JP5131603B2 - 炭素系薄膜の製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、炭素系薄膜の製造方法に関する。
炭素系材料には、炭素の結合様式の多様性に応じ、特性が大きく相違する多種多様な形態が存在する。これらの形態には、カーボンナノチューブ(CNT)、フラーレンに代表されるように、優れた特性が確認され、電子デバイス、水素吸蔵材料等の分野で今後の普及が期待される新しい材料も含まれる。CNTやフラーレンに限らず、秩序化された炭素構造の形成には、一般に大きなエネルギーが要求される。これに対し、非晶質炭素は、大きなエネルギーを要することなく形成でき、幅広い諸特性(機械的、電気的、光学的特性)を実現できる。
同じ炭素から構成されていても、非晶質炭素は結晶性の炭素材料とは大きく異なる諸特性を有する。グラファイトが導電性もしくは半絶縁性であるのに対し、非晶質炭素が実質的に絶縁性であるのはその一例である。従って、特性の異なる炭素をデバイスに適用しやすい形態で複合化した材料を製造する技術を確立すれば、新たな複合化材料を提供できる可能性がある。
成膜したままで結晶性の炭素構造と非結晶性の炭素構造を含む炭素薄膜も知られている(例えば非特許文献1)。しかし、この技術では炭素材料の設計の自由度に限界がある。
本発明者は、特性が異なる2つの炭素膜を用いた炭素材料を提案した(特許文献1)。この炭素材料は、平均径2nm以上のグラファイトクラスターを含む低硬度硬質炭素膜と平均径1nm以下のグラファイトクラスターを含む高硬度硬質炭素膜とを交互に積層した多層膜である。この多層膜は、耐摩耗性および摺動特性が改善された、各種部材のコーティング膜となる。
非晶質炭素膜にレーザー光または電子ビームを照射し、硬質の非晶質炭素膜の表面を部分的にグラファイト化した炭素薄膜も提案されている(特許文献2)。この炭素薄膜では、グラファイト化した領域は潤滑部となり、残部は硬質部となる。潤滑部は、非晶質炭素膜の表面をレーザー光または電子ビームを走査することにより形成される。
特開2001−261318号公報 特開2003−268531号公報
M. Chhowalla et al. "Generation and deposition of fllerene-and nanotube-rich carbon thin films" Philosophical Magazine Letters, 1997, vol.75, No.5, pp329-335
特許文献1が開示する技術とは異なり、特許文献2が開示する技術によれば、炭素薄膜の表面の所定部分に異なった特性を有する領域を導入できる。特許文献2が開示するように、非晶質炭素膜の表面にエネルギーを供給すると、ごく微小なグラファイトフラグメントが生成する。しかし、このフラグメントの粒径は大きくても2nmにとどまる。通常、非晶質炭素膜に、より大きな粒径を有するグラファイト構造を形成しようとすると、より大きなエネルギーを供給する必要があり、そうすると膜が減失する。また、レーザー光等を走査する必要があるため、特に面積が大きい薄膜や微細かつ複雑に領域を配置すべき薄膜を得ようとする場合には、製造効率において改善の余地がある。
本発明は、以下の特徴を有する新たな炭素系薄膜を提供する。この炭素系薄膜は、粒径が2nmを超えるグラファイトクラスターを含む第1領域と、粒径が2nmを超えるグラファイトクラスターを含まない第2領域とを有し、第1領域および第2領域が表面に露出し、かつ以下のa)およびb)から選ばれる少なくとも一方の条件が成立する。
a)第1領域が金属元素を含む。
b)第1領域がグラファイトクラスターとしてプレート状グラファイト構造およびオニオン状グラファイト構造から選ばれる少なくとも一方を含む。
