JP5910343B2 - エンジン燃焼室部材の断熱構造体及びその製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、エンジン燃焼室を構成する部品の基材表面に断熱層が形成された、エンジン燃焼室部材の断熱構造体及びその製造方法に関するものである。
基材表面に形成される断熱構造については、1980年代に、エンジンの熱効率を高める方法として、エンジン燃焼室に臨む部分に断熱層を設けることが提案され(例えば、特許文献1)、その後も、セラミックス焼結体からなる断熱層や、低熱伝導性を有するZrO粒子を含む溶射層からなる断熱層が提案されている。
しかしながら、セラミックス焼結体は、熱応力や熱衝撃によるクラックの発生、及び、割れの発生といった問題に直面した。このため、特に、ピストンの頂面、シリンダライナの内周面、シリンダヘッドの下面といった比較的大きな面積を有する部分へ、セラミックス焼結体からなる断熱層が適用されたものは実用に至っていない。
一方、溶射層それ自体は、シリンダライナ及びロータリーエンジンのトロコイド面へ採用された実績があるが、これは耐摩耗性の向上を目的としたものであり、断熱性の向上を目的としたものではない。そうして、溶射層を断熱層とするためには、上記のようにZrO(ジルコニア)を主体とする低熱伝導材料を溶射することが好ましいが、ジルコニア系の層は、サーメット系の層よりも粒子間の密着性が劣り、熱応力や繰返しの応力による疲労等によってクラックが生じ易いという問題がある。
このような問題を解決するために、例えば、特許文献2では、粒子状の第1の断熱材と、膜状の第2の断熱材と、補強用繊維材とを含ませた断熱薄膜が提案されている。
国際公開第89/03930号パンフレット 特開2009−243352号公報
ここで、上記特許文献2では、上記粒子状の第1の断熱材として、中空のセラミックビーズ、中空のガラスビーズ、シリカ(二酸化珪素、SiO)を主成分とする微細多孔構造の断熱材、シリカアロエゲル等が例示され、また、上記膜状の第2の断熱材として、ジルコニア(ZrO)、シリコン、チタン、ジルコニウム等のセラミックや、炭素・酸素を主成分とするセラミック、高強度且つ高耐熱性のセラミック繊維等が例示されている。
そして、上記特許文献2には、コーティング又は接合との記載だけで、その断熱薄膜を得る方法について詳細には述べられていないが、粒子を含むこと、及び、断熱性の確保を目的とすることに鑑みれば、断熱用薄膜はある程度ポーラス状(多孔状)であると看做せる。そうすると、特許文献2の断熱用薄膜は、補強繊維材を含んではいるものの、粒子同士を結合する形態ではないことから、かかる断熱用薄膜では、燃焼圧等による変形やクラックの発生を効果的に抑制することは困難であると考えられる。
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、エンジン燃焼室部材の断熱構造体において、簡単な構造で、低熱伝導性を向上させるとともに、燃焼圧等による変形を抑制する技術を提供することにある。
上記目的を達成するために、本発明に係る断熱構造体では、熱伝導率の低いSi系樹脂を含む基層を基材表面に形成するとともに、かかるSi系樹脂の酸化反応を利用して、基層を保護するための硬い表面層を形成するようにしている。
具体的には、第1の発明は、エンジン燃焼室を構成する部品の基材表面に断熱層が形成された断熱構造体を対象とする。
そして、上記断熱層は、上記基材表面に形成される、無機酸化物の中空状粒子とSi系樹脂とが含まれる基層と、当該基層表面に形成される、当該基層に含まれる上記Si系樹脂が酸化されたSiOを含む表面層と、を備えていることを特徴とするものである。
第1の発明によれば、基材表面に形成される基層には、熱伝導率の低いSi系樹脂が含まれるとともに、無機酸化物の中空状粒子が含まれることによって熱伝導性の低い空気が多く存在することから、断熱構造体の低熱伝導性を向上させることができる。
ここで、エンジン燃焼室を構成する部品は、極めて厳しい熱と圧力環境に曝されることから、Si系樹脂が含まれる基層だけでは、最悪の場合には断熱層が変形や減少してしまうおそれがあるが、断熱層はSiOを含む表面層を備えていることから、換言すると、耐熱性が高く且つ高硬度のSiO膜によってあたかも基層が保護されたような状態が形成されていることから、燃焼熱や燃焼圧等による基層の変形や減少を抑えることができる。
