JP2004131820A - 高機能ハイス工具製造方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】窒化層とセラミック硬質膜の密着性が良く、従来のセラミック被覆工具に比べて耐摩耗性に優れ、生産性の向上、工具費コストの低減を図ることができる高機能ハイス工具製造方法を提供。
【解決手段】高速度工具鋼、合金工具鋼からなる工具母材にアークイオンプレーティング装置またはアーク溶解イオンプレーティング装置を用いて、成膜前に行うイオンボンバード工程で、同時にプラズマ窒化処理を施し、前記アークイオンプレーティング装置またはアーク溶解イオンプレーティング装置をそのまま用いて、前記プラズマ窒化処理された窒化層の上に連続してアーク溶解方式イオンプレーティング法またはアークイオンプレーティング法で直接セラミック硬質膜を形成する。
【選択図】図1
【解決手段】高速度工具鋼、合金工具鋼からなる工具母材にアークイオンプレーティング装置またはアーク溶解イオンプレーティング装置を用いて、成膜前に行うイオンボンバード工程で、同時にプラズマ窒化処理を施し、前記アークイオンプレーティング装置またはアーク溶解イオンプレーティング装置をそのまま用いて、前記プラズマ窒化処理された窒化層の上に連続してアーク溶解方式イオンプレーティング法またはアークイオンプレーティング法で直接セラミック硬質膜を形成する。
【選択図】図1
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、エンドミル、ドリル、タップ、金型などの高速度工具鋼、合金工具鋼を部材とした工具、金型表面にプラズマ窒化を行い、連続的にセラミック硬質膜を被覆した高機能ハイス工具製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】ハイス工具に適用される窒化処理、または反応ガスである窒素の負グロー放電を利用して窒化処理を行ういわゆるイオン窒化処理の目的は、工具表面に窒化層を形成することで表面硬さを上げて耐摩耗性を向上させることにあるが、ビッカース硬度は600〜1200HV程度であり、近年の工具を使用する時の過酷な高速切削条件下では十分な硬度とはいえない。一方ではイオンプレーティング装置の普及でTiNやTiAlNなどの、ビッカース硬度が2000HV以上の硬さのセラミック硬質膜を工具表面に被覆して高速条件下での工具の寿命を大幅に向上させることが可能となった。このセラミック硬質膜被覆技術は表面改質技術として一般的に行われているものであり、工具の寿命を延長させるためには非常に有効な手法であるが、さらに工具の寿命を延ばすために、上記の窒化処理技術とセラミック硬質膜形成技術を組み合わせた技術の開発が進んでいる。
【0003】
かかる従来の窒化処理技術とセラミック硬質膜形成技術を組み合わせた技術としては、例えば特許文献1、特許文献2のように、イオン窒化処理技術とPVD法(Physical Vapour Deposition:物理蒸着)によるセラミック硬質膜の形成を複合的に行うことによって密着性と耐久性に優れた硬質膜を金属部材に形成する方法や、さらに特許文献3のように高周波電源を用いることでイオン窒化にともなう脆化層の発生を防ぎ、その上に連続的にセラミック硬質膜の形成を行うことによって窒化層上のセラミック硬質膜の密着性の改善を図った例がある。
【0004】
【特許文献1】特開平8−35075 図1、〔0006〕〔0023〕〔0024〕
【特許文献2】特開2000−5904〔0041〕〔0042〕
【特許文献3】特開平5−98422 図1〜図4、〔0008〕〜
〔0011〕
【0005】
【解決しようとする課題】しかしながらこれらの技術は、窒化処理とセラミック硬質膜を形成する技術が製造過程において分割されているため生産上の品質面、特に窒化層上に形成するセラミック硬質膜の密着品質に大きく影響する。例えば特許文献1の〔0006〕では、窒化層を形成するためのイオン窒化装置とセラミック硬質膜を形成するためのイオンプレーティング装置(PVD装置)とは「同一装置、あるいは別の装置」で行うと記載するが、特許文献1、図1では両者を同一の装置で行う開示はなく、特許文献1、特許文献2では、両者は異なる真空装置で行っており、2つの全く別の装置で2工程の生産するのは費用面から不利であるし、また窒化処理後に一度大気中に晒されるため窒化層上の硬質膜の密着性が悪く、膜の剥離につながる要因ともなるため好ましい方法とはいえない。また特許文献3では、同一真空装置で窒化処理と硬質膜形成処理を連続で行うことを特徴としているが、窒化処理にともなう脆化層の発生を防ぐために窒化処理には高周波電源を用いており、さらにセラミック硬質膜形成には直流電源を用いるなど脆化層のない良質な窒化層を得るための工夫はあるが、窒化層形成とセラミック硬質膜形成は連続的に処理されているとはいえ、イオン窒化の処理条件においてもイオン化形成のための真空度が(0.1〜8Torr)と比較的低く、窒化処理工程を一度終了した後に、再度高真空領域までの真空引きが必要であり、イオン窒化処理とセラミック硬質膜処理は分割した工程となっているため不連続処理による密着不良が懸念される。またイオンプレーティング装置におけるイオン窒化用の高周波電源とセラミック硬質膜用の直流電源の複数電源の準備が必要であることから処理プロセスは複雑になり、安定した品質を確保する点で実用的とはいえない。一方でイオン窒化で形成した窒化層についても切削工具に適用する場合は最新の注意が必要であり、特にエンドミルのような鋭利な刃を持つ工具については窒化層の厚さが切削中のコーナ刃欠けの原因になるため、セラミック硬質膜の厚さとともに耐摩耗性のある高機能ハイス工具を製作するうえでは重要な因子となる。しかしながら上記引用例にはいずれもその範囲は明確に規定されていないため、実際の鋭利な刃を持つ工具、特にエンドミルに適用する場合には窒化処理の効果は保証されるものではない。
