定される。固定具18は、円筒状の部材で、内周面に、突出部17のねじ山に対応するねじ山が形成されている。
テーブル16、突出部17及び固定具18にも貫通孔16a,17a,18aがそれぞれ設けられており、貫通孔18aの内径は通路部材28の内径と同じである。すなわち、出射X線は、貫通孔26a,21a,通路部材28,貫通孔27b,27a1,16a,17a,18aを介して出射され、通路部材28の内径及び貫通孔18aの内径は小さいので、貫通孔18aから出射されるX線は貫通孔27a1の軸線に平行な平行光となり、筐体50の円形孔50c1から出射される。
イメージングプレート15は、移動ステージ21、スピンドルモータ27及びテーブル16と共に、回折環撮像位置へ移動し、また、後述する撮像した回折環を読み取る回折環読取り領域、及び回折環を消去する回折環消去領域へ移動する。この移動において、イメージングプレート15の中心軸は、出射X線の光軸とイメージングプレート15における回転角度0°の位置(ライン)とが成す平面内に保たれた状態で、出射X線の光軸に垂直な方向に移動する。
レーザ検出装置30は、回折環を撮像したイメージングプレート15にレーザ光を照射し、イメージングプレート15が発光した光の強度を検出する。レーザ検出装置30は、回折環撮像位置にあるイメージングプレート15からフィードモータ22側に充分離れており、測定対象物OBにて回折したX線がレーザ検出装置30によって遮られないようになっている。レーザ検出装置30は、レーザ光源31、コリメートレンズ32、反射鏡33、ダイクロイックミラー34、及び対物レンズ36等を備えた光ヘッドであり、光ディスクの記録再生に用いられるものと同様な構成である。 レーザ駆動回路77は、コントローラ91から指令が入力すると、フォトディテクタ42から入力する信号の強度が所定の強度になるようレーザ光源31に駆動信号を出力し。レーザ光源31からは一定強度のレーザ光が出射される。フォトディテクタ42は後述するダイクロイックミラー34で微量が反射し、集光レンズ41を介して受光したレーザ光の強度に相当する強度の信号を出力するが、ダイクロイックミラー34での反射の割合は一定であるので、出射したレーザ光の強度に相当する強度の信号を出力すると見なせる。コリメートレンズ32はレーザ光を平行光にし、反射鏡33はレーザ光を、ダイクロイックミラー34に向けて反射し、ダイクロイックミラー34は、入射したレーザ光の大半(例えば、95%)をそのまま透過させる。対物レンズ36は、レーザ光をイメージングプレート15の表面に集光させる。対物レンズ36には、フォーカスアクチュエータ37が組み付けられており。後述するフォーカスサーボにより、レーザ光の焦点は常にイメージングプレート15の表面に合致する。
集光されたレーザ光が、イメージングプレート15の回折環が撮像されている部分に照射すると、輝尽発光(Photo−Stimulated Luminesence)現象が生じ、回折環撮像時における回折X線の強度に応じた光が発生する。この輝尽発光により発生した光はレーザ光の波長よりも波長が短く、レーザ光の反射光と共に対物レンズ36を通過するが、ダイクロイックミラー34にて大部分が反射し、レーザ光の反射光は大部分が透過する。ダイクロイックミラー34で反射した光は、集光レンズ38、シリンドリカルレンズ39を介してフォトディテクタ40に入射する。フォトディテクタ40は、4つの同一正方形状の受光素子からなる4分割受光素子からなり、4つの受光信号(a,b,c,d)を増幅回路78に出力する。なお、シリンドリカルレンズ39は非点収差を生じさせるためにある。
増幅回路78は、入力した4つの受光信号(a,b,c,d)を増幅してフォーカスエラー信号生成回路79及びSUM信号生成回路80へ出力する。フォーカスエラー信号生成回路79は、非点収差法におけるフォーカスエラー信号を生成してフォーカスサーボ回路81へ出力する。フォーカスサーボ回路81は、コントローラ91により指令が入力すると作動開始し、入力したフォーカスエラー信号に基づいて、フォーカスサーボ信号を生成してドライブ回路82に出力する。ドライブ回路82は、入力したフォーカスサーボ信号に応じてフォーカスアクチュエータ37を駆動して、対物レンズ36をレーザ光の光軸方向に変位させ、これにより、レーザ光の焦点は常にイメージングプレート15の表面に合致する。
SUM信号生成回路80は、入力した4つの受光信号を合算してSUM信号を生成し、A/D変換回路83に出力する。SUM信号の強度は、イメージングプレート15にて反射し、ダイクロイックミラー34で反射した微量のレーザ光の強度と輝尽発光により発生した光の強度を合わせた強度に相当するが、イメージングプレート15にて反射するレーザ光の強度はほぼ一定であるので、SUM信号の強度は、輝尽発光により発生した光の強度に相当する。すなわち、SUM信号の強度は、撮像された回折環における回折X線の強度に相当する。A/D変換回路83は、コントローラ91から指令が入力すると、入力するSUM信号の瞬時値をデジタルデータに変換してコントローラ91に出力する。
また、対物レンズ36に隣接して、LED光源43が設けられている。LED光源43は、LED駆動回路84によって制御されて、可視光を発して、イメージングプレート15に撮像された回折環を消去する。LED駆動回路84は、コントローラ91から指令を入力すると、LED光源43に、所定の強度の可視光を発生させるための駆動信号を供給する。
