本発明は、冷媒ガスによって加熱後の被処理物を冷却するガス冷却において、被処理物が存在する処理室に対する冷媒ガスの導入を二段階で行うことで、処理室内の圧力を、ファンを駆動するための電動機における放電が発生しない程度に低い(真空状態に近い)圧力と、被処理物を冷却するための比較的高い圧力との二段階で上昇させる方法を、具体的な手法ととともに提案するものである。以下、本発明の実施の形態を説明する。なお、本実施の形態では、本発明に係る熱処理として、金属加工物等を被処理物とする真空焼入れが行われる場合を例に説明する。
本発明の一実施形態に係る熱処理方法が行われる熱処理装置の構成について、図1を用いて説明する。図1に示すように、本実施形態に係る熱処理装置は、被処理物としてのワーク1を真空加熱するための加熱室2と、真空加熱後のワーク1を冷媒ガスによって冷却するための冷却室3とを備える。つまり、本実施形態に係る熱処理装置は、加熱室2と冷却室3とを備える二室型の構造を有する。加熱室2と冷却室3とは、中間室4を介して互いに隣り合うように設けられる。
加熱室2は、ワーク1を真空加熱するためのいわゆる真空熱処理炉である。つまり、ワーク1が入れられた加熱室2内が所定の真空度に減圧された状態で、ワーク1の焼入れのための加熱が行われる。加熱室2に対しては、加熱室2内を所定の真空度に減圧するための真空排気系5が設けられる。真空排気系5は、真空ポンプ等が接続された配管構成が、切換弁等によって加熱室2内に対する連通・非連通が切り換えられる状態で設けられることで構成される。真空排気系5を構成する真空ポンプとしては、例えば、所望の真空度等に応じて、ロータリポンプ、メカニカルブースタポンプ、拡散ポンプ等が設けられる。
加熱室2は、中間室4側に、耐火物等により構成される断熱扉7を有する。つまり、断熱扉7が開くことで、加熱室2内は中間室4内と連通した状態となる。断熱扉7は、加熱室2を密閉するものではなく、加熱室2と中間室4とは、略同じ圧力となる。加熱室2内には、ワーク1を所定の荷姿でセットするためのトレイ等の支持手段や、ワーク1を所定の焼入れ温度に加熱するための加熱手段等が設けられる。加熱手段としては、例えば加熱室2内にセットされるワーク1を取り囲むようにして設けられるグラファイトヒータ等が用いられる。なお、加熱室2には、加熱室2内のメンテナンス等を行うための作業扉6が設けられる。
冷却室3は、加熱室2において真空加熱されたワーク1について、ガス冷却(冷媒ガスによる冷却)を行うためのものである。つまり、ワーク1が入れられた冷却室3内に冷媒ガスが導入されることで、ワーク1の焼入れのための冷却が行われる。ガス冷却に際し、ワーク1は、ガス冷却室3内に設けられるトレイ8に対して、所定の荷姿でセットされる。
本実施形態では、ガス冷却のための冷媒ガスとして、窒素ガス(N2ガス)が用いられる。ただし、冷媒ガスの種類は特に限定されるものではない。冷媒ガスとしては、窒素ガスのほか、例えばアルゴンガス(Arガス)等の不活性ガスや空気等が用いられる。
冷却室3は、中間室4側に仕切扉9を有する。つまり、仕切扉9が開くことで、ガス冷却室3内は中間室4内と連通した状態となる。また、冷却室3には、冷却室3内に対するワーク1の出し入れ等を行うための開閉扉10が設けられる。
加熱室2で加熱されたワーク1は、中間室4を介して冷却室3に搬入され、ガス冷却される。具体的には、ワーク1が加熱室2で真空加熱された後、加熱室2の断熱扉7および冷却室3の仕切扉9が開かれることで、加熱室2と冷却室3とが中間室4を介して連通した状態となる。かかる連通状態で、加熱室2内のワーク1が、図示せぬ搬送手段等により、冷却室3内に搬送される。
ここで、断熱扉7および仕切扉9が開かれて加熱室2と冷却室3とが連通状態とされるため、加熱室2と冷却室3とは、均圧弁11を有する配管12によって接続される。つまり、断熱扉7および仕切扉9が開かれるに際しては、均圧弁11が所定の時間開弁されることで、加熱室2(および中間室4)と冷却室3とが均圧とされる。
また、冷却室3は、図示せぬ真空排気系により、加熱室2と同様、所定の真空度に減圧可能に構成される。そして、冷却室3内の真空状態は、冷却室3が仕切扉9および開閉扉10によって密閉されることで確保される。なお、図示は省略するが、加熱室2および冷却室3には、作業扉6および開閉扉10が開かれるに際して加熱室2または冷却室3内の圧力を大気圧と等しくするための弁を有する配管が接続される。
このように、中間室4に対して断熱扉7を介して連通可能な加熱室2と、同じく中間室4に対して仕切扉9を介して連通可能な冷却室3とは、中間室4を介して温度的に遮断可能であるとともに、それぞれ独立した圧力の調整が可能に構成される。
次に、ワーク1のガス冷却のための構成について説明する。図1に示すように、冷却室3内に導入される冷媒ガスは、電動機(モータ)15を駆動源とするファン16により対流させられる。ファン16は、電動機15の駆動軸に直結される。したがって、本実施形態では、電動機15の回転数がファン16の回転数となる。ファン16は、遠心方向を送風方向とする遠心ファンである。
電動機15およびファン16は、冷却室3の内部空間と連通する空間を形成するモータハウジング17内に収容される。ファン16の回転により送風される冷媒ガスは、送入用ダクト18によって冷却室3内に導かれ、送出用ダクト19によって冷却室内から送り出される。したがって、送入用ダクト18および送出用ダクト19は、それぞれ一端側が冷却室3に接続され、他端側がモータハウジング17に接続される。
送入用ダクト18は、モータハウジング17から冷却室3への冷媒ガスの送り配管である。送入用ダクト18は、モータハウジング17から、ファン16の遠心方向に含まれる方向(本実施形態では上方向)に配される。本実施形態では、モータハウジング17から上方に向けて配される送入用ダクト18は、冷却室3に対して上側に接続される。送入用ダクト18には、冷却室3内に導入される冷媒ガスの温度を低下させるためのガスクーラ20が設けられる。
送出用ダクト19は、冷却室3からモータハウジング17への冷媒ガスの戻し配管である。本実施形態では、送出用ダクト19は、冷却室3に対して送入用ダクト18が接続される側の反対側である下側に接続される。また、送出用ダクト19は、モータハウジング17に対しては、電動機15の軸方向に沿う方向に接続される。
このような構成における冷却室3とモータハウジング17との間の冷媒ガスの流れとしては、送入用ダクト18により、回転するファン16によってモータハウジング17から上向きに送り出される冷媒ガスが、冷却室3に対して上側から下向きに送り込まれる(矢印A1参照)。冷却室3内に送り込まれる冷媒ガスは、トレイ8上のワーク1に吹き付けられるとともに、送出用ダクト19により、冷却室3から下向きに送り出されて、モータハウジング17内に送り込まれる(矢印A2参照)。
このように、電動機15により回転するファン16によって冷却室3とモータハウジング17との間を送入用ダクト18および送出用ダクト19を介することで対流する冷媒ガスにより、冷却室3内のワーク1が冷却される。このように対流しながら冷却室3内に導入される冷媒ガスは、例えばガスボンベ等により構成される冷媒ガスについての所定の供給源31から、ガス導入通路30によって導入される。
すなわち、図1に示すように、供給源31からは、前述したようにファン16の回転によって対流する冷媒ガスの通路(以下「対流通路」という。)内に冷媒ガスを送り込むための導入配管30aが配される。導入配管30aは、対流通路を構成する送入用ダクト18に接続される。したがって、本実施形態では、供給源31からの導入配管30aと、送入用ダクト18の一部とにより、所定の供給源から供給される冷媒ガスを冷却室3内に導入するための通路であるガス導入通路30が構成される。
