本発明は、車両に配備されるステアリングシステムに関し、詳しくは、互いに独立して操作可能とされる1対の操作部材を有して、それらの操作に応じた車輪の転舵を実現するシステムに関する。
今日では、車両が備えるステアリングシステムとして、運転者の操作力によらず、転舵装置が備える駆動源を操作部材の操作に応じて電気的に制御することで、運転者の操作に応じた車輪の転舵を実現するシステム、つまり、ステアバイワイヤ型のステアリングシステムが検討されている。このシステムでは、操作部材に加えられた操作力を転舵装置に伝達する必要がなく、言い換えれば、操作部材と転舵装置とを機械的に連結するという構造上の制約がないため、バリエーションに富んだ種々のシステムが採用可能とされている。その一例として、下記特許文献1,2には、1対の操作部材を有してそれらが互いに独立して操作可能に設けられたシステム、いわゆる独立操作型のシステムが記載されている。
特開2005−225279号公報
特開2004−244022号公報
独立操作型のステアリングシステムは、ユニークなシステムであり、操作の自由度が高いという利点を有する。しかし、1対の操作部材の各々が、機械的に連動されていないことで、種々の問題を抱えている。例えば、1対の操作部材の各々が互いに逆方向に車輪を転舵させるような不自然な操作が出来てしまうといった問題や、また、所定位置に復帰させるための力(例えば、操作反力としての意義を有する)が操作部材に付与されるシステムでは、その力によって片手操作において車輪の転舵量が変動するといった問題がある。ここに掲げた問題は一部のものであり、独立操作型のシステムは、未だ開発途上にあるため、種々の問題を抱えており、実用性を向上させるための改良の余地を多分に残すものとなっている。本発明は、そういった実情に鑑みてなされたものであり、実用性の高い独立操作型のステアリングシステムを提供することを課題とする。
上記課題を解決するために、本発明のステアリングシステムは、互いに独立して操作可能とされる1対の操作部材を備え、それら1対の操作部材の各々の操作量に応じた車輪の転舵量となるように転舵装置が制御されるとともに、それら1対の操作部材に対して設定された軌道に沿った方向の力である軌道方向力を付与すべく軌道方向力付与装置が制御されるステアリングシステムであって、軌道方向力付与装置に、1対の操作部材の一方の操作量とそれらの他方の操作量との比である操作量比を設定操作量比とするための成分である設定比実現成分を含む軌道方向力を発揮させることを特徴とする。それに加えて、第1の発明のステアリングシステムは、設定比実現成分が、1対の操作部材の間の設定操作量となる位置からのずれ量に応じて決定されることを特徴とする。また、第2の発明のステアリングシステムは、設定比実現成分が、1対の操作部材の各々の操作量に応じた大きさとなるように決定されることを特徴とする。さらに、第3の発明のステアリングシステムは、設定比実現成分に加え、1対の操作部材の各々を基準操作位置に復帰させるための基準位置復帰成分を含む軌道方向力を発揮させることを特徴とする。
本発明のステアリングシステムによれば、1対の操作部材の各々を、それらが設定操作量比となる位置に位置するように動作させることとなり、あたかも機械的に連動しているかのように動作させることが可能となる。そのことにより、運転者に適切な操作感を与えることが可能となる。それに加えて、第1の発明のステアリングシステムによれば、1対の操作部材にずれが生じて、設定比実現成分を含む軌道方向力を発揮させる状態となった場合に、設定比実現成分が徐々に大きくして軌道方向力を急変させないようにすることができ、運転者に適切な操作感を与えることが可能であり、また、操作されていない操作部材に対しては、滑らかに動作させることとなる。また、第2の発明のステアリングシステムによれば、何らかの装置等によって操作部材を切り増すほど大きくされるような復帰力が操作部材に付与される場合であっても、例えば、1対の操作部材の各々の操作量が大きくなるほど設定比実現成分が大きくなるように決定される構成とすることで、1対の操作部材をしっかりと連動させることが可能となる。さらに、第3の発明のステアリングシステムは、基準位置復帰成分によって、操作部材が基準位置から離れる方向の操作に対して操作反力を付与することが可能であり、つまり、運転者により適切なステアリング操作の操作感を与えることが可能となる。そのような利点を有することで、本発明の車両用ステアリングシステムは、実用性の高いシステムとなる。
発明の態様
以下に、本願において特許請求が可能と認識されている発明(以下、「請求可能発明」という場合がある)の態様をいくつか例示し、それらについて説明する。各態様は請求項と同様に、項に区分し、各項に番号を付し、必要に応じて他の項の番号を引用する形式で記載する。これは、あくまでも請求可能発明の理解を容易にするためであり、それらの発明を構成する構成要素の組み合わせを、以下の各項に記載されたものに限定する趣旨ではない。つまり、請求可能発明は、各項に付随する記載,実施例の記載等を参酌して解釈されるべきであり、その解釈に従う限りにおいて、各項の態様にさらに他の構成要素を付加した態様も、また、各項の態様から何某かの構成要素を削除した態様も、請求可能発明の一態様となり得るのである。
なお、以下の各項において、(1)項,(9)項および(10)項を合わせたものが請求項1に相当し、(1)項および(11)項を合わせたものが請求項2に、(1)項および(5)項を合わせたものが請求項3に、請求項3に(6)項の技術的特徴による限定を加えたものが請求項4に、それぞれ相当する。
(1)それぞれが、設定された軌道に沿って互いに独立して操作可能とされる1対の操作部材と、
車輪を転舵する転舵装置と、
それぞれが、動力源を有し、その動力源が制御されることによって前記1対の操作部材の各々に対して、その各々について設定された軌道に沿った方向の力である軌道方向力を付与する1対の軌道方向力付与装置と、
前記1対の操作部材の各々のその各々に対応する前記軌道上に設定された基準操作位置からの操作量に基づいて車輪の目標転舵量を決定するとともに車輪の転舵量が目標転舵量となるように前記転舵装置を制御する転舵装置制御部と、前記1対の操作部材の各々に対して軌道方向力を付与すべく前記1対の軌道方向力付与装置の各々の動力源を制御する軌道方向力付与装置制御部とを有する制御装置と
を備えた車両用ステアリングシステムであって、
前記軌道方向力付与装置制御部が、
軌道方向力の一成分であって、前記1対の操作部材の一方の操作量とそれらの他方の操作量との比である操作量比を設定操作量比とするための成分である設定比実現成分を決定する設定比実現成分決定部を有し、その設定比実現成分を含む軌道方向力を発揮させるものである車両用ステアリングシステム。
本項に記載のステアリングシステムは、1対の操作部材の各々に、それらが設定操作量比となる位置に位置させるような軌道方向力を付与すること、言い換えれば、1対の操作部材が設定操作量比となる位置からずれるような場合に、1対の操作部材の各々に、そのずれをなくすような軌道方向力を付与することが可能である。つまり、本項の態様によれば、1対の操作部材の各々をあたかも機械的に連動しているかのように動作させたり、1対の操作部材の各々が連動しているかのような操作感を運転者に与えることが可能である。
具体的には、例えば、1対の操作部材の両者が基準操作位置に位置している状態から一方の操作部のみが操作された場合、操作されていない操作部材に、操作されている操作部材と同じ方向、詳しくは、同じ車両旋回方向となる車輪の転舵に対応する方向へ回動させるような設定比実現成分が含まれる軌道方向力を付与する態様とすれば、操作されていない操作部材は、操作されている操作部材に追従するように動作し、あたかも機械的に連動しているかのように動作することとなる。なお、そのような場合、操作されている操作部材に対しては、操作する方向とは反対の方向へ回動させようとする設定比実現成分が含まれる軌道方向力、つまり、操作反力が付与されることとなり、運転者に適切な操作感を与えることとなる。
また、独立操作型のシステムでは、1対の操作部材の各々に、互いに逆方向への操作、詳しくは、相反する向きに車輪を転舵させるような操作(以下、「相反操作」と呼ぶ場合がある)が行われてしまう虞がある。その相反操作によれば、例えば、1対の操作部材が位置変動しても、車輪はあまり転舵しないという異常な事態が生じる。本項に記載のシステムにおいては、1対の操作部材が設定操作量比となる位置から互いに逆方向に操作される場合、1対の操作部材の各々に、その操作される方向とは反対向きの設定比実現成分を含む軌道方向力を付与することが可能である。つまり、本項の態様によれば、相反操作が行われた場合に、それら1対の操作部材の操作を制限できるため、1対の操作部材の不自然な位置変動を回避することが可能となる。なお、独立操作型のシステムでは、急加速,急減速の際に、運転者の車両後方側あるいは前方側への移動に伴って、1対の操作部材の両者を後方あるいは前方へ位置変動させる虞がある。その操作部材の両者の位置変動が、上記相反操作の動作となるような場合には、本項の態様のシステムは、それら1対の操作部材の操作を制限できるため、1対の操作部材の不用意な位置変動を回避することが可能である。つまり、本項の態様は、急加速,急減速に対しても、有効な態様となる。
