JP4467793B2 - 細胞の特定部位穿孔技術 - Google Patents

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Description

技術分野
本発明は、膜変性剤等を用いて細胞膜等の膜を部分的に処理することにより膜を穿孔する方法に関する。また、この方法を用いて作出した孔を持つ細胞等の膜構造体に関する。さらには膜変性効果を有する膜破壊部材に関する。
背景技術
遺伝子治療や、生物を利用した人工的な物質生産系等において、細胞内に核酸や蛋白質等の物質を導入する手法はきわめて重要である。逆に、細胞内から核等の組織を取り出す技術も近年重要視されており、クローン動物の作出等に利用されている。言い換えれば、生物を構成する基本単位である細胞に対して物質を注入したり取り出したりすることは生物工学の基本技術であると言える。
しかしながら、このような物質導入や取り出しの技法として効率的なものは限られている。
従来の物質導入技法を大別すると、
a)不特定の細胞群を対象にした導入手法
b)特定の細胞を対象とした導入手法
の2者に分けられる。
a)の技法としては、ウイルスベクター(レトロウイルスベクター等)を用いた導入法、非ウイルスベクター(リポフェクチン等)を用いた導入法、電気穿孔法、りん酸カルシウム法、パーティクルガン法等を例示することができる。またb)の技法としては、マイクロインジェクション法を例示することが出来る。[「遺伝子治療の基礎技術」,羊土社(1995)]
一般的にb)の技法は、卵細胞のような大型の細胞に対して用いられる場合が多い。この理由のひとつは、マイクロインジェクション法が微細ガラス管の剪断力を用いた細胞膜破壊を利用しているためで、細胞の大きさにより技術的限界が生じてくるものと考えられる。また、本技法は施術者の熟練を要する技法でもあり、自動化は困難である。また卵細胞以外の一般の細胞には細胞膜の柔軟性故にピペットが刺入できない場合も多い。
a)の技法は、不特定の細胞群に対して確率的に処理を加え、細胞群の一部が目的となる物質導入が導入されることを期待するものである。したがって、すべての細胞内に目的物質が導入されることは希である。また、目的物質が導入された細胞のみを分離する作業は、一般に困難であることが多い。
また、細胞内の組織を無傷のまま取り出すためには、精巧なマイクロマニピュレータが必要であり、上記のマイクロインジェション法と同様の問題が存在していた。
このように、細胞処理が医学・工学において日常的な技術となっている現在、細胞処理の再現性・精度の向上は非常に重要な課題である。例えば、生殖細胞の処理に際しては、卵細胞が体細胞に比較して各個体から非常に少数しか得られない貴重な遺伝資源であることを考慮すると、その処理の成功率が施術者の技量に左右されるという状況は工学的見地から大きな問題である。
また、上記の処理はいずれも、単細胞、遊走性細胞あるいはガン細胞のような生体からの単離・生体への再導入が可能な細胞に限られていた。したがって、神経細胞のように生体と不可分の細胞への改変処理は極めて困難なものであった。
上記に例示したもの以外にも、細胞の改変による技術発展の可能性はますます大きくなっている。以下に典型的な例を数例示す。
1)クローン生物の作成には卵細胞の膜を介して核または染色体遺伝子を注入する作業が必須であるが、成功率は非常に低い。
2)特定の細胞に磁性体を組み込んだ細胞を作製することができれば、細胞の位置を磁気的に制御することが可能となる。一般的には、磁性細菌由来の磁性体生成遺伝子を導入する手段が用いられており、成功例があるが、医療用途の細胞等においては人工的な磁性体を挿入した方が適する場合も多い。
3)マイクロマシン、例えば細胞レベルの微小手術機械を作製するためには、単なる物理的手段では細胞膜を切開するに足る切削出力が得られないことは容易に想像される。また、単なる化学反応による膜破壊では破壊制御の上で問題がある。
4)神経細胞の活動電位計測・電気刺激において、基礎研究用の電極を除く実用電極はいずれも細胞外での計測・刺激を行っていた。これは本来の神経活動に関わる電位閾値に比較して検出信号の微弱化/刺激入力の増大という、精度の向上を妨げる問題の原因となっていた。神経細胞内に電極を設置可能となれば、神経の本来の電位閾値に同等の計測・刺激が可能となることに加え、電極と神経の情報交換が一対一の精度で行うことが可能となる。
5)エネルギー変換工学分野において、人工光合成を目指し光起電力を持つ微小な光電変換素子の人工膜への配置の研究が行われている。これは充電変換素子による起電力を膜間電位発生に利用するものである。このような微小光電変換素子を細胞膜中/ミトコンドリア膜中に配置可能となれば、細胞代謝に必要なエネルギーを光で供給することが可能になる。すなわち、様々な細胞に植物のような光エネルギー利用能力を付加することが可能になるものと考えられる。
発明の開示
これら細胞処理の根本的な問題点は細胞膜の破壊を制御する技術の不備にある。単に細胞を破壊する用途であれば、種々の毒物が長期にわたって検討されている。しかしながら、細胞死を引き起こすことなく、部分的かつ一時的に細胞膜を破壊するという細胞工学上の要求に応えるものではなかった。また、微細ガラス管等を用いる物理的な剪断力利用した方法には限界があった。すなわち、本発明が解決しようとする課題は物理的剪断力以外の方法で生体膜の破壊を制御しながら穿孔する技術、すなわち膜の破壊制御技術を開発することである。
膜破壊技術は前述の通り様々なものがあるが、部位特異的に破壊させる技術は限られていた。マイクロインジェクション装置やマイクロマニピュレーターは部位特異的な膜破壊を伴う装置であるが、膜破壊や穿孔は、物理的剪断力に依存していた。すなわち、本発明が解決しようとするもうひとつの課題は物理的剪断力以外の方法で生体膜の破壊を制御しながら穿孔するための部材を作出することである。
生体膜の破壊を制御しながら穿孔するために必要なのは、破壊場所と破壊量の制御である。そこで本発明者らは、膜を対象に、いかなる手法を用いれば膜破壊の活性を制御しつつ膜の変性や穿孔が可能となるかに関して鋭意検討を加えた。
膜を一時的かつ部分的に変成/破壊する方法としては、リパーゼやプロテアーゼ等を用いる酵素的な破壊、ベータ線やレーザー光を用いる方法等も考えうるが、本発明者らは、物理的剪断以外の方法で細胞膜を破壊するための方法の一例として、リン脂質ラジカル連鎖過酸化反応に着目した。
一重項酸素やスーパーオキシドラジカルといった活性酸素は細胞膜の不飽和リン脂質を連鎖反応で過酸化する。それに対し細胞は膜中のラジカル捕獲剤であるα−tocopherol(ビタミンE)や、水溶性の抗酸化剤であるL−ascorbic acid(ビタミンC)、superoxide dismutase(SOD)等の酸化防衛機構を持ち、酸化に抵抗する。[”Free Radicals in Biology and Medicine”,Oxford university Press(1985)]。
このような連鎖酸化作用が酸化防衛能を越えると、リン脂質膜破壊は指数関数的に急速に進行し、細胞膜がイオン透過阻止能を失うため、細胞は代謝維持が不可能となる。この連鎖膜破壊が進行すると最終的に細胞は死滅する。
光により活性酸素を生成し、このような脂質連鎖過酸化反応のトリガーとなる分子は光増感剤(Photosensitizer,PS)と呼ばれる。一般的な光増感剤としては、ローズベンガル、ポルフィリン等が挙げられる。
このような光増感剤を膜変成剤として使用することで、膜の変成に際しては、目標となる最小限の細胞表面に部分的に短時間連鎖過酸化反応を起こすだけでよいことになり、しかも膜穿孔作業の際に過酸化反応により障害を受けた膜は、穿孔後に膜自身の流動性、また上記の抗酸化系により修復されることが期待される。
本発明者らは、神経系の培養細胞PC12の表面膜に光増感剤の一種であるターチオフェン(5’5”−bis(aminomethyl)−2,2’:5’,2”−terthiophene dihydrochloride)を塗布した。光増感剤は光照射により制御可能な膜変成剤である。膜抵抗の測定により、細胞全体へのレーザー光照射により活性化された光増感剤の作用で、膜抵抗、すなわち膜のイオン透過性が上昇することを解明した。また光量及び光増感剤の量を制御することで、光照射により引き起こされる膜抵抗変化は少なくとも