なお、導入配管30aの対流通路に対する接続位置は、特に限定されない。つまり、供給源31からの導入配管30aは、対流通路を構成する送入用ダクト18および送出用ダクト19における任意の位置に接続されればよい。言い換えると、供給源31からの導入配管30aは、かかる導入配管30aを経た冷媒ガスがファン16の回転による冷媒ガスの流れにおける任意の位置から送り込まれるように送入用ダクト18または送出用ダクト19に接続されればよい。
以上のように、本実施形態に係る熱処理方法(真空焼入れ方法、以下同じ。)においては、加熱後のワーク1が、ワーク1を収容する処理室としての冷却室3にて、この冷却室3と連通する空間であるモータハウジング17内に設けられる電動機15を駆動源とするファン16により冷媒ガスが対流させられることで冷却される。
そして、本実施形態の熱処理方法では、ワーク1のガス冷却に際し、冷媒ガスが導入されること等により変化する冷却室3内の圧力(以下「冷媒ガス圧力」という。)が、電動機15の始動時からファン16が所定の回転数に達するまでの時間の間は電動機15における放電が生じない程度の低い圧力に保持される。そして、ファンが所定の回転数に達した後に、冷媒ガス圧力が、ガス冷却に必要な圧力まで上昇させられる。そこで、本実施形態の熱処理方法では、ワーク1のガス冷却に際し、前期冷媒ガス導入過程と、ファン始動過程と、後期冷媒ガス導入過程とが行われる。
前期冷媒ガス導入過程では、冷媒ガスが、冷却室3内に、冷媒ガス圧力が電動機15における放電が発生しない程度に低い圧力としてあらかじめ設定される第一の圧力となるように導入される。
前期冷媒ガス導入過程は、電動機15の始動前に行われる冷媒ガスの導入過程である。前期冷媒ガス導入過程においては、加熱室2における真空加熱後のワーク1が搬入された真空状態の冷却室3に対して、わずかな量の冷媒ガスが導入されることにより、冷媒ガス圧力が第一の圧力まで上昇させられる。前期冷媒ガス導入過程により、送入用ダクト18および送出用ダクト19を介して冷却室3内と連通するモータハウジング17内の圧力は、第一の圧力となる。
前期冷媒ガス導入過程において用いられる第一の圧力は、例えば、冷媒ガス圧力と電動機15における放電が発生する電圧(放電開始電圧)との関係を表すいわゆるパッシェン曲線に基づいて設定される。パッシェン曲線は、ある気体中での所定の電極間距離における気体の圧力と放電開始電圧との関係を示すグラフであり、放電限界である放電開始電圧は気体の種類、気体の圧力、電極間の距離によって決まるというパッシェンの法則から導かれる。
したがって、冷媒ガスとして窒素ガスが用いられる本実施形態において、第一の圧力の設定に際して用いられるパッシェン曲線は、電動機15を構成するコイルと本体アース間の距離の最小値を電極間距離とする、窒素ガスの圧力(冷媒ガス圧力)と電動機15における放電開始電圧との関係を示すものとなる。このため、第一の圧力は、電動機15の製作精度のバラツキ等(個体差)にもよるが、本実施形態の場合は、例えば、0.005〜0.1MPaの範囲で設定される。
第一の圧力の範囲について、その下限値(前記の例では0.005MPa)は、電動機15における放電が発生しない程度の最小限の圧力という観点に基づく値である。したがって、第一の圧力の範囲の下限値は、例えばパッシェン曲線による放電開始電圧に対応する冷媒ガス圧力の値をわずかに上回るように規定される。
また、第一の圧力の範囲について、その上限値(前記の例では0.1MPa)は、前期冷媒ガス導入過程において冷却室3内に導入される冷媒ガスにより、ワーク1の温度が緩やかに低下することで後期冷媒ガス導入過程においてワーク1の急冷作用が得られなくなることを抑制するという観点に基づく値である。すなわち、前期冷媒ガス導入過程において冷却室3内に導入される冷媒ガスの量が多くなると、その冷媒ガスが前期冷媒ガス導入過程の後のファン始動過程にて駆動するファン16の回転によって対流することで、後期冷媒ガス導入過程が開始される前までにおけるワーク1の温度低下が大きくなる。このように後期冷媒ガス導入過程の前までのワーク1の温度低下が大きくなると、後期冷媒ガス導入過程におけるワーク1の急冷作用が不十分となる(十分な冷却速度が得られない)。したがって、第一の圧力の範囲の上限値は、ガス冷却によるワーク1の冷却速度が確保できて焼入れ品質が損なわれない程度に、後期冷媒ガス導入過程の前までのワーク1の温度低下が抑制されるように規定される。
前期冷媒ガス導入過程の後に、ファン始動過程が行われる。ファン始動過程では、冷却室3内の圧力が第一の圧力である状態で、電動機15が始動させられ、電動機15の回転数が、ファン16の駆動との関係においてあらかじめ設定される所定の回転数となるまで上昇させられる。
ファン始動過程は、前期冷媒ガス導入過程により第一の圧力まで上昇した冷媒ガス圧力が第一の圧力に保持された状態で、電動機15の回転数を所定の回転数まで上昇させる過程である。本実施形態では、前記のとおり電動機15の回転数とファン16の回転数(以下「ファン回転数」という。)とが一対一で対応するため、電動機15の回転数が所定の回転数である状態では、ファン回転数もその所定の回転数と同じ回転数となる。したがって、本実施形態では、電動機15についての所定の回転数は、ファン16の駆動(回転)との関係において、ワーク1のガス冷却に必要な風量が得られるようなファン回転数に対応するようにあらかじめ設定される。以下では、電動機15の回転数が所定の回転数である状態におけるファン回転数を「設定回転数」とする。
このように、ファン始動過程においては、ファン16(電動機15)の回転が停止している状態から、電動機15が始動して、ファン回転数が設定回転数となるまで、ファン16(電動機15)の回転が加速させられる。したがって、ファン始動過程による経過時間は、電動機15の始動時からファン回転数が設定回転数に達するまでの時間(以下「ファン加速時間」という。)に相当する。
ファン始動過程においては、冷媒ガスが第一の圧力に保持されることから、電動機15における放電が生じることがない。また、同じく冷媒ガスが第一の圧力に保持される(低圧下である)ことから、ファン16が回転することによっても、対流する冷媒ガスが少量であるため、ワーク1の温度低下は抑制される。
ファン始動過程の後に、後期冷媒ガス導入過程が行われる。後期冷媒ガス導入過程では、電動機15の回転数が所定の回転数である状態で、冷媒ガスが、冷却室3内に、冷媒ガス圧力がワーク1の冷却に用いられる圧力としてあらかじめ設定される第二の圧力となるように導入される。
後期冷媒ガス導入過程は、ファン始動過程において始動した電動機15によりファン回転数が設定回転数である状態(電動機15の回転数が所定の回転数である状態)で行われる冷媒ガスの導入過程である。後期冷媒ガス導入過程においては、第一の圧力に保持されていた冷却室3に対して、前期冷媒ガス導入過程で導入される冷媒ガスの量との比較において多量の冷媒ガスが導入されることにより、冷媒ガス圧力が第一の圧力から第二の圧力まで上昇させられる。
後期冷媒ガス導入過程において用いられる第二の圧力は、焼入れ対象としてのワーク1について、十分な急冷作用が得られるように導入される冷媒ガスの量に対応する圧力として設定される。第二の圧力は、通常、第一の圧力の百倍から数百倍程度の範囲で設定される。
以上のように、ワーク1のガス冷却において行われる前記各過程について、図2に示すグラフを用いて具体的に説明する。図2において、(a)および(b)に示すグラフは、時間(sec)を示す横軸を共通にするものであり、(a)に示すグラフは冷媒ガス圧力(MPa)の時間変化を、(b)に示すグラフはファン回転数(rpm)の時間変化をそれぞれ表す。また、ここでは、第一の圧力が0.01MPaとして設定され、ファン回転数についての設定回転数が3600rpmとして設定され、第二の圧力が1MPaとして設定される場合を例に説明する。
