JP4516210B2 - ワクチンに使用する弱毒化細菌 - Google Patents
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Description
本発明は、ワクチンに使用できる弱毒化細菌に関するものである。
【0002】
(発明の背景)
ワクチン接種の背後にある原理は、宿主の中に免疫反応を誘発し、病原体の攻撃から保護する方法を提供することにある。当該保護は、当該病原体の生きた弱毒化菌株、即ち、菌力の強い病原体が病気を引き起こすことのないように、菌力を低下させた菌株を接種することにより、これを達成することができる。
【0003】
元来、2種類の方法の中いずれかの方法を使用して、細菌及びウィルスの生きた弱毒化菌株が選ばれてきた。突然変異誘発性の化学物質を使用してこれらの微生物を処理するか、或いはこれらの微生物を生体外で繰り返し継代させることにより、突然変異種を創ることも行われてきた。しかし、これらいずれかの方法による場合は、弱毒化機構がはっきりしない弱毒化菌株が得られることになる。弱毒化により単一の(容易に逆戻りできる)突然変異が起こる場合もあれば多重突然変異が起こる場合もあるので、これらの菌株が野性種の菌株に戻ってしまう可能性もあり、そのキャラクタリゼーションは特に困難である。さらに、多重突然変異を起こさせると最適な免疫原性を有する菌株を得ることは困難になるので、多重菌株を病原体に対して保護する何らかの措置が必要と考えられる。
【0004】
近代的な遺伝技術を使用することにより、安定な弱毒化欠失を創りだせる遺伝的に明確に定義された弱毒化細菌株の構築が今や可能となった。この種の技術を使用して、サルモネラ菌のサイト指向型突然変異体が多数創りだされた(2,4,5,9,12,16,17,18)。aro(例えばaroA、aroC、aroD及びaroE)遺伝子、pur遺伝子、htrA遺伝子、ompR遺伝子、ompF遺伝子、ompC遺伝子、galE遺伝子、cya遺伝子、crp遺伝子及びphoP遺伝子を含む多数の遺伝子において、突然変異が弱毒化に使用できることが報告されている。
【0005】
今ではサルモネラaroAの突然変異体はそのキャラクタリゼーションが充分に行われ、いくつかの動物種において、サルモネラ症の優れた生ワクチンとして効果を発揮することが示されている。さらに、菌力が再結合により逆転する可能性を低下させるために、aroA/purA 及びaroA/aroCのよな2種類の独立した遺伝子に対して突然変異が導入された。チフス菌(ヒト)及びサルモネラ デュブリン菌(ウシ)などのサルモネラ菌株を宿主に順応させ、同一の突然変異を起こさせることによっても、1回投与ワクチンの候補が数多く創りだされ、臨床(8, 11)及び実地試験(10)において成功を収めてきた。
【0006】
Chatfieldら(1991, 参考文献21)は、ompC遺伝子及びompF遺伝子の両方に安定な突然変異を宿したネズミチフス菌株について述べている。BALB/cマウスに経口投与した場合、50%致死投与量(LD50)が約1,000倍になるまで当該菌株は弱毒化された。しかし、静脈投与によるLD50値は約10倍になったに過ぎない。このことは、細菌が経口ルートで感染する能力において、ポリンが重要な働きをしていることを示している。
【0007】
ompC遺伝子及びompF遺伝子の発現はompRにより調節されている。Pickardら(1994, 参考文献13)は、チフス菌 Ty2コスミド バンクから採取したompBオペロン(ompR遺伝子及びenvZ遺伝子で構成されている)をクローン化し、DNA配列分析によりキャラクタリゼーションを行った結果について述べている。当該DNA配列のデータを使用して、ompR遺伝子の開放読取枠内に明確な517 bp欠失を発生するに適した抑制サイトが確認された。
この欠失は、すでにaroC及びaroD両遺伝子の中に明確な欠失を宿している2種類のチフス菌株の染色体中へ同族再結合させて導入されたものである。外部膜試料を調べた結果、チフス菌のompR突然変異体は、ompC及びompFポリン発現量の著しい減少を示した。ompR-envZの2成分調節システムが、チフス菌中のVi多糖合成の調節において重要な役割を演じていることも分かった。
【0008】
動物実験において、弱毒化したネズミチフス菌をベヒクルとして使用し、免疫システムに異種抗原を導入した(3,6,15)。これによりヒトに使用し得る多価ワクチンを開発できる可能性が高まった(7)。
【0009】
(発明の要約)
本発明は、aroC遺伝子、ompF遺伝子及びompC遺伝子において非可逆的突然変異を起こさせることにより、弱毒化した細菌を提供するものである。本発明は、当該細菌を含むワクチンを提供するものでもある。
【0010】
aroC/ompF/ompCの遺伝子組合せを突然変異させることにより、優れた性質を有するワクチンが得られるものと信じられている。例えば、aroC/ompF/ompCの組合せ遺伝子は、aroC/ompRの遺伝子組合せと比べて、下記の理由で優れているものと信じられている。
【0011】
1.ompR遺伝子を突然変異させると、ompRがompF及びompC以外の多数の遺伝子を調節することができるので、ompF/ompCの組合せを突然変異させた場合より高レベルの弱毒化を起こすことができる。このことは、生体内で細菌が生存するために重要である。従って、ompF/ompCの組合せにより、細菌がワクチンを接種した宿主の中で、より長い時間、より高濃度で生存することができ、その結果その効力を長時間持続することができる。
【0012】
ompRの突然変異にはompRに免疫原性に重要な抗原発現性を調節する能力があるので、ompF/ompC の組合せ突然変異と比較して免疫原性を低下させることができる。
【0013】
(発明の詳細な説明)
(本発明に有用な細菌)
本発明のワクチンを製造するために使用する細菌は、一般に経口ルートで感染する細菌類である。当該細菌として、真核性細胞又はコロニー或いはその両者の粘膜表面から侵入して成長する細菌類を使用することができる。当該細菌は、通常グラム陰性菌である。
【0014】
