ところで、上記特許文献1、2に記載の技術を用いれば、エンジン振動を抑制することができるが、乗車時の快適性を実質的に大きく左右するこもり音の低減という観点から見ると、バランサ装置が設けられていない場合よりもいずれもエンジン重量が大きく増大する割には、必ずしも十分なこもり音低減効果が得られるものではなかった。
そこで、本発明は、エンジン重量の増大を抑制しつつ、エンジン振動によるこもり音等の騒音を効果的に低減することができるエンジンのバランサ装置を提供することを課題とする。
本発明は、次のように構成したことを特徴とする。
まず、本願の請求項1に記載の発明(以下、第1発明という)は、弾性体を介して車体にマウントされると共に、クランクシャフトの2倍速で回転される1軸のバランサシャフトが備えられたエンジンのバランサ装置であって、上記バランサシャフトは、該シャフトの取付位置がエンジンのローリング振動の中心軸よりも下方の場合はクランクシャフトの回転方向と逆方向に回転され、上記取付位置が上記中心軸よりも上方の場合はクランクシャフトの回転方向と同方向に回転されると共に、該バランサシャフトのアンバランス質量は、上記マウント部位にほぼ同じ大きさの横方向力と上下方向力とが交互に略等時間間隔で作用してエンジン端面側から見た上記弾性体へのエンジンマウント部位の移動軌跡が略円状となる質量に設定されていることを特徴とする。
また、本願の請求項2に記載の発明(以下、第2発明という)は、上記第1発明において、マウント部位にほぼ同じ大きさの横方向力と上下方向力とを交互に略等時間間隔で作用させるバランサシャフトのアンバランス質量は、該バランサシャフトによる上下方向慣性力がエンジンの往復運動系による上下方向慣性力に対して30%〜50%の大きさとなる質量であることを特徴とする。
さらに、本願の請求項3に記載の発明(以下、第3発明という)は、上記第1発明又は第2発明において、エンジンの一端側に変速機が取り付けられている場合において、バランサシャフトによる上下方向慣性力の中心は、往復運動系による上下方向慣性力の中心とエンジンの長手方向においてピッチング中心に対して同じ側で、往復運動系による上下方向慣性力の中心よりもピッチング中心から離れた位置に設けられていることを特徴とする。
そして、本願の請求項4に記載の発明(以下、第4発明という)は、上記第1発明から第3発明のいずれか1項において、クランクシャフトの軸心がシリンダの中心軸に対してオフセットされていることを特徴とする。
次に、本願の請求項5に記載の発明(以下、第5発明という)は、弾性体を介して車体にマウントされると共に、クランクシャフトの2倍速で互いに逆回転され互いに異なるアンバランス質量とした2軸のバランサシャフトが備えられたエンジンのバランサ装置であって、これらのバランサシャフトは、該バランサシャフトの取付位置がエンジンのローリング振動の中心軸よりも下方の場合はアンバランス質量の大きい方のバランサシャフトがクランクシャフトの回転方向と逆方向に回転され、該取付位置が上記中心軸よりも上方の場合はアンバランス質量の大きい方のバランサシャフトがクランクシャフトの回転方向と同方向に回転されると共に、これらのバランサシャフトのアンバランス質量は、上記マウント部位にほぼ同じ大きさの横方向力と上下方向力とが交互に略等時間間隔で作用してエンジン端面側から見た上記弾性体へのエンジンマウント部位の移動軌跡が略円状となる質量に設定されていることを特徴とする。
そして、本願の請求項6に記載の発明(以下、第6発明という)は、上記第5発明において、マウント部位にほぼ同じ大きさの横方向力と上下方向力とを交互に略等時間間隔で作用させる一対のバランサシャフトのアンバランス質量は、バランサシャフトによる上下方向慣性力がエンジンの往復運動系による上下方向慣性力に対して30%〜50%の大きさとなる質量であることを特徴とする。
さらに、本願の請求項7に記載の発明(以下、第7発明という)は、上記第5発明又は第6発明において、エンジンの一端側に変速機が取り付けられている場合において、バランサシャフトによる上下方向慣性力の中心は、往復運動系による上下方向慣性力の中心とエンジンの長手方向においてピッチング中心に対して同じ側で、往復運動系による上下方向慣性力の中心よりもピッチング中心から離れた位置に設けられていることを特徴とする。
