以下、図を参照して本発明を実施するための最良の形態について説明する。
―第1の実施の形態―
本発明の第1の実施の形態を、図1〜11を参照して説明する。
[装置配置の説明]
図1は、本発明による運転操作支援装置が搭載された車両における、各構成要素の配置を示す模式図である。図1において、一対のカメラ1は車室内前方の左右位置に取り付けられ、自車前方の道路状況を撮影し、障害物、道路境界、白線等を検出する。2台のカメラ1を用いることにより、物体の方向だけでなく物体までの距離も検出可能な構成となっている。
車速センサ2は、例えば、ホイールに取り付けられたロータリーエンコーダ等で構成され、ホイールの回転に比例して発生するパルス信号を検出することで車速を計測する。ヨーレートセンサ3は、水晶振動子や半導体を用いて構成される公知のデバイスを利用して車両に発生するヨーレートを検出するものである。加速度センサ4は、圧電素子等を用いて構成される公知のデバイスを利用して、車両に発生する特定の方向の加速度を検出する。ここでは、特に車両の横方向に発生する加速度を検出するように構成されている。
マイクロプロセッサ5は、A/D変換回路、D/A変換回路、中央演算処理装置、メモリ等から構成される集積回路である。マイクロプロセッサ5は、メモリに格納されたプログラムに従って、車両に設けられた各種センサの検出信号の処理と、後述する衝突回避のための操作量の演算とを行い、その結果を転舵角サーボコントローラ9等に出力する。転舵角サーボコントローラ9は、制御演算のためのマイクロプロセッサと転舵用モータ8を駆動するための昇圧回路等から構成され、上述したマイクロプロセッサ5から出力される転舵角を目標とするサーボ制御を実行する。
操舵角センサ6はステアリングコラム等に取り付けられ、ステアリングシャフトの回転角を検出することでステアリングホイールの操舵角を検出する。本実施例ではステアリングシャフトの途中にクラッチが取り付けられており、クラッチをつないだ状態では運転者の操舵に応じた転舵が行われる。一方、クラッチを切った状態では、転舵角サーボコントローラ9を介して駆動される転舵用モータ8によってピニオンギアを回転させ、ラック−ピニオン方式の前輪操舵機構を運転者の操舵とは独立して制御することが可能な機構となっている。
転舵角センサ7は、ラックストローク量を検出することで実際の転舵角の値を計測する。スピーカー10は、マイクロプロセッサ5から送られてくる信号をアンプによって増幅して音を出すことで、運転者に警告や情報提供を行う。ブレーキ圧制御系11は、ブレーキ油圧を制御するためのバルブ等から構成され、マイクロプロセッサ5から出力される制動力指令値が実際に発揮されるようにブレーキを制御する。
[ブロック図の説明]
図2は、図1に示した各構成要素を機能別にまとめたブロック図である。車両状態検出手段100は自車の運動状態に関する情報を得る機能を有するものであり、図1に示したカメラ1、車速センサ2、転舵角センサ7、ヨーレートセンサ3、加速度センサ4で構成される。カメラ1および各センサで検出した信号をマイクロプロセッサ5で統合的に処理することにより、自車両の運動状態を得ることができる。
カメラ1は、上述した車両状態検出手段100の構成要素として機能するだけでなく、道路環境認識手段101の構成要素としても機能している。マイクロプロセッサ5は、カメラ1で撮像したイメージを画像処理して、障害物や道路境界等の道路環境情報を抽出する。画像処理による障害物や道路境界の検出方法については多数の手法が公知技術として開示されているので、ここではその具体的方法については説明を省略する。
マイクロプロセッサ5は上述したセンサ信号処理および画像処理に加えて、支援内容決定処理部103で運転操作支援の内容を決定し、決定した支援内容に基づいて転舵角サーボコントローラ9およびブレーキ圧制御系11やスピーカー10などを駆動する信号を生成する。
運転操作支援の内容は、以下に述べる二つの情報に基づいて決定される。第1の情報は、自車の適切な走行の実現に影響を与える一つ以上の要素に注目し、適切な走行の実現のために注目した要素が最低限満たすべき条件である。この条件は、同時最適化演算手段102の限界条件取得手段102aによって取得される。第2の情報は、自車の適切な走行を具体的に表現した回避運転情報であり、後述する転舵角時系列や制動力時系列で表される回避操作量がこれに相当し、回避運転情報に応じて走行経路が定まる。この回避運転情報は、同時最適化演算手段102の走行経路算出手段102bにより算出される。
ここでは、自車の適切な走行の実現に影響を与える要素として「路面摩擦係数」に注目する。また、自車の適切な走行としては、「前方の障害物に接触することなく道路境界内を走行すること」と規定する。限界条件取得手段102aと走行経路算出手段102bはそれぞれを独立した手段として構成することもできるが、本実施の形態では、同時最適化演算手段102で限界条件と走行経路を同時に算出するような構成としている。
運転操作支援手段104は、支援内容決定処理部103で決定された運転操作支援の内容と、走行経路算出手段102bで算出された走行経路とに基づいて、支援内容を実際の支援として実現するものである。本実施の形態では、支援として「操舵制御」、「制動制御」および「警報」を想定しており、運転操作支援手段104は、操舵角センサ6、スピーカー10、制動系制御手段106、操舵系制御手段107およびマイクロプロセッサ5の目標操作量算出部105で構成される。制動系制御手段106はブレーキ圧制御系11で構成され、操舵系制御手段107は舵角センサ7、転舵用モータ8および転舵角サーボコンローラ9で構成される。
運転操作支援手段104の目標操作量演算部105は、支援内容決定処理部103で決定された運転操作支援の内容と、走行経路算出手段102bで算出された走行経路とに基づいて、実際に実現する転舵角およびブレーキ圧を決定する。詳細は後述するが、例えば、転舵角は、操舵角センサ6で検出した運転者の操舵操作と、走行経路算出手段102bで算出された走行経路に追従して走行するための転舵量とを、支援内容決定処理部103で決められた所定の割合に応じて合成することで得られる。転舵角およびブレーキ圧の各指令値は、転舵角サーボコンローラ9およびブレーキ圧制御系11へと出力される。目標操作量演算部105による演算は、マイクロプロセッサ5に予め格納されているプログラムにより処理される。
操舵系制御手段107は、フィードバック制御によって指令された転舵角指令値に追従するように転舵用モータ8を駆動して転舵角を制御する機能を実現する。操舵サーボ系のシステムは、公知技術を利用することで構築することが可能なので、ここでは説明を省略する。
[運転操作支援の説明]
以下では、限界条件取得手段102aによる限界条件の算出および走行経路算出手段102bによる走行経路の算出に関して説明した後に、フローチャートを用いて運転操作支援の手順について説明する。本実施の形態では、走行している道路上に座標系を設定して自車の運動状態量を定義し、車両モデルを導入することによって自車の未来の運動状態を精度良く予測し、道路上の障害物を回避する走行経路を算出するようにしている。
(状態ベクトルXの算出)
まず、走行経路算出に用いる車両モデルと状態ベクトルXについて説明する。なお、本実施の形態では、説明に具体性を持たせるために、図3に示すような場面を想定して処理内容の説明を行う。図3では、自車が直線道路を走行している時に、歩行者が自車前方の左側から横断を開始し、自車の進路上に飛び出してきた場面を想定している。なお、走行中の道路は、その両側が壁120で仕切られていて、道路外への逸脱が物理的に不可能な状況になっている。
本実施の形態では、図4に示すように、道路の進行方向に沿ってX軸を、X軸と垂直方向にY軸を設定する。座標原点は任意に選ぶことが可能であるが、例えば自車の現在位置をX座標の原点、道路の中心線付近にY座標の原点を設定することができる。図4のように座標系を設定することにより、自車(重心点)の位置を(x、y)といった形で表記することができるようになる。また、車両の速度v 、ヨー角 θ、すべり角β を図4に示すように定義する。
車両モデルとしては、四輪車両の運動を二輪車両の運動で近似した二輪モデルがよく知られている。車両速度が一定であると仮定した場合、二輪モデルは以下の微分方程式(1)〜(6)で記述される。
ただし、γは車両のヨーレートを表す。m、I、l
f、l
rはそれぞれ車両質量、車両ヨー慣性モーメント、車両重心から前輪軸までの距離、車両重心から後輪軸までの距離を表す。Y
