JP4270588B2 - 神経毒軽減麻酔剤 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、神経毒を軽減させた局所麻酔剤、テトラカインの神経毒軽減方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
理想的な局所麻酔薬とは、言うまでもなく、麻酔効果の発現が速やかで、しかも麻酔持続時間が長いという特徴を有する麻酔薬である。そのため、各種の麻酔薬が種々開発されている。例えば、30分から1時間近くの短い時間ではあるが麻酔作用のあるプロカインが合成されてからは局所麻酔薬は大きく進歩し、さらに麻酔作用が強力で長時間作用するジブカイン、テトラカインなどがそれぞれ開発され、現在広く用いられている。
「麻酔」とは、神経機能が一時的に停止した後、正常に回復する状態を言う。ところが、強力で長時間作用する麻酔薬を高濃度で用いると神経細胞に不可逆的な変化がみられ、神経機能は回復しないことが知られている。すなわち、麻酔作用の強い局所麻酔薬は注入局所の組織に毒性を持ち、ことに高濃度で神経細胞を破壊することから、ジブカイン、テトラカインなどは特に注意を要することが指摘されている。実際に局所麻酔薬による顔面神経ブロックで前庭機能廃絶を起こした例、あるいは脊髄麻酔において脳機能障害を起こした例などが報告されている。
このため、上述したような毒性が軽減され、かつ麻酔効果の発現は速やかである局所麻酔剤の開発が待ち望まれていた。
本発明者は、すでにα−シクロデキストリン(以後、α−CDとも称する)による局所麻酔薬の包接化合物を用いることにより、神経毒が軽減された局所麻酔剤を提供し得ることを見出した(特願平8−284470号)。しかしながら、この神経毒軽減作用が、α−シクロデキストリン以外のシクロデキストリンによる局所麻酔薬の包接化合物を含有する局所麻酔剤にも認められるか否かについては未だ明らかではない。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
従って、本発明の課題は、麻酔作用の強い局所麻酔薬において、α−シクロデキストリン以外のシクロデキストリンによる包接化合物を用いて神経毒を軽減させた薬剤を提供することであり、また、麻酔効果の発現が速やかである局所麻酔剤を提供することである。
また、本発明の他の課題は、α−シクロデキストリン以外のシクロデキストリンによる包接化合物を用いた、局所麻酔薬の神経毒の軽減方法を提供することである。
さらにまた、本発明の課題は新規包接化合物を提供することである。
【0004】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、上記課題を解決すべく種々研究を重ねた結果、β−シクロデキストリンあるいはその誘導体をテトラカインまたはその塩に添加して得られる新規な包接化合物を含有してなる局所麻酔剤を使用することにより、良好な麻酔作用は保持されたまま、神経毒性が軽減されることを見い出した。
【0005】
また、局所麻酔薬は酸性において水に溶解し、中性〜アルカリ側では溶解し難い。このため、局所麻酔薬は通常酸性状態で製剤化されている。ところが、β−シクロデキストリン(以後、β−CDとも称する)あるいはその誘導体にてテトラカインまたはその塩を包接した場合には水によく溶解し、特に中性、就中生体と同じpH7.4付近において高濃度に溶解させたものを使用した場合においても局所麻酔作用は良好に保たれたままで、神経毒性のみが軽減されることを見い出した。
【0006】
本発明はかかる新知見に基づいて完成されたものであり、下記の特徴を有するものである。
(1)テトラカインまたはその塩のβ−シクロデキストリンあるいはその誘導体による包接化合物を含有してなることを特徴とする局所麻酔剤。
(2)神経毒を軽減させた、(1)に記載の局所麻酔剤。
(3)テトラカインまたはその塩をβ−シクロデキストリンあるいはその誘導体にて包接することを特徴とする、テトラカインの神経毒軽減方法。
(4)テトラカインまたはその塩のβ−シクロデキストリンあるいはその誘導体による包接化合物。
【0007】
【発明の実施の形態】
