JP4545335B2 - 耐リジング性に優れたFe−Cr系鋼板およびその製造法 - Google Patents

耐リジング性に優れたFe−Cr系鋼板およびその製造法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、深絞りなどの加工用途に適した、耐リジング性に優れたFe−Cr系鋼板およびその製造法に関する。
【0002】
【従来の技術】
SUS430などの従来のフェライト系ステンレス鋼板に深絞りなどの加工を施すと、リジングと呼ばれる縞模様状の表面起伏が現れる。このリジングの発生は成形品の美観を損ね、程度が著しい場合は加工中にプレス割れを生じることもある。
また、リジングを除去するために成形加工後に研磨工程を入れる必要も生じ、生産性,経済性を著しく低下させる。
【0003】
一般にリジングの発生は、冷延焼鈍板内に存在する結晶方位の近い結晶粒の集団(コロニー)に起因すると考えられている。コロニーの起源は、凝固柱状晶が熱延焼鈍後に残存することにより形成される粗大な未再結晶フェライト粒であるとされる。この未再結晶フェライト粒は冷延後の焼鈍時においても再結晶による結晶方位の分散が小さいため、結果的に冷延焼鈍板内にコロニーが形成されるものと考えられる。
【0004】
この未再結晶フェライト粒の生成を抑制する手段の1つとして、鋳造時に凝固組織中の柱状晶率を低下させ等軸晶率を増大させる方法がある。具体的には、連続鋳造時に低温鋳造や電磁攪拌を行う方法がよく知られているが、それ以外にも鋼が凝固する際の核となる介在物を多量に生成させることにより等軸晶率を増大させる方法などが提案されている。例えば、特開平11−279712号公報では鋼中のAl量,Ca量を調整することで、特開平11−172338号公報では鋼中のO2量に応じてTi量,Mg量を調整することでそれぞれ等軸晶率の高い連鋳スラブを得て鋼板の耐リジング性を改善している。
【0005】
また、熱間圧延により鋳造組織を分断する手法や、冷延後の焼鈍で微細再結晶粒を生成させる手法も研究されている。例えば特開昭62−199721号公報では、熱延温度でフェライト単相組織を呈する鋼のスラブを熱延する際、粗圧延工程を多パスで行い、かつその途中で30秒以上のディレイをおくことにより熱延板の粗大フェライトバンドの分断および微細化を促進し、耐リジング性を改善している。
特開平7−118754号公報では、γポテンシャルを高めた鋼をオーステナイト相が十分生成する温度に加熱したのち熱延することで、熱延中にオーステナイト相によって鋳造組織を破壊し、かつ低温巻取と70%以上の冷間圧延で歪を蓄積させたのち焼鈍することで微細再結晶粒を生成させ、これらによって耐リジング性を改善している。
【0006】
さらに、冷延板に生じる集合組織の発達を抑制する手法も提案されている。例えば、特開平8−49017号公報では、γポテンシャルを適性化した鋼を熱延で低温巻取してマルテンサイト相を含む熱延板を製造し、これを冷間圧延することによってマルテンサイト相にフェライト相の結晶回転を乱す作用を起こさせ、通常の圧延集合組織である<011>//RD繊維組織の発達を防止している。特開平11−209826号公報では、この手法で耐リジング性を改善するとともに、さらに熱延板のエッジ部を加熱してその部分のマルテンサイト相を消失させる工程を加え、冷延での耳割れを防止している。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
上述した例以外にも、フェライト系ステンレス鋼の耐リジング性を改善する手段は種々提案されている。それらは特殊な鋳造条件を採用するか、特殊な熱延条件を採用するか、あるいは成分限定式で鋼組成を厳密にコントロールするかのいずれかの手段を利用するものがほとんどである。しかし、これらの手段は通常のフェライト系ステンレス鋼の製造プロセスに比べ、製造現場に大きな制約を与えるものであり、製造コストの上昇を招くことになる。
【0008】
