以下、図1〜図23に基づいて本発明の第1の実施の形態を説明する。
図1に示すように、フロントエンジン・リヤドライブの車両は、従動輪である左右の前輪WFL,WFRと、駆動輪である左右の後輪WRL,WRRとを備える。車体前部に縦置きに搭載したエンジンEの後端にオートマチックトランスミッションATが接続されており、オートマチックトランスミッションATがプロペラシャフトPSを介してリヤディファレンシャルギヤDrに接続される。リヤディファレンシャルギヤDrから左右に延びる左車軸ARLおよび右車軸ARRに、それぞれ左後輪WRLおよび右後輪WRRが接続される。
左右の前輪WFL,WFRおよび左右の後輪WRL,WRRに設けられた4個のブレーキキャリパBFL,BFR;BRL,BRRは、運転者によるブレーキペダルの踏込み操作により作動して制動力を発生する以外に、横滑り防止装置(Vehicle Stability Assist )VSAからの指令により自動的に作動して四輪の制動力を個別に制御する。
リヤディファレンシャルギヤDrはエンジンEから入力されるトルクを左後輪WRLおよび右後輪WRRに任意の比率で配分することで、車両のヨーモーメントを制御することができ、横滑り防止装置VSAは、左車輪WFL,WRLの制動力および右車輪WFRおよびWRRの制動力を異ならせることで、車両のヨーモーメントを制御することができる。
更に、駆動輪である後輪WRL,WRRがスリップした場合に、エンジンEの燃料噴射量を制御することでエンジントルクを低減し、後輪WRL,WRRのトラクションを確保するためのトラクションコントロール装置(Traction Control System )TCSが設けられる。
車両には、リヤディファレンシャルギヤDrを制御するDIFF電子制御ユニットUaと、横滑り防止装置VSAを制御するVSA電子制御ユニットUbと、トラクションコントロール装置TCSを制御するTCS電子制御ユニットUcとに加えて、電動パワーステアリング装置EPSを制御するEPS電子制御ユニットUdと、オートマチックトランスミッションATを制御するAT電子制御ユニットUeとが設けられており、それらの電子制御ユニットUa〜UeはCANで相互に接続される。
VSA電子制御ユニットUbおよびTCS電子制御ユニットUcには、横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSの作動を抑制するためのVSA/TCSスイッチSWが接続される。VSA/TCSスイッチSWをONすると横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSの作動が許可され、VSA/TCSスイッチSWをOFFすると横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSの作動が抑制される。
図2に示すように、リヤディファレンシャルギヤDrには、オートマチックトランスミッションATから延びるプロペラシャフトPSに設けた駆動ベベルギヤギヤ2に噛み合う従動ベベルギヤ3から駆動力が伝達される差動機構Dが一体に設けられる。差動機構Dはダブルピニオン式の遊星歯車機構よりなり、前記従動ベベルギヤ3と一体に形成されたリングギヤ4と、このリングギヤ4の内部に同軸に配設されたサンギヤ5と、前記リングギヤ4に噛み合うアウタプラネタリギヤ6および前記サンギヤ5に噛み合うインナプラネタリギヤ7を、それらが相互に噛み合う状態で支持するプラネタリキャリヤ8とから構成される。差動機構Dは、そのリングギヤ4が入力要素として機能するとともに、一方の出力要素として機能するサンギヤ5が右出力軸9Rおよび右車軸ARRを介して右後輪WRRに接続され、また他方の出力要素として機能するプラネタリキャリヤ8が左出力軸9Lおよび左車軸ARLを介して左後輪WRLに接続される。
左右の後輪WRL,WRR間で駆動力を配分するリヤディファレンシャルギヤDrは遊星歯車機構よりなり、そのキャリヤ部材11が右出力軸9Rの外周に回転自在に支持されるとともに、円周方向に90°間隔で配置された4本のピニオン軸12の各々に、第1ピニオン13、第2ピニオン14および第3ピニオン15を一体に形成した3連ピニオン部材16が回転自在に支持される。
右出力軸9Rの外周に回転自在に支持されて前記第1ピニオン13に噛み合う第1サンギヤ17は、差動機構Dのプラネタリキャリヤ8に連結される。また右出力軸9Rの外周に固定された第2サンギヤ18は前記第2ピニオン14に噛み合う。更に、右出力軸9Rの外周に回転自在に支持された第3サンギヤ19は前記第3ピニオン15に噛み合う。
実施の形態における第1ピニオン13、第2ピニオン14、第3ピニオン15、第1サンギヤ17、第2サンギヤ18および第3サンギヤ19の歯数は以下のとおりである。
