本発明は、極めて優れた神経突起伸展効果を有する神経再生用組成物に関する。
I.神経再生
完成した脳で観察される神経細胞(ニューロン)のネットワークは、脳発生、生後発達の過程で様々なステップを経て生み出されてくる。神経細胞ネットワーク形成は、軸索を含む神経突起が胚の特定の部分を選んで走行する軸索ガイダンス、神経細胞群間の空間的な投射マップ、標的識別等の過程を経て達成される。
交通事故等の物理的衝撃または内因性の原因による神経の損傷、あるいは神経細胞の移植等の際に神経の再生が重要となる。
具体的には、例えば交通事故や労働災害等による末梢神経損傷の治療は外科領域−特に整形外科−で大きな位置を占めている。近年、切断した神経をつなぐ外科手術の技術は顕微手術の導入によって著しい進歩を遂げてきた。しかし、神経の欠損部を何かで補わなければならない程大きい場合、この治療は外科医にとって難問となる。臨床的に現在行われているのは腓腹神経を用いる自家神経移植である。自家神経は最も理想的な補助材料ではあるが、患者の負担や、手術の複雑化等によって、その採取には制限がある。更には、実生活において、それ程支障にはならないとは言え、腓腹神経の切除によって足首から足の甲にかけての小指側の皮膚感覚が消失するので、できれば自家神経移植を避けることが望ましい。よって自家神経に替わる移植材料の開発が切望され、種々の方法が考案、研究されている。例えば、神経以外の組織を用いた自家移植として自家血管移植や自家筋膜移植等があるが手術の複雑化は自家神経移植と変わらない。上述の点から、人工材料からなる神経再生補助材が研究されているが(特開平5−237139号公報)、神経再生の効果の観点より未だ改善の余地が残されている。
また近年、日本を含む世界において急速な高齢化が進んでいる。高齢化に伴い老人性痴呆、いわゆるアルツハイマー病の増加が深刻な問題の一つとなりつつあるが、これも神経細胞の関与する疾患であり、その詳細が徐々に解明されつつある。当該アルツハイマー病に対しても有効な神経再生剤が希求されている。
II.ラミニン−5
ラミニン、コラーゲン、フィブロネクチン、ビトロネクチン等の細胞接着性細胞外マトリックス(以下、「ECM」と言う)タンパク質は、固有の細胞表面インテグリンに結合することによって、細胞の増殖、接着、移動、分化、細胞死などを制御することが明らかとされつつある。このような細胞形質の変化は、細胞骨格系と遺伝子発現系の両方に作用するインテグリンシグナルによって誘導される。ECMタンパク質については、癌の悪性増殖、特に転移との関連を示唆する多数の報告がなされており、癌細胞の転移には、ECM細胞への接着、ECMの破壊、細胞移動の3段階が重要であると考えられている。癌細胞による組織湿潤過程は、癌細胞とECMとの連続的な相互作用の場である。
ECMタンパク質のうちラミニンは、基底膜を構成する一群の主要な糖タンパク質である。基底膜を大量に合成する腫瘍であるマウスEHS肉腫から初めて同定、精製され、基底膜(basal lamina)に因んで、ラミニンと命名された。基底膜をもつ全ての動物組織に存在し、ショウジョウバエにも存在する。細胞表面のラミニンの受容体はインテグリンα6β1、α3β1およびα6β4などである(岩波 生物学辞典、第1447頁、1996年、岩波出版)。
ラミニンの構造としては、α鎖、β鎖およびγ鎖がそれぞれジスルフィド結合で連結されたヘテロ3量体分子で、特徴的な十字架構造をとる。各鎖は複数のドメインからなり、ドメインIおよびIIはトリプルヘリックスを形成している。本出願前に、ラミニン分子は5種類のα鎖(α1ないしα5)、3種類のβ鎖(β1ないしβ3)、2種類のγ鎖(γ1とγ2)の異なる組み合わせで、少なくとも11種類が同定されており、実際にはその数倍の種類が存在することが示唆されている(本明細書に援用される、実験医学 Vol.16 No.16 (増刊) 1998年 第114頁−第119頁を参照)。
[表1]
表1 ラミニン分子種とサブユニット構成
正式名 構成 別名
ラミニン−1 α1β1γ1 EHSラミニン
ラミニン−2 α2β1γ1 メロシン
ラミニン−3 α1β2γ1 s−ラミニン
ラミニン−4 α2β2γ1 s−メロシン
ラミニン−5 α3β3γ2 ラドシン/エピリグリン/
カリニン/ナイセイン
ラミニン−6 α3β1γ1 k−ラミニン
ラミニン−7 α3β2γ1 ks−ラミニン
ラミニン−8 α4β1γ1
ラミニン−9 α4β2γ1
ラミニン−10 α5β1γ1
ラミニン−11 α5β2γ1
本出願前に報告されている研究のほとんどは、ラミニン−1を用いて行われている。しかしながら、最近の研究でこの分子はむしろ非常に限定的に発現する特殊なラミニン分子で、最も普遍的に存在するラミニン分子はラミニン−10および11であることが明らかとなった(Miner.J.H.et al:J.Cell Biol.,137:p.685−701)。
本発明において用いられるラミニン−5は、ヒト胃癌細胞株STMK−1の培養液中に細胞の接着と運動を著しく促進する新規ラミニン様タンパク質として発見され、当初ラドシンと命名された(Miyazaki,K.et al.:Proc.Natl.Acad.Sci.USA,90:p.11767−11771,1993)。その後、ラドシンは、表皮細胞由来のラミニン分子であるラミニン−5(エピリグリン、カリニンまたはナイセインとも言う)と同一分子であることが明らかとなった(Mizushima.H.et al:J.Biochem.,120:p.1196−1202、1996)。以下、本明細書において、「ラミニン−5」と統一して記載する。
ラミニン−5は、α3鎖、β3鎖およびγ2鎖から構成されている。現在のところβ3鎖あるいはγ2鎖を有する他のラミニン分子は確認されていない。α3鎖、β3鎖およびγ2鎖は、α1鎖、β1鎖およびγ1鎖に比べてN末端側のいくつかのドメインが欠失した短腕構造をとっている。ラミニン−5の構成サブユニットの構造をラミニン−1と比較すると、各サブユニット間のアミノ酸配列の相同性は50%以下である。特に、α鎖のC末端領域にある球状(G)ドメインの相同性は低く(25%)、この領域が各ラミニン分子に特有な機能に関係すると考えられる。
