JP5276392B2 - 切削工具、及び切削工具の製造方法 - Google Patents

切削工具、及び切削工具の製造方法 Download PDF

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本発明は、Ti化合物を主たる硬質相とするサーメットからなる基材を具える切削工具、及びこの基材と被覆膜とを具える切削工具の製造方法に関する。特に、耐摩耗性及び耐欠損性の双方に優れる切削工具に関するものである。
従来、切削工具の基材材料として、TiCN(炭窒化チタン)を主成分とし、Co(コバルト),Ni(ニッケル)といった鉄族元素で結合したサーメットが利用されている(例えば、特許文献1,2参照)。一般に、TiCN粒子を硬質相、鉄族元素を結合相と呼ぶ。
切削工具に求められる代表的な特性として、耐摩耗性(例えば、耐逃げ面摩耗性、耐クレーター摩耗性)、強度(例えば、抗折力)、靭性(例えば、耐欠損性、耐チッピング性、耐熱亀裂性)がある。特許文献1では、耐摩耗性と耐欠損性との双方に優れる切削工具を得るために、TiCN粒子を粗粒とし、高濃度のN(窒素)を含有するサーメットを提案している。特許文献2では、耐摩耗性と耐チッピング性との双方に優れる切削工具を得るために、TiCNやTi複合炭窒化物の粒子を超微粒としたサーメットを提案している。
特開2001-277008号公報 特開2006-111947号公報
しかし、TiCNといった硬質相粒子の粒度が均一的である従来のサーメットでは、耐摩耗性と靭性との両立に限界がある。例えば、硬質相粒子全体を粗粒とすることで、亀裂の進展を抑制したり、チッピングし難くして靭性を向上できるものの、耐摩耗性が低下する傾向にある。一方、硬質相粒子全体を微粒とすることで耐摩耗性を向上できるものの、亀裂の進展やチッピングが生じ易くなり、靭性が低下する傾向にある。
本発明は、上記事情を鑑みて成されたものであり、その目的の一つは、耐摩耗性及び靭性(特に、耐欠損性)の双方に優れる切削工具を提供することにある。また、本発明の他の目的は、被覆膜を具える切削工具の製造方法を提供することにある。
均一的な粒度の硬質相粒子を具える単一のサーメットで基材を構成するのではなく、平均粒径の異なる硬質相粒子を具える複数のサーメットを積層させて基材を構成することで、耐摩耗性及び靭性の双方に優れる基材が得られる。本発明切削工具は、この知見に基づくものであり、Ti化合物を硬質相に含むサーメットからなる基材を具え、この基材は、微粒層と粗粒層とが積層された積層部を有しており、微粒層は、基材表面側の少なくとも一部に配置されている。上記微粒層及び粗粒層はいずれも、Ti化合物粒子を主たる硬質相とする層であり、粗粒層中の硬質相粒子の平均粒径は、上記微粒層中の硬質相粒子の平均粒径よりも大きい。
本発明切削工具は、基材が、微粒のTi化合物粒子を主たる硬質相とする微粒層と、微粒層中の微細なTi化合物粒子よりも粗粒であるTi化合物粒子を主たる硬質相とする粗粒層とが積層された積層部を含み、特に、ワーク(被削材)と接触し易い基材表面側に比較的硬質な微粒層を具える構成であるため、摩耗し難く、耐摩耗性に優れる。中でも、微粒のTi化合物粒子を基材表面側に多く含有することから、本発明工具は、サーメット工具特有の効果、即ち、鋼に対する優れた仕上げ面粗さをより向上することができ、鋼の仕上げ加工用工具に望まれる性能をより高めることができる。また、本発明工具は、基材が、上記微粒層の内側に粗粒層を具えることで、基材表面側から内側に亀裂が伝搬したり、基材全体としてチッピングや欠けが生じることを効果的に抑制することができ、サーメット工具の弱点である耐熱亀裂性を向上できるため、靭性に優れた工具とすることができる。このように本発明工具は、粒度の異なる硬質相粒子を具える複数の層を基材の適切な場所に配置していることで、耐摩耗性と靭性の双方に優れる。以下、本発明をより詳細に説明する。
<基材>
《全体組成》
基材は、硬質相として、Ti化合物からなる粒子を少なくとも含み、Co,Niといった鉄族金属を主たる結合相とするサーメットで構成される。公知の組成のサーメットでもよい。
《Ti化合物》
硬質相を構成する粒子は、Ti化合物からなるものを主体とする。即ち、基材は、硬質相を構成する化合物のうち、Ti化合物を最も多く含む。Ti化合物は、代表的には、炭化チタン(TiC),窒化チタン(TiN),及び炭窒化チタン(TiCN)から選択される1種以上の化合物が挙げられる。特にTiCNを含むと、靭性に優れるため好ましい。その他、Ti化合物は、Ti及び周期律表IVa,Va,VIa族の金属元素(Tiを除く)と、C及びNの少なくとも1種とを含む複合化合物、即ち、Tiを含む複合炭化物、Tiを含む複合窒化物、Tiを含む複合炭窒化物が挙げられる。具体的な複合化合物は、(Ti,W,Mo,Ta,Nb)(C,N),(Ti,W,Nb)(C,N),(Ti,W,Mo,Ta)(C,N),(Ti,W,Mo,Zr)(C,N)などが挙げられる。硬質相を構成するTi化合物からなる粒子は、単一の組成から構成される単層構造でも(例えば、TiCN)、中心部とその周辺部とで組成が異なる(例えば、Ti濃度が異なる)有芯構造であってもよい。Ti化合物の合計含有量は、微粒層及び粗粒層のいずれとも30質量%以上80質量%以下が好ましい。30質量%未満では、サーメット工具の代表的な特性である優れた仕上げ面光沢が得られ難く、80質量%超では、相対的に結合相量が減少して、焼結性が低下し易い。Ti化合物のより好ましい合計含有量は、40質量%以上70質量%以下である。なお、後述する結合相及び不純物を除く残部が硬質相を構成する。
《結合相》
結合相の合計含有量は、5質量%以上30質量%以下が好ましい。30質量%超であると、靭性が高くなる反面、強度や耐摩耗性が低下し易く、5質量%未満であると、靭性や焼結性が低下し易い。結合相のより好ましい合計含有量は、10質量%以上25質量%以下である。また、結合相全体に対して80質量%以上が鉄族金属であることが好ましい。なお、結合相は、鉄族金属の他に原料粉末に起因すると考えられる元素が含有(固溶)されることを許容する。
《その他の元素や化合物》
基材は、更に、周期律表IVa,Va,VIa族の金属元素群から選択される1種以上の元素や、同金属元素群から選択される1種以上の元素と、炭素、窒素、酸素及び硼素からなる群から選択される1種以上の元素とからなる化合物や固溶体を含有していてもよい(但し、上記Ti化合物は除く)。具体的には、元素:Cr,Ta,V,W,Mo、化合物:(Ta,Nb)C,VC,Cr2C3,NbC,Mo2Cなどが挙げられる。これらの元素や化合物は、結合相に含有(固溶)されて存在したり、粒子で存在して硬質相として機能したりする。また、これらの元素や化合物は、焼結中においてTi化合物粒子の粒成長を抑制する作用を有するものが多い。これらの元素や化合物の合計含有量は、40質量%以下(但し0質量%を含む)が好ましい。これらの元素や化合物となる原料粉末の大きさは特に問わない。適宜な大きさの粉末を使用することができる。
