以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
−装置構成−
図1は、本実施形態に係るバルブタイミング調整装置を示す縦断面図であり、図2は、図1のII−II線の横断面図であり、図3は、バルブタイミング調整装置を構成する一部の部品の分解斜視図である。このバルブタイミング調整装置1は、不図示のクランクシャフト(クランク軸)と連動して回転する駆動側回転体3と、カムシャフト(カム軸)9と連動して回転するカムシャフトギヤ(従動側回転体)5と、プラネタリギヤ(遊星歯車)7と、エキセントリックシャフト11と、VVT(Variable Valve Timing)モータ19と、を備えている。そうして、このバルブタイミング調整装置1は、クランクシャフトからの動力をカムシャフト9に伝達する伝達系に設けられており、当該プラネタリギヤ7を遊星運動させて、駆動側回転体3とカムシャフトギヤ5との相対回転位相を変化させることにより、クランクシャフトに対するカムシャフト9の相対回転位相を変化させて、内燃機関の開閉する吸気又は排気バルブ(動弁)49のバルブタイミングを調整するものである。
駆動側回転体3は、二段円筒状のスプロケットギヤ13と、円環状のスプロケット23と、略円筒状のカバー部材33と、を同軸になるように、これらの外周縁部でボルト締結したものであり、全体として円筒形状をなしている。二段円筒状のスプロケットギヤ13は、大径部13aと小径部13bとこれらを接続する円環状の接続部13cとを有しており、大径部13aの内周縁部には、図4に示すように、径方向内側に突出する34個の内歯で構成される第1内歯部43が形成されている。円環状のスプロケット23には、その外周部に径方向外側へ突出する複数のスプロケット歯23aが形成されており、これらのスプロケット歯23aとクランクシャフトの複数の歯との間でタイミングチェーン(図示せず)が巻き掛けられている。カバー部材33は、円環状の部材33aと円筒状の部材33bとを同軸に組み合わせたような形状をなしており、これにより、そのカムシャフト9側(以下、軸方向一方側ともいう)の端部には、円環状の規制部33aが、スプロケットギヤ13の円環状の接続部13cと軸方向に対向するように形成されている。
このように駆動側回転体3を形成することにより、当該駆動側回転体3の内部には、接続部13cと規制部33aとの間に挟まれるように、カムシャフトギヤ5及びプラネタリギヤ7が収容されている。見方を変えると、この駆動側回転体3は、図2に示すように、スプロケット23の内周面で、カムシャフト9に連結されたカムシャフトギヤ5のジャーナル部25にジャーナルクリアランスCを開けて摺動自在に嵌められることにより、当該カムシャフトギヤ5のジャーナル部25で回転自在に支持されている。これにより、クランクシャフトから出力されたトルクがタイミングチェーンを介してスプロケット23へ伝達されると、駆動側回転体3が、クランクシャフトに対する相対回転位相を保ちつつクランクシャフトと連動して、カムシャフト9の回転中心軸A周りに回転するようになっている。
カムシャフトギヤ5は、略円環状の底壁部5aと円筒部5bとを備えた有底円筒状に形成されており、円筒部5bの内周縁部には、図3に示すように、径方向内側に突出する28個の内歯で構成される第2内歯部15が形成されている。そうして、このカムシャフトギヤ5は、カバー部材33の規制部33aとプラネタリギヤ7の大径部7aとの間に挟まれるようにして、駆動側回転体3及びカムシャフト9と同軸に配置されており、これにより、第2内歯部15は、第1内歯部43から軸方向一方側へずれた位置に位置している。そうして、このカムシャフトギヤ5は、その軸方向一方側に形成された底壁部5aで、カムシャフト9の先端部にボルト固定されている一方、その軸方向他方側(反カムシャフト9側)で、上述の如く、円筒部5bのジャーナル部25が、スプロケット23の内周面とジャーナルクリアランスCを開けて摺動自在に嵌合している。これにより、カムシャフトギヤ5は、カムシャフト9に対する相対回転位相を保ちつつカムシャフト9と連動して、カムシャフト9の回転中心軸A周りに回転するようになっているとともに、駆動側回転体3に対して相対回転可能となっている。なお、図2の符号59は、駆動側回転体3に対して、最遅角位置及び最進角位置の少なくとも一方で、カムシャフトギヤ5の相対回転を規制するストッパ部を示す。
