以下、本発明の実施の形態を図面を参照して説明する。
(第1の実施の形態)
図1は、本発明の第1の実施の形態に係る鍵盤装置の側面図である。本実施の形態の鍵盤装置は、シャーシ1に、押離鍵操作される鍵体10(同図では白鍵を例示)、押鍵動作時に鍵体10に対して適当な慣性を与えるためのハンマ体20等が上下方向に揺動自在に支持されて構成される。以降、鍵体10の自由端部側(同図右側)を「前方」と称する。
鍵体10は、その後端部において、鍵回動軸2を中心として上下方向に回動自在にされている。鍵体10の、鍵回動軸2より後方部分であって最後尾には、錘11が設けられており、錘11の自重により、鍵体10が同図反時計方向(押鍵方向と反対の方向)に常に付勢される。鍵体10の前部下部からはストッパ当接部13が垂下して設けられている。鍵体10の前部であって、ストッパ当接部13よりやや後方における下部からは、ハンマ体20を駆動するためのハンマ駆動部12が垂下して設けられている。ハンマ駆動部12の下端部は側面視弧状に形成されている。
シャーシ1の、鍵体10のストッパ当接部13に対応する位置には、上限ストッパ3と、弾性部材で構成される押鍵スイッチ4とが設けられている。この押鍵スイッチ4は、光を検出する光学式スイッチでもよい。非押鍵状態(離鍵状態)においては、錘11の自重により、ストッパ当接部13が上限ストッパ3に当接して、同図に示すように鍵体10の非押鍵位置(すなわち、押鍵行程初期位置)が規制される。一方、押鍵時においては、鍵体10の押し切りにより、ストッパ当接部13が押鍵スイッチ4に当接して、鍵体10の押鍵行程終了位置が規制される。その際、押鍵スイッチ4により押鍵動作が検出される。なお、押鍵スイッチ4が押しつぶされないようにするための下限ストッパを、シャーシ1に設けてもよい。
ハンマ体20は、各鍵体10に対応して設けられ、後述する回動アーム33の上側回動支点35を中心として上下方向に回動自在に支持されている。ハンマ体20の最後尾には、錘21が設けられており、ハンマ体20の大半の質量が錘21に集中している。錘21の自重により、ハンマ体20が同図反時計方向(押鍵方向と反対の方向)に常に付勢される。ハンマ体20の最前部には、前方且つ上方を向いた平坦な斜面部22が形成され、後述するように、この斜面部22が、鍵体10のハンマ駆動部12により駆動される被駆動部として機能する。
シャーシ1の、ハンマ体20の錘21にほぼ対応する位置には、ハンマ用下限ストッパ5が設けられている。非押鍵時をはじめとする後述する所定の状態においては、錘21の自重により、ハンマ体20の自由端部がハンマ用下限ストッパ5に当接して、同図に示すようにハンマ体20の回動行程初期位置が規制される。
詳細は後述するが、鍵体10のハンマ駆動部12とハンマ体20の斜面部22との係合により、ハンマ体20が、対応する鍵体10の押鍵操作に応じて押鍵方向(図1の時計方向)に回動する。後述する初期位置調節機構部AM1により、ハンマ駆動部12と斜面部22との係合関係を可変にでき、ひいては押鍵感触を可変にすることができる。
図2は、本鍵盤装置の部分平面図である。図3は、初期位置調節機構部AM1の側面図である。図2では、所定オクターブ(本実施の形態では2オクターブとする)分の鍵盤装置の構成が示されている。
図1、図2に示すように、シャーシ1上には、下側回動支点34が固定的に設けられ、この下側回動支点34を中心に、図1の時計方向及び反時計方向に回動する回動アーム33が設けられる。シャーシ1上において、回動アーム33の前方にはスプリング係止部31が設けられ、回動アーム33の前部とスプリング係止部31とが、スプリング32で連結されている。回動アーム33及びスプリング32は、個々の鍵体10に対応して設けられる。スプリング32は、対応する回動アーム33を図1の時計方向に常に付勢する。スプリング係止部31は、2オクターブ分の鍵体10に対して共通に1つ設けられるが、個別に設けてもよい。
また、シャーシ1上において、回動アーム33の後方には、初期位置調節機構部AM1が配置されている。回動アーム33の後部には、弾性が小さい糸材36が取り付けられており、この糸材36が、初期位置調節機構部AM1の一部(後述)に接続されている。初期位置調節機構部AM1は、2オクターブ分の鍵体10に対して共通に設けられる。糸材36は、個々の鍵体10に対応して設けられる。
なお、初期位置調節機構部AM1及びスプリング係止部31は、2オクターブ分の鍵体10に対応して設けることに限定されず、3鍵体以上の鍵体10毎に設けてもよいし、すべての鍵体10に共通に設けてもよい。
初期位置調節機構部AM1は、スライドベース37(37L、37R)、個別調節部38、連結部材39(39L、39R)、一括調節部40(40L、40R)から構成される。図2に示すように、スライドベース37L、37R、連結部材39L、39R、一括調節部40L、40Rは、それぞれ2オクターブ分の鍵体10の左右両側に配置され、各々左右対称に同様に構成される。以降、スライドベース37、連結部材39、一括調節部40につき、左右の区別の必要がない場合は、符号に「L」、「R」を付さない。
図4(a)は、一括調節部40Lの正面図、図4(b)は、個別調節部38の正面図である。初期位置調節機構部AM1は左右対称に構成されるので、以下では主に左側の構成について説明する。
図3、図4(a)に示すように、一括調節部40Lは、側面視L字状の固定部材46Lに対して、一括調節用スライド部材45Lが前後方向にスライド移動可能に設けられて構成される。固定部材46の後端部には、調節ネジ48が設けられており、調節ネジ48を出し入れすることで、固定部材46に対する一括調節用スライド部材45の前後方向の位置を調節可能である。また、一括調節用スライド部材45は、固定ネジ47で固定部材46に対して固定状態にすることができる。固定部材46には、Cチャンネル形のガイド部材82が埋設されている。ガイド部材82にはナット81が内装され、ナット81が、固定ネジ47の下端部に螺合されている。
一方、図3、図4(b)に示すように、個別調節部38は、側面視L字状の共通スライド部材42と個別スライド部材41とから構成され、共通スライド部材42は、2オクターブ分の鍵体10に対して共通に1つ設けられるが、個別スライド部材41は、各鍵体10に対応して設けられる。