本項の態様における「1対の操作部材」は、例えば、それぞれが左右の手の各々で操作されるようなものを採用でき、その形状,構造が特に限定されるものではない。具体的には、例えば、いわゆるハンドルと呼ばれるような形状で、それぞれが直線状あるいは曲線(例えば、円弧状)の「軌道」に沿って操作可能とされるものや、また、いわゆるジョイスティック,レバーと呼ばれるような形状で、それぞれが左右方向あるいは前後方向に傾倒することで、円弧状の「軌道」に沿って操作可能とされるものを採用することが可能である。なお、本項の態様のステアリングシステムは、必ずしも1対の操作部材が運転者の左右の手の各々によって操作されるものに限定されるものではないが、以下の説明は、理解の容易化の観点から、そのようなシステムを中心に行うこととする。
また、本項の態様における「転舵装置」も、その構成が特に限定されるものではなく、既に検討されている種々の構成のものを採用することが可能である。例えば、駆動源として電動モータを採用し、そのモータの駆動力によって車輪に連結された転舵ロッドを左右に移動させるような装置とすることができる。その場合、転舵ロッドを移動させる機構として、例えば、ラックピニオン機構,ボールねじ機構等を採用することが可能である。
本項に記載の「軌道方向力」は、軌道に沿った方向の力であれば、いずれの向きの力であってもよい。例えば、軌道方向力を、運転者によってなされた操作に対して反力として作用させてもよく、その操作をアシストするように作用させてもよい。本項の態様における「軌道方向力付与装置」は、動力源が制御されることによって軌道方向力の向きや大きさを変更可能であるため、1対の操作部材の各々に対して適切な軌道方向力を付与することが可能である。なお、「動力源」は、種々のものを採用可能であるが、例えば、動力源として電動モータを採用すれば、電動モータはそれの動力の制御が容易であるため、軌道方向力を容易に制御することが可能となる。
本項の態様における「制御装置」は、例えば、コンピュータを主体とし、必要に応じて駆動源,動力源の駆動回路等を含んで構成される電子制御ユニットを採用することが可能である。この制御装置の有する「転舵装置制御部」は、例えば、上記1対の操作部材の各々の基準操作位置からの操作量に基づく転舵量成分の和,それらの平均等に基づいて目標転舵量を決定するように構成することが可能である。なお、本項に記載の「基準操作位置」は、例えば、操作部材の両者が操作されていない状態においてそれらの各々が位置させられる操作部材の位置(以下、「操作中立位置」あるいは単に「中立位置」という場合がある)とすることが可能である。また、その場合、例えば、1対の操作部材の両者がそれぞれの基準操作位置に位置している状態において、1対の操作部材の各々の基準操作位置からの操作量に基づく転舵量成分の和が0とされて、車輪の転舵位置が車両が直進する場合の位置(以下、「転舵中立位置」あるいは単に「中立位置」という場合がある)となるように構成することが可能である。なお、1対の操作部材の各々に対応する転舵量成分が0となる位置は、それぞれの基準操作位置とは異なる位置に設定されてもよい。以下の説明において、単に「操作量」という場合には、ことわりのない限り基準操作位置からの操作量を表している。
また、制御装置の有する「軌道方向力付与装置制御部」は、例えば、設定比実現成分と、後に説明する基準位置復帰成分等の種々の成分を加えて軌道方向力を決定するように構成することが可能である。
(2)前記1対の操作部材の各々に対応する前記軌道上において、その軌道上の中間位置に前記基準操作位置が設定されるとともに、その基準操作位置から一方端までの領域である一方側領域と、基準操作位置から他方端までの領域である他方側領域とが設定され、
当該ステアリングシステムが、
前記1対の操作部材の一方の前記一方端に向かう方向の操作と前記1対の操作部材の他方の前記他方端に向かう方向の操作との各々が、車両が左右の一方に旋回する方向の車輪の転舵に対応する方向への操作となり、前記1対の操作材の一方の前記他方端に向かう方向の操作と前記1対の操作部材の他方の前記一方端に向かう方向の操作との各々が、車両が左右の他方に旋回する方向の車輪の転舵に対応する方向への操作となるようにされた(1)項に記載の車両用ステアリングシステム。
(3)前記一方側領域が、その領域における前記1対の操作部材の各々の操作が前記他方側領域での操作に比較して行い難い領域として設定された(2)項に記載の車両用ステアリングシステム。
一般的に、運転者のステアリング操作において、人間工学上、操作を行い易い方向と行い難い方向とが存在する。例えば、従来のステアリングホイールでの操作においては、ステアリングホイールの下部(運転者に近い部分)を握っての操作は、それの上部を握っての操作に比較して行い難いものとなり、特に、微妙な調整を行うような操作を行う場合には、操作を行い易い位置を握って操作される場合が多い。ところが、独立操作型のシステムでは、ステアリングホイールとは異なり、左右の操作される部分が一体化されていないため、1対の操作部材の各々の操作量に基づいて決定される目標転舵量は、行い難い位置での操作の影響を受け、運転者の意志に対して比較的大きな誤差が生じる虞がある。つまり、操作部材の一方が操作を行い難い一方側領域に位置する場合には、操作部材の他方が操作を行い易い他方側領域に位置するようにされて操作の主体とされることが望ましい。逆に、上記操作部材の他方が一方側領域に位置するようにされる場合には、上記操作部材の一方が他方側領域に位置するようにされて操作の主体とされることが望ましい。
(4)前記1対の操作部材が、
左右に並んで配設されて、それぞれが、概して前後方向、概して上下方向、あるいは、それらの中間的な傾斜方向に延びる軌道に沿って操作可能な1対のハンドルとされ、
当該ステアリングシステムが、
右側のハンドルの運転者に近づく方向への操作と左側のハンドルの運転者から離れる方向への操作との各々が、車両が右旋回する方向の車輪の転舵に対応する方向である右旋回対応方向への操作となり、右側のハンドルの運転者から離れる方向への操作と左側のハンドルの運転者に近づく方向への操作との各々が、左旋回する方向の車輪の転舵に対応する方向である左旋回対応方向への操作となるようにされ、かつ、
それぞれのハンドルの操作において、運転者に近づく方向の操作が前記一方端に向かう方向の操作として、運転者から離れる方向の操作が前記他方端に向かう方向の操作として設定された(2)項または(3)項に記載の車両用ステアリングシステム。
本項に記載の態様は、1対の操作部材の構成を限定した態様である。なお、人間工学的な見地からすれば、操作部材がハンドルとされた本項の態様においては、運転者に近い位置での操作が行い難い。つまり、本項の態様は、先に述べた一方側領域が操作を行い難い領域として設定された態様の一態様であると考えることもできる。
(5)前記軌道方向力付与装置制御部が、
軌道方向力の一成分であって、前記1対の操作部材の各々をその各々について設定された前記基準操作位置に復帰させるための成分である基準位置復帰成分を決定する基準位置復帰成分決定部を有し、その基準位置復帰成分を含む軌道方向力を発揮させるものである(1)項ないし(4)項のいずれかに記載の車両用ステアリングシステム。
本項に記載の態様は、前述した設定比実現成分に加え、基準位置復帰成分を含む軌道方向力を発揮させる態様である。本項の態様によれば、その基準位置復帰成分によって、例えば、操作部材が基準位置から離れる方向の操作、換言すれば、操作量が増大する方向の操作(以下、「切増操作」という場合がある)に対して操作反力を付与することが可能であり、つまり、運転者に適切なステアリング操作の操作感を与えることが可能となる。
基準位置復帰成分のみからなる軌道方向力を付与するような独立操作型のシステムにおいては、例えば、車両を旋回させている操作の途中で操作部材の一方を放した場合、その放した一方は基準操作位置に戻されることになり、目標転舵量が変動して車輪が中立位置に向かって戻され、車両が直進傾向となってしまう。本項に記載の態様によれば、そのような場合であっても、軌道方向力に、基準位置復帰成分とは反対向きの設定比実現成分が含まれることになるため、そのような不適切な目標転舵量の変動を抑制することが可能となるのである。
また、本項の態様のシステムにおいて、片手操作をしている場合、操作している操作部材には、基準位置復帰成分と、その基準位置復帰成分と同じ向きの設定比実現成分とを含む軌道方向力が付与されることになる。つまり、操作している操作部材に対する操作反力が大きくされることになるのであり、従来のステアリングホイールのように、片手操作の場合に両手に分担されていた操作反力を片手で受けるような操作感に似た操作感を運転者に与えることが可能となるのである。
