JP5751609B2 - 特性が改変された細胞の生産方法 - Google Patents

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Description

本発明は、特性が改変された細胞の生産方法に関する。
微生物は様々な産業において有効に利用されている。例えばセルロースなどの多糖を原料とするバイオエタノール製造においてはより低コストにエタノール発酵を行うために、高温耐性、高アルコール濃度耐性、高アルコール合成能などの特性を持った酵母を用いることが望ましい。しかしながら、これらの耐性や生産性の向上に関する特性は、単一遺伝子ではなく多数の遺伝子発現の影響を受ける量的形質である。従来これらの多数の遺伝子の影響下にある形質の改変には、何世代にもわたる繰り返し変異導入がなされてきた。しかしながら、通常の塩基置換やDNAの欠失の誘導においては一回の変異処理における形質変化が小さく、多数の形質を同時に扱うことは難しい。また、有用変異と同時に多数の不要な変異が蓄積し、必要な形質を喪失する場合も多いことが知られている。そこで、多数の遺伝子により制御される形質を改変するためには、異なるゲノム間の大規模な再編成を効率的に実施できる方法の開発が要請されている。
従来この種のゲノムの再編成方法として、二倍体の出芽酵母または分裂酵母を用いて、耐熱性多頻度DNA切断酵素を細胞内で一時的に活性化して、2対の同一栄養要求性遺伝子間において相同組換えを生じさせたことが報告されている(特許文献1)。また、細胞をプロトプラスト化して細胞融合することを繰り返して変異の集積化やシャッフリングを繰り返し実施することで所望の特定の獲得を行うことも試みられている(特許文献2)。
特開2006−141322号公報 特表2002−520071号公報
しかしながら、これらの先行技術においては、大規模なゲノム再編成(ゲノム上の大規模な欠失、重複、転座、逆位など)を一挙的に誘導することについては記載されていない。また、特許文献1での組換え頻度は低く、DNA二本鎖切断酵素の一時的発現による大規模再編成の可能性を予見することは困難であった。また、特許文献2に記載されたように、異なる細胞を融合して有用形質を有する融合細胞を得ることができる。しかしながら、融合細胞においては、染色体の構成の変化により減数分裂能を有さず、ゲノム再編成が生じにくくなっているという問題があった。さらに、融合細胞では、継代を繰り返すと染色体の脱落が起こり、当初得られていた有用形質が失われてしまうといった問題もあった。
そこで、本明細書の開示は、大規模なゲノム再編成を生じさせて、効率的に特性の改変された細胞を生産する方法を提供することを目的とする。
本発明者らは、細胞融合とDNA二本鎖切断酵素の一時的作用とを組み合わせることにより、異なるゲノム間において効率的に大規模なゲノム再編成を誘導して、細胞に新たな形質を付与できるという知見を得た。ゲノム再編成の規模度は、予想を超えて大きく、また、特性の変化も予想を超えて大きいものであった。本明細書の開示によれば、これらの知見に基づいて以下の手段が提供される。
(1)特性が改変された細胞の生産方法であって、
2以上の細胞を細胞融合する工程、
を備え、
前記細胞融合工程前、前記細胞融合工程時、及び前記細胞融合工程後の少なくともいずれかにおいて、前記細胞に由来する染色体DNAに対してDNA二本鎖切断酵素を一時的に作用させる、生産方法。
(2) さらに、
前記DNA二本鎖切断酵素を発現誘導する工程と、
前記DNA二本鎖切断酵素を作用可能に活性化する工程と、
を備える、(1)に記載の生産方法。
(3)前記発現誘導工程に先だって、前記DNA二本鎖切断酵素をコードする外来性DNAを前記細胞に導入する工程を備える、(2)に記載の生産方法。
(4)前記DNA二本鎖切断酵素は、CUP1プロモーターの制御下に発現可能に保持されている、(3)に記載の生産方法。
(5)前記発現誘導工程は、前記細胞の培地に銅イオン化合物を添加することを含む、(4)記載の生産方法。
(6) 前記DNA二本鎖切断酵素の発現誘導工程及び前記活性化工程を、細胞融合工程に先立って融合すべき細胞に対して実施する、(2)〜(5)のいずれかに記載の生産方法。
(7)前記DNA二本鎖切断酵素の発現誘導工程及び前記活性化工程を、前記細胞融合工程後に細胞融合後の融合細胞に対して実施する、(2)〜(5)のいずれかに記載の生産方法。
(8)前記細胞は、接合不可能な一倍体酵母である、(1)〜(7)のいずれかに記載の生産方法。
(9)前記酵素は、耐熱性多頻度DNA切断酵素である、(1)〜(8)のいずれかに記載の生産方法。
(10)(1)〜(9)いずれかの生産方法によって生産される、酵母。
(11)細胞育種用の発現カセットであって、
CUP1プロモーターの制御下にDNA二本鎖切断酵素をコードする遺伝子を保持する、カセット。
(12)(11)に記載の発現カセットを保持する、発現ベクター。
(13)細胞のゲノム再編成のためのキットであって、
誘導的プロモーターの制御下にDNA二本鎖切断酵素をコードする遺伝子を保持する発現ベクターと、
細胞融合のための1又は2以上の試薬と、
を含む、キット。
(14) 前記誘導的プロモーターは、CUP1プロモーターである、(13)に記載のキット。
(15)細胞におけるゲノムの再編成方法であって、
CUP1プロモーターの制御下に発現可能にDNA二本鎖切断酵素をコードするDNAを保持する前記細胞に対して銅イオン化合物を供給して前記DNA二本鎖切断酵素の発現誘導する工程と、
前記DNA二本鎖切断酵素を作用可能に活性化する工程と、
を備える方法。
(16)前記酵素は、耐熱性多頻度DNA切断酵素であり、
前記活性化工程は、前記細胞の加熱処理を含む、(15)記載の方法。