また、X線回折測定装置は、LED光源44を有する。LED光源44は、図2乃至図4に示すように、移動ステージ21とテーブル駆動機構20の上壁26の下面との間に配置されたプレート45の一端部下面に固定されている。プレート45は、移動ステージ21内に固定されたモータ46の出力軸46aに固着されており、モータ46の回転により、上壁26の下面に平行な面内を回転する。移動ステージ21にはストッパ部材47a,47bが設けられており、ストッパ部材47aは、プレート45を図4のD1方向に回転させたとき、LED光源44が上壁26の貫通孔26a及び移動ステージ21の貫通孔21aに対向する位置(A位置)で静止するように、プレート45の回転を規制する。一方、ストッパ部材47bは、プレート45を図4のD2方向に回転させたとき、プレート45が上壁26の貫通孔26aと移動ステージ21の貫通孔21aとの間を遮断しない位置(B位置)で静止するように、プレート45の回転を規制する。言い換えれば、A位置は、プレート45が図2及び図3に示す状態にある位置であり、LED光源44から出射されるLED光がスピンドルモータ27の貫通孔27a1に設けた通路部材28の通路に入射する位置である。B位置は、X線出射器10から出射されるX線がプレート45によって遮られない位置である。LED光源44は、コントローラ91によって作動制御されるLED駆動回路85からの駆動信号によりLED光を出射する。LED光は拡散する可視光であるが、プレート45がA位置にあるとき、その一部は、出射X線と同様の経路で貫通孔18aから出射するので、出射X線と同様、貫通孔27a1の軸線に平行な平行光になる。
モータ46はエンコーダ46bを備えており、エンコーダ46bはモータ46が所定の微小回転角度だけ回転する度に、ハイレベルとローレベルとに交互に切り替わるパルス列信号を回転制御回路86に出力する。回転制御回路86は、コントローラ91から回転方向と回転開始の指令が入力されると、モータ46に駆動信号を出力し、モータ46を指示方向に回転させる。そして、エンコーダ46bからパルス列信号の入力が停止すると、駆動信号の出力を停止する。これにより、プレート45を、上述したA位置及びB位置までそれぞれ回転させることができる。
筐体50の切欠き部壁50cには結像レンズ48が設けられ、筐体50内部には撮像器49が設けられている。撮像器49は、CCD受光器又はCMOS受光器で構成され、各撮像素子ごとの受光強度に相当する強度の信号をセンサ信号取出回路87に出力する。結像レンズ48及び撮像器49は、イメージングプレート15に対して設定された位置にある測定対象物OBにおけるLED光の照射点を中心とした領域の画像を撮像するデジタルカメラとして機能する。イメージングプレート15に対して設定された位置とは、測定対象物OBにおけるX線及びLED光の照射点からイメージングプレート15までの垂直距離Lが、予め決められた所定距離となる位置である。この場合の結像レンズ48及び撮像器49による被写界深度は、前記照射点を中心とした前後の範囲で設定されている。センサ信号取出回路87は、撮像器49の各撮像素子ごとの信号強度データを、各撮像素子の位置(すなわち画素位置)が分かるデータと共にコントローラ91に出力する。
また、結像レンズ48の光軸は、X線出射器10から出射されるX線の光軸とイメージングプレート15の回転基準位置のラインを含む平面に含まれるとともに、この光軸と測定対象物OBに照射されるX線及びLED光の光軸が交わる点は、イメージングプレート15に対して設定された位置にある測定対象物OBにおけるX線及びLED光の照射点であるように調整されている。さらに、X線及びLED光の測定対象物OBに対する入射角度が設定値であるとき、結像レンズ48の光軸と測定対象物OBのX線及びLED光の照射点における法線方向とが成す角度は前記入射角度に等しい角度であるようにされている。したがって、測定対象物OBにおけるX線及びLED光の照射点がイメージングプレート15に対して設定された位置にあり、LED光が測定対象物OBに設定された入射角度で照射された場合には、撮影画像におけるLED光の照射点と測定対象物OBで反射したLED光の受光点は同じ位置に生じる。測定対象物OBに照射されるLED光は平行光であるので、照射点において、LED光は散乱光と、略平行光のまま反射する反射光を発生させるが、散乱光のうち結像レンズ48に入射した光は撮像器49の位置で結像して照射点の画像となり、結像レンズ48に入射した反射光は結像レンズ48により集光されて撮像器49で受光され、受光点の画像となる。そして、LED光の照射点がイメージングプレート15に対して設定された位置にあり、LED光が測定対象物OBに設定された入射角度で照射されたとき、結像レンズ48に入射する散乱光の光軸と反射光の光軸は、いずれも結像レンズ48の光軸と一致するため、照射点の画像と受光点の画像は同じ位置になる。
測定対象物OBの近辺には測定対象物OBの温度と略同一の温度となる箇所に温度センサ60がセットされる。本実施形態では、低温やきなまし処理の際、測定対象物OBが載置されるプレートPLに温度センサ60がセットされる。温度センサ60は、常温から低温やきなまし処理の最高温度までの範囲の温度を精度よく検出することができればどのようなものでもよく、例えば熱電対や測温抵抗体による温度センサを用いることができる。温度センサ60が出力する温度に対応する電気信号は温度検出回路61に入力する。温度検出回路61はコントローラ91の指令により作動開始し、入力した電気信号から温度のデジタルデータを作成してコントローラ91に出力する。
