回転磁界に同期して制御される同期モータは、ベクトル制御によって電流ベクトルが回転子の磁束ベクトルに対して直角となるように制御されるので、誘導モータと比較して力率が格段に向上し、消費電力の低減に大いに寄与するものである。しかし、開発当初のブラシレスモータにあっては、回転子の位置検出を実施するホール素子等の位置検出機構を構成させていたため、装置の大型化及びコストの上昇を招来させていた。これを改善させるべく開発されたセンサレスモータは、位置検出機構を省略させることが可能とされたため、誘導モータに替わって広く用いられるに至っている。
センサレスモータを駆動制御させる同期モータ制御装置は、電流検出回路が適所に設けられており、電流検出回路から出力される信号に基づいて出力電力を適宜に制御させる。かかる電流検出回路は、センサレスモータへ出力される複数の相電流を検出する構成としても良いが、同期モータ制御装置の内部に1つの電流検出回路を構成させる所謂One-Shunt抵抗を用いた電流検出方式を採用することにより、同期モータ制御装置の構成をより簡素にすることが可能となる。
図1には、かかるOne-Shunt抵抗を用いた電流検出方式による同期モータ制御装置(従来例)が示されている。図示の如く、同期モータ制御装置1000は、電源回路100とインバータ回路200と電流検出回路400と同期モータ用インバータ制御回路(以下、制御回路と呼ぶ)500とから構成され、制御回路500の指令を受けてインバータ回路200が適宜に作動する。また、同期モータ制御装置1000は、インバータ回路200にブラシレスモータ300が接続され、インバータ回路200から複数の相電流を供給し、これによって、ブラシレスモータ300を所望の状態にて駆動させる。
電源回路100は、電源部EaとコンデンサCsとから構成される。電源部Eaには直流電源が用いられても良く交流電源が用いられても良い。交流電源が用いられる場合、電源部Eaは、当該電源部とダイオードブリッジとから成る構成としても良いし、更に、リアクトル及びパワートランジスタ及びダイオード素子によってPFC回路を構成させても良い。また、コンデンサCsでは、電源部Eaから印加された電圧のリップル成分を平滑化させ、この他、当該印加電圧のノイズ成分を吸収させる役割を担う。即ち、コンデンサCsからは、ノイズが低減され且つ一定値に安定された電圧が供給されることとなる。
インバータ回路200は、帰還ダイオードを具備する複数のパワートランジスタから成り、このうちソース側トランジスタTau及びシンク側トランジスタTbuを直列に接続させたU相アームと、ソース側トランジスタTav及びシンク側トランジスタTbvを直列に接続させたV相アームと、ソース側トランジスタTaw及びシンク側Tbwを直列に接続させたW相アームとが並列に接続されている。また、U相アームでは、パワートランジスタ同士の接点にU相ラインLuが接続され、ソース側トランジスタTauの通過電流をブラシレスモータ300へ供給させる。同様に、V相アームにはV相ラインLvが接続され、W相アームにはW相ラインLwが接続されている。尚、ソース側とは、電源部Eaの陽極側が接続される方向を指し、シンク側とは、電源部Eaの陰極側が接続される方向を指す。
ブラシレスモータ300は、固定子と回転子302とから構成され、固定子はブラシレスモータ300の筐体に固定される。固定子は、円環状の珪素鋼板の積層体から成り、当該積層体の内環側には複数の極形成体が連続的に形成される。また、固定子の極形成体には、各々にコイル巻線が巻き回され、このうちU相ラインLuに接続されたコイルをU相コイル301u、V相ラインLvに接続されたコイルをV相コイル301v、W相ラインLwに接続されたコイルをW相コイル301wとする。かかる固定子へ電流が適宜に入力されることで、ブラシレスモータ300の内部では、回転磁界が形成される。一方、回転子302は、珪素鋼板が円柱状に積層され、2極(S極、N極)を具備する永久磁石が適宜に埋設される。当該回転子302は、固定子の内環面に対して同心的に配置され、回動自在に軸支される。そして、かかる回転子302は、固定子によって形成された回転磁界によって回動し、回転子302に固定された駆動軸にトルクを与える。尚、かかるブラシレスモータ300は、ホール素子等を具備することなく、センサレスによって制御される。
電流検出回路400は、検出抵抗Riを具備し、検出電流Ii$に係る情報を電圧値に変換させて出力する。当該検出電流Ii$は、ブラシレスモータ300の各相コイルを流れる電流値の包括情報を保有する。電流検出回路400は、電源回路100とインバータ回路200とを結ぶ電源ラインに設けられる。尚、かかる電流検出回路400は、同図ではシンク側の電源ラインへ設けられているが、ソース側の電源ラインに設けることとしても良い。
制御回路500は、信号変換部510とPWM信号成形部520とから成る。信号変換部510は、電流検出回路400に接続されており、検出電流Ii$を受信する。また、信号変換部510では、受信した検出電流Ii$に基づいて指令電圧(Vu*、Vv*、Vw*)を出力させる。PWM信号成形部520は、インバータ回路200を構成するパワートランジスタのベース端子にそれぞれ接続され、受信した指令電圧(Vu*、Vv*、Vw*)に基づいてPWM信号(Su*、Sv*、Sw*)を生成出力し、これによりパワートランジスタを駆動させる。尚、PWM信号(Su*、Sv*、Sw*)は、実際にはソース側トランジスタのPWM信号とシンク側トランジスタのPWM信号とが必要となるため、全部で六種類のPWM信号によって構成されることとなる。以下、かかるトランジスタのスイッチング状態を表現する電圧ベクトルについて説明する。
図2には、パワートランジスタTau〜Tbwの切換状態と電圧ベクトルとの関係が定義されている。電圧ベクトルとは、U相アームのトランジスタの切換状態を表現した成分と、V相アームのトランジスタの切換状態を表現した成分と、W相アームのトランジスタの切換状態を表現した成分とによって構成される。ここで、切換状態を表現した各成分は、同一アームを構成する上下のトランジスタについて、ソース側トランジスタがOFF状態とされ且つシンク側トランジスタがON状態とされる場合に「0」と表示される。一方、ソース側トランジスタがON状態とされ且つシンク側トランジスタがOFF状態とされる場合に「1」と表示される。例えば、電圧ベクトルV0は、図示の如く、ソース側トランジスタTauがOFF状態、シンク側トランジスタTbuがON状態、ソース側トランジスタTavがOFF状態、シンク側トランジスタTbvがON状態、ソース側トランジスタTawがOFF状態、シンク側トランジスタTbwがON状態の組合せとされるので、V0=(0,0,0)と表現される。同様に、トランジスタの切換状態に応じて、V1=(1,0,0)、V2=(1,1,0) 、V3=(0,1,0) 、V4=(0,1,1) 、V5=(0,0,1) 、V6=(1,0,1)、V7=(1,1,1)と表現される。
