しかし特許文献1に開示された技術では遺伝子発現量を指標とするので、検査試料から核酸を抽出する必要がある。例えば、血液を検査試料とする場合には核酸原となる白血球等を単離する必要があり操作が煩雑である。また特許文献2に開示された技術では糖鎖を指標とするが、糖鎖構造の解析はタンパク質や核酸の解析ほど容易ではない。さらに、従来技術におけるマーカーの糖尿病性腎症の発症リスクマーカーや予防マーカーとしての有用性については必ずしも明確でなく、更なる検討が必要と考えられる。このような背景の下、糖尿病性腎症の発症リスクを反映できる新規のバイオマーカーが求められている。
本発明の目的は、糖尿病性腎症の将来の発症リスクを反映する新たなバイオマーカーを特定し、当該バイオマーカーを利用した一連の技術を提供することにある。
本発明者らは、糖尿病性腎症を発症するモデル動物の体液を質量分析計によるプロテオーム解析により網羅的に解析し、糖尿病性腎症の発症リスクを反映するマーカー物質を検索した。その結果、発症リスクマーカーとなり得る複数のタンパク質を見出した。そして、当該マーカー物質を指標とした糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果の評価・スクリーニング技術、並びに、当該マーカー物質を指標とした糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出する技術等を確立し、本発明を完成した。本発明の要旨は以下の通りである。
本発明に関連する発明の1つの様相は、糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物に被験物質を摂取させ、該動物の体液中における下記マーカー物質(A1)〜(A8)の少なくとも1つの濃度を基準値と比較し、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を評価することを特徴とする物質の評価方法である。
(A1)pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約2340のイオンピークを生じるタンパク質、
(A2)pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約2780のイオンピークを生じるタンパク質、
(A3)pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約3340のイオンピークを生じるタンパク質、
(A4)pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約5820のイオンピークを生じるタンパク質、
(A5)pH9.0で強陰イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約7930のイオンピークを生じるタンパク質、
(A6)pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約9070のイオンピークを生じるタンパク質、
(A7)pH9.0で強陰イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約9310のイオンピークを生じるタンパク質、
(A8)pH9.0で強陰イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約13700のイオンピークを生じるタンパク質。
本様相の物質の評価方法は、糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物に被験物質を摂取させ、該動物の体液中における上記(A1)〜(A8)の8種のマーカー物質の少なくとも1つの濃度を基準値と比較し、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を評価するものである。上記マーカー物質(A1)〜(A8)は、いずれも糖尿病性腎症の発症直前段階にある動物の体液中で特異的に検出されるタンパク質であり、糖尿病性腎症の予防マーカー・発症リスクマーカーとして有用なものである。本様相の物質の評価方法によれば、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を、容易かつ高精度に評価することができる。また本様相の物質の評価方法では体液を測定対象とするので、マーカー物質の濃度測定が容易に行える。さらにタンパク質をマーカーとするので、確立された種々のタンパク質解析技術を適用することができる。なお本様相における「動物」には、マウス等の飼育可能な動物の他、ヒトも含むものとする。
ここで、各マーカー物質における質量/電荷比(以下、「m/z」と略記することもある。)の「約2340」、「約7930」、「約13700」等の値は、質量分析における測定値の誤差範囲を考慮した値であり、概ね±0.2%の幅を有する。すなわち、約2340は概ね2340±0.2%、約7930は概ね7930±0.2%、約13700は概ね13700±0.2%を表す。他の質量/電荷比についても全く同様に、概ね±0.2%の幅を有する。また、これらのマーカー物質はいずれも主に血液中に存在するタンパク質である。被験物質が糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有する場合、動物の体液中のマーカー物質(A1)、(A5)、及び(A8)の濃度はより低値を示し、(A2)、(A3)、(A4)、(A6)、及び(A7)の濃度はより高値を示す。
好ましくは、下記(1)〜(4)の少なくとも1つを満たす。
(1)マーカー物質(A5)はアポリポタンパク質A2又はその修飾体である、
(2)マーカー物質(A6)は補体C3又はその修飾体である、
(3)マーカー物質(A7)はプロ−アポリポタンパク質A2又はその修飾体である、
(4)マーカー物質(A8)はトランスサイレチン又はその修飾体である。
アポリポタンパク質A2、補体C3、プロ−アポリポタンパク質A2、トランスサイレチンはいずれも物理化学的性質がよく知られているので、この好ましい様相の物質の評価方法によればマーカー物質(A5)〜(A8)の解析が容易である。
「タンパク質の修飾体」の代表例は、当該タンパク質を構成するアミノ酸残基の少なくとも1つが修飾されたタンパク質である。「修飾」には化合物や官能基の付加(例:リン酸化)のみならず、脱落(例:脱リン酸化)も含まれる。また「タンパク質又はその修飾体」には、当該タンパク質のアイソフォームが含まれる。さらに「タンパク質又はその修飾体」には、当該タンパク質の1次構造において数個のアミノ酸残基が欠失、置換若しくは付加されたような実質的に同一のタンパク質が含まれる。またさらに、「タンパク質又はその修飾体」には、プロテアーゼによる切断を受けた当該タンパク質由来のタンパク質断片が含まれる。なお、複合体タンパク質の場合には「タンパク質又はその修飾体」にはそのサブユニットも含まれるものとする。
同様の課題を解決するための本発明に関連する発明の他の様相は、糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物に被験物質を摂取させ、該動物の体液中における下記マーカー物質(B1)〜(B4)の少なくとも1つの濃度を基準値と比較し、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を評価することを特徴とする物質の評価方法である。
(B1)アポリポタンパク質A2又はその修飾体、
(B2)補体C3又はその修飾体、
(B3)プロ−アポリポタンパク質A2又はその修飾体、
(B4)トランスサイレチン又はその修飾体。
本様相の物質の評価方法は、糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物に被験物質を摂取させ、該動物の体液中における上記(B1)〜(B4)の4種のマーカー物質の少なくとも1つの濃度を基準値と比較し、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を評価するものである。上記マーカー物質(B1)〜(B4)は、いずれも糖尿病性腎症の発症直前段階にある動物の体液中で特異的に検出されるタンパク質であり、糖尿病性腎症の予防マーカー・発症リスクマーカーとして有用なものである。本様相の物質の評価方法によれば、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を、容易かつ高精度に評価することができる。また本発明の物質の評価方法では体液を測定対象とするので、マーカー物質の濃度測定が容易に行える。さらにタンパク質をマーカーとするので、確立された種々のタンパク質解析技術を適用することができる。特に、アポリポタンパク質A2、補体C3、プロ−アポリポタンパク質A2、トランスサイレチンはいずれも物理化学的性質がよく知られているので、解析が容易である。なお本様相においても「動物」にはマウス等の飼育可能な動物の他、ヒトも含むものとする。
マーカー物質(B1)〜(B4)はいずれも主に血液中に存在する。被験物質が糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有する場合、動物の体液中のマーカー物質(B1)及び(B4)の濃度はより低値を示し、(B2)、及び(B3)の濃度はより高値を示す。
本様相においても「タンパク質の修飾体」の代表例は、当該タンパク質を構成するアミノ酸残基の少なくとも1つが修飾されたタンパク質であり、「修飾」には化合物や官能基の付加のみならず、脱落も含まれる。また「タンパク質又はその修飾体」には、当該タンパク質のアイソフォーム、当該タンパク質の1次構造において数個のアミノ酸残基が欠失、置換若しくは付加されたような実質的に同一のタンパク質、並びに、プロテアーゼによる切断を受けた当該タンパク質由来のタンパク質断片が含まれる。さらに、複合体タンパク質の場合には「タンパク質又はその修飾体」にはそのサブユニットも含まれるものとする。
本発明の1つの様相は、糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物に被験物質を摂取させ、該動物の体液中における下記マーカー物質の濃度を基準値と比較し、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を評価することを特徴とする物質の評価方法である。
(マーカー物質)
pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、質量分析に供すると質量/電荷比が約9070のイオンピークを生じ、かつ配列番号6〜13で表される少なくとも1つのアミノ酸配列を含むタンパク質。
本発明の他の様相は、糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物に被験物質を摂取させ、該動物の体液中における下記マーカー物質の濃度を基準値と比較し、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を評価することを特徴とする物質の評価方法である。
