JP5410997B2 - うつ病およびうつ状態のマーカーおよびそれを用いた検出・診断 - Google Patents

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Description

本発明は、うつ病性障害の検出・診断マーカーおよびそれを利用した当該疾患の診断方法等に関する。
うつ病とは、気分障害の一種であり、抑うつ気分や不安・焦燥、精神活動の低下、食欲低下、不眠などを特徴とする精神疾患である。うつ病は、現在では、気分障害のうちの「大うつ病性障害」として診断されるようになってきている[アメリカ精神医学会(APA)が発行する精神疾患の診断・統計マニュアル 第4版(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorder - IV;DSM-IV)を参照]。さらに、症状が軽いうつ病に「軽症うつ病」、長く続く軽いうつ状態に「気分変調性障害」(気分変調症)という診断名が用いられるようになってきており、これらを総称して「うつ病性障害」あるいは、うつ病と呼んでいる。
近年の研究では、我々が生涯のうちにうつ病にかかる可能性は約15%程度であるとの報告が多い。また、日本で2002年に行われた1600人の一般人口に対する面接調査によれば、うつ病の時点有病率は2%、生涯有病率は6.5%とされている。このように、約10人に1人が生涯のうちに1度はうつ病に罹患しており、うつ病は、今や生活習慣病と並んでたいへんポピュラーな病気である。にもかかわらず、最初からうつ病を疑って医療機関を受診する患者は少なく、身体の不調と考えて内科等の一般科を受診する場合がほとんどである。
うつ病をはじめとする精神疾患の診断や個人の持つ心理的ストレスの査定は、医師や心理士の主観、あるいは症状やストレスを申告する患者や個人の主観に依拠しており、客観的と言いがたい。実際、病気であることによって何らかの有利な点がある場合に症状を過剰に訴える疾病利得や、その反対に精神疾患であると他人に知られることによって蒙る偏見や不都合を避けたくて症状を秘匿することが頻繁に見られるため、正確な診断や査定が困難なケースが非常に多い。
うつ病の内分泌学的異常(視床下部−下垂体−副腎系:HPA系)を鋭敏に検出するテストとして近年開発されたデキサメサゾン(DEX)/コルチコトロピン放出ホルモン(CRH)テストが、うつ病の状態依存的マーカーとなるか否かについて多施設研究による検証を行った例が報告されている(非特許文献1)。
また、医師や心理士の診断を客観的に補足する方法が各種検討されている。例えば、WO2004/080312(うつ病の診断方法、特許文献1)のように、医師や心理士の診断結果をコンピュータ処理することによって患者の症状に表れるノイズをできるだけ除く方法である。
特開2003−274949(うつ病薬の標的遺伝子及びその利用、特許文献2)では、うつ病の原因遺伝子を同定することと、うつ病の治療および/または予防のための医薬のスクリーニング方法が提案されている。
うつ病患者に過剰に見られる物質を同定することによって、うつ病を客観的に把握する方法も研究されている。例えば特開2007−24822(男性の更年期又はうつ病の鑑別方法、特許文献3)の発明では、男性の血液または唾液中に存在するテストステロンおよびコルチゾールの量に基づいてうつ病を鑑別する。特表2002−529706(神経精神障害におけるポリグルタミン含有タンパク質、特許文献4)の発明では、ポリグルタミン含有タンパク質をマーカーとして神経精神病を診断する。
フィブリノーゲンは血漿中に豊富に存在する(200-400mg/dl)分子量約340,000のタンパク質であり、Aα、Bβ、γの3本のポリペプチド鎖がS−S結合で繋がれた二量体として存在する。トロンビンの作用により、Aα鎖およびBβ鎖のN末端(フィブリノペプチドA(FPA)およびフィブリノペプチドB(FPB))が順次切り出される。また、FPAが切り出されて生じるフィブリノーゲンα鎖の分解産物とみられる種々のペプチドが、血漿中に見出されている。これらのフィブリノーゲン分解産物の生理的な機能はよく判っていない。
インターα−トリプシンインヒビター重鎖(ITIH4)は、血漿中では、ビクニンと呼ばれる弱いプロテアーゼインヒビター活性を有するペプチドと複合体を形成して存在する。ITIH4の生理的な機能も十分解明されていない。
最近、質量分析を用いて、いくつかの癌患者の血清中の蛋白質分解産物パターンが調べられ、FPAおよびそのフラグメント、フィブリノーゲンα鎖のフラグメント並びにITIH4のフラグメントが、前立腺癌、膀胱癌、乳癌で変動することが報告されている(非特許文献2)。しかしながら、これらのペプチドとうつ病性障害との関連については何ら報告されていない。
WO2004/080312 特開2003−274949 特開2007−24822 特表2002−529706 クヌギ(Kunugi)ら, 「ニューロサイコファーマコロジー(Neuropsychopharmacology)」, 第31巻, pp. 212-220(2006年) ヴィラヌエヴァ(Villanueva)ら, 「ザ・ジャーナル・オヴ・クリニカル・インヴェスティゲーション(The Journal of Clinical Investigation)」, 第116巻(第1号), pp. 271-284(2006年)
本発明の目的は、うつ病性障害の診断マーカー、並びにそれを利用したうつ病性障害の有効な診断方法を提供することである。
本発明者らは、上記の目的を達成すべく、うつ病性障害患者から採取した血清を質量分析により調べた結果、うつ病性障害患者において、健常者と比較して顕著に上昇もしくは減少している7種のペプチドを見出した。アミノ酸配列を分析した結果、これらのペプチドのうち2つはフィブリノーゲンAα鎖の部分アミノ酸配列からなるペプチド、4つはフィブリノーゲンBβ鎖の部分アミノ酸配列からなるペプチドであり、残りの1つはITIH4の部分アミノ酸配列からなるペプチドであることが判明した。
本発明者らは、上記の知見に基づいて、これらのペプチドおよびそれらの由来するタンパク質(ポリペプチド)をうつ病性障害の診断マーカーとして同定し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、
[1]被験者より採取した生体試料中の、フィブリノーゲンAα鎖、フィブリノーゲンBβ鎖およびインターα−トリプシンインヒビター重鎖並びにそれらの分解産物からなる群より選ばれる1以上のペプチドの量を測定することを特徴とする、該被験者におけるうつ病性障害の診断のための検査方法;
[2]フィブリノーゲンAα鎖の分解産物が、配列番号1および2に示される各アミノ酸配列からなるペプチド群であり、フィブリノーゲンBβ鎖の分解産物が、配列番号3〜6に示される各アミノ酸配列からなるペプチド群であり、インターα−トリプシンインヒビター重鎖の分解産物が、配列番号7に示されるアミノ酸配列からなるペプチドである、上記[1]記載の方法;
[3]生体試料が体液である、上記[1]または[2]記載の方法;
