この発明で対象とする車両は、エンジン(E/G)1と、トルクコンバータ2と、発進クラッチ3とを備えている。これを模式的に示せば図6のとおりであり、ここに示す例では、更に変速機(T/M))4を備え、その変速機4から終減速機5を介して左右の駆動輪6にトルクを出力するように構成されている。そのエンジン1は要は燃料を燃焼して動力を出力する内燃機関であり、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンあるいはガスエンジンなどであり、最も典型的な例は吸入空気量によって出力トルクが変化するガソリンエンジンである。また、このエンジン1には、図示しないがスタータモータが付設されており、燃料の供給を一旦止めて回転を停止させた後にスタータモータによってモータリングすることによりエンジン1を再始動させることができる。
トルクコンバータ2は従来知られているものと同様の構成のものであって、エンジン1によって回転させられるポンプインペラー7と、ポンプインペラー7によって生じさせられたオイルの螺旋流を受けて回転するタービン8と、これらポンプインペラー7とタービン8との間に、ワンウェイクラッチを介して所定の固定部(それぞれ図示せず)に取り付けられて配置されたステータ9とを備えている。したがって、コンバータ領域においてはトルクの増幅作用が生じるので、発進クラッチ3に対する入力トルクがトルクコンバータ2における速度比もしくはトルク比に応じて変化することになる。
発進クラッチ3は、エンジン1と変速機4との間でトルクを伝達し、またそのトルクの伝達を遮断する係合機構であって、伝達トルク容量を変化させることができるように構成され、その例は摩擦クラッチであり、油圧によって伝達トルク容量が制御される多板クラッチが一般的である。さらに、変速機4は、変速比がステップ的に変化する有段式の自動変速機、あるいは変速比が連続的に変化する無段変速機であり、前記発進クラッチ3はこの変速機4に組み込まれていてもよい。
この発明で対象とする車両は、上述したいわゆるパワートレーンを備えており、そのエンジン1を所定の実行条件の成立によって一時的に停止させ、また所定の復帰条件の成立によってエンジン1を再始動させるいわゆるストップ・アンド・スタート制御(S&S制御)を行うように構成されている。このS&S制御には、車両が停止していることによりエンジン1を停止させる停止S&S制御と、アクセルペダルを戻しかつブレーキペダルを踏み込んで停止に向けて減速している場合にエンジン1を自動停止させる減速S&S制御と、ある程度以上の車速で走行している際にアクセルペダルが戻されることによりエンジン1を自動停止させるフリーランS&S制御とがある。その実行条件と復帰条件とを説明すると、停止S&S制御は、車速が「0」でかつブレーキペダルが踏み込まれるブレーキ・オンで実行され、ブレーキペダルが戻されるブレーキ・オフで復帰し、エンジン1が始動させられる。減速S&S制御は、所定の車速以下の車速で走行している場合にアクセルペダルが戻されるアクセル・オフ、かつブレーキ・オンとなることにより実行され、ブレーキ・オフもしくはアクセルペダルが踏み込まれるアクセル・オンで復帰し、エンジン1が始動させられる。フリーランS&S制御は、所定の車速以上の車速で走行している状態でアクセル・オフで実行され、アクセル・オンで復帰し、エンジン1が始動させられる。
上述した例における発進クラッチ3の制御装置は、S&S制御でエンジン1を停止させる場合、エンジン1の停止に先立って発進クラッチ3を解放させて、エンジン1と変速機4との間、あるいはエンジン1と駆動輪6との間のトルク伝達を遮断する。また、一旦停止させたエンジン1を再始動する場合には、発進の遅れを防止もしくは抑制するために、エンジン1の始動と並行して、すなわちエンジン1の出力トルクの増大に合わせて、発進クラッチ3の伝達トルク容量を増大させる。発進クラッチ3をこのように係合させる際に実行される制御例を以下に説明する。
図2はS&S制御でエンジン1を再始動させることに伴って発進クラッチ3を係合させる制御の全体の流れを説明するためのフローチャートであり、ここに示す例では、発進クラッチ3を解放状態から完全に係合させるまでに三つのモードに分けて制御を行うように構成されており、したがって先ずはその制御モードの判定を行う。具体的に説明すると、ステップS1で発進クラッチ(以下、単にクラッチと記す場合がある。)3の制御中か否かが判断される。S&S制御で発進クラッチ3を解放させている場合、あるいはエンジン1の始動に伴って次第に係合させている場合などにおいては発進クラッチ3を制御していることになるのでステップS1で肯定的に判断され、またS&S制御が終了して発進クラッチ3が完全に係合させられている場合はクラッチ3の油圧は制御されず、またシフトポジションがパーキングやニュートラルになっている場合などでは発進クラッチ3に油圧が供給されないのでその制御は行われず、ステップS1で否定的に判断される。