粗粒層は、特に、WC及びWを合計で10質量%以上含有することで、基材の靭性をより向上することができる。WC及びWの増加に伴い、基材の靭性が高められる反面、微粒層と組成が異なることで熱膨張係数の差が大きくなり、基材の変形や微粒層の剥離が生じ易くなる。そのため、WC及びWの合計含有量は、50質量%以下が好ましい。基材中にW及びWCを存在させるには、原料にWC粉末を添加するとよい。原料のWC粉末は、焼結後、Wとなって結合相などに含有(固溶)されて存在し、上記粉末の添加量の増加に伴ってWCやWを多く含む複合化合物が析出する傾向にある。析出されたWCや複合化合物は硬質相として機能する。また、原料のWCの添加量の増加に伴って、中心部にWを多く含む有芯構造の粒子が増加する傾向にある。粗粒層中のWC及びW量は、原料のWC粉末の添加量に概ね依存するため、この添加量を調整することで、上記所定の範囲とすることができる。また、原料のWC粉末は、平均粒径が1〜8μm、特に3〜5μmと比較的粗大なものを用いると、粗粒層に析出されたWC粒子なども比較的粗粒となり、靭性の向上に寄与する。
基材中のTi化合物やWC、複合化合物といった化合物の含有量の測定は、例えば、XRDなどで化合物の同定を行い、EDX,EPMA,蛍光X線,IPC-AESなどを用いて組成を分析することで行え、Wといった元素の測定は、上記EDXなどで組成を分析することで行える。
《基材の構造》
基材は、Ti化合物粒子といった硬質相粒子の平均粒径(粒度)が異なる複数のサーメットを積層してなる積層部を有する点が最大の特徴である。特に、基材は、ワークと接する基材表面側の少なくとも一部、具体的には、刃先及びその近傍が積層部からなり、すくい面側に微粒層が配された構造であることが好ましい。基材全体が積層構造であると、基材の製造性に優れて好ましい。より具体的な積層構造は、一つの微粒層と一つの粗粒層とが積層された二層構造や、二つの微粒層で一つの粗粒層を挟んだ三層構造、一つの粗粒層を内部層とし、その外表面全面を覆うように微粒層を配置した内包構造(断面二層以上)、一つの粗粒層を中心層とし、その外表面の一部を囲むように微粒層を配置して、粗粒層の一部を露出させた同心状構造(断面二層以上)などが挙げられる。積層数は、特に問わない。また、微粒層の組成と粗粒層の組成とは同じでも異なっていてもよい。
《微粒層》
[硬質相粒子の大きさ]
微粒層の硬質相粒子(主としてTi化合物粒子)は、平均粒径が小さいほど基材が高硬度になり易く、耐摩耗性を高められるため、特に下限を設けないが、平均粒径が1.0μm以下、0.8μm以下がより好ましい。1.0μm超となると摩耗の進行が速まる傾向にある。微粒層の硬質相粒子の平均粒径を微粒にする、特に、1.0μm以下とするには、原料として、平均粒径1.0μm以下の微細なTi化合物粒子などを利用することが挙げられる。原料となる微細な粒子(粉末)は、市販のものでも、市販のものを粉砕して細かくして所望の大きさとしたものを利用してもよい(この点は後述する粗粒層についても同様)。また、原料として、粒成長抑制剤を含有するものを利用してもよい。
[硬質相粒子の平均粒径]
基材中における硬質相粒子の平均粒径の測定は、SEM、EBSDなどの画像から粒子を任意に選択してその大きさを測定したり、市販の画像解析ソフトを用いて解析することで行える。例えば、SEM像を利用する場合、この画像を白黒の2値化処理すると、Ti化合物といったTiを多く含有する粒子は、SEM像で黒いコントラストで見え、この粒子(ここでは粒子Aと呼ぶ)よりもWやTaなどの元素を多く含有して、Tiの濃度が粒子Aと異なる領域や粒子は、SEM像で白又は灰色のコントラストで見える。基材中には、上記粒子A、上記粒子Aの周囲に上記白又は灰色のコントラストで見える領域を有する有芯構造の粒子(黒芯粒子)や、中心部とその周囲とで白又は灰色のコントラストが異なる有芯構造の粒子(白芯粒子)(ここではこれら有芯構造の粒子を粒子Bと呼ぶ)、上記白又は灰色のコントラストで見える粒子(ここでは粒子Cと呼ぶ)が存在し得る。ここでは、粒子A,B,Cのいずれも、各粒子の粒子径(粒子Bでは、白又は灰色のコントラストで見える周囲領域を含む径)を利用して硬質相粒子の平均を測定する。
[微粒層の厚さ]
微粒層は、基材自体の高硬度化や耐摩耗性の向上に寄与する。また、基材表面に被覆膜を具える場合、微粒層は、基材と被覆膜(特に、PVD膜)との密着性を高め、かつ被覆膜の特性を向上させることにも寄与する。このような効果を十分に得るためには、微粒層の厚さは比較的薄いことが好ましい。また、微粒層が厚過ぎると、耐クレーター摩耗性や靭性が低下する傾向にある。そのため、微粒層の厚さは、200μm以下が好ましく、特に100μm以下、更には50μm以下が好ましい。耐クレーター摩耗性の低下を抑制するために究極的には、微粒層の硬質相粒子が厚さ方向に一つ存在する構成、即ち、微粒層の厚さが硬質相粒子の最大径と同等な構成が好ましい。
《粗粒層》
粗粒層の硬質相粒子(主としてTi化合物粒子)は、その平均粒径が微粒層の硬質相粒子の平均粒径よりも大きいものとする。粗粒層中の硬質相粒子は、平均粒径が大きいほど基材が高靭性になり易く、靭性向上の効果を高めるには、2.0μm以上が好ましく、3μm以上がより好ましい。平均粒径が大き過ぎると、耐摩耗性の低下を招くため、粗粒層中の硬質相粒子の平均粒径は、10μm以下が好ましい。粗粒層の硬質相粒子の大きさも、原料となる粉末の大きさを調整することで、所望の大きさにすることができる。
《基材の形成》
微粒層と粗粒層とを積層した積層部を有する基材は、例えば、微粒層用粉末と粗粒層用粉末とを用意し、所望の箇所が積層部となるように両粉末をそれぞれ成形型に積層配置して一体のプレス成形体を形成し、この成形体を焼結することで形成することができる。この製造方法によれば、両層を十分に接合させ易い上に、通常のサーメットの製造プロセスに対して一つの金型における給粉回数を増加することで製造できるため、通常行われている粉末冶金の一連の製法から大きく逸脱することなく、積層構造の基材を簡単に生産性よく製造できる。