図3には、上述した電圧ベクトルV0〜V7をブラシレスモータ300の各層に対応させて二次元表記されている。電圧ベクトルV1の場合、U相のコイル端子には電源回路100の陽極電位が印加され、V相及びW相のコイル端子では電源回路100の陰極電位と同等な値とされるので、図4(a)に示す如く、ブラシレスモータ300のコイルでは、U相端子tuから流入してU相コイル及びV相コイルを介してV相端子tvから流出する電流と、U相端子tuから流入してU相コイル及びW相コイルを介してW相端子twから流出する電流とが発生する。また、電圧ベクトルV2の場合、U相及びV相のコイル端子には電源回路100の陽極電位が印加され、W相のコイル端子では電源回路100の陰極電位と同等な値とされるので、図4(b)に示す如く、ブラシレスモータ300のコイルでは、U相端子tu及びV相端子tvから流入してW相端子twから流出する電流が発生する。同様に、電圧ベクトルV3では、V相端子tvから流入してU相及端子tu及びW相端子twのそれぞれから流出する電流が発生する。電圧ベクトルV4では、V相端子tv及びW相端子twの双方から流入してU相及端子tuから流出する電流が発生する。また、電圧ベクトルV5では、W相端子twから流入してU相及端子tu及びV相端子tvのそれぞれから流出する電流が発生する。電圧ベクトルV6では、U相端子tu及びW相端子twの双方から流入してV相及端子tvから流出する電流が発生する。尚、電圧ベクトルV0及び電圧ベクトルV1では、パワートランジスタとモータ300との間で電流が還流するので、検出抵抗Riには、検出電流が流れることはない。
即ち、同期モータ制御装置1000では、パワートランジスタの切換状態を制御させることにより、ブラシレスモータ300に生じる電流の方向を制御させ、これにより、ブラシレスモータ300では、固定子によって回転磁界が形成され、回転子302に回転力を与える。尚、図4に示す如く、電圧ベクトルV1の場合、検出抵抗RiではU相端子tuへ流入する電流が検出される。また、電圧ベクトルV2の場合、検出抵抗RiではW相端子twから出力される電流が検出される。同様に、電圧ベクトルV3の場合、V相端子tvへ入力される電流が検出され、電圧ベクトルV4の場合、U相端子tuから出力される電流が検出され、電圧ベクトルV5の場合、W相端子twへ入力される電流が検出され、電圧ベクトルV6の場合、V相端子tvから出力される電流が検出され、電圧ベクトルV0及びV7の場合、電流の流出入は発生しない。かかる様子は、図2の「検出電流の相電流情報」の欄に表現されている。従って、電圧ベクトルが既知であれば、検出している相電流の種類と方向とが認識できることとなる。但し、コイル端子への入力方向を正値とし、出力方向を負値としている。
図5には、従来例に係る制御回路500の構成が示されている。当該制御回路500は、図示されないCPU、AD変換回路、クロック回路、メモリ回路等によって構成され、メモリ回路には制御プログラム及び各種演算処理を実現させるプログラム及び当該演算処理で用いられるパラメータが適宜格納されている。そして、これらの回路と所定のプログラムとが協働して、図示される機能を実現させている。尚、同図には、他の構成とされるインバータ回路200及びブラシレスモータ300が便宜的に示されている。
上述の如く、制御回路500は、信号変換部510及びPWM信号成形部520とから構成される。このうち、信号変換部510は、検出値変換部511と角速度推定部512と位置情報演算部513と指令電流生成部514とd軸指令値演算部515とq軸指令値演算部516と指令値換算部517とから構成される。
検出値変換部511は、相電流変換部511aとステータ座標変換部511bとローター座標変換部511cとから構成される。また、当該検出値変換部511には、検出抵抗Riから出力される検出電流Ii$と位置情報θ#とが入力される。
相電流復元部511aは、検出電流Ii$に基づいて、ブラシレスモータ300の各相電流を逆算させる。かかる各相電流を、以下、検出相電流(Iu$、Iv$、Iw$)と呼ぶ。相電流復元部511aは、電圧ベクトル、即ち、インバータ回路200へ出力されるPWM信号(Su*、Sv*、Sw*)の状態を把握している。従って、当該相電流復元部511aでは、現在のPWM信号の状態に基づいて、受信した検出電流Ii$が何れの相電流であるかを認識できる。例えば、検出電流Ii$が入力された際、電圧ベクトルがV1であるとすると、相電流復元部511aでは、検出電流Ii$の電流値を計測する一方で、図2で示される「検出電流の相電流情報」を参照し、受信した検出電流Ii$が入力方向に流れるU相電流であると認識する。そして、かかる検出電流Ii$は、二つの電圧ベクトルに対応した波形が形成されているので、二相分の相電流の検出が可能となる。そして、二相分の相電流に基づいて残りの相電流を算出することができるので、これにより、三相分の検出相電流(Iu$、Iv$、Iw$)の認識が可能となる。
ステータ座標変換部511bは、検出相電流(Iu$,Iv$,Iw$)を固定子座標系の二軸検出電流(Iα$、Iβ$)に変換し、当該検出電流の電流値情報を出力させる。尚、かかる固定座標系とは、ブラシレスモータ300の固定子の所定位置を観測系とする垂直座標である。
かかる二軸電流(Iα$、Iβ$)は、検出相電流(Iu$、Iv$、Iw$)に基づいて、「数1」の式により算出される。
ローター座標変換部511cは、固定子座標系の二軸検出電流(Iα$、Iβ$)を更に変換し、回転子座標系の二軸検出電流(Id$、Iq$)を算出出力させる。尚、かかる回転座標系とは、ブラシレスモータ300の回転子の磁束方向をdm軸とし当該磁束方向に垂直な方向をqm軸とする垂直座標であって、以下、回転子302の座標軸qm−dmと呼ぶ。従って、回転座標系は、回転子の回転動作と共に回転する。ここで、二軸検出電流Id$は、指令電圧生成回路510によって形成される制御軸のd軸方向に一致する電流であり、二軸検出電流Iq$は、当該制御軸のq軸方向に一致する電流とされる。ここで、回転子302に与えられるトルクは二軸検出電流(Id$、Iq$)によって形成される電流ベクトルと回転子302の磁束ベクトルとの外積によって定められるので、制御軸のd軸と回転子の磁束ベクトルとが一致しているとき、二軸検出電流Iq$は回転子302にトルクを与える。また、二軸検出電流Id$は、回転子302にトルクを与えることは無い。