ステップS1で否定的に判断された場合には特に制御を行うことなく図2のルーチンを一旦終了する。これに対してステップS1で肯定的に判断された場合には、エンジン1の再始動の判定があったか否かが判断される(ステップS2)。前述したように、S&S制御では所定の復帰条件が成立することにより、言い換えればエンジン1を停止させる条件が不成立になることにより、エンジン1を再始動させるので、ステップS2ではその再始動の判定の有無が判断される。ステップS2で肯定的に判断された場合、すなわちエンジン1を再始動する場合には、クラッチ3を係合させることになるので、クラッチ3の制御モードは定圧(もしくは低圧)待機モードに移行する(ステップS3)。この定圧待機とは、クラッチ3が油圧によって摩擦板を接触させることにより係合状態になる摩擦クラッチによって構成されている場合、解放状態では摩擦板同士の間に不可避的なクリアランスが存在する。そのクリアランスが「0」になってからクラッチ3が実質的な伝達トルク容量を持つようになる。すなわち、伝達トルク容量を制御できる状態になる。このようなクリアランスがほぼ「0」になるようにクラッチ3に油圧を供給して一定の低い油圧に維持する制御が定圧待機制御である。なお、このような定圧待機制御は、従来の有段式自動変速機で実行される制御と同様であってよい。
ついでエンジン1の完爆の判定があったか否かが判断される(ステップS4)。なお、エンジン1の再始動の判定が既に成立していてステップS2で否定的に判断された場合には、ステップS3をスキップして直ちにステップS4に進み、完爆判定の有無が判断される。ここで、完爆とは、エンジン1の各気筒での燃焼が行われてエンジン1が自立回転できる状態である。エンジン1の再始動はスタータモータによってモータリングし、かつ燃料の供給を再開して行われるが、完爆に到るまでにはエンジン1の出力軸であるクランク軸を所定角度あるいは所定回転数、回転させる必要があり、ステップS4ではそのような過渡的な状態を経て自立回転に達したか否かを判定する。具体的には、エンジン1の排気量や形式などに応じて予め定めた回転数に到ったか否かによって判定され、その回転数は一例として200rpm〜500rpm程度の回転数である。なお、エンジン1の再始動時には、ガソリンエンジンにおいては、理論空燃比より小さい空燃比のリッチ混合気が供給される。
エンジン1が完爆に到ると、エンジン回転数がアクセル開度もしくはスロットル開度に応じた回転数に向けて増大するので、それに合わせてクラッチ3を係合させ、かつその伝達トルク容量を増大させる。すなわち、係合モードに移行する(ステップS5)。この係合モードの制御については、後述する。
係合モードでは、クラッチ3の油圧が次第に高められて伝達トルク容量が増大するので、ステップS5に続けてクラッチ3の係合が完了したか否かが判断される(ステップS6)。なお、既に完爆の判定が成立してしまっている場合には上記のステップS4で否定的に判断され、その場合には、ステップS5をスキップして直ちにステップS6に進み、クラッチ3の係合の完了が判断される。ここで係合の完了とは、クラッチ3における入力側(駆動側)の部材と出力側(従動側)の部材との回転数差がなくなる状態であり、したがってステップS6の判断は、クラッチ3の入力側の回転数すなわちトルクコンバータ2におけるタービン回転数と変速機4の入力軸の回転数とを比較することにより行うことができる。
クラッチ3の係合が未だ完了していないことによりステップS6で否定的に判断された場合には、一旦、図2のルーチンを終了し、再度、ステップS1からの制御を実行する。これに対してステップS6で肯定的に判断された場合には、クラッチ3の制御モードは通常モードに移行する(ステップS7)。この通常モードとは、エンジン1の再始動が完了してエンジン1が安定的に自立回転して、エンジン1の吸入空気量あるいはスロットル開度などで表される負荷と出力トルクとが所定の関係に安定した状態での制御である。したがって、クラッチ3の伝達トルク容量もしくは油圧は、エンジン負荷と回転数とに基づいて求められるエンジン出力トルクやトルクコンバータ2での速度比(もしくはトルク比)に基づいて求められる容量もしくは油圧に制御される。この通常モードでの制御は従来知られている制御であり、前述した特許文献1などに記載されている制御であってよい。
つぎに、上述した制御におけるステップS5の制御の一例について説明する。図3は、上述した制御におけるステップS5の制御例を示すフローチャートであり、クラッチ3についての係合モードでの制御内容を示している。先ず、クラッチ3の制御モードが係合モードになっているか否かが判断される(ステップS51)。これは、例えば前述した図2におけるステップS5でフラグをオンに設定し、ステップS51ではそのフラグがオンになっているか否かを判断することとすればよい。
