JP4427706B2 - 高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材およびその製造方法 - Google Patents

高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材およびその製造方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、優れた耐摩耗性と高耐焼付き性を示す摺動部材、およびその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
硬質炭素膜、特にダイヤモンドライクカーボン(DLC)は、部品表面に形成することで、部品の摺動性を高める材料として知られている。DLCは、炭素を主成分とし、炭素原子がグラファイトのsp2結合、ダイヤモンドのsp3結合を有しながら、全体として非晶質の材料で、グラファイトとダイヤモンドとの中間の物性を示す材料である。そして、その膜特性と表面平滑性から、摩擦係数が低く、耐摩耗性が高いことが知られており、摺動性を高める表面被膜として、各種機械、工具および内燃機関等の摺動面に対し、広く利用されている。中でも自動車のエンジン、燃料ポンプ等の摺動部は、各種潤滑油中で摺動され、かなりの高面圧となる場合もあり、その際生ずる焼付きや摩耗を防止することが可能なDLC膜が求められている。
【0003】
DLC膜の性質を向上させるために、特開昭58−29588号公報では、少なくとも一種の金属元素を0.1〜49.9at%含む炭素膜が、無潤滑下において低い摩擦係数と高い耐摩耗性を示すことが開示されている。また、特開昭63−162871号公報では、磁気ディスク、磁気ヘッド用として、珪素を100ppm〜1at%含んだ硬質な炭素膜が、優れた摩擦特性を持つことが開示されている。さらに、特開2001−214269号公報では、それぞれ珪素を1〜30at%含む高密度炭素膜層と低密度炭素膜層とを積層した膜が、耐摩耗性に優れていることが開示されている。
【0004】
しかしながら、これらの炭素膜は、潤滑油中での使用を想定しておらず、また、軽荷重下での特性評価しか成されていない。そのため、各種機械の摺動特性を高めるために施す被膜として十分な耐摩耗性と高耐焼付き性を示すものであるのか、一切不明である。
【0005】
特開2001−192864号公報では、炭素を主成分とした炭素膜が、潤滑油中で摩擦係数を低減させることができることが開示されている。ところが、この炭素膜の特性は、荷重10N(実面圧約80MPaに相当)と低い荷重で摺動させた場合の評価であり、300MPa以上の高面圧と成り得る自動車の摺動環境では、十分な耐摩耗性と高耐焼付き性を示すとは考え難い。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、潤滑油中の高面圧あるいは高速度な摺動環境下で、優れた耐摩耗性と高耐焼付き性を示す摺動部材、およびその製造方法を提供することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明者等は、エンジン油、駆動系油等の潤滑油を用いた場合に、珪素を含有したDLC膜表面に吸着物が形成され、耐焼付き性および耐摩耗性に優れる膜となることを発見した。本発明は、この発見に基づいて成されたものである。
【0008】
本発明の第1発明である高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材は、潤滑油の存在下で摺動される摺動面を持つ基材と、該摺動面の少なくとも一部に固定した被膜と、からなり、前記被膜は、炭素を主成分とし、珪素を1〜5at%、水素を20〜40at%含むダイヤモンドライクカーボンからなり、ラマン分光分析によるラマンピークのうち、Gバンドの位置が150cm−1以上で、該Gバンドの半値幅が150cm−1以下で、かつ、該Gバンドに対するDバンドの強度比が1.0以下であることを特徴とする。さらに、前記珪素は、1.6〜4.5at%であるのが好ましい。被膜中の珪素含有量を最適値とすることで、高い耐摩耗性と耐焼付き性を有する被膜が得られる。
【0009】
記被膜は、1at%未満の窒素および5at%未満の酸素の少なくとも1種を含むのが好ましい。さらに、前記被膜は、0.5μm以上の膜厚を持つのが好ましい。
【0010】