TaqIの誘導発現後の熱処理による生存率の低下を示す図である。 TaqIシステムによる高凝集性酵母の獲得について示す図である。 高凝集性酵母のゲノム再編成(ゲノムタイリングアレイのデータの一部)を示す図である。 TaqIシステムによる巨大細胞型酵母の獲得を示す図である。 巨大細胞型酵母のゲノム再編成(タイリングアレイデータの一部)を示す図である。 TaqIシステムにより生じた巨大細胞型酵母の細胞体積を示す図である。 TaqIシステムを適応した細胞融合酵母細胞の真円度を示す図である。 TaqIシステムを適応した細胞融合酵母細胞の形態を示す図である。 TaqIシステムを適応した細胞融合酵母細胞のサイズを示す図である。 TaqI活性化後に得られたサイズの大きくなった変異株の形態を示す図である。 変異株の細胞長辺の長さの比較を示す図である。 変異株の細胞辺の長さの比の比較を示す図である。 TaqI活性後に得られた変異株におけるゲノム再編成モデルを示す図である。
本明細書の開示は、特性が改変された細胞の生産方法に関する。本明細書の開示によれば、2以上の細胞を細胞融合する工程、を備え、前記細胞融合工程又は細胞融合工程後において、前記細胞に由来する染色体DNAに対してDNA二本鎖切断酵素を一時的に作用させる。これにより、通常では起こりにくいゲノムの大規模な再編成が効果的に誘導され様々な形質を発現する細胞を得ることができる。
本明細書の開示によれば、自然界で接合が不可能な細胞であっても、細胞融合とDNA二本鎖切断酵素による、ゲノムDNAの二本鎖切断および遺伝的組換えの誘導を行うことにより、細胞融合の親細胞が持つ2種のゲノム間の再編成の誘発が可能になることを示している。したがって、ゲノムの大規模な再編成はゲノムの多様性を増加し、有用菌株を取得する方法として有効だと考えられる。本発明により異なる2種のゲノムを持つ融合細胞において再編成を誘導することにより、ゲノムの多様性の増加を可能にし、有性生殖を経ないで新しい微生物細胞の育種が可能となる。
また、本明細書の開示によれば、TaqIシステムにおいて培地の交換を必要とせずに簡便な発現誘導および、非誘導時の発現時の抑制が課題となっていた。そこで、CUP1プロモーターでDNA二本鎖切断酵素を発現することにより、非誘導時のDNA二本鎖切断酵素の発現を抑制、培地の洗浄工程の省略および宿主菌株のガラクトース資化性の有無によることなく二本鎖切断酵素を誘導することが可能となる。
なお、本明細書において、「遺伝的組換え」とは、広い意味において、DNA間で起きるDNA切断・再結合現象を意味する。本発明における「遺伝的組換え」には、相同組換え、非相同組換え、遺伝子変換、逆位、不等交叉、交叉、転座、コピー数変動、染色体融合、変異が含まれる。また、「再編成」とは、「遺伝的組換え」頻度の上昇に伴い、既存のゲノム配列間において組換えが起こり、その結果、部分的又は全体的にゲノム配列に変化を生じることを意味する。
以下、本明細書の開示に含まれる種々の実施形態について詳細に説明する。
〔特性が改変された細胞の生産方法〕
〔細胞融合工程〕
本明細書に開示される、特性が改変された細胞の生産方法は、2以上の細胞を細胞融合する工程を備えることができる。本明細書において、細胞とは、特に限定しないが、真核細胞であることが好ましく、例えば、植物細胞、動物細胞、真核微生物細胞が挙げられる。真核微生物細胞としては、麹菌や出芽酵母や分裂酵母などの酵母が挙げられる。また、融合される細胞は一倍体であっても二倍体であってもよい。
細胞融合に供する2以上の細胞は、例えば、接合型がα型とa型を持ち、α型とa型の一倍体同士でのみ接合が可能な出芽酵母において、α型あるいはa型の一倍体同士の組み合わせであってもよい。また、細胞融合に供する2以上の細胞は、特に限定しない。同じ種に属する同種細胞であってもよいし、異なる種に属する異種細胞であってもよい。
細胞融合工程は、公知の手法に基づいて実施できる。通常、ポリエチレングリコール法、センダイウルス法、電気穿孔法等が用いられる。また、細胞融合に先立って、細胞壁を有する細胞の場合には、プロトプラスト化しておくことが好ましい。プロトプラスト化は、公知の方法に基づいて実施することができ、典型的には、細胞壁溶解酵素で細胞を処理することが行われる。
〔DNA二本鎖切断酵素〕
本生産方法では、細胞融合工程前、細胞融合工程時、及び細胞融合工程後の少なくともいずれかにおいて、融合させる細胞に由来する染色体DNAに対してDNA二本鎖切断酵素を作用させることができる。こうすることで、大規模なゲノム再編成を効率的に誘導し実現できる。
本生産方法で用いるDNA二本鎖切断酵素は、特に限定しないが、ゲノムにおける切断箇所の数が遺伝的組換え効率に寄与するため、適宜設定される。例えば、DNA上の4塩基〜6塩基程度を認識部位とするDNA二本鎖切断酵素が好ましい。4塩基〜5塩基の認識部位とするDNA二本鎖切断酵素がより好ましく、4塩基の認識部位とすることがさらに好ましい。このようなDNA二本鎖切断酵素としては、特に限定されないが、TaqI、TspRI、Tsp45I、Sse9I、MseI、DnpI及びCviAII等を挙げることができる。これらのうち例えば耐熱性制限酵素であるTaqIは、4塩基を認識部位とし、しかも、温度処理により活性化することができ、後述するような一時的な作用に好都合であるからである。
DNA二本鎖切断酵素は融合される細胞あるいは融合された細胞の染色体DNAに一時的に作用させることが好ましい。DNA二本鎖切断酵素が継続的に作用すると、DNAが不安定化し、取得した形質を維持できなくなるからである。ここで、染色体DNAに一時的に作用させるとは、意図したタイミングにおいてのみ一時的作用させることを意味する。すなわち、当該タイミング以外ではDNA二本鎖切断酵素は作用させずに意図したタイミング後に初めてDNA二本鎖切断酵素を作用させ、一定期間後には、DNA二本鎖切断酵素の作用を低下ないし停止させる。細胞融合とDNA二本鎖切断酵素の作用とによりゲノムの再編成を誘導するには、DNA二本鎖切断酵素を作用させるタイミングが重要であるからである。
