JP4631219B2 - イオントラップ型質量分析装置 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、電場によってイオンを閉じ込めるためのイオントラップを備えるイオントラップ型質量分析装置に関する。
【0002】
【従来の技術】
イオントラップ型質量分析装置等を用いた質量分析においてはMS/MS分析(タンデム分析)という手法が知られている。一般にMS/MS分析では、まず分析対象物から目的とする特定質量数(質量/電荷)を有するイオンを前駆イオンとして選別し、その選別した前駆イオンをCID(Collusion Induced Dissociation:衝突誘起分解)によって開裂させ、開裂イオンを生成する。その後、開裂によって生成したイオンを質量分析することによって、目的とするイオンの質量や化学構造についての情報を取得することができる。
【0003】
通常、イオントラップ型質量分析装置においては、内側面が回転1葉双曲面形状を有する1個の環状のリング電極と、それを挟むように対向して設けられた、内側面が回転2葉双曲面形状を有する一対のエンドキャップ電極とで囲まれる空間にイオントラップ領域が形成される。このリング電極及びエンドキャップ電極にそれぞれ所定の電圧を印加すると、イオントラップ領域に四重極電場が形成され、そこに内部で発生した又は外部から導入されたイオンを閉じ込めておくことができる。MS/MS分析を行う場合には、上記のようにイオントラップ領域に各種イオンを閉じ込めた後に、前駆イオンの選別行程として、目的とする前駆イオンのみをイオントラップ領域に残し、他の不要なイオンはイオントラップ領域から排除するような処理を実行する。
【0004】
具体的には、例えば次のようなイオン選別方法が知られている。すなわち、2個のエンドキャップ電極間に逆位相の交流電圧を印加すると、その交流電圧の周波数と一致する固有周波数(振動数)を有するイオンが共鳴して振動する。その共鳴振動の振幅は次第に増大し、結果的にそのイオンはイオントラップ領域から飛び出したり電極に衝突したりして排除される。共鳴振動するイオンの質量数はその固有周波数と所定の関係を有しているから、例えば図6に示すような、特定の周波数f0にノッチを持つ(換言すればその周波数成分を持たないような)周波数スペクトルを有する広帯域交流電圧をエンドキャップ電極に印加すると、そのノッチ周波数f0に応じた質量数m0を有するイオンのみが共鳴振動せずにイオントラップ領域に留まり、他のイオンはイオントラップ領域外部に排出される。これにより前駆イオンの選別を達成することができる。このようにして選別されたイオンに対しイオントラップ領域に導入したバッファガスの分子を衝突させて開裂を促進し、それによって発生する生成イオンをイオントラップ領域から放出させて検出すればよい。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
イオントラップ領域でのイオンの振動周波数はイオンの質量数に依存するが、それ以外にイオントラップの動作パラメータ、具体的にはリング電極に印加するRF主電圧の振幅値などを変えることによっても変えることができる。図7は、リング電極に印加されるRF主電圧の振幅をパラメータとしたときの、イオンの質量数とその振動周波数(つまり上記イオン選別においてはノッチ周波数に相当)との関係の一例を示すグラフである(本出願人による特開2000-323090号公報参照)。このグラフ上で、質量数と周波数との関係を示す曲線の接線の傾きが分解能を表す。図7中に示すように、或る同一質量数(例えば200)に対しては、RF主電圧の振幅を大きくするほどノッチ周波数は高くなり、その周波数が高いほど周波数対質量数の接線の傾きは緩やかになる(接線P1とP2を比較すれば明らか)。これは、質量数の選別分解能が高くなること、つまり質量数の選択性が向上することを意味する。したがって、前駆イオンを高い質量数分解能で選別するには、振動周波数が高くなるような条件(例えばRF主電圧の振幅を大きくする)を設定することが望ましい。
【0006】