前記潤滑油は、カルシウム、亜鉛、硫黄、リン、および窒素の少なくとも1種の元素を持つ化合物を含むのが好ましい。
【0011】
前記摺動面は、300MPa以上の摺動面圧で摺動されるのが好ましい。
【0012】
本発明の第2発明である高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材の製造方法は、基材を真空容器に配設し、直流プラズマCVD法により、珪素化合物ガスと炭素化合物ガスとを主体とした雰囲気中で、珪素化合物ガスと炭素化合物ガスの流量比を1:5〜500、珪素化合物ガスの流量を1〜200sccm、炭素化合物ガスの流量を5〜2000sccm、水素ガスおよびアルゴンガスのうちの1種以上の雰囲気ガスの流量をそれぞれ10〜30sccmの範囲内として、放電出力密度0.05〜2.0W/cmで放電させることにより、前記基材の摺動面の少なくとも一部に炭素を主成分とし、珪素を1〜5at%、水素を20〜40at%含むダイヤモンドライクカーボンからなり、ラマン分光分析によるラマンピークのうち、Gバンドの位置が150cm−1以上で、該Gバンドの半値幅が150cm−1以下で、かつ、該Gバンドに対するDバンドの強度比が1.0以下である被膜を形成することを特徴とする。最適な成膜条件により得られた被膜は、高い耐摩耗性と耐焼付き性を有する。
【0013】
本第1発明の高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材、および本第2発明の製法により得られる高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材は、潤滑油中の高面圧あるいは高速度な摺動環境下で、優れた耐摩耗性と高耐焼付き性を示す。この摺動部材は、各種機械部品、エンジン摺動部品、駆動部品等の摺動部に適用可能である。
【0014】
【発明の実施の形態】
本願発明の高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材および、その製造方法の実施形態を説明する。
【0015】
本第1発明の高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材は、摺動面を持つ基材と、該摺動面の少なくとも一部に固定した被膜と、からなる。
【0016】
基材としては、金属系、セラミックス系、樹脂系基材のいずれも用いることが可能である。具体的には、鉄、ニッケル、コバルト、アルミニウム合金、マグネシウム合金、チタン合金等の金属系基材、超鋼、アルミナ、窒化珪素等のセラミックス系基材、ポリイミド、ポリアミド等の樹脂系基材が挙げられる。また、基材の表面粗さRzは3.0μm以下、より好ましくは0.5μm以下である。
【0017】
被膜は、基材表面の摺動面の少なくとも一部に固定される。被膜は、炭素を主成分とし、珪素、水素を含有するダイヤモンドライクカーボンからなる。含有する珪素は、1〜5at%、より好ましくは1.6〜4.5at%である。また、含有する水素は20〜40at%、より好ましくは25〜36at%である。さらに、被膜中の不純物元素として、微量の窒素あるいは酸素等を含有しても良い。その含有量としては、窒素であれば1at%未満、酸素であれば5at%未満が好ましい。被膜の含有する珪素、水素、窒素、酸素が上記範囲内にないと、十分な耐摩耗性および耐焼付き性をもつ摺動部材を得ることができない。また、被膜の膜厚としては、基材の表面粗さにも依存するが、0.5μm以上、より好ましくは1.0μm以上である。
【0018】
本第1発明の摺動部材の被膜について、ラマン分光分析を行うと、得られるラマンピークのうち、Gバンドについては、その位置が1550cm-1以上、より好ましくは1560cm-1以上で、半値幅が150cm-1以下、より好ましくは130cm-1以下である。また、Gバンドに対するDバンドの強度比が1.0以下、より好ましくは0.96以下である。さらに、Gバンドスペクトルの傾きが小さいことが好ましい。上記のようなラマンピークが得られるときに、被膜の耐摩耗性が向上する。ここで、一般的に1540cm-1付近で検出されるGバンドが高波数側にシフトしている要因としては、珪素の添加により構成原子同士の原子間距離が小さくなったことが推定され、また、半値幅が小さいのは、被膜に欠陥が少ないことを示している。さらに、Gバンドスペクトルの傾きが小さいことは、被膜に2重結合等を含む有機成分が少ないことを示す。