コンピュータ装置90は、コントローラ91、入力装置92及び表示装置93からなる。コントローラ91は、CPU、ROM、RAM、大容量記憶装置などを備えたマイクロコンピュータを主要部とした電子制御装置であり、大容量記憶装置に記憶された各種プログラムを実行してX線回折測定装置の作動を制御する。入力装置92は、コントローラ91に接続されて、作業者により、各種パラメータ、作業指示などの入力のために利用される。表示装置93は、表示画面上に撮像器49によって撮像された照射点及び受光点を含む画像に加えて、測定対象物OBの測定箇所に対するX線回折測定装置(筐体50)の位置と姿勢を適正に設定するためのマークも表示される。さらに、表示装置93は、作業者に対して各種の設定状況、作動状況、測定結果なども視覚的に知らせる。高電圧電源95は、X線出射器10にX線出射のための高電圧及び電流を供給する。
次に、上記のように構成したX線回折測定装置を含むX線回折測定システムを用いて、低温やきなまし処理中又は処理後の測定対象物OBのX線回折測定を行い、半価幅と残留応力を測定する具体的方法について説明する。なお、X線回折測定の目的は半価幅を測定して測定対象物OBを評価することであるが、残留応力も用いて測定対象物OBを評価することは有意義であるので、本実施形態では半価幅とともに残留応力も測定するとして説明する。作業者は、X線回折測定システムを測定対象物OBの近傍にセットし、アーム式移動装置を操作してX線回折測定装置(筐体50)を測定対象物OBの近くまで移動させ、電源を投入してX線回折測定システムを作動させる。この後、X線回折測定は、位置姿勢調整工程S1、回折環撮像工程S2、回折環読取り工程S3,回折環消去工程S4及び計算工程S5の順に行われるが、先行技術文献の特許文献1で既に詳細に説明されている箇所は、簡略的に説明するにとどめる。
位置姿勢調整工程S1は、測定対象物OBに対するX線回折測定装置(筐体50)の位置と姿勢を調整する工程である。作業者は、まず、アーム式移動装置を操作してX線回折測定装置(筐体50)の位置と姿勢を調整することで、おおよそで測定対象物OBにおけるX線の照射点及びX線の入射方向を目的とする測定位置と方向にし、X線の照射点からイメージングプレート15までの距離を設定距離になるようにする。なお、半価幅の測定においてはX線の入射方向はそれほど重要ではないが、残留応力の測定においては重要である。
次に作業者は、入力装置92から位置姿勢の調整を行うことを入力する。この入力により、コントローラ91は、各回路に指令を出力し、イメージングプレート15を回折環撮像位置(図1乃至図3の状態)に移動させ、モータ46を駆動させてプレート45をA位置まで回転させ、LED光源44を点灯させる。これにより平行光であるLED光が筐体50の円形孔50c1から外部へ出射され、測定対象物OBの目的とする測定位置付近に照射される。さらに、コントローラ91は、撮像器49による撮像信号をセンサ信号取出回路87からコントローラ91に出力させ、この撮像信号から作成したLED光の照射位置近傍の画像を表示装置93に表示させる。このとき、表示される画像には、撮像信号によって表示される画像とは独立して、結像レンズ48の光軸が撮像器49と交差する位置に相当する撮影画像上の位置に、十字マークが表示される。
この場合、十字マークのクロス点は表示装置93の画面の中心に位置し、十字マークのX軸方向は画面の横方向に対応し、十字マークのY軸方向は画面の縦方向に対応する。そして、十字マークのクロス点は、LED光の照射点からイメージングプレート15までの距離Lが設定値であるときに、照射点が撮像される位置であると同時に、距離Lが設定値であり、LED光が測定対象物OBに設定された入射角度で入射されるとき、受光点が撮像される位置である。また、十字マークのY軸方向がLED光及びX線の照射方向であり、この方向を測定対象物OBに投影させた方向が残留垂直応力の測定方向である。
作業者は、表示装置93に表示される画像を見ながら、アーム式移動装置を操作して、X線回折測定装置(筐体50)に対する測定対象物OBの位置と姿勢を調整し、画面上におけるLED光の照射点が測定対象物OBの目的とする測定位置になるとともに、十字マークのクロス点と合致するようにする。そして、LED光の受光点も十字マークのクロス点と合致するようにする。調整が完了すると、作業者は入力装置92から位置姿勢の調整終了を入力する。これにより、コントローラ91は、各回路に指令を出力し、LED光源44を消灯させ、撮像信号の出力を停止させ、モータ46を駆動させてプレート45をB位置まで回転させる。これにより、X線出射器10から出射されるX線が、移動ステージ21の貫通孔21aに入射され得る状態となる。
次の回折環撮像工程S2において、作業者は入力装置92から測定対象物OBの材質(本実施形態では、鉄)を入力し、測定開始を入力する。これにより、コントローラ91は、スピンドルモータ制御回路74を制御して、イメージングプレート15を低速回転させ、エンコーダ27cからインデックス信号を入力した時点で、イメージングプレート15の回転を停止させる。これにより、回折環の読取り時において回転角度0°となる状態で、イメージングプレート15に回折環が撮像されるようになる。次に、コントローラ91は、X線制御回路71を制御してX線出射器10にX線の出射を開始させる。これにより、測定対象物OBにおけるX線照射点で発生した回折X線により、イメージングプレート15に回折環が撮像されていく。そして、所定時間の経過後に、X線制御回路71を制御してX線出射器10にX線の出射を停止させる。また、X線の出射中または出射停止後に、コントローラ91は温度検出回路61に指令を出力し、温度検出回路61がセンサ60から入力した信号に基づいて作成し出力した温度のデジタルデータを入力し、メモリに記憶する。この温度データは回折環が撮像されたときの測定対象物OBの温度であるが、この温度は後述する計算工程S5において半価幅の補正に用いられる。