かかる二軸検出電流値(Id$、Iq$)は、入力される位置情報θ#又はθ*と二軸検出電流(Iα$、Iβ$)とに基づいて、「数2」の式により算出される。
角速度推定部512は、位相誤差推定部512aと換算部512bとを備える。位置誤差推定部512aは、二軸検出電流Id$及び二軸検出電流Iq$及び二軸指令電圧Vd*及び二軸指令電圧Vq*が入力され、且つ、換算部515bにて算出された推定角速度ω#が帰還ループされている。当該誘起電圧推定部512aは、更に、回転子のd軸インダクタンスLd、q軸インダクタンスLqと、ブラシレスモータ300の抵抗値Rmとを取得可能に構成されており、これらの情報に基づいて位相誤差Δθ#を算出させる。
位相誤差Δθ#は、制御軸と回転子302の座標軸qm−dmとの間に生じるものであって、当該制御軸は、qc軸及びdc軸から成る直行座標を呈し、以下、制御軸qc−dcと呼ぶ。また、当該位相誤差Δθ#は、上述したパラメータに基づいて、「数3」の式により算出される。
換算部512bでは、推定角速度ω#を算出させ、当該推定角速度ω#を位置情報演算部513及び指令電流生成部514へ出力させる。当該推定角速度ω#は、位相誤差Δθ#に応じた補正値が反映され、当該位相誤差Δθ#を零へ収束させる値に調整される。
位置情報演算部513は、入力された推定角速度ω#に基づいて位置情報θ#を出力させる。位置情報θ#は、θ#=∫ω#・dt、の数式にて算出される。従って、かかる位置情報θ#は、補正値を伴う推定角速度ω#に基づいて算出されるので、同期モータ制御装置1000では、推定角速度ω#を伴った制御を実施させる場合(クローズドループ制御)、位相誤差Δθ#を零へ収束させるように、即ち、制御軸qc−dcと回転子302の座標軸qm−dmとが一致するように制御を行う。
かかる角速度推定部512では、クローズドループ制御が実施されると、推定角速度ω#によって制御軸の角速度ωiを制御させる。尚、クローズドループ制御及びオープンループ制御については、追って詳述する。
指令角速度出力部518は、ブラシレスモータ300に要求される回転子302の角速度が指令角速度ω*として出力させる。かかる指令角速度出力部518は、例えば、同期モータ制御装置1000の外部に載置された制御パネルが操作されると、これによる操作指令に基づいて指令角速度ω*を演算処理させ、併せて、当該指令角速度ω*を出力させるように構成されるものであっても良い。
指令電流生成部514は、減算部514aと角速度判別部514bと切換部514cと第1のd軸指令電流生成部514dと第2のd軸指令電流生成部514eと第1のq軸指令電流生成部514fと第2のq軸指令電流生成部514gとを備えている。減算部514aは、指令角速度ω*から推定角速度ω#を減算させ、これによって算出された差分値を出力させる。角速度判別部514bは、回転子302の角速度ωmに関する情報を取得し、角速度ωmが所定の基準で定められた閾角速度ωfより大きいか小さいかを現す判別信号を出力させる。切換部514cは、かかる判別信号を受信し、角速度ωmが閾角速度ωfより小さいことを現す判別信号を受信した場合、第1のd軸指令電流生成部514dの出力情報を出力できるように切換えられ、角速度ωmが閾角速度ωfより大きいことを現す判別信号を受信した場合、第2のd軸指令電流生成部514eの出力情報を出力できるように切換えられる。また、当該切換部514cでは、更に、かかる判別信号を受信し、角速度ωmが閾角速度ωfより小さいことを現す判別信号を受信した場合、第1のq軸指令電流生成部514fの出力情報を出力できるように切換えられ、角速度ωmが閾角速度ωfより大きいことを現す判別信号を受信した場合、第2のq軸指令電流生成部514gの出力情報を出力できるように切換えられる。
第1のd軸指令電流生成部514d及び第1のq軸指令電流生成部514fは、オープンループ制御時における制御軸qc−dcの角速度ωiの制御を担う。このうち、第1のd軸指令電流生成部514dでは、回転子302の初期角速度(後述する)を検出するため実施される第1の電流制御と、回転子302を位置決めさせる第2の電流制御と、回転子302の角速度ωmを所定の角速度ωs以上となるように回転トルクを与える第3の電流制御と、d軸指令電流Id*を漸減させる第4の電流制御とを、予め規定されたプログラムに基づいて実施させる。具体的には、制御軸qc−dcにおけるdc軸方向へ一致するd軸指令電流Id*について、以下の如く4段階に分けた制御を実施させる。第1の電流制御では、回転子302を回転させない程度のd軸指令電流Id*を出力させ、その後、当該d軸指令電流Id*を零へ収束させる。第2の電流制御では、d軸指令電流Id*を所定値に上昇させ、これにより、回転子302の磁束方向Φaを制御軸qc−dcのdc軸へ一致させる。第3の電流制御では、制御軸qc−dcのdc軸に一致しているd軸指令電流Id*を固定座標系に対して回転を開始させ、同期運転を開始可能とさせる角速度ωsへ回転速度を上昇させる。第4の電流制御では、サインカーブ等の漸減曲線に基づいて、d軸指令電流Id*を零へと収束させる。一方、第1のq軸指令電流生成部514fでは、オープンループ制御時において、第1の電流制御開始時〜第3の電流制御終了時に至る迄、q軸指令電流Iq*を零に設定しておき、その後、当該q軸指令電流Iq*を徐々に漸増させる。即ち、指令電流生成部514では、オープンループ制御時において、第1のd軸指令電流生成部514d及び第1のq軸指令電流生成部514fによって、d軸指令電流Id*及びq軸指令電流Iq*を出力させる。かかる場合の指令電流生成部514では、第1の電流制御開始時〜第3の電流制御終了時に至る迄、d軸指令電流Id*のみによって電流ベクトルが制御され、特に、第3の電流制御時においてV/F制御が実施される。その後、指令電流生成部514では、d軸指令電流Id*からq軸指令電流へと切換えられ、これにより、オープンループ制御が終了する。