1)影響なし
2)抵抗減少後回復
3)抵抗消失
の3段階に制御可能であることを明らかにした。
さらに本発明者らは、特記すべき点として、膜のイオン透過性が破壊前の状態に回復する時間が好適条件下では30秒程度であることを見出した。
また、レーザー光により細胞の軸索部のみに光照射を行った場合も同様の膜抵抗変化が観測された。
さらに本発明者らは光増感剤を利用した細胞膜変成を、細胞への物質導入に応用可能であるか検討を行うため、マイクロインジェクション処理への適用を試みた。マイクロインジェクション処理に際しては水溶性蛍光染色試薬Lucifer Yellow CH(LY)を含むインジェクション液を調整し、LYをPC12細胞に注入可能であることをインジェクション成功の判定指標とした。また電動マニピュレーターによりインジェクション処理を自動化し、成功確率評価に及ぼす人為的な影響を極力排除した。
このようなインジェクション処理系において、インジェクション液中の光増感剤ターチオフェン(5’5”−bis(aminomethyl)−2,2’:5’,2”−terthiophene dihydrochloride)100μMの有無、および100W水銀ランプによる2分間の光照射処理の有無により、インジェクション成功確率がどのように変化するか測定を行った。
その結果、光増感剤含有インジェクション液を使用し光照射を実施した場合はインジェクション成功確率は約80%であった。その他対照例では同約0〜10%であった。このように膜変性を利用することにより、顕著なインジェクション成功率の改善が認められた。
更にインジェクション処理後の細胞のLY保持率を細胞生存率の指標として、光増感処理と通常処理の間での細胞生存率の比較を行った。光増感処理を行った細胞は3日〜6日生存率が約90%と、通常処理による同生存率が10%程度であった場合に比較して有為に高かった。
これらの結果はすなわち、物理的剪断力によるインジェクション技術に対し、細胞に及ぼす傷害を抑える手段として、膜変性を利用することの技術上の優位を明白に示すものである。
以上のことより、光増感剤と光との組み合わせを用いることによって、膜の好適な穿孔を実施しうることが示された。すなわち膜破壊の程度によって、細胞が死滅せずに膜が修復される条件を容易に見出しうるのである。当然、光増感材等の膜破壊材を支持体に塗布した膜破壊部材を作製し、この膜破壊部材と膜とを接触させることは容易に実施可能なことは言うまでもない。
例えば、膜変成剤を塗布したマイクロビーズを一例とする浮遊する膜破壊部材を利用し、レーザーピンセット等による操作によりこの膜破壊部材を細胞に接触させることも可能である。さらにはこのような接触状態において膜変成反応を開始させ、細胞内にこの膜破壊部材を入れることが可能である。膜変成剤自体がミセル等の膜構造体そのものであってもよい。
さらに本発明者らは、原子間力顕微鏡の走査プローブを電極化し、さらに光増感剤5’5”−bis(aminomethyl)−2,2’:5’,2”−terthiophene dihydrochlorideをその探針部に塗布した新しい部材を作製した。この光増感剤を塗布された部材が細胞膜内に挿入された場合には、膜内外の電極の間に細胞膜に起因する抵抗が観測される。原子間力顕微鏡の電極そのものが有する物理的剪断力のみでは細胞穿孔に足るだけの強度を有していないことから、新たに作製されたこの部材は、原子間力顕微鏡の電極機能と制御的膜破壊機能の両者を兼ね備えた部材として利用しうることを示した。既存の数多くの部材に光増感化合物等の塗布または固定を行うことにより、従来の機能に加えて制御的膜破壊機能を付与することも容易に行い得る。
すなわち、本発明は以下のものを含む。
(1)特定の刺激により膜変性反応が誘起される特定の化合物を含む薬剤を膜の一部または全部に接触させた後、該刺激を与えることにより該膜の特定の部位を変性または穿孔する方法。
(2)膜が細胞膜、細胞壁、生体膜または人工膜であることを特徴とする(1)に記載の方法。
(3)刺激を与える領域が薬剤を接触させる領域に含まれることを特徴とする(1)または(2)のいずれかに記載の方法。
(4)薬剤を接触させる領域が刺激を与える領域に含まれることを特徴とする(1)または(2)のいずれかに記載の方法。
(5)薬剤が支持体を用いて接触せしめられることを特徴とする(4)に記載の方法。
(6)特定の刺激が光であり、化合物が光増感化合物であることを特徴とする(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7)(1)〜(6)のいずれかの方法を用いて得られる、特定の部位が変性または穿孔された膜または該膜を含む膜構造体。
(8)膜が細胞膜、生体膜または人工膜であることを特徴とする(7)に記載の膜または該膜を含む膜構造体。
(9)膜構造体が細胞、ミセルまたはリポソームであることを特徴とする(7)または(8)のいずれかに記載の膜構造体。
(10)注入を目的とする化合物を含む薬剤とキャリアーとからなる複合体と、(7)〜(9)のいずれかに記載の構造体とを混合することにより構造体内部に該化合物を注入する方法。
(11)キャリアーが液体または固体であることを特徴とする(10)に記載の方法。
(12)物質が核酸または蛋白質であることを特徴とする(10)または(11)のいずれかに記載の方法。
(13)支持体と、この支持体の表面の少なくとも一部に形成した、物理的剪断力以外の膜変性力を有する膜変性反応促進部位とを含む、膜の特定の部位を変性または穿孔することを目的とする膜破壊部材。
(14)支持体が棒状、管状、針状、または球状であることを特徴とする(13)に記載の膜破壊部材。
(15)膜変性反応促進部位に膜変性反応を生じせしめる化合物が塗布または固定されていることを特徴とする(13)または(14)のいずれかに記載の膜破壊部材。
(16)膜変性反応が活性酸素種の直接・間接的な生成反応により開始される膜成分の連鎖的な過酸化反応を利用するものであることを特徴とする、(15)に記載の膜破壊部材。
(17)膜変性反応が、特定の刺激および反応前駆物質により誘起され膜の変性または破壊を生じせしめる反応を含む反応であることを特徴とする(15)または(16)のいずれかに記載の膜破壊部材。
(18)特定の刺激が光で、反応前駆物質が光増感化合物であることを特徴とする(17)に記載の膜破壊部材。
(19)膜の変性または破壊後、支持体が該膜を貫通し、貫通した該膜が該支持体と密着して接触することを特徴とする(13)〜(18)のいずれかに記載の膜破壊部材。
(20)膜が細胞膜、生体膜または人工膜であることを特徴とする(13)〜(19)のいずれかに記載の膜破壊部材。
膜を変性または穿孔するために用いられる化合物と刺激との組み合わせとしては、膜が完全に破壊されるのではなく、制御可能な状態で穿孔することが可能なものであれば、いかなる組み合わせを用いても構わない。用いうる刺激としては光を含む電磁波、放射線を含む粒子線、加熱、冷却、電気、磁気、超音波を含む振動、物理接触、化学物質の他、細胞を含む生物全般、ウイルス等を例示することができる。またこれらの刺激は単一の刺激として用いても構わないし、併用しても構わない。
膜を変性または穿孔するために用いられる化合物としては、膜変性や膜破壊に関与する酵素、抗体分子、膜結合蛋白質、糖脂質、脂質等を用いることも可能であるし、光増感剤であるポルフリン、ローズベンガル、メチレンブルー、アシッドレッド、αターチエニル等及びそれらの誘導体を用いることもできる。また、活性酸素種等の酸化剤、還元剤、ニトログリセリン・ピクリン酸等爆発性化合物、磁性微粒子・磁性流体、金属粒子・半導体粒子・絶縁体粒子・充電変換素子・圧電素子等も適宜用い得る。またこれらの化合物は単独に用いられても構わないし、併用して用いられても構わない。
変性や穿孔を目的とする膜は、充電変換素子や圧電素子を含む膜であってもよいし、動植物の細胞膜や細胞壁、生体膜、あるいは人工膜であっても構わない。生体膜としては、細胞壁を含む細胞外皮、細胞膜を含む細胞内膜、核膜、ウイルス膜、細胞質微小管、ミクロゾーム膜、ゴルジ装置膜、リソゾーム膜、膜胞体膜、液胞膜、ペルオキシゾーム膜、プラズチド膜、リボソーム膜、ミトコンドリア膜等を例示することができ、またこれらを組み合わせて再構成した膜であってもよい。人工膜としては、タンパク質膜、脂質膜、コラーゲン等高分子膜、金属膜、半導体膜、絶縁体膜、ポリアセチレン・ポリチオフェン等導電性高分子膜等を例示することができる。