培養細胞においては、扁平上皮癌細胞や胃癌細胞がほぼ普遍的にラミニン−5を分泌することが知られている(Miyazaki,K.et al.:Proc.Natl.Acad.Sci.USA,90:p.11767−11771,1993、上述;Mizushima.H.et al:J.Biochem.,120:p.1196−1202、1996、上述)。ラミニン−5の3サブユニットの遺伝子発現は、発癌プロモーターTPAや、上皮増殖因子EGF、血小板由来増殖因子PDGFなどの増殖因子によって顕著に誘導される。機能としては、ラット肝細胞株BRLをはじめ種々の細胞の接着、移動、分散を促進させることが知られている。またラミニン−5を産生する扁平上皮癌細胞や胃癌細胞は特にラミニン−5に対して選択的に接着する傾向が高い。しかし、ラミニン−5の細胞運動促進活性は細胞の種類によって著しく異なる。
ラミニン−5はほとんどの細胞においてインテグリンα3β1に優先的に結合するが、細胞によってはインテグリンα6β1、α6β4にも結合する。ラミニン−5のα3鎖の細胞接着部位(α3G2A配列:RERFNISTPAFRGCMKNLKKTS)がインテグリンとの結合部位であることが解明されている(実験医学 Vol.16 No.16(増刊)、1998年、上述)。
ラミニン分子と神経再生の関係に関しては、フィブロネクチンとともにコラーゲンファイバーをコーティングしたものが神経再生用補助剤として使用しうることが開示されている(特開平5−237139)。また、Cell Adhesion Communication 1996,April:3(6):p.451−462は、ラミニン−5が神経芽腫細胞に対して神経突起伸展作用を示す可能性を示唆している。しかしながら、当該文献には、ラミニン−5の神経突起伸展作用はラミニン−1および2と同程度にすぎないと記載されており、既知のラミニン−1等の神経突起伸展作用は神経再生用組成物として使用するには十分大きくものとは認めれれておらず、実際、上述の特開平5−237139のように、フィブロネクチンと併用するなど、補助的にのみ使用されるものと考えられてきた。また、正常神経細胞に対してラミニン−5の神経突起伸展作用を調べた研究は報告されていない。
よって、本発明前は、その必要性にもかかわらず、十分に優れた神経突起作用を有する神経再生用組成物は得られていなかった。
発明が解決しようとする課題
本発明は、極めて優れた神経突起伸展効果を有する神経再生用組成物を提供することを目的とする。
本発明の神経再生用組成物は、ラミニン−5を含むことを特徴とする。本発明におけるラミニン−5は、配列番号2のアミノ酸配列を有するα3鎖、配列番号4のアミノ酸配列を有するβ3鎖および配列番号6のアミノ酸配列を有するγ2鎖の各サブユニットからなるタンパク質であるか、あるいは、これらの配列において、1またはそれ以上のアミノ酸残基が欠失、付加または置換しているアミノ酸配列を有し、かつ神経再生機能を有するタンパク質である。
本発明の組成物は、好ましくは医薬用、特に例えばアルツハイマー病、パーキンソン病、脳梗塞等の神経の変性または損傷に関連する疾患の予防または治療に用いられる。
課題が解決するための手段
本発明は、上記問題の解決を目的として鋭意研究に努めた結果、ラミニン−5タンパク質が、従来の予想に反してラミニン−1等の既知の他のラミニン分子と比較して顕著な神経突起作用を見出し、本発明を想到した。
即ち、本発明の神経再生用組成物はラミニン−5タンパク質を含むことを特徴とする。
ラミニン−5タンパク質
本発明におけるラミニン−5タンパク質は本明細書に記載した特徴を有する限り、その起源、製法などは限定されない。即ち、本発明のラミニン−5タンパク質は、天然産のタンパク質、遺伝子工学的手法により組換えDNAから発現させたタンパク質、あるいは化学合成タンパク質の何れでもよい。
本発明におけるラミニン−5は、典型的には、配列番号2のアミノ酸配列を有するα3鎖(アミノ酸残基No.1−No.1713)(Ryan et al.J.Biol.Chem.269:p.22779−22787,1994)、配列番号4のアミノ酸配列を有するβ3鎖(アミノ酸残基No.1−1170)(Gerecke et al.J.Biol.Chem.269:p.11073−11080,1994)および配列番号6のアミノ酸配列を有するγ2鎖(アミノ酸残基No.1−1193)(Kallunki et al.,J.Cell Biol.119,p.679−693、1192)の各サブユニットからなるタンパク質である。α3鎖はC末端に5つの球状(G)ドメインを有しており、各ドメインは各々配列番号2のアミノ酸残基No.794−970、No.971−1139、No.1140−1353、No.1354−1529およびNo.1530−1713に相当する。
天然のタンパク質の中にはそれを生産する生物種の品種の違いや、生態型(ecotype)の違いによる遺伝子の変異の存在などに起因して1から複数個のアミノ酸変異を有する変異タンパク質が存在することは周知である。なお、本明細書で使用する用語「アミノ酸変異」とは、1以上のアミノ酸の置換、欠失、挿入及び/又は付加などを意味する。本発明のタンパク質の各サブユニットは、遺伝子の塩基配列からの推測に基づいて、各々配列番号2、4および6に記載のアミノ酸配列を有するが、その配列を有するタンパク質のみに限定されるわけではなく、本明細書中に記載した特性を有する限り全ての相同タンパク質を含むことが意図される。相同性は少なくとも50%以上、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、特に好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上である。上述したように、ラミニン−5の構成サブユニットの構造をラミニン−1と比較すると、各サブユニット間のアミノ酸配列の相同性は50%以下である。特に、上述のα鎖のGドメインの相同性は低く、約25%である。
本明細書において、相同性のパーセントは、例えばAltschulら(Nucl.Acids.Res.25.,p.3389−3402,1997)に記載されているBLASTプログラムを用いて配列情報と比較し決定することが可能である。当該プログラムは、インターネット上でNational Center for Biotechnology Information(NCBI)、あるいはDNA Data Bank of Japan(DDBJ)のウェブサイトから利用することが可能である。BLASTプログラムによる相同性検索の各種条件(パラメーター)は同サイトに詳しく記載されており、一部の設定を適宜変更することが可能であるが、検索は通常デフォルト値を用いて行う。