DNA二本鎖切断酵素を確実に意図的に一時的に作用させるためには、DNA二本鎖切断酵素を発現誘導し、さらに、発現させたDNA二本鎖切断酵素を作用可能に活性化することが好ましい。酵素を発現誘導するには、誘導的プロモーターの制御下に発現可能にDNA二本鎖切断酵素をコードするDNAを有する発現カセットを細胞が保持していることが好ましい。こうした細胞は、このような発現カセットを備える発現ベクター等のDNAコンストラクトで細胞を形質転換することによって取得することができる。より具体的には、適当なDNAコンストラクトで細胞融合工程に先立って融合すべき細胞を形質転換するか、あるいは細胞融合工程後の融合細胞を形質転換すればよい。
誘導的プロモーターは、GAL1及びGAL10などのガラクトース誘導性プロモーター、Tet−onシステム/Tet−offシステムなどのドキシサイクリンの添加による誘導/除去による誘導システムに用いるプロモーター、HSP10、HSP60、HSP90などの熱ショックタンパク質(HSP)をコードする遺伝子のプロモーター等を用いることができるが、好ましくは、銅イオンの添加で活性化するCUP1プロモーターを用いる。CUP1プロモーターを用いることで、グルコース等の炭素源を含み銅イオンを含まない培地で細胞を培養し、その後銅イオン化合物を培地に添加して培養することでDNA二本鎖切断酵素を発現誘導することができる。銅イオンの添加濃度は適宜設定できるが、例えば、50μM以上300μM以下程度とすることができる。また、培養時間は、1時間〜6時間程度とすることができる。なお、発現誘導と同時にDNA二本鎖切断酵素を活性化しないためには、DNA二本鎖切断酵素の活性化条件に該当しない温度等(例えば、30℃程度)で細胞を培養することが好ましい。
なお、CUP1プロモーターの場合、銅イオン化合物を培地に添加することによりプロモーターを活性化できるため、ガラクトース誘導時のようにそれまでの炭素源を除去するような菌体洗浄工程を回避することができる。この結果、意図的なDNA二本鎖切断酵素の発現誘導及び活性化を簡易にかつ迅速に実行できる。なお、発現カセットは、適当なターミネーターやエンハンサー等を備えることもできる。
DNA二本鎖切断酵素を作用可能に活性化するには、特定の条件下で活性化するDNA二本鎖切断酵素を発現誘導し、当該DNA二本鎖切断酵素に対して特定条件(温度や金属イオンなど)を付与することが好ましい。DNA二本鎖切断酵素を作用可能に活性化するには、酵素を作用させる細胞の至適培養条件とは異なる条件下で行う事が好ましい。ここで「細胞の至適培養条件とは異なる条件」とは、当業者において選択可能な条件であれば如何なる条件でもよいが、例えば、用いたDNA二本鎖切断酵素の活性化に必要とされる物質(例えば、金属イオンなど)を添加した条件、又はDNA二本鎖切断酵素の活性化に必要な温度条件などを挙げることができる。特に、制限酵素としては、好熱菌由来の制限酵素であって、酵素を作用させる細胞の至適培養温度よりも高温領域に至適温度を有する制限酵素を使用することがより好ましい。こうしたDNA二本鎖切断酵素としては、耐熱性細菌由来のTaqI等の制限酵素が挙げられる。TaqIを一時的に活性化するには、TaqIを発現誘導した細胞を、1分以上30分以下程度、37℃以上60℃以下、好ましくは40℃以上50℃以下の温度で水中等でインキュベートすればよい。
DNA二本鎖切断酵素を細胞の染色体ゲノムに作用させるには、細胞融合工程前にDNA二本鎖切断酵素を作用させる形態、細胞融合工程時にDNA二本鎖切断酵素をさせる形態、及び細胞融合工程後にDNA二本鎖切断酵素を作用させる形態が挙げられる。
細胞融合工程前にDNA二本鎖切断酵素を作用させる実施形態においては、DNA二本鎖切断酵素の発現誘導及びDNA二本鎖切断酵素の活性化を、細胞融合工程に先立って融合すべき細胞に対して実施することが好ましい。
この実施形態は、例えば以下の工程を含むことができる。
(1)融合しようとする2以上の細胞の少なくとも1つの細胞を、CUPIプロモーター等の誘導的プロモーターの制御下にDNA二本鎖切断酵素が発現される細胞を準備する。融合しようとする全ての細胞において誘導的プロモーターの制御下にDNA二本鎖切断酵素を発現させるようにしてもよい。この工程は、本生産方法の一部として実施されなくてもよい。
(2)次いで、融合すべき細胞の培地に銅イオン化合物を添加して培養し、DNA二本鎖切断酵素を発現誘導する。
(3)その後、細胞をプロトプラスト化する。
(4)次いで、DNA二本鎖切断酵素の活性化処理(TaqIの場合には、37℃〜60℃で数分〜30分程度のインキュベート)を行う。
(5)この後に、通常の細胞融合を行う。
細胞融合工程前に、DNA二本鎖切断酵素を融合させる細胞の染色体DNAに作用させることで、細胞融合時には、ゲノムの切断が進行しており、異なる染色体ゲノム間での組換えを促進し、効率的にゲノム再編成を誘導できる。特に、高頻度に形質の変化(細胞の大型化)などを誘導できる。なかでも、本方法による細胞の大型化は、ゲノムの倍数性に依存せず、一倍体よりも若干多いゲノムDNAであっても、3〜4コピー程度の細胞サイズに大型化している点において特徴的である。また、細胞融合工程に先立ってDNA二本鎖切断酵素を活性化して融合前の細胞の染色体DNAに作用させる場合には、活性化程度(温度や時間等)で融合前の細胞におけるゲノムの切断頻度を制御できる。このため、融合すべき細胞のうち、ベースとしたいゲノムの細胞には緩い活性化処理を施し、部分的に有用遺伝子を含む等のゲノムを有する細胞には強い活性化処理を行うことで、細胞融合後の染色体ゲノムの組成や構造を制御することができる。