当該細菌はジェネラ エシェリキア菌、サルモネラ菌、ビブリオ菌、ヘモフィリス菌、ナイセリア菌、エルジニア菌、ボルデテラ菌又はブルセラ菌からこれを選択することができる。これら細菌類の例として、大腸菌(ヒトに下痢を引き起こす);ネズミチフス菌(いくつかの動物種にサルモネラ症を引き起こす);チフス菌(ヒトに腸チフスを引き起こす);ゲルトネル菌(ヒトに食中毒を引き起こす);ブタコレラ菌(ブタにサルモネラ症を引き起こす);サルモネラ ドゥブリン菌(Salmonella dublin:ウシ、特に新生ウシに全身病及び下痢症を引き起こす);インフルエンザ菌(髄膜炎を引き起こす);淋菌(淋病を引き起こす);エンテロコリチカ菌(ヒトに胃腸炎から致命的な敗血症に至る一連の病気を引き起こす);百日咳菌(百日咳を引き起こす);及びブルセラ流産菌(ウシに流産及び不妊を引き起こし、ヒトに波状熱として知られる状態を引き起こす)などがある。
【0015】
本発明において、大腸菌及びサルモネラ菌の菌株は特に有用である。それら自体がサルモネラ菌の感染を予防するワクチンであると同時に、弱毒化サルモネラ菌は、他の微生物からを経口ルートを経由して免疫系へ導入される異種起源抗原の担体としても使用することができる。サルモネラ菌は強力な免疫原であり、全身及び局部細胞反応及び抗体反応を刺激することができる。生体内でサルモネラ菌の中に異種起源抗原の発現の動因となるシステムが存在することが良く知られており、例えばnirB及びhtrAプロモータが生体内における抗原発現の有効な動因であることが知られている。
【0016】
本発明は、これをエンテロトキシン性大腸菌(ETEC) に適用することができる。ETECは下痢を引き起こす大腸菌の一種である。ETECは近位小腸に転移増殖する。標準的なETEC菌株はATCC H10407である。
【0017】
旅行者が起こす下痢の中で、最も頻繁な単一原因がETECの感染であり、開発途上国を訪れる旅行者の中で300-900万人の人達がETECに感染している。この病気が流行している地域において、ETECの感染は幼児及び小さな子供の脱水性下痢症の重要な原因となっており、1年間に世界中で5歳未満の子供が800,000人も死んでいる。開発途上国において、臨床病に結びつくETECの感染例は、年齢とともに減少し、次第にETECの感染に対して免疫ができることを示している。これと対照的に、これら地方病の地域を訪れる免疫の無い工業化諸国の大人達は、ETECにより非常に感染され易い。しかし、これら地方病の地域に長期間滞在し、或いはこれらの地域を繰り返し訪問すると、ETECへの感染し易さは低下する。このことは、弱毒化した生きたETECのワクチンを接種することにより、感染が抑えられることを示しているものと考えられる。
【0018】
本発明者らは、非毒素発生菌株であるE1392/75/2A と呼ばれるETECについて試験を行うこととした。E1392/75/2Aは毒性の突然変異体から毒素遺伝子の欠失により自然発生した菌株である。ヒトの研究において、E1392/75/2Aの生ワクチンを経口摂取することにより、異血清型の毒素発現ETECの攻撃に対して75%の保護率が得られた。しかし、約15%のワクチン摂取者は当該ワクチンの副作用として下痢を経験した。当該菌株は、本発明によりさらに弱毒化を達成し、当該副作用を減少させない限り、有力なワクチンとししてこれを使用することはできない。
【0019】
Seq Id No.1は大腸菌aroC遺伝子の配列を示し、Seq Id No.3は大腸菌ompC遺伝子の配列を示し、Seq Id. No.5は大腸菌ompF遺伝子の配列を示している。
【0020】
(その他の突然変異)
その他にも一種類以上の突然変異を本発明の細菌中に導入して、aroC、0mpC及びompF中における突然変異以外の突然変異を含む菌株を発生させることができる。かかる突然変異としては(i)遺伝子中におけるaroC、ompC及びompF以外の弱毒化突然変異、(ii)プラスミド(例えば、異種起源の抗原を発現しているプラスミド)を維持する細胞のために生体内選択を提供する突然変異、又は(iii) 毒素遺伝子の発現を防ぐ突然変異などがある。
【0021】
さらにその他の弱毒化突然変異として、すでに弱毒化していることが知られている突然変異がある。かかる突然変異には、aro遺伝子(例えばaroA、aroD及びaroE)、pur、htrA、ompR、galE、cya、crp、phoP及びsurA中で起こる突然変異などがある(例えば2,4,5,9,12,13,16,17及び18参照)。
【0022】
プラスミド維持のための選択を提供する突然変異は、細菌の生存にとって必須の遺伝子を突然変異させることにより行われる。必須遺伝子を乗せたプラスミドを次に当該細菌に導入し、細胞だけが生存できるようにする。当該プラスミドが例えば細菌により発現される異種起源の抗原を含んでいる場合に、この方法は有用であろう。
【0023】
細菌を使用して調製したワクチンを摂取したために副作用が起こる場合があり、これを減らす目的で、毒素遺伝子の発現を防ぐような突然変異を起こさせることができる。例えば、ETECなどの大腸菌株によるワクチンを摂取した場合には、熱に不安定な毒素(LT)遺伝子又は熱に安定な毒素(ST)遺伝子を、これらが発現されないように突然変異させることが好ましいであろう。
【0024】
(突然変異の性格)
細菌性ワクチンの中へ導入された突然変異により、通常、遺伝子機能は完全にノックアウトされる。遺伝子からのポリペプチド合成機能を完全に無効化するか、又は非機能ポリペプチド合成機能を与えるような突然変異を起こさせることにより、これを達成することができる。ポリペプチド合成の機能を無効化するには、遺伝子全体か又はその5'端を欠失させることができる。遺伝子のコード化配列内の欠失又は挿入により、非機能ポリペプチド(例えば野性型タンパク質のN-末端配列のみを含むポリペプチド)のみを合成する遺伝子を創ることができる。
【0025】
当該突然変異は非可逆性突然変異である。これらの突然変異は、当該細菌をワクチンに使用した場合に、本質的に野性型へ逆戻りしない突然変異である。かかる突然変異には、挿入及び欠失などが含まれる。挿入及び欠失部分のサイズはできるだけ大きい方が好ましく、通常は少なくとも10個のヌクレオチド(例えば10−600個のヌクレオチド)が挿入又は欠失される。できれば、全コード化配列が欠失されることが好ましい。
【0026】
ワクチンに使用する細菌は、はっきりした(即ち明確にキャラクタリゼーションされた)突然変異のみを含むことが好ましい。キャラクタリゼーションされていない突然変異は細菌に好ましくない副作用の原因となるような性質を与える危険性があるので、ゲノム中にキャラクタリゼーションされていない突然変異を含むような細菌をワクチンに使用することが好ましくないことは明らかである。
【0027】