また、これら従来の手段では多くの場合、リジングの発生を完全に防止できるとは限らないのが現状である。前述のように、リジングの発生には冷延焼鈍鋼板中の集合組織が大きく影響を及ぼすことが知られており、また、フェライト結晶粒を微細化して粗大なフェライトバンドをなくすことも耐リジング性向上に有利であることが判っている。しかし、リジングの発生を安定的に防止し得る金属組織は未だ見出されていない。
【0009】
本発明は、このような現状に鑑み、従来のような製造現場に負担増を強いる手段を用いることなく、安定してリジングの発生が防止されるFe−Cr系合金を提供することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
発明者らは、Fe−Cr系鋼板において、リジングが生じる場合と生じない場合の金属組織にどのような違いがあるのか、詳細に検討を進めてきた。その結果、リジングが起きるか否かを金属組織的観点から見極めるには、単に特定の結晶方位が板の特定方向にどの程度配向しているかといった、いわゆる集合組織的に見た結晶配向のランダムさに着目するだけでは十分でないことがわかってきた。そして発明者らは、鋼板中において、隣接するフェライト結晶粒どうしの結晶方位差にまで着目した、よりミクロ的な結晶配向のランダムさが、リジング発生の有無を大きく左右する因子になることを突き止めた。また、そのような個々の結晶粒レベルで結晶方位が高度にランダム化された金属組織を得るためには、マルテンサイト相から微細なフェライト再結晶粒が生成する過程をうまく利用することが非常に有効であることを見出した。本発明はこのような知見に基づいて完成したものである。
【0011】
すなわち、前記目的は、質量%で、C:0.03%以下,Si:2.0%以下,P:0.04%以下,S:0.01%以下,Cr:8.0〜20.0%,N:0.05%以下,Al:0.5%以下,Ti:0(無添加)〜0.3%,B:0(無添加)〜0.05%好ましくは0.001〜0.05%,Ni:0.01〜5%,Mn:1.0超え〜5%,Cu:0.01〜5%,残部がFeおよび不可避的不純物の化学組成を有し、フェライト相が95体積%以上である組織を呈し、鋼板表面に平行な断面の金属組織観察において、隣接する結晶粒の結晶方位差が15°以上である大角粒界が結晶粒界長さの50%以上を占める耐リジング性に優れたFe−Cr系鋼板によって達成される。
ここで、Ti含有量,B含有量の下限の0%は、その元素が無添加である場合を意味する。
【0012】
また、上記Fe−Cr系鋼板の製造法として、熱延鋼板を、Ac1点以上の温度から冷却速度0.01℃/sec以上でMf点以下まで冷却して80体積%以上のマルテンサイト相を含む金属組織とし、冷間圧延し、次いでAc1点以下の温度域に加熱することにより前記マルテンサイト相から再結晶フェライト相を生成させてフェライト相が95体積%以上である組織とする製造法を提供する。また別の製造法として、熱延鋼板を、Ac1点以上の温度から冷却速度0.01℃/sec以上でMf点以下まで冷却して80体積%以上のマルテンサイト相を含む金属組織とし、次いでAc1点以下の温度域に加熱することにより前記マルテンサイト相から再結晶フェライト相を生成させてフェライト相が95体積%以上である組織とし、冷間圧延し、その後Ac1点以下の温度域に加熱して焼きなましする製造法を提供する。
【0013】
また、本発明では、上記化学組成を有する鋼板について、(i)Ac1点以上の温度からMf点以下まで冷却することによりマルテンサイト変態を起こす処理、およびその後に、必要に応じて冷間圧延を施した後、(ii)Ac1点以下の温度域に加熱することにより前記マルテンサイト相から再結晶フェライト相を生成させる処理を施し、(i)の処理で起きるオーステナイト→マルテンサイト変態および(ii)の処理で起きるマルテンサイトの再結晶の組み合わせによって再結晶フェライト相の結晶方位をランダム化し、隣接する結晶粒の結晶方位差が15°以上である大角粒界が、鋼板表面に平行な断面における結晶粒界長さの50%以上を占める、フェライト相が95体積%以上である組織を得る、耐リジング性に優れたFe−Cr系鋼板の製造法を提供する。