本発明の課題は、イオン窒化層とセラミック硬質膜の密着性が良く、従来のセラミック被覆工具に比べて耐摩耗性に優れ、生産性の向上、工具費コストの低減を図ることができる高機能ハイス工具製造方法を提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】このため本発明は、高速度工具鋼、合金工具鋼からなる工具母材にアークイオンプレーティング装置またはアーク溶解イオンプレーティング装置を用いて、成膜前に行うイオンボンバード工程で、同時にプラズマ窒化処理を施し、前記アークイオンプレーティング装置またはアーク溶解イオンプレーティング装置をそのまま用いて、前記プラズマ窒化処理された窒化層の上に連続してアークイオンプレーティング法またはアーク溶解方式イオンプレーティング法で直接セラミック硬質膜を形成することを特徴とする高機能ハイス工具製造方法を提供することによって、上述した本発明の課題を解決した。即ち、プラズマ窒化処理(以下本発明の説明では上記で述べたイオン窒化処理をプラズマ窒化処理と称する)とセラミック硬質膜処理を、従来からある一般的なイオンプレーティング装置の処理プロセス(真空排気工程→加熱工程→アルゴンイオンボンバード工程→コーティング工程→冷却工程)のうち、真空容器内部での表面の清浄度を向上させるために、アークイオンプレーティング装置またはアーク溶解イオンプレーティング装置を用いて、不活性ガスによる負グロー放電を利用して行うイオンボンバード工程(一般的にはアルゴンイオンを用いて工具表面をクリーニングするアルゴンイオンボンバード工程)から、コーティング工程(セラミック硬質膜被覆工程)に移行する段階で、アルゴンイオンボンバード工程の中で連続的に窒化処理を行うとともに、同一のアークイオンプレーティング装置またはアーク溶解イオンプレーティング装置をそのまま用いて、高真空中で連続的にセラミック硬質膜処理へ移行する高機能ハイス工具製造方法としたものである。
【0007】
【発明の効果】かかる構成により、本発明の高機能ハイス工具製造方法を、ハイス材を母材とするドリル、エンドミル、タップ、ホブを含む工具、金型等に適用することにより、母材の内部から表面に向かってのなだらかな硬さの傾斜効果及び同一装置内での連続処理効果により、イオン窒化層とセラミック硬質膜の密着性の良さを大きく改善し、従来の一般ハイス工具、金型等の寿命を飛躍的に向上させることができる。その効果は高価な粉末ハイス工具の持つ寿命に匹敵、かつそれ以上の性能を示しており、以上の様に本発明品のプラズマ窒化セラミック硬質膜被覆工具は、従来のセラミック被覆工具に比べて耐摩耗性に優れ、生産性の向上、工具費コストの低減に極めて有効である。
【0008】
好ましくは、脆化層のでないプラズマ窒化処理の条件として、前記プラズマ窒化処理は、工具母材を300〜550°Cに加熱するとともに、イオンボンバードで使用するアルゴンガスを含む不活性ガスに窒素ガスを導入して10〜0.1Paの真空度状態を保ちながら、工具母材に−10〜−100Vの負電圧を印加し、負グロー放電によるイオンボンバード処理で発生するプラズマを利用して窒化を施すこと、また、前記セラミック硬質膜は、Ti、V、Cr等の4a族、5a族、6a族の元素と、Si、Al、Bの1種以上の組み合わせからなる窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物の単層または2層以上の多層膜であることが好ましい。プラズマ窒化処理の加熱温度は、300°C未満ではプラズマ窒化が極めて遅く、550°Cを越えると工具母材の硬度低下を引き起こすため、300〜550°Cに限定した。プラズマ窒化処理のアルゴンガスを含む不活性ガスと窒素ガスとの真空度は、10Pa以上ではプラズマによる放電が不安定になりかつプラズマ窒化が進みすぎて脆化層を形成するおそれがあり、0.1Pa未満ではイオン窒化が極めて遅いので10〜0.1Paに限定した。工具母材に負電圧−10〜−100Vの印加はこの範囲は母材の内部から表面に向かってのなだらかな硬さの傾斜効果が得られる範囲に限定したものである。
【0009】
鋭利な刃を持つ切削工具として必要な窒化層の厚さと硬質膜層の厚さとしては、前記プラズマ窒化を施した硬化層の厚さは10〜50μmであり、前記セラミック硬質膜の厚さは2〜10μmであることが好ましい。プラズマ窒化による硬化層の厚さは10μm以下では硬化層の効果は期待できず、50μm以上では硬化層が厚すぎるために窒化層上のセラミック硬質膜とともに切削中、特にエンドミル加工においては鋭利なコーナー部で刃こぼれを起こす危険性があるため上記の範囲に限定した。またセラミック硬質膜では2μ以下では切削における耐摩耗性の効果は期待できず、10μ以上ではセラミック硬質膜層で微少チッピングが発生しやすくなるためこの範囲に限定した。
【0010】
【発明の実施の形態】本発明の実施の形態の高機能ハイス工具製造方法は、イオンプレーティング処理において、セラミック硬質膜の成膜直前に、真空装置内で表面清浄化を目的として通常に行われるアルゴンイオンボンバード処理工程に、窒化層を形成させるための窒素ガスを導入することで、中真空領域において脆化層の発生しない窒化処理を行い、かつ連続的にセラミック硬質膜形成する事で密着性の良い、耐久性に優れた工具を提供するものである。
【0011】
本発明によるプラズマ窒化とセラミック硬質膜被覆を連続に行うためのアーク溶解方式イオンプレーティング装置を図1、アークイオンプレーティング装置を図2に示す。まず図1のアーク溶解方式イオンプレーティング装置におけるプラズマ窒化処理について説明する。工具取り付け治具3に工具を装着して真空装置1の内部を排気口11から図示しない真空ポンプを用いて0.01Paまで真空に排気する(真空排気工程)。その後加熱用ヒータ12で工具取り付け治具3に装着した工具部材を400〜500℃まで加熱して保持する(加熱工程)。そしてアルゴンガス導入口6からアルゴンガスを導入して所定の真空度(10〜0.1Pa)にした後、電子銃2とアノード4との間で電子銃用直流電源9で印加(Aに接続)してアルゴンガス放電によるプラズマ領域を形成する。アルゴンプラズマ領域はアルゴンイオンと電子および高速中性粒子からなるプラズマ状態にあり、その状態で工具取り付け治具3に基板用直流電源10をマイナス数百ボルトに負印加する。プラズマ領域中のアルゴンイオンが工具母材に電気的に引き寄せられ、治具3に装着された工具表面にアルゴンイオンが衝突することで工具表面の付着物や表面酸化物等をエッチングして工具表面の清浄化を行う(アルゴンイオンボンバード工程)。次ぎに窒素ガス導入口7から所定の圧力(10〜0.1Pa)になるまで窒素ガスを導入し、電子銃用直流電源9で印加負電圧を−10〜−100Vに設定してに設定してプラズマ窒化処理を行う(プラズマ窒化工程)。プラズマ窒化後は電子銃用直流電源9をBに接続するよう切り替えることで、電子銃2を金属蒸発源5に移行させて金属蒸発源5の金属の溶解(例えばチタン)を行い、窒素ガス導入口7から反応ガス(例えば窒素ガス)を導入してセラミック硬質膜(例えばTiN)を工具母材の表面に形成する(コーティング工程)。所定の膜厚を成膜した後は150℃までに真空中で冷却してから工具部材を取り出す。
【0012】
