JP4402898B2 - 物理的蒸着装置 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、切削工具、摺動部材、金型の如き耐摩耗部材に適用される耐摩耗性及び耐熱性に優れた酸化物系硬質皮膜を切削工具や摺動部材等の基材の表面に形成するための物理的蒸着装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
一般に、優れた耐摩耗性や摺動特性が求められる切削工具や摺動部材等においては、高速度鋼や超硬合金等の基材表面に、物理的蒸着法(以下、PVD法という)や化学的蒸着法(以下、CVD法という)等の方法で、チタン窒化物やチタンアルミニウム窒化物等の硬質皮膜を形成する方法が採用されている。このような硬質皮膜に要求される特性は、耐磨耗性と耐熱性(高温での耐酸化性)である。このような観点からチタンアルミニウム窒化物(TiAlN)が、耐磨耗性と耐熱性を兼備えた材料として、切削時の刃先温度が高温になる切削工具等への被覆材料として近年多く使われている。これは、皮膜に含まれたアルミの作用により、耐熱性が向上し800℃程度の高温までは安定的に使えるためである。このTiAlN皮膜は任意のTi:Alの混合比率が使えるが、通常Ti:Alの混合比(原子%)が50:50〜25:75程度ものが多く用いられる。
【0003】
しかしながら、切削工具等の刃先は時に1000℃以上の高温となる場合がある。このような条件下では、TiAlN皮膜でも耐熱性が不足するために、例えば、特許文献1などに開示されるように、TiAlN皮膜を形成した上に酸化アルミニウム膜を形成して耐熱性を確保することが行われてきた。
【0004】
上記酸化アルミニウムは、温度によって様々な結晶構造をとるが、いずれも熱的に準安定状態にある。しかし、切削工具の如く切削時における刃先の温度が、常温から1000℃以上にわたる広範囲で著しく変動する場合、上記酸化アルミニウムの結晶構造が変化して、皮膜に亀裂が生じたり剥離する等の問題を生じる。ところが、CVD法を採用して基材温度を1000℃以上に高めることによって生成されるコランダム構造の酸化アルミニウム(αアルミナ)だけは、一旦形成されると、以後、温度に関係なく熱的に安定な構造を維持する。したがって、切削工具等に耐熱性を付与するには、αアルミナで被覆することが非常に有効な手段とされている。
【0005】
しかしながら、上述の通りαアルミナは、基材を1000℃以上にまで加熱しなければ形成できないため、超硬合金のような高温用の基材であってもこのような高温にさらされるとやはり変形等の問題が生じるまた、1000℃以上の高温では、耐磨耗膜として形成したTiAlN皮膜の実用域が800℃程度までなので、この皮膜自体の変質も懸念される。
【0006】
この様な問題に対し、特許文献2などでは、高硬度の(Al,Cr) 2 3 混合結晶を500℃以下で得たことが報告されている。しかしながら、被削材が鉄を主成分とするものである場合、前記混合結晶皮膜の表面に存在するCrが、切削時に切削面で鉄と化学反応を起こし易いため、皮膜の消耗が激しく寿命を縮める原因となる。
【0007】
また、O.Zywitzki,G.Hoetzschらは、高出力(11−17kW)のパルス電源を用いて反応性スパッタリングを行うことで、750℃以上でαアルミナ皮膜が形成されることを報告している(非特許文献1など)。しかし、この方法でαアルミナを得るには、パルス電源の大型化が避けられなかった。
【0008】
このような処理温度の問題を解決する目的において、特許文献3などでは、格子定数が4.779Å以上5.000Å以下で膜厚が少なくとも0.005μmであるコランダム構造の酸化物皮膜を下地層として、αアルミナ皮膜を形成する方法が開示されている。
【0009】
更に、Ti、Cr、Vよりなる群から選択される1種以上の元素とAlとの複合窒化皮膜を形成した上に、中間層として(Alz,Cr(1-z))N(ただし、zは0≦z≦0.90)からなる皮膜を形成し、さらにこの皮膜を酸化処理をすることで、コランダム構造の酸化物皮膜を形成し、その上にαアルミナを形成することが有用な実施例として開示されている。この方法によれば、低温の基材温度で結晶性のαアルミナが形成できるとされている。このような、αアルミナを低温下で成膜できる装置として、同特許文献3の図1、2に開示されている。
【0010】