(マーカー物質)
pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、質量分析に供すると質量/電荷比が約9070のイオンピークを生じ、かつ補体C3又はその修飾体であるタンパク質。
本発明の他の様相は、糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物に被験物質を摂取させ、該動物の体液中における下記マーカー物質の濃度を基準値と比較し、かつ前記濃度がより高値を示すことを指標とし、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を評価することを特徴とする物質の評価方法である。
(マーカー物質)
補体C3又はその修飾体。
好ましくは、前記基準値は、糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物に、糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有さない既知物質を摂取させた際の、該動物の体液中における前記マーカー物質の濃度である。
この好ましい様相によれば、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を、より容易かつ高精度に評価することができる。
好ましくは、前記糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物は、自然発症モデル動物又は遺伝子操作モデル動物である。
この好ましい様相の物質の評価方法では、糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物として、自然発症モデル動物又は遺伝子操作モデル動物を用いる。この好ましい様相によれば、動物の飼育が容易となり、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を、きわめて容易に評価することができる。なお当該動物の例としては、2型糖尿病発症型モデルマウス(db/dbマウス等)が挙げられる。
好ましくは、前記体液は、血液である。
この好ましい様相によれば、測定試料となる体液を簡単に採取でき、より簡便かつ迅速に、被検物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を評価することができる。
好ましくは、前記被験物質は、食品素材である。
この好ましい様相によれば、機能性食品の開発を目的として、糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を評価することができる。
好ましくは、前記体液又は体液成分を、前記マーカー物質に対する親和性を有する物質を固定化した担体に接触させて、体液中の前記マーカー物質を担体上に捕捉し、捕捉された前記マーカー物質の量に基づいて体液中の前記マーカー物質の濃度を算出する。
この好ましい様相の物質の評価方法においては、マーカー物質に対する親和性を有する物質を固定化した担体を使用する。そして、該担体に体液又は体液成分を接触させて、体液又は体液成分に含まれるマーカー物質を、マーカー物質に対する親和性を有する物質を介して担体上に捕捉し、捕捉されたマーカー物質の量に基づいて体液中のマーカー物質の濃度を算出する。本様相の物質の評価方法によれば、担体上に捕捉されたマーカー物質を測定対象とするので、測定試料中に含まれる夾雑物質の影響を低減させることができ、より高感度かつ高精度でマーカー物質の濃度を測定することができる。なお、体液成分の例としては、体液が血液である場合の血清又は血漿が挙げられる。
好ましくは、前記担体は平面部分を有し、前記マーカー物質に対する親和性を有する物質は、該平面部分の一部に固定化されている。
この好ましい様相の物質の評価方法では、平面部分を有する担体を用い、マーカー物質に対する親和性を有する物質は該平面部分の一部に固定化されている。かかる構成により、マーカー物質に対する親和性を有する物質を、担体上の複数箇所にスポット的に固定化することができる。その結果、1個の担体で複数の測定試料を同時処理することや、1個の担体で複数のマーカー物質の濃度を同時測定することが可能となり、作業効率がよい。さらに、各スポットの面積を小さくすることにより、微量の測定試料からでもマーカー物質の濃度を測定することができる。なお、平面部分を有する担体の例としては、チップ等の基板が挙げられる。
好ましくは、前記マーカー物質に対する親和性を有する物質は、イオン交換体又は抗体である。
この好ましい様相の物質の評価方法においては、マーカー物質に対する親和性を有する物質としてイオン交換体又は抗体を用い、イオン交換体又は抗体を介して測定試料中のマーカー物質を担体上に捕捉する。当該物質がイオン交換体の場合は各種のものが入手容易であり、マーカー物質を捕捉するための担体を容易に調製することができる。また、当該物質が抗体の場合は、より特異的にマーカー物質を捕捉することができる。捕捉されたマーカー物質の量を測定する方法としては、質量分析、イムノアッセイ(抗体の場合)が挙げられる。
本発明に関連する発明のさらに他の様相は、上記の物質の評価方法によって被験物質を評価し、糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有する物質をスクリーニングすることを特徴とする物質のスクリーニング方法である。
本様相は物質のスクリーニング方法にかかり、動物の体液中における上記(A1)〜(A8)及び(B1)〜(B4)から選択されるマーカー物質の少なくとも1つの濃度を基準値と比較し、糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有する物質をスクリーニングするものである。上記マーカー物質(A1)〜(A8)及び(B1)〜(B4)は、いずれも糖尿病性腎症の発症直前段階にある動物の体液中で特異的に検出されるタンパク質であり、糖尿病性腎症の予防マーカー・リスクマーカーとして有用なものである。本様相の物質のスクリーニング方法によれば、糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有する物質を、容易かつ高精度にスクリーニングすることができる。特に、被験物質が食品素材の場合には、糖尿病性腎症の改善効果を有する機能性食品又は将来の発症リスクの低減効果を有する機能性食品の開発に有用な食品素材をスクリーニングすることができる。
本発明の他の様相は、本発明の物質の評価方法によって被験物質を評価し、糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有する物質をスクリーニングすることを特徴とする物質のスクリーニング方法である。
本発明のさらに他の様相は、本発明の物質の評価方法に用いるためのキットであって、前記マーカー物質に対する親和性を有する物質を固定化した担体を含むことを特徴とする物質評価用キットである。
本様相の物質の評価用キットは、マーカー物質に対する親和性を有する物質を固定化した担体を含む。かかる構成により、マーカー物質の濃度測定に際して当該担体を別途用意する必要がなく、きわめて簡便にマーカー物質の濃度を測定することができる。
好ましくは、前記マーカー物質に対する親和性を有する物質は、イオン交換体又は抗体である。
好ましくは、糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有する物質をスクリーニングするために使用される。
本発明に関連する発明のさらに他の様相は、被験動物から採取した体液における下記マーカー物質(A1)〜(A8)の少なくとも1つの濃度を基準値と比較し、前記被験動物における糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出することを特徴とする糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法である。
(A1)pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約2340のイオンピークを生じるタンパク質、
(A2)pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約2780のイオンピークを生じるタンパク質、
(A3)pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約3340のイオンピークを生じるタンパク質、
(A4)pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約5820のイオンピークを生じるタンパク質、
(A5)pH9.0で強陰イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約7930のイオンピークを生じるタンパク質、
(A6)pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約9070のイオンピークを生じるタンパク質、
(A7)pH9.0で強陰イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約9310のイオンピークを生じるタンパク質、
(A8)pH9.0で強陰イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約13700のイオンピークを生じるタンパク質。
本様相の糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法は、被験動物から採取した体液における上記マーカー物質(A1)〜(A8)の少なくとも1つの濃度を基準値と比較し、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出するものである。上述したように、マーカー物質(A1)〜(A8)は、いずれも糖尿病性腎症の発症直前段階にある動物の体液中で特異的に検出されるタンパク質であり、糖尿病性腎症の予防マーカー・発症リスクマーカーとして有用なものである。本様相では糖尿病自体を広く検出するマーカーではなく、糖尿病性腎症に特異的なマーカーを用いるので、高精度で糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出することができる。また本様相では体液を測定対象とするので、マーカー物質の濃度測定が容易に行える。さらにタンパク質をマーカーとするので、確立された種々のタンパク質解析技術を適用することができる。なお、糖尿病性腎症を発症しているか将来の発症リスクが高い場合、被験動物における体液中のマーカー物質(A1)、(A5)、及び(A8)の濃度はより高値を示し、(A2)、(A3)、(A4)、(A6)、及び(A7)の濃度はより低値を示す。