次ぎに図2のアーク方式イオンプレーティング装置による本発明品の製作方法について説明する。工具取り付け治具3に工具を装着して真空装置1の内部を排気口11から図示しない真空ポンプを用いて0.01Paまで真空に排気する(真空排気工程)。その後加熱用ヒータ12で工具取り付け治具3に装着した工具部材を400〜500℃まで加熱して保持する(加熱工程)。そしてアルゴンガス導入口6からアルゴンガスを導入して所定の真空度(10〜0.1Pa)にした後、電子銃2とアノード4との間を電子銃用直流電源9で印加してアルゴンガス放電によるプラズマ領域を形成し、工具取り付け治具3に装着した工具部材に直流電源による印加を行うことで工具表面の清浄化を行う(アルゴンイオンボンバード工程)。次ぎに窒素ガス導入口7から所定の圧力(10〜0.1Pa)になるまで窒素ガスを導入し、電子銃用直流電源9で印加負電圧を−10〜−100Vに設定してプラズマ窒化処理を行う(プラズマ窒化工程)。プラズマ窒化後は金属蒸発源5(例えばTiAl合金ターゲット)にアーク放電源13によりアーク放電を定常的に保持して蒸発源5の合金ターゲットの溶解を行い、窒素ガス導入口7から反応ガス(例えば窒素ガス)を導入してセラミック硬質膜(例えばTiAlN)を工具取り付け治具3に装着した工具母材の表面に形成する(コーティング工程)。所定の膜厚を成膜した後は150℃までに真空中で冷却してから工具部材を取り出す。
【0013】
以上のように、本発明の実施の形態では、高速度工具鋼、合金工具鋼からなる工具母材にアークイオンプレーティング装置またはアーク溶解方式イオンプレーティング装置を用いて、工具母材を300〜550℃に加熱するとともに、アルゴンガスと窒素ガスを導入して10〜0.1Paの真空度状態で工具母材に−10〜−100Vの負電圧を印加し、負グロー放電によるイオンボンバード処理でプラズマ窒化を施すことを特徴とし、プラズマ窒化処理を施した後で、アークイオンプレーティング法またはアーク溶解イオンプレーティング法で連続して、硬化層の上に直接Ti、V、Cr等の4a族、5a族、6a族の元素と、Si、Al、Bの1種以上の組み合わせからなる窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物の単層または2層以上の多層膜であるセラミック硬質膜を形成する。
【0014】
脆化層のでないプラズマ窒化処理の条件として、プラズマ窒化処理の加熱温度は、300°C未満ではイオン窒化が極めて遅く、550°Cを越えると工具母材の硬さが低下するので、300〜550°Cに限定した。プラズマ窒化処理のアルゴンガスを含む不活性ガスと窒素ガスとの真空度は、10Pa以上ではプラズマ窒化が進みすぎて脆化層を形成し、0.1Pa未満ではイオン窒化が極めて遅いので、10〜0.1Paに限定した。工具母材に負電圧−10〜−100Vの印加は、この範囲が母材の内部から表面に向かってのなだらかな硬さの傾斜効果が得られるから、この範囲に限定した。
【0015】
切削工具に適用するプラズマ窒化による硬化層の厚さは10〜50μmであり、セラミック硬質膜の厚さは2〜10μmであることを特徴とするものであり、窒化層上に成膜されたセラミック硬質膜は、ロックウェル(Cスケール)硬度計を用いて押圧した場合に生ずる圧痕を100倍の倍率で観察した結果が、前記圧痕の外周1mm以上の範囲で膜と工具母材との間で剥離が認められない程度の密着性を有することが切削加工において重要となる。プラズマ窒化による硬化層の厚さは10μm以下では硬化層の効果は期待できず、50μm以上では硬化層が厚すぎるために窒化層上のセラミック硬質膜とともに切削中、特にエンドミル加工においては鋭利なコーナー部で刃こぼれを起こす危険性があるため上記の範囲に限定した。またセラミック硬質膜では2μ以下では切削における耐摩耗性の効果は期待できず、10μ以上ではセラミック硬質膜層で微少チッピングが発生しやすくなるためこの範囲に限定した。また密着性の判定として実施するロックウェル硬度計を用いて行う剥離判定試験は、現在硬質被覆膜の密着判定方法として簡易的に行うことができて、しかも信頼性の高い方法であるため本発明方法による工具の硬質膜の密着判定方法として採用し、研究結果として密着性と切削試験結果との対応から、その判定基準として請求項の範囲を設定した。
【0016】
本発明の高機能ハイス工具の製造方法とその効果について具体的に説明する。高速度工具鋼(以下ハイスと称する)SKH59相当材を母材とした外径6mmの2枚刃の無処理エンドミルを図2のアークイオンプレーティング装置の工具取り付け治具3に設置して真空容器1を所定の真空度まで真空排気し、加熱用ヒータで450℃に工具本体を加熱して1時間保持した。その後、真空容器内にアルゴンガス導入口から真空圧力が3Paになるまでアルゴンガスを導入し、負グロー放電によるアルゴンプラズマを発生させた状態で、負電圧200Vを印加してイオンボンバード処理により60分間工具表面を清浄化した。アルゴンイオンボンバード終了後、アルゴンガスとの流量バランスを取りながら所定の圧力になるまで窒素ガスを導入して、負電圧を−10〜−100Vの範囲で印加し、中真空領域でのプラズマ窒化処理を所定時間行った。プラズマ窒化完了後は金属蒸発源(ターゲット)に取り付けたTiAl合金にアーク放電を起こしてTiAlを蒸発させ、アルゴンガスと窒素ガスの流量を所定の比率に設定してアークイオンプレーティング方式により代表的なセラミック硬質膜であるTiAlNを約3μm成膜した。所定の膜厚を得た後は全ての電源とガスを停止して真空容器内が180℃以下になるまで冷却してから工具を取り出した。
【0017】
上記で得られた被覆工具のプラズマ窒化セラミック硬質膜の構成を図3に、工具母材表面硬さの深さ分布を図5に示す。SKH59相当材の母材硬さが905HVに対して、プラズマ窒化層の最大硬さは1020HVであり30μmの深さで母材内部に向かってなだらかに変化していることが確認できた。プラズマ窒化の上に成膜されたセラミック硬質膜であるTiAlN被膜の密着性を評価するため、一般的に行われているロックウェル硬度計を用いた圧痕剥離試験を行った。この試験法は標準的なロックウェル(Cスケール)硬度計を用いておこなうものであり、ダイヤモンド圧子を工具表面に押圧した場合に生ずる圧痕を100倍の倍率で観察した結果が、前記圧痕の外周1mm以上の範囲で膜と工具母材との間で剥離が認められない程度の密着性であれば工具の切削に十分耐えうるだけの密着性を有すると判断するものである。例えば密着性の劣るものはダイヤモンド圧子の剪断力により密着の程度に応じて圧痕の周囲に硬質被膜の剥離が生じるため密着性の判断が出来る。このためセラミック硬質膜の密着性の一般的な評価方法として良く知られているロックウェル硬度計圧痕剥離判定基準(図4)により判定を行ったところ、プラズマ窒化上のセラミック硬質膜TiAlNの密着性はHF1〜HF2の範囲(外周剥離1mm以下)で申し分のないものであった。この結果、本発明によるプラズマ窒化層には脆弱層がなく、セラミック硬質膜が密着性良く工具母材に付いていることが確認できた。