しかも、かかる表面層は、基層表面に新たにSiOを含む材料を塗布したり、溶射したりするのではなく、基層に含まれるSi系樹脂を積極的に酸化させてSiOを生じさせることによって形成されるので、極めて簡単な構造で上記の効果を得ることができる。
以上により、エンジンの冷却損失を低減して、図示熱効率を高めるための断熱構造体において、簡単な構造で、低熱伝導性を向上させるとともに、燃焼圧等による変形を抑制することができる。
第2の発明は、上記第1の発明において、上記表面層の厚さが、少なくとも20μmであることを特徴とするものである。
第2の発明によれば、表面層の厚さを20μm以上とすることで、上記第1の発明の効果を確実に得ることができる。
第3の発明は、エンジン燃焼室を構成する部品の基材表面に断熱層が形成された断熱構造体の製造方法を対象とする。
そして、上記部品を用意し、無機酸化物の中空状粒子とSi系樹脂とを混合し、当該混合物を上記部品の基材表面に塗布する樹脂塗布工程と、上記混合物の塗布表面を、350℃以上の温度で加熱して酸化させる表面酸化工程と、を含むことを特徴とするものである。
第3の発明によれば、無機酸化物の中空状粒子とSi系樹脂とを含む混合物を、エンジン燃焼室を構成する部品の基材表面に塗布し、かかる混合物の塗布表面を加熱して酸化させるという極めて簡単な方法で、上記第1の発明と同様の効果を得ることができる。
第4の発明は、上記第3の発明において、上記部品は、エンジンのシリンダヘッド、ピストン、シリンダブロック、弁の少なくともいずれか1つであり、上記表面酸化工程は、エンジンの組立後に実施される、エンジンの着火試験の際に行われることを特徴とするものである。
第4の発明によれば、混合物の塗布表面を加熱して酸化させる工程を別途設けることなく、エンジンの組立後に必ず行われる着火試験の際に、混合物の塗布表面を酸化させてSiOを含む表面層を形成することから、断熱構造体の製造方法を大幅に簡略化することができる。
しかも、かかる方法によれば、エンジン燃焼室において燃焼熱に曝される部分だけが酸化されるので、表面層を形成する部分を必要最小限度に抑えることができる。
第5の発明は、上記第3の発明において、上記表面酸化工程では、塗布表面を直接火炎で加熱して酸化させることを特徴とするものである。
ところで、SiOを含む表面層が厚くなると耐熱性および硬度は増加するものの、裏を返せば、表面層が厚くなる程基層が薄くなり低熱伝導性が失われる。よって、表面酸化工程では、基層全体を加熱するのではなく、基層の表面だけを加熱するのが理想であるところ、第5の発明によれば、塗布表面を直接火炎で加熱するので、基層全体ではなく主として基層の表面を集中的に加熱することが可能となるとともに、加熱温度や加熱時間の調整により、表面層の厚さの設定自由度を高めることができる。
本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体によれば、基材表面に形成される基層には、熱伝導性の低い空気を含む無機酸化物の中空状粒子と、熱伝導率の低いSi系樹脂とが含まれることから、断熱構造体の低熱伝導性を向上させることができるとともに、断熱層は耐熱性が高く且つ高硬度のSiOを含む表面層を備えていることから、燃焼熱や燃焼圧等による基層の変形や減少を抑えることができる。
また、本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体の製造方法によれば、無機酸化物の中空状粒子とSi系樹脂とを含む混合物を、エンジン燃焼室を構成する部品の基材表面に塗布し、かかる混合物の塗布表面を加熱して酸化させるという極めて簡単な方法で、かかる基層及び表面層を備える断熱層を製造することができる。
本発明の実施形態に係るエンジン構造を示す断面図である。 仕様が相異なるエンジンの幾何学的圧縮比と図示熱効率との関係を示すグラフ図である。 仕様が相異なるエンジンの空気過剰率λと図示熱効率との関係を示すグラフ図である。 エンジン燃焼室部材の断熱構造体を示す断面図である。 断熱構造体を模式的に示す拡大断面図である。 混合物の塗布表面の加熱方法を模式的に説明する図である。 FT−IR分光分析により測定した、断熱層の厚さ方向における構造変化を示す図である。 断熱構造体の製造方法を示すフローチャートである。 本発明例並びに比較例の冷却損失割合(%)を示す図である。 本発明例並びに比較例の図示熱効率(%)を示す図である。