ここで「将来の発症リスクを検出する」とは、疾病を発症していない時点において、将来、その疾病に罹患する可能性(危険性)の有無、又はその可能性(危険性)の程度を検出することをいう。
好ましくは、下記(1)〜(4)の少なくとも1つを満たす。
(1)マーカー物質(A5)はアポリポタンパク質A2又はその修飾体である、
(2)マーカー物質(A6)は補体C3又はその修飾体である、
(3)マーカー物質(A7)はプロ−アポリポタンパク質A2又はその修飾体である、
(4)マーカー物質(A8)はトランスサイレチン又はその修飾体である。
アポリポタンパク質A2、補体C3、プロ−アポリポタンパク質A2、トランスサイレチンはいずれも物理化学的性質がよく知られているので、この好ましい様相の糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法によればマーカー物質(A5)〜(A8)の解析が容易である。
本様相においても「タンパク質の修飾体」の代表例は、当該タンパク質を構成するアミノ酸残基の少なくとも1つが修飾されたタンパク質であり、「修飾」には化合物や官能基の付加(例:リン酸化)のみならず、脱落(例:脱リン酸化)も含まれる。また「タンパク質又はその修飾体」には、当該タンパク質のアイソフォーム、当該タンパク質の1次構造において数個のアミノ酸残基が欠失、置換若しくは付加されたような実質的に同一のタンパク質、並びに、プロテアーゼによる切断を受けた当該タンパク質由来のタンパク質断片が含まれる。さらに、複合体タンパク質の場合には「タンパク質又はその修飾体」にはそのサブユニットも含まれるものとする。
本発明に関連する発明のさらに他の様相は、被験動物の体液中における下記マーカー物質(B1)〜(B4)の少なくとも1つの濃度を基準値と比較し、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出することを特徴とする糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法である。
(B1)アポリポタンパク質A2又はその修飾体、
(B2)補体C3又はその修飾体、
(B3)プロ−アポリポタンパク質A2又はその修飾体、
(B4)トランスサイレチン又はその修飾体。
本様相の糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法は、被験動物から採取した体液における上記マーカー物質(B1)〜(B4)の少なくとも1つの濃度を基準値と比較し、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出するものである。上述したように、マーカー物質(B1)〜(B4)は、いずれも糖尿病性腎症の発症直前段階にある動物の体液中で特異的に検出されるタンパク質であり、糖尿病性腎症の予防マーカー・発症リスクマーカーとして有用なものである。本様相では糖尿病自体を広く検出するマーカーではなく、糖尿病性腎症に特異的なマーカーを用いるので、高精度で糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出することができる。また本様相では体液を測定対象とするので、マーカー物質の濃度測定が容易に行える。さらにタンパク質をマーカーとするので、確立された種々のタンパク質解析技術を適用することができる。特に、アポリポタンパク質A2、補体C3、プロ−アポリポタンパク質A2、トランスサイレチンはいずれも物理化学的性質がよく知られているので、解析が容易である。
なお、糖尿病性腎症を発症しているか将来の発症リスクが高い場合、被験動物における体液中のマーカー物質(B1)及び(B4)の濃度はより高値を示し、(B2)、及び(B3)の濃度はより低値を示す。
本様相においても「タンパク質の修飾体」の代表例は、当該タンパク質を構成するアミノ酸残基の少なくとも1つが修飾されたタンパク質であり、「修飾」には化合物や官能基の付加のみならず、脱落も含まれる。また「タンパク質又はその修飾体」には、当該タンパク質のアイソフォーム、当該タンパク質の1次構造において数個のアミノ酸残基が欠失、置換若しくは付加されたような実質的に同一のタンパク質、並びに、プロテアーゼによる切断を受けた当該タンパク質由来のタンパク質断片が含まれる。さらに、複合体タンパク質の場合には「タンパク質又はその修飾体」にはそのサブユニットも含まれるものとする。
本発明の他の様相は、被験動物から採取した体液における下記マーカー物質の濃度を基準値と比較し、前記被験動物における糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出することを特徴とする糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法である。
(マーカー物質)
pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、質量分析に供すると質量/電荷比が約9070のイオンピークを生じ、かつ配列番号6〜13で表される少なくとも1つのアミノ酸配列を含むタンパク質。
本発明の他の様相は、被験動物から採取した体液における下記マーカー物質の濃度を基準値と比較し、前記被験動物における糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出することを特徴とする糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法である。
(マーカー物質)
pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、質量分析に供すると質量/電荷比が約9070のイオンピークを生じ、かつ補体C3又はその修飾体であるタンパク質。
本発明の他の様相は、被験動物から採取した体液における下記マーカー物質の濃度を基準値と比較し、かつ前記濃度がより低値を示すことを指標とし、前記被験動物における糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出することを特徴とする糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法である。
(マーカー物質)
補体C3又はその修飾体。
好ましくは、被験動物がヒトである。なお被験者としては、糖尿病患者であるが現時点では糖尿病性腎症を発症していない者、糖尿病予備軍に属する者、健常者など、特に限定はない。
好ましくは、前記体液が血液である。
好ましくは、前記体液又は体液成分を、前記マーカー物質に対する親和性を有する物質を固定化した担体に接触させて、体液中の前記マーカー物質を担体上に捕捉し、捕捉された前記マーカー物質の量に基づいて体液中の前記マーカー物質の濃度を算出する。
好ましくは、前記担体は平面部分を有し、前記マーカー物質に対する親和性を有する物質は、該平面部分の一部に固定化されている
好ましくは、前記マーカー物質に対する親和性を有する物質は、イオン交換体又は抗体である。
本発明のさらに他の様相は、本発明の糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法に用いるためのキットであって、前記マーカー物質に対する親和性を有する物質を固定化した担体を含むことを特徴とする糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出用キットである。
本様相の糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出用キットは、マーカー物質に対する親和性を有する物質を固定化した担体を含む。この好ましい様相によれば、マーカー物質の濃度測定に際して当該担体を別途用意する必要がなく、きわめて簡便にマーカー物質の濃度を測定することができる。
好ましくは、前記マーカー物質に対する親和性を有する物質は、イオン交換体又は抗体である。
本様相の糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出用キットは、マーカー物質に対する親和性を有する物質を固定化した担体を含む。この好ましい様相によれば、マーカー物質の濃度測定に際して当該担体を別途用意する必要がなく、きわめて簡便にマーカー物質の濃度を測定することができる。
好ましくは、前記マーカー物質に対する親和性を有する物質は、イオン交換体又は抗体である。
本発明の物質の評価方法によれば、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を、容易かつ高精度に評価することができる。また、体液を測定対象とするので、マーカー物質の濃度測定が容易に行える。さらにタンパク質をマーカーとするので、確立された種々のタンパク質解析技術を適用することができる。
本発明の物質の評価用キットによれば、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果をきわめて簡便に評価することができる。
本発明の物質のスクリーニング方法によれば、糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有する物質を、容易かつ高精度にスクリーニングすることができる。
本発明の糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法によれば、糖尿病性腎症に特異的なマーカーを用いるので、高精度で糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出することができる。
本発明の糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出用キットによれば、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクをきわめて簡便に検出することができる。
本発明の物質の評価方法は2つの様相を含む。1つの様相では、糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物に被験物質を摂取させ、該動物の体液中における下記マーカー物質(A1)〜(A8)の少なくとも1つの濃度を基準値と比較し、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を評価する。
(A1)pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約2340のイオンピークを生じるタンパク質、
(A2)pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約2780のイオンピークを生じるタンパク質、
(A3)pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約3340のイオンピークを生じるタンパク質、
(A4)pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約5820のイオンピークを生じるタンパク質、