より具体的な手順は、各層を構成する原料粉末を混合後、造粒装置などにより所定の大きさの造粒粉末(例えば、10〜200μm)とし、この造粒粉末を順に金型に供給して積層させ、この状態で加圧して積層プレス成形体を作製し、この成形体を焼結することで、微粒層と粗粒層とを一体に接合する。この製造方法により得られた基材は、微粒層と粗粒層との接合界面(境界)に、基材の表面形状に依存しない凹凸(例えば、造粒粉末に起因すると考えられる大きさの凹凸)や基材の表面形状に倣ったような凹凸(接合界面と表面形状が相似状である状態)が生じ、この凹凸により両層が互いに係合することで剥離し難い基材が得られる。また、微粒層が比較的薄い場合、微粒層の形状がパンチの形状に倣い易い(転写され易い)。従って、押圧面にチップブレーカー用突起や溝といった凹凸を有する凹凸付きパンチを用いることで、接合界面がパンチに沿った凹凸を有するようになり、この凹凸によって両層を係合し易くして、両層の接合性を高められる。
《微粒層と粗粒層との接合界面の凹凸》
上記接合界面の凹凸は、最大落差が20μm以上500μm以下であることが好ましい。20μmよりも小さいと、両層の係合度合いが小さく、焼結時に微粒層が剥離し易くなり、凹凸が大きいほど両層の係合度合いが大きくなるものの、500μmよりも大きいと、各層の収縮率の差(プレス圧の差)から生じる変形が大きくなり、所望の形状が得られ難くなる。特に、凹凸の最大落差は、50μm以上400μm以下が好ましい。
上記凹凸の大きさは、例えば、造粒径や造粒粉末の硬さ、密度、形状といった造粒粉末の性状、プレス圧力などを調整することで変化できる。或いは、例えば、押圧面に凹凸を有する凹凸付きパンチを用いて、両層の原料粉末を同時に押圧する場合、パンチの凹凸量を調整することで、接合界面の凹凸の大きさを変化できる。
《基材の面粗さ》
基材において特に微粒層を具える箇所は、その表面が滑らかであり、面粗さがRa(中心線平均粗さ、JIS B 0601 '82)で0.1μm以下を満たす。このような平滑な表面を具えることで、本発明工具は、仕上げ面を良好にすることができ、加工精度を向上できる。基材の面粗さRaは、微粒層の硬質相粒子の平均粒径d1が小さくなると、小さくなる傾向にある。
<被覆膜>
上記基材は、その表面の少なくとも一部に被覆膜を具えてもよい。被覆膜は、特に、刃先及びその近傍を構成する微粒層上に具えることが好ましく、基材表面の全面に亘って具えていてもよい。この被覆膜は、物理蒸着法(PVD法)で形成されたPVD膜を含むことが好ましい。特に、微粒層直上にPVD膜が存在することが好ましく、被覆膜の基材側から表面側に亘って全てPVD膜でもよいし、基材側をPVD膜、表面側を化学蒸着法(CVD法)にて形成されたCVD膜というようにCVD膜を組み合わせてもよい。
ここで、被覆膜の形成方法として、CVD法とPVD法とが知られている。CVD法は、成膜時の基材温度が比較的高いため、基材との密着性に優れる膜が得られるものの、成膜時の熱応力により引張応力が残留して膜表面に亀裂が発生し易く、切削加工時にこの亀裂が基材にまで伝搬して、工具の耐欠損性を低下させたり、成膜時の加熱により基材自体も損傷する恐れがある。また、例えば、Tiの化合物からなるCVD膜を成膜する場合、基材中にNiを多く含有すると、Niが膜の性能に悪影響を及ぼす可能性がある。これに対してPVD法は、成膜時の基材温度が比較的低いため、上記膜の亀裂による欠損や成膜時の基材の損傷の恐れが少なく、かつ得られたPVD膜は、圧縮残留応力が付与されるため、耐欠損性に優れると共に、高硬度で耐摩耗性に優れる。しかし、PVD法は被覆温度が低いことから、得られたPVD膜は、CVD膜と比較して基材との密着性に劣る。また、サーメットからなる基材は、一般に、WC粒子を主たる硬質相とする超硬合金からなる基材と比較して、被覆膜との密着性に劣る。
上記の事情を鑑みて、本発明者らは研究開発を行ったところ、CVD法では、Coといった結合相上に膜の核生成がなされるのに対し、PVD法では、TiCNといった硬質相粒子上に膜の核生成がなされることを見出した。そして、上記微粒層を基材表面側とし、この微粒層の直上にPVD膜を成膜すると、微粒の硬質相粒子(主としてTi化合物粒子)上に微細な結晶粒が形成され、PVD膜において基材側の結晶粒が微細に分散されて、基材とPVD膜との密着性が向上するとの知見を得た。但し、焼結したままのサーメット基材の表面は、焼結中に液相となったCoなどの結合相が局部的に浸み出し、結合相がTi化合物などの硬質相粒子を覆っている場合がある。そのため、基材とPVD膜との密着性を良好にするには、特定の前処理(クリーニング)を施してから成膜することが好ましいとの知見を得た。具体的には、希ガスのイオンを用いたボンバードメント処理を基材表面に施すと、基材表面側に存在する結合相が除去され、基材表面側に配置された微粒層中の硬質相粒子が露出された状態となり易い。この状態でPVD膜を成膜すると、基材表面に存在する微粒層中の硬質相粒子に接してPVD膜の結晶粒が形成され成長する。即ち、被覆膜を構成する結晶粒において基材直上に存在するPVD膜の結晶粒の中には、微粒層の硬質相粒子に直接接して成長するものが多数存在するようになる。このように被覆膜において基材直上部分を構成する結晶粒の中に、基材表面側の硬質相粒子と連続的に形成された結晶粒が存在することで、基材と被覆膜(特に、PVD膜)との間で十分な密着性が得られる。
ここで、基材に被覆膜を形成する前に行う処理として、メタルイオン(例えば、Tiイオン)を用いるボンバードメント処理がある。この処理は、エッチングレートが高く、クリーニング作業性に優れる。しかし、この処理は、Tiなどのクリーニングに使用した不純物が基材表面に残留し易い。そして、不純物が基材表面に存在すると、微粒層中のTi化合物といった硬質相粒子に連続してPVD膜の結晶粒が実質的に形成できないため、基材とPVD膜との密着性が低下する。従って、前処理は、上記希ガスを用いたボンバートメント処理が好ましい。
上述のように基材の硬質相粒子に連続してPVD膜の結晶粒が形成され成長することで、被覆膜において基材直上に存在するPVD膜の結晶粒と、基材表面に存在するTi化合物粒子といった硬質相粒子とが概ね同等の大きさとなる。即ち、被覆膜において基材との境界近傍に存在する結晶粒は、微粒層中の硬質相粒子同様に微細化される。この微細化により、被覆膜自体も耐チッピング性や耐摩耗性を向上できる。更に、PVD膜の結晶粒を柱状に成長させると、基材に対して優れた密着性を維持し易いことに加えて、微細な硬質相粒子上に形成された微細なPVD膜の結晶粒の細かさが膜の基材側から表面側に向かって維持され易い。
上記特定の構造の基材に、特定の前処理を施してから、PVD膜を成膜すると、基材と被覆膜との密着性に優れると共に、膜自体の特性をも向上できる。即ち、膜自体を単に微細化した以上の効果が得られる。そのため、得られた本発明切削工具(被覆切削工具)は、優れた特性を有する被覆膜を十分に活用でき、かつ被覆膜が無くなっても優れた特性を有する基材を十分に活用できる。