【0018】
本発明方法で製造された製品(以下本発明品という)のプラズマ窒化セラミック硬質膜被覆工具の効果を確認するため上記の実施例の手順により各種の工具を製作して以下の切削条件で比較試験を行った結果を次に示す。
〔実施例1〕ハイスエンドミル切削試験
切削工具:外径6mm×柄径8mm 2枚刃 ハイスエンドミル(材質SKH59相当材)
切削条件:ドライ(エアブロー)
加工方法:側面切削(ダウンカット)
切削速度:12.4m/min(660min−1)
送り速度:0.027mm/刃(35mm/min)
切り込み:aa=6mm ar=1.5mm
切削長:1m
被削材:SKD11(硬さ180HB)
本発明品と比較品とのハイスエンドミル切削試験結果を表1に示す。
本発明品(No7〜9)は比較品(No1〜6)に比べてエンドミル切削後の逃げ面摩耗量およびコーナ摩耗量が小さく、異常摩耗も見られないことから、プラズマ窒化処理で形成された窒化層の上に連続的に成膜されたセラミック硬質膜のとの密着性は良好であり、窒化層の表面硬さの上昇による摩耗量の低減が図られている。比較品の特徴として窒化層が深いNo5は刃先にチッピング(刃欠け)現象を引き起こしており、深い窒化処理は鋭利な工具に対して逆効果になる。一方で窒化層が浅いNo6はセラミック硬質膜による耐摩耗効果だけで窒化層による効果が認められない。
【0019】
【表1】
【0020】
〔実施例2〕粉末ハイスエンドミルとの性能比較試験
実施例1で示した一般的な溶解ハイス工具に比べて母材の硬さが高く、かつ材料価格も高価な粉末ハイスを母材とした工具を製作して、以下の条件で、溶解ハイス工具で製作した本発明品との性能比較を行った。
切削工具:外径16mm×柄径16mm 2枚刃ハイスエンドミル(材質SKH59相当材)
切削条件:ドライ(エアブロー)
加工方法:側面切削(ダウンカット)
切削速度:40m/min(800min−1)
送り速度:0.066mm/刃(106mm/min)
切り込み:aa=16mm ar=1.6mm
切削長:2m
被削材:NAK80(硬さ40HRC)
粉末ハイスエンドミルにセラミック硬質膜を被覆したものと、溶解ハイスを用いた一般的なハイスエンドミルに本発明品を施したものとの切削性能比較試験を行った結果を表2に示す。また図6はNo10、11、12の工具母材からの窒化深さに対するビッカーズ硬さ分布を表したものである。本発明品(No12)は30μから表面に向かって徐々に硬さが増加しており、表面に近くでは粉末ハイスレベルの硬さとなっている。また切削試験による摩耗幅の比較からも切削後の工具摩耗量は少なく、粉末ハイスエンドミル以上の摩耗低減効果が現れている。このように一般のハイス工具でも本発明品を施すことにより、表面において粉末ハイス工具と同様な硬さにすることができ、材料価格が高価な粉末ハイスと同等か、それ以上の切削性能を付加することができる。
【0021】
〔実施例3〕ハイスドリル切削試験
実施例2と同様な製作過程でハイスドリルを製作して、溶解ハイス工具で製作した本発明品と粉末ハイス工具との性能比較を行った。
切削工具:外径6mm(溶解ハイス:SKH51 相当材、粉末ハイス:SKH40相当材)
切削条件:水溶性エマルジョン
加工方法:19mm通し穴
切削速度:48m/min(2550min−1)
送り速度:410mm/min(0.162mm/rev)
被削材:S50C(硬さ212HB)
本発明品と粉末ハイスドリルとの比較試験結果を表3に示す。
粉末ハイスドリルにセラミック硬質膜を被覆したもの(粉末ハイス2)と、溶解ハイスを用いた一般的なハイスドリルに本発明品を施したもの(溶解ハイス3)との寿命比較試験を行った結果を図7に示す。また本発明品との比較のため、窒化処理をしないでセラミック硬質膜のみを被覆した工具(溶解ハイス1)も加えた。本発明品は処理を施さないものと比べて約1.7倍の寿命であり、粉末ハイスと比べても同等以上の性能を示した。
【0022】
【表2】
【表3】
【0023】
〔本実施例の効果〕上記の実施例から、本発明の高機能ハイス工具製造方法を、ハイス材を母材とするドリル、エンドミル、タップ、ホブを含む工具、金型等に適用することにより、母材の内部から表面に向かってのなだらかな硬さの傾斜効果及び同一装置内での連続処理効果により、プラズマ窒化層とセラミック硬質膜の密着性の良さをが大きく改善し、従来の一般ハイス工具、金型等の寿命を飛躍的に向上させることができる。その効果は高価な粉末ハイス工具の持つ寿命に匹敵、かつそれ以上の性能を示しており、以上の様に本発明品のプラズマ窒化セラミック硬質膜被覆工具は、従来のセラミック被覆工具に比べて耐摩耗性に優れ、生産性の向上、工具費コストの低減に極めて有効である。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施の形態の高機能ハイス工具製造方法が使用されるアーク溶解方式イオンプレーティング装置の概略側面断面図。
【図2】本発明の実施の形態の高機能ハイス工具製造方法が使用されるアークイオンプレーティング装置の概略側面断面図。
【図3】本発明方法で製造された製品のプラズマ窒化セラミック硬質膜の構成を示す説明図。
【図4】ロックウェル硬度計による圧痕剥離判定基準。
【図5】本発明方法で製造された製品のプラズマ窒化層の硬さ分布を示すグラフ。
【図6】本発明方法で製造された製品の窒化層と粉末ハイス工具の母材硬さ分布の比較を示すグラフ。
【図7】本発明方法で製造されたハイスドリルの寿命比較試験結果を示すグラフ。
【符号の説明】
1・・真空装置 2・・電子銃 3・・工具取り付け治具
4・・アノード 5・・金属蒸発源 6・・アルゴンガス導入口
7・・窒素ガス導入口 9・・電子銃用直流電源 10・・基板用直流電源
11・・排気口 12・・加熱用ヒータ 13・・アーク放電源