クラッチ3の制御モードが係合モードになっていないことによりステップS51で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなく図3のルーチンを一旦終了する。これとは反対に係合モードになっていることによりステップS51で肯定的に判断された場合には、パワーオン状態か否かが判断される(ステップS52)。パワーオン状態とは、エンジン1の動力で車両が走行する状態であるから、エンジン1のトルクがトルクコンバータ2を介してクラッチ3の入力側の部材に伝達され、さらにクラッチ3の係合状態に応じたトルクがクラッチ3の出力側の部材に伝達される。したがってエンジン1が完爆に到ってその回転数が増大し、それに伴ってトルクコンバータ2におけるタービン回転数NT が増大しても、係合モードの開始初期でクラッチ3の伝達トルク容量が未だ小さい状態では、クラッチ3の出力側の部材の回転数すなわち変速機4の入力軸の回転数NINがクラッチ3の滑りによりタービン回転数NT より低回転数になっている。パワーオン状態はこのような回転数の差によって判断することができるので、ステップS52では、タービン回転数NT が変速機4の入力軸の回転数(以下、入力回転数と記すことがある。)NINに所定回転数αを加えた回転数より高回転数か否かが判断される。この所定回転数αは、要は、タービン回転数NT が入力回転数NINを超えたことを判断するためのしきい値であり、設計上決めた適宜な値であってよい。
減速S&S制御やフリーランS&S制御では、車両が走行している状態でクラッチ3が解放させられてエンジン1が停止されられるので、S&S制御からの復帰時にはタービン8が慣性力あるいはクラッチ3の引き摺りにより回転しており、その回転数NT がエンジン回転数NE より高回転数になっている。したがって係合モードの開始初期では、タービン8は駆動輪6側から入力されるトルクによって回転させられ、入力回転数NINより低回転数になっている。これはパワーオフ状態であり、したがってステップS52で否定的に判断され、その結果、クラッチ3の油圧制御としてはパワーオフ時の制御が実施される(ステップS53)。このパワーオフ時の油圧制御は、予め定めたスケジュールでクラッチ油圧を増大させる制御であり、具体的にはクラッチ油圧を一時的に増大させるいわゆるファーストフィルを実行する。これは、クラッチ3におけるクリアランスをなくすいわゆるパック詰めのための制御であり、その油圧および継続時間は予め定めておくことができる。そのファーストフィルの後、クラッチ油圧を所定の勾配もしくは変化率で増大させる。その勾配あるいは変化率は、ショックが生じないように、また滑り状態が過度にならずかつ継続しないように設計上定めることができる。
一方、エンジン1の完爆の後、その回転数の上昇に伴ってタービン回転数NT が上昇すると、エンジン1が出力するトルクによってクラッチ3や変速機4が駆動されるパワーオン状態になり、ステップS52で肯定的に判断される。この場合、ステップS54に進んでクラッチ3の油圧制御としてはパワーオン時の制御が実施される(ステップS54)。このパワーオン時の油圧制御の一例を図1にフローチャートで示してある。
この油圧制御(以下、第1の制御例と記す。)では、先ず、エンジン回転数NE の変化量(あるいは変化率)ΔNE と、タービン回転数NT の変化量(あるいは変化率)ΔNT とが求められる(ステップS541)。これは、それぞれの回転数NE ,NT を所定の短時間毎に繰り返し検出し、今回の検出値と前回の検出値との差を算出し、あるいはその算出値を前回の検出と今回の検出との間の経過時間で除算すればよい。各回転数NE ,NT は時々刻々変化しているのに対して回転数などの算出には時間が掛かるので、その時間の間における回転数の変化を考慮して推定回転数NE',NT'が算出される(ステップS542)。これは、
NE'=NE +K1 ×ΔNE
NT'=NT +K2 ×ΔNT
の式で算出することができる。ここで、K1 およびK2 は算出遅れ係数であって使用する演算器やプログラムなどに応じて決まり、したがって実験やシミュレーションなどによって予め求めておくことができる。
ついで、これらの値NE',NT'を使用してトルクコンバータ(T/C)2の速度比E(=NT'/NE')が求められる(ステップS543)。トルクコンバータ2の特性を表す容量係数Cやトルク比tは、速度比Eに応じた値となるから、ステップS543で算出された速度比Eを引数にしてマップから容量係数Cおよびトルク比tが求められる(ステップS544)。
さらに、今回実行するクラッチ3の係合制御が、エンジン1の再始動時の係合制御か否かが判断される(ステップS545)。すなわち、S&S制御が実行された場合、クラッチ3を解放したものの、エンジン1が停止する前に復帰条件が成立し、あるいは実行条件が成立しなくなった場合には、エンジン1を駆動したままの状態でクラッチ3の係合制御が開始されることがある。また、S&S制御によってエンジン1が停止させられ、その後に復帰条件が成立してエンジン1を再始動するとともにクラッチ3を係合制御することもある。そこで、ステップS545では、これらのいずれの場合のクラッチ3の係合制御であるかを判断することとしている。