これらの装置は、真空チャンバ内に公転型の基材ホルダ、スパッタリング蒸発源、アーク蒸発源、ガス導入機構等が装備されている。
【0011】
しかし上記の方法では、α型結晶構造のアルミナ膜を形成するにあたり、例えばCrN皮膜を形成し、該CrN皮膜を酸化してコランダム構造(α型結晶構造)を有するCr2O3を中間膜として別途形成しなければならないため、積層皮膜の形成効率を高めるうえでは、なお改善の余地が残されている。また、中間膜として形成されたCr含有皮膜による切削性能の低下が懸念されることから、切削性能を高める観点からも改善の余地を残すものと考えられる
【0012】
【特許文献1】
特許第2742049号
【特許文献2】
特開平5−208326号公報
【特許文献3】
特開2002−53946号公報
【非特許文献1】
Surf.Coat.Technol.,86-87 (1996) 640-647
【0013】
【発明が解決しようとする課題】
このような観点から発明者らは、硬質皮膜として多く利用されるTiAlN系やTiN,TiCNのような硬質皮膜上に、特別な中間層等をはさむことなくαアルミナを形成する方法や、これを実現するための装置構成について研究開発を行った。
【0014】
その結果、特にコランダム構造の酸化物を形成する下地層を形成しなくても、TiAlNやTiN,TiCNのような硬質皮膜上にも、その表面を650℃〜800℃の酸化雰囲気に暴露した後に、反応性スパッタリング法により650℃〜800℃程度の温度でアルミナ皮膜を形成することにより、α型結晶構造を主体とするアルミナ皮膜が形成できることを見出した。
【0015】
さらに、特にTiAlN皮膜の上にα型結晶構造を主体とするアルミナ膜を形成するにあたっては、当該皮膜表面に対してボンバード処理を加えた後に、その表面を650℃〜800℃の酸化雰囲気に暴露した後に、反応性スパッタリング法により650℃〜800℃程度の温度でアルミナ皮膜を形成することにより、形成されるアルミナ皮膜の中のα型結晶以外の結晶相が減少し、さらに、その皮膜がより微細かつ緻密に成長することを見出した。
【0016】
本発明は以上の知見を背景にして、これを具体化するべく成されたものであって、TiN,TiCN,TiAlN等の実用的な硬質皮膜の上に、特別な中間層等を配することなく、α型結晶構造を主体とするアルミナ皮膜などの特に高耐熱性に優れた高純度の酸化物系皮膜を効率よく安定して形成するための全ての処理工程を実施し得る有益な物理的蒸着装置を提供することを解決課題としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するために完成された本発明の要旨は次の通りである。
請求項1に係る本発明は、真空チャンバと、該真空チャンバに回転自在に配置されて複数の基材を保持する基材ホルダと、該真空チャンバへ不活性ガス及び酸化性ガスを導入する導入機構と、該基材ホルダに対向する位置に配置されたプラズマ源と、前記基材ホルダに対向する位置に配置されたスパッタ蒸発源と、前記基材ホルダに対向する位置に配置されて前記基材を加熱可能な輻射型加熱機構と、前記基材ホルダに接続されて前記基材ホルダに負のパルス状のバイアス電圧を印加可能なバイアス電源とからなり、前記真空チャンバ内で前記基材ホルダに保持された硬質皮膜が形成された基材に対して、イオンボンバード処理を前記真空チャンバ内に不活性ガスを導入して前記プラズマ源によっておこない、熱酸化処理を前記真空チャンバ内に酸化性ガスを導入して前記輻射型加熱機構によっておこない、反応性スパッタリング処理を前記スパッタ蒸発源によっておこなって絶縁性を帯びやすい高耐熱性酸化物系皮膜を形成することを特徴とする物理的蒸着装置を提案するものである。
【0018】
本請求項によれば基材に対するイオンボンバード処理、熱酸化処理及び反応性スパッタリングによる高耐熱性・高耐磨耗性皮膜の成膜処理などの物理的蒸着関連処理の全ての工程を効率的に且つ安定して実施可能な物理的蒸着装置を提供できる。また、この装置によって、650℃〜800℃程度の比較的低温な処理条件でα型結晶構造を主体とするアルミナ皮膜などの絶縁性を帯びやすい高耐熱性酸化物系皮膜を硬質皮膜上に形成することができ、切削工具の耐磨耗性と耐熱性を高めることができる。
【0019】
請求項2に係る本発明は、前記プラズマ源に加えて前記基材ホルダに対向する位置に配置されたアーク蒸発源を備え、前記基材に対してアークイオンプレーティングによる成膜処理を行なうことを特徴とする請求項1に記載の物理的蒸着装置を提案するものである。