共通スライド部材42は、スライドベース37L、37Rに橋渡しされるように設けられる。スライドベース37L、37Rには、それぞれ、断面略C字状の蟻溝37La、37Raが形成され、これらに対応する共通スライド部材42の部分は、蟻溝37La、37Raに嵌合的な形状に形成されている。従って、共通スライド部材42は、蟻溝37La、37Raに沿ってスライドベース37L、37Rに対して前後方向にスライド移動可能になっている。また、共通スライド部材42に対して、個別スライド部材41が各々前後方向にスライド移動可能になっている。
また、共通スライド部材42の後端部には、調節ネジ44が設けられており、調節ネジ44を出し入れすることで、共通スライド部材42に対する個別スライド部材41の前後方向の位置を個別に調節可能である。また、各個別スライド部材41は、対応する固定ネジ43で共通スライド部材42に対して各々固定状態にすることができる。共通スライド部材42には、Cチャンネル形のガイド部材84が埋設されている。ガイド部材84にはナット83が内装され、ナット83が、固定ネジ43の下端部に螺合されている。
また、図2、図3に示すように、一括調節用スライド部材45L、45Rの前端部と共通スライド部材42の対応する後端部の部分とが、上記連結部材39L、39Rで連結されている。連結部材39は、金属または樹脂等の、ゴム等に比し弾性変形があまり大きくないか、全くない部材で構成される。従って、押鍵感触の調整時において、連結部材39を介して、一括調節用スライド部材45と共通スライド部材42とが一体となって前後方向にスライド移動することになる。また、上記糸材36は、対応する個別スライド部材41の前端部に接続されている。
上述したように、回動アーム33は、対応するスプリング32によって図1の時計方向に常に付勢されているので、非押鍵状態では、糸材36が緊張した(ピンと引っ張られた)状態で回動アーム33の姿勢が維持される。従って、非押鍵状態に限っていえば、回動アーム33の回動方向の位置は個別スライド部材41の位置で決まり、それと同時に、ハンマ体20の前後方向における位置も決まる。この非押鍵状態における回動アーム33、ハンマ体20の各位置を単に「初期位置」とも称する。
かかる構成において、ハンマ体20の初期位置は、初期位置調節機構部AM1による「一括調節」及び/又は「個別調節」によって行われる。
図3を参照して、まず、一括調節について説明する。固定ネジ47を緩めて、一括調節用スライド部材45を調節ネジ48の先端に当接させた状態で、調節ネジ48の位置を調節することで、固定部材46上において、一括調節用スライド部材45をスライドさせる。一括調節用スライド部材45のスライド移動と共に、連結部材39及び個別調節部38がスライド移動する。一括調節用スライド部材45が所望の位置にきたら、固定ネジ47を螺合して一括調節用スライド部材45を固定部材46に固定する。これにより、2オクターブ分の鍵体10について、ハンマ体20の初期位置を一括して調節することができる。
また、個別調節は次のようにしてなされる。上記固定部材46及び一括調節用スライド部材45の関係と同様に、調節対象のハンマ体20に対応する固定ネジ43を緩めて、個別スライド部材41を調節ネジ44の先端に当接させた状態で、調節ネジ44の位置を調節することで、共通スライド部材42上において、個別スライド部材41をスライドさせる。個別スライド部材41が所望の位置にきたら、固定ネジ43を螺合して個別スライド部材41を共通スライド部材42に固定する。これにより、各鍵体10に対応するハンマ体20の初期位置を個別に調節することができる。
次に、押鍵操作時における鍵体10及びハンマ体20の動作の態様を説明する。これらの動作態様は、押鍵態様、すなわち、押鍵速度乃至押鍵強さによって異なるだけでなく、ハンマ体20の初期位置の設定によっても異なる。
ハンマ体20の前後方向の位置の設定は、大別すれば、押鍵の往行程の少なくとも一部であって例えば非押鍵状態において、図1に示すように、鍵体10のハンマ駆動部12がハンマ体20の斜面部22に係合するような状態(第1状態)とされる設定(以下、「生ピアノ設定」と称する)と、図8で後述するように、ハンマ駆動部12とハンマ体20とが押鍵の全行程において常に離間して全く係合しないような状態(第2状態)とされる設定(以下、「オルガン設定」と称する)とがある。「生ピアノ設定」においては、ハンマ体20の初期位置は無段階で調節することができる。また、後述するように、ハンマ駆動部12と斜面部22との係合状態に関し、オルガン設定と生ピアノ設定の中間の状態も設定可能である。
図5(a)〜(d)は、「生ピアノ設定」において、ゆっくり押鍵(以下、「弱押鍵」と称する)した場合における鍵盤装置の側面図であり、鍵体10及びハンマ体20の動作の遷移を示す。図6は、「生ピアノ設定」で且つ弱押鍵時における押鍵力、垂直抗力及び摩擦力の相互関係を示す模式図である。図7(a)〜(d)は、「生ピアノ設定」において、速く押鍵(以下、「強押鍵」と称する)した場合における鍵盤装置の側面図であり、鍵体10及びハンマ体20の動作の遷移を示す。
ここで、「弱押鍵」とは、アコースティックピアノでいえば、ハンマが弦を打弦するかしないかという程度の極めて弱い押鍵強さから、比較的弱い押鍵強さまでの押鍵態様であり、「強押鍵」とは、弱押鍵より十分に強く、通常の発音から強い発音がなされるまでの押鍵強さ範囲に相当する押鍵態様である。
まず、弱押鍵の場合、図5(a)に示す非押鍵状態では、鍵体10のハンマ駆動部12がハンマ体20の斜面部22に当接しており、ゆっくり押鍵していくと、ハンマ駆動部12が斜面部22を押下することでハンマ体20が鍵体10に連動して回動していく。そして、図5(b)に示す、ハンマ体20の錘21が鍵体10の下面に近接するまでの間、ハンマ駆動部12と斜面部22とが当接点Pにて当接状態を維持する。従って、この間、両者は静止摩擦状態で係合しており、ほとんど摺動せず、回動アーム33もほとんど回動しない。