なお、後述するように、細胞融合前にDNA二本鎖切断酵素が活性化され、その後細胞融合工程に供された場合、DNA二本鎖切断酵素の活性化状態は細胞融合工程においても継続されている場合が多いため、DNA二本鎖切断酵素の作用は実質的に細胞融合工程に及ぶことになり、効果的である。また、DNA二本鎖切断酵素の活性化処理後において冷却処理してDNA二本鎖切断酵素の活性を低下させた場合、その後はできるだけ早く細胞融合工程に供してDNAの修復を回避することが好ましい。
細胞融合工程時においてDNA二本鎖切断酵素を作用させる実施形態においては、DNA二本鎖切断酵素の発現誘導後におけるDNA二本鎖切断酵素の活性化を、既述のように細胞融合工程に先だってあるいは細胞融合工程において細胞に対して実施することが好ましい。細胞融合工程における細胞に対してDNA二本鎖切断酵素の活性化を行う実施形態は、例えば以下の工程を含むことができる。
(1)融合しようとする2以上の細胞の少なくとも1つの細胞を、CUP1プロモーター等の誘導的プロモーターの制御下にDNA二本鎖切断酵素が発現される細胞を準備する。
(2)次いで、融合すべき細胞の培地に銅イオン化合物を添加して培養し、DNA二本鎖切断酵素を発現誘導する。
(3)その後、細胞をプロトプラスト化する。
(4)次いで、通常の細胞融合を行う。細胞融合とともに、DNA二本鎖切断酵素の活性化処理(TaqIの場合には、37℃〜60℃で数分〜30分程度のインキュベート)を行う。
(5)その後、必要に応じて細胞を冷却し、適切なタイミングで細胞融合を終了する。
細胞融合の操作や条件等を考慮すると、細胞融合工程に先立ってDNA二本鎖切断酵素を活性化しゲノムに対して作用させ、その活性を維持させた状態で細胞融合工程でもゲノムに対して作用させることが好ましい。
また、細胞融合工程後にDNA二本鎖切断酵素を細胞の染色体DNAに作用させる実施形態においては、細胞誘導後の融合細胞に対してDNA二本鎖切断酵素の発現誘導及びDNA二本鎖切断酵素の活性化を行うことが好ましい。ここで、融合細胞とは、細胞融合工程後において融合前細胞のゲノムのマーカー遺伝子による選抜により安定的に両者ゲノムを有していることが確認できている融合細胞を意味している。
この実施形態は、例えば、以下の工程を含むことができる。
(1)従来の方法に従って、融合すべき細胞を融合し、安定的な融合細胞を取得する。
(2)取得した融合細胞を、CUP1プロモーター等の誘導的プロモーターの制御下にDNA二本鎖切断酵素を発現させる発現カセットを有するDNAコンストラクトで形質転換する。
(3)融合細胞の培地に銅イオン化合物を添加して培養し、DNA二本鎖切断酵素を発現誘導する。
(4)次いで、DNA二本鎖切断酵素の活性化処理(TaqIの場合には、40℃〜60℃で数分〜30分程度のインキュベート)を行う。
(5)活性後処理後は、細胞を一旦氷上等に移して、TaqIの活性化を停止させる。
(6)そして、この後に、通常の細胞培養を行う。
細胞融合工程後に、取得した融合細胞に、DNA二本鎖切断酵素を、融合細胞の染色体DNAに作用させることで、融合前細胞に由来する異なる染色体ゲノム間での組換えを促進し、効率的にゲノム再編成を誘導できる。特に、本実施形態によれば、非融合細胞にDNA二本鎖切断酵素を作用させた細胞や、従来の方法で2以上の細胞を融合させた融合細胞においては全く観察されないような形質変化を取得することができる。すなわち、細胞融合工程とDNA二本鎖切断酵素の作用とを組み合わせることにより、安定的な融合細胞においても、高頻度にゲノム再編成を誘導することができる。ここで安定的な融合細胞とは、細胞融合に用いた2以上の細胞の各々の染色体を、遺伝的組換えや二本鎖切断酵素による切断の無い状態で有する細胞、または、遺伝的組換えや、二本鎖切断酵素による切断が生じているいないに関わらず、2以上の細胞の各々の染色体を有する娘細胞を、細胞分裂により生じさせる事ができる細胞を意味する。また、こうした手法によれば、DNA二本鎖切断酵素作用後における融合細胞の生存率も高くなっている点においても有用である。
以上の各種実施形態において、CUP1プロモーターの制御下でTaqIなどのDNA二本鎖切断酵素を発現するように構成されている場合、銅イオン非存在下でDNA二本鎖切断酵素の活性化を行うことが好ましい。銅イオンの存在下での加熱などの活性化処理は、細胞を死滅させてしまうおそれがあるからである。したがって、CUP1プロモーターの制御下で発現されるTaqI等の活性化のための加熱処理に先立って銅イオンの除去工程を適宜実施することが好ましい。
以上説明したように、本明細書に開示される特性の改変された細胞の生産方法によれば、効率的にゲノム再編成を誘導でき、細胞の形質を高頻度及び/又は大きく改変することができる。また、本明細書に開示される生産方法によれば、こうした生産方法によって生産される酵母などの真核細胞も提供される。
〔細胞におけるゲノム再編成方法〕
本明細書に開示される細胞におけるゲノムの再編成方法は、CUP1プロモーターの制御下に発現可能にDNA二本鎖切断酵素をコードするDNAを保持する前記細胞に対して銅イオン化合物を供給して前記DNA二本鎖切断酵素の発現誘導する工程と、前記DNA二本鎖切断酵素を作用可能に活性化する工程と、を備えることができる。本方法によれば、細胞におけるゲノムの再編成を誘導することができる。本再編成方法は、既に説明した本生産方法を構成する工程群の一部でもある。ゲノム再編成の対象となる細胞は、麹菌や酵母など微生物を含む真核細胞であることが好ましい。また、細胞融合前の細胞あるいは細胞融合後の融合細胞であることが好ましい。本生産方法と同様に、DNA二本鎖切断酵素は、TaqI等の耐熱性多頻度DNA切断酵素であることが好ましく、活性化工程は、細胞の加熱処理を含むことができる。そのほか、本再編成方法における各種形態は、本生産方法における各種形態を適用することができる。
〔発現カセット、発現ベクター等〕