しかしながら、例えばRF主電圧の振幅を大きくする等の振動周波数が高くなる条件下で前駆イオンの選別を行うと、選別されるべき前駆イオンの一部もイオントラップ領域から排除されてしまい、イオントラップ領域に留まる前駆イオンの量が減って、最終的に分析感度の低下を招くという現象があった。すなわち、上記の従来方法では、前駆イオンの選別行程で、質量数分解能と分析感度とはトレードオフの関係にあり、両者をともに充分に満足させることは困難であった。
【0007】
本発明はこのような課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、イオントラップ領域で特定のイオンの選別を行う場合に、高い質量数分解能と高い分析感度とをともに達成することができるイオントラップ型質量分析装置を提供することにある。
【0008】
【課題を解決するための手段】
後に詳述するように、イオンの振動周波数が高くなるような条件を設定した際に選別されるべきイオンの量も減じてしまうのは、主として、そのイオンが有する基本周波数以外のうなりの周波数での共鳴振動の励起が無視できなくなり、これによって、選別されるべきイオンが共鳴振動して電極へ衝突してしまったり或いはイオントラップから排出されてしまったりすることによる。
【0009】
そこで、本発明は上記課題を解決するために、環状のリング電極と、該リング電極を挟むように配設された一対のエンドキャップ電極とで囲まれる空間にイオントラップを形成してなるイオントラップ型質量分析装置であって、前記イオントラップ内に各種イオンを捕捉した後にそのうちの特定の質量数を有する目的イオンを選別するイオン選別を行うものにおいて、
前記目的イオンの振動の基本周波数と、該基本周波数と所定の関係を有する別の周波数とに対応する二箇所にノッチを有するような周波数スペクトルを持つ交流電圧を前記エンドキャップ電極に印加する電圧印加手段を備えることを特徴としている。
【0010】
ここで、上記「基本周波数と所定の関係を有する別の周波数」とは、基本周波数成分とそれとは別の周波数成分との間で生じるうなりの周波数のことを言う。
【0011】
すなわち、本発明に係るイオントラップ型質量分析装置によれば、エンドキャップ電極に印加される交流電圧によってイオントラップ領域に発生する電場は、目的イオンの共鳴振動の基本周波数を含まないのみならず、そのイオンのうなり振動の周波数成分も含まない。そのため、基本周波数によって共鳴振動が励起されないだけでなくうなり周波数によっても共鳴振動が励起されないので、非常に高い確率でもってイオントラップ領域に留まることができる。一方、目的イオン以外の各種イオンは上記電場により共鳴振動が励起され、次第にその振幅が増大して電極に衝突したりイオントラップ領域の外部へと排出されてしまったりする。その結果、目的イオンが効率よくイオントラップ領域に残ることになる。
【0012】
上述したように二箇所にノッチを有する周波数スペクトルを持つ交流電圧をエンドキャップ電極に印加してイオンの選別を行うと、目的イオンが選別されるのみならず、上記別の周波数が基本周波数と偶然に一致するような質量数を有する不所望のイオンも同時に選別される恐れがある。そこで、本発明に係るイオントラップ型質量分析装置では、上記電圧印加手段は、上述したように二箇所にノッチを有する交流電圧の印加に引き続いて、上記別の周波数のみを含む周波数スペクトルを持つような交流電圧を前記エンドキャップ電極に印加する構成とするとよい。これにより、上記不所望のイオンが共鳴振動してイオントラップ領域から排除されるため、最終的に目的イオンのみをイオントラップ領域に残すことができる。
【0013】
なお、上述したような特定の周波数にノッチを有する広帯域信号は、例えば、周波数の相違する複数の単一周波数の正弦波信号を合成することにより得ることができるほか、本出願人が特願2000-22370号で提案しているような方法でも得ることができる。
【0014】
【発明の実施の形態】
まず、本発明に係るイオントラップ型質量分析装置におけるイオン選別の原理を詳細に説明する。いま、図2に示すように円筒座標系(r,z)において典型的なイオントラップを考える。
【0015】