次にコントローラ91は、回折環読取り工程S3を実行する。コントローラ91は、フィードモータ制御回路73を制御して、イメージングプレート15を回折環読取り領域内の読取り開始位置へ移動させる。読取り開始位置とは、レーザ光の照射位置が回折環基準半径Roの円に対して若干だけ内側になるような位置である。回折環基準半径Roとは、測定対象物OBの残留応力が「0」であるときに、イメージングプレート15上に形成される回折環の半径であり、測定対象物OBにおけるX線の回折角度2Θm(Θmはブラッグ角)及びX線照射点からイメージングプレート15までの距離LからRo=L・tan(2Θm)の計算式で計算される。そして、X線の回折角度2Θmは測定対象物OBの材質で決まり、距離Lは設定値に調整されているので、測定対象物OBの材質ごとに予め回折角2Θmを記憶しておけば、測定対象物OBの材質を入力することで回折環基準半径Roは計算できる。
次に、コントローラ91は、スピンドルモータ制御回路74を制御して、スピンドルモータ27を所定の回転速度で回転させ、レーザ駆動回路77を制御してレーザ検出装置30からレーザ光をイメージングプレート15に照射させ、フォーカスサーボ回路81を制御してフォーカスサーボを開始させる。さらに、回転角度検出回路75を制御して、スピンドルモータ27(イメージングプレート15)の回転角度θpの出力を開始させ、A/D変換回路83を制御して、SUM信号の瞬時値Iのデータ出力を開始させ、フィードモータ制御回路73を制御してフィードモータ22を回転させ、イメージングプレート15を読取り開始位置から図1及び図2の右下方向へ一定速度で移動させる。これにより、レーザ光の照射位置は、相対的にイメージングプレート15上を螺旋状に回転し始める。その後、コントローラ91は、イメージングプレート15が所定の小さな角度だけ回転するごとに、A/D変換回路83が出力するSUM信号の瞬時値Iのデータと、回転角度検出回路75が出力する回転角度θpのデータと位置検出回路72が出力する移動距離xのデータとを入力し、それぞれのデータを対応させて記憶する。なお、移動距離xはレーザ光照射位置の径方向距離r(半径値r)に変換したうえで記憶する。これにより、螺旋状に回転するレーザ光の照射位置に関して、SUM信号の瞬時値I、回転角度θp及び半径値rを表すデータが所定回転角度ごとに順次記憶されていく。
SUM信号の瞬時値I、回転角度θp及び半径値rを表すデータの所定回転角度ごとの記憶動作と並行して、コントローラ91は、回転角度θpごとに半径値rに対するSUM信号の瞬時値Iの曲線を作成し、曲線のピークに対応した半径値rαとSUM信号強度値Iαを記憶する。これは回折環の回転角度αごとに半径方向における回折X線の強度分布を求め、回折X線の強度がピークとなる箇所の半径値rαと回折X線の強度に相当する強度Iαを求める処理である。そして、すべての回転角度θp(回転角度α)において半径値rαと強度Iαを取得し、検出するSUM信号の瞬時値Iが強度Iαに対して充分小さくなった時点で、データの記憶を終了する。これにより、回折環における回折X線の強度に相当する強度の分布が瞬時値I、回転角度θp及び半径値rのデータ群で、および回折環の形状が回転角度αごとの半径値rαで検出されたことになる。その後、コントローラ91は、各回路に指令を出力し、フォーカスサーボを停止させ、レーザ光の照射を停止させ、A/D変換回路83と回転角度検出回路75の作動を停止させ、フィードモータ22の作動を停止させる。なおイメージングプレート15の回転は、継続されている。
次にコントローラ91は、回折環消去工程S4を実行する。コントローラ91は、フィードモータ制御回路73を制御してイメージングプレート15を回折環消去領域内の消去開始位置へ移動させる。このイメージングプレート15の消去開始位置とは、LED光源43から出力されるLED光の中心が回折環基準半径Roの円に対して前記読取り開始位置の場合よりもさらに内側になる位置である。次に、コントローラ91は、LED駆動回路84を制御してLED光源43によるLED光をイメージングプレート15に対して照射させ、フィードモータ制御回路73を制御して、イメージングプレート15が前記消去開始位置から消去終了位置まで図1及び図2の右下方向に一定速度で移動するよう、フィードモータ22を回転させる。消去終了位置とは、LED光の中心が回折環基準半径Roよりも前記消去開始位置と同じ程度の距離だけ外側となる位置である。これにより、LED光がイメージングプレート15上に螺旋状に照射され、撮像された回折環が消去される。
イメージングプレート15が消去終了位置になると、コントローラ91は、フィードモータ制御回路73を制御してイメージングプレート15の移動を停止させ、LED駆動回路84を制御してLED光の照射を停止させ、位置検出回路72の作動を停止させ、スピンドルモータ制御回路74を制御してスピンドルモータ27(イメージングプレート15)の回転を停止させる。