本発明の局所麻酔剤は、テトラカインまたはその塩のβ−シクロデキストリンあるいはその誘導体による包接化合物を含有してなる。
本発明で用いられるテトラカインの塩としては、好ましくは塩酸塩等が用いられる。
【0008】
また、本発明で用いられるβ−シクロデキストリンの誘導体としては、例えば、グルコシルβ−シクロデキストリン、ジグルコシルβ−シクロデキストリン、マルトシルβ−シクロデキストリン、ジマルトシルβ−シクロデキストリン、ヒドロキシプロピルβ−シクロデキストリン等の、グルコースが7個結合した環状構造に水酸基含有置換基を有する化合物が挙げられる。
【0009】
本発明の、β−シクロデキストリンあるいはその誘導体によるテトラカインまたはその塩の包接化合物の製造方法は、自体既知の手法に従えばよく、例えば次の通りである。
テトラカインまたはその塩と、β−シクロデキストリンあるいはその誘導体とを水等の溶媒の存在下に接触させることによって得られる。接触時の温度は、通常60〜70℃、好ましくは65℃である。また、β−シクロデキストリンまたはその誘導体の添加量は、テトラカインまたはその塩1モルに対し、通常0.5モル以上、好ましくは等モル〜3モルである。
当該包接化合物は、好適にpH6.0〜8.6、好ましくはpH7.4程度の溶液に溶解させることによって、好適な態様の本発明局所麻酔剤が得られる。
【0010】
また、β−シクロデキストリンあるいはその誘導体を直接、pH6.0〜8.6、好ましくはpH7.4程度のテトラカインまたはその塩の溶液に添加し、60〜70℃、好ましくは65℃で超音波にかけることにより溶解させても好適な態様の本発明の局所麻酔剤が得られる。この場合、β−シクロデキストリンまたはその誘導体の添加量は、テトラカインまたはその塩1モルに対し、通常0.5モル以上、好ましくは等モル〜3モルである。
【0011】
かくして得られた本発明の局所麻酔剤は、従来の局所麻酔薬と比べて神経毒性が顕著に軽減されており、また中性付近のpH(例えば、pH6.5〜7.5)においてもよく水に溶解し良好な製剤を得ることができる。
【0012】
テトラカインまたはその塩のβ−シクロデキストリンあるいはその誘導体による包接化合物に、さらにサリチル酸またはその塩を配合してもよい。この場合におけるサリチル酸またはその塩の添加濃度は、通常0.01〜4重量%、好ましくは0.05〜1重量%である。サリチル酸またはその塩を配合することによって、麻酔効果が増強され、しかも麻酔作用の発現が速やかで麻酔効果の持続時間が延長された局所麻酔剤を得ることができる。
【0013】
当該局所麻酔剤には、通常製剤上許容される添加剤を配合してもよい。この添加剤として、例えば担体、安定化剤(クレアチニン等)、溶解補助剤(グリセリン、グルコース等)、懸濁剤(CMC等)、緩衝化剤(クエン酸、炭酸水素ナトリウム等)、乳化剤(脂肪酸モノグリセライド、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンラウリルエーテル等)、防腐剤(パラオキシ安息香酸メチルまたはプロピル等)、酸化防止剤(BHA、BHT等)などが挙げられる。また、粉末状治療剤にはさらに適当な賦形剤を添加することもできる。
諸成分を配合した後、その混合物を公知の方法に従って、例えば溶液状、懸濁液状あるいは乳濁状の注射剤、液剤、スプレー、ゼリー、または、用時溶解あるいは懸濁、乳濁等の処理により注射剤または液剤になりうる粉末状製剤等の、投与に適した剤型に製剤化できる。
【0014】
当該局所麻酔剤の投与量、使用濃度は、患者の年齢、症状、投与部位等により異なる。例えば、テトラカインをβ−シクロデキストリンで包接した包接化合物を含有する局所麻酔剤を浸潤麻酔に使用する場合の使用濃度は、テトラカインとして0.02〜0.3%、好ましくは0.05〜0.2%である。また、脊髄麻酔に使用する場合の投与量は、成人1回当たり、テトラカインとして2〜20mg、好ましくは3〜15mg、使用濃度は0.05〜1.0%、好ましくは0.1〜0.5%である。
【0015】
以下、実施例及び試験例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0016】
【実施例】
実施例1.