すなわち、内側面が回転1葉双曲面形状を有する1個の環状のリング電極2と、それを挟むように対向して設けられた、内側面が回転2葉双曲面形状を有する一対のエンドキャップ電極3,4により囲われた空間がイオントラップ領域1になる。図示するように、リング電極2には、+(U−VcosΩt)/2、エンドキャップ電極3,4には−(U−VcosΩt)/2なる交流電圧が印加されているとする。
【0016】
このような電圧が印加されたときにイオントラップ領域1に形成される四重極電場における各種イオンの運動は、z方向、r方向について次の(1),(2)式で示す独立の運動方程式で記述することができる。
2r/dt2+(e/mr0 2)(U−VcosΩt)r=0 …(1)
2z/dt2+(2e/mr0 2)(U−VcosΩt)z=0 …(2)
ここで、mはイオンの質量、eはイオンの電荷である。
【0017】
いま、az,ar,qz,qrを(3),(4)式のように定義すると、上記運動方程式(1),(2)は(5),(6)のマチウ(Mathieu)方程式の形で表すことができる。
z=−2ar=(−8eU)/(mr0 2 Ω2) …(3)
z=−2qr=(−4eV)/(mr0 2 Ω2) …(4)
2r/dζ2+(ar−2qrcos2ζ)r=0 …(5)
2z/dζ2+(az−2qzcos2ζ)z=0 …(6)
但し、ζ=(Ωt)/2
【0018】
このマチウ方程式の解の性質は、az,qzを用いて表すことができる。図3はこのマチウ方程式の解の安定条件を説明するための図であり、縦軸がaz、横軸がqzである。図3に示すaz−qz面において実線で囲まれた領域Sが上記方程式の安定解となる。すなわち、上記パラメータaz,qzはイオンの質量数(m/e)によって定まり、これらの値の組(az,qz)が特定の範囲に存在する場合に、このイオンは特定の周波数で振動を繰り返しイオントラップ領域1に捕捉される。具体的には、図3中で実線で囲まれた安定領域Sがイオンがイオントラップ領域1に安定して存在できる範囲であり、その外側が不安定領域である。なお、βはqに依存する値である。
【0019】
イオントラップ領域1に閉じ込められたイオンは、このβをパラメータとして(7)式で表される運動をする。
α1ΣC2n cos(2n±β)ζ+α2ΣC2n sin(2n±β)ζ …(7)
(7)式より、これは周波数ωn=(2n±β)ζの重なり合った運動であることがわかるが、一般には、イオンは近似的にn=0とした基本周波数ω0で運動するものとして近似されている。
【0020】
通常、イオントラップ型質量分析装置は、U=0つまりa=0で使用されることが多いので、説明を簡単にするためにこのような条件の下で説明を続ける。いま、或る一定の電圧Vをリング電極2に印加したとすると、(4)式の定義からもわかる通り、安定領域S内でのqの値は質量mに依存している。また図3より、qzの相違はβzの相違であることもわかる。したがって、一定電圧Vがリング電極2に印加された状態では、各種イオンはイオントラップ領域1で質量mによってそれぞれ異なる周波数で運動していることになる。その運動(振動)の周波数は、質量mが小さいイオンでは相対的に高く、質量mが大きなイオンでは低くなる。
【0021】
既述のように、イオントラップ領域1に閉じ込められている各種イオンのうち、或る特定の質量数を有するイオンをイオントラップ領域1から排除するためには、そのイオンの振動の周波数と共振するような周波数の交流電圧をエンドキャップ電極3,4に印加するという方法が用いられる。すなわち、特定質量数のイオンをイオントラップ領域1に残し、それ以外の不要な質量数のイオンを排除する前駆イオンの選別行程においては、前駆イオンの質量数に相当する周波数にノッチを有する周波数スペクトルを持つ広帯域の交流電圧をエンドキャップ電極3,4に印加する。図3からわかる通り、安定領域S内のaz=0上では、一定のqzの差に対するβの差はqzが大きいほど大きくなる。つまり、一定の質量差Δmに対する周波数差はqzが大きいところほど大きくなる。換言すれば、上述の前駆イオンの選別行程におけるqzが大きいほど前駆イオンの質量分解能能(選択性)が高くなる。このことは図7のグラフにも合致している。
【0022】