また、本発明は、炭素系非晶質薄膜の表面からこの薄膜の一部に金属元素のイオンを注入することにより、上記薄膜に、上記金属元素を含む第1領域と上記金蔵元素を含まない第2領域とを形成する工程と、少なくとも第1領域にエネルギーを供給することにより、第2領域におけるグラファイトクラスターの成長を当該クラスターの粒径が2nm以下となる程度に抑制しながら、第1領域に粒径が2nmを超えるグラファイトクラスター、例えばプレート状グラファイト構造およびオニオン状グラファイト構造から選ばれる少なくとも一方であるグラファイトクラスター、を形成する工程と、含む炭素系薄膜の製造方法を提供する。
本発明の製造方法では、予め炭素系非晶質薄膜に金属元素のイオンを選択的に注入し、注入されたイオンに由来する金属原子の作用を利用するため、この薄膜に粒径が2nmを超えるグラファイトクラスターを選択的に形成できる。粒径が大きなグラファイトクラスターを選択的に導入して領域を設定すると、領域間の特性の相違は顕著となる。また、このイオンを選択的に注入することにより領域の設定を行うため、エネルギーの選択的供給によって領域を画する必要がない。従って、本発明の製造方法によれば、特性が異なる領域を膜面内に配置した炭素系薄膜、特に面積が大きい薄膜や微細で複雑なパターンを有する炭素系薄膜、を効率的かつ合理的に製造できる。
さらに、イオンの注入は表面近傍にとどまらない薄膜の改質を可能とする。イオンの注入量等をエネルギーの供給形態とともに制御することにより、グラファイト構造の形態およびサイズを容易に制御することもできる。本発明によれば、特性が異なる2つの領域が膜の表面に露出し、一定の厚さを有する有用性の高い炭素系薄膜を提供できる。
本発明の製造方法の一例における一工程を示すための部分切り取り斜視図である。 図1の工程に引き続き行われる一工程を示すための部分切り取り斜視図である。 図1および図2に示した工程を経て得られた炭素系薄膜を示すための部分切り取り斜視図である。 本発明の炭素系薄膜の別の一例を示すための部分切り取り斜視図である。 電子線照射前および照射後におけるラマン分光法による炭素系薄膜の測定結果を示すスペクトルである。 電子線照射前(a)、照射後(b)における薄膜の断面TEM像である。 電子線の照射により、金属(Fe)イオンクラスターが表面へと拡散していく状態を示す断面TEM像であり、(a)は電子線照射300秒後、(b)は同3600秒後、(c)は同19800秒後の状態を示す。 電子線の照射により形成されたグラファイトクラスターを観察した結果を示す平面TEM像であり、(a)およびその拡大写真である(b)は電子線照射10000秒後の観察結果であり、(c)およびその拡大写真である(d)は電子線照射20000秒後の観察結果である。 電子線照射前および照射後におけるラマン分光法による炭素系薄膜の測定結果の別の例を示すスペクトルである。 マスキング領域(Fe非注入領域)と非マスクキング領域(Fe注入領域)との境界近傍における、電子線照射後の炭素系薄膜の断面TEM像である。 図10に示した炭素系薄膜についての電子照射前および照射後(照射後についてはイオン非注入領域についても測定)におけるラマン分光法による測定結果を示すスペクトルである。 Feイオンの注入条件を変化させて測定した、炭素系薄膜についての電子照射前および照射後におけるラマン分光法による測定結果を示すスペクトルである。
本発明の炭素系薄膜では、第1領域は、粒径が2nmを超える、好ましくは5nm以上の、より好ましくは10nm以上の、グラファイトクラスターを含み、第2領域は、粒径が2nmを超えるグラファイトクラスターを含まない。即ち、第2領域には、グラファイトクラスターが含まれていないか、あるいは、ごく微細なグラファイトクラスター(グラファイトフラグメント)が含まれているのみである。このフラグメントの粒径は2nm以下である。粒径がこの程度に制限されていると、グラファイトクラスターは、プレート状、オニオン状のような特徴的な構造をとりえない。