ここで、(i)はいわゆる焼入れ処理である。
【0014】
【発明の実施の形態】
発明者らは、マルテンサイトの再結晶現象に着目した。Fe−Cr系鋼を焼入れ処理し、マルテンサイト相を得た後、Ac1点以下の温度で加熱保持し、再結晶フェライトを得ることで耐リジング性の改善を試みた。Fe−Cr系鋼を焼入れ処理することによって生じるマルテンサイト相の再結晶現象に着目して、耐リジング性の改善を試みてきた。その結果、金属組織の大部分を占めるラス・マルテンサイトをフェライト相として再結晶化させることができた場合に、成形加工時にリジングの発生が起こらないFe−Cr系鋼板が得られることを知見した。ただし、一般にラス・マルテンサイトはAc1点直下まで加熱しても再結晶化し難い性質を有している。その原因として、炭化物による転位のピンニング効果があると考えられる。このため、Fe−Cr系鋼板においてマルテンサイト相起源の再結晶フェライト相が大部分を占めるような金属組織を得ることは必ずしも容易ではない。
【0015】
種々検討の結果、Cを極力低減したFe−Cr系鋼においては、Ac1点以下の加熱によってラス・マルテンサイトをほぼ完全に再結晶化させることができ、その際、生じた再結晶フェライト相の結晶方位はランダム化することがわかった。そのランダム化の形態は、隣り合った大部分の結晶粒どうしが、結晶方位を15°以上異にするというものであり、極めてミクロ的な結晶配向のランダム化が達成されるのである。そして、このような特徴的な結晶配向のランダムさが得られたとき、リジングの発生は安定的に解消するのである。
【0016】
図1に、本発明で規定する範囲内の化学組成を有するFe−12%Cr−1%Ni鋼冷延焼鈍板の、表面を研摩エッチングした面について、EBSP(Electron Backscattering Pattern)により結晶方位の分析を行った結果の一例を示す。試料は、熱延板を1000℃で30分保持したのち水冷する焼入れ処理によって、ラス・マルテンサイトがほぼ100体積%の金属組織とした後、約73%の冷間圧延を施し、次いでAc1点より低い750℃で1分保持する熱処理を施すことによって再結晶フェライト相を生成させ、フェライト相が95体積%以上である組織としたものである。この試料は後述する表1の供試鋼A2であり、より詳しい製造工程は後述の実施例に示すとおりである。EBSP装置では、試料面に電子ビームを走査させることによって採取した結晶方位のデータに基づいて結晶方位のマッピングを行うことができる。例えば、採取データを画像処理することにより、試料表面に現れている結晶粒の結晶方位を結晶粒ごとに無段階に色分けして表示することができる。図1は、そのような色分け表示した画像をモノクロに複写した例である。
【0017】
図1の複写元であるカラー画像によると、定性的ではあるが、個々の結晶粒の結晶方位はランダムにばらついている傾向が読み取れた。
【0018】
また、別の画像処理により、隣接する結晶粒の境界(すなわち結晶粒界)を、境界両側の結晶方位の差に応じて色分けして表示することもできる。例えば、両側で15°以上の結晶方位差を有する結晶粒界とそうでない結晶粒界を色分けして表示することができる。図2は、図1に示される領域について結晶粒界を上記のように色分け表示した画像に基づき、その結晶粒界をトレースしたものである。
図2中、太線で示した部分は両側で15°以上の結晶方位差を有する結晶粒界、細線で示した部分は同15°未満の結晶粒界である。本明細書では、隣接する結晶粒の結晶方位差(結晶方位のずれ)が15°以上になる結晶粒界を「大角粒界」と呼んでいる。
【0019】
図2から、このFe−Cr系鋼の冷延焼鈍板においては、結晶粒界の大部分が大角粒界になっていることがわかる。後述のように、この材料はリジングの発生が認められなかった本発明例のものである。
【0020】
