まず、比較例の透明導電膜の特性を調べた第1の実験について説明する。この実験では、比較例の透明導電膜の接触抵抗率と光透過率とを調べるとともに、透過型電子顕微鏡(TEM)による断面観察を行なった。
図10Aは、接触抵抗率測定用及びTEM観察用のサンプルの概略断面図である。サファイア基板101上に、pn接合を含む発光構造を有する半導体膜102を形成した。半導体膜102は、基板101側から積層されたn型GaN層と、活性層と、p型GaN層とを含み、n型GaN層とp型GaN層とが活性層を介した接合を形成し、発光ダイオードが構成されている。活性層は、InGaNからなる井戸層と、GaNからなる障壁層とを含む多重量子井戸層構造を有する。発光色は、例えば、波長450nmの青色である。
半導体膜102上に透明導電膜103を形成した。透明導電膜103の材料及び成膜方法を変えて、4種類のサンプルを作製した。また、4種類のサンプルとも、光透過率向上のため、透明導電膜103の成膜後に、電気炉(ラピッドサーマルアニーリング装置)を用いて酸素雰囲気中での加熱(酸素アニール)を行なった。酸素アニールは各サンプルについて、接触抵抗率及び光透過率が最適となる温度条件及び時間条件を選択して行なった。
第1のサンプルは、透明導電膜材料としてNi/Auを用い、真空蒸着で成膜した。サファイア基板101側から順に、Ni、Auを厚さ0.5nm、7.5nm積層した。酸素アニールは、400℃で1分間行なった。
第2のサンプルは、透明導電膜材料としてインジウムスズ酸化物(ITO)を用い、真空蒸着で成膜した。透明導電膜103の膜厚は220nmとした。酸素アニールは、400℃で1分間行なった。
第3のサンプルは、透明導電膜材料としてITOを用い、DCマグネトロンスパッタリングで成膜した。透明導電膜103の膜厚は220nmとした。酸素アニールは、600℃で1分間行なった。
第4のサンプルは、透明導電膜材料としてITOを用い、アーク放電型イオンプレーティングで成膜した。透明導電膜103の膜厚は220nmとした。酸素アニールは、600℃で1分間行なった。第4のサンプルのアーク放電型イオンプレーティングの条件は、成膜温度25℃(室温)、酸素分圧1.5×10−4Torr(図9の比較条件のもの)とした。
なお、同じ透明導電膜材料について、一般に、膜密度の高いものほど酸素アニールで高い温度を要する。これは、膜密度の低い透明導電膜ほど酸素との接触面積が広く、より低い熱エネルギで透明導電膜全体を酸化させることができるためであると考えられる。換言すれば、膜密度の低い透明導電膜ほど、低温で酸素の脱離がおきやすく、酸素雰囲気下でも高い温度での酸化が難しくなる。ITO膜について、真空蒸着で成膜した第2のサンプルに比べて、DCマグネトロンスパッタリング、アーク放電型イオンプレーティングで成膜した第3、第4のサンプルの方が、透明導電膜の膜密度が高いといえる。
ITO膜の、下地の半導体膜との接触抵抗率を測定した。接触抵抗率の測定は、トランスミッションラインモデル(TLM)法で行なった。
図10Bは、TLM測定用の、透明導電膜のパターン例を示す上面図である。半導体膜102上に、透明導電膜103が形成されている。透明導電膜103に、円の縁上の透明導電膜103を除去し下地の半導体膜102を露出させて、複数の円状のパターンが画定されている。円ごとに、縁の太さが異なる、つまり、円の内部と外部のITO膜間の距離が異なるパターンとなっている。
図10Cは、光透過率測定用サンプルの概略断面図である。サファイア基板101上に直接、透明導電膜103を形成した。サファイア基板101の厚さは、430μmである。透明導電膜103の材料及び成膜方法を変えて、4種類のサンプルを作製した。また、4種類のサンプルとも、透明導電膜103の成膜後に酸素アニールを行なった。透明導電膜材料、成膜方法、及び酸素アニールの条件は、接触抵抗率測定用サンプルと同様としたので、光透過率測定用の各サンプルも、接触抵抗率測定用サンプルと対応させて、第1〜第4のサンプルと呼ぶこととする。
光透過率は、測定用光源から出射した白色光を、透明導電膜103側から入射させてサンプルを透過させ、サファイア基板101側に設置された受光素子で受けることにより測定された光透過率の450nm及び670nmでの値を読み取ることで求めた。光透過率の測定手順は、まず、サンプルを置かずに白色光を直接受光素子で測定し、次に、サンプルを置いて同様に測定する。サンプル載置前後での各波長における強度変化から光透過率が求められる。光透過率は、透明導電膜103及びサファイア基板101の積層構造に対し測定されている。