すなわち、鍵体10の回動中心は鍵回動軸2であるが、ハンマ体20の回動中心は上側回動支点35であり、仮に、回動アーム33が全く回動しないとすると、回動支点35の位置も変化しないことから、両者(ハンマ駆動部12、斜面部22)の、非押鍵時の当接点Pに相当する位置は、同じ軌跡を辿らない。すなわち、非押鍵時の当接点Pに相当する両位置の、鍵回動軸2、回動支点35を中心とした各回動軌跡は回動と共に徐々に乖離していく。ところが、ハンマ駆動部12及び斜面部22が静止摩擦状態で係合している限り、同じ当接点Pを維持するために、上記回動軌跡の乖離を吸収する分だけ、回動支点35が前後方向に移動する。この移動を生じさせるように、回動アーム33が回動することになる。ただし、その量は僅かである。
なお、弱押鍵及び強押鍵を含む通常の押鍵態様では、ハンマ体20の往方向の回動が途中で終了するので、ハンマ体20の錘21が鍵体10の下面に当接することはない。従って、本実施の形態では、ハンマ体20と当接する上限ストッパを設けていない。これにより、構成が簡単で、鍵盤装置全体の厚みも薄くて済む。
詳細な作用は後述するが、その後、ハンマ駆動部12と斜面部22との係合関係が動摩擦状態へと移行し、同図(c)に示すように、回動アーム33が反時計方向に大きく回動すると、回動アーム33の上部に設けられた上側回動支点35が後方に変位するので、それに伴って、ハンマ体20も後方(所定方向)に変位する。これにより、ハンマ駆動部12が斜面部22から外れることで、アコースティックピアノのような静的レットオフ感が得られる。また、ストッパ当接部13が押鍵スイッチ4に当接して、押鍵動作が検出され、鍵体10に関して押鍵往行程が終了する。
ハンマ駆動部12が斜面部22から外れた後は、ハンマ体20の前端(斜面部22の下縁に相当)が、ハンマ駆動部12の後壁に摺接しつつ、ハンマ体20が、反時計方向に速やかに回動し、錘21がハンマ用下限ストッパ5に当接する。この時点では、ハンマ体20は、真の初期位置よりやや後方に変位した位置で静止する。このとき、ハンマ体20の質量が鍵体10に対してかからないので、鍵体10を押下し続けたとしても、鍵体10の静荷重のみがかかるだけであり、指が疲れない。
その後、押鍵力を解除すると、同図(d)に示すように、鍵体10が初期位置に復帰する。その際、鍵体10は、錘11の自重だけでなく、押鍵スイッチ4から初期反力を受けるので、鍵体10の復帰が迅速であり、連打性の向上にも繋がる。鍵体10の復帰により、ハンマ駆動部12が斜面部22と係合可能な位置に戻ると、スプリング32の付勢力により回動アーム33が時計方向に回動し、ハンマ体20も初期位置に復帰する。
次に、図6を参照して、弱押鍵時におけるハンマ駆動部12と斜面部22との間の作用を説明する。同図において、押鍵力をF、垂直抗力をN、摩擦力をfで表す。同図(a)、(d)、(g)、(j)、(m)は、鍵体10とハンマ体20との間の作用の遷移を示す。同図(b)、(e)、(h)、(k)は、同図(a)、(d)、(g)、(j)に対応し、押鍵力Fに対して斜面部22に生じる垂直抗力N及び摩擦力fの関係を示す。同図(c)、(f)、(i)、(l)は、同図(a)、(d)、(g)、(j)に対応し、垂直抗力N及び摩擦力fに対応して斜面部22にかかる水平分力及び垂直分力の関係を示す。同図では、理解の容易化のため、斜面部22の角度、ハンマ駆動部12の形状、力の大きさ等を誇張して描いてある。
同図において、垂直抗力Nに対応して斜面部22にかかる水平分力、垂直分力をそれぞれNx、Nyで表し、摩擦力fに対応して斜面部22にかかる水平分力、垂直分力をそれぞれfx、fyで表す。同図(a)〜(c)は互いに同じ状態を示している。また、同図(d)〜(f)、(g)〜(i)、(j)〜(l)もそれぞれ互いに同じ状態を示している。以下、押鍵力F、垂直抗力N’及びその反力N、摩擦力f’及びその反力f、水平分力Nx、水平分力fx、垂直分力Ny、垂直分力fyについて、同図(a)〜(c)、(d)〜(f)、(g)〜(i)、(j)〜(l)に示す個々の状態における力を区別して指すときは、括弧で「1」〜「4」を付し、例えば、押鍵力F(1)、摩擦力f(1)等のように表記する。
ここで、以下、作用を考察する上での「摩擦」は「滑り摩擦」のことを指す。ただし、ハンマ駆動部12の先端が弧状であり、厳密には斜面部22との間でころがり動作をするので、それによるころがり摩擦が多少生じるが、押鍵に対する作用に大きな影響がないので、考察の上ではころがり摩擦を無視する。
ハンマ駆動部12と斜面部22との摩擦状態を、同図(a)、(d)、(g)、(j)、(m)間で比較すると、同図(a)、(d)では静止摩擦状態、同図(g)、(j)では動摩擦状態であり、同図(d)、(g)の間に静止摩擦状態と動摩擦状態との境界の状態がある。図6(a)、(d)は、図5(a)、(b)に示す状態に対応している。図6(m)は、図5(c)に示す状態に対応している。
まず、押鍵初期においては、同図(a)に示すように、ハンマ駆動部12と斜面部22との当接点Pにおいて、下方向の押鍵力F(1)がハンマ駆動部12から斜面部22に与えられる。ここで、斜面部22は適当な滑り摩擦を生じるように構成されており、同図(a)の状態では、静止摩擦状態が維持される。従って、押鍵力F(1)に起因して、ハンマ駆動部12に対して、当接点Pにおいて、斜面部22に垂直な垂直抗力N’(1)と斜面部22に平行な摩擦力f’(1)とが与えられる(同図(b))。
同図(c)に示すように、当接点Pにおいて、垂直抗力N’(1)に対応して(反力として)斜面部22にかかる力N(1)が、水平分力Nx(1)、垂直分力Ny(1)に分配されて斜面部22にかかる。また、摩擦力f’(1)に対応して(反力として)斜面部22にかかる力f(1)が、水平分力fx(1)、垂直分力fy(1)に分配されて斜面部22にかかる。この時点では、静止摩擦状態であるので、水平分力Nx(1)と水平分力fx(1)とが打ち消し合い、ハンマ体20には前後方向の力が実質的にほとんど作用しないので、ハンマ体20は前後方向にほとんど移動しない。一方、垂直方向には、垂直分力Ny(1)と垂直分力fy(1)の和(ここでは押鍵力F(1)に等しい)が斜面部22にかかり、ハンマ体20がそれにより回動していく。