このような被覆切削工具は、以下の本発明製造方法により製造できる。本発明の切削工具の製造方法は、Ti化合物を硬質相に含むサーメットからなる基材表面の少なくとも一部に被覆膜を形成する方法に係るものであり、以下の工程を具える。
1. Ti化合物粒子を主たる硬質相とする微粒層と、Ti化合物粒子を主たる硬質相とし、この硬質相粒子の平均粒径が、上記微粒層中の硬質相粒子の平均粒径よりも大きい粗粒層とが積層された積層部を有する基材を用意する工程。
2. 上記積層部の微粒層を基材の表面側とし、この積層部の表面の少なくとも一部に希ガスのイオンを用いてボンバードメント処理を施す工程。
3. 上記ボンバードメント処理が施された微粒層上に物理蒸着法により被覆膜を成膜する工程
《ボンバードメント処理》
本発明製造方法では、成膜前、基材表面の少なくとも被覆膜を形成する箇所、特に微粒層に上記希ガスのイオンを用いたボンバードメント処理を施して基材表面を清浄にすると共に、微粒層の表面側に存在する複数の硬質相粒子のうち、少なくとも一部の粒子は、その基材表面側の部分が露出されるようにする。希ガスは、Ar,Kr,Xeなどの種々のものが利用できる。特に、この処理は、希ガスに対して電子源から熱電子を放出しながら希ガスのイオンを発生させて行うと、硬質相粒子表面の清浄化を高品位に行え、硬質相粒子と被覆膜との密着力を高められる上、エッチングレートを向上できて生産性に優れる。電子源は、タングステンフィラメントといった熱電子を放出可能な熱フィラメントが利用できる。なお、処理時間を長くしたり、バイアス電圧を大きくすると、硬質相粒子の基材表面側の部分が露出された硬質相粒子の数を多くすることができ、Ti化合物といった硬質相粒子に直接接して形成された結晶粒の数を多くすることができる。
《成膜方法の具体例》
具体的なPVD法としては、バランスドマグネトロンスパッタリング法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法、イオンプレーティング法などが挙げられる。特に、原料元素のイオン化率が高いアーク式イオンプレーティング(カソードアークイオンプレーティング)法が好適である。なお、成膜時の基材温度が高過ぎたり低過ぎると、PVD膜の結晶粒が大きくなったり小さくなることで、微粒層中のTi化合物粒子といった硬質相粒子に倣ってPVD膜の結晶粒が形成され難くなる。基材において被覆膜を形成しない箇所は、マスキングなどを施してから成膜する。
《被覆膜の組成》
被覆膜の組成は、特に問わない。PVD膜は、PVD法で形成可能なあらゆる組成が適用できる。特に、被覆膜は、周期律表IVa、Va、VIa族の金属元素,Al,Si及びBからなる群から選択される1種以上の元素と、炭素、窒素、酸素及び硼素からなる群から選択される1種以上の元素との化合物からなる化合物膜を少なくとも一層有することが好ましい。具体的には、TiCN,Al2O3,TiAlN,TiN,AlCrNなどが挙げられる。被覆膜は、一つの組成からなる単層膜だけでも、組成の異なる複数種の膜からなる多層構造でもよい。厚さ(多層構造の場合、合計厚さ)は、1〜20μmが好ましく、PVD膜のみの合計膜厚は、1〜10μmが好ましい。膜の厚さは、成膜時間を調整することで変化させることができる。
《被覆膜の組織》
上述のように特定の前処理後に成膜されたPVD膜の結晶粒は、微粒層の硬質相粒子の平均粒径をd1、上記PVD膜の結晶粒の平均粒径をd2とするとき、d1/d2が0.7以上1.3以下を満たす。d1/d2が0.7未満の場合、即ち、結晶粒が基材表面側の硬質相粒子よりも大き過ぎても、d1/d2が1.3超の場合、即ち、結晶粒が硬質相粒子よりも小さ過ぎても、PVD膜が剥離し易くなる。特に、d1/d2は、0.8以上1.2以下が好ましい。d1/d2の大きさは、クリーニング条件や成膜条件などにより変化させることができる。d1/d2を0.7以上1.3以下とするには、クリーニングの処理時間:10〜60分、処理時のバイアス電圧:-500〜-1500V、成膜時の基材温度:400〜600℃、成膜時のバイアス電圧:-10〜-200V、成膜時の雰囲気の圧力:0.5〜5Paとすることが好ましい。
微粒層に微細な硬質相粒子が密に分散している場合、微粒層直上のPVD膜において微粒層との境界近傍(微粒層の表面側)に存在する結晶粒(以下、直上粒子と呼ぶ)のうち、上記硬質相粒子に連続して形成されていない結晶粒は、硬質相粒子に連続して形成された結晶粒(以下、連続結晶粒と呼ぶ)に挟まれることで、連続結晶粒と同程度の大きさとなり得る。このとき、d2として、実質的にPVD膜の直上結晶粒の平均粒径を採り得る。
《面粗さ》
PVD膜を構成する直上粒子が微粒層の表面側に存在する微細な硬質相粒子に倣って形成されることで、膜成長が安定し、PVD膜の表面が滑らかになる。具体的には、面粗さがRa(中心線平均粗さ、JIS B 0601 '82)で0.1μm以下を満たす。このような平滑なPVD膜を工具表面に具えることで本発明工具は、膜を具えた状態であっても仕上げ面が良好であり、加工精度に優れる。PVD膜の面粗さRaは、微粒層の硬質相粒子の平均粒径d1が小さくなると、小さくなる傾向にある。
本発明切削工具は、耐摩耗性及び靭性の双方をバランスよく具える。また、被覆膜を具える本発明切削工具は、基材と被覆膜とが十分に密着しており、基材と被覆膜との双方を十分に活用することができる。本発明切削工具の製造方法は、上記被覆膜を具える本発明切削工具を製造することができる。
(試験例1)
Ti化合物を主として硬質相とするTiCN基サーメットからなる基材を具える切削工具、及びこの基材と、基材表面に形成された被覆膜(PVD膜)とを具える被覆切削工具を作製し、耐摩耗性及び靭性(耐欠損性)を調べた。
《試料No.1-3,1-13》
基材は、微粒のTi化合物粒子を主たる硬質相とする微粒層と、粗粒のTi化合物粒子を主たる硬質相とする粗粒層とを積層した積層構造からなるものであり、以下のように作製する。表1に示す組成(質量%)となるように原料粉末を秤量し、粗粒のTiCN(平均粒径3.5μm)を含む粉末種I、及び微粒のTiCN(平均粒径0.8μm)を含む粉末種IIのそれぞれについて、原料粉末をエタノール中で11時間、アトライター(ATR)により混合した後、造粒を行い、平均粒径100μmの造粒粉末を得る。造粒粉末の平均粒径の測定は、粉末のSEM(走査電子顕微鏡)写真を画像解析して行ったが、粒度測定器などを用いて行うこともできる。なお、粉末種I,IIにおいて原料に用いたWC,Mo2C,TaCの平均粒径はいずれも3μmである。また、原料粉末は、市販のものを用いた。