また、本願の請求項8に記載の発明(以下、第8発明という)は、上記第5発明から第7発明のいずれか1項において、クランクシャフトの軸心がシリンダの中心軸に対してオフセットされていることを特徴とする。
本発明の効果について図1、図2等を用いて説明する。図1は、エンジンが弾性体を介して車体に支持された状態の説明図であり、図2は、マウント部にかかる上下方向力及び水平方向力の時間変化を示す図である。なお、本発明の作用はこの図の例に限定されるものではない。
まず、第1発明によれば、図1、図2に例示するように、弾性体とエンジンとの接続部の一箇所であるマウント部位Pには、上下方向力F1と前後方向力F2(横方向力として前後方向の力を用いて説明)とが、位相がほぼ90°ずれた状態で周期的に作用する。すなわち、ほぼ同じ大きさの上下方向の力f1,−f1(−符号がついているのは下向きの力という意味)と前後方向の力f2,−f2(−符号がついているのは後向きの力という意味)とが交互に時刻t1,t2,t3,t4…というように略等時間間隔で作用する。
その場合に、時刻t1には、上下方向の力F1が上向きにf1で前後方向の力F2がゼロであるので、弾性体は点線で示すように圧縮されて、エンジン端面側から見たマウント部位Pの位置はP1となると共に、弾性体を介して上記上向きの力f1の残存力が車体に対して同方向に加わり、この力は車体を上側に膨らませようとする。
また、時刻t2には、上下方向の力F1がゼロで前後方向の力F2が前向きに(図面左方向に)f2であるので、弾性体は2点鎖線で示すように左側に倒れ、エンジン端面側から見たマウント部位Pの位置はP2となると共に、弾性体を介して上記前向きの力f2の残存力が車体に対して同方向に加わり、車体を前方向に(図上左側に)引っ張ろうとする。
また、時刻t3には、上下方向の力F1が下向きに−f1で前後方向の力F2がゼロであるので、弾性体は1点鎖線で示すように伸長され、エンジン端面側から見たマウント部位Pの位置はP3となると共に、弾性体を介して上記下向きの力−f1の残存力が車体に対して同方向に加わり、車体を下側に膨らませようとする。
また、時刻t4には、上下方向の力F1がゼロで前後方向の力F2が後方向に(図面右方向に)−f2であるので、弾性体は右側に倒れ、エンジン端面側から見たマウント部位Pの位置はP4となると共に、弾性体を介して上記後向きの力−f2の残存力が車体に対して同方向に加わり、車体を後方向に(図上右側に)引っ張ろうとする。
そして、このマウント部Pの位置の移動軌跡を時間を追って連続的にとらえれば、太い点線で示すように略円状となる。また、車体に加わる残存力の方向も同様に回転することから、車体は上向きに膨らみ、右側に引っ張られ、下向きに膨らみ、左側に引っ張られという状態を繰り返すこととなる。つまり、車体の構成部材が、単純に一方向に偏って振動しにくくなり、こもり音の発生が抑制されることとなる。
また、この思想によれば、往復運動系の上下方向慣性力を完全に抑制する必要がないので、これと同じ大きさで反対方向の上下方向慣性力をバランサシャフトで発生させる必要がなく、バランサシャフトのアンバランス質量を小さくすることができる。
また、第2発明によれば、上記第1発明で説明した作用効果を最も効果的に実現することができる。
そして、第3発明によれば、エンジンの一端側に変速機が取り付けられている場合において、バランサシャフトによる上下方向慣性力の中心は、往復運動系による上下方向慣性力の中心とエンジンの長手方向においてピッチング中心に対して同じ側で、往復運動系による上下方向慣性力の中心よりもピッチング中心から離れた位置に設けられているから、両中心がエンジン前後方向において同じ位置にしている場合よりもバランサシャフトのアンバランス質量を小さくしつつ、両中心がエンジン前後方向において同じ位置に位置している場合と同等のピッチング振動抑制効果を得ることができる。
さらに、第4発明によれば、クランクシャフトの軸心がシリンダの中心軸に対してオフセット配置されているから、上死点通過後に燃焼圧が最大圧になった場合におけるシリンダに対するピストンのサイドフォースが減少すると共に、このサイドフォースによりマウント部に一時的に大きな力が加わるのが防止され、弾性体が不均一に圧縮されることによる振動吸収の阻害が防止される。また、この結果、振動が良好に吸収され、こもり音が良好に抑制される。
