以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
図1及び図2は、本発明の実施形態に係る燃料噴射制御装置を備えた水素ロータリエンジン1(以下、単にエンジン1という)を示す。このエンジン1は、本実施形態では、所謂シリーズ式のハイブリッド車両に搭載されてモータジェネレータを駆動する(モータジェネレータを発電させる)ものであり、エンジン1は、そのモータジェネレータによる発電用にのみ使用される。すなわち、エンジン1の出力軸としてのエキセントリックシャフト6が、上記モータジェネレータの回転軸と連結されている。上記モータジェネレータの発電電力は、高電圧・大容量のバッテリに供給されるか、又は、走行モータに供給される。この走行モータには、上記モータジェネレータの発電電力及び高電圧・大容量のバッテリからの放電電力の少なくとも一方が供給されて駆動され、この走行モータにより駆動輪が駆動されて、上記ハイブリッド車両が走行する。上記モータジェネレータは、エンジン1が停止した状態にあるときにエンジン1を駆動して始動させる役割も有している。
エンジン1は、2つのロータ2を備えた2ロータタイプ(2気筒エンジン)であり、フロント側(図1の右側)及びリヤ側(図1の左側)の2つのロータハウジング3が、インターミディエイトハウジング4(サイドハウジングに相当)をその間に挟んだ状態で、これらの両側からさらに2つのサイドハウジング5で挟み込むようにして一体化されることによって構成されている。尚、図1では、エンジン1の右側(フロント側)の一部は切り欠いて内部を示すとともに、左側(リヤ側)のサイドハウジング5も内部を示すために分離してある。また、図中の符号Xは、出力軸としてのエキセントリックシャフト6の回転軸心であって、以下、これを単に回転軸心Xという。
上記各ロータハウジング3の、平行トロコイド曲線で描かれるトロコイド内周面3aと、これらロータハウジング3を両側から挟むサイドハウジング5の内側面5aと、インターミディエイトハウジング4の両側の側面4aとによって、図2に示すように回転軸心Xの方向(出力軸の軸方向)から見て繭のような略楕円形状(互いに直交する長軸Y及び短軸Zによって規定される略楕円形状)をしたロータ収容室7(気筒)が、フロント側及びリヤ側の2つ横並びに区画されており、これらロータ収容室7にそれぞれロータ2が1つずつ収容されている。各ロータ収容室7は、インターミディエイトハウジング4に対して対称に配置されており、ロータ2の位置及び位相が異なっている点を除けば構成は同じであるため、以下、1つのロータ収容室7について説明する。
尚、本実施形態では、ロータハウジング3(ロータ収容室7)の上記長軸Yは鉛直方向に延び、短軸Zは水平方向に延びている。
ロータ2は、回転軸心Xの方向から見て各辺の中央部が外側に膨出する略三角形状をしたブロック体からなり、その外周面における各頂部間に、3つの略長方形をしたフランク面2aを備えている。この各フランク面2aの中央部分には、リセス2bがそれぞれ形成されている。
また、ロータ2は、その三角形の各頂部に図示しないアペックスシールを有し、これらアペックスシールがロータハウジング3のトロコイド内周面3aに摺接しており、このロータハウジング3のトロコイド内周面3aと、インターミディエイトハウジング4の側面4aと、サイドハウジング5の内側面5aと、ロータ2のフランク面2aとで、ロータ収容室7の内部(ロータ2のフランク面2aとロータハウジング3のトロコイド内周面3aとの間)に、3つの作動室8がそれぞれ区画形成されている。
図示は省略するが、ロータ2は、該ロータ2の内側に設けた内歯車(ロータギア)とサイドハウジング5に設けた外歯車(固定ギア)とが噛合しながら、インターミディエイトハウジング4及びサイドハウジング5を貫通するエキセントリックシャフト6に対して、遊星回転運動をするように支持されている。
すなわち、ロータ2の回転運動は内歯車と外歯車との噛み合いによって規定され、ロータ2は、3つのアペックスシールが各々ロータハウジング3のトロコイド内周面3aに摺接しつつ、エキセントリックシャフト6の偏心輪6aの周りを自転しながら、回転軸心Xの周りに、該自転と同じ方向に公転する(この自転及び公転を含めて、広い意味で単にロータ2の回転という)。そして、ロータ2が1回転する間に3つの作動室8が周方向に移動し、それぞれで吸気、圧縮、膨張及び排気の各行程が行われて、これにより発生する回転力がロータ2を介してエキセントリックシャフト6から出力される。尚、ロータ2の1回転中にエキセントリックシャフト6は3回転し、この間に3つの作動室8がそれぞれ1回ずつ燃焼サイクルを行う。このことから、エキセントリックシャフト6の1回転につき1回の燃焼サイクルが行われることになる。