グラファイトクラスターの粒径は、当該技術分野で広く行われているように、ラマン分光測定において、いわゆるDピーク(〜1350cm-1)とGピーク(1500〜1600cm-1)との強度比によって測定される面内相関距離によって評価すればよい(参考文献:Robertson J, “Diamond-like Amorphous Carbon”, Materials Science and Engineering, R37 (2002), 129-281;特に165-168)。
本明細書において、「炭素系」の薄膜とは、具体的には、炭素を50原子%以上含む薄膜をいう。このように、本明細書では、「系」により50原子%以上含まれる主成分を記述する。炭素系薄膜は、炭素以外を副成分として含んでいてもよく、例えば、条件a)において列挙した金属元素に加え、H,N,BおよびSiから選ばれる少なくとも1種をさらに含んでいてもよい。また、「非晶質」とは、結晶のように周期的な長距離秩序を有しない構造をいい、例えば非晶質炭素には、不定形炭素、ダイヤモンドライクカーボン、ガラス状炭素等と呼ばれるものが含まれる(これら用語は明確に区別されて使用されているわけではない)。
金属元素は、Fe,Co,Ni,Al,CuおよびAuからなる群より選ばれる少なくとも1種が好ましく、Fe,CoおよびNiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素がより好ましい。
本発明によれば、プレート状グラファイト構造のc軸が薄膜の面内方向に配向しているという特徴的な構造を有する炭素系薄膜を得ることができる。ここで、c軸(<001>軸)が薄膜の面内方向に配向しているとは、膜に含まれるグラファイト構造のc軸のすべてが面内方向に配向している、という意味ではなく、c軸が、全体として見れば、膜厚方向ではなく薄膜の面内方向に配向している、という意味である。
本発明の炭素系薄膜において、第1領域は、薄膜の表面から10nm以上、さらには50nm以上、場合によっては100nm以上、の深さを有することができる。第1領域は、イオンの注入エネルギー等によって制御できる。薄膜の厚さによっては、第1領域は、薄膜の表面から底面にまで達する。この場合、第1領域および第2領域の膜厚方向についての大きさ(領域の厚み)は、膜厚と同じとなる。
本発明の炭素系薄膜は、条件a)および/または条件b)を満たせばよく、2つの条件をともに満たしていてもよい。後述するように、金属元素のイオン(金属イオン)を注入した後、エネルギーの供給を継続して行えば、注入したイオンに由来する金属原子が薄膜の表面へと拡散することがある。金属原子が高濃度となった表層を除去すれば、条件a)を満たさない薄膜を得ることも可能である。実験により確認されたところによると、金属原子が薄膜の表面で高濃度となってその内部に金属原子が存在しない部分が生じる程度にまでエネルギーの供給を継続すると、通常、薄膜にはプレート状グラファイト構造が形成される。
薄膜に注入した金属イオンは、非晶質炭素からのグラファイトクラスターの生成に要するエネルギーを低下させる。このイオンを薄膜の一部に注入するには、薄膜の表面を部分的にマスクした状態で当該表面からイオンを注入するとよい。この方法によれば、注入するイオンをビーム状にして、空間分布を与えながら描画する必要はない。薄膜の表面のマスキングには、予め所定のパターンに加工した金属板、樹脂板等の板状部材(テンプレート)を利用してもよく、所定のパターンとなるように成膜した金属薄膜を用いてもよい。グラファイトクラスターの生成を十分に促進するためには、イオンの注入量を1×1015/cm2以上、例えば5×1015〜5×1017/cm2とすることが推奨される。イオンの注入エネルギーは、特に制限されないが、薄膜の厚さとイオンを注入すべき深さ(グラファイト化を要する深さ)とから適宜選択するとよく、例えば40〜400keVとするとよい。
エネルギーを供給する前の段階における薄膜中のイオンの濃度は、グラファイトクラスターの生成が促進される限り制限はないが、イオンを注入した領域(第1領域となるイオン注入領域)において、0.5〜30原子%、特に5〜20原子%が好適である。