次に、第5発明によれば、一対のバランサシャフトを有するバランサ装置が備えられたエンジンにおいて、第1発明の上記効果と同様な効果が得られる。特に、一対のバランサシャフトを有するバランサ装置によれば、一対のアンバランス質量は一定のままでもその比率を適切な値に設定すれば、マウント部位の移動軌跡をより真円状に近くすることができる。つまり、こもり音をより効果的に抑制することができる。
また、第6発明から第8発明によれば、第2発明から第4発明の上記効果と同様な効果が得られる。
以下、本発明を実施するための最良の形態に係るエンジンのバランサ装置について説明する。
図3(a)、(b)、(c)は、本実施の形態に係るエンジン1の一端側に変速機2が取付られたパワープラント3の車体4への搭載状態を示す平面図、側面図(図3(a)のX方向矢視図)、及び端面図(図3(a)のY方向矢視図)である。該パワープラント3は、これらの図に示すように、ラバー部材(弾性体)を有するマウント機構5,6,7を介して車体4に3点で支持されている。マウント機構5は、エンジン1における、変速機2が取り付けられていない側の端面上部側に配置されて、パワープラント3を車体4に吊り下げ支持するもので、マウント機構6は、変速機2における、エンジン1が取り付けられていない側の端部の上方に配置されて、パワープラント3を車体4に吊り下げ支持するもので、マウント機構7は、変速機2における、エンジン1が取り付けられている側の端部の下方に配置されて、パワープラント3を車体4に支持するものである。なお、マウント機構5,6,7にはラバー以外の弾性体を用いてもよい。
本実施の形態に係るエンジン1は、これらの図に示すように、FF横置搭載タイプの直列4気筒エンジンであり、上記エンジン1を構成するシリンダブロック11の下部は、オイルパン12が取り付けられ、該シリンダブロック11とオイルパン12とで画成される空間内にバランサ装置20が設けられている。
ここで、図3に示すGはパワープラント3の重心を示し、Crは、クランクシャフト13の軸心に平行でパワープラント4の重心Gを通るローリング振動の中心軸を示し、Cpは、これらの軸に直交しパワープラント4の重心Gを通るピッチング振動の中心軸を示す。パワープラント3の重心Gは、エンジン1単体の重心Ggよりも変速機2側に位置している(図6参照)。
図4は、バランサ装置20を、図3(a)、(b)に示すZ方向から見た斜視図である。符号Fで示す方向が図3(b)における左方向である。この図4に示すように、バランサ装置20は、バランサシャフト21を収容するアッパケース22及びロワケース23を有する。該アッパケース22から上方にシリンダブロック11への取り付け用脚部24,25,26,27が延びている。また、アッパケース22の側部にはオイルパン12への取り付け用ボス28,29(図5参照)が設けられている。
図5は、バランサ装置を、ロワケース23を取り外して下面側(図4のW方向)から見た図であり、該図5に示すように、バランサシャフト21は、アッパケース22及びロワケース23に形成された軸受部30,31により回動可能に支持されている。バランサシャフト21の一端には、クランクシャフト13に固着されたドライブギヤ14(図6参照)に噛合するドリブンギヤ32が設けられている。ドライブギヤ14とドリブンギヤ32とのギヤ比は2:1に設定されており、クランクシャフト13が回転すると、バランサシャフト21はクランクシャフト13の回転方向と逆方向にクランクシャフト13の2倍速で連動回転されるように構成されている。バランサシャフト21の長手方向ほぼ中央には断面扇状(図7(a)参照)のウェイト部33が設けられている。このウェイト部33は、図7(a)に示すように、ピストン16が上死点に位置したときに、下向きになるように構成されている。バランサシャフト21は、ローリング振動の中心軸Crよりも下方に配置されている。
その場合に、このウェイト部33の質量(アンバランス質量)は、本実施の形態においては、発明の効果の欄でも説明したが、図1、図2に示すように、上記マウント部位Pにほぼ同じ大きさの上下方向力F1と前後方向力F2(横方向力)とが交互に略等時間間隔で作用してエンジン1の端面側から見た上記弾性体へのエンジンマウント部位Pの移動軌跡が略円状となる質量に設定されている。
