JP2005314454A - 低摩擦摺動部材 - Google Patents

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俊英 大森
Hideo Tachikawa
英男 太刀川
Shigeru Hotta
滋 堀田
Koji Moriya
浩司 森谷
Mamoru Toyama
護 遠山
Yoshio Shimura
好男 志村
Fumio Shimizu
富美男 清水
Takashi Izeki
崇 伊関
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Abstract

【課題】 潤滑油に含まれる添加剤の吸着、反応によらずに、低摩擦係数を実現できる低摩擦摺動部材を提供する。
【解決手段】 低摩擦摺動部材を、基材と、該基材の表面に形成され、相手材と摺接し、Siを1at%以上30at%以下含有する非晶質硬質炭素膜と、を備えて構成する。この低摩擦摺動部材を、リン、亜鉛、カルシウム、マグネシウム、ナトリウム、バリウム、銅、塩素の合計含有量が500ppm以下である低添加剤潤滑油を用いた湿式条件で使用する。
【選択図】 なし

Description

本発明は、潤滑油を用いた湿式条件下で使用され、摩擦係数が小さく、耐摩耗性に優れた低摩擦摺動部材に関する。
例えば、エンジンを構成するピストンや動弁系部品等の摺動部材では、資源保護や環境問題等の観点から、摩擦によるエネルギー損失をできるだけ低減することが要求される。このため、従来から、摺動部材の摩擦係数の低減や、耐摩耗性の向上等を図るべく、その摺動面に種々の表面処理が施されてきた。なかでも、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜と呼ばれる非晶質硬質炭素膜は、摺動性を高める被膜として広く利用されている(例えば、特許文献1、2参照。)。
特開平3−240957号公報 特開2001−192864号公報
例えば、上記特許文献1には、珪素(Si)を含む非晶質硬質炭素膜が開示されている。この非晶質硬質炭素膜は、潤滑油を用いない乾式条件では、低い摩擦係数を示す。しかし、潤滑油を用いた湿式条件では、摩擦係数を低減することは難しい。この要因として、潤滑油に含まれる各種添加剤の影響が考えられる。潤滑油中の添加剤は、非晶質硬質炭素膜の表面に吸着、反応して境界膜を形成する。よって、摩擦係数は、摺動時に形成される境界膜により決定されると考えられる。
一方、上記特許文献2には、芳香族化合物を含有した潤滑油を用いる試みが開示されている。芳香族化合物は、非晶質硬質炭素膜への吸着力が高いため、非晶質硬質炭素膜の表面に強固な境界膜を形成する。つまり、非晶質硬質炭素膜の表面に境界膜を形成させることで、固体接触割合を減らし、摩擦係数の低減を図っている。しかし、この方法では、添加剤が変更された場合、芳香族化合物以外の物質の吸着、反応で、摩擦係数の低減が阻害されてしまうおそれがある。また、摺動部材によっては、添加剤を含まない潤滑油下で使用されるものもある。さらに、環境問題等の観点から、今後、添加剤の種類の見直しや量の適正化が進むことも考えられる。この場合、添加剤の吸着、反応によって、摩擦係数を低減させることは難しくなる。
本発明は、このような実状に鑑みてなされたものであり、潤滑油に含まれる添加剤の吸着、反応によらずに、低摩擦係数を実現できる低摩擦摺動部材を提供することを課題とする。
本発明の低摩擦摺動部材は、基材と、該基材の表面に形成され、相手材と摺接し、Siを1at%以上30at%以下含有する非晶質硬質炭素膜と、を備え、リン(P)、亜鉛(Zn)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、ナトリウム(Na)、バリウム(Ba)、銅(Cu)、塩素(Cl)の合計含有量が500ppm以下である低添加剤潤滑油を用いた湿式条件で使用されることを特徴とする。