より具体的に、図2において、ロータ2は矢印で示すように、時計回り方向に回転しており、回転軸心Xを通るロータ収容室7の長軸Yを境に分けられるロータ収容室7の左側が概ね吸気及び排気行程の領域となり、右側が概ね圧縮及び膨張行程の領域となっている。
そして、図2における左上の作動室8に着目すると、この作動室8は、吸気行程にあり、この吸気行程にある作動室8がロータ2の回転につれて圧縮行程に移行すると、この圧縮行程にある作動室8内に、後述の2つの水素インジェクタ15により、燃料として水素が直接噴射される。これにより、吸気行程で吸気された空気と該噴射された水素とが混合されながら圧縮される。その後、図2の右側に示す作動室8のように(図2では、この作動室8は、圧縮トップ(圧縮上死点:TDC)にある)、圧縮行程の後期から膨張行程にかけての所定のタイミング(本実施形態では、後述の如く圧縮トップ前のタイミングとしている)にて後述の第1及び第2点火プラグ21,22により点火されて、膨張行程が行われる。そして、最後に図2の左下の作動室8のような排気行程に至ると、燃焼ガスが排気ポート10から排気された後、再び吸気行程に戻って上記各行程が繰り返されるようになっている。
回転軸心Xの方向から見て、ロータハウジング3における上記長軸Yの近傍位置(ロータハウジング3の頂部付近)には、回転軸心Xの方向に並んだ状態で2つの水素インジェクタ15が取り付けられている(図2では、1つしか見えていない)。これら2つの水素インジェクタ15は、その噴口15aが、圧縮行程にある作動室8(図3の右上の作動室8)に臨むように配設されていて、該圧縮行程にある作動室8内に燃料として水素を直接噴射する。
図3に示すように、回転軸心Xの方向から見て、上記2つの水素インジェクタ15の噴口15aの軸線L(噴口15aの中心軸(水素インジェクタ15の中心軸でもある))が共に、該水素インジェクタ15により噴射された水素が該噴口15aよりもロータ回転方向のリーディング側に向かうように、上記長軸Yに対して傾斜している。すなわち、上記軸線Lは、該軸線L上の点が噴口15aから遠いほどロータ回転方向のリーディング側に位置するように、上記長軸Yに対して傾斜している。水素インジェクタ15の噴口15aは、長軸Yに沿った方向を向いているのではなく、長軸Yに沿った方向に対してリーディング側に向けられている。
回転軸心Xの方向から見て、各水素インジェクタ15の噴口15aの軸線Lと長軸Yとのなす鋭角側の角度αは、0°を超え10°未満であることが好ましい。本実施形態では、2つの水素インジェクタ15についての上記角度αを、共に5°に設定している。
吸気行程にある作動室8には、複数(本実施形態では、3つ)の吸気ポート11,12,13が連通している。すなわち、この吸気行程にある作動室8に面するインターミディエイトハウジング4の側面4aには、ロータ収容室7の外周側における短軸Z寄りに第1吸気ポート11が開口している。また、図1に示すように、吸気行程にある作動室8に面するサイドハウジング5の内側面5aには、第1吸気ポート11に対向するように、そのロータ収容室7の外周側における短軸Z寄りに第2吸気ポート12及び第3吸気ポート13が開口している。
そして、例えば、エンジン1の低回転域では、第1吸気ポート11のみから吸気され、吸気量が不足するようになると第2吸気ポート12からも吸気され(中回転域)、さらに吸気量が不足するようになると第3吸気ポート13からも吸気されて(高回転域)、吸気量が変化しても最適な吸気流速を維持して、エンジン1の低負荷低回転から高負荷高回転までの全運転領域に亘って効率良く吸気できるようになっている。
回転軸心Xの方向から見て、ロータハウジング3における、短軸Zを挟んだロータ回転方向のリーディング側(進み側)及びトレーリング側(遅れ側)の両位置(短軸Zの近傍)には、それぞれ、第1点火プラグ21及び第2点火プラグ22が取り付けられている。これら2つの点火プラグ21,22は、圧縮ないし膨張行程にある作動室8内の混合気(圧縮行程で圧縮された混合気)を燃焼させるべく、第1点火プラグ21及び第2点火プラグ22の順番で点火する。本実施形態では、両点火プラグ21,22は共に、圧縮トップ(TDC)の前に点火される。このように2つの点火プラグ21,22を備えることによって、扁平形状となる圧縮ないし膨張行程にある作動室8において、その燃焼速度を高めるようにしている。