具体的には、図7(a)に示すように、ピストン16が上死点に位置したときにおけるバランサシャフト21の上下方向慣性力Fbz(バランサシャフト21の慣性力の上下方向成分)の大きさ(Fbzの絶対値)が、これと同時点の往復運動系15(ピストン16及びコンロッド17等の往復部材)の上下方向慣性力Fez(往復運動系15の慣性力の上下方向成分)の大きさ(Fezの絶対値)よりも小さくなる質量で、かつ、図7(b)に示すように、エンジン1の往復運動系15及びバランサシャフト21によるローリング中心軸CrまわりのローリングモーメントMr(以下、残留モーメントMrという)の大きさが、バランサシャフト21がない場合よりも増大される質量とされている(後で詳述する)。これによれば、エンジン1の上下方向振動は、バランサシャフト21のアンバランス質量を両上下方向慣性力Fez,Fbzの大きさがバランスする(同じとなる)質量とした場合よりも増加するが、バランサシャフトが設けられていない場合よりは減少する。一方、エンジン1のローリング振動は、バランサシャフトが設けられていない場合よりも増加する。
ここで、上記残留ローリングモーメントMrは、図7(b)に示すように、クランクシャフト13が図7(a)の状態からR方向に45度回転した時点のもので、往復運動系15の横方向慣性力Fex(往復運動系15の慣性力の横方向成分。クランクシャフト13がR方向に45度回転した時点においてはコンロッド17の軸心が鉛直でなく、例えば、ピストンがシリンダ内面を押し付ける力として作用する)によるローリングモーメントMreと、バランサシャフト21の横方向慣性力Fbx(バランサシャフト21の慣性力の横方向成分)によるローリングモーメントMrbとの合成モーメントである。ここで、クランクシャフト13が図7(a)の状態からR方向に45度回転したときとは、往復慣性系15の横方向慣性力Fexが最大となって、往復慣性系15の横方向慣性力FexによるローリングモーメントMreの大きさが最も大きくなるときであり、また、図7(b)に示すように、バランサシャフト21が図7(a)の状態からS方向に90°回転した状態となって、バランサシャフト21による横方向慣性力Fbxの大きさが最大となり、バランサシャフト21の横方向慣性力FbxによるローリングモーメントMrbの大きさが最も大きくなるときである。この残留ローリングモーメントMrの大きさは、往復慣性系15の横方向慣性力FexによるローリングモーメントMreの大きさ(Mreの絶対値|Mre|)と、バランサシャフト21の横方向慣性力FbxによるローリングモーメントMrbの大きさ(Mrbの絶対値|Mrb|)との差(上記ローリングモーメントMreの方向とMrbの方向とが反対であるため)の絶対値||Mre|−|Mrb||となる。
ここで、アンバランス質量と、該質量による上下方向慣性力Fbz及び残留上下方向慣性力Fzとの理論的関係を図8に示す。バランス率は、往復慣性系15の上下方向慣性力Fezの大きさに対するバランサシャフト21のアンバランス質量による上下方向慣性力Fbzの大きさの比(上下方向慣性力Fezの最大値と上下方向慣性力Fbzの最小値の絶対値との比)である。例えば、バランス率が100%のときは、両上下方向慣性力Fbz,Fezは、大きさが等しく(方向は逆)なって相殺され、エンジン1全体として見ると上下方向慣性力Fzが生じていないのと等しい状態となる。また、バランス率が50%のときは、バランサシャフト21の上下方向慣性力Fbzの大きさが、往復運動系15の上下方向慣性力Fezの大きさの50%となり、該慣性力Fezの50%が残留する。そして、バランス率が40%のときは、バランサシャフト21による上下方向慣性力Fbzの大きさが、往復運動系15の上下方向慣性力Fezの大きさの40%となり、該慣性力Fezの60%が残留する。同様に、バランス率が30%のときは、往復運動系15の上下方向慣性力Fezの70%が残留する。