本明細書に開示される細胞育種用の発現カセットは、CUP1プロモーターの制御下にDNA二本鎖切断酵素をコードする遺伝子を保持することができる。こうした発現カセットは、酵母等の真核細胞においてゲノム再編成を誘導して新規な細胞を育種するのに有用である。また、こうした発現カセットを含む発現ベクター等のDNAコンストラクトも提供される。発現ベクターは、形質転換する細胞の種類に応じて適宜その従来公知の発現ベクターに応じて構成することができる。DNAコンストラクトは、発現カセットを染色体導入形態に構成することもできるし、染色体外で保持される形態に構成することもできる。
また、こうした発現ベクター等で形質転換されて、CUP1プロモーターの制御下にDNA二本鎖切断酵素をコードするDNAを保持する酵母などの真核細胞の形質転換体は、育種用材料として好ましい。
〔細胞のゲノム再編成のためのキット〕
本明細書に開示されるキットは、細胞のゲノム再変成のためのキットであって、誘導的プロモーターの制御下にDNA二本鎖切断酵素をコードする遺伝子を保持する発現ベクターと、細胞融合のための1又は2以上の試薬と、を含むことができる。このキットによれば、細胞融合とDNA二本鎖切断酵素の一時的作用とを組み合わせたゲノム再編成を効率的に誘導し実現できる。このキットにおいて、細胞、誘導的プロモーター、DNA二本鎖切断酵素等、既に本明細書において説明した事項について、既述の実施態様を適用することができる。細胞融合のための1又は2以上の試薬としては、細胞融合の手法に応じて、従来公知の試薬が挙げられる。例えば、エチレングリコール、プロトプラスト化のための細胞壁溶解酵素等が挙げられる。
以下に、本明細書の開示を具体例を挙げて説明するが、本明細書の開示は、以下の具体例に限定されるものではない。
(CUP1プロモーターを用いたTaqI誘導発現系の構築)
ガラクトース等の糖の資化性有無によらず、あらゆる酵母株に対してTaqI 遺伝子の発現を誘導するためには、汎用的な遺伝子制御プロモーターの下流にTaqIを連結する必要がある。そこで、本実施例では、銅イオンに応答して転写制御を行うCUP1プロモーターを利用した系を構築した。
CUP1プロモーターは銅イオン濃度に応答して発現が誘導されることが知られている。pORF-CLONE(MoBiTec社)のBamHIとPstIサイトに、Thermus Thermophilus HB8由来のTaqI遺伝子の下流側にV5タグをコードする遺伝子を付加した融合タンパク質(配列番号2)をコードする遺伝子を挿入した。作製したプラスミドベクターをpORF-CLONE-TaqI(配列番号1)とした。pORF-CLONE-TaqIにおいては銅イオン処理により、TaqIにV5epitope、6xHIS、PreScission protease recognition sequence (6P)が付加されたタンパク質の発現が誘導される。pORF-CLONE-TaqIおよびコントロールとしてpORF-CLONEをHJY12株に導入し、pORF-CLONE-TaqI/ HJY12およびpORF-CLONE/ HJY12を作製した。
pORF-CLONE-TaqI/ HJY12を通常の培養に用いる最少培地(SD-LEU培地(2%グルコース、0.67% yeast nitrogen base、0.69 g/l CSM-LEU))を用いて30℃で24時間培養した。培養した株を破砕して全タンパク質を抽出し、V5タグ抗体を用いてウェスタンブロッティングを行ったところ、銅イオン非添加にも関わらずTaqIタンパク質が発現していることが明らかになった。
そこで、新たな銅イオンを含まない合成培地MM培地(0.2%リン酸二水素カリウム、0.1%硫酸マグネシウム、0.1%硫酸アンモニウム、2%グルコース、2 ng/mlビオチン、0.4 μg/mlパントテン酸カルシウム、2 ng/ml葉酸、0.4 μg/mlナイアシン、0.2 μg/ml 4-アミノ安息香酸、0.4 μg/mlピリドキシン塩酸塩、0.2 μg/mlリボフラビン、0.4 μg/mlチアミン塩酸塩、2 μg/mlイノシトール、10 μg/mlアデニン、50 μg/mlアルギニン塩酸塩、80 μg/mlアスパラギン酸、20 μg/mlヒスチジン塩酸塩、50μg/ml イソロイシン、50 μg/mlリジン塩酸塩、20 μg/mlメチオニン、50 μg/mlフェニルアラニン、100 μg/mlスレオニン、50 μg/mlトリプトファン、50 μg/mlチロシン、20μg/mlウラシル、140μg/mlバリン)を用いてpORF-CLONE-TaqI/ HJY12を培養した結果、CUP1プロモーターによるTaqIの発現のバックグラウンドレベルがほぼ完全に抑制された。
次いで、pORF-CLONE-TaqI/ HJY12およびpORF-CLONE/ HJY12を銅イオンを含まない合成培地で一晩(16〜18時間)培養後、150 μM硫酸銅を加え、30oCで4時間培養することで、TaqIの発現誘導を行った。さらに滅菌MilliQ水で細胞を洗った後、滅菌MilliQ水で5×105 cells/mlとし、30oCまたは42oCで0分、10分、20分、30分間熱処理を行った。熱処理後は速やかに氷上に移し、YPDプレートにまき、30oCで2日間培養を行い生存率を測定した。結果を図1に示す。
図1に示すように、pORF-CLONE-TaqI/ HJY12において、銅イオン処理によりTaqIの発現を誘導後し熱処理を行った株のみ生存率の低下が認められた。これは、TaqIタンパク質によりゲノムDNA切断された結果生存率が低下したと考えられる。以上の結果から、宿主の糖資化性によることなく事実上ほとんどの酵母種でTaqIを始めとするDNA切断酵素を導入と、誘導発現が可能になった。以下の実施例では、上記合成培地をTaqIシステム導入酵母に用いた。
(酵母の細胞融合とTaqI遺伝子発現誘導による酵母の形質改変)
