ところで、電動機の出力トルクが増大すると、3相電動機内において部分的な磁気飽和が生じることがある。これにより、インダクタンスが最小となるのがd軸方向から3相電動機の出力制御のための電流のベクトル方向側へと変化する。更にはd軸方向とq軸方向とでインダクタンスの差がなくなることもある。こうした現象が生じると、上記制御装置では回転角度を適切に算出することができなくなる。特に近年、3相電動機の小型化、高出力トルク化の要求の高まりによって磁気飽和が生じやすくなってきているため、上記制御装置によっては回転角度を適切に算出することが益々困難なものとなってきている。
なお、上記突極性を有する3相電動機に限らず、インバータのスイッチング素子を操作することで多相回転機の出力を制御するに際し、前記多相回転機の電気的な状態量に基づき前記多相回転機の回転角度についての情報を取得する多相回転機の制御装置にあっては、回転角度についての情報を適切に取得することが困難なこうした実情も概ね共通したものとなっている。
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、多相回転機の電気的な状態量に基づき、多相回転機の回転角度についての情報をより適切に取得することのできる多相回転機の制御装置を提供することにある。
以下、上記課題を解決するための手段、及びその作用効果について記載する。
請求項1記載の発明は、前記回転角度に基づき、前記多相回転機の電気角の周期とは異なる周期を有して且つ任意の位相角方向に振動する周波数信号を前記インバータの出力信号に重畳する重畳手段と、該重畳によって前記多相回転機を実際に伝播する周波数信号の振幅を検出する振幅検出手段と、該振幅検出手段によって検出される振幅を入力とし、前記実際に伝播する周波数信号についての想定される振幅と前記検出される振幅との差を縮めるように、前記回転角度を設定する設定手段とを備えることを特徴とする。
インバータの出力信号に重畳された周波数信号によって多相回転機を実際に伝播する周波数信号の振幅は、重畳する周波数信号の位相角等の多相回転機の運転状態に応じて変化し得る。このため、実際に伝播する周波数信号の振幅が想定される振幅と相違するときには、重畳手段によって回転角度として用いられた情報が実際の回転角度と相違すると考えられる。上記構成では、この点に着目し、実際に伝播する周波数信号の振幅と想定される振幅との差を縮めるように回転角度を設定する。このため、回転角度についての情報をより適切に取得することができる。
なお、多相回転機とは、多相電動機や多相発電機のことである。また、多相回転機を実際に伝播する周波数信号とは、インバータの出力信号に周波数信号を重畳すべく直接操作される電気的な状態量以外の状態量の検出値によって算出される周波数信号のこととする。すなわち、周波数信号を重畳すべくインバータの出力電圧(多相電動機の相電圧)を指令電圧に操作する場合、電圧以外の状態量(例えば電流)の検出値に基づき算出される周波数信号とする。
請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明において、前記設定手段は、前記多相回転機の出力制御のための電流の位相角に基づき前記想定される振幅を定めることを特徴とする。
実際に伝播する周波数信号の振幅は、多相回転機の出力制御のための電流の位相角に応じて変化する。この点、上記構成では、この位相角に基づき、想定される振幅を適切に設定することができる。
なお、振幅は、出力制御のために実際に流れる電流に依存するものではあるが、出力制御のための指令電流も出力制御のために実際に流れる電流と相関を有するため、出力制御のための電流には、出力制御のための指令電流も含まれるものとする。
請求項3記載の発明は、請求項2記載の発明において、前記設定手段は、前記多相回転機の出力制御のための電流の位相角に加えて、更に、前記多相回転機のトルク及びその相当値のいずれか並びに前記多相回転機の回転速度の少なくとも一方に基づき前記想定される振幅を定めることを特徴とする。
実際に伝播する周波数信号の振幅は、大きくは出力制御のための電流の位相角に応じて変化するものの、位相角によって一義的には定まらず、多相回転機のトルクや回転速度に依存する。この点、上記構成では、これらを加味することで、想定される振幅をより高精度に定めることができる。
請求項4記載の発明は、請求項1〜3のいずれかに記載の発明において、前記多相回転機は、その構造上、突極性を有するものであり、前記実際に伝播する周波数信号としての電流信号の振動方向に基づき前記多相回転機の回転角度を算出する算出手段を更に備え、前記設定手段は、前記算出手段によって算出される回転角度を補正するものであることを特徴とする。
上記構成では、多相回転機がその構造上、突極性を有するために、位相角によってインダクタンスが異なり、ひいては電流の流れやすさが異なる。このため、実際に伝播する電流信号は、重畳した周波数信号の位相角にかかわらず電流の流れやすい方向に偏向したものとなる。このため、この偏向態様に基づき、回転角度を算出することが可能となる。
ただし、上記電流の流れやすさは、回転機の構造上の性質に起因するとはいえ、多相回転機の磁気飽和が生じるときには、電流の流れやすい方向が変化する。このため、電流の流れやすい方向に基づき回転角度を高精度に算出することが困難となるおそれがある。この点、上記構成では、実際に伝播する周波数信号の振幅と想定される振幅との差を縮めるように回転角度を補正することでこうした問題を回避することができる。
請求項5記載の発明は、請求項4記載の発明において、前記重畳手段は、前記算出手段によって算出される回転角度についての前記設定手段によって補正される前の値に基づき、前記任意の位相角を、前記多相回転機の構造上インダクタンスが最小となると想定される方向に定めることを特徴とする。