弱毒化突然変異は、本技術に精通した人達に良く知られた方法(参考文献14参照)により、これを導入することができる。適切な方法として、野性型の遺伝子のDNA配列をベクター、例えばプラスミドの中へクローン化し、当該クローン化DNA配列の中へ選択可能なマーカーを挿入し、又はDNA配列の一部を欠失させて、これを不活性化する方法などがある。欠失は、例えば制限酵素を使用してコード化配列の中又はそのすぐ外側でDNA配列を切断し、残った配列の2端を互いに結紮することにより、これを導入することができる。不活性化DNAを乗せたプラスミドは、電気穿孔及び接合など既知の方法により、これを細菌に形質移入することができる。次に、適切な選択を行うことにより、不活性化DNA配列を細菌の染色体に再結合し、これにより野性型のDNA配列が同族再結合により非機能化された突然変異体を突き止めることができる。
【0028】
(異種起源抗原の発現)
本発明の弱毒化細菌の遺伝子を操作し、当該弱毒化細菌が異種起源抗原の担体として作用するように、野性型細菌によっては発現されない抗原(「異種起源抗原」)を当該弱毒化細菌の中に発現させることができる。当該抗原として他の微生物の抗原を使用すれば、当該ワクチンが他の微生物に対しても保護効果を発揮できる。このようにして、有毒な弱毒化細菌の親細菌に対して免疫を与えるだけでなく、その他微生物に対しても免疫を与える多価ワクチンを造ることができる。さらに、当該弱毒化細菌を遺伝子操作して、2つ以上の異種起源抗原を発現させることもできる。この場合は、当該異種起源抗原は同じ微生物のものであっても、又は異なる微生物のものであっても良い。
【0029】
当該異種起源抗原は、決定基を含むタンパク質の全体であっても又はその一部であっても良い。当該抗原は他の細菌、ウィルス、酵母菌又は真菌のものであっても良い。特に、当該抗原配列は大腸菌(例えばETEC);破傷風菌;A型、B型、C型肝炎ウィルス;2型又は14型ヒト ライノウィルス;単純疱疹ウィルス;2型又は3型ポリオウィルス;口蹄疫ウィルス;インフルエンザウィルス;コクサーキーウィルス又はクラミジア トラコーマ菌由来のものであることが望ましい。有用な抗原としては、大腸菌熱変化性毒素の無毒成分、大腸菌K88抗原、ETEC転移増殖因子抗原、百日咳菌由来のP.69タンパク質及び破傷風毒素フラグメントCなどが存在する。
【0030】
ETEC転移増殖因子及びその成分は、発現異種起源抗原の主要候補である。下痢性の病気を煽動するために、ETECの病原性菌株は腸に転移増殖し、エンテロトキシン(腸毒素)を造りだすことができなければならない。腸粘膜に付着するために必要な多くのETEC転移増殖因子(CF)菌株が確認されている。ほぼ全ての場合において、CFが細菌の外面上に房状に発現する。数多くのCFが見いだされているが、その中で最も一般的なものがCFAI、CFAII(CS1、CS2、CS3を含む)及びCFAIV(CS4、CS5、CS6を含む)である。
【0031】
ETEC用のワクチンは、一連の転移増殖因子抗原に対して保護を与え、これにより種々の異なる菌株から保護されることを保証できるのが理想である。1種類の菌株に複数の転移増殖因子を発現させることにより、この目的を達成することができるものと考えられる。これに代わる方法として、それぞれ異なる転移増殖因子を有する一連の異なるETEC菌株に対して、同じ弱毒化を行うこともできよう。この方法には、かかる菌株の毒素を欠失する操作が含まれる。
【0032】
異種起源抗原をコード化するDNAは、生体内で活性を有するプロモータから発現する。サルモネラ菌の中で充分に作用することが示されている2種類のプロモータは、nirBプロモータ(19,20)及びhtrAプロモータ(20)である。ETEC転移増殖因子抗原を発現させるために、野性型のプロモータを使用することも可能であろう。
【0033】
異種起源抗原をコード化するDNAに操作可能な状態で結合したプロモータで構成されるDNAを構築し、従来の技術を使用して、これを弱毒化細菌に形質変換することができる。当該DNA構造を含む形質変換剤を、例えば当該構造上でマーカーをスクリーニングすることにより選択することができる。当該構造を含む細菌を生体外で増殖させ、これをワクチンに処方して宿主に接種することができる。
【0034】
(ワクチンの処方)
ワクチンは、既知の弱毒化細菌のワクチン処方技術を使用して、これを処方することができる。当該ワクチンは、例えば凍結乾燥法により調製したカプセル化を経口投与して接種することが望ましい。かかるカプセルは、例えばEudragate "S"(商品名)、Eudragate "L"(商品名)、酢酸セルロース、フタル酸セルロース又はヒドロキシメチル セルロースで構成される溶腸性被覆物でこれを調製することができる。これらのカプセルは、上記の方法で使用することもできるが、凍結乾燥した薬剤を懸濁液に調製し直してこれを投与することもできる。当該再調製は、当該細菌の生存に適したpHの緩衝液中でこれを行うことが望ましい。弱毒化細菌及びワクチンを胃腸管の酸性から保護するために、ワクチン投与前に重炭酸ナトリウム製剤を投与することが望ましい。或いは、当該ワクチンを非経口投与、鼻孔内投与又は筋肉内投与用として調製することもできる。
【0035】
当該ワクチンは、哺乳類宿主特にヒト宿主のワクチン接種に使用することができるが、動物宿主に接種することもできる。従って、本発明に基づいて調製した有効量のワクチンを投与することにより、微生物特に病原体による感染を防止することができる。使用する投与量は、最終的には担当医の判断によるものとするが、宿主のサイズ及び体重並びに処方するワクチンの種類など、種々の要因により変化する。しかし、経口投与を行う場合の投与量は、体重70 kgの大人(ヒト)の場合、1回の投与量として細菌107-1011個分が適当であると考えられる。
【0036】
(例)
本発明を説明するために、本節ではその例について説明する。
【0037】
(例1:本発明に基づく菌株の構築及びキャラクタリゼーション)
欠失の設計及びプラスミドpCVDΔAroC, pCVDΔOmpC及びpCVDΔOmpFの構築 標的遺伝子の開放読取枠全体を除去する欠失を設計した。テンプレートとして大腸菌のゲノム配列を使用し、標的の開放読取枠を縁取っている500 - 600個の塩基対フラグメントを増幅するようにPCRプライマを設計した(プライマ配列に関しては表1を参照のこと)。PCRによるオーバーラップ拡張接合法を使用し、2個の縁取り配列を融合させ、遺伝子全体を欠失させたPCR産物を創った(図1)。欠失サイト周辺の野性型配列及び欠失後に予想される配列を図2に示す。
【0038】