クラッチ3の伝達トルク容量もしくは係合油圧は、クラッチ3に掛かるトルクに応じたものとすることによりショックや制御遅れなどを回避もしくは低減できるから、クラッチ3に掛かるトルクを発生しているエンジン1の出力トルクを求める必要がある。そこで、ステップS545で肯定的に判断された場合、すなわちエンジン1の再始動時の係合制御である場合には、トルクコンバータ2の特性を利用してエンジントルクTe が算出(推定)される(ステップS546)。すなわち、トルクコンバータ3の容量係数Cとエンジン回転数NE の自乗とを乗算してエンジントルクTe が算出される。
Te =C×NE 2
一方、クラッチ3の係合制御がエンジン1の再始動時の制御ではないことによりステップS545で否定的に判断された場合には、吸入空気量Klとエンジン回転数NE とを引数として、予め用意されているマップからエンジントルクTe が算出(推定)される(ステップS547)。ガソリンエンジンではこれら吸入空気量Klとエンジン回転数NE とエンジントルクTe との間には、エンジン1の排気量や形式などに応じた所定の相関関係があり、その関係を予め実験などによって求めてマップとしておくことができるので、ステップS547ではそのマップを利用してエンジントルクTe を算出もしくは推定することができる。
こうしてエンジントルクTe を算出もしくは推定した後にトルクコンバータ2におけるタービン8のトルク(タービントルク)Tt が求められる(ステップS548)。すなわち、先ず、エンジントルクTe とステップS544で求められたトルク比tとに基づいて下記の演算が行われる。
Ttb=t×Te
その演算値Ttbに一次遅れ処理などの遅れ補正を施してタービントルクTt が求められる。
ついで、クラッチ3の入力側の回転数と出力側の回転数との差が増大する吹き上がり側か否かが判断される(ステップS549)。この判定は、例えばクラッチ油圧の制御モードが係合モードになった後のタービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差分の最小値NTminと現在のタービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差分との差によって判断することができる。具体的には、現在のタービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差分と検出されたそれら回転数の差分の最小値NTminとの差が予め定めた所定値より大きい場合(((NT −NIN)−(NT −NIN)min)>所定値の場合)、吹き上がり側であるとの判定を行う。また、例えばクラッチ油圧の制御モードが係合モードになった後のタービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差分の最大値NTmaxと現在のタービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差分との差が予め定めた他の所定値より大きい場合(((NT −NIN)max−(NT −NIN))>所定値の場合)、引き下げの判定を行う。
クラッチ油圧の制御が進行していることによりタービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差分が低下傾向になっているとステップS549で否定的に判断される。その場合は、増大しつつある入力回転数NINにタービン回転数NT を一致させるためにタービン回転数NT を変化させる目標変化量ΔNTtgt が、予め用意されたマップから、スロットル開度などの駆動力要求や車速を引数として求められる(ステップS550)。この目標変化量ΔNTtgtは、クラッチ3が完全に係合してタービン回転数NT が入力回転数NINに一致するまでの過程におけるタービン回転数NT の目標値を定めたものであり、ショックや制御の遅れなどを考慮して予めマップとして定めておくことができる。そのマップは、エンジン負荷(例えばスロットル開度)と車速などとを引数としてタービン回転数NT の目標変化量ΔNTtgtを定めたマップとすることができる。なお、パワーオン時は、クラッチ3の油圧が未だ低い状態でエンジン1からトルクがクラッチ3に伝達されるので、タービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差分が増大傾向にあり、したがってクラッチ油圧の制御開始初期にはステップS549で肯定的に判断される。その場合は、スロットル開度や車速を引数として、予め用意したマップから目標速度比Et が求められ(ステップS551)、またその目標速度比Et と上記のステップS542で求められたエンジン回転数NE の推定値NE'とから目標タービン回転数NTtgt(=Et ×NE')が算出され(ステップS552)、さらにその目標タービン回転数NTtgtと前述したステップS542で求められたタービン回転数NT'とからタービン回転数についての目標変化量ΔNTtgt(=NTtgt−NT')が求められる(ステップS553)。