図2(a)に示すように、加熱室2における真空加熱後のワーク1が搬入された冷却室3の真空状態(圧力p0<0.01MPa)において、前期冷媒ガス導入過程が開始される(時刻t0)。すなわち、前期冷媒ガス導入過程では、電動機15(ファン16)が停止している状態で、圧力p0の冷却室3に対して、わずかな量の冷媒ガスが導入されることにより、冷媒ガス圧力が、圧力p0から0.01MPaに上昇させられる。冷媒ガス圧力が0.01MPaに達することで、前期冷媒ガス導入過程が終了する(時刻t1)。
図2(b)に示すように、前期冷媒ガス導入過程の終了時に対応する時刻t1に、ファン始動過程が開始される。すなわち、ファン始動過程では、冷媒ガス圧力が0.01MPaである状態で、停止状態にある電動機15が始動し、その回転が加速することで、ファン回転数が3600rpmまで上昇させられる。ファン回転数が3600rpmに達することで、ファン始動過程が終了する(時刻t2)。したがって、本例では、ファン加速時間は、時刻t1から時刻t2までの時間となる。図2(a)に示すように、ファン加速時間の間は、冷媒ガス圧力は、0.01MPaに保持される。
ファン始動過程の終了時に対応する時刻t2に、後期冷媒ガス導入過程が開始される。すなわち、後期冷媒ガス導入過程では、ファン回転数が3600rpmである状態で、0.01MPaの冷却室3に対して、前期冷媒ガス導入過程で導入される冷媒ガスの量との比較において多量の冷媒ガスが導入されることにより、冷媒ガス圧力が、0.01MPaから1MPaに上昇させられる。このように、冷媒ガス圧力が上昇するとともに、対流通路内を冷媒ガスが対流することで、ワーク1が冷却される。
本実施形態の熱処理方法においては、これらの各過程を行うため、次のような構成が用いられる。すなわち、図1に示すように、ガス導入通路30に、冷媒ガスの導入方向についての上流側(以下単に「上流側」という。)から下流側(同じく「下流側」という。)にかけて順に設けられる、第一開閉弁35、および第二開閉弁38を含む構成である。
第一開閉弁35は、ガス導入通路30におけるリザーブタンク34の下流側に設けられる。第一開閉弁35は、ガス導入通路30の開閉を行う第一の開閉弁手段として機能する。すなわち、第一開閉弁35の開状態においては、第一開閉弁35の位置における冷媒ガスの流れが確保され、第一開閉弁35の閉状態においては、第一開閉弁35の位置における冷媒ガスの流れが止められる。
第二開閉弁38は、ガス導入通路30における第一開閉弁35の下流側に設けられる。第二開閉弁38は、第一開閉弁35と同様にガス導入通路30の開閉を行う第二の開閉弁手段として機能する。なお、第一開閉弁35および第二開閉弁38としては、ガス導入通路30の開閉を行うことができる機能を有するものであれば、その弁機構の種類等は特に限定されない。
また、ガス導入通路30においては、昇圧ユニット33が設けられている。昇圧ユニット33は、供給源31からの冷媒ガスの圧力を上昇させる昇圧手段として機能する。昇圧ユニット33は、電動機33bを駆動源とする油圧ポンプ33aにより構成される。ただし、例えば、供給源31から供給される冷媒ガスの圧力が、ワーク1のガス冷却に用いられる圧力として十分な場合等においては、昇圧ユニット33は省略可能である。
また、ガス導入通路30においては、リザーブタンク34が設けられている。リザーブタンク34は、ガス導入通路30における昇圧ユニット33の下流側であって第一開閉弁35の上流側に設けられる。リザーブタンク34は、昇圧ユニット33により圧力が上昇した冷媒ガスを蓄える収容手段として機能する。リザーブタンク34としては、リザーブタンク34が用いられて蓄えられた冷媒ガスが冷却室3に導入されることで所望の冷媒ガス圧力が得られるように、冷却室3の容積やガス導入通路30の長さ・管径等に基づいて、必要な容積を有するものが用いられる。
また、ガス導入通路30においては、第一開閉弁35と並列に、圧力調整弁36が設けられている。圧力調整弁36は、ガス導入通路30に対して小さい管径を有する分岐配管37に設けられる。分岐配管37は、その一端側が、導入配管30aにおける第一開閉弁35の上流側に接続され、他端側が、同じく第一開閉弁35の下流側に接続される。圧力調整弁36により、ガス導入通路30における第一開閉弁35の開状態での冷媒ガスの流量の微調整が行われる。
また、本実施形態の冷媒ガスの配管構成においては、好ましくは次のような構成が備えられる。すなわち、図1に示すように、本実施形態においては、第一開閉弁35の下流側に、ガス導入通路30から分岐して電動機15が設けられる空間であるモータハウジング17内に連通する分岐ガス導入通路40が設けられる。
本実施形態では、分岐ガス導入通路40は、ガス導入通路30における第一開閉弁35の下流側である第一開閉弁35と第二開閉弁38との間の位置から分岐され、モータハウジング17に接続される。分岐ガス導入通路40は、ガス導入通路30に対して小さい管径を有する。分岐ガス導入通路40は、ガス導入通路30によって冷却室3内に導かれる冷媒ガスの一部を、モータハウジング17に直接的に送り入れるための冷媒ガスの通路である。
すなわち、モータハウジング17内に導入される冷媒ガスについて、ガス導入通路30により冷却室3内に導入される冷媒ガスがファン16の回転によって対流通路を対流する冷媒ガスに加え、分岐ガス導入通路40により、ガス導入通路30内の冷媒ガスが分岐されて導入される。分岐ガス導入通路40には、分岐ガス導入通路40の開閉を行う分岐開閉弁41が設けられる。
以上のような構成を備える熱処理装置により行われる本実施形態の熱処理方法について、図3に示すフロー図を加えて説明する。本実施形態の熱処理方法では、加熱室2においてワーク1の真空加熱(S10)が行われた後、冷却室3におけるワーク1のガス冷却が行われる(S20)。ワーク1のガス冷却においては、前述した各過程、つまり前期冷媒ガス導入過程(S21)、ファン始動過程(S22)、および後期冷媒ガス導入過程(S23)が行われる。
本実施形態の装置構成において、前期冷媒ガス導入過程(S21)は、次のようにして行われる。すなわち、前期冷媒ガス導入過程に際しては、まず、第一開閉弁35が開状態、かつ第二開閉弁38が閉状態のもとで、ガス導入通路30における第二開閉弁38よりも上流側における冷媒ガスによる圧力が、前期冷媒ガス導入過程用の所定の圧力(以下「前期用圧力」という。)とされる。つまり、第一開閉弁35が開状態、かつ第二開閉弁38が閉状態のもとで、昇圧ユニット33により、供給源31からの冷媒ガスの圧力が上昇させられ、第二開閉弁38よりも上流側(昇圧ユニット33およびリザーブタンク34を含む部分)が、前期用圧力とされる。
そして、第二開閉弁38よりも上流側が前期用圧力とされた状態で、第一開閉弁35が閉状態とされる。これにより、ガス導入通路30における第一開閉弁35と第二開閉弁38との間の部分(以下「弁間通路部分」という。)を構成する配管部分30t(図1参照)に、前期用圧力の冷媒ガスが蓄えられた状態となる。つまり、第一開閉弁35および第
二開閉弁38が閉状態となることで配管部分30tによって形成される閉空間(配管の内部)に、前期用圧力の冷媒ガスが蓄えられる。なお、前期冷媒ガス導入過程に際しては、配管部分30tに連通する分岐配管37に設けられる圧力調整弁36は閉状態とされる。
配管部分30tを含む弁間通路部分に前期用圧力の冷媒ガスが蓄えられた状態から、第二開閉弁38が開状態とされる。これにともない、弁間通路部分内の冷媒ガスが、真空状態(圧力p0)に対する差圧によってガス導入通路30により冷却室3内に導入される。
このように、本実施形態では、第一開閉弁35および第二開閉弁38が閉状態であるとともに、弁間通路部分に、昇圧ユニット33が用いられて、第一の圧力(0.01MPa)に対応する量の冷媒ガスが蓄えられた状態から、第二開閉弁38が開状態とされることで、前期冷媒ガス導入過程が行われる。