プラネタリギヤ7は、一体に形成された大径部7aと小径部7bとを有する、二段円筒状に形成されている。大径部7aの外周縁部には、図4に示すように、径方向外側に突出する33個の外歯で構成される、駆動側回転体3の第1内歯部43と噛み合う第1外歯部17が形成されている。一方、小径部7bの外周縁部には、図3に示すように、径方向外側に突出する27個の外歯で構成される、カムシャフトギヤ5の第2内歯部15と噛み合う第2外歯部27が形成されている。つまり、第2外歯部27の歯数は、第1外歯部17の歯数よりも少ないとともに、第1外歯部17の歯数は第1内歯部43の歯数よりも1歯少なく、また、第1外歯部17の歯数は第1内歯部43の歯数よりも1歯少なく設定されている。そうして、このプラネタリギヤ7は、第1外歯部17が駆動側回転体3の第1内歯部43の径方向内側に配置されるとともに、第2外歯部27が駆動側回転体3の第2内歯部15の径方向内側に配置されるように、駆動側回転体3の内部に収容されている。
エキセントリックシャフト11は全体として筒状であり、その内周面の軸心が駆動側回転体3の軸心と同軸である一方、厚肉部と薄肉部とを対向するように設けることにより、その外周面の軸心が駆動側回転体3の軸心から偏心するように形成されている。換言すると、このエキセントリックシャフト11は、駆動側回転体3と同軸の円筒面状に形成された内周面と、駆動側回転体3に対して偏心する円筒面状に形成された偏心外周面とを有している。また、エキセントリックシャフト11の軸方向一方側における外周縁部の厚肉部には、軸方向に延びる溝部11aが2つ形成されており、これらの溝部11aには、図3に示す板バネ(付勢部材)21が、その付勢力が径方向外側に作用するような姿勢で、それぞれ配置されている。この板バネ21は、その付勢力が、クランクシャフトの低回転域及び中回転域(少なくとも低回転域)におけるタイミングチェーンのチェーン張力よりも大きく設定されている。
そうして、このエキセントリックシャフト11は、第1ラジアルベアリング29を介してスプロケットギヤ13の小径部13bに組み付けられている一方、第2ラジアルベアリング31を介してプラネタリギヤ7に組み付けられている。これら第1及び第2ラジアルベアリング29,31は、外輪29a,31aと内輪29b,31bとの間にボール状の転動体29c,31cを挟持してなるものである。第1ラジアルベアリング29の外輪29aはスプロケットギヤ13と一体回転可能に小径部13bの内周面に圧入されている一方、第1ラジアルベアリング29の内輪29bはエキセントリックシャフト11の偏心外周面に摺動自在に嵌合している。また、第2ラジアルベアリング31の外輪31aはプラネタリギヤ7と一体回転可能に小径部7bの内周面に圧入されている一方、第2ラジアルベアリング31の内輪31bはエキセントリックシャフト11の偏心外周面に摺動自在に嵌合している。
このように、エキセントリックシャフト11を、駆動側回転体3及びプラネタリギヤ7に組み付けることにより、板バネ21が、第2ラジアルベアリング31の内輪31bの内周面側に位置することに、換言すると、第1外歯部17と第2外歯部27との両方に跨って配置されていることになる。これにより、板バネ21は、第1外歯部17及び第2外歯部27の双方を径方向外側へ押圧、換言すると、第1外歯部17及び第2外歯部27の双方を第1内歯部43及び第2内歯部15にそれぞれ押し付けることになる。これにより、図2及び図4に示すように、第1外歯部17及び第2外歯部27は、カムシャフト9の回転中心軸Aに対して互いに同一側へ偏心し、その偏心側において第1内歯部43及び第2内歯部15とそれぞれ噛み合うことになる。そうして、プラネタリギヤ7の内周面とエキセントリックシャフト11の偏心外周面との間には、第2ラジアルベアリング31が配置されていることから、プラネタリギヤ7は、その第1外歯部17が駆動側回転体3の第1内歯部43と、また、その第2外歯部27がカムシャフトギヤ5の第2内歯部15と噛み合いつつ遊星運動することが可能となっている。
さらに、このエキセントリックシャフト11の内方には、VVTモータ19のモータ軸35がカップリング接続されており、これにより、エキセントリックシャフト11は、モータ軸35と連動してカムシャフト9の回転中心軸A廻りに回転可能となっている一方、駆動側回転体3に対して相対回転可能となっている。
VVTモータ19は例えばブラシレスモータ等であり、正逆回転可能なモータ軸35を有しているとともに、当該VVTモータ19と電気的に接続された不図示のコンピュータ等により、エンジンの運転状態等に応じて制御されるように構成されている。