本実施例では、バックグラウンドの異なる出芽酵母株YPH499(S288c)とS799(SK1)を細胞融合し、得られた細胞融合株についてADE2遺伝子座における組換えの検出を行った。YPH499のADE2遺伝子座には変異が入っており、培地中のアデニンが枯渇するとアデニン合成中に代謝産物が蓄積し、赤色のコロニーを形成する。一方、S799のADE2遺伝子座は正常であるため白色のコロニーを形成する。細胞融合株ではヘテロであるため白色のコロニーを形成する。TaqI遺伝子の発現によりDNAの切断・断片化が誘導され結果として、ADE2遺伝子座で野生型の配列が失われる可能性がある。その場合、赤色のコロニーを形成する。赤色のコロニーが出現する頻度を測定することで、組換え、表現型の変化の検出を行った。以下に具体的な方法を示す。
公知のプロトプラスト法を用いてS799(MATa arg4 HIS3 ADE2)とYPH499(MATa ARG4 his3 ade2)の細胞融合を行った。細胞融合株を栄養要求性により取得し、蛍光色素で染色した細胞をフローサイトメーターによって解析することにより、二倍体と同等のDNA量を持つことを確認した。なおこの株はMATa/aの二倍体であり、減数分裂は起こらない。したがって、体細胞組換えによってのみade2遺伝子座の組換えが引き起こされ、ade2/ade2の遺伝子型になることにより赤色のコロニーが生じる。
得られた細胞融合株にTaqI発現用プラスミドpORF-CLONE-TaqIを形質転換した。コントロール株として、空ベクターpORF-CLONEを形質転換した。得られた形質転換体を150 μMのCuSO4存在下で30oCで4時間培養しTaqIの発現誘導を行った。ウエスタン解析によりTaqIタンパク質の発現を確認後、さらに、42oCで30分間インキュベーションし、TaqIタンパク質の活性化を行った。その後酵母細胞を1/5量のアデニンを含むSD培地で30oCで培養を行い、白色コロニーおよび赤色コロニーの数を計測し、ADE2遺伝子座の体細胞組換え効率の測定を行った。結果を表1に示す。
表1に示すように、TaqIを発現させ、熱処理による活性化を行った場合にのみ、ADE2遺伝子座で組換え(1.5%)が検出された。以上の結果から、TaqIを発現誘導し、さらに、加熱によりTaqIを活性化合物することにより、体細胞組換えを効果的に向上できることがわかった。なお、組換え率1.5%は従来に比較して顕著に高い組換え率であった。
(TaqI遺伝子を発現する酵母の細胞融合による形質改変)
本実施例では、TaqIを発現誘導しかつ活性化した状態のプロトプラストを細胞融合して酵母の特性を改変した。まず、CUP1プロモーター下流に配置したTaqI 遺伝子を有するベクターを、S799(MATa arg4 HIS3 ADE2)とYPH499(MATa ARG4 his3 ade2)に形質転換した。得られた形質転換体を、150 μMのCuSO4存在下、30oCで4時間培養しTaqI遺伝子の発現を誘導した。その後、得られた2種類のTaqIを発現する細胞をプロトプラスト化し、さらに42℃で30分間TaqIタンパク質の活性化処理を行った。
次いで、両細胞由来のプロトプラストを細胞融合させ、アルギニン、ヒスチジンの栄養要求性により融合細胞を選抜し、その結果8個のコロニーが得られた。
取得したコロニーの表現型を解析した。図2及び図4に示すように、それらのうち1株(YRT26)は、高度の細胞の凝集性を示し、超音波処理により細胞を分散後、30秒の振盪を行って、30秒放置すると巨大な凝集塊を生じて沈降した。標準酵母株では、このような高凝集性は全く観察されない。さらに、この株のゲノムDNAの構造を、酵母ゲノムタイリングアレイ(GeneChip S. cerevisiae Tiling 1.0R Array)で解析した結果を図3に示す。図3に示すように、複数箇所において変異が導入されていることが明らかになった。
また、別の1株(YRT28)については、細胞の巨大化が認められ、通常の細胞に比べて直径が最大2倍程度増大していた(図4参照)。この株のゲノムDNAを、ゲノムタイリングアレイで解析した結果を図5に示す。図5に示すように、第12番染色体の一部の配列(120kbpに及ぶ)が重複していることが明らかになった。
図6に示すように、これらのYRT26及びYRT28の細胞の体積が親株に比べて3〜4倍程度増大していた。さらに、これらの細胞あたりに含まれるDNA量を蛍光染色した細胞をフローサイトメーターに供することで解析したところ、一倍体より若干多めのDNA量であった。通常一倍体酵母同士の細胞融合では、二倍体酵母が作製され、細胞の体積は2倍程度の増大する(Nature. 2006 Oct 5;443(7111):541-7)。今回取得した酵母株は一倍体に近い染色体組成で有りながら細胞体積が3〜4倍に増大しており、遺伝的に大幅な変化が生じたと考えられる。また、これらのゲノムの大規模再編成や酵母細胞の性質の変化は、その出現率が25%と極めて高かった。またその他のコロニーについてもコロニーのサイズが通常のコロニーと比べると小さくなっており、なんらかの、遺伝的変化が引き起こされた可能性が高い。
以上の結果から、細胞融合にTaqIを一時的に組み合わせることにより、極めて高い率で改変体を得られることがわかった。また、得られる改変体の特性も、親株に比べて大きく変化していることがわかった。
(細胞融合酵母株および二倍体酵母におけるTaqI遺伝子発現効果と細胞融合のみの効果の比較)
次に、細胞融合後に、TaqIを導入発現した場合の効果を検証するために以下の解析を行った。まず、s799とYPH499をPEG法により細胞させ、アルギニン、ヒスチジンの栄養要求性により融合細胞を選抜し、安定的な細胞融合株を得て、得られた細胞融合株にpORF-CLONE-TaqIを導入し、YRT14を得た。次に、SK1由来の二倍体 MJL1720(MAT a/αura3/ura3 lys2/lys2 ho::LYS2/ho::LYS2 leu2Δ/leu2Δ arg4-bgl/arg4-nsp cyh2-z/cyh2-z)にpORF-CLONE-TaqIが導入されたYRT43、およびpORF-CLONEが導入されたYRT44株をそれぞれ取得した。