なお、接触抵抗率測定用のサンプルを光透過率測定に用いたとすると、半導体膜102の発光波長の光を、半導体膜102が吸収してしまうので、正しい測定ができない。このため、光透過率測定用のサンプルを、接触抵抗率測定用のサンプルとは別に用意した。
図11は、第1〜第4のサンプルの接触抵抗率と光透過率の測定結果をまとめた表である。Ni/Au膜を用いた第1のサンプルの接触抵抗率は4.7×10−4Ωcm2であり、ITO膜を用いた第2〜第4のサンプルの接触抵抗率は、それぞれ、0.68Ωcm2、4.83Ωcm2、1.14Ωcm2である。また、Ni/Au膜を用いた第1のサンプルの光透過率は57%であり、ITO膜を用いた第2〜第4のサンプルの接触抵抗率は、それぞれ、83%、81%、83%である。
Ni/Au膜を用いた透明導電膜は、接触抵抗率は低いが、光透過率が60%程度と低く、半導体発光素子からの光取り出し効率向上が難しい。一方、ITO膜を用いた透明導電膜は、どのサンプルでも、光透過率は80%程度と高いが、Ni/Au膜に比べて、半導体膜との接触抵抗率が高い。
ITO膜を用いた第2〜第4のサンプル同士を比較すると、スパッタリングで成膜した第3のサンプルの接触抵抗率が高い。これは、成膜時にプラズマが、蒸着面であるp型GaN層にダメージを与えて高抵抗化させるためと考えられる。
図12A及び図12Bは、それぞれ、第2のサンプル(ITO膜/真空蒸着)の倍率50万倍、倍率150万倍のTEM断面像である。
図13A及び図13Bは、それぞれ、第3のサンプル(ITO膜/スパッタリング)の倍率50万倍、倍率150万倍のTEM断面像である。
図14A及び図14Bは、それぞれ、第4のサンプル(ITO膜/室温のアーク放電型イオンプレーティング)の倍率50万倍、倍率150万倍のTEM断面像である。
これらのTEM像は、半導体膜とその上に形成されたITO膜との界面近傍を示す。倍率150万倍のTEM像を見るとわかるように、どのサンプルでも、ITO膜の半導体膜との界面に、粒子が周期的に配列されない、アモルファスと予想される層(以下、アモルファス的な層と呼ぶこととする)が形成されている。なお、ITO膜中に観察されている粒子は、ITO膜を構成する原子と思われるが、詳細は不明である。
なお、倍率50万倍のTEM像を見るとわかるように、真空蒸着の第2のサンプルは、スパッタリング、アーク放電型イオンプレーティングで成膜した第3、第4のサンプルに比べて、ITOの膜密度が低い。スパッタリングやアーク放電型イオンプレーティングは、プラズマにより成膜材料を活性化するので、膜密度、膜の密着性を向上させやすい。
以上説明したように、ITO膜は、Ni/Au膜に比べて高い光透過率を有するが、接触抵抗率を下げることが難しい。半導体発光素子において、ITO膜の接触抵抗率の低下が望まれる。
次に、本発明の実施例による透明導電膜(ITO膜)、及びそれを用いた半導体発光素子について説明する。実施例のITO膜は、アーク放電型イオンプレーティングで成膜される。
図1は、実施例のITO膜の成膜に用いられるアーク放電型イオンプレーティング装置の概略図である。真空チャンバ101内に、サンプル108を保持するホルダ103が設置されている。サンプル108は、ITO膜を成膜する面を下に向けて、ホルダ103に取り付けられる。
ヒータ111が、熱拡散用の金属板113を介して、ホルダ103を加熱することにより、ホルダ103上のサンプル108が加熱される。ホルダ103は、保持面内でサンプル108を回転させることができる。
金属板113に取り付けられた熱電対112を用いて、ホルダ103の温度を測定することにより、サンプル108の温度が推定される。なお、熱電対112の測定温度は、ホルダ103の温度であり、サンプル108の温度そのものではなく、サンプル108の温度は、熱電対112の測定温度(ホルダ103の温度)に比べて、数℃〜十数℃低い可能性はある。ここでは、熱電対112で測定されたホルダ103の温度を、成膜温度とする。
プラズマガン120が、陽極104、陰極105、及び直流電源106を含む。直流電源106により、陽極104と陰極105との間に電圧を印加して、直流アーク放電プラズマ110を発生させる。
陽極104上に、ITO焼結体であるターゲット109が載置されている。直流アーク放電プラズマ110により、(電子がターゲット109に衝突し、)ターゲット109からITOが蒸発する。
プラズマガン120の陽極104が、ホルダ103と対向して配置されている。ホルダ103上のサンプル108は、プラズマガン120の陽極104と陰極105との間には配置されず、また、陽極104(及び陰極105)から十分に離れて配置され、サンプル108が直流アーク放電プラズマ110に曝されることが防止されている。