エネルギーの供給方法は特に制限されないが、電子線の照射は、グラファイトクラスターの生成に適したエネルギーの供給方法である。電子線の照射によれば、通常の熱処理のように装置や薄膜を形成した試料全体を加熱する必要がない。電子線の照射は、炭素系薄膜を耐熱性の低い異種材料と複合化して用いるような場合には特に適している。
電子線のエネルギーは、100keV以下、さらには60keV以下、例えば40〜60keVの電子線を用いるとよい。また、電子線の照射強度は1019/cm2・秒以下、さらには1017/cm2・秒以下、特に1015/cm2・秒以下、とすることが好ましい。電子線の照射強度の下限は、特に制限されないが、1013/cm2・秒以上が好ましい。
高エネルギーの電子線照射はむしろ好ましくないため、電子線は高真空状態で照射する必要はなく、例えば常圧下で照射してもかまわない。高度に減圧せずに薄膜を処理できることは量産を考慮すると大きな利点となる。
電子線の照射は、大気等の酸素含有雰囲気で行ってもよいが、この場合はオゾンが発生する。これを避けたければ、酸素を含まない非酸化雰囲気中、例えば、アルゴンに代表される不活性ガスまたは窒素ガスからなる雰囲気中、で行うとよい。
エネルギーの供給は、薄膜を加熱することにより行ってもよい。この場合は、薄膜を600〜1000K、好ましくは750〜850K、の温度で加熱することが好ましい。温度が低すぎるとグラファイトクラスターが十分に生成せず、温度が高すぎると炭素の酸化または炭化水素化等による膜の減失が顕著となるためである。
グラファイトクラスターを生成するためのエネルギーは、少なくとも第1領域に供給すればよく、第1領域のみにエネルギーを供給しても、第1領域および第2領域に供給してもよい。予めイオンを注入するため、本発明の製造方法では、照射領域が制限されるレーザー光のような高エネルギー線を用いる必要はない。電子線のようなエネルギービームを、空間分布を付与することなく大面積に供給すれば足りることも、量産に際しては利点となる。
本発明の製造方法において、第1領域へのエネルギーの供給を継続すると、この領域にはオニオン状および/またはプレート状グラファイト構造が生成することがある。これらのグラファイト構造は、すすへの電子線照射や熱処理により観察され、例えばプレート状グラファイト構造は、すすの1000Kを超える熱処理により観察される。しかし、オニオン状およびプレート状グラファイト構造が非晶質薄膜へのエネルギー供給により当該薄膜の一部において選択的に形成されることは、通常ない。
特に、従来、非晶質炭素膜のように等方的な構造を有する膜では、単に電子線を照射してもプレート状構造は形成されない、と考えられてきた。しかし、金属イオンを注入した領域に電子線を照射すると、高温を要することなくプレート状構造が形成される。プレート状構造の形成には、金属イオンが薄膜の表面へと拡散することによる非晶質構造のダイナミックな再構成が関与していると考えられる。
本発明の製造方法では、注入した金属イオンに由来する金属原子が拡散して薄膜の表面近傍に偏って存在するまでエネルギーを供給した後、この表面近傍に偏析する金属原子を除去する工程をさらに実施してもよい。この追加工程の実施は、Fe等の存在により光の吸収を避けたい場合、例えば炭素系薄膜を光学デバイスの一部として用いる場合、には特に有用である。
金属原子を除去する工程は、ドライエッチングまたはウェットエッチングにより薄膜の表層を除去する工程として実施すればよい。金属原子を除去する工程により、薄膜から金属原子を実質的に除去することもできる。
本発明によれば、特性の異なる領域を膜面内に任意に配置した炭素系薄膜を得ることができる。第1領域と第2領域とは、第1領域におけるグラファイトクラスターの生成に起因して異なる特性を有しうる。例えば、第1領域には、第2領域よりも高い導電率を与えることができる。また例えば、第1領域には、第2領域よりも低い光線透過率を可視〜赤外〜遠赤外の波長域で与えることができる。