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
本実施形態は、本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体を、図1に示すエンジンに採用したものである。
〈エンジンの特徴〉
このエンジンEは、直列4気筒2Lガソリンエンジンであり、図1中の符号1はピストンを、符号3はシリンダブロックを、符号5はシリンダヘッドを、符号7は吸気ポート9を開閉する吸気バルブを、符号11は排気ポート13を開閉する排気バルブを、符号15は燃料噴射弁を、それぞれ示している。エンジンEの燃焼室は、ピストン1の頂面、シリンダブロック3の内周面、シリンダヘッド5の下面、及び、吸排気バルブ7,11の傘部下面(燃焼室に臨む面)で形成される。ピストン1には、その頂面にキャビティ17が形成されている一方、その上端部の外周面にピストンリング27が形成されている。なお、図1では、点火プラグを図示省略している。
ところで、エンジンの熱効率は、理論的には、幾何学的圧縮比を高める程、また、作動ガスの空気過剰率を大きくする程、高くなることが知られているが、実際には、圧縮比を高める程、また、空気過剰率を大きくする程、外部に熱として奪われるエネルギーである冷却損失が大きくなるため、圧縮比や空気過剰率の増大による熱効率の改善は頭打ちになる。
すなわち、冷却損失は、作動ガスからエンジン燃焼室壁への熱伝達率、その伝熱面積、及び、ガス温と壁温との温度差に依存し、また、熱伝達率は、ガス圧及び温度の関数であることから、圧縮比及び空気過剰率の増大によりガス圧及び温度が高くなると、熱伝達率が高くなり且つ壁温とガス温との温度差が大きくなることによって、冷却損失が大きくなる。このため、圧縮比20以上の超高圧縮比にすることは、冷却損失のために実現できていないのが現状である。
翻って、本実施形態のエンジンEは、幾何学的圧縮比ε=20〜50とされ、少なくとも部分負荷域での空気過剰率λ=2.5〜6.0で運転されるリーンバーンエンジンである。このため、その圧縮比ε及び空気過剰率λに見合う所期の熱効率を得るには、エンジンの冷却損失を大幅に低減させなければ、換言すると、エンジンの断熱性を高くしなければならない。この点をモデル計算による図示熱効率に基いて説明するべく、圧縮比εを増大させていった際、燃焼室を断熱構造にするか否かで、また、空気過剰率λの大小で、図示熱効率がどのように影響されるかをモデル計算した。
図2はその結果を示す。同図において、「断熱なし」は、燃焼室に断熱構造を採用していない従来のエンジンを意味し、「断熱あり」は、燃焼室に断熱構造を採用していない従来のエンジンよりも燃焼室の断熱率を50%高めたエンジンを意味する。なお、「200kPa」及び「500kPa」はそれぞれエンジン負荷の大きさを表す。
まず、「断熱なし 200kPa λ=1」の場合、圧縮比εの増大に伴って図示熱効率が増大しているが、圧縮比ε=50を超えても図示熱効率は大きく改善せず、圧縮比ε=50での理論効率は80%程度であるから、当該エンジンの図示熱効率はかなり低い。この差の大部分は冷却損失及び排気損失である。
「断熱なし 200kPa λ=2」の場合、空気過剰率の増加により比熱比が小さくなるため、図示熱効率が高くなっているが、それでも、理論効率からみれば低い。「断熱なし 200kPa λ=4」及び「断熱なし 200kPa λ=6」をみると、圧縮比εが15又は25を超えると、該圧縮比εが大きくなるほど図示熱効率が低下している。これは、空気過剰率λが大きい(混合気の空気密度が高い)ことから、高圧縮比になると燃焼時のガス圧が非常に高くなり、ガス圧及び温度の関数である熱伝達率が高くなって冷却損失が大きくなるためである。すなわち、空気過剰率λの増大(比熱比の増大)による熱効率の上昇を上回って冷却損失が大きくなるためである。
これに対して、「断熱あり 200kPa λ=2.5」では、圧縮比εの増大に伴って図示熱効率が増大している。空気過剰率λを高めた「断熱あり 200kPa λ=6」では、圧縮比εが40を超えると、図示熱効率が若干下がり気味になるものの、図示熱効率は圧縮比ε=20〜50において非常に高い値になっている。エンジン負荷を高めた「断熱あり 500kPa λ=2.5」でも、図示熱効率は圧縮比ε=20〜50において高い値になっている。
