JP4747355B2 - 新規タングステン触媒,およびそれを用いるアリル型アルコールのエポキシ化法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明はエポキシ化触媒,およびアリル型アルコールのエポキシ化法に関するもので,有機合成等の属する分野および他の分野において要求されているグリーンケミストリーに供するものである。
【0002】
【従来の技術】
オレフィンを酸化してエポキシとする反応は,有機合成上最も重要な反応の一つとして挙げられている。ことにアリル型アルコールのエポキシ化は極めて有用な反応で,盛んに研究されている。この反応には酸化剤として過安息香酸をはじめとする有機過酸が広く利用されてきた。そして,アリル型アルコールのエポキシ化が極めて重要であるため,より有用な酸化法や酸化剤の開発を意図して活発な研究が行われ,数多くの優れた酸化法や酸化剤が次々と開発されている。例えば,K.B.Sharplessらは,ベンゼン還流中でVO(acac)2の存在下,t−ブチルヒドロペルオキシドでゲラニオールをエポキシ化し,収率93%で2,3−エポキシ体を得る方法を報告している[K.B.Sharpless,R.C.Michaelson,J.Am.Chem.Soc.,95,6136(1973)]。J.Rebekらは塩化メチレン中,トリフェニルシリルヒドロペルオキシドで2−シクロヘキセノールを酸化し,収率77%でエポキシ体を得ている[J.Rebek,Jr.,R.McCready,Tetrahedron Lett.,1979,4337]。
【0003】
1980年代に入り,酸化剤として過酸化水素水を用いる方法が報告されている。例えば,J.Prandiらはタングステン酸を30%過酸化水素とベンジル(トリフェニル)ホスホニウムクロリドで処理し,得られたペルオキソタングステン錯体を触媒として1,2−ジクロロエタン中,30%過酸化水素でゲラニオールを酸化し,2,3−エポキシ体を得ている[J.Prandi,H.B.Kagan,H.Mimoun,Tetrahedron Lett.,27,2617(1986)]。Y.Ishiiらはクロロホルム中,りんタングステン酸とセチルピリジニウムクロリドの存在下,35%過酸化水素で2−ブテン−1−オールを酸化し,2,3−エポキシ−1−ブタノールを得ている[Y.Ishii,K.Yamawaki,T.Ura,H.Yamada,T.Yoshida,M.Ogawa,J.Org.Chem.,53,3587(1988)]。また,最近,D.Hoegaertsらはタングステン酸などを固定化し,これを触媒としてアセトニトリル溶媒中,35%過酸化水素でゲラニオールを酸化し,高い収率で2,3−エポキシ体を得ている[D.Hoegaerts,B.F.Sels,D.E.de Vos,F.Verpoort,P.A.Jacobs,Catalysis Today,60,209(2000)]。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
以上のように,アリル型アルコールの二重結合を酸化してエポキシ体を得る反応は数多く報告されている。従来,有機過酸が広く用いられてきた。しかしながら,有機過酸を用いる方法は酸性条件下で反応が進行するため,酸に不安定な基質に適用することができない。また,有機過酸は爆発性を有しており,その取扱いには細心の注意が必要である。K.B.Sharplessらの報告したt−ブチルヒドロペルオキシドに代表されるヒドロペルオキシドを用いる方法は中性条件下でエポキシ化が進行するため,基質による制限を受けない優れた方法である。しかしながら,一般にヒドロペルオキシドも強い爆発性を有し,安全な方法と言い難い。また,反応は有機溶媒中で行われ,多量の廃液の処理を必要とするなどの問題点を有している。1980年代に入り,りんタングステン酸の存在下,過酸化水素水を用いるエポキシ化が報告され,安全にエポキシ化反応が行えるようになった。しかしながら,J.Prandiらの方法は1,2−ジクロロエタンを,Y.Ishiiらの方法はクロロホルムを溶媒として使用している。いずれも有害性の高いハロゲン系溶媒を使用している。D.Hoegaertsらの方法はハロゲン系溶媒を使用せず,触媒としてタングステン酸を固定化し,過酸化水素を酸化剤として用いる優れた方法である。しかしながら,タングステン酸の固定化に複雑な操作を必要とすること,触媒効率が高くないこと,アセトニトリルを溶媒として使用していることなど,満足できる方法とは言い難い。