各遺伝子に対して、接合域の中へ2個の異なる制限サイトを導入した(下表2参照)。これらの制限サイトを、欠失クローンの同定に使用した。PCRフラグメントのいずれかの端にあるPCRプライマによりユニークな制限サイトを導入し、これをフラグメントのpCVD442多重クローン化サイト中へのクローン化に使用した(図3)。
【0039】
PCR産物はQiagen(商品名)ゲル抽出キットを使用してこれをゲル精製し、適切な制限酵素で消化してから、同じ酵素で消化し且つアルカリ性ホスファターゼで処理してベクターの自己結紮を防いだ自殺プラスミドpCVD442(22)に結紮した(図3)。当該結紮混合物をSY327λpir中で形質変換し、L-アンピシリン(100 μg/ml)プレート上に接種した。アンピシリン抵抗形質変換体のプラスミドを制限消化法によりスクリーニングし、欠失カセットの存在を調べた。その結果、下記プラスミドの発生が明らかになった。
pCVDΔAroC
pCVDΔOmpC
pCVDΔOmpF
【0040】
自殺(suicide)プラスミドpCVD442は、pir遺伝子を宿した細胞中でのみ複製することができる。これを非pir菌株の中へ導入すると、pCVD442の複製は不可能となり、当該プラスミドにより与えられたアンピシリン抵抗は、当該プラスミドが単一の同族再結合により染色体に統合された場合にのみこれを維持することができる。当該プラスミドもsacB遺伝子を有し、これがレバン スクラーゼをコード化する。当該レバン スクラーゼは蔗糖の存在下にグラム陰性菌に対して毒性を示す。この性質により、第二の再結合を行うクローンを選別することができ、第二の当該再結合で当該自殺プラスミドが切除される。当該細胞は蔗糖に対して抵抗力を示すが、アンピシリンに対しては敏感である。
【0041】
(ΔAroCΔOmpCΔOmpF菌株の構築及びキャラクタリゼーション)
本節においては、菌株の構築及びΔAroCΔOmpCΔOmpF菌株の歴史について順を追って説明する。本節において、「ETEC」とは、特に菌株E1392/75/2A及びその誘導体を指すものとする。
【0042】
先ず下記の順序で、ΔAroCΔOmpCΔOmpF欠失をE1392/75/2Aに導入した。ΔAroC→ΔAroCΔOmpC→ΔAroCΔOmpCΔOmpF
【0043】
(ETECΔAorCの構築)
1)元のミクロバンク保存菌から採取したE1392/75/2AをL-寒天上に植え付けた。
2)これらの細胞から、電気泳動易動度(electroporation)が可能な細胞を調製した。その中100 μlを凍結した。
3)Qiagen Qiafilter(商品名)ミディプレップを使用して、SY327pir細胞からpCVDΔAroCを精製した。エタノール沈殿により、当該プラスミドを約10倍に濃縮した。pCVDΔAroCの構築方法はすでに説明した通りである。
【0044】
4)濃縮プラスミド5μlを除氷細胞100 μlと混ぜ合わせて電気泳動易動度にかけた。形質変換物全体をL-アンピシリン プレート上に植付け(50 μg/ml)、37℃で一晩インキュベートした。
【0045】
5)アンピシリンに抵抗力を持つコロニーが一つだけ成長した。
【0046】
6)当該コロニーをL-アンピシリン プレート上に筋状に塗り(100 μg/ml)、37 ℃で一晩成長させた(「メロディプロイド プレート)。
【0047】
7)TT19及びTT20(aroC遺伝子に固有のプライマ)を使用したPCR及びメロディプロイド プレートから拾い上げたコロニーは、2本のバンドを増幅した。当該バンドのサイズは野性型及びΔaroC遺伝子のサイズに対応していた。当該プライマの配列を下表1に示す。
【0048】
8)メロディプロイド プレートから採取したコロニーを、a)L-アンピシリン ブロス(100 μg/ml)及びL-ブロス中で7時間かけ、完全に成長させた。L-アンピシリン上で成長したコロニーをミクロバンクに保存した。
【0049】
9)L-ブロスの培養組織を順次希釈し、下記の媒体上に接種した。
a)無塩L-寒天
b)無塩L-寒天+5%蔗糖
これらのプレートを30 ℃で一晩インキュベートした。
【0050】
10)コロニー計数値から、L-寒天+5%蔗糖よりL-寒天の方が、104個も多いコロニーを成長させたことが分かった。この事実から、蔗糖の選択が結果に影響したことが分かる。
【0051】
11)PCRにより蔗糖抵抗コロニーのスクリーニングを行い、ΔaroC遺伝子の有無を調べた。スクリーニング用に選択したコロニーを拾い上げてL-寒天プレートに接種し、37 ℃で一晩成長させた。当該プレートを4 ℃で保存して、その後の試験に供した。
【0052】
12)試験を行ったコロニーの50%に、ΔaroCだけが含まれていた。
【0053】
13)コロニーを下記プレート上に接種して試験を行った。
a)M-9最少媒体プレート
b)M-9最少媒体+アロミックス プレート
c)L-アンピシリン プレート(100 μg/ml)
ΔaroCコロニーは、アロミックスを含まないM-9最少媒体上、又はL-アンピシリン上では成長しないものと思われる。
アロミックスは、下記芳香族化合物の混合物である。
これらの化合物は野性型の細菌中で造られるが、aroC突然変異によりその合成が阻止される。
【0054】
14)M-9最少媒体において13/14個の推定ΔAroCコロニーが成長するためには、アロミックスの存在が必要であった。また、これら13/14個の推定ΔAroCコロニーはアンピシリンに対して敏感であった。
【0055】
15)3つのコロニー(1, 2, 3)について、プライマMGR169及びMGR170を使用するPCR法により、CS1主要ピリン タンパク質遺伝子の有無を試験した。3つのコロニー全てについて、期待通りのサイズ(700 bp)を有するPCR産物が得られた。当該プライマの配列を表1に示す。
【0056】
16)マスター プレートのスクリーニングにより得られたコロニー1,2及び3をL-寒天上に筋状に接種し、37 ℃で一晩成長させた。これらのプレートから採取した細胞をミクロバンク チューブに接種した。
【0057】
17)ミクロバンクに保存したコロニー1を使用して、さらに試験を進めた。
【0058】
18)永久保存を目的として、ミクロバンク トレーから採取したビーズ1個をL-ブロス1 ml中に接種し、37 ℃で振り混ぜながら4時間成長させて寒天スロープを調製し、これを凍結乾燥して保存した。E1392/75/2AΔAroCの凍結乾燥保存物をPTL004と命名した。残りの培養組織1 mlにL-ブロス20 mlを添加し、当該培養組織を30 ℃で一晩インキュベートした。3つの各冷凍容器に当該一晩培養組織1 mlずつを移し、液体チッ素中に保存した。
【0059】