このようにしてステップS550あるいはステップS553で算出された目標変化量ΔNTtgtは慣性トルクを生じさせる要因であるから、これを利用して目標クラッチトルクTclが算出される(ステップS554)。その演算は、
Tcl=Tt −I×ΔNTtgt
の演算式によって求めることができる。なお、上式におけるIはクラッチ3よりエンジン1側の回転部材の慣性モーメントである。
こうしてクラッチ3にトルクコンバータ2側から入力されるトルクTclが求められ、その入力トルクTclに適する目標油圧Pclが演算される。先ず、クラッチ3の目標油圧ベース値Pclb が算出される(ステップS555)。クラッチ3は前述したように摩擦クラッチによって構成されているから、上記の入力トルクTclに相当する目標油圧ベース値Pclb は、クラッチ3における摩擦材の面の数Kclと、摩擦係数μと、摩擦材の有効半径Rclと、クラッチ3に備えられているリターンスプリングによる荷重(弾性力)Fspと、クラッチ3における油圧アクチュエータを構成しているピストンの受圧面積Aclとに基づいて演算することができる。その演算式は下記のとおりである。
Pclb ={(Tcl/Kcl/μ/Rcl)+Fsp}/Acl
そして、この目標油圧ベース値Pclb に基づいて目標油圧Pclが算出される(ステップS556)。このステップS550での処理は、要は、スロットル開度やクラッチ3における入力側と出力側との速度の比率(速度比)などに応じて補正する処理であり、油圧や駆動力あるいは前後加速度の変化を緩和する場合には、目標油圧ベース値Pclb に所定の補正係数βを掛けて油圧目標値Pclを求める。
Pcl=Pclb ×β
また、目標油圧Pclを油圧目標ベース値Pclb に対して幾分高くする場合には、補正係数βを加算してもよい。
Pcl=Pclb +β
なお、補正係数βは、クラッチ3の係合終期におけるショックあるいは加速度の大きな変化を抑制したり、係合の遅れが生じないように、実験やシミュレーションなどによって、スロットル開度やクラッチ3における速度比などに応じて予め定めておくことができる。より具体的には、スロットル開度やクラッチ3の速度比が大きい場合に、小さい場合に比較して目標油圧が低くなるように補正する係数である。
この発明に係る制御装置による上記の制御を行った場合の各回転数やタービントルクTt あるいはクラッチ3についての目標油圧Pclなどの変化を図4に示してある。S&S制御によって停止していたエンジン1を再始動する判定が成立すると(t1 時点)、エンジン1がスタータモータによって回転させられてその回転数が増大する。また、クラッチ3についての制御モードが再始動時の定圧待機モードに設定され、したがってクラッチ3についての目標油圧Pclがいわゆるファーストフィルのために一時的に増大させられ、かつそのファーストフィルに続けて低い圧力に維持される。ここに示す例は、ある程度の車速で走行している際のS&S制御に伴うエンジン1の再始動の例であり、したがって入力回転数NINは駆動輪6側から入力されるトルクによって回転させられて所定の低回転数になっている。また、クラッチ3の引き摺りなどによってタービン回転数NTは、入力回転数NINより低い所定の回転数になっている。すなわち、パワーオフ状態になっている。
エンジン1のモータリングが継続され、その状態で燃料の供給(あるいは燃料の噴射)が開始されることにより、エンジン1で燃焼が開始され、その回転数が増大し始める。こうしてエンジン回転数NE が完爆判定のためのしきい値を超えると完爆の判定が成立する(t2 時点)。したがって、このt2時点にクラッチ3の油圧についての制御モードが係合モードに切り替えられる。
タービン8の回転数はトルクコンバータ3での滑りのために、エンジン回転数NE の増大に対して遅れて増大するので、完爆の判定のt2 時点およびその後のしばらくの間は、タービン回転数NT は入力回転数NINより低回転数になっている。したがって、このt2 時点では、前述した図3に示すステップS52で否定的な判断が成立し、パワーオフ時の制御が実行される。すなわち、先ず、ファーストフィルのために一時的に目標油圧Pclが増大させられ、その後、低い一定の圧力に維持され、さらにその低い一定圧力から次第に増大させられる。