図3は空気過剰率λと図示熱効率との関係をみたグラフである。「断熱なし 200kPa ε=15」では、空気過剰率λ=4.5付近で図示熱効率がピークになり、それよりも空気過剰率λが増大するほど図示熱効率が低下している。これに対して、「断熱あり 200kPa ε=40」では、空気過剰率λ=6.0付近で図示熱効率がピークになっている。圧縮比εが高いことと、断熱による冷却損失抑制の効果である。
上記リーンバーンエンジンの場合、少なくとも部分負荷域では空気過剰率λ=2.5以上で運転するから、NOx発生の抑制に有利になる。圧縮比εが高くなると、燃焼温度が高くなるが、空気過剰率λをエンジン負荷が高くなるほど大きくなるように制御することにより、燃焼最高温度が1800(K)を越えないようにしてNOx発生を抑制することができる。
また、図示は省略するが、上記エンジンの吸気系には吸気を冷却するインタークーラーが設けられている。これにより、圧縮開始時の筒内ガス温度が低くなり、燃焼時のガス圧及び温度の上昇が抑えられ、冷却損失の低減(図示熱効率の改善)に有利になる。
〈断熱構造体〉
そこで、以下では、上記超高圧縮比ε=20〜50及び高空気過剰率λ=2.5〜6.0で運転されるエンジンEにおける、図示熱効率を高める上で必要となる冷却損失低減のための断熱構造体について説明する。図4は、エンジン燃焼室部材の断熱構造体を示す断面図である。なお、図4では、図を見易くするために燃料噴射弁15を図示省略している。また、図4中の符号29は、バルブシートを示す。
このエンジンEでは、ピストン1はエンジン燃焼室を形成する頂面及びピストンリング27よりも上側の外周面(以下、「頂面等」ともいう)に、シリンダブロック3はピストンリング27よりも上側の内周面に、シリンダヘッド5はエンジンEの燃焼室を形成する下面に、吸排気バルブ7,11は傘部下面に、厚さ200μmの断熱層21をそれぞれ備えている。これらの断熱層21はいずれも、ピストン1、シリンダブロック3、シリンダヘッド5又は吸排気バルブ7,11の基材表面に形成された、低熱伝導性を有する基層23と、当該基層23を覆う硬度の高い表面層25と、を有している。
ピストン1、シリンダブロック3及びシリンダヘッド5は、例えば鋳物用アルミ合金で成形することができる。一方、バルブは、例えば耐熱鋼で成形することができる。
基層23は、図5に示すように、基材19(ピストン1、シリンダブロック3、シリンダヘッド5及び吸排気バルブ7,11のいずれか)の表面に直接形成されていて、無機酸化物の中空状粒子31を含む、Si系樹脂33を主体とする層である。ここで、無機酸化物の中空状粒子31としては、アルミナバブル、フライアッシュバルーン、シラスバルーン、シリカバルーン、エアロゲルバルーン等のセラミック系中空状粒子を採用することができる。各々の材質及び粒径は表1の通りである。
Figure 0005910343
例えば、フライアッシュの化学組成は、SiO;40.1〜74.4%、Al;15.7〜35.2%、Fe;1.4〜17.5%、MgO;0.2〜7.4%、CaO;0.3〜10.1%(以上は質量%)である。シラスバルーンの化学組成は、SiO;75〜77%、Al;12〜14%、Fe;1〜2%、NaO;3〜4%、KO;2〜4%、IgLoss;2〜5%(以上は質量%)である。なお、中空状粒子31の粒子径は平均で10(μm)、最大でも50(μm)以下が好ましく、その含有率は、信頼度という点から、50%以下が好ましい。
また、Si系樹脂33としては、例えば、メチルシリコーンレジン、メチルフェニルシリコーンレジンに代表される、分岐度の高い3次元ポリマーからなるシリコーンレジンを用いることができる。シリコーンレジンの具体例としては、例えばポリアルキルフェニルシロキサンを挙げることができる。
このように、通常熱伝導率の低いSi系樹脂33のみならず、無機酸化物の中空状粒子31を含むことで熱伝導性の低い空気が多く存在することから、基層23は低熱伝導性を有するものとなっている。