[4]体液が血液、血漿、血清、唾液、尿、髄液、骨髄液、胸水、腹水、関節液、涙液、眼房水、硝子体液およびリンパ液からなる群より選択される、上記[3]記載の方法;
[5]生体試料を質量分析にかけることを含む、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の方法;
[6]測定するペプチドを特異的に認識する抗体を用いることを特徴とする、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の方法;
[7]うつ病性障害患者から時系列で生体試料を採取し、該試料における、フィブリノーゲンAα鎖、フィブリノーゲンBβ鎖およびインターα−トリプシンインヒビター重鎖並びにそれらの分解産物からなる群より選ばれる1以上のペプチドの量の経時変化を調べることを特徴とする、該患者の該疾患の経過観察のための検査方法;
[8]うつ病性障害患者における治療効果の評価方法であって、治療が施される前後に該患者から採取した生体試料における、フィブリノーゲンAα鎖、フィブリノーゲンBβ鎖およびインターα−トリプシンインヒビター重鎖並びにそれらの分解産物からなる群より選ばれる1以上のペプチドの量の変化を調べることを特徴とする方法;
[9]配列番号1および3〜6のいずれかに示されるアミノ酸配列からなるペプチド
などを提供する。
本発明によれば、うつ病性障害を迅速・的確に判定できるので、該疾患の早期発見、早期治療が可能となる。
重症うつ病患者および健常者におけるペプチド1の血漿レベルを示す図である。 重症うつ病患者および健常者におけるペプチド2の血漿レベルを示す図である。 重症うつ病患者および健常者におけるペプチド3の血漿レベルを示す図である。 軽症・中等症うつ病患者および健常者におけるペプチド4の血漿レベルを示す図である。 軽症・中等症うつ病患者および健常者におけるペプチド5の血漿レベルを示す図である。 軽症・中等症うつ病患者および健常者におけるペプチド6の血漿レベルを示す図である。 重症うつ病患者および健常者におけるペプチド7の血漿レベルを示す図である。
本発明は、うつ病性障害のマーカーペプチド(以下、「本発明のうつマーカー」という場合がある)を提供する。本発明における「うつ病性障害」とは、DSM-IVの改訂版(DSM-IV-TR)において気分障害の1種として定義されている意味として用いられる。うつ病性障害は、症状に応じて「大うつ病性障害」、「気分変調性障害」および「抑うつ関連症候群」にさらに分類される。
本発明のうつマーカーは、フィブリノーゲンAα鎖、フィブリノーゲンBβ鎖、ITIH4、あるいはそれらの分解産物である。フィブリノーゲンAα鎖、フィブリノーゲンBβ鎖およびITIH4のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号8、9および10に示す。
フィブリノーゲンAα鎖の分解産物としては、配列番号8に示されるアミノ酸配列の任意の部分アミノ酸配列からなるペプチドであれば特に制限されないが、好ましくは、配列番号1および2に示される各アミノ酸配列からなるペプチド(それぞれ「ペプチドα1」、「ペプチドα2」ともいう)が挙げられる。配列番号1に示されるアミノ酸配列は、フィブリノーゲンAα鎖のN末端から407番目のArg残基から、424番目のArg残基までのフラグメントに相当する。一方、配列番号2に示されるアミノ酸配列は、フィブリノーゲンAα鎖のN末端から529番目のGly残基から、556番目のLys残基までのフラグメントに相当する。
フィブリノーゲンBβ鎖の分解産物としては、配列番号9に示されるアミノ酸配列の任意の部分アミノ酸配列からなるペプチドであれば特に制限されないが、好ましくは、配列番号3〜6に示される各アミノ酸配列からなるペプチド(それぞれ「ペプチドβ1」〜「ペプチドβ4」ともいう)が挙げられる。配列番号3に示されるアミノ酸配列は、フィブリノーゲンBβ鎖のN末端のGln残基から21番目のLys残基までのフラグメントに相当する。配列番号4に示されるアミノ酸配列は、フィブリノーゲンBβ鎖のN末端から15番目のGly残基から、41番目のTyr残基までのフラグメントに相当する。配列番号5に示されるアミノ酸配列は、フィブリノーゲンBβ鎖のN末端から22番目のLys残基から42番目のArg残基までのフラグメントに相当する。配列番号6に示されるアミノ酸配列は、フィブリノーゲンBβ鎖のN末端から23番目のArg残基から、42番目のArg残基までのフラグメントに相当する。
ITIH4の分解産物としては、配列番号10に示されるアミノ酸配列の任意の部分アミノ酸配列からなるペプチドであれば特に制限されないが、好ましくは、配列番号7に示されるアミノ酸配列からなるペプチド(以下、「ペプチドH4」)が挙げられる。配列番号7に示されるアミノ酸配列は、ITIH4のN末端から624番目のGln残基から、643番目のArg残基までのフラグメントに相当する。
上述の通り、ペプチドα1およびα2はフィブリノーゲンAα鎖のフラグメント(分解産物)であり、ペプチドβ1〜β4はフィブリノーゲンBβ鎖のフラグメントであり、ペプチドH4はITIH4のフラグメントである。したがって、被験対象となる患者が、フィブリノーゲンAα、BαまたITIH4のこれらのペプチドに対応する部分アミノ酸配列内に1もしくは2以上のアミノ酸の置換、欠失、挿入もしくは付加またはそれらの組合せを含む多型もしくはアレル変異を有する場合、検出すべきペプチドのアミノ酸配列は、「配列番号1〜7に示される各アミノ酸配列において、当該多型もしくはアレル変異を有するアミノ酸配列」と解すべきであることは、当業者にとって自明であろう。
本発明のうつマーカーは、生体内においてN末端、C末端もしくは側鎖が修飾されたものを包含する。例えば、該マーカーがN末端にGln残基を有する場合には、ピログルタミン酸化したものを包含する。
本発明はまた、うつ病性障害に罹患していると疑われる患者由来の生体試料中の、1種以上の本発明のうつマーカーの量を測定することによる、該患者におけるうつ病性障害の診断のための検査方法を提供する。ここで「診断のための検査」とは、該マーカーペプチド量の測定および必要に応じて対照サンプルにおける測定値との比較を意味する。「うつ病性障害に罹患していると疑われる患者」は、患者本人が主観的に疑いを抱くものであっても、何らかの客観的な根拠に基づくものであってもよいが、好ましくは、従来公知の臨床検査および/または診察の結果、それら疾患への合理的な罹患可能性があると医師が判断した患者、あるいはそれと同等の病態を有するヒトである。
被験試料となる患者由来の生体試料は特に限定されないが、患者への侵襲が少ないものであることが好ましく、例えば、血液、血漿、血清、唾液、尿、涙液など生体から容易に採取できるものや、髄液、骨髄液、胸水、腹水、関節液、眼房水、硝子体液など比較的容易に採取されるものが挙げられる。
血清や血漿を用いる場合、常法に従って患者から採血し、液性成分を分離することにより調製することができる。測定対象である本発明のうつマーカーが比較的低分子量(例えば10000以下、5000以下など)のペプチドの場合には、必要に応じ、スピンカラムなどを用いて濃縮し、予め高分子量の蛋白質画分などを分離除去しておくこともできる。