図4に示すように、上記2つの水素インジェクタ15並びに第1及び第2点火プラグ21,22は、コントロールユニット100によって作動制御される。このコントロールユニット100は、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(CPU)と、例えばRAMやROMにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリと、電気信号の入出力をする入出力(I/O)バスと、を備えている。
上記コントロールユニット100には、上記ハイブリッド車両のアクセルペダルの踏み込み量(アクセル開度)を検出するアクセル開度センサ51、上記ハイブリッド車両の車速を検出する車速センサ52、エキセントリックシャフト6に設けられ、エキセントリックシャフト6の回転角度位置を検出する回転角センサ53(エンジン1の回転数を検出するエンジン回転数センサを兼ねる)、エンジン1の排気ガスの空燃比を検出する空燃比検出手段としての空燃比センサ54、吸気通路内に吸入される吸気流量を検出するエアフローセンサ55(エンジンへ1の吸入空気量を検出する吸入空気量検出手段)、水素インジェクタ15に供給される水素の圧力を検出する燃圧検出手段としての燃圧センサ56等からの各種信号が入力されるようになっている。
そして、コントロールユニット100は、上記入力信号に基づいて、吸気通路の断面積(弁開度)を調節する電動式のスロットル弁31の開度、上記第1及び第2点火プラグ21,22による点火時期、並びに、上記2つの水素インジェクタ15による水素噴射量及び水素噴射タイミングの制御を行うとともに、インバータ50に対して制御信号を出力して上記モータジェネレータ及び上記走行モータを制御する。
コントロールユニット100は、インバータ50を制御することにより、上記モータジェネレータの作動状態を、上記バッテリからの電力供給によりエンジン1を駆動する駆動状態と、エンジン1による駆動により発電して該発電電力を上記バッテリや上記走行モータに供給する発電状態とに切り換えることが可能になっている。そして、コントロールユニット100は、エンジン1の始動時には、上記モータジェネレータの作動状態を上記駆動状態としてエンジン1を始動し、エンジン1の始動後には、上記発電状態に切り換える。
インバータ50は、上記モータジェネレータに流れる電流(駆動電流又は発電電流)及び該モータジェネレータにかかる電圧の情報をコントロールユニット100に送信する。コントロールユニット100は、これら電流及び電圧に基づいて、上記モータジェネレータの回転軸(つまりエキセントリックシャフト6)に作用するトルクを検出する。上記モータジェネレータ20の作動状態が上記発電状態にあるとき、上記検出されたトルクは、エンジン1の出力トルクである。このことで、インバータ50及びコントロールユニット100は、エンジン1の出力トルクを検出するエンジン出力トルク検出手段を構成することになる。
また、コントロールユニット100は、インバータ50を制御することにより、走行用モータ40の駆動を、上記バッテリからの放電電力のみでもって行う態様と、上記モータジェネレータからの発電電力のみでもって行う態様と、上記バッテリ及び上記モータジェネレータの両方からの電力でもって行う態様とに切換え可能に構成されている。
コントロールユニット100は、各水素インジェクタ15(詳細には、その駆動回路)に対して、噴射すべき水素噴射量に対応するパルス幅を有するパルス信号を印加して、水素インジェクタ15を駆動することにより、圧縮行程にある作動室8内に水素を噴射させる。各水素インジェクタ15は、上記パルス信号の立ち上がり(パルス信号の印加開始タイミング)で水素の噴射を開始し、該パルス信号の立ち下がり(パルス信号の印加終了タイミング)で水素の噴射を終了する。そのパルス幅(立ち上がりから立ち下がりまでの時間)が大きいほど水素噴射量が多くなる。本実施形態では、2つの水素インジェクタ15に対して印加されるパルス幅は同じである。2つの水素インジェクタ15は、パルス幅が同じであれば、水素噴射量は同じであり、この結果、2つの水素インジェクタ15による、圧縮行程にある作動室8への水素噴射量は同じになる。また、2つの水素インジェクタ15に対するパルス信号の印加開始から終了に至るまでの印加時期も同じである。このため、2つの水素インジェクタ15による、圧縮行程にある作動室8への水素の噴射開始から終了に至るまでの噴射時期が同じになる。