Figure 0005276392
所定の成形型に粉末種Iの造粒粉末を給粉した後、更に粉末種IIの造粒粉末を給粉して1.5t/cm2の圧力でプレス成形し、二層構造の積層プレス成形体を作製する。この積層プレス成形体を1400℃で真空焼結した後、平面研削することにより、微粒層と粗粒層とが積層されたJIS規格形状SNMN120408の基材が得られる。この基材を切削工具(被覆膜を具えていないもの、以下切削チップと呼ぶ)とする。なお、ここでは、焼結後の粗粒層の厚さが4710μm、微粒層の厚さが50μmとなるように粉末種I,IIの造粒粉末をそれぞれ量り取る。
得られた切削チップ(基材)10は、図1に示すように一面の全面が実質的に微粒層11で形成され、側面が微粒層11と粗粒層12との積層面で形成され、角部において微粒層がつくる稜線が刃先稜線11cを構成する。ここでは、微粒層の厚さを基材全体に亘って概ね均一的としているが、部分的に異ならせてもよい。なお、図1では、微粒層を強調して示す。
また、得られた切削チップ10の断面を顕微鏡観察し(500倍)、この観察像において、チップ10の微粒層11と粗粒層12との接合界面13の形状を調べたところ、図1に示すように表面形状(パンチの押圧面の形状)に依存しない微細な凹凸が見られる。この断面観察像について接合界面を測定し、上記凹凸の最大落差Dmaxを調べたところ、いずれのチップも30〜400μmである。更に、得られた切削チップ10の両層11,12のTiCNの含有量、WC及びCの合計含有量を調べたところ、いずれの層についても、TiCN:65質量%、WC及びC:14質量%である。W量は、粗粒層の厚さの1/2の地点についてEPMAで測定し、TiCN,WC量は、各層の厚さの1/2の地点について、EPMA及びXRDを用いて測定し、WC及びC量は、上記測定結果を合算している。
一方、上記基材にガスボンバードメント処理によりクリーニングを行ってから、アークイオンプレーティング法により被覆膜を形成して、被覆切削工具(以下、被覆チップと呼ぶ)を作製する。例えば、試料No.1-13は、以下のように作製する。成膜装置のチャンバ内に微粒層が基材表面側となるように基材を配置し、チャンバ内を真空引きして減圧した後、基材を加熱する。次に、チャンバ内にアルゴンガスを導入して、チャンバ内の圧力を3.0Paに保持し、基材バイアス電圧を徐々に上げていって-1000Vとし、タングステン(W)フィラメントを用いて熱電子を放出しながら、アルゴンイオンを発生させて基材表面のクリーニングを30分行う。その後、チャンバ内からアルゴンガスを排気し、引き続いて成膜を行う。成膜は、基材温度を所定の温度とし、真空状態、或いは反応ガスとして窒素、メタン及び酸素のいずれか1種以上のガスを導入させながら、蒸発源とチャンバとの間のアーク放電により、蒸発源を部分的に融解させてカソード物質を蒸発させて行う。この試験では、被覆膜としてTiAlN膜(厚さ4μm)を形成した。成膜は、基材温度:450℃、バイアス電圧:-150V、雰囲気の圧力:4Paとして行った。この工程により、被覆チップが得られる。
原料粉末として、種々の平均粒径のTiCN粉末を用意し、この粉末を用いて表1に示す組成(質量%)となるように微粒層用の造粒粉末及び粗粒層用の造粒粉末を作製し、これらの粉末を用いて、試料No.1-3,1-13と同様の手順で種々の基材を作製し、切削チップ(試料No.1-1,1-2,1-4〜1-6)、被覆チップ(試料No.1-11,1-12,1-14〜1-16)を得る。なお、試料No.1-1,1-6及び1-11,1-16は、平均粒径が同じTiCN粉末を用いて微粒層用粉末及び粗粒層用粉末を作製している。また、ここでは、表面側に配される厚さ50μmの層を微粒層と呼んでいる。
得られた切削チップ(被覆膜を有していないもの)及び被覆チップについて、表2に示す切削条件で切削試験(いずれも旋削加工)を行い、耐摩耗性及び耐欠損性を評価した。その結果を表3に示す。耐摩耗性の評価は、30分後の逃げ面(Vb)摩耗量(mm)、耐欠損性の評価は、工具が破損するまでの衝撃回数(回)を測定して行った。
また、切削チップ及び被覆チップの基材について、微粒層中の硬質相粒子の平均粒径d1、及び粗粒層中の硬質相粒子の平均粒径d3を測定した。その結果を表3に示す。また、切削チップの基材表面の面粗さRa(中心線平均粗さ、JIS B 0601 '82)を測定した。その結果も表3に示す。
更に、被覆チップについて切断面を顕微鏡観察したところ、図2に示すように基材10の表面は、結合相10bの一部が除去されて、微粒層11の表面側に存在する硬質相粒子(ここでは、主にTiCN粒子といったTi化合物粒子)11tの中に、基材表面側の部分が露出した状態のものが存在する。このような基材10の表面にPVD法によって形成された被覆膜20は、微粒層11の表面側に存在する硬質相粒子11tに直接接して成長した結晶粒20pが多数存在している。結晶粒20pの大きさは、被覆チップによって異なっており、接触している硬質相粒子11tと同程度の大きさのもの、硬質相粒子11tよりも小さい或いは大きいものがある。なお、図2に示す被覆膜20は、基材側から表面側に向かって一つの結晶粒が連続した柱状形状となっているが、成膜条件を変化させることで、基材側の結晶粒と表面側の結晶粒とが連続しない別の粒子としたり、粒状の結晶粒と柱状の結晶粒との混合組織としたり、粒状の結晶粒のみとすることができる。試料No.1-11〜1-14はいずれも柱状組織を有している。
各被覆チップについて、微粒層11の硬質相粒子11tの平均粒径d1(μm)に加え、被覆膜20において微粒層11の硬質相粒子11tに直接接して成長している結晶粒20pの平均粒径d2(μm)を測定し、d1/d2を求めた。その結果を表3に示す。また、被覆チップにおいて、被覆膜表面の面粗さRa(中心線平均粗さ、JIS B 0601 '82)を測定した。その結果も表3に示す。
上記平均粒径d1〜d3は、以下のように測定する。各チップを切断し、切断面をラッピングしてSEM(走査電子顕微鏡)による結晶解析を行い、解析画像を適宜画像解析装置に取り込んで解析して、切断面における硬質相粒子や被覆膜(PVD膜)の結晶粒の粒径(μm)を測定して、これらの平均値を平均粒径d1〜d3とする。結晶解析は、例えば、ECP(Electron channeling pattern)法、より微細な領域の解析が行えるEBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)法が挙げられる。ここではEBSD法により解析する。被覆膜の結晶粒は、EBSD法などにより解析することで、粒径の測定が行い易くなる。なお、各チップは、SEM像において、有芯構造の粒子、例えば、黒いコントラストで見える粒子の周囲に、白などの異なるコントラストで見える領域を具える粒子が多く観察され、黒い粒子、白コントラストで見える単層の粒子、灰色のコントラストで見える単層の粒子が若干観測された。これらの粒子が硬質相粒子を構成する。