生体試料中の、本発明のうつマーカーの検出は、例えば、生体試料を各種の分子量測定法、例えば、ゲル電気泳動や、各種の分離精製法(例:イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィーなど)、イオン化法(例:電子衝撃イオン化法、フィールドディソープション法、二次イオン化法、高速原子衝突法、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法、エレクトロスプレーイオン化法など)、質量分析計(例:二重収束質量分析計、四重極型分析計、飛行時間型質量分析計、フーリエ変換質量分析計、イオンサイクロトロン質量分析計など)を組み合わせる方法等に供し、該マーカーペプチドの分子量と一致するバンドもしくはスポット、あるいはピークを検出することにより行うことができるが、これらに限定されない。本発明のうつマーカーはアミノ酸配列が既知であるので、該アミノ酸配列を認識する抗体を作製して、ウェスタンブロッティングや各種イムノアッセイにより該ペプチドを検出する方法が、より好ましく用いられ得る。さらに上記方法のハイブリッド型検出法も有効である。
本発明のペプチドα1、α2、β1〜β4およびH4は、それぞれ2188.16、2843.41、2355.10(N末端Gln残基がピログルタミン酸化している場合)、2881.53、2234.19、2106.10および2166.06(N末端Gln残基がピログルタミン酸化している場合)の分子量(計算値)を有するが、用いられる測定方法・測定機器に応じて、実測値は若干変動し得ることはいうまでもない。例えば、質量分析計を用いる方法による場合は、計算値±0.5%(好ましくは±0.3%、より好ましくは±0.1%)の位置に出現するピーク強度を測定することが好ましい。
本発明の検査方法における特に好ましい測定法の1つは、飛行時間型質量分析に使用するプレートの表面に被験試料を接触させ、該プレート表面に捕捉された成分の質量を飛行時間型質量分析計で測定する方法が挙げられる。
飛行時間型質量分析計に適合可能なプレートは、検出対象である本発明のペプチドを効率よく吸着し得る表面構造を有している限り、いかなるものであってもよい。そのような表面構造としては、例えば、官能基付加ガラス、Si、Ge、GaAs、GaP、SiO2、SiN4、改質シリコン、広範囲のゲル又はポリマー(例えば、(ポリ)テトラフルオロエチレン、(ポリ)ビニリデンジフロリド、ポリスチレン、ポリカーボネート、又はこれらの組合せなど)によるコーティングが挙げられる。複数のモノマー又はポリマー配列を有する表面構造としては、例えば、核酸の直鎖状及び環状ポリマー、ポリサッカライド、脂質、α-、β-又はω-アミノ酸を有するペプチド、クロマトグラフィーで使用されるゲル表面の担体(陰イオン性/陽イオン性化合物、炭素鎖1〜18からなる疎水性化合物、親水性化合物(例えば、シリカ、ニトロセルロース、セルロースアセテート、アガロース等)と架橋した担体など)、人工ホモポリマー(例えば、ポリウレタン、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリウレア、ポリアミド、ポリエチレンイミン、ポリアリーレンスルフィド、ポリシロキサン、ポリイミド、ポリアセテート等)、上記化合物のいずれかに既知の薬物又は天然化合物が結合(共有及び非共有結合)したヘテロポリマー等によるコーティングが挙げられる。
好ましい実施態様においては、質量分析用プレートとして用いられる支持体は、ポリビニリデンジフロリド(PVDF)、ニトロセルロースまたはシリカゲル、特に好ましくはPVDFで薄層コーティングされた基材[通常、質量分析用プレートにおいて使用されているものであれば、特に限定されず、例えば、絶縁体(ガラス、セラミクス、プラスチック・樹脂等)、金属(アルミニウム、ステンレス・スチール等)、導電性ポリマー、それらの複合体などが挙げられるが、好ましくはアルミニウムプレートが用いられる]である(WO 2004/031759を参照)。支持体の形状は、使用する質量分析装置の、特に試料導入口に適合するような形状に適宜考案され得るが、それらに限定されない。かかるPVDFで薄層コーティングされた質量分析用プレートとして、好ましくはプロトセラ社のブロットチップ(登録商標)などが挙げられる。
好ましくは、コーティングは、メンブレンのように予め成型された構造体を支持体上に重層するのではなく、コーティング分子が分散した状態で支持体上に堆積されて形成される薄層をいう。コーティング分子が堆積される態様は特に制限されないが、後述の質量分析用プレートの調製方法において例示される手段が好ましく用いられる。
薄層の厚さは、組織もしくは細胞に含まれる分子の転写効率および質量分析の測定感度等に好ましくない影響を与えない範囲で適宜選択することができるが、例えば、約0.001〜約100 μm、好ましくは約0.01〜約30 μmである。
質量分析用プレート(支持体)は自体公知の方法により調製することができるが、例えば、上記の好ましい質量分析用プレートは、PVDF等のコーティング分子で支持体表面を薄層コーティングすることにより調製される。コーティングの手段としては、塗布、噴霧、蒸着、浸漬、印刷(プリント)、スパッタリングなどが好ましく例示される。
「塗布」する場合、コーティング分子を、適当な溶媒、例えば、ジメチルホルムアミド(dimethyl formamide;DMF)などの有機溶媒に適当な濃度(例えば、約1〜約100 mg/mL程度)で溶解したもの(コーティング分子含有溶液)を、刷毛などの適当な道具を用いて基材に塗布することができる。
「噴霧」する場合、上記と同様にして調製したコーティング分子含有溶液を噴霧器に入れ、基材上に均一にPVDFが堆積されるように噴霧すればよい。
「蒸着」する場合、通常の有機薄膜作製用真空蒸着装置を用い、基材を入れた真空槽中でコーティング分子(固体でも溶液でもよい)を加熱・気化させることにより、基材表面上に該分子の薄層を形成させることができる。
「浸漬」させる場合、上記と同様にして調製したコーティング分子含有溶液中に基材を浸漬させればよい。
「印刷(プリント)」する場合は、基材の材質に応じて通常使用され得る各種印刷技術を適宜選択して利用することができ、例えば、スクリーン印刷などが好ましく用いられる。
「スパッタリング」する場合は、例えば、真空中に不活性ガス(例、Arガス等)を導入しながら基材とコーティング分子間に直流高電圧を印加し、イオン化したガスを該分子に衝突させて、はじき飛ばされたコーティング分子を基材上に堆積させて薄層を形成させることができる。
コーティングは基材全面に施してもよいし、質量分析に供される面(画分)のみに施してもよい。