膜破壊の方法としては、第一に、細胞膜に化合物を接触させ、接触領域の一部を刺激処理することにより化合物が膜に接触した領域より小さい範囲のみに変性/破壊を生じさせる方法を提供しうる。例えば、水溶性の光増感化合物溶液で処理した細胞に対し、微細スリットを通した光を照射することにより、照射を受けた部分の細胞膜のみを破壊、穿孔することが可能である。
第二に、細胞膜の一部に化合物を接触させ、それよりも大きい領域を刺激処理することにより、化合物が接触した領域のみに変性/破壊を生じさせる方法を提供する。例えば、シリコン結晶を細工することにより得られた微小な支持体の一部に光増感化合物を塗布しておき、顕微鏡下で、この光増感化合物を塗布した支持体の領域を細胞表面に接触させた後に光刺激を与えることにより、支持体が接触した領域のみが膜破壊を起こす。
膜破壊部材を構成要素となる支持体としては例えば、結晶体、C60等マクロ化合物、マイクロピペット、ガラス微小電極、パッチ電極、金属微小電極、ワイヤー、ひげ結晶、細胞を含む生物、磁性微粒子・磁性流体、金属粒子・半導体粒子・絶縁体粒子・充電変換素子・圧電素子、マイクロマシン等の微小構造物並びにそれらを複合化した物体を挙げることができる。
特定の刺激として光は好適に用いられ、これに対応する化合物として光増感化合物が好適である。一般的に色素は光増感化合物として用い得る。色素のうち、ポルフリン、ローズベンガル、メチレンブルー、アシドレッド、αターチエニル等及びその誘導体も好適に用い得る。
上記に例示した方法を適宜用いることにより、その一部が変性を受けたり穿孔されたりした膜を提供することができる。また、このような膜変性や穿孔を受けた膜を含む膜構造体として水晶振動子や電極基板上に固定化され、膜変性/穿孔によって膜の共振周波数・流動性・吸着性等物理的性質を変更可能な膜、あるいは気体/液体に接触し物質の透過性・透過部位を制御可能な膜等も挙げられるし、動植物の細胞膜や細胞壁、生体膜、あるいは人工膜等が膜変性/穿孔された膜であっても構わない。生体膜としては、細胞壁を含む細胞外皮、細胞膜を含む細胞内膜、核膜、ウイルス膜、細胞質微小管、ミクロゾーム膜、ゴルジ装置膜、リソゾーム膜、膜胞体膜、液胞膜、ペルオキシゾーム膜、プラズチド膜、リボソーム膜、ミトコンドリア膜等を例示することができ、またこれらを組み合わせて再構成した膜であってもよい。人工膜としては、磁性体を高密度で含む膜、タンパク質膜、脂質膜、コラーゲン等高分子膜、金属膜、半導体膜、絶縁体膜、ポリアセチレン・ポリチオフェン等導電性高分子膜等を例示することができる。
膜に変性や穿孔を受けた膜を含む構造体として、特定の数の穴が開いた細胞やミセルを例示することができる。細胞としては、動物、植物、微生物、生殖細胞、体細胞等が例示される。
注入を目的とする化合物は、通常の拡散では膜透過が困難な物質、人工的に膜透過を多量に行なう目的の物質等が挙げられ、具体的には核酸、蛋白質、脂質、膜構造体等を例示できる。
キャリアーとは、注入を目的とする物質を溶解したり懸濁したりすることが可能な気体、液体または固体のことで、例えば核酸を溶解した緩衝液等が例示できる。
膜破壊部材の形状は、膜の制御的破壊が可能なものであれば、目的に応じていかなる形状のものを用いても構わない。また、膜破壊部材は支持体と膜変性促進部位とを含むが、この膜変性促進部位は目的に応じて支持体の表面全体であっても構わないし、表面の一部であっても構わない。剣山状、球状、針状、棒状、管状等の形状、またはこれらの組み合わせ等、が提供可能である。例えば管状支持体としては、具体的にはピペット、チューブ、注射針等が例示しうる。球状支持体は、レーザーピンセット法により操作可能なビーズであっても構わない。
膜破壊部材を構成する支持体に膜変性反応を生じせしめる化合物を塗布したり固定したりする場合の塗布または固定の方法としては、溶媒蒸発乾燥、スパッタリング、真空蒸着、プラズマ重合、化学吸着、物理吸着、ラジカル重合、イオン重合等を例示することができる。むろん、支持体と化合物が中間物を介して間接的に結合していても構わない。
膜変性反応が活性酸素種の直接・間接的な生成反応により開始される膜成分の連鎖的な過酸化反応を利用するものである場合、生成反応の開始は光エネルギー供給、電気的エネルギー供給、化学的エネルギー供給等を用いて好適に実施しうる。詳しくは、光とは、波長180nm程度の深紫外領域から遠赤外領域の電磁波である。なおレーザー発振による光を用いても構わない。この場合の光増感化合物としても、上述の光増感化合物が好適である。
膜破壊部材を用いて膜変性または膜破壊を生じせしめた場合、貫通部の膜と膜破壊部材またはこれを構成する支持体とが密着して接触していると好適であることもある。すなわち、マイクロインジェクションやマイクロマニピュレーション等の操作が可能な、ポンプと接続されている管状構造を有する膜破壊部材の場合、細胞内外の物質輸送の際には貫通部の膜と膜破壊部材またはこれを構成する支持体とが密着して接触していると好適なのである。
位置制御装置により制御可能な膜破壊部材も細胞処理等の作業には好適に用いられる。位置制御装置としては、原子間力顕微鏡等の走査プローブ顕微鏡、レーザーピンセット、マイクロマニピュレーター等を例示することができる。具体的には、膜破壊部材を構成する支持体として原子間力顕微鏡走査プローブ、近接光走査顕微鏡走査プローブ等を使用することが可能である。
本発明は、さらに当業者が適宜簡明な応用を施すことにより、様々な分野における技術として利用されうる。以下にその一例を紹介する。
まず、膜体操作としては、細胞・ウイルスといった膜を持つ物体の操作の機能を有する操作体と、対象となる膜体との結合・接触能力を持つ結合体を膜変成/破壊剤に連結・あるいは併用することで、目的となる膜体に膜破壊/変成とそのほかの操作を行うことが可能である。操作体と結合体と膜変性/破壊剤の三者は、三者単独、あるいは一体が二者を兼ねることも可能である。この場合の対象になる膜はリポソーム・細胞膜・細胞内器官膜・ウイルス膜等であり、結合体はポリクローナル抗体・モノクローナル抗体・金属ビーズ・プラスチックビーズ・ウイルス・細胞・生物等が挙げられる。使用環境としては大気中、液中、生体中等を利用しうる。細胞・ウイルス操作としては変形・破壊・成長促進/抑制・形質転換・細胞死誘発・分裂/融合促進・擬集/解離促進・物質取込/排出促進等を例示できる。
細胞膜の一時的な穿孔による物質導入・取出技術としての応用も可能である。例えば、クローン生物の作成や遺伝子治療において、細胞への遺伝子注入は重要な作業である。
細胞融合に本発明を適用することも可能である。細胞融合処理にあたっては、ポリエチレングリコール等の化学物質やセンダイウイルス等のウイルスが利用されてきた本発明の膜変性反応を利用することにより、細胞融合を行うことも可能である。
さらには、細胞内に挿入した電極による細胞膜電位を利用した電池を作製することも可能である。マイクロマシンや体内医療機器において、動作動力源の確保は大きな問題である。膜破壊部材と電極とを用いて、細胞膜内外の電位を電力として使用することも可能となり、適宜細胞を電池とするシステムを構築可能である。細胞メスといった細胞レベルの超微小手術用ツールの作製に応用することもできる。手術手段として、各種メス等の様々な生体切開機器があるが、これらの機器は最小のものであっても組織を切開することまでしかできない。細胞以下のレベルの切開機器はこれまで存在しなかったが、本発明による膜破壊技術は細胞膜や核膜など細胞内の膜の切開に適用することが可能である。
また、遺伝子治療で用い得るドラッグデリバリーシステム(DDS)用薬剤含有ミセル・リポソームの部位特異的な破壊技術として、本発明を提供することができる。すなわち、薬剤の副作用を抑制しつつ、目的となる患部周辺で集中的に使用するためのDDS研究が進められているが、薬剤を入れたマイクロカプセルの破壊を、本発明の膜変成・破壊技術を適用することにより、効率的なDDSが可能である。
細胞内器官の操作にも本発明は適用されうる。すなわち、上記のマイクロマニピュレーターやマイクロインジェクション装置を用いることにより、細胞内のリソソームや核など、細胞内器官を操作が容易となり、ひいては効率のよい細胞処理が可能となる。詳しくは、生殖工学における卵細胞等操作(クローン作成等)を例示することができる。