ここで、マルテンサイトの再結晶が耐リジング性の改善に有効である理由を簡単に述べる。マルテンサイト変態がK−Sの関係を満足して起こる場合、変態のバリアントは結晶学的に24通り存在することになる。マルテンサイト組織において、1つのオーステナイト結晶粒に由来する領域の中(すなわち旧オーステナイト粒内)には、パケットあるいはブロックと呼ばれる領域が存在する。隣り合うパケットあるいはブロックは通常異なるバリアントに属するため、その境界は大角粒界になると考えられる。つまり、「オーステナイト→マルテンサイト変態」によって、パケットあるいはブロックを単位とした結晶方位のランダム化が起きる。
【0021】
マルテンサイト相から再結晶フェライト相が生成するとき、すなわち「マルテンサイトの再結晶」が起きるときには、パケット境界あるいはブロック境界が再結晶フェライト相における粒界の起源となって、再結晶が進行するものと考えられる。つまり、再結晶の進行に伴って、通常、パケット境界あるいはブロック境界を起源とする粒界は移動するが、生じた個々の再結晶フェライト粒は、24通りのバリアントのいずれかをとるように結晶方位がランダム化された異なるパケットあるいはブロックに由来するものであると考えられる。このため、個々の再結晶フェライト粒の結晶方位もランダム化され、結果的にフェライト結晶粒界の大部分は大角粒界になるものと考えられる。なお、マルテンサイト相から再結晶フェライト相を生成させることによってフェライト相の結晶方位をランダム化するためには、オーステナイト相に逆変態しない温度域に鋼材を加熱する必要がある。本明細書では、以下、この加熱を「フェライト化熱処理」と呼ぶ。
【0022】
このように、本発明においては、焼入れ処理での「オーステナイト→マルテンサイト変態」とフェライト化熱処理での「マルテンサイトの再結晶」とを組み合わせる上記のメカニズムによって、再結晶フェライト組織の結晶配向を顕著にランダム化しているのである。
【0023】
なお、「焼入れ処理→冷間圧延→フェライト化熱処理」の工程(例えば図1,図2の場合)と、「焼入れ処理→フェライト化熱処理」の工程を比較すると、前者では集合組織の生じる傾向が若干見られる。しかし前者の場合でも、図2に示したとおり、現実に大角粒界が大部分を占める再結晶フェライト組織が得られていることから、焼入れ処理とフェライト化熱処理の間で冷間圧延を行った場合でも基本的に上記ランダム化のメカニズムは有効に機能しているものと考えられる。
【0024】
以下、本発明を特定する事項について説明する。
Cは、オーステナイト生成元素であり、Ac1点以上の温度から冷却する「焼入れ処理」時のマルテンサイト生成に寄与する。しかし、侵入型固溶元素であるため、過剰の含有はラス・マルテンサイトの硬度を著しく増大させ、冷間圧延を困難にする。また、本発明ではフェライト化熱処理においてマルテンサイト相からフェライト相を再結晶させなくてはならないが、Cは炭化物を形成してこの再結晶を抑制するように作用する。種々検討の結果、C含有量は0.03質量%以下に抑える必要があることがわかった。C含有量の特に好ましい範囲は0.001〜0.02質量%である。
【0025】
Siは、鋼の脱酸のために必要な元素である。しかし、過剰のSi含有は、硬度を著しく増大させ、冷間圧延を困難にするとともに、加工時の延性を低下させる。
そこで、Si含有量は2.0質量%以下に規定した。Si含有量の特に好ましい範囲は0.1〜0.7質量%である。
【0026】
P,Sは不純物であり、これらは加工性を著しし低下させる元素であるため低く抑える必要がある。本発明の鋼板においておいて、Pは0.04質量%以下に、Sは0.01質量%以下に制限する必要がある。
【0027】
Crは、鋼板の耐食性を確保するために必須の元素であり、8.0質量%以上添加する必要がある。しかし、Crはフェライト生成元素であるため、過剰に添加すると本発明において必要な焼入れ後のマルテンサイト組織が得られない。このため、Crの上限は20.0質量%に制限される。
【0028】
Nは、Cと同様オーステナイト生成元素であり、マルテンサイト生成に寄与する反面、侵入型固溶元素であるため過剰の含有はマルテンサイトを硬化させ、冷間圧延を困難にする。このため、N含有量の上限は0.05質量%とした。N含有量の特に好ましい範囲は0.001〜0.02%である。