(ETECΔAroCΔOmprの構築)
1)電気泳動易動度に使用するpCVDΔOmpCプラスミドDNAの調製
pCVPΔOmpCを宿したSY327λpirのコロニーを37 ℃で一晩、L-アンピシリン ブロス100 ml中で成長させた(100 μg/ml)。Qiagen Qiafilter(商品名)ミディプレップ2個を使用して、プラスミドDNAを精製した。DNAをさらにエタノール沈殿により濃縮した。pCVDΔOmpCの構築についてはすでに説明した。
【0060】
2)電気泳動易動度抵抗細胞の調製
前節ステップ17で調製したミクロバンク トレーから採取したETECΔAroC細胞を、L-寒天上に筋状塗布し、37 ℃で一晩成長させ、4 ℃で1週間以下の期間保存してから、電気泳動易動度抵抗細胞の調製を目的として培養組織に接種した。
【0061】
3)ETECΔAroC細胞を、濃縮pCVDΔOmpC DNA5μl及び単一L-アンピシリン プレート上だけで培養した各形質変換体(50 μg/ml)でエレクトロポレートし、37 ℃で一晩成長させた。
【0062】
4)17個の アンピシリン抵抗コロニー(推定ETECΔAroC/pCVDΔOmoCメロディプロイド)が得られた。
【0063】
5)これらのコロニーをマスター L-アンピシリン(100 μg/ml)プレート上にスポット塗布し、これをプライマTT7/TT8を含むPCR用のテンプレートとして使用した。当該マスター プレートは、室温で週末一杯かけて成長させた。当該プライマの配列を下表1に示す。
【0064】
6)1個のコロニー(#7)にΔompC遺伝子の存在が認められた。
【0065】
7)当該コロニーをL-ブロス中で5時間成長させた。
【0066】
8)当該L-ブロス培養組織を順次希釈して、下記媒体上に接種した。
a)無塩L-寒天
b)無塩L-寒天+5%蔗糖
これらのプレートを、30 ℃で一晩インキュベートした。
【0067】
9)コロニー計数値は、L-寒天+5%蔗糖に比べて104個も多いコロニーが、L-寒天上で成長したことを示している。この結果から、蔗糖の選択が有効であったことが分かる。
【0068】
10)45個の蔗糖抵抗コロニーについて、プライマTT7及びTT8を使用し、PCRによりΔompCの有無をスクリーニングした。9個のコロニーにΔompC遺伝子の存在が認められたが、その大部分は、ompC遺伝子をほんの微量含むだけであった。プライマの配列を下表1に示す。
【0069】
11)さらに推定ETECΔAroCΔOmpCコロニーについてキャラクタリゼーションを行うため、これらコロニーをL-ブロス1 ml中で5時間成長させ、下記プレート上に接種した。
a)L-寒天+100 μg/mlアンピシリン
b)L-寒天
c)L-寒天+5%蔗糖
ΔOmpCコロニーは、蔗糖抵抗性を有し、アンピシリンには敏感であるものと考えられた。
【0070】
12)ただ1つのコロニー(#1)だけが、アンピシリンに対して敏感で、蔗糖に対して抵抗性を有していた。
【0071】
13)コロニー1について、プライマTT19/TT20, TT7/TT8並びにMGR169及び170を含むPCR により、ΔaroC、ΔompC及びCS1遺伝子の有無をチェックした。当該プライマの配列を、下表1に示す。
【0072】
14)コロニー1からは、ΔaroC, ΔompC及びCS1遺伝子に関して、その期待サイズの産物はただ一つしか得られなかった。
【0073】
15)当該コロニーをミクロバンクに保存した。
【0074】
16)永久保存を目的として、当該ミクロバンクからビーズ1個を取り出し、これをL-ブロス1 ml中に接種し、37 ℃で振り混ぜながら4時間成長させ、これを使用して寒天スロープを調製し、これを凍結乾燥した。凍結乾燥保存したE1392/75/2AΔAroCΔOmpCを、PTL008と命名した。培養組織1 mlの残りにL-ブロス 20 mlを添加し、当該培養液を30℃で一晩インキュベートした。当該一晩培養組織各1 mlを3個の冷凍容器に移し、液体チッ素中で保存した。
【0075】
(ETECΔAroCΔOmpCΔOmpFの構築)
接合法により、pCVDΔOmpFをE1392/75/2AΔAroCΔOmpCに導入した。
【0076】
1)接合授与体細胞SM10λpirをpCVDΔOmpFで形質変換した。当該プラスミドpCVDΔOmpFの構築法についてはすでに説明した。
【0077】
2)ETECΔAroCΔOmpC細胞をSM10λpir/pCVDΔOmpF細胞に接合した。当該pCVD442プラスミドには、プラスミドがRP4転移遺伝子(例えばSM10λpir)を含む授与菌株から受容菌株への転移を可能にする転移源が含まれている。ETECΔaroCΔompC細胞及びpCVDΔompF組替体を宿している大腸菌株SM10λpirをL-寒天プレート上で約10 cm2の面積を覆うように筋状にクロス接種した。当該プレートを37 ℃で20時間インキュベートし、成長組織をL-ブロス4 mlで洗い流し、マクコンキー寒天(Difco社;ストレプトマイシン20 μg/ml及びアンピシリン300 μg/mlを含有)プレート上に当該懸濁液を塗布した。当該プレートを37 ℃で一晩インキュベートし、適切なオリゴヌクレオチドをプライマとして使用して、PCRにより得られたコロニーのメロディプロイディ(merodiploidy)をチェックした。
【0078】
3)推定ETECのトランス接合体をスクリーニングした。10個のコロニーをマクコンキー寒天プレートから拾い、これをL-アンピシリン(100 μg/ml)寒天上で一晩成長させた。プライマTT1/TT2を含むPCRによりΔompF遺伝子の存在をチェックした。当該プライマの配列を下表1に示す。
【0079】
4)当該コロニーをL-ブロス中で5時間成長させた。
【0080】
5)当該L-ブロス培養組織を順次希釈し、これを下記媒体上に植えつけた。
a)無塩L-寒天
b)無塩L-寒天+5%蔗糖
これらのプレートを、30 ℃で一晩インキュベートした。
【0081】
6)コロニーの計数結果から、L-寒天の場合には、L-寒天+5%蔗糖の場合より105個多いコロニーが成長したことが分かった。このことから、蔗糖の選択が効いていることが分かる。
【0082】
7)蔗糖抵抗コロニーについて、プライマとしてTT1/TT2を使用し、PCRによりΔompF遺伝子の有無をスクリーニングした。当該プライマの配列を下表1に示す。スクリーニングしたコロニーを、L-寒天上で一晩成長させた。47個のコロニーの中3個のコロニーにΔompF遺伝子の存在が認められた。野性型ompF遺伝子が存在する証拠は見いだされなかった。