さて、前述したように、イオンの振動は(7)式においてn=0を基本周波数とする運動で近似できると考えられているが、実は、このような近似が成立し得るのはqが比較的小さい領域でのことである。図5に相異なるqにおけるイオンの運動の周波数スペクトルをシミュレーションによって計算した結果を示す。図5で(a)はq=0.14、(b)はq=0.782のときの結果である。この結果から明らかなように、qが0.14のときは基本周波数ω0よりも高い周波数成分の強度は基本周波数ω0の1/10以下であるが、qが0.782まで大きくなると、基本周波数ω0よりも高い周波数成分における強度の比率が大きくなり、例えばn=1とした周波数ω1=(1−β/2)Ωは基本周波数ω0=(β/2)Ωの1/2程度にまで大きくなっている。
【0023】
図2からわかるように、βの採り得る値は0から1までの範囲である。したがって、イオンの振動周波数の最大値は補助交流電圧の周波数の1/2までであって、基本周波数ω0はイオンの振動成分の最低周波数である。基本周波数の次に低い周波数成分は(1−β/2)Ωであるが、βの最大値が1であることから(β/2)Ωを下回ることはない。そのため、(1−β/2)Ωが安定領域S内の周波数と重なることはなく、このような周波数成分が混在しても安定領域S内に存在するイオンの振動が不所望に励起されることはないから、イオントラップ領域1から排除されずにすむ。
【0024】
しかしながら、複数の周波数成分が混在している場合には、その周波数差に相当するうなりが発生する。図5(b)に示すように、qが大きな場合には、(1−β/2)Ωの周波数成分が大きくなるとイオンの共鳴振動の振幅が増大する。このときのうなりの周波数は(1−β)Ωとなり、安定領域S内の周波数と重なる。そのため、前駆イオンの選別の際にこのような周波数成分が存在すると、イオンのうなりの振動振幅が励起されて次第にその振幅が大きくなり、電極に衝突したりイオントラップ領域から排除されてしまったりする。
【0025】
そこで、本発明に係るイオントラップ型質量分析装置では、次のような手順で前駆イオンの選別、換言すれば前駆イオン以外のイオンのイオントラップ領域からの排除を実行する。
【0026】
まず、各種イオンを四重極電場によってイオントラップ領域1に捕捉した後、第一段階として、目的とする前駆イオンの基本周波数に相当する(β/2)Ωとうなりの周波数に相当する(1−β)Ωの二箇所にノッチを有する周波数スペクトルを持つ広帯域電圧をエンドキャップ電極3,4に印加する。これにより、上記前駆イオンは基本周波数でもって振動することがないのみならず、うなりの周波数でも振動することがない。したがって、前駆イオンは確実にイオントラップ領域1に残る。
【0027】
このとき、前駆イオン以外の殆ど全てのイオンはイオントラップ領域1で共鳴振動して電極に衝突するか或いは外部へと飛び出すため、イオントラップ領域1には残らない。但し、上記広帯域交流電圧はうなりの周波数に相当する(1−β)Ωにノッチを有しているため、この周波数が基本周波数となるような、前駆イオンとは異なる他のイオンは殆ど振動せず(実際には、このイオンに対するうなりの周波数によって振動する可能性はある)、前駆イオンと共にイオントラップ領域1に残る可能性が高い。
【0028】
そこで第二段階として、(1−β)Ωの周波数成分のみを有する単一周波数の補助交流電圧をエンドキャップ電極3,4に印加する。上記のようにこの周波数は前駆イオンと共にイオントラップ領域1に残った他の不所望のイオンの基本周波数であるから、その電圧により形成される電場によって上記不所望のイオンは共鳴振動して振幅が次第に増大し、電極に衝突するか或いは外部へと飛び出して排除されてしまう。このとき、周波数は単一であるためうなりは生じず、前駆イオンはその電場の影響を受けることなくイオントラップ領域1にそのまま残る。
【0029】
このようにして、二段階の手順で前駆イオン以外の不所望のイオンの排除を行うことにより、前駆イオンを実質的に殆ど排除することなく他の不所望のイオンをイオントラップ領域1から除外することができる。したがって、このようなイオン選別行程により選別された前駆イオンに、外部からイオントラップ領域1へ導入されたHe等のバッファガスの分子に衝突させることにより開裂を促し、各種の開裂イオンを生成する。その後、この開裂によって生成したイオンを質量分析することによって、分析対象イオンの質量や化学構造についての情報を取得することができる。