一般的に、同様の性質を有するアミノ酸同士の置換(例えば、ある疎水性アミノ酸から別の疎水性アミノ酸への置換、ある親水性アミノ酸から別の親水性アミノ酸への置換、ある酸性アミノ酸から別の酸性アミノ酸への置換、あるいはある塩基性アミノ酸から別の塩基性アミノ酸への置換)を導入した場合、得られる変異タンパク質は元のタンパク質と同様の性質を有することが多い。遺伝子組換え技術を使用して、このような所望の変異を有する組換えタンパク質を作製する手法は当業者に周知であり、このような変異タンパク質も本発明の範囲に含まれる。
具体的には、例えば、前述のα3鎖のGドメイン(G1−G5)の一部を欠いていても、本発明の神経突起伸展効果を奏する限り、本発明の神経再生用組成物に用いることが可能である。実際、後述する実施例において、プロテアーゼによってG4およびG5が切断除去されたラミニン−5タンパク質が使用されたが、強い神経突起伸展活性を示した。しかしながら、G3、G4およびG5を欠失する組換え型ラミニン−5はタンパク質は、この活性を示さない。
ラミニン−5タンパク質の調製方法
本発明のタンパク質は、例えば上述のMiyazaki,K.et al.:Proc.Natl.Acad.Sci.USA,90:p.11767−11771,1993に記載された方法に従って、胃腺癌細胞系STKM−1より精製することができる。
簡単に述べると、STKM−1細胞の無血清培養液上清を80%飽和硫安で濃縮した後、分子篩(ゲル濾過)クロマトグラフィー、ヘパリンアフィニティークロマトグラフィーおよび陰イオン交換クロマトグラフィーで順次分画し、純粋標品を得ることができる。あるいは、より簡便な方法として、濃縮した培養液上清を直接に、またはそれをゲル濾過クロマトグラフィーで分画した後に、抗ラミニンγ2鎖抗体カラムまたは抗ラミニンα3鎖抗体カラム等の抗ラミニン−5抗体カラムで分画し、ラミニン−5タンパク質を精製することができる。抗ラミニン−5抗体としては公知のもの、例えば、抗ラミニンγ2鎖モノクローナル抗体、D4B5抗体(Chemicon、CA、USA)、又は本発明者らが作製した抗ラミニンα3鎖モノクローナル抗体、LSαIII−4抗体(横浜市立大学 木原生物学研究所 細胞生物学部門 宮崎研究室)等を使用することができる。また、当業者は必要により抗ラミニン−5抗体を公知の方法を用いて作製することが可能である。
限定されるわけではないが、ラミニン−5が得られる天然源としては、胃腺癌細胞系STKM−1の他にも胃腺癌細胞系MKN−45、扁平上皮癌細胞系HSC−4等が挙げられる。
あるいは、α3鎖をコードする配列番号1の核酸残基No.1−No.5139を含むDNA配列、β3鎖をコードする配列番号3の核酸残基No.121−3630およびγ2鎖をコードする配列番号5の核酸残基No.118−No.3696を、大腸菌や酵母あるいは昆虫やある種の動物細胞に、それぞれの宿主で増幅可能な発現ベクターを用いて導入、発現させることにより、当該タンパク質を遺伝子工学的に大量に得ることもできる。
各鎖をコードする遺伝子は、一つの発現ベクター内に組み込んで発現させてもよく、または別個の発現ベクターに組み込んで各々を発現させてもよい。ただし、α3鎖、β3鎖およびγ2鎖の各サブユニットはいずれも1000以上のアミノ酸残基を有する非常に大きなポリペプチドであり、各々をコードする遺伝子も3000以上の核酸残基を含む。よって、ラミニン−5タンパク質は、限定されるわけではないが、遺伝子工学的に発現させるよりも天然源より精製するのが好ましい。
あるいは、α3鎖、β3鎖およびγ2鎖のうちの一部のサブユニットのみを発現する細胞について、天然に発現されていないサブユニットをコードする遺伝子で形質転換してもよい。このように欠失しているサブユニットのみを遺伝子工学的に発現させることにより、完全なラミニン−5ヘテロトリマーを得ることができる。これは、全てのサブユニットを遺伝子工学的に発現させる場合よりも簡便であり、特に例えば人為的に変異体を得たい場合に有用である。
また、本明細書では、配列番号1ないし6においてヒトのラミニン−5タンパク質のアミノ酸配列およびそれをコードするDNA配列が開示しているが、当該配列またはその一部を利用して、ハイブリダイゼーション、PCR等の核酸増幅反応などの遺伝子工学的手法を用いて、他の生物種から同様の生理活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を容易に単離することができる。このような場合、それらの遺伝子がコードするタンパク質も本発明の神経再生用組成物に利用可能である。
相同遺伝子のスクリーニングのために使用するハイブリダイゼーション条件は特に限定されないが、一般的にはストリンジェントな条件が好ましく、例えば、6×SSC、5×Denhardt’s、0.1%SDS、25℃ないし68℃などのハイブリダイゼーション条件を使用することが考えられる。この場合、ハイブリダイゼーションの温度としては、より好ましくは45℃ないし68℃(ホルムアミド無し)または25℃ないし50℃(50%ホルムアミド)を挙げることができる。ホルムアミド濃度、塩濃度及び温度などのハイブリダイゼーション条件を適宜設定することによりある一定の相同性以上の相同性を有する塩基配列を含むDNAをクローニングできることは当業者に周知であり、このようにしてクローニングされた相同遺伝子は全て本発明の範囲の中に含まれる。
核酸増幅反応は、例えば、複製連鎖反応(PCR)(サイキら、1985,Science 230,p.1350−1354)、ライゲース連鎖反応(LCR)(ウーら、1989,Genomics 4,p.560−569;バリンガーら、1990,Gene 89,p.117−122;バラニーら、1991,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 88,p.189−193)および転写に基づく増幅(コーら、1989,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 86,p.1173−1177)等の温度循環を必要とする反応、並びに鎖置換反応(SDA)(ウォーカーら、1992,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 89,p.392−396;ウォーカーら、1992,Nuc.Acids.Res.20,p.1691−1696)、自己保持配列複製(3SR)(グアテリら、1990,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 87,p.1874−1878)およびQβレプリカーゼシステム(リザイルディら、1988,BioTechnology 6,p.1197−1202)等の恒温反応を含む。また、欧州特許第0525882号に記載されている標的核酸と変異配列の競合増幅による核酸配列に基づく増幅(Nucleic Acid Sequence Based Amplification:NASABA)反応等も利用可能である。好ましくはPCR法である。