(A5)pH9.0で強陰イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約7930のイオンピークを生じるタンパク質、
(A6)pH3.0で弱陽イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約9070のイオンピークを生じるタンパク質、
(A7)pH9.0で強陰イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約9310のイオンピークを生じるタンパク質、
(A8)pH9.0で強陰イオン交換体に結合し、かつ質量分析に供すると質量/電荷比が約13700のイオンピークを生じるタンパク質。
これらのマーカー物質はいずれも主に血液中に存在するタンパク質であり、糖尿病性腎症の発症直前段階にある動物体内で特異的に検出されるものである。なお、(A1)、(A5)、及び(A8)の各マーカー物質(以下、これらのマーカー物質からなるグループを「グループ1」と称することがある。)は、糖尿病性腎症を発症している状態又は糖尿病性腎症の将来の発症リスクが高い状態でより高値を示すものであるので、被験物質が糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有する場合には、当該被験物質を摂取させた動物においてより低値を示す。一方、(A2)、(A3)、(A4)、(A6)、及び(A7)の各マーカー物質(以下、これらのマーカー物質からなるグループを「グループ2」と称することがある。)は、糖尿病性腎症を発症している状態又は糖尿病性腎症の将来の発症リスクが高い状態でより低値を示すものであるので、被験物質が糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有する場合には、当該被験物質を摂取させた動物においてより高値を示す。
ある条件のペプチドマッピングによれば、マーカー物質(A5)はアポリポタンパク質A2、マーカー物質(A6)は補体C3、マーカー物質(A7)はプロ−アポリポタンパク質A2、マーカー物質(A8)はトランスサイレチンと同定される。すなわち、ある実施形態では、下記(1)〜(4)の少なくとも1つを満たす。
(1)マーカー物質(A5)はアポリポタンパク質A2又はその修飾体である、
(2)マーカー物質(A6)は補体C3又はその修飾体である、
(3)マーカー物質(A7)はプロ−アポリポタンパク質A2又はその修飾体である、
(4)マーカー物質(A8)はトランスサイレチン又はその修飾体である。
本発明の物質の評価方法の他の様相では、糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物に被験物質を摂取させ、該動物の体液中における下記マーカー物質(B1)〜(B4)の少なくとも1つの濃度を基準値と比較し、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を評価する。
(B1)アポリポタンパク質A2又はその修飾体、
(B2)補体C3又はその修飾体、
(B3)プロ−アポリポタンパク質A2又はその修飾体、
(B4)トランスサイレチン又はその修飾体。
タンパク質の修飾の例としては、N末端αアミノ基やリジンεアミノ基のメチル化、アセチル化、アデニリル化、ミリスチル化等;セリン・スレオニン・アスパラギンへの糖又は糖鎖の付加;セリン・スレオニン・チロシン・アルギニン・ヒスチジンのリン酸化;システインのシステイニル化、ホモシステイニル化、スルホニル化等;グルタミン酸のγ−カルボキシル化;N末端グルタミン酸のピログルタミン酸への変換、等が挙げられる。また、これらの修飾の脱落(脱メチル化、糖又は糖鎖の脱落、脱リン酸化等)も「修飾」に含まれる。
「タンパク質又はその修飾体」には、当該タンパク質のアイソフォームが含まれる。アイソフォームとしては、前記した各種の修飾の他、選択的スプライシングによって生じたタンパク質が挙げられる。さらに、「タンパク質又はその修飾体」には、当該タンパク質の1次構造において数個のアミノ酸残基が欠失、置換若しくは付加されたような実質的に同一のタンパク質が含まれる。またさらに、「タンパク質又はその修飾体」には、プロテアーゼによる切断を受けた当該タンパク質由来のタンパク質断片が含まれる。例えば、当該タンパク質由来と認められうる長さのタンパク質断片、例えば20個以上のアミノ酸残基からなるタンパク質断片、分子量が2千以上のタンパク質断片、等が挙げられる。例えば、補体C3はC3a、C3b、C3c、C3dの各ドメインを有するので、「補体C3又はその修飾体」には、各ドメインからなる補体C3のタンパク質断片(例えば、補体C3a)が含まれる。
複合体タンパク質の場合には「タンパク質又はその修飾体」にはそのサブユニットも含まれるものとする。例えば、トランスサイレチンは4個のサブユニットからなる複合体タンパク質であるので、「トランスサイレチン又はその修飾体」にはトランスサイレチンのサブユニットが含まれる。
本発明の物質の評価方法では、上記(A1)〜(A8)並びに(B1)〜(B4)の1つだけを用いてもよいし、複数を組み合わせて用いてもよい。複数を用いる場合の組み合わせ方については特に限定はないが、例えば、グループ1から選択したマーカー物質(1つ又は複数)とグループ2から選択したマーカー物質(1つ又は複数)とを組み合わせることができる。
本発明の物質の評価方法の好ましい実施形態では、上記基準値として、糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物に、糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有さない既知物質を摂取させた際の、該動物の体液中における前記マーカー物質の濃度を用いる。すなわち、糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物に、糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有さない既知物質を摂取させた場合、その体液中の上記マーカー物質の濃度は「異常値」となる。そして、被験物質を摂取させた上記動物における値(測定値)と当該基準値(異常値)とを比較し、測定値が基準値と有意に差がありかつ正常側である場合(正常側に維持された場合)に、当該被験物質が糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有すると評価することができる。具体的には、グループ1に属するマーカー物質を指標とする場合は、測定値が当該基準値に比べて有意に低いときに、一方、グループ2に属するマーカー物質を指標とする場合は、測定値が基準値に比べて有意に高いときに、当該被験物質が糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有すると評価することができる。
さらに、基準値は複数あってもよい。例えば、上記の異常値に加え、糖尿病性腎症を発症していない動物又は糖尿病性腎症の発症リスクが低い動物における値(正常値。陰性対照。)を基準値に加えることができる。具体的には、(1)糖尿病性腎症を発症していない動物又は糖尿病性腎症の発症リスクが低い動物に、普通食又は被験物質を摂取させる群(正常値を示す群)、(2)糖尿病性腎症を発症している動物又は糖尿病性腎症の発症リスクが高い動物に、糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有さない既知物質を摂取させる群(異常値を示す群)、及び、(3)糖尿病性腎症を発症している動物又は糖尿病性腎症の発症リスクが高い動物に被験物質を摂取させる群、の計3群を設定し、動物を飼育する。そして、各動物の体液中の上記マーカー物質を測定し、各測定値を比較する。このとき、(1)と(2)とで有意差があり、(3)と(2)とで有意差があり、かつ(3)が(2)に比べて正常側((1)に近い側)である場合(正常側に維持された場合)に、当該被験物質が糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有すると評価することができる。
さらに、基準値として、(4)糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物に、糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有する既知物質を摂取させる群、の動物における値(陽性対照)を加えることもできる。具体的には、上記(1)〜(3)に加えて、上記(4)の群を設定し、動物を飼育する。このとき、(1)と(2)とで有意差があり、(3)と(2)とで有意差があり、かつ(3)が(2)に比べて正常側((1)及び(4)に近い側)である場合に、当該被験物質が糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有すると評価することができる。すなわち、このような被験物質は、(4)で採用した上記既知物質と同様の挙動を示し、同様の作用を有する物質といえる。
「糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有する既知物質」の例としては、アスタキサンチンが挙げられる。アスタキサンチンはカロテノイドの一種であり、強力な抗酸化作用を有することが知られている。アスタキサンチン以外の物質でも、抗酸化作用を有する物質であれば前記既知物質となり得る。
「糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物」における動物の種類には特に限定はなく、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ブタ等を採用することができる。また、「糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物」としては、糖尿病性腎症の自然発症モデル動物、あるいはトランスジェニックやジーンターゲッティングによる遺伝子操作モデル動物が好ましく用いられる。当該動物の具体例としては、db/dbマウス等の2型糖尿病発症型モデルマウスが挙げられる。db/dbマウスは通常飼育で糖尿病性腎症を発症するので、飼育実験を容易に行うことができ、特に好適である。
なお、db/dbマウスを通常飼育するといずれ糖尿病性腎症を発症するが、尿中8−OHdGを指標とした検討によると、その発症は飼育12週目ごろから検出可能となることがわかっている(前記非特許文献2)。よって、飼育12週目以前、例えば飼育10週目のdb/dbマウスは糖尿病性腎症の発症直前段階にあるといえる。本発明の物質の評価方法で用いるマーカー物質(A1)〜(A8)は、飼育10週目のdb/dbマウスの体液中に存在し、糖尿病性腎症の発症直前段階にないマウス(例えば、正常マウス)と比較してその体液中の濃度に有意差を示す。したがって、本発明においてdb/dbマウスを用いる場合には、例えば、飼育10週目ごろの体液を測定試料として各マーカー物質の濃度を測定すればよい。
