(1)エンジンの全体構成
図1は、本発明の一実施形態に係る始動制御装置が適用されたディーゼルエンジンの全体構成を示す図である。本図に示されるディーゼルエンジンは、走行駆動用の動力源として車両に搭載される4サイクルのディーゼルエンジンである。このエンジンのエンジン本体1は、いわゆる直列4気筒型のものであり、紙面に直交する方向に列状に並ぶ4つの気筒2A〜2Dを有するシリンダブロック3と、シリンダブロック3の上面に設けられたシリンダヘッド4と、各気筒2A〜2Dにそれぞれ往復摺動可能に挿入されたピストン5とを有している。
上記ピストン5の上方には燃焼室6が形成されており、この燃焼室6には、燃料としての軽油が、後述する燃料噴射弁15からの噴射によって供給される。そして、噴射された燃料(軽油)が、ピストン5の圧縮作用により高温・高圧化した燃焼室6で自着火し(圧縮自己着火)、その燃焼による膨張力で押し下げられたピストン5が上下方向に往復運動するようになっている。
上記ピストン5は図外のコネクティングロッドを介してクランク軸7と連結されており、上記ピストン5の往復運動(上下運動)に応じて上記クランク軸7が中心軸回りに回転するようになっている。
ここで、図示のような4サイクル4気筒のディーゼルエンジンでは、各気筒2A〜2Dに設けられたピストン5が、クランク角で180°(180°CA)の位相差をもって上下運動する。このため、各気筒2A〜2Dでの燃焼(そのための燃料噴射)のタイミングは、180°CAずつ位相をずらしたタイミングに設定される。具体的には、気筒2A,2B,2C,2Dの気筒番号をそれぞれ1番、2番、3番、4番とすると、1番気筒2A→3番気筒2C→4番気筒2D→2番気筒2Bの順に燃焼が行われる。このため、例えば1番気筒2Aが膨張行程であれば、3番気筒2C、4番気筒2D、2番気筒2Bは、それぞれ、圧縮行程、吸気行程、排気行程となる。
上記シリンダヘッド4には、各気筒2A〜2Dの燃焼室6に開口する吸気ポート9および排気ポート10と、各ポート9,10を開閉する吸気弁11および排気弁12とが設けられている。なお、吸気弁11および排気弁12は、シリンダヘッド4に配設された一対のカムシャフト等を含む動弁機構13,14により、クランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。
また、上記シリンダヘッド4には、燃料噴射弁15が各気筒2A〜2Dにつき1つずつ設けられている。各燃料噴射弁15は、蓄圧室としてのコモンレール20に分岐管21を介してそれぞれ接続されている。コモンレール20には、燃料供給ポンプ23から燃料供給管22を通じて供給された燃料(軽油)が高圧状態で蓄えられており、このコモンレール20内で高圧化された燃料が分岐管21を通じて各燃料噴射弁15にそれぞれ供給されるようになっている。
上記燃料噴射弁15は、先端部に複数(例えば8〜12個)の噴孔を有した多噴孔型のものであり、その内部に、上記各噴孔に通じる燃料通路と、この燃料通路を開閉するために電磁的に駆動されるニードル状の弁体とを有している(いずれも図示省略)。そして、通電による電磁力で上記弁体が開方向に駆動されることにより、コモンレール20から供給された燃料が上記各噴孔から燃焼室6に向けて直接噴射されるようになっている。
上記燃料噴射弁15と対向するピストン5の冠面(上面)の中央部には、他の部分(冠面の周縁部)よりも下方に凹んだキャビティ5aが形成されている。このため、ピストン5が上死点の近くにある状態で上記燃料噴射弁15から燃料が噴射された場合、この燃料は、まずキャビティ5aの内部に侵入することになる。
ここで、当実施形態のエンジン本体1は、その幾何学的圧縮比(ピストン5が下死点にあるときの燃焼室容積とピストン5が上死点にあるときの燃焼室容積との比)が14に設定されている。すなわち、一般的な車載用のディーゼルエンジンの幾何学的圧縮比が18もしくはそれ以上に設定されることが多いのに対し、当実施形態では、幾何学的圧縮比が14というかなり低い値に設定されている。
上記シリンダブロック3やシリンダヘッド4の内部には、冷却水が流通する図外のウォータジャケットが設けられており、このウォータジャケット内の冷却水の温度を検出するための水温センサSW1が、上記シリンダブロック3に設けられている。
また、上記シリンダブロック3には、クランク軸7の回転角度および回転速度を検出するためのクランク角センサSW2が設けられている。このクランク角センサSW2は、クランク軸7と一体に回転するクランクプレート25の回転に応じてパルス信号を出力するものであり、このパルス信号に基づいて、クランク軸7の回転角度(クランク角)および回転速度(エンジン回転速度)が検出されるようになっている。
一方、上記シリンダヘッド4には、気筒判別情報を出力するためのカム角センサSW3が設けられている。すなわち、カム角センサSW3は、カムシャフトと一体に回転するシグナルプレートの歯の通過に応じてパルス信号を出力するものであり、この信号と、クランク角センサSW2からのパルス信号とに基づいて、どの気筒が何行程にあるのかが判別されるようになっている。
上記吸気ポート9および排気ポート10には、吸気通路28および排気通路29がそれぞれ接続されている。すなわち、外部からの吸入空気(新気)が上記吸気通路28を通じて燃焼室6に供給されるとともに、燃焼室6で生成された排気ガス(燃焼ガス)が上記排気通路29を通じて外部に排出されるようになっている。
上記吸気通路28のうち、エンジン本体1から所定距離上流側までの範囲は、気筒2A〜2Dごとに分岐した分岐通路部28aとされており、各分岐通路部28aの上流端がそれぞれサージタンク28bに接続されている。このサージタンク28bよりも上流側には、単一の通路からなる共通通路部28cが設けられている。