【発明の属する技術分野】本発明は、エンドミル、ドリル、タップ、金型などの高速度工具鋼、合金工具鋼を部材とした工具、金型表面にプラズマ窒化を行い、連続的にセラミック硬質膜を被覆した高機能ハイス工具製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】ハイス工具に適用される窒化処理、または反応ガスである窒素の負グロー放電を利用して窒化処理を行ういわゆるイオン窒化処理の目的は、工具表面に窒化層を形成することで表面硬さを上げて耐摩耗性を向上させることにあるが、ビッカース硬度は600〜1200HV程度であり、近年の工具を使用する時の過酷な高速切削条件下では十分な硬度とはいえない。一方ではイオンプレーティング装置の普及でTiNやTiAlNなどの、ビッカース硬度が2000HV以上の硬さのセラミック硬質膜を工具表面に被覆して高速条件下での工具の寿命を大幅に向上させることが可能となった。このセラミック硬質膜被覆技術は表面改質技術として一般的に行われているものであり、工具の寿命を延長させるためには非常に有効な手法であるが、さらに工具の寿命を延ばすために、上記の窒化処理技術とセラミック硬質膜形成技術を組み合わせた技術の開発が進んでいる。
【0003】
かかる従来の窒化処理技術とセラミック硬質膜形成技術を組み合わせた技術としては、例えば特許文献1、特許文献2のように、イオン窒化処理技術とPVD法(Physical Vapour Deposition:物理蒸着)によるセラミック硬質膜の形成を複合的に行うことによって密着性と耐久性に優れた硬質膜を金属部材に形成する方法や、さらに特許文献3のように高周波電源を用いることでイオン窒化にともなう脆化層の発生を防ぎ、その上に連続的にセラミック硬質膜の形成を行うことによって窒化層上のセラミック硬質膜の密着性の改善を図った例がある。
【0004】
【特許文献1】特開平8−35075 図1、〔0006〕〔0023〕〔0024〕
【特許文献2】特開2000−5904〔0041〕〔0042〕
【特許文献3】特開平5−98422 図1〜図4、〔0008〕〜
〔0011〕
【0005】
【解決しようとする課題】しかしながらこれらの技術は、窒化処理とセラミック硬質膜を形成する技術が製造過程において分割されているため生産上の品質面、特に窒化層上に形成するセラミック硬質膜の密着品質に大きく影響する。例えば特許文献1の〔0006〕では、窒化層を形成するためのイオン窒化装置とセラミック硬質膜を形成するためのイオンプレーティング装置(PVD装置)とは「同一装置、あるいは別の装置」で行うと記載するが、特許文献1、図1では両者を同一の装置で行う開示はなく、特許文献1、特許文献2では、両者は異なる真空装置で行っており、2つの全く別の装置で2工程の生産するのは費用面から不利であるし、また窒化処理後に一度大気中に晒されるため窒化層上の硬質膜の密着性が悪く、膜の剥離につながる要因ともなるため好ましい方法とはいえない。また特許文献3では、同一真空装置で窒化処理と硬質膜形成処理を連続で行うことを特徴としているが、窒化処理にともなう脆化層の発生を防ぐために窒化処理には高周波電源を用いており、さらにセラミック硬質膜形成には直流電源を用いるなど脆化層のない良質な窒化層を得るための工夫はあるが、窒化層形成とセラミック硬質膜形成は連続的に処理されているとはいえ、イオン窒化の処理条件においてもイオン化形成のための真空度が(0.1〜8Torr)と比較的低く、窒化処理工程を一度終了した後に、再度高真空領域までの真空引きが必要であり、イオン窒化処理とセラミック硬質膜処理は分割した工程となっているため不連続処理による密着不良が懸念される。またイオンプレーティング装置におけるイオン窒化用の高周波電源とセラミック硬質膜用の直流電源の複数電源の準備が必要であることから処理プロセスは複雑になり、安定した品質を確保する点で実用的とはいえない。一方でイオン窒化で形成した窒化層についても切削工具に適用する場合は最新の注意が必要であり、特にエンドミルのような鋭利な刃を持つ工具については窒化層の厚さが切削中のコーナ刃欠けの原因になるため、セラミック硬質膜の厚さとともに耐摩耗性のある高機能ハイス工具を製作するうえでは重要な因子となる。しかしながら上記引用例にはいずれもその範囲は明確に規定されていないため、実際の鋭利な刃を持つ工具、特にエンドミルに適用する場合には窒化処理の効果は保証されるものではない。
本発明の課題は、イオン窒化層とセラミック硬質膜の密着性が良く、従来のセラミック被覆工具に比べて耐摩耗性に優れ、生産性の向上、工具費コストの低減を図ることができる高機能ハイス工具製造方法を提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】このため本発明は、高速度工具鋼、合金工具鋼からなる工具母材にアークイオンプレーティング装置またはアーク溶解イオンプレーティング装置を用いて、成膜前に行うイオンボンバード工程で、同時にプラズマ窒化処理を施し、前記アークイオンプレーティング装置またはアーク溶解イオンプレーティング装置をそのまま用いて、前記プラズマ窒化処理された窒化層の上に連続してアークイオンプレーティング法またはアーク溶解方式イオンプレーティング法で直接セラミック硬質膜を形成することを特徴とする高機能ハイス工具製造方法を提供することによって、上述した本発明の課題を解決した。即ち、プラズマ窒化処理(以下本発明の説明では上記で述べたイオン窒化処理をプラズマ窒化処理と称する)とセラミック硬質膜処理を、従来からある一般的なイオンプレーティング装置の処理プロセス(真空排気工程→加熱工程→アルゴンイオンボンバード工程→コーティング工程→冷却工程)のうち、真空容器内部での表面の清浄度を向上させるために、アークイオンプレーティング装置またはアーク溶解イオンプレーティング装置を用いて、不活性ガスによる負グロー放電を利用して行うイオンボンバード工程(一般的にはアルゴンイオンを用いて工具表面をクリーニングするアルゴンイオンボンバード工程)から、コーティング工程(セラミック硬質膜被覆工程)に移行する段階で、アルゴンイオンボンバード工程の中で連続的に窒化処理を行うとともに、同一のアークイオンプレーティング装置またはアーク溶解イオンプレーティング装置をそのまま用いて、高真空中で連続的にセラミック硬質膜処理へ移行する高機能ハイス工具製造方法としたものである。
【0007】
【発明の効果】かかる構成により、本発明の高機能ハイス工具製造方法を、ハイス材を母材とするドリル、エンドミル、タップ、ホブを含む工具、金型等に適用することにより、母材の内部から表面に向かってのなだらかな硬さの傾斜効果及び同一装置内での連続処理効果により、イオン窒化層とセラミック硬質膜の密着性の良さを大きく改善し、従来の一般ハイス工具、金型等の寿命を飛躍的に向上させることができる。その効果は高価な粉末ハイス工具の持つ寿命に匹敵、かつそれ以上の性能を示しており、以上の様に本発明品のプラズマ窒化セラミック硬質膜被覆工具は、従来のセラミック被覆工具に比べて耐摩耗性に優れ、生産性の向上、工具費コストの低減に極めて有効である。