一方、特定の物質を摂取すると糖尿病性腎症を発症するような自然発症モデル動物を用いることもできる。例えば、ストレプトゾトシンを投与して糖尿病性腎症を誘発する系が知られており、動物に被験物質とストレプトゾトシンとを同時摂取させることにより、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を評価することができる。さらに、動物としてヒトを採用することもできる。この場合には、臨床試験の結果によって物質を評価することになる。
本発明の物質の評価方法において使用する動物の体液としては、血液が好ましく用いられる。特に、血液から調製した血清又は血漿(体液成分)を測定試料とすることが好ましい。血清又は血漿は遠心分離等の公知の方法で血液から調製することができる。
本発明の物質の評価方法における被検物質としては、食品素材、医薬原体などが挙げられる。特に、食品素材を評価対象とする場合は、機能性食品の開発に役立てることができる。
本発明の物質のスクリーニング方法は、本発明の物質の評価方法によって被験物質を評価し、糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果を有する物質をスクリーニングするものである。本発明の物質のスクリーニング方法においても、上記した本発明の物質の評価方法の実施形態と全く同様の実施形態をとることができる。
本発明の糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法は2つの様相を含む。1つの様相では、被験動物から採取した体液における上記マーカー物質(A1)〜(A8)の少なくとも1つの濃度を基準値と比較し、前記被験動物における糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出する。なお、糖尿病性腎症を発症しているか将来の発症リスクが高い場合、被験動物における体液中のマーカー物質(A1)、(A5)、及び(A8)の濃度はより高値を示し、(A2)、(A3)、(A4)、(A6)、及び(A7)の濃度はより低値を示す。
本発明の糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法の他の様相では、被験動物の体液中における上記マーカー物質(B1)〜(B4)の少なくとも1つの濃度を基準値と比較し、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出する。糖尿病性腎症を発症しているか将来の発症リスクが高い場合、被験動物における体液中のマーカー物質(B1)及び(B4)の濃度はより高値を示し、(B2)及び(B7)の濃度はより低値を示す。
好ましい実施形態では、被験動物はヒトである。なお被験者としては、糖尿病患者であるが現時点では糖尿病性腎症を発症していない者、糖尿病予備軍に属する者、健常者など、特に限定はない。なお、糖尿病患者であるが現時点では糖尿病性腎症を発症していない者に本発明を適用すれば、その検出結果を元にその後の生活習慣指導を正確に行うことができる。
本発明の糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法で使用する基準値は、例えば、糖尿病を発症していない健常人における上記マーカー物質の体液中の濃度データを収集し、その濃度値(すなわち健常値)を元に設定することができる。なお、基準値を段階的に複数設定し、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを定量的に検出することも可能である。
本発明の糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法では、上記(A1)〜(A8)並びに(B1)〜(B4)の1つだけを用いてもよいし、複数を組み合わせて用いてもよい。複数を用いる場合の組み合わせ方については特に限定はないが、例えば、グループ1から選択したマーカー物質(1つ又は複数)とグループ2から選択したマーカー物質(1つ又は複数)とを組み合わせることができる。
本発明の物質の評価方法、物質のスクリーニング方法、及び糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法において、マーカー物質の濃度を測定する方法は、そのマーカー物質の濃度を特異的に測定できる方法であれば、タンパク質の定量に一般に用いられている方法をそのまま用いることができる。例えば、各種のイムノアッセイ、質量分析(MS)、クロマトグラフィー、電気泳動等を用いることができる。
イムノアッセイによれば、夾雑物質の多い試料のままでも正確にマーカー物質の濃度を測定することができる。イムノアッセイの例としては、抗原抗体結合物を直接的又は間接的に測定する沈降反応、凝集反応、溶血反応などの古典的な方法や、標識法と組み合わせて検出感度を高めたエンザイムイムノアッセイ(EIA)、ラジオイムノアッセイ(RIA)、蛍光イムノアッセイ(FIA)等の方法が挙げられる。なお、これらのイムノアッセイに用いるマーカー物質に特異的な抗体は、モノクローナルでもよいし、ポリクローナルでもよい。
質量分析によれば、各マーカー物質由来のイオンピークを特定し、そのイオンピーク強度をもって各マーカー物質の量(濃度)を測定することができる。質量分析によってマーカー物質の濃度を測定する場合のイオン化の方法としては、マトリクス支援レーザーイオン化(matrix-assisted laser desorption/ionization、MALDI)、エレクトロスプレーイオン化(electrospray ionization、ESI)のいずれも適用可能であるが、多価イオンの生成が少ないMALDIが好ましい。特に、飛行時間質量分析計(time-of-flight mass spectrometer、TOF)と組み合わせたMALDI−TOF−MSによれば、より正確にマーカー物質由来のイオンピークを特定することができる。
電気泳動によりマーカー物質の濃度を測定する場合は、例えば、検査材料をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)に供して目的のマーカー物質を分離し、適宜の色素や蛍光物質でゲルを染色し、目的のマーカー物質に相当するバンドの濃さや蛍光強度を測定すればよい。SDS−PAGEだけではマーカー物質の分離が不十分な場合は、等電点電気泳動(IEF)と組み合わせた2次元電気泳動を用いることもできる。さらに、ゲルから直接検出するのではなく、ウエスタンブロッティングを行って膜上のマーカー物質の量を測定することもできる。
クロマトグラフィーによってマーカー物質の濃度を測定する場合は、例えば、液体高速クロマトグラフィー(HPLC)による方法を用いることができる。すなわち、試料をHPLCに供して目的のマーカー物質を分離し、そのクロマトグラムのピーク面積を測定することにより試料中のマーカー物質の濃度を測定することができる。
好ましい実施形態では、マーカー物質を担体上に捕捉し、その捕捉されたマーカー物質を測定対象とする。すなわち、マーカー物質に対する親和性を有する物質を担体に固定化し、その親和性を有する物質を介してマーカー物質を担体上に捕捉する。そして、捕捉された前記マーカー物質の量に基づいて体液中の前記マーカー物質の濃度を算出する。本実施形態によれば、試料中に含まれる夾雑物質の影響を低減させることができ、より高感度かつ高精度でマーカー物質の濃度を測定することができる。本実施形態において用いることができる担体の例としては、ビーズ、金属、ガラス、樹脂等のような一般的なものの他、基板のような、平面部分を有する担体を用いることができる。基板を用いる場合は、その平面部分の一部にマーカー物質に対する親和性を有する物質を固定化することが好ましい。例としては、基板としてチップを用い、その表面の複数箇所にスポット的にマーカー物質に親和性を有する物質を固定化した担体が挙げられる。なお「親和性」の例としては、イオン結合、金属キレート体とタンパク質中のヒスチジン残基等とのアフィニティ、抗原と抗体、酵素と基質、若しくはホルモンとレセプターのようなバイオアフィニティ、及び、疎水性相互作用のような化学的な相互作用、が挙げられる。
イオン結合によってマーカー物質を担体に捕捉する場合は、イオン交換体を担体に固定化する。この場合、イオン交換体には陽イオン交換体、陰イオン交換体のいずれも用いることができ、さらに、強陽イオン交換体、弱陽イオン交換体、強陰イオン交換体、弱陰イオン交換体のいずれも用いることができるが、強陰イオン交換体と弱陽イオン交換体が好ましく用いられる。強陰イオン交換体の例としては、4級アンモニウム(トリメチルアミノメチル)(QA)、4級アミノエチル(ジエチル,モノ・2−ヒドロキシブチルアミノエチル)(QAE)、4級アンモニウム(トリメチルアンモニウム)(QMA)等の強陰イオン交換基を有するものが挙げられる。また、弱陽イオン交換体の例としては、カルボキシメチル(CM)等の弱陽イオン交換基を有するものが挙げられる。また、強陽イオン交換体の例としては、スルホプロピル(SP)等の強陽イオン交換基を有するものが挙げられる。さらに、弱陰イオン交換体の例としては、ジメチルアミノエチル(DE)、ジエチルアミノエチル(DEAE)等の弱陰イオン交換基を有するものが挙げられる。
金属キレート体を介してマーカー物質を捕捉する場合は、例えば、Cu2+、Zn2+、Ni2+、Co2+、Al3+、Fe3+、Ga3+等の金属キレート体を固定化した担体を用いることができる。
抗体によってマーカー物質を担体に捕捉する場合は、マーカー物質に特異的な抗体を担体に固定化すればよい。
疎水性相互作用によってマーカー物質を担体に捕捉する場合は、担体に疎水基をもつ物質を固定化する。疎水基の例としては、C4〜C20のアルキル基、フェニル基等が挙げられる。
本実施形態においてマーカー物質の測定方法にイムノアッセイを用いる場合は、抗体を固定化した担体を用いることが好ましい。このようにすれば、担体に固定化された抗体を1次抗体としたイムノアッセイの系を簡単に構築することができる。例えば、マーカー物質に特異的でエピトープの異なる2種類の抗体を用意し、一方を1次抗体として担体に固定化し、他方を2次抗体として酵素標識し、サンドイッチEIAの系を構築することができる。その他、結合阻止法や競合法によるイムノアッセイの系も構築可能である。さらに、担体として基板を用いる場合は、抗体チップによるイムノアッセイが可能である。抗体チップによれば、複数のマーカー物質の濃度を同時に測定でき、迅速な測定が可能である。