第2のd軸指令電流生成部514e及び第2のq軸指令電流生成部514gは、減算部514aから出力される差分値に基づいて、クローズドループ制御時におけるd軸指令電流Id*及びq軸指令電流Iq*の制御を実施させる。このうち、第2のd軸指令電流生成部514eでは、図7に示す如く、d軸指令電流Id*を零に維持される。但し、これに限らず、当該d軸指令電流Id*は、最大トルク制御又は弱め磁束制御等の所望の制御を実施させるため、第2のq軸指令電流生成部514eに基づいて適宜に算出させるようにしても良い。一方、第2のq軸指令電流生成部514gでは、減算部514aから出力される差分値に基づいて、回転子302へトルクを与えるq軸指令電流Iq*を演算させる。即ち、指令電流生成部514は、クローズドループ制御時において当該指令電流を出力させることにより、同期モータ制御装置1000では、当該差分値が大きい場合には回転子302が指令角速度ω*へ近づくように加減速させ、その後、当該差分値が零に収束維持されるように制御させる。
かかる如く算出された指令電流(Id*、Iq*)は、各々が減算器へ導入され、差分指令電流(δId*、δIq*)に変換される。当該減算器では、検出電流値(Id$、Iq$)が入力され、指令電流(Id*、Iq*)との差分値が各々算出される。
d軸指令値演算部515では、d軸差分指令電流値δId*に基づいてPI制御又はPID制御を実施させ、これにより、d軸指令電圧Vd*を算出させる。即ち、信号変換部510では、d軸差分指令電流δId*を零に収束させるように制御させる。
同様に、q軸指令値演算部516では、q軸差分指令電流値δIq*に基づいてPI制御又はPID制御を実施させ、これにより、q軸指令電圧Vq*を算出させる。即ち、信号変換部510では、q軸差分指令電流δIq*についても零に収束させるように制御させる。
かかる如く得られたd軸指令電圧Vd*及びq軸指令電圧Vq*は、後段の指令値換算部517によって数値換算処理され、U相〜W相に対応した指令電圧(Vu*、Vv*、Vw*)を出力させる。かかる処理を行う指令値換算部517は、図示の如く、ローター座標換算部517aとステータ座標517bとを備える。
ローター座標517aは、d軸指令電圧Vd*、q軸指令電圧Vq*、位置情報θ#が入力され、これらのパラメータに基づいて指令電圧(Vα*、Vβ*)に変換される。かかる指令電圧値(Vα*、Vβ*)は、ブラシレスモータ300の固定子の所定位置を観測系とする垂直座標である。
指令電流値(Vα$、Vβ$)は、入力される指令電圧値(Vd*、Vq*)に基づいて、「数4」の式により算出される。
その後、ステータ座標換算部517bでは、指令電圧(Vα*、Vβ*)に基づいて、指令電圧(Vu*、Vv*、Vw*)を「数5」の式により算出される。尚、特許請求の範囲における指令電圧とは、指令電圧(Vu*、Vv*、Vw*)を指す。
かかる構成を具備する信号変換部510では、以下の如く演算動作を行う。先ず、オープンループ制御が開始される場合、指令電流生成部514において第1のd軸指令電流生成部514d及び第1のq軸指令電流生成部514fとが選択され、予め規定されたプログラムに基づき、回転子302を静止状態又はフリーラン状態から角速度ωsまで上昇させる。かかる制御では、検出電流Ii$の値と無関係に制御処理が行われる。V/F制御時にあっては、指令電流生成部514では、制御軸qo−dcの角速度ωiがプログラムに基づいて制御され、制御軸と磁束ベクトルとの間に位相差を与える。このとき、回転子302は、当該位相差に基づき回転トルクが与えられ、そして、かかる場合の角速度ωmは、予め規定されたプログラムに応じて増加され、所定時間経過後に角速度ωsに到達する。また、回転子302の角速度が、ωm=ωsとされた時点で、q軸指令電流Iq*とd軸指令電流Id*とが切換えらえる。
これに対し、クローズドループ制御が実施される場合、指令電流生成部514において第2のd軸指令電流生成部514e及び第2のq軸指令電流生成部514gに切替えられる。この時点では、検出値変換部511及び角速度推定部512及び位置情報演算部513の回路が機能を開始し、これにより、制御軸qc−dcの角速度ωiは、角速度推定部512の推定角速度ω#に切換えられる。そして、かかる制御軸qc−dcは、回転子302の磁束方向Φaに位相誤差Δθ#を与えることなく、且つ、指令角速度ω*へ一致するように制御され、これにより、回転子302は、指令角速度ω*で回転するように同期制御されることとなる。
次に、PWM信号成形部520の構成について説明する。当該PWM信号成形部520は、図14に示す如く、信号成形部521と搬送波生成部522とを備えている。
搬送波生成部522は、所定のキャリア周波数に基づく搬送波W1を生成出力させる。ここで出力される搬送波W1は、種々の形態の波形が適用され得るが、代表例として三角波が形成されることとして説明する。尚、本従来例に係る搬送波生成部522では、一種類の搬送波W1のみが生成される。ここで、搬送波W1は、制御装置周辺の人間に不快感を与えないように、人間に聴き取り困難な周波数帯に設定され、具体的には、16kHz以上の高周波数帯に設定される。
信号生成部521は、入力端子(tu*、tv*、tw*)を介して指令電圧(Vu*、Vv*、Vw*)が入力されると共に、搬送波生成部522から三角波W1が入力される。そして、信号生成部521では、指令電圧(Vu*、Vv*、Vw*)の各成分について搬送波W1との減算値を算出させ、High値を又はLow値を出力させる。即ち、信号生成部521pでは、かかる減算処理によってPWM信号を生成し、当該PWM信号を後段のインバータ回路200へ出力させる。
図8には、キャリア周波数f2とした場合の三角波W2と、信号変換部510から出力された指令電圧(Vu*、Vv*、Vw*)と、これらのパラメータを減算処理によって取得したPWM信号とが示されている。図上段には、三角波W2と指令電圧(Vu*、Vv*、Vw*)とが併せて示されている。尚、指令電圧の各成分は、同図において線形的に表現されているが、実際にはサインカーブを呈している。かかる三角波W2のキャリア周波数f2は、インバータ回路200の動作周波数を可聴周波数領域から外すため、16kHz以上に設定されている。従って、同図の一周波数を表す時間1Tは、数μsec程度の微小時間とされるため、指令電圧(Vu*、Vv*、Vw*)の各成分は、近似的に直線で表現されている。