【0020】
本請求項によればアークイオンプレーティングによる硬質皮膜の成膜処理を併せて実施可能な物理的蒸着処理装置を提供できる。これにより、成膜可能な皮膜が多様化できるとともに、多層成膜をするのにも有効である。
【0021】
請求項3に係る本発明は、前記輻射型加熱機構が、前記基材ホルダの回転中心と同芯的に配置された筒状加熱源と、前記基材ホルダの側面に配置された平面状加熱源とからなることを特徴とする請求項1または2に記載の物理的蒸着装置を提案するものである。
【0022】
本請求項によれば前請求項1または2に加えて、基材を内外から均一に加熱し得るコンパクトな装置構成を有する物理的蒸着処理装置を提供できる。また、基材と加熱減の距離を短縮できるので、加熱効率を向上することができる。
【0023】
請求項4に係る本発明は、前記真空チャンバの断面形状が、四角形、六角形または八角形のいずれか一つの形状であり、各一対の前記スパッタ蒸発源および前記平面状加熱源が、前記真空チャンバの互いに対向する内側面に配設されていることを特徴とする請求項1または3に記載の物理的蒸着装置を提案するものである。
【0024】
本請求項によれば前請求項1または3に加えて一層コンパクトな装置構成を有する物理的蒸着処理装置を提供できる。また、スパッタ蒸発源及び平面状過熱源を均等に配置することができるとともに、これらのスパッタ蒸発源及び平面状過熱源の形状に真空チャンバの形状を沿わせることができるので、真空チャンバの内容積を小さくすることができる。
【0025】
請求項5に係る本発明は、前記真空チャンバの断面形状が、六角形または八角形であり、各一対の前記スパッタ蒸発源、前記平面状加熱源およびアーク蒸発源が、前記真空チャンバの互いに対向する内側面に配設されていることを特徴とする請求項2または3に記載の物理的蒸着装置を提案するものである。
【0026】
本請求項によれば前請求項2または3に加えて一層コンパクトな装置構成を有する物理的蒸着処理装置を提供できる。
【0027】
請求項6に係る本発明は、前記プラズマ源が、前記真空チャンバ内であって前記基材ホルダに近接したその長手方向が対向するように配置された熱電子放出用のフィラメントであることを特徴とする請求項1ないし5のいずれか一に記載の物理的蒸着装置を提案するものである。
【0028】
本請求項によれば前請求項1ないし5の請求項に加えてさらにコンパクトな装置構成を有する物理的蒸着処理装置を提供できる。また、フィラメントから放出された熱電子を効率的に基材に導くことができる。
【0029】
【発明の実施の形態】
先ず、本発明の実施形態の概要について説明する。
本発明は、その装置の基本構成として、真空チャンバ、基材ホルダ、不活性ガス及び酸化性ガス導入機構、プラズマ源、スパッタ蒸発源、輻射型過熱機構、及びバイアス電源とをそれぞれ備えている.基材ホルダは複数の基材を保持するためのもので真空チャンバの底面に回転自在に配置されている。真空チャンバの底面上には公転テーブルが配設され、基材ホルダは、この公転テーブルに複数個設置され、また公転テーブル上で回転(自転)自在に設けられたものが好ましい。なお、真空チャンバの底面ではなく上面に配置することもできる。
【0030】
また、不活性ガス及び酸化性ガス導入機構は真空チャンバ内の雰囲気を不活性ガス及び/または酸化性ガスとするために設けられたものである。該導入機構はこれらのガス源と真空チャンバの上部を接続する導入配管であり、それぞれ流量調整弁を備えている。不活性ガスは例えばアルゴンであり、プラズマ源により励起されてアルゴンプラズマを生成し、このアルゴンイオンにより基材となるTiAlN、TiN、TiCなどの硬質皮膜の表面をイオンボンバードし、クリーニングすることができる。酸化性ガスは酸素、オゾン、過酸化水素などで、これらのガスを真空チャンバ内に供給することにより、クリーニング後の上記硬質皮膜を酸化することができる。さらに、この酸化性ガスは前記アルゴンなどの不活性ガスとの混合ガスとして真空チャンバ内に供給され、プラズマガスとなって、反応性スパッタリングによる成膜すなわち前記硬質皮膜の表面にα型結晶構造を有する所謂αアルミナなどの高耐熱性酸化物系皮膜を形成することができる。
【0031】