【0008】
好ましくは、脆化層のでないプラズマ窒化処理の条件として、前記プラズマ窒化処理は、工具母材を300〜550°Cに加熱するとともに、イオンボンバードで使用するアルゴンガスを含む不活性ガスに窒素ガスを導入して10〜0.1Paの真空度状態を保ちながら、工具母材に−10〜−100Vの負電圧を印加し、負グロー放電によるイオンボンバード処理で発生するプラズマを利用して窒化を施すこと、また、前記セラミック硬質膜は、Ti、V、Cr等の4a族、5a族、6a族の元素と、Si、Al、Bの1種以上の組み合わせからなる窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物の単層または2層以上の多層膜であることが好ましい。プラズマ窒化処理の加熱温度は、300°C未満ではプラズマ窒化が極めて遅く、550°Cを越えると工具母材の硬度低下を引き起こすため、300〜550°Cに限定した。プラズマ窒化処理のアルゴンガスを含む不活性ガスと窒素ガスとの真空度は、10Pa以上ではプラズマによる放電が不安定になりかつプラズマ窒化が進みすぎて脆化層を形成するおそれがあり、0.1Pa未満ではイオン窒化が極めて遅いので10〜0.1Paに限定した。工具母材に負電圧−10〜−100Vの印加はこの範囲は母材の内部から表面に向かってのなだらかな硬さの傾斜効果が得られる範囲に限定したものである。
【0009】
鋭利な刃を持つ切削工具として必要な窒化層の厚さと硬質膜層の厚さとしては、前記プラズマ窒化を施した硬化層の厚さは10〜50μmであり、前記セラミック硬質膜の厚さは2〜10μmであることが好ましい。プラズマ窒化による硬化層の厚さは10μm以下では硬化層の効果は期待できず、50μm以上では硬化層が厚すぎるために窒化層上のセラミック硬質膜とともに切削中、特にエンドミル加工においては鋭利なコーナー部で刃こぼれを起こす危険性があるため上記の範囲に限定した。またセラミック硬質膜では2μ以下では切削における耐摩耗性の効果は期待できず、10μ以上ではセラミック硬質膜層で微少チッピングが発生しやすくなるためこの範囲に限定した。
【0010】
【発明の実施の形態】本発明の実施の形態の高機能ハイス工具製造方法は、イオンプレーティング処理において、セラミック硬質膜の成膜直前に、真空装置内で表面清浄化を目的として通常に行われるアルゴンイオンボンバード処理工程に、窒化層を形成させるための窒素ガスを導入することで、中真空領域において脆化層の発生しない窒化処理を行い、かつ連続的にセラミック硬質膜形成する事で密着性の良い、耐久性に優れた工具を提供するものである。
【0011】
本発明によるプラズマ窒化とセラミック硬質膜被覆を連続に行うためのアーク溶解方式イオンプレーティング装置を図1、アークイオンプレーティング装置を図2に示す。まず図1のアーク溶解方式イオンプレーティング装置におけるプラズマ窒化処理について説明する。工具取り付け治具3に工具を装着して真空装置1の内部を排気口11から図示しない真空ポンプを用いて0.01Paまで真空に排気する(真空排気工程)。その後加熱用ヒータ12で工具取り付け治具3に装着した工具部材を400〜500℃まで加熱して保持する(加熱工程)。そしてアルゴンガス導入口6からアルゴンガスを導入して所定の真空度(10〜0.1Pa)にした後、電子銃2とアノード4との間で電子銃用直流電源9で印加(Aに接続)してアルゴンガス放電によるプラズマ領域を形成する。アルゴンプラズマ領域はアルゴンイオンと電子および高速中性粒子からなるプラズマ状態にあり、その状態で工具取り付け治具3に基板用直流電源10をマイナス数百ボルトに負印加する。プラズマ領域中のアルゴンイオンが工具母材に電気的に引き寄せられ、治具3に装着された工具表面にアルゴンイオンが衝突することで工具表面の付着物や表面酸化物等をエッチングして工具表面の清浄化を行う(アルゴンイオンボンバード工程)。次ぎに窒素ガス導入口7から所定の圧力(10〜0.1Pa)になるまで窒素ガスを導入し、電子銃用直流電源9で印加負電圧を−10〜−100Vに設定してに設定してプラズマ窒化処理を行う(プラズマ窒化工程)。プラズマ窒化後は電子銃用直流電源9をBに接続するよう切り替えることで、電子銃2を金属蒸発源5に移行させて金属蒸発源5の金属の溶解(例えばチタン)を行い、窒素ガス導入口7から反応ガス(例えば窒素ガス)を導入してセラミック硬質膜(例えばTiN)を工具母材の表面に形成する(コーティング工程)。所定の膜厚を成膜した後は150℃までに真空中で冷却してから工具部材を取り出す。
【0012】
次ぎに図2のアーク方式イオンプレーティング装置による本発明品の製作方法について説明する。工具取り付け治具3に工具を装着して真空装置1の内部を排気口11から図示しない真空ポンプを用いて0.01Paまで真空に排気する(真空排気工程)。その後加熱用ヒータ12で工具取り付け治具3に装着した工具部材を400〜500℃まで加熱して保持する(加熱工程)。そしてアルゴンガス導入口6からアルゴンガスを導入して所定の真空度(10〜0.1Pa)にした後、電子銃2とアノード4との間を電子銃用直流電源9で印加してアルゴンガス放電によるプラズマ領域を形成し、工具取り付け治具3に装着した工具部材に直流電源による印加を行うことで工具表面の清浄化を行う(アルゴンイオンボンバード工程)。次ぎに窒素ガス導入口7から所定の圧力(10〜0.1Pa)になるまで窒素ガスを導入し、電子銃用直流電源9で印加負電圧を−10〜−100Vに設定してプラズマ窒化処理を行う(プラズマ窒化工程)。プラズマ窒化後は金属蒸発源5(例えばTiAl合金ターゲット)にアーク放電源13によりアーク放電を定常的に保持して蒸発源5の合金ターゲットの溶解を行い、窒素ガス導入口7から反応ガス(例えば窒素ガス)を導入してセラミック硬質膜(例えばTiAlN)を工具取り付け治具3に装着した工具母材の表面に形成する(コーティング工程)。所定の膜厚を成膜した後は150℃までに真空中で冷却してから工具部材を取り出す。
【0013】