このパワーオフ時の油圧制御を行っている状態でタービン回転数NT が次第に増大し、これに対して入力回転数NINは車速や変速機4での変速比に応じた回転数に維持されているので、完爆後の比較的短い時間でタービン回転数NT が入力回転数NINを上回るようになる。そして、その回転数差が前述した所定回転数αを超えるとパワーオンの判定が成立し(t3 時点)、前述した図1を参照して説明したパワーオン時の油圧制御が実行される。すなわち、タービントルクTt がトルクコンバータ2の容量係数Cやトルク比tなどに基づいて推定(もしくは算出)される。その演算は、上述した図1を参照して説明したとおりである。したがってタービントルクTt あるいはその推定値は、t2 時点から次第に増大する。
また、タービントルクTt あるいはその推定値が増大することに伴って、タービン回転数NT が増大し始める。その際に、タービン回転数NT が上昇傾向にあるため、図1に示すステップS549の判断が肯定的に判断され、タービン回転数の目標値NTtgtがステップS552で算出された回転数となり、その目標タービン回転数NTtgtと算出遅れを考慮したタービン回転数NT'との偏差に基づいてクラッチ3の目標油圧Pclが設定される。それに伴いクラッチ3の実油圧および伝達トルク容量が次第に増大する。
このようにして制御されるクラッチ3の油圧が増大して、そのクラッチ3の伝達トルク容量が増大するので、エンジン1に対しての負荷トルクが増大し、その結果、エンジン回転数NE が低下し始める。そのため、エンジン回転数NT に基づいて算出される目標タービン回転数NTtgtが低下し始める。その時点を図4にはt4 時点として記載してあり、目標タービン回転数NTtgtが低下することに基づいてタービン回転数NT が低下し始めるので、図1に示すステップS549における判断で否定的に判断されて、タービン回転数NT の目標変化量(もしくは変化率)ΔNTtgtが、マップから読み込まれる。そのタービン回転数NT の目標変化量(もしくは変化率)ΔNTtgtは、増大しつつある入力回転数NINにタービン回転数NT を一致させるように設定されたものである。
クラッチ3の油圧および伝達トルク容量が次第に増大させられてタービン回転数NT と入力回転数NINとの差が次第に減少し、ついにはこれらの回転数NT ,NINが一致すると、クラッチ3の係合終了の判定が成立する(t5 時点)。その場合、上記のステップS556での制御で説明したように、クラッチ3についての目標油圧Pclを補正係数βによって減少補正することにより、駆動力あるいは加速度の変化が滑らかになってショックを防止もしくは抑制することができる。そして、その後はクラッチ3の油圧についての制御モードが通常モードに切り替えられる。なお、エンジン回転数NE は、その後に、入力回転数NINとの間にトルクコンバータ2での速度比Eに応じた偏差をもった回転数になる。
したがって、上述した第1の制御例によれば、エンジン1を再始動する場合、発進クラッチ3が係合し終わるまでの間、トルクコンバータ2の容量係数Cやトルク比tなどに基づいて求められたエンジントルクTe を使用して目標油圧Pclおよびそれに伴うクラッチ油圧が制御されるので、タービン回転数NT やエンジン回転数NE が滑らかに変化し、その結果、駆動トルクが急激に変化したり、それに伴ってショックが発生したりすることを防止もしくは抑制することができる。また、クラッチ3を単に滑らせているのではなく、タービン回転数NT を入力回転数NINに一致させるように、エンジントルクTe に応じてクラッチ油圧を制御し、その過程で滑りが生じるのであって、タービン回転数NT についての目標値NTtgtを適宜に設定することにより滑りの期間を可及的に短くすることができ、その結果、制御の遅れやクラッチ3の耐久性の低下を有効に防止あるいは抑制することができる。なお、図4にはこの発明に係る上記の制御を行わない場合のタービントルクすなわち吸入空気量などのエンジン負荷に基づいて求められたタービントルクを破線で示してある。エンジンの再始動時に、エンジン負荷やトルクコンバータでの速度比などに基づいてタービントルクを求めると、確実にエンジンを始動するために吸入空気量が多くなっていたり、速度比が大きいなどのことにより、タービントルクの推定値は実際のトルクより大きくなってしまう。そのため、その推定値に基づいてクラッチ油圧を制御すると、クラッチ油圧が高くなってしまい、クラッチが急激に係合してショックが生じる可能性がある。一方、上述した制御例によれば、このようなショックを確実に防止することができる。
さらに、この発明における制御装置によれば、目標タービン回転数NTtgtをエンジン回転数NE もしくはその推定値NE'に基づいて算出するから、前述した引き下げ判定の前後での目標タービン回転数NTtgtの変化が滑らかになる。そのため、目標タービン回転数に基づいて算出される目標変化量ΔNTtgtが滑らかに変化し、その結果、その目標変化量ΔNTtgtに基づいて算出されるイナーシャトルクが滑らかに変化する。したがって、イナーシャトルクに基づいて算出されるクラッチ油圧が滑らかに変化するので、係合モードでのクラッチ油圧の変化に段差が生じる可能性がなく、駆動トルクがステップ的に変化したり、それに伴ってショックが生じることを未然に防止することができる。
