JP5943945B2 - プロフィラグリンc末端ドメイン特異的抗体及びその用途 - Google Patents

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本発明は、プロフィラグリンC末端ドメイン特異的抗体及びその用途、特に当該抗体を用いたフィラグリン遺伝子異常の検出方法及び当該検出のためのキット、を提供する。
表皮の顆粒層のケラチン線維は、角化する際にフィラグリンと呼ばれるタンパク質に結合して凝集し、「ケラチンパターン」と称される特異的な形態をつくる。フィラグリンの前駆物質は、プロフィラグリンと呼ばれ、顆粒層のケラトヒアリン顆粒に蓄えられている。プロフィラグリンは、N末端ドメインとC末端ドメインとの間に、フィラグリン分子が10個から12個連続してつながったフィラグリン・リピートが介在した構造を有する(図1)。角化とともにこれらのドメインなどが切り出されて、個々のフィラグリンが生成する。最終的にフィラグリンが分解されることで、天然保湿因子(natural moisturizing factor ; NMF)が作られる。NMFの構成成分がアミノ酸とその派生物であり、これらが皮膚の保湿に必須の因子であることが知られている(Horii I, Kawasaki K, Koyama J, et al. J Dermatol. 1983; 10: 25-33)。
フィラグリンの異常はNMFの低下を引き起こし、その結果、角層の保水能力の低下をもたらす。しかしながら、最近の研究ではフィラグリンの遺伝子異常が魚燐癬や一部アトピー性皮膚炎の原因であることが示されており(Sandilands A, Terron-Kwiatkowski A, Hull PR, et al. Nat Genet 2007 ; 39 : 650-654)、フィラグリンの異常が単にNMFの低下に起因する角層の保水能力の低下のみならず、バリア機能にも直接の影響を与えるという驚くべき結果が明らかとなった。
角層のバリア機能の異常から上記疾患が始まるということは、平成22年の日本皮膚科学会誌に報告された、アトピー性皮膚炎の治療ガイドライン(加藤則人 「アトピー性皮膚炎の治療ガイドラインと正しい治療」、日本皮膚科学会誌 2010, 120(13), 2564-2565)においても以下のように表現されている:「アトピー性皮膚炎の病態については,「表皮、中でも角層の異常に起因する皮膚の乾燥と、バリア機能異常という皮膚生理学的異常を伴い」」。
その後の研究では、フィラグリンの遺伝子異常は、ヨーロッパにおいては約半数、日本では、3割程度と見積もられている。この点からも、アトピー性皮膚炎が多因性の疾患であることは十分に理解されるが、フィラグリン遺伝子の異常の有無を判断することは、今後の治療方針を決定する上でも非常に重要である。また、アトピー性皮膚炎を発症していない被験者についても、フィラグリン遺伝子の異常が発見されれば将来アトピー性皮膚炎に罹患する可能性が高いことを予測することが可能になる。
しかしながら、フィラグリン遺伝子の異常については多数報告されている。特に、異常は特定の部位に存在するのではなく、ほぼ全域にわたって変異が存在している(図1)。また、フィラグリン遺伝子自体のみならず、その前駆体であるプロフィラグリン遺伝子のC末端領域の一部が変異していても、フィラグリン・リピートが作られにくくなるといわれている(Sandilands A, Terron-Kwiatkowski A, Hull PR, et al. Nat Genet 2007 ; 39 : 650-654)。そのため、フィラグリンに異常があるか否かを特定するためには、プロフィラグリン遺伝子すべてをシークエンスする必要があるが、最近の遺伝子解析技術によってもプロフィラグリン遺伝子の解析には多くの困難が伴う。
例えば、プロフィラグリン遺伝子において最も重要な領域であるフィラグリン・リピートは、それぞれのリピートがわずかに異なっており、これを正確にすべて読み取らなければならない。また、フィラグリン遺伝子の異常は民族毎に異なる。その結果、1塩基の違いをこれらのさまざまな部位におけるさまざまな個々のリピートの変化、そして、民族的バリエーションから、変異であると断定するのは非常に困難である。そのため、プロフィラグリン遺伝子の異常を解析できる施設は世界でも限られているのが現状である。