静止摩擦状態は同図(d)、(e)、(f)の状態となるまで継続し、力の作用関係は同図(a)、(b)、(c)の状態と同様である。弱押鍵では、奏者は、鍵体10がゆっくりとしたほぼ一定の速度で回動するように鍵体10を押下していくので、静止摩擦状態が継続している間、押鍵力Fは略一定(すなわち、F(1)=F(2))である。ただし、斜面部22の傾斜角度が徐々に大きくなるので、摩擦力fは徐々に増大していく(f(1)<f(2))。そして、同図(d)に示す状態が、静止摩擦状態を維持できる限界の状態であるので、摩擦力f(2)は、静止摩擦係数で定まる最大摩擦力に等しい。
同図(d)に示す状態から、わずかに押鍵を進めると、摩擦力fが最大摩擦力を越えられず、ハンマ駆動部12と斜面部22との間の滑り摩擦状態は、静止摩擦状態から動摩擦状態へと急激に遷移する(同図(g))。すなわち、滑りを生じる。なお、実際には、滑りが生じても、当初は静止摩擦状態と動摩擦状態との小刻みな繰り返しとなってもよい。動摩擦係数は静止摩擦係数より小さいので、摩擦力fは急激に減少する(すなわち、f(3)<f(2))(同図(h))。これにより、水平分力Nx(3)より水平分力fx(3)が小さくなるので(同図(i))、動摩擦状態に移行した後は、ハンマ体20が後方への付勢力を受けることから、回動アーム33が反時計方向に回動して、ハンマ体20が後方に変位していく。
また、ハンマ体20が後方への移動を開始した後は、摩擦力fが小さいことから、静止摩擦状態に比し、押鍵力Fの大きさにかかわらず、水平分力Nxに対して垂直分力fyが相対的に減少するので、押鍵方向の回動移動よりも後方への移動が優先するようになる。そして、錘21の自重の方が勝るようになると、ハンマ体20は往方向へ回動しなくなり、逆に復方向に回動するようになる(同図(j)〜(l))。そして、やがてハンマ駆動部12が斜面部22から外れると、斜面部22に生じる摩擦状態がなくなって、摩擦を介した両者の駆動関係が終了し、同図(m)に示すように、図5(c)と同じ押鍵終了状態となる。
このように、弱押鍵では、押鍵行程の終了近くまで鍵体10とハンマ体20との駆動関係が継続し、鍵体10にハンマ体20の荷重が十分にかかるため、重いタッチとなり、「ため」等の演奏表現が容易となる。
次に、図7を参照して、「生ピアノ設定」で且つ強押鍵における動作を説明する。まず、図7(a)に示す非押鍵状態(図5(a)と同じ)から、速く押鍵すると、ハンマ駆動部12と斜面部22とは、静止摩擦状態をほとんど経ることなく、当初から動摩擦状態となる。従って、鍵体10の回動当初から、図6(j)〜(l)に示すのと同じような状態となる。そのため、ハンマ体20はほとんど押鍵方向に回動することなく、回動アーム33が反時計方向に回動し、ハンマ体20は後方に速やかに移動する。
そして、図7(b)に示すように、押鍵終了となるより十分に前の段階で、ハンマ駆動部12が斜面部22から外れて、摩擦を介した両者の駆動関係が終了し、図7(c)に示すように、図5(c)と同様の鍵体10の押鍵終了状態となる。従って、押鍵往行程において、鍵体10にハンマ体20の荷重がほとんどかかることがなく、軽いタッチとなる。押鍵力を解除した後の、図7(c)から図7(d)への遷移の態様は、図5(c)から図7(d)への遷移の態様と全く同様である。
このように、強押鍵では、押鍵行程のごく初期に鍵体10とハンマ体20との駆動関係が終了するので、弱押鍵の場合に比しタッチが軽く感じられ、これにより、早弾きや連打が容易となって、演奏表現力が向上する。また、弱押鍵及び強押鍵に共通して、押鍵終了後の押鍵継続中においては、鍵体10にハンマ体20の荷重がかからないので、長い音を発音させる場合においても、押鍵状態を継続するための力が弱くて済むことから、指が疲れにくい。
ここで、図7(a)から図7(b)に移行する間において、ハンマ体20が時計方向に回動する量、あるいはハンマ体20に与えられる時計方向への回動力は、押鍵強さによって異なり、ハンマ体20の自由端部がハンマ用下限ストッパ5から離間せずハンマ体20が全く回動しないこともあり得る。すなわち、押鍵速度が大きい場合は、押鍵速度が小さい場合に比し、ハンマ体20の時計方向(押鍵方向)への回動量が小さくなる傾向にある。また、ハンマ体20の初期位置によっては、所定の押鍵速度以上ではハンマ体20が時計方向へ全く回動しないようにすることもできる。
また、「生ピアノ設定」においては、弱押鍵、強押鍵のいずれにおいても、初期位置調節機構部AM1によるハンマ体20の初期位置の設定によって、同じ押鍵速度であっても、鍵体10とハンマ体20との駆動関係の終了タイミングを異ならせることができる。これにより、同じ押鍵速度であってもハンマ体20の動作が異なり、その結果、曲、ユーザの好み、発音音色等に応じて、押鍵感触を任意に変更することができる。
押鍵感触を変更する場合は、通常、2オクターブ単位で上記「一括調節」を行い、全音高に対してハンマ体20の初期位置を共通に調節することで、全鍵体10に関して同じような押鍵感触の設定を容易な作業で行える。さらには、上記「個別調節」により、個々の鍵体10の押鍵感触をより最適なものとすることができる。
次に、図8を参照して、「オルガン設定」の場合の動作を説明する。図8は、「オルガン設定」における鍵盤装置の側面図であり、鍵体10及びハンマ体20の動作の遷移を示す。「オルガン設定」では、弱押鍵、強押鍵共に、動作の速さは異なるが遷移の態様は同様である。
「オルガン設定」は、上記「一括調節」により、押鍵全行程において、鍵体10がハンマ体20と全く接触、係合しない位置までハンマ体20の初期位置を後方に変位させることで設定される。なお、一括調節用スライド部材45の位置につき、「生ピアノ設定」に相当する標準的な位置と「オルガン設定」に相当する位置とをプリセット位置とし、固定部材46に目印やピン等を設けて、2段階で容易に切り替えられるように構成してもよい。
まず、図8(a)に示すように、鍵体10のハンマ駆動部12とハンマ体20の先端とは、非押鍵状態において前後方向に離間している。従って、押鍵しても、同図(b)、(c)に示すように、ハンマ駆動部12と斜面部22とが係合することがなく、従って、鍵体10はハンマ体20の荷重を全く受けずに単独で回動する。押鍵力を解除すると、鍵体10が非押鍵位置に復帰する(同図(d))。
このように、「オルガン設定」は、鍵体10のタッチを極めて軽くするので、オルガン曲の演奏に適している。よって、ハンマ体20による慣性付与を可能としながらも、オルガンを演奏する際の最適な押鍵感触を容易に実現することができる。
