JP4907784B2 - 舵角中立点推定装置 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、車両のステアリングホイールの操舵角、ピニオン角、又はこれらの関連値の何れかである位置の中立点を推定する装置に関する。
本装置は、主に車載用の電動パワーステアリング装置等に搭載又は適用するものである。
【0002】
【従来の技術】
車両のステアリングホイールの操舵角、ピニオン角、又はこれらの関連値の何れかである位置の中立点を推定する装置としては、例えば、公開特許公報「特開平4−362473:自動車用操舵角検出装置」に記載されている技術等が既に公知である。図11に、これらの従来技術の作用原理を例示する。
【0003】
上記の従来技術の主な特徴は、次の通りである。
(1)車速u、操舵角θp 、パワステ出力(パワステ圧p)を検出する。
(2)操舵角θp から、舵角速度ωp を算出する。
(3)舵角速度ωp が所定値よりも小さい走行時に、p=P1 (P1 は所定値)を満たす操舵角(α,β)を検出して記憶し、この操舵角(α,β)に基づいて中立点座標θ0 を推定する。(例:θ0 =(α+β)/2)
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
上記の従来技術には、以下の問題点がある。
(1)保舵している時(ωp =0の時)の検出データも上記の推定処理に用いられるため、ステアリング・ホイール(ハンドル)が回転する方向に働く静止摩擦力によって推定誤差が生じる。この誤差は、中立点付近における所謂ハンドルの遊びの幅が大きい場合程大きく成り易い。
(2)舵角速度ωp の大きさを十分に考慮して中立点を推定していないので、ハンドルの回転に抗する粘性トルクの大きさの変化によって推定誤差が生じる。
【0005】
本発明は、上記の課題を解決するために成されたものであり、その目的は、ステアリング・ホイールの中立点座標Θ0 の推定精度を向上させることであり、更なる目的は、ハンドル戻し性能等の「操舵角θp に基づいた制御精度」が高い電動パワーステアリング装置を提供することである。
【0006】
【課題を解決するための手段、並びに、作用及び発明の効果】
上記の課題を解決するためには、以下の手段が有効である。
即ち、第1の手段は、車両のステアリングホイールの操舵角又はこの関連値の何れかである位置Θの中立点を推定する装置において、車両の車速uを測定又は推定する車速検出手段と、車両の操舵系に作用するトルクτを測定又は推定するトルク検出手段と、位置Θを測定又は推定する位置検出手段と、トルクτと位置Θとの間の関係として推定されるヒステリシス閉曲線の重心座標に基づいて中立点の座標Θ0 を推定する中立点推定手段とを備えることである。
【0007】
上記のヒステリシス閉曲線は、操舵方向の左右に関する対象性が非常に高い図形として求めることができる。したがって、この様な図形に基づいて中立点を推定すれば、中立点を従来よりも正確或いは早急に決定することができる。
したがって、例えば、本発明の舵角中立点推定装置を車載用の電動パワーステアリング装置に搭載した際には、ハンドル戻し性能等の「操舵角θp に基づいた制御精度」が高い電動パワーステアリング装置を実現することが可能となる。
【0008】
また、第2の手段は、上記の第1の手段において、上記のトルク検出手段にて、トルクτとしてステアリングホイールに付与される操舵トルクTp を出力し、更に、上記の中立点推定手段では、操舵トルクTp の値が略0に成った時の、車速u、位置Θの速度Ω、及び位置Θに関する2組の測定データ(u,Ω,Θ)=(u1 ,Ω1 ,Θ1 ),(u2 ,Ω2 ,Θ2 )が、「u1 ≒u2 >δ(正定数)、かつ、Ω1 /Ω2 ≒−1」を満たす際に、位置Θ1 と位置Θ2 の平均値又は関連値を中立点の座標Θ0 として算出することである。
【0009】
例えばこの様に、中立点の推定に用いられる測定データから、舵角速度Ωが0の時の測位データを除外すると、静止摩擦に起因する推定誤差を排除することができ、中立点の推定精度が向上する。
また、例えばこの第2の手段の様に、舵角速度Ωの大きさを考慮して中立点を推定すると、粘性によって生じる力(トルク)を左右で相殺できるので、粘性によって生じる推定誤差を抑制することができる。
【0010】