第1ピニオン13の歯数 Zb=16
第2ピニオン14の歯数 Zd=16
第3ピニオン15の歯数 Zf=32
第1サンギヤ17の歯数 Za=30
第2サンギヤ18の歯数 Zc=26
第3サンギヤ19の歯数 Ze=28
第3サンギヤ19は右出力軸9Rの外周に嵌合するスリーブ21および右クラッチCRを介してリヤディファレンシャルギヤDrのハウジング20に結合可能であり、右クラッチCRの締結によってキャリヤ部材11の回転数が増速される。またキャリヤ部材11は左クラッチCLを介してハウジング20に結合可能であり、左クラッチCLの締結によってキャリヤ部材11の回転数が減速される。
またリヤディファレンシャルギヤDrのキャリヤ部材11と第3サンギヤ19のスリーブ21との間に差動制限クラッチCDが配置される。差動制限クラッチCDを締結してキャリヤ部材11と第3サンギヤ19とを相対回転不能に一体化すると、遊星歯車機構よりなるリヤディファレンシャルギヤDrがロックされる。
上記構成のリヤディファレンシャルギヤDrにより、図21に示すように車両の中低車速域での左旋回時には、左クラッチCLを締結することで、キャリヤ部材11がハウジング20に結合されて回転を停止する。このとき、右後輪WRRと一体の右出力軸9Rと、左後輪WRLと一体の左出力軸9L(即ち、差動機構Dのプラネタリキャリヤ8)とは、第2サンギヤ18、第2ピニオン14、第1ピニオン13および第1サンギヤ17を介して連結されているため、右後輪WRRの回転数NRは左前後WRLの回転数NLに対して次式の関係で増速される。
NR/NL=(Zd/Zc)×(Za/Zb)
=1.154 …(1)
上述のようにして右後輪WRRの回転数NRが左後輪WRLの回転数NLに対して増速されると、図21に斜線を施した矢印で示したように、旋回内輪である左後輪WRLのトルクの一部を旋回外輪である右後輪WRRに伝達し、車両の左旋回をアシストして旋回性能を高めることができる。
尚、キャリヤ部材11を左クラッチCLにより停止させる代わりに、左クラッチCLの締結力を適宜調整してキャリヤ部材11の回転数を減速すれば、その減速に応じて右後輪WRRの回転数NRを左後輪WRLの回転数NLに対して増速し、旋回内輪である左後輪WRLから旋回外輪である右後輪WRRに任意のトルクを伝達することができる。
一方、図22に示すように車両の中低車速域での右旋回時には、右クラッチCRを締結することで、スリーブ21がハウジング20に結合されて回転を停止する。その結果、スリーブ21に第3サンギヤ19を介して接続された第3ピニオン15が公転および自転し、右出力軸9Rの回転数に対してキャリヤ部材11の回転数が増速され、左後輪WRLの回転数NLは右後輪WRRの回転数NRに対して次式の関係で増速される。
NL/NR={1−(Ze/Zf)×(Zb/Za)}
÷{1−(Ze/Zf)×(Zd/Zc)}
=1.156 …(2)
上述のようにして左後輪WRLの回転数NLが右後輪WRRの回転数NRに対して増速されると、図22に斜線を施した矢印で示したように、旋回内輪である右後輪WRRのトルクの一部を旋回外輪である左後輪WRLに伝達することができる。この場合にも、スリーブ21を右クラッチCRにより停止させる代わりに、右クラッチCRの締結力を適宜調整してスリーブ21の回転数を減速すれば、その減速に応じて左後輪WRLの回転数NLを右後輪WRRの回転数NRに対して増速し、旋回内輪である右後輪WRRから旋回外輪である左後輪WRLに任意のトルクを伝達することができる。
(1)式および(2)式を比較すると明らかなように、第1ピニオン13、第2ピニオン14、第3ピニオン15、第1サンギヤ17、第2サンギヤ18および第3サンギヤ19の歯数を前述の如く設定したことにより、左後輪WRLから右後輪WRRへの増速率(約1.154)と、右後輪WRRから左後輪WRLへの増速率(約1.156)とを略等しくすることができる。
また車両が高速で直進走行を行う場合には差動機構Dの機能を制限し、実質的に左右の車輪を一体に回転させることが望ましい。この場合、図23に示すように、差動制限クラッチCDを締結すると、リヤディファレンシャルギヤDrのキャリヤ部材11および第3サンギヤ19が一体に結合されて遊星歯車機構がロック状態になり、第1サンギヤ17に接続された左車軸ARLと、第2サンギヤ18に接続された右車軸ARRとが相対回転不能に一体化され、差動制限機能が発揮される。
図2に示す差動制限クラッチCLを開放しての直進走行状態でも、図23に示す差動制限クラッチCLを締結しての直進走行状態でも、左右の後輪WRL,WRRには同じトルクが配分されるが、車両の進路がふらついたときに、差動制限クラッチCLを開放していると差動機構Dが機能して左右の後輪WRL,WRRの回転数が変化してしまうが、差動制限クラッチCLを締結していると左右の後輪WRL,WRRの回転数が同一に維持されるため、車両の直進安定性が高められる。