例えば、三角波W2と指令電圧Vu*とを比較させると、区間a〜bでは、指令電圧Vu*が三角波W2より低値とされる。かかる場合、信号生成部512pでは、同図の中段に示す如く、ソース側トランジスタTauのベースに出力するPWM信号Sau*をLow値とさせ、シンク側トランジスタTbuのベースに出力するPWM信号Sbu*をHigh値とさせる。また、区間b〜c〜dでは、指令電圧Vu*が三角波W2より高値とされる。かかる場合、信号生成部512pでは、同図の中段に示す如く、ソース側トランジスタTauのベースに出力するPWM信号Sau*をHigh値とさせ、シンク側トランジスタTbuのベースに出力するPWM信号Sbu*をLow値とさせる。同様に、区間d〜e〜f及び区間h〜i〜jでは、PWM信号Sau*がLow値、PWM信号Sbu*がHigh値とされ、区間f〜g〜h及び区間j〜kでは、PWM信号Sau*がHigh値、PWM信号Sbu*がLow値とされる。尚、他のPWM信号成分についても同様に矩形波の成形が為される。また、同図最下段には、検出抵抗Riから出力される検出電流Ii$の波形が示されている。
図15には、回転子が静止している場合における、d軸電流指令値Id*と、q軸電流指令値Iq*と、d軸指令電流Id*及びq軸指令電流Iq*を成分とする電流ベクトルの角速度ωcと、回転子302の実際の角速度ωmとの変化状態が各運転モード毎に示されている。尚、図示の如く、ここでは、PWM信号成形部520で用いられる三角波W2は常に一定のキャリア周波数f2とされている。
先ず、制御回路500が起動されると、図示の如く、回転認識処理(1)を実行させる。当該回転認識処理(1)では、q軸電流指令値Iq*を零に設定させると共に、d軸電流指令値Id*を第1の電流制御にて制御させ、固定子302の初期の角速度ωm(同図では、ωm=0 rad/sec)を認識する。
回転認識処理(1)が終了すると位置決め処理(2)が実行される。かかる処理(2)では、q軸電流指令値Iq*を零に維持させ、併せて、d軸電流指令値Id*を第2の電流制御にて制御させ、これにより、回転子302が制御軸に一致するように駆動される。
位置決め処理(2)が終了すると強制運転処理(3)が実施される。当該強制運転処理(3)では、上述したV/F制御が実施される。かかる処理(3)では、d軸電流指令値Id*を第3の電流制御にて制御させ、制御軸の角速度ωiを加速プログラムに基づいてωsへ漸増される。
その後、電流切換処理(4)では、d軸電流指令値Id*を第4の電流制御にて制御させると共に、q軸電流指令値Iq*を漸増させ、これにより、指令電流の切換制御を実施させる。かかる処理では、回転子302の角速度ωmが角速度ωsに維持される。
かかる電流切換処理(4)が終了すると同期運転処理(5)が実施される。当該同期運転処理(5)では、指令角速度ω*の値に応じて回転子302の角速度ωmがこれと等しく制御される。このとき、回転子302は、制御軸に対して位相差を殆ど与えることなく、同期的に加減速されることとなる。
また、特開2003−061386号公報(特許文献1)では、同期電動機駆動システム(特許請求の範囲の同期モータ制御装置)において、上述したOne-Shunt抵抗を用いた電流検出技術に更なる改良を加えたものが記されている。当該同期電動機駆動システムは、当該One-Shunt抵抗を用いた同期モータ制御装置と略同等の構成を備え、更に、フィルタ回路が追加構成されている。かかるフィルタ回路は、一端が図1で説明したような検出抵抗に接続され、他端が制御装置(特許請求の範囲における同期モータ用インバータ制御回路)の適宜回路に接続されている。そして、当該フィルタ回路は、高周波成分を除去させる機能を備えるところ、検出電流Ii$を現す波形の幅が狭くなっても、当該検出電流Ii$に重畳されるノイズを除去させるので、かかる構成を具備する同期電動機駆動システムでは、検出電流Ii$をサンプリングさせた際の検出値の精度が向上し、指令角速度ωiに応じたブラシレスモータの制御が実現されると記されている。
以下、本発明に係る実施の形態につき図面を参照して説明する。図1には、本実施の形態に係る同期モータ制御装置の構成が示されている。図示の如く、同期モータ制御装置1000は、電源回路100とインバータ回路200と電流検出回路400と同期モータ用インバータ制御回路(以下、制御回路と呼ぶ)500とから構成され、ブラシレスモータ300が接続されている。
かかる構成について簡単に説明すると、電源回路100は、後段のインバータ回路200及びブラシレスモータ300に電力を供給する。インバータ回路200は、制御回路500によって適宜に制御されることにより、電源回路100から受けた直流電力を三相交流電力へと変換させ、後段のブラシレスモータ300を駆動させる。電流検出回路400は、電源回路100とインバータ回路200とを接続する電源ラインに設けられている。かかる電源ラインは、ソース側またはシンク側を問うものではない。当該電流検出回路400は、複数相具備するブラシレスモータ300の相電流を電源ラインから検出し、一種類の検出信号に複数相の相電流の情報を形成させる。
制御回路500は、図示されないメモリ回路、CPU、AD変換回路、クロック回路等によって構成され、メモリ回路に格納された所定の処理を実行させるプログラムと協働して、信号変換部510とPWM信号成形部520との機能が実現される。このうち、信号変換部510では、ブラシレスモータ300の相電流に基づいて複数相の指令電圧を生成させる。一方、PWM信号成形部520では、かかる複数相の指令電圧に基づいて、三相分のPWM信号を成形させる。
図2には電圧ベクトルとスイッチング素子の切換状態との関係が示されている。また、図3には電圧ベクトルと同期モータの各相との関係が示されている。更に、図4には同期モータに流れる電流の状態が示されている。但し、これら図2〜図5で説明すべき内容は、図1同様、従来例として既に説明されているので、本実施の形態では、かかる内容の説明を省略することとする。また、図6乃至図13に関する内容にあっても、従来例として既に説明されている該当箇所については、同一番号を付し説明を省略することとする。
図6には、PWM信号成形部520の構成が示されている。かかるPWM信号成形部520は、図示の如く、従来例に係る搬送波生成部522が新たな複数搬送波生成部522に置換えられ、更に、搬送波選択部523が追加構成されている。
複数搬送波生成部522は、所定のキャリア周波数に設定された搬送波を複数種類生成することが可能である。ここで、本実施の形態では、搬送波は三角波であるとして説明する。具体的に説明すると、複数搬送波生成部522は、低振動数のキャリア周波数に設定された低搬送波W1と、高振動数のキャリア周波数に設定された高搬送波W2とを生成させる。尚、当該複数搬送波生成部522では、かかる低搬送波W1及び高搬送波W2以外に、他の振動数に設定した搬送波を生成できるようにしても良い。また、低搬送波又は高搬送波は、複数種類の振動数に細分化され、最適な振動数の搬送波が用いられるようにされても良い。