【0029】
Alは、鋼の脱酸目的で添加することができる。しかし、過剰な含有は鋼板の加工性を低下させる。このため、Al含有量の上限は0.5%とした。
【0030】
Tiも、Si,Alと同様、鋼の脱酸目的で添加することができる。しかし、Tiは安定な炭化物を形成し、マルテンサイトの再結晶を抑制するように作用する。このため、Tiを添加する場合には0.5質量%以下の範囲で行う必要がある。
【0031】
Ni,Mn,Cuは、いずれもオーステナイト生成元素である。本発明では焼入れ処理後にマルテンサイト組織を得るためにこれらの元素を含有させる必要がある。
しかし、これらの元素の過剰な含有はオーステナイトを安定化しMf点を低下させるため、焼入れ処理後に十分な量のマルテンサイト相を得ることが困難となる。これらの点を考慮して、本発明ではNi:0.01〜5%,Mn:1.0超え〜5%,Cu:0.01〜5%を含有させる。なお、Mnは、Ni,Cuに比べオーステナイト生成能が低いため、マルテンサイト相を得る目的のために添加する本発明の場合には1%を超える量の含有を必要とする。
【0032】
Bは、Fe−Cr系鋼の焼入れ性を向上させる元素であり、焼入れ後にマルテンサイト主体の組織を得るのに寄与する。この作用を十分に発揮させるには0.001質量%以上のBを添加することが望ましい。しかし、0.05質量%以上添加してもその効果は飽和する。したがって、Bを添加する場合は0.05質量%以下の範囲とし、特に0.001〜0.05質量%の範囲とすることが望ましい。
【0033】
本発明のFe−Cr系鋼板は、フェライト相が95体積%以上である組織を呈するものである。すなわち、マトリクスがフェライト相で、その中に、炭化物等の析出物や介在物、あるいはオーステナイト相やマルテンサイト相が最大で合計5体積%まで含まれてもよいことを意味する。
【0034】
また、そのフェライト相が95体積%以上である組織である金属組織は、以下のような状態で結晶配向がランダム化していることを特徴とする。すなわち、鋼板表面に平行な断面の金属組織観察において、隣接する結晶粒の結晶方位差が15°以上である大角粒界が結晶粒界長さの50%以上を占めること。前述のように、リジングの主たる発生要因は、結晶方位の近いフェライト結晶粒の集団(コロニー)が鋼板内に存在する点にあると考えられる。隣接する2つの結晶粒の結晶方位差が15°以上あるとき、少なくともこれらの結晶粒は同一のコロニーを形成するものではない。また、そのような大角粒界が、鋼板表面に平行な断面の金属組織観察において全結晶粒界長さの50%以上を占めるような状態の金属組織では、粗大なコロニーの存在は極めて考えにくい。したがって、このようなフェライト組織を呈するFe−Cr系鋼板は、加工時にリジングの発生が顕著に抑止されるのである。
【0035】
Fe−Cr系鋼板がこのような金属組織を呈するか否かは、先に例示したEBSP分析によって同定することが可能である。
【0036】
フェライト結晶粒はあまり粗大化することなく、微細な状態であることが望ましい。例えば、JIS G 0552に規定されるフェライト結晶粒度で、粒度番号5〜10の範囲とすることが望ましい。
【0037】
このような金属組織は、前述のように、焼入れ処理での「オーステナイト→マルテンサイト変態」およびフェライト化熱処理での「マルテンサイトの再結晶」の組み合わせによって得られるものである。したがって、フェライト化熱処理に供する鋼板には一定量以上のマルテンサイト相が存在していなくてはならない。発明者らの検討の結果、少なくとも80体積%以上のマルテンサイト相の存在が必要であることがわかった。フェライト化熱処理の前に冷間圧延する場合であっても同様である。ここで、マルテンサイト相の残部は主としてフェライト相であるが、マルテンサイト相が100%(マルテンサイト単相)の組織であっても構わない。
【0038】