次にコントローラ91は、計算工程S5を実行する。これは、瞬時値I、回転角度θp及び半径値rのデータから回折像幅を計算することと、回折環の形状である回転角度αごとの半径値rαのデータと、X線照射点からイメージングプレート15までの距離LおよびX線の入射角ψを用いて、cosα法を用いた演算により残留応力を計算する演算処理である。ただし、残留応力を計算する演算は公知技術を用いたものであり、例えば特開2005−241308号公報の〔0026〕〜〔0044〕に詳細に説明されているので説明は省略し、以下、回折像幅を計算する演算処理のみを説明する。なお、回折像幅として通常計算されるものは半価幅であるので、半価幅を計算する演算処理を説明するが、半価幅以外の回折像幅であっても計算の手順は同じである。
半価幅は、回転角度θpごとに半径値rに対するSUM信号の瞬時値Iの変化曲線(以下、r−I変化曲線という)から求め、得られる複数の半価幅の平均値を計算すれば求めることができるが、この方法よりもさらに精度よく半価幅を計算することができる方法がある。図5に示すように、回転角度θpと回転角度θpごとに得られる半価幅Wとの関係曲線(以下、θp−W変化曲線という)は、回転角度θpが0°をピーク点とする正弦曲線になり、測定対象物OBに対するX線の入射角により正弦曲線の振幅は変化するが、その中心線(すなわち平均値)は変化しないことがわかっている。その理論的説明は特開2016−42050で詳細にされているので本願では省略するが、θp−W変化曲線が正弦曲線になることを利用して半価幅の平均値を求める。具体的には、以下の手順で計算を行う。
(1)正常なr−I変化曲線の抽出
r−I変化曲線は左右対称で尖った形状であるのが理想であるが、測定対象物OBの結晶粒が大きい等の理由で、r−I変化曲線の形状が悪い箇所があるので、得られているr−I変化曲線から形状が悪いr−I変化曲線を除外する処理を行う。具体的には、r−I変化曲線の歪度と尖度を計算し、予め記憶されている許容値より歪度が大きい場合と、予め記憶されている許容値より尖度が小さい場合を除外する処理を行う。歪度と尖度は、r−I変化曲線のピーク点の半径値を平均値として統計学で使用されている通常の歪度と尖度の計算式を用いて計算すればよい。歪度は変化曲線の左右対称性を評価する値であり、尖度は変化曲線の尖りの程度を評価する値である。これにより、正常な形状のr−I変化曲線が抽出される。
(2)半価幅計算
次に抽出されたr−I変化曲線すべてにおいて、r−I変化曲線のピーク値Iαとグランドレベル値Gpの差を2で除算し、その値にグランドレベル値Gpを加算したレベルで変化曲線をスライスしたときの、変化曲線の幅を半値幅Wとして求める。
(3)θp−W変化曲線の異常箇所除外
回転角度θpと半価幅Wのデータ群を用いてスムージング処理を行い、θp−W’変化曲線を得る。得られたθp−W’変化曲線は正常であれば正弦曲線になるが、(1)の処理後でも正常でないr−I変化曲線が残存している等の理由で、正弦曲線からずれている箇所がある可能性がある。よって、θp−W’変化曲線から異常箇所を除外する処理を行う。この処理は、まず、θp−W’変化曲線のピーク値とボトム値の箇所を検出し、回転角度θpが180°異なっていることを確認したうえで、全ての半価幅W’のデータからピーク値とボトム値の中間値を減算し、ピーク値と中間値との差(中間値とボトム値の差)で除算した半価幅W”を計算する。これは、規格化した曲線(ボトム値を−1、ピーク値を1にした曲線)を作成する処理である。このとき、ピーク値とボトム値のいずれか1つが(1)の処理の結果得られていなていないときは、ピーク値またはボトム値から90度の位置にある点2つの半価幅W’のデータを平均した値を中間値にし、同様の処理を行う。
半価幅W”を作成した後、θp−W”変化曲線とsin(θp+90°+α)の曲線を比較し、sin(θp+90°+α)からのずれが大きい箇所を除外する処理を行う。データ処理上は、sin(θp+90°+α)のαを微少量ずつ変化させ、それぞれの半価幅W”とsin(θp+90°+α)の値との差の2乗を加算してデータ数で除算した値が最小となるときのαをαdとして求める。次に半価幅W”とsin(θp+90°+αd)の値との差の絶対値が許容値より大きい半価幅W”に対応する半価幅W’をθp−W’変化曲線から除外する。これによりθp−W’変化曲線から異常箇所が除外される。
ここでαの最小値αdを求める理由を説明する。θp−W”変化曲線は、出射されるX線の光軸とX線照射点部分の表面の法線とを含む平面がイメージングプレート15と交差するラインXIが回転角度0°のラインと合致していれば、sin(θp+90°)の曲線になる。しかし、ステージ調整工程S1において、受光点を表示装置の十字マークと充分に合致させなかった場合は、ラインXIは回転角度0°のラインからずれる可能性がある。この場合は、θp−W”変化曲線のピーク点、ボトム点は回転角度θpが0°の点からずれた点になる。よって、sin(θp+90°+α)とし、αの最小値αdを求める処理を行う。
(4)半価幅の平均値算出