f、Y
r はタイヤ横力をあらわす関数であり、それぞれ前輪すべり角β
f、後輪すべり角β
rの関数であると仮定している。なお、β
f、β
rは次式(7)、(8)のように計算することができる。ここで、δは前輪舵角である。タイヤ横力関数Y
f、Y
rの具体的構成については後述する。
以上のモデルを用いる場合、車両の運動状態を表す状態ベクトルXは、次式(9)で示すような6次元のベクトルとなる。式(1)〜(6)で表現されるモデルは、前輪舵角δを入力とする非線形微分方程式であり、モデルの右辺をまとめてベクトル値関数fと表記すれば、式(10)のような一般的な表現式で表すことができる。
すなわち、状態ベクトルXの値が得られれば、任意の転舵パターン に対して、微分方程式(10)式を積分することによって自車の未来の運動状態の推移を予測することができる。状態ベクトルXの値を得るためには、座標系の導入によって確定することができる位置情報(x、y)以外に、ヨー角 θ、すべり角β、車両速度v、ヨーレートγの情報が必要であり、以下のようにして求めることができる。
まず、ヨーレートγはヨーレートセンサ3により検出できる。また、車両速度vに関しては車両縦方向の速度成分に比べて車両横方向の速度成分が十分に小さいとみなせれば、非駆動輪の車輪速で近似することができる。そのため、非駆動輪にとりつけた車速センサ2の測定値から車両速度vを推定することができる。車両ヨー角θは道路が直線であると仮定すれば、道路境界と自車の向いている方向とのなす角をヨー角θと見なすことができ、その角度はカメラ1により得られた画像を画像処理によって推定することで求めることができる。あるいは、適当な初期値を定めて、ヨーレートセンサ3の出力値を積分することで算出してもよい。
すべり角βは、車両縦方向の速度をvx、横方向の速度をvyとすれば、次式(11)により求めることができる。ここで、車両縦方向の速度vxを車両速度vで近似し、横方向の速度vyを車両横加速度を測定するように設置された加速度センサ4の出力を積分することによって求めれば、式(11)によりすべり角βの近似値を得ることができる。これ以外にも、車輪速、ヨーレート、横加速度等の信号からオブザーバによってより精度良くすべり角βを推定する公知技術も知られているので、そのような手法を用いてすべり角βを得てもよい。
β=arctan(vy/vx) (11)
以上のようにして、道路上に適当な座標系を設定し、各センサの検出値をもとに車両の運動状態を表す状態ベクトルXを算出する。
(回避経路および回避限界パラメータの算出)
次いで、道路上の障害物を回避するための走行経路(回避経路)と、障害物回避が可能な限界条件を表すパラメータの算出方法について説明する。本実施の形態では、操舵系と制動系とを制御して障害物を回避する操作支援を行う構成となっており、状況に応じて操舵系の制御のみを行う支援(後述する操舵回避制御)と、さらに踏み込んで操舵系と制動系の制御を行う支援(後述する複合回避制御)とを使い分ける。
(操舵系の制御のみを行う場合の算出処理)
まず、回避経路を算出するために、任意の回避経路を評価するための評価関数を導入する。評価関数は、歩行者回避という走行要件に照らして回避経路がどの程度適切なものであるかを示すものであり、評価関数の値が小さいほどより適切な回避経路であると判断できる。評価関数を算出する際には、現在時刻t
0から所定時間経過後t
0+Tまでに車両に対して前輪舵角操作量δを加えたと仮定し、そのときの車両状態ベクトルXの予測値に基づいて、評価関数を次式(12)のように表す。時間Tは支援操作をする際の予測区間長であり、詳細は後述する。また、Ψは時刻t
0+Tにおける車両運動状態(車両状態ベクトルX)の望ましさを評価する評価式であり、Lは時刻t
0からt
0+Tまでの間の各時刻における車両運動状態(車両状態ベクトルX)および操作量(前輪操舵角δ)の望ましさを評価する評価式である。τはt
0からt
0+Tまで変化する積分変数である。
式(12)の評価式Lは、以下の要請項目(a)〜(d)を反映する評価項を組み合わせることで構成する。
(a)障害物に近づきすぎない
(b)道路境界に近づきすぎない
(c)前輪舵角δを必要以上に切りすぎない
(d)回避運動終端での車両ヨー角θを道路進行方向に近づける
第1の要請項目(a)に関する評価項は、自車と障害物との距離が近くなれば近くなるほど値が大きくなる関数によって表現できる。そのような関数としては、例えば、次式(13)に示すようなものがある。ただし、σ
x、σ
yは関数の形状を決めるパラメータであり、ここでは、それぞれ検出した障害物のX軸方向の幅、Y軸方向の幅に応じた値が設定される。奥行き方向であるX軸方向の情報が得られない場合には、σ
x=σ
yと設定しておく。なお、障害物の位置(x
p、y
p)の予測には、後述する(33)、(34)式を用いる。
第2の要請項目(b)に関する評価項は、自車と道路境界との距離が近くなれば近くなるほど値が大きくなる関数によって表現できる。そのような関数としては、例えば、次式(14)に示すようなものがある。ただし、Δは道路境界への接近の余裕幅を指定するパラメータであり、Δの値が大きいほど道路境界との接近余裕を大きくとる回避経路が算出される。
評価項LP,LRは、道路上に障害物と道路境界との衝突リスクを反映したリスクポテンシャルを定義している。図5は、評価項LPと評価項LRとを足し合わせた関数を、X−Y座標上にプロットしたものである。中央の山が障害物に対応する評価項LPによって形成されたポテンシャルであり、両側の山が道路境界に対応する評価項LRによって形成されたポテンシャルである。回避経路は、図5に示したリスクポテンシャル場の値の低い領域に可能な限り沿うように、生成されることになる。
第3の要請項目(c)に関する評価項は、なるべく小さな舵角で回避操作をとることによって効率的な回避を行うことを要請するために導入したものである。そのような関数としては、例えば、次式(15)に示すようなものがある。
LF(δ)=δ2/2 (15)
以上の三つの評価項LP,LR,LFに適当な重みをつけて足し合わせた関数を、評価式Lとして構成する。すなわちwP,wR,wFをそれぞれ評価項LP,LR,LFに対する重みとすると、評価式Lは次式(16)のように表される。
L=wP・LP+wR・LR+wF・LF (16)
第4の要請項目(d)に関する評価項は、回避運動後の車両姿勢を立て直すために導入したものである。例えば、直線道路においては、時刻t0+Tにおける車両ヨー角θを評価する関数として、例えば、式(17)のような関数Ψyawを用いることができる。この関数に適当な重みパラメータwyawをつけることで、時刻t0+Tにおける評価式Ψを式(18)のように構成することができる。このように定義された評価式Ψ、Lを使用し、式(10)、(12)で定義される最適制御問題を解くことによって、操舵系の制御のみを行う場合の回避経路を算出することができる。
Ψyaw(θ)=θ2/2 (17)
Ψ=wyaw・Ψyaw (18)
しかし、上述したように算出された回避経路は、車両が式(1)〜(6)で定義された車両モデルに従って動くことを前提条件とした回避経路である。しかし、現実の車両と車両モデルとの乖離が大きくなった場合には、算出された経路に追従するように走行できない可能性が出てくる。想定した車両モデルと現実の車両との間に大きな乖離が生じる要因の一つとしては、例えば「路面摩擦係数の誤差」があげられる。
上述した式(5)、(6)式に含まれるタイヤ横力関数Y
f、Y
rは、より詳細にモデル化すると次式(19)のように表現でき、路面摩擦係数に依存している。μは路面摩擦係数、W
fは前輪荷重、W
rは後輪荷重であり、関数Y
Nは図6に示すような形状を持つ正規化横力関数Y
Nである。
路面摩擦係数μは値が大きく変動する可能性があり、一方で、直接計測することが困難な量でもある。そのため、装置側で演算する際には、車両が走行すると想定した路面状態を表す「想定の路面摩擦係数値μ0」で代用することになる。μ0としては、例えば、カメラ1の画像に基づいて路面状態を推定し、推定した路面状態に応じて設定しても良いし、一般的な道路状況を想定して予め設定しておいても良い。