プラズマ源は、前記イオンボンバード処理や反応性スパッタリングによる成膜のためのプラズマガスを生成させる機構を備えたもので、基材ホルダに対向する位置に配置されている。このプラズマ源としてはフィラメント励起、ホロカソード放電、RF放電など各種のタイプのものを使用することができる。
【0032】
スパッタ蒸発源は反応性スパッタリングに使用されるターゲット材をカソードとしたもので、やはり基材ホルダに対向する位置に配置されている。αアルミナなどの高耐熱性皮膜を形成するときは金属アルミが使用される。
【0033】
輻射型加熱機構は基材を所定温度に加熱するために設けられたもので、基材ホルダに対向する位置に配置されている。この輻射型加熱機構の加熱能力は基材ホルダに支持される基材を650〜800℃に昇温、保持できることが必要である。650〜800℃の範囲で基材表面にあらかじめ形成された前記硬質皮膜を加熱することにより、同皮膜を十分に酸化することができる。また、同時に引き続き行われる反応性スパッタリングによる前記高耐熱性皮膜の硬質皮膜上への成膜においてもこの温度範囲の加熱、保持によって有利に達成することができる。こうした硬質皮膜の熱酸化や反応性スパッタリングによる高耐熱性皮膜の形成は650℃未満では不十分であり、好ましくない。この酸化工程や反応性スパッタリング工程を実施するためには輻射型加熱機構が800℃を超える加熱能力を有する必要はないし、この温度を超える加熱は返って硬質皮膜を劣化させる怖れがあって問題である。しかし、本物理的蒸着装置により、TiAlN、TiN、TiCなどの内層の硬質皮膜をも基材に形成させる場合は、AIP(アークイオンプレーティング)を採用するため、こうした用途も考慮すると、輻射型加熱機構はAIPにとっても適切な加熱能力を備えていることがより好ましい.
【0034】
前記基材ホルダに接続されたバイアス電源は、前記基材ホルダに負のパルス状のバイアス電圧を印加可能なものであることが必要である.これによって前記イオンボンバード工程において、絶縁膜が付着した基材ホルダを使用する場合であっても安定した電圧を印加することができる。
【0035】
さらに本装置の構成としてアーク蒸発源を含めることができる。アーク蒸発源は同様に前記基材ホルダに対向する位置に配置されるものである。このアーク蒸発源を設けることによって前記AIPによる成膜も本装置によって可能となる。
【0036】
次に、本発明の実施形態の具体例について図面を参照しながら詳述する。図1には、本発明の物理的蒸着装置の断面説明図を示す。当該装置は断面(横断面)が正八角形を有する真空チャンバ1内に、円形の公転テーブル3が設置され、この円形の公転テーブル3上にはその周方向に等間隔で配列された複数(図例では6個)の自転基材ホルダ4が載設されている。処理対象となる基材2はこの基材ホルダ4に保持され、前記公転テーブルの回転と基材ホルダ4の回転により遊星回転する機構となっている。
【0037】
また、公転テーブル3上の中央部、すなわち基材ホルダ4に対向する内側中央には、円筒状の輻射型加熱ヒータ51が配設される一方、真空チャンバ1の内側面(八面)の互いに対向する二面にやはり基材ホルダ4にそれぞれ対向する平面状の輻射型加熱ヒータ52、52が公転テーブル3を挟んで互いに向かい合った状態で設けられ、これら51及び52が基材加熱機構5を構成している。
【0038】
輻射型加熱ヒータ52の内側には、雰囲気ガスをプラズマガスに励起するためのプラズマ源8(図上はプラズマ発生用に設置したフィラメントを図示)が配置され、また、真空チャンバ1の別の内側面の二面には基材ホルダ4に対向する位置に反応性スパッタリング用のスパッタリング蒸発源6、6が、公転テーブル3を挟んで互いに向かい合った状態で設けられている。さらに、真空チャンバ1の他の内側面の二面には同様に基材ホルダ4に対向する位置にAIP用のアーク蒸発源7、7が、公転テーブル3を挟んで互いに向かい合った状態で設置されている。なお、このアーク蒸発源7、7は必要としない場合もあるため、図面では点線で表している。
【0039】
そして、この真空チャンバ1の上部の適当な位置にプラズマ発生用の不活性ガス9または酸化処理用の酸化性ガス10などをチャンバ内に導入するためのガス導入管11が連通して接続されており、同真空チャンバ1の下部の適当な位置には真空排気または処理後の排ガス12を排出するための排ガス管13が連通して接続されている。
【0040】
14は基材ホルダ4に接続されて前記基材ホルダに負のパルス状のバイアス電圧(100V〜2000V)を印加可能なバイアス電源を示している.