さらに本発明は、平面・球面等の膜を対象にした機能性分子の配列作業と新規機能発現に利用することも可能である。生体膜においては、様々な機能を持った膜タンパクが膜中で流動しつつ単独で、あるいは適宜離合集散することによって膜面内及び膜内外の化学物質の代謝・電子の伝達等、多様な機能を発揮している。このような膜面内や膜外の移動機能単位の組み合わせによる機能発現はまさに微小化学プラントと呼べるものである。このような反応場としての生体膜の機能発現をモデルに、膜破壊/変成技術により、人工膜や生体膜への各機能単位の取込を制御することで生体機能分子や、圧電素子や充電変換素子や記憶素子等といった人工物も膜デバイスとして組み込み可能になれば、非常に自由度の高い反応システムを構築することが可能になる。
さらには、膜操作とデバイス追加による細胞機能拡張を行うこともできる。すなわち、本発明の膜穿孔技術を用いて細胞と人工的な機能体との融合によって既存の細胞に対して新たな機能を付与することが可能となる。例えば、磁性細菌由来の微小磁性体粒子を入れた白血球を作り、磁気的に白血球を患部に誘導すること挙げることができる。これはドラッグデリバリーではなく、セルデリバリーシステムと呼ぶことも可能な新しい技術である。
また、膜に光電変換素子を組み込むことで、細胞に光エネルギーを化学エネルギーに変換する植物細胞に特有な機能を持たせることも可能である。
さらに、神経細胞の信号入力・出力に、細胞膜に埋め込んだ充電変換素子を適用することにより、光情報処理型のコンピューターと直結して神経細胞を接続することも可能である。
また、マイクロマシンの医療用途への関心は大きい。このような医療用マイクロマシンは血管に入るほど小型である必要があり、動力源は制約を受けることになる。すなわち有線でのエネルギー供給は困難であり、一方マイクロマシンに搭載可能なエネルギーは微々たるものである。このためマイクロマシンによって細胞破壊や細胞改変等、細胞に影響を及ぼすには内蔵エネルギー源による物理的な手段では圧倒的に出力が不足することは明白である。膜破壊剤とその活性化はそのようなマイクロマシンによる細胞操作に必須の手段であるといえる。一例として、膜破壊としてポルフリン等の赤外線で活性化するような光増感剤を使用することにより、膜破壊に必要なエネルギーを体外から赤外線レーザー等により供給することが可能となる。
本発明はさらに、個々の神経に電極を接続し、電子情報機器と神経間で情報の授受を行う神経インターフェースの作成に対しても応用することができる。神経情報は一般的に細胞膜電位の変化、すなわち活動電位によって伝達される。この活動電位の発生、計測のための神経インターフェースと総称される、神経情報の入出力を行う神経―電子機器インターフェースが様々に検討されているが、電極と細胞の距離、及び集積度が問題となっている。基礎研究用途のガラス微小電極については細胞膜に刺入、あるいは吸着することで細胞膜電位を直接計測/操作可能であるものの、この電極は直径数ミリメートルのガラス管を加熱加工して作成するために、高密度集積は不可能であった。一方、半導体加工技術で集積化が容易な金属微小電極については細胞膜貫通能力に問題があり、非効率で部位特異性に問題のある細胞外での刺激・計測が行われてきた。本発明による膜穿孔技術と微小金属電極技術を組み合わせることで、細胞膜を穿孔し、細胞内に微小金属電極を設置する事が可能である。これはすなわち細胞と電極を一対一、あるいは細胞一つに電極を複数接続可能な理想的な神経インターフェースとなる。
本発明はまた、脳の基礎研究用途等、生体細胞機構解明に応用することが可能である。すなわち、脳機能解析には神経細胞の相互情報交流についての解析が必須であるが、現在、膜電位感受性色素を神経に負荷して、膜電位変化を吸光・蛍光変化として光学的計測によって神経活動を同時多点計測することが行われている。しかしながらこの場合、光学的に神経への入力を行うことは不可能であり、神経への入力と出力を充たすのは電気的な手段、すなわち電極に頼らざるを得ない。また、基板電極上に神経細胞を培養し、人工的にネットワークを形成させて神経の情報処理機構の解析、さらには神経細胞そのものを演算素子として応用する研究が行われている。この場合でも神経への信号入力がネックとなっている。基板上の電極は細胞外電極であり、神経細胞に活動電位発生閾値に達する刺激を与えるためには基盤上の神経集団を刺激し、個々の神経の受けた刺激の総和としてようやく活動電位を発生させうるという状態であった。個々の神経との情報交換を行う電極の集合化の鍵となるのは、電極の細胞レベルまでの小型化並びに個々の細胞に電極を接続する手段であり、半導体プロセス技術で小型化した微小金属電極と膜穿孔技術の併用による細胞内電極挿入は、この目的を充たすものである。
本発明はさらに、機能的電気刺激用等、侵襲計測型医療用電極の高集積・高精度化に利用することが可能である。リハビリテーション医学の一環として、神経・筋肉の機能回復のために金属電極を神経束に挿入し電気刺激を行う、機能的電気刺激と呼ばれる手法が用いられている。現在、電極は神経束内に数カ所配置されるに留まっており、神経刺激の部位特異性/精度の面では不十分である。膜穿孔技術と既存の電極集積化技術の複合化により神経と電極の一対一接合を行うことが可能であり、それにより、機能回復が必要な神経に対してのみ電気刺激を行うことが可能となる。
また本発明は、種々の人工臓器に神経からの信号を伝達する技術として応用することが可能である。体内に埋込まれた器官の制御手段は、生体の直接的な神経情報によらず、あくまでも間接的な制御に留まっている。一例としては人工尿道弁の制御が挙げられる。形状記憶合金により作成されたこの弁は、加熱により開き、通常体温では閉じる。問題なのは体外の加熱装置のスイッチにより弁の開閉が行われることにあり、本人の意志によって直接弁の開閉が制御されるわけではない。膜貫通電極を用いた神経インターフェースによって神経情報の安定・高精度な計測が可能になれば、このような弁をあたかも使用者本人の体の一部であるように制御可能になる。確かに尿道弁は、使用頻度は一日数回程度で操作も開閉という簡単な器官であり、体外のスイッチ操作による生活上の不便はさほどではないと思われる。しかし、より高度な内臓機能の代行を行うような人工器官を制御するには、自律神経等を制御信号源とすることが不可欠である。
本発明はさらに人体同様に制御可能な間接や感覚器官を備えた義手・義足等の接続・制御にも用い得る。現在、交通事故等による四肢切断後の機能補助のための動力義手・動力義足等の機器の性能向上が著しい。しかしながらその制御情報源は装着者の残存している筋電を利用するものがほとんどであり、本来の四肢の制御に要する情報量に比較すると圧倒的に少ない。また、義手・義足からの装着者側への感覚の伝達に至っては、義手装着部を介した物理的接触情報程度に限られている。そのため訓練によってそのような義手・義足の操作を習得しても、実際には大きな不便を強いられつつ使用するというのが現状である。この装着者と人工肢との間の情報授受経路が貧弱であることが、人工肢の性能向上を妨げる原因の一つとなっている。膜貫通電極を用いた神経インターフェースによって個々の神経情報の安定・高精度な計測が可能になれば、装着者の切断肢につながっていた神経にインターフェースを接合することでこれを人工肢の制御情報源、感覚信号入力端子として使用できる。すなわち、本来の体と変わらない運動性能・感覚器官を備えた人工肢を制御することが可能になる。
さらに本発明は、人工感覚器官(視覚・聴覚等)と生体との接続・制御に利用しうる。すでに、聴覚機能再建のために人工内耳がある。これは鼓膜−内耳の機能をマイクロホンと信号変換回路によって代行するもので、蝸牛器官に数十個の電極を設置して、聴覚神経を電気刺激し聴覚情報を脳に送信する。この機器が医療機器として成立した最大の理由は、聴覚神経が周波数帯に応じて整列している蝸牛器官にある。この器官は特例的に電極から神経に非常に情報を送りやすく、この人工内耳の電極技術を他の器官には適用不可能である。感覚器官の中でも、生体の情報源として特に重要な視覚の機能再建に必要な、直径1cmあたり100万本の神経軸索を含む視神経に接続するに足る電極系は一つの技術上の目標である。現在そのような高密度で集積可能な神経用電極は存在しないが、膜貫通電極を用いた神経インターフェースは視神経に対応した高密度集積化も可能である。既に光学機器は電荷結合素子(CCD)を用いた製品が安価に100万画素を実現しているため、このような光学情報入力機器を機能性義眼として用い、神経インターフェースを介して人体の側に視覚を提供することも可能である。