ハンマ駆動部12、斜面部22の各材質は、例えば樹脂製であるが、これらの表面の状態は、両者の摩擦状態が所望となるように材質の選定乃至仕上げ処理がされる。あるいは、所定のシートを貼着してもよく、例えば、圧力をかけて成形された不織布を貼着してもよい。また、摩擦状態には、斜面部22の角度、ハンマ駆動部12の先端形状等も関わるので、これらを総合的に考慮し、あるいは実験して、最適な組み合わせを実現するのが望ましい。
ここまでは、白鍵である鍵体10に着目して説明したが、黒鍵についても、図示はしないが、スプリング係止部31、スプリング32、回動アーム33及び糸材36と同様の構成が設けられ、対応するハンマ体もハンマ体20と同様に初期位置の調節がなされる。なお、初期位置調節機構部AM1、スプリング係止部31、スプリング32、回動アーム33及び糸材36と同様の機構を、黒鍵用に別途設けてもよい。
本実施の形態によれば、「生ピアノ設定」においては、所定の押鍵速度を境に鍵体10とハンマ体20との係合状態(摩擦状態)が急激変化することで、所定の押鍵速度より遅い弱押鍵時は、ハンマ駆動部12と斜面部22とが、押鍵行程の後半を除く広い行程範囲において静止摩擦状態で係合する一方、所定の押鍵速度より速い強押鍵時は、押鍵行程のごく初期から静止摩擦状態での係合が終了する。そして、動摩擦状態では、ハンマ体20の押鍵方向への移動よりも後方への移動の方が優先してハンマ体20は押鍵方向にほとんど移動せず、一方、静止摩擦状態では、ハンマ体20が主として押鍵方向に移動する。従って、強押鍵時は、弱押鍵時に比し、鍵体10にハンマ体20の荷重が大きくかからない。また、ハンマ体20は、ハンマ駆動部12と斜面部22との間で生じる滑り摩擦を介して鍵体10に駆動されて鍵体10に慣性力を付与するものであり、ハンマ駆動部12と斜面部22との間の摩擦状態を、摩擦力の増大時に静止摩擦状態から動摩擦状態に急激に移行させることで、摩擦力を逃がし、それによって、押鍵強さに応じたハンマ体20の上記のような動作が実現される。これにより、強押鍵時のタッチ感を弱押鍵時よりも軽く設定することができる。すなわち、ハンマ体20により鍵体10に付与される慣性力が、強押鍵時は軽めに、弱押鍵時では重めに作用することで、表現力豊かな演奏を行うための押鍵感触を実現することができる。この点で、本鍵盤装置の押鍵感触は、一般のアコースティックピアノの押鍵感触とは一致しないが、強押鍵時にのみ軽くなるタッチに奏者が慣れてくれば、アコースティックピアノよりも良いタッチと評価される可能性がある。
また、「生ピアノ設定」においては、押鍵行程途中で、鍵体10のハンマ駆動部12とハンマ体20の斜面部22との駆動関係が終了するので、押鍵終了時において鍵体10にハンマ体20の荷重がかからず、押鍵状態が継続される場合であっても指の疲れを軽減できる。また、弱押鍵時には、図5(c)に示す状態以後の動作のように、軽いタッチ感に移行する。このことにより、生ピアノ、特にグランドピアノで実現されている強タッチ、弱タッチのいずれの場合にも生じるレットオフ感を付与し得る。
また、ハンマ体20は、回動アーム33の上側回動支点35を中心に回動すると共に、ハンマ体20の前後方向の移動は、下側回動支点34を中心とした回動アーム33の回動によって実現されるようにしたので、ハンマ体20の回動及び移動機構の耐久性が高い。
また、回動アーム33は、スプリング32による前方への付勢と、糸材36の緊張とによって、その姿勢が安定するので、回動アーム33の初期位置が安定的に維持される。
本実施の形態によればまた、初期位置調節機構部AM1により、ハンマ体20の前後方向の初期位置を調節可能として、大別して「生ピアノ設定」と「オルガン設定」とを切り替え可能としたので、鍵体10へのハンマ体20による慣性力の付与/非付与の切り替えにより、生ピアノとオルガンというように、全く異なる鍵盤装置の押鍵感触を1台の鍵盤装置で容易に実現することができる。しかも、「生ピアノ設定」においては、初期位置調節機構部AM1により、ハンマ駆動部12と斜面部22との係合の度合いを無段階に調節でき、これによって、押鍵往行程におけるハンマ駆動部12と斜面部22との駆動関係の終了タイミングを任意に変えられるので、鍵体10への慣性力のかかり方を可変にして、押鍵感触を明確に且つ幅広く任意に変更することができる。
また、初期位置調節機構部AM1は、2オクターブ分のハンマ体20についてまとめて調節できるので、複数鍵の押鍵感触を一括変更可能にして、押鍵感触の変更作業を容易にすることができる。さらには、個別調節部38を設けたことで、各鍵の押鍵感触を個別に調節することができ、微調整する際にも便利である。
初期位置調節機構部AM1は、上述のように、2オクターブ単位で設けることに限定されず、所定音域毎に設けることで、該所定音域毎に押鍵感触を一括調節可能にして、音域によって押鍵感触を大きく異ならせることも可能である。例えば、応用として、低音域ではグランドピアノ、高音域ではアップライトピアノ、あるいはオルガン、というように、1台の鍵盤装置において、音域によって押鍵感触を全く異ならせることも可能である。また、従来の鍵盤装置にない、ピアノとオルガンとの中間状態の押鍵感触等も容易に実現することができる。
なお、本実施の形態において、ハンマ体20の回動方向とは別に移動可能な所定方向は、後方であったが、これに限られない。すなわち、ハンマ駆動部12と斜面部22との摩擦力を逃がすという観点からは、押鍵方向とは異なる方向であればよい。また、ハンマ駆動部12と斜面部22との係合関係を可変にするという観点からは、ハンマ体20の回動方向に対して垂直な成分を含んだ方向であればよい。
なお、初期位置調節機構部AM1において、「生ピアノ設定」と「オルガン設定」とは、通常、一括調節部40によって設定されるとしたが、一括調節部40に代えて、両設定を2段階で切り替える機構と、無段階で変更する機構とを併設してもよい。あるいは、個別調節部38を、無段階で変更する機構として用い、個別調節部38とは別に、2段階で切り替える機構を、一括調節部40に代えて設けてもよい。
なお、本実施の形態では、一括調節部40は、個別調節部38に対して後方に配置されたが、作業性の観点から、個別調節部38に対して前方に配置してもよい。なお、回動アーム33を前方に付勢するものであれば、スプリング32以外の構成を採用してもよい。