上記のようなハイブリダイゼーション、核酸増幅反応等を使用してクローニングされる相同遺伝子は、配列表の配列番号1、3または5に記載の塩基配列に対して少なくとも50%以上、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、特に好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相同性を有する。
本発明において遺伝子を組み込んでタンパク質を発現させるための組換えベクターは既知の方法を用いて作製することができる。プラスミドなどのベクターに本発明の遺伝子のDNA断片を組み込む方法としては、例えば、Sambrook,J.ら,Molecular Cloning, A Laboratory Manual(2nd edition),Cold Spring Harbor Laboratory,1.53(1989)に記載の方法などが挙げられる。簡便には、市販のライゲーションキット(例えば、宝酒造製等)を用いることもできる。このようにして得られる組換えベクター(例えば、組換えプラスミド)は、宿主細胞(例えば、E−coil TB1, LE392 またはXL−1Blue等)に導入される。
プラスミドを宿主細胞に導入する方法としては、Sambrook,J.ら,Molecular Cloning, A Laboratory Manual(2nd edition),Cold Spring Harbor Laboratory,1.74(1989)に記載の塩化カルシウム法または塩化カルシウム/塩化ルビジウム法、エレクトロポレーション法、エレクトロインジェクション法、PEGなどの化学的な処理による方法、遺伝子銃などを用いる方法などが挙げられる。
ベクターは、簡便には当業界において入手可能な組換え用ベクター(例えば、プラスミドDNAなど)に所望の遺伝子を常法により連結することによって調製することができる。用いられるベクターの具体例としては、大腸菌由来のプラスミドとして、例えば、pBluescript、pUC18、pUC19、pBR322などが例示されるがこれらに限定されない。
所望のタンパク質を生産する目的においては、特に、発現ベクターが有用である。発現ベクターの種類は、原核細胞および/または真核細胞の各種の宿主細胞中で所望の遺伝子を発現し、所望のタンパク質を生産する機能を有するものであれば特に限定されないが、例えば、大腸菌用発現ベクターとして、pQE−30、pQE−60、pMAL−C2、pMAL−p2、pSE420などが好ましく、酵母用発現ベクターとしてpYES2(サッカロマイセス属)、pPIC3.5K、pPIC9K、pAO815(以上ピキア属)、昆虫用発現ベクターとしてpBacPAK8/9、pBK283、pVL1392、pBlueBac4.5などが好ましい。
哺乳動物発現用のベクターの例としては、OkayamaおよびBerg(Mol.Cell Biol. 3:280、1983)が開示されているように構築されたベクターである。C127マウス乳腺上皮細胞における、哺乳動物cDNAの安定した高レベル発現に有用な系を実質上Cosmanら(Mol.Immunol.23:935,1986)が記載したように構築してもよい。あるいは、in vivoまたはin vitroにおいて神経細胞中で発現させるためのベクターとしては、例えば、アデノウイルスベクター、あるいはpEF−BOSベクター(Mizushima,S.et al.,Nucleic Acid Res.18:p.5322、1990)を改変したベクター(pEF−CITE−neo,Miyata,S et al.,Clin.Exp.Metastasis,16:p.613−622,1998)を使用することができる。
形質転換体は、所望の発現ベクターを宿主細胞に導入することにより調製することができる。用いられる宿主細胞としては、発現ベクターに適合し、形質転換され得るものであれば特に制限はなく、本発明の技術分野において通常使用される天然の細胞、または人工的に樹立された組換え細胞など種々の細胞を用いることが可能である。例えば、細菌(エシェリキア属菌、バチルス属菌)、酵母(サッカロマイセス属、ピキア属など)、動物細胞、昆虫細胞、植物細胞などが挙げられる。
宿主細胞は、大腸菌、酵母または昆虫細胞が好ましく、具体的には、大腸菌(M15、JM109、BL21等)、酵母(INVSc1(サッカロマイセス属)、GS115、KM71(以上ピキア属)など)、昆虫細胞(BmN4、カイコ幼虫など)などが例示される。また、動物細胞としてはマウス由来、アフリカツメガエル由来、ラット由来、ハムスタ−由来、サル由来またはヒト由来の細胞若しくはそれらの細胞から樹立した培養細胞株などが例示される。さらに、植物細胞に関しては、細胞培養が可能であれば特に限定されないが、例えば、タバコ、アラビドプシス、イネ、トウモロコシ、コムギ由来の細胞などが例示される。
宿主細胞として細菌、特に大腸菌を用いる場合、一般に発現ベクターは少なくとも、プロモーター/オペレーター領域、開始コドン、所望の抗菌タンパク質をコードする遺伝子、終止コドン、ターミネーターおよび複製可能単位から構成される。
宿主細胞として酵母、植物細胞、動物細胞または昆虫細胞を用いる場合には、一般に発現ベクターは少なくとも、プロモーター、開始コドン、所望の抗菌タンパク質をコードする遺伝子、終止コドン、ターミネーターを合んでいることが好ましい。またシグナルペブチドをコードするDNA、エンハンサー配列、所望の遺伝子の5’側および3’側の非翻訳領域、選択マーカー領域または複製可能単位などを適宜含んでいてもよい。
本発明のベクタ−において、好適な開始コドンとしては、メチオニンコドン(ATG)が例示される。また、終止コドンとしては、常用の終止コドン(例えば、TAG、TGA、TAAなど)が例示される。