上記各水素インジェクタ15による、圧縮行程にある作動室8への水素の噴射終了タイミングは、圧縮行程にある作動室8(図3の右上の作動室8)と吸気行程にある作動室8(図3の左側の作動室8)とを区画する上記アペックスシール(以下、特定アペックスシールという)が、各水素インジェクタ15の噴口15aの中心に対して、エキセントリックシャフト6(出力軸)の回転角度(エキセン角)で110°手前乃至40°手前に位置するときであることが好ましい。図3の例では、上記特定アペックスシールが、各水素インジェクタ15の噴口15aの中心に対して、エキセン角で60°手前に位置している状態である。
一方、水素インジェクタ15による、圧縮行程にある作動室8への水素の噴射開始タイミングは、上記水素噴射終了タイミングを基準に上記パルス幅によって決定する。
上記のように圧縮行程の比較的早期に噴射を終了することで、圧縮行程にある作動室8のトレーリング側の端部に残留する水素の量を減少させるようにしている。すなわち、水素噴射終了タイミングが遅くなると、噴射期間の後期に噴射された水素が、圧縮行程にある作動室8のトレーリング側の端部に残留し、この残留した水素は、第1及び第2点火プラグ21,22から離れているために未燃の水素となり、この量が多いとエンジン1の熱効率が低下する。これに対し、水素噴射終了タイミングを早くすることで、圧縮行程にある作動室8のトレーリング側の端部に残留する水素の量を減少させて、未燃の水素量を減らすことができ、この結果、エンジン1の熱効率、延いてはエンジン1の出力トルクを向上させることができる。
また、回転軸心Xの方向から見て、2つの水素インジェクタ15の噴口15aの軸線Lが共に、該水素インジェクタ15により噴射された水素が該噴口15aよりもロータ回転方向のリーディング側に向かうように、上記長軸Yに対して傾斜しているので、2つの水素インジェクタ15により噴射された水素は、ロータ2表面に沿ってリーディング側に拡散し、その拡散した水素の一部は、圧縮行程にある作動室8のリーディング側の端部に対応するロータハウジング3壁面に到達した後、該作動室8の中央側に戻るように拡散する。したがって、2つの水素インジェクタ15により噴射された水素の大部分が、上記作動室8の中央部からリーディング側の端部にかけて均一に分散するようになる。この結果、エンジン1の熱効率、延いてはエンジン1の出力トルクを向上させることができる。特に各水素インジェクタ15の噴口15aの軸線Lと長軸Yとのなす鋭角側の角度αを、0°を超え10°未満とすることで、上記作動室8の中央部からリーディング側の端部にかけての水素の均一分散性をより一層向上させることができて、エンジン1の熱効率をより一層向上させることができる。上記角度αが0°である場合、圧縮行程にある作動室8のリーディング側の端部に対応するロータハウジング3壁面から該作動室8の中央側に戻る水素の量が少なくて、該作動室8の中央部からリーディング側の端部にかけての水素の均一分散性が悪い。また、上記角度αが10°以上になると、圧縮行程にある作動室8のリーディング側の端部に対応するロータハウジング3壁面から該作動室8の中央側に戻る水素の量が少なくなる傾向にある。すなわち、上記角度αが0°を超え10°未満である場合に、上記作動室8のリーディング側の端部に対応するロータハウジング3壁面から該作動室8の中央側に戻る水素の量が適切な量となって、該作動室8の中央部からリーディング側の端部にかけての水素の均一分散性が最も向上する。
ここで、水素インジェクタ15の特性として(ガソリン等を噴射するインジェクタも同様)、水素インジェクタ15のアクチュエータの作動遅れ等によって、パルス信号の立ち上がりのタイミング(パルス信号の印加開始タイミング)よりも遅れて水素噴射が開始されるとともに、パルス信号の立ち下がりのタイミング(パルス信号の印加終了タイミング)よりも遅れて水素噴射が終了する。図5に示すように、時刻t1で、パルス信号の印加が開始され、これに対しΔt1だけ遅れた時刻t2で、水素インジェクタ15による水素噴射が開始される。このとき、燃圧センサ56による燃圧は、水素噴射前の燃圧(予め設定された所定圧力P0)から急激に減少する。そして、その燃圧は、オーバーシュートを経て、所定圧力P0よりも低い一定圧力P1となり、水素噴射中は、この一定圧力P1が継続する。その後、時刻t3で、パルス信号の印加が終了し、これに対しΔt2だけ遅れた時刻t4で、水素インジェクタ15による水素噴射が終了する。このとき、上記燃圧は、上記一定圧力P1から上記所定圧力P0にまで上昇する。