次に、図9〜図12を用いて、第1の実施の形態の各種変形例を説明する。
[変形例1] 図9は、第1の実施の形態の変形例1に係る駆動部及び被駆動部の構成を示す模式図である。第1の実施の形態(図1の鍵盤装置)では、駆動部であるハンマ駆動部12の下端部は側面視弧状に形成され、被駆動部であるハンマ体20の斜面部22が平坦な面であった。変形例1では、両者の関係を逆にし、駆動部51を斜面に形成し、被駆動部52を側面視弧状に形成する。
この構成においても、駆動部51と被駆動部52との係合時の作用は第1の実施の形態と同様である。すなわち、同図(a)、(b)に示す状態では両者が静止摩擦状態であり、図6(a)、(d)に示すのと同様の状態となる。図9(c)に示す状態では、図6(j)と同様に動摩擦状態となり、その後、図9(d)に示すように、図6(m)と同様に駆動部51が被駆動部52から外れる。従って、第1の実施の形態と同様の効果を奏することができる。
[変形例2] 図10(a)〜(d)は、第1の実施の形態の変形例2に係る駆動部及び被駆動部の構成を示す模式図である。本変形例2では、ハンマ体54のローラ保持部54aには、被駆動部である円柱状のローラ55が回転自在に保持される。駆動部53の下端部は側面視弧状に形成される。
まず、同図(a)に示すように、押鍵初期には、駆動部53からローラ55に同図時計方向のモーメントMA(1)が作用する。一方、ハンマ体54においては、ローラ55はハンマ体54のローラ保持部54aに対して静止摩擦状態であり、ローラ55に対して、摩擦力に基づく同図反時計方向のモーメントMB(1)が作用する。この時点では、モーメントMA(1)とモーメントMB(1)とは釣り合っており、ローラ55は回転せず、図6(a)の状態と同様に、ハンマ体54自体が回動していく。
次に、ハンマ体54の回動角度が変化して、モーメントMA(2)がモーメントMB(2)と釣り合う限界(図10(b))に達した後は、ローラ55とハンマ体54のローラ保持部54aとの間の滑り摩擦状態が、静止摩擦状態から動摩擦状態へと急激に遷移して、図6(j)の状態と同様に、モーメントMA(3)がモーメントMB(3)に勝ってローラ55が時計方向に回転する(図10(c))。ハンマ体54は後方に移動していく。その後、図10(d)に示すように、図6(m)と同様に駆動部53がローラ55から外れる。
[変形例3] 図10(e)〜(h)は、第1の実施の形態の変形例3に係る駆動部及び被駆動部の構成を示す模式図である。本変形例3では、ハンマ体58には、第1の実施の形態の鍵盤装置における斜面部22と同様の斜面である被駆動部59が形成され、駆動部56のローラ保持部56aには、円柱状のローラ57が回転自在に保持される。
まず、同図(e)に示すように、押鍵初期には、ローラ57には、被駆動部59から同図時計方向のモーメントMD(1)が作用する。一方、駆動部56においては、ローラ57は、駆動部56のローラ保持部56aに対して静止摩擦状態であり、ローラ57には、ローラ保持部56aから摩擦力に基づく同図反時計方向のモーメントMC(1)が作用する。この時点では、モーメントMD(1)とモーメントMC(1)とは釣り合っており、ローラ57は回転せず、図6(a)の状態と同様に、ハンマ体58自体が回動していく。
次に、ハンマ体58の回動角度が変化して、モーメントMD(2)がモーメントMC(2)と釣り合う限界(図10(f))に達した後は、ローラ57とローラ保持部56aとの間の滑り摩擦状態が、静止摩擦状態から動摩擦状態へと急激に遷移して、図10(c)の状態と同様に、モーメントMD(3)がモーメントMC(3)に勝ってローラ57が時計方向に回転する(図10(g))。ハンマ体58は、後方に移動していく。その後、図10(h)に示すように、図10(d)と同様に駆動部56が被駆動部59から外れる。
これら変形例2、3のように、鍵体とハンマ体との間に直接的に生じる摩擦ではなく、ハンマ体または鍵体のいずれか一方のローラ保持部とローラとの間に生じる摩擦を介してハンマ体が駆動されるような構成においても、摩擦力の作用の遷移は第1の実施の形態と基本的に同様に考えることができる。よって、変形例2、3によっても、第1の実施の形態と同様の効果を奏することができる。
なお、ハンマ体及び鍵体の双方にローラを設けた構成であっても、同様の機能、作用を実現することは可能である。
[変形例4] 図11(a)〜(c)は、第1の実施の形態の変形例4に係る駆動部及び被駆動部の構成を示す模式図である。この変形例4では、駆動部が折曲自在に構成される。すなわち、ハンマ駆動部12に相当する駆動部60は、基部61及び腕部62を有し、基部61に対して、腕部62が支点63で同図下方にのみ折れ曲がるようになっている。また、図11(a)に示す状態に腕部62を復帰させるための不図示の付勢部材が設けられている。また、ハンマ体64には、第1の実施の形態の鍵盤装置における斜面部22と同様の斜面である被駆動部65が形成される。
かかる構成において、駆動部60がハンマ体64を駆動する往行程における作用は、第1の実施の形態と同様であり、図11(a)に示す初期状態から、腕部62の先端部と被駆動部65との摺動、ハンマ体64の回動及び後方への移動等を経て、同図(b)に示す押鍵終了状態に移行する。
第1の実施の形態では、ハンマ体20の前端が、ハンマ駆動部12の後壁に当接した状態で押鍵終了状態となったが、本変形例4では、駆動部60がハンマ体64の下方に位置し、ハンマ体64が駆動部60に接触する必要がなく、初期位置に戻っている点で、第1の実施の形態と異なっている。
一方、離鍵時においては、図11(c)に示すように、駆動部60が復帰しようとするとき、腕部62が支点63で一旦折れ曲がることで、駆動部60がハンマ体64の上方に移動し、初期位置に容易に復帰することができる。この変形例4のような構成を採用しても、第1の実施の形態の効果は維持される。
なお、図11(d)に示すように、斜面である被駆動部65に代えて、ハンマ体77にピン78を懸架して設け、このピン78を駆動部60で駆動するように構成してもよい。な、このような、被駆動部をピンとする構成は、第1の実施の形態及び変形例1、3においても応用可能である。また、変形例4に例示するような折曲自在な駆動部の構成は、第1の実施の形態、または変形例1〜3のいずれかの駆動部においても応用可能である。