Horii I, Kawasaki K, Koyama J, et al. J Dermatol. 1983; 10: 25-33 Sandilands A, Terron-Kwiatkowski A, Hull PR, et al. Nat Genet 2007 ; 39 : 650-654 加藤則人 「アトピー性皮膚炎の治療ガイドラインと正しい治療」、日本皮膚科学会誌 2010, 120(13), 2564-2565
本発明は、新規プロフィラグリンC末端ドメイン特異的抗体、並びに当該抗体を用いたフィラグリン遺伝子異常の検出方法及び当該検出のためのキットを提供することを課題とする。
本発明者は、C末端ドメイン特異的な抗体により非侵襲的に簡便にフィラグリン遺伝子異常が検出できることを見出し、本発明を完成するに至った。
従って、本願は以下の発明を包含する。
(1)ヒトプロフィラグリン遺伝子のC末端ドメインに特異的な抗体であって、当該C末端ドメインが配列番号1に記載のアミノ酸配列から成るペプチド、あるいは、当該アミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失若しくは置換されているか、又は、当該アミノ酸配列に対し1若しくは数個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列から成るペプチドである、抗体。
(2)フィラグリン遺伝子の異常を検出するための方法であって、(1)の抗体を用いて、対象の皮膚試料における当該C末端ドメインの有無を検出する工程、及び当該C末端ドメインが検出されない場合に、当該対象のフィラグリン遺伝子に異常があると判断する工程、を含んで成る方法。
(3)前記C末端ドメインが検出されない場合に前記対象がアトピー性皮膚炎に罹患しているか、罹患する可能性が高いと判断される、(2)の方法。
(4)前記皮膚試料がテープストリッピングにより得られた角層試料である、(3)の方法。
(5)フィラグリン遺伝子の異常を検出するためのキットであって、(1)の抗体を含んで成るキット。
プロフィラグリン遺伝子の途中に変異が生じると、変異の後に続くフィラグリン・リピート、延いてはプロフィラグリンのC末端ドメインが作られなくなる。本発明によれば、皮膚試料中のC末端ドメインの有無を当該ドメイン特異的な抗体によりフィラグリン遺伝子異常の有無を簡便に検出することが可能となる。更に、プロフィラグリン遺伝子異常はアトピー性皮膚炎の原因となり得るため、本発明の抗体を用いることでアトピー性皮膚炎の診断又は予測が、非侵襲的に簡便に行えるようになる。
12個のフィラグリン・リピートを有するプロフィラグリン遺伝子(Chr1q21.3/Human)の構成及び当該遺伝子の変異箇所を示す模式図。 プロフィラグリン遺伝子に異常のない、正常な皮膚(正常 (+/+))及びアトピー性皮膚炎の皮膚(AD (+/+))の免疫染色図。それぞれ、左側がヘマトキシリン・エオシン染色された結果であり(HE染色)、右側がプロフィラグリンC末端ドメイン特異的抗体と発色基質DAB(3,3'-ジアミノベンジジン)で染色された結果である(FLG-C)。 プロフィラグリン遺伝子(S2889X;K4022X)に異常のあるアトピー性皮膚炎の皮膚の免疫染色図。それぞれ、左側がヘマトキシリン・エオシン染色された結果であり(HE染色)、右側がプロフィラグリンC末端ドメイン特異的抗体と発色基質DAB(3,3'-ジアミノベンジジン)で染色された結果である(FLG-C)。
本発明は第一の観点において、ヒトプロフィラグリン遺伝子のC末端ドメインに特異的な抗体であって、当該C末端ドメインが配列番号1に記載のアミノ酸配列から成るペプチド又はその変異体である抗体、を提供する。ここで、フィラグリンには、大きく分けてI型及びII型が存在するが、本明細書で使用する場合、用語「プロフィラグリン」とはI型のものを指す。プロフィラグリンは、N末端ドメインとC末端ドメインとの間に、フィラグリン分子が10個から12個連続してつながったフィラグリン・リピートが介在した構造を有する(図1)。157アミノ酸から成るC末端ドメインの全長配列を配列番号2に示す。
配列番号1に記載のアミノ酸配列は、プロフィラグリンのC末端ドメインのうち、II型のプロフィラグリン、そして更にはプロフィラグリン類似分子であるホーネリンのいずれとも相同性を示さず、I型に特異的な配列である。そのため、当該アミノ酸配列に特異的な抗体はこれらの類似タンパク質と交差反応を生じない。