したがって、前期冷媒ガス導入過程に際し、弁間通路部分内の圧力について、冷媒ガスが蓄えられることによる前期用圧力(蓄えられる冷媒ガスの量)は、冷却室3の容積やガス導入通路30の長さ・管径等に基づいて、弁間通路部分内の冷媒ガスが冷却室3内に導入されることで、冷媒ガス圧力が第一の圧力に達するような圧力(冷媒ガスの量)として設定される。このように、弁間通路部分について、前期用圧力の冷媒ガスが蓄えられた状態は、第一の圧力に対応する量の冷媒ガスが蓄えられた状態に相当する。
また、前述したように分岐ガス導入通路40が設けられる配管構成においては、前期冷媒ガス導入過程に際し、第一の圧力に対応する量の冷媒ガスが蓄えられた状態となる弁間通路部分に、分岐ガス導入通路40の一部が含まれる。
具体的には、分岐ガス導入通路40における分岐開閉弁41よりも上流側の配管部分40t(図1参照)が、弁間通路部分に含まれる。つまり、分岐ガス導入通路40が設けられる配管構成においては、互いに連通するガス導入通路30の配管部分30tと分岐ガス導入通路40の配管部分40tが、弁間通路部分に含まれる。
したがって、前期冷媒ガス導入過程に際して、昇圧ユニット33によって弁間通路部分が前期用圧力とされるときには、第二開閉弁38および分岐開閉弁41(および圧力調整弁36)が閉状態とされる。そして、第二開閉弁38および分岐開閉弁41よりも上流側が前期用圧力とされた状態で、第一開閉弁35が閉状態とされることで、弁間通路部分に、前期用圧力の冷媒ガスが蓄えられた状態となる。つまり、第一開閉弁35、第二開閉弁38、および分岐開閉弁41(および圧力調整弁36)が閉状態となることで、主に配管部分30tおよび配管部分40tによって形成される閉空間(配管の内部)に、前期用圧力の冷媒ガスが蓄えられる。
そして、弁間通路部分に前期用圧力の冷媒ガスが蓄えられた状態、つまり第一の圧力に対応する量の冷媒ガスが蓄えられた状態から、第二開閉弁38と分岐開閉弁41とが同じタイミングで開状態とされる。これにともない、弁間通路部分内の冷媒ガスが、真空状態(圧力p0)に対する差圧によって冷却室3内およびモータハウジング17内に導入される。つまり、弁間通路部分内の冷媒ガスは、第二開閉弁38が開かれることでガス導入通路30によって冷却室3内に導入されるとともに、分岐開閉弁41が開かれることで分岐ガス導入通路40によってモータハウジング17に導入される。分岐ガス導入通路40が設けられる場合は、このようにして前期冷媒ガス導入過程が行われる。
このように、前期冷媒ガス導入過程において、分岐ガス導入通路40が用いられることで、モータハウジング17内の圧力を、効率的に第一の圧力まで上昇させることができる。すなわち、前期冷媒ガス導入過程における冷媒ガスの導入が、ガス導入通路30のみによって行われる場合との比較において、分岐ガス導入通路40が設けられることにより、電動機15が存在するモータハウジング17内の圧力を短時間で第一の圧力まで上昇させることができる。これにより、前期冷媒ガス導入過程の時間の短縮化を図ることができ、前期冷媒ガス導入過程における経時的なワーク1の温度低下を抑制することができる。
なお、分岐ガス導入通路40のガス導入通路30に対する分岐位置は、ガス導入通路30における第一開閉弁35の下流側であれば特に限定されない。分岐ガス導入通路40は、例えば、ガス導入通路30における第二開閉弁38の下流側の部分から分岐されてもよい。この場合、分岐開閉弁41を省略することが可能となる。
また、本実施形態の装置構成において、後期冷媒ガス導入過程(S23)は、次のようにして行われる。すなわち、後期冷媒ガス導入過程に際しては、第一開閉弁35が閉状態のもとで、ガス導入通路30における第一開閉弁35よりも上流側における冷媒ガスによる圧力が、後期冷媒ガス導入過程用の所定の圧力(以下「後期用圧力」という。)とされる。つまり、第一開閉弁35が閉状態のもとで、昇圧ユニット33により、供給源31からの冷媒ガスの圧力が上昇させられ、第一開閉弁35よりも上流側(昇圧ユニット33およびリザーブタンク34を含む部分)が、後期用圧力とされる。ここで、第一開閉弁35よりも上流側を後期用圧力とする冷媒ガスは、第一開閉弁35よりも上流側において主にリザーブタンク34内に蓄えられる。
第一開閉弁35よりも上流側が後期用圧力とされた状態は、開閉弁32(図1参照)により確保される。開閉弁32は、ガス導入通路30の開閉を行うものであり、ガス導入通路30における供給源31の下流側であって昇圧ユニット33の上流側に設けられる。つまり、第一開閉弁35が閉じられた状態で昇圧ユニット33により上昇させられる冷媒ガスの圧力が後期用圧力に達した状態で、開閉弁32が閉状態とされることにより、ガス導入通路30における開閉弁32と第一開閉弁35との間の部分の圧力が後期用圧力に保持される。なお、第一開閉弁35よりも上流側を後期用圧力に保持するための開閉弁32は、ガス導入通路において昇圧ユニット33とリザーブタンク34との間に設けられてもよい。
また、第一開閉弁35よりも上流側が後期用圧力とされるに際しての第一開閉弁35の閉動作(閉状態となるための動作)としては、例えば、前述したように前期冷媒ガス導入過程に際して弁間通路部分に前期用圧力の冷媒ガスが蓄えられるための閉動作が用いられる。この場合、弁間通路部分に前期用圧力の冷媒ガスを閉じ込めるために第一開閉弁35が閉状態となってから、第一開閉弁35よりも上流側が昇圧ユニット33によって後期用圧力に昇圧される。
そして、第一開閉弁35よりも上流側(開閉弁32と第一開閉弁35との間)が後期用圧力とされた状態、つまり閉状態の第一開閉弁35の上流側の部分(主にリザーブタンク34)に後期用圧力の冷媒ガスが蓄えられた状態から、第一開閉弁35が開状態とされる。これにともない、開閉弁32と第一開閉弁35との間の冷媒ガスが、第一の圧力に対する差圧(後期用圧力は第一の圧力に対して十分に高い)によってガス導入通路30により冷却室3内に導入される。
すなわち、前期冷媒ガス導入過程に際して第二開閉弁38が開状態とされることで導入される冷媒ガスにより冷媒ガス圧力が第一の圧力となっている状態で、後期用圧力の冷媒ガスを蓄えるために閉状態となっている第一開閉弁35が開状態とされることで、第一開閉弁35よりも上流側の冷媒ガスが、ガス導入通路30により開状態の第二開閉弁38を介して冷却室3内に導入される。
このように、本実施形態では、第一開閉弁35が閉状態、かつ第二開閉弁38が開状態であるとともに、ガス導入通路30における第一開閉弁35の上流側の部分に、第二の圧力(1MPa)に対応する量の冷媒ガスが蓄えられた状態から、第一開閉弁35が開状態とされることで、後期冷媒ガス導入過程が行われる。
したがって、後期冷媒ガス導入過程に際し、第一開閉弁35よりも上流側の圧力について、冷媒ガスが蓄えられることによる後期用圧力(蓄えられる冷媒ガスの量)は、冷却室3の容積やガス導入通路30の長さ・管径等に基づいて、第一開閉弁35よりも上流側の冷媒ガスが冷却室3内に導入されることで、冷媒ガス圧力が第二の圧力に達するような圧力(冷媒ガスの量)として設定される。
また、後期用圧力の設定に際しては、第一開閉弁35よりも上流側において冷媒ガスが蓄えられる主な部分を構成するリザーブタンク34の容積が考慮される。つまり、リザーブタンク34の容積は、後期冷媒ガス導入過程によって冷媒ガス圧力が第二の圧力に達するような量の冷媒ガスを第一開閉弁35よりも上流側に蓄えることができる容積として設定される。このように、ガス導入通路30における第一開閉弁35の上流側の部分について、後期用圧力の冷媒ガスが蓄えられた状態は、第二の圧力に対応する量の冷媒ガスが蓄えられた状態に相当する。