次に、以下の変形例5で、ハンマ体の前後方向への移動機構の別構成例を説明する。第1の実施の形態では、ハンマ体20の前後方向の移動は、下側回動支点34を中心とした回動アーム33の回動によって実現されるようにしたが、これ以外にも、移動機構は各種考えられる。
[変形例5] 図12(a)は、第1の実施の形態の変形例5に係るハンマ体の前後方向への移動機構の要部を示す斜視図である。
まず、シャーシ1には、回動アーム33に代えて、支持部材69を固定する。ハンマ体60の下部には垂下片67が垂下して形成され、垂下片67の左右両側には円柱状のピン68が突設される。垂下片67の下縁は、側面視弧状に形成される。支持部材69は、特許第3324384号の図3に示される摺動部材と同様に構成される。すなわち、支持部材69には、垂下片67をガイドするための凹状の主案内溝70が前後方向に沿って形成され、主案内溝70の左右の内側面には、ピン68をガイドするためのピン案内溝71、72が前後方向に沿って形成されている。
ハンマ体60の垂下片67を支持部材69の主案内溝70に、ピン68をピン案内溝71、72に、それぞれ嵌挿する。ハンマ体60は、押鍵方向の力を受けると、主案内溝70において、弧状の垂下片67がころがることで回動する。一方、ハンマ体60は、後方への力を受けると、垂下片67が主案内溝70上を後方に摺動することで、後方に移動する。その際、ピン68もピン案内溝71、72を摺動し、これにより、ハンマ体60の回動位置にかかわらず、ハンマ体60が円滑に前後方向に移動できる。それだけでなく、ピン68がピン案内溝71、72に嵌挿されていることで、衝撃的な押鍵に対しても、ハンマ体60が支持部材69から脱落しない。
この変形例5においても、ハンマ体の回動及び移動機構の耐久性が高く、第1の実施の形態と同様の効果を奏することができる。
なお、ハンマ体の前後方向への移動機構の構成を簡単にする観点からは、図12(b)に示すように、円柱状の回転支点74の上に、ハンマ体73を載せる構成も採用可能である。
なお、第1の実施の形態、変形例1、3、4では、駆動部または被駆動部を平坦な斜面に形成したが、斜面の形状は、これに限るものでなく、例えば、図12(c)に示す凹状の斜面75、あるいは図12(d)に示す凸状の斜面76としてもよい。これらにより、押鍵行程において被駆動部に与えられる水平分力及び垂直分力の変化態様が線形でなくなり、曲面の設定によって任意の変化態様を実現できるので、押鍵感触を一層所望のものに近づけることが容易になる。
(第2の実施の形態)
図13は、本発明の第2の実施の形態に係る鍵盤装置の側面図である。本実施の形態の鍵盤装置は、シャーシ112に、押鍵操作される鍵体110(同図では白鍵を例示)、押鍵動作時に鍵体110に対して適当な慣性を与えるためのハンマ体120等が上下方向に揺動自在に支持されて構成される。以降、鍵110の自由端部側(同図右側)を「前方」と称する。
鍵体110は、その後端部において、鍵回動軸P1を中心として上下方向に回動自在にされている。シャーシ112の上部であって前後方向略中央部からは、鍵体110の後部に亘って復帰用バネ113が懸架されている。鍵体110の前部下部からは、ハンマ体120を駆動するためのハンマ駆動部111が垂下して設けられている。シャーシ112の上部には、押鍵スイッチ114が設けられ、前部には、キーガイド126が設けられていいる。また、シャーシ112の後部上部には、上限規制ストッパ125が設けられている。
シャーシ112上には、下側回動支点134が固定的に設けられ、この下側回動支点134を中心に、図13の時計方向及び反時計方向に回動する回動アーム133が設けられる。ハンマ体120は、各鍵体110に対応して設けられ、回動アーム133の上側回動支点135を中心として上下方向に回動自在に支持されている。ハンマ体120の最前部には、後述する被駆動部121が設けられる。
回動アーム133の前部とシャーシ112の前部とが、スプリング132で連結されている。また、シャーシ112上において、回動アーム133の後方には、初期位置調節機構部AM2が配置されている。回動アーム133の上部後部には、糸材136が取り付けられており、この糸材136が、初期位置調節機構部AM1の一部(後述)に接続されている。スプリング132、回動アーム133及び糸材136は、個々の鍵体10に対応して設けられ、第1の実施の形態におけるスプリング32、回動アーム33、糸材36とは相互配置、形状が異なるが、機能は同様である。
図14(a)は、本実施の形態の鍵盤装置における初期位置調節機構部AM2の詳細な構成を示す側面図である。同図(b)は、被駆動部121の斜視図、同図(c)は、被駆動部121及びハンマ駆動部111の側面視による模式図である。
初期位置調節機構部AM2は、スライドベース137、共通スライド部材138及び操作アーム140等を備えて成る。スライドベース137には、蟻溝37La、37Ra(図3参照)と同様の蟻溝137aが形成されており、共通スライド部材138の対応する下部の部分は、蟻溝137aに嵌合的な形状に形成されている。蟻溝137aは、初期位置調節機構部AM2と回動アーム133の上部とを結ぶ線に略平行な方向(糸材136の長手方向とほぼ同じ)に沿っており、この方向が、共通スライド部材138の可動方向となる。
操作アーム140は、スライドベース137に設けられた回動支点142で図14(a)の時計方向及び反時計方向に回動自在にされている。また、操作アーム140には長穴139が形成されている。共通スライド部材138には、ピン141が突設され、このピン141が、操作アーム140の長穴139に嵌挿されている。糸材136は、共通スライド部材138に接続されている。
スライドベース137は、所定オクターブ分の鍵体110の左右両側に配置され、左右対称に同様に構成される。操作アーム140は、両側のスライドベース137に橋渡しされるように設けられる。操作アーム140は、所定オクターブ分の鍵体110に対して少なくとも1つ、例えば、片側または左右両側に設けられる。