焼入れ処理は、基本的に焼入れ処理後に80体積%以上のマルテンサイト相を有する組織が得られれば種々の条件が採用できる。本発明で規定する成分組成の鋼では、Ac1点以上での保持温度は概ね800〜1150℃、保持時間は20〜60分程度が好ましい。冷却速度は0.01℃/sec以上とすべきであり、0.02℃/sec以上とすることが好ましい。また、このような冷却速度でMf点以下まで冷却することが好ましい。
【0039】
焼入れ処理とフェライト化熱処理の間で冷間圧延を行う場合、その冷間圧延率を高くすると、フェライト化熱処理において集合組織が生じる傾向が認められるようになる。しかし、集合組織の傾向が認められても、隣接結晶粒どうしの結晶方位差が15°以上である大角粒界の割合が50%以上確保される限り、非常に優れた耐リジング性は維持される。したがって、フェライト化熱処理の前に行う冷間圧延の圧延率は、結果的に大角粒界の割合が50%以上となる範囲内で許容される。推奨される冷間圧延率の上限は約80%である。
【0040】
フェライト化熱処理は、Ac1点以下の温度で行う必要がある。それより高温にするとマルテンサイトがオーステナイトに逆変態してしまう。この熱処理では、鋼板中に存在するマルテンサイト相をほぼ全量再結晶させ、フェライト相を生成させる。再結晶過程では炭化物の析出も伴うが、基本的には「マルテンサイトの再結晶」を完了させフェライト組織を得ることが目的である。したがって、この熱処理の条件は、「マルテンサイトの再結晶」を完了させることのできる条件であって、工業的に実施可能であれば、種々の温度・時間の組み合わせを採用することができる。例えば、焼入れままの熱延鋼板であれば650〜800℃×0.3〜24時間の条件が採用でき、焼入れ後に冷間圧延した鋼板であれば再結晶しやすいため600〜800℃×0.2〜720分の条件が採用できる。
【0041】
本発明の耐リジング性に優れたFe−Cr系鋼板の製造プロセスとしては、大きく次の2通りが考えられる。
▲1▼溶製→(熱間鍛造)→熱間圧延→焼入れ処理→冷間圧延→フェライト化熱処理
▲2▼溶製→(熱間鍛造)→熱間圧延→焼入れ処理→フェライト化熱処理→冷間圧延→焼きなまし処理
このうち、溶製および(熱間鍛造)・熱間圧延については、一般的な公知の手法が採用でき、本発明で特に規定されるものではない。焼入れ処理,フェライト化熱処理および▲1▼のプロセスにおける冷間圧延ついては、上で説明したとおりである。
【0042】
上記▲2▼のプロセスでは、フェライト化熱処理の後に冷間圧延と焼きなましを行うものである。上工程の「焼入れ処理→フェライト化熱処理」によって得られた再結晶フェライト組織は十分にランダム化されているため、その後に冷間圧延および焼きなまし処理を施した鋼板においても、大角粒界の割合が50%以上となるランダム化された再結晶フェライト組織を得ることができ、非常に優れた耐リジング性が付与される。この場合の冷間圧延率は20〜80%程度が好ましい。また、焼きなましは700〜800℃×0.5〜10分の範囲で行うことが好ましい。
【0043】
【実施例】
表1に、供試鋼の化学成分値(質量%)を示す。A1〜A6は本発明で規定する範囲の化学組成を有する発明対象鋼、B1は比較鋼、B2はSUS430に相当する従来鋼である。いずれの鋼も真空溶解炉にて溶製して約30kgの鋳塊とし、これらを鍛造し、さらに通常の方法で熱間圧延して板厚3.0mmの熱延板とした。
【0044】
【表1】
Figure 0004545335
【0045】
図3には(a)(b)の2通りの試料作製工程を示してある。
工程(a)は、表1のすべての鋼について実施した。この工程は「焼入れ処理→冷間圧延→フェライト化熱処理」の順序で再結晶フェライト組織を得るものである。焼入れ処理での冷却は「水冷」とし、冷却速度は約30℃/secである。表1のいずれの供試鋼もAc1点は950℃以下にあるため、焼入れ処理の1000℃はAc1点以上の温度である。また、フェライト化熱処理の700℃はAc1点以下の温度である。