【0019】
本第1発明の摺動部材は、その摺動面を潤滑油の存在下で摺動される。潤滑油は、カルシウム、亜鉛、硫黄、リン、および窒素の少なくとも1種の元素を持つ化合物を含むのが好ましい。潤滑油に含まれる上記元素は10ppm以上、より好ましくは200ppm以上である。具体的には、エンジン油、駆動系油等が好ましい。潤滑油に含まれる化合物の成分であるカルシウム、亜鉛、硫黄、リン、窒素等の元素が被膜表面に吸着することで、相手材の凝着を防止し、耐焼付き性に優れ、かつ耐摩耗性に優れる摺動部材となる。
【0020】
また、本第1発明の摺動部材は、300MPa以上の摺動面圧で摺動する部材である。本第1発明の摺動部材は、高面圧での摺動に優れた部材である。
【0021】
本第2発明の高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材の製造方法は、基材を真空容器に配設し、化学的作製法であるプラズマCVD法により、基材の摺動面の少なくとも一部に被膜を形成する。なお、基材は本第1発明の摺動部材と同様のものを用いることができる。
【0022】
プラズマCVD法により、真空容器中で基材表面に被膜を形成する際、反応ガスを主体とした雰囲気中で放電させる。真空容器中には、珪素化合物ガスと炭素化合物ガスとからなる反応ガスと、雰囲気ガスが導入される。反応ガスは、膜原料ガスとなるものであり、具体的には、珪素化合物ガスとしてはモノシラン等の水素化珪素、TMS(テトラメチルシラン)、四塩化珪素、また、炭素化合物ガスとしてはメタン、アセチレン、ベンゼン等が望ましい。さらに、珪素化合物(TMS)ガスと炭素化合物(CH4)ガスの流量比は、1:5〜500の範囲内であるのが望ましく、具体的には、TMSガス1〜200sccm、CH4ガス5〜2000sccmが望ましい。珪素化合物ガスと炭素化合物ガスの流量比は、1:5〜500の範囲内にないと、得られる被膜の珪素含有量が1〜5at%とならず、耐焼付き性および耐摩耗性に優れる摺動部材が得られない。雰囲気ガスは、水素、アルゴン等の一般的に用いるガスが望ましい。その流量は、それぞれ10〜1000sccmである。成膜圧力は、1.33〜1330Paである。放電の際の出力は、放電出力密度0.05〜2.0W/cm2、より望ましくは、0.15〜1.0W/cm2である。放電出力密度が0.05W/cm2に満たない場合や、2.0W/cm2を越えると、被膜の硬度が低下する。この時、基材の温度は、100〜700℃が望ましく、100℃より低いと放電が不安定となり、700℃以上で、かつ放電出力が1500W程度になると、膜質が低下するため、好ましくない。
【0023】
上記のようにして得られた摺動部材およびその製造方法は、ピストン、ピストンシリング、動弁系部品(カム・シム、ローラロッカー等)等のエンジン摺動部品、無断変速機等の動弁系部品、AT部品等の駆動部品、および各種機械部品に適用される。
【0024】
【実施例】
本願発明の実施例を比較例と共に、図および表を用いて説明する。
【0025】
実施例1〜8および比較例1〜13の摺動部材を作成した。得られた摺動部材を、それぞれ、摺動部材1〜8、および摺動部材9〜21とする。これらの摺動部材に対して、マイクロビッカース硬度計による表面硬度Hvの測定試験、ボールオンディスク試験法、リングオンディスク試験法による摩擦摩耗試験、飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)、およびラマン分光分析を行った。なお、摺動部材は、ボールオンディスク試験法にはディスク試験片として直径30mm、厚さ3mm、また、リングオンディスク試験法にはブロック試験片として6.3mm×15.7mm×10.1mmの寸法の基材を用いた。以下に、摺動部材の作成方法を述べる。
(実施例1)
実施例1の摺動部材1は、図1に示す成膜装置40内で作成した。
【0026】
まず、ステンレス製の真空容器41の中央に設けた基台42の中央に、基材43(SUS440C、Hv650〜700)を配置した。なお、基台42の支持柱44の内部には冷却水を送る冷却水管(図示せず)が取り付けられている。
【0027】