図6は、劣化度合い(使用時間)が異なる水素インジェクタA〜Fの、印加するパルス信号のパルス幅と上記遅れ時間Δt1との関係を調べた結果を示す。また、図7は、劣化度合いが異なる水素インジェクタA〜Fの、印加するパルス信号のパルス幅と上記遅れ時間Δt1との関係を調べた結果を示す。図6及び図7において、水素インジェクタAが初期状態にあるものであり、B、C、D、E及びFの順に劣化度合いが増大していく。
上記遅れ時間Δt1,Δt2は、水素インジェクタの劣化度合いが大きくなるほど、長くなる傾向にある。特に、最も劣化度合いが大きい水素インジェクタFでは、上記遅れ時間Δt2がかなり長くなる。このように特に上記遅れ時間Δt2が長くなると、上記のように、圧縮行程にある作動室8のトレーリング側の端部に残留する水素量を増大させ、エンジン1の熱効率及び出力トルクを低下させることになる。
図8は、水素噴射終了タイミングと熱効率η及び出力トルクTとの関係を調べた結果を示すグラフである。このとき、エンジン1の回転数を2000rpmとし、スロットル弁31を全開とし、空気過剰率λを2.0とした。また、第1点火プラグ21の点火タイミングを、TDCに対してエキセン角で15°前とし、第2点火プラグ22の点火タイミングを、TDCに対してエキセン角で5°前とした。さらに、2つの水素インジェクタ15(初期状態にある)による水素噴射量は同じにし、2つの水素インジェクタ15による水素噴射開始から終了に至るまでの噴射時期も同じにした。そして、水素噴射量は一定で、水素噴射終了タイミングを変更して(噴射開始タイミングも変わる)、その水素噴射終了タイミングと熱効率η及び出力トルクTとの関係を調べた。尚、図8の横軸の水素噴射終了タイミングは、該水素噴射終了タイミングとなったときの上記特定アペックスシールの、水素インジェクタ15の噴口15aの中心に対する手前の角度(エキセン角)で表している。
2000rpmでの水素噴射終了タイミングを、上記特定アペックスシールが、水素インジェクタ15の噴口15aの中心に対して、エキセントリックシャフト6の回転角度(エキセン角)で60°手前に位置するときとした場合、水素インジェクタ15の長時間の使用による劣化により水素噴射終了タイミングが遅くなると(図8のグラフの左側に行くと)、熱効率η及び出力トルクTが急激に低下する傾向にある。
また、図9に示すように、水素インジェクタ15が長時間の使用により劣化すると、その劣化時の水素噴射量(破線のグラフ参照)は、水素インジェクタ15が初期状態にある場合の初期水素噴射量(実線のグラフ参照)に比べて少なくなる。上記劣化時の水素噴射量の上記初期水素噴射量に対する減少量は、水素インジェクタ15が劣化するに連れて大きくなる。このことから、水素インジェクタ15が劣化すると、上記のような水素噴射終了タイミングの遅れと相俟って、エンジン1の熱効率及び出力トルクを低下させてしまう。尚、図9で、パルス幅が0に近いと、上記遅れ時間Δt1によって水素が噴射されなくなるので、水素噴射量は0となる。
そこで、本実施形態では、水素インジェクタ15が劣化しても、エンジン1の熱効率及び出力トルクを、水素インジェクタ15が初期状態にあるときの熱効率及び出力トルクにまで回復させるべく、コントローラ100に、実燃料噴射量算出部100a、インジェクタ劣化判定部100b及び補正部100cが設けられている。
上記実燃料噴射量算出部100aは、上記エアフローセンサ55により検出された吸入空気量及び上記空燃比センサ54により検出された空燃比に基づいて、水素インジェクタ15により噴射された実際の水素噴射量(燃料噴射量)を算出する。空燃比センサ54は、排気ガス中の酸素濃度に基づいて空燃比を検出するものであり、上記吸入空気量と上記空燃比とから、水素インジェクタ15による実際の水素噴射量を算出することができる。尚、実燃料噴射量算出部100aによる上記実際の水素噴射量の算出は、本実施形態では、エンジン1が後述の定常運転状態にあるときである。
上記インジェクタ劣化判定部100bは、エンジン1が所定回転数(例えば1500rpm〜2500rpmの範囲の一定回転数)で運転される定常運転時において、上記実燃料噴射量算出部100aにより算出された実際の水素噴射量と、該定常運転時に水素インジェクタ15に印加されるパルス信号のパルス幅に対応した、水素インジェクタ15が初期状態にあるときの水素噴射量である初期水素噴射量(図9の実線のグラフ)との比較により、水素インジェクタ15が劣化しているか否かを判定する。上記初期水素噴射量は、実験や理論計算等によって予め求めて上記メモリに記憶したものであるか、又は、水素インジェクタ15が初期状態にあるときに、上記実燃料噴射量算出部100aにより算出された実際の水素噴射量を上記メモリに記憶したものであってもよい。