次に、θp−W’変化曲線から半価幅Wの平均値を計算する。この処理は、(1)の処理と(3)の処理で除外したr−I変化曲線の数と半価幅W’の数の総計により計算方法が異なる。まず、1つも除外されなかった場合は、全ての半価幅Wを加算してデータ数で除算する通常の平均の計算を行う。これは、θp−W’変化曲線を積分して横軸の大きさ360°で除算する計算である。次に除外数が許容値以下であった場合は、θp−W’変化曲線の欠けているデータW’を両側のデータにより補間演算で作成し、全ての半価幅W’を加算してデータ数で除算する計算を行う。これは、θp−W’変化曲線の欠けている箇所を作成したうえで積分して横軸の大きさ360°で除算する計算である。次に除外数が許容値より多かった場合は、θp−W’変化曲線に最も一致する〔A・sin(θp+90°+αd)+B〕の曲線のAとBを求める計算を行う。この計算は以下のように行う。θp−W’変化曲線にピーク点とボトム点がある場合は、まず、(ピーク値−ボトム値)/2 をAにし、(ピーク値+ボトム値)/2 をBにする。次にAを微小量変化させるごとにBを所定範囲で変化させ、それぞれの半価幅W’と〔A・sin(θp+90°+αd)+B〕の値と差の2乗を加算してデータ数で除算した値が最小となるときのA、Bを求める。θp−W’変化曲線にピーク点、ボトム点のいずれか一方しかない場合は、ピーク値又はボトム値から90°の回転角度θpの箇所の半価幅W’2つを平均した値Cを計算し、(ピーク値−C)または(C−ボトム値)をAにし、CをBにする。次に同様に、Aを微小量変化させるごとにBを所定範囲で変化させ、それぞれの半価幅W’と〔A・sin(θp+90°+αd)+B〕の値と差の2乗を加算してデータ数で除算した値が最小となるときのA、Bを求める。計算の結果得られたBが半価幅Wの平均値である。これは、〔A・sin(θp+90°+αd)+B〕の曲線を積分して横軸の大きさ360°で除算するとBになるためである。なお、Aはθp−W’変化曲線の振幅値であり、測定対象物OBに対するX線の入射角により変化する値であるが、半価幅Wの平均値には影響しない値である。
以上により半価幅を求めることができるが、上述したようにこの半価幅は、正確に製品の状態を表しているとは言えない。すなわち、低温焼きなまし処理中および処理後で測定対象物OBである鉄製品のX線回折測定を行い残留応力と半価幅を求めると、残留応力は図6に示すように焼きなまし処理の保持温度(最高温度)でほぼ0になり、常温まで冷却してもほぼ0のままであるが、半価幅は図7に示すように焼きなまし処理の保持温度(最高温度)である値まで下がった後、常温まで冷却すると値がやや増加する。理論的には、半価幅も残留応力と同様、常温まで冷却しても値が殆ど変化しないようになっていなければならない。
ここで注釈として、図7以降の図において半価幅が角度の単位になっていることを説明する。半価幅は、半径値rに対する回折強度(瞬時値I)の関係曲線からそのまま求めれば距離の単位であるが、X線照射点からイメージングプレート15までの距離を距離Lとすると、tan−1(r/L)で得られる角度を半径値rの代わりに関係曲線に用いるため角度の単位になる。このようにするのは、X線照射点から全方向が距離Lにある球面にて回折X線を受光した場合を想定して半価幅を求めるためである。
発明者は様々な検討を行った結果、測定対象物OBを最高温度で保持した後常温まで冷却すると半価幅が増大する原因は、測定対象物OBの熱膨張によるブラッグ角(回折角)の変化の影響であるとの結論に至った。詳細に説明すると、シェラーの式では、回折像幅B、X線の波長λ、ブラッグ角Θmおよび測定対象物の結晶の大きさDには以下の数1の関係がある。
(数1)
B = (k・λ)/(D・cosΘm)
kは定数であり、X線の波長λは一定である。すなわち、回折像幅Bは測定対象物OBの結晶の大きさDが変化しても変化するが、ブラッグ角Θm(2Θmは回折角)が変化しても変化する。そして、測定対象物OBである鉄製品をある温度にて保持した後、常温まで冷却する焼きなまし処理で結晶の大きさDが変化することは考えられないが、測定対象物OBが熱膨張すると原子間隔dは大きくなるため、以下のブラッグの式である数2からわかるようにブラッグ角Θmは小さくなる。
(数2)
2d・sinΘm=n・λ
よって、測定対象物の粒径、歪み、X線回折測定装置による影響が変化しなくても、測定対象物OBが熱膨張して原子間隔dが大きくなりブラッグ角Θmが小さくなると、数1のcosΘmは大きくなり、回折像幅Bである半価幅は小さくなる。
よって、測定対象物が熱膨張することにより回折像幅Bが小さくなる影響を除去するには、測定した回折像幅Bに、測定対象物が熱膨張することによる回折像幅Bの変化の割合の逆数を乗算してやればよい。常温の定まった温度におけるブラッグ角をΘm、回折像幅をBmとすると、数1はBm=(k・λ)/(D・cosΘm)となり、定まった温度とは異なる温度におけるブラッグ角をΘc、回折像幅をBcとすると、数1はBc=(k・λ)/(D・cosΘc)となる。測定対象物OBが熱膨張することによる回折像幅の変化の割合Bc/Bmは以下の数3になる。
(数3)
Bc/Bm ={(k・λ)/(D・cosΘc)}/{(k・λ)/(D・cosΘm)}
= cosΘm/cosΘc
そして、回折像幅の変化の割合Bc/Bmの逆数は(cosΘc/cosΘm)である。よって、上記のように計算された半価幅に(cosΘc/cosΘm)を乗算すれば、測定対象物OBが熱膨張することによる半価幅の変化の影響を除去することができる。
ブラッグ角Θmは既知であり、予め定まった温度Tmと共にコントローラ91に記憶されているが、定まった温度とは異なる温度におけるブラッグ角Θcは計算により求める必要がある。これは、予め記憶されているブラッグ角Θm、温度Tm、測定対象物OBの長さにおける熱膨張係数である線線膨張係数α、及び上述した回折環撮像工程S2においてコントローラ91が記憶した測定対象物OBの温度Tcにより計算することができる。定まった温度Tmにおける結晶面の間隔をdmとすると数2は2dm・sinΘm=n・λとなり、定まった温度とは異なる温度Tcにおける結晶面の間隔をdcとすると数2は2dc・sinΘc=n・λとなる。温度Tcにおける結晶面の間隔dcは、測定対象物OBの長さが変化した分変化すると考えればよいので以下の数4で計算することができる。