また、第3の手段は、上記の第1の手段において、上記のトルク検出手段にて、トルクτとしてモータのクーロン摩擦又は路面反力等に起因する外乱トルクTs を出力し、更に、上記の中立点推定手段では、外乱トルクTs の値が略0に成った時の、車速u、位置Θの速度Ω、及び位置Θに関する2組の測定データ(u,Ω,Θ)=(u1 ,Ω1 ,Θ1 ),(u2 ,Ω2 ,Θ2 )が、「u1 ≒u2 >δ(正定数)、かつ、Ω1 ×Ω2 <0」を満たす際に、位置Θ1 と位置Θ2 の平均値又は関連値を中立点の座標Θ0 として算出することである。
【0011】
例えばこの様に、中立点の推定に用いられる測定データから、舵角速度ωp が0の時の測位データを除外すると、静止摩擦に起因する推定誤差を排除することができ、中立点の推定精度が向上する。
また、上記の外乱トルクTs は舵角速度ωp の大きさや向きに基づいて推定されるものであるが、例えばその様に、舵角速度ωp の大きさや向きを定量的に加味して中立点を推定すると、粘性によって生じる力(トルク)をヒステリシス閉曲線から消去することができるので、粘性によって生じる推定誤差を抑制することができる。
【0012】
また、上記の第3の手段によれば、舵角速度ωp の影響を定量的に加減して中立点が推定されるため、Ω1 とΩ2 の絶対値が略一致していなくとも、中立点の座標Θ0 を算出することが可能なため、中立点を算出する際に用いられる測定データに関する条件(利用可否の判定条件)が上記の第2の手段よりも緩和される。このため、上記の第3の手段によれば、上記の第2の手段よりも早期に或いはより確実に中立点を推定することが可能となる。
【0013】
また、第4の手段は、上記の第3の手段において、操舵系に作用する全トルクdの推定値dh を算出するオブザーバ(状態推定器)を設けることである。
この様な手段によれば、上記の外乱トルクTs 等の値を正確に推定することが可能となる。したがって、所望の中立点Θ0 の値を正確に推定することが可能となる。
【0014】
また、第5の手段は、上記の第4の手段において、オンライン最小二乗法に基づいた所定のアルゴリズムにより、ステアリングホイールの回転に反する粘性トルクの速度Ωに係わる粘性係数ρを動的に推定する変動係数推定手段を設けることである。
【0015】
上記の粘性係数ρは、温度により変化することが多く、また、パワーステアリング装置の経年、修理、調整、部品交換、或いは仕様変更等により変動する場合もあるが、上記の第7の手段によれば、オンライン最小二乗法に基づいた所定のアルゴリズムにより粘性係数ρが動的に推定されるため、粘性係数ρの変動が無視できない場合や、或いは粘性係数ρの値が元来未知の場合においても、回転に反する粘性トルクの大きさを正確に推定することが可能となる。
したがって、この様な手段によれば、上記の外乱トルクTs 等の値を更に正確に推定することが可能となり、よって、所望の中立点Θ0 の値を更に正確に推定することが可能となる。
【0016】
また、第6の手段は、上記の第2乃至第5の何れか1つの手段において、位置Θをステアリングホイールが連結されたステアリングシャフトのピニオン角(θp )とし、速度Ωをピニオン角の角速度(ωp ≡dθp /dt)とすることである。上記の位置Θは、一般に、車両の前輪の実舵角や、或いはハンドル(ステアリング・ホイール)の操舵角等に対して、略比例又は関連する任意或いは適当な数値(パラメータ)で構成することができる。
【0017】
しかしながら、例えば、ステアリングシャフトのピニオン角θp を上記の位置Θを表すパラメータとして選択すれば、このピニオン角θp は、操舵系の運動を記述する際によく用いられる代表的なパラメータの一つであるので、例えば、車載用の電動パワーステアリング装置等と同一のコンピュータシステム上で本発明の舵角中立点推定装置を実現する際等に、両装置でこの位置パラメータ(θp )を共有し易い等の構成上の利点を得ることができる。
以上の本発明の手段により、前記の課題を効果的、或いは合理的に解決することができる。
【0018】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を具体的な実施例に基づいて説明する。ただし、本発明は以下に示す実施例に限定されるものではない。
(第1実施例)
図1は、本発明の各実施例に係わる舵角中立点推定装置が搭載された電動パワーステアリング装置のハードウェア構成を例示するブロック図である。
電動パワーステアリング装置20は、ECU50(コンピュータ)により、電子制御される。運転者が操作するステアリング・ホイール(ハンドル)22は、ステアリングシャフト24に固設されており、このステアリングシャフト24にはトルクセンサ40が配設されている。
【0019】