工程(b)は、供試鋼A2について実施した。この工程は「焼入れ処理→フェライト化熱処理」の順序で再結晶フェライト組織を得て、その後、冷間圧延および焼きなまし処理を行うこのである。焼入れ処理の条件は工程(a)と同じである。
【0046】
なお、工程(a)(b)でも鋼組成によってはマルテンサイト主体の組織が得られないことがある。マルテンサイト主体の組織が得られない熱処理は厳密には「焼入れ処理」とは言えず、また、その場合はフェライト相主体の組織になっているので、その後の熱処理を「フェライト化熱処理」と呼ぶのも厳密には適切でない。
しかし、ここでは発明例の場合との対比という意味で、便宜上工程(a)(b)のそれぞれで「焼入れ処理」,「フェライト化熱処理」という用語を使っている。
【0047】
各供試鋼とも、焼入れ処理後の鋼板(熱延板)について、マルテンサイト量の測定を行った。また、フェライト化熱処理後(工程(a))または焼きなまし処理後(工程(b))の鋼板について、結晶粒界に占める大角粒界割合の測定および耐リジング性試験を実施した。
【0048】
焼入れ処理後の鋼板についてのマルテンサイト量の測定は、L断面を研摩し、フッ硝酸でエッチングしたのち光学顕微鏡による金属組織観察によってポイントカウント法で行った。
結晶粒界に占める大角粒界の割合の測定は、硝酸水溶液で電解酸洗した板厚0.8mmの鋼板について、表面を電解研摩したのち、その表面に現れている結晶粒の結晶方位をEBSP装置を用いて分析し、前記図1・図2の例で説明したように、両側で15°以上の結晶方位差を有する結晶粒界(大角粒界)を識別して、その存在割合を画像処理を用いて算出する方法によって行った。
耐リジング性試験は、硝酸水溶液で電解酸洗した板厚0.8mmの鋼板から冷間圧延方向が引張方向になるように図6に示す形状の引張試験片を切り出し、この試験片を用いて20%の引張歪みを付与する引張試験を行い、20%引張後の試験片の表面性状を目視にて観察する方法で行った。引張方向に縞模様(リジング)が認められたものを×、認められなかったものを○と評価した。
表2に結果を示す。
【0049】
【表2】
Figure 0004545335
【0050】
表2からわかるように、本発明で規定する化学組成を有し、両側で15°以上の結晶方位差を有する大角粒界の割合が50%以上であるようにランダム化されたフェライト組織を呈する実験No.(1)〜(7)の発明例の鋼板は、いずれもリジングの発生は全く認められなかった。また、これらの耐リジング性に優れた鋼板は、焼入れ処理により80体積%以上のマルテンサイト相を含む金属組織とし、その後にAc1点以下の温度に加熱して前記マルテンサイト相からフェライト相を生成させるフェライト化熱処理を施すことによって安定して得られることが確認された。
【0051】
一方、実験No.(8)(9)の比較例は化学組成が本発明規定範囲にないために、いずれも焼入れ処理でマルテンサイト主体の金属組織を得ることができなかったものである。これらは、フェライト化熱処理を施しても結晶粒界における大角粒界の割合が50%以上にならず、リジングが発生した。
【0052】
図4,図5には、参考のために耐リジング性試験後の引張試験片の表面外観写真を示しておく。図4は本発明例である供試鋼A2の実験No.(2)の例、図5は比較例である供試鋼B2(SUS430)の実験No.(9)の例である。前者ではリジングの発生は全く認められないのに対し、後者では引張方向に平行に著しい縞模様(リジング)が見られる。
【0053】
【発明の効果】
本発明によれば、安定して優れた耐リジング性を呈するFe−Cr系鋼板を新たな金属組織的観点から特定することができた。また、その金属組織状態は、「オーステナイト→マルテンサイト変態」および「マルテンサイトの再結晶」の2つの現象を組み合わせることによって作り出せることが明らかになった。このような現象の組み合わせを実現するには、特殊な鋳造方法や熱間圧延方法を採用する必要はなく、通常の鋼板製造設備において実施が可能である。したがって本発明は、耐リジング性を付与するための製造コスト増が低く抑えられる点、および、安定して非常に優れた耐リジング性を呈する鋼板が提供できる点において、従来の耐リジング性改善手段よりも有利な特長を有するものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】 Fe−12%Cr−1%Ni鋼冷延焼鈍板の表面を研摩エッチングした面に現れている結晶粒の結晶方位をEBSP(Electron Backscattering Pattern)分析により結晶粒ごとに無段階に色分けして表示させたカラー画像を、モノクロに複写した図である。