しかし、このように設定された想定値μ0が現実の路面摩擦係数μよりも大きくなる場合、そのような想定値μ0を用いて算出された回避経路に追従して走行するためには、現実に発生し得るタイヤ摩擦力以上の力が要求される。その結果、回避経路に追従して走行することが不可能になる恐れがある。逆に言えば、想定値μ0が現実の路面摩擦係数μよりも小さい場合には、現実のタイヤ摩擦力限界以下の力しか使わない回避経路が算出されるので、経路計算に用いるμ0が現実のμよりも小さければ小さいほど、回避経路への追従は容易になる。
このように考えると、回避すべき歩行者の位置と速度に応じて、すなわち、得られる回避経路に応じて、その回避経路を実行するために最低限必要な路面摩擦係数の水準があると予想される。例えば、ステアリングを僅かだけ操作すれば回避できるような場合には大きな路面摩擦係数は必要とされないが、大きく迂回するように回避するような場合には大きな路面摩擦係数が必要となる。以下では、この値を限界路面摩擦係数μlimと称することにする。そして、回避経路とともに限界路面摩擦係数μlimを求めることができれば、それを車両モデルに用いた路面摩擦係数想定値μ0と比較することで、算出した回避経路がどの程度路面摩擦係数の変化に対してロバストな回避経路になっているのかを把握する指標とすることができる。
例えば、想定値μ0の値が限界路面摩擦係数μlimに対してある程度余裕がある場合には、状況の変化に対して柔軟に対応できるが、想定値μ0の値が限界路面摩擦係数μlimにほぼ同程度であった場合、状況の変化に対応できず障害物との衝突を回避することができなくなる。また、そのようにして算出された指標は、装置による運転支援の必要性を判定する基準として活用することもできる。
限界路面摩擦係数μlimを具体的に算出する方法一つとして、以下に説明する方法がある。式(12)式で定義された評価関数は操作量(前輪転舵角δ) に関する関数(汎関数)として定義されたが、評価関数をδ だけでなくパラメータ μにも依存する関数とみなし、新たな5番目の要請項目(e)を加える。
(e)路面摩擦係数 は小さいほど良い
要請項目(e)を表現する評価項として次式(20)に示すものを導入し、新たな評価関数を次式(21)のように定義する。このように定義することで、式(21)の評価関数の値を最小にする転舵角時系列と路面摩擦係数の組を算出することができる。
例えば、操舵系の制御のみで操作支援を行う場合、評価重みwμをwP、wRに対して十分小さい値に設定しておけば、障害物との接触回避や道路境界外への逸脱防止といった基本的な走行要件は満たしつつ、路面摩擦係数μの値を小さくするような解を最適化計算によって求めることになる。そのため、式(21)の評価関数を最適化して得られた路面摩擦係数μは、障害物回避に最低限必要な限界路面摩擦係数μlimとみなすことができる。また、限界路面摩擦係数μlimと同時に得られる転舵角時系列δlimは、路面摩擦係数がμlimだった場合における、障害物を回避するのに最適な転舵角パターンを表している。このようにして、回避限界パラメータとして路面摩擦係数がμlimおよび転舵角時系列δlimが算出される。
なお、式(21)のように予測区間内で一定値をとるパラメータと予測区間内で変化する時系列信号の両方を含む問題の最適化については、種々の手法が知られており(例えば、志水清孝,“最適制御の理論と計算法”,コロナ社, 1994. 等)、それらの手法を用いることにより計算を実行することができる。また、路面摩擦係数μを時不変のパラメータではなく操作量δと同様の時系列制御入力とみなして、δとμの最適操作量を通常の最適制御問題の解として求め、次式(22)により限界路面摩擦係数μ
lim を算出するようにしても良い。
(操舵系と制動系の制御を行う場合の算出処理)
次に、操舵系だけでなく制動系の制御も行った場合の回避経路の算出方法について説明する。車両モデルについては、操舵系の制御のみを行う場合に使用したモデル式(1)〜(6)のうち、式(4)を、制動操作を考慮できるように次式(23)で置き換える。ただし、X
f、X
rは、それぞれ前輪および後輪に発生する制動力である。
ところで、タイヤ横力は制動力の影響を受けるので、式(5)、(6)のタイヤ横力を表す関数Yf、Yrを、制動力Xf、Xrの効果が反映されるように変更する必要がある。制動力と横力が組み合わされたタイヤ特性は複雑であり、複雑な特性を記述する様々なタイヤモデルが提案されているが、ここでは以下に説明するごく単純なモデルでタイヤ特性を近似する例を説明する。
タイヤが発生する制動力と横力の合力は、路面摩擦係数と輪荷重の積を超えることはできないので、次式(24)で表されるような制約式を導入する。これらを、Y
f、Y
rについて解くと次式(25)が得られる。
ここで、図6に示す正規化横力関数Y
Nを考えると、Y
N≦1であるから、式(25)を満たす横力関数として、式(26)を考えることができる。ただし、この場合、平方根内はゼロ以上であるから、制動力には次式(27)のような制約が課せられる。
式(27)の制約を含む形でタイヤモデルを記述するために、任意の値をとることができる入力変数u
f、u
rを導入し、u
f、u
rと制動力X
f、X
rとの間の関係を次式(28)で関連付けることにより、制約式を含まない形でタイヤモデルを構成することができる。
以上の変更をまとめると、操舵系と制動系の制御を行う場合の車両モデルは、状態ベクトルXは式(9)をそのまま使用に、式(10)は、制御入力u
f、u
rを加えた次式(29)の形式で記述することができる。一方、評価関数にも制動力の導入に伴う変更が加えられる。
操舵系の制御のみを行う場合には、前述した四つの要請項目(a)〜(d)を反映した評価関数を構成したが、操舵系と制動系の制御を行う場合には、さらに下記の二つの要請項目が追加される。
(f)必要以上の制動力をかけない
(g)走行速度を低下させる
制動力を強く発生させすぎると、式(25)の制約により、発生できる横力が小さくなって横方向の回避運動が妨げられる。そこで、それを抑制するために要請項目(f)を導入する。評価関数は、次式(30)のような形式で表現することができる。ここで、wbfとwbrは評価重みである。
LB=wbf・uf 2+wbr・ur 2 (30)
要請項目(g)は、不測の事態が発生した結果、回避運動を行っても障害物と接触してしまう事態に陥った場合であっても、走行速度を低下させることで接触に伴う被害を低減することを狙った評価項目である。評価関数は、次式(31)のような形式で表現することができる。ここで、wvは評価重みである。
LV=wv・v2 (31)
以上の二つの評価項L
B、L
Vが式(16)の評価式Lに追加される。限界条件を求めるための路面摩擦係数に関する評価項はそのまま残るので、同時最適化演算で使用する評価関数の形式は次式(32)のように表される。ここでは、前輪転舵角δ、正規化前輪制動力u
f、正規化後輪制動力u
r、路面摩擦係数μの四つが最適化の対象となる。そして、最適化計算の結果、限界路面摩擦係数μ
lim、路面摩擦係数がμ
limであった場合の回避操作量の時系列信号であるδ
lim、u
f lim、u
r limが算出される。さらに、正規化制動力を表すu
f lim、u
r limは、式(25)の関係を用いて、制動力操作量の時系列信号であるX
f lim、X
r limに変換される。
(運転操作支援の手順の説明)
次に、マイクロプロセッサ5における運転操作支援の手順について図7のフローチャートに基づいて説明する。なお、ここでも、説明に具体性を持たせるために、上述した図3に示すような場面を想定して処理内容の説明を行う。マイクロプロセッサ5では、図7に示す一連の処理が所定時間間隔ごとに繰り返し実行される。
図7のステップS1では、自車に取り付けられた各種センサで検出された信号がマイクロプロセッサ5のメモリ上に読み込まれる。ステップS2では、読み込まれたセンサ情報のうち、まずカメラ1で撮像した画像を処理して、自車前方に回避すべき障害物が存在しているかどうかを判定する。図3に示す例では、歩行者が回避すべき障害物として検出されることになる。ステップS2において障害物が存在しないと判定された場合には、そのまま図7に示す処理を終了する。一方、障害物が存在すると判定された場合には、ステップS3に進む。
ステップS3では、図8に示すような最適制御問題への展開処理が実行される。図8のステップS30では、上述した座標系の設定(図4参照)と、設定された座標系上での自車の運動状態量(状態ベクトルX)の算出を行う。