磁気飽和が生じているときには、電流の流れやすい方向が変化する。このため、設定手段によって補正された回転角度に基づき磁気飽和が生じていないとの前提でインダクタンスが最小となる方向に(構造上インダクタンスが最小となる方向に)周波数信号を重畳したのでは、実際に伝播する周波数信号と重畳した周波数信号との位相角が相違することとなる。このため、算出手段は、設定手段によって設定される回転角度が正しいにもかかわらず、これを補正するように回転角度を算出することとなり、正確に回転角度を算出することができない。
ここで、上記構成では、インダクタンスが最小となると想定される方向を、算出手段によって算出される回転角度に基づき定める。これにより、算出手段は、実際に伝播する周波数信号の振動方向に基づき回転角度を算出するため、磁気飽和にかかわらずインダクタンスが最小となる方向に周波数信号が重畳される。これにより、重畳される周波数信号と実際に伝播する周波数信号との位相角を一致させることができる。そして、設定手段では、磁気飽和の有無にかかわらず、算出手段によって算出される回転角度の誤差を補正するため、回転角度を高精度に設定することができる。
請求項6記載の発明は、請求項4又は5記載の発明において、前記設定手段は、前記多相回転機の出力トルクが所定以上のときには前記振幅の差を縮めるような補正を行なって且つ、前記出力トルクが所定未満であるときには予め定められた補正値に基づき前記回転角度を補正することを特徴とする。
低トルク領域では、実際に伝播する周波数信号のS/N比が低下するために、振幅を縮めることによる回転角度の設定精度が低下する。一方、磁気飽和が生じないなら、算出手段によって算出される回転角度を予め定められた補正値によって補正するという従来の手法は有効である。そして低トルク領域においては磁気飽和は生じないと考えられる。この点、上記構成では、出力トルクが所定未満であるときには、算出手段によって算出される回転角度を予め定められた補正値によって補正するという手法に切り替えることで、低トルク領域から高トルク領域まで回転角度についての高精度の情報を取得することができる。
請求項7記載の発明は、請求項6記載の発明において、前記設定手段は、前記多相回転機の出力トルクが所定以上であるか否かを、前記多相回転機の推定トルク値、要求トルク値、前記多相回転機の出力制御のための指令電流値、及び前記多相回転機を実際に流れる電流値の少なくとも1つに基づき判断することを特徴とする。
上記構成では、出力トルクが所定以上であるか否かを適切に判断することができる。
請求項8記載の発明は、請求項4〜7のいずれかに記載の発明において、前記重畳手段は、前記多相回転機の構造上インダクタンスが最小となると想定される方向に前記任意の位相角を定めるものであり、前記算出手段は、前記実際に伝播する周波数信号と前記重畳した周波数信号との2つのベクトル信号の外積の値がゼロとなるように前記回転角度を算出することを特徴とする。
上記構成では、実際に伝播する周波数信号と重畳した周波数信号との外積がゼロとなるように回転角度を算出する。これにより、上記実際に伝播する周波数信号と重畳した信号との位相差がゼロとなるように回転角度を算出することができる。特に、外積を用いることで、逆三角関数の演算等を行なうことなく、上記回転角度を容易に算出することができる。
請求項9記載の発明は、請求項8記載の発明において、前記算出手段は、前記外積を、静止座標系にて算出することを特徴とする。
上記構成では、静止座標系を用いて外積を適切に算出することができる。特に静止座標系を用いることで、正確に知り得る座標系に基づき回転角度の誤差を把握することができる。
請求項10記載の発明は、請求項8記載の発明において、前記算出手段は、前記外積を、回転座標系にて算出することを特徴とする。
上記構成では、回転座標系を用いて外積を適切に算出することができる。
請求項11記載の発明は、請求項4〜10のいずれかに記載の発明において、前記多相回転機に要求される出力に基づき前記多相回転機に対する指令電流値を定める指令電流設定手段を更に備え、前記指令電流値は、突極性が消失する値を回避して設定されてなることを特徴とする。
上記構成では、突極性が消失する値を回避して指令電流値を設定するために、算出手段による算出ができなくなる状況を回避することができる。
請求項12記載の発明は、請求項11記載の発明において、前記多相回転機が3相回転機であり、前記指令電流設定手段は、前記多相回転機に要求される出力に基づき前記多相回転機に対するdq軸上の指令電流値を定めるものであって且つ、最小の電流で最大のトルクを出力可能な曲線上の電流が作る電流ベクトルのq軸との角度が所定以上であるときに、前記曲線上の電流を前記指令電流値として設定し、且つ前記所定以上でないときには、前記曲線上の電流が作る電流ベクトルよりもd軸の負の方向側に傾いた電流ベクトルによって前記指令電流値を設定することを特徴とする。
上記構成では、上記曲線上の電流を極力指令電流値として採用しつつも、突極性の消失を回避することができる。
請求項13記載の発明は、前記回転角度に基づき、前記多相回転機の電気角の周期とは異なる周期を有して且つ任意の位相角方向に振動する周波数信号を前記インバータの出力信号に重畳する重畳手段と、該重畳によって前記多相回転機を実際に伝播する周波数信号の振動方向に基づき前記多相回転機の回転角度を算出する算出手段と、前記多相回転機に要求される出力に基づき前記多相回転機に対する指令電流値を定める指令電流設定手段とを備え、前記指令電流値は、突極性が消失する値を回避して設定されてなることを特徴とする。
上記構成では、多相回転機が突極性を有するために、位相角によってインダクタンスが異なり、ひいては電流の流れやすさが異なる。このため、実際に伝播する周波数信号は、重畳した周波数信号の位相角にかかわらず電流の流れやすい方向に偏向したものとなる。このため、この偏向態様に基づき、回転角度を算出することが可能となる。