一方、表面層25は、基層23に含まれるSi系樹脂33が酸化された、耐熱性が高く且つ高硬度のSi酸化物(SiO)35を含んでいる。このように、断熱層21は、耐熱性が高く且つ高硬度のSiO膜によってあたかも基層23が保護されていることから、エンジン燃焼室を構成する部品の表面に形成され、極めて厳しい熱と圧力環境に曝されても、硬度が増加した表面層25により、基層23の変形や減少を抑えることができるとともに、低熱伝導性を有する基層23による断熱性も十分に発揮することができる。
この表面層25は、基層23の表面に新たにSiOを含む材料を塗布したり、溶射したりするのではなく、基層23に含まれるSi系樹脂33を積極的に酸化させてSi酸化物35を生じさせることによって形成されたものであり、それ故、図5に示すように、無機酸化物の中空状粒子31を含む、Si酸化物35を主体とする層となっている。かかる表面層25を形成する方法としては、例えば、図6で示すように、基層23が形成された基材19を、水冷又は空冷によって冷却しつつ(図の白抜き矢印参照)、プロパンガス等を加熱源として基層23の表面を直接火炎Fで加熱する方法が挙げられる。このようにすれば、基層23全体ではなく主として基層23の表面のみを集中的に加熱することが可能となるので、基層が薄くなり過ぎて低熱伝導性が失われるのを回避することができる。
ここで、基層23に含まれるSi系樹脂33が酸化されることによって、表面層25にSi酸化物35が形成されているか否かを確認すべく、基材表面に形成した厚さ200μmの断熱層21等について、フーリエ変換型の赤外分光分析(FT−IR分光分析)を行い、断熱層21の厚さ方向における構造変化を測定した。
具体的には、無機酸化物の中空状粒子31としてのシラスバルーンと、Si系樹脂33としてのポリアルキルフェニルシロキサンとを含む、厚さ200μmの基層23のみを基材表面に形成したものを「半製品」とした。また、「半製品」の表面を、図6で示す方法で酸化させることにより、基層23と表面層25とを有する厚さ200μmの断熱層21を基材表面に形成したものを「試験品」とした。さらに、「試験品」の断熱層21を表面から20μm、30μm、50μm及び60μm研磨して、断熱層21の内部を露出させたものを、それぞれ「研磨品(20μm)」、「研磨品(30μm)」、「研磨品(50μm)」及び「研磨品(60μm)」とした。なお、「試験品」は、エンジンの耐用年数に見合う厳しい熱負荷をかけて酸化を行った。
そうして、これら「半製品」、「試験品」、「研磨品(20μm)」、「研磨品(30μm)」、「研磨品(50μm)」及び「研磨品(60μm)」について、KRS5レンズ付ダイヤモンドを用いたATR法(分解能:4(cm−1)、圧力ゲージ:50(psi))により、FT−IR分光分析を行った。その結果を図7に示す。
図7に示すように、「半製品」では、当然の如くポリアルキルフェニルシロキサンが有する結合基のピークが確認される。これに対し、「試験品」では、ポリアルキルフェニルシロキサンが有する結合基のピークが減少、または消失し、1060(cm−1)付近のSiOのピークが増加しており、換言すると、表面層25の無機化が進行し、SiOを主体とする層が形成されていることが分かる。
一方、「研磨品(20μm)」では、例えば1250(cm−1)付近のピークが回復しつつあり、「半製品」と同様ではないが、多少「半製品」に戻りつつあることが分かる。これにより、エンジンの耐用年数に見合う厳しい熱負荷をかけて酸化を行った場合でも、表面層25の厚さが少なくとも20μm以上あれば、基層23を保護してその断熱性を十分に発揮させることが可能であることが分かる。そうして、「研磨品(30μm)」、「研磨品(50μm)」、「研磨品(60μm)」の順に「半製品」に近づき、「研磨品(60μm)」では、ほぼ「半製品」に戻ったと推測される。これにより、基層23を保護してその断熱性を十分に発揮させるには、表面層25の厚さが50μm以上であるのが好ましいということが分かる。
〈断熱構造体の製造方法〉
次に、図8に示すフローチャートに基づいて、本実施形態に係る断熱構造体の製造方法について説明する。
先ず、エンジンEの燃焼室を構成する部品、すなわち、ピストン1、シリンダブロック3、シリンダヘッド5、吸気バルブ7及び排気バルブ11を用意する。
そうして、ステップS1では、これらの部品の塗布面(基材表面)の下地処理として、樹脂を弾くおそれのある油分を取り除くべく、有機溶剤を用いて、ピストン1の頂面等、シリンダブロック3の内周面、シリンダヘッド5の下面、及び、吸排気バルブ7,11の傘部下面を脱脂する。また、これらの部品とSi系樹脂33との付着力を高めるべく、必要に応じてサンドブラストを行う。