上記共通通路部28cには、各気筒2A〜2Dに流入する空気量(吸気流量)を調節するための吸気絞り弁30が設けられている。吸気絞り弁30は、エンジンの運転中は基本的に全開もしくはこれに近い高開度に維持されており、エンジンの停止時等の必要時にのみ閉弁されて吸気通路28を遮断するように構成されている。
上記クランク軸7には、ベルト等を介してオルタネータ32が連結されている。このオルタネータ32は、図外のフィールドコイルの電流を制御して発電量を調節するレギュレータ回路を内蔵しており、車両の電気負荷やバッテリの残容量等から定められる発電量の目標値(目標発電電流)に基づき、クランク軸7から駆動力を得て発電を行うように構成されている。
上記シリンダブロック3には、エンジンを始動するためのスタータモータ34が設けられている。このスタータモータ34は、モータ本体34aと、モータ本体34aにより回転駆動されるピニオンギア34bとを有している。上記ピニオンギア34bは、クランク軸7の一端部に連結されたリングギア35と離接可能に噛合している。そして、上記スタータモータ34を用いてエンジンを始動する際には、ピニオンギア34bが所定の噛合位置に移動して上記リングギア35と噛合し、ピニオンギア34bの回転力がリングギア35に伝達されることにより、クランク軸7が回転駆動されるようになっている。
(2)制御系
以上のように構成されたエンジンは、その各部がECU(エンジン制御ユニット)50により統括的に制御される。ECU50は、周知のとおり、CPU、ROM、RAM等から構成されるマイクロプロセッサであり、本発明にかかる制御手段に相当するものである。
上記ECU50には、各種センサから種々の情報が入力される。すなわち、ECU50は、エンジンの各部に設けられた上記水温センサSW1、クランク角センサSW2、およびカム角センサSW3と電気的に接続されており、これら各センサSW1〜SW3からの入力信号に基づいて、エンジンの冷却水温、クランク角、回転速度、気筒判別情報等の種々の情報を取得する。
また、ECU50には、車両に設けられた各種センサ(SW4〜SW8)からの情報も入力される。すなわち、車両には、車両の走行速度(車速)を検出するための車速センサSW4と、運転者により踏み込み操作されるアクセルペダル36の開度を検出するためのアクセル開度センサSW5と、ブレーキペダル37のON/OFF(ブレーキの有無)を検出するためのブレーキセンサSW6と、バッテリ(図示省略)の残容量を検出するためのバッテリセンサSW7と、車室内の温度を検出するための室温センサSW8とが設けられている。ECU50は、これら各センサSW4〜SW8からの入力信号に基づいて、車速、アクセル開度、ブレーキの有無、バッテリの残容量、車室内温度といった情報を取得する。
上記ECU50は、上記各センサSW1〜SW8からの入力信号に基づいて種々の演算等を実行しつつ、エンジンの各部を制御する。すなわち、ECU50は、上記燃料噴射弁15、吸気絞り弁30、オルタネータ32、およびスタータモータ34と電気的に接続されており、上記演算の結果等に基づいて、これらの機器にそれぞれ駆動用の制御信号を出力する。
上記ECU50が有するより具体的な機能について説明する。ECU50は、例えばエンジンの通常運転時に、運転条件に基づき定められる所要量の燃料を燃料噴射弁15から噴射させたり、車両の電気負荷やバッテリの残容量等に基づき定められる所要発電量をオルタネータ32に発電させる等の基本的な機能を有する他、いわゆるアイドルストップ機能として、予め定められた特定の条件下でエンジンを自動的に停止させ、または始動させる機能をも有している。このため、ECU50は、エンジンの自動停止または自動始動に関する機能的要素として、自動停止制御部51および自動始動制御部52を有している。
すなわち、上記自動停止制御部51は、エンジンの運転中に、予め定められたエンジンの自動停止条件が成立したか否かを判定し、成立した場合に、エンジンを自動停止させる制御を実行するものである。
また、上記自動始動制御部52は、エンジンが自動停止した後、予め定められた再始動条件が成立したか否かを判定し、成立した場合に、エンジンを自動始動させる制御を実行するものである。
(3)自動停止制御
次に、上記ECU50の自動停止制御部51により実行されるエンジンの自動停止制御の内容を、図2のフローチャートを用いて説明する。図2のフローチャートに示す処理がスタートすると、自動停止制御部51は、各種センサ値を読み込む制御を実行する(ステップS1)。具体的には、水温センサSW1、クランク角センサSW2、カム角センサSW3、車速センサSW4、アクセル開度センサSW5、ブレーキセンサSW6、バッテリセンサSW7、および室温センサSW8からそれぞれの検出信号を読み込み、これらの信号に基づいて、エンジンの冷却水温、クランク角、回転速度、気筒判別情報、車速、アクセル開度、ブレーキの有無、バッテリの残容量、車室内温度等の各種情報を取得する。
次いで、自動停止制御部51は、上記ステップS1で取得された情報に基づいて、エンジンの自動停止条件が成立しているか否かを判定する(ステップS2)。例えば、車両が停止状態にあること、アクセルペダル36の開度がゼロであること(アクセルOFF)、ブレーキペダル37が所定の踏力以上で踏み込まれていること(ブレーキON)、エンジンの冷却水温が所定値以上であること(つまり暖機がある程度進んでいること)、バッテリの残容量が所定値以上であること、エアコンの負荷(車室内温度とエアコンの設定温度との差)が比較的少ないこと、等の複数の要件が全て揃ったときに、自動停止条件が成立したと判定する。なお、車両が停止状態にあるという要件については、必ずしも完全停止(車速=0km/h)を必須とする必要はなく、所定の低車速以下(例えば3km/以下)になったときに車両が停止状態にあると判定してもよい。