ただし、上記電流の流れやすさは、回転機の構造上の性質に起因するとはいえ、多相回転機の磁気飽和が生じるときには、全ての位相角において電流の流れやすさが同等となり
ひいては算出手段による算出ができなくなるおそれがある。この点、上記構成では、突極性が消失する値を回避して指令電流値を設定するために、算出手段による算出ができなくなる状況を回避することができる。
なお、多相回転機とは、多相電動機や多相発電機のことである。また、多相回転機を実際に伝播する周波数信号とは、インバータの出力信号に周波数信号を重畳すべく直接操作される電気的な状態量以外の状態量の検出値によって算出される周波数信号のこととする。すなわち、周波数信号を重畳すべくインバータの出力電圧(多相電動機の相電圧)を指令電圧に操作する場合、電圧以外の状態量(例えば電流)の検出値に基づき算出される周波数信号とする。
請求項14記載の発明は、請求項13記載の発明において、前記多相回転機が3相回転機であり、前記指令電流設定手段は、前記多相回転機に要求される出力に基づき前記多相回転機に対するdq軸上の指令電流値を定めるものであって且つ、最小の電流で最大のトルクを出力可能な曲線上の電流が作る電流ベクトルのq軸との角度が所定以上であるときに、前記曲線上の電流を前記指令電流値として設定し、且つ前記所定以上でないときには、前記曲線上の電流が作る電流ベクトルよりもd軸の負の方向側に傾いた電流ベクトルによって前記指令電流値を設定することを特徴とする。
上記構成では、上記曲線上の電流を極力指令電流値として採用しつつも、突極性の消失を回避することができる。
(第1の実施形態)
以下、本発明にかかる多相回転機の制御装置をハイブリッド車に搭載される3相電動機の制御装置に適用した第1の実施の形態について、図面を参照しつつ説明する。
図1に、本実施形態にかかる制御システムの全体構成を示す。
図示される電動機10は、埋め込み磁石同期モータ(IPMSM)である。すなわち、図2に示すように、電動機10のロータ10aは、鉄のボディに永久磁石が埋め込まれて構成されている。
先の図1に示すαβ変換部20は、電動機10を実際に流れる電流のうちのU相の実電流iu及びV相の実電流ivに基づき、電動機10を流れる電流を、静止座標系の電流、すなわちα軸及びβ軸の電流ベクトルに変換する部分である。ここでは、例えば、U相をα軸と同位相とし、これと直交するようにβ軸を定める。
dq変換部22は、α軸上の実電流iα及びβ軸上の実電流iβを、回転座標系の電流、すなわちd軸上の実電流id及びq軸上の実電流iqに変換する部分である。この変換に際しては、電動機10の出力軸の回転角度θを用いる。より正確には、回転角度θは、電気角であり、α軸を基準としたd軸正方向の回転角度である。この際、ローパスフィルタにより、上記αβ変換部20の出力から後述する高周波成分を除去する処理をも行なう。このため、dq変換部22は、電動機10を実際に流れる電流のうち、出力制御に使用されるd軸成分及びq軸成分の電流を抽出することとなる。
指令電流設定部24は、電動機10に対する要求トルクTdに基づき、d軸上での指令電流idc及びq軸上での指令電流iqcを設定する部分である。
指令電圧設定部26は、指令電流idc及び指令電流iqc並びに実電流id及び実電流iqに基づき、d軸上での指令電圧vdc及びq軸上での指令電圧vqcを算出する部分である。この変換は、基本的には、d軸上での実電流idの指令電流idcへのフィードバック制御、及びq軸上での実電流iqの指令電流iqcへのフィードバック制御によって行われる。このフィードバック制御は、例えば比例積分制御とすればよい。また、本実施形態では、周知の非干渉化制御を併用する。すなわち、本実施形態では、フィードバック制御及び非干渉化制御によって、指令電圧vdc、vqcを設定する。なお、非干渉化制御に際しては、回転速度ωを用いる。
αβ変換部27では、d軸上での指令電圧vdc及びq軸上での指令電圧vqcを、α軸上での指令電圧vαcとβ軸上での指令電圧vβcとに変換する。この変換に際しては、回転角度θが用いられる。
3相変換部28は、α軸上の指令電圧vαcに応じた加算器30aの出力と、β軸上の指令電圧vβcに応じた加算器30bの出力とを、u相の指令電圧vuc、v相の指令電圧vvc、及びw相の指令電圧vwcに変換する部分である。
PWM信号生成部32では、指令電圧vuc、vvc,vwcの電圧を電動機10に印加するためのインバータ34の操作信号を生成する部分である。これにより、インバータ34のスイッチング素子が操作され、高圧バッテリ36の電圧が電動機10に印加されるようになる。
次に、本実施形態にかかる電動機10の回転角度θの取得にかかる処理について説明する。
本実施形態では、電動機10の出力制御をする際、電動機10の電気角の周期よりも短い周期の高周波信号をインバータ34の出力に重畳する。換言すれば、上記指令電流idc,iqcに応じて実際に電動機10を流れる電流の周期よりも短い周期の高周波信号を重畳する。そして、これにより電動機10を実際に伝播する高周波信号に基づき、電動機10の回転角度θを算出する。これは、電動機10が突極性を有することに鑑みてなされるものである。
すなわち、電動機10は、その構造上、突極性を有するために、d軸方向のインダクタンスが最小であり、q軸方向のインダクタンスが最大となっている。したがって、q軸方向よりもd軸方向の方が電流が流れやすいために、上記高周波信号を重畳する際、電動機10を実際に伝播する高周波信号は、d軸方向に偏向する。具体的には、図3(a)に示すように、推定されるd軸(推定d軸)が実際のd軸(実d軸)に対して進角している場合には、推定d軸方向に高周波信号(図中、破線)を重畳する際、実際に伝播する高周波信号の方向(図中、実線)は、実d軸側に偏向するために、推定d軸に対して遅角側にずれる。また、図3(b)に示すように、推定d軸と実d軸とが一致する場合には、推定d軸方向に高周波信号(図中、破線)を重畳する際、実際に伝播する高周波信号の方向(図中、実線)は、推定d軸と一致する。更に、図3(c)に示すように、推定d軸が実d軸に対して遅角している場合には、推定d軸方向に高周波信号(図中、破線)を重畳する際、実際に伝播する高周波信号の方向(図中、実線)は、実d軸側に偏向するために、推定d軸に対して進角側にずれる。