なお、後期冷媒ガス導入過程においては、分岐開閉弁41の開閉状態は特に限定されない。このことは、第二の圧力が第一の圧力に対して十分に高いこと(例えば0.01MPaに対して1MPa)、および分岐ガス導入通路40の管径がガス導入通路30に対して小さいことに基づく。すなわち、後期冷媒ガス導入過程において、ガス導入通路30によって冷却室3内に冷媒ガスが導入されることで冷媒ガス圧力が第二の圧力に上昇する過程では、分岐ガス導入通路40により冷媒ガスが導入されることによる影響が小さい。このため、後期冷媒ガス導入過程では、分岐ガス導入通路40の利用の有無、つまり分岐開閉弁41の開閉状態は特に限定されない。
後期冷媒ガス導入過程の後は、冷媒ガス圧力が第二の圧力に保持される。後期冷媒ガス導入過程中、あるいは後期冷媒ガス導入過程後の圧力保持に際しては、冷却室3内に導入される冷媒ガスについて、圧力調整弁36による流量の微調整が行われる。
以上のように本実施形態の装置構成が用いられて前期冷媒ガス導入過程(S21)および後期冷媒ガス導入過程(S23)が行われるワーク1のガス冷却(S20)の一例について説明する。
ガス冷却(S20)においては、まず、第一開閉弁35が開状態、第二開閉弁38および分岐開閉弁41が閉状態のもとで、昇圧ユニット33により、第二開閉弁38および分岐開閉弁41よりも上流側が前期用圧力とされた後、第一開閉弁35が閉状態とされる。かかる状態から、第二開閉弁38および分岐開閉弁41が同じタイミングで開状態とされることにより、前期冷媒ガス導入過程(S21)が行われる。つまり、冷媒ガス圧力が第一の圧力に上昇させられる。
前期冷媒ガス導入過程(S21)が行われた後、ファン始動過程(S22)が行われる。すなわち、冷媒ガス圧力が第一の圧力である状態で、電動機15が始動させられ、ファン回転数が設定回転数に達するまで加速させられる。
前期冷媒ガス導入過程(S21)において第一開閉弁35が閉状態とされてから、前期冷媒ガス導入過程(S21)およびファン始動過程(S22)と並行して、第一開閉弁35よりも上流側の部分に、リザーブタンク34が用いられて後期冷媒ガス導入過程(S23)に際しての冷媒ガスが蓄えられる。つまり、第一開閉弁35よりも上流側の部分が、後期用圧力とされる。
そして、ファン始動過程(S22)によってファン回転数が設定回転数に達した状態から、第一開閉弁35が開状態とされることにより、後期冷媒ガス導入過程(S23)が行われる。つまり、冷媒ガス圧力が第二の圧力に上昇させられる。その後は、冷媒ガス圧力が第二の圧力に保持された状態で対流する冷媒ガスにより、ワーク1が冷却される。
以上のような本実施形態の熱処理方法によれば、冷媒ガスによって加熱後のワーク1を冷却するガス冷却において、設備構造の複雑化やコストの増大等を招くことなく、冷媒ガスをワーク1に送風するためのファン16の駆動に用いられる電動機15における放電を効果的に防止することができるとともに、十分な冷却能を得ることができる。
すなわち、本実施形態の熱処理方法においては、前期冷媒ガス導入過程が行われることにより、ファン始動過程の間(ファン加速時間の間)は、冷媒ガス圧力が電動機15における放電が生じない程度に低い圧力(第一の圧力)の状態であり、冷却室3内に導入される冷媒ガスの量も少ない。このため、ファン加速時間の間は、電動機15における放電が防止されるとともに、ファン回転数が設定回転数まで上昇することによっても冷却能の低い状態が保たれる。そして、ファン回転数が設定回転数となった状態で、冷媒ガス圧力が、後期冷媒ガス導入過程によってガス冷却に必要な圧力(第二の圧力)まで上昇させられる。これにより、ガス冷却における冷却速度に対するファン加速時間の影響が低減され、ワーク1を焼入れするための十分な冷却速度(冷却能)が得られる。
そして、本実施形態の熱処理方法においては、冷媒ガス圧力についての設定圧力が通常
二桁程度異なる(例えば0.01MPaと1MPa)前期冷媒ガス導入過程と後期冷媒ガス導入過程とが、同一系統の配管構成(ガス導入通路30)によって行われる。このため、設備構造の複雑化やコストの増大等を回避することが容易となる。
具体的には、本実施形態の配管構成では、冷却室3に冷媒ガスを導入するためのガス導入通路30の一部(配管部分30t参照)が、前期冷媒ガス導入過程のための圧力制御やリザーブタンク等として代用されている。このため、設備コスト、設備の維持管理コスト、設備の操業コスト等の低減化、ならびに設備のシンプル化およびコンパクト化を図ることができる。
また、本実施形態の熱処理方法によれば、電動機15における放電を防止するに際し、電動機15が設けられる空間(モータハウジング17内)を冷却室3あるいはこれと連通する空間に対して気密性を保つためのシール構造等が不要である。この点からも、装置構成の複雑化を防止することができる。
本実施形態の熱処理方法による効果について、冷媒ガスを一段階で導入する熱処理方法(以下「従来方法」という。)との比較により説明する。まず、従来方法について、図4に示すグラフを用いて説明する。図4においては、図2と同様に、(a)に示すグラフは冷媒ガス圧力の時間変化を、(b)に示すグラフはファン回転数の時間変化をそれぞれ表す。なお、従来方法において本実施形態と共通する構成等については、便宜上、同一の符号を用いる等して引用する。
従来方法では、図4(a)、(b)に示すように、加熱室2における真空加熱後のワーク1が搬入された冷却室3の真空状態(圧力p0<0.01MPa)において、冷却室3に対する冷媒ガスの導入が開始される(時刻t3)。そして、冷媒ガス圧力が、電動機15における放電が生じない所定の圧力(本例では0.01MPa)となったタイミング(時刻t4)で、電動機15の始動が行われる。電動機15が始動した後は、ファン回転数は設定回転数(本例では3600rpm)まで上昇させられる。
従来方法では、冷媒ガス圧力は、その上昇が開始されてから(冷却室3に対する冷媒ガスの導入が開始されてから)、ワーク1の冷却に用いられる所定の圧力(本例では1MPa)に達するまで、徐々に(一様に)上昇させられる。したがって、従来方法では、冷媒ガス圧力の立上げと電動機15により回転するファン16の加速とが同時に行われることから、ファン16(電動機15)の加速中に、冷媒ガス圧力が上昇する。このため、ファン加速時間が、ガス冷却における冷却速度(冷却能、以下同じ。)に大きく影響し、十分な冷却速度が得られない場合がある。
図5は、従来方法および本実施形態の熱処理方法のそれぞれについての、ファン加速時間(sec)と、ワーク1が真空焼入れされることにより得られる焼入れ品の硬さ(ビッカース硬さ:Hv)との関係についての実験結果の一例を示すものである。図5において、本実施例(白丸で示す計測点)は、本実施形態の熱処理方法による実験結果を示し、従来例(黒四角で示す計測点)は、従来方法による実験結果を示す。本実験結果例は、ファン加速時間が、1secから6secまでの1sec毎における焼入れ品の硬さを計測したものである。
図5に示すように、従来方法によれば、ファン加速時間が長くなるにともない、焼入れ品の硬さが低下する。具体的には、従来例については、ファン加速時間が1secである場合は、焼入れ品の硬さがHv650程度の硬さであるが、ファン加速時間が長くなるにともない、焼入れ品の硬さが徐々に低下する。本例では、ファン加速時間が6secの場合は、焼入れ品の硬さがHv280程度にまで低下している。このように、ファン加速時間が長くなるにつれて焼入れ品の硬さが低下することは、従来方法では、前述したようにファン加速時間がガス冷却における冷却速度に大きく影響し、十分な冷却速度が得られないことによる。
一方、本実施形態の熱処理方法によれば、ファン加速時間が1〜6secの間において、焼入れ品についてHv600以上の硬さが保持される。つまり、本実施形態の熱処理方法によれば、ガス冷却における冷却速度に対するファン加速時間の影響が低減されることから、ファン加速時間がある程度長くなることによっても、焼入れ品の硬さが低下することが抑制される。これにより、ファン加速時間との関係において、良好な焼入れ品質を容易に得ることが可能となる。