尚、左クラッチCLおよび右クラッチCRをそれぞれ所定のスリップ率で締結しても、左車軸ARLおよび右車軸ARRを相対回転不能に一体化して差動制限機能を発揮させることができるが、左クラッチCLおよび右クラッチCRをそれぞれ所定のスリップ率で精度良く締結する制御は困難であり、制御の応答性も低下する問題がある。
それに対して、本実施の形態では差動制限クラッチCDを締結するだけで差動制限機能を発揮させることができるので、制御が容易になるとともに制御の応答性が向上する。
次に、リヤディファレンシャルギヤDr、横滑り防止装置VSA、トラクションコントロール装置TCS等の各デバイスの制御系の構成を説明する。
図3に示すように、DIFF電子制御ユニットUaのDIFF制御部M1と、VSA電子制御ユニットUbのVSA制御部M2と、TCS電子制御ユニットUcのTCS制御部M3と、EPS電子制御ユニットUdのEPS制御部M4と、AT電子制御ユニットUeのAT制御部M5とは、各種センサで検出したセンサ値に基づいて各々の制御量および制御状態を算出し、それを例えばDIFF電子制御ユニットUaに設けられ協調制御部M6に送信する。このとき、DIFF制御部M1およびVSA制御部M2には、前記センサ値に加えて、TCS制御部M3およびAT制御部M5で算出したエンジントルク、エンジン回転数、シフト位置等が入力される。協調制御部M6は、EPS制御部M4およびAT制御部M5が算出した制御量および制御状態をそのまま対応するアクチュエータに出力するが、協調制御の対象となるDIFF制御部M1、VSA制御部M2およびTCS制御部M3が算出した制御量および制御状態を、協調制御された制御量および制御状態に変換して対応するアクチュエータに出力する。
DIFF制御部M1は、操舵角と車速とから推定される規範横加速度と、車両に実際に発生している実横加速度とを所定の割合で合成した制御横加速度に基づいてフィードフォワード制御を行うべく、左右の後輪WRL,WRRに配分するトルク配分制御要求量を算出する。トルク配分制御要求量は、オートマチックトランスミッションATが発生する推定駆動トルクを制御横加速度が大きいほど旋回外輪に多く配分するように設定される。推定駆動トルクは、エンジン回転数と、吸気負圧(もしくは吸気流量)と、現在確立している変速段のギヤ比とに基づいて算出可能である。これにより、例えば車両のスリップ角が所定値以上の場合には、車両挙動が不安定な状態にあると判定し、リヤディファレンシャルギヤDrを制御して左右の後輪WRL,WRRのうちの旋回外輪に配分されるトルクを低減するフィードバック制御を行うことで、車両挙動の安定を図ることができる。
図4に示すように、協調制御部M6には、横滑り防止装置VSAによるブレーキ制御要求量と、横滑り防止装置VSAによるヨーモーメント付加要求量と、トラクションコントロール装置TCSによるトルクダウン制御要求量と、リヤディファレンシャルギヤDrによるトルク配分制御要求量と、センサ値およびパラメータとが入力される。このとき、リヤディファレンシャルギヤDrによるトルク配分制御要求量は、横滑り防止装置VSAによるヨーモーメント付加要求量と単位を統一するためにヨーモーメント制御換算量に変換される。
リヤディファレンシャルギヤDr、横滑り防止装置VSAあるいはトラクションコントロール装置TCSが正常に機能して協調制御が可能であり、かつVSA/TCSスイッチSWがONして横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSが作動するように設定されているときには、協調によるヨーモーメント制御量が算出されるとともに、この協調によるヨーモーメント制御量に基づいてリヤディファレンシャルギヤDr、横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSの制御量が各々算出されて出力される。
一方、リヤディファレンシャルギヤDr、横滑り防止装置VSAあるいはトラクションコントロール装置TCSが正常に機能して協調制御が可能であり、かつVSA/TCSスイッチSWがOFFして横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSの作動が抑制されているときには、協調によるVSA/TCSスイッチSWのOFF時のヨーモーメント制御量が算出されるとともに、この協調によるヨーモーメント制御量に基づいてリヤディファレンシャルギヤDr、横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSの制御量が各々算出されて出力される。