本発明は、さらに脳機能拡張にも応用しつる。情報処理装置としての脳は半導体マイクロプロセッサと比較して、省エネルギー、並列処理、等の利点を持つ反面、情報保持の不正確さ、学習の困難等の弱点を併せ持つ。脳の利点を生かしつつ、このような弱点を補強するために、神経インターフェースを介して既存の半導体デバイスを脳と連動併用することも可能である。
発明を実施するための最良の形態
以下実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[実施例1]神経系株化細胞PC12の培養
神経系株化細胞PC12細胞は、中枢神経のモデルとして用いられるラト副腎髄質由来の神経節類似細胞である。熱非働化した馬血清10%、牛胎児血清5%、L−グルタミン酸7.35mg/l、L−グルタミン2mMを含むNeuroBasal Medium(GIBCOBRL社製)(pH7.3)を用いてPC12細胞を95%CO下で培養した。
継代培養は、培地を細胞に吹き付け培養フラスコ壁面よりはがし、300g、5分の遠心分離により細胞を集めた後、底面積25cmの培養フラスコ(IWAKI Glass社製)内に1mlあたり1〜3×10cells/cmとなるように細胞をまき、2〜3日毎に培地交換することにより行った。
PC12細胞を神経様細胞に分化させる際にはマウス神経成長因子(Nerve Growth Factor,NGF)2.5Sを最終濃度50ng/mlとなるように培地に添加した。培地添加用NGF(Murine,2.5S)分散液調製法は以下の通りである。
1)リン酸緩衝食塩水(phosphate buffered saline,PBS;組成は、KHPO2.10g/l、NaCl90.00g/l、NaHPO・7HO7.26g/l、1N NaOH液でpH pH7.4に調整した。)
2)牛血清アルブミン(Bovine Serum Albumin,BSA)2mgを上記PBS1000μl(pH7.4に調整済)に分散し、分散液をポアサイズ0.22μmのフィルタを通し滅菌した。
3)この滅菌液100μlとNGF solution 100μg/ml(GIBCO BRL社市販品)を加え全量を200μlに調整し、これを8μlづつミニチューブに入れ、−20℃で凍結保存した。
このように分注したNGF液を培地に1000倍希釈となるように添加することにより、PC12細胞を分化させた。
PC12細胞はプラスチックボトルの壁面に弱く接着し、小さいクラスターを形成しながら生育した。神経化した細胞の培養にはコラーゲンコートディッシュ(IWAKI Glass社製)を使用した。
以下の電気生理実験には神経様細胞に分化開始後六日以上経過した細胞を使用した。
[実施例2]ビスアミノメチルターチオフェンの合成
使用した光増感剤はαターチエニル誘導体、5’5”−bis(aminomethyl)−2,2’:5’,2”−terthiophene(BAT)である。本化合物は六車により論文[J.Heterocyclic Chem.,33,1−6(1996)]に従って合成され、BAT二塩酸塩の状態で提供された。BAT二塩酸塩の構造式を図1に示した。
アミノメチル基を末端に持つチオフェンオリゴマーは末端アミノメチル基ゆえに同種の他の誘導体に比較して水溶性が高い。このアミノメチル基の解離状態によって水溶性は変化する。一方、本BATの場合は、酸性水溶液中では二価の正電荷を持ち容易に溶解するが、生体に適したpH領域(7.4付近)の水溶液中では、一価の正電荷を持ち水溶性の高さを維持しているもの及び、無電価になりコロイド状に凝集しやすいものが共存する性質を持つ。このpH条件下においてBAT分散液で細胞を灌流することで、この分子を細胞表面に容易に付加させることが可能となった。BAT分子の親水性は、αターチエニル誘導体をはじめとする他の修飾チオフェンオリゴマーに限らず、導電性高分子モノマーとして設計された他の分子には類のない新規な性質である。
[実施例3]光照射後の膜抵抗と膜電位の測定
細胞レベルでの微小な膜障害を、回復過程も含めて秒から数分のオーダーでモニタリングする必要があるため、電気生理実験の手法であるパッチクランプ法により細胞膜間電位、あるいは細胞膜を透過するイオン電流を測定した。
光増感剤BATはHEPES(25mM,pH7.4)緩衝液に分散した。マイクロピペットにより細胞近傍に局所的に添加するための分散液はBAT濃度2mM、灌流液全体に添加するための分散液はBAT濃度0.2mMに調整した。
細胞を2mlの電気生理実験用培地中、室温でインキュベートした。
この実験用に用いた培地は、最終的にNaOH添加によりpH7.4に調整した、NaCl,124mM;KCl,5mM;CaCl.2HO,2.4mM;MgSO・7HO,1.3mM;glucose10mMである。蒸発による影響を防ぐため、電気生理実験用培地は最長でも40分に一度はピペットにより交換した。
BATは最終濃度が49μMとなるように添加した。照射光量は0.47J/cm、0.94J/cm、1.57J/cmの3段階とした。
パッチ電極内液は以下の組成とした。(KCl132mM,NaCl,8mM,MgCl,2mM,HEPES30mM,NaATP4mM,GTP0.3mM,EGTA0.5mM,これを最終的にNaOH添加によりpH7.3に調整したもの)
励起光源は共焦点レーザー顕微鏡(confocal laser scanning microscope,CLSM)MRC−1000UV(BIO−RAD laboratories社製)を標準装備している50mW,363nmアルゴンイオンレーザーを使用した。顕微鏡フル画面(約470μm×680μm)の1/16(X軸、Y軸方向それぞれ1/4、117μm×170μm)を前述のレーザー光でスキャンする。このエリアに、パッチされたターゲット細胞全体が入るように設定した。レーザー光は50mWが100%出力である。スキャン速度により、照射時間は1/16,1/4,1/32秒から選択した。また、フィルタによる減光も使用した。ズーム機能を使用した場合は通常のエリアに比べ光を狭いエリアで集中してスキャンするため、単位面積あたりの光量はズーム倍率の二乗に比例して増加することになる。実際に細胞に励起光が届くまでにはコラーゲンコートディッシュのプラスチックを透過するため、実際には減光を考慮する必要がある。
また、励起光照射は電気生理記録と連動したTTL信号を光源に適宜送信し、光照射と電気的測定の同期をとった。
電気生理実験の開始にあたり、細胞膜電位は−80〜−60mVの間に維持されていた。パッチ電極の抵抗は3〜4MΩで、前述の電極内液を充填して用いた。
細胞膜電位測定用のアンプはAxopatch 1−D(Axon Instruments社製)を使用した。膜抵抗は350ミリ秒、1Hzの矩形波過分極電流を通電した際の膜電位変化より算出した。通電量(0.1または0.15nA)は通電による膜電位変化が30mVを越えないように選択した。なおこの実験条件下ではPC12細胞は活動電位を発生しなかった。測定された電位・電流の値をAxoscope ver.1.1ソフトウエア(Axon Instruments社製)により解析した。この結果を図9に示した。
図9において横軸は時間経過を示している(単位;秒)。縦軸は上段が光照射前の値を100%として規格化した場合の細胞膜抵抗(単位;%)を、下段が細胞膜電位(単位;mV)をそれぞれ示している。膜抵抗はイオン透過阻止能、膜電位は各種膜間イオン輸送系の活動による膜の能動的イオン輸送能及びイオン透過阻止能を反映している。
1.57J/cmの光照射量は、Aがもっとも弱く(0.47J/cm)Bが2番目に弱く(0.94J/cm)、Cがもっとも強い(1.57J/cm)。Aにおいては細胞膜抵抗・膜電位とも光照射後に若干の変動があるものの、大きな変化はなかった。Bにおいては、光照射後に数秒の誘導期間をおいて細胞膜抵抗減少・膜電位脱分極が生じた。また、この条件下では、30秒後に光照射前の抵抗・電位に回復することが観察された。これはすなわち膜がいったん破壊された後に生体反応により膜の修復がなされたものと考えられる。Cにおいては光照射後に数秒の誘導期間をおいて8秒程度で細胞膜抵抗・膜電位とも消失し、その後一定値をとった。これはすなわち膜がいったん破壊された後に修復反応がおこっていない、すなわち不可逆的な膜破壊が生じたものと考えられる。