ステアリング・シャフト24に加えられたマニュアルトルクはピニオン・ギヤ26を介してラック28に伝達され、操舵輪30,32の方向が制御される。トルクセンサ40は、操舵時にステアリング・シャフト24が捩じられることにより生じるトルクを検出する。トルクセンサ40、及びモータ角センサ44からの出力信号は微小時間間隔Δtでサンプリングされて、ディジタル信号に変換され、ECU50(CPU52)に入力される。更に、車速センサ58の出力する車速uや、操舵角センサ42の出力する操舵角θS もまたCPU52に入力される。このCPU52には、プログラムやマップなどが記憶されたROM54、各種データを記憶するRAM56が接続されている。
【0020】
CPU52からの出力信号はドライバ回路(モータ駆動手段)に入力され、これらの電子制御によりモータ34が駆動される。減速機を有するモータ34が回転することによりピニオンギヤ38、ラック28を介して、アシストトルクが上記操舵輪30,32に伝達される。ピニオン角速度演算手段や中立点推定演算処理部等を有する本発明の舵角中立点推定装置は、例えばこの様なCPU52、ROM54、RAM56等から成るコンピュータシステムによって構成される。
【0021】
図2は、本第1実施例に係わるヒステリシス閉曲線を例示するグラフであり、横軸θp はピニオン角(ピニオン・ギヤ26の回転角)、縦軸Tp は運転者の操舵トルク、ωp はピニオン角速度(=dθp /dt)であり、θp0は求めるべき所望の中立点座標、θp1,θp2はそれぞれヒステリシス閉曲線と横軸との切片座標を表している。本第1実施例では、ピニオン角θp は、次式(1)により求めるものとする。
【数1】
θp =θS −Tp /KS …(1)
【0022】
ただし、ここで、θS は操舵角センサで検出した操舵角であり、KS はステアリング・シャフトのトーションバーのねじれ剛性を示すバネ定数である。また、バネ定数KS の値が非常に大きい場合には、θp ≒θS と考えても差支えないので、以下、この様な前提条件のもとに、ピニオン角と操舵角とを区別せずに論ずる場合がある。
図2のグラフの切片座標θp1、θp2より、求めるべき所望の中立点座標θp0は次式(2)により、2つの切片座標の平均値の形で与えられる。
【数2】
θp0=(θp1+θp2)/2 …(2)
ただし、この中立点座標θp0は、例えば、後述の式(5)や、或いは後述のステップ360に例示される適当な加重平均処理等の統計操作により得る様にしても良い。
【0023】
以下、式(2)に基づいて、中立点座標θp0を推定する処理手順について図3のフローチャートを用いて説明する。
図3は、本第1実施例での中立点推定手順を例示するフローチャートであり、この処理手順は前述のコンピュータシステム(図1)により実行されるものである。
【0024】
本処理手順では、まず最初に、ステップ310により制御変数nの値を0に初期化する。次に、ステップ315では、前述のサンプリング間隔Δtが実現される様に、(現在時刻)=(前回のサンプリング時刻+Δt)となるまで待つ。
ステップ320では、車速u、舵角速度ωp 、ピニオン角θp (操舵角θS )、操舵トルクTp を入力又は算出する。例えば、舵角速度ωp はピニオン角θp を時間微分することにより求められる。また、ピニオン角θp (≒θS )は上記の式(1)により求めることができる。
【0025】
ステップ325では、操舵トルクTp の絶対値|Tp |が所定の正数εよりも小さい時に限って処理をステップ330に移す。また、|Tp |がε以上の場合には、処理をステップ315まで戻す。この時の正数εは、操舵トルクTp が図2の横軸上又は横軸近傍に位置するか否かを判定するためのものである。
ステップ330では、ステップ320で求めた変数の組(u,ωp ,θp )をRAM56上の所定のテーブル上に記憶する。この変数の組の記憶(登録)は、上記の変数の組(エントリー)を毎回1つづつ追加する形で実行される。
【0026】
ステップ33では、次式(3)を満たす変数の組(エントリー)を上記のテーブルより複写して抜き出す。ただし、上記のテーブル上に次式(3)を満たす変数の組(エントリー)が存在しない場合には、処理をステップ315まで戻す。
【数3】
1 ≒u2 >δ …(3)
また、ここで、下付きの添字1は今回ステップ320でサンプリングした変数を表し、下付きの添字2は以前にサンプリングした上記のテーブル上に保存されている各変数を表わすものとする。また、正数δは前輪がある程度安定したセルフアライニングトルクを得るための条件を構成する車速の下限値である。
【0027】