YRT14をSD-LEU, HIS, ARG培地で、YRT43とYRT44をSD-LEU培地で、30℃で2 〜3 x106 cells/mlになるまで振とう培養した(YRT14は2.0 x106 cells/ml、YRT44は1.6 x106 cells/ml、YRT43は2.6 x106 cells/ml)。
得られた培養液を2つに分けた。一方に100 mM CuSO4(終濃度150 μM)を加え、もう一方には加えずに、30℃でさらに4時間振とう培養した。えられた各培養液を2つに分け(一方は熱処理用、もう一方は室温用)、滅菌したMilli Qで1回細胞を洗い、5 x106 cells/mlになるように滅菌したMilliQに懸濁した。
得られたサンプルを42℃または室温で20分間インキュベーションし、その後氷上に移した。これらをそれぞれ2000倍に希釈して、100 μlをSD-HISプレートに植菌した。ただし、YRT14(銅イオン添加、熱処理)とYRT44(銅イオン添加、熱処理)は、100倍希釈して、100 μlをプレートに植菌した。これらのプレートを30℃で2〜3日間インキュベーションした。次に生えてきたコロニー数を測定した。その後、各プレート10個のコロニーを選び、1 ml SD-HIS培地に植菌し30℃で振とう培養した。増殖した細胞を70%エタノールで固定し、細胞をPBSで洗った後、少量のPBSに懸濁し、顕微鏡で観察した。顕微鏡写真を用いて細胞の真円度(面積/外周2、1.0に近いほど完全な円を示す。)と面積を、各サンプル100個以上を目安に測定した。結果を表2に示す。
表2に示すように、TaqIシステム実施後に生えてきたコロニーを数えると、銅イオンなしや熱処理なしと比較して、大幅に減少していた。SK1由来の二倍体と細胞融合株においても、S799やYPH499等の一倍体酵母と同様に銅イオン添加と熱処理を行うことにより、TaqIを活性化することが出来た。また、細胞融合株の方で、より多くのコロニーが出現する傾向が認められた。
TaqIシステム実施時の細胞の形態について、真円度を評価した。結果を図7に示す。図7に示すように、pORF-CLONE-TaqIが導入された細胞融合株YRT14に銅イオンを添加し42℃で熱処理を行った場合のみ真円度の低下が認められ、細胞融合を伴わないTaqIの発現・活性化においては、これらの形質変化系統の出現率は非常に低頻度であるか、ほとんど検出されなかった。
また、真円度が低下した系統の細胞を観察した結果を図8に示す。図8に示すように、図の矢印で示したような異常な形態を示す細胞が数パーセント観察された。他のサンプルでは、このような細胞は全く観察されていない。
次に、細胞融合後にTaqI遺伝子を導入したYRT14株において銅イオン処理後に熱処理を行った後、得られた系統をランダムに顕微鏡観察し、TaqIシステム適応時の細胞サイズについて箱ひげ図により分析した。結果を図9に示す。図9に示すように、細胞体積の大きく変化した系統が複数確認された。また、YRT14_TaqI_add42のクローン4とYRT14_TaqI_addRT(細胞融合株でTaqIプラスミド保持、銅イオン添加、加熱処理なし)のクローン9で細胞サイズの大きい細胞が多かった。熱処理なしでも、稀にTaqIの影響を受ける細胞が出る可能性もあると考えられる。一方でTaqI遺伝子を保持しない細胞融合株では細胞サイズの大型化は認められなかった。
また、元の細胞融合株に比べて、細胞体積が極端に増大した株(図10Aの(d))について、他の株とともに定量的分析を行った。具体的には、細胞長辺の長さ、及び細胞の軸比を測定した。結果を、図10B及び図10Cに示す。なお、図10Aにおいて、スケールバーは10 μmである。また、(a)はS799株、(b)はYPH499株、(c)は、本実施例で得た細胞融合のみでTaq1未導入株(Cell Fusion株;CF)及び(d)は本実施例で得られた細胞融合+TaqI導入変異株(Long Mutant株;LM)を示す。
図10B及び10Cに示すように、細胞形態が大きく変化するものが、TaqI活性化後に複数出現することが示された。図10Bに示すように、細胞長辺の長さの平均値からは、S799株、YPH499株、CF株の長辺は約4 μmであるのに対し、変異株(LM)は約8μmであった。エラーバーは標準偏差を示す。また、図10Cには、各株の細胞辺の長さの比の平均値を示すが、S799株、YPH499株、CF株の辺の長さの比は約1.2であり、ほぼ円形であるが、LM株の辺の長さの比は約1.5となり、楕円形になった。エラーバーは標準偏差を示す。
得られた細胞形態が大型化した変異株(LM株)について、酵母ゲノムタイリングアレイ(GeneChip S. cerevisiae Tiling 1.0R Array)を用いて、網羅的に全ゲノムDNAの再編成を検証した。具体的には、変異株のゲノムDNAを断片化し、蛍光標識タグを付加した後、ゲノムタイリングアレイにハイブリダイゼーションし、各遺伝子部位の断片について、 Affymetrix社製のチップスキャナーで蛍光シグナルを測定した。TaqI活性化後のゲノム再編成を調べるため、比較対象として細胞融合株の蛍光シグナルも測定した。また、細胞融合株に対するゲノムタイリングアレイ解析も行った。結果を図11に示す。
図11に示すように、融合前の2系統の一倍体株の総和と比較して、ゲノムの部分的なコピー数の変化がないことが確認された。すなわち、TaqIを活性化しない条件では、16本全ての染色体が安定した二倍体ゲノムとして存在する。上記の解析の結果、第V番染色体においては、S799由来の染色体(黒色部分,以下同じ。)が上端から12%に渡る領域で二倍体化し、YPH499由来の染色体(斜線部分、以下同じ。)が下端から22%に渡る領域で欠損していることが分かった。また、第V番染色体の他に、第VII番染色体、第X番染色体、第XV番染色体の3本の染色体に関して大規模ゲノム再編成の様子が確認された。