[実施例4]微笑ガラスピペットによる標的細胞へのBATの吹き付け処理
マイクロマニピュレーターに保持された微小ガラスピペットにマイクロインジェクション装置を接続し、微小ガラスピペット内部に光増感剤BAT分散液(BAT濃度2mM、水溶媒)を充填した。このガラスピペット先端が、パッチ電極に接続され膜電位・膜抵抗を計測する細胞の近傍200μm以内になるように配置した。微小ガラスピペットを加圧することによりBAT分散液を放出し、目的となる細胞膜にBATを付着させた。レーザー光を実施例3と同様に照射したところ、細胞膜電位の脱分極が観察された。
[実施例5]部位特異的膜破壊を利用したマイクロインジェクション処理
膜破壊を利用した物質導入をマイクロインジェクション処理に適用した。
マイクロインジェクション処理の成否を判定するため、インジェション液に水溶性蛍光色素Lucifer Yellow CH(LY)を添加した。インジェクション処理後、蛍光顕微鏡によって細胞内にLY由来の黄色蛍光が観察された場合をインジェクション処理が成功したものと判定した。インジェクション液中の光増感剤BATの有無、およびBAT励起光照射の有無によって、細胞へのLYインジェクション成功率がどのように変化するか評価を行った。
LYはマイクロインジェクションに用いられる低毒性の蛍光色素であり、細胞分裂の際、娘細胞に移行する特徴がある[Cell&Tissue Res.,234,309−318(1983)]LYは水溶性が高く、拡散性に優れるため、神経系の細胞蛍光ラベル剤としても用いられる[Cell&Tissue Res.,254,561−571(1988)]。また、細胞間の液−液接合であるギャップ接合[「新生理学体系7発生・分化の生理学 第4章 細胞間連結の発生 I.電気的結合」、医学書院(1991)]を通じて、このギャップ接合で連結された細胞間を分単位で迅速に移行する特徴がある。使用したPC12細胞についても、同様のギャップ接合形成のマーカーとして用いられた報告がなされている[J.Neurosci.,14,3945−3957(1994)]。LYを注入された細胞は過大なLY励起光照射に対しては細胞死を引き起こす[Science,206,702−704(1979)]が、インジェクション液中のBATの有無、およびBAT励起光照射の有無によって、細胞へのインジェクション成功率がどのように変化するか、比較評価した。
通常、マイクロインジェクションを成功させる場合には、先端開口部の直径が数百ナノメートルであるガラス細管(キャピラリー)を高速で細胞に接触させ、物理的に、瞬時に細胞膜、あるいは核膜を貫通・穿孔する必要がある。実験においてはプログラム動作可能な電動マイクロマニピュレーター(Eppendorf社製、Micromanipulator5171)および電動インジェクター(Eppendorf社製、Transjector5246)を使用し、キピラリーの接触速度を任意の値に設定することが可能であった。また、インジェクション用キャピラリーは同装置用に市販された量産品(Eppendorf社製、FemtoTips)を用いた。電動マイクロマニピュレーターによりインジェクション作業が再現性よく自動化されたこと、また自作品に比較して形状の均一性が高い市販のキピラリーを使用したことから、インジェクション成功効率についての統計的処理を行うことが可能になった。なお、マイクロマニピュレーターは蛍光顕微鏡(オリンパス光学工業製、IX70蛍光顕微鏡仕様)に装備した。光増感剤の励起光源としては、同顕微鏡内蔵の落射蛍光光源である100W水銀ランプの光を紫外線励起フィルタセット(オリンパス光学工業製、U−MWUミラーユニット)で透過処理した紫外光を使用した。光照射面積は顕微鏡の蛍光光学系の絞りによって直径約100μmとした。また細胞内にLYが注入されたことを判定するためのLY励起光源としては、同じく100W水銀ランプの光を紫色光励起フィルタセット(オリンパス光学工業製、U−MWBVミラーユニット)で透過処理した紫色光を使用した。
このような系では、光増感剤BATがキャピラリーに接した直径0.5μmの領域に集中され、キャピラリーが接している領域以外については、BATは拡散によって速やかに希釈された。そのため、キャピラリー接触部ではBATによる光増感作用がインジェクション液のBAT濃度100μMに細胞に作用するBAT濃度としては、キピラリー接触部の濃度に比較するとその他の部位の濃度は無視できると思われる。
インジェクション作業に際しては、キャピラリー接触速度1000μms−1で細胞にキピラリーが刺入できるようにマニピュレーターの動作範囲を設定した上で、キャピラリーを7μms−1の低速度で動作させ、物理的に細胞膜を穿孔しないようにキャピラリーを細胞膜に接触させた。この条件で、BATによる光増感作用によって細胞のインジェクション成功効率がどのように変化するか比較を行った。
光増感剤BATは六車らにより合成・提供されたものを使用した。以下の試薬については市販品を使用した。
塩化ナトリウム(NaCl、キシダ科学製)、塩化カリウム(KCl、キシダ科学製)、リン酸水素二ナトリウム(NaHPO、和光純薬製)、リン酸二水素カリウム(KHPO、和光純薬製)、蛍光マーカー Lucifer Yellow CH,Lithium salt(LY、ex.428nm,em.536nm.Moleculer Probes社製)
インジェクション液の組成は以下の最終濃度になるように各成分を純水に溶解、調整した。(光増感剤 BAT100μM、HCl50μM、蛍光マーカー LY2mM、NaCl8g/l,KCl0.2g/l,NaHPO1.15g/l,KHPO0.2g/l)
なおBATを含まない対照処理用のインジェクション液も調整した。
インジェクション対象細胞には神経系株化細胞PC12を使用した。同細胞は理化学研究所細胞開発銀行より入手し、実施例1に従って培養された。なおインジェクション処理される細胞はφ35mmコラーゲンコート済ディッシュ(岩城硝子製)へ細胞密度90000cell/ディッシュで継代培養を行った。細胞は炭酸ガスインキュベーター(Forma Scientific社製)により気温摂氏37度、二酸化炭素5%、空気95%、湿度100%の環境下で培養された。
インジェクション処理に際しては、Hibernate A Media(Hib−A、Gibco BRL社製)[NeuroReport,7,1509−1512(1996)]にウマ血清(Gibco BRL社製)10%、ウシ胎児血清(三菱化学製、中標津牛準胎児血清)5%、L−グルタミン酸(Gibco BRL社製)7.35mg/l、L−グルタミン(Gibco BRL社製)2mMを添加した組成のインジェクション処理用Hib−A培地を用いた。なお、ウマ血清については56℃、30分の加熱により熱非働化処理したものを使用した。
以上の溶液調整には純水製造装置Biocel A10/Elix10(MILLIPORE社製)により精製された水を使用した。
インジェクション処理手順の概略を図10に示す。以下はその補足である。
1)インジェクション処理時には細胞が培養されたディッシュからNeuroBasal培地の全量3mlを除去し、ディッシュ上の細胞をPhosphate Buffered Saline,7.4Ca、Mg不含(PBS、GIBCO BRL社製)1mlを流すことによって洗浄した。このPBS全量を除去し、新たなPBS1mlで同様に洗浄を行った後、PBS全量を除去し、最終的にディッシュはインジェクション処理用Hib−A培地2mlによって充たされた。細胞はこのHib−A培地により維持された。
2)使用したマイクロマニピュレーター装置においては、インジェクション実行時にキピラリー先端部が細胞に刺入可能であるように、キピラリー先端がディッシュ面に最接近する限界位置(Z limit)を設定することが必要であった。このZ limit位置がディッシュ上の細胞核の位置と一致する様にマニピュレーターを設定した。