【0005】
【課題を解決するための手段】
近年,“環境にやさしい化学合成”グリーンケミストリーを指向した合成技術が強く求められている。そこで,発明者らは鋭意研究を重ね,本発明を完成するに至った。すなわち,本発明は下記構造式1
【0006】
【化3】
【0007】
(式中,L,m,nはそれぞれ独立に1以上の整数,xは0以上で,R1は炭素数1以上のアルキル基あるいはベンジル基から選ばれ,R2,R3はそれぞれ独立に炭素数1以上のアルキル基で,同一であっても良い)で示される新規タングステン触媒,およびこのタングステン触媒を用いるアリル型アルコールのエポキシ化法に関するものである。上記構造式に示されるタングステン触媒は文献未載の新規化合物である。本発明化合物の代表的な例として下記構造式2のタングステン触媒を取り上げ,その製造法を例示する。
【0008】
【化4】
【0009】
上記タングステン触媒はアクリル酸誘導体から下記反応式に従って合成することができる。
【0010】
【化5】
【0011】
(3−アクリルアミド)(ドデシル)ジメチルアンモニウムブロミドとN−イソプロピルアクリルアミドを重合させ,ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)誘導体を得た後,ブロムイオンを硝酸イオンに代え,鎖状コポリマーを得る。これを水に溶解させ,りんタングステン酸の水溶液を加え,攪拌,生じた沈殿をろ過,乾燥することで目的のネットワーク状の超分子錯体であるタングステン触媒が得られる。
【0012】
(3−アクリルアミド)(ドデシル)ジメチルアンモニウムブロミドとN−イソプロピルアクリルアミドを重合させ鎖状コポリマーを形成する反応において,使用しうる溶媒はt−ブタノール,イソプロパノール,エタノール,トルエンのごとき有機溶媒から選ばれ,重合開始剤としてはアゾビスイソブチロニトリル,過酸化ベンゾイル,t−ブチルヒドロペルオキシド,過酸化水素−第一鉄塩,過酸化水素−トリエチルアルミニウムのごとき重合開始剤から選択される。反応温度は0℃から溶媒の還流温度の間で選ばれるが,好ましくは75℃付近である。反応に要する時間は,反応温度,アクリルアミドの濃度,組成により異なり,1時間から7日の間で,適宜選択される。鎖状コポリマーとりんタングステン酸とからネットワーク状の超分子錯体であるタングステン触媒を形成する反応において,使用しうる溶媒は水,あるいは水とプロトン性有機物の混合溶媒が挙げられるが,好ましくは水である。なお,(3−アクリルアミド)(ドデシル)ジメチルアンモニウムブロミドに対して12当量のN−イソプロピルアクリルアミドを用いれば,構造式2のタングステン触媒を得ることができる。
【0013】
下記式を用いて本発明に係るタングステン触媒の合成法を更に説明する。
【0014】
【化6】
【0015】
上記式において,aはりんタングステン酸,bは硝酸(3−アクリルアミド)(ドデシル)ジメチルアンモニウムとN−イソプロピルアクリルアミドの鎖状コポリマー,cは目的とするタングステン触媒で,ネットワーク状の超分子錯体である。鎖状コポリマーbは,適当な間隔で(ドデシル)ジメチルアンモニウムを持ち,その割合は(3−アクリルアミド)(ドデシル)ジメチルアンモニウムブロミドとN−イソプロピルアクリルアミドの混合比に依存する。タングステン触媒cは,りんタングステン酸aの水溶液と鎖状コポリマーbの水溶液を混合,攪拌することで,生成し,水から析出する。
【0016】
以上のように本発明に係る化合物は極めて容易に合成することができる。以下に本発明の有用性を明らかにするため,本発明の代表な例として構造式2のタングステン触媒を取り上げ,ファルネソールのエポキシ化反応を例示する。これは例示であり,これに限定されるもではない。反応は,下記反応式に従って進行する。
【0017】
【化7】
【0018】