かかる構成により、ユーザは、操作アーム140を回動操作することで、長穴139及びピン141を介して共通スライド部材138がスライドベース137に対して可動方向に移動する。これにより、第1の実施の形態と同様に、回動アーム133の回動位置が規制されるので、所定オクターブ分の鍵体110について、ハンマ体120の初期位置を一括して調節することができる。
図14(b)に示すように、被駆動部121の先端部には、円柱状のローラ123が回転支点124を中心に回転自在に設けられる。このローラ123は、図10に示したローラ55、57とは異なり、回転時の滑り摩擦が極力小さくなるように構成される。また、図14(c)に示すように、被駆動部121には、第1の実施の形態におけるハンマ体20の斜面部22と同様の斜面部122が形成されている。上記ローラ123は、斜面部122の垂直方向において、斜面部122よりやや出っ張るように配置される。
かかる構成において、ハンマ駆動部111により被駆動部121が弱押鍵で駆動されるとき、ハンマ駆動部111と斜面部122との作用は、途中まで(ハンマ駆動部111がローラ123に当接するまで)は、第1の実施の形態におけるハンマ駆動部12と斜面部22との作用と同じである(図6(a)〜(l)参照)。
しかし、ハンマ駆動部111がローラ123に当接すると、ローラ123が出っ張っていることから、押鍵反力が一旦上昇するか、あるいは減少の度合いが一旦弱まる。これにより、アコースティックピアノにおけるレットオフ感がより明確に現れる。
また、第1の実施の形態では、ハンマ体20用の上限ストッパを設けなかったが、本第2の実施の形態では、第1の実施の形態とは異なり、上記したように、上限規制ストッパ125が設けられる。すなわち、通常の押鍵態様では、ハンマ体120の後端部120aが上限規制ストッパ125に当接することはないが、経年変化(摩擦状態の変化等)や非常な押鍵等によって、ハンマ体120の回動終了位置が想定外となった場合であっても、上限規制ストッパ125があることにより、鍵体110から指が受ける衝撃が緩和される。
本実施の形態によれば、ハンマ体の初期位置の個別調節を除き、第1の実施の形態と同様の効果を奏するだけでなく、操作アーム140により、ハンマ体120の初期位置の一括調節作業が一層やりやすくなる。また、被駆動部121にローラ123を設けたので、生ピアノの弱押鍵時に特有のレットオフ感がより明確な形で実現される。一方、強押鍵時においては、ハンマ駆動部111による駆動力がローラ123に伝わないで、押鍵の初期の段階でハンマ体120に伝わることになるので、この場合も、生ピアノの弱押鍵時のレットオフ感を実現することができる。
なお、本第2の実施の形態においても、第1の実施の形態における初期位置調節機構部AM1と同様の構成を設け、ハンマ体120の初期位置を個別調節可能にするのが望ましい。なお、鍵体110の例えば前部に、第1の実施の形態における錘11に相当する、鍵体110を復帰させるための機能を有する錘を設けてもよい。
なお、第1の実施の形態において、固定部材46に対する一括調節用スライド部材45の移動機構に、第2の実施の形態における操作アーム140による操作機構を採用してもよい。また、第1の実施の形態において、第2の実施の形態におけるローラ123を採用してもよい。
なお、第1、第2の実施の形態において、ハンマ体の初期位置を調節するための機構は例示したものに限られるものではない。また、調節のための操作手法も、手動のみに限られず、電気的、電磁的な移動機構を用いてもよい。また、初期位置調節機構部AM1、AM2のように、糸材を引っ張る機構として、糸材を巻き取る機構を採用し、巻き取り量によってハンマ体の初期位置を調節できるように構成してもよい。
(第3の実施の形態)
図15は、本発明の第3の実施の形態に係る鍵盤装置の側面図である。本第3の実施の形態では、第1の実施の形態に対して、ハンマ体20に相当するハンマ体220の、押鍵に伴う動作方向が後方でなく前方となるように構成した点が主に異なる。従って、ハンマ体220のほか、引張バネであるスプリング32に代えて圧縮バネであるスプリング232を、初期位置調節機構部AM1に代えて初期位置調節機構部AM3をそれぞれ採用した点が異なり、さらに、鍵体10を復帰させるための機能を有するものとして、錘11に代えて引張バネ245を鍵体10の後端部に設けた点等が第1の実施の形態と異なる。
ハンマ体220の最前部には、後方且つ上方を向いた平坦な斜面部222が形成され、この斜面部222が、鍵体10のハンマ駆動部12により駆動される被駆動部として機能する。回動アーム33の前部とスプリング係止部31とは、スプリング232で連結されている。
また、初期位置調節機構部AM3については、シャーシ1に固定されたギヤ台242に、ギヤ243が固定され、且つ、ウォーム244がギヤ243に噛み合って構成される。ウォーム244は、モータ241によって回転し、ギヤ243と噛み合っていることで、回転に伴って略前後方向に移動するようになっている。モータ241の停止位置は、ウォーム244の前後動を検出する不図示の位置センサにより規定される。
そして、スプリング232によって回動アーム33の上半部が、下側回動支点134を中心に後方に付勢されると共に、ウォーム244の前端部が回動アーム33の後壁に当接して、スプリング232の付勢力に抗している。これにより、ウォーム244の位置で回動アーム33の初期位置が調節できるようになっていて、なおかつ、ハンマ体120が前方に移動する力を受けたときは、スプリング232が縮んで回動アーム33が前方に回動し得るようになっている。
押鍵時における動作は、第1の実施の形態に対して、ハンマ体220の移動方向が後方から前方に変わる点以外は同様である。また、初期位置調節機構部AM3についても、ウォーム244の位置調節により、初期位置調節機構部AM1と同様に、オルガン設定と生ピアノ設定とが設定可能である。
本実施の形態によれば、ハンマ体の初期位置の個別調節を除き、第1の実施の形態と同様の効果を奏することができる。
1 シャーシ(支持部材)、 10 鍵体(鍵)、 12 ハンマ駆動部(駆動部)、 20 ハンマ体(アーム)、 22 斜面部(被駆動部)、 32 スプリング(付勢手段)、 33 回動アーム(回動部材)、 34 下側回動支点(一部)、 35 上側回動支点(回動支点)、 36 糸材(規制手段)、 38 個別調節部、 40 一括調節部、 AM1 初期位置調節機構部