β−シクロデキストリンの各種濃度(0,0.22,0.54,1.06,2.04,3.78,6.61mM)を、0.05mMのテトラカイン溶液に溶解させ(pH7.4)、60〜65℃で2〜3分間超音波にかけることによって、溶液が完全に透明化したことを確かめた後に、この溶液をそれぞれ2.4mlの測定用セルに入れて、分光光度計を用いて差スペクトル法で測定し分析を行った。測定により得られた吸収スペクトルを図1に、また吸収スペクトルの変化を拡大してみるために差スペクトル法で分析した結果を図2に示す。この結果より、吸収スペクトルの変化が見られることから、上記各種濃度のβ−シクロデキストリンによるテトラカインの包接化合物が得られたことが示された。
図2の▲1▼〜▲6▼は、以下の包接化合物についての分析結果を表す。
▲1▼:0.05mM テトラカイン+0.22mM β−シクロデキストリン
▲2▼:0.05mM テトラカイン+0.54mM β−シクロデキストリン
▲3▼:0.05mM テトラカイン+1.06mM β−シクロデキストリン
▲4▼:0.05mM テトラカイン+2.04mM β−シクロデキストリン
▲5▼:0.05mM テトラカイン+3.78mM β−シクロデキストリン
▲6▼:0.05mM テトラカイン+6.61mM β−シクロデキストリン
【0017】
シクロデキストリンはブドウ糖分子が数個結合した環状構造物であるが、その空洞の中にテトラカインが包接して、新たなる複合体を形成していることは、吸収スペクトルの変化より明らかになった。
【0018】
製剤処方例1.(注射剤処方 100ml中)
塩酸テトラカイン 500mg
β−シクロデキストリン 2000mg
塩化ナトリウム(等張化剤) 適量
水酸化ナトリウム(pH調整剤) 適量
注射用水 適量
【0019】
製剤処方例2.(注射剤処方 100ml中)
塩酸テトラカイン 100mg
サリチル酸ナトリウム 500mg
β−シクロデキストリン 500mg
塩化ナトリウム(等張化剤) 適量
水酸化ナトリウム(pH調整剤) 適量
注射用水 適量
【0020】
試験例1.
アメリカザリガニの腹部巨大神経線維を摘出し、この神経を、ハルベルト液(pH6.5)に溶解した局所麻酔薬単独溶液(β−シクロデキストリンあるいはその誘導体を含まない)、具体的には0.5%テトラカイン溶液に2時間浸した後、摘出神経の一端より電気刺激を与え、他端から活動電位を記録し、その活動電位が麻酔作用によって完全に消失していることを確かめた。次に、その神経から麻酔薬を除去するために局所麻酔薬を含まない正常ハルベルト液(アメリカザリガニの生理的リンガー液)に神経を浸しながら活動電位の回復を8時間にわたって観察したが、神経機能の回復は見られなかった。
神経機能の回復状態を表1に示す。
【0021】
【表1】
Figure 0004270588
【0022】
表1が示すように、テトラカインの使用濃度は低濃度を用いているにも拘わらず、機能回復はみられず、テトラカインが神経毒性の強い物質であることがわかる。
【0023】
試験例2.
pH6.5のテトラカイン溶液に、β−シクロデキストリンを添加し、実施例1と同じ方法で包接化合物の溶液を調製した。
得られたテトラカインのβ−シクロデキストリンによる包接化合物の溶液を用いて、麻酔作用発現の有無と回復状態を試験例1と同じ方法で調べた神経毒性試験の結果を表2に示す。
【0024】
【表2】
Figure 0004270588
【0025】
pH6.5のテトラカイン溶液にβ−シクロデキストリンを加えることによって新たに生成された包接化合物は、麻酔作用を失うことなく保持されていることが判明した。次にテトラカインを洗浄除去して神経機能の回復をみると、表2に示されているように機能の回復がみられた。
この結果により、テトラカインをβ−シクロデキストリンで包接することにより、テトラカインの神経毒性が軽減されることが示された。
【0026】
試験例3.