コーティング分子は、コーティング手段に応じて適宜好ましい形態で使用することができ、例えば、コーティング分子含有溶液、コーティング分子含有蒸気、固体コーティング分子などの形態で基材にアプライされ得るが、コーティング分子含有溶液の形態でアプライすることが好ましい。「アプライする」とは、接触後にコーティング分子が支持体上に残留・堆積されるように支持体に接触させることをいう。アプライ量は特に制限はないが、コーティング分子量として、例えば、約10〜約100,000 μg/cm2、好ましくは約50〜約5,000 μg/cm2が挙げられる。アプライ後に溶媒は自然乾燥、真空乾燥などにより除去する。
質量分析用プレートにおける基材は、コーティング分子でコーティングする前に予め適当な物理的、化学的手法により、その表面を修飾(加工)しておいてもよい。具体的には、プレート表面を磨く、傷を付ける、酸処理、アルカリ処理、ガラス処理(テトラメトキシシランなど)等の手法が例示される。
被験試料の質量分析用プレート(支持体)への移行は、被験試料となる患者由来の生体試料を未処理のままで、あるいは抗体カラムその他の方法で高分子タンパク質を除去、濃縮した後に、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動もしくは等電点電気泳動に付し、泳動後ゲルをプレートと接触させて転写(ブロッティング)することにより行われる。転写装置としては公知のものを用いることができる。転写の方法自体は公知である。好ましくは電気転写が用いられる。泳動後ゲルに展開された試料は、種々の方法(拡散、電気力その他)によって質量分析用プレートに移行される。電気転写時に使用する緩衝液としては、pH 7〜9、低塩濃度のものを用いることが好ましい。具体的には、トリス緩衝液、リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酢酸緩衝液などが例示される。トリス緩衝液としては、トリス/グリシン/メタノール緩衝液、SDS-トリス−トリシン緩衝液など、リン酸緩衝液としては、ACN/NaCl/等張リン酸緩衝液、リン酸ナトリウム/ACNなど、ホウ酸緩衝液としては、ホウ酸ナトリウム−塩酸緩衝液、トリス−ホウ酸塩/EDTA、ホウ酸塩/ACNなど、酢酸緩衝液としては、トリス−酢酸塩/EDTAなどが挙げられる。好ましくは、トリス/グリシン/メタノール緩衝液、ホウ酸ナトリウム−塩酸緩衝液である。トリス/グリシン/メタノール緩衝液の組成としては、トリス10〜15 mM、グリシン70〜120 mM、メタノール7〜13%程度が例示される。ホウ酸ナトリウム−塩酸緩衝液の組成としては、ホウ酸ナトリウム5〜20 mM程度が例示される。
これにより、標的分子を含めて、被験試料中に存在する分子は支持体表面上に効率よく捕捉される。プレートを乾燥させた後、後の質量分析(MALDI法による場合)に有利なように、レーザー光を吸収し、エネルギー移動を通じて分析対象物分子のイオン化を促進するためにマトリックスと呼ばれる試薬を添加することもできる。当該マトリックスとしては、質量分析において公知のものを用いることができる。例えば、シナピン酸(sinapinic acid;SPA (=3,5-dimethoxy-4-hydoroxycinammic acid))、インドールアクリル酸(Indoleacrylic acid;IAA)、2,5-ジヒドロキシ安息香酸(2,5-dihydroxybenzoic acid;DHB)、α-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸(α-cyano-4-hydroxycinammic acid;CHCA)等が挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、DHBまたはCHCAである。
上記の方法により支持体表面上に捕捉された被験試料中の分子を質量分析することにより、分子量に関する情報から、標的分子である本発明のうつマーカーの存在および量を同定することができる。
質量分析装置は、ガス状の試料をイオン化した後、その分子や分子断片を電磁場に投入し、その移動状況から質量数/電荷数によって分離、物質のスペクトルを求めることにより、物質の分子量を測定・検出する装置である。試料とレーザー光を吸収するマトリックスを混合、乾燥させて結晶化し、マトリックスからのエネルギー移動によるイオン化とレーザー照射による瞬間加熱により、イオン化した分析対象物を真空中に導くマトリックス支援レーザー脱イオン化(MALDI)と、初期加速による試料分子イオンの飛行時間差で質量数を分析する飛行時間型質量分析(TOFMS)とをあわせて用いるMALDI-TOFMS法、1分析対象物を1液滴にのせて液体から直接電気的にイオン化する方法、試料溶液を電気的に大気中にスプレーして、個々の分析対象物多価イオンをunfoldの状態で気相に導くナノエレクトロスプレー質量分析(nano-ESMS)法等の原理に基づく質量分析装置を使用することができる。
質量分析用プレート上の分子を質量分析する方法自体は公知である。例えば、WO 2004/031759に記載の方法を、必要に応じて適宜改変して使用することができる。
質量分析の結果から、標的分子の分子量情報に基づいて、被験試料中の標的分子の有無およびその量が同定され得る。この工程において、質量分析装置からの情報を、任意のプログラムを用いて、健常者由来の生体試料における質量分析データと比較して、示差的な(differential)情報として出力させることも可能である。そのようなプログラムは周知であり、また、当業者は、公知の情報処理技術を用いて、容易にそのようなプログラムを構築もしくは改変することができることが理解されよう。
特に好ましい態様においては、質量分析用プレートとしてプロトセラ社のブロットチップを用いて、上記の各工程を実施し、MALDI型質量分析装置で本発明のうつマーカーを定量比較(ディファレンシャル解析)する。さらに、必要に応じて、同一チップに残存する該マーカーペプチドを同定することもできる。あるいは、被験試料の定量比較(ディファレンシャル解析)までをプロトセラ社のブロットチップシステムを用いて実施し、該マーカーペプチドの同定を、高速液体クロマトグラフィーとイオンスプレイ型質量分析装置の組み合わせ装置(LC-MS/MS)で実施することも可能である。
本発明の検査方法における本発明のうつマーカーの測定は、それに対する抗体を用いて行うこともできる。かかる方法は、最適化されたイムノアッセイ系を構築してこれをキット化すれば、上記質量分析装置のような特殊な装置を使用することなく、高感度かつ高精度に該ペプチドを検出することができる点で、特に有用である。
本発明のうつマーカーに対する抗体は、例えば、本発明のうつマーカーを、これを発現する患者由来の生体試料から単離・精製し、該マーカーペプチドを抗原として動物を免疫することにより調製することができる。あるいは、得られるペプチド量が少量である場合等は、該マーカーペプチドをペプチダーゼ等によって部分消化し、得られる断片のアミノ酸配列をエドマン法などにより決定し、その配列を基に該ペプチドをコードする核酸とハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチドを合成、これをプローブとして該患者由来のcDNAラリブラリーを鋳型にハイブリダイゼーション法により該ペプチドを含む蛋白質をコードするcDNAを得るか、あるいは該オリゴヌクレオチドをプライマーとして該患者由来のRNAを鋳型にしてRT-PCRを行うことにより、該ペプチドをコードするcDNA断片を得て、該cDNA断片を適当な発現ベクターに組み込んで適当な宿主細胞に導入し、得られる形質転換体を培養して組換えペプチドを採取することによって、本発明のうつマーカーを大量に調製することができる。あるいは上記のようにして得られるcDNAを鋳型として、無細胞転写・翻訳系を用いて本発明のうつマーカーを取得することもできる。さらに有機合成法により大量に調製することも可能である。