ホルダ103と陽極104との間に、シャッタ121が配置されており、シャッタ121が、サンプル108とターゲット109との間を仕切っている。シャッタ121を開くことにより、ITOがサンプル108の表面に供給されて、ITO膜を成膜することができる。
アーク放電型イオンプレーティング装置は、また、真空チャンバ101内への導入ガスの流量を調整するマスフローコントローラ107と、真空チャンバ101内を排気するポンプ102とを有する。マスフローコントローラ107を介して、プラズマ110の発生に必要なアルゴンと、ITO成膜のため補われる酸素とが供給される。
アーク放電型イオンプレーティング法では、サンプル108が、直流アーク放電プラズマ110に曝されにくい。これにより、例えばスパッタリングと比べて、ITO膜の下地となる半導体膜へのプラズマによるダメージが低減される。
次に、図2及び図3を参照して、実施例の半導体発光素子の製造方法について説明する。
図2は、実施例の半導体発光素子の概略断面図である。
図3は、実施例の半導体発光素子の製造工程の流れを示したフローチャートである。
まず、図3のステップS1に示すように、半導体膜の成長工程を行なう。成長基板10として、C面サファイア基板を準備した。成長基板10を、有機金属化学気相堆積(MOCVD)装置に入れ、まず、水素雰囲気中で1000℃、10分間の加熱により、サーマルクリーニングを行なった。
次に、約500℃で、TMGを10.4μmol/min、NH3を3.3LMで3分間供給して、低温バッファ層であるGaN層を形成した。
次に、1000℃まで昇温し、30秒間保持することで、低温バッファ層を結晶化させた。さらに、そのままの温度で、TMGを45μmol/min、NH3を4.4LMで20分間供給して、GaN層を厚さ約1μm形成した。低温バッファ層とこの層をまとめて、下地層21と呼ぶこととする。
次に、1000℃で、TMGを45μmol/min、NH3を4.4LM、n型不純物源としてSiH4を2.7×10−9μmol/minで40分間供給して、n型GaNからなるn型半導体層22を厚さ約2μm形成した。
次に、InGaN井戸層とGaN障壁層の積層を1周期とした構造を5周期積層して、活性層23を形成した。700℃で、TMGを3.6μmol/min、TMIを10μmol/min、NH3を4.4LMで33秒間供給して、厚さ約2.2nmのInGaN井戸層を形成し、InGaN井戸層上に、TMGを3.6μmol/min、NH3を4.4LMで320秒間供給して、厚さ約15nmのGaN障壁層を形成し、これを5周期分繰り返した。
次に、温度を870℃まで上げ、TMGを8.1μmol/min、TMAを7.5μmol/min、NH3を4.4LM、p型不純物源としてCP2Mgを2.9×10−7μmol/minで5分間供給して、クラッド層としてp型AlGaN層を厚さ約40nm形成した。
引き続きそのままの温度で、TMGを18μmol/min、NH3を4.4LM、CP2Mgを2.9×10−7μmol/minで7分間供給して、コンタクト層としてp型GaN層を厚さ約150nm形成した。p型AlGaNクラッド層とp型GaNコンタクト層とをまとめて、p型半導体層24と呼ぶこととする。
n型半導体層22とp型半導体層24とが、活性層23を介してpn接合を形成し、発光ダイオードが形成されている。下地層21、n型半導体層22、活性層23、及びp型半導体層24をまとめて、半導体膜20と呼ぶこととする。なお、最小限、n型半導体層とp型半導体層とを含むpn接合が形成されていれば、例えば多重量子井戸構造の活性層が省かれていても、発光構造を構成することは可能である。
次に、図3のステップS2に示すように、ドライエッチング工程を行なう。半導体膜20の一部を、例えば反応性イオンエッチング(RIE)等によりエッチングして、n型半導体層22を露出させた。露出したn型半導体層22の上面は、n側電極の形成領域となる。
なお、サファイア基板10が絶縁性であるので、n型半導体層22上にn側電極形成領域を確保するために、このエッチング工程を行なっている。成長基板として、n型導電性の基板、例えばn型GaN基板等を用いる場合は、成長基板裏面にn側電極を形成することが可能なので、このようなエッチング工程を省くことが可能である。