以上のように構成されたバルブタイミング調整装置1では、エキセントリックシャフト11が駆動側回転体3に対して相対回転しないときには、プラネタリギヤ7が遊星運動することなく駆動側回転体3及びカムシャフトギヤ5と共に回転し、その結果、駆動側回転体3とカムシャフトギヤ5との間の相対回転位相が保持される。
一方、エキセントリックシャフト11が駆動側回転体3に対する進角方向(又は遅角方向)へ相対回転するときには、プラネタリギヤ7が第1内歯部43及び第2内歯部15との噛合い歯を周方向へ変化させつつ公転することにより、駆動側回転体3に対してカムシャフトギヤ5の位相が進角(又は遅角)する。具体的には、例えば、VVTモータ19のモータ軸35を1回転させると、プラネタリギヤ7が1回公転する。このとき、駆動側回転体3が1/33.5回転だけ逆方向に自転するとともに、カムシャフトギヤ5が1/27.5回転だけ逆方向に自転し、駆動側回転体3に対しカムシャフトギヤ5の位相が2.34deg進角する。
そして、駆動側回転体3に対してカムシャフトギヤ5の位相を進角又は遅角させることにより、カムシャフト9とともに回転するカム39が、バルブスプリング51の付勢力に抗って吸気又は排気バルブ49を適切なタイミングで押し下げる一方、バルブスプリング51の付勢力を解放させて吸気又は排気バルブ49を適切なタイミングで上昇させることになる。
より具体的には、図5に示すように、吸気又は排気バルブ49は、シリンダヘッド37を斜め上方に貫通しているとともに、その上端部にはスプリングリテーナ49aが設けられていて、このスプリングリテーナ49aとシリンダヘッド37の上面との間にはバルブスプリング51が介設されている。また、カムシャフト9は、エンジンのシリンダヘッド37上に回転自在に支持されていて、当該カムシャフト9には、所定形状のカム面39aを有するカム39が設けられている。そうして、このカム面39aには、ロッカーアーム45の中間部に回動自在に支持されたローラ41が当接されている。このロッカーアーム45は、その基端部45aが、HLA(ハイドロリック・ラッシュ・アジャスタ)46のプランジャ46aによってピポット支持されている一方、その先端部45bが、吸気または排気ポート47を開閉する吸気又は排気バルブ49の弁軸頭部に対接して配置されている。
そうして、ローラ41が、カム面39aにおける尖端部39bと当接しているときは、ロッカーアーム45の先端部45bが、吸気又は排気バルブ49を閉弁方向に付勢するバルブスプリング51の付勢力に抗して、吸気又は排気バルブ49を押圧して適切なタイミングで開弁する一方、ローラ41が、カム面39aにおける尖端部39b以外の部位と当接しているときは、バルブスプリング51の付勢力によって吸気又は排気バルブ49がバルブシート53に着座して閉弁するように構成されている。
−駆動側設計バックラッシュと従動側設計バックラッシュとの関係−
本実施形態のバルブタイミング調整装置1では、第1内歯部43と第1外歯部17との設計バックラッシュ(以下、駆動側設計バックラッシュともいう)を、第2内歯部15と第2外歯部27との設計バックラッシュ(以下、従動側設計バックラッシュともいう)よりも大きく設定しているとともに、駆動側設計バックラッシュに対する公差範囲が、従動側設計バックラッシュに対する公差範囲と重ならないように設定している。以下、このような設定を行った理由について詳述する。
なお、本実施形態において、「設計バックラッシュ」とは、図6(a)に示すように、2つの円形歯車をピッチ円上で噛み合わせたときの、ピッチ円上における非噛み合い側の歯と歯の隙間のうち、公差範囲における中央値(公差=0)を意味し、「バックラッシュ」とは、図6(b)に示すように、ピッチ円上に限らず、付勢部材により遊星歯車を径方向外側に付勢させることで(白抜き矢印参照)2つの円形歯車が静的に噛み合ったときの、非噛み合い側の歯と歯の隙間を意味し、「噛合い隙」とは、図6(c)に示すように、ピッチ円上に限らず、2つの円形歯車が運転中に噛み合ったときの、非噛み合い側の歯と歯の隙間を意味する。さらに、以下の図では、説明を分かり易くするために、設計バックラッシュ、バックラッシュ、噛合い隙、ジャーナルクリアランス等を誇張して表現している。