上述のように、本発明のペプチドα1、α2、β1〜β4およびH4は、それぞれ配列番号1〜7に示される各アミノ酸配列からなるペプチドである。従って、本発明のペプチドα1、α2、β1〜β4もしくはH4に対する抗体は、例えば、該アミノ酸配列の全部もしくは一部を、上記アミノ酸配列情報に基づき、公知のペプチド合成法を用いて合成するか、あるいは常法により単離したフィブリノーゲンAα鎖、Bβ鎖またはITIH4タンパク質を適当なペプチダーゼ等で切断して、本発明のペプチドα1、α2、β1〜β4もしくはH4の配列の全部もしくは一部を含むペプチド断片を取得し、これを免疫原として調製することが望ましい。
本発明のうつマーカーに対する抗体(以下、「本発明の抗体」と称する場合がある)は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のいずれであってもよく、周知の免疫学的手法により作製することができる。また、該抗体は完全抗体分子だけでなくそのフラグメントをも包含し、例えば、Fab、F(ab')2、ScFv、minibody等が挙げられる。
例えば、ポリクローナル抗体は、上記のいずれかの方法または他の方法によって調製された本発明のうつマーカーもしくはその部分ペプチド(必要に応じて、ウシ血清アルブミン、KLH(Keyhole Limpet Hemocyanin)等のキャリアータンパク質に架橋した複合体とすることもできる)を抗原として、市販のアジュバント(例えば、完全または不完全フロイントアジュバント)とともに、動物の皮下あるいは腹腔内に2〜3週間おきに2〜4回程度投与し(部分採血した血清の抗体価を公知の抗原抗体反応により測定し、その上昇を確認しておく)、最終免疫から約3〜約10日後に全血を採取して抗血清を精製することにより取得できる。抗原を投与する動物としては、ラット、マウス、ウサギ、ヤギ、モルモット、ハムスターなどの哺乳動物が挙げられる。
また、モノクローナル抗体は、細胞融合法(例えば、渡邊武、細胞融合法の原理とモノクローナル抗体の作成、谷内昭、高橋利忠編、「モノクローナル抗体とがん−基礎と臨床−」、第2-14頁、サイエンスフォーラム出版、1985年)により作成することができる。例えば、本発明のうつマーカーもしくはその部分ペプチドを市販のアジュバントと共にマウスに2〜4回皮下あるいは腹腔内に投与し、最終投与の約3日後に脾臓あるいはリンパ節を採取し、白血球を採取する。この白血球と骨髄腫細胞(例えば、NS-1, P3X63Ag8など)を細胞融合して該マーカーペプチドに対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを得る。細胞融合はPEG法[J. Immunol. Methods, 81(2): 223-228 (1985)]でも電圧パルス法[Hybridoma, 7(6): 627-633 (1988)]であってもよい。所望のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、周知のEIAまたはRIA法等を用いて抗原と特異的に結合する抗体を、培養上清中から検出することにより選択できる。モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマの培養は、インビトロ、またはマウスもしくはラット、好ましくはマウス腹水中等のインビボで行うことができ、抗体はそれぞれハイブリドーマの培養上清および動物の腹水から取得することができる。
フィブリノーゲンAα鎖、Bβ鎖およびITIH4のフラグメントとしては、本発明のうつマーカーであるペプチド以外のものも、被験試料中に存在する可能性がある。これらのペプチド群はうつ病性障害で有意な変動は認められないが、他の疾患においてこれらのいずれかが顕著に高値または低値を示す可能性がある。例えば、本発明のペプチドα1に対する抗体が、1以上のフィブリノーゲンAα鎖の他のフラグメントと交差反応性を有する場合、他の疾患をうつ病性障害と誤診する(偽陽性)可能性が高くなる。従って、本発明の検査方法に用いられる、本発明のうつマーカーに対する抗体は、該マーカーペプチド以外のフィブリノーゲンAα鎖、Bβ鎖またはITIH4のフラグメントとは交差反応しない、特異性の高い抗体であることが望ましい。そのような抗体は、上記のようにして得られた複数のモノクローナル抗体を当該他のフラグメントと反応させ、それらと交差反応しない抗体を選択することにより得ることができる。
本発明の抗体を用いる本発明の検査方法は、特に制限されるべきものではなく、被験試料中の抗原量に対応した抗体、抗原もしくは抗体−抗原複合体の量を化学的または物理的手段により検出し、これを既知量の抗原を含む標準液を用いて作製した標準曲線より算出する測定法であれば、いずれの測定法を用いてもよい。例えば、ネフロメトリー、競合法、イムノメトリック法およびサンドイッチ法等が好適に用いられる。
標識物質を用いる測定法に用いられる標識剤としては、例えば、放射性同位元素、酵素、蛍光物質、発光物質などが用いられる。放射性同位元素としては、例えば、〔125I〕、〔131I〕、〔3H〕、〔14C〕などが用いられる。上記酵素としては、安定で比活性の大きなものが好ましく、例えば、β-ガラクトシダーゼ、β-グルコシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、パーオキシダーゼ、リンゴ酸脱水素酵素などが用いられる。蛍光物質としては、例えば、フルオレスカミン、フルオレッセンイソチオシアネートなどが用いられる。発光物質としては、例えば、ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニンなどが用いられる。さらに、抗体あるいは抗原と標識剤との結合にビオチン-アビジン系を用いることもできる。
抗原あるいは抗体の不溶化に当っては、物理吸着を用いてもよく、また通常タンパク質あるいは酵素等を不溶化、固定化するのに用いられる化学結合を用いる方法でもよい。担体としては、アガロース、デキストラン、セルロースなどの不溶性多糖類、ポリスチレン、ポリアクリルアミド、シリコン等の合成樹脂、あるいはガラス等が挙げられる。
サンドイッチ法においては、不溶化した本発明の抗体に被験試料を反応させ(1次反応)、さらに標識化した別の本発明の抗体を反応させ(2次反応)た後、不溶化担体上の標識剤の量(活性)を測定することにより、被験試料中の本発明のうつマーカー量を定量することができる。1次反応と2次反応は逆の順序に行っても、また、同時に行なってもよいし時間をずらして行なってもよい。