複製可能単位とは、宿主細胞中でその全DNA配列を複製することができる能力をもつDNAを意味し、天然のプラスミド、人工的に修飾されたプラスミド(天然のプラスミドから調製されたプラスミド)および合成プラスミド等が含まれる。好適なプラスミドとしては、E.coilではプラスミドpQE30、pETまたはpCALもしくはそれらの人工的修飾物(pQE30、pETまたはpCALを適当な制限酵素で処理して得られるDNAフラグメント)が、酵母ではプラスミドpYES2もしくはpPIC9Kが、また昆虫細胞ではプラスミドpBacPAK8/9等があげられる。
エンハンサー配列、ターミネーター配列については、例えば、それぞれSV40に由来するもの等、当業者において通常使用されるものを用いることができる。
選択マーカーとしては、通常使用されるものを常法により用いることができる。例えばテトラサイクリン、アンピシリン、またはカナマイシンもしくはネオマイシン、ハイグロマイシンまたはスペクチノマイシン等の抗生物質耐性遺伝子などが例示される。
発現ベクターは、少なくとも、上述のプロモーター、開始コドン、所望の抗菌タンパク質をコードする遺伝子、終止コドン、およびターミネーター領域を連続的かつ環状に適当な複製可能単位に連結することによって調製することができる。またこの際、所望により制限酵素での消化やT4DNAリガーゼを用いるライゲーション等の常法により適当なDNAフラグメント(例えば、リンカー、他の制限酵素部位など)を用いることができる。
前記発現ベクターの宿主細胞への導入は従来公知の方法を用いて行うことができる。例えば、細菌(E.coil, Bacillus subtilis等)の場合は、例えばCohenらの方法[Proc.Natl.Acad.Sci.USA,69,2110(1972)]、プロトプラスト法[Mol.Gen.Genet.,168,111(1979)]やコンピテント法[J.Mol.Biol.,56,209(1971)]によって、Saccharomyces cerevisiaeの場合は、例えばHinnenらの方法[Proc.Natl.Acad.Sci.USA,75,1927(1978)]やリチウム法[J.Bacteriol.,153,163(1983)]によって、植物細胞の場合は、例えばリーフディスク法[Science,227,129(1985)]、エレクトロポレ−ション法[Nature,319,791(1986)]によって、動物細胞の場合は、例えばGrahamの方法[Virology,52,456(1973)]、昆虫細胞の場合は、例えばSummersらの方法[Mol.Cell.Biol.,3,2156−2165(1983)]によってそれぞれ形質転換することができる。
本発明のタンパク質の精製および単離は、硫安沈殿法、イオン交換クロマトグラフィー(MonoQ、Q SepharoseまたはDEAEなど)などのタンパク質の精製および単離のために慣用される方法を適宜組み合わせて行うことができる。
例えば、本発明のラミニン−5タンパク質が宿主細胞内に蓄積する場合には、遠心分離やろ過などの操作により宿主細胞を集め、これを適当な緩衝液(例えば濃度が10Mないし100mM程度のトリス緩衝液、リン酸緩衝液、HEPES緩衝液、MES緩衝液などの緩衝液。pHは用いる緩衝液によって異なるが、pH5.0ないし9.0の範囲が望ましい)に懸濁した後、用いる宿主細胞に適した方法で細胞を破壊し、遠心分離により宿主細胞の内容物を得る。一方、本発明のラミニン−5タンパク質が宿主細胞外に分泌される場合には、遠心分離やろ過などの操作により宿主細胞と培地を分離し、培養ろ液を得る。宿主細胞破壊液、あるいは培養ろ液はそのまま、または硫安沈殿と透析を行なった後に、タンパク質の精製、単離に供することができる。精製・単離の方法としては、以下の方法が挙げることができる。即ち、当該タンパク質に6×ヒスチジンやGST、マルトース結合タンパクといったタグを付けている場合には、一般に用いられるそれぞれのタグに適したアフィニティークロマトグラフィーによる方法を挙げることができる。一方、そのようなタグを付けずに本発明のタンパクを生産した場合には、例えば抗体アフィニティークロマトグラフィーによる方法を挙げることができる。また、これに加えてイオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過や疎水性クロマトグラフィー、等電点クロマトグラフィーなどを組み合わせる方法も挙げることができる。
神経再生用組成物
本発明において、ラミニン−5は極めて強力な神経突起伸展作用を有することが明らかにされた。具体的には、後述する実施例にも記載したように、ラット副腎髄質褐色細胞腫PC12細胞、ラット後根神経節、ラット海馬神経細胞のいずれに対しても、0.3μg/mlという低濃度で神経突起の伸展を顕著に促した。これに対し、他のECMタンパク質は、最も大きな神経突起伸展作用を示したラミニン−1の場合でもラミニン−5の10倍の濃度(3μg/ml)で用いた場合であっても、ラミニン−5のほぼ半分以下の作用(実施例1,図2等)しかなかった。よって、本発明はラミニン−5の強力な神経突起伸展作用を初めて明らかにし、有効な神経再生用組成物を提供するものである。
なお、本発明のラミニン−5の神経突起伸展作用は、後述する実施例5に記載されるように抗インテグリンα3およびβ1抗体によって阻害された。よって、限定されるわけではないが、当該作用にはラミニン−5とインテグリンα3およびβ1との結合が関与していると推定される。
本発明の神経再生用組成物は、in vivo、in vitroまたはex vivoにおいて神経突起伸展を促進し、神経再生を促すために用いることができる。
本発明の組成物は、例えば、後述の実施例1または3に記載したように、プラスチックプレートやシャーレ等の培養器に固定し、標的の神経細胞と接触させて使用することができる。培養器としては、例えば、スミロン(住友ベークライト社)等を使用可能である。神経突起伸展のためには、さらに、例えば、神経成長因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)等の誘導因子を加えることが好ましい。
あるいは、実施例2に記載したように、コラーゲンゲル内に埋め込んだ形で使用することも可能である。または、上述した特開平5−237139に記載されたように束にしたコラーゲンファイバーにコーティングさせてもよい。あるいはまた、実施例4に記載したように、固定等せず、単に添加した場合でも神経突起伸展作用を奏する。
限定されるわけではないが、本発明の組成物は、in vitroまたはex vivoで使用する場合、好ましくは0.1μg/mlないし1μg/mlの濃度で用いることができる。