上述した第1の制御例によれば、センサなどによって検出されたタービン回転数NT と入力軸回転数NINとから、クラッチ3の入力側の回転数と出力側の回転数との差が増大する吹き上がり側か否かが判断される。そのため、車両が振動するなどしてタービン回転数NT や入力軸回転数NINの検出値が変動したり、クラッチ3の係合圧が何らかの要因で増減したりすることによって、上述した第1の制御例におけるステップS549で誤判定してしまう可能性がある。その場合には、クラッチ3の係合圧を算出するために採用される目標変化量ΔNTtgtが異なってしまい、クラッチ3の係合圧が急激に増減してショックが発生してしまう可能性がある。したがって、クラッチ3の入力側の回転数と出力側の回転数との差が増大する吹き上がり側か否かを判断するときに誤判定してしまうことを抑制もしくは防止することが好ましい。その制御の一例を以下に説明する。
図5は、吹き上がり側か否かを判断するときに誤判定してしまうことを抑制もしくは防止することができる第2の制御例を説明するためのフローチャートである。なお、図1に示すフローチャートと同一のステップには、同一の符号を付して説明を省略する。第1の制御例においては、推定タービントルクTt を算出(ステップS548)した後に、吹き上がり側か否かを判断するように構成されていたが、第2の制御例においては、推定タービントルクTt を算出(ステップS548)した後に、タービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差分が増大傾向である吹き上がり側の場合におけるタービン回転数NT の目標変化量ΔNTtgtと、タービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差分が低下傾向である引き下げ側の場合におけるタービン回転数NT の目標変化量ΔNTtgtとのそれぞれを算出する。具体的には、まず、引き下げ側の場合における目標変化量ΔNTtgtを算出する(ステップS560)。このステップS560は、第1の制御例におけるステップS550と同様に、予め用意されたマップから、スロットル開度などの駆動力要求や車速を引数として目標変化量ΔNTtgtが求められる。
ついで、第1の制御例におけるステップS551ないしステップS553と同様に、吹き上がり側の場合における目標変化量ΔNTtgtを、ステップS561ないしステップS563で算出する。なお、第1の制御例におけるステップS551では、スロットル開度や車速を引数として、予め用意したマップから目標速度比Et を求めていたが、第2の制御例では、エンジン回転数NE やタービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差回転数(NT −NIN)を引数として、予め用意したマップから目標速度比Et を求める(ステップS561)。具体的には、エンジン回転数NE が大きいほどタービン回転数NT が増大しにくく、かつタービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差回転数(NT −NIN)が大きいほどタービン回転数NT が吹き上がり易く設定されたマップから目標速度比Et を求める。すなわち、そのマップは、吹き上がり側の時点でエンジン回転数NE とタービン回転数NT とが早期に増大し易くなるように目標速度比Et が設定されている。
そして、吹き上がり側の場合および引き下げ側の場合のそれぞれにおける目標変化量ΔNTtgtを算出した後に、吹き上がり側か否かを判断する(ステップS564)。具体的には、タービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差分の最大値NTmaxと現在のタービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差分との差が予め定めた所定値より大きく(((NT −NIN)max −(NT −NIN))>所定値)、かつステップS562で算出された目標タービン回転数NTtgtの変化量(変化率)と、引き下げ側の場合におけるタービン回転数NT の目標変化量ΔNTtgt、すなわちステップS560で求められた目標変化量ΔNTtgtとの差の絶対値が所定値以内あるいは所定値未満の場合に、引き下げ側と判断する。また、現在のタービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差分の回転数と、今まで検出されたそれら回転数の差分の最小値NTminとの差が予め定めた所定値より大きく(((NT −NIN)−(NT −NIN)min >所定値)、かつ入力トルクが増大している場合には、吹き上がり側と判断する。すなわち、吹き上がり側と引き下げ側との判断の条件を異ならせている。なお、吹き上がり側か否かを判断するときに入力トルクが増大しているか否かを判断するのは、要は運転者によってエンジン1から動力を出力することが要求されているか否かを判断することができればよく、したがって、スロットル開度やそのスロットル開度の変化量(変化率)が増大する方向か否かを判断してもよい。