【0083】
8)推定ETECΔAroCΔOmpCΔOmpFコロニーのキャラクタリゼーションをさらに行うために、これらコロニーを下記媒体上に接種した。
a)L-寒天+100 μg/mlアンピシリン
b)L-寒天
c)L-寒天+5%蔗糖
ΔOmpCコロニーは蔗糖抵抗性を有し、アンピシリンに対しては敏感であるものと考えられた。
【0084】
9)3つのΔompFコロニーは、全てアンピシリンに対しては敏感であり、蔗糖に対しては抵抗性を示した。
【0085】
10)当該コロニーをミクロバンクに保存し、その中の一つを選んでマスター ストックとした。
【0086】
11)永久保存する目的で、当該マスター ストックから採取したビーズ1個をL-ブロス1 mlに接種し、37 ℃で振り混ぜながら4時間成長させて寒天スロープを調製し、これを凍結乾燥保存組織として使用した。E1392/75/2AΔaroCΔompCΔompFの当該凍結乾燥保存組織をPTL003と命名した。培養組織1 mlの残りにL-ブロス20 mlを添加し、当該培養組織を30 ℃で一晩インキュベートした。当該一晩培養組織各1 mlを3個の凍結容器に移し、液体チッ素中で保存した。
【0087】
(E1392/75/2AΔAroCΔOmpCΔOmpFのキャラクタリゼーション)
1)成長の要件:
マスター ストック(前節ステップ10で調製)から採取した細胞を、L-寒天プレート上に筋状接種した。同時に、染色体DNAのサザン ブロット用試料として使用するために、L-ブロス8 mlを接種した。両プレート及び液状培養組織を37 ℃で一晩成長させた。
【0088】
成長プレートから採取した細胞を下記媒体上に筋状接種し、37 ℃で一晩成長させた。
【0089】
期待された通り、当該細胞はアンピシリンに対して敏感であった。当該細胞は蔗糖、ストレプトマイシン及びサルファチアゾールに対しては抵抗性を示した。しかし、最少媒体上で成長させるにはアロミックスが必要であった。
【0090】
2)PTL003のLPS分析
a)PTL003の凍結乾燥容器を壊して開けた。当該培養組織をL-ブロス中に再懸濁させ、成長用L-寒天媒体上に接種した。細胞の一部を掻き落とし、ミクロバンクに保存した。
b)さらに細胞を掻き落とし、そのLPSプロフィールを分析した。PTL003のLPSプロフィールと元のE1392/75/2A菌株の間には、目に見えるような差は存在しなかった。
【0091】
3)PCRによる欠失の確認
a)2a)で調製した細胞をプレートから採取し、これをL-寒天上に筋状に接種して一晩成長させた。
b)新しく成長させた細胞を、遺伝子aroC, htrA, ompC, ompF, ompRを縁取るプライマとともに使用してPCRを実施した。
c)PTL003には、aroC, ompC及びompF遺伝子中に欠失が存在するが、htrA又はompR中には存在しないことが分かった。
【0092】
4)PTL003外部膜タンパク質プロフィールの分析
菌株PTL010(E1392/75/2A)並びに欠失菌株PTL002及びPTL003から、外部膜タンパク質分画を調製した。単一のompF欠失を有する菌株及びaroC及びompC欠失の両方を有する菌株も分析した。菌株を低モル浸透圧濃度(無塩L-ブロス)及び高モル浸透圧濃度(無塩L-ブロス+15%蔗糖)の条件下で成長させた。OmpFタンパク質産物は、通常、低モル浸透圧濃度で発現し、OmpC産物は高モル浸透圧濃度で発現する。OmpC及びOmpFの両タンパク質は、類似の電気泳動易動度を有している。高モル浸透圧濃度及び低モル浸透圧濃度の両方において、菌株PTL003を野性型E1392/75/2A 菌株又はΔAroCΔOmpC又はΔOmpF欠失菌株と比較すると、前者はOmpC/OmpF領域のタンパク質を欠いていた。結果を図4に示す。
【0093】
5)CFA寒天上におけるCS1及びCS3ピリ(pili)の発現
欠失菌株中におけるCS1及びCS3ピリの発現について調べた。CFA寒天上、37 ℃で一晩成長させた等数(2A600nm単位)の細菌株PTL010, PTL001, PTL002及びPTL003をSDS PAGEにかけ、CS1又はCS3に対して単特異ポリクローン性抗体でウェスタン ブロットして分析した。CS1及びCS3ピリを4種類の菌株中に等しく発現させた(図5)。
【0094】
E1392/75/2AのCFAII陰性誘導体を構築して、これを比較対照として使用した。この操作は、ETEC菌株E1392/75-2A から採取したCSコード化プラスミドを特異熟成(specific curing)することにより行った。cooB遺伝子から採取したDNAの短フラグメントを、プライマとしてオリゴヌクレオチドCSA01 及びCSA02でPCRを使用して増幅し、PCR産物をクローン化する目的で設計されたpGEM-T Easy プラスミド ベクター(商品名;Promega社)の中へ結紮した。当該フラグメントを、SalI及びSphI制限酵素サイトの力でpCVD442の中へサブクローン化した。pCVD442-cooB誘導体を、SM10λpirから接合法によりETEC菌株E1392/75/2Aの中へ導入した。アンピシリン抵抗性トランス接合体は、pCVD442-cooB誘導体がcooB担持プラスミドと融合した結果生じた可能性が最も高い。次に当該トランス接合体を5%蔗糖を補ったL-寒天上で成長させ、pCVD442のsacB遺伝子欠失菌株を選別した。この結果得られたコロニーについて、CSA01及びCSA02をプライマとして使用し、PCRによりアンピシリン敏感性を試験した。E1392/75/2Aの3つのコロニーを正の比較対照としてこれらのPCRの中に加えた。PCRで産物を与えなかった2個の蔗糖抵抗性コロニーを5%蔗糖を補った新しいL-寒天上に筋状接種したところ、純粋な培養組織を得た。これらの培養組織を、次にL-ブロス中で、37 ℃で約16時間成長させ、-70 ℃でミクロバンクに保存した。アガロース ゲル電気泳動法により当該誘導体のプラスミド プロフィールを分析した結果、CS1コード化プラスミドの欠失が確認された。2種類の誘導体はCS1に関しては陰性であったが、依然としてCS3+であることが確認された。
【0095】
6)PTL003のサザン ブロット分析
欠失突然変異体の構造:ミクロバンク保存物から成長させた3種類の欠失突然変異体の培養組織から全DNAを抽出し、制限エンドヌクレアーゼEcoRVで消化し、当該消化DNAを脈動電場アガロース ゲル電気泳動にかけた。DNAをゲルからハイボンドN+(商品名)ナイロン膜上にブロットし、標準的な手順に従って適切なDNAプローブとハイブリッド化させた。結果(図6)は、当該突然変異体のハイブリッド化染色体DNAフラグメントが野性型より短いことを示している。この事実は、当該突然変異が欠失変異であることを意味している。