なお、前述した本発明の実施形態(以下「第一実施形態」という。)では、ワーク1のガス冷却において、前期冷媒ガス導入過程と後期冷媒ガス導入過程とが同一系統の配管構成(ガス導入通路30)によって行われるが、これらの過程は、それぞれの過程を行うために設けられる別系統の配管構成によって行うこともできる。この場合の配管構成の一例を、本発明の別実施形態として、図6を用いて説明する。なお、本実施形態の説明においては、第一実施形態における構成と共通する部分については同一の符号を用いる等して適宜説明を省略するとともに、第一実施形態における構成に基づいて(構成を引用して)説明する。
本実施形態では、所定の供給源31から供給される冷媒ガスを冷却室3内に導入するための通路であるガス導入通路として、前期冷媒ガス導入過程を行うためのガス導入通路である第一のガス導入通路としての前期用通路50と、後期冷媒ガス導入過程を行うためのガス導入通路である第二のガス導入通路としての後期用通路60とが設けられる。そして、各通路にリザーブタンク等の冷媒ガスを蓄えるための収容手段が設けられる。
具体的には、本実施形態では、図6に示すように、第一実施形態の配管構成におけるガス導入通路30が、後期用通路60として用いられる。この場合、ガス導入通路30について第二開閉弁38(図1参照)が省略されるとともに、昇圧ユニット33とリザーブタンク34と第一開閉弁35とを備える配管構成が、後期用通路60として用いられる。したがって、本実施形態では、第一開閉弁35が、後期用通路60の開閉を行う開閉弁手段として機能する。
このような後期用通路60に対し、前期用通路50が設けられる。前期用通路50は、導入配管30aにおける昇圧ユニット33の下流側であってリザーブタンク34の上流側から分岐されることで構成される。つまり本実施形態では、後期用通路60と前期用通路50とで、冷媒ガスの圧力を上昇させる昇圧手段としての昇圧ユニット33が共用される。ただし、後期用通路60および前期用通路50のそれぞれに、昇圧ユニット33等の昇圧手段が設けられてもよい。また、昇圧ユニット33については、前述したように省略可能である。
前期用通路50は、冷媒ガス圧力を第一の圧力に上昇させるためのものであるため、後期用通路60に対して小径の配管により構成される。前期用通路50には、昇圧ユニット33の下流側に、開閉弁55が設けられている。開閉弁55は、前期用通路50の開閉を行う開閉弁手段として機能する。
また、前期用通路50においては、リザーブタンク54が設けられている。リザーブタンク54は、前期用通路50における昇圧ユニット33の下流側であって開閉弁55の上流側に設けられる。リザーブタンク54は、昇圧ユニット33により圧力が上昇した冷媒ガスを蓄える収容手段として機能する。リザーブタンク54としては、リザーブタンク54が用いられて蓄えられた冷媒ガスが冷却室3に導入されることで所望の冷媒ガス圧力が得られるように、冷却室3の容積や前期用通路50の長さ・管径等に基づいて、必要な容積を有するものが用いられる。したがって、リザーブタンク54は、前期冷媒ガス導入過程よりも冷媒ガス圧力についての設定圧力が高い後期冷媒ガス導入過程に用いられる後期用通路60に設けられるリザーブタンク34よりも、容積が小さいものとなる。
前期用通路50は、後期用通路60を構成する導入配管30aから分岐する導入配管50aにより主に構成される。導入配管50aは、対流通路を構成する送入用ダクト18に接続される。したがって、本実施形態では、導入配管30aから分岐する導入配管50aと、送入用ダクト18の一部とにより、前期用通路50が構成される。なお、導入配管50aの対流通路に対する接続位置は、特に限定されない。つまり、導入配管50aは、対流通路を構成する送入用ダクト18および送出用ダクト19における任意の位置に接続されればよい。
また、本実施形態の冷媒ガスの配管構成においては、好ましくは次のような構成が備えられる。すなわち、図6に示すように、本実施形態においては、前期用通路50の開閉弁55の下流側に、前期用通路50から分岐して電動機15が設けられる空間であるモータハウジング17内に連通する分岐ガス導入通路70が設けられる。
分岐ガス導入通路70は、前期用通路50を構成する導入配管50aと略同じ管径を有する。分岐ガス導入通路70は、前期用通路50によって冷却室3内に導かれる冷媒ガスの一部を、モータハウジング17に直接的に送り入れるための冷媒ガスの通路である。
すなわち、モータハウジング17内に導入される冷媒ガスについて、前期用通路50により冷却室3内に導入される冷媒ガスがファン16の回転によって対流通路を対流する冷媒ガスに加え、分岐ガス導入通路70により、前期用通路50内の冷媒ガスが分岐されて導入される。
本実施形態の装置構成において、前期冷媒ガス導入過程(S21)は、次のようにして行われる。すなわち、前期冷媒ガス導入過程では、前期用通路50が用いられる。つまり、前期冷媒ガス導入過程では、供給源31から供給されて昇圧ユニット33により昇圧される冷媒ガスは、前期用通路50側に対して導入される。したがって、前期冷媒ガス導入過程に際しては、図示せぬ開閉弁等により、後期用通路60側への冷媒ガスの導入が制限される。
前期冷媒ガス導入過程に際しては、開閉弁55が閉状態のもとで、前期用通路50における開閉弁55よりも上流側における冷媒ガスによる圧力が、前期用圧力とされる。つまり、開閉弁55が閉状態のもとで、昇圧ユニット33により、供給源31からの冷媒ガスの圧力が上昇させられ、開閉弁55よりも上流側(昇圧ユニット33およびリザーブタンク54を含む部分)が、前期用圧力とされる。ここで、開閉弁55よりも上流側を前期用圧力とする冷媒ガスは、開閉弁55よりも上流側において主にリザーブタンク54内に蓄えられる。また、開閉弁55よりも上流側が前期用圧力とされた状態は、開閉弁32により確保される。
これにより、開閉弁55よりも上流側(開閉弁32と開閉弁55との間)が前期用圧力とされた状態、つまり閉状態の開閉弁55よりも上流側の部分(主にリザーブタンク54)に、前期用圧力の冷媒ガスが蓄えられた状態となる。かかる状態から、開閉弁55が開状態とされることで、開閉弁32と開閉弁55との間の冷媒ガスが、真空状態(圧力p0)に対する差圧によって前期用通路50により冷却室3内に導入される。
このように、本実施形態では、前期用通路50が用いられ、前期用通路50の開閉弁55が閉状態であるとともに、前期用通路50における開閉弁55よりも上流側の部分に、昇圧ユニット33が用いられて、第一の圧力に対応する量の冷媒ガスが蓄えられた状態から、開閉弁55が開状態とされることで、前期冷媒ガス導入過程が行われる。
なお、前期用圧力の設定が、冷却室3の容積や前期用通路50の長さ・管径やリザーブタンク54の容積等に基づいて行われることは、第一実施形態と同様である。つまり、前期用通路50における開閉弁55よりも上流側の部分について、前期用圧力の冷媒ガスが蓄えられた状態は、第一の圧力に対応する量の冷媒ガスが蓄えられた状態に相当する。
また、前述したように分岐ガス導入通路70が設けられる配管構成においては、前期冷媒ガス導入過程に際し、開閉弁55が開状態とされることで、開閉弁55から前期用通路50を下流側に流れる冷媒ガスの一部が、分岐ガス導入通路70を介してモータハウジング17内に導入される。これにより、第一実施形態において分岐ガス導入通路40が設けられる場合と同様に、モータハウジング17内の圧力を、効率的に第一の圧力まで上昇させることができる。
また、本実施形態の装置構成において、後期冷媒ガス導入過程(S23)は、次のようにして行われる。すなわち、後期冷媒ガス導入過程では、後期用通路60が用いられる。つまり、後期冷媒ガス導入過程では、供給源31から供給されて昇圧ユニット33により昇圧される冷媒ガスは、後期用通路60側に対して導入される。したがって、後期冷媒ガス導入過程に際しては、図示せぬ開閉弁等により、前期用通路50側への冷媒ガスの導入が制限される。