次に、真空容器41を密閉し、ガス導出管45に接続されたロータリ−ポンプRP1により真空容器41内を粗引き後、拡散ポンプDPにより残留ガスが0.013Paまで排気した。なお、ポンプRP、DPは、ガス導出管45により真空容器41と連通し、各通路にはバルブV1、V2が設けられている。ロータリーポンプRPには、リークバルブであるバルブLVが設けられている。また、ガス導入管46は、コントロールバルブを介して各種ガスボンベに連結している(図示せず)。
【0028】
0.013Paまで排気した真空容器41に、昇温用ガスとして水素ガスをガス導入管46より15sccmで導入し、真空容器41内が130Paに保たれるようにバルブV2を調整した。その後、真空容器41の内側に設けたステンレス製の陽極板47と基台42(陰極)との間に200Vの直流電圧を印加して放電を開始し、基材43が500℃になるまでイオン衝撃による昇温を行った。ここで、直流電源回路は、陽極47と陰極42により構成され、内部の基材43の温度を測定する二色または単色の放射温度計、あるいは熱電対(図示せず)からの入力により電源制御され、基材43の温度を一定に保つことができる。
【0029】
次に、真空容器41内にTMS((CH34Si)ガス1sccm、メタン(CH4)ガス400sccm、水素ガス30sccm、アルゴンガス30sccmをガス流量管46より導入し、全圧力500Paの特殊薄膜形成雰囲気とし、基材43の温度を500℃に保ちながら、15分間の化学蒸着を行った。この際、放電出力は500W(放電出力密度0.6W/cm2)であった。
【0030】
化学蒸着処理後、放電を止め、基材43を1Pa以下の減圧下において冷却した。以上の様にして、摺動部材1を得た。得られた被膜の膜厚は3μmであった。
(実施例2)
実施例1と同様な手順で、20分間成膜し、3μmの被膜を有する摺動部材2を得た。なお、真空容器41内に導入したメタンガスは、200sccmであった。
(実施例3)
実施例1と同様な手順で、30分間成膜し、3μmの被膜を有する摺動部材3を得た。なお、真空容器41内に導入したメタンガスは、100sccmであった。
(実施例4)
実施例1と同様な手順で、40分間成膜し、3μmの被膜を有する摺動部材4を得た。なお、真空容器41内に導入したメタンガスは、50sccmであった。
(実施例5)
実施例1と同様な手順で、3μmの被膜を有する摺動部材5を得た。なお、基材43にはアルミ合金(A2017)を用い、真空容器41内に導入したメタンガスは、100sccmであった。また、基材の温度を200℃に保ちながら、放電出力200W(放電出力密度0.24W/cm2)で放電した。
(実施例6)
実施例1と同様な手順で、2μmの被膜を有する摺動部材6を得た。なお、基材43には超鋼(K10(WC−Co、Co:4〜7%))を用い、真空容器41内に導入したメタンガスは、100sccmであった。また、基材の温度を400℃に保ちながら、放電出力400W(放電出力密度0.48W/cm2)で20分間放電した。
(実施例7)
実施例6と同様な手順で、2μmの被膜を有する摺動部材7を得た。なお、基材43にはセラミックスとしてアルミナを用いた。
(実施例8)
実施例1と同様な手順で、2μmの被膜を有する摺動部材8を得た。なお、基材43には樹脂基材としてポリイミドを用い、真空容器41内に導入したメタンガスは、200sccmであった。また、基材の温度を150℃に保ちながら、放電出力150W(放電出力密度0.18W/cm2)で放電した。
(比較例1)
実施例1と同様な手順で、3μmの被膜を有する摺動部材9を得た。なお、真空容器41内に導入したTMSガスは2sccm、メタンガスは50sccmであった。
(比較例2)
実施例1と同様な手順で、3μmの被膜を有する摺動部材10を得た。なお、真空容器41内に導入したTMSガスは4sccm、メタンガスは50sccmであった。
(比較例3)
実施例1と同様な手順で、3μmの被膜を有する摺動部材11を得た。なお、真空容器41内に導入したTMSガスは6sccm、メタンガスは50sccmであった。
(比較例4)
実施例1と同様な手順で、3μmの被膜を有する摺動部材12を得た。なお、真空容器41内に導入したTMSガスは10sccm、メタンガスは50sccmであった。
(比較例5)
実施例1と同様な手順で、2μmの被膜を有する摺動部材13を得た。なお、真空容器41内に導入したTMSガスは1sccm、メタンガスは100sccmであった。また、放電出力30W(放電出力密度0.036W/cm2)で放電した。