先ず、第1外歯部17と第1内歯部43、及び、第2外歯部27と第2内歯部15のうち、いずれか一方が、いずれか他方よりも先に、静的な状態で、バックラッシュなしで噛み合った場合における、いずれか他方の噛み合いについて説明する。なお、以下の噛み合いについての説明では、説明を分かり易くするために、図7に示すような、簡略化したバルブタイミング調整装置1を用いる。この簡略化したバルブタイミング調整装置1では、符号3は駆動側回転体を、符号5はカムシャフトギヤを、符号7はプラネタリギヤを、符号9はカムシャフトを、符号19はVVTモータを、符号17は第1外歯部を、符号27は第2外歯部を、符号43は第1内歯部を、符号15は第2内歯部を、符号11はエキセントリックシャフトを、符号21は板バネを、符号25はカムシャフトギヤ5のジャーナル部を、符号Cはジャーナル部25とこれに支持されている駆動側回転体3との間のジャーナルクリアランスを、それぞれ示す。
なお、図7〜図9、図12〜図14及び図16のハッチングは、図を見易くするためのものであり、断面を表現しているものではない。また、図8、図9、図12〜図14及び図16では、図を見易くするために、VVTモータ19を図示省略する。さらに、バックラッシュt1,t2及び噛合い隙t1’,t1”,t2’,t2”は、周方向における隙であるが、図8、図9、図12〜図14及び図16では、説明の便宜上、噛合い隙を鉛直方向における隙のように表現している。
この簡略化したバルブタイミング調整装置1では、第1外歯部17(又は第2外歯部27)を示す部材と、第1内歯部43(又は第2内歯部15)を示す部材とが、くっついている状態は、第1外歯部17(又は第2外歯部27)と第1内歯部43(又は第2内歯部15)とが、静的な状態であればバックラッシュなしで、また、運転中であれば噛合い隙なく又は異音を発生しないような小さな噛合い隙を開けて噛み合っている状態を示す。一方、第1外歯部17(又は第2外歯部27)を示す部材と第1内歯部43(又は第2内歯部15)を示す部材とが、離れている状態は、第1外歯部17(又は第2外歯部27)と第1内歯部43(又は第2内歯部15)とが、静的な状態であれば大きなバックラッシュを開けて、また、運転中であれば異音を発生するような大きな噛合い隙を開けて噛み合っている状態を示すものであり、これらが、噛み合わずに離れている状態を示している訳ではない。
先ず、第1外歯部17と第1内歯部43とが、第2外歯部27と第2内歯部15よりも先に、バックラッシュなしで噛み合った場合における、第2外歯部27と第2内歯部15との噛み合いについて説明する。
図8に示すように、静的な状態で、第1外歯部17と第1内歯部43とが、第2外歯部27と第2内歯部15よりも先に、バックラッシュなしで噛み合うと、歯の輪郭度のバラつき及び同軸度のバラつきのため、静的な状態のまま、第2外歯部27と第2内歯部15とがバックラッシュなしで噛み合うことはなく、バックラッシュt2を開けて噛み合うことになる。
そうして、この状態からエンジンが始動してクランクシャフトが回転すると、図9に示すように、タイミングチェーンのチェーン張力が駆動側回転体3に対しの白抜き矢印の方向に作用することになる。ここで、上記図1に示すように、軸方向他方側では、スプロケットギヤ13に第1ラジアルベアリング29が圧入され、かかる第1ラジアルベアリング29に、エキセントリックシャフト11が嵌合していることから、スプロケットギヤ13とエキセントリックシャフト11との径方向における相対的な位置関係は不変であるところ、板バネ21は、軸方向一方側で、スプロケットギヤ13にバックラッシュ(噛合い隙)なしで噛み合っているプラネタリギヤ7に圧入された第2ラジアルベアリング31と、エキセントリックシャフト11との間に、換言すると、径方向における相対的な位置関係が不変なもの同士の間に挟まれており、その付勢力が外部に作用しない状態になっている。
喩えるなら、板バネ21は、図10に示すように、頂壁55aと底壁55bの位置関係が変わらない箱55の中で、頂壁55aと底壁55bとに接続されているのと同じ状態になっている。故に、白抜き矢印で示すようなチェーン張力が箱55に作用しても、その付勢力が外部へ作用することはない。よって、静的な状態で、第2外歯部27と第2内歯部15よりも先に、第1外歯部17と第1内歯部43とがバックラッシュなしで噛み合った以上、板バネ21の付勢力はもはや第2外歯部27を第2内歯部15に押し付けるようには作用しないことになる。