ファルネソールは構造式2のタングステン触媒の存在下,30%過酸化水素水で酸化され,2,3−エポキシ体を選択的に生成する。この反応は,有機溶媒をいっさい必要とせず,室温で進行する。この時の触媒効率はおよそ2,000と極めて高い。また,この触媒は,水,エタノール,酢酸エチル,アセトン,エーテル,ヘキサンなどに不溶であるため,反応生成物の精製が容易に行え,また,触媒効率を損なうこと無く再利用が可能である。以上のように本発明のタングステン触媒はアリル型アルコールの二重結合を過酸化水素で酸化し,エポキシ体を得るための極めて有用な触媒と言える。また,本発明に係るアリル型アルコールのエポキシ化法は“グリーンケミストリー”を指向した優れた方法と言える。
【0019】
【実施例】
以下に本発明の好ましい実施例を記載するが,これは例示であり,本発明を制限するものではない。本発明の範囲内では変形が可能なことは当業者には明らかであろう。
【0020】
実施例1
(3−アクリルアミド)(ドデシル)ジメチルアンモニウムブロミド1mol,N−イソプロピルアクリルアミド12molをt−ブタノールに溶解させ,この溶液にアゾビスイソブチロニトリル0.04molを加え,収率86%で鎖状コポリマーを得た。この鎖状コポリマーを硝酸ナトリウム水溶液に加え,アニオン交換を行った。得られた鎖状コポリマーの334mgを水33mlに溶解させ,この溶液にりんタングステン酸608mgを水116mlに溶解させた溶液を加え,室温で7日間攪拌した。生じた沈殿をろ過し,得られた固体を水で洗浄,乾燥し,タングステン触媒870mgを得た。収率95%であった。
【0021】
タングステン触媒の主な物性を示す。
IR:1080cm−1,978cm−1,897cm−1,818cm−1,元素分析値(%)C39.6,H6.6,N7.2[ネットワーク状超分子錯体であるタングステン触媒の構成単位;C276H519N42O79PW12・22H2Oの理論値C39.8,H6.3,N7.1]
【0022】
実施例2
25mlフラスコにフィトール2.52mmol,30%過酸化水素水5.05mmol,実施例1で得たタングステン触媒を1.26μmol加え,室温下,7時間攪拌した後,酢酸エチルを加え,ろ過した。ろ液から有機相を分離し,飽和次亜硫酸ナトリウム水溶液で洗浄し,減圧下,濃縮し,カラム精製を行い,収率96%でフィトールの2,3−エポキシ体を得た。
【0023】
実施例3
実施例2で使用したタングステン触媒を用いて,実施例2の操作を繰返し行った。その時の2,3−エポキシ体は2回目:93%,3回目:97%であった。
【0024】
実施例4
実施例2のフィトールをゲラニオールに代え,ピリジン1.5X10−2mmolを加え,反応時間を15時間とする実施例2記載の方法を行い,収率80%でゲラニオールの2,3−エポキシ体を得た。
【0025】
【発明の効果】
以上のように本発明に係る新規タングステン触媒はネットワーク状の超分子で,アリル型アルコールのエポキシ化反応の優れた触媒として機能する。本発明に係るアリル型アルコールのエポキシ化法は酸化剤として過酸化水素水を用い,有機溶媒をいっさい使用しない。過酸化水素水は反応終了後,水となるため,極めてクリーンな酸化剤である。また,新規タングステン触媒中のりんタングステン酸はアクリルアミドを基本骨格とするコポリマーに強く担持されており,エポキシ化の反応条件下では溶出しない。したがって,本発明に係るアリル型アルコールのエポキシ化法は極めてクリーンなエポキシ化法と言える。
また,反応は室温で進行し,触媒効率も極めて高く,高選択性,高収率でエポキシ体を生成する。そして,触媒はその効率を損なうことなく,繰り返し使用することができる。また,水,アルコール,ヘキサンなどに不溶なため,目的物の精製が容易に行えるなどの利点も有している。したがって,本発明に係るアリル型アルコールのエポキシ化法は極めてクリーンな方法で,かつ極めて効果的,実用性の高い方法である。
近年,環境にやさしい化学合成,グリーンケミストリーを指向した合成技術が強く求められている。本発明はこのグリーンケミストリーの思想に合致した優れたアリル型アルコールのエポキシ化法であると言える。
Claims (3)
- Lが36,mが3,xが22で,R1がドデシル基,R2およびR3がメチル基である請求項1記載の新規タングステン化合物。
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