次に、図3のステップS3に示すように、透明導電膜(ITO膜)の形成工程を行なう。半導体膜20のp型GaNコンタクト層上に、アーク放電型イオンプレーティングにより、ITO膜30を形成した。さらに図1も参照して、説明を続ける。
成長基板10に半導体膜20が形成されたサンプル108を、半導体膜20が下向きになるようにホルダ103に保持し、ポンプ102で真空チャンバ101を排気しながら、ヒータ111でホルダ103を所望の温度まで昇温させ、温度が安定するまで1時間ほど排気を続けながら放置する。
目標の真空度(例えば約4.0×10−6Torr)及び目標の成膜温度(例えば200℃)に達したら、次に、プラズマガン120でプラズマ110を発生させる。プラズマ110は、マスフローコントローラ107を介してアルゴンガスを例えば100sccm、供給するとともに、プラズマガン120の電源106を入れ、例えば電圧約50Vで電流を20A〜25A程度に調整して、発生させる。
アルゴンガスの流量を、例えば約7sccmに絞ることにより、プラズマ110をターゲット109に集中させて、ITOの蒸発を開始させる。本実施例では、ターゲット109として、Sn7.5wt%のITO焼結体を用いている。
プラズマ110を発生させ、ITOを蒸発させるとともに、マスフローコントローラ107を介して酸素を供給する。酸素供給量は、例えば流量14sccmである。そして、シャッタ121を開け、ターゲット109から蒸発したITOを、マスフローコントローラ107を介して導入した酸素とともに、サンプル108上に供給し、ITO膜30を成長させる。成膜レートは、例えば約0.5nm/secである。
実施例では、220nmの厚さのITO膜30を形成した。ITO膜30成膜直前の真空チャンバの真空度は、約3.5×10−6Torr〜約4.0×10−6Torrであった。例えば、ITO膜成膜中のアルゴン流量7sccmは、圧力(アルゴン分圧)に換算して1.2×10−4Torr、酸素流量14sccmは、圧力(酸素分圧)に換算して2.3×10−4Torrであり、この条件でのITO成膜中の真空度は(全圧)は、3.6×10−4Torrである。
なお、サンプル108をホルダ103に保持する前に、あらかじめターゲット109からITOを蒸発させ、真空チャンバ101の内壁に少しITO膜を形成しておくと、後のサンプル108上の成膜時に成膜レート等が安定しやすい。
なお、ITO膜30の成膜中に、ホルダ103でサンプル108を回転させることにより、ITO膜30の面内均一性を向上させることができる。
次に、図3のステップS4に示すように、ITO膜30のパターニング工程を行なう。ITO膜30上全面にフォトレジストを塗布し、フォトリソグラフィにより、ITO膜30を残したい領域上にレジストマスクを形成する。次に、レジストマスクの形成されないITO膜30の不要部分を、例えば、関東化学製のITO02溶液に40℃で30秒間〜500秒間浸すことにより除去する。その後、レジストマスクを除去する。
次に、図3のステップS5に示すように、ITO膜のアニール工程を行なう。酸素を含む雰囲気中において、例えば600℃で1分間の加熱を行なう(酸素アニール)。成膜直後のITO膜は、まだ酸素欠陥が多く存在し、これに起因して例えば70%前後の低い光透過率を示す。酸素アニールで酸素欠陥を減らすことにより、光透過率が例えば80%前後まで向上する。
なお、酸素アニールの温度は500℃〜700℃の範囲が好ましく、アニール時間は1分間〜5分間の範囲が好ましい。
次に、図3のステップS6に示すように、電極形成工程を行なう。フォトリソグラフィ、真空蒸着を用いて、ITO膜30の一部上にp側電極パッド40を形成し、また、ステップS2のドライエッチング工程で露出させたn型半導体層22上にn側電極50を形成する。p側電極パッド40及びn側電極50には、例えば、Ti/Al合金等が用いられる。
次に、実施例のITO膜の特性を調べた第2〜第4の実験について説明する。まず、第2の実験について説明する。第2の実験では、上述のステップS3で説明したITO成膜工程において、ITOの成膜温度を様々に変化させて多数のサンプルを作製し、成膜温度と接触抵抗率及び光透過率との関係、及び、成膜温度とITO膜のパターニング特性との関係を調べた。
比較例で説明したのと同様に、接触抵抗率測定用のサンプルとして、図10Aに示したような、半導体膜上にITO膜が形成された構造のものを準備した。また、光透過率測定用のサンプルとして、図10Cに示したような、基板上に直接ITO膜が形成された構造のものを準備した。
接触抵抗率測定用のサンプルは、実施例の半導体発光素子の製造方法から、ドライエッチング工程S2及び電極形成工程S6を省いて作製できる。