本発明のうつマーカーに対するモノクローナル抗体を、サンドイッチ法以外の測定システム、例えば、競合法、イムノメトリック法あるいはネフロメトリーなどに用いることもできる。
競合法では、被験試料中の抗原と標識抗原とを抗体に対して競合的に反応させた後、未反応の標識抗原(F)と、抗体と結合した標識抗原(B)とを分離し(B/F分離)、B,Fいずれかの標識量を測定し、被験試料中の抗原量を定量する。本反応法には、抗体として可溶性抗体を用い、B/F分離をポリエチレングリコール、前記抗体に対する第2抗体などを用いる液相法、および、第1抗体として固相化抗体を用いるか、あるいは、第1抗体は可溶性のものを用い第2抗体として固相化抗体を用いる固相化法とが用いられる。
イムノメトリック法では、被験試料の抗原と固相化抗原とを一定量の標識化抗体に対して競合反応させた後固相と液相を分離するか、あるいは、被験試料中の抗原と過剰量の標識化抗体とを反応させ、次に固相化抗原を加え未反応の標識化抗体を固相に結合させた後、固相と液相を分離する。次に、いずれかの相の標識量を測定し被験試料中の抗原量を定量する。
また、ネフロメトリーでは、ゲル内あるいは溶液中で抗原抗体反応の結果生じた不溶性の沈降物の量を測定する。被験試料中の抗原量が僅かであり、少量の沈降物しか得られない場合にもレーザーの散乱を利用するレーザーネフロメトリーなどが好適に用いられる。
これら個々の免疫学的測定法を本発明の定量方法に適用するにあたっては、特別の条件、操作等の設定は必要とされない。それぞれの方法における通常の条件、操作法に当業者の通常の技術的配慮を加えて本発明のうつマーカーの測定系を構築すればよい。これらの一般的な技術手段の詳細については、総説、成書などを参照することができる。
例えば、入江 寛編「ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和49年発行)、入江 寛編「続ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和54年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(医学書院、昭和53年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(第2版)(医学書院、昭和57年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(第3版)(医学書院、昭和62年発行)、「Methods in ENZYMOLOGY」 Vol. 70 (Immunochemical Techniques (Part A))、同書 Vol. 73 (Immunochemical Techniques (Part B))、同書 Vol. 74 (Immunochemical Techniques (Part C))、同書 Vol. 84 (Immunochemical Techniques (Part D: Selected Immunoassays))、同書 Vol. 92 (Immunochemical Techniques (Part E: Monoclonal Antibodies and General Immunoassay Methods))、同書 Vol. 121 (Immunochemical Techniques (Part I: Hybridoma Technology and Monoclonal Antibodies)) (以上、アカデミックプレス社発行)などを参照することができる。
あるいは、本発明の抗体を用いる別の本発明の検査方法として、該抗体を上記したような質量分析計に適合し得るプローブの表面上に固定化し、該プローブ上の該抗体に被検試料を接触させ、該抗体に捕捉された生体試料成分を質量分析にかけ、該抗体が認識するマーカーペプチドの分子量に相当するピークを検出する方法が挙げられる。
上記のいずれかの方法により測定された被験者由来の試料中の本発明のうつマーカーのレベルが、健常者由来の対照試料中の該マーカーペプチドレベルに比べて有意に変動している場合、該被験者はうつ病性障害に罹患している可能性が高いと診断することができる。
より具体的には、本発明のうつマーカーがフィブリノーゲンAα鎖、フィブリノーゲンBβ鎖、あるいはITIH4である場合、試料中の該マーカーのレベルが、健常者由来の対照試料中の該マーカーレベルに比べて有意に減少している場合、該被験者はうつ病性障害に罹患している可能性が高いと診断することができる。
本発明のうつマーカーがペプチドα1、α2、β1、β3、β4あるいはペプチドH4の場合、試料中の該マーカーのレベルが、健常者由来の対照試料中の該マーカーレベルに比べて有意に上昇している場合、該被験者はうつ病性障害に罹患している可能性が高いと診断することができる。
本発明のうつマーカーがペプチドβ2の場合、試料中の該マーカーのレベルが、健常者由来の対照試料中の該マーカーレベルに比べて有意に減少している場合、該被験者はうつ病性障害に罹患している可能性が高いと診断することができる。
本発明の検査方法は、患者から時系列で生体試料を採取し、各試料における本発明のうつマーカーの発現の経時変化を調べることにより行うことが好ましい。生体試料の採取間隔は特に限定されないが、患者のQOLを損なわない範囲でできるだけ頻繁にサンプリングすることが望ましく、例えば、血漿もしくは血清を試料として用いる場合、約1分〜約12時間の間隔で採血を行うことが好ましい。本発明のうつマーカーのうち、フィブリノーゲンAα鎖、フィブリノーゲンBβ鎖およびITIH4、あるいはペプチドβ2は、うつ病性障害の病態が進行するに従って血清・血漿レベルが減少する傾向にある。従って、これらのマーカーのレベルが経時的に増加した場合には、該患者におけるうつ病性障害の病態が改善されている可能性が高いと判定することができる。一方、ペプチドα1、α2、β1、β3、β4およびペプチドH4は、うつ病性障害の病態が進行するに従って血清・血漿レベルが上昇する傾向にある。従って、これらのマーカーのレベルが経時的に減少した場合には、該患者におけるうつ病性障害の病態が改善されている可能性が高いと判定することができる。
さらに、上記時系列的なサンプリングによるうつ病性障害の検査方法は、前回サンプリングと当回サンプリングとの間に、被験者である患者に対して該疾患の治療措置が講じられた場合に、当該措置による治療効果を評価するのに用いることができる。即ち、治療の前後にサンプリングした試料について、治療後の状態が治療前の状態と比較して病態の改善が認められると判定された場合に、当該治療の効果があったと評価することができる。一方、治療後の状態が治療前の状態と比較して病態の改善が認められない、あるいはさらに悪化していると判定された場合には、当該治療の効果がなかったと評価することができる。