本発明の組成物は、特に医薬用組成物として有用である。具体的には神経細胞の物理的または内因性原因による損傷による疾患、例えば、交通事故等による外傷、またはアルツハイマー病、パーキンソン病若しくは脳梗塞等の神経の変性若しくは損傷に関連する疾患の予防または治療に使用可能である。また、神経組織移植後の再生にも有用である。
本発明の医薬用組成物は、薬学的に受容可能な担体との混合物中に、ラミニン−5を治療上有効な量を含む。本発明の組成物は、全身的にまたは局所的に、好ましくは静脈内、皮下内、筋肉内に非経口的に投与しうる。非経口的に投与可能なラミニン−5タンパク質溶液の調剤は、pH、等張性、安全性等を考慮し、当業者の技術範囲内において行いうる。
本発明の組成物の用量用法は、薬剤の作用、例えば、患者の症状の性質および/もしくは重度、体重、性別、食餌、投与の時間、並びに他の臨床的作用を左右する種々の因子を考慮し、診察する医師により決定されうる。当業者は、これらの要素に基づき、本発明の組成物の用量を決定することができる。
本発明の組成物は、さらに例えば神経移植の際に移植体に適用し、生体内に移植することにより使用することができる。具体的には、ラミニン−5を直接に又は適当な支持体にコーティングしたものを、あるいはコラーゲンゲル内に埋め込んだものを移植体として生体内に適用することにより、神経再生を促進することが可能である。
あるいは、ラミニン−5の各サブサブユニットをコードする遺伝子を組み込んだ発現ベクターを作製し、生体内の標的部位で発現させることにより、神経再生を促進することも可能である。
以下、実施例によって本発明を説明するが、実施例は例証のためのものであり、本発明を制限するものではない。本発明の範囲は、請求の範囲の記載に基づいて判断される。さらに、当業者は本明細書の記載に基づいて、容易に修正、変更を加えることが可能である。
材料および方法
本発明の実施例においては、特に明記しない限り、下記の材料および方法に従って行った。
(1)材料
本実施例いて、ポリ−L−リジン(カタログNo.P2636)は、Sigma(St.Louis,MO)より;ヒト血漿フィブロネクチンはイワキガラス(東京、日本)より;ウシの型コラーゲンは高研(東京、日本)より:ヒト胎盤ラミニン−1は宝酒造(株)(京都、日本)より;パパインはWorthington Biochemical Corporation(Freehold,NJ)より;ウシのハロ トランスフェリンおよびインシュリンは和光純薬(株)(東京、日本)より;プロゲステロンおよび亜セレン酸ナトリウムはSigmaより;ペニシリンGは明治製菓(株)より;ストレプトマイシンは萬有製薬(株)(東京、日本);そしてNGFは和光純薬(株)より購入した。
ヒトラミニン−5タンパク質は、Miyazaki,K.et al.:Proc.Natl.Acad.Sci.USA,90:p.11767−11771,1993に記載された方法に従って、胃腺癌細胞系STKM−1より精製した。
具体的には、先ず、STKM−1細胞の無血清培養液上清をRPMI培地1640(ニッスイ,東京、日本)中に調製し、80%飽和硫安で濃縮した。次いで、予め平衡化したCellulofine GCL 2000−mカラム(チッソ、東京、日本)を用いて分子篩(ゲル濾過)クロマトグラフィー行い、活性画分を得た。透析後、同様に平衡化したヘパリン−セファロースCL−6Bカラム(Pharmacia LKB)を用いてヘパリンアフィニティークロマトグラフィーを行った。カラムに結合したタンパク質を抽出し、活性画分について透析を行った。次いで、平衡化したShodex QA−824陰イオン交換カラム(昭和電工、東京、日本)を用いて陰イオン交換クロマトグラフィーを行った。カラムに結合したタンパク質を抽出し、純粋標品を得た。
あるいは、より簡便な方法として、濃縮した培養液上清を直接に、またはそれをゲル濾過クロマトグラフィーで分画した後に、抗ラミニンγ2鎖抗体カラムまたは抗ラミニンα3鎖抗体カラム等の抗ラミニン−5抗体カラムで分画し、ラミニン−5タンパク質を精製した。抗ラミニン−5抗体としては抗ラミニンγ2鎖モノクローナル抗体、D4B5抗体(Chemicon、CA、USA)、又は本発明者らが作製した抗ラミニンα3鎖モノクローナル抗体、LSαIII−4抗体(横浜市立大学 木原生物学研究所 細胞生物学部門 宮崎研究室)を使用した。
上述の方法で精製された天然型のラミニン−5タンパク質は、150kDaのα3鎖、135kDaのβ3鎖および105kDaのγ2鎖からなった。当該天然型のラミニン−5タンパク質はプロテアーゼの作用によりα3鎖のGドメインのG4およびG5、並びにγ2鎖のN末端約50kDaが切断除去されていたが、後述するように神経突起伸展活性を示した。
本明細書中の実施例では、さらに、5種類の精製組換えラミニン−5タンパク質(WT、delG5、delG4−G5、delG3−5、delG2−5)を作製して使用した。これらの組換えラミニン−5タンパク質は、α3鎖のカルボキシル末端が欠失している。即ち、delG5、delG4−G5、delG3−5、delG2−5は、各々、前述したα鎖のG領域のG5,G4−G5、G3−5、G2−5を欠失している。
上記組換えラミニン−5タンパク質は以下のように作製した。
先ず、胃癌細胞のcDNAライブラリー(Mizushima.H.et al:J.Biochem.,120:p.1196−1202、1996、上述)よりヒトのラミニンα3鎖のcDNAを単離し、プラスミドベクターpGEM−3Zf(+)(Promega、Madison、WI、USA)に挿入した。次いで、前記ラミニンα3鎖のcDNAを鋳型としてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行い、ラミニンα3鎖のカルボキシ末端cDNA断片を増幅した。上記PCRにより、α3鎖のGドメインに欠失を有する組換え型タンパク質delG5、delG4−G5、delG3−5、delG2−5の各々を作製するために、C末端部分をコードするcDNA断片が得られた。当該cDNA断片を、先に単離したα3鎖のcDNA断片の制限酵素処理断片とともに、ベクターに挿入し、各組換え型タンパク質をコードする核酸断片を含むプラスミド構築物を得た。
次いで、β3鎖とγ2鎖のみを発現しているヒト線維肉腫細胞HT1080(Japanese Cencer Resources Bank)に前記プラスミド構築物をリン酸カルシウム沈降法(ChenおよびOkayama、1987)を用いて導入し、組換え型タンパク質を培地中に分泌させた。HT1080細胞の無血清培養上清より、上述したような天然のタンパク質と同様の方法により、組換え型ラミニン−5タンパク質を精製した。