光透過率測定用のサンプルは、実施例の半導体発光素子の製造方法から、半導体膜成長工程S1、ドライエッチング工程S2、電極形成工程S6を省き、成長基板上に直接ITO膜を形成することにより作製できる。
接触抵抗率測定用のサンプルと、光透過率測定用のサンプルとを、ITOの成膜温度50℃、100℃、150℃、200℃、及び250℃で作製した。どのサンプルについても、酸素を分圧1.5×10−4Torr程度で供給してITOを成膜し、ITO膜の厚さは220nmとし、ITO成膜後の酸素アニールを、600℃で1分間行なった。
比較例の第1の実験と同様に、ITO膜の半導体膜との接触抵抗率はTLM法で測定し、光透過率はサファイア基板(厚さ430μm)とITO膜との積層構造に対して測定した。また、パターニング特性は、アンダーエッチや、場所によるムラがある場合に不良と評価した。
なお、実際の半導体発光素子では、半導体膜上のITO膜の光透過率が重要となる。光透過率測定のサンプルは、基板上にITO膜を形成しており、下地が半導体膜ではない。しかし、ITO膜の光透過率には、下地との界面部分よりもバルク部分の方が大きく影響すると考えられる。従って、成膜条件やアニール条件が同様であれば、下地が異なっていても、基板上にITO膜を形成したサンプルの光透過率測定値から、実際の半導体発光素子における光透過率の傾向が推測される。
図4A及び図4Bは、第2の実験の結果を示すグラフ、及び結果をまとめた表である。図4Aのグラフの横軸が成膜温度を℃単位で示し、左側の縦軸が接触抵抗率をΩcm2単位で示し、右側の縦軸が光透過率を%単位で示す。曲線C1が、接触抵抗率を示し、曲線C2が、波長450nmの青色に対する光透過率を示し、曲線C3が、波長670nmの赤色に対する光透過率を示す。
なお、成膜温度を室温25℃とした比較例のサンプルに対する測定結果を白抜きのプロットで示す。
接触抵抗率は、成膜温度上昇につれ低下する傾向がある。特に、室温25℃から100℃までで、急激な低下が見られる。100℃と150℃の接触抵抗率はほぼ等しいが、成膜温度150℃以上で再び低下する。
成膜温度25℃での接触抵抗率1.14Ωcm2に比べ、成膜温度100℃での接触抵抗率9.00×10−3Ωcm2は2桁程度、成膜温度150℃での接触抵抗率1.04×10−2Ωcm2も2桁程度、成膜温度200℃での接触抵抗率2.76×10−3Ωcm2は3桁程度、成膜温度250℃での接触抵抗率1.33×10−4Ωcm2は4桁程度低下している。
なお、室温から100℃までの急激な接触抵抗率の低下は、ITO膜の密度向上により下地の半導体膜との接触面積が増加したことが一因ではないかと推測される。また、150℃以上での接触抵抗率の低下は、後述するように、ITOの結晶化が進んだためではないかと思われる。なお、これらは、温度依存性についての1つの考え方を示すものであり、原因を断定するものではない。
なお、さらに、後述の第4の実験で説明するような、半導体膜との界面でITO膜中の粒子が周期的に並んだ構造が、接触抵抗率の低下に寄与していると考えられる。
光透過率は、波長450nm、670nmの場合とも、成膜温度25℃〜250℃の範囲で、80%以上と高い。波長450nmに対する光透過率は、成膜温度200℃程度までほぼ一定であり、成膜温度250℃になるとやや低下する。波長670nmに対する光透過率は、成膜温度150℃程度までほぼ一定であり、成膜温度200℃以上になるとやや低下する。なお、波長670nmの250℃のプロットは、波長450nmの250℃のプロットと重なっている。
なお、高温側で光透過率が低下する理由は、温度上昇とともに酸素の吸収よりも脱離が優位に起こるようになり、ITO膜中に酸素が取り込まれにくくなるためではないかと思われる。なお、これは、温度依存性についての1つの考え方を示すものであり、原因を断定するものではない。
パターニング時間は、成膜温度25℃〜150℃で60秒と一定であるが、150℃以上で急激に長くなる傾向が見られ、200℃では180秒となり、250℃では480秒に伸びている。また、成膜温度25℃〜150℃でパターニング不良が見られ、200℃以上ではパターニング不良が見られなくなる。
成膜温度150℃までのパターニング時間は、60秒以下と非常に短く、剥離、アンダーエッチ等が発生しやすく、パターニング精度を維持するのが難しい。成膜温度200℃以上では、180秒〜500秒程度と扱いやすいパターニング時間となっており、パターニング精度を高めやすい。