ステップS31では、障害物や道路環境に関する情報の処理が行われる。ここでは、2台のカメラ1で撮影したステレオ画像を画像処理することによって、ステップS30で設定した座標系上における自車と障害物、および自車と道路境界までの各相対位置を検出する。図4に示すように、算出された障害物(ここでは歩行者)の位置を(xp、yp)、道路の左端と右端をそれぞれY=yl、Y=yr と表記する。
また、障害物が歩行者のような移動障害物である場合には、障害物の移動速度も算出される。移動速度は障害物の将来の移動軌跡の予測のために重要な情報であり、例えば、障害物のそれまでの位置検出履歴の差分を取ることによって移動速度を推定することができる。ここでは、そのような方法で障害物の移動速度も得られるものとし、障害物の移動速度を(vx p、vy p)と表記する。例えば、障害物が等速度運動を続けるものと仮定できる場合には、任意の時刻tにおける障害物の位置の推定値は、現在時刻をt0とすると次式(33)、(34)によって得ることができる。
xp(t)=xp+vx p・(t−t0) (33)
yp(t)=yp+vy p・(t−t0) (34)
ステップS32では、支援内容決定処理部103で支援内容を決定するにあたって、どれくらい先の未来の事象まで考慮するかを決定する。本実施の形態では、図3に示すように自車前方に飛び出してくる歩行者に対する回避支援を想定しているので、将来予測としては、自車が歩行者と道路境界の間を通過し、さらに回避に伴う車両姿勢の乱れを通常の走行状態まで戻すくらいまでの時間幅を考えれば十分である。
ここで、車両速度vを一定とみなせる場合には、自車が歩行者と道路境界の間を通過するまでの時間T
Aは次式(35)によって推定することができる。
そして、通常走行から回避運動を開始して障害物回避までにかかる時間と、障害物を回避した後から通常走行に戻るまでの時間がおおよそ同じであると仮定すれば、予測区間長は式(36)のような設定となる。
T=2TA (36)
図8に示す一連の処理が終了したならば、図7のステップS4へ進む。ステップS4では、上述した回避経路と回避限界パラメータの算出が行われる。本実施の形態では、前述したように操舵系と制動系とを制御して操作支援を行うが、状況に応じて操舵系の制御のみを行う支援(後述する操舵回避制御)と、さらに踏み込んで操舵系と制動系の制御を行う支援(後述する複合回避制御)とを使い分ける。
そのため、ステップS4の算出処理を行うにあたっては、それ以前の処理サイクルにおいて制動制御と操舵制御とを行う回避支援まで踏み込んで実施しているかどうかによって、その算出方法が切り替わる構成としている。具体的な処理方法としては、制動制御と操舵制御とを行う回避が行われた場合にフラグの値をONにする制動制御フラグを用意しておき、演算処理を行う前に制動制御フラグの値を調べることで算出方法を切り替える。
ステップS5以下の処理では、支援内容の決定と分岐の処理が行われるが、本実施例では、限界路面摩擦係数μlimに関する図9に示す支援内容決定則に基づいて、支援内容の決定が行われる。図9において横軸は算出される限界路面摩擦係数μlimの大きさを表しており、μ0は路面摩擦係数の想定値である。算出された限界路面摩擦係数μlimが想定値μ0に近付くほど、回避操作の必要性が高まる。また、μ0よりも小さな値μW、μS、μBは、図に示す各動作の開始タイミングを決めるための閾値である。図8に示す一連の処理が行われる毎に算出されるμlimの大きさを、閾値μ0、μW、μS、μBと比較することにより分岐処理を行う。
ステップS5では、算出された限界路面摩擦係数μlimが第一の閾値μWより小さいか否かを判定する。μlimがμWよりも小さいと判定された場合には、障害物回避を開始するまでにまだ十分な余裕があると判断し、支援を行うことなく処理を終了する。一方、μlim≧μWと判定された場合には、ステップS6へ進む。
ステップS6では、限界路面摩擦係数μlimが第二の閾値μSより小さいか否かを判定する。そして、μlimがμSよりも小さい場合には、障害物回避を開始するべきだが回避操作自体は比較的容易であると判断して、警報発令処理を行うステップS11へ進む。ステップS11の警報発令処理では、運転者に警告を与えるために、スピーカー10を駆動する信号の生成を行う処理を実施する。処理自体は、あらかじめ用意された音響データから警報として適したものを選択してスピーカーアンプに伝達するだけであるが、障害物の検出方向と同じ側に設けられたスピーカー10の音を強く出したり、あるいはμlimがμSに近づけば近づくほど発生音量を大きくしたりするというような補正処理を施しても良い。
一方、ステップS6においてμlim≧μSと判定された場合には、ステップS7へ進む。ステップS7では、制動制御フラグがOFFであるか否かを判定するとともに、限界路面摩擦係数μlimが第三の閾値μB以下か否かを判定する。そして、μlim≦μBであって、かつ、制動制御フラグがOFFであると判定されると、操舵によって余裕のある回避が可能であると判定し、操舵回避のための制御演算処理を行うステップS12へと進む。
ステップS12では、運転者の操舵操作に対して装置側で何らかの補正を加えて制御を行う操舵回避制御演算処理を実行する。ここでは、運転者の操作量(δD)と、装置側で算出した回避操舵時系列の先頭値δlim (t0)を重ね合わせることで、転舵角制御の目標値を算出する。δDは、ステアリングシャフトに取り付けられたクラッチを締結した状態で運転者がステアリングホイールをθSだけ操舵した場合の、前輪転舵角δDである。すなわち、前輪の目標転舵角δ*を次式(37)で算出し、転舵角サーボコントローラ9へ指令値として転送する。
δ*=δlim (t0)+δD (37)
一方、ステップS7においてμlim>μ B と判定された場合には、ステップS8に進んで制動制御フラグをONにしてから、ステップS9へと進む。また、ステップS7で制動制御フラグが既にONになっていると判定された場合にも、ステップS8を経由してステップS9へと進む。
ステップS9では、限界路面摩擦係数μlimが路面摩擦係数の想定値μ0以下か否かを判定する。ステップS9でμlim≦μ0と判定されると、障害物回避はまだ可能であるが、回避の余裕が小さいので操舵に加えて制動制御も実施して自車の走行速度を下げる必要があると判断し、ステップS13へ進んで制動・操舵複合回避制御処理を実行する。一方、ステップS9でμlim>μ0と判定されると、障害物回避は困難であると判断して、ステップS10へと進んで接触被害軽減制御演算処理を実行する。
ステップS10の接触被害軽減制御演算処理では、障害物と接触したり、道路の走行範囲を逸脱するように壁120と接触したりすることを前提に、接触したときの被害を軽減することを目的とした制御を実行する。接触被害を軽減するための制御としては、例えば自動的に制動力を発生させて走行車速を低減する制御や、特許第3738575号公報に開示されているような車両の特定部位で接触するように車両姿勢を調整する制御などが知られており、ステップS10では、それらの公知技術を活用した制御演算を実施する。処理の詳細についてはここでは説明を省略する。
ステップS13では、操舵と制動を組み合わせた回避挙動を実現するための制御演算が実施される。このうち、操舵制御に関しては、ステップS12と同様に式(37)に従って制御目標値が算出される。また、制動制御に関しては、運転者のブレーキペダルの操作によって発生するブレーキ圧をP
D 、同時最適化演算で算出された制動力時系列の先頭値をX
f lim(t
0)、X
r lim(t
0)とするとき、まずX
f lim(t
0)、X
r lim(t
0)を実現するために必要なブレーキ圧P
f lim、P
r limを算出する。これは、ブレーキ圧と制動力との関係をマイクロプロセッサ5からアクセス可能な記録媒体に記録しておくことで容易に算出できる。そして、前後輪に作用させるブレーキ圧指令値P
f *、P
r *を、次式(38)、(39)により算出する。そして、このように算出された指令値をブレーキ圧制御系11のコントローラに伝達することで、ブレーキ制御を行う。
以上がマイクロプロセッサ5における支援処理の内容である。図10は、本実施の形態を図3に示す場面に適用した場合の、装置の動作(図10(a))と車両挙動(図10(b))の一例を示したものである。図10(a)の上側のグラフは限界路面摩擦係数μlimの変化を示し、図10(a)の下側のグラフは自車速度vの変化を示す。