(2)細胞培養物
a.PC12細胞
PC12細胞は、1.2mg/mlのNaHCO3、2mMのグルタミン、10%のウシ血清(Hy−clone)(Laboratoties、Logan、Utah)および5%のウシ胎児血清(FCS)(JRH Biosciences,Lenexa,KS)を含むRPMI培地1640(ニッスイ,東京、日本)中で、37℃で5%CO2−95%空気の加湿空気中で保持した。
本明細書中の実施例では、PC12細胞は細胞接着タンパク質で予めコーティングした24ウェルのプラスチック製培養用プレート上で、無血清RPMI1640培地中で100ng/mlのNGFとともに培養した。
b.後根神経節細胞
後根神経節細胞の培養物は、5週齢のSDラット(日本SLC、静岡、日本)より得た。具体的には、先ず脊椎骨の両側にある左右一対の後根神経節を、ラット1匹より計20個ほど摘出した。神経節を取り出す際に両側についている神経束をかみそりの刃で切り落とした。取り出した後根神経節をコラーゲン内に埋め込み培地を重層して培養した。
c.海馬神経細胞
海馬神経細胞の培養物は、妊娠ウィスター系ラット(Nihon SLC、静岡、日本)の胚から調製した。ラットの胚は17日目のものを使用した。単細胞は以下の方法に従って得た。
先ず、ラット胎児の海馬組織を他の周辺の組織を含まないように分離し、0.25単位/mlのパパインとともに25分間、37℃でインキュベートした。インキュベーション後、海馬組織をさらに0.25単位/mlのパパインとともに15分間、37℃でインキュベートした。次いで、海馬組織を熱炎処理したパスツールピペットを用いて懸濁し、レンズペーパーネット(Whatman社製、UK)を通して単細胞を得た。
一方、24ウェルのプレートにラミニン−5、並びに対照としてポリ−L−リジン、フィブロネクチン、I型コラーゲンおよびラミニン−1を各々用いて37℃で一晩コーティングを行った。当該プレートにDME/F12無血清培地(GibcoBRL,Gaithersburg,MD、UK)にTIPS(100ng/mlのトランスフェリン、5ng/mlのインシュリン、63ng/mlのプロゲステロンおよび17.3ng/mlの亜セレン酸ナトリウム)を添加した培地1mlを含ませ、前記海馬神経細胞を播種した。細胞を37℃で5%CO2−95%空気の加湿空気中で培養した。
(3)細胞接着分析
ラミニン−5および対照のECMタンパク質に対するPC12細胞の接着は、従来の方法に従って分析された。
具体的には、96ウェルプレート(Coster、Acton、MA、USA)を記載の濃度の各ECMタンパク質溶液100μlで37℃で一晩インキュベートした。次いで、Ca2+およびMg2+を含まないリン酸塩緩衝液(PBS)中の1.2%(w/v)BSA、200μlで37℃、1.5時間処理し、PBSで洗浄することによりプレートをブロッキングした。一方、PC12細胞を無血清RPMI1640培地で洗浄し、0.1%(w/v)BSAを含む無血清培地に2×105細胞/mlの濃度で懸濁した。細胞懸濁液(100μl)をECMタンパク質コーティングしたプレートの各ウェルに播種し、37℃で一時間インキュベートした。穏やかな振動、および100μlの15%(v/v)パーコール(Pharmacia、Uppsala、Sweden)のウェルへの添加により非接着細胞を除去した。
次いで、接着した細胞を2.5%(v/v)グルタールアルデヒドで固定し、100μlの0.0005%(w/v)ヘキスト33342−0.001%(w/v)TritonX−100で1.5時間染色した。プレートの各ウェルの蛍光強度はCutoFluor2350 fluorometer(Millipore、Bedford、MA)を用いて測定した。
実験例1 ラット副腎髄質褐色細胞種PC12細胞の神経突起伸展に対する種々の細胞外マトリックスタンパク質の効果
24ウェルプレートに、0.3μg/mlのラミニン−5(LN−5)、並びに対照として3μg/mlのI型コラーゲン(Col.I)、フィブロネクチン(FN)およびラミニン−1(LN−1)を用いて、各々500μl/ウェルで一晩コーティングした。当該コーティングプレートに無血清のPRMI培地で2回洗浄したPC12細胞を1×105細胞/mlで播種し、同時に神経成長因子(以下、「NGF」と言う)を100ng/mlの濃度で培地中に添加した。
細胞の形態変化について、細胞播種後24時間および48時間後に位相差顕微鏡により観察し、写真撮影を行った。24時間後の結果(30倍拡大)を図1に示す。図1よりラミニン−5をコーティングした場合には、対照のI型コラーゲン、フィブロネクチンおよびラミニン−1のいずれと比較しても、著しい神経突起伸展効果が観察された。
また、細胞播種後同様の時間に神経突起の長さをモニターを用いて測定した。結果を図2に示す。図2より、ラミニン−5をコーティングした場合、24時間後には平均55μm±2.8μm、48時間後には、平均66μm±2.5μm神経突起が伸展した。これに対し、対照では、ラミニン−1の場合で平均22μm±2.1μm、48時間後には、平均35μm±2.3μm伸展しただけで、I型コラーゲンおよびフィブロネクチンではほとんど伸展しなかった。
なお、ラミニン−5としては、上述の天然型ラミニン−5(α3鎖のGドメインのG4およびG5、並びにγ2鎖のN末端約50kDaを欠失している)、並びに組換え型タンパク質、delG5、delG4−G5、delG3−5およびdelG2−5を用いた。上述の神経突起伸展効果は、天然型ラミニン−5並びにdelG5およびdelG4−G5の組換えラミニン−5タンパク質の場合に観察された。一方、delG3−5およびdelG2−5の場合にはこのような効果は観察されなかった。
限定されるわけではないが、この結果より、ラミニン−5タンパク質のα3鎖中のG3ドメインが神経突起伸展効果に重要な役割を担っていると推定される。以下の実施例では、神経突起伸展効果の観察された天然型ラミニン−5を用いた場合の結果を示す。
実施例2 ラット後根神経節のコラーゲンゲル内3次元培養における種々の細胞外マトリックスタンパク質の神経突起伸展促進効果