【0030】
図1は上記原理を具現化するイオントラップ型質量分析装置の一実施例の構成図である。イオントラップ領域1周辺の構成に関しては、既に説明した図2と同一であるので説明を省略する。
【0031】
図1に示すように、リング電極2にはRF主電圧発生部11が接続され、エンドキャップ電極3、4には補助電圧発生部12が接続される。入口側エンドキャップ電極3のほぼ中央に穿孔された入射口5の外側には熱電子生成部7が配設されており、この熱電子生成部7から放出された電子が入射口5を通過してイオントラップ領域1に導入され、試料導入部9から導入された試料分子に接触してこれをイオン化する。一方、出口側エンドキャップ電極4にあって入射口5とほぼ一直線上に設けられた出射口6の外側には検出器8が配設されており、出射口6を通してイオントラップ領域1から放出されたイオンを検出し、検出信号をデータ処理部10へと送出する。
【0032】
RF主電圧発生部11及び補助電圧発生部12は制御部13から与えられる制御信号により、それぞれ所定周波数及び所定振幅の交流電圧を発生するように制御される。制御部13はCPU、ROM、RAMなどを含んで構成されており、入力部14から設定された条件に基づいて上記各部に制御信号を送る。制御部13は機能的に広帯域信号データ生成部131を含んでいる。広帯域信号データ生成部131は、入力部14から設定された条件に基づいて、後述するように所定の周波数にノッチを有する広帯域信号を構成するデジタルデータを生成して補助電圧発生部12へと送り、補助電圧発生部12はこのデジタルデータをD/A変換器121でアナログ信号に変換してエンドキャップ電極3,4に印加する。
【0033】
広帯域信号データ生成部131は、例えば、多数の正弦波波形を重畳することにより所望の広帯域信号を生成する構成を有する。具体的には、本出願人が特願2000-22370号で提案しているような方法を利用することができる。
【0034】
次に、このイオントラップ型質量分析装置において、或る特定の質量数を有するイオンをMS/MSモードで分析したい場合について説明する。オペレータが入力部14により分析対象の前駆イオンの質量数を入力設定すると、制御部13は予め決められている分解能等に応じて、その前駆イオンの基本周波数に相当する第1ノッチ周波数と、うなり周波数に相当する第2のノッチ周波数とを求める。このようなノッチ周波数の算出は予め格納されているROMテーブルを用いてもよいし、計算式に基づいて計算を行うようにしてもよい。
【0035】
イオントラップ領域1に前駆イオンを含む各種イオンを捕捉するまでの動作は従来の装置と同様である。すなわち、試料導入部9からイオントラップ領域1に導入した試料分子に熱電子生成部7で発生した電子を接触させて試料分子をイオン化する。発生したイオンは、RF主電圧発生部11からリング電極2に印加されるRF主電圧によりイオントラップ領域1に形成される四重極電場に閉じ込められる。
【0036】
その後、広帯域信号データ生成部131は上述したような二箇所にノッチを有する広帯域信号を構成するデータを生成し、補助電圧発生部12へと送る。補助電圧発生部12は、D/A変換器121でこのデータをアナログ信号に変換してエンドキャップ電極3,4に印加する。印加電圧の周波数スペクトルは例えば図4(a)に示すようにf0とf1の二箇所にノッチを有するものとなる。これにより、所望の周波数を有する前駆イオンのみが共振振動を生じずにイオントラップ領域1に残り、他の不要なイオンは次第に振動振幅が増大して、電極に衝突したり出射口6から外部へと排出されたりしてしまう。
【0037】
このようにして所望の前駆イオンのみをイオントラップ領域1に残した後、次に、広帯域信号データ生成部131はうなり周波数に相当する周波数f1のみを有する単一周波数信号を構成するデータを生成し、補助電圧発生部12へと送る。補助電圧発生部12は、D/A変換器121でこのデータをアナログ信号に変換してエンドキャップ電極3,4に印加する。印加電圧の周波数スペクトルは例えば図4(b)に示すようにf1にのみ周波数成分を有している。これにより、イオントラップ領域1において、周波数f1が基本周波数となっているために先の広帯域交流電圧の印加の際には充分に共鳴振動しなかった不所望のイオンを大きく振動させ、電極に衝突させたり或いは出射口6から外部へと排出させることによってイオントラップ領域1から排除する。