ここで、駆動側回転体3、プラネタリギヤ7及びエキセントリックシャフト11は、上述の如く、カムシャフト9に連結されたカムシャフトギヤ5のジャーナル部25に、ジャーナルクリアランスCを開けて回転自在に支持されている。よって、板バネ21が機能していない状態で、タイミングチェーンのチェーン張力が駆動側回転体3に作用すると、これら駆動側回転体3、プラネタリギヤ7及びエキセントリックシャフト11が互いの相対位置関係を維持したまま、カムシャフトギヤ5及びカムシャフト9に対して、ジャーナルクリアランスCの分だけクランクシャフト側(図9の下側)に押し下げられる。つまり、運転中、且つ、チェーン張力の作用方向と板バネ21の付勢方向とが対向している場合の、第2外歯部27と第2内歯部15との噛合い隙をt2’とすると、この噛合い隙t2’は、常にバックラッシュt2よりもジャーナルクリアランスCに比例した値だけ拡がることになる。なお、ジャーナルクリアランスCは、周方向の隙ではないことから、その値がそのまま噛合い隙に換算される訳ではないので、比例した値と表現している。
このため、第2外歯部27と第2内歯部15とは、図11(a)に示すように、大きな噛合い隙t2’を開けて噛み合うことになり、上記図5において、ロッカーアーム45に回動自在に支持されたローラ41がカムの尖端部39bを乗り越えてカムトルクが反転し、カムシャフト9に対する負荷が抜けた瞬間に、図11(b)に示すように、第2外歯部27及び第2内歯部15における噛合い面とは反対の面(非噛合い面)同士が衝突して大きな異音を発生することになる。
一方、図12に示すように、運転中、且つ、チェーン張力の作用方向と板バネ21の付勢方向とが一致している場合の、第2外歯部27と第2内歯部15との噛合い隙をt2”とすると、駆動側回転体3、プラネタリギヤ7及びエキセントリックシャフト11は、図9の場合と同様に、互いの相対位置関係を維持したまま、カムシャフトギヤ5及びカムシャフト9に対して、ジャーナルクリアランスCの分だけ下側に押し下げられるので、噛合い隙t2”は、バックラッシュt2よりもジャーナルクリアランスCに比例した値だけ狭まることになる。つまり、第2外歯部27と第2内歯部15とは、ジャーナルクリアランスCがバックラッシュt2に比して十分大きければ、噛合い隙なく噛み合う一方、ジャーナルクリアランスCがバックラッシュt2に比して小さければ、バックラッシュt2よりも小さい噛合い隙t2”で噛み合うこととなる。
これらにより、静的な状態で、第1外歯部17と第1内歯部43とが、第2外歯部27と第2内歯部15よりも先に、バックラッシュなしで噛み合った場合には、運転中に、ある回転位相において、第2外歯部27と第2内歯部15とが噛合い隙なく噛み合う可能性はあるものの(図12参照)、図9に示すように、第2外歯部27と第2内歯部15との間に大きな噛合い隙が生じてしまうことから、歯当たり(衝突)による大きな異音の発生を抑えることは困難であることが分かる。
次に、第2外歯部27と第2内歯部15とが、第1外歯部17と第1内歯部43よりも先に、バックラッシュなしで噛み合った場合における、第1外歯部17と第1内歯部43との噛み合いについて説明する。
図13に示すように、静的な状態で、第2外歯部27と第2内歯部15とが、第1外歯部17と第1内歯部43よりも先に、バックラッシュなしで噛み合うと、歯の輪郭度のバラつき及び同軸度のバラつきのため、静的な状態のまま、第1外歯部17と第1内歯部43とがバックラッシュなしで噛み合うことはなく、バックラッシュt1を開けて噛み合うことになる。
そうして、この状態からエンジンが始動してクランクシャフトが回転すると、図14に示すように、タイミングチェーンの張力が駆動側回転体3に対しの白抜き矢印の方向に作用することになる。ここで、第2外歯部27と第2内歯部15とが静的な状態でバックラッシュなしで噛み合った場合には、第1外歯部17と第1内歯部43とがバックラッシュなしで噛み合った場合と異なり、プラネタリギヤ7がバックラッシュなしで噛み合っているカムシャフトギヤ5と、駆動側回転体3との間には、ジャーナルクリアランスCが存在しているので、板バネ21の付勢力は外部に作用する状態となっている。
喩えるなら、板バネ21は、図15に示すように、頂壁55aと底壁55bの位置関係が変わらない箱55の中に存在するものの、その上端は、頂壁55aとの間にクリアランスCを有する固定部材57に接続されているのと同じ状態になっている。故に、白抜き矢印で示すようなチェーン張力が箱55に作用すると、クリアランスCの分だけ箱55は下方に移動できる一方、板バネ21の付勢力は、箱55を押し戻すように外部へ作用することになる。よって、静的な状態で、第1外歯部17と第1内歯部43よりも先に、第2外歯部27と第2内歯部15とがバックラッシュなしで噛み合った場合には、板バネ21の付勢力が外部へ作用するようになっている。