以上のように、本発明の実施の形態では、高速度工具鋼、合金工具鋼からなる工具母材にアークイオンプレーティング装置またはアーク溶解方式イオンプレーティング装置を用いて、工具母材を300〜550℃に加熱するとともに、アルゴンガスと窒素ガスを導入して10〜0.1Paの真空度状態で工具母材に−10〜−100Vの負電圧を印加し、負グロー放電によるイオンボンバード処理でプラズマ窒化を施すことを特徴とし、プラズマ窒化処理を施した後で、アークイオンプレーティング法またはアーク溶解イオンプレーティング法で連続して、硬化層の上に直接Ti、V、Cr等の4a族、5a族、6a族の元素と、Si、Al、Bの1種以上の組み合わせからなる窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物の単層または2層以上の多層膜であるセラミック硬質膜を形成する。
【0014】
脆化層のでないプラズマ窒化処理の条件として、プラズマ窒化処理の加熱温度は、300°C未満ではイオン窒化が極めて遅く、550°Cを越えると工具母材の硬さが低下するので、300〜550°Cに限定した。プラズマ窒化処理のアルゴンガスを含む不活性ガスと窒素ガスとの真空度は、10Pa以上ではプラズマ窒化が進みすぎて脆化層を形成し、0.1Pa未満ではイオン窒化が極めて遅いので、10〜0.1Paに限定した。工具母材に負電圧−10〜−100Vの印加は、この範囲が母材の内部から表面に向かってのなだらかな硬さの傾斜効果が得られるから、この範囲に限定した。
【0015】
切削工具に適用するプラズマ窒化による硬化層の厚さは10〜50μmであり、セラミック硬質膜の厚さは2〜10μmであることを特徴とするものであり、窒化層上に成膜されたセラミック硬質膜は、ロックウェル(Cスケール)硬度計を用いて押圧した場合に生ずる圧痕を100倍の倍率で観察した結果が、前記圧痕の外周1mm以上の範囲で膜と工具母材との間で剥離が認められない程度の密着性を有することが切削加工において重要となる。プラズマ窒化による硬化層の厚さは10μm以下では硬化層の効果は期待できず、50μm以上では硬化層が厚すぎるために窒化層上のセラミック硬質膜とともに切削中、特にエンドミル加工においては鋭利なコーナー部で刃こぼれを起こす危険性があるため上記の範囲に限定した。またセラミック硬質膜では2μ以下では切削における耐摩耗性の効果は期待できず、10μ以上ではセラミック硬質膜層で微少チッピングが発生しやすくなるためこの範囲に限定した。また密着性の判定として実施するロックウェル硬度計を用いて行う剥離判定試験は、現在硬質被覆膜の密着判定方法として簡易的に行うことができて、しかも信頼性の高い方法であるため本発明方法による工具の硬質膜の密着判定方法として採用し、研究結果として密着性と切削試験結果との対応から、その判定基準として請求項の範囲を設定した。
【0016】
本発明の高機能ハイス工具の製造方法とその効果について具体的に説明する。高速度工具鋼(以下ハイスと称する)SKH59相当材を母材とした外径6mmの2枚刃の無処理エンドミルを図2のアークイオンプレーティング装置の工具取り付け治具3に設置して真空容器1を所定の真空度まで真空排気し、加熱用ヒータで450℃に工具本体を加熱して1時間保持した。その後、真空容器内にアルゴンガス導入口から真空圧力が3Paになるまでアルゴンガスを導入し、負グロー放電によるアルゴンプラズマを発生させた状態で、負電圧200Vを印加してイオンボンバード処理により60分間工具表面を清浄化した。アルゴンイオンボンバード終了後、アルゴンガスとの流量バランスを取りながら所定の圧力になるまで窒素ガスを導入して、負電圧を−10〜−100Vの範囲で印加し、中真空領域でのプラズマ窒化処理を所定時間行った。プラズマ窒化完了後は金属蒸発源(ターゲット)に取り付けたTiAl合金にアーク放電を起こしてTiAlを蒸発させ、アルゴンガスと窒素ガスの流量を所定の比率に設定してアークイオンプレーティング方式により代表的なセラミック硬質膜であるTiAlNを約3μm成膜した。所定の膜厚を得た後は全ての電源とガスを停止して真空容器内が180℃以下になるまで冷却してから工具を取り出した。
【0017】
上記で得られた被覆工具のプラズマ窒化セラミック硬質膜の構成を図3に、工具母材表面硬さの深さ分布を図5に示す。SKH59相当材の母材硬さが905HVに対して、プラズマ窒化層の最大硬さは1020HVであり30μmの深さで母材内部に向かってなだらかに変化していることが確認できた。プラズマ窒化の上に成膜されたセラミック硬質膜であるTiAlN被膜の密着性を評価するため、一般的に行われているロックウェル硬度計を用いた圧痕剥離試験を行った。この試験法は標準的なロックウェル(Cスケール)硬度計を用いておこなうものであり、ダイヤモンド圧子を工具表面に押圧した場合に生ずる圧痕を100倍の倍率で観察した結果が、前記圧痕の外周1mm以上の範囲で膜と工具母材との間で剥離が認められない程度の密着性であれば工具の切削に十分耐えうるだけの密着性を有すると判断するものである。例えば密着性の劣るものはダイヤモンド圧子の剪断力により密着の程度に応じて圧痕の周囲に硬質被膜の剥離が生じるため密着性の判断が出来る。このためセラミック硬質膜の密着性の一般的な評価方法として良く知られているロックウェル硬度計圧痕剥離判定基準(図4)により判定を行ったところ、プラズマ窒化上のセラミック硬質膜TiAlNの密着性はHF1〜HF2の範囲(外周剥離1mm以下)で申し分のないものであった。この結果、本発明によるプラズマ窒化層には脆弱層がなく、セラミック硬質膜が密着性良く工具母材に付いていることが確認できた。
【0018】
本発明方法で製造された製品(以下本発明品という)のプラズマ窒化セラミック硬質膜被覆工具の効果を確認するため上記の実施例の手順により各種の工具を製作して以下の切削条件で比較試験を行った結果を次に示す。
〔実施例1〕ハイスエンドミル切削試験
切削工具:外径6mm×柄径8mm 2枚刃 ハイスエンドミル(材質SKH59相当材)
切削条件:ドライ(エアブロー)
加工方法:側面切削(ダウンカット)
切削速度:12.4m/min(660min−1)
送り速度:0.027mm/刃(35mm/min)
切り込み:aa=6mm ar=1.5mm
切削長:1m
被削材:SKD11(硬さ180HB)
本発明品と比較品とのハイスエンドミル切削試験結果を表1に示す。
本発明品(No7〜9)は比較品(No1〜6)に比べてエンドミル切削後の逃げ面摩耗量およびコーナ摩耗量が小さく、異常摩耗も見られないことから、プラズマ窒化処理で形成された窒化層の上に連続的に成膜されたセラミック硬質膜のとの密着性は良好であり、窒化層の表面硬さの上昇による摩耗量の低減が図られている。比較品の特徴として窒化層が深いNo5は刃先にチッピング(刃欠け)現象を引き起こしており、深い窒化処理は鋭利な工具に対して逆効果になる。一方で窒化層が浅いNo6はセラミック硬質膜による耐摩耗効果だけで窒化層による効果が認められない。