上記ステップS2でYESと判定されて自動停止条件が成立したことが確認された場合、自動停止制御部51は、吸気絞り弁30の開度を、アイドル運転時に設定される通常時の開度(例えば80%)から、全閉(0%)まで低下させる制御を実行する(ステップS3)。
次いで、自動停止制御部51は、燃料噴射弁15からの燃料の供給を停止する燃料カットを実行する(ステップS4)。すなわち、吸気絞り弁30が全閉(0%)になった時点で、各気筒2A〜2Dの燃料噴射弁15から噴射すべき燃料の量である目標噴射量をゼロに設定し、全ての燃料噴射弁15からの燃料噴射を停止することにより、燃料カットを実行する。
上記燃料カットの後、エンジンは一時的に惰性で回転するが、最終的には完全停止に至る。そのことを確認するため、自動停止制御部51は、エンジンの回転速度が0rpmであるか否かを判定する(ステップS5)。そして、ここでYESとなってエンジンが完全停止していることが確認されると、自動停止制御部61は、吸気絞り弁30の開度を通常時の開度(例えば80%)に戻した上で(ステップS6)、自動停止制御を終了する。
以上のような自動停止制御が終了した後のエンジンの各気筒2A〜2Dの状態を、図3に例示する。本図の例では、1番気筒2Aが膨張行程で停止し、2番気筒2Bが排気行程で停止し、3番気筒2Cが圧縮行程で停止し、4番気筒2Dが吸気行程で停止している。なお、以下では、自動停止制御によって○○行程で停止した気筒のことを、「停止時○○行程気筒」ということがある。例えば、膨張行程で停止した気筒2Aのことを「停止時膨張行程気筒2A」といい、排気行程で停止した気筒2Bのことを「停止時排気行程気筒2B」といい、圧縮行程で停止した気筒2Cのことを「停止時圧縮行程気筒2C」といい、吸気行程で停止した停止した気筒2Dのことを「停止時吸気行程気筒2D」という。
(4)自動始動制御
次に、上記ECU50の自動始動制御部52により実行されるエンジンの自動始動制御の具体的内容について、図4のフローチャートを用いて説明する。この図4のフローチャートに示す処理がスタートすると、自動始動制御部52は、各種センサ値に基づいて、エンジンの再始動条件が成立しているか否かを判定する(ステップS11)。例えば、ブレーキペダル37がリリースされたこと、アクセルペダル36が踏み込まれたこと、エンジンの冷却水温が所定値未満になったこと、バッテリの残容量の低下量が許容値を超えたこと、エンジンの停止時間(自動停止後の経過時間)が上限時間を越えたこと、エアコン作動の必要性が生じたこと(つまり車室内温度とエアコンの設定温度との差が許容値を超えたこと)等の要件の少なくとも1つが成立したときに、再始動条件が成立したと判定する。
上記ステップS11でYESと判定されて再始動条件が成立したことが確認された場合、自動始動制御部52は、上述したエンジンの自動停止制御に伴い圧縮行程で停止した気筒(図3の停止時圧縮行程気筒2C)のピストン停止位置を、クランク角センサSW2に基づき特定し、その特定したピストン停止位置が、図3に示す基準停止位置Xよりも下死点側に設定された特定範囲Rxにあるか否かを判定する(ステップS12)。なお、当実施形態において、上記基準停止位置Xは、上死点と下死点との間の中間位置付近、例えばBTDC(上死点前)90〜75°CAのいずれかの位置に設定される。
上記ステップS12でYESと判定されて停止時圧縮行程気筒2Cのピストン停止位置が特定範囲Rxにあることが確認された場合、自動始動制御部52は、上記停止時圧縮行程気筒2Cが圧縮上死点を迎える1圧縮目から燃焼を再開する1圧縮始動によりエンジンを始動させる制御を実行する。
上記1圧縮始動の具体的な手順は次のとおりである。まず、自動始動制御部52は、スタータモータ34を駆動する制御を実行する(ステップS13)。これにより、エンジンが強制的に回転させられ、上記停止時圧縮行程気筒2Cのピストン5が圧縮上死点に向けて移動を開始する。そして、この停止時圧縮行程気筒2Cのピストン5が、上死点付近に予め設定された所定位置まで到達したか否かに基づいて、1圧縮目の燃焼噴射タイミングが到来したか否かを判定する(ステップS14)。
上記ステップS14でYESと判定されて1圧縮目の燃料噴射タイミングが到来したことが確認された場合、自動始動制御部52は、上記停止時圧縮行程気筒2Cの燃料噴射弁15から当該気筒2Cに燃料を噴射し、その燃料を自着火により燃焼させる制御を実行する(ステップS15)。この1圧縮目の燃料噴射における噴射量は、筒内の計算上の当量比φが0.75になるような値に設定される。
ここで、上記1圧縮目の燃料噴射における「計算上の当量比φ」とは、停止時圧縮行程気筒2Cのピストン停止位置に応じた筒内の空気量と、燃料噴射弁15から噴射される燃料の量とに基づき算出される値であり、筒内の空気量に対し理論上過不足のない燃料が供給されたときの当量比φが1となり、それに満たない量の燃料が供給されたときの当量比φは1未満となる(逆に、燃料過多のときの当量比φは1を超える)。なお、停止時圧縮行程気筒2Cの内部空気は、エンジンが完全停止した直後から、ピストン5とシリンダー壁面との隙間を通じて外部に漏れ出ていくため、ある程度の時間が過ぎれば、筒内の圧力が大気圧になるまで筒内の空気は減少する。そこで、1圧縮目の筒内の空気量は、このようなエンジン停止中の空気漏れをも見越して、ピストン停止位置が上死点にあるほど少ないものとみなされる。つまり、上記1圧縮目の「計算上の当量比φ」は、停止時圧縮行程気筒2Cの内部圧力が大気圧まで減少したときの空気量(ピストン5の停止位置に比例して定まる)と、燃料噴射弁15からの燃料噴射量とから求まる当量比である。
上記のようにして停止時圧縮行程気筒2Cへの1圧縮目の燃料噴射が終了すると、自動始動制御部52は、上記停止時圧縮行程気筒2Cの次に圧縮上死点を迎える停止時吸気行程気筒2Dのピストン位置に基づいて、2圧縮目の燃焼噴射タイミング(当該気筒2Dのピストン5が圧縮上死点付近に至るタイミング)が到来したか否かを判定する(ステップS16)。