図9は、アンバランス質量とローリングモーメントとの理論的関係の一例を示す。(なお、一例としたのは、バランサシャフトのアンバランス質量が同じ場合でも、バランサシャフト21とローリング中心軸Crとの距離によってはローリングモーメントの大きさが変化することによる)。この図9に示すように、バランサシャフト21のアンバランス質量が増大すると、該アンバランス質量による横方向慣性力Fbxの大きさが大きくなり、バランサシャフト21によるローリングモーメントMrbの大きさは、マイナス側に大きくなる。そして、上記残留ローリングモーメントMrの大きさは、アンバランス質量が増大すると(バランス率が増大すると)小さくなり、バランス率が所定値B0%のときに一旦ゼロ、すなわち、ローリング振動が生じない状態となる。そして、バランス率が所定値B0%より大きくなると(アンバランス質量がさらに増大すると)、残留ローリングモーメントMrが負の値となり、ローリング中心軸Crを中心としてバランス率が0%〜B0%のときとはエンジン1を逆方向に回転させる力として作用する。そして、バランス率が所定値B1%以上となると、残留モーメントMrの大きさ(絶対値)は往復運動系15によるローリングモーメントMreの大きさより大きくなり、バランサ装置が設けられていない場合よりも大きなローリング振動が生じることとなる(振動方向は逆方向)。
図10は、上記残留上下方向慣性力Fz及び残留ローリングモーメントMrによりマウント機構5,6,7の弾性体に生じる上下方向加速度及び前後方向加速度を示したものである。この図10に示すように、これらの加速度の大きさは、上記残留上下方向慣性力Fz及びローリングモーメントMrに比例する。残留上下方向加速度は、バランス率が大きくなるほど小さくなり、バランス率が100%のときにゼロとなる。前後方向加速度の大きさ(絶対値)は、バランス率が0%〜B0%のときはバランス率が大きくなるほど減少する。一方、B0%より大きいときはバランス率が大きくなるほど増大し、B1%より大きくなると、バランス率がゼロのとき(バランサ装置がないとき)よりも大きくなる。また、前後方向加速度の大きさと上下方向加速度の大きさとは、バランス率が約40%のときにほぼ等しくなる。
図11は、上記エンジン1のマウント機構5において前後方向加速度及び上下方向加速度を実測し、横軸に前後方向加速度、縦軸に上下方向加速度として加速度変化の軌跡を表したものである。例えば、符号アは、ある時刻において前後方向加速度が0で上下方向加速度がaであったことを示し、符号イは、ある時刻において前後方向加速度がbで上下方向加速度がcであったことを示し、符号ウは、ある時刻において前後方向加速度がdで上下方向加速度が0であったことを示す。そして、前後方向加速度及び上下方向加速度データを連続的に表示すると、その軌跡は、点線で示す楕円状や、実線で示す略円状となる。
ここで、この点線で示す楕円状の時間軌跡は、バランス率が0%のとき(バランサシャフトがないとき)のものであり、実線で示す略円状の時間軌跡は、バランス率が37.5%のときのものである。そして、この軌跡は、前述のマウント機構5のラバーマウント部Pの移動軌跡にほぼ一致する。すなわち、バランス率をこのように適切な値に設定すれば、上記マウント部Pの加速度を前後方向及び上下方向にほぼ等しい略円状とすることができる。
図12は、バランス率とこもり音のSPL(Pa)との関係を示す。このこもり音SPL(Pa)は、該こもり音SPL(Pa)と比例関係にある、上記マウント機構5,6,7に生じた加速度の実測値の単純平均値に、加速度−こもり音SPL(Pa)換算係数を乗じることにより算出したものである。
この図12から明らかなように、バランス率が37.5%や50%のときでも、マウント機構5,6,7における前後方向加速度及び上下方向加速度の軌跡が前述のように略円状となるようにすることで、バランス率が100%の2軸バランサ装置と同等のSPLを得られることがわかる。換言すれば、バランス率を100%にしなくても、バランサ装置の軽量化、及び低騒音化を達成することができるものである。
なお、本発明に係る思想は、ローリング振動の中心軸CrまわりのローリングモーメントMrの大きさを、ゼロもしくはバランサ装置が設けられていない場合よりも小さな値にするものではなく、バランサ装置が設けられていない場合よりも逆に増大させるものであるから、バランサシャフトの回転方向を、ローリング振動の中心軸Crの高さとバランサシャフトの高さとの関係により規定する必要はない。つまり、バランサシャフトの回転方向は、バランサシャフトの設置可能位置等を勘案して、最も振動や騒音(こもり音)を小さくすることができる方向に設定すればよい。