上記性質を利用すれば、d軸を推定算出することができ、ひいては回転角度θを算出することができる。すなわち、実際に高周波信号が伝播する方向を推定d軸方向としつつ高周波信号の重畳を繰り返すことで、重畳する高周波信号の位相角を実際に伝播する高周波信号の位相角に一致させることができ、ひいては、推定d軸を実d軸と一致させることができる。
具体的には、先の図1に示すように、高周波電圧設定部40では、d軸方向の高周波信号としての電圧信号vhdcを、αβ変換部41に出力する。αβ変換部41では、電圧信号vhdcを、α軸上の電圧信号vhαcとβ軸上の電圧信号vhβcとに変換し、上記加算器30a,30bに出力する。このため、3相変換部28には、指令電圧vdc,vqcに電圧信号vhdcが重畳された信号が入力されることとなる。一方、高周波電流検出部42は、α軸上の実電流iαとβ軸上の実電流iβとの高周波成分のみを抽出する。すなわち、電動機10に実際に伝播する高周波信号としてのα軸上の電流信号ihαとβ軸上の電流信号ihβとを生成し出力する。位置検出部44は、上記αβ変換部41の出力する電圧信号vhαc,vhβcと高周波電流検出部42の出力する電流信号ihα,ihβとの位相角の差を低減するように仮回転角度θ1を算出する。図4に、位置検出部44の構成を示す。
図示されるように、外積値算出部44bは、α軸及びβ軸上での成分に基づき、電圧信号vhdcのベクトル信号(電圧信号vhαc,vhβc)と電流信号ihα,ihβのベクトル信号との外積の値を算出する。この外積値は、電圧信号vhdcと電流信号ihα,ihβとの位相角の差と相関を有するパラメータである。このため、この外積をゼロとすることができれば、高周波電圧設定部40の出力する電圧信号vhdcを、インダクタンスが最小の方向に重畳することができると考えられる。本実施形態では、PI制御部44cによって外積値算出部44bの出力に基づく比例項及び積分項の和を算出し、これを仮回転角度θ1として出力する。そして、仮回転角度θ1に基づき、インダクタンスが最小となると想定される方向に電圧信号vhdcが重畳されるために、電圧信号vhdcの重畳方向が実際にインダクタンスが最小となる方向となるなら、高周波信号の重畳に際して用いられる回転角度(仮回転角度θ1)は、実際の回転角度と一致すると考えられる。そしてこの仮回転角度θ1を用いることで、電圧信号vhdcの重畳方向をインダクタンスが最小な方向とすることができる。
ところで、電動機10の出力トルクが増大すると、電動機10における電流の流通態様によっては部分的に磁気飽和が生じることがある。以下、図5に基づきこれについて説明する。図5(b)及び図5(c)は、図5(a)に示すように振幅を一定としつつあらゆる方向に高周波信号を重畳したときに実際に伝播する周波数信号を示している。すなわち、図5(b)は、電動機10の出力制御用の電流ベクトル(指令電流idc,iqc)がq軸上の電流ベクトルとなったとき、インダクタンスが最小となる方向がd軸方向から上記出力制御用電流ベクトル方向側にずれる現象が生じることを示している。この場合、電動機10を実際に伝播する電流ベクトルが出力制御用の電流ベクトル側に偏向する。また、図5(c)は、電動機10の出力制御用の電流ベクトル(指令電流idc,iqc)がq軸上の電流ベクトルとなったとき、インダクタンスがどの方向でも同一となる現象が生じることを示している。ここで、図5(c)に示す現象よりも図5(b)に示す現象の方が、出力トルクが大きい領域で生じる傾向にある。
図5(b)に示す現象が生じると、仮回転角度θ1をd軸方向とすることはできない。また、図5(c)に示す現象が生じると、インダクタンスの差を利用した回転角度の検出手法自体が無力化する。これら2つの現象に、本実施形態では、以下の2つによって対処する。まず、図5(c)の現象に対処すべく、先の図1に示す指令電流設定部24による指令電流値の設定を、突極性が消失する値を回避するようにして行なう。図6に、指令電流設定部24による指令電流の設定態様を示す。図中、1点鎖線から実線に滑らかにつながる曲線は、最小の電流で最大のトルクを生成することが可能な曲線であるトルク最大化曲線である。トルク最大化曲線上に指令電流を設定するなら、最小の消費電力で最大のトルクを得ることができる。ただし、指令電流の作るベクトルとq軸との間の角度が小さくなるほど、先の図5(c)に示した現象が生じやすくなる。
そこで本実施形態では、図中2点鎖線にて示す曲線及び実線にて示す曲線を、指令電流を定める曲線として採用する。ここで、2点鎖線にて示す直線は、トルク最大化曲線上の電流の作る電流ベクトルよりもd軸の負方向側に傾いた電流ベクトルによって定まるものである。特に、本実施形態では、トルク最大化曲線によって定まる電流ベクトルの位相が所定値以上のときには指令電流をトルク最大化曲線上のものとし、且つこの所定値を、先の図5(c)に示した現象が生じる領域の上限値とする。これにより、図5(c)に示す現象の発生を回避することが可能となる。これは、以下の理由による。
図7に、d軸の正方向を基準とする電流ベクトルの位相が「90°」のときと「135°」のときとについて、高周波信号をあらゆる方向に重畳したときに実際に伝播する高周波信号(電流信号)を示す。図7に示すように、指令電流をq軸とするときには実際に伝播する高周波信号の偏向が見られないが、このとき同一のトルクを生成可能であって且つ位相を「135°」とする電流ベクトルによって指令電流を定めると、実際に伝播する高周波信号に顕著な偏向が見られる。このように、指令電流をトルク最大化曲線上によって定まる電流ベクトルからd軸の負の方向側にずらすことで、インダクタンスの相違が生じ、、ひいてはインダクタンスの相違に基づく回転角度の検出が可能となる。