上記ステップS16でYESと判定されて2圧縮目の燃料噴射タイミングが到来したことが確認された場合、自動始動制御部52は、上記停止時吸気行程気筒2Dに対し、計算上の当量比φが0.85になるような量の燃料を噴射し、その燃料を自着火により燃焼させる制御を実行する(ステップS17)。
ここで、2圧縮目の燃料噴射における「計算上の当量比φ」とは、停止時吸気行程気筒2Dに最大限空気が充填されたと仮定した場合の空気量、つまり吸気弁11の閉タイミングに対応する位置(下死点の近傍)にピストン5があるときの筒内に大気圧の空気が充填されたと仮定した場合の空気量と、燃料噴射弁15から噴射される燃料の量とに基づき算出される値である。なお、このことは、後述する3圧縮目の「計算上の当量比φ」、および、2圧縮始動時の2〜4圧縮目の「計算上の当量比φ」でも同様である。
上記のようにして停止時吸気行程気筒2Dへの2圧縮目の燃料噴射が終了すると、自動始動制御部52は、上記停止時吸気行程気筒2Dの次に圧縮上死点を迎える停止時排気行程気筒2Bのピストン位置に基づいて、3圧縮目の燃焼噴射タイミング(当該気筒2Bのピストン5が圧縮上死点付近に至るタイミング)が到来したか否かを判定する(ステップS18)。
上記ステップS18でYESと判定されて3圧縮目の燃料噴射タイミングが到来したことが確認された場合、自動始動制御部52は、上記停止時排気行程気筒2Bに対し、計算上の当量比φが0.9になるような量の燃料を噴射し、その燃料を自着火により燃焼させる制御を実行する(ステップS19)。
以上のようにして合計3回の燃料噴射に基づく燃焼が行われると、エンジン回転速度は十分に上昇し、例えば700〜800rpm程度に設定される完爆回転速度Nx(後述する図6参照)に到達する。そこで、自動始動制御部52は、エンジン回転速度が上記完爆回転速度Nxに達するのを待ってから(ステップS30)、通常運転へと移行する(ステップS31)。通常運転では、アクセル開度(エンジン負荷)やエンジン回転速度に応じた適宜の量の燃料が噴射されるが、例えばアクセル開度がゼロである場合(アイドリング時)には、アイドリング速度を維持するのに必要な最小限の燃料(例えばφ=0.4未満に相当する量の燃料)が噴射される。
次に、上記ステップS12でNOと判定された場合、つまり、エンジンの自動停止制御に伴い圧縮行程で停止した停止時圧縮行程気筒2Cのピストン停止位置が上記特定範囲Rx(図3)よりも上死点側に外れていた場合の制御について説明する。この場合、自動始動制御部52は、上記停止時圧縮行程気筒2Cが圧縮上死点を迎える1圧縮目からではなく、吸気行程で停止していた停止時吸気行程気筒2Dが圧縮上死点を迎える2圧縮目から燃焼を再開する2圧縮始動によりエンジンを始動させる制御を実行する。
上記2圧縮始動の具体的な手順は次のとおりである。まず、自動始動制御部52は、スタータモータ34を駆動してエンジンの強制回転を始めるとともに(ステップS21)、停止時圧縮行程気筒2Cのピストン5が圧縮上死点を通過するまで、燃料噴射を行うことなく待機する(ステップS22)。そして、上記停止時圧縮行程気筒2Cの次に圧縮上死点を迎える停止時吸気行程気筒2Dのピストン位置に基づいて、2圧縮目の燃焼噴射タイミング(当該気筒2Dのピストン5が圧縮上死点付近に至るタイミング)が到来したか否かを判定する(ステップS23)。
上記ステップS23でYESと判定されて2圧縮目の燃料噴射タイミングが到来したことが確認された場合、自動始動制御部52は、上記停止時吸気行程気筒2Dに対し、計算上の当量比φが0.75になるような量の燃料を噴射し、その燃料を自着火により燃焼させる制御を実行する(ステップS24)。
次いで、自動始動制御部52は、上記停止時吸気行程気筒2Dの次に圧縮上死点を迎える停止時排気行程気筒2Bのピストン位置に基づいて、3圧縮目の燃焼噴射タイミング(当該気筒2Bのピストン5が圧縮上死点付近に至るタイミング)が到来したか否かを判定する(ステップS25)。
上記ステップS25でYESと判定されて3圧縮目の燃料噴射タイミングが到来したことが確認された場合、自動始動制御部52は、上記停止時排気行程気筒2Bに対し、計算上の当量比φが0.85になるような量の燃料を噴射し、その燃料を自着火により燃焼させる制御を実行する(ステップS26)。
次いで、自動始動制御部52は、上記停止時排気行程気筒2Bの次に圧縮上死点を迎える停止時膨張行程気筒2Aのピストン位置に基づいて、4圧縮目の燃焼噴射タイミング(当該気筒2Aのピストン5が圧縮上死点付近に至るタイミング)が到来したか否かを判定する(ステップS27)。
上記ステップS27でYESと判定されて4圧縮目の燃料噴射タイミングが到来したことが確認された場合、自動始動制御部52は、上記停止時膨張行程気筒2Aに対し、計算上の当量比φが0.9になるような量の燃料を噴射し、その燃料を自着火により燃焼させる制御を実行する(ステップS28)。
以上のようにして合計3回の燃料噴射に基づく燃焼が行われると、自動始動制御部52は、上述した1圧縮始動のときと同様、エンジンが完爆に至るのを待ってから(ステップS30)、通常運転へと移行する(ステップS31)。
ここで、当実施形態におけるエンジンの自動始動制御では、図4に示したように、停止時圧縮行程気筒2Cのピストン停止位置に応じて、1圧縮始動(S13〜)と2圧縮始動(S21〜)とが使い分けられるようになっているが、それは、次のような理由による。
1圧縮始動が可能な特定範囲Rx(図3)は、上述したように、予め定められた基準停止位置X(例えばBTDC90〜75°CA間のいずれかの位置)よりも下死点側に設定されている。停止時圧縮行程気筒2Cのピストン5がこのような下死点寄りの特定範囲Rxに停止していれば、ピストン5による圧縮代(上死点までのストローク量)が比較的多いため、エンジン自動始動時のピストン5の上昇に伴い、上記気筒2C内の空気は十分に圧縮されて高温・高圧化する。このため、自動始動時の最初の燃料を停止時圧縮行程気筒2Cに噴射してやれば(1圧縮始動)、この燃料は、気筒2C内で比較的容易に自着火に至り、燃焼する。