図9に示すように、例えば2000rpmで運転される定常運転時において、該定常運転時に水素インジェクタ15に印加されるパルス信号のパルス幅Bに対応した初期水素噴射量はQ1であるが、水素インジェクタ15が劣化するに連れて徐々に少なくなり、或る時間使用した後の、上記定常運転時におけるパルス幅Bで実際に噴射された噴射量(実燃料噴射量算出部100aにより検出される実際の噴射量)は、初期水素噴射量Q1よりも少ないQ2となる。
本実施形態では、水素インジェクタ15が劣化しているか否かをより正確に判定するために、インジェクタ劣化判定部100bは、エンジン1の上記定常運転時において、インバータ50からの上記電流及び上記電圧に基づいて検出されるエンジン1の出力トルクが、上記定常運転時に水素インジェクタ15により水素が上記初期水素噴射量でもって噴射されたときのエンジン出力トルクである初期エンジン出力トルクよりも低いときに、水素インジェクタ15が劣化しているか否かを判定する。上記初期エンジン出力トルクは、実験や理論計算等によって予め求めて上記メモリに記憶したものであるか、又は、水素インジェクタ15が初期状態にあるときに、インバータ50からの上記電流及び上記電圧に基づいて検出されるエンジン1の出力トルクを上記メモリに記憶したものであってもよい。
水素インジェクタ15が劣化して上記実際の水素噴射量が上記初期水素噴射量よりも少ないときには、エンジン1の出力トルクが、上記初期水素噴射量でもって噴射されたときの初期エンジン出力トルクよりも低くなる。このようにエンジン1の出力トルクが初期エンジン出力トルクよりも低いときにおいて、上記実際の水素噴射量が上記初期水素噴射量よりも少なければ、水素インジェクタ15が劣化している可能性が非常に高くなる。尚、エンジン1の出力トルクに関係なく、水素インジェクタ15の劣化判定を行うようにすることも可能である。
ここで、上記検出されるエンジン1の出力トルクと上記定常運転時のエンジン回転数とからエンジン1の出力を求め、このエンジン1の出力が、上記初期エンジン出力トルクと上記定常運転時のエンジン回転数とから求まる初期エンジン出力よりも低いときに、水素インジェクタ15が劣化しているか否かを判定するようにしてもよい。この場合のエンジン1の出力と初期エンジン出力との比較は、上記定常運転時のエンジン回転数が一定であることから、エンジン1の出力トルクと初期エンジン出力トルクとの比較と実質的に同じことである。
インジェクタ劣化判定部100bは、上記実際の水素噴射量が上記初期水素噴射量よりも少ないときに、水素インジェクタ15が劣化していると判定する。本実施形態では、インジェクタ劣化判定部100bは、上記実際の水素噴射量が上記初期水素噴射量よりも少ないときで、かつ、水素インジェクタ15に対するパルス信号の印加終了タイミングよりも所定時間以上遅いタイミングで、燃圧検出センサ56により水素圧力上昇(上記一定圧力P1から上記所定圧力P0への上昇)が検出されたとき(つまり、水素噴射終了タイミングが検出されたとき)に、水素インジェクタ15が劣化していると判定する。すなわち、上記実際の水素噴射量が上記初期水素噴射量よりも少なくなり、しかも、水素噴射終了タイミングが、パルス信号の印加終了タイミングよりも所定時間以上遅いタイミングとなったときには、水素インジェクタ15が劣化している可能性がより一層高くなる。尚、水素噴射終了タイミングに関係なく、上記実際の水素噴射量が上記初期水素噴射量よりも少ないときに、水素インジェクタ15が劣化していると判定するようにしてもよい。
上記補正部100cは、インジェクタ劣化判定部100bにより水素インジェクタ15が劣化していると判定されたときに、水素インジェクタ15に対するパルス信号の印加時期を進角補正する。本実施形態では、2つの水素インジェクタ15についてパルス信号の印加時期を同じだけ進角補正する。また、本実施形態では、パルス幅を変更しないで、パルス信号の印加開始及び終了タイミングを同じだけ進角補正するが、パルス信号の印加開始タイミングを変更しないで、印加終了タイミングのみを進角補正するようにしてもよい。