【0096】
(大腸菌株E1392/75-2A中に熱安定性(ST)及び熱不安定性(LT)毒素遺伝子が存在しないことの確認)
この理由により、大腸菌中のST及びLT-AB遺伝子をE1392/75-2A由来の全DNAに対するDNAプローブとして使用した。毒素の陽性ETEC菌株E1393/75由来の全DNAを正の比較対照とし、また試験室大腸菌株のJM109を負の比較対照として試験に含めた。できるだけ大量の信号を得るために、ハイブリッド化膜はHyperfilm-ECL(商品名)の下に1時間保持した。E1392/75-2Aから抽出したプラスミドDNAをテンプレートとし、オリゴヌクレオチドEST01及びEST02をSTに対するプライマとして、或いはLT-R1及びLT-03をLT-ABに対するプライマとしてPCRを行い、プローブを調製した。正の比較対照として使用した全DNAからは非常に強い信号が得られたにも拘らず、LT-AB又はSTプローブを使用した場合には、全DNAとハイブリッド化が行われたという明確な証拠は存在しなかった。
【0097】
(欠失突然変異体の染色体に由来するpCVD442配列が存在しないことの確認)
プラスミドpCVD442を標識化し、EcoRVで消化した欠失突然変異体PTL001, PTL002及びPTL003由来の全DNAにハイブリッド化させた。ETEC菌株E1392/75-2A由来の全DNAを比較対照として含めた。その結果、ハイブリッド化DNAフラグメントの複合パターンが得られた。しかし、野性型について得られたパターンと突然変異体について得られたパターンの間には、明瞭な差異が存在しなかった。この事実は、恐らく突然変異体ゲノム中に、pCVD442ヌクレオチドの残存配列が存在しないことを示している。ハイブリッド化フラグメントの複合パターンは、E1392/75-2A菌株及び突然変異体誘導体のプラスミドDNA成分とハイブリッド化したpCVD442プローブによる可能性が高い。
【0098】
(例2:腸毒素産生性大腸菌〔ΔaroC/ΔompC/ΔompF〕弱毒化ワクチン菌株のヒト ボランティア体内における安全性及び免疫付与能)
本試験は、腸毒素産生性大腸菌、即ち上記ΔaroC/ΔompC/ΔompF PTL003の弱毒化生ワクチン菌株の評価を目的として設計した。
【0099】
(ワクチン シード ロットの調製)
精製及び確認の目的で、当該細菌株をマクコンキー寒天上にプレート接種した。5つのコロニーを、ルリア ブロス200 mlを入れたフラスコに接種した。+37 ℃で8時間インキュベートした後、当該ブロス培養組織に30 mlの滅菌グリセリンを添加し、これをいくつかの容器に等分し(1容器当たり1 ml)、100個の当該容器を-70 ℃で凍結した。これら容器の内容物を、ワクチン菌株用のシード ロットとして使用した。
P.29
【0100】
ランダムに10個の容器を選別し、細菌類及び真菌類が含まれていないことをチェックして当該シード ロットの純度を確認した。さらに3個の容器について、培養ブロスを順次希釈して行く標準的なプレート計数法により、当該容器中の細菌数を測定した。
【0101】
(ワクチンの調製)
接種を行う前に、ワクチンを毎回新しく調製した。当該ワクチンの調製において、全ステップを安全キャビネットの中で実施した。接種を行う前日に、0.2 mlをルリア寒天プレート表面に滅菌綿棒で延ばし、細菌ローン(芝生)を調製した。同じ培養ブロスをマクコンキー及びルリア寒天プレート上に筋状接種して、その純度を調べた。培養中の干渉を避けるために、当該寒天プレートを干渉抵抗指示計付きの密閉容器に入れ、37 ℃で18時間インキュベートした。培養終了後、滅菌リン酸塩で緩衝した食塩水5 mlで当該細菌ローンを収穫し、当該懸濁液の光学濃度を測定した。次に、希望接種量に対応する当該懸濁液の適量(体積)を、重炭酸塩緩衝液30 mlを入れた単位接種用ボトルに入れ、ボランティアに投与した。さらに余分な当該ワクチンを調製して、これを試験室に保存した。ボランティアにワクチンを接種した直後に、標準的なコロニー計数法により、10倍希釈ワクチンについて各投与細菌の実数を検証した。
【0102】
ボランティアに投与したワクチン製剤と正確に同じ手順で調製してインキュベートしたローン培養組織について予備試験を行い、これにより細菌の希釈手順を確立した。懸濁液を調製し、順次希釈して試験を行うコロニー計数法により生存可能細菌数を数え、その結果と光学濃度との関係を求めた。細菌を正確に希釈し、ボランティアに所定のワクチン量を投与できるように、これらの予備試験結果に基づいて調製及び検証に関する標準手順を開発した。
【0103】
(緩衝液の調製)
試験には、重炭酸ナトリウムを含む緩衝水溶液を使用した。ワクチンの各投与量に対し、重炭酸ナトリウム2グラムを含む脱イオン水150 mlを調製し、これを濾過滅菌した。当該緩衝液30 mlを50 mlの滅菌容器に入れ、これらの容器に所要投与量のワクチン細菌を添加した。残った緩衝液120 mlを別の滅菌ボトルに入れた。ワクチン投与時に、ボランティアに先ず緩衝液120 mlを投与し、その1分後に、ワクチンを含む緩衝液30 mlを投与した。
【0104】
(ワクチン投与のスケジュール)
ワクチンの投与量を次第に増やして、ボランティアのグループに投与試験を実施した。第一のグループには約5 x 107個の細菌を、第二のグループには約5 x 109個の細菌を、第三のグループには約5 x 108個の細菌を投与した。
【0105】
当該ボランティアには、シプロフロキサチン500 mg BIDを、第4日目から3日間に亘って投与した。これらのボランティアは、血液検査及び化学スクリーニングを行うために、第6日目に放免した。また、抗体測定のために血清を採取してこれを保存した。
【0106】
第9日目及び第14日目に、ボランティアはフォローアップを行うために外来で病院を訪れた。この時、血液サンプルを採取して血清分析を行い、区間歴を調べた。ワクチン投与前並びに第9日及び第14日に、血液(各40 ml)を採取して合計3回の血清検査を行った。
【0107】
(試験室における分析手順)