以上の結果から、DNA二本鎖切断酵素の発現と細胞融合を組み合わせて実施することにより、異なるゲノムの再編成を高効率で誘導し、細胞に対して新たな形質の付与が可能であることが明らかになった。
あらかじめDNA二本鎖切断酵素を発現し活性を誘導した細胞を融合することにより、高頻度で細胞の大型化を誘導する。細胞のサイズは通常細胞に保持されるゲノムのコピー数により決定されるが、本手法で製造した細胞は1コピーより若干多いゲノムDNAのみを有するにも関わらず、3から4コピーのゲノムを有する細胞と同程度の体積を有していた。また、細胞融合後のTaqI処理によっても、高頻度に真円度が低下し、異常な形態を示す細胞の増加や、細胞サイズの増加が認められた。また、これらの形質の変化は、TaqIシステムを実施した二倍体酵母(細胞融合株でない)や、細胞融合のみを行った細胞融合酵母においては観察されなかった。つまり、細胞融合とTaqIを組み合わせる事により酵母細胞が持つ形質およびゲノム構造を大きく改変可能である事が明らかになった。さらに、CUP1プロモーターでDNA二本鎖切断酵素を発現することにより、発現誘導に先立って培地の洗浄工程を経ることなく、また宿主酵母のガラクトース資化性によることなく二本鎖切断酵素を誘導することが可能であることが明らかになった。
配列番号1:プラスミドベクター
配列番号2:融合タンパク質

Claims (16)

  1. 特性が改変された細胞の生産方法であって、
    2以上の細胞を細胞融合して融合細胞を作製する細胞融合工程、
    を備え、
    前記細胞融合工程前、前記細胞融合工程時及び前記細胞工程融合後の少なくともいずれかにおいて外来性DNA二本鎖切断酵素を一時的に作用させるものであり、
    前記細胞融合工程前及び前記細胞融合工程後においては、前記細胞融合工程に対する一連の処理として、前記2以上の細胞のいずれかの細胞に由来する染色体DNAに前記外来性DNA二本鎖切断酵素を一時的に作用させる、方法。
  2. 前記細胞融合工程前の場合には、前記2以上の細胞のいずれかの細胞において前記外来性DNA二本鎖切断酵素を作用させた状態の前記細胞を前記細胞融合工程に供し、前記細胞融合工程後の場合には、前記2以上の細胞に由来する染色体DNAがそれぞれ維持された状態で前記外来性DNA二本鎖切断酵素を一時的に作用させる、請求項1に記載の生産方法。
  3. さらに、
    前記外来性DNA二本鎖切断酵素を発現誘導する工程と、
    前記外来性DNA二本鎖切断酵素を作用可能に活性化する工程と、
    を備える、請求項1又は2に記載の生産方法。
  4. 前記発現誘導工程に先だって、前記外来性DNA二本鎖切断酵素をコードする外来性DNAを細胞に導入する工程を備える、請求項3に記載の生産方法。
  5. 前記外来性DNA二本鎖切断酵素は、CUP1プロモーターの制御下に発現可能に保持されている、請求項4に記載の生産方法。
  6. 前記発現誘導工程は、前記細胞の培地に銅イオン化合物を添加することを含む、請求項に記載の生産方法。
  7. 前記外来性DNA二本鎖切断酵素の発現誘導工程及び前記活性化工程を、細胞融合工程に先立って融合すべき細胞に対して実施する、請求項3〜6のいずれかに記載の生産方法。
  8. 前記外来性DNA二本鎖切断酵素の発現誘導工程及び前記活性化工程を、前記細胞融合工程後に細胞融合後の融合細胞に対して実施する、請求項3〜6のいずれかに記載の生産方法。
  9. 前記細胞は、接合不可能な一倍体酵母である、請求項1〜のいずれかに記載の生産方法。
  10. 前記外来性DNA二本鎖切断酵素は、耐熱性多頻度DNA切断酵素である、請求項1〜のいずれかに記載の生産方法。
  11. 請求項1〜10のいずれかに記載の細胞の生産方法に用いるキットであって、
    誘導的プロモーターの制御下にDNA二本鎖切断酵素をコードする遺伝子を保持する発現ベクターと、
    細胞融合のための1又は2以上の試薬と、
    を含む、キット。
  12. 前記誘導的プロモーターは、CUP1プロモーターである、請求項11に記載のキット。
  13. 融合細胞におけるゲノムの再編成方法であって、
    2以上の細胞を細胞融合して融合細胞を作製する細胞融合工程、
    を備え、
    前記細胞融合工程前、前記細胞融合工程時及び前記細胞工程融合後の少なくともいずれかにおいて外来性DNA二本鎖切断酵素を一時的に作用させるものであり、
    前記細胞融合工程前及び前記細胞融合工程後においては、前記細胞融合工程に対する一連の処理として、前記2以上の細胞のいずれかの細胞に由来する染色体DNAに前記外来性DNA二本鎖切断酵素を一時的に作用させるものであり、
    前記外来性DNA二本鎖切断酵素の作用に際して、さらに、
    前記外来性DNA二本鎖切断酵素の発現誘導する発現誘導工程と、
    前記外来性DNA二本鎖切断酵素を作用可能に活性化する活性化工程と、
    を備える、方法。
  14. 前記外来性DNA二本鎖切断酵素は、耐熱性多頻度DNA切断酵素であり、
    前記活性化工程は、前記2以上の細胞の少なくともいずれかの細胞又は融合細胞の加熱処理を含む、請求項13に記載の方法。
  15. 前記外来性DNA二本鎖切断酵素をコードするDNAが、CUP1プロモーターの制御下に発現可能に前記2以上の細胞のいずれかに保持されている、請求項13又は14に記載の方法
  16. 前記発現誘導工程は、前記外来性DNA二本鎖切断酵素をコードするDNAを保持する細胞に対して銅イオン化合物を供給することを含む、請求項15に記載の方法
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