また、本実施形態では、補正部100cは、インジェクタ劣化判定部100bにより水素インジェクタ15が劣化していると判定されたときに、水素インジェクタ15に対するパルス信号の印加時期を、予め設定された設定量だけ進角補正するとともに、該進角補正後のエンジン1の上記定常運転時において、上記検出されるエンジン1の出力トルクが上記初期エンジン出力トルクよりも低いときには、水素インジェクタ15に対するパルス信号の印加時期を更に上記設定量だけ進角補正して、エンジン1の上記定常運転時において、上記検出されるエンジン1の出力トルクが上記初期エンジン出力トルクに達するまで、上記進角補正を繰り返す。すなわち、水素インジェクタ15に対するパルス信号の印加時期を、徐々に進角補正しながら、最終的に、上記検出されるエンジン1の出力トルクが上記初期エンジン出力トルクに達するような時期に補正する。上記設定量は、該設定量の進角補正を数回程度行うような量(エキセントリックシャフト6の回転角度で表した角度)である。
これに代えて、1回の進角補正で、水素インジェクタ15に対するパルス信号の印加時期を、上記検出されるエンジン1の出力トルクが上記初期エンジン出力トルクに達するような時期に補正することも可能である。この場合、コントロールユニット100の上記メモリに、上記実際の水素噴射量の上記初期水素噴射量に対する減少量と上記パルス信号の印加時期の進角補正量との関係を表すテーブルを記憶させておく。すなわち、上記実際の水素噴射量の上記初期水素噴射量に対する減少量は、水素インジェクタ15が劣化するに連れて大きくなるので、上記減少量から水素インジェクタ15の劣化度合いが分かり、この劣化度合いが大きいと、上記遅れ時間Δt2が長くなるので、該劣化度合いから遅れ時間Δt2が分かり、この遅れ時間Δt2に対応した進角補正量と上記減少量との関係が上記テーブルとして予め作成されている。上記テーブルを記憶したメモリは、補正部100cの一部を構成する。
そして、補正部100cは、インジェクタ劣化判定部100bにより水素インジェクタ15が劣化していると判定されたときに、上記実際の水素噴射量の上記初期水素噴射量に対する減少量を算出して、該算出した減少量と上記テーブルとに基づいて、上記パルス信号の印加時期の進角補正量を求めるとともに、該進角補正量でもって水素インジェクタ15に対するパルス信号の印加時期を進角補正する。このようにすれば、パルス信号の印加時期を、上記検出されるエンジン1の出力トルクが上記初期エンジン出力トルクに略等しくなるような時期に素早く変更することができるようになる。
次に、コントロールユニット100による、水素インジェクタ15に対するパルス信号の印加時期の進角補正に関する処理動作について、図10のフローチャートに基づいて説明する。
最初のステップS1で、各種センサ及びインバータ50からの情報を読み込み、次のステップS2で、インジェクタ劣化判定部100bが、エンジン1が上記所定回転数で運転される定常運転状態にあるか否かを判定する。このステップS2の判定がNOであるときには、上記ステップS1に戻る一方、ステップS2の判定がYESであるときには、ステップS3に進む。
上記ステップS3では、インジェクタ劣化判定部100bが、インバータ50からの上記電流及び上記電圧に基づいて検出されるエンジン1の出力トルクTが、上記定常運転時に水素インジェクタ15により水素が上記初期水素噴射量でもって噴射されたときのエンジン出力トルクである初期エンジン出力トルクT0よりも低いか否かを判定する。このステップS3の判定がNOであるときには、そのままリターンする一方、ステップS3の判定がYESであるときには、ステップS4に進む。
上記ステップS4では、実燃料噴射量算出部100aが、エアフローセンサ55により検出された吸入空気量及び空燃比センサ54により検出された空燃比に基づいて、水素インジェクタ15により噴射された実際の水素噴射量Qを算出する。
次のステップS5では、インジェクタ劣化判定部100bが、上記実際の水素噴射量Qが、上記定常運転時に水素インジェクタ15に印加されるパルス信号のパルス幅に対応した、水素インジェクタ15が初期状態にあるときの水素噴射量である初期水素噴射量Qaよりも少ないか否かを判定する。このステップS5の判定がNOであるときには、そのままリターンする一方、ステップS5の判定がYESであるときには、ステップS6に進む。
上記ステップS6では、インジェクタ劣化判定部100bが、水素インジェクタ15に対するパルス信号の印加終了タイミングよりも所定時間以上遅いタイミングで、燃圧検出センサ56により上記一定圧力P1から上記所定圧力P0への水素圧力上昇を検出したか否かを判定する。このステップS6の判定がNOであるときには、そのままリターンする一方、ステップS6の判定がYESであるときには、ステップS7に進む。