ステップ340では、ステップ33で抜き出された上記のエントリー群から、更に、次式(4)を満たす変数の組(エントリー)を抜き出す。ただし、上記のエントリー群中に次式(4)を満たす変数の組(エントリー)が存在しない場合には、処理をステップ315まで戻す。
【数4】
ωp1/ωp2≒−1 …(4)
【0028】
ステップ345では、制御変数nの値を1だけ増加させる。
ステップ350では、今回ステップ340で抜き出された変数の組(エントリー)の操舵角(ピニオン角)θp2の平均値E(θp2)を求める。
ステップ355では、次式(5)に従って、今回ステップ320で検出した操舵角θp1(θp )に直截的に基づく中立点座標θp0を求める。
【数5】
θp0=(θp1+E(θp2))/2 …(5)
【0029】
ステップ360では、加重平均処理により、今回算出した中立点座標θp0に基づいて、中立点座標の平均値Θ0 を更新する。
ステップ365では、変数の組(n,Θ0 ,θp0)を、例えば電動パワーステアリング装置の制御プログラム等に対して出力する。
ステップ370では、終了条件(n=N,Nは自然数の定数)が成立しているか否かを判定し、成立していれば本プログラムを終了する。また、成立していなければ、処理をステップ315まで戻す。
【0030】
以上の処理を行えば、例えば、N=1で、かつ、ステップ340で抜き出された変数の組(エントリー)が1エントリーだけであった場合、Θ0 =θp0=(θp1+θp2)/2となり、前記の式(2)に帰着する。更に、上記のアルゴリズムによれば、N>1とすることにより、上記のテーブル上の測定データの件数(エントリー数)が増加するに従って中立点Θ0 の推定精度を向上させることができる。
【0031】
変数の組(n,Θ0 ,θp0)を入力する応用プログラム(例:電動パワーステアリング装置の制御プログラム等)は、上記の出力変数(n,Θ0 ,θp0)に基づいて、例えばハンドル戻し制御等のアシスト制御を実行することができる。ここで、中立点座標の推定値Θ0 の他にn或いはθp0の値も同時に出力しているのは、推定値Θ0 の精度(信頼度)を応用プログラム側で客観的に判断できる様にするためである。即ち、応用プログラム側では、出力されたnの値が十分に大きいか、或いは、出力されたθp0の値が十分にΘ0 に近い場合等に、中立点座標の推定値Θ0 の信頼度が十分に高いと判断できる。
【0032】
また、多種類の各車速u、或いは多種類の各ピニオン角速度ωp において推定された多種類の各中立点座標の平均値を最終的な推定値Θ0 とする様な構成のプログラムを採用しても良い。或いは、セルフ・アライニング・トルクの安定し易い車速uの近傍の測定値や、粘性トルクの安定し易いピニオン角速度ωp の近傍の測定値の重みを大きくした加重平均処理により、最終的な推定値Θ0 を算出する様にアルゴリズムを構成しても良い。
【0033】
(第2実施例)
本第2実施例では、図1の電動パワーステアリング装置のその他の制御方式について説明する。
路面反力に起因するトルク(セルフアライニング・トルク等)や、モータのクーロン摩擦に起因するトルク等の、操舵系の外部より操舵系に作用するトルクを足し合わせて、以下、外乱トルクTS と呼ぶ。
この外乱トルクTS は、操舵系の運動方程式(次式(6))に基づいて、式(7)の様に表すことができる。
【0034】
【数6】
e ・dωp /dt=Tp +gTm +TS −ρωp ≡d …(6)
【数7】
S =d−Tp −gTm +ρωp …(7)
ただし、ここで、Je は操舵系の回転運動に関する全慣性(イナーシャ)、Tm はモータ34の出力トルク(補助トルク)、gは減速機のギヤ比、ρはハンドルの回転に抗する粘性トルクのピニオン角速度ωp に係わる粘性係数、dは操舵系に作用する全トルクである。
【0035】
前記の第1実施例と同様に、Tp 、ωp は各センサの出力値に基づいて求めることができ、更に、モータ34の出力トルクTm は、モータ34に通電される電流値に基づいて随時推定することができる。そこで、粘性係数ρが定数であると仮定すれば、外乱トルクTS は、操舵系に作用する全トルクdの値が求まれば、式(7)より算出できることが判る。
【0036】
一方、式(6)の全トルクdに関しては、周知のフィードバック制御の制御理論に基づいて、図10の式(a)に示すオブザーバ(状態推定器)を構成することができる。ただし、ここで、Gはオブザーバ・ゲイン(3行×2列の定数行列)であり、dh は全トルクdの推定値、下付きの添字hはその変数が推定値であることを示すものである。また、更に、上記の式(a)を前記のサンプリング周期Δtにて離散化すれば、図10の式(b),(c)に示す様に離散化された状態方程式を得ることができる。ただし、ここで、A,Cは定数行列(3行×3列)、B,Dは定数行列(3行×2列)、xは操舵系の状態を表す状態ベクトル(3行×1列の縦ベクトル)であり、kはサンプリング周期Δtで離散化された時刻パラメータ(配列引数)である。