3)キピラリー位置をZ limitの上方30μmに変更し、その他の条件についてもプローチ速度入力値700μms−1(実効値1000μms−1)、インジェクション時間1.1s(実効値1.0s)に変更した。この条件下で10細胞以上に対し、成功率80%以上の確率で通常の物理的なマイクロインジェクション処理が可能となるようにZ limit位置を調整した。成功率が低い場合にはZ limit位置を再設定した。
4)キピラリー位置をZ limitの上方10μmに変更し、アプローチ速度入力値5μms−1に設定、インジェクション時間を124秒(実効値120秒)に変更した。
5)顕微鏡の落射蛍光光源をLY蛍先の観察に適した紫色光励起(U−MWBVミラーユニット)フィルタセットに切り替えて、インジェクターのClear機能(7000hPaをキャピラリー内のインジェクション液に加圧し、キピラリーの詰まりを除去する)により、LYのキピラリーからの放出を確認した。キャピラリーが詰まっていた場合は新しいキャピラリーに交換した。
6)インジェクション圧の設定はキャピラリ先端からLYが徐放される程度の圧力に設定した。なお、インジェクション処理においてキピラリー先端からLYの徐放が認められるために必要な圧力は、キャピラリー先端の状況によって10hPaから1000hPaと大きなばらつきがあったため、適宜圧力の補正を行った。このばらつきの原因は、キャピラリー先端への細胞膜片や微小なごみの付着にあった。キピラリー先端にこれらの付着物があった場合には、インジェクション液に同じ圧力を印加した場合であっても有効なインジェクション液の放出量が大きく変化したため、補正を行う必要があった。
7)顕微鏡視野において、細胞中心にキャピラリー先端が位置するように細胞とキャピラリーの位置を調整した。BATを励起するため、適宜、落射蛍光光源を紫外光励起(U−MWUミラーユニット)フィルタセットに切り替えて紫外光を照射した。また、励起用紫外光以外の光による影響を抑制するため、細胞観察用の透過光源は遮断した。
8)マニピュレーターのインジェクション処理スイッチを押した。キャピラリーが細胞に接し、その位置においてインジェクション液を設定時間、設定圧力で放出した後に、キャピラリーは元の位置に戻る、以上のプロセスが自動的に実行された。
9)インジェクション処理終了後、顕微鏡の落射蛍光光源のフィルタを紫外光用から紫色光用(U−MWBVミラーユニット)に切り替え、LY励起光を照射し、細胞がLY染色されているか確認した。死細胞にインジェクションを行った場合は速やかにLYが細胞膜から漏出して蛍光が消失するので、そのような細胞はデータから除いた。
10)細胞観察用の透過光源を再び開き、細胞を観察しつつ次の細胞にキピラリー先端位置を合わせる。
11)5)に戻り、繰り返しインジェクション処理を行った。
インジェクション処理後、ディッシュからインジェクション処理用Hib−A培地を除去し、PBS1mlによる2回の洗浄を行った後、培養用のNeuroBasal培地3mlに戻す。以降は通常の手順に従い培地交換を行う。
なお、インジェクション処理後のNeuroBasal培地には抗生物質ペニシリン・ストレプトマイシン混合物を添加し、カビやバクテリアによる細胞培地の汚染を防止した。
光増感機構によるマイクロインジェクションの成功確率を評価する際には、ピペット先端の物理的剪断力が寄与しない条件でインジェクションを行う必要があった。適切なインジェクション処理のためにはキャピラリーの到達限界位置(Z limit)の調節が重要である。そのため、設定したZ limitにおいて通常のアプローチ速度である1000μms−1で成功確率80%以上でインジェクション可能であることを確認した上で、アプローチ速度を7μms−1に低下させた。このアプローチ速度では、キピラリー先端はインジェクション成功時と同じ位置まで到達するものの、細胞膜をほとんど貫通できない。このような物理的剪断力による膜穿孔が困難なアプローチ条件下において、光増感機構を利用したインジェクション成功率を比較した。この結果を図12に示した。
図12において横軸はインジェクション処理条件、縦軸はインジェクション成功率(単位;%)を示す。
BATを含むインジェクション液を使用した場合には、紫外光を2分照射することで、約80%の確立でインジェクションが成功した(30細胞に実施し、25細胞で成功、83%)。
一方、細胞にキピラリーが接触したまま光照射を行わなかった場合は、細胞内へのLY拡散はほとんど認められなかった(n=30,4cell成功、13%)。またBATを含まないインジェクション液では、UV光照射の有無によらず、キピラリーアプローチ速度が7μms−1の条件下ではインジェクション成功率は、0〜10%に留まった(UV光照射実行の場合、30細胞に実施し、0細胞で成功、0%)(UV光照射を行わない場合、30細胞に実施し、3細胞で成功、10%)。
通常の物理的剪断力によるマイクロインジェクション処理を施された細胞と、光増感マイクロインジェクション処理された細胞について、インジェクション処理後の細胞生存率の比較を行った。
細胞にはマイクロインジェクションによりLYを注入した。細胞膜が崩壊した死細胞においては、LYは速やかに拡散し染色は失われる[Cell,14,741−759(1978)]。このことから、インジェクション処理された細胞のLY保持率を細胞の生存率を示す指標として、インジェクション処理を行ってから、3日後、6日後の生存率を比較した。この結果を図13に示した。
図13において横軸は、インジェクション処理後の経過日数(単位;日)。縦軸は生存率(単位;%)である。
対照例となる通常のLYインジェクション、LY−BATインジェクションではインジェクションから3日目の観察の時点で細胞生存率は30%以下であった(LY:17%、BAT+LY:30%)。一方、光増感インジェクションを行った細胞群では、インジェクション処理から3日、6日経過しても約90%の細胞が生存していた(BAT+LY+UV:91%)。なお、これら3通りのインジェクション条件のいずれにおいても3日目、6日目の間ではLY保持率に変化は認められなかった。
今回実施したマイクロインジェクション処理においては、BATを含まないインジェクション液を使用した場合や、光照射を行わなかった場合は1割程度しか細胞をLY染色できなかった。そのような対照処理に対して、BATを含むインジェクション液を使用し、光照射を行った場合はLY染色の成功率が約8割と有為に高かった。これはBATが光照射によって細胞膜の穿孔に寄与したことを示している。
またインジェクション処理後、通常の膜剪断的インジェクションでは細胞生存率は2〜3割であった。光増感インジェクションを行った細胞では細胞生存率は約9割であったことは、光増感インジェクションが細胞へ与えるダメージの低さを示している。
細胞に注入されたLYは、迅速に細胞質に拡散し細胞を染色する。しかし、細胞膜のイオンバリア能が消失した死細胞の場合、LYは細胞に注入されても1〜2秒で細胞外に拡散してしまう。この迅速なLYの拡散は、細胞間の液々連絡路であるギャップ接合を通じても行われることが報告されている[Cell&Tissue Res.,234,309−318(1983)][J.Neurosci.,14,3945−3957(1994)]。LYの迅速な拡散についてのこのような報告を考慮すると、インジェクション処理後もLYが保持されている細胞においては、穿孔された細胞膜がインジェクション後に再閉塞しているものと考えられる。この迅速な膜の修復は、実施例3において、膜電位・膜抵抗の回復が光照射後数分以内に認められることによっても支持される。
この膜の閉塞機構については、2通りの機構が考えられる。一つは細胞の抗酸化機構による、酸化した膜の代謝的修復にるものである[J.Neurochem.,68,1904−1910(1997)]。もう一方は、生化学的な膜の修復ではなく、膜脂質の流動性によって[proc.Natl.Acad.Sci.,69,2056−2060(1972)][J.Am.Chem.Soc.,94,4475−4481(1972)]損傷部位が閉塞される機構である。
本インジェクション処理系においては、キピラリーを細胞から引き離すと、増感剤がほとんど作用しなかった細胞膜成分が流動することで膜の穿孔部位を閉塞したものと思われる。その理由として、単に物理的な細胞膜穿孔の際も、同様の速やかな細胞膜閉塞が観察されることが上げられる。先に、微小ガラスピペットやパッチピペットによって物理的に細胞膜を穿孔する場合について述べた。このような物理的穿孔の後、ピペット除去後に細胞膜の穿孔部が閉塞することも多いが、その迅速な再閉塞は膜脂質の流動性・自己組織性によるものと考えられている[「生体膜と生体エネルギー〔第3版〕7.生体膜の再構成」、東京大学出版会(1985)]。