【0041】
本実施形態によれば、上述のように真空チャンバ1内に基材ホルダ4、不活性ガス及び酸化性ガス導入機構、プラズマ源、スパッタ蒸発源6、アーク蒸発源7、輻射型加熱ヒータ51,52、及びバイアス電源14などが配設された装置であるため、工具や耐磨耗部材などの基材表面にAIPによって硬質皮膜を形成する工程、この硬質皮膜の表面をイオンボンバード処理する工程、次にこの硬質皮膜の表面を熱酸化処理する工程、及びさらに熱酸化処理後の硬質皮膜の表面に反応性スパッタリングによりαアルミナなどの高耐熱性酸化系皮膜を形成する工程といった物理的蒸着処理関連の全ての工程を単一の装置で実施することができる。また、公転テーブル3とこのテーブル上に設けられた複数の自転基材ホルダ4とにより、基材2をチャンバ1内で遊星回転運動させることができ、このため上記各工程における基材2の処理を均一に行うことができる。つまり、硬質皮膜を基材の全面に亘って一定の割合でイオンボンバードや熱酸化することができ、また反応性スパッタリングやAIPによる硬質皮膜や酸化系皮膜の成膜においても基材の全面に亘りその厚みが一定均一の膜を形成することができるもので、これにより密着性に優れた高耐熱性皮膜を得ることができる。さらに輻射型加熱ヒータ51と52の双方を装備することにより、公転テーブル1の回転に伴って周回・通過する基材2を同テーブル1の中心側とチャンバ1の壁側の内外から同時に効果的に加熱することができ、熱酸化や成膜などの処理工程における生産性を向上させることができる。加えて、負のパルス状のバイアス電圧を印加可能なバイアス電源14を基材ホルダに接続して設けたことによって、基材ホルダの連続使用に伴って絶縁性を帯びやすいアルミナ皮膜などが形成されている場合であっても、チャージアップを原因とするアーク放電などを起こすことなく、安定した電圧を印加することができる。そしてこのように電圧の印加が安定した行われることにより、結果として密着性の高い皮膜を有した切削工具などの製品が得られる。本実施形態にあってはさらに加えて、断面が正八角形の真空チャンバ1を採用すると共に、スパッタ蒸発源6、アーク蒸発源7、平面状の輻射型加熱ヒータ52などの必要構成要素を同チャンバ1の6つの内側面にそれぞれ互いに対向させて一対配設した構造であるため、スペースに無駄のないコンパクトな装置となっている。
【0042】
図2及び図3は他の具体的な実施形態を示す物理的蒸着装置の断面説明図であるが、いずれも基本的な構成は図1のものと共通しているため、図1と相違している構成について説明する。
【0043】
図2の装置は、真空チャンバ1の断面形状が正六角形であり、スパッタ蒸発源6、アーク蒸発源7及び平面状の輻射型加熱ヒータ52が、チャンバ1の6つの全ての内側面に同様にそれぞれ互いに対向させて一対設けられた構造となっている。また、図2の装置は、真空チャンバ1の断面形状が正方形を有したもので、この場合はスパッタ蒸発源6と平面状の輻射型加熱ヒータ52が4つの同チャンバ1の全ての内側面にそれぞれ互いに対向させて一対設けられた構造のものである。これら図2及び図3の実施形態によれば、図1の実施形態のものによる場合に加えて、一層コンパクトな構造の装置を提供することができるものである。なお、図1〜図3の形態において輻射型加熱ヒータ52の形状はその基材ホルダ4に対向する全面が平板状となっているが、これに限らず、例えば公転テーブル3の周面の曲率に合わせた曲面状のものを採用することができる。また、プラズマ源8の配置は同ヒータ52の前でなくても良い。
【0044】
(実施例)
以下に図1に示した物理的蒸着装置(但し、アーク源7は設けていない)を適用として高耐熱性のαアルミナ被覆の成膜を行った実験例を挙げる。
成膜実験に使用する試料として、鏡面(Ra=0.02μm程度)の12.7mm角、厚さ5mmの板状の超硬基材上にあらかじめアークイオンプレーティング法にて硬質皮膜(TiAlN)を2〜3μmの厚みで形成したものを用いた.この際のTiAlNの皮膜組成はTi0.55Al0.45Nであった。