(6)前記基準位置復帰成分決定部が、前記基準位置復帰成分を、前記1対の操作部材の各々の操作量に応じた大きさとなるように決定するものである(5)項に記載の車両用ステアリングシステム。
本項に記載の態様は、例えば、操作量が大きくなるほどその操作の方向とは反対の方向の基準位置復帰成分を大きくすることが可能であり、そのような場合には、操作部材を切り増すほど操作反力が大きくなるため、従来の操作部材と転舵装置とが機械的に連結されたステアリングシステムの操作感に似た操作感を運転者に与えることも可能である。
(7)前記基準位置復帰成分決定部が、前記基準位置復帰成分を、前記1対の操作部材の各々がそれらの各々に対応する前記軌道上における基準操作位置から一方端までの領域である一方側領域に位置する場合と、基準操作位置から他方端までの領域である他方側領域に位置する場合とで、互いに異なる大きさとなるように決定するものである(6)項に記載の車両用ステアリングシステム。
(8)前記基準位置復帰成分決定部が、前記基準位置復帰成分を、前記1対の操作部材の各々が前記一方側領域に位置する場合に、前記他方側領域に位置する場合に比較して大きくなるように決定するものである(7)項に記載の車両用ステアリングシステム。
上記2つの項に記載の態様は、2つの領域の各々に位置する場合の基準位置復帰成分をの大きさを異なるようにするものであり、基準位置復帰成分が大きく設定された領域での操作は、小さく設定された領域での操作に比較して大きな操作力が必要となる。例えば、後者の態様のように、操作部材の一方が基準位置復帰成分が大きく設定された一方側領域に位置する場合には、操作部材の他方が他方側領域に位置するようにされて操作の主体とされることが望ましい。逆に、上記操作部材の他方が一方側領域に位置するようにされる場合には、上記操作部材の一方が他方側領域に位置するようにされて操作の主体とされることが望ましい。そのような操舵特性を有するシステムとすれば、1対の操作部材の各々の操作位置に応じて、あたかも、メインの操作を行う操作部材が切り換わったようにすることも可能である。
なお、上述したように、基準位置復帰成分が大きく設定された領域での操作は、小さく設定された領域での操作に比較して大きな操作力が必要となり、操作量が小さくされることになる。そのため、上記2つの項に記載のシステムの場合には、設定比実現成分の決定において、設定操作量比が、基準位置復帰成分が大きく設定された領域に位置する操作部材の操作量が、小さく設定された領域に位置する操作部材の操作量に比較して小さくなるような値とされることが望ましい。例えば、後者の態様の場合には、後に説明する態様のように、設定比実現成分の決定において、設定操作量比が、一方側領域に位置する操作部材の操作量が他方側領域に位置する操作部材の操作量に比較して小さくなるような値とされることが望ましい。
(9)前記設定比実現成分決定部が、前記設定比実現成分を、前記1対の操作部材の一方の実際の操作量とそれらの他方の実際の操作量との操作量比の前記設定操作量比からの偏差に応じた大きさとなるように決定するものである(1)項ないし(8)項のいずれかに記載の車両用ステアリングシステム。
(10)前記設定比実現成分決定部が、前記1対の操作部材の一方に対応する前記設定比実現成分を、その1対の操作部材の一方の実際の操作量の、それら1対の操作部材の他方の実際の操作量に対して前記設定操作量比によって定まる前記1対の操作部材の一方の操作量である設定比実現操作量からの偏差に応じた大きさとなるように決定するものである(9)項に記載の車両用ステアリングシステム。
上記2つの項に記載の態様は、1対の操作部材の間の設定操作量比となる位置からのずれ量に応じて、設定比実現成分が決定される態様であり、例えば、そのずれ量が大きくなるほど設定比実現成分を大きくすることが可能である。そのような態様において、1対の操作部材にずれが生じて、設定比実現成分を含む軌道方向力を発揮させる状態となった場合に、設定比実現成分が徐々に大きくされて軌道方向力が急変しないため、運転者に適切な操作感を与えることが可能であり、また、操作されていない操作部材に対しては、滑らかに動作させることが可能となる。
(11)前記設定比実現成分決定部が、前記設定比実現成分を、前記1対の操作部材の各々の操作量に応じた大きさとなるように決定するものである(1)項ないし(10)項のいずれかに記載の車両用ステアリングシステム。
独立操作型のシステムを含むステアバイワイヤ型のシステムでは、通常、操作部材と転舵装置とが動力伝達可能に連結されていないことから、ステアリング操作の操作感を考慮して、何らかの装置等によって、基準位置に復帰させる復帰力(例えば、切増操作に対しては操作反力となる)が付与される。さらに、その復帰力は、従来の操作部材と転舵装置とが機械的に連結されたステアリングシステムの操作感に似た操作感を運転者に与えるために、操作部材を切り増すほど大きくされる。本項に記載の態様において、例えば、1対の操作部材の各々の操作量が大きくなるほど設定比実現成分が大きくなるように決定される態様とすれば、1対の操作部材をしっかりと連動させることが可能となる。具体的には、例えば、一方の操作部材から手を放した場合、その操作部材には、放された位置に応じた大きさの復帰力が付与されることになるが、その時に付与される軌道方向力の設定比実現成分も、その放された位置に応じた大きさとなるため、どの位置で放されても操作部材の位置変動がしっかりと抑制されるのである。
(12)前記設定比実現成分決定部が、前記設定比実現成分を、前記1対の操作部材の各々の操作量を同じ操作量とするための成分となるように決定するものである(1)項ないし(11)項のいずれかに記載の車両用ステアリングシステム。
本項に記載の態様は、言い換えれば、設定操作量比を1:1とするための成分となるように設定比実現成分を決定する態様である。本項の態様によれば、1対の操作部材の各々が、あたかも一体的であるかのように動作することとなり、良好な操作感を運転者に付与することが可能である。
(13)前記1対の操作部材の各々に対応する前記軌道上において、その軌道上の中間位置に前記基準操作位置が設定されるとともに、その基準操作位置から一方端までの領域である一方側領域と、基準操作位置から他方端までの領域である他方側領域とが設定され、
当該ステアリングシステムが、
前記1対の操作部材の一方の前記一方端に向かう方向の操作と前記1対の操作部材の他方の前記他方端に向かう方向の操作との各々が、車両が左右の一方に旋回する方向の車輪の転舵に対応する方向への操作となり、前記1対の操作材の一方の前記他方端に向かう方向の操作と前記1対の操作部材の他方の前記一方端に向かう方向の操作との各々が、車両が左右の他方に旋回する方向の車輪の転舵に対応する方向への操作となるようにされ、
前記設定比実現成分決定部が、前記設定比実現成分を、前記一方側領域に位置する操作部材の操作量が前記他方側領域に位置する操作部材の操作量に比較して小さくなる前記設定操作量比とするための成分となるように決定するものである(1)項ないし(11)項のいずれかに記載の車両用ステアリングシステム。
本項に記載の態様においては、他方側領域に位置する操作部材の操作量が大きくされるため、他方側領域に位置する方の操作部材が操作の主体となる。つまり、1対の操作部材の各々の操作位置に応じて、あたかも、メインの操作を行う操作部材が切り換わるような操舵特性を有するシステムとすることが可能である。
以下、請求可能発明のいくつかの実施例を、図を参照しつつ詳しく説明する。なお、請求可能発明は、下記実施例の他、前記〔発明の態様〕の項に記載された態様を始めとして、当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を施した種々の態様で実施することができる。
1.第1実施例
≪ステアリングシステムの構成≫
図1に、第1実施例のステアリングシステムの全体構成を模式的に示す。当該ステアリングシステムは、いわゆるステアバイワイヤ型のステアリングシステムであり、操作装置10と転舵装置12とが機械的に分離され、左右に並んで配設された1対の操作部材であるハンドル14R,14L(以下、「ハンドル14」と総称する場合がある)に加えられる操作力によらずに、転舵装置12に設けられた駆動源の駆動力によって車輪16を転舵するステアリングシステムである。また、本ステアリングシステムは、1対のハンドル14の各々が、機械的に連動されずに互いに独立して操作可能とされた、いわゆる独立操作型のシステムである。
操作装置10は、上記1対のハンドル14を含んで構成され、車体の一部、詳しくは、インストゥルメントパネルのリインフォースメントに固定されている。操作装置10は、1対のハンドル14の各々を設定された軌道に沿って移動可能に保持し、1対のハンドル14の各々にそれの軌道方向への力を付与する機能を有するものである。その1対のハンドル14の各々は、前後方向の変位を伴う概ね円弧状の軌道に沿って移動可能とされている。なお、その操作装置10の構造については、後に図を参照しつつ詳しく説明する。