【0037】
以上のことから、図10の離散化された状態方程式(式(b),(c))に基づいて、操舵系に作用する全トルクdの推定値dh を正確に算出できれば、上記の外乱トルクTS は、式(7)より正確に算出できることが判る。
以下、上記の式(7)と、離散化された状態方程式(b),(c)に基づいて、外乱トルクTS を正確に推定し、その外乱トルクTS の値に基づいて、中立点座標Θ0 を正確に推定する方法について、具体的に例示する。
【0038】
図4は、本第2実施例に係わるヒステリシス閉曲線を例示するグラフであり、横軸θp はピニオン角(ピニオン・ギヤ26の回転角)、縦軸TS は上記の外乱トルクであり、θp0は求めるべき所望の中立点座標、θp01 θp2はそれぞれヒステリシス閉曲線と横軸との切片座標を表している。また、本第2実施例では、前記の第1実施例と同様に、ピニオン角θp は、前記の式(1)により求めるものとする。
この様なヒステリシス閉曲線は、例えば図4に例示する様に、舵角速度ωp の大きさに依存しない一定の図形となる。このため、後述する様に中立点を推定するためのデータを舵角速度ωp 毎に分離して利用する必要がなくなり、よって、測定データを第1実施例の場合よりも、より有効に活用することができるようになる。
【0039】
以下、式(7)と式(b),(c)に基づいて、中立点座標θp0を推定する処理手順について図5、図6のフローチャートを用いて説明する。
図5、図6は、本第2実施例の中立点推定手順を例示するフローチャートである。まず最初に、ステップ510、515、520(図5)では、制御変数n,k、及び状態ベクトルx(k) の各値をそれぞれ0に初期化する。
次に、ステップ530では、操舵角θp (k) と操舵角速度ωp (k) の値を入力(または、各センサのサンプリング値に基づいて算出)する。
【0040】
ステップ540,550は、後述の第3実施例において始めてその実体が実装されるダミーステップであり、本第2実施例においては、このステップ540,550では何もしない。
ステップ560では、式(b)に基づいて、状態ベクトルx(k+1) の値を算出する。
【0041】
ステップ570,580は、後述の第3実施例において始めてその実体が実装されるダミーステップであり、本第2実施例においては、このステップ570,580では何もしない。
ステップ590では、前述のサンプリング間隔Δtが実現される様に、(現在時刻)=(前回のサンプリング時刻+Δt)となるまで待つ。
【0042】
次に、ステップ610では、制御変数k(前記の配列引数)の値を1だけ増加させる。
ステップ620では、操舵角速度ωp (k) 、操舵角θp (k) 、車速u(k) 、操舵トルクTp 、モータトルクTm の各値を入力(または、各センサのサンプリング値に基づいて算出)する。
ステップ630では、式(c)に基づいて、操舵系に作用する全トルクdの推定値dh (k) を算出する。
【0043】
ステップ640,650は、後述の第3実施例において始めてその実体が実装されるダミーステップであり、本第2実施例においては、このステップ640,650では何もしない。
ステップ660では、前記の式(7)に従って、外乱トルクTS の値を算出する。ただし、ここで、粘性係数ρは適当な所定の定数とし、全トルクdの値としては、その推定値dh (k) を用いる。
【0044】
ステップ670では、外乱トルクTS の絶対値|TS |が所定の正数εよりも小さい時に限って処理をステップ680に移す。また、|TS |がε以上の場合には、処理をステップ560(図5)まで戻す。この時の正数εは、操舵トルクTp が図4の横軸上又は横軸近傍に位置するか否かを判定するためのものである。
【0045】
ステップ680では、図3のステップ330〜ステップ370と同等の処理(処理ブロックD−1)を実行する。ただし、処理ブロックD−1のステップ340で用いる角速度条件としては、前記の式(4)の代わりに、次式(8)の角速度条件を用いるものとする。
【数8】
ωp1×ωp2<0 …(8)
【0046】
ステップ690では、上記の処理ブロックD−1(図3のステップ330〜ステップ370)において、終了条件が成立したか否かを判定する。即ち、処理ブロックD−1の最後(ステップ370)で、n=Nが成立した時に限って、本プログラムを終了し、その他の場合には、処理をステップ560(図5)まで戻す。