一方、本実施形態において質量分析を用いる場合は、例えば、抗体の他、イオン交換体、金属キレート体又は疎水基を固定化した担体を用いることができる。なお、これらの物質による結合は抗原と抗体等のバイオアフィニティほどの特異性がないので、これらの物質を固定化した担体を用いる場合はマーカー物質以外の物質も担体上に捕捉されうるが、質量分析によれば分子量を反映した質量分析計スペクトルによって定量するので、問題はない。特に、担体として基板を用い、表面エンハンス型レーザー脱離イオン化(surface-enhanced laser desorption/ionization)−飛行時間質量分析(time-of-flight mass spectrometry)(以下、「SELDI−TOF−MS」と称する)を行うことにより、マーカー物質の濃度をより正確に測定することができる。使用できる基板の種類としては、陽イオン交換基板、陰イオン交換基板、順相基板、逆相基板、金属イオン基板、抗体基板等を用いることができるが、陽イオン交換基板、特に弱陽イオン交換基板と、陰イオン交換基板、特に強陰イオン交換基板が好ましく用いられる。
本発明の物質の評価方法、物質のスクリーニング方法、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出方法を簡便に行なうために、必要な試薬類をまとめて物質評価用キット、物質スクリーニング用キット、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクの検出用キットを構築することができる。本発明のキットは、上記したマーカー物質に対する親和性を有する物質を固定化した担体を含む。好ましい実施形態では、マーカー物質に対する親和性を有する物質が、イオン交換体又は抗体である。例えば、CM等の弱陽イオン交換体を固定化した基板(弱陽イオン交換基板)、あるいはQAやQAE等の強陰イオン交換体を固定化した基板(強陰イオン交換基板)を含めたキットによれば、SELDI−TOF−MS等を簡便に行なうことができる。本キット中には他の試薬類、例えば、各マーカー物質の標準品、各種バッファー等を含めてもよい。本発明のキットの構成例を以下に挙げる。
〔キットの構成例〕
(1)弱陽イオン交換基板:1枚
(2)強陰イオン交換基板:1枚
(3)基板洗浄用バッファーA(pH3.0):適量
(4)基板洗浄用バッファーB(pH9.0):適量
(5)各マーカー物質の標準品:各適量
また本発明により、マーカー物質(A1)〜(A8)及び(B1)〜(B4)の、糖尿病性腎症に関係する事象、例えば、糖尿病性腎症の発症の有無、糖尿病性腎症の改善状態、糖尿病性腎症の将来の発症リスク、等を検出するためのバイオマーカーとしての使用、も提供される。
以下に、実施例をもって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
1.2型糖尿病発症型モデル動物を使った動物実験
2型糖尿病発症型モデル動物としてdb/dbマウス(日本クレア社。以下、単に「腎症発症マウス」と略記することがある。)、正常動物としてdb/mマウス(日本クレア社。以下、単に「正常マウス」と略記することがある。)を採用した。また、与える飼料としてCE−2(日本クレア社。以下、単に「通常飼料」と略記する。)と、アスタキサンチン(富士化学工業社)を0.02%(10mg/kg体重に相当)含有するCE−2(以下、単に「アスタキサンチン含有飼料」と略記する。)を採用した。
マウスの種類と与える飼料の組み合わせが異なる以下の4つの群を設定し、飼育を開始した。各群の個体数は5匹以上とした。
第1群:正常マウスを通常飼料で飼育
第2群:腎症発症マウスを通常飼料で飼育
第3群:腎症発症マウスをアスタキサンチン含有飼料で飼育
第4群:正常マウスをアスタキサンチン含有飼料で飼育
すなわち、第1群は糖尿病性腎症を発症しない群、第2群は糖尿病性腎症を発症する群、第3群は糖尿病性腎症の発症が抑制される群、に相当する。第4群はアスタキサンチンの作用検証用の群である。
6週齢から飼育を開始し、db/dbマウスにおいて糖尿病性腎症が発症し始める飼育期間である10週目に各群のマウスから血漿を採取し、体液試料とした。これにより、糖尿病性腎症の発症直前段階の体液試料が得られた。
2.プロテインチップによる解析とイオンピークの選抜
採取した各体液試料20μLに、変性バッファー(9M 尿素、2% CHAPS、50mM Tris−HCl(pH9.0))30μLを加えて前処理を行い、タンパク質を変性させた。次に、前処理した各体液試料を強陰イオン交換樹脂カラム(Q−Sepharose、GEヘルスケア社)にアプライした。次いで、pH9.0の緩衝液(50mM Tris−HCl(pH9.0)、0.1%(w/v)1−o−N−オクチル−β−D−グルコピラノシド(以下、「OGP」と称する。))、pH5.0の緩衝液(100mM 酢酸ナトリウム(pH5.0)、0.1%(w/v)OGP)、pH3.0の緩衝液(50mM クエン酸ナトリウム(pH3.0)、0.1%(w/v)OGP)、及び有機溶媒(0.1%トリフルオロ酢酸、50.0%アセトニトリルからなる混合液)各200μLで順に溶出させ、画分1(pH9.0で溶出、素通り)、画分2(pH5.0で溶出)、画分3(pH3.0で溶出)、画分4(有機溶媒で溶出)の4つの粗分画画分を得た。
得られた各画分10μLをpH3.0のプロテインチップ結合バッファー(50mM クエン酸ナトリウム)で10倍希釈した後、弱陽イオン交換チップCM10(バイオラッド社)に添加した。同様に、得られた各画分10μLをpH9.0のプロテインチップ結合バッファー(50mM Tris−HCl(pH9.0))で10倍希釈した後、強陰イオン交換チップQ10(バイオラッド社)に添加した。各チップを各結合バッファーで3回洗浄した後に脱イオン水で1回洗浄し、乾燥させた。次に、エネルギー吸収分子であるシナピン酸(SPA−H、SPA−L)又はα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)を添加し、プロテインチップリーダーModel PBS IIc(バイオラッド社)を用いて、SELDI−TOF−MSを行なった。なお、測定分子量範囲(m/z)は、3000〜200000の範囲で行なった。また、測定は2連で行い、m/zの平均値を算出した。データ解析は、Protein Chip Software、CiphergenExpress Data Manager、及びBiomarker Patterns Software(いずれもバイオラッド社)を用いて行なった。具体的には、ベースライン補正、分子量校正、スペクトルの正規化処理を行なった後、シングルマーカー解析及び数本のマーカーを組み合わせたマルチフロー解析を行なった。その結果、粗分画画分の種類、プロテインチップの種類、チップの洗浄条件等の組み合わせによって多数のピークが検出された。各ピークについて、p値(Mann−Whitney検定法)、ROC面積、及びイオンピーク強度を算出し、さらに、以下の(1)〜(4)の条件を指標として8個の候補ピークを選抜した。
(1)候補ピーク探索(基本)
第1群と第2群との間でイオン強度に有意差がある(p<0.05)。
(2)アスタキサンチン効果検証
第2群と第3群との間でイオン強度に有意差があり(p<0.05)、かつ第3群の値の方が第2群の値よりも第1群の値に近い(第3群の値が第1群側に復帰している)。
(3)増減パターン解析
第2群のみが高値または低値を示し、第1群、第3群および第4群の間ではあまり差がない。なお、第3群と第4群との間に差があっても、第4群の値の方が第3群の値よりも第2群から離れている場合には本条件を満たすものとして取り扱う。
3.マーカー物質(A1)の特定
画分1(pH9.0)を弱陽イオン交換チップCM10に接触させ、pH3.0のプロテインチップ結合バッファーで洗浄してSELDI−TOF−MS(EAM:CHCA)を行なった場合に、質量/電荷比が2339(平均値)のイオンピークが検出された。増減パターン解析の結果、本ピークは第1群、第3群および第4群で低値を示し、第2群で高値を示した。図1に、各群に分けて本ピークのピーク強度をプロットした場合の箱髭図を示す。図中、髭の上端と下端はそれぞれ最大値と最小値、箱の上辺と下辺はそれぞれ第3四分位(75パーセンタイル)と第1四分位(25パーセンタイル)、箱の中の線は中央値である(図2以降も同じ)。その結果、本ピークのROC面積(第1群vs第2群)は0.86、p値(第1群vs第2群)は0.002、p値(第2群vs第3群)は0.070であった。
以上より、SELDI−TOF−MSに供すると質量/電荷比が約2340のピークを生じるタンパク質(マーカー物質(A1))が、糖尿病性腎症を発症しているマウス、又は糖尿病性腎症の将来の発症リスクが高いマウスに特異的な物質であり、糖尿病性腎症のマーカーとなり得ることがわかった。これにより、被験物質を摂取させた糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物の体液中におけるマーカー物質(A1)の濃度を指標として、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果の評価、並びに、そのような物質のスクリーニングが行なえることが示された。さらに、被験動物の血中におけるマーカー物質(A1)の濃度を指標として、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出できることが示された。例えば、所望の被験物質を使用して同様の動物実験を行なって体液試料を調製し、同様の手順でSELDI−TOF−MSを行なった場合に、質量/電荷比が約2340のピークを生じるタンパク質の濃度が正常値に維持されたとき、該被験物質は、糖尿病性腎症の改善効果、又は将来の発症リスクの低減効果を有すると評価することができる。
4.マーカー物質(A2)の特定
画分4(有機溶媒)を弱陽イオン交換チップCM10に接触させ、pH3.0のプロテインチップ結合バッファーで洗浄してSELDI−TOF−MS(EAM:CHCA)を行なった場合に、質量/電荷比が2781(平均値)のイオンピークが検出された。増減パターン解析の結果、本ピークは第1群、第3群および第4群で高値を示し、第2群で低値を示した。図2に、各群に分けて本ピークのピーク強度をプロットした場合の箱髭図を示す。その結果、本ピークのROC面積(第1群vs第2群)は0.82、p値(第1群vs第2群)は0.008、p値(第2群vs第3群)は0.070であった。
以上より、SELDI−TOF−MSに供すると質量/電荷比が約2780のピークを生じるタンパク質(マーカー物質(A2))が、糖尿病性腎症を発症しているマウス、又は糖尿病性腎症の将来の発症リスクが高いマウスに特異的な物質であり、糖尿病性腎症のマーカーとなり得ることがわかった。これにより、被験物質を摂取させた糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物の体液中におけるマーカー物質(A2)の濃度を指標として、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果の評価、並びに、そのような物質のスクリーニングが行なえることが示された。さらに、被験動物の血中におけるマーカー物質(A2)の濃度を指標として、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出できることが示された。例えば、所望の被験物質を使用して同様の動物実験を行なって体液試料を調製し、同様の手順でSELDI−TOF−MSを行なった場合に、質量/電荷比が約2780のピークを生じるタンパク質の濃度が正常値に維持されたとき、該被験物質は、糖尿病性腎症の改善効果、又は将来の発症リスクの低減効果を有すると評価することができる。