被覆膜を有していない切削チップにおいて微粒層中の硬質相粒子の平均粒径d1は、微粒層の表面側に存在する任意の硬質相粒子を複数(ここでは500個)測定して、その平均値とする。被覆チップにおいて微粒層中の硬質相粒子の平均粒径d1は、基材において被覆膜との境界近傍に存在する任意の硬質相粒子を複数(ここでは500個)測定して、その平均値とする。被覆膜の結晶粒の平均粒径d2は、硬質相粒子に直接接して成長している結晶粒を任意に複数(ここでは50個)測定して、その平均値とする。各チップについて粗粒層中の硬質相粒子の平均粒径d3は、上記切断面の一定の範囲(ここでは微粒層から十分に離れた基材内部における100μm角内)に存在する全ての硬質相粒子の粒径を測定し、その平均値とする。平均粒径d1,d3は、上記平均値をフルマンの式により適宜修正してもよい。また、ここでは、硬質相粒子や結晶粒を取得した画像から任意にピックアップすることで平均値を求めたが、画像解析ソフトを用いて、自動的に粒径を求めて、平均値を求めてもよい(但し、被覆膜の結晶粒の粒径は、厚さ方向の大きさではなく、基材と被覆膜との境界に沿った方向(図2において左右方向)の大きさを利用する)。
Figure 0005276392
Figure 0005276392
表3に示すように、硬質相粒子の粒度が均一的で粗粒である試料と比較して、基材表面側に微粒のTi化合物粒子を主たる硬質相とする微粒層を具えた試料は、耐摩耗性に優れることが分かる。かつ、硬質相粒子の粒度が均一的で微粒である試料と比較して、基材内部側に微粒層中の硬質相粒子よりも平均粒径が大きいTi化合物粒子を主たる硬質相とする粗粒層を具えた試料は、靭性に優れることが分かる。即ち、上記微粒層と粗粒層とを具える切削工具は、耐摩耗性と靭性との双方をバランスよく具え、切削性能に優れることが分かる。この理由は、微粒層と粗粒層との接合界面に微細な凹凸を具えることで、両層が剥離し難く、両層の特性を十分に活用できるためと考えられる。
また、上記微粒層を具えることで、基材表面や被覆膜表面が平滑であることが分かる。そのため、上記微粒層と粗粒層とを具える切削工具、及び被覆切削工具は、良好な仕上げ面が得られる。
更に、上記微粒層と粗粒層とが積層された構造の基材表面にPVD膜を具えることで、耐摩耗性をより向上できることが分かる。特に、これらの試料は、基材と被覆膜とが強固に密着されており、被覆膜を十分に活用できると考えられる。
(試験例2)
試験例1で作製した切削チップに対して、微粒層の厚さを異ならせた切削チップを作製し、耐摩耗性及び靭性(耐欠損性)を調べた。この試験では、試験例1で用いた試料No.1-3の切削チップに対して微粒層の厚さを変えた点以外の点(微粒層及び粗粒層の組成及び原料粉末の大きさ、チップの形状及び大きさ、チップの製造方法)は、試験例1の試料No.1-3の切削チップと同様である。
得られた切削チップを用いて、表2に示す切削条件(被覆膜無し)で切削試験を行った。その結果を表4に示す。
Figure 0005276392
表4に示すように、微粒層の厚さが薄いほど粗粒層の割合が増えることで、靭性に優れることが分かる。従って、微粒層の厚さが薄いほど、特に、200μm以下、更に100μm以下であると、耐摩耗性と靭性との双方に優れることが分かる。なお、いずれの試料も微粒層と粗粒層との接合界面に、微細な凹凸(最大落差:30〜400μm)が見られた。また、いずれの試料も基材表面の面粗さRaは、0.1μm以下であり平滑であった。
(試験例3)
試験例1で作製した切削チップに対して、微粒層と粗粒層との接合界面に存在する凹凸の最大落差を異ならせた切削チップを作製し、微粒層の剥離状態、切削チップの変形状態を調べた。この試験では、試験例1で用いた試料No.1-3の切削チップに対して凹凸の最大落差を変えた点以外の点(微粒層及び粗粒層の組成及び原料粉末の大きさ、両層の厚さ、チップの形状及び大きさ、チップの製造方法)は、試験例1の試料No.1-3の切削チップと同様とした。
凹凸の最大落差は、造粒径を異ならせたり、押圧面に所定の大きさの凸部を有するプレスを用い、この凸部の大きさを異ならせたり、プレス時の圧力を異ならせることで変化させた。凹凸の最大落差の測定は、試験例1と同様に断面観察像を用いて行った。焼結後に得られた切削チップについて、微粒層の剥離の有無、及び切削チップの変形状態を調べた。その結果を表5に示す。剥離は、切削チップを目視し、微粒層の剥離があるものを×、剥離が無いものを○とし、変形は、各試料を微粒層が上方を向くように水平な台上に配置し、ハイトゲージで表面全体を測定し、この表面のうち、最も高い位置と最も低い位置の差(反りの度合い)を算出し、その差が0.1mmを超えるものを×、0.1mm以下を○とする。そして、剥離及び変形の双方が○の試料を表5に○と示し、いずれか一方でも×の試料を表5に×と示す。
Figure 0005276392
表5に示すように微粒層と粗粒層との接合界面に所定の大きさ、特に、最大落差が20μm以上500μm以下の凹凸を有することで、両層が剥離し難く、また変形し難いことが分かる。なお、最大落差が小さいと剥離し易く、大きいと基材の変形が生じ易い傾向にある。また、剥離や変形が生じていないいずれの試料も基材表面の面粗さRaは、0.1μm以下であり平滑であった。
(試験例4)
試験例1で作製した切削チップに対して、粗粒層の組成を変化させた切削チップを作製し、切削性能及び微粒層の剥離状態を調べた。この試験では、試験例1で用いた試料No.1-3の切削チップに対して粗粒層の原料に用いた粉末種IのWC添加量及びWCの平均粒径を変えた点以外の点(微粒層の組成及び原料粉末の大きさ、両層の厚さ、チップの形状及び大きさ、チップの製造方法)は、試験例1の試料No.1-3の切削チップと同様とした。粉末種IにおいてWC添加量の増減分に対して、原料に用いたTiCN添加量を増減させ、TiCN添加量とWC添加量との合計量が試験例1と同様になるようにした。
得られた切削チップに対して、粗粒層のW及びWCの合計量を試験例1と同様にして調べたところ、原料に用いたWCの添加量と概ね同様であった。
得られた切削チップを用いて、表2に示す切削条件(被覆膜無し、耐欠損性)で切削試験(旋削)を行った。その結果を表6に示す。また、得られた切削チップについて微粒層の剥離状態を調べた。その結果も表6に示す。剥離は、試験例3と同様に評価した。なお、微粒層に剥離が生じていた試料は、切削試験を行っておらず、表6において「測定不可」と示す。また、表6のWCの平均粒径(μm)は、添加したWC粉末の平均粒径を示す。