次に、先の図5(c)に示した現象に加えて先の図5(b)に示した現象に対する対処手法について説明する。
図8に、出力制御用の実際の電流ベクトル(実電流id,iq)の位相角と、電動機10の出力トルクと、電動機10を実際に伝播する周波数信号の振幅(目標振幅)との関係を示す。詳しくは、この関係は、インバータ34の出力信号に、電動機10のインダクタンスが最小となる方向の高周波信号を重畳した場合の関係を示している。図示されるように、出力制御用の電流ベクトルの位相角や出力トルクによって目標振幅値は変化する。このため、実際の振幅値が目標振幅値からずれるときには、出力制御用の電流の位相角として実際の位相角からずれた値を認識していると考えられる。換言すれば、実際の回転角度とずれた回転角度を電動機10の回転角度(正確には電気角)と認識していると考えられる。このため、実際の振幅値と目標振幅値との差を縮めるように、上記位置検出部44の出力する仮回転角度θ1を補正すべく、先の図1に示すように、位置補正部46を備える。図9に、位置補正部46の構成を示す。
トルク推定部46aは、実電流id,iqに基づき、電動機10の出力トルクの推定値Teを算出する部分である。位相算出部46bは、実電流id,iqに基づき、電動機10を流れる電流ベクトル(実電流id,iqの作る電流ベクトル)の位相φを算出する部分である。目標振幅値設定部46cは、先の図8に示した関係情報に基づき、出力トルクの推定値Teと実電流ベクトルの位相φとに基づき、目標振幅値ihncを算出する部分である。ずれ量算出部46dは、先の図1に示した高周波電流検出部42の出力する高周波信号の実際の振幅値ihnと、上記目標振幅値ihncとの差を算出する部分である。補正量算出部46eは、実際の振幅値ihnを目標振幅値ihncに追従させるための仮回転角度θ1の補正量Δθaを算出する部分である。ここでは例えば比例項及び積分項によって補正量Δθaを算出すればよい。
これに対し、オフセット値設定部46fは、出力トルクの推定値Teと位相φとに基づき、仮回転角度θ1の補正量Δθbを算出する部分である。この補正量Δθbは、低出力トルク領域において用いられるものである。これは、低出力トルク領域においては、電動機10を実際に伝播する高周波信号の検出に際してのS/N比が大きいために、先の図8に示した関係情報を利用した補正量Δθbの精度が低下するためである。
切替部46gでは、出力トルクの推定値Teに基づき、低トルク領域ではオフセット値設定部46fの出力する補正量Δθbを最終的な補正量Δθとし、また、高トルク領域では補正量算出部46eの出力する補正量Δθaを最終的な補正量Δθとして出力する。これにより、先の図1に示した加算部48では、仮回転角度θ1を補正量Δθにて補正することで、最終的な回転角度θを算出する。更に、速度算出部50は、回転角度θの時間微分値として、回転速度ωを算出する。
図10に、先の図8に示した関係情報に基づく回転角度θの設定にかかる処理の手順を示す。この処理は、マイクロコンピュータ等により、例えば所定周期で繰り替えし実行される。
この一連の処理では、ステップS10において、電動機10を実際に伝播する高周波信号(電流信号ihα、ihβ)を検出する。続くステップS12においては、重畳した高周波信号(電圧信号vhdc)及び検出される高周波信号(電流信号ihα、ihβ)に基づき、仮回転角度θ1を算出する。更に、ステップS14においては、出力トルクの推定値Te及び実電流ベクトルの位相φに基づき、先の図8に示した関係情報に基づき、目標振幅値を設定する。続くステップS16においては、検出される高周波信号(電流信号ihα、ihβ)の振幅値、すなわち実際の振幅値を検出する。そしてステップS18においては、実際の振幅値と目標振幅値とに基づき補正量Δθaを算出する。そしてステップS20においては、回転角度θを、仮回転角度θ1と補正量Δθaとの和として算出する。
上記処理により、電動機10に磁気飽和が生じた場合であっても、回転角度θを高精度に設定することができる。すなわち、図11に示すように、磁気飽和が生じることでインダクタンスが最小となる位相角がd軸からずれたものとなるため、仮回転角度θ1がゼロとなる方向がd軸方向ではなくなる。しかし、上記補正量Δθによって仮回転角度θ1を補正することで、回転角度θがゼロとなる方向をd軸方向と一致させることができる。
この際、本実施形態では、仮回転角度θ1に基づき高周波信号(電圧信号vhdc)を設定した。これにより、回転角度θを真の値として収束させることが可能となる。これに対し、最終的な回転角度θに基づき高周波信号(電圧信号vhdc)を設定する場合には、電動機10に磁気飽和が生じているときであっても、高周波信号の重畳方向は真のd軸方向となり、インダクタンスが最小な方向ではなくなる。このため、重畳する高周波信号(電圧信号vhdc)と実際に伝播する高周波信号(電流信号ihα、ihβ)とには位相差が生じる。このため、位置検出部44では、仮回転角度θ1を変更することとなり、ひいては回転角度θが正しい値にもかかわらず変更されることとなる。
以上詳述した本実施形態によれば、以下の効果が得られるようになる。
(1)実際に伝播する周波数信号(電流信号ihα、ihβ)についての目標振幅値と実際の振幅値との差を縮めるように、回転角度θを設定した。これにより、電動機10に磁気飽和が生じた場合であれ、回転角度についての情報をより適切に取得することができる。
(2)電動機10の出力制御のための電流の位相角に基づき、目標振幅値を定めた。これにより、想定される振幅を適切に設定することができる。