例えば、前述の構成のままで(なお、回転方向を反転させるための機構は別途必要となる)、バランサシャフトのクランクシャフトに対する回転方向を逆方向(すなわち、クランクシャフトの回転方向と同方向)にしてもよい。その場合における、図9、図10相当の図を、図13、図14に示す。この場合、残留モーメントは、アンバランス質量の増加、すなわちバランス率の増加と共に増加する点で、バランサシャフトをクランクシャフトの回転方向と同方向に回転させた場合と異なる。そして、この場合は、バランス率が小さい段階で、つまり、アンバランス質量が小さい段階で、マウントに生じる加速度の軌跡は円状になる。一方、逆方向に回転させた場合は、これよりもバランス率が大きくなってから、つまり、アンバランス質量が大きくなってから、マウントに生じる加速度の軌跡は円状になるが、この場合、略円状の移動軌跡の半径が小さくなり、こもり音を効果的に低減することができる。
ところで、図6に示す通り、本実施の形態のようにエンジン1の後部に変速機2が取り付けられていると、パワープラント3の重心Gが、エンジンの重心Ggと一致しなくなることから、バランサシャフト21が設けられていない場合、前述した往復運動系15の上下方向慣性力Fezによりピッチング中心軸Cpを中心として、ピッチング振動が生じる。これに対しては、例えば、往復運動系15の上下方向慣性力Fezの鉛直線上で下方にバランサシャフトの上下方向慣性力の中心が位置するように設けると共に、そのバランス率を100%とすれば、残留上下方向慣性力が生じないようにすることができる。
しかしながら、このように両上下方向慣性力の中心をエンジン長手方向において同じ位置に設けると、バランサ装置の軽量化のために、本実施の形態のように、バランサシャフト21のアンバランス質量を小さくしている場合(バランス率を小さくしている場合)、そのままでは、エンジン1のピッチング振動を抑制することができない。
そこで、本実施の形態においては、バランサシャフト21の上下方向慣性力Fbzの中心を(アンバランス質量の中心を)、ピッチング中心軸Cpに対して、往復運動系15の上下方向慣性力Fezの中心とエンジン1の長手方向に同じ側で、往復運動系15の上下方向慣性力Fezの中心よりもさらにピッチング中心軸Cpから所定長ΔL離れた位置に設けている。
つまり、図6に示すように、往復運動系15の上下方向慣性力Fezの中心は、ピッチング中心軸Cpからエンジンの長手方向にLe離れた位置に位置するが、バランサシャフト21の上下方向慣性力Fbzの中心は、ピッチング中心軸Cpからエンジンの長手方向にLe離れた位置に位置させて、これにより、往復運動系15の上下方向慣性力Fezによりピッチング中心軸Cpを中心として生じるピッチングモーメントMpeの大きさと、バランサシャフト21の上下方向慣性力Fbzによりピッチング中心軸Cpを中心として生じるピッチングモーメントMpbの大きさとが等しくなるようにしている(方向は反対)。これによれば、バランサシャフト21を軽量化しつつ(アンバンランス質量を小さくしつつ)、ピッチングを良好に抑制することができる。
ところで、気筒内での燃焼ガスの圧力は、ピストンが上死点から若干下がったときに最大値となり、このときピストンに最も大きな力が加わるが、通常このときはコンロッドの軸心が鉛直な状態でないため、ピストンからシリンダ内壁に対しての大きなサイドフォースが発生する。そして、このとき、マウント機構のラバーに対しては、図15に点線で示すような力として作用する。なお、マウント機構のラバーに作用する力がプラスのときは弾性体が伸びた状態で、力がマイナスのときは弾性体が縮んだ状態である。つまり、点線の場合は、力がマイナス側に大きく偏っており、マウント機構のラバーは大きく縮んだ状態となっているわけであるが、このような場合、弾性体の弾性が小さくなり、振動を吸収しにくくなる。
そこで、本実施の形態においては、図16に示すように、シリンダ中心軸Csに対して、クランクシャフト13の軸心Ccを所定量Dオフセットさせている。 こうすることにより、上死点通過後に燃焼圧が最大圧になった場合におけるシリンダ内壁11′に対するピストン16のサイドフォースが減少すると共に、このサイドフォースによりマウント機構に一時的に大きな力が加わるのが防止される。そして、この結果、図15に実線で示すように、マウント機構のラバーに作用する力がプラス方向とマイナス方向とでほぼ等しくなり、マウント機構のラバーが一方に大きく縮んだ状態で伸縮するのが解消されて、ラバーが振動を吸収しやすくなる。つまり、パワープラント3の振動が車体4に伝達されるのが軽減され、こもり音が軽減される。