さらに本発明のうつマーカーは、診断以外に積極的なうつ病性障害の創薬ターゲットを提供することもできる。即ち、該マーカーペプチドそれ自体が該疾患の治療(寛解)方向に生理機能を持つ(「治療ペプチド」という)場合、該ペプチドの量もしくは活性を増大させる物質を患者に投与することにより、また、該マーカーペプチドそれ自体が該疾患の増悪方向に生理機能を持つ場合(「増悪ペプチド」という)、該ペプチドの量もしくは活性を低減させる物質を投与することにより、それぞれ該疾患を治療することができる。
本発明はまた、本発明のうつマーカーが治療ペプチドとして作用する場合に、該ペプチドの量もしくは活性を増大させる、および/または、本発明のうつマーカーが増悪ペプチドとして作用する場合に、該ペプチドの量もしくは活性を低減させることによる、うつ病性障害の治療方法を提供する。該治療方法は、具体的には、治療ペプチドとしての本発明のうつマーカーの量もしくは活性を増大させる物質および/または増悪ペプチドとしての本発明のうつマーカーの量もしくは活性を低減させる物質の有効量を、うつ病性障害患者に投与することを含む。従って、本発明はまた、治療ペプチドとしての本発明のうつマーカーの量もしくは活性を増大させる物質および/または増悪ペプチドとしての本発明のうつマーカーの量もしくは活性を低減させる物質を含有してなる、うつ病性障害治療剤を提供する。
具体的には、治療ペプチドとしての本発明のうつマーカーの活性を増大させる物質としては、該ペプチド自体あるいはそれと同様のアゴニスト作用を有する分子が挙げられる。あるいは、治療ペプチドとしての本発明のうつマーカーの活性を増大させる物質として、該ペプチドの非中和抗体、好ましくはアゴニスト抗体なども挙げることができる。一方、増悪ペプチドとしての本発明のうつマーカーの活性を低減させる物質としては、該ペプチドのアンタゴニスト作用を有する分子、あるいは該ペプチドに対する中和抗体などが挙げられる。
また、治療ペプチドとしての本発明のうつマーカーの産生を増大させる物質としては、生体内に存在する親蛋白質(フィブリノーゲンAα鎖、フィブリノーゲンBβ鎖、ITIH4)から該ペプチドを遊離する分解酵素、該ペプチドのN末側および/またはC末側に該分解酵素により認識・切断されるアミノ酸配列をさらに含む、該分解酵素の基質もしくは基質アナログ分子、該分解酵素の産生を促進する分子(類似化合物を含む)、該分解酵素の活性を促進する分子、該分解酵素のインヒビターの産生を抑制する分子などが挙げられる。該ペプチドのN末側および/またはC末側のアミノ酸配列から、該ペプチドを遊離させる分解酵素の存在が示唆され、該ペプチドのN末側および/またはC末側のアミノ酸配列をプローブにした分解酵素探索と同定が可能となる。こうして同定された分解酵素の基質もしくは基質アナログ分子、即ち、該ペプチドのN末側および/またはC末側に該分解酵素により認識・切断されるアミノ酸配列をさらに含むペプチド分子は、うつ病性障害患者の体内で該分解酵素により切断されて治療ペプチドとしての本発明のうつマーカーもしくはそのアナログ分子を遊離するので、同様の治療効果を奏することができる。一方、同定された分解酵素の産生および/または活性を促進する物質も、間接的に治療ペプチドとしての本発明のうつマーカーの産生を増大させることができる。これらの物質は、標的の分解酵素が同定されれば、自体公知の手法によりスクリーニングし、あるいは分子設計することができる。
一方、増悪ペプチドとしての本発明のうつマーカーの産生を低減させる物質としては、生体内に存在する蛋白質から該ペプチドを遊離する分解酵素の産生を抑制する分子、該分解酵素のインヒビター、該インヒビターの産生を促進する分子などが挙げられる。増悪ペプチドとしての本発明のうつマーカーを遊離する分解酵素は、上記治療ペプチドとしての本発明のうつマーカーと同様の手法により探索・同定することができる。こうして同定された分解酵素を用いて、自体公知の手法により、該分解酵素の産生もしくは活性を直接または間接的に抑制(阻害)する物質をスクリーニングし、あるいは分子設計することができる。
治療ペプチドとしての本発明のうつマーカーの量もしくは活性を増大させる物質および増悪ペプチドとしての本発明のうつマーカーの量もしくは活性を低減させる物質は、常套手段に従って製剤化することができる。
例えば、経口投与のための組成物としては、固体または液体の剤形、具体的には錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤を含む)、シロップ剤、乳剤、懸濁剤などがあげられる。かかる組成物は自体公知の方法によって製造され、製剤分野において通常用いられる担体、希釈剤もしくは賦形剤を含有するものである。例えば、錠剤用の担体、賦形剤としては、乳糖、でんぷん、蔗糖、ステアリン酸マグネシウムなどが用いられる。
非経口投与のための組成物としては、例えば、注射剤、坐剤などが用いられ、注射剤は静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤、関節内注射剤などの剤形を包含する。かかる注射剤は、自体公知の方法に従って、例えば、上記化合物またはその塩を通常注射剤に用いられる無菌の水性もしくは油性液に溶解、懸濁または乳化することによって調製する。注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液などが用いられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール(例、エタノール)、ポリアルコール(例、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール)、非イオン界面活性剤〔例、ポリソルベート80、HCO−50(polyoxyethylene(50mol)adduct of hydrogenated castor oil)〕などと併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油などが用いられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどを併用してもよい。調製された注射液は、通常、適当なアンプルに充填される。直腸投与に用いられる坐剤は、上記化合物またはその塩を通常の坐薬用基剤に混合することによって調製される。
上記の経口用または非経口用医薬組成物は、活性成分の投与量に適合するような投薬単位の剤形に調製されることが好都合である。かかる投薬単位の剤形としては、錠剤、丸剤、カプセル剤、注射剤(アンプル)、坐剤などが例示され、それぞれの投薬単位剤形当たり通常5〜500mg、とりわけ注射剤では5〜100mg、その他の剤形では10〜250mgの上記化合物が含有されていることが好ましい。
なお前記した各組成物は、上記治療ペプチドとしての本発明のうつマーカーの量もしくは活性を増大させる物質または増悪ペプチドとしての本発明のうつマーカーの量もしくは活性を低減させる物質との配合により、好ましくない相互作用を生じない限り、他の活性成分を含有してもよい。
このようにして得られる製剤は安全で低毒性であるので、例えば、ヒトに対して経口的にまたは非経口的に投与することができる。