(3)電動機10の出力制御のための電流の位相角に加えて、更に、電動機10の出力トルクの推定値Teに基づき、目標振幅値を定めた。これにより、目標振幅値をより高精度に定めることができる。
(4)実際に伝播する高周波信号としての電流信号ihα、ihβの振動方向に基づき仮回転角度θ1を算出し、これを先の図8に示す関係情報に基づき補正した。ここで仮回転角度θ1は、電動機10に磁気飽和が生じるときには真の回転角度とはならないが、先の図8に示した関係情報を用いることで、電動機10に磁気飽和が生じるときであっても回転角度θを高精度に設定することができる。
(5)高周波電圧設定部40によって電動機10に重畳する高周波信号を、磁気飽和の有無にかかわらず電動機10のインダクタンスが最小となる方向に定めた。これにより、重畳される周波数信号と実際に伝播する周波数信号との位相角を一致させることができる。そして、先の図8に示した関係情報により磁気飽和の有無にかかわらず周波数信号の位相角のずれを補正し、回転角度θを高精度に設定することができる。
(6)電動機10の出力トルクが所定以上のときには目標振幅値と実際の振幅値との差を縮めるような補正を行なって且つ、出力トルクが所定未満であるときには予め定められた補正量Δθbに基づき仮回転角度θ1を補正した。これにより、低トルク領域から高トルク領域まで回転角度についての高精度の情報を取得することができる。
(7)電動機10の出力トルクが所定以上であるか否かを、出力トルクの推定値Teに基づき判断することで、出力トルクが所定以上であるか否かを適切に判断することができる。
(8)電動機10のインダクタンスが最小となると想定される方向(d軸方向)に高周波信号(電圧信号vhdc)を重畳し、実際に伝播する高周波信号としての電流信号ihα、ihβと電圧信号vhdcとの外積の値がゼロとなるように仮回転角度θ1を算出した。これにより、インダクタンスが最小となる方向に高周波信号を重畳するように仮回転角度θ1を算出することができる。特に、外積を用いることで、逆三角関数の演算等を行なうことなく、電流信号ihα、ihβと電圧信号vhdcとの位相差がゼロとなるように回転角度を容易に算出することができる。
(9)上記外積を、静止座標系(αβ座標系)にて算出した。これにより、正確に知りえる座標系に基づき、外積を適切に算出することができる。特に、高周波信号を仮回転角度θ1に基づきd軸と推定される方向に重畳する際には、この重畳する高周波信号を一旦固定座標系に変換することが便宜であるため、この手法は有効である。
(10)指令電流値idc,iqcを、突極性が消失する値を回避して設定した。これにより、実際に伝播する高周波信号の偏向を利用した仮回転角度θ1の算出ができなくなる状況を回避することができる。
(11)トルク最大化曲線上の電流が作る電流ベクトル及びq軸間の角度が所定値以上であるときに、トルク最大化曲線上の電流を指令電流値として設定し、且つ所定値以上でないときには、同曲線上の電流が作る電流ベクトルよりもd軸の負の方向側に傾いた電流ベクトルによって指令電流値を設定した。これにより、トルク最大化曲線上の電流を極力指令電流値として採用しつつも、突極性の消失を回避することができる。
(12)高周波信号を特定の位相角方向に重畳することで、電動機10の駆動に伴う騒音や振動を抑制しつつ高周波信号を重畳することができる。これに対し、例えばdq平面上の全ての方向に高周波信号を重畳する場合には、騒音や振動が増大する。
(第2の実施形態)
以下、第2の実施形態について、先の第1の実施形態との相違点を中心に図面を参照しつつ説明する。
図12に、本実施形態にかかる制御システムの全体構成を示す。なお、図12において、先の図1に示した部材と対応する部材には、便宜上同一の符号を付している。
図示されるように、本実施形態では、インバータ34の出力信号に高周波信号を重畳させるべく、高周波電流設定部60を備えている。高周波電流設定部60では、仮回転角度θ1によってd軸方向と推定される方向、すなわちインダクタンスが最小となると想定される方向に、高周波信号としての電流信号ihdc1を重畳すべく、αβ変換部41aに電流信号ihdc1を出力する。αβ変換部41aでは、仮回転角度θ1に基づき、電流信号ihdc1を、αβ軸上の電流信号ihαc,ihβcに変換する。そして、これら電流信号ihαc,ihβcは、dq変換部41bに出力される。dq変換部41bでは、回転角度θに基づき、電流信号ihαc,ihβcを、dq軸上の電流信号ihdc2,ihqc2に変換する。そして、これら電流信号ihdc2,ihqc2が、加算器25a,25bを通じて指令電流idc,iqcに重畳される。
指令電圧設定部26は、上述したように、指令電流idc(詳しくは、電流信号ihdc2の重畳された指令電流idc)及びd軸上の実電流idの差に基づきd軸上の指令電圧vdcを設定し、指令電流iqc(詳しくは、電流信号ihqc2の重畳された指令電流iqc)及びq軸上の実電流iqの差に基づきq軸上の指令電圧vqcを設定する。これにより、指令電圧vdc,vqcは、仮回転角度θ1によってd軸方向と想定される方向に電流信号ihdc1を重畳するためのものとなる。
一方、dq変換部22aは、実電流iu,ivから高周波成分を除去することなく、これらを実電流id,iqに変換する。このため、上記指令電圧vdc,vqcには、電流信号ihdcを重畳したときに(より正確には、電流信号ihdc2を重畳すべく指令電圧を設定したときに)実際に電動機10を流れる周波数信号が混入している。
指令電圧vdc、vqcは、αβ変換部27において、回転角度θに基づき、α軸上の指令電圧vαcとβ軸上の指令電圧vβcとに変換される。そして、高周波電圧検出部66では、これら指令電圧vαc,vβcから、電動機10を実際に伝播する高周波信号に応じたα軸上の電圧信号vhαとβ軸上の電圧信号vβcとを抽出する。