またリヤディファレンシャルギヤDr、横滑り防止装置VSAあるいはトラクションコントロール装置TCSの失陥により協調制御が不能になったときには、横滑り防止装置VSAによるブレーキ制御要求量が協調しないブレーキ制御量として出力され、トラクションコントロール装置TCSによるトルクダウン制御要求量が協調しないトルクダウン制御量として出力され、リヤディファレンシャルギヤDrによるトルク付加要求量が協調しないヨーモーメント制御量として出力される(協調制御非実行)。
次に、協調制御の内容を図5〜図9のフローチャートに基づいて説明する。
先ず、図5の協調制御状態判定ルーチンのステップS1で各センサ値およびパラメータを読み込んだ後、ステップS2でリヤディファレンシャルギヤDr、横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSが全て正常で協調制御が実行可能であり、かつステップS3でVSA/TCSスイッチSWがONしていて横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSが作動するように設定されているときには、ステップS4で「モード1」の協調制御を実行する。前記ステップS3でVSA/TCSスイッチSWがOFFしていて横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSの作動が抑制されているときには、ステップS5で「モード2」の協調制御を実行する。前記ステップS2でリヤディファレンシャルギヤDr、横滑り防止装置VSAあるいはトラクションコントロール装置TCSの何れかが異常で協調制御が実行不能であるときには、ステップS6で協調制御を非実行とする。
続いて、図6の協調による制御量算出ルーチンのステップS11で各センサ値およびパラメータを読み込んだ後、ステップS12でトラクションコントロール装置TCSによるトラクションコントロール制御を旋回外輪重視にセットする。具体的には、駆動輪である後輪WRL,WRRのスリップ量を算出する際に、旋回外輪側の後輪WRL,WRRの車輪速を採用してスリップ量を算出する。続くステップS13で駆動輪である後輪WRL,WRRの駆動トルクが閾値(図10参照)を以上であれば、即ち、旋回外輪側の後輪WRL,WRRの車輪速と車体速とを比較して該旋回外輪側の後輪WRL,WRRのスリップ量を算出し、このスリップ量から旋回外輪側の後輪WRL,WRRがスリップしてトラクションが失われる可能性があると判定されると、ステップS14でトラクションコントロール装置TCSが横滑り防止装置VSAよりも先に介入するようにパラメータをセットする。一方、前記ステップS13で旋回外輪側の後輪WRL,WRRの駆動トルクが前記閾値未満であれば、後輪WRL,WRRがスリップしてトラクションが失われる可能性が低いため、ステップS15で横滑り防止装置VSAがトラクションコントロール装置TCSよりも先に介入するようにパラメータをセットする。
以上のように、後輪WRL,WRRがスリップしてトラクションが失われる可能性が高いときにはトラクションコントロール装置TCSを横滑り防止装置VSAに優先して作動させるので、後輪WRL,WRRのスリップを速やかに解消して旋回挙動制御の制御性を高めることができる。また後輪WRL,WRRがスリップしてトラクションが失われる可能性が低いときには横滑り防止装置VSAをトラクションコントロール装置TCSに優先して作動させるので、車両の加速性能を最大限に確保しながら横滑り防止装置VSAで旋回挙動を安定させることができる。
尚、前記ステップS12でトラクションコントロール装置TCSによるトラクションコントロール制御を旋回外輪重視にセットする理由は、以下の通りである。
通常のディファレンシャルギヤを備える車両の場合には、旋回内輪がスリップし易いため、トラクションコントロール装置TCSによるトラクションコントロール制御は旋回内輪により行われる。一方、トルク配分可能なディファレンシャルギヤを備える車両の場合は、旋回内輪がスリップしないようにトルク配分制御が行われるため、通常のディファレンシャルギヤを備える車両とは逆に、運動性能により高い影響を与える旋回外輪のスリップを重視する制御が実行される。
続いて、ステップS16でヨーモーメント制御量を算出し、ステップS17でリヤディファレンシャルギヤDr、横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSの協調制御量を算出する。