Figure 0005276392
表6に示すようにWCの添加量が多くなるほど、また添加したWCの平均粒径が大きいほど、靭性が高いことが分かる。即ち、WCの添加は、靭性の向上に寄与することが分かる。また、粗大なWC粉末を用いることで、粗大なWCが析出し、この析出したWC粒子が靭性の向上の一因になっていると考えられる。しかし、WCの添加量が多過ぎると、微粒層の剥離が生じることが分かる。この剥離は、両層の組成の相違による熱膨張係数の差に起因すると考えられる。なお、微粒層が剥離していないいずれの試料も微粒層と粗粒層との接合界面に、微細な凹凸(最大落差:30〜400μm)が見られた。また、微粒層が剥離していないいずれの試料も基材表面の面粗さRaは、0.1μm以下であり平滑であった。
(試験例5)
試験例1で作製した被覆チップに対して、被覆膜を構成する結晶粒の平均粒径を異ならせた被覆チップを作製し、切削性能を調べた。
この試験では、試験例1の試料No.1-13の基材と同様の基材を用意し、クリーニング条件や成膜条件を変えることで、被覆膜を構成する結晶粒の平均粒径を異ならせた試料を作製した(試料No.5-1〜5-5)。例えば、試料No.5-2〜5-4は、クリーニングの処理時間:10〜60分、処理時のバイアス電圧:-500〜-1500V、成膜時の基材温度:450〜550℃、成膜時のバイアス電圧:-10〜-200V、成膜時の雰囲気の圧力:0.5〜5Paとして、クリーニング及び成膜(試料No.1-13と同じTiAlN膜(厚さ4μm))を行った。
得られた被覆チップを用いて、表7に示す切削条件で切削試験を行い、耐摩耗性及び耐剥離性評価した。その結果を表8に示す。耐摩耗性の評価は、試験例1と同様であり、耐剥離性の評価は、被覆膜が剥離するまでの時間(min)を測定して行った。なお、表8において平均粒径d1,d2は、試験例1と同様にして測定した。
Figure 0005276392
Figure 0005276392
表8に示すように、微粒層の表面側に存在する硬質相粒子と、被覆膜において基材との境界近傍に存在する結晶粒とが同程度である、即ちd1/d2が0.7〜1.3であると、被覆膜が剥離し難く、膜の密着性が向上できることが分かる。また、d1/d2が0.7〜1.3である試料は、耐摩耗性も優れている。これは、被覆膜が十分に密着していることで被覆膜を十分に活用することができ、被覆チップ全体として耐摩耗性を向上することができたためであると考えられる。更に、d1/d2が0.7〜1.3である試料について被覆膜の面粗さRaを調べたところ、いずれの試料もRaで0.1μm以下であり、被覆膜表面が非常に平滑であった。なお、いずれの試料も微粒層と粗粒層との接合界面に微細な凹凸(最大落差:30〜400μm)が見られた。
(試験例6)
試験例1で作製した被覆チップに対し、被覆膜の形成前のクリーニング条件を変化させて被覆チップを作製し、切削性能を調べた。
この試験では、試験例1の試料No.1-13の基材と同様の基材を用意し、この基材に適宜クリーニングを施してから、或いは施さず、試験例1と同様の条件でアークイオンプレーティング法によりTiAlN膜(厚さ4μm)を形成した試料を作製した(試料No.6-1〜6-3)。
試料No.6-1は、試験例1と同様の条件でガスボンバードメント処理によりクリーニングを行った。試料No.6-2は、メタルイオンを用いたボンバードメント処理(メタルボンバードメント処理)によりクリーニングを行った。この処理は、真空雰囲気中でTiイオンを発生させて行った(クリーニング時間:10分)。試料No.6-3は、クリーニングを行っていない。
得られた被覆チップについて、試験例1と同様にして硬質相粒子の平均粒径d1,d3(μm)を測定したところ、いずれの試料もd1が0.8μm、d3が3.5μmであった。また、試料No.6-1について、被覆膜の結晶粒の平均粒径d2(μm)を測定し、d1/d2を求めたところ、d1/d2=1.1であり、被覆膜が基材に十分に密着していると考えられる。更に、試料No.6-1の被覆膜の面粗さは、Raで0.1μm以下であった。一方、試料No.6-2,6-3は、切断面を顕微鏡観察したところ、被覆膜において基材の硬質相粒子に直接接して形成された結晶粒が実質的に存在しなかった。そこで、被覆膜において基材との境界近傍に存在する任意の結晶粒を複数(ここでは50個)測定して、その平均値を求めて膜粒度とし、微粒層の硬質相粒子の平均粒径d1との割合(膜/基材粒度比)を求めた。その結果を表10に示す。なお、試料No.6-1では、d1/d2が膜/基材粒度比に該当する。
得られた被覆チップを用いて、表9に示す切削条件で切削試験を行い、耐欠損性及び耐剥離性を調べた。その結果を表10に示す。評価方法は、上述の試験例と同様である。
Figure 0005276392
Figure 0005276392
表10に示すように、粗粒層と微粒層とを有する基材にガスボンバードメント処理を行ってからPVD法により成膜すると、耐欠損性の向上度合いが大きく、靭性に優れることが分かる。また、この被覆膜は、基材との密着性に優れることが分かる。
(試験例7)
試験例1で作製した切削チップに対して、サーメットの組成を異ならせた切削チップを作製し、耐摩耗性及び靭性(耐欠損性)を調べた。この試験では、試験例1で用いた試料No.1-3の切削チップに対して、サーメットの組成を異ならせた点以外の点(両層の厚さ、チップの形状及び大きさ、チップの製造方法)は、試験例1と概ね同様とした。
《試料No.7-3》
試料No.7-3は、表11に示す組成(質量%)となるように原料粉末を用意して、試験例1と同様にして、微粒層用及び粗粒層用の造粒粉末(平均粒径100μm)を作製する。なお、粉末種(1),(2)において、原料に用いたWC,Mo2C,TaNbC,ZrNの平均粒径はいずれも3μmであり、市販のものを用いた。
Figure 0005276392
得られた微粒層用の粉末種(1)の造粒粉末、粗粒層用の粉末種(2)の造粒粉末を用いて、試験例1と同様にして積層プレス成形体を作製し、試験例1と同様の条件で焼結、平面研削を施す。この工程により、試験例1の切削チップと同様の形状、即ち、微粒層と粗粒層とが積層されたJIS規格形状SNMN120408の切削チップが得られる。得られた切削チップについて、試験例1と同様にして、両層の接合界面の凹凸の最大落差を調べたところ、いずれのチップも30〜400μmである。更に、得られた切削チップの微粒層及び粗粒層のTiCNの含有量、WC及びCの合計含有量を試験例1と同様にして調べたところ、いずれの層についても、TiCN:63質量%、WC及びC:14質量%である。