これに対し、停止時圧縮行程気筒2Cのピストン5が特定範囲Rxから上死点側に外れていれば、ピストン5による圧縮代が少なく、ピストン5が上死点まで上昇しても筒内の空気が十分に高温・高圧化しないため、停止時圧縮行程気筒2Cに燃料を噴射しても失火が起きるおそれがある。そこで、このような場合には、停止時圧縮行程気筒2Cではなく停止時吸気行程気筒2Dに燃料を噴射して自着火させることにより、エンジンを自動始動させる(2圧縮始動)。
上記2圧縮始動では、停止時吸気行程気筒2Dのピストン5が圧縮上死点付近に到達する2圧縮目までは、燃料噴射に基づく燃焼を行わせることができず、エンジンの自動始動に要する時間、つまり、スタータモータ34の駆動開始時点からエンジン完爆までの時間が長くなってしまう。したがって、エンジンを自動始動させる際には、できるだけ1圧縮始動によってエンジンを始動させることが好ましい。
そこで、当実施形態では、少なくとも1圧縮始動における1圧縮目の燃料噴射(停止時圧縮行程気筒2Cへの燃料噴射)の際に、複数回に分けて燃料を噴射するようにしている。具体的には、圧縮上死点付近もしくはそれ以降に噴射されるメイン噴射に加えて、このメイン噴射よりも前の予備的な噴射であるプレ噴射を行う。
上記プレ噴射による燃料は、メイン噴射に基づき主に圧縮上死点以降に生じる拡散燃焼(以下、この燃焼を「メイン燃焼」という)を確実に引き起こすために利用される。すなわち、メイン噴射よりも早い段階で、プレ噴射によって少量の燃料を噴射し、その噴射した燃料を所定の着火遅れの後に燃焼させることにより(以下、この燃焼を「プレ燃焼」という)、筒内温度・圧力を上昇させて、その後に続くメイン燃焼を促進する。
上記のようなプレ噴射を停止時圧縮行程気筒2Cに対し実行すれば、圧縮上死点付近での筒内温度・圧力を故意に高めることができるので、停止時圧縮行程気筒2Cのピストン停止位置が少々上死点側に近づいても、確実に1圧縮始動によりエンジンを自動始動させることができるようになる。上記特定範囲Rxの境界である基準停止位置X(図3)は、このようなプレ噴射による着火性の改善を加味して設定されたものである。つまり、プレ噴射がなかった場合には、上記基準停止位置Xは、図3の例よりも下死点側に設定せざるを得ないが、プレ噴射によって着火性を改善することで、基準停止位置Xをより上死点側に設定することが可能になり、その結果、基準停止位置Xを、例えばBTDC90〜75°CAといった、下死点からかなり離れた位置に設定することが可能となる。これにより、特定範囲Rxが上死点側に拡大するので、停止時圧縮行程気筒2Cのピストン5がより高い頻度で上記特定範囲Rxに収まることとなり、1圧縮始動による迅速な自動始動を行える機会が増える。特に、当実施形態では、エンジン本体1の幾何学的圧縮比が14とかなり低く、燃料の着火性を確保しにくい状況にあるため、上記プレ噴射により始動時の着火性を改善することが、1圧縮始動の機会を増やす上で特に有効である。
より具体的に、当実施形態におけるプレ噴射は、圧縮上死点前よりも前であって、かつ噴射した燃料がピストン5冠面のキャビティ5aに収まるようなクランク角範囲内で、複数回(例えば2〜5回のいずれかの回数)実行される。これは、同じ量の燃料であれば、1回のプレ噴射で噴射し切るよりも、複数回のプレ噴射に分けて噴射した方が、キャビティ5a内にリッチな混合気を継続的に形成でき、着火遅れを短くできるからである。つまり、プレ噴射を複数回にすることで、1回あたりのプレ噴射の噴射量が減って噴霧のペネトレーション(貫徹力)が弱まるため、キャビティ5a内に留まる燃料の割合が増大する結果、キャビティ5a内の混合気がリッチになり、着火性を効果的に改善することができる。
図5は、1圧縮始動のときの1圧縮目の燃料噴射(ステップS15)の態様を例示する図である。ここでは、一例として、プレ噴射を3回実行している。具体的には、BTDC18〜10°CAの間に、プレ噴射として1回あたり2mm3の燃料を3回噴射し(下段の波形Ip)、その後、メイン噴射として、比較的多くの燃料を圧縮上死点(BTDC0°CA)で噴射している(下段の波形Im)。なお、図4のフローチャートで示したように、1圧縮目の噴射量(プレ噴射およびメイン噴射の合計の噴射量)は、筒内の計算上の当量比φが0.75になるような値に設定されるから、メイン噴射量は、このφ=0.75相当の噴射量から、プレ噴射の噴射量(2×3=6mm3)を差し引いた値として決定される。
図5の上段には、上記のような燃料噴射に伴い生じる燃焼の様子を熱発生率の変化として図示している。この図5の上段の波形から理解されるように、3回のプレ噴射(Ip)が実行されると、最後のプレ噴射の完了後、所定の着火遅れ時間が経過してから、プレ噴射された燃料の自着火によるプレ燃焼(Bp)が起きる。このプレ燃焼(Bp)は、圧縮上死点(BTDC0°CA)よりも前に生じ、その後熱発生率のピークを迎えてからいったん収束しかけるが、圧縮上死点からメイン噴射(Im)が開始されることで、そのメイン噴射された燃料の自着火によるメイン燃焼(Bm)が、引き続いて発生する。このメイン燃焼(Bm)は、プレ燃焼(Bp)によって筒内が高温・高圧化された状態で実行されるメイン噴射(Im)に基づき、ごく短い着火遅れの後に燃焼を開始する(拡散燃焼)。