図7は図6のフローチャートのステップS16(ヨーモーメント制御量算出)のサブルーチンを示すもので、ステップS21で各センサ値およびパラメータを読み込むとともに、ステップS22で各デバイスの制御量の前回値を読み込んだ後、ステップS23で横滑り防止装置VSAおよびリヤディファレンシャルギヤDrに発生させるべきヨーモーメントの制御要求が同方向であれば、ステップS24で両者の制御要求量の絶対値の大きい方をヨーモーメント付加要求量としてセットし、前記ステップS23で両者のヨーモーメントの制御要求が同方向でなければ、ステップS25で横滑り防止装置VSAの制御要求量をヨーモーメント付加要求量としてセットする。そしてステップS26でトラクションコントロール装置TCSの制御要求量をトルクダウン付加要求量にセットし、ステップS27でヨーモーメント付加要求量とその前回値との差をヨーモーメント付加要求増加量にセットするとともに、トルクダウン要求量とその前回値との差をトルクダウン要求増加量にセットする。
図8は図6のフローチャートのステップS17(DIFF、VSA、TCSの協調制御量算出)のサブルーチンを示すもので、ステップS31で各センサ値およびパラメータを読み込む。続くステップS32で前回よりも今回の車両挙動が悪化しており、ステップS33で後述する制御段を1段上げる必要があれば、ステップS34で制御段を1段上げ、前記ステップS33で制御段を1段上げる必要がなければ、ステップS35で現在の制御段を維持する。また前記ステップS32で前回よりも今回の車両挙動が悪化しておらず、かつステップS36で制御段を1段下げる必要があれば、ステップS37で制御段を1段下げ、前記ステップS36で制御段を1段下げる必要がなければ、前記ステップS35で現在の制御段を維持する。車両挙動が悪化したことは、ヨーモーメント付加要求量およびトルクダウン要求量の今回値が前回値よりも増加したときに判定される。そしてステップS38で前記各制御段に応じて各デバイスの制御量を算出し、ステップS39で各デバイスの制御量を出力する。
表1に示すように、制御段には制御段(1) 、制御段(2) 、制御段(2) ′および制御段(3) があり、制御段(1) はリヤディファレンシャルギヤDrだけが作動し、制御段(2) はリヤディファレンシャルギヤDrと横滑り防止装置VSAとが作動し、制御段(2) ′はリヤディファレンシャルギヤDrとトラクションコントロール装置TCSとが作動し、制御段課(3) はリヤディファレンシャルギヤDrと、横滑り防止装置VSAとトラクションコントロール装置TCSとが作動する。よって車両挙動に及ぼす影響は、制御段(1) が最も弱く、制御段(2) および制御段(2) ′が中間であり、制御段(3) が最も強くなる。
表2には制御段が上がる条件が示される。即ち、制御段(1) から制御段(2) に上がる条件は、横滑り防止装置VSAがトラクションコントロール装置TCSよりも先に介入するようにパラメータがセットされている状態で、ヨーモーメント付加要求量が前回値に比べて閾値以上増大することか、ヨーモーメント付加要求量が増加してリヤディファレンシャルギヤDrのヨーモーメント制御性能の限界値を超えることである。
制御段(1) から制御段(2) ′に上がる条件は、トラクションコントロール装置TCSが横滑り防止装置VSAよりも先に介入するようにパラメータがセットされている状態で、ヨーモーメント付加要求量が前回値に比べて閾値以上増大することか、ヨーモーメントの付加要求量が増加してリヤディファレンシャルギヤDrのヨーモーメント制御性能の限界値を超えることか、トルクダウン要求量があることである。あるいは、横滑り防止装置VSAがトラクションコントロール装置TCSよりも先に介入するようにパラメータがセットされている状態で、トルクダウン要求量が前回値に比べて閾値以上増大することか、トルクダウン要求量が増加してリヤディファレンシャルギヤDrのヨーモーメント制御性能の限界値を超えることである。
制御段(2) あるいは制御段(2) ′から制御段(3) に上がる条件は、トルクダウン要求量が前回値に比べて閾値以上増大することか、ヨーモーメント付加要求量が前回値に比べて閾値以上増大することである。
表3には制御段が下がる条件が示される。即ち、制御段(3) から制御段(2) に下がる条件は、横滑り防止装置VSAがトラクションコントロール装置TCSよりも先に介入するようにパラメータがセットされている状態で、トルクダウン要求量が閾値以下に減少することである。
制御段(3) から制御段(2) ′に下がる条件は、トラクションコントロール装置TCSが横滑り防止装置VSAよりも先に介入するようにパラメータがセットされている状態で、ヨーモーメント付加要求量が閾値以下に減少することである。