以上のように、本実施の形態に係るエンジン1のバランサ装置20によれば、発明の効果の欄で説明した通り、図1に示すように、マウント部Pの位置の移動軌跡は、時間を追って連続的にとらえれば、太い点線で示すように略円状となる。また、車体4に加わる残存力の方向も同様に回転することから、車体4は上向きに膨らみ、右側に引っ張られ、下向きに膨らみ、左側に引っ張られという状態を繰り返すこととなる。つまり、車体4の構成部材が、単純に一方向に偏って振動することがなくなり、こもり音の発生が抑制される。
また、往復運動系15の上下方向慣性力Fezを完全に抑制する必要がないので、これと同じ大きさで反対方向の上下方向慣性力をバランサシャフトで発生させる必要がない。つまり、バランサシャフト21のアンバランス質量を、該バランサシャフト21の上下方向慣性力Fbzの大きさが往復運動系15の上下方向慣性力Fezの大きさよりも小さくなる質量にすることができる。そして、両上下方向慣性力Fbz,Fezの大きさをバランスさせる場合よりもバランサ装置重量ひいてはエンジン重量の増大が抑制される。
そして、バランサシャフト21は、該シャフト21の取付位置がエンジン1のローリング振動の中心軸Crよりも下方の場合はクランクシャフトの回転方向と逆方向に回転され、上記取付位置が上記中心軸Crよりも上方の場合はクランクシャフト13の回転方向と同方向に回転されるので、バランスシャフト21をこれとは逆方向に回転させる場合よりも、略円状の移動軌跡の半径が小さくなり、こもり音を効果的に低減することができる。
そして、バランサシャフト21の上下方向慣性力Fbzの中心は、往復運動系15による上下方向慣性力Fezの中心とエンジン1の長手方向においてピッチング中心軸Cpに対して同じ側で、往復運動系15の上下方向慣性力Fezの中心よりもピッチング中心軸Cpから離れた位置に設けられているから、両力Fbz,Fezの中心がエンジン前後方向において同じ位置にしている場合よりもバランサシャフト21のアンバランス質量を小さくしつつ、両中心がエンジン前後方向において同じ位置にしている場合と同等のピッチング振動の抑制効果を得ることができる。
さらに、クランクシャフト13の軸心Ccがシリンダ中心軸Csに対してオフセット配置されているから、上死点通過後に燃焼圧が最大圧になった場合におけるシリンダ内壁11’に対するピストン16のサイドフォースが減少すると共に、このサイドフォースによりマウント機構に一時的に大きな力が加わるのが防止される。そして、この結果、弾性体が不均一に圧縮されることによる振動吸収の阻害が防止されると共に、振動が良好に吸収され、こもり音が良好に抑制される。
なお、以上の実施の形態においては、バランサシャフト21がクランクシャフト13との間に介設されたギヤ14,32により駆動されるものについて説明したが、図17に示すように、シリンダブロックに設けられた軸受部41に回動可能に支持されたクランクシャフト42の一端、及びバランサ装置のケースの軸受部43,43に回動可能に支持されたバランサシャフト45の一端にそれぞれスプロケット46,47を設けると共に、両スプロケット46,47間にチェーン48を掛け渡して、バランサシャフト45を駆動するようにしてもよい。なお、その場合においても、マウント機構5,6,7のラバーに作用する前後方向加速度(前後方向力)の大きさと上下方向加速度(上下方向力)の大きさとが等しくなるようにアンバランス質量を設定することで、上記実施の形態同様、振動及び騒音を同様に抑制することができる。なお、図14の例においては、チェーン駆動であるので、クランクシャフト42とバランサシャフト45とは同方向に回転することになる。
その場合に、ウェイト部49は、軸受部44をはさんで前部49aと後部49bとに2分割され、これらの中心線は、第1気筒(変速機5から最も遠い気筒)と第2気筒との中間線上に位置している。つまり、バランサシャフト43による上下方向慣性力の中心は、往復運動系による上下方向慣性力の中心よりも、ピッチング中心からエンジン長手方向に同じ側でピッチング中心よりも離れた位置に位置している。これによれば、ピッチング抑制の効果が、前述の場合同様に得られる。