【図2】図1に示される結晶粒界について、両側の結晶方位差が15°以上である結晶粒界(大角粒界)の部分を太線で表示した図である。
【図3】試料製造工程を表す図である。
【図4】耐リジング性試験後の本発明例の引張試験片平行部付近の表面外観を示す図面代用写真である。
【図5】耐リジング性試験後の比較例の引張試験片平行部付近の表面外観を示す図面代用写真である。
【図6】引張試験片の形状を示す図である。

Claims (7)

  1. 質量%で、C:0.03%以下,Si:2.0%以下,P:0.04%以下,S:0.01%以下,Cr:8.0〜20.0%,N:0.05%以下,Al:0.5%以下,Ti:0(無添加)〜0.3%,B:0(無添加)〜0.05%,Ni:0.01〜5%,Mn:1.0超え〜5%,Cu:0.01〜5%,残部がFeおよび不可避的不純物の化学組成を有し、フェライト相が95体積%以上である組織を呈し、鋼板表面に平行な断面の金属組織観察において、隣接する結晶粒の結晶方位差が15°以上である大角粒界が結晶粒界長さの50%以上を占める耐リジング性に優れたFe−Cr系鋼板。
  2. B含有量が0.001〜0.05%である請求項1に記載の鋼板。
  3. 熱延鋼板を、Ac1点以上の温度から冷却速度0.01℃/sec以上でMf点以下まで冷却して80体積%以上のマルテンサイト相を含む金属組織とし、冷間圧延し、次いでAc1点以下の温度域に加熱することにより前記マルテンサイト相から再結晶フェライト相を生成させてフェライト相が95体積%以上である組織とする、請求項1または2に記載の耐リジング性に優れたFe−Cr系鋼板の製造法。
  4. 熱延鋼板を、Ac1点以上の温度から冷却速度0.01℃/sec以上でMf点以下まで冷却して80体積%以上のマルテンサイト相を含む金属組織とし、次いでAc1点以下の温度域に加熱することにより前記マルテンサイト相から再結晶フェライト相を生成させてフェライト相が95体積%以上である組織とし、冷間圧延し、その後Ac1点以下の温度域に加熱して焼きなましする、請求項1または2に記載の耐リジング性に優れたFe−Cr系鋼板の製造法。
  5. 質量%で、C:0.05%以下,Si:2.0%以下,P:0.04%以下,S:0.01%以下,Cr:8.0〜20.0%,N:0.05%以下,Al:0.5%以下,Ti:0(無添加)〜0.3%,B:0(無添加)〜0.05%,Ni:0.01〜5%,Mn:1.0超え〜5%,Cu:0.01〜5%,残部がFeおよび不可避的不純物の化学組成を有する鋼板について、(i)Ac1点以上の温度からMf点以下まで冷却することによりマルテンサイト変態を起こす処理、およびその後に、(ii)Ac1点以下の温度域に加熱することにより前記マルテンサイト相から再結晶フェライト相を生成させる処理を施し、(i)の処理で起きるオーステナイト→マルテンサイト変態および(ii)の処理で起きるマルテンサイトの再結晶の組み合わせによって再結晶フェライト相の結晶方位をランダム化し、隣接する結晶粒の結晶方位差が15°以上である大角粒界が、鋼板表面に平行な断面における結晶粒界長さの50%以上を占める、フェライト相が95体積%以上である組織を得る、耐リジング性に優れたFe−Cr系鋼板の製造法。
  6. (i)の処理と(ii)の処理の間で冷間圧延を施す、請求項5に記載の製造法。
  7. 鋼板のB含有量が0.001〜0.05%である請求項5または6に記載の製造法。
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