搬送波選択部523は、制御回路500が起動されると、是を現す起動情報を認識し、当該起動情報に基づいて第1の指令信号k1を出力させる。かかる起動情報は、ブラシレスモータ300がインバータ回路200から何ら相電流を受けていない時期に認識される情報であり、上述した低搬送波W1は、ブラシレスモータ300の回転子302が電磁気的な駆動力を受ける前に選択されることとなる。一方、当該搬送波選択部523では、低搬送波W1を用いた処理が終了すると、是を現す切換情報を認識し、当該切換情報に基づいて第2の指令信号k2を出力させる。かかる切換情報は、ブラシレスモータ300に何らかの駆動力を与える時期に認識される情報であり、上述した低搬送波W1は、当該低搬送波W1に選択されてから所定期間経過した後に高搬送波W2に切換えられることとなる。これら二種類の指令信号k1及びk2は、複数搬送波生成部522で生成される複数の搬送波の中から所望の搬送波を指定することができる情報とされるので、搬送波選択部523は、第1の指令信号k1及び第2の指令信号k2を選択的に出力させることで、かかる複数の搬送波の中から所望の搬送波を選択させることとなる。
尚、「回転子302が電磁気的な駆動力を受ける前」とは、当該回転子が電気的な制御を受けることなく静止している状態、又は、回転子に電磁気的な駆動トルクを与えることなくフリーランしている状態の何れかを満たす時期を指す。また、かかる時期における回転子302の角速度を初期角速度と呼ぶこととする。また、本実施の形態では、「所定時間」とは、回転認識処理(1)の期間としているが、これに限ることなく、回転子302の初期角速度を認識するに足りる時間としても良い。
搬送波選択部523では、制御回路500に電力が与えられると、是に基づく起動情報を認識し、第1の指令信号k1を出力させる。このとき、複数搬送波生成部522では、当該第1の指令信号k1に基づいて低搬送波W1を出力させる。その後、信号生成部521では、当該低搬送波W1と複数相から成る指令電圧(Vu*、Vv*、Vw*)とを比較させ、これにより、低搬送波W1を用いて得られたPWM信号(Su*、Sv*、Sw*)を成形させる。また、低搬送波W1を用いた処理が終了すると、搬送波選択部523では、是に基づく切換情報を認識し、第2の指令信号k2を出力させる。このとき、複数搬送波生成部522では、当該第2の指令信号k2に基づいて高搬送波W2を出力させる。そして、信号生成部521では、当該高搬送波W2と複数相から成る指令電圧(Vu*、Vv*、Vw*)とを比較させ、これにより、高搬送波W2を用いて得られたPWM信号(Su*、Sv*、Sw*)を成形させる。
上述の如く、本実施の形態に係る制御回路500によれば、回転子302の初期角速度が認識される際に、低振動数のキャリア周波数に設定された低搬送波W1を用いることができる。また、初期角速度を認識する処理が終了すると、通常用いられる高振動数の高搬送波W2に切替えることができる。
尚、上述した高搬送波W2は、人間の可聴領域とされる惧れの無い周波数帯に設定され、具体的には、16kHz以上に設定される。より好ましくは、16kHz程度の周波数帯を聞き取る人間が稀に存在するので、当該高搬送波W2は、20kHz以上に設定すると良い。これにより、ブラシレスモータ300の同期運転を実施させる際、制御装置周辺の人間には、高搬送波W2の波長が届いたとしても不快感を得ることが略確実に無くなる。
一方、上述した低搬送波W1のキャリア周波数は、画一的に定まるものではなく、モータ又は当該モータが用いられる装置に応じて個別具体的に定められる。具体的に説明すると、回転認識処理(1)で認識される回転子の角速度ωmは、何らかの不具合によって電源が遮断されフリーラン状態で回転子が回転している場合、同期運転処理(5)で駆動されていた回転子の角速度に略一致する。このとき、回転認識処理(1)時の初期角速度を認識するためには、d軸指令電圧Vd*を参照して算出されるため、当該回転子が高速回転するよう制御されていたとすると、搬送波のキャリア周波数も是に応じて高くする必要がある。一方、制御回路500では、電源供給の復帰後に再起動され、必要に応じて回転認識処理(1)を実施させる。このとき、同期運転処理(5)時における高搬送波W2は、キャリア周波数が非可聴領域に設定されるため、再起動時に切り替えられた低搬送波W1は、角速度ωmを認識することが可能な範囲であれば、高搬送波W2のキャリア周波数より低く設定されることが可能である。従って、回転認識処理(1)で用いられる低搬送波W1は、回転子の角速度がどの程度の範囲で推移するかが予め想定されていれば、これによって定められた設計上の角速度を認識できる範囲で、キャリア周波数を低く設定させることが可能となる。このとき、低搬送波W1のキャリア周波数は、高搬送波W2のキャリア周波数より低く設定されることとすると、後述するように、電流検出を容易にさせることとなる。尚、低搬送波W1のキャリア周波数は、可聴領域の周波数帯に設定されても良い。即ち、当該低搬送波W1は、同期運転処理(5)を開始させる前に所定期間用いられるが、当該所定期間は極めて短い時間に設定されている。かかる如く、低搬送波W1を用いる時間が短時間に設定されると、当該搬送波W1のキャリア周波数が可聴領域に設定されたとしても、低搬送波W1が人間の聴覚で殆ど感知されないので、制御装置の周辺にいる人に不快感を与えることは無い。具体的には、低搬送波W1は、数百ミリ(sec)以内の範囲で用いられるのであれば、制御装置の周辺にいる人に不快感を与えることは無いとされる。より好ましくは、低搬送波W1は、数十ミリ(sec)の範囲内で用いられるようにすると良い。
図7には、回転子302が静止している場合における、d軸電流指令値Id*と、q軸電流指令値Iq*と、電流ベクトルの角速度ωcと、回転子302の実際の角速度ωmとの変化状態が各運転処理毎に示されている。また、最下段には、PWM信号成形部520にて用いられる搬送波の状態が示されている。
図を参照すると、初期角速度を認識する回転認識処理(1)の開始点では、直ちに低搬送波W1が用いられているのが観察できる。これは、制御回路500が起動されると、PWM信号成形部520では低搬送波W1を選択するように仕組まれているためである。また、位置決め処理(2)の開始点では、高搬送波W2へ切換られているのが観察できる。これは、回転認識処理(1)が終了すると、PWM信号成形部520では低搬送波W1から高搬送波W2へと切換えるように仕組まれているためである。そして、PWM信号成形部520では、かかる位置決め処理(2)の開始点以外において搬送波の切換えを実施しないこととされている。即ち、本実施の形態にあっては、回転認識処理(1)の期間では、図示の如く、PWM信号形成部520にて低搬送波W1が用いられ、位置決め処理(2)以後の期間では、PWM信号形成部520にて高搬送波W2が用いられることとされる。