本発明者は、Siを1at%以上30at%以下含有する非晶質硬質炭素膜を、添加剤の含有量が少ない、もしくは添加剤を含まない低添加剤潤滑油下で相手材と摺接させた場合、非晶質硬質炭素膜表面にシラノール(SiOH)が生成することを見いだした。そして、非晶質硬質炭素膜表面のシラノールの存在により、相手材との境界摩擦が低減するという知見を得た。
図1に、摺動後における二種類の摺動部材の要部断面を模式的に示す。図1(a)は、添加剤を含まないベース油下で使用された本発明の低摩擦摺動部材を示し、(b)は、添加剤量の多いエンジン油下で使用された従来の摺動部材を示す。図1(a)に示すように、低摩擦摺動部材1は、基材10と非晶質硬質炭素膜11とを備える。非晶質硬質炭素膜11は、基材10の表面に形成される。相手材との摺動により、非晶質硬質炭素膜11の表面には、シラノール12が生成される。シラノール12の存在により、相手材との接触による境界摩擦が低減される。このため、摩擦係数は小さくなる。なお、ベース油中のP、Zn、Ca、Mg、Na、Ba、Cu、Clの合計含有量は500ppm以下である。つまり、非晶質硬質炭素膜11の表面に、これらの成分の吸着、反応による境界膜は形成され難い。
一方、図1(b)に示すように、摺動部材2は、基材20とDLC膜21とを備える。DLC膜21は、基材20の表面に形成される。従来のエンジン油には添加剤が多く含まれており、P、Zn、Ca、Mg、Na、Ba、Cu、Clの合計含有量は3000ppm以上である。このため、DLC膜21の表面には、エンジン油中の添加剤とDLC膜21との反応により生成した反応物層22が形成される。このため、境界摩擦は低減されず、摩擦係数が低減し難い。
このように、本発明の低摩擦摺動部材は、所定の元素の合計含有量が500ppm以下である低添加剤潤滑油下で使用されることで、低摩擦係数を示す。
本発明の低摩擦摺動部材は、Siを1at%以上30at%以下含有する非晶質硬質炭素膜を備える。低添加剤潤滑油を用いた湿式条件で使用した場合、非晶質硬質炭素膜表面にシラノールが生成し、相手材との境界摩擦が低減する。よって、本発明の低摩擦摺動部材によれば、潤滑油中の添加剤の吸着、反応によらずに、低摩擦係数を実現できる。
以下、本発明の低摩擦摺動部材について詳細に説明する。上述したように、本発明の低摩擦摺動部材は、基材と、該基材の表面に形成され、相手材と摺接し、Siを1at%以上30at%以下含有する非晶質硬質炭素膜と、を備え、リン、亜鉛、カルシウム、マグネシウム、ナトリウム、バリウム、銅、塩素の合計含有量が500ppm以下である低添加剤潤滑油を用いた湿式条件で使用される。
基材の材質は、摺動部材として使用できれば特に限定されるものではない。金属、セラミックス、樹脂等から選ばれる材料を用いればよい。例えば、炭素鋼、合金鋼、鋳鉄、アルミニウム合金、チタン合金等の金属製基材、超鋼、アルミナ、窒化珪素等のセラミックス製基材、ポリイミド、ポリアミド等の樹脂製基材等が挙げられる。
基材の表面粗さは、特に限定されるものではなく、例えば、Rzjis3.0μm以下とすることが望ましい。Rzjis0.5μm以下とするとより好適である。
非晶質硬質炭素膜は、炭素(C)、水素(H)に加えて、Siを1at%以上30at%以下含有する。Siの含有量が1at%未満の場合には、摺動時にシラノールが充分生成されず、摩擦係数が低減されない。Siの含有量を5at%より多くすると好適である。反対に、Siの含有量が30at%を超えると、非晶質硬質炭素膜の摩耗量が増加する。よって、耐摩耗性を考慮した場合には、20at%以下とすると好適である。
また、Hの含有量は、20at%以上40at%以下とするとよい。Hの含有量が20at%未満の場合には、非晶質硬質炭素膜の硬さは大きくなるが、密着力や靱性が低下する。H含有量を25at%以上とすると好適である。反対に、H含有量が40at%を超えると、非晶質硬質炭素膜の硬さが小さくなり、耐摩耗性が低下する。H含有量を35at%以下とすると好適である。
非晶質硬質炭素膜の膜厚は、基材の表面粗さにもよるが、例えば、0.5μm以上とすることが望ましい。1μm以上とするとより好適である。また、非晶質硬質炭素膜の表面粗さは、相手材への攻撃性を考慮して、Rzjis1μm以下とすることが望ましい。Rzjis0.5μm以下とするとより好適である。