一方、位置検出部68では、電圧信号vhαc、vhβcのベクトル信号と、上記電流信号ihαc,ihβcのベクトル信号との外積をゼロとするように仮回転角度θ1を算出する。これにより、仮回転角度θ1は、電動機10のインダクタンスが最小となる位置をゼロとする値とされる。なお、この仮回転角度θ1の算出手法は、先の図1に示した位置検出部44による算出手法に準ずる。
位置設定部70は、実電流id,iqに基づき出力トルクの推定値Te及び実電流iq,iqの電流ベクトルの位相φを算出し、これらに基づき図13に示す関係情報から、電圧信号vhα、vhβの目標振幅値を設定する。そして、高周波電圧検出部66によって検出される実際の振幅vhnと目標振幅値との差をゼロとするための補正量Δθを設定する。なお、こうした手法による補正量Δθの算出は、先の図1の位置補正部46と同様、出力トルクが所定以上であるときに行なう。そして、低トルク領域では、先の図9に示したオフセット値設定部46fによる補正と同様の補正を行なう。
以上説明した本実施形態では、先の第1の実施形態の上記各効果に準じた効果を得ることができる。
(第3の実施形態)
以下、第3の実施形態について、先の第1の実施形態との相違点を中心に図面を参照しつつ説明する。
図14に、本実施形態にかかる位置補正部46の構成を示す。なお、図14において、先の図9に示した部材と対応する部材については便宜上同一の符号を付している。
本実施形態では、出力トルクの推定値Te及び位相φに加えて、回転速度ωに基づき、目標振幅値を設定する。これは、インバータ34の出力信号に高周波信号を重畳したときに電動機10を実際に伝播する高周波信号の振幅が、回転速度ωによっても変動し得るためである。
以上説明した本実施形態によれば、先の第1の実施形態の上記(1)〜(12)の効果に加えて、更に以下の効果が得られるようになる。
(13)出力トルクの推定値Te及び位相φに加えて、回転速度ωに基づき、目標振幅値を設定した。これにより、電動機10を実際に伝播する高周波信号の振幅をより高精度に設定することができ、ひいては、回転角度θをより高精度に設定することができる。
(第4の実施形態)
以下、第4の実施形態について、先の第1の実施形態との相違点を中心に図面を参照しつつ説明する。
図15に、本実施形態にかかる電動機10の制御システムの全体構成を示す。なお、図15において、先の図1に示した部材と対応する部材については便宜上同一の符号を付している。図示されるように、本実施形態では、インバータ34の出力信号に重畳させる高周波信号としての電圧信号vhdcと電動機10を実際に伝播する高周波信号との2つのベクトル信号の外積に基づく仮回転角度θ1の算出を行わない。これに代えて、本実施形態では、位置設定部70において回転角度θを直接設定する。
図16に、位置設定部70の構成を示す。なお、図16において、先の図9に示した部材と同一の部材には便宜上同一の符号を付している。
図示されるように、位置設定部70では、目標振幅値ihncと実際の振幅値ihnとが一致するように、角度設定部70aにより回転角度θが設定される。そして、先の図15に示した高周波電圧設定部40では、回転角度θからd軸方向と想定される方向に高周波信号としての電圧信号vhdcを算出する。このため、本実施形態では、電動機10のインダクタンスが最小となる方向に必ずしも高周波信号を重畳するのではなく、d軸と推定される方向に高周波信号を重畳することとなる。このため、出力トルクの推定値Te及び位相φと目標振幅値ihncとの関係情報として先の図8に示した関係情報に代えて、d軸方向に高周波信号が重畳されるときに想定される関係情報を、上記目標振幅値設定部46cに記憶しておく。
以上説明した本実施形態によっても、先の第1の実施形態の上記(1)〜(3)、(12)の効果を得ることができる。
(第5の実施形態)
以下、第5の実施形態について、先の第1の実施形態との相違点を中心に図面を参照しつつ説明する。
図17に、本実施形態にかかる電動機10の制御システムの全体構成を示す。なお、図17において、先の図1に示した部材と対応する部材については便宜上同一の符号を付している。
図示されるように、本実施形態では、dq変換部22bにおいて、実電流iu,ivを、仮回転角度θ1に基づきd軸電流及びq軸電流と推定される電流に変換する。そして、高周波電流検出部42において、電動機10を実際に伝播する周波数信号としての仮回転角度θ1に基づくd軸上の電流信号ihd及びq軸上の電流信号ihqを抽出する。そして、位置検出部44においては、dq軸上で、換言すれば回転座標系で、高周波信号としての電圧信号vhdcと、電流信号ihd,ihqとの2つのベクトル信号の外積を算出する。
以上説明した本実施形態によれば、先の第1の実施形態の上記(1)〜(8)、(10)〜(12)の効果に加えて、更に以下の効果が得られるようになる。
(14)位置検出部44において回転座標系にて外積演算をすることで、回転角度θの設定を行なうことができる。
(第6の実施形態)
以下、第6の実施形態について、先の第1の実施形態との相違点を中心に図面を参照しつつ説明する。
図18に、本実施形態にかかる指令電流の設定態様を示す。
本実施形態では、図中2点鎖線にて示す直線及び実線にて示す曲線を、指令電流を定める曲線として採用する。ここで、2点鎖線にて示す直線は、トルク最大化曲線上の電流の作る電流ベクトルよりもd軸の負方向側に傾いた電流ベクトルによって定まるものである。特に、本実施形態では、トルク最大化曲線によって定まる電流ベクトルの位相(d軸の正方向を基準とする)が「135°」以上となるときには、指令電流をトルク最大化曲線上のものとする。また、トルク最大化曲線を用いない部分については、位相が「135°」の直線とする。これは、先の図7に示したように、指令電流をq軸とするときには実際に伝播する高周波信号の偏向が見られないが、このとき同一のトルクを生成可能であって且つ位相を「135°」とする電流ベクトルによって指令電流を定めると、実際に伝播する高周波信号に顕著な偏向が見られることによる。しかも、先の図7に示されるように、位相を「135°」とする電流ベクトルによれば、電流が最も流れやすい方向がd軸方向となっている。そして、位相が「135°」以上であるときには、電流が最も流れやすい方向はd軸方向であると考えられる。