次のステップS2では、無機酸化物の中空状粒子31とSi系樹脂33とを混合、攪拌する。このとき、混合物の粘度に応じて、増粘剤や希釈溶剤などの添加剤を混合物に添加してもよい。
次いで、ステップS3では、ステップS2で製造した混合物を、スプレーや刷毛を用いて、または、ディッピングにより、ピストン1、シリンダブロック3、シリンダヘッド5、及び、吸排気バルブ7,11の基材表面に塗布する。なお、ステップS2とステップS3とが、無機酸化物の中空状粒子31とSi系樹脂33とを混合し、当該混合物を部品の基材表面に塗布する、本発明で言うところの樹脂塗布工程に相当する。
次のステップS4では、熱風乾燥、赤外線ヒーター等によってステップS3で塗布した混合物の予備乾燥を行う。なお、コーティング厚さが所望の厚さ(例えば、200μm)に至っていない場合には、所望の厚さに至るまで塗布→予備乾燥を繰り返し行い重ね塗りする。
次いで、ステップS5では、所定温度にて混合物を硬化処理し、架橋密度の高い三次元構造が形成されたSi系樹脂33を主体とする基層23を形成する。次のステップS6では、混合物の塗布表面を、350℃以上の温度で加熱して酸化させ、Si酸化物35を主体とする表面層25を形成する表面酸化処理を行う(表面酸化工程)。なお、塗布表面を加熱する方法としては、上記図6に示したように、塗布表面を直接火炎で加熱して酸化させてもよいし、赤外線ヒーターなどで加熱してもよい。また、特に加熱するための工程を設けることなく、エンジンEの組立後に実施されるエンジンEの着火試験の際に、塗布表面を加熱してもよい。このように、エンジンEの組立後に必ず行われる着火試験を利用すれば、断熱構造体の製造方法を大幅に簡略化することができるし、エンジン燃焼室において燃焼熱に曝される部分だけが酸化されるので、表面層25を形成する部分を必要最小限度に抑えることができる。
〈断熱性および熱効率の改善効果〉
本実施形態にかかる断熱構造体による、断熱性および熱効率の改善効果を確認するために、所定の評価条件の下で、本発明例および比較例について冷却損失割合(%)および図示熱効率(%)をそれぞれ求め、これらの結果を比較した。
より詳しくは、鋳物用アルミ合金製のピストン、シリンダブロック、シリンダヘッド及び耐熱鋼製の吸排気バルブに何ら断熱層を設けていないエンジンで、エンジン回転数1000(rpm)且つエンジン負荷300(kP)のケースを比較例1とし、エンジン回転数3000(rpm)且つエンジン負荷300(kP)のケースを比較例2とした。
一方、比較例と同じエンジンにおいて、ピストンの頂面等、シリンダブロックのピストンリングよりも上側の内周面、シリンダヘッドの下面、及び、吸排気バルブの傘部下面に、厚さ200μm、熱伝導率0.155(W/(m・K))、比熱1150(J/(kg・K))、密度616(kg/m)の断熱層21を形成したもので、エンジン回転数1000(rpm)且つエンジン負荷300(kP)のケースを本発明例1とし、エンジン回転数3000(rpm)且つエンジン負荷300(kP)のケースを本発明例2とした。なお、無機酸化物の中空状粒子31としてシラスバルーンを想定し、その含有率を50(vol%)とした。
そうして、これら4つのケースについてCAE解析を行い、冷却損失割合(%)および図示熱効率(%)をそれぞれ求めた。なお、いずれのケースについても、単室容積=499.6(cc)、圧縮比ε=20.0、空気過剰率λ=2.5とした。
図9は、本発明例1及び本発明例2並びに比較例1及び比較例2の冷却損失割合(%)を示す図である。図9に示すように、燃焼室を構成する部品の基材表面に断熱層21を形成した本発明例1では、断熱層を形成していない比較例1よりも冷却損失割合が12.5%と大きく低下しており、エンジン回転数1000(rpm)における断熱性が向上していることが分かる。また、エンジン回転数1000(rpm)の場合ほどではないが、エンジン回転数3000(rpm)の場合にも、本発明例2では、比較例2よりも冷却損失割合が9.0%低下していることが分かる。これにより、Si系樹脂33を含む断熱層21を形成することにより、エンジンの冷却損失割合いが低減することが、換言すると、エンジンの断熱性が向上することが確認できた。