非晶質硬質炭素膜の硬さは、特に限定されるものではない。例えば、耐摩耗性等を考慮した場合には、15GPa以上であるとよい。本明細書では非晶質硬質炭素膜の硬さとして、ナノインデンター試験機(株式会社東陽テクニカ製 MTS)による測定値を採用する。
また、摺動面圧が100MPa以上と高い摺動環境では、非晶質硬質炭素膜は基材から剥離し易い。よって、非晶質硬質炭素膜の剥離を抑制するという観点から、非晶質硬質炭素膜と基材との密着力を20N以上とすることが望ましい。また、摺動面圧が1000MPa以上の摺動環境で使用する場合には、密着力を30N以上とすることが望ましい。非晶質硬質炭素膜と基材との密着力は、通常のスクラッチ試験による膜の剥離荷重から求められる。本明細書では、頂角120度、先端半径0.2mmのダイヤモンドコーンに荷重をかけて膜を引掻き、膜が剥離した時の荷重を密着力とした。
相手材との摺接により、非晶質硬質炭素膜の表面にはシラノールが生成される。生成したシラノールは、例えば、誘導体化法を利用したXPS分析により検出される。誘導体化XPS分析は、次の手順で行えばよい。まず、反応試薬のトリデカフルオロ−1,1,2,2−テトラヒドロオクチル−ジメチルクロロシランが入った硫酸中に、摺動後の非晶質硬質炭素膜を1時間浸漬する。この時、シラノールが生成していれば、膜表面のOH基と反応試薬中のClとが反応し脱塩酸される。次に、非晶質硬質炭素膜を取り出し、クロロホルムにより充分洗浄する。その後、XPS分析によりF量を求めることで、シラノール量を定量することができる。
非晶質硬質炭素膜は、プラズマCVD法、イオンプレーティング法、スパッタリング法等、既に公知のCVD法、PVD法により形成すればよい。例えば、プラズマCVD法により形成する場合には、真空容器内に基材を配置して、反応ガスおよびキャリアガスを導入する。そして、放電によりプラズマを生成させ、反応ガス中のプラズマイオン化されたC、CH、Si等を基材に付着させ、非晶質硬質炭素膜を形成する。反応ガスには、メタン(CH4)、アセチレン(C22)等の炭化水素ガス、Si(CH34[TMS]、SiH4、SiCl4、SiH24等の珪素化合物ガス、および水素ガスを用い、キャリアガスにはアルゴンガスを用いればよい。
非晶質硬質炭素膜が摺接する相手材は、炭素鋼、合金鋼、鋳鉄、アルミニウム合金、チタン合金等の金属、ポリイミド、ポリアミド等の樹脂、超鋼、アルミナ、窒化珪素等のセラミックスが好適である。また、相手材も、Siを1at%以上30at%以下含有する非晶質硬質炭素膜である場合には、より摩擦係数が低減され好適である。
本発明の低摩擦摺動部材は、リン、亜鉛、カルシウム、マグネシウム、ナトリウム、バリウム、銅、塩素の合計含有量が500ppm以下である低添加剤潤滑油を用いた湿式条件で使用される。このような低添加剤潤滑油としては、例えば、鉱物油、合成油、植物油等のいわゆるベース油の他、ガソリン、軽油等の燃料油が挙げられる。また、摩擦係数の低減を阻害する元素をより少なくするという観点から、リン、亜鉛、カルシウム、マグネシウム、ナトリウム、バリウム、銅、塩素の合計含有量を100ppm以下とするとよい。
以上、本発明の低摩擦摺動部材の実施形態を説明したが、本発明の低摩擦摺動部材は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の低摩擦摺動部材は、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
上記実施形態に基づいて、基材の表面に種々の非晶質硬質炭素膜を形成した。そして、二種類の摺動試験を行って、各非晶質硬質炭素膜の摩擦特性を評価した。以下、各摺動試験および摩擦特性の評価について説明する。
(1)リング・オン・ブロック型摩擦試験機による摺動試験
(a)Si含有非晶質硬質炭素膜(以下、適宜「DLC−Si膜」と称す。)の形成