そうして、タイミングチェーンの張力が駆動側回転体3に作用すると、駆動側回転体3及びエキセントリックシャフト11は互いの相対位置関係を維持したまま、カムシャフトギヤ5及びカムシャフト9に対して、ジャーナルクリアランスCの分だけクランクシャフト側(図14の下側)に押し下げられるが、プラネタリギヤ7は、板バネ21の付勢力により、第2外歯部27と第2内歯部15とが噛合い隙なく(バックラッシュなしで)噛み合った状態を維持したまま止まることから、第1外歯部17と第1内歯部43とが近づくことになる。つまり、運転中、且つ、チェーン張力の作用方向と板バネ21の付勢方向とが対向している場合の、第1外歯部17と第1内歯部43との噛合い隙をt1’とすると、噛合い隙t1’は、常にバックラッシュt1よりもジャーナルクリアランスCに比例した値だけ狭まることになる。このため、第1外歯部17と第1内歯部43とは、ジャーナルクリアランスCが、バックラッシュt1に比して十分大きければ、噛合い隙なく噛み合う一方、ジャーナルクリアランスCがバックラッシュt1に比して小さくても、異音を発生しないような小さな噛合い隙t1’で噛み合うことになる。
一方、図16に示すように、運転中、且つ、チェーン張力の作用方向と板バネ21の付勢方向とが一致している場合の、第1外歯部17と第1内歯部43との噛合い隙をt1”とすると、駆動側回転体3及びエキセントリックシャフト11は、図14の場合と同様に、互いの相対位置関係を維持したまま、カムシャフトギヤ5及びカムシャフト9に対して、ジャーナルクリアランスCの分だけ下側に押し下げられることから、噛合い隙t1”は、バックラッシュt1よりもジャーナルクリアランスCに比例した値だけ拡がるとも思える。しかしながら、本実施形態のバルブタイミング調整装置1では、上述の如く、板バネ21の付勢力を、クランクシャフトの低回転域及び中回転域におけるタイミングチェーンのチェーン張力よりも大きく設定しているので、逆にジャーナルクリアランスCに比例した値だけ噛合い隙t1”を狭めることが可能となっている。
これについて詳述すると、プラネタリギヤ7は、上述の如く、エキセントリックシャフト11から板バネ21の付勢力により径方向外側へ押圧されて、その第2外歯部27が、カムシャフトギヤ5の第2内歯部15に押し付けられている。見方を変えると、駆動側回転体3及びエキセントリックシャフト11が支持されているカムシャフト9は位置が不変であり、当該カムシャフト9の先端部にボルト固定されているカムシャフトギヤ5も位置が不変であり、さらに当該カムシャフトギヤ5に上側から噛合い隙なく噛み合っている状態では、プラネタリギヤ7も位置が不変である。とすれば、板バネ21は、プラネタリギヤ7からエキセントリックシャフト11を押し上げていると見ることもできる。そうして、板バネ21の付勢力はチェーン張力よりも大きく設定されていることから、換言すると、板バネ21の付勢力がチェーン張力に打ち勝っていることから、板バネ21は、図16に示すように、チェーン張力に抗して、駆動側回転体3及びエキセントリックシャフト11をプラネタリギヤ7に対してジャーナルクリアランスCだけ押し上げることが可能となっている。
よって、この場合にも、図14の場合と同様に、噛合い隙t1”は、バックラッシュt1よりもジャーナルクリアランスCに比例した値だけ狭まることになる。このため、第1外歯部17と第1内歯部43とは、ジャーナルクリアランスCが、バックラッシュt1に比して十分大きければ、噛合い隙なく噛み合う一方、ジャーナルクリアランスCがバックラッシュt1に比して小さくても、異音を発生しないような小さな噛合い隙t1”で噛み合うこととなる。
これらにより、静的な状態で、第1外歯部17と第1内歯部43よりも先に、第2外歯部27と第2内歯部15とがバックラッシュなしで噛み合った場合には、運転中は常に、第2外歯部27と第2内歯部15とが噛合い隙なく噛み合うとともに、第1外歯部17と第1内歯部43とが噛合い隙なしで、又は、異音を発生しないような小さな噛合い隙で噛み合うことから、カムトルクが反転した際の、歯当たりによる異音の発生を抑制することができることが分かる。
なお、本実施形態において、板バネ21の付勢力を、チェーン張力よりも大きく設定する範囲を、クランクシャフトの低回転域及び中回転域にしたのは、高回転域では、各ギヤが高速で回転しており、各ギヤには現在の回転方向を維持しようとする大きな慣性力が生じていることから、カムトルクが反転しても、噛合い面とは反対の面(非噛合い面)同士が衝突する可能性は低いと推測したからである。
次に、設計バックラッシュとバックラッシュとの関係について説明する。なお、以下の説明では、便宜上、設計バックラッシュに対する公差、歯の輪郭度のバラつき及び同軸度のバラつきを考慮しないものとする。