炭素系薄膜の厚さは、特に限定されないが、例えば10nm〜5μm、特に50nm〜1μmの範囲とするとよい。
炭素系非晶質薄膜の成膜方法は、特に限定されない。この薄膜は、従来から知られている各種成膜法、スパッタリング法に代表される物理蒸着法(PVD法)、各種化学蒸着法(CVD法)等、により形成するとよい。スパッタリング法に使用するターゲットの一例としては、焼成グラファイトを挙げることができる。Si、B等の原子を膜に添加する場合には、その原子を含むターゲットを用いてもよい。雰囲気はアルゴン等の不活性ガスとすればよいが、不活性ガスとともに、例えば、水素原子含有ガスおよび窒素原子含有ガスから選ばれる少なくとも一方を含む雰囲気として、Hおよび/またはNを膜に混入してもよい。
薄膜の形成に用いる基板の材料には、特に制限はなく、例えば、シリコン等の半導体基板、Al23,MgO等の酸化物基板、鉄,アルミ,これらを含む合金等の金属基板を適宜用いればよい。
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。
まず、図1に示すように、基板30上に、炭素系非晶質薄膜15を形成する。さらに、薄膜15上に、所定のパターンとなるようにマスク31とする薄膜を形成する。引き続き、薄膜15の表面に金属イオン32を注入する。これにより、イオン注入領域をビーム描画によって絞り込むことなく、薄膜には、第1領域となる部分にイオン32が注入される。
次いで、図2に示すように、マスク31を除去し、薄膜15に電子線33を照射する。電子線33は、照射領域を絞り込む必要はなく、薄膜15の表面全面に一括照射すればよい。電子線33の照射により、イオンを注入した領域(第1領域11)ではグラファイトクラスターの生成が促進される。イオンを注入しない領域(第2領域12)では電子線を照射しても、グラファイトクラスターの生成は十分に抑制される。なお、図2には、マスク31を除去してから電子線33を照射する形態を示したが、マスク31を残したままこれを介して電子線33を照射しても構わない。
こうして、図3に示すように、マスク31のパターンが転写された炭素系薄膜10を得ることができる。この薄膜10では、マスク31の開口部に対応する、グラファイトクラスターが成長した帯状の第1領域11と、マスク31による遮蔽部に対応する、グラファイトクラスターの成長が抑制された帯状の第2領域12とが交互に配置されている。図示した形態では、これらの領域11,12は、薄膜の表面から底面に至るまで伸長しており、薄膜の厚さと同じ厚さを有する。
上記説明から明らかなように、マスク31のパターンを変更すれば、任意の大きさで任意の位置に、領域11,12を配置できる。例えば、図4に示すように、一方の領域(図では第1領域11)が他方の領域(第2領域12)に囲まれた柱状領域となる炭素系薄膜10を得ることも可能である。柱状領域11の形状は、図示したような円柱、四角柱に制限されるわけではない。
図3および図4に示したように、本発明によれば、以下のc)〜d)から選ばれる少なくとも1つ、好ましくは両方、が成立する炭素系薄膜を得ることもできる。
c)第1領域11および第2領域12から選ばれるいずれか一方の領域が他方の領域に囲まれた柱状領域であり、炭素系薄膜の表面における柱状領域の面積が200nm2以上、好ましくは1000nm2以上、より好ましくは10000nm2以上である。
d)第1領域11および第2領域12が、第1面内方向51について、第1面内方向51と直交する第2面内方向52についての平均径の2倍以上、好ましくは10倍以上、の平均径を有し、第2面内方向52について交互に配置されている。
上記c)とともに、あるいは上記c)に代えて、第1領域11および第2領域12から選ばれるいずれか一方の領域が他方の領域に囲まれた柱状領域であり、この柱状領域の面内方向についての平均径が100nm、好ましくは200nm以上、という条件を満たす炭素系薄膜を得ることもできる。