転舵装置12は、車体(詳しくは、シャーシ)に固定されたハウジング20と、そのハウジング20に軸方向(車両の左右方向)に移動可能に設けられた転舵ロッド22とを含んで構成されている。また、転舵装置12は、内部の図示は省略するが、転舵ロッド22と同軸的に設けられた駆動源としての転舵モータ24を備えており、転舵ロッド22に形成されたボールねじに噛合するボールナットをその転舵モータ24によって回転駆動することにより、転舵ロッド22が軸方向に移動させられる構造とされている。転舵ロッド22の両端の各々は、ボールジョイント26を介して、タイロッド28に連結され、タイロッド28の他端部は、もう一種のボールジョイント30を介して、車輪16を回転可能に保持するステアリングナックル32の一部分であるナックルアーム34に連結されている。このような連結構造により、転舵ロッド22が軸方向に移動させられることで、車輪16が転舵されるのである。
転舵装置20には、車輪16の転舵量を取得するための転舵量センサ40が設けられている。その転舵量センサ40は、転舵ロッド22に形成されたラックギヤに噛み合うピニオンギヤの回転量、詳しくは、車両が直進する状態におけるピニオンギヤの位置である中立位置からの回転量を検出するものである。つまり、転舵量センサ40は、転舵ロッド22の軸線方向への移動に伴うピニオンギヤの回転量を取得することで、転舵ロッド22の移動によって転舵させられる車輪16の転舵量を間接的に取得するものとされている。
操作装置10の構造について、図2〜図4をも参照しつつ説明する。図2は、操作装置10の正面図(運転席側から1対のハンドル14の軌道を含む平面に対して垂直な方向から眺めた図)を、図3は、それを図2における上方(1対のハンドル14の軌道を含む平面に沿った斜め前上方)から眺めた図を、図4は、それの車両左側から眺めた側面図を、それぞれ示している。
操作装置10を構成する1対のハンドル14は、側面から見た形状が概ねL字形状をなす棒状の部材であり、上方に向かって延びる部分が運転者によって把持されるグリップ部50とされている。そのグリップ部50は、それの下部が上部と比較して運転者側に位置するように前後方向に傾斜して配設され、1対のハンドル14の各々は、それらのグリップ部50に略平行な面内において移動可能とされている。また、インストゥルメントパネル(以下、「インパネ」と略す場合がある)のパネル材52には、1対のガイド穴54が設けられ、その1対のハンドル14の各々は、その1対のガイド穴54に沿って移動可能とされることで、概ね円弧状の軌道に沿って移動可能とされている。詳しくは、1対のハンドル14は、パネル材52を貫いてインパネの内部から突出したハンドルロッド56と一体的に設けられており、そのハンドルロッド56の各々が、1対のガイド穴54に沿って移動可能とされている。
なお、1対のハンドル14の各々は、軌道上の基準操作位置(図2における位置)に位置する状態において、車輪の転舵位置が転舵中立位置となり、その基準操作位置から、1対のハンドル14の一方あるいは両方を時計回りに操作すれば車両が右旋回し、逆に、1対のハンドル14の一方あるいは両方を反時計回りに操作すれば左旋回する。また、1対のガイド穴54の各々は、概ね円弧状のものであるが、後方(図2における下方)に向かうほど円弧から徐々に外側に広げられた形状とされており、本ステアリングシステムは、操作部材を円弧状に回動するものに比較して、運転者が自身の体付近で行う操作の操作性が向上させられている。
前記ハンドルロッド56の各々は、インパネの内部において、電動モータ60によって回転させられるアーム62に接続されている。それら1対のモータ60は、1対のハンドル14の各々を前後方向に傾斜した軌道に沿って移動させるように、それの出力軸が、1対のハンドル14の各々のグリップ部50が移動可能とされた平面に対して垂直な方向に延びる姿勢でインパネリインフォースメントに固定されている。前記アーム62は、グリップ部50が移動可能とされた平面に平行に延びて、一端部がモータ60の出力軸に連結され、他端部がハンドルロッド56に接続されている。そのような構造により、1対のハンドル14の各々は、車体の一部に保持されることとなり、前後方向の変位を伴う軌道に沿って移動可能とされるのである。ちなみに、1対のハンドル14の各々の上記基準操作位置は、アーム62が水平となる位置より僅かに上方に回動した位置とされている。また、アーム62とハンドルロッド56との接続部について詳しく説明すれば、アーム62には、それの軸線方向に延びる長穴64と、その長穴64に沿ってスライド可能なスライダ66とが設けられており、そのスライダ66にハンドルロッド56が固定されている。このような構造から、1対のハンドル14は、モータ60からの径方向の距離が変わるガイド穴54の各々に沿って移動可能とされている。ちなみに、スライダ66が、アーム62に対して相対回転不能とされているため、ハンドル14も、アーム62に対して相対回転不能とされている。なお、以下の説明において、右側のハンドル14Rに対応するモータ60をモータ60Rと呼び、左側のハンドル14Lに対応するモータ60をモータ60Lと呼ぶ場合がある。
上記モータ60は、減速機付のモータであり、1対のハンドル14の各々に前記軌道方向の力である軌道方向力Fを付与することが可能とされている。つまり、本ステアリングシステムにおいては、モータ60,アーム62等を含んで、1対のハンドル14の各々に対応する1対の軌道方向力付与装置70が構成され、そのモータ60の各々が、それら1対の軌道方向力付与装置70の動力源として機能するものとなっている。本ステアリングシステムにおいては、そのモータ60を制御することによって、軌道方向力の大きさや向きを任意に変更することが可能となっている。また、詳細な説明は省略するが、モータ60R,60Lは、それぞれが、ハンドル14R,14Lの基準操作位置からの操作量δR,δLを検出可能な操作量センサ72R,72Lを備えている。後に詳しく説明するが、1対のハンドル14は、運転者によって操作が加えられなくても位置変動する場合があるため、正確に言えば、操作量センサ72R,72Lは、基準操作位置からの位置変動量である変位角δR,δLを検出可能な変位角センサ72R,72Lである。この変位角センサ72R,72Lは、エンコーダを主体としてモータ軸の回転角度を検出する回転角センサであり、ハンドル14R,14Lの基準操作位置に対応して設定されたモータ軸の回転基準位置からの回転量を検出することで、変位角δR,δLを検出する。ちなみに、以下の説明では、変位角δR,δLは、ハンドル14が基準操作位置から反時計回りに回動した場合(右旋回方向)の角度を正とし、軌道方向力Fは、ハンドル14を時計回りに回動させる方向の力を正とする。
さらに、アーム62の各々には、自身に加わる操作トルクを検出可能な操作トルクセンサ80が設けられている。それら1対の操作トルクセンサ80は、それぞれが1対の歪みゲージ82,84を有し、モータ60の動力と運転者によって加えられる力との相互作用によって生じるアーム62のたわみの方向と変形量とを検出可能とされている。そのアーム62のたわみの方向と変形量とに基づいて、ハンドル14に加わる操作トルクTHが推定されるのである。なお、以下の説明において、右側のハンドル14Rに対応する操作トルクセンサ80を80Rと呼び、左側のハンドル14Lに対応する操作トルクセンサ80を80Lと呼ぶ場合がある。
≪制御装置による制御≫
以上のような構造の本ステアリングシステムは、制御装置としてのステアリング電子制御ユニット100(以下、「ECU100」と呼ぶ場合がある)によって制御される。ECU100は、コンピュータ102を主体とするものであり、先に述べた転舵量センサ40,1対の変位角センサ72、1対の歪みゲージ82,84、各車輪の回転速を検出する4つの車輪速センサ104、および車両の前後方向の加速度Gを検出するための加速度センサ106等の各種センサが接続されている。また、ECU100は、転舵装置12の転舵モータ24,操作装置10が備える1対の軌道方向力付与装置70の各々のモータ60が、自身の有する駆動回路(ドライバ)に接続されており、それらの動作の制御を行うものとされている。ECU100のコンピュータには、後に説明する軌道方向力制御プログラム、転舵制御プログラム、ステアリングシステムの制御に関する各種のデータ等が記憶されている。
(A)転舵制御
ECU100は、主に、転舵制御と軌道方向力制御との2つの制御を行う。その1つである転舵制御は、前述した転舵装置12に関する制御であり、詳しくは、転舵モータ24の制御である。この制御では、1対の変位角センサ72の検出信号に基づいて1対のハンドル14の変位角δR,δLが取得され、それら取得されたδR,δLに基づいて目標転舵量θ*すなわちピニオンギヤの回転位置である転舵量の目標となる値が決定される。詳しくは、変位角δR,δLの和に基づいて決定されるのであり、次式に従って決定される。
θ*=kS・gS・(δR+δL)