【0038】
これにより、イオントラップ領域1には目的とする前駆イオンのみが残るから、図示しないバッファガス供給管を介してイオントラップ領域1へと導入したバッファガスの分子を衝突させることにより、前駆イオンの開裂を誘発して各種の開裂イオンを発生させればよい。
【0039】
なお、既に述べたように、本発明は、特に、前駆イオンの選別分解能は高い反面、その選別により分析感度が低下する(つまり選別効率が良好でない)ような高い周波数を用いてイオン選別を行う場合に有効であって、そうでない領域での分析には充分な効果を奏さない。したがって、そのイオントラップの設定条件に応じて、必要とされるときにのみ上述したようなイオン選別を行い、そうでない場合には従来のイオン選別を行うようにしてもよい。また、上記実施例は一例にすぎないから、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正を行えることは明らかである。
【0040】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明に係るイオントラップ型質量分析装置によれば、特定の質量数を有するイオンをイオントラップ領域に残すようなイオン選別を行う際に当該イオンの共鳴振動をより確実に抑制することができるので、イオントラップ領域により多くの量のイオンを残すことができる。したがって、例えばこのイオン選別行程に引き続いてMS/MS分析を行うような場合に、検出可能なイオンの量が従来よりも増加するので、分析感度を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の一実施例によるイオントラップ型質量分析装置の構成図。
【図2】 本発明のイオントラップ型質量分析装置の原理を説明するための円筒座標系(r,z)におけるイオントラップの構成図。
【図3】 イオントラップにおけるイオンの安定領域を示す図。
【図4】 本発明に係るイオントラップ型質量分析装置のイオン選別行程における補助交流電圧の周波数スペクトルの一例を示す図。
【図5】 相異なるqにおけるイオンの運動の周波数スペクトルをシミュレーションによって計算した結果を示す図。
【図6】 従来のイオン選別行程における補助交流電圧の周波数スペクトルの一例を示す図。
【図7】 補助交流電圧のノッチ周波数と選別されるイオンの質量数との関係を示すグラフ。
【符号の説明】
1…イオントラップ領域
2…リング電極
3,4…エンドキャップ電極
5…入射口
6…出射口
7…熱電子生成部
8…検出器
10…データ処理部
11…RF主電圧発生部
12…補助電圧発生部
121…D/A変換器
13…制御部
131…広帯域信号データ生成部
14…入力部

Claims (3)

  1. 環状のリング電極と、該リング電極を挟むように配設された一対のエンドキャップ電極とで囲まれる空間にイオントラップを形成してなるイオントラップ型質量分析装置であって、前記イオントラップ内に各種イオンを捕捉した後にそのうちの特定の質量数を有する目的イオンを選別するイオン選別を行うものにおいて、
    前記目的イオンの振動の基本周波数と、該基本周波数と所定の関係を有する別の周波数とに対応する二箇所にノッチを有するような周波数スペクトルを持つ交流電圧を前記エンドキャップ電極に印加する電圧印加手段を備えることを特徴とするイオントラップ型質量分析装置。
  2. 前記基本周波数と所定の関係を有する別の周波数は、基本周波数成分とそれとは別の周波数成分との間で生じるうなり振動の周波数であることを特徴とする請求項1に記載のイオントラップ型質量分析装置。
  3. 前記電圧印加手段は、前記周波数スペクトルを持つ交流電圧の印加に引き続いて、前記別の周波数のみを含むような周波数スペクトルを持つ交流電圧を前記エンドキャップ電極に印加することを特徴とする請求項1又は2に記載のイオントラップ型質量分析装置。
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