前記変異体は、抗原として得られる抗体が、皮膚中における配列番号1に記載のアミノ酸配列と類似の配列を有するペプチドを認識しない、ヒトプロフィラグリン遺伝子のC末端ドメインに特異的なものである限りどのようなものでもよく、例えば、配列番号1に記載のアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失若しくは置換されているか、又は、当該アミノ酸配列に対し1若しくは数個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列から成るペプチドであってもよい。
限定することを意図するものではないが、上記ペプチドは常法に従い化学合成することで得られる。本発明の抗体は、抗原としての当該ペプチド、好ましくは当該ペプチド適当な担体に結合させた抗原複合体を哺乳動物、例えばラット、マウス、ウサギなどに投与することで得られる。抗原又は抗原複合体の動物1匹当たりの投与量は、アジュバントを用いないときは0.1〜100mgであり、アジュバントを用いるときは10〜1000μgであるが、それらに限定されることはない。アジュバントとしては、フロイント完全アジュバント(FCA)、フロイント不完全アジュバント(FIA)、水酸化アルミニウムアジュバント等が挙げられる。
免疫は、主として静脈内、皮下又は腹腔内等に注入することにより行われる。また、免疫の間隔は特に限定されず、数日から数週間間隔、好ましくは2〜5週間間隔で、1〜10回、好ましくは2〜5回免疫を行う。そして、最終の免疫日から6〜60日後に、ウェスタンブロット法、酵素免疫測定法(ELISA又は EIA)、放射性免疫測定法(RIA)等で抗体価を測定し、最大の抗体価を示した日に採血し、抗血清を得るのが好ましい。
ポリクローナル抗体の精製は、抗原ペプチドの結合したカラムを用いるアフィニティークロマトグラフィー、その他の当業者周知の精製方法、例えばイオン交換クロマロトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、高性能液体クロマトグラフィー等により精製することができる。また、本発明の抗体はモノクローナル抗体であってもよい。モノクローナル抗体は、配列番号1に記載のアミノ酸配列を有するペプチド又はその変異体を用い、既存の方法に従い作成することが可能である。
本発明は第二の観点において、フィラグリン遺伝子の異常を検出するための方法であって、上記プロフィラグリンC末端ドメイン特異的抗体を用いて、対象の皮膚試料における当該C末端ドメインの有無を検出する工程、及び当該C末端ドメインが検出されない場合に、当該対象のフィラグリン遺伝子に異常があると判断する工程、を含んで成る方法、を提供する。本明細書で使用する場合、「フィラグリン遺伝子の異常」とは、プロフィラグリンのC末端ドメインの形成を阻害するフィラグリン遺伝子の1又は複数の変異を意味する。当該変異の例としては、プロフィラグリンの2889番目に位置するセリンで終了している変異S2889X、4022番目に位置するリジンで終了している変異K4022Xなどがある(図1)。
プロフィラグリン遺伝子の異常はアトピー性皮膚炎に繋がる。従って、本発明の方法において、前記C末端ドメインが検出されない場合、前記対象はアトピー性皮膚炎に罹患しているか、又は罹患する可能性が高いと判断することができる。
C末端ドメインの有無の検出は、当業者にとって公知の免疫学的方法、例えば、イムノアッセイ(ELISA、RIA等)により実施される。皮膚試料は、対象の腕、足、顔等から任意の方法で採取することができる。当該対象は、フィラグリン遺伝子異常に起因する皮膚疾患、特にアトピー性皮膚炎の疑いのある哺乳類、好ましくはヒトである。皮膚試料の採取方法は特に限定されるものではないが、簡便であり、非侵襲的であることから、テープストリッピング法が好ましい。テープストリッピングとは、皮膚表層に粘着テープ片を貼付し、剥がし、皮膚角層をその剥がした粘着テープに付着させることで角層試料を採取する方法である。テープストリッピング法を利用すれば、プロフィラグリン遺伝子を含む皮膚試料が簡便に得られ、非侵襲的にフィラグリン遺伝子異常の検出が可能となる。
テープストリッピングの好ましい方法は、まず皮膚の表層を例えばエタノールなどで浄化して皮脂、汚れ等を取り除き、適当なサイズ(例えば5×5cm)に切った粘着テープ片を皮膚表面の上に軽く載せ、テープ全体に均等な力を加えて平たく押さえ付け、その後均等な力で粘着テープを剥ぎ取ることで行われる。粘着テープは市販のセロファンテープなどであってよく、例えばScotch Superstrength Mailing Tape (3M社製)、セロファンテープ(セロテープ(登録商標);ニチバン株式会社)等が使用できる。