時刻t1において前方の歩行者の飛び出しを検知して装置が作動し、そのとき算出された限界路面摩擦係数μlimが第一の閾値μWを超えているため、最初に警報が発令される。ここで、警報の発令にも関わらず運転者が回避のための操作を行わない場合には、歩行者との車間距離が短くなるにつれて限界路面摩擦係数μlimの値が上昇する。そして、時刻t2において限界路面摩擦係数μlimが第二の閾値μSに到達した時点で転舵制御が起動されて車両が旋回運動を開始する。
この段階に至っても運転者が回避のための自発的操作を行わない場合には、限界路面摩擦係数μlimの値はさらに上昇を続け、時刻t3において第三の閾値μBに到達する。この段階で、操舵制御から制動操舵複合制御へと回避制御が切り替わり、操舵による横旋回運動が続けられるとともに、ブレーキがかかって車両が減速を始め、時刻t4に至る。
このような車両挙動を実現する理由について、図11に基づいて説明する。図11は、制動のみによる回避運動、操舵のみによる回避運動、制動と操舵の最適な組み合わせに基づいて複合回避運動のそれぞれに関して、自車速度と回避可能な障害物までの距離との関係を示したものである。図11において、横軸は障害物を検出した時点の自車速度を表し、縦軸は自車から障害物までの距離を表す。ここでは、簡単のため障害物は固定障害物とし、路面摩擦係数も正確な値がわかっているものと仮定して図を作成している。
図11より、自車速度がある程度高い領域では、制動のみによる回避よりも操舵による回避の方が回避可能な条件が広い。すなわち、制動よりも操舵の方が効率的に障害物を回避できることを示している。また、回避に成功すれば車速を落とすことなく走行を続けられるので、運転者の感じる煩わしさも制動回避よりも小さい。本実施の形態で最初に操舵制御が起動する構成となっているのは、このような理由による。
操舵制御は、確実に障害物を回避できる条件下では効率的な回避方法であるが、確実性が疑問視される条件になると次のような欠点がある。すなわち、もし何らかの要因によって回避に失敗して障害物に接触してしまった場合には、走行速度が高い状態で接触することになり、予想される接触被害もまた大きくなってしまう。本実施の形態で述べた、算出される限界路面摩擦係数μlimと路面摩擦係数の想定値μ0が接近している場面は、まさにそのような場面に対応している。そのような場合には、操舵と制動を組み合わせることが望ましい。
制動操舵複合回避は、操舵と制動とを適切に配分することができれば、図11に示すように操舵のみの回避の場合よりも回避限界を広げることができる。さらに、制動によって車速も低下するので、結果として接触が避けられなくなった場合でも接触被害を低減することができる。そのため、本実施の形態では、操舵回避の次の段階として制動操舵複合回避制御を起動する構成としている。
以上説明したように、第1の実施の形態では、車両−道路環境モデルの中のパラメータについて、測定値や推定値とは別に、所定の走行要件を満たすために必要な値を限界条件取得手段102aで求める構成となっているので、車両−道路環境モデルの中のパラメータの不確定性として記述できる様々な走行環境の不確定性を考慮することが可能である。また、測定値(推定値)と限界値を比較することで操作支援の内容と強度を決定する構成となっているので、測定値(推定値)と限界値とを比較することで、考慮している対象の不確定性が所定の走行要件の達成に影響する度合いを定量的に把握することができる。そのため、多くの場面において装置が提供する支援の内容と強さを適切に決定することができる。
また、想定値と限界値の差が大きく走行要件を満たす走行が実現できる可能性が高く見込める場合には操舵による走行を実現し、想定値と限界値の差が小さくなり走行要件を満たす走行が実現できる可能性が小さくなってきた場合には操舵に加えて制動を含む走行経路演算に切り替えている。そのため、走行要件の実現見込みが高い場合には制動に伴う煩わしさを低減する一方で、実現見込みが低い場合には車速を低下させることで走行要件が実現しなかった場合の不都合を小さくして、走行要件の実現見込みにあわせた適切な支援を提供することができる。
さらに、ステップS11の警報発令処理のように、運転者に聴覚的な情報を提示することで運転者に走行経路への追従を促す構成としたので、運転者自身の操作だけで所定の走行要件を満たす運動を実現しなければいけない場合に、運転者に注意の喚起と有益な示唆を与えることができる。
―第2の実施の形態―
本発明の第2の実施の形態を、図12〜16を参照して説明する。なお、以下では、主に第1の実施の形態と異なる部分を中心に説明する。上述した第1の実施の形態では、操舵系と制動系とを制御して障害物の回避を行うようにしたが、第2の実施の形態では操舵系のみを制御して回避支援を行うようにした。前述したように、確実に障害物を回避できる条件下においては、効率的な回避を行うことができる。例えば、図11に示すように、自車速度が低速である場合には、操舵回避の方が制動回避よりも有効に機能する。
図12は、第2の実施の形態におけるブロック図を示したものであり、第1の実施の形態の図2に対応するものである。マイクロプロセッサ5には、図2に示した目標操作量算出部105に代えて目標転舵角算出部200が設けられている。そして、運転操作支援手段104は、操舵角センサ6、スピーカー10、操舵系制御手段107およびマイクロプロセッサ5の目標転舵角算出部200で構成される。操舵系制御手段107は、転舵角センサ7、転舵用モータ8および転舵角サーボコンローラ9で構成される。
目標転舵角算出部200は、操舵角センサ6で検出した運転者の操舵操作と、走行経路算出手段102bで算出された走行経路に追従して走行するための転舵量とを支援内容決定処理部103で決められた所定の割合に応じて合成する。そして、実際に実現する転舵角を決定して、転舵角サーボコントローラ9に指令値を出す処理を行う。目標転舵角算出部200によるこれらの処理は、マイクロプロセッサ5に格納されたプログラムに従って行われる。操舵系制御手段107は、フィードバック制御によって指令された転舵角指令値に追従するように転舵用モータ8を駆動して、転舵角を制御する機能を実現する。
図13は、第2の実施の形態における運転操作支援の手順を示すフローチャートである。マイクロプロセッサ5では、図13に示す一連の処理が所定時間間隔毎に繰り返し実行される。図13のステップS101、S102の処理は、第1の実施の形態で説明した図7のステップS1、S2で行われる処理と同様なので、説明を省略する。また、ステップS103、S104およびS1055の各処理は、図8に示したステップS30、S31およびS32で行われる処理と同様なので、説明を省略する。
ステップS106の処理は回避経路と回避限界パラメータを算出する処理であるが、第2の実施の形態では、前述した操舵系の制御のみを行う場合の回避経路および限界路面摩擦係数μlimの算出が行われる。ここでは、算出処理の説明は省略する。
ステップS107からステップS109までの処理では、ステップS106で得られた限界路面摩擦係数μlimの値と、路面摩擦係数として想定しているμ0の値を比較することで支援の内容を決定し、決定された内容に応じた処理へと分岐する比較演算が行われる。支援内容は、図14に示すグラフに基づいて決定される。
まず、ステップS107では、限界路面摩擦係数μlimが第一の閾値μWより小さいか否かを判定する。μlimがμWよりも小さいと判定された場合には、障害物回避を開始するまでにまだ十分な余裕があると判断し、支援を行うことなく処理を終了する。一方、μlim≧μWと判定された場合には、ステップS108へと進む。
ステップS108では、限界路面摩擦係数μlimが第二の閾値μCより小さいか否かを判定する。μlimがμCよりも小さいと判定された場合には、障害物回避を開始するべきだが回避操作自体は比較的容易であると判断して、警報発令処理を行うステップS111へ進む。ステップS111における警報発令処理は、前述した図8のステップS11における警報発令処理と同一の処理であり、説明を省略する。
ステップS109では、限界路面摩擦係数μlimが路面摩擦係数の想定値μ0以下か否かを判定する。ステップS109でμlim≦μ0と判定されると、障害物回避はまだ可能であるが、回避の余裕は小さいため、タイヤ摩擦力を効率的に活用する精密な操作が必要であると判断して、運転者の運転操作に対する介入を実施するための処理であるステップS112へと進む。また、限界路面摩擦係数μlimが想定値μ0を超えている場合には、障害物回避は困難であると判断して、障害物と接触することを前提に、接触したときの被害を軽減する処理であるステップS110へと進む。なお、ステップS110の処理は図8のステップS10の処理と同一であるので、説明を省略する