まず、コラーゲンゲルを調製した。具体的には、ラットの尾から抽出したコラーゲンゲル溶液、10倍濃縮のF12培地、再構成緩衝溶液(200mmol/L NaHCO3、50mmol/L NaOH)をそれぞれ体積比8:1:1の割合で、氷上で良く混合してコラーゲンゲルを作製した。本実施例においては、コラーゲンゲル内に、ラミニン−5(LN−5)(0.3μg/ml)、並びに対照としてフィブロネクチン(FN)(3μg/ml)およびラミニン−1(LN−1)(3μg/ml)を各々加えた。
ラットの尾から後根神経節組織を取り出し、30μg/mlの濃度で50μlの前記コラーゲンゲル内に埋め込んだ。ゲルが固まった後、ゲルの上層に、100単位/mlのペニシリン Gおよび0.1mg/mlのストレプトマイシンを含む1.5mlないし2mlのHam’s F12培養培地(ニッスイ、東京、日本)を加えた。実験条件により、100ng/mlの濃度でNGFを添加するか、またはNGFを添加しなかった。
実施例1と同様に、F12培地を添加後24時間および48時間後に神経突起伸展の変化についての写真撮影並びに神経突起の長さについての測定を行った。結果を各々図3および図4に示す。
48時間後の写真撮影の結果(10倍)を図3に示す。図3よりラミニン−5をコーティングした場合には、対照のフィブロネクチンおよびラミニン−1と比較して著しい神経突起伸展効果が観察された。また、神経突起の長さの測定結果を図4に示す。図4より、ラミニン−5をコーティングした場合、NGFを添加すると24時間後には平均370μm±14μm、48時間後には、平均1040μm±49μm神経突起が伸展した。これに対し、対照ではいずれもNGFを添加しても24時間後で約200μmないし300μm、48時間後で約500μmないし550μmで、ラミニン−5の場合と比較して有意に短かった。
実施例3 ラット海馬神経細胞に対する種々の細胞外マトリックスタンパク質の神経突起伸展効果
妊娠17日目のラットの胎児から海馬組織を取り出し、パパイン消化により神経細胞を調製した。
一方、24ウェルプレートを用い、ラミニン−5(LN−5)(0.3μg/ml)、並びに対照としてポリ−L−リジン(PLL)(20μg/ml)、フィブロネクチン(FN)(3μg/ml)、I型コラーゲン(Col.I)(3μg/ml)およびラミニン−1(LN−1)(3μg/ml)を各々500μl/ウェルで一晩コーティングを行った。当該コーティングプレートに調製した海馬神経細胞を4×105細胞/mlの割合で播種し、DME/F12無血清培地にTIPS(100ng/mlのトランスフェリン、5ng/mlのインシュリン、63ng/mlのプロゲステロンおよび17.3ng/mlの亜セレン酸ナトリウム)を添加したもので培養した。
細胞播種後12時間および24時間後に実施例1および2と同様に神経突起伸展の変化についての写真撮影並びに神経突起の長さについての測定を行った。結果を各々図5および図6に示す。
12時間後の写真撮影の結果(30倍)を図5に示す。図5よりラミニン−5をコーティングした場合には、対照のポリ−L−リジン、フィブロネクチン、I型コラーゲンおよびラミニン−1と比較して著しい神経突起伸展効果が観察された。また、神経突起の長さの測定結果を図6に示す。図6より、ラミニン−5をコーティングした場合、12時間後には平均104μm±7.0μm、24時間後には、平均112μm±3.4μm神経突起が伸展した。これに対し、対照ではフィブロネクチンで約40μm(12時間後)と約88μm(24時間後)、ラミニン−1で約37μm(約12時間後)と約63μm(24時間後)であり、ラミニン−5の場合と比較して有意に短かった。
実施例4 フィブロネクチンによるPC12細胞の神経突起伸展に対するラミニン−5の添加による効果
実施例1においてほとんど神経突起促進効果が観察されなかったフィブロネクチンを24ウェルプレートに3μg/mlの濃度で一晩コーティングを行った。次いで、無血清のRPMI培地で2回洗浄したPC12細胞を1×105細胞/mlで播種し、同時にNGFを100ng/mlの濃度で培地中に添加した。NGFの添加より24時間後、ラミニン−5を各々0.015μg/ml、0.03μg/ml、0.3μg/mlで培地中に添加した。
ラミニン−5の添加後0時間、24時間および48時間後に実施例1ないし3と同様に神経突起伸展の変化についての写真撮影を行った。0時間後および48時間後の結果(20倍)を図7に示す。図7より、0.015μg/mlおよび0.03μg/mlの濃度ではラミニン−5による神経突起伸展作用は明確でなかったが、0.3μg/mlのラミニン−5を添加した場合にはその効果が顕著であった。よって、ラミニン−5はプレート等の支持体に固定した場合のみでなく、単に培養液に添加した場合にも、神経突起伸展を有意に促進することが明らかとなった。
実施例5 ラミニン−5によるPC12細胞の神経突起伸展効果に対する抗インテグリンα3、β1抗体による阻害
8ウェルのチェンバープレートに0.3μg/mlのラミニン−5を一晩コーティングした。無血清のRPMI培地で2回洗浄したPC12細胞を1×105細胞/mlで播種し、同時にNGFを100ng/mlの濃度で培地中に添加した。細胞がプレートに接着したのを確認した後、50μg/mlの濃度で抗α3インテグリン抗体、抗β1インテグリン抗体および対照としてマウスIgGを各々添加した。
各抗体の添加後24時間後に実施例1ないし4と同様に神経突起伸展の変化についての写真撮影を行った。結果(30倍)を図8に示す。図8より、ラミニン−5の神経突起伸展作用は抗インテグリンα3およびβ1抗体によって有意に阻害された。よって、限定されるわけではないが、当該作用にはラミニン−5とインテグリンα3およびβ1との結合が関与していると推定される。
配列表
図1は、ラット副腎髄質褐色細胞腫PC12細胞に対する種々の細胞外マトリックスタンパク質の神経突起伸展効果を示す。
図2は、ラット副腎髄質褐色細胞腫PC12細胞の種々の細胞外マトリックスタンパク質上で伸展した神経突起の長さを示す。
図3は、ラット後根神経節のコラーゲンゲル内3次元培養における種々の細胞外マトリックスタンパク質の神経突起伸展効果を示す。
図4は、ラット後根神経節の種々の細胞外マトリックスタンパク質上で伸展した神経突起の長さを示す
図5は、ラット海馬神経細胞に対する種々の細胞外マトリックスタンパク質の神経突起伸展効果を示す。
図6は、ラット海馬神経細胞の種々の細胞外マトリックスタンパク質上で伸展した神経突起の長さを示す。
図7は、フィブロネクチン基質上でのPC12細胞の神経突起伸展に対するラミニン−5の添加による効果を示す。
図8は、ラミニン−5によるPC12細胞の神経突起伸展効果に対する抗インテグリンα3、β1抗体による阻害を示す。