図2に示すプラズマCVD成膜装置を用いて、基材の表面にDLC−Si膜を形成した。図2に示すように、プラズマCVD成膜装置3は、ステンレス製の容器30と、基台31と、ガス導入管32と、ガス導出管33とを備える。ガス導入管32は、バルブ(図略)を介して各種ガスボンベ(図略)に接続される。ガス導出管33は、バルブ(図略)を介してロータリーポンプ(図略)および拡散ポンプ(図略)に接続される。
まず、容器30内に設置された基台31の上に、基材4を配置した。基材4は、マルテンサイト系ステンレス鋼SUS440C(焼入れ焼戻し品 HRC58)製のブロック試験片(6.3mm×15.7mm×10.1mm)とした。次に、容器30を密閉し、ガス導出管33に接続されたロータリーポンプおよび拡散ポンプにより、容器30内のガスを排気した。容器30内にガス導入管32から水素ガスを15sccm導入し、ガス圧を約133Paとした。その後、容器30の内側に設けたステンレス製陽極板34と基台31との間に200Vの直流電圧を印加して、放電を開始した。そして、基材4の温度が500℃になるまで、イオン衝撃による昇温を行った。次に、ガス導入管32から、窒素ガス500sccmおよび水素ガス40sccmを導入し、圧力約800Pa、電圧400V(電流1.5A)、温度500℃でプラズマ窒化処理を1時間行った。基材4の断面組織を観察したところ、窒化深さは30μmであった。
プラズマ窒化処理後、ガス導入管32から水素ガスとアルゴンガスとを30sccmずつ導入し、圧力約533Pa、電圧300V(電流1.6A)、温度500℃でスパッタリングし、基材4の表面に微細な凹凸を形成した(凹凸形成処理)。凸部の幅は60nm、高さは30nmであった。この凹凸形成処理は、DLC−Si膜と基材4との密着性を向上させるための前処理の一つである。次に、ガス導入管32から反応ガスとしてTMSガスおよびメタンガスを下記表1に示す流量で導入し、さらに水素ガスとアルゴンガスとを30sccmずつ導入し、圧力約533Pa、電圧320V(電流1.8A)、温度500℃で成膜した。膜厚が2.5〜3.0μmとなるよう成膜時間を制御した。
このような方法で、ブロック試験片にSi量の異なる3種類のDLC−Si膜を形成した。これらのブロック試験片を、実施例1〜3のブロック試験片とした。また、比較のため、上記ブロック試験片に、Siを含有しないDLC膜(以下、単に「DLC膜」と称す。)を形成した。この場合、一つは高周波プラズマCVD法により、もう一つはマグネトロンスパッタリング法により成膜した。これらのブロック試験片を、比較例1、2のブロック試験片とした。表1に、各ブロック試験片に形成された被膜の成膜方法、成膜条件、組成、硬さを示す。また、表2に、形成された被膜の厚さ、表面粗さ、密着力を示す。なお、表2では、実施例1のブロック試験片として、DLC−Si膜の表面粗さの異なる三種類(実施例1−1〜3)を示す。
DLC−Si膜中のSi量は、電子プローブ微小部分析法(EPMA)、X線光電子分光法(XPS)、オージェ電子分光法(AES)、ラザフォード後方散乱法(RBS)により定量した。また、被膜中のH量は、弾性反跳粒子検出法(ERDA)により定量した。ERDAは、2MeVのヘリウムイオンビームを被膜表面に照射して、被膜からはじき出される水素を半導体検出器により検出し、被膜中の水素濃度を測定する方法である。
Figure 2005314454
Figure 2005314454
(b)摺動試験および摩擦特性の評価
作製した各ブロック試験片について、リング・オン・ブロック型摩擦試験機(LFW−1、FALEX社製)による摺動試験を行った。図3に、リング・オン・ブロック型摩擦試験機の概略図を示す。図3に示すように、リング・オン・ブロック型摩擦試験機5は、ブロック試験片50と、相手材となるリング試験片51とから構成される。ブロック試験片50とリング試験片51とは、ブロック試験片50に形成された被膜500とリング試験片51とが当接する状態で設置される。リング試験片51はオイルバス52中に回転可能に設置される。本摺動試験では、リング試験片51として、本摩擦試験機の標準試験片であるS−10リング試験片(材質:SAE4620スチール浸炭処理材、形状:φ35mm、幅8.8mm、表面粗さ:Rzjis1.5〜2.0μm、FALEX社製)を用いた。また、オイルバス52には、80℃に加熱保持したベース油(100ニュートラルのパラフィン系無添加鉱油)を用いた。