テープストリッピングした角層からの可溶性成分の抽出には、非イオン性の界面活性剤を含む、中性〜弱アルカリ性のバッファー、例えば、以下に述べるバッファーを用いることができるが、これに限定されるものではない:100 mM TrisHCl+0.14 M NaCl+0.1% Triton X100]。角層が付着したテープをはさみ等で細切しエッペンチューブなどの容器に移し、少量の上記バッファーに浸漬し、転倒攪拌を行うことにより、効率よく可溶性成分を抽出できる。抽出された可溶性成分は、本発明の抗体を用いるイムノアッセイ等にかけられ、プロフィラグリン遺伝子異常の有無が判断される。
本発明は第三の観点において、前記抗体を含む、フィラグリン遺伝子の異常を検出するためのキットを提供する。当該キットにおいて、本発明の抗体は容器に含まれていてもよい。当該キットは更に、上記検出方法を実施するのに必要な試薬、例えば、ELISA法で異常を検出する場合、酵素複合体、基質溶液、停止液、洗浄液、酵素複合体希釈液、アッセイバッファー、コントロール、サンプル希釈液、コンジュゲート等、そして、当該方法の手順等を説明した取扱説明書を含んでもよい。
以下、具体例を挙げて、本発明を更に具体的に説明する。なお、本発明はこれにより限定されるものではない。
免疫組織化学染色
プロフィラグリン遺伝子に異常の見られない正常な皮膚及びアトピー性皮膚炎の皮膚切片と、プロフィラグリン遺伝子が変異しているアトピー性皮膚炎(S2889X又はK4022X)の皮膚切片とを準備した。当該皮膚切片の免疫組織化学染色は、Kamata et al (J. Biol. Chem., Vol. 284, Issue 19, 12829-12836, May 8, 2009)に記載の方法により行った。プロフィラグリンC末端ドメイン特異的抗体は、CKASAFGKDHPRYYATYINKDPのアミノ酸配列を有する合成ペプチドを免疫原としてウサギを免疫することで得られた(Sigma社製)。
プロフィラグリン遺伝子に異常の見られない正常な皮膚及びアトピー性皮膚炎の皮膚を、ヘマトキシリン・エオシン染色した結果と、プロフィラグリンC末端ドメイン特異的抗体と発色基質DAB(3,3'-ジアミノベンジジン)で染色した結果とを図2に示す。プロフィラグリンは顆粒層に局在しているところ、プロフィラグリン遺伝子に異常の見られないアトピー性皮膚炎の皮膚では、正常な皮膚と比較して顆粒層におけるDAB染色の発色が低下していた(FLG-Cの免疫染色図を参照のこと)。すなわち、図2の結果からは、プロフィラグリン遺伝子に異常がない場合でも、アトピー性皮膚炎の皮膚ではフィラグリンの発現が低下していることが分かる。
続いて、プロフィラグリン遺伝子のうち、S2889XとK4022Xに変異を有するアトピー性皮膚炎の皮膚について免疫染色を行った。図2の結果と同様に、各皮膚についてヘマトキシリン・エオシン染色した結果(左側:HE stain)、プロフィラグリンC末端ドメイン特異的抗体と発色基質DAB(3,3'-ジアミノベンジジン)で染色した結果(右側:FLG-C)を図3に示す。図2の結果と異なり、顆粒層はDABで染色されなかった。すなわち、上記変異を有するアトピー性皮膚炎の皮膚では、当該変異によりプロフィラグリンC末端が形成されなかったことが分かる。
以上の結果から、本発明のプロフィラグリン遺伝子C末端ドメイン特異的抗体によれば、数多く知られているフィラグリン遺伝子の異常の有無をシークエンシングにより逐一確認することなく簡便に検出すること、延いては対象の皮膚がアトピー性皮膚炎に罹患してるか、又は罹患する可能性が高いかについて判断することが可能になる。

Claims (3)

  1. フィラグリン遺伝子の異常を検出するための方法であって、配列番号1に記載のアミノ酸配列から成るペプチドであるヒトプロフィラグリンのC末端ドメインに特異的な抗体を用いて、対象のテープストリッピングにより非侵襲的に得られた角層皮膚試料における当該C末端ドメインの有無を検出する工程、及び当該C末端ドメインが検出されない場合に、当該対象のフィラグリン遺伝子に異常があるとの指標とする工程、を含んで成る方法。
  2. 前記C末端ドメインが検出されない場合に前記対象がアトピー性皮膚炎に罹患しているか、罹患する可能性が高いとの指標とする、請求項1に記載の方法。
  3. テープストリッピングにより非侵襲的に得られた角層皮膚試料におけるフィラグリン遺伝子の異常を検出するためのキットであって、配列番号1に記載のアミノ酸配列から成るペプチドであるヒトプロフィラグリンのC末端ドメインに特異的な抗体を含んで成るキット。
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