治療ペプチドとしての本発明のうつマーカーの量もしくは活性を増大させる物質および増悪ペプチドとしての本発明のうつマーカーの量もしくは活性を低減させる物質の投与量は、その作用、投与ルート、患者の重篤度、年齢、体重、薬物受容性などにより差異はあるが、例えば、成人1日あたり活性成分量として約0.0008〜約25mg/kg、好ましくは約0.008〜約2mg/kgの範囲であり、これを1回もしくは数回に分けて投与することができる。
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
実施例1 BlotChipを用いたプロファイリング解析
各種うつ病性障害患者の血清・血漿並びに健常者血清・血漿1.5μLを電気泳動用サンプル処理液(NuPAGE(登録商標)LDS Sample Buffer 4x ;Invitrogen)4.5μLと混合し70℃で10分間、加熱処理した後、4-12%グラジェントポリアクリルアミドゲル(Invitrogen)にアプライし電気泳動を行った。電気泳動終了後、ゲルを切り出しBLOTCHIP(登録商標)(Protosera, Inc.)に積層し電気転写用バッファー(BLOTBufferTM;Protosera, Inc.)中で90mA,120分間転写した。転写終了後、チップの表面を超純水でリンスし、チップ全体にマトリックス(α-Cyano-4-hydroxy cinamic acid)を塗布後、matrix-assisted laser desorptionionization time-of-flight (MALDI-TOF) mass spectrometer (BrukerDaltnics社製Ultra-FlexII)で質量分析を行った。測定パラメータは、Detector voltage 1685V, Supression1000, Laser Intensity は28〜35のFuzzyモードで、1チップあたり415点、1点あたり500回のレーザー照射で、総計207,500回レーザー照射を行った。得られたスペクトル中の各ピーク強度をM/z 毎に積算し、1個の積算スペクトルに変換した。積算スペクトルをClinProTools (BrukerDaltonik GmbH) を用いて、患者血清・血漿と健常者血清・血漿の間でディファレンシャルプロファイリング解析を行った。さらにこうして得られた解析結果を実際の積算スペクトル中のピークと照合した。
その結果、うつ病性障害患者群において、ピーク強度が、健常者群と比較して顕著に高値を示す、分子量2188.16、2843.41、2355.10、2234.19、2106.10および2166.06の6種のペプチド、並びにうつ病性障害患者群において、ピーク強度が、健常者群と比較して顕著に低値を示す、分子量2881.53のペプチドが検出された(表1および図1〜7)。
Figure 0005410997
実施例2 BlotChip上でのde novo MS/MS解析によるペプチドの同定
同定にはmatrix-assisted laser desorption ionization time-of-flight (MALDI-TOF)mass spectrometer (Bruker Daltnics社製Ultra-FlexII)を使用し、Bradykinin, Angiotensin II, Angiotensin I, Substance P, Bombesin,Renin Substrate, ACTH Clip{1-17}, ACTH Clip{18-39}, Somatostatinを用いて質量校正を行った。その後、リフレクトロン測定モードでプロファイリングをとり、選択したペプチドピークとそのフラグメントイオンからBiotools(Bruker Daltonik GmbH)に組み込まれているMASCOT検索エンジンを通して、NCBInr及び、SwissProtデータベースと合わせ、MS/MS解析による同定を行った。
その結果、ペプチド1〜7は、表2に示される各アミノ酸配列(両端のアミノ酸は親蛋白質における隣接するアミノ酸残基を示している)からなるペプチドであると同定された。ホモロジー検索の結果、ペプチド1、4、5、6はフィブリノーゲンBβ鎖のフラグメント、ペプチド2はITIH4のフラグメント、ペプチド3、7はフィブリノーゲンAα鎖のフラグメントであることが明らかとなった。
Figure 0005410997
本発明のうつマーカーを利用した臨床検査方法は、うつ病性障害を迅速且つ的確に判断できるので、該疾患の早期発見、早期治療が可能となる点で有用である。また、本発明における測定対象たる本発明のうつマーカーは、それ自体、うつ病性障害における創薬ターゲットとなり得るので、当該疾患の新規治療薬のスクリーニング、並びにそれらを用いた該疾患の治療に利用し得る点で、極めて有用である。
本発明は日本で出願された特願2008−021719(出願日:2008年1月31日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。

Claims (8)

  1. 被験者より採取した生体試料中の、フィブリノーゲンAα鎖、フィブリノーゲンBβ鎖およびインターα−トリプシンインヒビター重鎖並びにそれらの分解産物からなる群より選ばれる1以上のペプチドの量を測定することを特徴とする、該被験者におけるうつ病性障害の診断のための検査方法。
  2. フィブリノーゲンAα鎖の分解産物が、配列番号1および2に示される各アミノ酸配列からなるペプチド群であり、フィブリノーゲンBβ鎖の分解産物が、配列番号3〜6に示される各アミノ酸配列からなるペプチド群であり、インターα−トリプシンインヒビター重鎖の分解産物が、配列番号7に示されるアミノ酸配列からなるペプチドである、請求項1記載の方法。
  3. 生体試料が体液である、請求項1または2記載の方法。
  4. 体液が血液、血漿、血清、唾液、尿、髄液、骨髄液、胸水、腹水、関節液、涙液、眼房水、硝子体液およびリンパ液からなる群より選択される、請求項3記載の方法。
  5. 生体試料を質量分析にかけることを含む、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
  6. 測定するペプチドを特異的に認識する抗体を用いることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
  7. うつ病性障害患者から時系列で生体試料を採取し、該試料における、フィブリノーゲンAα鎖、フィブリノーゲンBβ鎖およびインターα−トリプシンインヒビター重鎖並びにそれらの分解産物からなる群より選ばれる1以上のペプチドの量の経時変化を調べることを特徴とする、該患者の該疾患の経過観察のための検査方法。
  8. うつ病性障害患者における治療効果の評価方法であって、治療が施される前後に該患者から採取した生体試料における、フィブリノーゲンAα鎖、フィブリノーゲンBβ鎖およびインターα−トリプシンインヒビター重鎖並びにそれらの分解産物からなる群より選ばれる1以上のペプチドの量の変化を調べることを特徴とする方法。
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