一方、図10は、本発明例1及び本発明例2並びに比較例1及び比較例2の図示熱効率(%)を示す図である。図10に示すように、燃焼室を構成する部品の基材表面に断熱層21を形成した本発明例1では、断熱層を形成していない比較例1よりも図示熱効率が3.8%、また、本発明例2では、比較例2よりも図示熱効率が1.7%が向上することが確認できた。すなわち、Si系樹脂を含む断熱層21を形成することにより、超高圧縮比ε=20で運転されるエンジンにおいて、図示熱効率を高めることが可能であることが確認された。
−効果−
本実施形態によれば、基材表面に形成される基層23には、熱伝導率の低いSi系樹脂33が含まれるとともに、無機酸化物の中空状粒子31を含むことにより熱伝導性の低い空気が多く存在することから、断熱構造体の低熱伝導性を向上させることができる。
また、断熱層21はSi酸化物35を含む表面層25を備えていることから、換言すると、耐熱性が高く且つ高硬度のSiO膜によってあたかも基層23が被覆されたような状態が形成されることから、燃焼熱や燃焼圧等による基層23の変形や減少を抑えることができる。
しかも、かかる耐熱性が高く且つ高硬度のSi酸化物35を含む表面層25は、基層23の表面に新たにSiOを含む材料を塗布したり、溶射したりするのではなく、基層23に含まれるSi系樹脂33を積極的に酸化させてSi酸化物35を生じさせることによって形成されるので、簡単な構造で上記の効果を得ることができる。
(その他の実施形態)
本発明は、実施形態に限定されず、その精神又は主要な特徴から逸脱することなく他の色々な形で実施することができる。
上記実施形態では、Si系樹脂33としてポリアルキルフェニルシロキサンを用いたが、これに限らず、シリコンを主体とする樹脂であれば、どのようなものを用いてもよい。
このように、上述の実施形態はあらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。さらに、特許請求の範囲の均等範囲に属する変形や変更は、全て本発明の範囲内のものである。
以上説明したように、本発明は、エンジン燃焼室部材の断熱構造体及びその製造方法等について有用である。
1 ピストン
3 シリンダブロック
5 シリンダヘッド
7 吸気バルブ(弁)
11 排気バルブ(弁)
21 断熱層
23 基層
25 表面層
31 中空状粒子
33 Si系樹脂
35 Si酸化物(SiO
S2,S3 樹脂塗布工程
S6 表面酸化工程
E エンジン

Claims (5)

  1. エンジン燃焼室を構成する部品の基材表面に断熱層が形成された断熱構造体であって、
    上記断熱層は、上記基材表面に形成される、無機酸化物の中空状粒子とSi系樹脂とが含まれる基層と、当該基層表面に形成される、当該基層に含まれる上記Si系樹脂が酸化されたSiOを含む表面層と、を備えていることを特徴とするエンジン燃焼室部材の断熱構造体。
  2. 請求項1記載のエンジン燃焼室部材の断熱構造体において、
    上記表面層の厚さが、少なくとも20μmであることを特徴とするエンジン燃焼室部材の断熱構造体。
  3. エンジン燃焼室を構成する部品の基材表面に断熱層が形成された断熱構造体の製造方法であって、
    上記部品を用意し、
    無機酸化物の中空状粒子とSi系樹脂とを混合し、当該混合物を上記部品の基材表面に塗布する樹脂塗布工程と、
    上記混合物の塗布表面を、350℃以上の温度で加熱して酸化させる表面酸化工程と、を含むことを特徴とするエンジン燃焼室部材の断熱構造体の製造方法。
  4. 請求項3記載のエンジン燃焼室部材の断熱構造体の製造方法において、
    上記部品は、エンジンのシリンダヘッド、ピストン、シリンダブロック、弁の少なくともいずれか1つであり、
    上記表面酸化工程は、エンジンの組立後に実施される、エンジンの着火試験の際に行われることを特徴とするエンジン燃焼室部材の断熱構造体の製造方法。
  5. 請求項3記載のエンジン燃焼室部材の断熱構造体の製造方法において、
    上記表面酸化工程では、塗布表面を直接火炎で加熱して酸化させることを特徴とするエンジン燃焼室部材の断熱構造体の製造方法。
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