まず、無負荷の状態で、リング試験片51を回転させた後、ブロック試験片50の上から300Nの荷重(ヘルツ面圧310MPa)をかけ、そのまま30分間回転させた。その後、摩擦係数を測定した。ここで、ヘルツ面圧とは、ブロック試験片50とリング試験片51との接触部の弾性変形を考慮した実接触面の圧力の最大値である。摩擦係数の測定結果を、図4、図5に示す。図4は、被膜中のSi量と摩擦係数との関係を示し、図5は、被膜の表面粗さと摩擦係数との関係を示す。
図4に示すように、DLC−Si膜が形成された実施例1−2、2、3のブロック試験片の摩擦係数は、鋼材(図中破線で示す)や比較例1、2のブロック試験片と比較して、いずれも低くなった。これより、ベース油のような低添加剤潤滑油を用いた湿式条件下では、DLC−Si膜により低摩擦係数を実現できることが確認された。
また、図5に示すように、DLC−Si膜の表面粗さがRzjis0.45μm付近までは、低摩擦係数が維持されることがわかる。表面粗さがRzjis0.85μmと大きくなると、摩擦係数は上昇するが、鋼材や比較例1、2のブロック試験片と比べて低い値となっている。一般に、被膜の表面粗さを小さくすることは、境界摩擦の割合を減少させ、流体潤滑の割合を増加させるため、摩擦係数の低減に有効であると言われている。しかし、実施例1〜3のブロック試験片に形成されたDLC−Si膜の表面粗さの多くは、比較例1、2のブロック試験片に形成されたDLC膜の表面粗さよりも大きい。つまり、ベース油下では、表面粗さに関わらず、DLC−Si膜の摩擦係数は低い。よって、DLC−Si膜では、流体潤滑の割合よりも境界摩擦の低減効果により、低摩擦係数を実現できたと考えられる。
境界摩擦を低減させる要因の一つとして、DLC−Si膜表面におけるシラノールの生成が考えられる。そこで、実施例1−2、実施例2、比較例2の各ブロック試験片に形成された被膜について、上記摺動試験後にシラノール分析を行った。シラノール分析は、誘導体化XPS分析により、以下の手順で行った。まず、反応試薬のトリデカフルオロ−1,1,2,2−テトラヒドロオクチル−ジメチルクロロシランが入った硫酸中に、各ブロック試験片を1時間浸漬した。次に、クロロホルムにより充分洗浄し、XPS分析によりF量を求めた。この誘導体化XPS分析の結果を図6に示す。
図6に示すように、実施例1−2、実施例2のブロック試験片に形成されたDLC−Si膜では、Fが多量に検出された。つまり、これらのDLC−Si膜表面には、シラノールが多量に生成していることがわかる。一方、比較例2のブロック試験片に形成されたDLC膜では、Fは検出されず、シラノールは生成していなかった。これより、低添加剤潤滑油を用いた湿式条件における摺動では、DLC−Si膜の表面にシラノールが生成し、摩擦係数が低減されるといえる。シラノールの生成量はF量を目安として推定される。境界摩擦の低減には、F量が1at%以上であることが望ましい。F量が3at%以上であるとより好適である。
(2)往復摺動試験機による摺動試験
エンジンのピストンリングとシリンダボアとを想定した往復摺動試験機により摺動試験を行った。図7に、往復摺動試験機の概略図を示す。図7に示すように、往復摺動試験機6は、ボア想定材60と、リング想定材61とから構成される。ボア想定材60は、鋳鉄製であり、リング想定材61は、窒化鋼製である。リング想定材61は、ボア想定材60の内側に摺接しながら上下方向に往復する。ボア想定材60とリング想定材61との摺動部には、オイル供給パイプ62から軽油が供給される。
摺動試験は、温度90℃、軽油下で、ボア想定材60にリング想定材61を荷重100N(面圧160MPa)で押圧した状態で、リング想定材61を摺動させて行った。リング想定材61の往復速度を、500、1000、1200、1400rpmと変化させ、各々の往復速度における摩擦係数を測定した。各々の往復速度における摩擦係数の平均値を、平均摩擦係数として採用した。