(比較例6)
比較例5と同様な手順で、2μmの被膜を有する摺動部材14を得た。なお、放電出力1800W(放電出力密度2.2W/cm2)で放電した。
(比較例7)
高周波プラズマCVD法により、2μmの被膜を有する摺動部材15を得た。メタンガスを原料として、プラズマ中に導入した。メタンガスは100sccmで、反応圧力は6.5Paとした。また、基材の温度を200℃に保ちながら、放電出力100Wで360分間、放電した。
(比較例8)
物理的作製法であるマグネトロンスパッタリング法により、2μmの被膜を有する摺動部材16を得た。成膜条件は、グラファイトターゲットを用い、アルゴンガスを20sccm、メタンガスを1sccm導入し、反応圧力は1Paとした。また、基材の温度200℃で4時間成膜した。
(比較例9)
比較例7と同様な手順で、2μmの被膜を有する摺動部材17を得た。なお、基材43にはアルミ合金(A2017)を用いた。真空容器41内に導入したメタンガスは200sccmで、TMSガスは導入しなかった。また、放電出力200Wで放電した。
(比較例10)
物理的作製法であるアークイオンプレーティング法により、3μmのCrN被膜を有する摺動部材18を得た。Crターゲットをカソード電極とするアーク式イオンプレーティング装置を用いた。基材43にはアルミ合金(A2017)を用いた。成膜には、基材に−40Vのバイアス電圧を印加し、真空炉内に窒素ガス20sccmを導入し、0.5Paでアーク放電を行った。
(比較例11)
アークイオンプレーティング法により、3μmのTiN被膜を有する摺動部材19を得た。Tiターゲットをカソード電極とするアーク式イオンプレーティング装置を用いた。基材43にはアルミ合金(A2017)を用いた。成膜には、基材に−40Vのバイアス電圧を印加し、真空炉内に窒素ガス20sccmを導入し、0.5Paでアーク放電を行った。
(比較例12)
実施例1と同様な手順で、2μmの被膜を有する摺動部材20を得た。なお、基材43には超鋼(K10(WC−Co、Co:4〜7%))を用い、真空容器41内に導入したTMSガスは4sccm、メタンガスは50sccmであった。また、基材の温度を400℃に保ちながら、放電出力400W(放電出力密度0.48W/cm2)で放電した。
(比較例13)
実施例1と同様な手順で、2μmの被膜を有する摺動部材21を得た。なお、基材43には樹脂基材としてポリイミドを用い、真空容器41内に導入したTMSガスは4sccm、メタンガスは50sccmであった。また、基材の温度を150℃に保ちながら、放電出力150W(放電出力密度0.18W/cm2)で放電した。
[評価]
表1は、実施例1〜8および比較例1〜13の摺動部材1〜8および9〜21の作成条件および被膜の組成をしめす。
【0031】
【表1】
Figure 0004427706
【0032】
被膜中の珪素量は、電子プローブ微小部分析法(EPMA)、X線光電子分光法(XPS)、オージェ電子分光法(AES)、ラザフォード後方散乱法(RBS)を用いて定量した。また、水素量は、弾性反跳粒子検出法(ERD)を用いて定量した。ERDは、2MeVのヘリウムイオンビームを試料に照射し、試料表面からはじき出される水素を半導体検出器により検出することで、被膜中の水素濃度を測定するものである。
【0033】
マイクロビッカース硬度計により、摺動部材1〜4および9〜15の被膜の硬さを測定した。測定荷重25gにて30秒間保持し、5点の測定平均値をSi含有量に対して図2にまとめた。摺動部材1〜4,9,12,15では、ビッカース硬さHv2000以上を示した。中でも、Si含有量の低い摺動部材1,2およびSiを含まない摺動部材15は、Hv2500を示した。また、摺動部材13,14に示すように、放電出力が極めて低い又は高いものでは、被膜の硬度が低くなった。このことから、成膜条件を最適に制御することで、高硬度な被膜が得られることが明らかとなった。
【0034】
Si含有量の異なる摺動部材1〜4,9〜11,15,16について、図3に示す装置を用いて、ボールオンディスク試験を行った。ディスク試験片30は、直径30mm、厚さ3mmのディスク形状を持つ基材33に成膜した被膜32をダイヤモンドペーストでラップし、表面粗さを0.1μmRz以下とした。相手材となるボール36は、軸受け鋼SUJ2ボール(Hv750〜800)を用いた。ボール形状は、直径6.35mmで、表面粗さは0.1μmRz以下であった。荷重fは80N、摺動速度は0.2m/sにて摩耗量を測定した。この際、実面圧は約650MPaであった。潤滑油は、FM材(Mo系)無しのエンジン油(5W−30)、駆動系油の2種類を用い、滴下量5cc/min、油温は室温とした。膜の耐摩耗性は、最大摩耗深さ34を測定した。