ITOの薄膜には、アモルファス相と結晶相とがある(2相が混在する場合もある)。アモルファス相は結晶相に比べ、エッチャントに除去されるまでの時間が極端に短いという知見が得られている。第2の実験の結果から、成膜温度150℃より高い温度で、ITO膜の結晶化が促進され、パターニング特性が向上したと推測される。
このように、第2の実験より、成膜温度を100℃以上とすると1×10−2Ωcm2のオーダ以下の接触抵抗率が得られることがわかった。さらに、成膜温度を200℃以上とすると1×10−3Ωcm2のオーダ以下の接触抵抗率が得られ、さらに、成膜温度を250℃以上とすると1×10−4Ωcm2のオーダ以下の接触抵抗率が得られることがわかった。
従って、低い接触抵抗率を得るという観点からは、ITOの成膜温度を100℃以上とすることが好ましい。成膜温度を200℃以上、さらに好ましくは250℃以上とすることにより、接触抵抗率をさらに低下させられる。
光透過率は、高温側ほど低下する傾向があるが、成膜温度100℃〜250℃の範囲では、青色、赤色とも、80%以上の高い光透過率が得られた。
なお、成膜温度300℃程度までは、青色について、75%程度以上の高い光透過率が得られると考えられる。高い光透過率を得るという観点からは、成膜温度を300℃より低くすることが好ましい。
なお、成膜温度250℃以上で、赤色の光透過率よりも青色の光透過率が低くなっており、赤色、さらにはその間の可視光全体の波長について、青色よりも高い光透過率が得られるといえよう。なお、光透過率はサファイア基板も含めて測定されているので、ITO膜単独の光透過率はこれよりも高くなる。
なお、本願発明者らは、成膜温度300℃でもサンプルを作製したが、成膜温度が300℃まで高くなると、ITO膜の厚みの均一性を高めることが難しいことがわかった。ITO膜の厚みの均一性の観点からも、成膜温度は300℃より低いことが好ましい。
ITO膜のパターニング特性は、成膜温度150℃から200℃の間で急激に良くなることがわかった。150℃〜200℃の間の、例えば175℃以上の成膜温度とすることにより(さらに好ましくは200℃以上とすることにより)、良好なパターニング特性が得られるであろう。
低い接触抵抗率、高い光透過率、及び良好なパターニング特性のすべてを考慮すると、実験した成膜温度では200℃が最も好ましいといえる。200℃の前後の範囲、例えば175℃〜250℃が、特に好ましいITOの成膜温度範囲と評価される。
次に、第3の実験について説明する。第3の実験では、上述のステップS3で説明したITO成膜工程において、ITO成膜時の酸素供給量を様々に変化させて多数のサンプルを作製し、酸素供給量と接触抵抗率及び光透過率との関係、及び、酸素供給量とITO膜のパターニング特性との関係を調べた。
第2の実験と同様に、接触抵抗率測定用のサンプル及び光透過率測定用のサンプルとして、それぞれ、図10Aに示したような、半導体膜上にITO膜が形成された構造のものと、図10Cに示したような、基板上に直接ITO膜が形成された構造のものを準備した。
接触抵抗率測定用のサンプルと、光透過率測定用のサンプルとを、ITO成膜時の酸素供給量を、酸素分圧0Torrから6×10−4Torr程度まで変化させて作製した。ITOの成膜温度が100℃と200℃のサンプルを作製した。どのサンプルについても、ITO膜の厚さは220nmとし、ITO成膜後の酸素アニールを、600℃で1分間行なった。
第2の実験と同様に、ITO膜の半導体膜との接触抵抗率はTLM法で測定し、光透過率はサファイア基板(厚さ430μm)とITO膜との積層構造に対して測定した。また、パターニング特性は、アンダーエッチや、場所によるムラがある場合に不良と評価した。
図5A〜図5Cは、第3の実験の結果を示すグラフ、及び結果をまとめた表である。図5Aのグラフの横軸が酸素供給量(分圧)をTorr単位で示し、左側の縦軸が接触抵抗率をΩcm2単位で示し、右側の縦軸が光透過率を%単位で示す。曲線C4が、接触抵抗率を示し、曲線C5が、波長450nm及び波長670nmに対する光透過率を示す。図5B及び図5Cが、それぞれ、成膜温度200℃、100℃の結果をまとめた表である。
接触抵抗率の酸素供給量依存性は、成膜温度100℃のサンプル及び成膜温度200℃のサンプルの双方で似ており、両温度での依存性をまとめて1つの曲線C4で示す。接触抵抗率は、酸素分圧を0Torrから増やすにつれ低下し、酸素分圧が2.4×10−4Torr程度で最小となり、酸素分圧を2.4×10−4Torr程度からさらに増やすにつれ上昇する。