ステップS112では、運転者の操作に対して装置側で何らかの補正を加えて制御を行う介入制御を実行するための制御演算が行われる。介入制御においては、介入率αの値を算出する。介入率αは、運転者の操作に対して、装置側で算出した回避経路を実現する操作量をどの程度優先するかを決めるためのパラメータである。第2の実施の形態では、μ
lim=μ
0の場合には、算出した回避経路に厳密に沿って走行しないと回避が不可能な場面とみなし、介入率αをα=1.0と設定する。すなわち、完全自動回避となるように制御する。また、μ
lim=μ
Cからμ
lim=μ
0までは、限界路面摩擦係数μ
limが大きくなるにつれて、介入率αが0.0から1.0まで大きくなるようにαを設定する。例えば、次式(40)に従って介入率αを算出すれば良い。
介入率αを算出したならば、次に、運転者の操作量と装置側で算出した操作量とを介入率αに基づいて重み付けし、合成操作量を算出する。前述したように、ステアリングシャフトに取り付けられたクラッチを締結した状態で、運転者がステアリングホイールをθSだけ操舵した場合の前輪の転舵角をδDとする。介入制御時の目標転舵角δ*は、算出された回避操舵時系列の先頭値δlim (t0)と転舵角δDとの重みつき和である次式(41)で算出する。この目標転舵角δ*が転舵角サーボコントローラへ指令値として送られることになる。あるいは、次式(42)のように、運転者の操舵による重みだけを変更するという設定方法も考えられる。
δ*=α・δlim (t0)+(1−α)・δD (41)
δ*=δlim (t0)+(1−α)・δD (42)
上述したような操作支援を、図3に示す場面に適用した場合について説明する。図15は、路面摩擦係数の違いが回避経路・走行経路に及ぼす影響の一例を示す図である。図15の回避経路(1)は、実際の路面摩擦係数μが回避限界である限界路面摩擦係数μlimと一致していた場合に、転舵角時系列δlimに従って走行した場合の走行経路を示している。前述したように、限界路面摩擦係数μlimと同時に得られる転舵角時系列δlimは、路面摩擦係数がμlimだった場合における、障害物を回避するのに最適な転舵角パターンを表している。この場合、図15からもわかるように、歩行者とかなり接近した位置で歩行者の前を通過することになる。
一方、回避経路(2)は、路面摩擦係数が想定値μ0であった場合に、式(12)の評価関数を最適化して得られる前輪転舵角時系列δに従って走行した場合の走行経路である。回避経路(2)は、回避経路(1) に比べて大きなタイヤ摩擦力を利用可能な条件で計算を行っているので、回避経路(1) よりも余裕をもって歩行者を回避している。
回避経路(3)は、実際の路面摩擦係数がμlimであったときに、回避経路(2)の場合と同じ前輪転舵角時系列で走行した場合の走行経路である。この場合、実際の路面摩擦係数よりも大きな路面摩擦係数を想定した操舵パターンで走行することになり、想定値μ0よりも小さな路面摩擦係数の条件においては、そのような操舵パターンではタイヤの摩擦限界を超えてしまう。その結果、回避経路(3)ではスリップ状態になって、発生する横力が減少し、効果的な回避運動が実現できない。
一般に、低い路面摩擦係数を前提として算出した回避経路(1)の方が、路面摩擦係数の不確定性に対するロバスト性は高い。しかし、その反面、実際の路面摩擦係数がより大きな値の場合には、発揮しうるタイヤ力を効果的に活用できないため、必要以上に歩行者と接近した回避経路を辿ってしまうという欠点がある。
そこで、式(41)のような介入制御の仕組みを導入することによって、必要最低限の回避制御を装置側で提供する一方で、運転者の操作によって回避効果を上積みする構成としている。すなわち、運転者が何もしなければ図15の回避経路(1)のような走行経路を辿る一方で、運転者が右方向に操舵を行えば、より回避経路(2)に近い走行経路を辿ることも可能になる。
図16は、装置による介入制御に加えて運転者の操舵も加わった場合の、装置の動作と車両挙動の一例を示したものである。図16(a)は装置の動作を示したものであり、上側のグラフは限界路面摩擦係数μlimの変化を、下側のグラフは運転者による操舵角δDを示す。また、図16(b)は車両挙動を示す。なお、図16では、実際の路面摩擦係数μと想定値μ0とがほぼ等しいという状況を想定している。
時刻t1において前方の歩行者の飛び出しを検知して装置が作動し、算出された限界路面摩擦係数μlimが閾値μCを超えたために介入制御が開始される。装置の作動よりも遅れて時刻t2において運転者が回避操舵を開始するが、介入制御が開始されたため、この時点で車両は既に右旋回を始めた状態にある。時刻t2以降、装置の自律的制御に加えて運転者の操舵が加わるので、算出した限界回避経路よりも余裕を持って回避する方向に車両が動き、それに伴って限界路面摩擦係数μlimの算出値が減少し始める。
時刻t3で限界路面摩擦係数μlimの値が閾値μCを下回った時点で介入制御は停止され、以後、運転者の操作通りに車両が動く状態に戻る。時刻t4で回避が完了したと判定されると、すなわち、図13のステップS102で障害物が検出されないと判定されると、限界路面摩擦係数μlimの算出も停止される。
このように、第2の実施の形態では、回避限界条件に対応する走行経路を実現する運転操作と、運転者が操作している操作量を、車両−道路環境モデルの想定値と限界値の差に基づいて定義される介入度に応じて重み付けされた合成操作量を算出し、合成操作量を実際の車両操作量として用いている。そして、想定値と限界値が離れている余裕のある場面では運転者の操作を尊重し、想定値と限界値が接近しており走行要件を満たす走行経路の自由度が狭まるにつれて、装置側で算出した操作を優先する制御方策をとるようにした。その結果、支援装置による確実で迅速な回避動作の開始と運転者の自発的操作による状況対応の柔軟性とを両立した回避支援制御を実現することができる。
―第3の実施の形態―
本発明の第3の実施の形態を、図17〜19を参照して説明する。第2の実施の形態では、支援内容の決定にあたって限界路面摩擦係数μlimと比較の対象になるのはあらかじめ設定された路面摩擦係数の想定値μ0であった。しかし、実際に走行する道路の路面摩擦係数が正確にμ0であったり、路面摩擦係数が一定値をとる条件が続くといったことは現実にはあまり期待できない。従って、μ0を固定された一定値として扱った場合には、不都合が生じる場面も予想される。そこで第3の実施の形態では、上述したμ0の代わりに、推定された路面摩擦係数μ*を用いて支援内容の決定を行うようにした。
図17は、第3の実施の形態におけるブロック図を示したものである。上述した第2の実施の形態の図12のブロック図と比較すると、路面摩擦係数推定手段300が設けられている点が異なる。路面摩擦係数推定手段300は、車両状態検出手段100で得られた自車両の運動状態に関する情報に基づいて路面摩擦係数μ*を推定する。路面摩擦係数μ*の推定方法については、車両の運動モデルに基づいてオブザーバを構成して推定値を得る公知技術が多数公開されており(例えば、特許第3271952号公報、特許第3617309号公報など)、それらの公知技術を用いて構成することができる。あるいは、より単純な方法としては、特許第3612194号公報に開示されているように、ワイパーの作動状態や外気温センサの情報を用いて路面状態を大まかに推定して路面摩擦係数の概略値を得るという方法もある。
支援内容決定処理部103では、路面摩擦係数推定手段300で推定された路面摩擦係数μ*を用いて、または、路面摩擦係数の想定値μ0を推定された推定結果に基づいて補正したものを用いて、上述した図13のステップS107以降の決定と分岐の処理が行われる。このように、支援内容決定処理部103で推定された路面摩擦係数μ*を用いることにより、路面状態が大きく異なる道路を走行することが予想される場面でも、適切な支援の選択ができるようになる。
ところで、上述したオブザーバを使用する手法は、自車両の運動状態に関する情報に基づいて路面摩擦係数を推定するものなので、現在走行している路面摩擦係数は推定できたとしても、前方の路面摩擦係数を推定することは原理的に不可能である。また、ワイパーや外気温センサの情報を利用して路面摩擦係数を推定するものでは、対象となる路面と直接には関係しない情報に基づいて推定を行っているので、高い推定精度を期待することはできない。そこで、以下に述べるように推定値のばらつきを考慮することによって、より適切な路面摩擦係数を推定することが可能となる。