【0019】
【表1】
【0020】
〔実施例2〕粉末ハイスエンドミルとの性能比較試験
実施例1で示した一般的な溶解ハイス工具に比べて母材の硬さが高く、かつ材料価格も高価な粉末ハイスを母材とした工具を製作して、以下の条件で、溶解ハイス工具で製作した本発明品との性能比較を行った。
切削工具:外径16mm×柄径16mm 2枚刃ハイスエンドミル(材質SKH59相当材)
切削条件:ドライ(エアブロー)
加工方法:側面切削(ダウンカット)
切削速度:40m/min(800min−1)
送り速度:0.066mm/刃(106mm/min)
切り込み:aa=16mm ar=1.6mm
切削長:2m
被削材:NAK80(硬さ40HRC)
粉末ハイスエンドミルにセラミック硬質膜を被覆したものと、溶解ハイスを用いた一般的なハイスエンドミルに本発明品を施したものとの切削性能比較試験を行った結果を表2に示す。また図6はNo10、11、12の工具母材からの窒化深さに対するビッカーズ硬さ分布を表したものである。本発明品(No12)は30μから表面に向かって徐々に硬さが増加しており、表面に近くでは粉末ハイスレベルの硬さとなっている。また切削試験による摩耗幅の比較からも切削後の工具摩耗量は少なく、粉末ハイスエンドミル以上の摩耗低減効果が現れている。このように一般のハイス工具でも本発明品を施すことにより、表面において粉末ハイス工具と同様な硬さにすることができ、材料価格が高価な粉末ハイスと同等か、それ以上の切削性能を付加することができる。
【0021】
〔実施例3〕ハイスドリル切削試験
実施例2と同様な製作過程でハイスドリルを製作して、溶解ハイス工具で製作した本発明品と粉末ハイス工具との性能比較を行った。
切削工具:外径6mm(溶解ハイス:SKH51 相当材、粉末ハイス:SKH40相当材)
切削条件:水溶性エマルジョン
加工方法:19mm通し穴
切削速度:48m/min(2550min−1)
送り速度:410mm/min(0.162mm/rev)
被削材:S50C(硬さ212HB)
本発明品と粉末ハイスドリルとの比較試験結果を表3に示す。
粉末ハイスドリルにセラミック硬質膜を被覆したもの(粉末ハイス2)と、溶解ハイスを用いた一般的なハイスドリルに本発明品を施したもの(溶解ハイス3)との寿命比較試験を行った結果を図7に示す。また本発明品との比較のため、窒化処理をしないでセラミック硬質膜のみを被覆した工具(溶解ハイス1)も加えた。本発明品は処理を施さないものと比べて約1.7倍の寿命であり、粉末ハイスと比べても同等以上の性能を示した。
【0022】
【表2】
【表3】
【0023】
〔本実施例の効果〕上記の実施例から、本発明の高機能ハイス工具製造方法を、ハイス材を母材とするドリル、エンドミル、タップ、ホブを含む工具、金型等に適用することにより、母材の内部から表面に向かってのなだらかな硬さの傾斜効果及び同一装置内での連続処理効果により、プラズマ窒化層とセラミック硬質膜の密着性の良さをが大きく改善し、従来の一般ハイス工具、金型等の寿命を飛躍的に向上させることができる。その効果は高価な粉末ハイス工具の持つ寿命に匹敵、かつそれ以上の性能を示しており、以上の様に本発明品のプラズマ窒化セラミック硬質膜被覆工具は、従来のセラミック被覆工具に比べて耐摩耗性に優れ、生産性の向上、工具費コストの低減に極めて有効である。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施の形態の高機能ハイス工具製造方法が使用されるアーク溶解方式イオンプレーティング装置の概略側面断面図。
【図2】本発明の実施の形態の高機能ハイス工具製造方法が使用されるアークイオンプレーティング装置の概略側面断面図。
【図3】本発明方法で製造された製品のプラズマ窒化セラミック硬質膜の構成を示す説明図。
【図4】ロックウェル硬度計による圧痕剥離判定基準。
【図5】本発明方法で製造された製品のプラズマ窒化層の硬さ分布を示すグラフ。
【図6】本発明方法で製造された製品の窒化層と粉末ハイス工具の母材硬さ分布の比較を示すグラフ。
【図7】本発明方法で製造されたハイスドリルの寿命比較試験結果を示すグラフ。
【符号の説明】
1・・真空装置 2・・電子銃 3・・工具取り付け治具
4・・アノード 5・・金属蒸発源 6・・アルゴンガス導入口
7・・窒素ガス導入口 9・・電子銃用直流電源 10・・基板用直流電源
11・・排気口 12・・加熱用ヒータ 13・・アーク放電源
Claims (5)
- 高速度工具鋼、合金工具鋼からなる工具母材にアークイオンプレーティング装置またはアーク溶解イオンプレーティング装置を用いて、成膜前に行うイオンボンバード工程で、同時にプラズマ窒化処理を施し、前記アークイオンプレーティング装置またはアーク溶解イオンプレーティング装置をそのまま用いて、前記プラズマ窒化処理された窒化層の上に連続してアークイオンプレーティング法またはアーク溶解方式イオンプレーティング法で直接セラミック硬質膜を形成することを特徴とする高機能ハイス工具製造方法。
- 前記プラズマ窒化処理は、工具母材を300〜550°Cに加熱するとともに、イオンボンバードで使用するアルゴンガスを含む不活性ガスに窒素ガスを導入して10〜0.1Paの真空度状態を保ちながら、工具母材に−10〜−100Vの負電圧を印加し、負グロー放電によるイオンボンバード処理で発生するプラズマを利用して窒化を施すことを特徴とする請求項1記載の高機能ハイス工具製造方法。
- 前記セラミック硬質膜は、Ti、V、Cr等の4a族、5a族、6a族の元素と、Si、Al、Bの1種以上の組み合わせからなる窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物の単層または2層以上の多層膜であることを特徴とする請求項1記載の高機能ハイス工具製造方法。
- 前記プラズマ窒化を施した硬化層の厚さは10〜50μmであり、前記セラミック硬質膜の厚さは2〜10μmであることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1に記載の高機能ハイス工具製造方法。
- 前記プラズマ窒化層上に成膜されたセラミック硬質膜はロックウェル硬度計Cスケールを用いて押圧した場合に生じる圧痕を100倍の倍率で観察した結果が、前記圧痕の外周1mm以上の範囲で膜と工具母材との間で剥離が認められない程度の密着性を有することを特徴とする請求項4記載の高機能ハイス工具製造方法。
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