酸素分圧が0Torr、6×10−4Torr程度とも、接触抵抗率は1×10−2Ωcm2程度であり、酸素分圧が2.4×10−4Torr程度で、接触抵抗率は1×10−3Ωcm2程度に下がる。
なお、酸素分圧2.4×10−4Torr程度までの接触抵抗率低下は、酸素供給なしから酸素を増やしていくことにより、ITO膜中の酸素欠陥が減ったことによると推測される。つまり、酸素原子が欠陥を埋めることにより、ITO膜内に存在するキャリアの移動度が上昇して接触抵抗率が減少したものと考えられる。また、酸素分圧2.4×10−4Torr程度からの接触抵抗率上昇は、酸素供給量が多くなりすぎることにより、キャリアを供給していた酸素欠陥が減少したことに起因すると推測される。なお、これらは、1つの考え方を示すものであり、原因を断定するものではない。
光透過率の酸素供給量依存性は、成膜温度100℃のサンプル及び成膜温度200℃のサンプルの双方で似ているとともに、さらに、波長450nm及び波長670nmの双方で似ており、これらをまとめて両1つの曲線C5で示す。光透過率は、酸素分圧が0Torrから6×10−4Torr程度まで、80%程度でほぼ一定である。
パターニング特性について、第2の実験と同様に、成膜温度100℃では、いずれのサンプルも、パターニング時間が60秒以下と短く、パターニング不良が見られる。成膜温度200℃で酸素分圧が1.4×10−4Torr以上のサンプルでは、第2の実験と同様に、パターニング時間が180秒以上と長く、パターニング不良が見られない。
成膜温度200℃でも、酸素分圧の低い0Torrと2.0×10−5Torrのサンプルでは、パターニング時間が30秒以下と短く、パターニング不良が少し見られた。なお、この理由は、成膜中の酸素分圧が低すぎるために、ITO膜中からの酸素脱離が起こり、ITO膜中の酸素欠陥が多くなったためであると推測される。なお、これは、1つの考え方を示すものであり、原因を断定するものではない。ITOは、酸素欠陥が多いほど結晶性が悪くなりやすく、また、エッチャントに対する耐性も下がり、エッチングレートが速くなる。
なお、比較として、成膜温度を室温とし、酸素供給量を変化させたサンプルについて接触抵抗率の酸素供給量依存性を調べたところ、成膜温度を100℃以上の高温としたサンプルのような、所定の酸素供給量で接触抵抗率が最小となる依存性は見られなかった。
このように、第3の実験より、成膜温度100℃及び200℃において、酸素分圧2.4×10−4Torr付近で、接触抵抗率を特に低くできることがわかった。従って、成膜温度を100℃以上とし、酸素分圧を2.4×10−4Torrの付近、例えば1.4×10−4Torr〜3.4×10−4Torrとすることが特に好ましいといえる。
次に、第4の実験について説明する。第4の実験では、実施例のITO膜のTEMによる断面観察を行なった。TEM観察用サンプルは、接触抵抗率測定用サンプルと同様の構造(半導体膜上にITO膜が形成された構造)のものである。なお、接触抵抗率測定用サンプルとは別サンプルである。接触抵抗率測定用サンプルとTEM観察用サンプルは、ITO成膜までは同じウエハ上で行っている。ウエハを分割後に、接触抵抗率測定用サンプルはITO膜をTLM測定のためにパターニングし、TEM観察用サンプルはITO膜をパターニングせずにそのまま用いている。
ITOの成膜条件は、成膜温度が200℃、成膜時の真空チャンバ内の真空度が3.5×10−4Torr〜4.0×10−4Torr、酸素分圧が2.4×10−4Torr(酸素流量14sccm)、アルゴン分圧が1.2×10−4Torr(アルゴン流量7sccm)であり、Sn7.5wt%のITOターゲットを用い、成膜レートが約0.5nm/secに保たれるように、プラズマガンの電圧を約50Vとし、電流を20A〜25Aに調整した。ITOの成膜後、電気炉で600℃、1分間の酸素アニールを行なった。
図6A及び図6Bは、それぞれ、第4の実験のサンプルの倍率50万倍、倍率150万倍の、半導体膜とITO膜との界面近傍のTEM断面像である。図6Bの倍率150万倍のTEM像は、図6Aの破線で示す界面部分を拡大して示す。
実施例の倍率150万倍のTEM像を、比較例(真空蒸着、スパッタリング、室温のアーク放電型イオンプレーティングによるITO膜)のそれ(図12B、図13B、図14B参照)と比べる。実施例のITO膜は、比較例のITO膜と異なり、半導体膜との界面にアモルファス的な層が形成されておらず、粒子が周期的に並んだ結晶的な層が、半導体膜上に直接形成されている。ITO膜は、TEM像に示す範囲で、半導体膜との界面からバルク部分まで連続して、粒子が周期的に並んだ構造となっている。