一般に、パラメータの推定においては、推定値のばらつきを正規分布型の確率分布としてモデル化する定式化がよく知られている。そこで、そのような定式化を利用し、路面摩擦係数の推定においては推定値μ
*を算出するだけでなく、分散σ
2とセットで求めるようにする。もちろん、分散σ
2の厳密に正確な値を求めることは困難であるが、ここでは、推定値μ
*の信頼度に応じて適当な値を設定することにすれば十分である。すなわち、推定値μ
*の信頼性が高いと思われる場面ではσを小さな値に、信頼性が低いと思われる場面ではσを大きな値に設定する。いずれの場合も、路面摩擦係数の分布は図18に示すような確率分布として定式化される。このとき、μの確率密度関数は、次式(43)のように表すことができる。
支援内容を選択する際には、路面摩擦係数の推定値μ
*を用いるのではなく、ばらつきの分だけ推定値を保守的(小さめに)に見積もった値μ
*−nσと限界路面摩擦係数μ
limとを比較する。ここで、nは判断の保守性の度合いを表すパラメータであり、nが大きいほど保守的な見積もりとなる。このように保守的な見積もりをした場合、実際には回避できない場面で回避可能と間違えて判定する確率を、次式(44)のように定量的に見積もることができる。そのため、確保しておきたい信頼度の水準に応じてnを決めることができる。
また、別の方法として、限界路面摩擦係数μ
limと推定値μ
*とを比較して支援内容を決定する代わりに、以下のような確率に基づいた処理方法を導入しても良い。回避のための支援においては、μ<μ
limで表される原理的に回避不可能な状況となる確率、すなわち、図19のハッチングを施した部分の面積が大きいほど、回避余裕の小さい切迫した状況であると判定できる。そこで、支援内容の決定パラメータとして、次式(45)で算出される量α
*を考える。そして、α
*の値に応じて非作動、警報、介入制御、接触被害軽減制御の範囲を定義することで、支援内容の決定則を構成することができる。
このように、第3の実施の形態では、パラメータのばらつき度合いを確率分布で表現しているため、パラメータのばらつき度合いに関する事前知識を盛り込むことができるようになり、パラメータに関する事前知識を反映した支援内容を選択・実行することができる。
―第4の実施の形態―
本発明の第4の実施の形態を、図19〜21を参照して説明する。第4の実施の形態は、図1に示した第1の実施の形態と同じ装置構成を有し、状況に応じて操舵回避と制動操舵複合回避を適切に選択するものであるが、制御演算の方法と装置の動作の点で異なっている。図19は、第4の実施の形態における機能別のブロック図を示したものである。第1の実施の形態のブロック図2と比較すると、限界条件取得手段102aと走行経路算出手段102bとが独立に構成されている点や、路面摩擦係数推定手段300を備える点が異なっている。
第4の実施の形態では、第1の実施の形態のように最適化演算を行って限界路面摩擦係数μlimを求めるのではなく、限界条件取得手段102aは、予め用意しておいたマップを参照することで限界路面摩擦係数μlimを取得する。そして、取得した限界路面摩擦係数μlimと路面摩擦係数推定手段300で推定した路面摩擦係数μ*との比較を行うことで支援内容を決定し、その支援内容に沿った走行経路を算出して経路追従制御を実行する。
図21は、本実施の形態で想定している典型的な適用シーンの一例を示す図であり、自車が直線道路を走行している時に、自車前方に停車している車両を検出した場面を示している。走行中の道路はその両側を壁で仕切られていて、道路外への逸脱が物理的に不可能な状況になっている。ここでは、自車の走行速度をv、自車と停車車両との間の道路進行方向に沿った距離をRx、停車車両を回避するのに必要な横移動量をRyと表記する。
図22は、マイクロプロセッサ5の処理内容を示すフローチャートである。ステップS301、S302の処理は、第1の実施の形態で説明した図7のステップS1、S2で行われる処理と同様なので、説明を省略する。ステップS303では、路面摩擦係数推定手段300において路面摩擦係数の推定値μ*を算出する。なお、路面摩擦係数の推定は上述した第3の実施形態に説明した方法により行う。
ステップS304では、現在の障害物と自車状態に該当する限界路面摩擦係数μlimを、記録媒体に記憶されているマップから読み出す。装置に設けられた記録媒体には、限界路面摩擦係数μlimが予めマップとして記憶されている。マップは、自車速度v、障害物までの距離Rx、回避に必要な横移動量Ryの三つの引数から読み出される。このようなマップを用いる利点は、各変数を組み合わせた条件設定のもと、第1の実施の形態で説明したような最適化演算をオフラインで繰り返し行うことにより、各条件におけるμlimを求めてマップ化しておくことで、オンライン計算を実行することなく限界路面摩擦係数μlimを得ることができることである。
ステップS305では、第1の実施の形態と同様に、図9に示した支援内容決定則に従って、支援内容を決定する。ステップS306以降では、決定された支援内容に従って処理を分岐し、該当する支援を実現する処理を実行することになる。ステップS306では、限界路面摩擦係数μlimが図9のμS以上か否か、すなわち、回避制御が必要か否かを判定する。ステップS306でNOと判定されるとステップS307へ進んで警報が必要か否かを判定する。ステップS307ではμlimが図9の警報を行う範囲か否かを判定し、YESと判定されるとステップS308へ進み、NOと判定されると処理を終了する。なお、ステップS308の処理は、第1の実施の形態の図7に示すステップS11の警報発令処理と同一なので、ここでは説明を省略する。
一方、ステップS306で制御必要と判定されると、ステップS309へ進んで回避不可能か否か、すなわち、μlimが図9のμ0を超えるか否かを判定する。ステップS309で回避不可能と判定されると、ステップS310へ進んで接触被害軽減制御演算処理を実行し、逆に、回避可能と判定されるとステップS311へと進む。ステップS310の処理は、第1の実施の形態の図7に示すステップS10の処理と同一なので、説明を省略する。
ステップS309で回避可能と判定されてステップS311に進んだ場合、すなわち、μS≦μlim≦μ0となった場合について説明する。ステップS311では、第1の実施の形態における図7のステップS3と同様の処理を行う。ただし、第1の実施の形態の場合と同様に、操作支援が操舵回避である場合と制動操舵複合回避である場合とでは、構成される評価関数が異なることになる。また、本実施例では既に限界路面摩擦係数μlimが算出されているので、第1の実施の形態の式(20)で表される路面摩擦係数μに関する評価項は導入せず、評価関数は式(12)の形のものがそのまま使用される。また、車両モデル中の路面摩擦係数は、ここでは限界値μlimではなく、ステップS303で得られた推定値μ*を用いる。
ステップS312では、以上のような条件設定のもとで通常の最適制御問題を解いて、操舵回避の場合であれば前輪転舵角の時系列δ、制動操舵複合回避の場合であればδに加えて制動力操作量の時系列Xf、Xrが算出される。さらに、算出されたδ、Xf、Xrを用いて車両モデルの式(29)を積分し、車両の状態ベクトルXの時系列を算出し、回避経路を車両の位置(x、y)に関する時系列という明示的な形に変換する処理までを行う。
ステップS313では、ステップS312で得られた回避経路である(x、y)の時系列に追従して走行するために必要な前輪転舵角および前後輪制動力を算出し、転舵角サーボコントローラ9とブレーキ圧制御系11に出力する処理を行う。このような位置座標の形で明示的に示された走行経路に追従して走行するための制御則は種々の公知技術を利用して設計することが可能である。
なお、ここでは、ステップS312で算出した操作量δ、Xf、Xrを直接使わずに、一度(x、y)の形に変換してから経路追従制御を実施したが、それは次のような理由による。回避経路演算と経路追従制御とを機能として分離し、外乱やモデル化誤差に対する補償を経路追従制御の側で分担させることで、回避経路演算で使用する車両モデルが複雑化するのを抑制し、演算負荷を低減するためである。