(数4)
dc = α・dm・(Tc−Tm)
2dc・sinΘc=n・λのdcに数4の式を代入すると、以下の数5が得られる。
(数5)
2α・dm・(Tc−Tm)・sinΘc = n・λ
さらに、2dm・sinΘm=n・λを数5のn・λに代入して整理すると以下の数6が得られる。
(数6)
Θc = sin−1{sinΘm/α・(Tc−Tm)}
すなわち、測定対象物OBの温度Tcを検出すれば、予め記憶されているブラッグ角Θm、温度Tm、線線膨張係数αからブラッグ角Θcを計算することができる。
コントローラ91は、上述したように半価幅を計算した後、回折環撮像工程S2で記憶した測定対象物OBの温度Tcと、予め記憶されているブラッグ角Θm、温度Tm、線線膨張係数αとから数6によりブラッグ角Θcを計算し、(cosΘc/cosΘm)を半価幅に乗算して補正半価幅とする。そして、表示装置93に計算された残留応力と補正半価幅の値を表示する。なお、残留応力以外に、X線照射点からイメージングプレート15までの距離L、X線の入射角ψ等の測定条件、回折環の形状曲線(回転角度αごとの半径値rαから得られる曲線)、回折環の強度分布画像(瞬時値Iを明度に換算し、瞬時値Iに対応する明度、回転角度θp及び半径値rのデータ群から作成される画像)等を表示するようにしてもよい。作業者は結果を見ることで、測定対象物OBである鉄製品の低温焼きなまし処理の状況を把握することができる。
図7に示す鉄製品の低温焼きなまし処理における温度と半価幅との関係において、半価幅を補正半価幅にしたものが図8である。図8のグラフが示すように、保持温度(最高温度)の補正半価幅も常温まで冷却したときの補正半価幅もほぼ同じ値になっている。発明者はいくつかの鉄製品の低温焼きなまし処理において、鉄製品の温度と補正半価幅との関係を求めたが、いずれも保持温度(最高温度)の補正半価幅と常温まで冷却したときの補正半価幅はほぼ同じ値であった。よって、測定した半価幅に補正係数(cosΘc/cosΘm)を乗算した補正半価幅は正確に測定対象物OBの状態を表していると判断することができる。
上記説明からも理解できるように、上記実施形態においては、対象とする測定対象物OBに向けてX線を照射し、測定対象物OBにて発生した回折X線によりX線回折像を撮像するイメージングプレート15と、イメージングプレート15により撮像されたX線回折像から回折X線の強度分布曲線に基づく幅である回折像幅を測定するレーザ検出装置30、テーブル駆動機構20、各種回路及びコントローラ91からなる回折像幅測定機能とを備えたX線回折測定装置を含むX線回折測定システムにおいて、測定対象物OBの温度を検出する温度センサ60および温度検出回路61と、イメージングプレート15によりX線回折像を撮像した時点で温度センサ60および温度検出回路61により検出された温度と、予め記憶されている測定対象物OBの熱膨張係数α及び測定対象物の所定温度Tmにおけるブラッグ角Θmとを用いて、温度センサ60および温度検出回路61により検出された温度Tcにおけるブラッグ角Θcを計算し、(cosΘc/cosΘm)を回折像幅測定機能により測定された回折像幅に乗算して得られた値を補正回折像幅とするコントローラ91内の演算プログラムとを備えている。
これによれば、測定対象物OBが熱処理の最中又は処理後のものであっても、コントローラ91にインストールされた演算プログラムが、温度センサ60および温度検出回路61により検出された測定対象物OBの温度と、予め記憶されている測定対象物OBの熱膨張係数α及び測定対象物の所定温度Tmにおけるブラッグ角Θmとを用いて、測定された回折像幅から補正回折像幅を計算する。そして、計算された補正回折像幅は、測定対象物OBの熱処理における保持温度(最高温度)の値も常温まで冷却したときの値もほぼ同じ値であり、正確に測定対象物OBの状態を表す回折像幅である。よって、これによれば、正確に測定対象物OBの状態を表す回折像幅を得ることができる。
(変形例)
上記実施形態においては、測定対象物OBの長さにおける熱膨張係数である線膨張係数α及びブラッグ角Θmは、予め記憶されているとした。しかし、特殊な合金等、測定対象物OBによっては熱膨張係数αやブラッグ角Θmが得られていないことがある。ただし、温度Tmにおける測定対象物のブラッグ角Θmは測定対象物を粉末状にし、糊塗したもの(残留応力0の試料)をX線回折測定すれば正確に求めることができるので、得られていないのは熱膨張係数αのみと考えることができる。このような場合でも、回折像幅は、熱処理における保持温度(最高温度)の値と常温まで冷却したときの値は同一の値であるという条件を用いて熱膨張係数αを計算し、補正半価幅を計算することができる。