ただし、上記c)およびd)は、成膜したままの状態の炭素系薄膜(例えばカラム−カラム間組織を有する炭素系薄膜)が、上記a)またはb)を具備したとしても、到底実現できない領域の配置を例示するものであって、本発明により導入される領域の形状およびサイズが上記に制限を受けるわけではない。上述のとおり、本発明の製造方法は、微細かつ複雑に入り組んだ領域を有する炭素系薄膜の製造にも適している。
図3に示す炭素系薄膜10では、第1領域11および第2領域12は、ともに帯状に配置されている。これら帯状の領域11,12は、第1面内方向51について、この方向51と直交する第2面内方向52についての平均径よりも上記d)に記載の程度以上の倍率の平均径を有し、かつ第2面内方向52について交互に配置されている。図4に示す炭素系薄膜10では、第2領域12により囲まれた柱状の第1領域11の平均径が、上記c)の条件を満たすように設定されている。柱状領域11の形状は、図示したような円柱、四角柱に制限されるわけではない。
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本欄における上記説明と同様、以下も本発明の実施形態の例示に過ぎず、本発明を限定するものではない。
マグネトロンスパッタリング法を用い、シリコン基板上に膜厚約0.2μmの炭素系非晶質薄膜Aを形成した。ターゲットとしては焼成グラファイトを用いた。基板温度は室温(基板は水冷)、雰囲気圧力は0.27Pa(2mTorr)とした。成膜雰囲気はアルゴンとした。
次いで、この非晶質薄膜Aの表面にCu製のテンプレート板を配置した状態で、この表面上にイオンビームスパッタリング法によりAl薄膜(厚さ約500nm)を形成した。Al薄膜の形成後、テンプレート板を除去し、パターニングされたAl薄膜をマスクとして、薄膜Aの表面にFeイオンを注入した。Feイオンは、80keV、2×1015/cm2の条件で注入した。Feイオンの注入によりイオン注入領域におけるFe濃度は約1
原子%となった。
HNO3:H3PO4:CH3COOH=1:4:15(体積比)によりAl薄膜を除去した後、非晶質薄膜Aに電子線を照射した。電子線の照射は1.3×10-3Paに減圧した雰囲気中で60kV−0.3mAで加速した電子線を用い、1×1014/cm2・秒の照射強度で行った。電子線の照射に用いた装置は電子線照射管(ウシオ電機製「Min-EB」)である。電子線は、Si窓を通過させることにより、電子線のエネルギーを10〜20%程度減少させ、かつ散乱させた状態で、炭素系非晶質薄膜Aを一括露光した。Si窓と薄膜Aとの間隔は15mmとした。照射時間は30分から11時間とした。なお、電子線の照射に伴う薄膜Aの昇温は、熱電対を用いた測定によると453Kで飽和し、この飽和には30分を要した。
図5に、イオン注入領域における電子線照射に伴うラマンプロファイルの変化を示す。ラマンプロファイルの変化から見積もったところでは、膜中には粒径10nmを超えるグラファイトクラスターが生成していた。図6に、電子線照射の前後において、薄膜の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察した結果を示す。電子線の照射により、Feが凝集してクラスターを形成し、このクラスターが表面へと拡散していることが確認できた。
Feの濃度を約15原子%とした炭素系非晶質薄膜Bを別に作製し、上記と同様にして電子線を照射した。電子線照射による薄膜Bの構造の変化を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察した結果を図7(a)〜(c)に示す。電子線の照射により、Feが凝集してクラスターを形成し、このクラスターが表面へと拡散した。図7(c)(照射時間5時間30分)では、薄膜Bの内部にFeが存在しない領域が現れた。