ここで、kSは変位角から転舵量に換算するためのゲインである。また、ゲインgSは4つの車輪速センサ104の検出信号に基づいて取得された車速vに応じて変更されるゲインであり、車速vが高くなるにつれて小さくなるように設定されている。そのため、車速vが高い場合には、目標転舵量θ*は小さくされることになる。つまり、車両の走行速度が高速である場合には、1対のハンドル14の変位角に対する車輪16の転舵量が小さくされ、車両が速く走行している場合において、車両操作の安定性を向上させることができる。逆に、車両の走行速度が比較的低速である場合は、1対のハンドル14の変位角に対する車輪16の転舵量が大きくされ、少しの操舵でも大きく転舵させることが可能となる。
次いで、転舵量センサ40の検出信号に基づいて実際の転舵量θが取得され、目標転舵量θ*と実転舵量θとの転舵量偏差Δθ(=θ*−θ)が認定され、その転舵量偏差Δθが0となるように、転舵モータ24への供給電流ISが決定される。そして、その決定された供給電流ISが、駆動回路であるインバータから転舵モータ24に供給される。
(B)軌道方向力制御
ECU100におけるもう1つの制御である軌道方向力制御は、前述した1対の軌道方向力付与装置70に関する制御であり、詳しくは、1対のモータ60の制御である。この制御では、通常、図5に示すように、後に詳しく説明する2つの成分の和に基づいて、1対のハンドル14の各々に付与する軌道方向力FR,FLが決定される。そして、その決定された軌道方向力FR,FLを発揮するように、モータ60R、60Lへの供給電流IHR,IHLが決定されるのである。ちなみに、本実施例においては、軌道方向力に応じた電力が決定されるのであり、モータを定電圧で制御するため、ECU100は、モータへの供給電流が決定されるようになっている。そして、その決定された供給電流IHR,IHLが、ECU100が有する駆動回路であるインバータからモータ60R,60Lに供給される。
i)基準位置復帰成分
上記軌道方向力Fの1つの成分は、1対のハンドル14の各々をそれらの各々に対応する基準操作位置に復帰させる成分である基準位置復帰成分Ft(図5における白抜矢印)である。その基準位置復帰成分Ftは、1対のハンドル14の各々の変位角δR,δLに応じた大きさとなるように決定される。詳しくは、図6に示したように、基準位置復帰成分Ftの大きさは、回動させるほど大きくなるようにされる。
本ステアリングシステムが備えるハンドル14においては、人間工学的な見地によれば、基準操作位置から運転者に近づく方向に回動させた領域における操作は、運転者から離れる方向に回動させた領域における操作に比較して行い難い。そのことに考慮して、1対のハンドル14の各々の軌道が、基準操作位置から運転者に近づく方向に回動させた軌道上の領域が一方側領域としての上方側領域(図5における上方側の領域)と、運転者から離れる方向に回動させた領域が他方側領域としての下方側領域(図5における下方側の領域)との2つの領域に分けられ、図6から解るように、1対のハンドル14の各々に対して、下方側領域に位置する場合に、上方側領域に位置する場合に比較して大きな大きさとなるように基準位置復帰成分Ftが決定されるのである。
ii)設定比実現成分
また、軌道方向力Fのもう1つの成分は、1対のハンドル14の一方の変位角と他方の変位角との比である変位角比を設定された比とするための設定比実現成分Fp(図5における黒塗り矢印)である。この設定比実現成分Fpは、平たく言えば、機械的に連動されていない1対のハンドル14を、あたかも連動しているかのように制御するための成分である。本ステアリングシステムにおいては、下方側領域における操作が上方側領域における操作に比較して行い難いことを考慮して、下方側領域に位置するハンドルの変位角が上方側領域に位置するハンドルの変位角に比較して小さくなるように設定比が定められており、1対のハンドル14の各々の設定比実現成分Fpが、その設定比とするための成分となるように決定される。詳しくは、下方側領域に位置するハンドルの変位角に対する上方側領域に位置するハンドルの変位角の比が、設定変位角比r0(=1.5)となるように、設定比実現成分Fpが決定されるのである。また、その設定比実現成分Fpの大きさは、1対のハンドル14の一方の実際の変位角と他方の実際の変位角との変位角比の設定比からの偏差に基づいて決定される。具体的には、1対のハンドル14の一方の設定比実現成分Fpの大きさが、その一方の実際の変位角の、それら1対のハンドル14の他方の実際の変位角に対して設定変位角比r0となるハンドル14の一方の変位角である設定比実現変位角からの偏差に基づいて決定される。
図7は、右側ハンドル14Rが上方側領域に位置する場合(δR>0,左旋回方向)における上記設定比実現成分Fpの向きを示す操作装置10の概略図である。図7(a)は、左側ハンドル14Lの変位角δLに対する右側ハンドル14Rの変位角δRの比(δR/δL)が設定変位角比r0に比較して小さい場合であり、この場合には、設定変位角比r0とするために、右側ハンドル14Rの変位角δRを大きくするように、左側ハンドル14Lの変位角δLを小さくするように、設定比実現成分FpR,FpLが決定されるのである。詳しく説明すれば、右側ハンドル14Rの設定比実現成分FpRは、その上方側領域に位置する右側ハンドル14Rの変位角δRを、下方側領域に位置する左側ハンドル14Lの変位角δLに対して設定変位角比r0となる右側ハンドル14Rの設定比実現変位角r0・δLに近づける向きの成分となるように決定され、その大きさが、変位角δRの設定比実現変位角r0・δLからの偏差である変位角偏差Δδ(=δR−r0・δL)に基づいて決定される。また、左側ハンドル14Lの設定比実現成分FpLは、その左側ハンドル14Lの変位角δLを、それの設定比実現変位角δR/r0に近づける向きの成分となるように決定され、その大きさが、変位角δLの設定比実現変位角δR/r0からの偏差である変位角偏差Δδ(=δL−δR/r0)に基づいて決定される。それに対して、図7(b)は、左側ハンドル14Lの変位角δLに対する右側ハンドル14Rの変位角δRの比(δR/δL)が設定変位角比r0に比較して大きい場合である。この場合には、設定変位角比r0とするために、図7(a)の場合とは逆に、右側ハンドル14Rの変位角δRを小さくするように、左側ハンドル14Lの変位角δLを大きくするように、設定比実現成分FpR,FpLが決定されるのであり、上述した場合と同様に、設定比実現成分FpR,FpLが決定される。
図7(c)は、左側ハンドル14Lも上方側領域に位置する場合(δL<0,右旋回方向)であり、1対のハンドル14の各々が互いに逆方向に位置変動した場合である。この場合には、それぞれの設定比実現成分Fpに対応する方のハンドル14の変位角が、それの設定比実現変位角r0・δに近づける向きの成分となるように、ハンドル14の各々の設定比実現成分Fpが決定されるのである。ちなみに、この図7(c)においては、理解を容易にするために1対のハンドル14の位置変動した角度を誇張して示しているが、実際には、1対のハンドル14の各々を互いに逆方向に位置変動させるような不自然な操作は、この設定比実現成分Fpによって制限されることになる。
図8は、右側ハンドル14Rが下方側領域に位置する場合(δR≦0,右旋回方向)における設定比実現成分Fpの向きを示す操作装置10の概略図である。図8(a),図8(b)は、それぞれ図7(a),図7(b)の左右が逆の場合のものであり、前述した制御と同様な制御よって設定比実現成分FpR,FpLが決定される。また、図8(c)は、左側ハンドル14Lも下方側領域に位置する場合(δL≧0,左旋回方向)であり、1対のハンドル14の各々が互いに逆方向に位置変動した場合であり、この場合には、それぞれの設定比実現成分Fpに対応する方のハンドル14の変位角が、それの設定比実現変位角δ/r0に近づける向きの成分となるように、ハンドル14の各々の設定比実現成分Fpが決定される。
上述したように、設定比実現成分Fpの大きさは、変位角偏差Δδに基づいて決定される。図9に、変位角偏差Δδと設定比実現成分Fpとの関係を概略的に示す。この図9から解るように、設定比実現成分Fpは、変位角偏差が小さい場合、具体的には、変位角偏差Δδの絶対値が設定値Δδ0となるまでは[0]とされて遊びが設けられ、変位角偏差Δδの絶対値が設定値Δδ0から大きくなるほど大きくされる。
ただし、変位角偏差Δδに基づいて決定された設定比実現成分Fpは、対応する方のハンドル14の変位角に基づいて変更される。詳しくは、変位角偏差Δδに基づいて決定された設定比実現成分Fpに、対応する方のハンドル14の変位角に応じて設定されている補正係数αを乗じることによって、設定比実現成分Fpが変更されるようになっている。
Fp=α・Fp