制御段(2) または請求項(2) ′から制御段(1) に下がる条件は、トルクダウン要求量が閾値以下まで減少し、かつヨーモーメント付加要求量が閾値以下まで減少することである。
次に前記各制御段における各デバイスの制御量の算出について説明する。
[制御段(1) ]:リヤディファレンシャルギヤDrのみ作動
要求がトルクダウン量のみであってヨーモーメント付加要求量がない場合、つまり車両の直進走行中には差動制御のみを行う。即ち、図11(A)に示すように、トルクダウン要求量に応じてリヤディファレンシャルギヤDrの差動制限量をマップ検索し、この差動制限量をリヤディファレンシャルギヤDrのヨーモーメント制御量(以下、横滑り防止装置VSAのヨーモーメント制御量と区別するためにDIFFヨーモーメント制御量という)として差動制限を行う。
ヨーモーメント付加要求量がある場合には、ヨーモーメント付加要求量をDIFFヨーモーメント制御量としてトルクの左右配分制御を行う。このとき、図11(B)に示すように、トルクダウン要求量に応じて旋回制御調整係数をマップ検索し、この旋回制御調整係数をヨーモーメント付加要求量に乗算することでDIFFヨーモーメント制御量を補正する。
[制御段(2) ]:リヤディファレンシャルギヤDr+横滑り防止装置VSAが作動
制御段(1) から制御段(2) に上がったときのDIFFヨーモーメント制御量を固定し、その後のヨーモーメント付加要求量との差分を前後輪のトータルの横滑り防止装置VSAのヨーモーメント制御量(VSAヨーモーメント制御量)として算出する。トルクダウン要求増加量が増加している場合には、DIFF制御よりもVSA制御の方が有効であるため、図12(A)に示すようにトルクダウン要求増加量からDIFF制御調整係数およびVSA制御調整係数を検索し、トルクダウン要求増加量の増加に応じて減少するDIFF制御調整係数をDIFFヨーモーメント制御量に乗算したものを改めてDIFFヨーモーメント制御量とし、トルクダウン要求増加量の増加に応じて増加するVSA制御調整係数をVSAヨーモーメント制御量に乗算したものを改めてVSAヨーモーメント制御量とする。
前輪WFL,WFRおよび後輪WRL,WRRへのVSAヨーモーメント制御量の配分は、トータルのVSAヨーモーメント制御量の増加に応じて変化する。即ち、図12(B)に示すように、トータルのVSAヨーモーメント制御量が閾値以下のときは、全てのVSAヨーモーメント制御量が従動輪である前輪WFL,WFRに配分され、トータルのVSAヨーモーメント制御量が閾値を超えると、VSAヨーモーメント制御量が従動輪である前輪WFL,WFRと駆動輪である後輪WRL,WRRとに配分される。
図9のフローチャートは、上記制御段(2) の作用を説明するもので、ステップS41でDIFFヨーモーメント制御量を算出した後、ステップS42でリヤディファレンシャルギヤDrだけではDIFFヨーモーメント制御量の全量を賄いきれず、横滑り防止装置VSAによる従動輪(前輪WFL,WFR)の制動を用いたヨーモーメント制御が必要であり、かつステップS43で横滑り防止装置VSAによる駆動輪(後輪WRL,WRR)の制動を用いたヨーモーメント制御が必要でない場合には、つまりリヤディファレンシャルギヤDrおよび横滑り防止装置VSAによる前輪WFL,WFRのブレーキ制御でDIFFヨーモーメント制御量を賄い切れる場合には、ステップS47で前輪WFL,WFRのVSAヨーモーメント制御量を算出する。
前記ステップS43で前輪WFL,WFRのブレーキ制御だけではDIFFヨーモーメント制御量を賄い切れず、後輪WRL,WRRのブレーキ制御も必要になる場合であって、ステップS44でDIFFヨーモーメント制御量の修正が必要なければ、ステップS46で前輪WFL,WFRのVSAヨーモーメント制御量および後輪WRL,WRRのVSAヨーモーメント制御量を算出する。また前記ステップS44でDIFFヨーモーメント制御量の修正が必要であれば、ステップS45でDIFFヨーモーメント制御量を修正するとともに、前輪WFL,WFRのVSAヨーモーメント制御量および後輪WRL,WRRのVSAヨーモーメント制御量を算出する。そしてステップS48でリヤディファレンシャルギヤDrおよび横滑り防止装置VSAにそれぞれDIFFヨーモーメント制御量およびVSAヨーモーメント制御量を出力する。
[制御段(2) ′]:リヤディファレンシャルギヤDr+トラクションコントロール装置TCSが作動
制御段(1) から制御段(2) に上がったときのDIFFヨーモーメント制御量を固定した後、図13(A)に示すように、TCS(トルクダウン)要求量からTCS(トルクダウン)制御量を検索して出力するとともに、図13(B)に示すように、ヨーモーメント付加要求量からTCS(トルクダウン)追加量を検索して出力する。