上述した第4の実施の形態は、運転者の操作を前提とせずに自動で障害物を回避することも想定した構成となっている。そのため、これまでの実施の形態のように限界値μlimを前提とした最低限の回避挙動を装置側で実行するのではなく、路面摩擦係数推定手段300の推定値μ*に基づく最適な回避挙動を装置側で実行する構成とし、回避挙動として操舵のみで回避を行うか制動と操舵を複合した回避を行うかの判断にμlimの情報を用いる構成となっている。
―第5の実施の形態―
本発明の第5の実施の形態を、図23〜25を参照して説明する。これまでの実施の形態では、回避経路演算を行う際の不確実な要素として路面摩擦係数に注目し、その路面摩擦係数の不確実性に対応し得る装置構成について説明してきた。しかし、回避制御を行う際の不確実要素は路面摩擦係数に限らない。第5の実施の形態では、障害物の移動速度の不確実性に注目し、それに対応し得る装置構成について説明する。車両装置の配置については、第1の実施の形態で示した図1と同じ構成を想定する。また、各装置の機能分担についても、基本的には図2のブロック図と同様とするが、限界条件の取得対象となるパラメータと、実現する支援の内容が異なる。以下、それらの変更点について説明する。
本実施の形態では、不確実性を伴うパラメータとして、式(34)における歩行者のY軸方向の移動速度vy p に注目する。歩行者の位置は車両に搭載されたカメラ1によって測定されるが、歩行者の移動速度は画像情報から直接測定することは困難であり、測定された位置情報に何らかの微分的な処理を加えて推定することになる。しかし、もともとの位置情報の誤差に加えて処理の過程で発生する誤差が加わるために、速度推定値に高い精度が期待できない場面が考えられる。
また、仮に精度の高い推定値が得られたとしても、歩行者の移動速度は必ずしも一定ではなく、将来的に変化してしまう可能性もある。一方、歩行者のY軸方向の移動速度は、回避の成否や適切な回避方向の選択に大きな影響を与える情報である。従って、回避制御の実行にあたっては、歩行者の移動速度の不確実性を適切に考慮できる仕組みを備えていることが望ましい。
以下、第1の実施の形態との相違点であるマイクロプロセッサ5における処理内容を、図23に示すフローチャートに沿って説明する。ステップS401およびステップS402は、第1の実施の形態のステップS1,S2と同じ処理であり、説明を省略する。ステップS403では、回避制御を行う必要があるかどうかの判定を行う。ここの判定方法の一例としては、次式(46)、(47)で表される二つの不等式が両方とも成立した場合に、回避制御を行う必要があると判定する方法がある。ただし、TTC
min は判定閾値であって、正の値をとるパラメータである。例えば、3〜4秒程度の値を設定しておく。W
Vは車両幅であり、W
Pは障害物の幅である。なお、障害物W
Pには、回避余裕として確保する距離も含まれる。
ステップS404では、障害物のY軸方向の速度v
y pの推定値v
*y p を算出するとともに、推定値算出の信頼度に基づいて推定値のばらつき度合いも推定し、v
y pに関する確率分布を構成する。値のばらつきを正規分布で表現するとすれば、分散をσ
2として、確率密度関数を次式(48)のように構成することができる。
ステップS405では、回避限界速度と回避経路の算出を、第1の実施の形態と同様の同時最適化演算に基づいて行う。使用する車両モデルおよび評価関数とも、第1の実施の形態の場合と同じ式を利用することができるが、式(32)で表される評価関数のパラメータ評価項Ψ
μ(μ) は、歩行者のY軸方向速度を評価する評価項Ψ
vy(v
y p) に置き換えられる。すなわち、次式(49)が最適化すべき評価関数となる。
ところで、評価関数を最適化する最適化演算では、その初期解の設定によって得られる解が変わってくる場合がある。例えば、図3のような歩行者回避の場面では、大きく分けて歩行者の右側を通過する回避経路と左側を通過する回避経路の二通りの回避方法が考えられる。初期解として右方向の回避経路を設定した場合には、たとえ左方向へ回避した方が良い評価関数値が得られる場合でも、最適化計算を行った後で得られる回避経路も右方向への回避になる場合がある。すなわち、初期解の設定によっては、大域的な最適解が得られないという欠点を有している。しかし、得られた解が局所最適解であったとしても、回避制御を実行する上において十分に有用な回避経路が得られる場合もあることを考慮すれば、初期解の設定次第で探索する回避方向を指定することができるという利点もある。
本実施の形態では、このような性質を利用して、初期解探索の方向を指定するフラグdをプログラム上で確保しておき、d=1ならば右方向の初期解を設定し、d=0ならば左方向の初期解を設定するようにプログラムを構成し、必要に応じてフラグの値を切り替えながら制御を実施する構成としている。フラグの切替方法については後述する。そして、このフラグの値によって、評価項Ψvy(vy p) の形状を図23のように左右で切り替えるようにする。
すなわち、右方向に回避する場合には歩行者の右方向に進む速度vy pが高ければ高いほど評価値が良くなる(小さくなる)関数を構成して、右方向の回避に不利な歩行者速度の限界値を算出する構成とする。ただし、現実にはあり得ない速度域まで探索範囲とすることがないように、vy pの存在範囲を概ねv*y p±3σの範囲内にあると想定して、その外側では評価値が飽和するような関数とする。
以上のような評価関数を設定することで、フラグdで指定された回避方向への回避を行う場合に、回避が可能な条件の範囲内で最も不利な歩行者速度vy+ pとその時の回避経路(回避操作量)である前輪転舵角δlim、正規化前輪制動力uf lim、正規化後輪制動力ur limの時系列信号が得られる。以上がステップS405の処理である。
ステップS406では、ステップS405で算出された回避経路に沿って走行した場合の回避成功確率を算出する。ステップS405で算出された回避経路は、例えば、右方向への回避の場合、実際のv
y pよりもv
y+ pの方が小さければ回避可能ということになる。v
y p確率分布は式(47)のように構成されているので、回避成功確率P
Sは、次式(50)によって算出することができる。図25の曲線は確率密度関数を示しており、ハッチングを施した部分の面積が回避成功確率P
Sである。
ステップS407では、回避成功確率PSに基づいて処理を分岐する。例えば、回避成功確率PSに関する所定の大きさの閾値P0を予め設定しておき、回避成功確率PSがP0以上の場合にはステップS408に進み、算出した回避経路に沿って走行するような回避制御を実行する。一方、PSがP0よりも小さい場合には、回避方向が不適切であるか、そもそもどちらの方向に回避しても接触を避けることが難しい状況にあることを示している。ここでは、後者の可能性を考慮し、ステップS409に進んで接触速度を下げるための制御を実行するとともに、さらにステップS410へ進んでフラグdを反転し、次の制御サイクルにおける回避経路探索方向を切り替えるようにする。
第5の実施の形態では、複数の回避経路探索方向を、回避成功率に基づいて切り替える構成となっているので、より回避成功率の高い回避方向の走行経路を得ることが可能になり、回避成功率を高めることができる。例えば、歩行者が急に立ち止まったり進行方向を変えたりするなど、当初の予想外の挙動をとって適切な回避方向が変わってしまうような場面にも柔軟に対応することができる。ここでは、回避経路は二通り可能な場合について説明したが、三通り以上の場合にも同様に適用することができる。
なお、上述した実施の形態では、警報発令処理としてスピーカー10を介して警報音を発生したが、運転者の見える位置に表示装置を設けて、その表示装置に警報表示を表示するようにしても良い。また、警報音と警報表示の両方を実行するようにしても良い。また、本発明の特徴を損なわない限り、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではない。
1:カメラ、2:車速センサ、3:ヨーレートセンサ、4:加速度センサ、5:マイクロプロセッサ、6:操舵角センサ、7:転舵角センサ、8:転舵用モータ、9:転舵角サーボコントローラ、10:スピーカー、11:ブレーキ圧制御系、100:車両状態検出手段、101:道路環境認識手段、102:同時最適化演算手段、102a:限界条件取得手段、102b:走行経路算出手段、103:支援内容決定処理部、104:運転操作支援手段、105:目標操作量演算部、106:制動系制御手段、107:操舵系制御手段、200:目標転舵角算出部、300:路面摩擦係数推定手段