【0035】
図4にエンジン油中での摩擦摩耗試験結果を、図5に駆動系油中での摩擦摩耗試験結果を示す。どちらの油中の試験においても、摺動部材1〜4の摺動部材は、もっとも高い耐摩耗性を示した。被膜のSi量を増加すると、摩耗深さは大きくなり、耐摩耗性は低下した。また、Siを含まない摺動部材15,16では、Si含有量が多い摺動部材9〜11と比較して耐摩耗性には優れるが、摺動部材1〜4よりも摩耗が進むことがわかった。
【0036】
また、基材の異なる摺動部材についても、同様なボールオンディスク試験を行った。合金を基材とした摺動部材5,17〜19、焼結体を基材とした摺動部材6,7,20、樹脂基材とした摺動部材8,21について、それぞれ測定を行った。
【0037】
アルミ合金を基材33としたディスク試験片30は、被膜32を#1500耐水ペーパーで研磨し、表面粗さを0.4μmRz以下とした。相手材となるボール36は、軸受け鋼SUJ2ボール(Hv750〜800)を用いた。ボール形状は、直径6.35mmで、表面粗さは0.1μmRz以下であった。潤滑油は、FM剤(Mo系)無しのエンジン油(10W−30)を用い、油温は室温とした。滑り速度0.2m/sにて、加重を20〜90Nまで変化させ、摩擦係数が急増する加重を焼付き加重とした。
【0038】
図6にエンジン油中での各種被膜の耐焼付き性を示す。摺動部材5の耐焼付き加重が最も高いことが分かった。摺動部材18のCrN被膜や、摺動部材19のTiN被膜よりも、摺動部材5の被膜が、さらに、Siを含まない摺動部材17の被膜よりもSiを4.1at%含む摺動部材5の被膜が、耐焼付き性に優れていた。また、アルミ合金以外にも、チタン合金、マグネシウム合金を基材とした場合にも、同様な結果が得られることを確認した。
【0039】
焼結体を基材とした摺動部材6,7,20についても、合金基材と同様な処理を施し、荷重50N、摺動速度0.2m/sの測定条件にてボールオンディスク試験を行った。エンジン油は、5W−30を用い、滴下量5cc/min、油温は室温とした。
【0040】
図7にエンジン油中での摩耗深さを示す。Si量の多い摺動部材20に比べ、Si量が4.0at%である摺動部材6,7では、摩耗深さが小さく、基材が超鋼であってもアルミナであっても、耐摩耗性に優れていることが分かった。
【0041】
また、樹脂基材についても合金基材と同様な処理を施した後、荷重50N、摺動速度0.2m/sの測定条件にてボールオンディスク試験を行った。エンジン油は、5W−30を用い、滴下量5cc/min、油温は室温とした。図8にエンジン油中での摩耗深さを示す。Si量の多い摺動部材21に比べ、Si量3.0at%の摺動部材8では、摩耗深さが小さく、耐摩耗性に優れていることが分かった。
【0042】
以上のボールオンディスク試験結果から、各種基材表面に成膜した炭素を主成分とする被膜が耐摩耗性および耐焼付き性示すのは、珪素を1〜5at%含む被膜であることが分かった。
【0043】
Si含有量の異なる摺動部材2〜4,10,15,16について、図9に示す装置を用いて、リングオンブロック試験を行った。リングオンブロック試験には、FALEX社製、LFW−1型試験を用いた。ブロック試験片90は、6.3mm×15.7mm×10.1mmのブロック形状を持つ基材93と、基材93に成膜した被膜92とから成る。相手材となるリング試験片96は、LFW−1型試験の標準試験片であるFALEX、S−10リング試験片を用いた。このリング試験片96は、SAE4620スチール(Hv650〜770)から成る。リング試験片96は、油槽97内に回転可能に設置されており、FM材(Mo系)無しのエンジン油(5W−30)を油槽97に満たした。この際、リング試験片96は、その少なくとも一部がエンジン油中にある。なお、油温は80℃とした。ブロック試験片90とリング試験片96は、ブロック試験片90の被膜92とリング試験片96とが接触するように設置した。荷重は、無負荷の状態でリング回転速度を0.3m/sに設定し、荷重Fを50Nずつ増しながら、各荷重で1分ずつ摺動させ、摩擦係数が急増した荷重を焼付き荷重とした。また、荷重を300N(実面圧310MPa)で固定し、30分間保持し、被膜の摩耗深さの大小で耐摩耗性を評価した。