また、摺動試験におけるボア想定材60、リング想定材61の各摺動面は、(i)被膜形成無し、(ii)ボア想定材の摺動面のみにDLC−Si膜(Si量6at%)形成、(iii)ボア想定材およびリング想定材の両摺動面にDLC−Si膜(Si量6at%)形成、の三種類の組合せとした。なお、DLC−Si膜の形成は、上記(1)(a)の方法(実施例1−1)に準じて行った。
図8に、摩擦係数の測定結果を示す。図8に示すように、ボア想定材およびリング想定材の少なくとも一方にDLC−Si膜を形成することで、無被膜の場合よりも摩擦係数が大きく低下することがわかる。つまり、軽油下でも、DLC−Si膜により低摩擦係数を実現できることが確認された。例えば、ボア想定材の摺動面のみにDLC−Si膜を形成すると(DLC−Si/窒化鋼)、無被膜(鋳鉄/窒化鋼)と比べて、すべての往復速度で摩擦係数は約30%以上低下した。特に、往復速度が1400rpmでは、50%以上低下して、摩擦係数は0.04となった。また、ボア想定材およびリング想定材の両摺動面にDLC−Si膜を形成すると(DLC−Si/DLC−Si)、摩擦係数はさらに低下し、往復速度が1400rpmでは、0.02となった。このように、DLC−Si膜どうしを摺動させると、摩擦係数をより低減することができる。但し、この場合には、DLC−Si膜の表面粗さに注意が必要となる。DLC−Si膜の表面粗さが大きいと、相手材のDLC−Si膜を摩耗させるおそれがある。
なお、上記(1)(a)で作製した比較例1のブロック試験片と同様のDLC膜を、ボア想定材に形成し、摺動試験を行ったところ、摺動試験中にDLC膜が剥離してしまった。これは、DLC膜の密着力が8Nと小さいことによる。本発明者が検討した結果、摺動面圧が100MPa以上と高い摺動環境では、基材と被膜との密着力は20N以上必要であることが確認された。
摺動後における二種類の摺動部材の要部断面を示す模式図であり、(a)は、ベース油下で使用された本発明の低摩擦摺動部材を示し、(b)は、エンジン油下で使用された従来の摺動部材を示す。 プラズマCVD成膜装置の概略図である。 リング・オン・ブロック型摩擦試験機の概略図である。 被膜中のSi量と摩擦係数との関係を示すグラフである。 被膜の表面粗さと摩擦係数との関係を示すグラフである。 誘導体化XPS分析の結果を示すグラフである。 往復摺動試験機の概略図である。 往復摺動試験における摩擦係数の測定結果を示すグラフである。
符号の説明
1:低摩擦摺動部材 10:基材 11:非晶質硬質炭素膜 12:シラノール
2:摺動部材 20:基材 21:DLC膜 22:反応物層
3:プラズマCVD成膜装置 30:容器 31:基台 32:ガス導入管
33:ガス導出管 34:ステンレス製陽極板 4:基材
5:リング・オン・ブロック型摩擦試験機
50:ブロック試験片 51:リング試験片 52:オイルバス 500:被膜
6:往復摺動試験機
60:ボア想定材 61:リング想定材 62:オイル供給パイプ

Claims (6)

  1. 基材と、
    該基材の表面に形成され、相手材と摺接し、Siを1at%以上30at%以下含有する非晶質硬質炭素膜と、を備え、
    リン、亜鉛、カルシウム、マグネシウム、ナトリウム、バリウム、銅、塩素の合計含有量が500ppm以下である低添加剤潤滑油を用いた湿式条件で使用されることを特徴とする低摩擦摺動部材。
  2. 前記非晶質硬質炭素膜のHの含有量は、20at%以上40at%以下である請求項1に記載の低摩擦摺動部材。
  3. 前記非晶質硬質炭素膜の硬さは、15GPa以上である請求項1に記載の低摩擦摺動部材。
  4. 前記基材と前記非晶質硬質炭素膜との密着力は、20N以上である請求項1に記載の低摩擦摺動部材。
  5. 前記相手材は、金属、樹脂、セラミックスのいずれかである請求項1に記載の低摩擦摺動部材。
  6. 前記相手材は、Siを1at%以上30at%以下含有する非晶質硬質炭素膜である請求項1に記載の低摩擦摺動部材。
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