5.マーカー物質(A3)の特定
画分4(有機溶媒)を弱陽イオン交換チップCM10に接触させ、pH3.0のプロテインチップ結合バッファーで洗浄してSELDI−TOF−MS(EAM:CHCA)を行なった場合に、質量/電荷比が3342(平均値)のイオンピークが検出された。増減パターン解析の結果、本ピークは第1群、第3群および第4群で高値を示し、第2群で低値を示した。図3に、各群に分けて本ピークのピーク強度をプロットした場合の箱髭図を示す。その結果、本ピークのROC面積(第1群vs第2群)は0.74、p値(第1群vs第2群)は0.041、p値(第2群vs第3群)は0.028であった。
以上より、SELDI−TOF−MSに供すると質量/電荷比が約3340のピークを生じるタンパク質(マーカー物質(A3))が、糖尿病性腎症を発症しているマウス、又は糖尿病性腎症の将来の発症リスクが高いマウスに特異的な物質であり、糖尿病性腎症のマーカーとなり得ることがわかった。これにより、被験物質を摂取させた糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物の体液中におけるマーカー物質(A3)の濃度を指標として、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果の評価、並びに、そのような物質のスクリーニングが行なえることが示された。さらに、被験動物の血中におけるマーカー物質(A3)の濃度を指標として、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出できることが示された。例えば、所望の被験物質を使用して同様の動物実験を行なって体液試料を調製し、同様の手順でSELDI−TOF−MSを行なった場合に、質量/電荷比が約3340のピークを生じるタンパク質の濃度が正常値に維持されたとき、該被験物質は、糖尿病性腎症の改善効果、又は将来の発症リスクの低減効果を有すると評価することができる。
6.マーカー物質(A4)の特定
画分4(有機溶媒)を弱陽イオン交換チップCM10に接触させ、pH3.0のプロテインチップ結合バッファーで洗浄してSELDI−TOF−MS(EAM:CHCA)を行なった場合に、質量/電荷比が5815(平均値)のイオンピークが検出された。増減パターン解析の結果、本ピークは第1群、第3群および第4群で高値を示し、第2群で低値を示した。図4に、各群に分けて本ピークのピーク強度をプロットした場合の箱髭図を示す。その結果、本ピークのROC面積(第1群vs第2群)は0.78、p値(第1群vs第2群)は0.023、p値(第2群vs第3群)は0.082であった。
以上より、SELDI−TOF−MSに供すると質量/電荷比が約5820のピークを生じるタンパク質(マーカー物質(A4))が、糖尿病性腎症を発症しているマウス、又は糖尿病性腎症の将来の発症リスクが高いマウスに特異的な物質であり、糖尿病性腎症のマーカーとなり得ることがわかった。これにより、被験物質を摂取させた糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物の体液中におけるマーカー物質(A4)の濃度を指標として、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果の評価、並びに、そのような物質のスクリーニングが行なえることが示された。さらに、被験動物の血中におけるマーカー物質(A4)の濃度を指標として、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出できることが示された。例えば、所望の被験物質を使用して同様の動物実験を行なって体液試料を調製し、同様の手順でSELDI−TOF−MSを行なった場合に、質量/電荷比が約5820のピークを生じるタンパク質の濃度が正常値に維持されたとき、該被験物質は、糖尿病性腎症の改善効果、又は将来の発症リスクの低減効果を有すると評価することができる。
7.マーカー物質(A5)の特定
画分3(pH3.0)を強陰イオン交換チップQ10に接触させ、pH9.0のプロテインチップ結合バッファーで洗浄してSELDI−TOF−MS(EAM:SPA−L)を行なった場合に、質量/電荷比が7925(平均値)のイオンピークが検出された。増減パターン解析の結果、本ピークは第1群、第3群および第4群で低値を示し、第2群で高値を示した。図5に、各群に分けて本ピークのピーク強度をプロットした場合の箱髭図を示す。その結果、本ピークのROC面積(第1群vs第2群)は0.78、p値(第1群vs第2群)は0.028、p値(第2群vs第3群)は0.007であった。
以上より、SELDI−TOF−MSに供すると質量/電荷比が約7930のピークを生じるタンパク質(マーカー物質(A5))が、糖尿病性腎症を発症しているマウス、又は糖尿病性腎症の将来の発症リスクが高いマウスに特異的な物質であり、糖尿病性腎症のマーカーとなり得ることがわかった。これにより、被験物質を摂取させた糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物の体液中におけるマーカー物質(A5)の濃度を指標として、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果の評価、並びに、そのような物質のスクリーニングが行なえることが示された。さらに、被験動物の血中におけるマーカー物質(A5)の濃度を指標として、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出できることが示された。例えば、所望の被験物質を使用して同様の動物実験を行なって体液試料を調製し、同様の手順でSELDI−TOF−MSを行なった場合に、質量/電荷比が約7930のピークを生じるタンパク質の濃度が正常値に維持されたとき、該被験物質は、糖尿病性腎症の改善効果、又は将来の発症リスクの低減効果を有すると評価することができる。
8.マーカー物質(A6)の特定
画分2(pH5.0)を弱陽イオン交換チップCM10に接触させ、pH3.0のプロテインチップ結合バッファーで洗浄してSELDI−TOF−MS(EAM:SPA−H)を行なった場合に、質量/電荷比が9072(平均値)のイオンピークが検出された。増減パターン解析の結果、本ピークは第1群、第3群および第4群で高値を示し、第2群で低値を示した。図6に、各群に分けて本ピークのピーク強度をプロットした場合の箱髭図を示す。その結果、本ピークのROC面積(第1群vs第2群)は0.78、p値(第1群vs第2群)は0.041、p値(第2群vs第3群)は0.004であった。
以上より、SELDI−TOF−MSに供すると質量/電荷比が約9070のピークを生じるタンパク質(マーカー物質(A6))が、糖尿病性腎症を発症しているマウス、又は糖尿病性腎症の将来の発症リスクが高いマウスに特異的な物質であり、糖尿病性腎症のマーカーとなり得ることがわかった。これにより、被験物質を摂取させた糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物の体液中におけるマーカー物質(A6)の濃度を指標として、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果の評価、並びに、そのような物質のスクリーニングが行なえることが示された。さらに、被験動物の血中におけるマーカー物質(A6)の濃度を指標として、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出できることが示された。例えば、所望の被験物質を使用して同様の動物実験を行なって体液試料を調製し、同様の手順でSELDI−TOF−MSを行なった場合に、質量/電荷比が約9070のピークを生じるタンパク質の濃度が正常値に維持されたとき、該被験物質は、糖尿病性腎症の改善効果、又は将来の発症リスクの低減効果を有すると評価することができる。
9.マーカー物質(A7)の特定
画分1(pH9.0)を強陰イオン交換チップQ10に接触させ、pH9.0のプロテインチップ結合バッファーで洗浄してSELDI−TOF−MS(EAM:SPA−L)を行なった場合に、質量/電荷比が9312(平均値)のイオンピークが検出された。増減パターン解析の結果、本ピークは第1群、第3群および第4群で高値を示し、第2群で低値を示した。図6に、各群に分けて本ピークのピーク強度をプロットした場合の箱髭図を示す。その結果、本ピークのROC面積(第1群vs第2群)は0.98、p値(第1群vs第2群)は0.0002、p値(第2群vs第3群)は0.096であった。
以上より、SELDI−TOF−MSに供すると質量/電荷比が約9310のピークを生じるタンパク質(マーカー物質(A7))が、糖尿病性腎症を発症しているマウス、又は糖尿病性腎症の将来の発症リスクが高いマウスに特異的な物質であり、糖尿病性腎症のマーカーとなり得ることがわかった。これにより、被験物質を摂取させた糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物の体液中におけるマーカー物質(A7)の濃度を指標として、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果の評価、並びに、そのような物質のスクリーニングが行なえることが示された。さらに、被験動物の血中におけるマーカー物質(A7)の濃度を指標として、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出できることが示された。例えば、所望の被験物質を使用して同様の動物実験を行なって体液試料を調製し、同様の手順でSELDI−TOF−MSを行なった場合に、質量/電荷比が約9310のピークを生じるタンパク質の濃度が正常値に維持されたとき、該被験物質は、糖尿病性腎症の改善効果、又は将来の発症リスクの低減効果を有すると評価することができる。
10.マーカー物質(A8)の特定
画分2(pH5.0)を強陰イオン交換チップQ10に接触させ、pH9.0のプロテインチップ結合バッファーで洗浄してSELDI−TOF−MS(EAM:SPA−H)を行なった場合に、質量/電荷比が13734(平均値)のイオンピークが検出された。増減パターン解析の結果、本ピークは第1群、第3群および第4群で低値を示し、第2群で高値を示した。図8に、各群に分けて本ピークのピーク強度をプロットした場合の箱髭図を示す。その結果、本ピークのROC面積(第1群vs第2群)は0.98、p値(第1群vs第2群)は0.0003、p値(第2群vs第3群)は0.034であった。