この試料を公転テーブル3上の自転ホルダ4にセット後、排ガス配管11を通じて真空に排気した後、輻射型加熱ヒータ51、52で基材温度を550℃まで加熱、上昇させてから、アルゴンガスを2.7Paの圧力でガス導入管8から導入した上でプラズマ源8である熱電子放出用フィラメントとチャンバの間で15Aの放電を発生させアルゴンプラズマを生成した。このアルゴンプラズマを照射しながら、基材には30kHzの周波数でパルス化したDC電圧を-300Vで5分間、-400Vで10分間、トータル15分間のイオンボンバード処理を実施した。次に加熱ヒータ51、52にて基材温度を750℃にまで加熱を行い、試料が同温度に昇温した時点で、チャンバ内にガス導入管8から酸素ガスを流量300sccm、圧力約0.75Paで導入し、20分間表面の熱酸化処理を行った。次に、スパッタリング源5として2台のアルミターゲットを装着したスパッタリングカソードを用い、これにアルゴンと酸素雰囲気中でパルスDCスパッタリング約2.5kWの電力を投入してスパッタを行い、前記酸化温度とほぼ同じ温度条件(750℃)で、硬質皮膜の表面に酸化アルミ(アルミナ)の形成を行った。この反応スパッタリング法によるアルミナ皮膜の形成にあたっては、放電電圧制御とプラズマ発光分光を利用して、放電状態をいわゆる遷移モードに保ち、約2μmのアルミナ皮膜を形成した。
【0045】
処理完了後の本実施例のサンプルについては、薄膜X線回折により分析を行い、その結晶組織の特定を行った。図4には、TiAlN皮膜上のアルミナ皮膜の薄膜X線回折結果を示す。この図において、丸印はαアルミナ(α型結晶構造を主体とするアルミナ)、逆白三角印はγ・アルミナ(γ型結晶構造を主体とするアルミナ)、また、逆黒三角印はTiAlNのそれぞれピ−クを示している.すなわち図4から明らかなように、本発明の装置によってTiAlNのような実用的な硬質皮膜上にα型結晶構造を主体とするアルミナ皮膜(高耐熱性酸化系皮膜)が形成できていることが分かる。
【0046】
逆に、本発明の装置の要件を欠く装置においては、満足な皮膜が形成できないことも実験的に確認した。すなわち、プラズマ源を欠く場合に上記の成膜工程から、イオンボンバード処理を行わなかったが、このときには、TiAlN上にα型結晶構造を含むアルミナ皮膜の形成は可能であったものの、γ型結晶構造の混入も多く見られ、また、皮膜も結晶が均一に形成できているものではなかった。一方,間欠的に直流電圧を印加可能なバイアス電源を欠く場合は、直流のバイアス電源を用いるとアークが多発し、高周波のバイアス電源は遊星回転テーブルには適用できなかった。輻射型過熱機構の基材加熱能力に関しても、基材温度が650℃以下ではα型結晶を得ることができず、基材温度が800℃を超える場合にはTiAlN皮膜の劣化が認められた。
【0047】
本発明の実施形態に関連して補足を行うと、基材ホルダに負のパルス状のバイアス電圧を印加するバイアス電源についてその間欠的な印加の周波数の好ましい範囲は10kHz〜400kHzである。10kHz未満の周波数ではアーク放電の発生による不安定な現象が発生することになり、400kHzを超える高周波数ではマッチング等の問題が生じるため、上記範囲を推奨する。
【0048】
また、本装置によるアルミナ皮膜の形成は、前述のように反応性スパッタリング法により行う。すなわち、スパッタリング蒸発源に取り付けたアルミターゲットをアルゴン,酸素の混合雰囲気中で動作させることで、金属アルミをスパッタし、基材上で酸素と化合させる。成膜速度の速い成膜を行うためには、スパッタリングのモードをいわゆる遷移モードに保持する必要があり、この観点から、スパッタ蒸発源を駆動するスパッタリング電源は定電圧制御が可能であることが望ましい。さらに、付加的には、本装置にはスパッタリングのモードを把握するために、スパッタリング蒸発源前のプラズマ発光をモニターする分光器を具備していることが望ましい。