なお、図5には、1圧縮始動のときに行われる1圧縮目の燃料噴射(停止時圧縮行程気筒2Cへの燃料噴射)の態様を示したが、停止時圧縮行程気筒2Cよりも後に圧縮行程を迎える気筒(停止時吸気行程2Dや停止時排気行程気筒2B)に対しても、1圧縮目と同様に、プレ噴射およびメイン噴射に基づく燃焼制御を実行することが望ましい。エンジンの自動始動時に最も着火性が厳しいのは、エンジン全体として最初の圧縮上死点を迎える1圧縮目であるが、少なくとも2圧縮目や3圧縮目についても、着火性の改善は充分ではないと考えられるからである。ただし、エンジン回転速度がある程度上昇している2圧縮目や3圧縮目においては、プレ噴射の回数を、1圧縮目のときよりも少なくすることができる。
また、上記のようなプレ噴射およびメイン噴射に基づく燃焼制御は、1圧縮目から燃料噴射による燃焼を再開する1圧縮始動のときだけでなく、2圧縮目から燃料噴射による燃焼を再開する2圧縮始動によってエンジンを始動する際にも、同様に行うことが望ましい。
(5)作用効果等
以上説明したように、当実施形態では、所定の条件下で自動的にエンジンを停止させたり始動させたりする、いわゆるアイドルストップ機能を有したディーゼルエンジンにおいて、次のような特徴的な構成を採用した。
エンジンが自動停止した後、所定の再始動条件が成立すると、ECU(エンジン制御ユニット)50の自動始動制御部52は、圧縮行程で停止していた停止時圧縮行程気筒2Cのピストン停止位置が相対的に下死点寄りの特定範囲Rx(図3)にあるか否かを判定し、その判定結果に応じて、上記停止時圧縮行程2Cが圧縮上死点を迎える1圧縮目から燃焼を再開する1圧縮始動、または、吸気行程で停止していた停止時吸気行程気筒2Dが圧縮上死点を迎える2圧縮目から燃焼を再開する2圧縮始動を行う。それぞれのエンジン始動時において、1回目、2回目、3回目の各燃料噴射(つまり1圧縮始動のときの1〜3圧縮目の燃料噴射、2圧縮始動のときの2〜4圧縮目の燃料噴射)に基づく計算上の当量比φは、それぞれ0.75、0.85、0.9に設定される。
ここで、上記のような値に設定される自動始動時の当量比φは、エンジンを強制始動させるとき、つまり、車両に搭乗した乗員がエンジン始動のための所定の操作を行うことで開始されるエンジン始動のときと比べて、明らかに小さい値であるということができる。
すなわち、エンジンの強制始動時には、一般に、スタータモータ34により1回転以上エンジンを強制的に回転させた後で、最初の燃料噴射として、理論当量比(φ=1)よりもリッチな値(例えばφ=1.1もしくはそれよりもさらに大きい当量比)に相当する量の燃料を噴射する。このように、エンジンの強制始動時に比較的多くの燃料を噴射するのは、冷間状態からの始動であっても燃料を確実に着火させるためであり、また、エンジンの吹け上がり(完爆回転速度を超えるまで勢いよくエンジン回転速度が上昇すること)を故意に起こし、それによってエンジンが始動したことを乗員に認識させるためでもある。なお、最初の燃料噴射までに1回転以上の強制回転(スタータモータ34による回転)が必要なのは、エンジンの強制始動は、システムが一旦シャットダウンされて気筒判別情報が無効になった状態から行われるので、新たに気筒判別を行うために少なくとも1回転以上のエンジン回転が必要だからである。
これに対し、自動停止したエンジンを再始動させる自動始動においては、上記実施形態に示したように、1回目〜3回目の燃料噴射による計算上の当量比φが、0.75〜0.9という、強制始動時に比べれば小さい(リーンな)値に設定される。これは、エンジン自動始動時の燃料消費を削減するとともに、HCやCOの発生量を低減してエミッション性を高めるためである。
上記のように当量比φの値を設定することによって燃費やエミッション性が改善される理由について、図6〜図8を用いて詳しく説明する。
まず、自動始動時にエンジンが示す挙動について大まかに説明する。図6は、1圧縮始動によりエンジンを自動始動したときのエンジン回転速度の変化の一例を示す図である。この図6の例では、時点t0で、スタータモータ34によるエンジンの回転駆動が始まっており、続く時点t1で、エンジン全体での最初の圧縮上死点、つまり、停止時圧縮行程気筒2Cのピストン5が最初に上死点に至る1TDCを迎えている。そして、この1TDCの時点t1の近傍で、停止時圧縮行程気筒2Cに噴射された燃料に基づく最初の燃焼が行われるとともに、その燃焼をきっかけにエンジン回転速度が上昇し、時点t2で回転速度のピークである1MaxNEを迎える。その後、エンジン回転速度は再び落ち込むが、エンジン全体での2回目の圧縮上死点、つまり、停止時吸気行程気筒2Dのピストン5が最初に上死点に至る2TDCを迎える時点t3の近傍で、当該気筒2Dに噴射された燃料に基づき2回目の燃焼が行われると、エンジン回転速度は再び上昇し、時点t4において回転速度のピークである2MaxNEを迎える。さらにその後は、時点t5において停止時排気行程気筒2Bが圧縮上死点(エンジン全体での3回目の圧縮上死点)に至る3TDCを迎え、そこで行われる3回目の燃焼により、エンジン回転速度がさらに上昇して、完爆回転速度Nx(例えば700〜800rpm)に到達している。
続く図7、図8は、以上のようなエンジン自動始動時の挙動の中で、1圧縮目(1TDC)および2圧縮目(2TDC)における当量比φをどのように設定するのが最適であるかを調べるために本願発明者が行った実験の結果を示している。具体的に、図7および図8に示されるデータは、エンジン自動始動の典型的な例として、高度が0m、吸気温度が20℃、エンジンの停止時間(完全停止後の経過時間)が10秒、停止時圧縮行程気筒2Cのピストン停止位置がBTDC108°CAという条件下で、1圧縮始動によるエンジン自動始動を行った場合のデータを示している。
まず、図7は、停止時圧縮行程気筒2Cが圧縮上死点を迎える1圧縮目(1TDC)での燃焼のために当該気筒2Cに噴射される燃料に基づく計算上の当量比φと、その燃焼後(図6の時点t2)のエンジンのピーク速度1MaxNEとの関係を示している。なお、図7の横軸に示す当量比は、上述したプレ噴射およびメイン噴射によるトータルの噴射量に基づく当量比を表している(後述する図8でも同様)。