以上より、SELDI−TOF−MSに供すると質量/電荷比が約13700のピークを生じるタンパク質(マーカー物質(A8))が、糖尿病性腎症を発症しているマウス、又は糖尿病性腎症の将来の発症リスクが高いマウスに特異的な物質であり、糖尿病性腎症のマーカーとなり得ることがわかった。これにより、被験物質を摂取させた糖尿病性腎症を発症している動物又は将来の発症リスクが高い動物の体液中におけるマーカー物質(A8)の濃度を指標として、被験物質が有する糖尿病性腎症の改善効果又は将来の発症リスクの低減効果の評価、並びに、そのような物質のスクリーニングが行なえることが示された。さらに、被験動物の血中におけるマーカー物質(A8)の濃度を指標として、糖尿病性腎症の発症の有無又は将来の発症リスクを検出できることが示された。例えば、所望の被験物質を使用して同様の動物実験を行なって体液試料を調製し、同様の手順でSELDI−TOF−MSを行なった場合に、質量/電荷比が約13700のピークを生じるタンパク質の濃度が正常値に維持されたとき、該被験物質は、糖尿病性腎症の改善効果、又は将来の発症リスクの低減効果を有すると評価することができる。
1.マーカー物質(A5)の精製と同定
強陰イオン交換樹脂Q−Sepharose HP(GEヘルスケア社)を充填したカラム(1mL)を平衡化バッファー(50mM Tris−HCl pH9.0,1M 尿素,0.22% CHAPS)にて平衡化した。マウス標準血漿1mLに対して変性バッファー(50mM Tris−HCl pH9.0,9M 尿素,2% CHAPS)を1.5mL加えて変性処理した後、平衡化した前記カラムに添加した。50mM Tris−HCl(pH9.0)、及び100mM 酢酸ナトリウムバッファー(pH5.0)で順に洗浄した後、溶出バッファー(33.3% イソプロパノール、16.7% アセトニトリル、0.1% トリフルオロ酢酸)でステップワイズ溶出し、ピーク画分を分取した。
分取した画分の一部をTCA沈澱処理した後、2次元電気泳動を行った(図9)。1次元目にはGEヘルスケア社製Immobiline DryStrip pH4-7, 7cmを、2次元目にはDRC社製ポリペプチド分離用ゲル(15−20%)NTH−5A2Tを用いた。さらに、図9の矢印で示したスポットを切り出してタンパク質を抽出し、SELDI−TOF−MS分析を行い、精製過程における酸化修飾などによる誤差の範囲内でマーカー物質(A5)と同等の質量/電荷比を示すピークを確認した(図10)。
あらためて同様の2次元電気泳動を行って目的のタンパク質を含むバンドを切り出し、還元アルキル化処理した後、0.01μg/μLのトリプシン溶液(50mM 炭酸水素アンモニウム(pH8.0)に溶解)を作用させてゲル内で消化した。消化したサンプル1μLを金属プレート上に滴下し、飽和CHCA溶液0.4μLをさらに滴下して乾燥させた後、質量分析計Proteomics Analyzer 4700(アプライドバイオシステムズ社)で測定したところ、少なくとも3個のピークが検出され、それらの精密質量は、「1019.53」、「1193.68」、及び「1831.96」と算出された。これらのデータを元にMascotデータベース(マトリックスサイエンス社)によって既知タンパク質を検索し、ペプチドマスフィンガープリンティングを行ったところ、精密質量「1019.53」、「1193.68」、及び「1831.96」のペプチドはそれぞれ配列番号1〜3で表わされるアミノ酸配列のペプチドと一致し、目的のタンパク質は99%以上の確率で「アポリポタンパク質A2」と同定された。各ペプチドの精密質量、アミノ酸配列、及び配列番号の対応関係を第1表に示す。
なお、成熟型のマウス由来アポリポタンパク質A2は、配列番号4で表わされる78個のアミノ酸からなり、分子量が8736、等電点が4.94、と報告されている。一方、本実施例でアポリポタンパク質A2と同定されたタンパク質の分子量は約7900、等電点は4.94であった。このことから、当該タンパク質は配列番号4のアミノ酸番号1(Glu)から70(Leu)に相当するアポリポタンパク質A2の断片であることが示唆された。当該アポリポタンパク質A2断片のアミノ酸配列を配列番号5に示す。
2.マーカー物質(A6)の精製と同定
強陰イオン交換カラムHiTrap Q HP(GEヘルスケア社)を平衡化バッファー(50mM Tris−HCl pH9.0,1M 尿素,0.22% CHAPS)にて平衡化した。マウス標準血漿500μLに対して変性バッファー(50mM Tris−HCl pH9.0,9M 尿素,2% CHAPS)を750μL加えて変性処理した後、平衡化した前記カラムに添加した。添加時の素通り画分を回収した。
強陽イオン交換カラムMonoS 5/50 GL(GEヘルスケア社)を前記平衡化バッファーで平衡化した。このカラムに回収画分を添加した。バッファーA(50mM Tris−HCl)とバッファーB(50mM Tris−HCl,1M NaCl)を用いたグラジエント溶出(バッファーB:0%−15%/20CV,15%−100%/5CV,流速:1mL/分)により、20mL付近に溶出されたピークを分取した。このピークに対してSELDI−TOF−MS分析を行い、精製過程における酸化修飾などによる誤差の範囲内でマーカー物質(A6)と同等の質量/電荷比を示すピークを確認した。
分取した画分をアセトン沈殿処理した後、ポリペプチド分離用ゲルDRC NTH−5A0Tゲル(DRC社)を用いてSDS−PAGEを行った(図11)。分離されたバンド(図11の矢印)を切り出してタンパク質を抽出し、SELDI−TOF−MS分析を行い、マーカー物質(A6)と同等の質量/電荷比を示すピークを確認した(図12)。
あらためて同様のSDS−PAGEを行って目的のタンパク質を含むバンドを切り出し、上記1と同様にしてゲル内消化及び質量分析を行ったところ、少なくとも8個のピークが検出され、それらの精密質量は、「725.35」、「862.45」、「994.57」、「1018.55」、「1108.58」、「1236.67」、「1312.63」、及び「1482.74」と算出された。これらのデータを元に上記1と同様にしてペプチドマスフィンガープリンティングを行ったところ、精密質量「725.35」、「862.45」、「994.57」、「1018.55」、「1108.58」、「1236.67」、「1312.63」、及び「1482.74」のペプチドはそれぞれ配列番号6〜13で表わされるアミノ酸配列のペプチドと一致し、目的のタンパク質は99%以上の確率で「補体C3a」と同定された。各ペプチドの精密質量、アミノ酸配列、及び配列番号の対応関係を第2表に示す。
なお、報告されているマウス由来補体C3aのアミノ酸配列は配列番号14で表される78個のアミノ酸からなり、分子量が9225、等電点が9.45、と報告されている。一方、本実施例で「補体C3a」と同定されたタンパク質の分子量は約9100、等電点は9.27であった。このことから、当該タンパク質は配列番号14のアミノ酸番号1(Ser)から77(Ala)の部分に相当する、補体C3aからC末端アミノ酸のArgが欠失したタンパク質「補体C3a des Arg」であることが示唆された。「補体C3a des Arg」のアミノ酸配列を配列番号15に示す。
3.マーカー物質(A7)の精製と同定
強陰イオン交換樹脂Q−Ceramic HyperDF(日本ポール社)を充填したカラム(1mL)を平衡化バッファー(50mM Tris−HCl pH9.0,1M 尿素,0.22% CHAPS)にて平衡化した。マウス標準血漿300μLに対して変性バッファー(50mM Tris−HCl pH9.0,9M 尿素,2% CHAPS)を450μL加えて変性処理した後、平衡化した前記カラムに添加した。添加時の素通り画分を回収した。
分取した画分の一部をアセトン沈澱処理した後、2次元電気泳動を行った(図13)。1次元目にはGEヘルスケア社製Immobiline DryStrip pH6-11, 7cmを、2次元目にはDRC社製ポリペプチド分離用ゲル(15−20%)NTH−5A0Tを用いた。さらに、図13の矢印で示したスポットを切り出してタンパク質を抽出し、SELDI−TOF−MS分析を行い、精製過程における酸化修飾などによる誤差の範囲内でマーカー物質(A7)と同等の質量/電荷比を示すピークを確認した(図14)。
上記1と同様にして2次元電気泳動による精製、ゲル内消化、及び質量分析を行ったところ、少なくとも3個のピークが検出され、それらの精密質量は、「1193.66」、「1657.79」、及び「1831.97」と算出された。これらのデータを元に上記1と同様にしてペプチドマスフィンガープリンティングを行ったところ、精密質量「1193.66」、「1657.79」、及び「1831.97」のペプチドはそれぞれ配列番号16〜18で表わされるアミノ酸配列のペプチドと一致し、目的のタンパク質は99%以上の確率で「プロ−アポリポタンパク質A2」と同定された。各ペプチドの精密質量、アミノ酸配列、及び配列番号の対応関係を第3表に示す。
なお、マウス由来プロ−アポリポタンパク質A2のアミノ酸配列は配列番号19のとおりであり、これは、配列番号4に示したアポリポタンパク質A2のN末端側に5個のアミノ酸からなるプロペプチドが付加された構造と同じである。
4.マーカー物質(A8)の精製と同定
強陰イオン交換カラムHiTrap Q HPを平衡化バッファー(50mM Tris−HCl pH9.0,1M 尿素,0.22% CHAPS)にて平衡化した。マウス標準血漿1mLに対して変性バッファー(50mM Tris−HCl pH9.0,9M 尿素,2% CHAPS)を1.5mL加えて変性処理した後、平衡化した前記カラムに添加した。洗浄バッファーA(50mM Tris−HCl pH9.0)でカラムを洗浄し、さらに洗浄バッファーB(50mM Tris−HCl pH7.0)にてカラムを洗浄した。次に溶出バッファー(50mM Tris−HCl pH7.0,50mM NaCl)にてステップワイズ溶出し、ピーク画分を分取した。
分取した画分をアセトン沈殿処理した後、ポリペプチド分離用ゲルDRC NTH−5A0Tゲルを用いてSDS−PAGEを行った(図15)。分離されたバンド(図15の矢印)を切り出してタンパク質を抽出し、SELDI−TOF−MS分析を行い、精製過程における酸化修飾などによる誤差の範囲内でマーカー物質(A8)と同等の質量/電荷比を示すピークを確認した(図16)。
あらためて同様のSDS−PAGEを行って目的のタンパク質を含むバンドを切り出し、上記1と同様にしてゲル内消化及び質量分析を行ったところ、少なくとも6個のピークが検出され、それらの精密質量は、「1382.63」、「1510.73」、「1554.82」、「2438.17」、「2517.20」、及び「3123.48」と算出された。これらのデータを元に上記1と同様にしてペプチドマスフィンガープリンティングを行ったところ、精密質量「1382.63」、「1510.73」、「1554.82」、「2438.17」、「2517.20」、及び「3123.48」のペプチドはそれぞれ配列番号20〜25で表わされるアミノ酸配列のペプチドと一致し、目的のタンパク質は99%以上の確率で「トランスサイレチン」と同定された。各ペプチドの精密質量、アミノ酸配列、及び配列番号の対応関係を第4表に示す。
なお、報告されているマウス由来トランスサイレチンのアミノ酸配列は配列番号26に示すとおりである。