0.5%テトラカイン(pH8.0)を水に溶解した溶解度と、テトラカインに等モル濃度のα−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン、γ−シクロデキストリンをそれぞれ添加した場合の溶解度を、分光光度計を使って波長660nmにおける吸光度(OD)で調べた。この結果を表3に示す。
【0027】
【表3】
Figure 0004270588
【0028】
即ち、0.5%(pH8.0)のテトラカイン単独ではほとんど溶けず、その吸光度はOD=2.16であったが、これと等モル濃度のβ−シクロデキストリン(1.89%,pH8.0)を添加するとテトラカインの溶解性はOD=0.02と、等モル濃度のα−シクロデキストリン(1.62%、pH8.0)を添加した場合(OD=0.01)と同様に、格段に上昇した。ところが、γ−シクロデキストリン(2.16%,pH8.0)を添加しても溶解性はβ−シクロデキストリンほどには改善されず、OD=4.25であった。このことを溶液の透明度からみるとβ−シクロデキストリンを添加した場合では107.52倍に改善されたことになる。
なお、660nmにおける吸光度は、完全に溶解している時のテトラカイン、シクロデキストリンともにほとんど0となる。
以上の結果から、テトラカインをβ−シクロデキストリンで包接した場合には、生体に近いpHにおける溶解度が著しく上昇することが示された。
【0029】
【発明の効果】
本発明によれば、テトラカインまたはその塩にβ−シクロデキストリンあるいはその誘導体を添加して得られる包接化合物を含有してなる局所麻酔剤を用いた場合、麻酔薬作用で神経機能を一時的に停止させた後も確実に機能を回復させることが可能となる。このことは患者のみならず医師の側にとっても臨床上非常に有益である。また、テトラカインの持つ強い神経毒を軽減させることによって局所麻酔剤の濃度あるいはその投与量は安心して増減可能となることから、麻酔持続時間を自由に調節することができる。さらに、テトラカインを生体と同じ弱アルカリ側で使用することが可能となるため、炎症によって生体組織が酸性側に傾き麻酔作用が弱まっている状態の場合には本発明の局所麻酔剤は特に有効であると期待される。また、酸性溶液に溶解された局所麻酔薬の注入時にみられる局所アシドーシスによる強い痛みも、弱アルカリ溶液にすることにより軽減されることが期待できる。
本発明で用いる、テトラカインまたはその塩のβ−シクロデキストリンあるいはその誘導体による包接化合物を含有してなる局所麻酔剤は、いずれも熱に強く、加熱滅菌が可能であることから十分に臨床で用いられる条件は揃っており、単に注射液のみならずスプレー状、ゼリー状にして使用することも可能で、眼科用、歯科用など幅広い適用範囲がある。
【図面の簡単な説明】
【図1】 テトラカイン溶液にβ−シクロデキストリンを添加して得られた溶液について測定した吸収スペクトルを示す図である。
【図2】 テトラカイン溶液にβ−シクロデキストリンを添加して得られた溶液について差スペクトル法で分析した結果を示す図である。

Claims (3)

  1. テトラカインまたはその塩のβ−シクロデキストリンによる包接化合物を含有してなることを特徴とする局所麻酔剤。
  2. 弱アルカリ溶液である、請求項1記載の局所麻酔剤。
  3. 弱アルカリ溶液のpH値が7.0を超え7.5以下である、請求項2記載の局所麻酔剤。
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