【0044】
図10に、エンジン油中での被膜の耐焼付き性を示す。Siを2.1〜4.5at%含む摺動部材2〜4は、Si量の多い摺動部材10や、Siを含まない摺動部材15,16と比べ、焼付き荷重が高く、耐焼付き性に優れていることが分かる。また、図11に、エンジン油中での被膜の耐摩耗性を示す。Siを2.1〜4.5at%含む摺動部材2〜4において、摩耗深さが最も小さいことが分かった。
【0045】
以上のボールオンディスク試験結果およびリングオンブロック試験結果から、実施例1〜8の摺動部材は、高耐摩耗性で、かつ高耐焼付き性に優れていることがわかった。
【0046】
次に、摺動部材2,3,15,16の摺動部を二次イオン質量分析(TOF−SIMS分析)により、表面吸着物を調べた。その結果を表2に示す。
【0047】
【表2】
Figure 0004427706
【0048】
Siをそれぞれ2.1at%、4.1at%含有した摺動部材2,3では、Siを含有していない摺動部材15,16よりもCa、Zn、Pの吸着量が多い。Ca、Zn、P等のエンジン油中に含まれる成分が吸着しやすい膜表面となることで、耐焼付き性が向上した。また、吸着物が多く膜面に存在することで、焼付きの防止だけでなく、耐摩耗性も同時に向上していると推測できる。
【0049】
膜構造を調べるために、ラマン分光分析により、摺動部材1〜4,10,11,15,16のラマン分光スペクトルを得た。ラマン分光分析には、アルゴンイオンレーザー(波長514.5nm)を用いた。得られたスペクトルから、(A)Gバンドピーク位置、(B)Gバンド半値幅、(C)D/G強度比、(D)Gバンドスペクトルの傾きを、Si含有量についてまとめた結果を図12に示す。なお、D/G強度比には、高さの比を用いた。また、スペクトルの傾きは、蛍光成分の影響を受けることで現れる現象である。このことは、被膜中に蛍光成分がみられ、有機的な構造を含んでいることが考えられる。
【0050】
被膜中のSi量が1.6〜4.5at%である摺動部材1〜4では、Gバンドピーク位置が高周波側にシフトし、1550cm-1より高い波数に位置し(図12(A))、被膜の構成原子同士の距離が小さくなったことが推定される。また、実1〜4では、Gバンド半値幅が小さく、150cm-1以下で(図12(B))、被膜に欠陥が減少したものと推定される。さらに、摺動部材1〜4では、Gバンドに対するDバンドの強度比が1.0以下であった(図12(C))。つまり、最適な量のSiを含む実施例1〜4の被膜は、Gバンドピークが1550cm-1より高い波数でみられ、Gバンド半値幅が150cm-1以下で、Gバンドに対するDバンドの強度比が1.0以下であることが分かった。ここで、実1〜4は、硬度測定、摩擦摩耗試験等において優れた特性を示しているため、以上の構造を示すラマンスペクトルを持つ被膜が、高耐摩耗性および高耐焼付き性をもつことが明らかとなった。
【0051】
さらに、摺動部材1〜4では、Gバンドスペクトルの傾きが1.0以下で小さく、2重結合等を含む有機成分が少なくなったと推測される。
【0052】
【発明の効果】
本第1発明の高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材は、潤滑油の存在下で摺動される摺動面を持つ基材と、摺動面の少なくとも一部に固定した被膜と、からなり、被膜は、炭素を主成分とし、珪素を1〜5at%、水素を20〜40at%含むダイヤモンドライクカーボンからなる。上記の構成により、潤滑油中の高面圧あるいは高速度な摺動条件で、優れた耐摩耗性と高耐焼付き性を示す。潤滑油中の化合物がもつ、カルシウム、亜鉛、硫黄、リン、窒素等の少なくとも1種の元素が被膜に吸着するため、膜表面への相手材の凝着を防止し耐焼付き性に優れ、さらに、耐摩耗性も向上させる。
【0053】
本第2発明の高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材の製造方法は、基材を真空容器に配設し、プラズマCVD法により、珪素化合物ガスと炭素化合物ガスとを主体とした雰囲気中で、珪素化合物ガスと炭素化合物ガスの流量比を1:5〜500の範囲内として、放電出力密度0.05〜2.0W/cm2で放電させることにより、前記基材の摺動面の少なくとも一部に被膜を形成する。最適な条件で形成された摺動部材は、高耐摩耗性および高耐焼付き性を示す。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明で用いられるプラズマCVD装置の概略図。