このため、本実施形態によれば、電動機10を実際に伝播する高周波信号の振幅値と目標振幅値との差を縮めるように仮回転角度θ1を補正することなく、仮回転角度θ1を最終的な回転角度θとすることが可能となる。
(その他の実施形態)
なお、上記各実施形態は、以下のように変更して実施してもよい。
・上記第2の実施形態において、実電流id,iqをαβ軸上での電圧vα、vβに変換した後、これを高周波電圧検出部66に取り込む構成としてもよい。この場合、高周波電圧検出部65の出力する信号を、電動機10を実際に伝播する電流信号のみによって生成される高周波信号とすることができる。これに対し、上記第2の実施形態においては、高周波電圧検出部65の出力には、高周波電流設定部60の出力する信号成分が含まれることとなる。ただし、第2の実施形態は、電動機10の出力制御のために実電流id,iqをαβ軸上の電圧に変換する処理手段を流用するため、処理を簡素化する上で優れている。
・先の第2〜第6の実施形態において、目標振幅値を、出力トルクの推定値Teと出力制御のための電流の位相φと回転速度ωとによって設定してもよい。
・目標振幅値を、位相φと、回転速度ωとから設定してもよい。
・オフセット値設定部46fによる補正量の設定や、目標振幅値の設定、更には補正量Δθa,Δθbの切り替えの際に用いるパラメータである出力トルクとしては、推定値Teに限らず、要求トルクTdであってもよい。出力トルクは要求トルクTdとなるように制御されるものであるため、要求トルクTdは、出力トルクと相関を有するパラメータである。更に、要求トルクに代えて、指令電流idc,iqcや実電流id,iqを用いてもよい。実電流id,iqによって出力トルクが定まることから、実電流id,iqは出力トルクと相関を有するパラメータである。また、実電流id,iqは指令電流idc,iqcに制御されるものであるため、指令電流idc,iqcは実電流id,iqと相関を有するパラメータであり、ひいては出力トルクと相関を有するパラメータである。
・先の第2の実施形態にかかる位置検出部68において、外積演算を回転座標系の成分に基づき行ってもよい。
・先の第4の実施形態で、先の第2の実施形態と同様、高周波信号として電流信号を用いてもよい。
・高周波信号をインダクタンスが最小となると想定される方向に重畳する手法としては、上記各実施形態で例示したものに限らない。例えば先の第1の実施形態において、高周波電圧設定手段40の出力する電圧信号vhdcを補正量Δθに基づき、指令電圧設定部26の出力する指令電圧vdc、vqcの双方に重畳することで行なってもよい。
・電動機10を実際に伝播する高周波信号としては、上記に限らず、要は、電動機10の電気的な状態量のうち、インバータ34の出力信号に高周波信号を重畳すべく直接の操作対象となる電気的な状態量の検出値から算出される信号とすればよい。すなわち、例えばインバータ34の出力電圧(電動機10の相電圧)を指令電圧に操作することで高周波信号を重畳する場合、電圧以外の電気的な状態量(例えば電流)の検出値によって算出される高周波信号を電動機10を実際に伝播する高周波信号とすればよい。
・インバータ34の出力信号に重畳する高周波信号が電動機10で実際に伝播する際に電流が偏向する性質を利用した回転角度(仮回転角度θ1)の算出手法としては、上記各実施形態で例示したものに限らない。例えば、重畳する高周波信号としてのベクトル信号Aと、実際に伝播する高周波信号としてのベクトル信号Bとの内積に基づき、(1−A・B/|A||B|)をゼロとするように仮回転角度θ1を算出してもよい。これによっても、逆三角関数の演算を行なうことなく、重畳する高周波信号としてのベクトル信号Aと実際に伝播する高周波信号としてのベクトル信号Bとの位相差をゼロとするような仮回転角度θ1を算出することができる。もっとも、これらベクトル信号の外積や内積の値を算出するものに限らず、逆三角関数に基づきこれらベクトル信号間の位相差を算出することで、これをゼロとするように仮回転角度θ1を算出してもよい。
・指令電流idc,iqcの設定手法としては、先の図6や図18に例示したものに限らない。例えば指令電流による電流ベクトルとd軸の正方向とのなす角度にかかわらず、トルク最大化曲線を用いることなく、様々な要求に基づき指令電流を設定してもよい。
・構造上、突極性を有する電動機としては、上記電動機10に限らない。例えば図19(a)に示すような埋め込み磁石同期モータ(IPMSM)でもよく、また例えば図19(b)に示すような同期リラクタンスモータ(SynRM)でもよい。
・多相回転機としては、電動機に限らず、発電機であってもよい。この場合であってもq軸と平行に近づくほど、先の図5に例示した現象が生じやすくなることに鑑み、突極性が消失する値を回避して指令電流を設定するなら、インバータ34の出力信号に重畳する高周波信号が電動機10で実際に伝播する際に電流が偏向する性質を利用した回転角度(仮回転角度θ1)の算出を良好に行なうことができる。
・上記各実施形態では、ハイブリッド車に本発明にかかる制御装置を適用したが、これに限らず、例えば電気自動車に適用してもよい。更には内燃機関を動力源とする車両におけるパワーステアリング等の動力伝達手段としての電動機に本発明の制御装置を適用してもよい。
10…電動機、24…指令電流設定部(指令電流設定手段の一実施形態)、40…高周波電圧設定部(重畳手段の一実施形態)、44…位置検出部(算出手段の一実施形態)、46…位置補正部(設定手段の一実施形態)。