今、図17(a)の左側に示す、第1内歯部43と第1外歯部17との設計バックラッシュBL1と、同図右側に示す、第2内歯部15と第2外歯部27との設計バックラッシュBL2とが等しいと仮定する。そうして、静的な状態で、プラネタリギヤ7を駆動側回転体3及びカムシャフトギヤ5に組み付ける場合を考えると、板バネ21は、図17(b)の白抜き矢印で示すように、第1外歯部17及び第2外歯部27の双方を第1内歯部43及び第2内歯部15にそれぞれ押し付けるように作用する。すると、第1外歯部17及び第2外歯部27は、カムシャフト9の回転中心軸Aに対して互いに同一側へ同じ量だけ偏心するので、図17(c)に示すように、第1外歯部17と第1内歯部43とがバックラッシュなしで噛み合うと、これらと設計バックラッシュが等しい第2外歯部27と第2内歯部15も、これと同時に、バックラッシュなしで噛み合うことが分かる。
一方、図18(a)の左側に示す、駆動側設計バックラッシュBL1が、同図右側に示す、従動側設計バックラッシュBL2よりも小さいと仮定する。そうして、静的な状態で、プラネタリギヤ7を駆動側回転体3及びカムシャフトギヤ5に組み付ける場合を考えると、板バネ21は、図18(b)の白抜き矢印で示すように、第1外歯部17及び第2外歯部27の双方を第1内歯部43及び第2内歯部15にそれぞれ押し付けるように作用する。すると、第1外歯部17及び第2外歯部27は、カムシャフト9の軸心に対して互いに同一側へ同じ量だけ偏心するが、図18(c)に示すように、設計バックラッシュBL2の大きい第2外歯部27及び第2内歯部15よりも先に、設計バックラッシュBL1の小さい第1外歯部17及び第1内歯部43がバックラッシュなしで噛み合うことが分かる。
なお、図18では、駆動側設計バックラッシュBL1が、従動側設計バックラッシュBL2よりも小さい場合を例示したが、従動側設計バックラッシュBL2が、駆動側設計バックラッシュBL1よりも小さい場合には、当然に、設計バックラッシュBL1の大きい第1外歯部17及び第1内歯部43よりも先に、設計バックラッシュBL2の小さい第2外歯部27及び第2内歯部15がバックラッシュなしで噛み合うことになる。
以上のように、公差を考慮しなければ、静的な状態で、第2外歯部27と第2内歯部15とを、第1外歯部17と第1内歯部43よりも先に、バックラッシュなしで噛み合わせるには、従動側設計バックラッシュBL2を、駆動側設計バックラッシュBL1よりも小さくすればよいことが分かる。
ここで、通常焼結または鍛造により製造される歯車体(スプロケットギヤ13、カムシャフトギヤ5、及び、プラネタリギヤ7)を公差がないように製造すること困難であることから、歯車体は、ピッチ円上における非噛み合い側の歯と歯の隙間が、設計バックラッシュに対して、例えば±4σ(σは標準偏差)の公差範囲に収まるように製造される。そうして、駆動側設計バックラッシュBL1と従動側設計バックラッシュBL2とは、通常、同じ値になるように設計されるので、製造された第1内歯部43と第1外歯部17とのピッチ円上での隙間と、製造された第2内歯部15と第2外歯部27とのピッチ円上での隙間とは、図19のように分布することになる。
つまり、従来のように、スプロケットギヤ13、カムシャフトギヤ5、及び、プラネタリギヤ7を製造すれば、ピッチ円上での第2内歯部15と第2外歯部27との隙間が、ピッチ円上での第1内歯部43と第1外歯部17との隙間よりも小さい状態は、50%の確率でしか生じないことになるし、ピッチ円上での第2内歯部15と第2外歯部27との隙間がBL2+4σであるものと、ピッチ円上での第1内歯部43と第1外歯部17との隙間がBL1−4σであるものと、の組合せといった極端な組合せが生じると、極めて大きな異音が発生するおそれがある。
そこで、全数検査により、製造された歯車体を公差ランク別に仕分けし、ピッチ円上での第2内歯部15と第2外歯部27との隙間が、ピッチ円上での第1内歯部43と第1外歯部17との隙間よりも小さくなるようなランクの組合せを行なう選択組付方式も考えられるが、このようなやり方では、多くの工数を必要とするとともに、組合せに用いることができない歯車体も増えることから歩留まりが悪化するので、製造コストが増大するという問題が生じる。