【0047】
以上の処理手順に従えば、式(8)の角速度条件は、式(4)の角速度条件よりも大幅に緩やかであるため、任意のピニオン角速度ωp を式(7)にて関連づけることにより、各測定データを第1実施例の場合よりも、更に有効に活用することができるようになる。したがって、本実施例の推定手順に従えば、第1実施例の場合よりも、より早く中立点を求めることができる。
【0048】
(第3実施例)
上記の粘性係数ρは、温度により変化することが多く、また、パワーステアリング装置の経年、修理、調整、部品交換、或いは仕様変更等により変動する場合もある。本第3実施例では、オンライン最小二乗法に基づいた所定のアルゴリズムにより粘性係数ρを動的に推定した上で、上記の第2実施例の方式を更に改善した例を次の順序で説明する。
(1)前輪横滑り角αf の推定方式
(2)dh ,αf に基づく粘性係数ρの推定方式
(3)第2実施例に対する応用
【0049】
(1)前輪横滑り角αf の推定方式
車両の前輪横滑り角αf は、図10の式(d)、式(e)で表される運動方程式により、近似或いは推定できることが一般に知られている。
ただし、ここで、下付きの添字fは前輪、下付きの添字rは後輪をそれぞれ表しており、ν[m/s]は横速度、r[rad/s]はヨー角速度、u[m/s]は車速、cf [N/rad]は前輪のコーナリングパワー、Lf [m]は前輪車軸と車両重心間の距離、M[kg]は車両質量、Iz [kg・m2 ]は車両のz軸回りの慣性モーメント、gh はハンドル角(ピニオン角θp )と実舵角の比である。
【0050】
車速u及びピニオン角θp を入力する際のサンプリング間隔Δtで、この運動方程式(図10の式(d)、式(e))を離散化することにより、次式(9),(10)が得られる。
【数9】
z(k+1) =(I+Qu(k) +R/u(k) )z(k) +Sθp (k) …(9)
【数10】
αf =(a/u(k) ,b/u(k) )z(k) −cθp (k) …(10)
【0051】
ただし、ここで、kはサンプリング周期Δtで離散化された第2実施例と同様の時刻パラメータ(配列引数)であり、zは車体の状態を表す状態ベクトル(2行×1列の縦ベクトル)、Iは2行×2列の単位行列、Qは2行×2列の定数行列で、Sは定数ベクトル(2行×1列の縦ベクトル)である。また、式(10)のa,b,cはそれぞれ定数である。
以上のことから、図7に例示する前輪横滑り角αf の推定手順(ステップ710〜ステップ780)に従えば、車速u及びピニオン角θp を随時検出することにより、前輪横滑り角αf の推定値がリアルタイムで得られることが判る。
【0052】
(2)dh ,αf に基づく粘性係数ρの推定方式
前述の外乱トルクTS と粘性トルク(−ρωp )との和を新たに「外乱トルクTd 」と定義する。この時、前述の外乱トルクTS がセルフ・アライニング・トルクのみから成るもの(TS =καf )と仮定すると、前記式(7)より、次式(11)、(12)が成り立つ。
【数11】
d =καf −ρωp …(11)
【数12】
d =d−Tp −gTm …(12)
ただし、κはセルフ・アライニング・トルクの前輪横滑り角αf に対する勾配である。
【0053】
ここで、式(11)に対してオンライン最小2乗法を適用することにより、以下に示す様に、勾配κと粘性係数ρとを同時に推定することができる。
図8は、オンライン最小2乗法に基づいて粘性係数ρの値を推定する推定手順のフローチャートである。
本アルゴリズムでは、まず最初に、ステップ810により忘却係数行列Lの各成分と前記の時刻パラメータkを初期化する。λ1 ,λ2 の各値は、粘性係数ρと勾配κの各変動特性を考慮して、例えば「λ1 =0.999 ,λ2 =0.95」などの様に設定しておけば良い。
【0054】
次に、ステップ815により、5つの代数y,K,q,P,φの初期化をそれぞれ行う。ただし、ここで、yはスカラー、Kは2行×1列の縦ベクトル(状態ベクトル)、qは2行×1列の縦ベクトル(粘性係数ρ,勾配κから成る推定値ベクトル)、Pは2行×2列の可変行列、φは2行×1列の縦ベクトルで、ρ0、κ0はそれぞれ粘性係数ρ,勾配κの初期値(適当な仮定値)、Iは2行×2列の単位行列、cは適当な定数である。
【0055】
ステップ820では、図示する様に、q(k) ,y(k) ,φ(k) ,K(k) の各値に基づいてq(k+1) の値を算出する。
ステップ830では、図示する様に、L,P(k) ,φ(k) の各値に基づいてP(k+1) の値を算出する。