なお、ITO膜の下地の半導体結晶膜でも、粒子が周期的に並んだ構造が観察される。なお、ITO膜中、半導体膜中に観察されている粒子は、それぞれ、ITO膜、半導体膜を構成する原子と思われるが、詳細は不明である。
比較例のITO膜は、高い接触抵抗率を示し、また、室温のアーク放電型イオンプレーティングによるものであっても、半導体膜との界面にアモルファス的な層が形成されていた。本願発明者は、比較例のITO膜において、半導体膜との界面にITOのアモルファス的な層が介在していることが、ITO膜の高い接触抵抗率の1つの原因ではないかと考えている。
図6Bに示すサンプルでは、ITO膜の半導体膜との界面にアモルファス的な層が形成されることなく、結晶的な層が形成できている。図4Aのグラフを参照して、成膜温度が室温から100℃にかけて、接触抵抗率が急激に下がることを説明した。高い成膜温度(例えば100℃以上)とすることにより、ITO膜の界面状態が改善し、接触抵抗率の低下に寄与しているものと思われる。
図7は、第4の実験のサンプルの倍率150万倍のTEM断面の全体像である。TEM像中に観察されるITO膜の厚さは60nmである。
図8A〜図8Dは、図7の破線で囲んだITO膜の部分を、半導体膜界面からの厚さ区分ごとに示す拡大図であり、図8Aが界面から厚さ10nmまで、図8Bが厚さ10nmから30nmまで、図8Cが厚さ30nmから50nmまで、図8Dが厚さ50nmから60nmまでを示す。
実施例のITO膜は、半導体膜との界面から少なくとも60nmの厚さまで、粒子が周期的に配置された構造を持つことがわかる。
なお、半導体発光素子の透明導電膜としてのITO膜の厚さは、少なくとも60nm以上であることが好ましい。60nmより薄いと、ITO膜の断面積が狭くなりすぎ、シート抵抗を十分に下げられない。シート抵抗が高いと、面内での電流拡散が不十分となり、発光面積を広げることが困難となる。
一方、半導体発光素子の透明導電膜としてのITO膜の厚さは、300nm以下であることが好ましい。300nmより厚いと、光透過率が低くなりすぎ、また、膜の面内での均一性を高めることが難しくなる。
従って、ITO膜の厚さは、60nm〜300nmの範囲であることが好ましい。低いシート抵抗と高い光透過率とするため、より好ましい膜厚は、100nm〜250nmである。なお、波長450nmの青色発光で、発光素子を樹脂封止することを想定した場合、ITO膜の膜厚を110nmあるいは220nmとすることにより、干渉で光が弱まる効果を抑えて、高い光透過率が得られる。
以上説明したように、ITO膜を、アーク放電型イオンプレーティングを用い成膜温度100℃以上で形成することにより、下地の半導体膜との接触抵抗率を低下させることができる。
例えば室温のアーク放電型イオンプレーティングで形成したITO膜は、1Ωcm2程度の高い接触抵抗率であるのに対し、実施例の、高い成膜温度で行なうアーク放電型イオンプレーティングで形成したITO膜は、1×10−2Ωcm2程度以下の低い接触抵抗率を有する。
さらに、成膜温度を例えば175℃以上とすれば、ITO膜の良好なパターニング特性も得られると考えられる。
なお、ITO膜の光透過率や膜厚均一性の、成膜温度上昇に起因する低下を抑制する観点からは、成膜温度は300℃より低いことが好ましい。
また、分圧1.4×10−4Torr〜3.4×10−4Torrの範囲で酸素を供給しながらITO膜を形成することにより、接触抵抗率をさらに低下させることができる。
実施例のITO膜として、半導体膜に接する界面から少なくとも60nm以上の厚さまで、粒子が周期的に配置された構造を持つものが得られた。このような構造は、接触抵抗率の低下に寄与するものと推測される。
なお、上記実施例では、ITO膜と接する下地がGaN層であったが、少なくとも、AlxInyGazN(0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦1、x+y+z=1)と表されるIII族窒化物半導体層について、同様な効果が期待されよう。
なお、図9に、第2、第3の実験で作製したサンプルの成膜条件と評価とをまとめる。条件1〜5が、第2の実験のサンプルに対応し、条件6、2、7〜10が、第3の実験の成膜温度100℃のサンプルに対応し、条件11、12、4、13〜16が、第3の実験の成膜温度200℃のサンプルに対応する。
以上実施例に沿って本発明を説明したが、本発明はこれらに制限されるものではない。例えば、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。