このため、本実施形態のバルブタイミング調整装置1では、図20に示すように、駆動側設計バックラッシュBL1を、従動側設計バックラッシュBL2よりも大きく設定しているとともに、駆動側設計バックラッシュBL1に対する公差範囲が、従動側設計バックラッシュBL2に対する公差範囲と重ならないように設定している。このような設定を行うことにより、例えば、ピッチ円上での第2内歯部15と第2外歯部27との隙間がBL2+4σであるものと、ピッチ円上での第1内歯部43と第1外歯部17との隙間がBL1−4σであるものとを組み合わせても、常に、ピッチ円上での第2内歯部15と第2外歯部27との隙間が、ピッチ円上での第1内歯部43と第1外歯部17との隙間よりも小さくなるので、第1外歯部17と第1内歯部43よりも先に、第2外歯部27と第2内歯部15とをバックラッシュなしで噛み合わせることができ、これにより、内歯部と外歯部との歯当たりによる異音の発生を効果的に抑制することができる。
−効果−
本実施形態によれば、駆動側設計バックラッシュBL1を、従動側設計バックラッシュBL2よりも大きく設定しているとともに、駆動側設計バックラッシュBL1に対する公差範囲が、従動側設計バックラッシュBL2に対する公差範囲と重ならないように設定していることから、ピッチ円上での第2内歯部15と第2外歯部27との隙間が、ピッチ円上での第1内歯部43と第1外歯部17との隙間よりも大きくなるのを抑えることができる。これにより、運転中に、第2内歯部15と第2外歯部27とが噛合い隙なしで噛み合うとともに、第1内歯部43と第1外歯部17とが噛合い隙なしで、又は、異音を発生しないような小さな噛合い隙で噛み合っている状態を作出することができる。したがって、カムトルクが反転した際の、第2内歯部15と第2外歯部27との歯当たりによる異音の発生を確実に抑制することができる。
また、駆動側設計バックラッシュBL1を、従動側設計バックラッシュBL2よりも大きく設定するだけでよいことから、工数が増えるのを抑えることができるとともに、ピッチ円上での第2内歯部15と第2外歯部27との隙間が、ピッチ円上での第1内歯部43と第1外歯部17との隙間よりも大きくなるのを抑えられることから、歩留まりが悪化するのを抑えることができる。
さらに、板バネ21の付勢力を、クランクシャフトの低回転域及び中回転域におけるチェーン張力よりも大きく設定することにより、チェーン張力が作用する方向と、板バネ21による付勢方向とが同方向である場合でも、チェーン張力によってクランクシャフト側に引っ張られる駆動側回転体3を、板バネ21の付勢力によってクランクシャフトとは反対側に引き戻して、第1内歯部43を第1外歯部17にしっかりと押し付け、両者を噛合い隙なしで、又は、異音を発生しないような小さな噛合い隙で噛み合わせることができる。これにより、カムトルクが反転した際の、第1内歯部43と第1外歯部17との衝突音を確実に抑制することができる。
(その他の実施形態)
本発明は、実施形態に限定されず、その精神又は主要な特徴から逸脱することなく他の色々な形で実施することができる。
上記実施形態では、駆動側設計バックラッシュBL1に対する公差範囲が、従動側設計バックラッシュBL2に対する公差範囲と重ならないように設定したが、駆動側設計バックラッシュBL1を、従動側設計バックラッシュBL2よりも大きく設定しているのであれば、図21に示すように、駆動側設計バックラッシュBL1に対する公差範囲が、従動側設計バックラッシュBL2に対する公差範囲と重なってもよい。この場合でも、ピッチ円上での第2内歯部15と第2外歯部27との隙間が、ピッチ円上での第1内歯部43と第1外歯部17との隙間よりも大きくなるのは、図の斜線部の範囲だけなので、第2外歯部27と第2内歯部15とが、第1外歯部17と第1内歯部43よりも先に、バックラッシュなしで噛み合う可能性を大きくすることができる。また、仮に、ピッチ円上での第2内歯部15と第2外歯部27との隙間が、ピッチ円上での第1内歯部43と第1外歯部17との隙間よりも大きい場合でも、第2内歯部15と第2外歯部27とのバックラッシュt2及び噛合い隙t2’、t2”が極端に大きくなることを避けることができる。
また、上記実施形態では、付勢部材として板バネ21を用いたが、付勢部材は第1及び第2外歯部17,27を第1及び第2内歯部43,15にそれぞれ押し付けるように、プラネタリギヤ7を径方向外側に付勢することができればよいので、これに限らず、例えば、コイルばね、トーションばね、皿ばね、ゴムばねを用いてもよい。
このように、上述の実施形態はあらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。さらに、特許請求の範囲の均等範囲に属する変形や変更は、全て本発明の範囲内のものである。