図10に、1対のハンドル14の各々の変位角δと補正係数αとの関係を示す。この図から解るように、変位角δの絶対値が大きくなるほど補正係数αも大きくされるのであり、設定比実現成分Fpも大きくされるのである。なお、図9に示す実線は、補正係数α=1の場合のものであり、二点鎖線は、補正係数αが1より大きい場合、つまり、ハンドル14の変位角の絶対値がα=1の場合の変位角の絶対値より大きくされた場合のものである。以上のように、本実施例においては、設定比実現成分Fpが、変位角偏差Δδと変位角δとに応じた大きさとなるように決定されるのである。
iii)軌道方向力の作用
そして、上述したように、基準位置復帰成分Ftと設定比実現成分Fpとが決定された後には、それらの和に基づいて軌道方向力Fが決定されるのであり、次式に従って決定される。
F=gF・(Ft+Fp)
ここで、gFは車速vに応じて変更されるゲインであり、車速vが高くなるにつれて大きくなるように設定されている。そのため、車速vが高い場合には、軌道方向力Fの基準位置復帰成分Ftが大きくされることで、目標転舵量θ*が大きくなり難いようにされることになる。つまり、車両の走行速度が高速である場合には、車両操作の安定性を向上させることができ、逆に、車両の走行速度が比較的低速である場合は、軌道方向力Fが小さくされて、運転者の負担を軽減させることが可能となる。また、軌道方向力の設定比実現成分Fpが、基準位置復帰成分Ftとともに、車速vに応じた大きさとされることで、1対のハンドル14の各々をしっかりと連動させることができる。
本ステアリングシステムにおいては、基準位置復帰成分Ftを含んだ軌道方向力Fを発揮させることにより、操作量が増大する方向の操作に対して操作反力を付与することができ、運転者に適切なステアリング操作の操作感を与えることが可能となる。また、その基準位置復帰成分Ftが、操作量が大きくなるほど大きくされるため、ハンドル14を切り増すほど操作反力が大きくなり、操作部材と転舵装置とが機械的に連結された従来のステアリングシステムの操作感に似た操作感を運転者に与えることも可能となる。
また、本ステアリングシステムにおいては、設定比実現成分Fpを含んだ軌道方向力Fを発揮させることにより、1対のハンドル14の各々にそれらが設定変位角比r0となる位置からずれが生じた場合に、1対のハンドル14の各々が、そのずれをなくすように動作することとなり、先にも述べたように、あたかも機械的に連動しているかのように動作することとなる。具体的には、例えば、1対のハンドル14の両者が基準操作位置に位置している状態から、一方のハンドル14のみが操作された場合、操作されていない方のハンドル14には、操作されたハンドル14と同方向へ回動させるような設定比実現成分Fpが含まれる軌道方向力Fが付与されることになり、その操作されていないハンドル14は、基準位置復帰成分Ftと設定比実現成分Fpとがつり合う位置に移り変わることとなる。つまり、その操作されていないハンドル14は、操作されたハンドル14に追従して動作することとなるのである。また、例えば、図5に示すように、1対のハンドル14の各々が設定変位角比r0となる位置に位置している状態から左手をハンドル14Lから放した場合、ハンドル14Lは、基準位置復帰成分FtLのみで構成される軌道方向力FLによって基準操作位置に向かって変位することになる。しかし、変位角偏差Δδが大きくなって、軌道方向力FLに基準位置復帰成分FtLとは反対向きの設定比実現成分FpLが含まれることになり、それら基準位置復帰成分FtLと設定比実現成分FpLとがつり合う位置で止まることになる。したがって、1対の操作部材が機械的に連動していないシステムにおいて片手を放した場合、その放した操作部材が基準操作位置に復帰させる力によって変位させられて目標転舵量も変動することとなるが、本ステアリングシステムによれば、そのような不適切な目標転舵量の変動を抑制することが可能となるのである。ちなみに、本システムにおいては、基準位置復帰成分Ftはハンドル14の変位角が大きくなるほど大きくされるが、設定比実現成分Fpが、ハンドル14の変位角に基づいて補正されることにより、1対のハンドル14をしっかりと連動させることが可能となる。
また、上述したような片手操作をしている場合、操作している方のハンドル14に対応する軌道方向力Fには、基準位置復帰成分Ftと同じ向きの設定比実現成分Fpが含まれることになる。例えば、右手での片手操作で左旋回方向に操作した場合には、右側ハンドル14Rには、図5に示すような軌道方向力FRが付与されるのであり、右手での操作に対する操作反力が大きくされることになる。つまり、本ステアリングシステムによれば、従来のステアリングホイールのように、片手操作の場合には、両手に分担されていた操作反力を片手で受けるような操作感を運転者に与えることが可能となるのである。
さらに、本ステアリングシステムにおいては、1対のハンドル14に対して、下方側領域に位置する場合に上方側領域に位置する場合に比較して大きな大きさとなるように、基準位置復帰成分Ftが決定されるとともに、下方側領域に位置するハンドルの変位角が上方側領域に位置するハンドルの変位角に比較して小さくなる設定変位角比とするように、1対のハンドル14の各々の設定比実現成分Fpが決定される。そのため、1対のハンドル14の各々が左旋回方向に操作された場合には、運転者から離れる方向に操作される右側ハンドル14Rの操作量が、運転者に近づく方向に操作される左側ハンドル14Lの操作量より大きくされて、右側ハンドル14Rが操作の主体となる。逆に、右旋回方向に操作された場合には、左側ハンドル14Lの操作量が、右側ハンドル14Rの操作量より大きくされて、左側ハンドル14Lが操作の主体となる。つまり、本ステアリングシステムは、あたかも、メインの操作を行う操作部材が切り換わるような操舵特性を有するシステムとなっている。
iv)位置変動抑制制御
次に、車両の急加速、あるいは、急ブレーキ等の急減速である車両速度が急変したことによって、運転者が慣性力により移動した場合を考える。例えば、急加速の場合には、運転者の車両後方側への移動に伴って、把持しているハンドル14を手前側(図10における下側)に引き寄せてしまうこととなり、逆に、急減速の場合には、運転者の車両前方側への移動に伴って、把持しているハンドル14を前方側(図10における上側)に押してしまうこととなる。そのようなハンドル14の不適切な位置変動を抑制するために、ECU100は、車両速度急変時には、ハンドル14の位置変動を抑制する位置変動抑制成分Fmを含んだ軌道方向力Fを発揮させる。この位置変動抑制成分Fmの決定について、以下に詳しく説明する。
例えば、本ステアリングシステムにおいて、両手で操作している状態で車両速度の急変による運転者の移動があった場合には、相反する方向に車輪を転舵させるような1対のハンドル14を互いに逆方向へ位置変動させる操作(例えば、図7(c),図8(c)に示すような操作)が行われることとなる。この場合には、1対のハンドル14の各々の前記設定比実現成分Fpは大きな大きさとなり、それらの逆方向への位置変動が制限されることとなる。ところが、片手で操作している場合には、操作されていない方のハンドルが操作されている方のハンドルに連動するため、設定比実現成分Fpは比較的小さく、車両速度の急変による影響は大きい。そこで、本ステアリングシステムでは、片手操作である場合にのみ、軌道方向力Fに上記位置変動抑制成分Fmが加えられるようにされている。具体的には、例えば、図11に示すように、右手で片手操作をしている状態で、車両の急減速による運転者の車両前方側への移動があった場合には、右側ハンドル14Rは、運転者から離れる向き(図における白抜矢印の向き)に位置変動させられる。その位置変動を抑制するために、右側ハンドル14Rの軌道方向力FRに、その位置変動方向とは反対向きの位置変動抑制成分Fmが加えられるのである。
また、車両速度急変時における運転者の移動は比較的速いものであり、その運転者の移動に伴うハンドル14の位置変動も比較的速いものとなる。そこで、本ステアリングシステムでは、操作されている方のハンドル14の位置変動する速度ωが設定値ω0以上であることを条件として、軌道方向力Fに上記位置変動抑制成分Fmが加えられるようになっている。
以上のことから、位置変動抑制成分Fmは、(i)車両速度が急変したこと(具体的には、加速度センサ106の検出信号に基づいて取得された前後加速度Gが設定値G0以上であること)、(ii)片手操作であること、(iii)操作されている方のハンドル14の位置変動の方向が車両速度の急変(取得された加速度G)に対応する方向であること、(iv)操作されている方のハンドル14の位置変動速度が比較的速いこと(具体的には、位置変動速度ωの絶対値が設定値ω0以上であること)の4つの条件を充足する場合に演算される。その位置変動抑制成分Fmは、取得された加速度Gおよび車速vに基づいて演算されるのであり、次式に従って決定される。
Fm=k0・(1+k1・v+k2・|G|)・sign(ω)
ここで、sign(ω)は、その位置変動速度の正負を表すものであり、その位置変動速度ωは、本システムにおいて、ハンドル14の変位角δの設定時間当たりの変化量によって取得される。そして、操作されている方のハンドル14の軌道方向力Fは、次式に従って決定されるのである。