電子線照射により薄膜B内に生成したグラファイト構造をTEMにより観察した。なお、この観察は、Feクラスターが含まれる薄膜Bの表層を3%ナイタールにより除去してから行った。結果を図8(a),(c)に示す。図8(b),(d)は、それぞれ図8(a),(c)中に円で囲んだ部分の拡大観察結果である。薄膜Bには、オニオン状グラファイト構造(図8(a),(b))およびプレート状グラファイト構造(図8(c),(d))が観察された。前者は1時間程度の短い照射により顕著に認められ、後者は5時間を超える照射により顕著に認められた。
これらのグラファイトクラスターの大きさは、照射時間によるが、オニオン状構造については1〜10nm程度であり、プレート状構造については最大でc軸方向について約20nm、これと直交する基底面の面内方向について約30nmに達した。プレート状構造は、c軸が膜面方向に配向している傾向を有していた。
なお、プレート状構造が現れる程度に電子線を照射すると、3つの構造、即ち、面内相関距離が2nm未満のクラスタリングの進行した非晶質炭素マトリックス、面内相関距離が2〜5nmのオニオン状構造やナノグラファイト構造、面内相関距離が10nmを超えるプレート状構造が観察された。
一方、Fe原子が存在しないように形成した領域では、TEMにより観察しても、2nmを超えるグラファイトクラスターの生成は認められなかった。
図9に、Fe原子が存在するように成膜した領域における電子線照射に伴うラマンプロファイルの変化を示す。電子線の照射に伴い、グラファイトクラスターに起因する2つのピーク(DピークおよびGピーク)が顕著となり、Gピークが高周波側にシフトした。
図10は、上記と同様にして形成した炭素系薄膜の断面TEM像である。Feイオンを注入した領域にはFeクラスターが生成したが、マスキングによりFeイオンの注入を防いだ領域にはFeクラスターは生成していない。
図11に、図10に示した炭素系薄膜についての電子ビームの照射前後のラマンスペクトルの変化を示す。図11のラマンプロファイルより、Feイオンを注入した領域には電子線の照射後、粒径10nm以上のグラファイトクラスターが生成したことが確認できた。一方、Feイオンが注入されていない領域では、電子線照射後においても、グラファイトクラスターの粒径は2nm以下にとどまっていた。
図10および図11の結果より、炭素系薄膜にマスキングによる任意のパターンを形成することにより、炭素系薄膜の任意の領域にグラファイトクラスターを生成できることが確認できる。炭素系非晶質膜の任意の領域の特性を変化させることができるため、本発明による適用範囲は極めて広い。
なお、図10および図11に示した炭素系薄膜へのFeイオンの注入条件は、80keV、3.6×1016/cm2である。電子線の照射条件は上記と同様とした。
Feに代えて、Co、Niを用いて上記と同様の実験を行ったところ、注入された金属原子が存在する場合にも、オニオン状およびプレート状のグラファイト構造の生成が確認され、イオンが存在しない領域においては2nmを超えるグラファイトクラスターの生成は認められなかった。ただし、プレート状グラファイト構造の形成は、Feが存在する場合に最も顕著となった。
また、Feイオンの注入量を1013〜2×1015/cm2の範囲で変化させて同様の実
験を行ったところ、Feイオンの注入量により形成されるグラファイトクラスターの粒径が変化した。図12に結果の一部を示す。Feイオンの注入条件は、(a)60keV、4×1013/cm2、(b)80keV、5×1014/cm2、(c)80keV、2×1015/cm2、とした。ラマンプロファイルの変化から見積もったところでは、(a)の
炭素系薄膜では粒径1.5nm程度のグラファイトクラスターが、(b)の炭素系薄膜では粒径1.5nm程度のグラファイトクラスターが生成したのに対し、(c)の炭素系薄膜では粒径10nm以上のグラファイトクラスターが生成した。その他の結果と併せて検討すると、粒径10nm以上のグラファイトクラスターの生成には1×1015/cm2