これは測定対象物OBを昇温させ、ある温度(最高温度)Tc1で保持した時の半価幅Wm1を上記実施形態のように測定し、次に測定対象物OBを常温Tc2まで冷却した時の半価幅Wm2を上記実施形態のように測定し、また、それぞれにおいて測定対象物OBの温度Tc1及びTc2を、温度センサ60および温度検出回路61により検出して以下の計算を行えばよい。まず仮の熱膨張係数αにより数6によりブラッグ角Θc1及びブラッグ角Θc2を計算する。次に補正係数(cosΘc1/cosΘm)及び(cosΘc2/cosΘm)を測定した半価幅Wm1及びWm2に乗算し、補正半価幅Wc1及びWc2を計算する。理論的にはこの2つの値Wc1及びWc2は等しくなければならないので、2つの補正半価幅Wc1及びWc2の差Devが許容限界以下でない場合は、仮の熱膨張係数αを変化させ、再度上述したように補正半価幅Wc1及びWc2を計算する。得られた2つの補正半価幅Wc1及びWc2 の差Devから差Devが小さくなる方向に仮の熱膨張係数αを変化させ、再度上述したように補正半価幅Wc1及びWc2を計算する。これを、差Devが許容限界以下になるまで繰り返し行い、差Devが許容限界以下になったときの仮の熱膨張係数αを正規の熱膨張係数αとする。一度熱膨張係数αが得られれば、後は上記実施形態と同様に補正半価幅を計算することができる。
図9は、熱膨張係数αを求める計算処理を視覚的に示したものである。測定対象物OBは鉄製品であり、補正1は熱膨張係数αを殆ど0にしたもの、補正2は熱膨張係数αを既知の値にしたもの、補正3は熱膨張係数αを既知の値の約倍にしたものである。図9を見ると分かるように、熱膨張係数αを小さい値から大きくしていくと熱処理における温度と半価幅との関係において、最高温度(保持温度)の半価幅が常温の半価幅より小さい状態から2つの半価幅の差は次第に小さくなっていき、ある熱膨張係数αのとき2つの半価幅の値は略同一になる。そして、それ以上熱膨張係数αを大きくしていくと、常温の半価幅が最高温度(保持温度)の半価幅より小さくなり、2つの半価幅の差は次第に大きくなっていく。すなわち、熱膨張係数αを求める計算処理は、熱膨張係数αを変化させていき、補正2のようになる熱膨張係数αを見つけ出す処理である。
上記説明からも理解できるように、上記変形例においては、測定対象物OBの温度を上昇させ、温度センサ60および温度検出回路61により検出された温度が最高値になり所定時間その温度で保持した時点でイメージングプレート15、回折像幅測定機能及びコントローラ91内の演算プログラムにより得られた第1の補正回折像幅と、測定対象物OBの温度を最高値から下降させて温度センサ60および温度検出回路61によりにより検出された温度が任意の温度になった時点で同様にして得られた第2の補正回折像幅との差が小さくなる方向に、記憶されている測定対象物OBの熱膨張係数を変化させて、演算プログラムにより第1の補正回折像幅と第2の補正回折像幅を再計算することを繰り返し、再計算された第1の補正回折像幅と第2の補正回折像幅との差が許容内になったときの熱膨張係数を正規熱膨張係数とするコントローラ91内の別の演算プログラムを備えている。
これによれば、測定対象物が特殊な合金等で熱膨張係数が正確に得られていない場合でも、熱膨張係数を正確に求めたうえで、補正回折像幅を求めることができる。
さらに、本発明の実施にあたっては、上記実施形態および変形例に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
上記実施形態および変形例では、回折像幅として半価幅を測定したが、X線回折像の強度曲線に基づく幅であれば、どのような幅であっても本発明は適用することができる。例えば、積分幅やピーク強度の所定割合の強度における幅であっても、本発明は適用することができる。
また、上記実施形態および変形例では、回折像幅である半価幅を測定するためのX線回折測定装置として回折環を撮像し検出するX線回折測定装置、すなわちcosα法によるX線回折測定装置を用いたが、回折像幅を測定することが可能なX線回折測定装置であれば、どのようなX線回折測定装置であってもよい。例えば、sin2ψ法によるX線回折測定装置であってもよい。
また、上記実施形態および変形例では、回折環を撮像し検出するX線回折測定装置を、イメージングプレート15に回折環を撮像し、レーザ検出装置30からレーザ光照射しながら走査して照射位置と光の強度検出を行う装置としたが、回折環を撮像し検出することができるならば、どのような方式の装置でもよい。例えば、イメージングプレート15と同じ広さの平面を有するX線CCDを備え、X線出射器10からのX線照射の際、X線CCDの各画素が出力する電気信号により回折X線の強度分布を検出する装置でもよい。また、イメージングプレート15と同じ広さの平面を有するX線CCDの代わりに、微小サイズのX線CCDを位置を検出しながら走査し、X線CCDの各画素が出力する電気信号とX線CCDの走査位置から、回折X線の強度分布を検出する装置でもよい。また、X線CCDに替えてシンチレータから出た蛍光を、光電子増倍管(PMT)で検出するシンチレーションカウンタを用いる装置でもよい。
また、上記実施形態ではおよび変形例では、X線回折測定システムのコントローラ91に補正半価幅や熱膨張係数を演算するプログラムを備えたが、X線回折測定装置はX線回折像を検出するまでにし、半価幅の測定および補正半価幅と熱膨張係数の計算は別の装置で行うようにしてもよい。この場合、別の装置にX線回折像のデータを入力する方法としては、記録媒体を介する方法、ネット回線等を使用して転送する方法等、様々な方法が考えられる。また、時間がかかってもよければX線回折測定装置はX線回折像を撮像するまでにし、X線回折像の検出、半価幅の測定および補正半価幅と熱膨張係数の計算は別の装置で行うようにしてもよい。また、さらに時間がかかってもよければ演算プログラムを使用せず、補正半価幅や熱膨張係数の計算を手計算により行ってもよい。