F=gF・(Ft+Fp)+Fm
なお、本ステアリングシステムにおいては、片手操作の判定は、1対のハンドル14の各々に設けられた操作トルクセンサ80によって検出された操作トルクの変化量に基づいて行われる。片手操作の状態で車両速度が急変した場合には、操作されている方のハンドル14にのみ操作が入力されるため、操作されていない方のハンドル14についての操作トルクセンサ80によって検出される操作トルクTHの変化量は0あるいは略0である。つまり、1対のハンドル14の一方についての操作トルクTHが設定値T1以上で比較的大きな変化があり、かつ、それらの他方についての操作トルクTHが設定値T2以下でほとんど変化がない場合には、その1対のハンドル14の他方が操作されていないと判定される。
≪制御プログラム≫
本ステアリングシステムの制御は、図12にフローチャートを示す転舵制御プログラムと、図13にフローチャートを示す軌道方向力制御プログラムとが実行されることによって行われる。それらの制御プログラムは、ECU100が有するコンピュータ102に格納されており、イグニッションスイッチがON状態とされた後、短い時間間隔(例えば、数msec〜数十msec)をおいて繰り返し実行される。以下に、それらの制御の流れを、フローチャートを参照しつつ、詳しく説明する。
(A)転舵制御プログラム
図12にフローチャートを示す転舵制御では、まず、ステップ1(以下、「S1」と略す、他のステップも同様である)において、1対のハンドル14の各々の変位角δR,δLと車速vとが取得され、S2において、その車速vに基づくゲインgSが決定される。次いで、S3において、それら変位角δR,δLとゲインgSとに基づいて、先に説明したように目標転舵量θ*が決定される。続いて、目標転舵量θ*とS4において取得した実転舵量θとの偏差である転舵量偏差Δθが、S5において認定される。そして、S6において、その転舵量偏差Δθに基づいて、転舵モータ24への供給電流ISが決定されるのである。この決定された供給電流ISに関する指令が、インバータから転舵モータ24に送信され、転舵制御プログラムの1回の実行が終了する。
(B)軌道方向力制御プログラム
また、図13にフローチャートを示す軌道方向力制御について説明すれば、この制御では、まず、S11において、1対のハンドル14の各々の変位角δR,δLと車速vとが取得され、S12において、その取得された変位角δR,δLに基づいて、基準位置復帰成分FtR,FtLが決定される。詳しくは、ECU100のコンピュータ102内には、変位角δR,δLをパラメータとする基準位置復帰成分FtR,FtLの図6に示したマップデータが格納されており、そのマップデータを参照して、基準位置復帰成分FtR,FtLが決定される。次いで、S13の設定比実現成分決定サブルーチンおよびS14の位置変動抑制成分決定サブルーチンが実行され、先に説明したように、それら決定された3つの成分に基づいて、軌道方向力FR,FLが決定される。
上記設定比実現成分決定サブルーチンは、図14にフローチャートを示す制御を行うルーチンである。この制御では、まず、S21において、右側ハンドル14Rが、上方側領域と下方側領域とのいずれの領域に位置するかが判定される。右側ハンドル14Rが上方側領域に位置する場合には、S22において、変位角偏差Δδが前述した式Δδ=δR−r0・δLによって演算され、また、右側ハンドル14Rが下方側領域に位置する場合には、S23において、変位角偏差Δδが式Δδ=δR−δL/r0によって演算される。次いで、S24において、設定比実現成分FpRを右側ハンドル14Rの変位角δRに応じた大きさとするための補正係数αRが決定される。詳しくは、ECU100のコンピュータ102内には、変位角δRをパラメータとする補正係数αRの図10(a)に示したマップデータが格納されており、そのマップデータを参照して補正係数αRが決定される。そして、S25において、設定比実現成分FpRが決定される。詳しくは、コンピュータ102内には、変位角偏差Δδをパラメータとする設定比実現成分FpRの図9に示したα=1の場合のマップデータが格納されており、そのマップデータを参照するとともに、そのデータにS24において決定された補正係数αRを乗じて、右側ハンドル14Rの設定比実現成分FpRが決定される。
続いて、S26〜S30において、S21〜S25における右側ハンドル14Rの設定比実現成分FpRの決定と同様に、左側ハンドル14Lの設定比実現成分FpLの決定が行われる。まず、S26において、左側ハンドル14Lが、上方側領域と下方側領域とのいずれの領域に位置するかが判定される。左側ハンドル14Lが上方側領域に位置する場合には、S27において、変位角偏差Δδが式Δδ=δL−r0・δRによって演算され、また、左側ハンドル14Lが下方側領域に位置する場合には、S28において、変位角偏差Δδが式Δδ=δL−δR/r0によって演算される。次いで、S29において、設定比実現成分FpLを左側ハンドル14Lの変位角δLに応じた大きさとするための補正係数αLが決定される。そして、S30において、左側ハンドル14Lの設定比実現成分FpLが決定される。以上説明したように、設定比実現成分FpR,FpLが決定されれば、設定比実現成分決定サブルーチンの実行が終了する。
また、位置変動抑制成分決定サブルーチンは、図15にフローチャートを示す制御を行うルーチンである。この制御では、まず、1つ目の条件である車両速度の急変を判定するために、S42において、S41において取得された前後加速度Gの絶対値がG0以上であるか否かが判定される。加速度Gの絶対値がG0以上であり、車両速度が急変したと判定された場合には、S43,S44において、他の条件の判定に用いられるパラメータである操作トルクTHR,THLと、1対のハンドル14の各々の位置変動速度ωR,ωLとが取得される。その位置変動速度ωR,ωLは、1回前のプログラム実行時の1対のハンドル14の各々の変位角と今回の実行において取得された変位角とから演算される変位角の変化量が用いられる。
次いで、S45,S46において、2つ目の条件である片手操作であるかが判定される。S45においては、右側ハンドル14Rの操作トルクTHRがT1以上で、かつ、左側ハンドル14Lの操作トルクがT2以下である場合に、右側ハンドル14Rでの片手操作と判定される。また、S46においては、左側ハンドル14Lの操作トルクTHLがT1以上で、かつ、右側ハンドル14Rの操作トルクTHRがT2以下である場合に、左側ハンドル14Lでの片手操作と判定される。
片手操作であると判定された場合には、それぞれ、S47,S48において、3つ目の条件である操作されている方のハンドル14の位置変動の方向が車両速度の急変に対応する方向であるかが判定される。詳しくは、加速時には操作されているハンドル14に入力された操作が運転者から離れる方向への操作であるかが判定され、減速時には操作されているハンドル14に入力された操作が運転者に近づく方向への操作であるかが判定される。具体的には、加速度GとS44において取得された操作されている方の位置変動速度ωとの積の正負によって判定されるのである。
操作されている方のハンドル14の位置変動の方向が車両速度の急変に対応する方向であると判定された場合には、それぞれ、S49,S50において、4つ目の条件である操作されている方のハンドル14の位置変動速度が比較的速いかが判定される。詳しくは、操作されている方の位置変動速度ωの絶対値が設定値ω0以上であるか否かによって判定される。
以上の4つの条件を充足する場合には、右側ハンドル14Rでの片手操作の場合,左側ハンドル14Lでの片手操作の場合で、それぞれ、S51,S52において、操作されている方のハンドル14の位置変動を抑制するために、その操作されている方のハンドル14に対応する位置変動抑制成分Fmが演算される。また、それとともに操作されていない方のハンドル14に対応する位置変動抑制成分Fmが0とされる。なお、4つの条件のうち1つでも充足しない場合には、S53において、両方のハンドル14R,14Lの位置変動抑制成分FmR,FmLが0とされる。以上説明したように、位置変動抑制成分FmR,FmLが決定されて、位置変動抑制成分決定サブルーチンの実行が終了する。
以上のように、軌道方向力Fの3つの成分である基準位置復帰成分FtR,FtLと、設定比実現成分FpR,FpLと、位置変動抑制成分FmR,FmLとが決定された後には、軌道方向力制御プログラムのS16において、それら3つの成分と、S15において決定された車速vに基づくゲインgFとに基づいて、1対のハンドル14の各々に付与する軌道方向力FR,FLが決定される。次いで、S17において、その軌道方向力FR,FLを発揮するように、モータ60R,60Lへの供給電流IHR,IHLが決定される。この決定された供給電流IHR,IHLに関する指令が、モータ60R,60Lに送信され、軌道方向力制御プログラムの1回の実行が終了する。
≪制御装置の機能構成≫