【0049】
以上述べた通り、本発明によれば、工具や耐磨耗部材の表面の硬質皮膜上にαアルミナなどの絶縁性を帯びやすい高耐熱性酸化物系皮膜を形成するに当たって、イオンボンバード工程、熱酸化工程、反応性スパンタリングによる成膜工程、さらに必要に応じてAIPによる硬質皮膜の成膜工程を含む全ての処理を効率的に且つ安定して行うことができ、しかもコンパクトな構造を有する優れた物理的蒸着装置を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施形態に係る物理的蒸着装置の概要を示す断面説明図模式図である。
【図2】本発明の他の形態に係る物理的蒸着装置の概要を示す断面説明図である。
【図3】本発明のさらに他の形態に係る物理的蒸着装置の概要を示す断面説明図である。
【図4】本発明の実施例によって得られたTiAlN皮膜上のアルミナ皮膜の薄膜X線回折結果を示す図である。
【符号の説明】
1:真空チャンバ 2:基材 3:公転テーブル
4:自転基材ホルダ 5:輻射型加熱機構
51:円筒状の輻射型加熱ヒータ 52:平面状の輻射型加熱ヒータ 6:スパッタリング蒸発源 7:アーク蒸発源 8:プラズマ源
9:不活性ガス 10:酸化性ガス 11:ガス導入管
12:排ガス 13排ガス管

Claims (6)

  1. 真空チャンバと、該真空チャンバに回転自在に配置されて複数の基材を保持する基材ホルダと、該真空チャンバへ不活性ガス及び酸化性ガスを導入する導入機構と、該基材ホルダに対向する位置に配置されたプラズマ源と、前記基材ホルダに対向する位置に配置されたスパッタ蒸発源と、前記基材ホルダに対向する位置に配置されて前記基材を加熱可能な輻射型加熱機構と、前記基材ホルダに接続されて前記基材ホルダに負のパルス状のバイアス電圧を印加可能なバイアス電源とからなり、前記真空チャンバ内で前記基材ホルダに保持された硬質皮膜が形成された基材に対して、イオンボンバード処理を前記真空チャンバ内に不活性ガスを導入して前記プラズマ源によっておこない、熱酸化処理を前記真空チャンバ内に酸化性ガスを導入して前記輻射型加熱機構によっておこない、反応性スパッタリング処理を前記スパッタ蒸発源によっておこなって絶縁性を帯びやすい高耐熱性酸化物系皮膜を形成することを特徴とする物理的蒸着装置。
  2. 前記プラズマ源に加えて前記基材ホルダに対向する位置に配置されたアーク蒸発源を備え、前記基材に対してアークイオンプレーティングによる成膜処理を行なうことを特徴とする請求項1に記載の物理的蒸着装置。
  3. 前記輻射型加熱機構が、前記基材ホルダの回転中心と同芯的に配置された筒状加熱源と、前記基材ホルダの側面に配置された平面状加熱源とからなることを特徴とする請求項1または2に記載の物理的蒸着装置。
  4. 前記真空チャンバの断面形状が、四角形、六角形または八角形のいずれか一つの形状であり、各一対の前記スパッタ蒸発源および前記平面状加熱源が、前記真空チャンバの互いに対向する内側面に配設されていることを特徴とする請求項1または3に記載の物理的蒸着装置。
  5. 前記真空チャンバの断面形状が、六角形または八角形であり、各一対の前記スパッタ蒸発源、前記平面状加熱源およびアーク蒸発源が、前記真空チャンバの互いに対向する内側面に配設されていることを特徴とする請求項2または3に記載の物理的蒸着装置。
  6. 前記プラズマ源が、前記真空チャンバ内であって前記基材ホルダに近接してその長手方向が対向するように配置された熱電子放出用のフィラメントであることを特徴とする請求項1ないし5のいずれか一に記載の物理的蒸着装置。
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