ステップ840では、次のステップ850が周期Δt毎に実行される様に、ステップ850の次回の実行時刻を待つ。ステップ850ではkの値を1だけ増加させる。
ステップ860では、αf ,dh ,θp ,Tp ,Tm の各値を入力する。ただし、dh 、αf については、同定済みの推定値を充てる。
【0056】
ステップ870では、入力したαf ,dh ,θp ,Tp ,Tm の各値に基づいて、図示する様に代数φ,yの値をそれぞれ更新する。ただし、代数y(k) の更新は、式(12)に基づいて、d=dh を仮定した上で実行するものとする。
ステップ880では、P(k) ,φ(k) の各値に基づいて図示する様に代数K(k) の値を更新する。
ステップ890では、粘性係数ρの推定値を上記のステップ820で算出した推定値ベクトルq(k) から求める。
以上の処理手順に従えば、粘性係数ρの推定値を算出することができる。
【0057】
(3)第2実施例に対する応用
以上から判る様に、図5、図6の各ダミーステップに、図7、図8の個々に対応する各処理ブロックを充当した逐次最小2乗推定アルゴリズムにより、本第3実施例の中立点推定処理が実現できる。
即ち、本第3実施例では、図5、図6の各ダミーステップに対して、以下の様に充当する。
【0058】
(a)図5のステップ540には、図7のステップ720,730から成る処理ブロック(A−1)を充てる。
(b)図5のステップ550には、図8のステップ810,815から成る処理ブロック(A−2)を充てる。
【0059】
(c)図5のステップ570には、図7のステップ740から成る処理ブロック(B−1)を充てる。
(d)図5のステップ580には、図8のステップ820,830から成る処理ブロック(B−2)を充てる。
【0060】
(e)図6のステップ640には、図7のステップ780から成る処理ブロック(C−1)を充てる。
(f)図6のステップ650には、図8のステップ870,880から成る処理ブロック(C−2)を充てる。
尚、図6の処理ステップ680、690については、前記の第2実施例と同等の処理を実行する。
【0061】
図9は、本第3実施例における断片的な効果を例示する粘性係数ρのグラフで、(a)はステアリング・シャフト24の近傍が0℃の時の粘性係数ρの推定結果(=約0.65Nms/rad )を、(b)は20℃の時の粘性係数ρの推定結果(=約0.35Nms/rad )をそれぞれ示している。
これは、温度による粘性係数ρの変化を上記の手段により適切に推定することができることを示している。
【0062】
例えば、以上の様な方式を採用すれば、粘性係数ρが動的に推定されるため、粘性係数ρの変動が無視できない場合や、或いは粘性係数ρの値が元来未知の場合においても、回転に反する粘性トルクの大きさを正確に推定することが可能となる。したがって、本第3実施例の様な手段によれば、上記の外乱トルクTs 等の値を更に正確に推定することが可能となり、よって、所望の中立点Θ0 の値を更に正確に推定することが可能となる。
【0063】
尚、上記の式(7)の代わりに次式(13)を用いて、外乱トルクTs (セルフ・アライニング・トルク)の値を推定することも可能である。
【数13】
s =καf =(0 αf (k))・q(k) …(13)
ただし、勾配κよりも粘性係数ρの方が遥かに安定した変動特性を有するため、勾配κよりも粘性係数ρを用いて前記の様に式(7)に基づいて、Ts やΘ0 の推定処理を行う方が、推定精度の面でより望ましい。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の各実施例に係わる舵角中立点推定装置が搭載された電動パワーステアリング装置のハードウェア構成を例示するブロック図。
【図2】 本発明の第1実施例に係わるヒステリシス閉曲線を例示するグラフ。
【図3】 本発明の第1実施例に係わる中立点推定手順を例示するフローチャート。
【図4】 本発明の第2実施例に係わるヒステリシス閉曲線を例示するグラフ。
【図5】 本発明の第2実施例に係わる中立点推定手順を例示するフローチャート(前半)。
【図6】 本発明の第2実施例に係わる中立点推定手順を例示するフローチャート(後半)。
【図7】 本発明の第3実施例に係わる前輪横滑り角αf の推定手順を例示するフローチャート。
【図8】 本発明の第3実施例に係わる粘性係数ρの推定手順を例示するフローチャート。
【図9】 本発明の第3実施例における断片的な効果を例示する粘性係数ρのグラフ。
【図10】 本発明の第2又は第3実施例の作用原理に係わる物理公式の公式表。