上述したECU100の機能を、模式的に示した機能ブロック図が、図16である。上記機能に基づけば、ECU100のコンピュータ102は、軌道方向力制御を行う軌道方向力制御部120と、転舵制御を行う転舵制御部122と、それら軌道方向力制御および転舵制御に用いられる前述したマップデータ等の各種データが格納されたデータ格納部124とを含んで構成されるものとなっている。また、その軌道方向力制御部120は、1対のハンドル14の各々にそれらの各々に対応する操作基準位置に復帰させるための成分を決定する基準位置復帰成分決定部130と、1対のハンドル14の一方の変位量とそれらの他方の変位量との比である変位量比を設定比とするための成分を決定する設定比実現成分決定部132と、車両速度急変時に操作されているハンドル14の位置変動を抑制するための成分を決定する位置変動抑制成分決定部134とを備えている。なお、軌道方向力制御部120において決定された軌道方向力Fおよび転舵制御部122において決定された転舵量偏差Δθは、コンピュータ102からECU100が有する供給電流を決定するコントローラ150に出力され、それらに基づく1対の軌道方向力付与装置70のモータ60R,60Lへの供給電流IHR,IHLおよび転舵装置12の転舵モータ24への供給電流ISが決定される。それら供給電流IHR,IHL,ISは、それぞれ駆動回路であるインバータ152R,152L,154を介して、モータ60R,60L,転舵モータ24に供給される。ちなみに、本ステアリングシステムのECU100においては、軌道方向力制御プログラムのS11,S12の処理を実行する部分を含んで基準位置復帰成分決定部130が構成され、設定比実現成分決定サブルーチンの処理を実行する部分を含んで設定比実現成分決定部132が構成され、位置変動抑制成分決定サブルーチンの処理を実行する部分を含んで位置変動抑制成分決定部134が構成されている。
ECU100が上記のような機能を有することから、本ステアリングシステムによれば、車両速度急変時におけるハンドル14の不適切な位置変動に起因する車輪の目標転舵量の変動を抑制でき、適切な操舵を担保することが可能となる。なお、本実施例においては、前記1対の軌道方向力付与装置70と上記位置変動抑制成分決定部134とを含んで、車両速度急変時に1対のハンドル14の少なくとも一方の位置変動を抑制する位置変動抑制装置が構成されているのである。
2.第2実施例
第2実施例の車両用ステアリングシステムは、そのハード構成が第1実施例のシステムと同様の構成であるため、本実施例の説明においては、第1実施例のシステムと同じ機能の構成要素については、同じ符号を用いて対応するものであることを示し、それらの説明は省略するものとする。本実施例のシステムは、第1実施例のシステムとはECUによる制御が異なるものであるため、本実施例のECUによる制御ついて、以下に説明する。
本実施例は、ECU100における軌道方向力付与制御が、第1実施例における制御とは相違する。本実施例においては、軌道方向力Fの設定比実現成分が、1対のハンドル14の一方の変位角と他方の変位角との比である変位角比を[1.0]とするための成分となるように、平たく言えば、1対のハンドル14の各々の変位角を同じ変位角とするための成分となるように決定される。具体的に言えば、図17に示すように、1対のハンドル14の一方の変位角が、それらの他方の変位角に近づける向きの成分となるように決定され、また、その設定比実現成分Fpの大きさは、右側ハンドル14Rの変位角δRと左側ハンドル14Lの変位角δLとの変位角偏差Δδ(=δR−δL)に基づいて、詳しくは、図18に示した変位角偏差Δδと設定比実現成分FpR,FpLとの関係から決定される。また、その変位角偏差Δδに基づいて決定された設定比実現成分FpR,FpLは、ハンドル14の変位角に対して図19に示すように設定されている補正係数αを乗じることによって、設定比実現成分FpR,FpLが変更されるようになっている。ちなみに、本実施例における基準位置復帰成分Ftは、図20に示すように、基準操作位置からいずれの方向に回動させても、変位角が同じ大きさであれば、同じ大きさとされるようになっている。
上述した軌道方向力付与制御は、第1実施例の制御と同様に、図13にフローチャートを示す軌道方向力制御プログラムが実行されることによって行われるが、その軌道方向力制御プログラムにおいて実行される設定比実現成分決定サブルーチンが、第1実施例のものとは相違する。本実施例における設定比実現成分決定サブルーチンは、図21にフローチャートを示す制御を行うルーチンである。まず、S61において、変位角偏差Δδ(=δR−δL)が演算され、次いで、S62において、設定比実現成分Fpをそれぞれのハンドル14の変位角δに応じた大きさとするための補正係数αが、変位角δをパラメータとする補正係数αの図19に示したマップデータを参照して決定される。続いて、S63において、変位角偏差Δδに基づいて設定比実現成分FpR,FpLが決定される。詳しくは、コンピュータ102内には、変位角偏差Δδをパラメータとする設定比実現成分FpR,FpLの図18に示したマップデータが格納されており、そのマップデータを参照するとともに、そのデータにS62において決定された補正係数αを乗じて、ハンドル14の各々の設定比実現成分FpR,FpLが決定される。
本実施例は、1対のハンドル14の各々が、あたかも機械的に連動しているかのように動作することから、第1実施例と同様に、1対の操作部材が機械的に連動していないシステムの場合に問題となる不適切な目標転舵量の変動を抑制することが可能であり、また、片手操作の場合には、従来のステアリングホイールのように、両手に分担されていた操作反力を片手で受けるような操作感を運転者に与えることが可能となる。さらに、本実施例は、1対のハンドル14の各々が、あたかも一体的であるかのように動作することとなり、より良好な操作感を運転者に与えることが可能となる。さらに、本実施例のシステムは、第1実施例と同様に、位置変動抑制成分Fmを含んだ軌道方向力とされることから、急ブレーキ,急加速等の場合における1対のハンドル14の不適切な位置変動を抑制することが可能である。つまり、その不適切な位置変動に起因する車輪の目標転舵量の変動を抑制でき、適切な操舵を担保することが可能となる。
第1実施例の車両用ステアリングシステムの全体構成を示す模式図である。
図1に示す操作装置の正面図(運転席側から1対のハンドル14の軌道を含む平面に対して垂直な方向から眺めた図)である。
図1に示す操作装置を図2における上方(1対のハンドル14の軌道を含む平面に沿った斜め前上方)から眺めた図である。
図1に示す操作装置の車両左側から眺めた側面図である。
1対のハンドルの各々に付与される軌道方向力の基準位置復帰成分と設定比実現成分とを示す操作装置の正面図である。
1対のハンドルの各々の変位角と基準位置復帰成分との関係を示す概略図である。
右側ハンドルが上方側領域に位置する場合における設定比実現成分を示す操作装置の概略図である。
右側ハンドルが下方側領域に位置する場合における設定比実現成分を示す操作装置の概略図である。
変位角偏差と軌道方向力の設定比実現成分との関係を示す概略図である。
ハンドルの変位角と補正係数との関係を示す概略図である。
片手操作で急減速した場合における操作部材の変動とその操作部材に付与させる軌道方向力の位置変動抑制成分を示す図である。
図1に示す電子制御ユニットによって実行される転舵制御プログラムを表すフローチャートである。
図1に示す電子制御ユニットによって実行される軌道方向力制御プログラムを表すフローチャートである。
軌道方向力制御プログラムにおいて実行される設定比実現成分決定サブルーチンを示すフローチャートである。
軌道方向力制御プログラムにおいて実行される位置変動抑制成分決定サブルーチンを示すフローチャートである。
図1の車両用ステアリングシステムが備える電子制御ユニットの機能を示すブロック図である。
第2実施例のステアリングシステムにおいて、1対のハンドルに付与される軌道方向力の基準位置復帰成分と設定比実現成分とを示す操作装置の正面図である。
1対のハンドルの間の変位角偏差と軌道方向力の設定比実現成分との関係を示す概略図である。
ハンドルの変位角と補正係数との関係を示す概略図である。
1対のハンドルの各々の変位角と基準位置復帰成分との関係を示す概略図である。
第2実施例のステアリングシステムにおける軌道方向力制御プログラムにおいて実行される設定比実現成分決定サブルーチンを示すフローチャートである。
符号の説明
10:操作装置 12:転舵装置 14,14R,14L:ハンドル(操作部材) 24:転舵モータ 40:転舵量センサ 60,60R,60L:電動モータ(動力源) 70,70R,70L:軌道方向力付与装置 72,72R,72L:変位角センサ 80,80R,80L:操作トルクセンサ 100:ステアリング電子制御ユニット(ECU,制御装置) 104:車輪速センサ 106:加速度センサ 120:軌道方向力制御部 122:転舵制御部 130:基準位置復帰成分決定部 132:設定比実現成分決定部 134:位置変動抑制成分決定部