[制御段(3) ]:リヤディファレンシャルギヤDr+横滑り防止装置VSA+トラクションコントロール装置TCSが作動
制御段(2) から制御段(3) に上がったときのDIFFヨーモーメント制御量を固定し、図14(A)に示すように、TCS(トルクダウン)要求量からTCS(トルクダウン)制御量を検索して出力する。前輪WFL,WFRおよび後輪WRL,WRRへのVSAヨーモーメント制御量の配分は、トータルのVSAヨーモーメント制御量の増加に応じて変化する。即ち、図14(B)に示すように、トータルのVSAヨーモーメント制御量が閾値以下のときは、全てのVSAヨーモーメント制御量が従動輪である前輪WFL,WFRに配分され、トータルのVSAヨーモーメント制御量が閾値を超えると、VSAヨーモーメント制御量が従動輪である前輪WFL,WFRと駆動輪である後輪WRL,WRRとに配分される。
尚、車両の加速時には、前記図14(B)に示すように、VSAヨーモーメント制御量は前輪WFL,WFRに優先的に配分されるが、車両の非加速時には、図14(C)に示すように、VSAヨーモーメント制御量を当初から前輪WFL,WFRおよび後輪WRL,WRRの両方に配分しても良い。このとき、前輪WFL,WFRへの配分量は後輪WRL,WRRへの配分量に比べて大きくなるように設定される。
以上のように、ヨーモーメント付加要求量の増加に応じてリヤディファレンシャルギヤDrによる左右トルク配分制御、横滑り防止装置VSAによる前輪WFL,WFR(従動輪)の制動力の制御、横滑り防止装置VSAによる後輪WRL,WRR(駆動輪)の制動力の制御を段階的に使用するので、リヤディファレンシャルギヤDrおよび横滑り防止装置VSAの作動が相互に干渉するのを最小限に抑えながら両者の機能を最大限に活かすことができる。
次に、図15〜図20に基づいて、VSA/TCSスイッチSWをOFFして横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSの作動を抑制したときの作用を、既に説明したVSA/TCSスイッチSWがONしているときの作用と対比しながら説明する。尚、VSA/TCSスイッチSWがOFFしたときには、前述した制御段はなくなって一律の制御に変更される。
図15の協調による制御量算出ルーチンのフローチャートは、前記図6のフローチャート(VSA/TCSスイッチSWがONしているとき)に対応するもので、ステップS11′で各センサ値およびパラメータを読み込んだ後、ステップS16′でVSA/TCSスイッチSWがOFFしたときのヨーモーメント制御量を算出し、ステップS17′でVSA/TCSスイッチSWがOFFしたときのリヤディファレンシャルギヤDr、横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSの協調制御量を算出する。
図16の協調によるヨーモーメント制御量算出ルーチンのフローチャートは、前記図7のフローチャート(VSA/TCSスイッチSWがONしているとき)に対応するもので、図16のステップS21′〜S26′は図7のステップS21〜S26と同じであり、ステップS27′でヨーモーメント付加要求量をVSA/TCSスイッチSWがOFF時の値に補正してセットする。
図17は、図15のフローチャートのステップS16′(VSA/TCSスイッチOFF時のヨーモーメント制御量算出)を説明するもので、VSA/TCSスイッチSWがOFFしたときには、ヨーモーメント付加要求量自体が変更される。
即ち、図17(A)に示すように、ヨーモーメント付加要求量は無制限に増加せず、上限値にサチレートするように補正される。また図17(B)に示すように、車速の増加に応じて減少する低減ゲインが設定されており、図17(C)に示すように、前記補正後のヨーモーメント付加要求量に前記低減ゲインを乗算することでヨーモーメント付加要求量の最終補正値が算出される。このように、VSA/TCSスイッチSWで横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSの作動が抑制された場合にリヤディファレンシャルギヤDrのヨーモーメント付加要求量を減少させるので、VSA/TCSスイッチSWの操作により車両の制御を弱めたいという運転者の要求に応えることができる。
次に、図18〜図20に基づいて、VSA/TCSスイッチSWがOFFしたときのリヤディファレンシャルギヤDrの制御量の算出について説明する。
リヤディファレンシャルギヤDrおよび横滑り防止装置VSAのヨーモーメント付加要求量が共にゼロである場合には、図18に示すように、TCS(トルクダウン)要求量の増加に応じてリヤディファレンシャルギヤDrの作動制限制御量が増加方向に補正される。これにより、車両のトラクション性能を高めたいという運転者の要求に応えることができる。