ボランティアが入院している間、毎日最高2回まで糞便試料の培養を行った。定量培養を行うために、糞便の付いた綿棒をカリ−ブレア輸液媒体中に入れ、これを試験室に持ち帰り、そこで当該ワクチン菌株に対して選択した抗体を含むマクコンキー寒天上に直接接種した。当該ワクチン菌株固有の抗血清抗体を使用すると、最高5つのコロニーまで膠着することが分かった。定量培養を行うために、(毎日最初の試料だけについて)糞便試料を秤量し、10-4まで順次PBS中で10倍に希釈し、希釈液各100 μlを、抗菌剤を含むマクコンキー寒天上に広げた。疑いのあるコロニーについて、抗O血清で膠着して確認を行った。
【0108】
血清を採取して保存し、後でCFA II抗原に対する抗体をELISAにより分析し、ワクチン菌株に対する殺菌抗体の分析にこれを使用した。
【0109】
クエン酸塩の中へ採取した全血から、抹消血液単核細胞を分離し、これを洗浄した。RPMI培養媒体中において、これらの細胞を濃度107個/ml、37 ℃で48時間培養した。48時間後、凍結容器に上澄液を移して-20 ℃で凍結し、後に、ELISAによるCFA IIに対するIgG及びIgA抗体の分析に使用した。
【0110】
(結果)
6.8 x 107及び3.7 x 108 cfuいずれの投与量においても、症状は何も認められなかった。これより高い4.7 x 109の投与量においては、6人に1人のボランティアが下痢を、また6人に2人が軽度の胃痙攣を経験した。全ボランティアで、投与量5 x 109cfuにおいて、ワクチン投与後第1日目から、プロトコル通りワクチン投与後第4日目にシプロフロキサシン投与を開始するまで、細菌の流出が認められた。この事実は、腸の中でコロニー化が旨く進んでいることを示しており、従って良好な免疫反応が得られる可能性が高いことを物語っている。これより低い2水準の投与量においては、少なくとも1回、ワクチン投与後にワクチン菌株が全ボランティアから回収された。しかし、当該排泄の継続期間は、最高投与量における場合より短かった。
【0111】
本特許出願を行う時点において、本ワクチンが引き起こす免疫反応の分析方法は未だ完成されていなかった。
【0112】
しかし、第0日(ワクチン投与前)並びにワクチン投与後第7日及び第10日に最高量投与のボランティアから採取した血液をPBMNCで精製して得た培養組織の上澄液について、IgAの抗CFA II反応を調べた(図7参照)。精製CFA II抗体で被覆した分析プレート上の上澄液をELISAにより分析した。第7日及び第10日目のサンプルで観察されたOD値は、ワクチン投与前のサンプルのOD値より著しく高かった。この事実は、これらの時点で固有IgA反応が誘発されていることを示している。期待通り、当該反応は第7日にピークを示し、第10日には減少している。この現象は、プライムIgA分泌B-細胞が、血液から内蔵関連リンパ組織の粘膜エフェクタ サイトへ回帰する現象と一致している。
【0113】
(結論)
ETEC(ΔaroC/ΔompC/ΔompF)の弱毒化生菌株は、健康な大人のボランティアがこれに充分耐えることができ、ワクチンとして経口投与することにより、腸でコロニー化して旅行者を下痢症状から守る働きを有することが明らかになった。また、特有の粘膜免疫反応を引き出す効果があることも明らかになった。
【0114】
【図面の簡単な説明】
【図1】 上重ね延長PCR突然変異生成による接合法を使用して、標的遺伝子中に明確な欠失を構築するシステムを示している。
【図2】 欠失構築用の組替え及び選択後における標的遺伝子の期待配列を示している。
【図3】 欠失カセットがプラスミドpCVD442中へクローン化する様子を示している。
【図4】 ETEC菌株から低モル浸透圧濃度(無塩L-ブロス)及び高モル浸透圧濃度(無塩L-ブロス+15%蔗糖)の条件下で調製した外膜のSDS-PAGE分析結果を示している。M=標識;サンプル1=PTL010;サンプル2=PTL002;サンプル3=PTL003;サンプル4=ΔaroCΔompC;サンプル5=ΔompF
【図5】 CFA寒天上で成長させた欠失菌株中のCS1及びCS3の発現状況を示している。各菌株から等数の細胞を15% SDS-PAGEゲル上に負荷し、単一特異性の抗CS1又は抗CS3ポリクローン性抗体でウェスタン ブロットした。抗体特異性の比較対照は、CS1の主要ピリン タンパク質を発現したTG1細胞の全細胞リゼート、又はCS3の精製主要ピリン タンパク質であった。レーンM:レインボー低分子量標識;レーン1:pKK223を宿した誘発TG1細胞;レーン2:pKKcs1を宿した誘発TG1細胞;レーン3:CS1-ETEC菌株;レーン4:PTL010;レーン5:PTL001;レーン6:PTL002;レーン7:PTL003;レーン8:精製CS3主要ポリン タンパク質
【図6】 突然変異遺伝子座のサザン ブロットを示している。指示通りに野性型のETEC(E1392/75-2A), PTL001(htrA aroC), PTL002 (aroC ompR)及びPTL003 (aroC ompC ompF)から染色体DNAを抽出し、制限エンドヌクレアーゼ EcoRVで消化し、1%アガロースを通して脈動場をかけて電気泳動させた。DNAをゲルからHybond N+ ナイロン膜(Amersham社)上へブロットし、図に示したように、aroC, htrA, ompR, ompC又はompF遺伝子座から誘導したDNAプローブとハイブリッド化させた。バンド パターンは突然変異体遺伝子座(欠失)と一致した。
【図7】 本発明によるワクチンを投与したボランティア体内におけるIgA反応を示している。
【配列表】
Claims (9)
- aroC遺伝子、ompF遺伝子及びompC遺伝子のそれぞれにおける非可逆的ノックアウト突然変異により弱毒化した細菌であって、該細菌は、エンテロトキシン性大腸菌(ETEC)の菌株である、上記細菌。
- 各遺伝子中における突然変異が完全コード化配列を欠失した請求項1に記載の細菌。
- 異種起源の抗原を発現するように遺伝子操作された請求項1または2に記載の細菌。
- 当該抗原の発現がnirBプロモータ又はhtrAプロモータにより起こる請求項3に記載の細菌。
- 請求項1から4のいずれか一つに記載の細菌及び医薬品として受入可能な担体又は希釈剤で構成されるワクチン。
- ヒト又は動物の予防接種に使用するための請求項1から4のいずれか一つに記載の細菌。
- 下痢予防のためにヒト又は動物に接種するための請求項1に記載のエンテロトキシン性大腸菌細胞。
- ヒト又は動物に接種する薬剤を製造するための請求項1から4のいずれか一つに記載の細菌の使用。
- 請求項1から4のいずれか一つに記載の細菌を有効成分として含有する、哺乳類の宿主中において免疫反応を起こさせるための薬剤。
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