【図2】 マイクロビッカース硬さと被膜の珪素含有量の関係を示す図。
【図3】 ボールオンディスク試験装置の概略図。
【図4】 エンジン油中での摩擦摩耗試験結果を示す図。
【図5】 駆動系油中での摩擦摩耗試験結果を示す図。
【図6】 アルミ合金を基材とした場合のエンジン油中での各種被膜の耐焼付き性を示す図。
【図7】 焼結体を基材とした場合のエンジン油中での摩耗深さを示す図。
【図8】 樹脂を基材とした場合のエンジン油中での摩耗深さを示す図。
【図9】 リングオンブロック試験装置の概略図。
【図10】エンジン油中での被膜の耐焼付き性を示す図。
【図11】エンジン油中での被膜の耐摩耗性を示す図。
【図12】ラマン分光分析結果と被膜の珪素含有量の関係を示す図。
【符号の説明】
1〜21…摺動部材1〜21
41…真空容器 42…基台 44…支持柱
45…ガス導出管 46…ガス導入管
43,33,93…基材
32,92…被膜
30…ディスク試験片 90…ブロック試験片
36…ボール 96…リング

Claims (8)

  1. 潤滑油の存在下で摺動される摺動面を持つ基材と、該摺動面の少なくとも一部に固定した被膜と、からなり、
    前記被膜は、炭素を主成分とし、珪素を1〜5at%、水素を20〜40at%含むダイヤモンドライクカーボンからなり、ラマン分光分析によるラマンピークのうち、Gバンドの位置が150cm−1以上で、該Gバンドの半値幅が150cm−1以下で、かつ、該Gバンドに対するDバンドの強度比が1.0以下であることを特徴とする高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材。
  2. 前記珪素が、1.6〜4.5at%である請求項1記載の高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材。
  3. 前記水素が、25〜36at%である請求項1記載の高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材。
  4. 前記被膜は、1at%未満の窒素および5at%未満の酸素の少なくとも1種を含む請求項1記載の高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材。
  5. 前記被膜は、0.5μm以上の膜厚を持つ請求項1記載の高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材。
  6. 前記潤滑油は、カルシウム、亜鉛、硫黄、リン、および窒素の少なくとも1種の元素を持つ化合物を含む請求項1記載の高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材。
  7. 前記摺動面は、300MPa以上の摺動面圧で摺動される請求項1記載の高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材。
  8. 基材を真空容器に配設し、直流プラズマCVD法により、珪素化合物ガスと炭素化合物ガスとを主体とした雰囲気中で、珪素化合物ガスと炭素化合物ガスの流量比を1:5〜500、珪素化合物ガスの流量を1〜200sccm、炭素化合物ガスの流量を5〜2000sccm、水素ガスおよびアルゴンガスのうちの1種以上の雰囲気ガスの流量をそれぞれ10〜30sccmの範囲内として、放電出力密度0.05〜2.0W/cmで放電させることにより、前記基材の摺動面の少なくとも一部に炭素を主成分とし、珪素を1〜5at%、水素を20〜40at%含むダイヤモンドライクカーボンからなり、ラマン分光分析によるラマンピークのうち、Gバンドの位置が150cm−1以上で、該Gバンドの半値幅が150cm−1以下で、かつ、該Gバンドに対するDバンドの強度比が1.0以下である被膜を形成することを特徴とする高耐摩耗性および高耐焼付き性摺動部材の製造方法。
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