後期冷媒ガス導入過程に際しては、第一開閉弁35が閉状態のもとで、後期用通路60における第一開閉弁35よりも上流側における冷媒ガスによる圧力が、後期用圧力とされる。つまり、第一開閉弁35が閉状態のもとで、昇圧ユニット33により、供給源31からの冷媒ガスの圧力が上昇させられ、第一開閉弁35よりも上流側(昇圧ユニット33およびリザーブタンク34を含む部分)が、後期用圧力とされる。ここで、第一開閉弁35よりも上流側を後期用圧力とする冷媒ガスは、第一開閉弁35よりも上流側において主にリザーブタンク34内に蓄えられる。また、第一開閉弁35よりも上流側が後期用圧力とされた状態は、開閉弁32により確保される。
これにより、第一開閉弁35よりも上流側(開閉弁32と第一開閉弁35との間)が後期用圧力とされた状態、つまり閉状態の第一開閉弁35よりも上流側の部分(主にリザーブタンク34)に、後期用圧力の冷媒ガスが蓄えられた状態となる。かかる状態から、第一開閉弁35が開状態とされることで、開閉弁32と第一開閉弁35との間の冷媒ガスが、第一の圧力に対する差圧によって後期用通路60により冷却室3内に導入される。
このように、本実施形態では、後期用通路60が用いられ、第一開閉弁35が閉状態であるとともに、第一開閉弁35よりも上流側の部分に、昇圧ユニット33が用いられ、第
二の圧力に対応する量の冷媒ガスが蓄えられた状態から、第一開閉弁35が開状態とされることで、後期冷媒ガス導入過程が行われる。
なお、後期用圧力の設定が、冷却室3の容積や後期用通路60の長さ・管径やリザーブタンク34の容積等に基づいて行われることは、第一実施形態と同様である。つまり、後期用通路60における第一開閉弁35よりも上流側の部分について、後期用圧力の冷媒ガスが蓄えられた状態は、第二の圧力に対応する量の冷媒ガスが蓄えられた状態に相当する。
以上のように、前期冷媒ガス導入過程と後期冷媒ガス導入過程とが別系統の配管構成によって行われる本実施形態によれば、冷媒ガス圧力についての設定圧力差が大きい(通常二桁程度異なる)前期冷媒ガス導入過程と後期冷媒ガス導入過程とについて、各過程での冷媒ガス圧力の安定性の確保が容易となる。
ところで、本実施形態の装置構成により行われるワーク1のガス冷却においては、電動機15の始動電流の制限や電動機15の駆動にともなって生じる高調波等との関係で、ファン加速時間(ファン始動過程の時間)について十分な短時間化が図れない場合がある。すなわち、ガス冷却における冷却速度を上げるためには、ファン加速時間が短時間化されればよい。しかし、ファン加速時間の短時間化は、電動機15の始動電流の増加にともなう高調波やノイズ等の原因となる。高調波等の発生は、電動機15を備える設備のみならず、周辺設備へも影響する場合がある。
このように、ファン加速時間について十分な短時間化が図れない場合、ファン加速時間の間に、ワーク1の温度(以下「ワーク温度」という。)が低下してしまい、ガス冷却において十分な冷却速度が得られないときがある。ガス冷却において十分な冷却速度が得られないことは、焼入れが不十分となることや、十分な硬さが得られないこと等、焼入れ品質の低下を招く原因となる。
そこで、本実施形態の熱処理方法においては、前期冷媒ガス導入過程が行われる前のワーク温度が、ファン始動過程中に低下するワーク1の温度低下量(以下「ワーク温度低下量」という。)に相当する分あらかじめ上昇させられることが好ましい。
具体的には、ファン加速時間の間のワーク温度低下量が、あらかじめ実験等により測定される。ワーク温度低下量の測定は、前述したような熱処理方法によって実際にワーク1のガス冷却が行われる場合と同様にして前期冷媒ガス導入過程の後に行われるファン始動過程におけるワーク温度低下量が測定されることで行われる。
ワーク温度低下量の測定においては、加熱室2による真空加熱後の冷却直前(前期冷媒ガス導入過程が行われる前)のワーク温度についてあらかじめ設定される所定の温度(以下「ワーク基準温度」という。)が基準とされる。つまり、ワーク温度低下量の測定においては、ワーク基準温度からの温度の低下量が測定される。ワーク温度低下量の測定としては、ワーク1自体の温度低下量を測定することによる直接的な測定、あるいはワーク1がセットされる冷却室3の雰囲気温度を測定することによる間接的な測定が行われる。
そして、あらかじめ測定したワーク温度低下量の分、ワーク温度が上昇させられる。ここで上昇させられるワーク温度は、加熱室2による真空加熱後の冷却直前のワーク温度である。例えば、ワーク温度低下量が50℃である場合、ワーク温度が、ワーク基準温度から50℃上昇させられる。ワーク温度の上昇は、加熱室2に設けられるグラファイトヒータ等の加熱手段によるワーク1の加熱温度の調整により行われる。
このように、ワーク1のガス冷却に際し、ワーク温度があらかじめ上昇させられることにより、ファン加速時間の間においてワーク温度が低下することで十分な冷却速度が得られなくなることを防止することができる。つまり、ワーク温度があらかじめ上昇させられることで、ファン加速時間の間にワーク温度が低下することによっても、ワーク1の焼入れに際しての温度低下代が確保されることから、十分な冷却速度が得られる。
また、ワーク温度低下量ΔTw(℃)は、次式(1)に基づいて推定することができる。
ΔTw={Q・t(Tf−Ts)α}/A+Ts ・・・(1)
上記式(1)において、Qはファン始動過程中の平均風量(Nm3/min)、tはファン始動過程の時間(sec)、Tsはファン始動過程開始時の冷媒ガスの温度(℃)、Tfはファン始動過程終了時の冷媒ガスの温度(℃)、αは冷媒ガスの比熱、Aはあらかじめ求められるワーク1の放熱係数である。
ここで、冷媒ガスの比熱αは、冷媒ガスの種類に応じて既知の固有定数である。また、ワーク1の放熱係数Aは、ワーク1がセットされるトレイ8その他の治具やワーク1自体等の熱容量、ワーク1の形状、その他の設備構造等に基づいて定まる固有の定数であり、あらかじめ実験等で求めることができる値である。また、ファン始動過程中の平均風量Qについて、Nm3により示される値は、気体の体積についてのノルマル値であり、温度0℃、気圧760mmHg、湿度0%の状態における値として換算される気体の体積である。また、ファン始動過程の時間t(sec)は、ファン加速時間に相当する。このため、以下では、tをファン加速時間とする。また、ファン始動過程開始時の冷媒ガスの温度Tsを「開始時温度」とし、ファン始動過程終了時の冷媒ガスの温度Tfを「終了時温度」とする。
上記式(1)は、次式(2)から導かれたものである。
Q・t(Tf−Ts)α=A(ΔTw−Ts) ・・・(2)
上記式(2)は、ガス冷却において、ワーク1を冷却するための熱量が、冷却されるワーク1において減少する熱量に等しいとの観点に基づくものである。上記式(2)が変形されることで、上記式(1)が導かれる。
そして、上記式(1)によるワーク温度低下量ΔTwの算出に際しては、開始時温度Tsとして、ファン始動過程の開始時、つまりファン16の回転が開始された時(図2、時刻t1参照)における冷却室3内の雰囲気温度が測定される。また、前記平均風量Qおよびファン加速時間tとして、ファン始動過程の開始時(図2、時刻t1参照)から、ファン回転数が設定回転数に達した時(同図、時刻t2参照)までの平均送風量および経過時間(時刻t1から時刻t2までの時間)が測定される。また、終了時温度Tfとして、ファン始動過程の終了時、つまりファン回転数が設定回転数に達した時(図2、時刻t2参照)における冷却室3内の雰囲気温度が測定される。