図7に示すように、1圧縮目の当量比φが0.8以下の範囲では、当量比φが大きくなるほど1圧縮後のピーク速度1MaxNEが大きくなっている。これは、当量比φが大きいほど、燃焼エネルギーが大きく、燃焼後のピストン5の移動速度を速めるためと考えられる。これに対し、1圧縮目の当量比φが0.8を超える範囲では、当量比φが増えても1圧縮後のピーク速度1MaxNEは特に上昇せず、場所によってはむしろ落ち込んでいる。このことは、噴射した燃料の一部が燃焼エネルギーに変換されることなく未燃のまま排出されていることを表している。
ここで、上記1圧縮目の計算上の当量比φは、上述したように、停止時圧縮行程気筒2Cの内部にピストン停止位置に応じた量の空気があると仮定した場合の空気量と、燃料噴射弁15から噴射される燃料の量とに基づくものである。したがって、ピストン5が上死点に至るまでの間に筒内の空気が外部に漏れなければ、理論上は、少なくとも当量比φ≦1の範囲で、当量比φが増えるほど燃焼エネルギーも増大し、1圧縮後のピーク速度1MaxNEも上昇するはずである。
しかしながら、図7の結果では、当量比φ=0.8のときに1圧縮後のピーク速度1MaxNEが最大となり、φ=0.8〜1の間はピーク速度1MaxNEの上昇が見られない。これは、停止時圧縮行程気筒2Cの内部空気が、ピストン5が上死点に至るまでの過程で外部に漏れ出し、圧縮上死点付近での空気量が圧縮開始時に比べて減少したことが主な原因であると考えられる。すなわち、エンジンの自動始動が開始されて停止時圧縮行程気筒2Cのピストン5が上死点に到達するまでの間、言い換えると、スタータモータ34の駆動力のみによってエンジンが回転している間では、エンジン回転速度が低い(ピストン5の上昇スピードが遅い)ため、停止時圧縮行程気筒2C内の空気がピストン5とシリンダー壁面との隙間から外部に漏れ出るという現象が起き易い。このため、ピストン5が上死点に到達した時点では、ピストン5が上昇を始める圧縮開始時(スタータモータ34の駆動を開始する時点)に比べて筒内の空気量が減少しており、結果として、φ=0.8相当を超える分の燃料を燃焼させられないという上記のような現象を生んでいると考えられる。
このような事情から、上記実施形態では、1圧縮始動のときの1圧縮目の計算上の当量比φを、0.75に設定している(図4のステップS15)。なお、図7において、1圧縮後のピーク速度1MaxNEが最大となる当量比は0.8であったが、上記実施形態では、少し余裕をみて(つまり想定よりも多くの空気が筒内から漏れることがあることも考慮して)、1圧縮目の当量比φを0.8よりもやや低い値である0.75に設定している。
図8は、停止時吸気行程気筒2Dが圧縮上死点を迎える2圧縮目(2TDC)に噴射される燃料に基づく計算上の当量比φと、その燃焼後(図6の時点t4)のエンジンのピーク速度2MaxNEとの関係を示している。この図8によると、2圧縮後のピーク速度2MaxNEは、2圧縮目の当量比φが0.85になるあたりまで、当量比φの増大に伴い上昇するが、当量比φが0.85を超えてからは、上記ピーク速度2MaxNEの上昇は見られない。このような現象が見られる理由は、先の図7のときと同様であり、圧縮中の空気漏れが原因であると考えられる。ただし、図8に示す2圧縮目のケースでは、図7に示した1圧縮目のケースよりもエンジン回転速度が高いので、圧縮中に筒内から漏れ出す空気の量がやや少なく済む。このため、図8においてピーク速度2MaxNEが最大になる当量比φ(0.85)は、図7の場合(φ=0.8)よりもやや大きくなっていると考えられる。このような図8の結果から、上記実施形態では、2圧縮目の計算上の当量比φを0.85に設定した(図4のステップS17)。
なお、ここでは説明を省略するが、3圧縮目については、エンジン回転速度がさらに上昇しており、圧縮中に筒内から漏れ出す空気の量がさらに少なくなるはずなので、3圧縮目の計算上の当量比φは、2圧縮目よりもさらに大きくすることが可能と考えられる。そこで、上記実施形態では、3圧縮目の計算上の当量比φを0.9に設定している(図4のステップS19)。
なお、ここまでは、停止時圧縮行程2Cが圧縮上死点を迎える1圧縮目から燃焼を再開する1圧縮始動時の当量比の設定について説明したが、停止時吸気行程気筒2Dが圧縮上死点を迎える2圧縮目から燃焼を再開する2圧縮始動の場合も、基本的な考え方は同じである。すなわち、圧縮中に筒内から漏れ出す空気の量は、エンジン回転速度が上昇するほど少なくなるため、圧縮回数を重ねるごとに当量比φを増やしていけばよい。ただし、2圧縮始動の場合は、2圧縮目までスタータモータ34の駆動力のみでエンジンが回転するため、エンジン回転速度は、2圧縮目を迎えるまでそれほど上昇しない。このため、圧縮中の空気漏れ量は、1圧縮目や2圧縮目で多く、3圧縮目、4圧縮目、となるにつれて少なくなる。そこで、上記実施形態では、2圧縮始動のときの2圧縮目、3圧縮目、4圧縮目の計算上の当量比φを、1圧縮始動のときの1圧縮目、2圧縮目、3圧縮目のときと同様、それぞれ0.75、0.85、0.9に設定している(図4のステップS24,S26,S28)。
以上のとおり、上記実施形態では、1圧縮始動のときの1〜3圧縮目の計算上の当量比φ、および2圧縮始動のときの2〜4圧縮目の計算上の当量比φを、0.75〜0.9という、エンジンを強制始動させるときの当量比(φ=1.1もしくはそれ以上)よりも小さい値に設定した。これにより、回転速度が低く筒内の圧縮空気が外部に漏れ易い自動始動の初期段階において、空気漏れを考慮した適正な量の燃料が供給されるため、供給燃料が過剰になることによるHCやCOの増大を抑制できるとともに、燃費の悪化を効果的に防止することができる。