次に、他の実施の形態について説明する。
図18に示すように、その他の実施の形態に係るバランサ装置50は、一対のバランサシャフト51,52を有する2軸タイプのバランサ装置である。バランサシャフト51には、クランクシャフトに設けられたドライブギヤに駆動されるドリブンギヤ53が設けられている。ドライブギヤとドリブンギヤ53とのギヤ比は2:1に設定されている。バランサシャフト51,52の一端には、それぞれギヤ54,55が設けられ、これらが互いに噛合している。これらのギヤ54,55のギヤ比は1:1とされている。これによれば、クランクシャフト13が図19(a)に示すようにR方向に回転すると、バランサシャフト51はクランクシャフト13と逆のS方向に2倍速で連動回転し、バランサシャフト52は、バランサシャフト51と逆のT方向に同速度で連動回転することとなる。バランサシャフト51,52は、ローリング振動の中心軸Crよりも下方に配置されている(図19(a)参照)。
両バランサシャフト51,52には、それぞれアンバランス質量を構成するウェイト部56,57が設けられている。これらのウェイト部33は、図19(a)に示すように、ピストン16が上死点に位置したときに、下向きになるように構成されている。アンバランス質量はウェイト部56の方がウェイト部57よりも大きくされている。これによれば、図19(a)に示すように、バランスシャフト51,52の上下方向慣性力Fb1z,Fb2zは、方向は同じで、大きさ(1軸の場合同様、ピストン16が上死点に位置したときにおける大きさ。Fezについても同様)はバランサシャフト51の方が大きくなる。そして、両バランサシャフト51,52による上下方向慣性力Fbzの大きさは、上下方向慣性力Fb1z,Fb2zの方向が同じであるから、Fb1z+Fb2zとなる。他方、図19(b)に示すように、バランスシャフト51,52の横方向慣性力Fb1x,Fb2xの大きさ(1軸の場合同様、クランクシャフト13が図19(a)の状態からR方向に45度回転した時点のもの)は、上下方向の場合同様、バランサシャフト51の方が大きくなるが、その方向は逆となる。そして、両バランサシャフト51,52分の横方向慣性力Fbxの大きさは、方向が逆なので、図上右方向を基準とすると、||Fb1x|−|Fb2x||となる。
その場合に、このバランサ装置50においては、先の実施の形態で説明した1軸タイプのバランサ装置20同様、マウント機構における加速度が上下方向と前後方向とで等しくなり、エンジン端面側から見たマウント機構5,6,7のマウント部の移動軌跡が略円状となるようにされている。すなわち、往復運動系15の上下方向慣性力Fezの大きさに対する上記Fbzの大きさの割合、すなわちバランス率は50%とされている。また、往復運動系15及び両バランサシャフト51,52によるローリング中心軸CrまわりのローリングモーメントMrの大きさが、バランサシャフト51,52がない場合よりも増大される質量とされている。ここで、この残留ローリングモーメントMrの大きさは、往復慣性系15の横方向慣性力FexによるローリングモーメントMreの大きさ(Mreの絶対値|Mre|)と、バランサシャフト51,52の横方向慣性力FbxによるローリングモーメントMrbの大きさ(Mrbの絶対値|Mrb|)との差(上記ローリングモーメントMreの方向とMrbの方向とが反対であるため)の絶対値||Mre|−|Mrb||となる。
そして、特に、2軸のバランサ装置50によれば、アンバランス質量の合計値が同じままで、左右のバランスシャフトの質量比を変更することが可能であり、そうすることにより、両バランサシャフト51,52の横方向慣性力Fbxの大きさを任意に設定でき、弾性体中心の移動軌跡をより真円に近くすることができる。また、バランス率を変更しても、バランスシャフト51,52の質量比を変更すれば、同様に、上記軌跡をより真円に近くすることができる。
なお、この実施の形態においても、第1の実施の形態同様、オフセットクランク方式を採用すれば、第1の実施の形態同様の効果が達成される。
以上のように、この実施の形態に係るエンジンのバランサ装置50によれば、先に説明した実施の形態で説明した効果に加えて、マウント機構のラバーの移動軌跡をより真円に近くすることができる。すなわち、よりこもり音及び振動を確実に抑制することができる。