また、前記のとおり実験等で求められる値であるワーク1の放熱係数Aについて、その実験結果の一例を以下に示す。本実験結果例では、前記のように測定される開始時温度Ts等の各値についての測定値として、次のような測定結果が得られた。すなわち、ΔTw=50(℃)、Ts=30(℃)、Tf=50(℃)、t=1.0(sec)、Q=210(Nm3/min)である。また、αについては、冷媒ガスとして窒素ガスが用いられる場合は、α=1.04(kJ/kg・K)となる。
一方、上記式(2)は、次式(3)のように変形できる。
A={Q・t(Tf−Ts)α}}/(ΔTw−Ts) ・・・(3)
したがって、前記の実験結果例における測定結果による各値が、上記式(3)に代入されることにより、A=218.4が算出される。そして、このようにして算出されたワーク1の放熱係数Aが、上記式(1)によるワーク温度低下量ΔTwの算出に用いられる。すなわち、上記式(1)において、ワーク1の放熱係数A=218.4、冷媒ガスの比熱α、および前記のように測定される開始時温度Ts等の各値についての測定値から、ワーク温度低下量ΔTwが算出される。
このように、ワーク温度低下量ΔTwを、上記式(1)により算出される値として推定することにより、ワーク温度低下量ΔTwを求めることが容易となる。つまり、ワーク温度低下量ΔTwを求めるに際し、上記式(1)が用いられることにより、ワーク1のガス冷却における各種条件の変化により様々に変化するワーク温度低下量ΔTwについて、その導出が容易となる。
また、上記式(2)を用いることで、前述したようにワーク1のガス冷却に際し、ワーク温度をあらかじめ上昇させる場合、その上昇させる温度に応じたファン加速時間tを求めることができる。すなわち、ワーク温度をあらかじめ上昇させる場合と、上昇させない場合との比較において、ファン加速時間t経過時のワーク温度が同じであるとの条件の下では、ワーク温度をあらかじめ上昇させる場合の方が、ファン加速時間tが長くなる。言い換えると、ワーク温度があらかじめ上昇させられることで、ファン16の始動が行われてからワーク温度がある所定の温度にまで低下するまでの時間が長くなるということである。
このように、ワーク温度をあらかじめ上昇させる場合において、その上昇させる温度変化量(以下「ワーク温度上昇量」という。)の変化に対応して変化するファン加速時間tが、次式(4)により推定される。
t={A(ΔTwa−Ts)}/{Q(Tf−Ts)α} ・・・(4)
上記式(4)において、ΔTwaは、ワーク温度低下量ΔTwの測定値とワーク温度を所定の目標温度まで上昇させる際のワーク温度上昇量との和である。言い換えると、ΔTwaは、ワーク温度が所定の目標温度まで上昇させられる場合におけるワーク温度低下量ΔTwに相当する。
上記式(4)によりファン加速時間tが推定される場合、ワーク1のガス冷却に際してあらかじめ上昇させられるワーク温度が、所定の目標温度Tm(℃)としてあらかじめ設定される。ここで設定される目標温度Tmは、ワーク1の熱処理品質(例えば、結晶粒径、疲労強度、部分融解等)を確保するために規定される上限値等に基づいて決定される。
上記式(4)によるファン加速時間tの推定について、目標温度Tmが950℃であり、ワーク温度上昇量が50℃である場合を例に説明する。この場合、あらかじめ上昇させられる前のワーク基準温度Tb(℃)は、950−50=900(℃)となる。そして、上記実験結果例において得られた測定結果を用いると、ΔTwa=ΔTw+(ワーク温度上昇量:Tm−Tb)=50(℃)+(950−900)(℃)=100(℃)となる。
そして、上記のようにして算出されたΔTwaの値と、上記実験結果例において得られた測定結果を上記式(4)に代入すると、t=3.5(sec)が得られる。つまりこの場合に得られたt=3.5(sec)は、ワーク温度が目標温度Tm(950℃)にあらかじめ上昇させられ、かつワーク温度低下量ΔTw=50℃である場合のファン加速時間に相当する。
すなわち、ファン加速時間t経過時のワーク温度が同じであるとの条件、つまりワーク温度低下量ΔTw=50(℃)であるとの条件の下では、ワーク温度があらかじめ上昇させられる(ワーク温度が目標温度Tm(950℃)とされる)ことにより、ワーク温度が上昇させられない場合(ワーク温度がワーク基準温度Tb(900℃)である場合)との比較において、ファン加速時間が1secから3.5secに長くなる。言い換えると、上記の実験結果例において得られた測定結果については、前期冷媒ガス導入過程が行われる前のワーク温度が、ワーク基準温度Tb(900℃)から目標温度Tm(950℃)に上昇させられることは、ファン加速時間tが、1secから3.5secに遅らされることに対応する。
このように、本実施形態の熱処理方法においては、前期冷媒ガス導入過程が行われる前のワーク温度が、あらかじめ設定される所定の目標温度Tmまで上昇させられるに際し、前期冷媒ガス導入過程を行う前のワーク温度が目標温度Tmに上昇することに相当するファン加速時間t(ファン始動過程の時間)が、上記式(4)に基づいて推定される。
以上のように、ファン加速時間の推定を行うことができることにより、例えば本実施形態の熱処理方法を行うための設備が他の工場等に移設された際等、ワーク1について一品一様で変化する各種条件について、条件出しのリードタイムの短縮化を図ることが可能となる。
例えば、ガス冷却における冷却速度を速くするためには、ファン加速時間が短時間化されればよい。しかし、ファン加速時間の短時間化は、前述したように電動機15の始動電流の増加にともなう高調波等との関係から限界が生じる場合がある。また、高調波等の発生の有無は、熱処理方法を行うための設備が現場において実際に稼動されないと判明しない場合が多い。さらに、前記のとおり高調波等の発生は電動機15を備える設備のみならず周辺設備へも影響する場合があることから、高調波等の発生時は、その対策が早急に実施される必要がある。
そこで、例えば、高調波の発生を防止するため、電動機15の始動電流を低減させたい場合において、後期冷媒ガス導入過程が行われる前のワーク温度を確保するためにワーク温度があらかじめ上昇させられるときには、前述したように、上記式(4)により、ファン加速時間(t)の推定が行われる。
すなわち、電動機15の始動電流を低減させることは、ファン加速時間を遅らせる(長くする)ことに対応する。このため、高調波の発生を防止するために電動機15の始動電流を低減させる場合は、上記式(4)を用いる方法によれば、あらかじめ上昇させられるワーク温度との関係において、どの程度ファン加速時間を遅くするかを推定することができる。このように、早急な対策が必要とされる高調波等の発生時等において、ワーク温度との関係でファン加速時間を推定することができることは、ファン加速時間の設定に際して条件出しのリードタイムの短縮化を図るうえで極めて有効である。
なお、上記の例は、ワーク温度をあらかじめ上昇させるとともに、ファン加速時間を遅らせる場合についてのものであるが、上記式(2)は、変形して用いられることで、他の因子の調整を行うために用いることも可能である。例えば、電動機15の変更、電動機15の製作精度のバラツキ、冷媒ガス圧力のバラツキ、冷媒ガスの種類の変更、あるいはこれらにともなって変化する電動機15の放電条件(前述したパッシェン曲線で表される)等の各種条件の変更にともない、上記式(2)を変形して用いることで、その都度ワーク1の加熱温度やファン加速時間の調整を行うことが可能である。このように、各種条件の変化に応じてワーク1の加熱温度やファン加速時間の調整が図られることにより、電動機15により駆動されるファン16の回転によって冷媒ガスが対流させられることで行われるガス冷却において、省エネ化に貢献することが可能となる。
また、上述した本発明の実施の形態においては、熱処理方法が行われる熱処理装置の構成として、加熱室2と冷却室3とを備える二室型の構造を有するものが採用されているが、これに限定されない。つまり、本発明に係る熱処理方法は、加熱室2と冷却室3とが共通の処理室として構成される一室型の構造を有する熱処理装置においても適用可能である。