また、図7には、回転認識処理(1)中にd軸指令電流Id*を一時的に発生させている状態が示されている。同図には回転子302の初期角速度を零とした場合が示されているので、当該回転子302の角速度ωmは零に維持されることとなる。上述の如く、ブラシレスモータ300には、回転子302に回転力を付与しない相電流が流れるので、このとき、制御回路500では、検出抵抗Riによる検出電流が検出され、これにより、回転子302の初期角速度(ここでは零rad/sec)が認識されることとなる。尚、「特許請求の範囲における、回転子302が電磁気的な駆動力を受ける前」とは、回転子302の角速度が電磁力によって実質的に変動されない回転認識処理(1)期間を含むものである。
回転認識処理(1)が終了すると位置決め処理(2)へと移行する。かかる場面以後では、先の如く、高搬送波W2が用いられることとなる。尚、以後の処理については、従来例と同様の処理が実施されるので、説明を省略する。
図8及び図9には、搬送波と指令電圧との関係(上段部)と、PWM信号の状態(中段部)と、検出電流Ii$の波形(下段部)とが示されている。尚、図8では高搬送波W2が用いられ、図9では低搬送波W1が用いられている。また、図9には、高搬送波と低搬送波との差異を示すため、高搬送波W2とこれに基づいて現われる検出電流が点線にて示されている。
図8及び図9の各波形を比較すると、キャリア周波数の高い搬送波W2を用いた場合、図8に示す如く、信号Sau*の各エッジの間隔が狭まり、キャリア周波数の低い搬送波W1を用いた場合、信号Sau*の各エッジの間隔が広げられる。また、かかる現象は、PWM信号を構成する他の成分についても同様とされる。
また、検出電流Ii$はPWM信号のエッジに対応して形成されるので、図8及び図9の各波形を観察すると、その波形幅に差異を認めることができる。即ち、キャリア周波数の低い低搬送波W1を用いた際の検出電流Ii$では、搬送波W2を用いた際の検出電流Ii$の波形幅よりも、時間軸方向へ拡張された波形幅として現われる。更に、PWM信号の全てのエッジ間隔が搬送波の周期の拡大に応じて広げられるので、検出電流Ii$の波形幅は、各電圧ベクトルに対応する波形毎に同じ率で広げられることとなる。即ち、検出電流Ii$は、回転認識処理時において、かかる如く波形幅が拡張されるので、図16の実線で示されるような潰れた波形を形成させることは無くなる。従って、制御回路500では、電圧ベクトルに対応した2種類の電流値が的確に検出され、制御開始前の同期モータの挙動を把握することが可能となる。
上述の如く、本実施の形態に係る制御回路500によると、ブラシレスモータの回転子の初期角速度が認識される際に低振動数とされるキャリア周波数の搬送波を用いることができるので、当該初期角速度の検出時には、検出抵抗から出力される検出電流の波形幅が拡張し、検出電流を認識する検出タイミングでは所望の電圧ベクトルに対応した検出電流の値が認識され、これにより、制御回路500では、回転子の初期角速度が正確に把握されることとなる。
また、同期モータ用インバータ制御回路をマイコン等によって構成させる場合、ADタイミングは、PWM信号の立上り又は立下りを起算点とし、数百ナノ(sec)〜数マイクロ(sec)経過後に設定される。そして、各ベクトル電圧に対応する検出電流Ii$の波形がADタイミングより早く立下がってしまうと、従来例に係る制御回路500では、電圧ベクトルに対応した検出電流Ii$の認識ができなくなるとの不具合が生じていた。
しかし、本実施の形態に係る制御回路500によると、低搬送波W1のキャリア周波数を適宜に設定することにより、検出電流Ii$の波形が立下がる前にて、ADタイミングを到来させることが可能となり、これにより、制御回路500では、検出電流Ii$の正確な認識が実現される。
また、初期角速度を認識する際に搬送波のキャリア周波数が高く設定されてしまうと、図10(a)に示す如く、インバータ回路200のスイッチングノイズが検出電流Ii$の略全域に影響を与えてしまうため、従来例に係る制御回路500では、検出電流Ii$の検出値に誤差が生じてしまうとの不具合を伴っていた。
しかし、本実施の形態に係る制御回路500によると、初期角速度を認識する場面において低搬送波W1のキャリア周波数が低値に設定されるので、制御回路500では、図10(b)に示す如く、ノイズの収束したタイミングで検出電流Ii$をサンプリングさせることにより、誤差の少ない検出電流Ii$の認識が可能となる。
更に、本実施の形態に係る制御回路500では、プログラムの改変によって複数搬送波生成部522及び搬送波選択部523の構築が可能とされるので、装置を複雑化させることなく、また、装置のコストを高騰させるものでもない。
図11には、プログラムによって規定されるメインルーティンのフローチャートが示されている。制御回路500は、電源が供給されるとマイコンがアクティブ状態とされ、これに応じてメインルーティンRmが起動される。
メインルーティンRmは、起動開始されると、回転認識処理を実行させる(S01)。かかる回転認識処理S01では、「第1の電流制御」に相当するPWM信号をインバータ回路200へ送信させ、このとき、検出抵抗Riから受信した検出電流Ii$を検出し、回転子302の初期角速度を認識する。当該回転認識処理S01では、初期加速度の認識を完了させると、かかる情報を示すフラグを立てる。尚、かかる初期角速度とは、上述の如く、回転子302の角速度のうち電磁気的な駆動力を受ける前の角速度を指す。
ここで、かかる回転認識処理S01を開始させる以前に、図12に示されるサブルーティンRsが起動される。当該サブルーティンRsが起動されると、メインルーティンRmの回転認識処理S01が終了したか否かの判定を実施させる(S0A)。かかる処理では、回転認識処理S01で与えられるフラグを確認することにより、回転認識処理S01が終了したか否かの判定が行われる。このタイミングでは回転認識処理S01を実行させる前なので、初期角速度は認識されていない。従って、図示の如く、低搬送波W1を選択させる情報を搬送波選択部523へ与え(S0B)、当該搬送波選択部523に対して低搬送波W1を選択する指令を行う。そして、かかる処理の終了後、当該サブルーティンRsを終了させ、再び、メインルーティンRmの回転認識処理S01に復帰する。尚、かかる一度目のサブルーティンRsの起動は、「回転認識処理S01を開始させる以前」とあるので、回転認識処理S01の開始と同時に起動されることとしても良い。