車両の旋回を促進する側のヨーモーメント付加要求量がある場合には、図19に示すように、TCS(トルクダウン)要求量の増加に応じて減少する旋回制御調整係数を減少方向に補正し(図19(A)参照)、この旋回制御調整係数に前記ヨーモーメント付加要求量の最終補正値(図17(C)参照)を乗算することで、TCS(トルクダウン)要求量がある場合の旋回促進側のヨーモーメント付加要求量を算出する(図19(B)参照)。このように、トラクションコントロール装置TCSのTCS(トルクダウン)要求量に応じて旋回促進側のヨーモーメント付加要求量を減少させるので、車両の旋回を促進する側への過制御を防止することができる。
車両の安定側(旋回を抑制する側)のヨーモーメント付加要求量がある場合には、VSA/TCSスイッチSWのON時にはヨーモーメント制御量を算出して出力するところを、図20に示すように、ヨーモーメント付加要求量の増加に応じて増加後にサチレートするリヤディファレンシャルギヤDrの差動制限制御量を算出して出力する。
以上のように、VSA/TCSスイッチSWがOFFして横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSの作動が抑制されるとき、リヤディファレンシャルギヤDrのヨーモーメント付加要求量および横滑り防止装置VSAのヨーモーメント付加要求量の方向(発生させるヨーモーメントの方向)が同一の場合には、絶対値が大きい方のヨーモーメント付加要求量をリヤディファレンシャルギヤDrのヨーモーメント付加要求量として出力し、また両ヨーモーメント付加要求量の方向が異なる場合には、横滑り防止装置VSAのヨーモーメント付加要求量をリヤディファレンシャルギヤDrのヨーモーメント付加要求量として出力するので、VSA/TCSスイッチSWで横滑り防止装置VSAおよびトラクションコントロール装置TCSの作動が抑制された状態でも協調制御による高い精度でヨーモーメント付加要求量を算出し、横滑り防止装置VSAおよびリヤディファレンシャルギヤDrを単独制御する場合に比べて良好な車両挙動を維持することができる。
次に、図24に基づいて本発明の第2の実施の形態を説明する。
第1の実施の形態の車両はフロントエンジン・リヤドライブの車両であるが、第2の実施の形態の車両はフロントエンジン・リヤドライブの車両をベースとする四輪駆動車両であり、後輪WRL,WRRが主駆動輪となり、前輪WFL,WFRが副駆動輪となる。
即ち、トランスファーTがトランスファークラッチCを介してフロントディファレンシャルギヤDfに接続されており、フロントディファレンシャルギヤDfから左右に延びる左車軸AFLおよび右車軸AFRに、それぞれ左前輪WFLおよび右前輪WFRが接続される。従ってトランスファークラッチCを締結することで車両を四輪駆動状態とし、トランスファークラッチCを締結解除することで車両を後輪駆動状態とすることができる。
第2の実施の形態のその他の構成および作用は、上述した第1の実施の形態と同じである。第1の実施の形態では駆動輪である後輪WRL,WRRが本発明の駆動輪に対応し、従動輪である前輪WFL,WFRが本発明の従動輪に対応しているが、第2の実施の形態では主駆動輪である後輪WRL,WRRが本発明の駆動輪に対応し、副駆動輪である前輪WFL,WFRが本発明の従動輪に対応している。
第1の実施の形態では制御横加速度に基づいてオートマチックトランスミッションATが発生する推定駆動トルクを駆動輪である後輪WRL,WRR間に配分するトルク配分制御要求量の割合を設定していたが、第2の実施の形態では制御横加速度が大きいほどオートマチックトランスミッションATが発生する推定駆動トルクを副駆動輪である前輪WFL,WFRと主駆動輪である後輪WRL,WRRとの間に配分するトルク配分制御要求量の割合を、副駆動輪である前輪WFL,WFRが大きくなるように設定するとともに、主駆動輪である後輪WRL,WRRに割り当てられたトルク配分制御要求量を、制御横加速度が大きいほど旋回外輪側に多く配分するようにフィードフォワード制御を行う。
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明はその要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更を行うことが可能である。
例えば、実施の形態では前輪WFL,WFRを従動輪として後輪WRL,WRRを駆動輪としているが、その関係を入れ換えても良い。その場合、リヤディファレンシャルギヤDrではなく、フロントディファレンシャルギヤDfが本発明の駆動力配分装置を構成することになる。