ステップS564で否定的に判断された場合、すなわちタービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差分が低下傾向である引き下げ側と判断された場合には、ステップS560で求められた目標変化量ΔNTtgtを、第1の制御例のステップS554における目標クラッチトルクTclを算出するための目標変化量ΔNTtgtとする(ステップS565)。それとは反対にステップS564で肯定的に判断された場合、すなわちタービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差分が増加傾向である吹き上がり側と判断された場合には、ステップS563で求められた目標変化量ΔNTtgtを、第1の制御例のステップS554における目標クラッチトルクTclを算出するための目標変化量ΔNTtgtとする(ステップS566)。
上述したように吹き上がり側か引き下げ側かを判断して、ステップS554で使用する目標変化量ΔNTtgtを選択した後は、第1の制御例におけるステップS554ないしステップS556と同様にクラッチ目標油圧Pclを算出する。
第2の制御例では、吹き上がり側か否かが、センサなどによって実際に検出されたタービン回転数NT と入力軸回転数NINとに限らず、目標変化量ΔNTtgtと目標タービン回転数NTtgtとに基づいて、あるいはスロットル入力トルクやスロットル開度に基づいて判断される。すなわち、タービン回転数以外の値に基づいて吹き上がり側か否かが判断される。したがって、目標変化量ΔNTtgtとタービンの目標回転数NTtgtは、検出誤差やクラッチ3の係合圧の変動などの影響を受けにくいため、センサなどにより検出された信号のバラツキや、クラッチの係合圧の変動などによって吹き上がり側か否かを誤判定してしまうことを抑制もしくは防止することができる。また、引き下げ側であることを、目標タービン回転数NTtgtの変化量(変化率)と、引き下げ側である場合における目標変化量ΔNTtgtとの差の絶対値が所定値未満であることを条件として判断する。すなわち、吹き上がり側である場合における目標タービン回転数NTtgtの変化率と、引き下げ側である場合におけるタービン回転数NT の目標変化量ΔNTtgtとの偏差が小さいことを条件として引き下げ側と判断される。そのため、目標タービン回転数NTtgtの変化量と目標変化量ΔNTtgtとの偏差が大きいときには、引き下げ側に移行することがなく、その結果、吹き上がり側から引き下げ側に移行する時におけるタービン回転数NT の目標変化量ΔNTtgtが大きく変化してしまうこと、言い換えると、クラッチ3の係合圧が大きく変化することを抑制もしくは防止することができる。そのため、吹き上がり側から引き下げ側に移行するときに、運転者が違和感を感じてしまうことを抑制もしくは防止することができる。さらに、入力トルクやスロットル開度が増大する方向に変化していることを条件として吹き上がり側であることを判断する。そのため、タービン回転数NT の検出誤差やクラッチ3の係合圧の変動などの影響を受けて、吹き上がり側に移行してしまうことを抑制もしくは防止することができる。
また、第2の制御例では、エンジン回転数NE やタービン回転数NT と入力軸回転数NINとの差回転数(NT −NIN)を引数として、予め用意したマップから目標速度比Et を求めるため、タービン回転数NT やエンジン回転数NE が過剰に吹き上げてしまうことを抑制もしくは防止することができる。具体的には、エンジン1の始動ショックが発生しやすい比較的低回転数時には、エンジン回転数NE やタービン回転数NT が吹き上がり易くし、その後、早期にクラッチ3が係合するように設定したマップを用意することによって、エンジン回転数NE およびタービン回転数NT を急激に増大させることができるとともに、それら回転数が過剰に吹き上がってしまうことを抑制もしくは防止することができる。そのため、タービン回転数NT が過剰に吹き上がってしまうことによりクラッチ3の耐久性が低下するなどの事態を抑制もしくは防止することができ、またエンジン回転数NE が過剰に増大し運転者が違和感を感じるなどの事態を抑制もしくは防止することができる。
なお、この発明は上述した具体例に限定されないのであって、発進クラッチは油圧によって伝達トルク容量が変化させられるクラッチ以外に、電気的に伝達トルク容量が制御されるクラッチであってもよく、その場合、上記の油圧に替えて電流もしくは伝達トルク容量が制御の対象となる。