生化学的な代謝による膜回復は、少なくとも数秒のオーダーでは膜の再閉塞には至らないものと考えられる。無論、生化学的な膜の修復も生ずると考えられるが、こちらの機構は数時間から数日のオーダーで酸化された細胞膜を正常化するものと考えられる。
光増感インジェクションによってLYが細胞に注入されたということは、細胞への電極接続技術を考慮すると、非常に意義深いものが有る。先に記述した様に、LYは直接注入された細胞のみならず、ギャップ接合で連結された隣接細胞にも浸透し、染色することが可能である[Cell&Tissue Res.,234,309−318(1983)][J.Neurosci.,14,3945−3957(1994)]。
ギャップ接合の機能の一つに、細胞間の電気的接続が上げられる[「新生理学体系7 発生・分化の生理学 第4章 細胞間連結の発生 I.電気的結合」、医学書院(1991)]。心筋細胞等は、多数の筋肉細胞がギャップ接合を介して電気的に連結されることにより、電気的な刺激に対して、筋組織全体として同期のとれた収縮反応を生ずる。
今回のBAT光増感機構インジェクションによってLYによる細胞の染色が可能であったことから、キャピラリー内液と細胞質の間に少なくともギャップ接合程度の電気的接続が達成されていたものと考えられる。すなわち、この結果は物理的な穿孔によらず、光照射によって電気的な接続が達成されたことを示している。
光増感剤BATをインジェクション液に添加し、インジェクション処理を行った結果、物理的な剪断力によらない光制御穿孔技術の可能性が示された。更にこのような光増感インジェクションを行った細胞は、通常の物理的剪断力によるマイクロインジェクションに比較して、すなわち、インジェクションが細胞に及ぼす傷害を抑える手段として、影響の技術上の優位を示すものである。
[実施例6]原子間力顕微鏡走査プローブを利用した膜破壊部材の製作
エッチングにより加工された市販のシリコン単結晶走査プローブ(Nanosensors社製、シングルビームシリコン単結晶走査プローブ、カンチレバー長さ約130μm)の探針側(測定面)に厚さ220nmの金(Au)をスパッタリング(芝浦製作所,スパッタ作業圧力0.3Pa,出力100W)により鍍金した。測定側金属端子および機器接続側金属端子以外の領域をスパッタリングにより厚さ100nmの二酸化珪素で絶縁包埋した。この走査プローブを、原子間力顕微鏡(Nanoscope III,Digital Instruments社製)に装備し、機器側金属端子を電気穿孔装置(Gene Pulser,BIO−RAD laboratories社製)の負極に接続した。電気穿孔装置の正極をAFMサンプルプレート上の金属基板(銅、白金等)に接続し、絶縁破壊前、すなわち二酸化珪素で絶縁包埋された状態の探針を基板に接触させた。なお3MΩ抵抗を走査プローブ−基板と電気穿孔装置の間に直列に接続し、走査プローブの絶縁破壊後の過剰な電流による同プローブの破壊を防止した。電気穿孔装置の蓄電容量を0.25μF、電圧50Vに設定し、基板と走査プローブ探針部の間を瞬間的に通電した。この通電により、探針先端部の絶縁が破壊され、探針先端部の金層を露出させた。以上により、走査プローブの探針先端部のみが電極として露出した微小金属電極が完成した。
更にBAT2mM酸性水溶液(pH3.0)にこの微小金属電極の探針先端部を浸した。この作業により電極上にBATが吸着固定した。最終的に蒸留水によって電極を洗浄することにより余分なBATを除去した。
以上のプロセスにより、原子間力顕微鏡の走査プローブの機能と、電極機能をもつ膜破壊部材を作成した。
これらの結果から、光増感剤のピンポイント使用による小型細胞への各種デバイス接続・埋め込みにおいて、光照射による穿孔制御の可能性が示された。
産業上の利用の可能性
物理的剪断力以外の膜変性反応を制御する技術を開発した。この結果、膜変性や膜穿孔が従来よりも容易に行えるようになった。例えば、マイクロインジェクション装置、マイクロマニピュレーター、微小電極等を構成する微小部材で従来細胞膜を貫通することが困難であったものでも、容易に貫通させることができるようになった。また、例えば遺伝子等の細胞内への効率的な導入が可能となった。
【図面の簡単な説明】
図1は、5’5”−bis(aminomethyl)−2,2’:5’,2”−terthiophene(BAT)二塩酸塩の構造式を表す図である。
図2は、膜穿孔技術フローチャートを示す図である。
図3は、支持体が筒状の膜破壊部材と、これにより処理を受ける膜構造体との関係の一例を示す図である。
図4は、支持体が球状またはビーズ状の膜破壊部材と、これにより処理を受ける膜構造体との関係の一例を示す図である。
図5は、支持体が棒状の膜破壊部材と、これにより処理を受ける膜構造体との関係の一例を示す図である。
図6は、支持体が膜変成反応促進剤を含む液体を保持する筒状の膜破壊部材と、これにより処理を受ける膜構造体との関係の一例を示す図である。
図7は、支持体が原子間力顕微鏡プローブ状の膜破壊部材と、これにより処理を受ける膜構造体との関係の一例を示す図である。
図8は、パッチ電極を用いて細胞内電位及び膜抵抗を測定するための装置を模式的に表した図である。
図9は、光刺激の強さと細胞の膜電位変化または膜抵抗の変化との関係を表した図である。
図10は、光増感インジェクションの実施例のフローチャートを示す図である。
図11は、光増感インジェクションの実施例を模式的に表した図である。
図12は、通常の物理的インジェクション処理と、新規な光増感インジェクション処理におけるインジェクション成功率を比較した図である。
図13は、通常の物理的インジェクション処理と、新規な光増感インジェクション処理を施された細胞のインジェクション処理後の細胞生存率の変化を比較した図である。

Claims (12)

  1. 刺激により膜変性反応が誘起される化合物を含む薬剤を膜の一部または全部に接触させた後、該刺激を与えることにより該膜の特定の部位を制御可能な状態で部分的かつ一時的に変性または穿孔する方法であって、膜変性反応が活性酸素種の直接・間接的な生成反応により開始される膜成分の連鎖的な過酸化反応を利用するものであることを特徴とする方法(ただし、ヒト体内で実施される方法を除く)
  2. 膜が細胞膜、細胞壁、生体膜または人工膜であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
  3. 刺激を与える領域が薬剤を接触させる領域に含まれることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の方法。
  4. 薬剤を接触させる領域が刺激を与える領域に含まれることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の方法。
  5. 薬剤が支持体を用いて接触せしめられることを特徴とする請求項4に記載の方法。
  6. 刺激が光であり、化合物が光増感化合物であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
  7. 請求項1〜6のいずれかの方法を用いて得られる、特定の部位が変性または穿孔された膜または該膜を含む膜構造体。
  8. 膜が細胞膜、生体膜または人工膜であることを特徴とする請求項7に記載の膜または該膜を含む膜構造体。
  9. 膜構造体が細胞、ミセルまたはリポソームであることを特徴とする請求項7または8のいずれかに記載の膜構造体。
  10. 注入を目的とする化合物を含む薬剤とキャリアーとからなる複合体と、請求項7〜9のいずれかに記載の構造体とを混合することにより構造体内部に該化合物を注入する方法。
  11. キャリアーが液体または固体であることを特徴とする請求項10に記載の方法。
  12. 化合物が核酸または蛋白質であることを特徴とする請求項10または11のいずれかに記載の方法。
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