【図11】 従来技術の作用原理を例示するグラフ。
【符号の説明】
20 … 電動パワーステアリング装置
22 … ステアリング・ホイール(ハンドル)
24 … ステアリング・シャフト
26 … ピニオン・ギヤ
34 … モータ
40 … トルクセンサ
42 … 操舵角センサ
44 … モータ角センサ
50 … ECU(コンピュータ)
58 … 車速センサ
Θ … 位置(例えばピニオン角θp 等)
θp … ピニオン角
Θ0
θp0… 中立点座標
ωp … ピニオン角速度
p … 運転者の操舵トルク
s … 外乱トルク(セルフ・アライニング・トルク)
d … 外乱トルク(粘性トルク等をも含む場合)
τ … 操舵系に作用するトルク(Tp 又はTS 等)
m … モータの出力トルク(補助トルク)
g … ギヤ比
u … 車速
e … 操舵系の回転運動に関する全慣性(イナーシャ)
d … 操舵系に作用する全トルク
h … 全トルクdの推定値
h … 下付きの添字(その変数が推定値であることを示す)
ρ … 粘性トルクのピニオン角速度ωp に係わる粘性係数
αf … 前輪横滑り角
κ … 前輪横滑り角αf に対するセルフ・アライニング・トルク(外乱トルクTs )の勾配
A … 定数行列(3行×3列)
B … 定数行列(3行×2列)
C … 定数行列(3行×3列)
D … 定数行列(3行×2列)
G … オブザーバ・ゲイン(3行×2列の定数行列)
x … 状態ベクトル(3行×1列の縦ベクトル)
z … 状態ベクトル(2行×1列の縦ベクトル)
k … 時刻tに対応し、離散化された時刻パラメータ(配列引数)
q(k) … ρ,κから成る推定値ベクトル(2行×1列の縦ベクトル)
K(k) … 状態ベクトル(2行×1列の縦ベクトル)
P(k) … 可変行列(2行×2列)

Claims (6)

  1. 車両のステアリングホイールの操舵角又はこの関連値の何れかである位置Θの中立点を推定する装置において、
    前記車両の車速uを測定又は推定する車速検出手段と、
    前記車両の操舵系に作用するトルクτを測定又は推定するトルク検出手段と、
    前記位置Θを測定又は推定する位置検出手段と、
    前記トルクτと前記位置Θとの間の関係として推定されるヒステリシス閉曲線の重心座標に基づいて前記中立点の座標Θ0 を推定する中立点推定手段と
    を有する
    ことを特徴とする舵角中立点推定装置。
  2. 前記トルク検出手段は、前記トルクτとして、前記ステアリングホイールに付与される操舵トルクTp を出力し、
    前記中立点推定手段は、前記操舵トルクTp の値が略0に成った時の、前記車速u、前記位置Θの速度Ω、及び前記位置Θに関する2組の測定データ(u,Ω,Θ)=(u1 ,Ω1 ,Θ1 ),(u2 ,Ω2 ,Θ2 )が、「u1 ≒u2 >δ(正定数)、かつ、Ω1 /Ω2 ≒−1」を満たす際に、前記位置Θ1 と前記位置Θ2 の平均値又は関連値を前記中立点の座標Θ0 として算出する
    ことを特徴とする請求項1に記載の舵角中立点推定装置。
  3. 前記トルク検出手段は、前記トルクτとして、モータのクーロン摩擦又は路面反力等に起因する外乱トルクTs を出力し、
    前記中立点推定手段は、前記外乱トルクTs の値が略0に成った時の、前記車速u、前記位置Θの速度Ω、及び前記位置Θに関する2組の測定データ(u,Ω,Θ)=(u1 ,Ω1 ,Θ1 ),(u2 ,Ω2 ,Θ2 )が、「u1 ≒u2 >δ(正定数)、かつ、Ω1 ×Ω2 <0」を満たす際に、前記位置Θ1 と前記位置Θ2 の平均値又は関連値を前記中立点の座標Θ0 として算出する
    ことを特徴とする請求項1に記載の舵角中立点推定装置。
  4. 前記操舵系に作用する全トルクdの推定値dh を算出するオブザーバ(状態推定器)を有する
    ことを特徴とする請求項3に記載の舵角中立点推定装置。
  5. オンライン最小二乗法に基づいた所定のアルゴリズムにより、前記ステアリングホイールの回転に反する粘性トルクの前記速度Ωに係わる粘性係数ρを動的に推定する変動係数推定手段を有する
    ことを特徴とする請求項4に記載の舵角中立点推定装置。
  6. 前記位置Θは、前記ステアリングホイールが連結されたステアリングシャフトのピニオン角(θp )であり、
    前記速度Ωは、前記ピニオン角の角速度(ωp ≡dθp /dt)である
    ことを特徴とする請求項2乃至請求項5の何れか1項に記載の舵角中立点推定装置。
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