上の注入量が望ましいことがわかった。
さらに、電子線の照射に代えて、加熱処理により非晶質薄膜にエネルギーを供給した。この実験からもグラファイトクラスターの生成が確認できた。加熱処理は、昇温レートを10K/分、最高温度を573K〜1000K、最高温度における保持時間を10000〜40000秒とした。最高温度750K以上の加熱処理により、イオン注入領域において粒径が2nmを超えるグラファイトクラスターの生成が確認できた。この場合も、イオン非注入領域では、粒径が2nmを超えるグラファイトクラスターの生成は確認できなかった。
本発明によれば、電気的、光学的、機械的諸特性が異なる領域が薄膜の面内の所望の位置に配置された炭素系薄膜を提供できる。この薄膜は、例えば導体が厚さ方向に貫通した層間絶縁膜等として、各種電子デバイス、光学デバイス、耐摩耗部材に適用可能な特性を備えている。
10 炭素系薄膜
11 第1領域
12 第2領域
15 炭素系非晶質薄膜
30 基板
31 マスク
32 イオン
33 電子線
51 第1面内方向
52 第2面内方向

Claims (14)

  1. 炭素系非晶質薄膜の表面から前記薄膜の一部に金属元素のイオンを注入することにより、前記薄膜に、前記金属元素を含む第1領域と前記金属元素を含まない第2領域とを形成する工程と、
    少なくとも前記第1領域にエネルギーを供給することにより、前記第2領域におけるグラファイトクラスターの成長を当該クラスターの粒径が2nm以下となる程度に抑制しながら、前記第1領域に粒径が2nmを超えるグラファイトクラスターを形成する工程と、を含む炭素系薄膜の製造方法。
  2. 前記金属元素が、Fe,Co,Ni,Al,CuおよびAuからなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の炭素系薄膜の製造方法。
  3. 前記金属元素が、Fe,CoおよびNiからなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項2に記載の炭素系薄膜の製造方法。
  4. 前記薄膜の表面を部分的にマスクした状態で当該表面から前記イオンを注入する請求項1〜3のいずれか1項に記載の炭素系薄膜の製造方法。
  5. 前記イオンの注入量が、1×1015/cm2以上である請求項1〜4のいずれか1項に記載の炭素系薄膜の製造方法。
  6. 前記第1領域および前記第2領域にエネルギーを供給する請求項1〜5のいずれか1項に記載の炭素系薄膜の製造方法。
  7. 前記第1領域に前記グラファイトクラスターとしてプレート状グラファイト構造およびオニオン状グラファイト構造から選ばれる少なくとも一方を形成する請求項1〜6のいずれか1項に記載の炭素系薄膜の製造方法。
  8. 前記第1領域に粒径が5nm以上のグラファイトクラスターを形成する請求項1〜7のいずれか1項に記載の炭素系薄膜の製造方法。
  9. 電子線を照射することによりエネルギーを供給する請求項1〜8のいずれか1項に記載の炭素系薄膜の製造方法。
  10. 1×1019/cm2・秒以下の強度で電子線を照射する請求項9に記載の炭素系薄膜の製造方法。
  11. 前記薄膜を加熱することによりエネルギーを供給する請求項1〜8のいずれか1項に記載の炭素系薄膜の製造方法。
  12. 前記薄膜を600〜1000Kの温度に加熱する請求項11に記載の炭素系薄膜の製造方法。
  13. 前記イオンに由来する金属原子が拡散して薄膜の表面近傍に偏って存在するまで前記エネルギーを供給した後、前記表面近傍に存在する金属原子を除去する工程をさらに実施する請求項1〜12のいずれか1項に記載の炭素系薄膜の製造方法。
  14. 前記金属原子を除去する工程が、ドライエッチングまたはウェットエッチングにより前記薄膜の表層を除去する工程である請求項13に記載の炭素系薄膜の製造方法。
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