また、かかる回転認識処理S01の終了以後に、図12に示されるサブルーティンRsが再度起動される。当該サブルーティンRsが起動されると、メインルーティンRmの回転認識処理S01が終了したか否かの判定を実施させる(S0A)。このタイミングでは回転認識処理S01で与えられたフラグを認識できるので、図示の如く、高搬送波W2を選択させる情報を搬送波選択部523へ与え(S0C)、当該搬送波選択部523に対して高搬送波W2を選択する指令を行う。そして、かかる処理の終了後、当該サブルーティンRsを終了させ、再び、メインルーティンRmの所定処理へと復帰する。尚、かかる二度目のサブルーティンRsの起動は、「回転認識処理S01の終了以後」とあるので、回転認識処理S01の終了と同時に起動されることとしても良い。
その後、メインルーティンRmは、角速度判定処理を実行させる(S02)。かかる角速度判定処理S02では、メモリ回路に記憶されている閾値ωfと回転認識処理S01で認識した初期角速度ωmとを比較させる。そして、当該角速度判定処理S02では、初期角速度ωmが閾値ωf未満とする処理結果を得たとき、位置決め処理S02へ移行させ、初期角速度ωmが閾値ωf以上とする処理結果を得たとき、同期運転処理S06へと移行させる。尚、閾値ωfは、強制運転処理S05の終了時に到達する角速度ωs以上に設定される物理量であって、特許請求の範囲における「所定の閾角速度」を指す。
角速度判定処理S02において初期角速度ωmが閾値ωfより低いと判定された場合、メインルーティンRmは、位置決め処理を実行させる(S03)。かかる位置決め処理S03では、回転子302の磁束方向と制御回路500によって与えられる制御軸とを一致させる。
その後、メインルーティンRmは、強制運転処理を実行させる(S04)。かかる強制運転処理S04では、予め定められた加速モードに基づいて、回転子302の角速度を初期角速度から同期運転への切換時に必要とされる角速度ωsへと加速させる。このとき、かかる場合の回転子302は、制御軸qc−dcに対して位相誤差を伴って駆動されるので、所謂V/F制御が実施されることとなる。
かかる後、メインルーティンRmは、電流切換処理を実行させる(S05)。かかる電流切換処理S05では、回転子302の角速度をωsに維持させた状態にて、d軸指令電流Id*を零へ収束させると共に、q軸指令電流Iq*を次第に増加させ、これにより、電流ベクトルを回転子302の磁束方向に対して垂直に近づけてゆく。
かかる電流ベクトルが磁束方向に対して垂直になると、メインルーティンRmは、同期運転処理を実行させる(S06)。かかる同期運転処理S06では、制御軸qc−dcのdc軸と回転子302の磁束方向とが一致した状態で、当該回転子302が回転制御されることとなる。即ち、回転子302は、この時点から制御回路500の形成する回転磁界と同期して制御されることとなり、指令角速度ω*に応じて加減速され、且つ、高効率で運転されることとなる。
そして、モータを停止させる停止信号を受信しない間は、かかる同期運転処理S09に基づいてブラシレスモータ300の駆動が続行される(S07)。一方、当該停止信号を受信したときには、制御処理を終了させる。即ち、かかる制御処理が終了すると、回転子302には電磁気的なトルクが付与されなくなり、当該回転子302は、この時点で再び、フリーラン状態で回転することとなる。尚、かかる停止信号を受けて回転子302を停止させる処理がプログラムに組み込まれている場合、当該回転子302は制御回路500によって停止されることとなる。
一方、角速度判定処理S02において初期角速度が閾値ωf以上であると判定された場合、上述した位置決め処理S03と強制運転処理S04と電流切換処理S05とを省略させ、その後直ちに、同期運転処理S06を実行させる。かかる場合には、回転子302の角速度が既に強制運転処理で到達する加速度ωsより大きいので、回転子302では、同期運転処理S09へ移行した際に、急激な負荷トルクを受けずに駆動されるため、脱調等の不具合が生じる危険度が低くなる。例えば、ブラシレスモータ300の駆動軸にプロペラファンが固定された機構では、当該プロペラファンに及ぼす流体の流量変化が急激に起きない限り負荷トルクは一定に保たれるので、かかる機構に設けられた制御回路500では、フリーラン状態から同期制御への移行が安定的に行われる。
図13には、角速度判定処理S02において初期角速度が閾値ωf以上であると判定された場合における、d軸電流指令値Id*と、q軸電流指令値Iq*と、外部から要求される指令角速度ω*と、d軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*によって形成される電流ベクトルの角速度ωcと、回転子302の実際の角速度ωmとの変化状態が各運転モード毎に示されている。また、最下段には、PWM信号成形部520にて用いられる搬送波の状態が示されている。
尚、回転認識処理(1)は、「回転子302が電磁気的な駆動力を受ける前」に相当し、ここでは、低搬送波W1が選択されている。そして、当該低搬送波W1が選択されてから回転認識処理(1)の終了後に、搬送波は、低振動数f1の搬送波W1から高振動数f2の高搬送波W2へと切換えられる。
図を参照すると、先ず回転認識処理(1)が実行され、その後直ちに、同期運転処理(5)が実行されるのが観察できる。かかる場合、回転子302の初期角速度が角速度ωsより高回転とされているのが観察できる。即ち、高速フリーラン状態において位置決め処理を省略させる機能を搭載させた同期モータ制御装置では、以下の特徴を有した制御が実現される。即ち、初期角速度が角速度ωsより高回転とされている場合には、回転認識処理(1)後に直ちに同期運転処理(5)を実行させるので、不要な制御処理が省略され、ブラシレスモータ300の円滑な制御が実現される。また、初期角速度が角速度ωsより低回転とされている場合には、回転認識処理(1)後、同期運転処理(5)へ移行させるに必要な処理工程を経てから当該同期運転処理(5)を実行させるので、ブラシレスモータ300の確実な同期制御が実現される。
上述の如く、本実施の形態に係る同期モータ制御装置によれば、同期モータ用インバータ制御回路が制御開始前のブラシレスモータの挙動を精度良く認識し併せて回転認識処理後に実施させるべき最適な処理を選択できるので、同期モータ制御装置では、同期モータの運転を無駄なく円滑に実施させることが可能となる。