上記ステップS7では、インジェクタ劣化判定部100bが、水素インジェクタ15が劣化していると判定し、次のステップS8で、補正部100cが、水素インジェクタ15に対するパルス信号の印加時期を上記設定量だけ進角補正する。
次のステップS9で、エンジン1が上記定常運転状態にあるか否かを判定する。このステップS9の判定がNOであるときには、ステップS9の処理動作を繰り返す一方、ステップS9の判定がYESであるときには、ステップS10に進む。
上記ステップS10では、エンジン1の出力トルクTが初期エンジン出力トルクT0以上であるか否かを判定する。このステップS10の判定がNOであるときには、ステップS8に戻る一方、ステップS10の判定がYESであるときには、そのままリターンする(進角補正は終了する)。
したがって、本実施形態では、エアフローセンサ55による吸入空気量及び空燃比センサ54による排気ガスの空燃比に基づいて、水素インジェクタ15により噴射された実際の水素噴射量を算出する実燃料噴射量算出部100aと、エンジン1が所定回転数で運転される定常運転時において、実燃料噴射量算出部100aにより算出された実際の水素噴射量と、該定常運転時に水素インジェクタ15に印加されるパルス信号のパルス幅に対応した、該水素インジェクタ15が初期状態にあるときの水素噴射量である初期水素噴射量との比較により、水素インジェクタ15が劣化しているか否かを判定するとともに、上記実際の水素噴射量が上記初期水素噴射量よりも少ないときに、水素インジェクタ15が劣化していると判定するインジェクタ劣化判定部100bと、インジェクタ劣化判定部100bにより水素インジェクタ15が劣化していると判定されたときに、水素インジェクタ15に対するパルス信号の印加時期を進角補正する補正部100cとが設けられているので、水素インジェクタ15が劣化しているか否かを正確に判定することができるとともに、水素インジェクタ15が劣化しても、エンジン1の出力トルクを、上記初期エンジン出力トルクにまで回復させることができる。
本発明は、上記実施形態に限られるものではなく、請求の範囲の主旨を逸脱しない範囲で代用が可能である。
例えば、上記実施形態では、2つの水素インジェクタ15についての上記角度αを同じにしたが、互いに異ならせてもよい。但し、エンジン1の熱効率をより一層向上させる観点からは、同じである方が好ましい。また、2つの水素インジェクタ15についての上記角度αを互いに異ならせる場合も、各水素インジェクタ15それぞれについての上記角度αは、0°を超え10°未満であることが好ましい。
また、上記実施形態では、2つの水素インジェクタ15による、圧縮行程にある作動室8への水素噴射量を同じにし、2つの水素インジェクタ15による、圧縮行程にある作動室8への水素の噴射開始から終了に至るまでの噴射時期を同じにしたが、2つの水素インジェクタ15による上記作動室8への水素噴射量を互いに異ならせてもよく、2つの水素インジェクタ15による上記作動室8への水素の噴射開始から終了に至るまでの噴射時期を互いに異ならせてもよい。但し、エンジン1の熱効率をより一層向上させる観点からは、上記実施形態のようにする方がよい。
上記のように、2つの水素インジェクタ15による上記作動室8への水素噴射量を互いに異ならせるか、又は、2つの水素インジェクタ15による上記作動室8への水素の噴射開始から終了に至るまでの噴射時期を互いに異ならせる場合、その水素噴射量又は噴射時期に応じて、2つの水素インジェクタ15についての補正部100cによる進角補正量を互いに異ならせてもよい。
さらに、上記実施形態では、2つの水素インジェクタ15を設けたが、1つの水素インジェクタ15のみであっても、本発明を適用することができる。
また、上記実施形態では、エンジン1を、水素を燃料とする水素ロータリエンジンとしたが、往復動型エンジンであってもよく、水素以外の燃料(例えばガソリン)用いるエンジンであってもよい。
さらに、上記実施形態では、エンジン1を、シリーズ式のハイブリッド車両に搭載したが、これに限らず、他のどのような形式のハイブリッド車両に搭載することも可能であり、エンジン1のみで駆動される車両に搭載することも可能である。
上述の実施形態は単なる例示に過ぎず、本発明の範囲を限定的に解釈してはならない。本発明の範囲は請求の範囲によって定義され、請求の範囲の均等範囲に属する変形や変更は、全て本発明の範囲内のものである。