特に、上記実施形態では、自動始動時の計算上の当量比φを、圧縮回数を重ねるごとに、0.75→0.85→0.9と徐々に増大させるようにしたため、エミッション性を悪化させない範囲で、エンジンの自動始動の迅速化を図ることができる。すなわち、エンジン回転速度が徐々に増大すると、それに伴い圧縮空気の外部への漏れ量が少なくなるため、燃料過多にならない上限の当量比φは、圧縮回数を重ねるほど(気筒順に燃焼が進むにつれて)増大する。そこで、これに合わせて当量比φを徐々に増大させることにより、燃料過多によるエミッション性の悪化等を防止しつつ、エンジンの自動始動に要する時間(自動始動時間)を効果的に短縮することができる。
なお、上記実施形態では、エンジンの自動始動時における初回燃焼時の計算上の当量比φ、つまり、1圧縮始動時の1圧縮目の当量比および2圧縮始動時の2圧縮目の当量比を、いずれも0.75に設定したが、図7によれば、1圧縮後のエンジンのピーク速度1MaxNEが最大になるのはφ=0.8であるので、上記初回燃焼時の計算上の当量比は、0.8であってもよい。
一方、初回燃焼時の計算上の当量比をあまり小さくすると、エンジンの自動始動時間、つまりスタータモータ34の駆動開始からエンジンが完爆に至るまでの時間が長くなってしまう。図9は、1圧縮始動によるエンジン自動始動時に設定される1圧縮目の計算上の当量比φと、2圧縮後のエンジンのピーク速度2MaxNEとの関係を示す図である。なお、本図において、2圧縮目の当量比φは0.85で固定とした。
図9の縦軸における値「N1」は、エンジンの自動始動時間を所定の目標値(例えば0.4〜0.5sec)に収めるのに必要な2圧縮後のピーク速度(図6の時点t4での速度)を表している。つまり、2圧縮後のピーク速度2MaxNEが上記N1以上であれば、エンジンの自動始動時間を上記目標値以下に収めることができる。図9によれば、1圧縮目の計算上の当量比φが0.5よりも小さいと、2圧縮後ピーク速度2MaxNEがN1を下回るケースが生じるが、上記当量比φが0.5以上であれば、2圧縮後ピーク速度2MaxNEは常にN1以上になることが分かる。
以上のことから、エンジン自動始動の迅速性を担保する観点からは、初回燃焼時の計算上の当量比φを0.5以上にすることが望ましい。一方、燃料過多にならない上限の当量比φは、上述したとおり0.8であった。したがって、エンジンの自動始動時における初回燃焼時の当量比φは、0.5以上0.8以下に設定することが望ましい。これにより、エンジンを自動始動させる際の迅速性を確保しつつ、自動始動時のエミッション性および燃費を効果的に改善することができる。
また、上記実施形態では、エンジンの自動始動時に、エンジンが完爆に至る前の1〜3回目の燃焼時における計算上の当量比φ(つまり1圧縮始動時の1〜3圧縮目の当量比、および2圧縮始動時の2〜4圧縮目の当量比)を、エンジン水温とは関係なく、それぞれ0.75、0.85、0.9に設定するものとしたが、エンジン水温が比較的低い値(エンジンの自動停止が許容される水温範囲の中でも特に低い値)である場合には、噴射した燃料が十分に気化しないことを見越して、上記の値(0.75〜0.9)よりも当量比φを若干大きく設定してもよい。ただし、このように自動始動時の計算上の当量比φをエンジン水温に応じて可変的に設定する場合でも、少なくとも初回燃焼時の当量比φ(1圧縮始動時の1圧縮目の当量比、2圧縮始動時の2圧縮目の当量比)については、常に、同一エンジン水温下でエンジンを強制始動させる際の当量比に比べて小さい値に設定すべきである。圧縮時にピストン5とシリンダー壁面との隙間から漏れる空気の量は、初回燃焼時が最も多く、燃料過多によるエミッション性の悪化が起き易いからである。
また、上記実施形態では、1〜3回目の燃焼時に設定される計算上の当量比φ(1圧縮始動時の1〜3圧縮目の当量比、および2圧縮始動時の2〜4圧縮目の当量比)を、0.75→0.85→0.9と徐々に増大させるようにしたが、上記各回の当量比φは、0.5以上1.0未満の範囲であれば適宜変更可能である。また、上記各回の当量比φを、0.5以上1.0未満の範囲で全て同一の値に設定してもよい。このように、当量比を一律に設定すれば、制御を単純化しつつ、自動始動時のエミッション性および燃費を改善することができる。
また、上記実施形態では、幾何学的圧縮比が14のエンジン本体1を備えたディーゼルエンジンを例に挙げて本発明の好ましい形態を説明したが、当然ながら、本発明の構成を適用可能なエンジンは、幾何学的圧縮比が14のものに限られない。エミッション性および着火性の確保等の観点からすれば、本発明を好適に適用可能なディーゼルエンジンは、幾何学的圧縮比が12以上16未満のディーゼルエンジンであり、より好ましくは、幾何学的圧縮比が13以上15以下のディーゼルエンジンである。
また、上記実施形態では、エンジンの自動停止条件または再始動条件の成立を、アクセルペダル36やブレーキペダル37の操作に関する要件を含めて判断するようにしたが、これは、主に自動変速機を搭載したAT車を念頭に入れたものである。一方、AT車でない場合、つまり、手動変速機を搭載したMT車である場合は、上記とは異なる要件を採用することができる。例えば、自動停止条件に関しては、アクセルOFFかつブレーキONという要件に代えて、手動変速機の変速段がニュートラルであり、かつクラッチペダルがリリースされていること、という要件を設定することができる。また、再始動条件に関しては、アクセルONまたはブレーキOFFという要件に代えて、クラッチペダルが踏み込まれていること、という要件を設定することができる。
また、本発明は、圧縮自己着火式のエンジンであれば、上記実施形態のようなディーゼルエンジン(軽油を自着火により燃焼させるエンジン)に限らず適用可能である。例えば、最近では、ガソリンを含む燃料を高圧縮比で圧縮して自着火させるタイプのエンジンが研究、開発されているが、このような圧縮自己着火式のガソリンエンジンに対しても、本発明にかかる自動停止・始動制御を好適に適用することができる。