原料粉末として、種々の平均粒径のTiCN粉末を用意し、この粉末を用いて表11に示す組成(質量%)となるように微粒層用及び粗粒層用の造粒粉末を試料No.7-3と同様に作製し、得られた粉末を用いて、試料No.7-3と同様の手順で種々の切削チップ(試料No.7-1,7-2,7-4〜7-6)を作製する。なお、試料No.7-1,7-6は、平均粒径が同じTiCN粉末を用いて微粒層用粉末及び粗粒層用粉末を作製している。また、ここでは、表面側に配される厚さ50μmの層を微粒層と呼んでいる。
得られた切削チップについて、表2に示す切削条件(被覆膜無し)で切削試験(いずれも旋削加工)を行った。その結果を表12に示す。
また、得られた切削チップについて、微粒層中の硬質相粒子の平均粒径d1、及び粗粒層中の硬質相粒子の平均粒径d3、及び切削チップの表面の面粗さRaを試験例1と同様にして測定した。その結果を表12に示す。なお、各切削チップは、SEM像において、黒いコントラストで見える中心部(TiCN)の周囲に、異なるコントラストで見える領域((Ti,W,Mo,Ta,Zr,Nb)(C,N))を具える有芯構造の粒子が多く観察され、黒い粒子、白のコントラストで見える単層の粒子、或いは灰色のコントラストで見える単層の粒子が若干観測された。これらの粒子が硬質相粒子を構成する。
Figure 0005276392
表12に示すように、硬質相粒子の粒度が均一的である試料と比較して、基材表面側に微粒の硬質相粒子を有する微粒層を具え、基材内部側に微粒層中の硬質相粒子よりも平均粒径が大きい硬質相粒子を有する粗粒層を具えた試料は、試験例1と同様に、耐摩耗性と靭性との双方をバランスよく具え、切削性能に優れることが分かる。
また、上記微粒層を具えることで、基材表面が平滑であることが分かる。そのため、上記微粒層と粗粒層とを具える切削工具は、良好な仕上げ面が得られる。
なお、上述した切削工具は、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能であり、上述した構成に限定されるものではない。例えば、基材の組成や積層部の配置(積層数など)、被覆膜の組成や厚さを適宜変更することができる。
本発明切削工具は、旋削加工、特に、鋼と反応し難いことから鋼の切削に好適に利用することができる。本発明切削工具の製造方法は、上記本発明切削工具の製造に好適に利用することができる。
本発明切削工具を模式的に示す断面図である。 被覆膜を具える本発明切削工具の断面を模式的に示す部分説明図である。
符号の説明
10 切削チップ(基材) 10b 結合相 11 微粒層 11c 切刃稜線
11t 硬質相粒子(TiCN粒子) 12 粗粒層 13 接合界面 20 被覆膜
20p 結晶粒

Claims (11)

  1. Ti化合物を硬質相に含むサーメットからなる基材を具える切削工具であって、
    前記基材は、
    Ti化合物粒子を主たる硬質相とする微粒層と、
    Ti化合物粒子を主たる硬質相とし、この硬質相粒子の平均粒径が、前記微粒層中の硬質相粒子の平均粒径よりも大きい粗粒層とが積層された積層部を有しており、
    前記微粒層中の硬質相粒子の平均粒径が1.0μm以下であり、
    前記粗粒層中の硬質相粒子の平均粒径が2.0μm以上であり、
    前記微粒層は、基材表面側の少なくとも一部に配置されていることを特徴とする切削工具。
  2. 前記微粒層は、その厚さが200μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の切削工具。
  3. 前記微粒層は、その厚さが100μm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の切削工具。
  4. 前記微粒層と前記粗粒層との接合界面には、最大落差が20μm以上500μm以下の凹凸が存在することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の切削工具。
  5. 前記粗粒層は、WC及びWを合計で10質量%以上50質量%以下含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の切削工具。
  6. 前記基材の面粗さがRaで0.1μm以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の切削工具。
  7. 前記粗粒層中の硬質粒子の平均粒径が10μm以下であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の切削工具。
  8. 更に、前記基材表面の少なくとも一部に被覆膜を具え、
    前記被覆膜は、前記基材の表面側に配された前記積層部の微粒層直上に物理蒸着法により形成された膜を含み、この物理蒸着法により形成された膜は、前記微粒層の表面側に存在する硬質相粒子に直接接して成長した結晶粒を具え、
    前記微粒層の硬質相粒子の平均粒径をd1、前記結晶粒の平均粒径をd2とするとき、d1/d2が0.7以上1.3以下であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の切削工具。
  9. 前記物理蒸着法により形成された膜表面の面粗さがRaで0.1μm以下であることを特徴とする請求項8に記載の切削工具。
  10. Ti化合物を硬質相に含むサーメットからなる基材表面の少なくとも一部に被覆膜を形成する切削工具の製造方法であって、
    Ti化合物粒子を主たる硬質相とする微粒層と、Ti化合物粒子を主たる硬質相とし、この硬質相粒子の平均粒径が、前記微粒層中の硬質相粒子の平均粒径よりも大きい粗粒層とが積層された積層部を有し、前記微粒層中の硬質相粒子の平均粒径が1.0μm以下であり、前記粗粒層中の硬質相粒子の平均粒径が2.0μm以上である基材を用意する工程と、
    前記積層部の微粒層を基材の表面側とし、この積層部の表面の少なくとも一部に希ガスのイオンを用いてボンバードメント処理を施す工程と、
    前記ボンバードメント処理が施された微粒層上に物理蒸着法により被覆膜を成膜する工程とを具えることを特徴とする切削工具の製造方法。
  11. 前記ボンバードメント処理は、前記希ガスに対して電子源から熱電子を放出しながら希ガスのイオンを発生させて行うことを特徴とする請求項10に記載の切削工具の製造方法。
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